西部開拓史 - GAINAX

TA N A K A H I R O F U M I
P R E S E N T S
RAKUGO
THE
FUTURE
RAKUGO THE FUTURE
JAPANESE TRADITIONAL
ENTERTAINMENT
文:田中啓文
第 24 回:西部開拓史
(今回は、ものすごくだらだらした内
というわけで、今回は、
(時代劇はお
番好きだというおかたに登場しても
容です。ひとこと断っておきます。そ
いといて)昔懐かしい西部劇について
らって、いろいろうかがいたい。え? 「好き、いうか、西部劇のせいで、シン
れと、西部劇のことを知らないと、ま
である。
ネタがSFでも落語でもないって?
るでおもしろくありません。ふたこと
時々、思い出したように「西部劇を
そこはそれ、筆の先でどがちゃがど 「シンディ・ローパーの略か」
断っておきます)
復活させよう」とか、
「西部劇に新しい
がちゃが……。
昔、映画といったら西部劇か時代劇
息吹を」とかいった作品が登場する
「こんにちは」
「ほんなら何やねん」
だった。ジョン・ウエインを筆頭に、西
が、
「古い素材を現代の観点で」という
「おまはんかいな、こっち入り」
「わかりまへんか、心の苦労と書いて、
部劇スター、つまり、西部劇しか出演
切り口の作品は、映画としての出来不
「じんべはん、今日はおひまでっか」
心労です。心がつらいんです。悩んで
しないような大物俳優がでかい顔をし
出来はともかく、例外なく「すかっと
「何にもすることないさかい、猫のひ
るんです」
ていたものだ(本当に顔がでかかっ
しない」
。
げ抜こか、と思てたとこや。長いこと 「ぼーっと生きてるように思てたけど、
た)
。本邦でも、片岡千恵蔵、市川右太
そして、「昔の西部劇のおもしろさを
顔見せなんだな」
衛門の両巨頭(本当に頭が巨大だっ
そのまま再現」というやつも、なんか
「ちょっと凝ってるもんがおまして」
た)をはじめ、大勢の時代劇専門俳優
ふるくさーい、中途半端な感じにな
「凝ってる? 肩か?」
ほんま言うたらね、わたいの彼女、い
たちが飛ぶ鳥を落とす勢いだった。と
る。これはやはり、当時と今とは時代
「あほなこと言いなはんな。凝ってる
てますやろ」
ころが、今や映画のほとんどがSFか
がちがうので、昔おもしろかったもの
と い う か 、 心 奪 わ れ て る と い う か 「ああ、あのカバケショウか」
アドベンチャーかホラーか恋愛物に
が今もおもしろいとは限らないという
……」
なってしまい、西部劇だの時代劇だの
ことだろう。
といった作品は過去の遺物に成り果て
では、西部劇に未来はないのか。 「実はね、誰にも言いなはんなや。……
RAKUGO
「ほう、何に心奪われてるねん」
てしまった。かつての栄華今いずこ、 あったとしても、それが「ウエスト・ ウエスタンです」
といったところである(映画と栄華を ワールド」とか「ワイルド・ワイルド・ 「パキスタン?」
かけた洒落なのだが、たぶん誰も気づ ウエスト」だとしたら悲しすぎる。そ 「知りまへんか、西部劇でんがな」
かないと思うので、
一応指摘しておく)
。 のへんを、西部劇が三度の飯よりも一
「人は見かけによらんな。おまはん、西
部劇好きか」
ローになってまんねん」
「あほなことを、これ」
おまえでも心労がたまるか」
「そらもう、むちゃくちゃ心労でっせ。
「何でんねん、そのカバケショウて。ど
う聞いても、褒め言葉には聞こえまへ
んけど」
「カバに化粧したみたいやさかい、カ
バケショウやないか」
「失礼なこと言いなはんな。あれでも
おととしの全ミスコンで最終候補に
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なったんでっせ」
文:田中啓文
第 24 回:西部開拓史
も眠れん。心労のせいで、新郎になり
までにわたいに西部劇の蘊蓄をいろい
「え? ミス全日本の最終に?」
そこなったら、えらいことでんがな。
ろ教えてもらえまへんか」
「いやいや、ミス全動物です。動物の顔
もう毎日、しんろうてしんろうて」
RAKUGO
に似ているかどうかを競うコンテスト 「心労のわりに、しょうもない洒落を
