砂時計 1 第十一番惑星で空間騎兵隊を収容してからというもの︑ヤマトの中は混乱し ていた︒空間騎兵の連中が艦内の至るところで勝手な行動をとり︑各機関は業 務に支障をきたしていたのだ︒つい先日も潜宙艦との戦闘において︑空間騎兵 いっしゅう 隊隊長の斉藤が発進体勢に入っていた山本のコスモタイガーⅡに乗り込もうと して︑一蹴されていた︒ この日は︑先の宙域に潜宙艦が潜んでいる可能性があると︑コスモタイガー 隊員はすぐ出撃できるよう︑パイロットルームまたは格納庫にてそれぞれ待機 していた︒隊員達の緊張は極限まで高まっている︒ そこへ斉藤が姿を現した︒斉藤は懲りずに︑コスモタイガーに搭乗する機会 を窺っていたようだ︒辺りは不穏な雰囲気に包まれる︒ 前回︑山本に搭乗を無下に断られたことを斉藤は腹に据えかねていたようで︑ 他には目もくれず真っ直ぐに山本機に向かう︒近くにいた人間がざわめいた︒ ︵もう頼んだりしねえよ︶ 一触即発か││と思う間もなく︑斉藤がいきなり山本に一発喰らわせ︑殴り 倒して山本機に乗り込もうとした︒当然︑山本は烈火のごとく怒り︑体勢を立 て直すと斉藤を殴り返した︒ う ど ﹁このキザ野郎︑少しぐれぇいいじゃねえか! 減るもんじゃなし﹂ ﹁ふざけるな︑この独活の大木﹂ 慌てて加藤が仲裁に入るが︑二人は一向に殴り合いをやめない︒ ﹁おい︑山本やめろ! 斉藤もだ﹂ こんな時に現れるとは全く傍迷惑な奴だ︑そう思いながら加藤は二人の間に 割って入ろうとした││そこに戦闘配置につくよう古代の命令が艦内に響く︒ 艦内放送を聞くと同時に︑待機していたパイロット達は素早く機体に乗り込む︒ 山本はこれ以上構っていられないと︑しつこく絡んでくる斉藤を突き飛ばし た︒突き飛ばされ︑床に尻餅をついたままの体勢で︑尚も斉藤は連れて行くよ う息巻 い て い る ︒ − 1 − 山本 が 声 を 荒 げ た ︒ ﹁いい加減にしろ! 貴様に搭乗は無理だと言っただろう﹂ 加藤も畳み掛けるように怒鳴る︒ ﹁規律を乱すことをするな︑迷惑だ!﹂ ﹁コスモタイガーには空間騎兵ごときは乗れないと言ってるんだ﹂ 見下げるような視線を斉藤に向け︑山本は吐き捨てた︒ ﹁何を ぅ ﹂ 人を見下した山本の態度に完全に頭に血が上った斉藤は立ち上がると︑また もや山本に掴みかかろうとした︒ その時︑薫が斉藤の前に歩み出た︒ ﹁わかったわ︑斉藤さん︒私の機に搭乗して﹂ ﹁薫! ﹂ 慌てて山本が薫を引きとめた︒肩に手を掛ける︒ ﹁何言ってんだ︑そんな危険なこと﹂ ﹁そうだ︑もし何かあったらどうするんだ︒駄目だ!﹂ 加藤と山本が口々に言う︒薫は小さく横に首を振った︒ ﹁大丈夫︒さあ早く乗って﹂ 薫は二人に向かって微笑むと︑斉藤に搭乗するよう促した︒彼女が現在搭乗 しているのは数少ない複座型のコスモタイガーだ︒ ﹁へへ︑この姉ちゃんの方が話がわかるぜ﹂ 斉藤は薫からヘルメットを受け取ると︑満面の笑みで薫機に乗り込んだ︒薫 も緊張した面持ちで操縦席に着座する︒ ﹁おい小林︑薫の援護に回ってくれ﹂ 山本は自分のコスモタイガーに乗り込みながら小林に言った︒小林は薫のユ ニット の 一 員 だ ︒ ﹁了解 ! ﹂ 加藤も大急ぎで愛機に乗り込む︒ ﹁コスモタイガー発進!﹂ 着艦口から次々と艦載機が発進していく︒薫と斉藤を乗せた複座型のコスモ タイガーも続いて飛び立つ︒ − 2 − ﹁うお ッ ﹂ 着艦口を出た途端に身体に強烈なGがかかり︑斉藤は一切の身体の自由を奪 こた われた︒笑顔どころか︑口も利けない︒これほどの体格を以てしても︑加速時 のGは堪えた︒シートに身体が埋まっていく感触さえする︒ぴったりと張り付 さげす いて︑指先さえ動かすことができなかった︒ 斉藤はパイロットを内心蔑んでいた︑戦闘機乗りの奴らは楽してやがると︒ 自分達は地べたを這いつくばるようにして戦っているというのに︑奴らときた ら気取った乗り物でスイスイ宙を飛び回っている︒ちゃらちゃらと格好つけた 野郎ばかりで︑とても兵士には見えない点も気に入らなかった︒ましてや︑ヤ マトの艦載機チームには女も居やがる︒女でも乗れるんだ︑あんなもの誰でも 簡単に操縦できるんだよ︑そう高をくくっていたのだ︒だが││︒ 先に発進していたコスモタイガーは既にフォーメーションを展開していた︒ 薫も自分のチームに素早く指示を出す︒敵艦からの攻撃を回避しつつ︑的確に パルスレーザーを︑対艦ミサイルを撃ち込む︒それは他の隊員も同様だ︒コン トロールパネルに敵艦をロックオンすると同時に︑アタックする︒まさに一瞬 の出来事だ︑斉藤がいくら目を凝らしても敵艦を捕捉することは出来なかった︒ 敵潜宙艦から放たれる砲撃を紙一重の差でかわす艦載機︒眩い閃光が網膜に残 像として焼きつく︒旋回︑急降下︑急上昇︑鮮やかに機体は彼女によって操ら れている︒敵艦すれすれまでコスモタイガーは近づき︑そして攻撃を繰り返す︒ 斉藤はもう目も開けていられなかった︒ 潜宙艦隊を撃破してヤマトに帰艦した時には︑斉藤は声も出なかった︒薫が 機体を降りても︑彼は後部座席にぐったりと座ったままだった︒ ﹁薫!