第 I 部 自国の日本語教育 モンゴルの初中等教育機関における日本語教育の現状 -ナラン第 23 番学校における日本語のイマージョン教育を中心にドルジ・ネルグイ (ナラン第 23 番学校) 1. 初中等教育機関における外国語教育 1.1 外国語教育の方針 2005 年にモンゴル教育文化科学省(以下、教育省)から今後の外国語教育の指針と して「外国語教育新スタンダード」が発表された。そこには、従来のやり方とは違っ て、文法を中心とするのではなく実際に言語を使うことを通して、帰納法的に教える こと、また、学習者中心で、教師は支援者だということが指摘されている。 1.2 外国語教育の状況 モンゴルの初中等教育機関は 12 年制で、4 年生から英語が第一必修外国語として、 7~9 年生の 3 年間はロシア語が第二必修外国語として教えられている。学校によって はそれ以外に選択もしくは選択必修の外国語として、日本語、中国語、韓国語、ロシ ア語、フランス語、ドイツ語等が教えられている。 外国語特別校(特に外国語教育に力をいれている学校)では、通常校と同様に 4 年 生より英語を必修外国語としているが、低学年から英語以外の外国語を第一必修外国 語として教えている。したがって、外国語特別校で日本語が第一必修外国語として選 択された場合は卒業までに日本語、英語、ロシア語の 3 言語を学習することになる。 初中等教育機関では英語の学習者数が最も多く、中国語、韓国語、日本語、ロシア 語が続いている。 2. 初中等教育機関における日本語教育 2.1 機関数・教師数・学習者数 1990 年に、首都ウランバートル第 23 番学校にて初中等教育機関としては初の日本 語教育が開始された。現在、モンゴルの初中等教育機関において日本語を教えている 機関数及び教師数、学習者数は以下の表 1 の通りで、増加傾向にある。 表1 初中等教育機関における機関数、教師数、学習者数 1990 年 1993 年 2003 年 2006 年 2009 年 機関数(校) 1 2 15 33 26 教師数(人) 2 2 33 47 25 学習者数(人) 34 334 3,601 5,359 4,500 国際交流基金「海外日本語教育機関調査」1990、1993、2003、2006、2009 年による 第 I 部 自国の日本語教育 ウラムバヤル(2011)は、この増加の背景には、低学年時の 1 年生から自分の子供 に外国語を学ばせたいという、親の外国語教育に対する意識の高まりがあると述べて いる。 2.2 現状 (1)シラバス及びガイドライン 日本語教育は、2005 年に発表された「外国語教育新スタンダード」に準じているが、 国レベルもしくは県レベルで統一された日本語のシラバスやガイドラインはない。 (2)教師および教授法の改善 日本人教師を雇用している学校の割合は 5 分の 1 程度で、ほとんどの学校はモンゴ ル人教師のみである。日本人教師がいる学校では、会話や漢字、日本事情の授業は日 本人教師が担当し、モンゴル人教師は、文法と聴解の授業を担当するのが典型的であ る。 従来の日本語の教え方は、大学で初中等教育での日本語教授法を学んでいない教師 が多いため、教師が生徒に一方的に知識を詰め込む暗記中心の指導法が中心であった。 しかし、「外国語教育新スタンダード」に、文法を中心とするのではなく実際に言語 を使うことを通して、帰納法的に教えること、また、学習者中心で教師は支援者であ ると指摘されていることから、首都ウランバートルの教育局が 2008 年から勉強会を 開催し、指導法の改善を行うようになった。勉強会は、原則として毎月第 1、第 3 水 曜日に実施されていて、初中等教育機関に所属する教師は参加が義務づけられている。 勉強会の主なテーマは、漢字の指導法、絵カード/文字カードの使い方、アクティビ ィティを使った教え方、読解と作文の指導法、カリキュラム作成に関するアドバイス 等である。しかし、この勉強会の対象は、首都ウランバートルの教師に止まっている のが現状である。 そのため、モンゴル・日本人材開発センターは、全国の初中等教育機関の日本語教 師を対象とした研修コースを毎年夏に開き、「外国語教育新スタンダード」に指摘さ れている学習者中心のコミュニカティブな授業を実践するための指導を行っている。 (3)使用教材 『ひろこさんのたのしいにほんご』(根本 牧、屋代瑛子)、『みんなの日本語』(スリ ーエーネットワーク)、『日本語初歩』(国際交流基金日本語国際センター)等日本で 出版された教材のほかに、モンゴルで開発された教材『できるよ 1~4』(モンゴル日 本語教師会作成)、『わくわくにほんご 1~7』(青年海外協力隊員作成)等が使用され ている。いずれも初級レベルである。 (4)学習奨励を目的とした行事 生徒の日本語を学ぶ目的は明確ではない。ほとんどは学校の方針もしくは自分の意 志ではなく親の勧めにより日本語を学習している。