で、カバ部門の候補に残ったらしいん 言うな」
ですけど」
「そらまあ……立派なもんや。で、その
彼女がどないしてんな」
「彼女が、西部劇オタクで、わたいも話
「じんべはん、あんた、日頃からなんで
かしとけ。……しかし、今日はちょっ
で。あのな……一番有名な西部劇は
と忙しいさかい、また今度……」
な、えーと……『置き傘』言うねん」
「何言うてまんねん。猫のひげ抜く言 「あの……それ、
『駅馬車』ちゃいまっ
ろ。もしかしたら、西部劇にも詳しい
いはてこでも動きまへんで」
てん。いまさら、ほんまは全然知らん
まっか、言うてまんねん」
とは言えまへんがな。それで、心労に 「そ、そ、そらまあな……」
なってしもて……」
「詳しいんでっか」
「なるほどなあ、新喜劇とかにようあ 「あ、あたりまえや。実はここだけの話
る設定やけど、現実にあるとは思わな やけどな、わしも西部劇が三度の飯よ
んかったわ」
か。ほんまにずうずうしいやっちゃ
うてましたがな。こうなったら、わた
をあわそと思て、ついつい『わいも、西 「何?」
部劇に詳しいで』と言うてしまいまし 「いや、西部劇にも詳しいんとちゃい
りも一番好きなんや。せやから、この
「つれないことを言いまんなあ。明日、 ごろは飯を食わんと、三度一ばっかり
彼女の家に行って、ご両親に会うこと 食うとんねや」
「おまえ、今、なるほど言うたやない
「わかった。みなまで言うな。わしにま
も知ってるちゅうて自慢してますや
んとちゃいまっか」
言うてないんと一緒でんがな」
か」
「そうともいう。西部劇の神様といわ
「しゃあないな。ほな、わしの知る限り
れたジョン・フォードが監督で、主演
の西部劇の知識を伝授したろ。覚悟せ
が、これまた西部劇の王様といわれた
えよ」
ジョン・ウエインや。名作中の名作や。
「のぞむところです。まず教えてほし
この二人は兄弟や」
いんは、有名な西部劇映画の内容です 「え? ジョン・フォードとジョン・ウ
な」
エインがですか」
「そやな……まあ、西部劇言うたかて、 「そや。聞いたらわからんか? 名字
いろいろある。過去、製作された映画
がジョンで、一緒やないか」
は山のようにあるし、名作と呼ばれる 「あ、なるほど。すごい兄弟ですな。で、
もんも無数にある」
「ふんふんなるほど」
どんな映画ですねん」
「話しだしたら長なるさかい、また今
になってまんねんけど、親もえらい西 「あんたこそ、しょうもない洒落を
部劇マニアやそうでんねん。うかつな ……。まあ、でも、良かったわ。あん
「ようわかったか。わかったら、続きは
こと言うてしくじったら、と思うと夜
「待ったあ待ったあ。それでは何にも 「そやな……主人公はリンゴ・キッド
たが西部劇に詳しいんやったら、明日
また今度……」
度……」
「そこを手短にお願いでけまへんか」
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という少年や」
「少年、でっか」
文:田中啓文
第 24 回:西部開拓史
「たぶんな」
「あんた、そればっかりや。頼みますわ」 「ようおるやろ。日本語あんまりわ
「ほんで、そのリンゴ・キッドがどない
「他になあ……そや、
『あひるの決闘』 かってないのに、やたらとしゃべるや
RAKUGO
「そや。キッドいうのは小さい子供の
しましたん」
ことや。チャップリンの『キッド』を 「まだ続きが聞きたいんかいな。しつ
知らんのか」
こいやっちゃで」
「なんでリンゴ・キッド言いまんねん」 「まだ何にも聞いてまへんがな」
「わからんか、おまえは。頭にいつもリ 「ゲスラとかいう悪い代官に、頭に乗せ
いう映画があったな。あれは名作や」
「どんな映画ですねん」
つ。そういうやつが主役なんや」
「はあ……何でんねん、それ」
「おまえはあほか。題名見たらたいが 「変な外国人がマクドのカウンターに
いわかるやろ。あひるが決闘する映画
来てな、なんやえらい早口で『わかり
やないかい」
ました、それOK』言うとるんや。
『O
ンゴを乗せとるさかい、みんながリン
たリンゴを一発で撃ち抜いたら命を助
「そのままやがな」
ゴ・キッド、リンゴ・キッドと呼ぶよ
けたる、言われて、見事にそれを撃ち
「主題歌もヒットしたで。
『ハヌマーン』 プロブレム、問題ありませーん』いう
うになったんや」
抜いたんや。どや、もうわかったやろ」
いうて」
K、OK。私それわかってます。ノー・
から、納得しとるんかと思たら、これ
「変わった子ですな。何でそんなもん 「それ、なんか他の話とちゃいまっか」 「それ、
タイの白猿の神様ちゃいまっか」 が実は苦情なんや」
乗せてまんねん」
「いちいちうるさいな。その代官は 「西部劇に白猿が出たら悪いんかい」 「何の話ですねん」
「さあ……それは本人の趣味としか言 チョコレートとかカカオが好きやった 「いや、そんなことおまへんけど……。 「しゃあから映画の内容やないか。こ
いようがないな。我々にはうかがい知
んや」
それ、もしかしたら『ハヌマーン』やの
んな映画知っとるか」
ることはできん。おまえビートルズ 「それも、
なんか他の話とちゃいまっか」 うて『ハイヌーン』とちゃいまんのか」 「知りまへんわ、そんなん」
知っとるか」
「おまえな、文句言うんやったら、もう 「ああ、そやったかいな。一字違いで大 「これが有名な『OKも苦情の毛唐』や」
「ああ、えげれすのグループサウンズ 話せんで」
違いいうやつやな」
「今時、毛唐なんて言うたら怒られ
でっしゃろ」
「あの中にリンゴ・スターいうやつが
「すんまへん。他には有名な映画はあ
りまんのか」
おってな、そいつもいつも頭にリンゴ 「あるある、なんぼでもある。でも、今
乗せとるんや」
日は時間もないさかい、また今度
「へー、そんなん流行ってまんのんか」 ……」
「全然違いまっせ」
まっせ。でもそれ、
『OK牧場の決闘』
「あと、ほら、めちゃめちゃ有名な映画
とちゃいまっか」
があったな。えーと……外国人が出て 「わかるか?」
くるんや」
「わかりますわ、OKゆうた時点で。
「西部劇はたいがい外国のもんでっせ」 しかし、長いことかかったわりには
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第 24 回:西部開拓史
しょうもないですな。大久保町の決闘 「よういわんわ」
のほうがずっとよろしで」
「まだまだ名作はあるで。わしはな、西
RAKUGO
「はいはいわかりました。そろそろ次 「それは初耳ですな」
行きまへんか」
「新人のくせに態度が生意気や、あい
「あれは、いまだに洒落やと気づいて
部劇をいろいろ調べてるうちに、
西部開
「待て待て。その七人の名前を知りた
つを番組からおろせ、いうてな。一人
ない読者もおるらしいで。ま、それは
拓のフロンティアスピリットを支えたも
ないか? ブラジル出身のリオブラ坊
が言い出すと、みんなが同調して、た
に長崎出身のバッテン坊……」
ちまち芸能界に美奈子おろしの歌が広
ともかく、この映画はワイアット・
のが何であるかに思いあたったんや」
アープとドク・ホリディがクリントン 「それは、今までとはちごて、まじめそ
大統領に立ち向かった有名な史実をも うな話ですな。何でしたんや」
「もうけっこう。次行って」
「ええんか? せっかく七人とも思い 「美奈子おろしの歌……皆殺しの歌で
とにしたもんやが、同じ題材を取り上 「それはな、山岳仏教思想や」
げた名作に、ほら、あの、何ちゅうた 「は?」
ついたのに……。そうそう、リオブラ
かな……」
「軟便、いや、何遍も言わすな。山岳仏
てるか?」
「何ですか」
教思想や。その証拠に、西部劇のタイ
「さあ……」
「ここまで出かかっとるんやが……イ
トルには、真言密教の総本山、高野山
「教えたろか」
がしょっちゅう出てくるんや」
「いりまへんわ」
ワシのメンタイコとかいう曲が主題歌
で……」
「言いたいこと、もうわかりました。も
「イワシのメンタイコ? メンタイコ
う言わんでよろし」
はたいがいタラコとちゃいまんのか」 「いや、言わせてくれ。高野山で修行す
「それは博多の話やろ。呉のほうでは る宿坊の坊主七人が集まって敵を倒
イワシを使うらしい」
「もしかしたらそれ……愛しのクレメ
ンタインのことですか」
「そのことそのこと。イワシの呉メン
タイコ」
がったんや」
すか」