﹂山本が真っ先に駆け寄ってくる︒ ﹁大丈夫か﹂ ﹁ええ ︑ 大 丈 夫 よ ﹂ 薫はヘルメットを脱ぎ︑片手に抱えた︒長い髪が背中にかかる︒ 山本は渋面を作った︒ ﹁無茶なことをするなよ﹂ 薫は悪戯を見つけられた子供のような表情をした︒そして︑山本は薫の複座 機を見 上 げ る ︒ ﹁おい││斉藤はどうしたんだ﹂ − 3 − ﹁ふふ︑強いて言えば飛行機酔いってところかしら﹂ 薫は苦笑して︑複座機を見上げた︒ ︵当た り 前 だ ︶ 山本は呟いた︒大型艦とは違い︑艦載機は俊敏な動きが要求される︒機動力 が空中戦に於ける勝負を左右するといっても過言ではない︒その為︑加速時に かかる重力は相当なものだ︒艦載機のパイロットはまず重力との戦いに勝つこ とから始めるのだ︒訓練もしていない人間がいきなり戦闘時の飛行について行 ける訳がない︑戦闘時の加速は音速を軽く超えるのだから︒訓練を受けている パイロットでさえ︑時にはブラックアウトする危険性があるのだ︒急上昇に急 下降︑急旋回など現役パイロットに本気モードでやられたら︑素人は十中八九 気絶する︒まして操縦など︑以ての外だ︒ ﹁これで少しは懲りただろう﹂ 笑いながら加藤が言うと︑山本は無表情に頷く︒ ﹁だと い い が な ﹂ 加藤と山本は連れ立って格納庫を出て行く︒薫は斉藤が降りてくるのを一人 待っていた︒ようやく斉藤が降りてくる︒何やら足取りが怪しい︒ ﹁大丈 夫 ? ﹂ ﹁あ⁝⁝ああ︑なんとかな﹂ 斉 藤 は 頭 を 振 り な が ら 小 声 で 答 え た︒ ま だ 平 衡 感 覚 が 戻 ら ず︑ 見 る 物 が ぐ にゃりと変形して見えた︒ ﹁姉ちゃん︑あんたは大丈夫なのか⁝⁝何ともねえのか﹂ 斉藤の言葉に︑薫は軽く吹き出した︒ ﹁私が大丈夫じゃなかったら︑今頃二人ともあの世に行ってるわ﹂ ﹁そうか││そうだよな﹂ ﹁これでわかったかしら││私達が空間騎兵隊と同じ戦い方ができないように︑ あなた達にも艦載機を操縦するのは簡単なことじゃないって思わない?﹂ ﹁⁝⁝ ﹂ ﹁その内に⁝⁝きっと空間騎兵隊の力を必要とする時が必ず来るわ︒その時に は隊長さん︑お願いね︒地上戦エキスパートのあなた達の右に出る者はヤマト にはいないもの︒││頼りにしているわよ﹂ − 4 − 薫はそう笑顔で言うと︑格納庫を後にした︒一人残された斉藤はその場に腰 を降ろし︑胡坐をかいた︒天井を見上げる︒ ﹁餅は餅屋ってことかい﹂ 呟くと︑何故か自然と笑いがこみ上げてきた︒ ︵││ちくしょう︑女のくせにやるじゃねえか︶ ほんの少しだけ︑パイロットって奴を見直してやってもいい││斉藤は薫の 度胸に敬意を表し︑そう思うのだった︒ 2 コスモタイガー隊員には戦闘時に迅速に発進できるよう︑格納庫の近くに詰 め所があった︒通称パイロットルームだ︒通常︑隊員達はここに集まっている ことが 多 い ︒ 山本の後を追って薫がパイロットルームの前まで来ると︑入口付近に薫を待 ち構えて加藤が立っていた︒ ﹁加藤 く ん ⁝ ⁝ ﹂ 加藤は腕組みをし︑いつもと違う厳しい顔つきで薫の前に立った︒ ﹁さっきの行動は命令違反だぞ﹂ 薫は素直に頭を下げた︒ ﹁すみ ま せ ん ﹂ 加藤は隊長だ︒薫は加藤の命令を無視して斉藤を搭乗させたのだから︑それ は明らかに命令違反だ︒隊長としてそれを見逃すわけには行かない︒当然厳重 な注意をする義務があり︑場合によっては艦長代理に報告する必要がある︒ ﹁これが艦載機戦だったらどうなっていたかわからんぞ︑今回は動きの鈍い潜 宙艦だったからよかったものの││﹂ 加藤の言う通りだった︒艦載機戦だったら体重の重い斉藤を載せての操縦は かなりのハンデになる︒しかも後方銃座もレーダーも扱えないとなると︑まさ にお荷物そのものだ︒ようやく自分とった行動がいかに軽率だったか思い至り︑ 薫は反省した︒返す言葉もなかった︒ ﹁⁝⁝ ﹂ − 5 − ﹁今回の件は特別に俺の胸に仕舞っておく︒││あのまま斉藤の奴を放って置 いたら何しでかすかわからなかったしな︒下手すりゃ格納庫内が滅茶苦茶に破 壊されてたかもしれねえし︒││だが︑本来なら始末書ものだぞ︒今後それを 忘れる な よ ﹂ ﹁⁝⁝ は い ﹂ ﹁ 全 く︒ │ │ あ ま り 山 本 を 心 配 さ せ る な よ ﹂ そ こ で 加 藤 は 表 情 を 和 ら げ た︒ ﹁ お 前 の こ と を 誰 よ り も 心 配 し て い る の は︑ 山 本 な ん だ ぞ︒ わ か っ て ん の か﹂ 薫は言葉もなく項垂れた︒ ﹁││早く山本のとこへ行けよ︒あいつは一応副隊長だからな︑ちゃんとお小 言ももらっとけ﹂加藤はおどけた表情で薫を促した︒ ﹁加藤 く ん ⁝ ⁝ ﹂ ﹁さあ 早 く ﹂ 背中を軽く押されて︑ようやく薫はパイロットルームへ入っていった︒ ﹁心配してたのはあいつだけじゃないけどな││﹂ 薫の後姿を見ながら︑加藤は小さな声で独りごちた︒ ﹁薫﹂ 部屋に入ってきた薫に気が付いた山本が椅子から立ち上がった︒ゆっくりと 薫の元 に 歩 み 寄 る ︒ ﹁加藤くんにこってり絞られたわ﹂ 神妙な態度で山本の表情を伺う︒ ﹁当た り 前 だ ﹂ 山本は両手を腰に眉間に皺を寄せ︑薫をねめつける︒薫は申し訳なさそうに 項垂れ た ︒ ﹁今回は無事だったからよかったもののお前が怪我でもしてみろ︑あの野郎た だじゃおかないところだったぜ﹂ 山本はそう言うと︑指の関節を鳴らした︒薫はますます身体を小さく縮めた︒ ﹁││ま︑加藤にかなり注意されたんだろ︑俺の小言はこれくらいで勘弁して やるよ ﹂ − 6 − 優しい表情に戻り︑俯いたままの薫に話しかける︒ ﹁⁝⁝あまり心配させるな︑寿命が縮んだぜ﹂ ﹁ごめ ん な さ い ﹂ 薫は一歩足を踏み出すと山本の胸に頭を付けた︒彼はその頭をなでる︒ ﹁これであいつも大人しくなるといいがな﹂ ようやく薫が顔を上げた︒ ﹁どうかしら? あれ位じゃ何とも思ってないかもしれないわ﹂ ﹁ああ ︑ 全 く だ ﹂ 山本はやれやれというように肩を竦めた︒ 3 斉藤は自室に戻らず︑医務室の佐渡の元へ向かった︒ ﹁よお ︑ 先 生 ﹂ 佐渡は医務室の一角に設けられた小さな和室にいた︒相変わらず酒瓶を片手 から話さない︒斉藤はいつも酔っているこの変わった医者がかなり好きだった︒ ﹁なんじゃ︑斉藤︒ユキならおらんぞ︑第一艦橋じゃ﹂ 佐渡はこの男がユキをたいそう気に入っていることを知っている︒暇さえあ ればユキ会いたさに医務室に顔を出す︒ ﹁いや︑そーじゃねぇんだ﹂ そう言うと斉藤は︑そこだけ畳敷きの小さな和室にドッカリと腰を降ろした︒ ﹁なんじゃい︑珍しいこともあるもんじゃな﹂ ﹁││あの飛行機乗りの姉ちゃんの近くには︑いっつもあのキザ野郎と口やか ましい隊長がいるんだよなあ﹂ 独り言のように︑珍しく斉藤がため息混じりに呟いた︒ ﹁ 飛 行 機 乗 り の 姉 ち ゃ ん? │ │ あ あ︑ 薫 の こ と か︒ キ ザ 野 郎 と は 山 本 の こ と か?﹂ 格納庫から自分達が居住する区に戻る途中には︑コスモタイガー隊員の詰め 所の前を必ず通らねばならない︒中を見るでもなく通り過ぎようとしたら︑加 藤 等 三 人 が 一 緒 に 楽 し げ に 話 し て い る の が 目 に 入 っ た︒ そ う い え ば︑ あ の 姉 − 7 − ちゃんの近くには二人のうちのどちらかがいる事が多い︒特にあの長髪のキザ 野郎││山本がいることが︒ ﹁ああ︑そうだ︒あの野郎︑姉ちゃんに気があるのか?﹂ 佐 渡 は 虚 を 付 か れ て キ ョ ト ン と し た 表 情 を 一 瞬 浮 か べ た︒ だ が す ぐ に 思 い 至って ︑ ﹁ああー︑お前は前回の航海に乗り合わせてなかったから︑知らないんじゃっ たな﹂ 持っていた酒瓶を卓袱台の上においた︒ ﹁何が だ い ? 