このような生徒の日本語能力の保 持やモチベーションの維持のために首都ウランバートルの教育局や各教育機関は日 本語オリンピアード1、夏休みの日本語キャンプ、日本語文化祭等を実施している。 第 I 部 自国の日本語教育 2.3 問題点 主な問題点としては、以下のものがある。 ・初中等教育機関における日本語の統一したカリキュラムがない。 ・年少者の日本語の指導法に関する、教師の知識や経験が不足している。 ・年少者向けの日本語の教科書と教材が不足している。 ・初中等教育機関から高等教育機関への日本語教育のつながりがない。 3. ナラン第 23 番学校における日本語のイマージョン教育 3.1 ナラン第 23 番学校の概要 2003 年に創立したモンゴルで唯一の日本語イマージョン教育を行っている学校で ある。現在、5 名の日本人教師と 10 名のモンゴル人教師、150 名の生徒が在籍してい る。本校は単に日本語の早期習得を目的としているものではなく、幅広い視野をもっ て活躍できる人材、特に日本との交流を違和感なく行うことができる教養をもった国 際人を養成したいという願いから教育が行われている。従ってクラブ活動(書道、音 楽、スポーツ、日本のアニメ通訳)や諸行事(日本短期留学、夏のサマースクール、 終業式)への積極的な取り組みも重視し、自律心、協調性など人格教育にも力を入れ ている。 3.2 イマージョン教育の概要 本校の授業科目の構成は図 1 の通りである。 数 学 、 物 理 モンゴル語で教えられる 日本語で教えられる科目 科目 (日本語のイマージョン教育) 化 学 、 生 物 地 理 、 保 健 モ ン ゴ ル 語 歴 史 、 社 会 情 報 教 育 、 英 語 日 本 語 美 術 ・ 家 庭 科 音術 図 楽・ 工 家 ・ 庭 技 科 術 体 育 ・ 保 健 ク ラ ブ 活 動 図 1 ナラン第 23 番学校の科目構成 モンゴルの学校は 2 部制であるが、本校は全日制で朝 9 時から午後 4 時まで授業を 行う。1 年生から 10 年生 2 までの総学習時間数は年間約 10,750 時間で、イマージョ ン教育が行われている時間数は 3,384 時間である。イマージョン教育の時間数は 7 年 生から減少する。これは、7 年生以上の学年で教えられている物理、生物、化学、保 健等の授業の専門的な内容を理解するのに十分な日本語能力に達していないためで 第 I 部 自国の日本語教育 ある。 イマージョン教育で教えられている日本語以外の科目の内容は、モンゴルの教育指 導要領に基づいているが、日本の教育内容からも取り入れられている。授業は、全て 日本人教師が日本語で行っている。 3.3 授業の進め方 3.3.1 日本語の授業 1 年生から 5 年生までの日本語の週当たりのコマ数は 5 コマ(1 コマ 40 分間)であ る。初期の段階では生徒が母語のモンゴル語で応答するので、日本語が分かるモンゴ ル人教師が約 3 ヶ月日本人教師と一緒に授業に取り組むが、それ以降は日本人教師が 一人で授業を行う。モンゴル語の通訳を繰り返すと生徒は日本語による説明を軽視し、 モンゴル語に頼るようになるからである。 7 年生からの日本語の授業は会話、聴解、文法、漢字に分かれ、日本人教師が、会 話と聴解を週 4 コマ、モンゴル人教師が文法を週 2 コマ教える。漢字学習は自主学習 となる。5 年間日本人教師に学んだ生徒は、日本人とコミュニケーションが自由に取 れるようになっているが、文法的な誤用が多いため、モンゴル人教師がモンゴル語で の説明を加えながら文法の授業を行っている。(日本語授業のシラバスは、資料1参 照) 3.3.2 日本語以外の授業 音楽、図工、美術、保健等の授業の週当たりのコマ数は 2 コマで、初期の段階から 日本人教師が一人で行っている。 1 年生と 2 年生の音楽の授業では、日本の子供向けの歌や童謡舞踊が中心となり、3 年生から音譜や楽器(ハーモニカ、笛、オルガン、ピアノ等)の学習が開始される。 図工の授業は折り紙の工作からはじめ、鉛筆デッサンの基本技術を習得、モンゴル美 術と日本美術の違いを理解する等、簡単な内容から難しい内容へと授業を進める。必 要とされる専門用語は授業前にモンゴル人教師の説明がある。 3.4 使用教材 日本語の授業では 1 年生~5 年生は『ひろこさんのたのしいにほんご』、7 年生~10 年生は『みんなの日本語初級』、 『みんなの日本語中級』を使っている。また、自作教 材が使用されている。 一方、日本語以外の授業では、決まった教科書はなく自作教材を使用している。 (資 料2参照) 3.5 生徒の日本語能力 本校では、5 年生以上の生徒が日本語能力試験を受験する。2011 年の日本語能力試 験の結果をみると、5 年生が N5 を受け、合格率は 94,4%、7 年生と 8 年生が N4 を受け、 合格率は 100%、9 年生が N3 を受け、合格率は 40%という結果となっている。 第 I 部 自国の日本語教育 また、生徒の発音は極めて自然であり、教科書に掲載されていない自然な日本語に よる日常会話も身についている。 