坊が得意にしてた歌、何ていうか知っ 「やっとわかってくれたか。わかって
くれなんだら、どないしょうかと思て
たんや」
「肩で息しなはんな。わたい、そろそろ
用事で行かなあかんのですけど……」
「そう言わんと聞いてくれ。元は本田 「そう言うな。もうちょっとでしまい
美奈子の歌なんや」
や。最後まで聞いていき」
「ほ、本田美奈子……? 西部劇に本 「まだありまんのんか」
田美奈子ですか?」
「名作中の名作。これぞ決定的ちゅう
す、いうのが、
『高野の七人』や。その
「せや。実は、彼女は、今でこそミュー
のを教えたろ。どんな西部劇音痴で
続編で、高野山に素性を隠した身分の
ジカルとかにばんばん出演してるが、
も、ラストの名セリフを知ってるちゅ
高いVIPが参拝にやってきて、その
昔、アイドル歌手やった頃は、つっ
う作品や」
人物をスナイパーの魔手から守る、い
ぱった性格が災いして、一時は芸能界 「それは聞きとうおまんな」
うのが、
『高野の要人某』や」
を干されかけとったんや」
「最近、日本もODAとかいうて、海外
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に資金援助をしたりしとるけど、不況
文:田中啓文
第 24 回:西部開拓史
有機マンガンとかいうのがあるんや」
やろ。援助の打ち切りをしよ、いうこ 「それ、『夕陽のガンマン』とちゃい
とになったんや」
まっか」
RAKUGO
「何の話でんねん」
「ともいう。青春映画みたいなやつで
「え?」
「たしか、
『安イモ買って売って』ゆう
タイトルやった」
「え?」
「去(い)にますけどね、ほんまはじん
べはん、あんた西部劇のこと詳しいい
うのは嘘でっしゃろ」
「そ、そ、そ、そ、そんなことないで」
「名作の内容を言うたっとるんじゃ、 は、ブッチ・キャシディとサンダンス・ 「何度も言わすな。
わからんか、
おまえは」 「わたいも詳しないけど、ちょっと聞
黙って聞け。援助を打ち切られた国 キッドやったかな、若い二人組が青春 「もしかしたらそれ……『明日に向 いたらわかりますわ。何が『安イモ
は、当然、もう一度援助を復活させて を燃やし尽くして、最後にはぼろぼろ
かって撃て』ですか」
買って売って』ですねん。白状しなは
くれ、と掛け合いに来るわな」
「そらそうでしょうな」
に撃たれて死んでいく、ゆうのがあっ
たな」
「もっと早よわかれ、あほ! あと、テ
れ、みな嘘ですやろ」
レビでヒットしたゆうのは、ホラーと 「うーん……嘘や。ばれたらしゃあな
「その時の、血の出るような叫び声が、 「それ、おもろそうでんな」
『支援、カンバーック!』や」
「おもろかったで。二人は、イモ相場に
「ああ、それはありそうでんな」
「はいはい。次行きましょか」
手ぇ出してな」
「あっさり言うな。必死で考えたんや 「はあ?」
から」
「金がないさかい、安いイモを買って
「ジキル博士とハイド氏ゆうのあるや 「何でですねん」
「それが……西部劇ですか」
嘘つかない」
「でも、西部劇いうても、王道を行くや
「ハイド氏が年老いたあとのことを描
いまいち。
つばっかりやのうて、いろんなバリ
エーションがおまんねやろな」
は売ってたんやが、それが組織に睨ま
れて、最後は撃ち殺されるんや」
「何の組織ですねん」
「よう言うた。そや。たとえば、化学的 「イモ関係やろ。たしか、
『安イモ買っ
なもんとか、青春映画的なもんとか、 て売って』ゆうタイトルやった」
テレビでヒットしたもんとか……」
「え?」
「その、化学的な西部劇て何でんねん」 「たしか、
『安イモ買って売って』ゆう
「知らんか? マカロニ・ウエスタンで、 タイトルやった」
の融合やな」
ろ、あれの後日談や」
い。しかし、おまえが去(い)んだあ
とは、もう嘘つかへんで」
「昔からよう言うやろ。去(い)んで後、
いた話でな、
『老ハイド』いうタイトル (冒頭に予告したとおり、だらだらし
やった。
『老練、老練、老練……老ハー
た内容でしたでしょ。田中啓文嘘つか
イド!』ゆう主題歌も大ヒットした」
ない)
「もうよろしわ。わたい、もう去(い)
にまっさ」
「去(い)ね! おまえみたいなやつ
は、とっとと去ね」