ISSN 1344 ― 9311 秋 田 大 学 教養基礎教育研究年報 第 13 号 ANNUAL RESEARCH REPORT ON GENERAL EDUCATION AKITA UNIVERSITY No.13 秋田大学教育推進総合センター AKITA UNIVERSITY CENTER FOR PROMOTION OF EDUCATIONAL RESEARCH AND AFFAIRS 2011.3 目 次 ジェンダーからみたマンガ −秋大生の視点から- ………… 石井照久・川邉聡子・今野大樹・松本勇紀・目黒耕平・立花希一・望月一枝………1 香港粤語の音声・音韻について(その1)……………………………………………… 西 田 文 信………13 無効と取消………………………………………………………………………………… 西 台 満………25 カント主義的倫理理論が受けている二つの挑戦について(1)……………………… 銭 谷 秋 生………33 他者の固有性を発見する 「多文化コミュニケーション入門」の理念と設計… …… 牲 川 波都季………43 What demotivates and what prevents demotivation? (動機減退理由と動機減退の防止)……………………………………………… 濱 田 陽………59 Establishing Self-Access in Akita University (秋田大学における自律語学学習設備の設立)……………………………… ジョー・サイクス………69 CONTENTS Gender in Manga Culture among the students in Akita University ……… Teruhisa ISHII, Satoko KAWABE, Hiroki KONNO, Yuuki MATSUMOTO, …Kouhei MEGURO, Kiichi TACHIBANA, and Kazue MOCHIZUKI………1 Phonetics and Phonology of Hong Kong Cantonese(part one) ……………………………………………………………… Fuminobu NISHIDA………13 Void and Voidable… …………………………………………………………………… Michiru NISHIDAI………25 Two Challenges to the Kantian Ethical Theories………………………………………… Akio ZENIYA………33 Discovering the Uniqueness of Others: Concepts and Course Design of "Introduction of Multi-Cultural Communication" Class ………………………………………………………………… Haduki SEGAWA………43 What demotivates and what prevents demotivation?…………………………………… Yo HAMADA………59 Establishing Self-Access in Akita University… ……………………………………………… Joe Sykes………69 秋 田 大 学 教養基礎教育研究年報 1 − 12 (2011) ジェンダーからみたマンガ −秋大生の視点から− 石井照久・川邉聡子・今野大樹・松本勇紀・目黒耕平・立花希一・望月一枝 Gender in Manga Culture among the students in Akita University Teruhisa ISHII, Satoko KAWABE, Hiroki KONNO, Yuuki MATSUMOTO, Kouhei MEGURO, Kiichi TACHIBANA, and Kazue MOCHIZUKI 我々の身近に存在する「マンガ」を秋田大学生がどのように読んでいるのかをアンケート調査した。そ の結果,男子学生はほとんど少女マンガを読まないが,女子学生のほとんどが少年マンガを読んでいるこ とが判明した。すなわちマンガ文化の接し方にジェンダーが存在することが判明した。その要因を考察す るとともに,男子学生・女子学生それぞれに好かれているマンガの特徴を,作品を解析することによって 明らかにした。本報告は,秋田大学教養基礎教育科目「総合ゼミ」の講座 E「文化にみられる性」におい て,平成 22 年度 I 期の授業で展開された成果報告でもある。 