先 生 ﹂ ﹁山本と薫はヤマトで││結婚式を挙げとるんじゃよ﹂ ﹁結婚 式 ぃ ? ﹂ 斉藤は素っ頓狂な声を上げた︒ ﹁そうじゃ︒ヤマトの乗組員に祝福されてな﹂ ﹁結⁝ ⁝ 婚 ﹂ ︵あのいつも澄ました顔のキザ野郎が︑あの姉ちゃんと││︶ 全く想像もつかない言葉を佐渡から聞き︑流石の斉藤も驚きのあまり︑続く 言葉が 出 な い ︒ ﹁ ま だ 正 式 な 手 続 き は し て な い よ う じ ゃ が︑ あ の 二 人 は 恋 人 以 上 の 関 係 な ん じゃよ ﹂ ﹁⁝⁝ ﹂ ﹁ だ か ら︑ お 前 も あ ん ま り 山 本 に ち ょ っ か い 出 す で な い ぞ︒ 薫 が 心 配 す る で な﹂ 佐渡は斉藤に酒を勧めた︒素直に酒の入った湯呑み茶碗を受け取る︒ ﹁じゃあよ先生︑あの隊長は何なんだよ﹂ 斉藤は酒をチビリと舐め︑上目遣いに佐渡を見た︒ ﹁加藤か?││ま︑加藤と山本は薫の騎士ってとこじゃな︒訓練学校から一緒 だからのぉ︑あの三人は﹂ ﹁騎士││? じゃあ︑あの姉ちゃんはお姫様ってとこか﹂ 斉藤は乾いた笑い声を上げた︒ ﹁ そ う い う こ と じ ゃ な︒ 第 一 艦 橋 の お 姫 様 が ユ キ │ │ ユ キ の 騎 士 は 古 代 と 島 − 8 − じゃな ﹂ ﹁ちぇっ︑ヤマトの女隊員はみんな売約済みかよ﹂ ﹁それだけ二人はいい女っていうことじゃ﹂ ﹁まあ確かにいい女だよな︑二人とも﹂ ︵そうか︑それでさっきはあいつと喧嘩を始めたのを見かねて︑命令違反覚悟 で自分を搭乗させたのか⁝⁝︶ ﹁なんでぇ︑俺に気でもあるんじゃねぇかと思ったじゃねぇか﹂ 斉藤は自嘲気味に笑った︒ 4 太陽系を離れてどれくらい時間が経ったのだろう︒最近では敵との遭遇もな く︑比較的穏やかな空気が艦内を流れていた︒ここ格納庫でもコスモタイガー 隊員達が各々自分の搭乗する機の整備・点検をしたり︑また機体を磨いたりし ている︒加藤と山本は二人で薫の複座型コスモタイガーの点検をしていた︒ ﹁これなあ︑整備の途中で持ってきちまったからなあ﹂ 加藤が漏らした言葉を山本は聞き逃さなかった︒ ﹁なんだと? お前そんな機を薫に渡したのか﹂ 山本 は 加 藤 を 睨 む ︒ ﹁まあそう言うなって︒突然のことだったんだぜ︑大目に見てくれよ﹂ ﹁ふざけるな︑薫に何かあったらどうするつもりだったんだ﹂ 山本はそう言うと手にした工具を置くと︑加藤を羽交い絞めにした︒ ﹁いいじゃないか︑別に今までなんともなかったんだから﹂ ﹁そういう問題じゃない﹂ ﹁大体︑お前が素直に薫を連れてくりゃよかったんだよ﹂ ﹁問題をすり替えるな﹂ しび ﹁もう︑二人ともふざけてないで早く見てよ﹂ いつまでもじゃれあっている二人に痺れを切らして︑薫が声を上げる︒ ﹁すま ん す ま ん ﹂ 加藤は笑いながら床に置いた工具を手にした︒山本も苦笑気味に薫に向かう︒ − 9 − ふく ﹁わかってるよ︑そうむきになるなよ﹂ 薫はわざと膨れた顔をした︒ ﹁なんか調子悪いのよ││この前隊長乗せた時じゃなくてよかったわ﹂ それを聞くと山本は途端に不機嫌な顔をした︒ ﹁あんな奴乗せるから調子悪くなるんだぜ﹂ 台車に仰向けに寝ると山本は機体の下にもぐった︒ ﹁斉藤の話はタブーなんだ﹂ 加藤が笑いをかみ殺しながらおかしそうに言った︒ ﹁どうしてこんなに仲が悪いのかしら⁝⁝﹂ 薫はため息をついた︒ ﹁さあな︑そりが合わないんだろう﹂ 加藤はコクピットに入り計器類を点検し始めた︒ ﹁いきなり殴られて好きになる奴なんかいるものか﹂ 山本は機体の下にもぐったまま吐き捨てるように言う︒ 確かに⁝⁝と薫は思った︒斉藤は初めて見たコスモタイガーに乗りたいらし く︑よく格納庫に顔を出していた︒つい先日も︑出撃直前の山本を殴り倒して コスモタイガーを操縦しようとした︒当然山本の気は収まらず︑斉藤と派手に 喧嘩をやらかしたのだ︒見かねた薫が自分の機に搭乗させたものの︑後で加藤 にこってりと注意されたのだった︒ コスモタイガーⅡは現在地球防衛軍最新鋭の艦載機だ︒薫自身も月面基地に 配属されてからは数回しか搭乗したことがなかった︒指令本部内で勤務するよ う辞令が降りて︑しばらく操縦業務から離れていたのだ︒急遽ヤマトに合流す ることになり︑加藤の基地から一機拝借して駆けつけたものの︑初めての複座 型ということもあり︑少々てこずったのを覚えている︒訓練を受けた薫でさえ そう思うことがあるのに︑訓練も受けたことのない空間騎兵の斉藤が︑簡単に 操縦できるはずがないのだ︒仮に運良く離陸できたとしても︑その先は想像に 難くな い ︒ しかし︑斉藤の気持ちもわからないでもなかった︒第十一番惑星での戦闘で 斉藤は多くの部下を失った︒その無念は言葉では言い表せないだろう︒また︑ 