4. ナラン第 23 番学校におけるイマージョン教育の今後の課題 これまでの実践を振り返り、今後の課題を整理すると以下のようになる。 ・ 生徒の外国語習得上の特徴や年齢、特性、学習言語の使用環境等に基づいた カリキュラムとシラバスの開発 ・ 学習者の日本語能力を評価する体系的な評価方法の検討 ・ イマージョン教育を行う教師の教授能力の向上 ・ イマージョン教育の特徴を生かした日本語教授法の開発 ・ 日本語および日本語以外の科目用の教材開発 注 1 2 オリンピアードは、ウランバートル市内にある日本語教育を実施している 20 校を 対象に JICA とウランバートル市教育局が共同で行っている日本語の試験である。 中学生の部と、高校生の部に分かれ、第 1 次試験(校内)、第 2 次試験(市大会) の 2 段階で選考される。各部上位 3 位までを選出し、金、銀、銅メダルを授与す る。試験内容は、文法、読解、聴解試験(2 次のみ実施)、中学生は日本語能力試 験旧 4 級程度、高校生は日本語能力試験旧 3 級程度である。 2003 年に創立した学校で 2012 年に初めての卒業生が出るため、2011 年は 11 年生 以上がいない。 参考文献 (1) ウラムバヤル,ツェツェグドラム(2011) 「モンゴルにおける日本語教育―高等 教育機関における漢字教育に着目して―」『言語文化と日本語教育』第 41 号、 お茶の水女子大学日本言語文化学研究会、印刷中. (2) ウランバートル市教育局(2009)『日本語教育現状調査』1 号、25-34. (3) 国際交流基金日本語国際センター(2010)『日本語教育国別情報』 <http://www.jpf.go.jp/j/japanese/survey > 2011 年 10 月 29 日参照 (4) ダルハンウール県ナラン第 23 番学校(2006)『保健 IV~V』1 号、9-10. (5) ダンザンニャム,ブレンチメグ・馬場久志(2009) 「モンゴルにおける日本語学 習者の現状と課題」『埼玉大学紀要』第 58 号(2)、145-157. (6) 藤島夕紀代(2011)「モンゴルの日本語教育この 10 年」『コンバイノー』第 10 号、コンバイノー編集部. (7) モンゴル日本語教育研究会(2008)『日本語教育の現状』1 号、137-141. (8) ―――――(2009)『日本語のひろば』1 号、102-116、144-145. 第 I 部 自国の日本語教育 (9) モンゴル日本語教師会(2009)『日本語教育のシンポジウム』1 号、20-29. (10) モンゴル教育文化科学省教育制度 <http://www.mecs.gov.mn/article-396-434.mw> 2011 年 10 月 29 日参照 (11) モンゴル・日本人材開発センター日本語教育 <http://www.japan-center.mn/index.php/mn/lesson/japan-langauge> 2011 年 11 月 20 日参照 第 I 部 自国の日本語教育 資料 1 ナラン第 23 番学校 2 年生 授業科目 担当教員 学期 時間数 曜日 授業の概要 到達目標 日本語の授業のシラバスの一部 日本語 2年生 日本人教師 秋学期 60時間 月曜日~金曜日 語彙、文法、表現 を学び、主に口頭能力の上達を図る。 基本的な文法、語彙の知識を身につけ、日本語での日常会話が適切に行えるようになる。 期間 ひろこさんの たのしい にほんご 1 ナ ラ ン が っ こ う の に ほ ん ご 1、 2 第1週: 1年生の復習 (ひらがなとカタカナ)、 1年生で学習した単語 第2課 わたしは ひろこです。 「 ~ は ~ で す ( 自 己 紹 介 ) 」 第3課 第2週: わたしは にほんじんです。「 ~ は ~ で す ( 自 己 紹 介 ) 」 第4課 わたしは 9さいです。「 ~ は ~ で す ( 自 己 紹 介 ) 」 第5課 わたしは 3ねんせいです。「 ~ は ~ で す ( 自 己 紹 介 ) 」 授業計画 第3週: 第6課 ナランがっこうのにほんご1 これは たいこです。「 こ れ は ~ で す 」 これは~です。 練習 ページ13 第7課 第4週: それは~です。 練習 ページ15 あれは すべりだいです。「 こ れ そ れ あ れ 」 あれは~です。 練習 ページ14 これ、それ、あれ 練習 ページ16、17、18 第5週: 第6週: 第8課 トムくんは にほんじんではありません。 「 ~ は ~ で は あ り ま せ ん 」 復習 ~は~ではありません 練習 ページ19 これも、それも、あれも 練習 ページ20 これ、それ、あれ 練習 ページ21、22、23 第 I 部 自国の日本語教育 資料 2 ナラン第 23 番学校 5 年生 『保健 V』自作教材の一部
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