地上勤務の経験しかない彼らが突然航海に加わることになったのだ︒勝手がわ − 10 − からず身を持て余してあちこちに顔を出していることも知っていた︒各部署か ら苦情が古代のところに殺到していると︑ユキが苦笑混じりに言っていた︒ ﹁複座機は台数がないからな︑大事にしないとな﹂ 加藤が洩らした独り言を薫は聞き逃さなかった︒ ﹁心得ています︑大切に乗らせてもらうわ﹂ 薫は殊勝に頭を下げる︒ ﹁お礼に珈琲をお持ちしますわ︑加藤隊長﹂ そう言い残して薫は格納庫を出て行った︒ ﹁││わかんねえな︑排出口かな﹂山本が機体の下から出て来て呟いた︒ ﹁お い加藤︑何かわかったか﹂ そうコクピットの加藤に向かって声をかけようとした時︑背後に人の気配を 感じて山本は振り向いた︒ ﹁斉藤 │ │ ﹂ いつの間にか山本の背後に斉藤が立っていた︒ − 11 − ﹁よう︑仲良く飛行機の整備かい﹂ ﹁見り ゃ わ か る だ ろ ﹂ 山本は露骨に嫌そうな顔をして︑斉藤に背を向けた︒ ││この野郎﹂ と︑斉藤は山本の肩に手をかけた︒それを山本は邪険に振り払った︒ ﹁そう と が る な よ ﹂ ﹁ 動で山本は吹き飛ばされ︑艦載機に叩きつけられた︒ 斉藤は山本の胸倉を掴むと︑下から顎を狙って拳を喰らわせる︒殴られた反 ﹁野郎 ⁝ ⁝ ﹂ 簡単にかわされた事がますます斉藤を激昂させた︒ げきこう 格納庫にいた他の隊員達も何事かと集まってくる︒涼しい顔で最初の一発を ﹁おい︑何やってんだ! やめろ﹂ 騒ぎに気付き︑加藤がコクピットから顔を出した︒ ﹁同じ手を二度も喰うか﹂ かかった︒寸前のところで山本はそれをかわす︒ 斉藤は一気に逆上した︒払いのけられた手を拳に握り変えると︑山本に殴り !? ﹁││ 貴 様 ﹂ 口許を拭いながら立ち上がった山本は︑そのまま斉藤の懐に入り膝蹴りを見 舞う︒間髪いれず︑腰を折った斉藤の顔面を山本の拳が襲う︒斉藤の巨体が大 いき きく仰け反り︑後ろに弾き飛ばされた︒加藤が慌ててコクピットから飛び降り る︒ ﹁山本! やめろ︑斉藤お前もだ!﹂ はや 間に割って入ろうとするが︑完全に熱り立った二人は簡単に止めることがで きない︒集まってきた隊員達が野次馬になり︑双方を囃したてる︒ ひとだか そんな騒ぎの中︑コーヒーポットを持った薫が戻ってきた︒格納庫は異様な 雰囲気に包まれており︑なにやら大騒動になっている︒人集りになっているの は薫の 複 座 機 の 前 だ ︒ ︵││ 何 ? ︶ 不安に思い︑集まっている隊員達をかき分け前の方まで来ると︑山本と斉藤 が派手に殴り合いをしているのが目に入った︒薫の手からポットが離れた︒落 下したコーヒーポットが大きな音を立てた︒慌てて加藤の姿を探したが︑どう うずくま やら加藤は止めるのを諦めたらしく︑少し離れた場所で騒ぎの行方を見ている︒ にら 山本が斉藤に蹴られ床に蹲るのを見て︑薫は思わず斉藤の前に飛び出した︒ ﹁何をしているの︑やめなさい!﹂ いつもと違う険しい表情で斉藤を睨む︒ ﹁ほう││女に助けてもらえるなんざ︑いいご身分だ﹂ 斉藤は薄ら笑いを浮かべ︑山本に毒づいた︒ ﹁なん だ と ﹂ 熱り立つ山本を手で制し︑薫は斉藤に一歩近づく︒鈍い音が響いた︒斉藤の 左頬が見る見るうちに赤くなる︒一瞬にしてその場が静まった︒ ﹁ い い 加 減 に な さ い! │ │ 仲 間 を 失 っ て 悲 し い の は︑ あ な た だ け じ ゃ な い の よ﹂薫は言葉を続ける︒﹁戦いがある以上仲間の死は避けて通れない││それ は誰もが経験していることなのよ﹂ そう︑ヤマトでもイスカンダルへの航海で多くの仲間を失っていた︒沖田艦 長も⁝⁝︒今回の航海に於いても︑太陽系を出るまでに遭遇した敵との戦闘で︑ 数人は亡くなっているはずだ︒ − 12 − 薫は怒りとも悲しみともとれぬ表情で斉藤を見つめている︒その視線に耐え 切れなくなったのか斉藤は顔を背けた︒しばらく沈黙が続いた︒あれだけ騒い でいた周りの人間も︑誰一人口を利く者はいなかった︒ ようやく斉藤が口を開いた︒ ﹁││ 邪 魔 し た な ﹂ 斉藤はばつが悪そうに薫にそう言い残すと︑格納庫を出て行った︒ ようやく騒ぎが収まって改めて山本を見ると︑ずいぶんひどい有様だった︒ あざ ふ て く さ 隊員服はところどころ破れているし︑斉藤を殴っていた左手は蒼黒く変色して いる︒顔もずいぶん殴られたようで︑痣だらけだ︒ ﹁ふう ⁝ ⁝ ﹂ 薫は大きなため息をついた︒ ﹁どう し て │ │ ﹂ そう言って振り返ると︑山本は胡坐をかいたまま不貞腐れている︒ ﹁あいつが売ってくるんだ︑売られた喧嘩は買ってやる﹂ ﹁いきなり斉藤が来たと思ったら︑殴り合いだよ︒どうしようもない﹂ 加藤も肩を竦め︑呆れたように言う︒ ﹁医務室に行きましょ︑消毒しなくちゃ﹂ ﹁⁝⁝ ﹂ 山本は無言で立ち上がると︑一人格納庫を出て行った︒ ﹁やれやれ││あの二人余程相性が悪いのか︒それともあいつ︑空間騎兵にな んか恨みでもあるのかね﹂ 加藤の言葉に︑以前にも山本は空間騎兵の人間と喧嘩をしていたのを薫は思 い出した︒あれは確か地球防衛軍中央大病院で︑自分が空間騎兵の隊員に絡ま れていたのを山本が助けてくれたのだ︒あの時も山本は自分より遥かに体格の いい隊員相手に派手な殴り合いをして︑ずいぶん驚かされたことを薫は覚えて いる︒騒ぎに気付いた警備員が駆けつけてきたので︑慌てて二人してリネン室 に隠れ た │ │ ︒ きっと山本の性格が︑空間騎兵の気質を相容れないのだろう︒ ︵なる ほ ど ね ⁝ ⁝ ︶ 薫はようやくそこに思い至った︒ − 13 − ﹁そうね︑余程相性が悪いのね││﹂ 5 ひそ 山本の後を追わずその場に残った薫は︑誰に言うでもなく呟いた︒ ﹁││また喧嘩? 薫が心配するわよ﹂ 医務室にはユキがいた︒入って来た山本の顔を見るなり眉を顰める︒ ﹁⁝⁝ほっといてくれ﹂ 山本は不貞腐れたように言って︑診療用の椅子に腰を降ろした︒ ﹁それじゃせっかくの二枚目も台無しね﹂ ユキはキャビネットから消毒薬を取り出しながら言う︒確かに山本の顔は殴 られた箇所が腫れ始め︑ひどい有様だ︒ 二人の会話を聞きつけて︑奥から佐渡が出てきた︒ ﹁なんじゃい山本︑まーた斉藤と喧嘩したのか﹂ まだ相手が誰とも言ってないのに︑すっかり斉藤だとばれている︒ ﹁⁝⁝ ﹂ ﹁困った奴じゃわい︑あいつと喧嘩してここに来たの何人目じゃ﹂ 佐渡はやれやれと︑ユキを振り返る︒ ﹁私が知っている限りでは五人です︑先生﹂ その五人の中には古代も入っていた︒ 呆れ顔でユキは山本の前に屈むと︑切れた唇から消毒を始めた︒ ﹁痛っ ﹂ ユキがおざなりに消毒薬を傷口に塗るので︑山本は思わず声をあげた︒ ﹁何よこれくらい︑我慢なさい︒││薫の方がよっぽど痛がってるわ﹂ ﹁え? ﹂ 意味不明な言葉に山本はその意を訊ねようとしたが︑ユキは黙ったまま治療 ばんそうこう を続ける︒何やら怒っているように感じられ︑それきり山本も声を掛けられな かった︒最後に口許の絆創膏を貼り終えると︑ ﹁あとで薫にちゃんと診てもらうのね﹂と言い残し︑さっさとユキは奥へ片付 けに入 っ て し ま っ た ︒ − 14 − 佐渡はユキと山本を交互に見てオロオロしている︒治療が済んでしまったの でこれ以上ここに留まる理由もない︒山本は佐渡に軽く会釈をすると︑憮然と した面持ちのまま医務室を後にした︒ 口許に貼られた絆創膏を指で触る︒口の中には鉄の味がまだ残っていた︒ユ キの言葉が気にかかったが︑あの様子では確かめられそうにもなかった︒今頃 になって︑あちこちの傷が痛み出す︒ ︵ちぇっ︑踏んだり蹴ったりだぜ││︶ そのまま格納庫に戻って艦載機の整備を再開する気にはならず︑山本は自室 のある居住区に足を向けた︒ 6 山本が医務室でユキの手荒い治療を受けている頃︑斉藤は食堂にいた︒斉藤 の怪我に気付いた空間騎兵の部下達が︑口々に話しかけてきたが返事をする気 になれなかった︒話しかけても反応のない斉藤に部下達も為す術がない︒機嫌 を損ねて側杖を喰うのは御免だとばかりに︑遠巻きに様子を窺う︒斉藤はそん な部下の心境など気にすることなく︑組んだ手に顎を乗せて考え込んでいた︒ ︵別に喧嘩するつもりで行ったんじゃなかったんだがな︶ 斉藤としては前回山本に対してとった行動を︑少なからず反省していた︒だ からと言って素直に謝ることはこの性格からいって無理だ︒何気なく話しかけ て︑話の流れで詫びの一言でも言えたら││そう思い︑格納庫に顔を出したの だが︑考えとは全く正反対の結果になってしまった︒ ︵全くうまくいかねぇな︶ ぼんやりとそんなことを考えていたら︑隣に誰か座った気配がした︒見ると 薫だっ た ︒ ﹁あ⁝ ⁝ ﹂ ﹁隊長︑怪我大丈夫?﹂ 薫は先ほどとはうって変わり︑穏やかな表情で話しかけてくる︒ ﹁ああ︑こんなの怪我のうちに入らねぇよ︒あんなへなちょこパンチなんざ効 きやしねぇぜ﹂そう答えながら︑斉藤は口許を押さえ顔を顰めた︒顰め面のま − 15 − ま︑﹁││あいつ︑見かけによらず喧嘩っ早いんだな﹂と苦笑いを漏らす︒ ﹁売られた喧嘩は買う主義らしいわ﹂ ﹁ちぇっ︑それじゃあ俺がいつも売ってるみてぇじゃねえか﹂ そんな斉藤を見て小さく笑い︑薫はポケットから何かを取り出した︒ ﹁これ │ │ ﹂ 取 り 出 し た も の を テ ー ブ ル の 上 に 置 く︒ そ れ は 斉 藤 が 見 た こ と の な い も の だった︒木の枠に円柱型のガラスがはまっていた︒ガラスは中央で細くくびれ ており︑その中には青色の何かが入っている︒空の色によく似た綺麗な青︒ ﹁なん だ こ り ゃ あ ﹂ 薫は微笑んで︑その不思議なものの天地を逆にした︒すると︑ガラスの筒の 底に円錐状に溜まっていた青い粉に見える何かが︑細いくびれを通り︑今度は 何も入っていない空っぽの反対側へさらさらと落ちていく︒ ﹁綺麗でしょう? これはね︑砂時計っていうのよ﹂ ﹁砂⁝ ⁝ 時 計 ? ﹂ ﹁そう ﹂ この綺麗な青い粉の正体は砂なのか││斉藤は不思議な思いで砂の行方を目 で追った︒そこで気付いたように︑ ﹁これが時計? これじゃあ何時だかわからないじゃねえか﹂ 薫は 微 笑 ん だ ︒ ﹁うん︑これは現在の時間を知るための時計じゃないのよ︒││これからの時 間を教えてくれる時計なの﹂ 斉藤は訳がわからないという顔をした︒ ﹁この砂が落ちきった時にはじめて三分経ったってことがわかるの﹂ ﹁ふー ん ⁝ ⁝ ﹂ ﹁隊長︑よく聴いてみて︒微かだけど音が聴こえるでしょ﹂ 薫に言われ︑斉藤は耳を澄まして砂が落ちる音を聴いた︒微かだが確かに聴 こえる││さらさらと︒何故か懐かしい感じがした︒ ﹁静かなところだったらもっとよく聴こえるわ﹂ 二人は黙って落ちていく砂をしばらく見ていた︒ ﹁この音聴いてると気持ちが和まない?﹂ − 16 − 薫が斉藤の方を向いて話しかける︒確かに砂の落ちるところを見ているだけ でも心が和む気がした︒ささくれ立った気持ちが次第に治まってくる︒ ﹁ああ ⁝ ⁝ ﹂ ﹁これ隊長にあげるわ﹂ 薫は斉藤の前に砂時計をそっと差し出した︒ ﹁え? ﹂ ﹁大切 に し て ね ﹂ 言いながら薫は席を立った︒斉藤は慌てて声をかける︒ ﹁お︑ お い ! ﹂ ﹁?﹂ 薫は 首 を 傾 げ た ︒ ﹁さっきは⁝⁝悪かったな︒││その︑別にあいつと喧嘩するつもりだったわ けじゃ あ ね ぇ ん だ ﹂ 斉藤にしては歯切れが悪い││口篭りながら話し始める︒ ﹁わか っ て る わ ﹂ 薫は 笑 っ た ︒ ﹁あいつに││山本に謝っておいてくれ﹂ ﹁OK﹂ 薫は短くウィンクをした︒ 斉藤はすっかり砂が落ちきってしまっていた時計をまた逆さにした︒砂は淀 7 みなく少しずつだが確実に落ちていく︒斉藤は飽きることなく︑何回も何回も 同じ動作を繰り返した︒ ﹁先生 い る か い ﹂ 医務室のドアが開くや否や斉藤は声をかけた︒佐渡は奥の和室から顔だけ出 した︒ ﹁まーた山本とやったな﹂ 困った奴だと言いたげな顔で︑小さく手招きをする︒ − 17 − ﹁へへ⁝⁝なんだ︑もう知ってんのかよ﹂ 斉藤は畳の上で胡坐を組んだ︒ ﹁さっき山本が顔腫らして来たわい﹂ ﹁へへッ︑色男が台無しだったろう﹂ ﹁お前がやったんじゃろ︑しょうがない奴じゃ﹂ 山本もひどい顔をしてここにやって来たが︑この男の顔も相当ひどいものだ︒ 治療は︑と訊ねると斉藤は首を横に振る︒佐渡は渋い顔で一升瓶を手元に引き ちゃぶだい 寄せ︑湯呑み茶碗いっぱいに注ぎ︑斉藤の前に置いた︒ ﹁先生これ知ってるか?﹂ 勧められた酒には手をつけず︑斉藤は卓袱台の上に砂時計を置いた︒ ﹁ほう⁝⁝砂時計じゃな︑こりゃまたずいぶん懐かしいものを﹂ 持っている︑と懐かしそうに佐渡は置かれた砂時計に目をやる︒ ﹁やっぱ先生は知ってたか﹂ ぶこつ ﹁お前これどうしたんじゃ?﹂ 何故この無骨な男がこんなレトロな物を持っているのか︒ ﹁姉ちゃんにもらったんだ﹂ ﹁薫に?││薫がこんなもん知ってたとは驚きじゃのう﹂ ﹁先生よう︑これ見てると気持ちが落ち着くんだぜ﹂ ﹁お前でもそんなこと感じるんじゃなあ﹂ 意外なことを聞いたように佐渡はおかしそうに笑った︒ ﹁ああ ⁝ ⁝ ﹂ 斉藤は飽きもせず砂時計を眺めている︒ ﹁さっきはよう︑キザ野郎││じゃねえ︑山本と別に喧嘩するつもりじゃあな かった ん だ ﹂ 時計はさらさらと青い砂を規則正しく落としていく︒ ﹁そんなつもりで格納庫に行ったんじゃなかったんだけどよ︑また喧嘩になっ ちまってな︒そしたらよう︑姉ちゃんに横っ面張り倒されたぜ﹂ ﹁薫に か ? ﹂ 佐渡は信じられないといった顔をした︒薫はユキよりもおっとりとした性格 だ︒その薫がよりによってこの男に手をあげるとは︒だが︑薫はあれでも戦闘 − 18 − 機を操るパイロットだ︑芯は強いところもあるということか││︒ ﹁ああ︑思いっきりバチーンだぜ﹂ ︵実際︑山本に殴られたより遥かに効いたぜ││︶ 女に叩かれてさぞや腹を立てていると思いきや︑斉藤はむしろさばさばした 顔をしているのが︑佐渡には意外だった︒ ﹁なあ 先 生 ﹂ ﹁なん じ ゃ い ﹂ ﹁あの姉ちゃんが惚れた男なんだから││あいつもいい奴なんだろうな﹂ ﹁山本のことか?││ああ︑いい奴だとも﹂ ﹁そう か ﹂ ﹁まあ︑取っつき難い一面もあるがな︒⁝⁝あやつは命がけで薫を守っている んじゃ よ ﹂ やさおとこ そこで佐渡は︑前回の航海で起きたワープ直前の一件を斉藤に聞かせた︒ ﹁へ⁝ ⁝ え ﹂ 斉藤は驚いて言葉が出なかった︒あんな優男にそんな度胸があるとは︒人は 見かけ に よ ら な い ︒ ﹁ちったぁ見直したぜ﹂ ﹁あ︑こんなことわしから聞いたなどと山本には言うでないぞ︒まーた喧嘩に なりか ね ん か ら な あ ﹂ ﹁はは は は は ﹂ 豪快に斉藤は笑った︒見ると砂時計の砂はすっかり落ちてしまっている︒ ﹁薫なりに気を使っとるんじゃよ﹂ 佐渡がぽつりと呟いた︒ ﹁お前もすでにヤマトの一員なんじゃよ﹂ ﹁ああ︑わかったよ⁝⁝わかってるよ先生﹂ 小さく何度も頷くと︑ようやく斉藤は酒の入った湯呑みを手に取った︒ − 19 − 8 山本はしばらく自室で横になったりしていたが︑どうにも落ち着かず︑パイ ロットルームへと足を運んだ︒部屋に入って来た山本に気付き︑薫が近づいて くる︒ ﹁大丈 夫 ? ﹂ 薫は心配そうに顔を覗き込む︒山本は格納庫を出て行った時と同じ︑仏頂面 をして い た ︒ ﹁⁝⁝ あ あ ﹂ てんまつ 答えながら殴られて腫れた口許を触る︒ ﹁ユキの奴︑乱暴なんだぜ﹂ イスに腰掛けながら医務室での顛末を山本は話した︒ユキが言った謎の言葉 は敢えて告げなかった︒ ﹁ふふ ﹂ 薫は珈琲サーバーに向かう︒なみなみと珈琲の入ったカップを山本の前に置 き︑向かい合った席に腰を降ろす︒山本がカップを口に運ぶのを見届けると︑ 薫が口 を 開 い た ︒ ﹁隊長がね││あなたに謝っておいてくれって﹂ ﹁斉藤 が ? ﹂ 山本は疑わしそうな表情をする︒ ﹁ええ︑さっきは喧嘩するつもりじゃなかったんだ││って﹂ ﹁⁝⁝ ﹂ 山 本 は 無 言 の ま ま 手 元 の 珈 琲 を 見 つ め た︒ │ │ 確 か に 今 回 は 自 分 に も 非 が あったかもしれないと思った︒斉藤の暴力に訴える強引な手法は絶対に認める ことはできないが︑妙な先入観が先に立ち︑ろくに斉藤の本意を確かめもせず︑ 邪険にあしらったのは良い判断ではなかった︒あの時︑きちんと斉藤の言葉に かば 耳を傾けていたら︑こんな騒ぎにはならなかっただろう︒ かえり ﹁別にね︑隊長を庇うわけじゃないけれど││もう私達ヤマトの仲間なんだか ら⁝⁝ ﹂ 薫の微かに微笑んだ顔を見て︑山本も自身を省みた︒ − 20 − ︵そう だ な ⁝ ⁝ ︶ 斉藤達にしてみれば今回は予期せぬ航海になったのだ︒自ら希望してヤマト に乗り込んだ自分達とは違う︒他に選択肢がなかったのだからその点は同情す る余地がある︒だからと言って︑何をしても許されるというものではないが︒ いさかい 先ほどのユキの言葉が思い出された︒ ﹃薫の方が痛がってるわ﹄ なるほど︑薫は自分と斉藤の諍いに心を痛めていたというわけか︒納得して 頷いた ︒ ﹁わかったよ︑俺も悪かった││以後気をつけるよ﹂ ﹁すごーく仲良くしろとは言わないから⁝⁝もう喧嘩はしないでね﹂ いとわ 薫は微笑んだ︒いつもの優しい穏やかな笑顔︒斉藤とは到底気が合いそうに ないが︑この笑顔のためなら多少の我慢は厭わない︒ ﹁了解 ﹂ 山本もようやく笑った︒ 初稿二〇〇三年五月 改訂二〇〇六年四月 − 21 −
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