Surveying how the Akita University students read "manga, we find that while male students rarely read female manga, most of the female students read male manga. Thus it is evident that there is a gender problem in the manga culture circumstance. We also analyze characteristics of manga which male students or female students are willing to read. This report depends on the“Gender and Sex in Culture”course of“Special Seminar”which is one of the Akita University General Education. はじめに 意義な成果を得たので報告したい。よって本報告 「文化にみられる性」は秋田大学教育文化学部 は,「文化にみられる性」講座の平成 22(2010) の基礎教育科目「総合ゼミ」の 1 講座である。教 年 I 期の活動成果報告でもある。 育文化学部教員分野横断型授業「総合ゼミ」(2 そもそもマンガは私たちの身近に存在し,もの 単位)は,教育文化学部の基礎教育科目の選択必 の見方や感じ方に影響を及ぼしている可能性があ 修の科目群の1つであり,過去 4 回開講された, ると考えられる。東京都の都議会には,2010 年マ まだ新しい授業科目である。この授業科目の新設 ンガが及ぼす影響を考慮し,マンガ・アニメへの の経緯・概要・授業形態,実際の 2 回の授業運営 規制を強化する,東京都青少年の健全な育成に関 などについては石井(2009)の報告に詳しいので する条例の改正案が提出された(日本マンガ学会 割愛したい。また「文化にみられる性」講座の 3 理事会は,これに対して反対声明を出している(日 年間の実践報告を石井・立花・望月(2010)が報 本マンガ学会ホームページ))。この条例案は 6 月 告している。「文化にみられる性」講座は,石井 に一度否決されたが,文言が修正され再提出され 照久(動物発生学),立花希一(倫理学),望月一 て 12 月に可決された。これらの一連の出来事は, 枝(ジェンダー学)の 3 名の教員(研究分野)で 社会において,マンガが青少年の思考に多かれ少 構成されている。平成 22(2010)年はマンガをジェ なかれ影響を与えている事を認めている事案だと ンダー視点からとりあげ活動を展開し,非常に有 考えられる。また,2007 年の「文化にみられる性」 −1− 講座では, 「秋大生の考える理想の女性像・男性像」 る。 をテーマとして研究を行っており,その報告では マンガに関する研究の流れを歴史的にみてみる (石井・立花・望月;2010),秋大生の理想像形成 と(夏目,2004 に詳しい),1940-59 年代には,教育, に影響したものとして,マンガが挙げられている 心理学,児童文化などの専門家によって,マンガ (女子学生の 12%が影響を受けたと回答しており, が児童教育学の研究材料となった。そして 1960- 男子学生の 9%が影響を受けたと回答している, 69 年代,様々な文化人が各専門分野からマンガ これはテレビ,友人,新聞・雑誌,親,につぐ5 について批評しはじめた。このとき,ごく少数が 番目の影響力だった)。このようにマンガは秋大 マンガ研究を始めた。1970-89 年代には,作品論, 生にも確実に影響を与えていることがわかってい 作家論,表現論など,マンガそのものについての る。 批評が始まった。そして 1990 年から現在までは, マンガは,連載される雑誌の種類(少年・男性 マンガ研究が活発化した時代といえる(マンガ研 向け雑誌か少女・女性向け雑誌か)により少年マ 究全般を把握するには,竹内(2008)が適してい ンガと少女マンガに分類される。少年・男性向け る)。2001 年には前出の日本マンガ学会が発足し 雑誌か少女・女性向け雑誌かどうかは出版社が判 ている(日本マンガ学会ホームページ)。 断しているようである。日本での現代マンガの 一方,マンガをジェンダー視点で論じた研究は 始まりをどこに求めるのかは非常に難しいのだ 少ないながら存在している。雲野(1996,1997, が,呉(1997)は,現代マンガの前史を昭和戦前 2006)は,少女マンガは恋愛至上主義,少年マン 期,もう少し遡っても大正から明治後期までだろ ガは武闘至上主義と言える内容であり,その内容 う,と述べている。また,日本での最初に日本人 から男女が無意識にジェンダーを植え付けられて によって刊行されたマンガを専門とした雑誌は明 いる,と論じている。また,谷口(2002)は,少 治 7(1874)年に創刊された「絵新聞日本地」で 女マンガにおける男装をジェンダー視点から分析 あり,また日本最初の子どもマンガ雑誌は明治 40 し,男装は少女マンガにおいてジェンダーを超え (1907)年に創刊された「少年パック」である(京 る装置であると指摘している。さらに,押山(2007) 都国際マンガミュージアムのホームページより)。 は,男装の少女というヒロイン像を切り口に,日 そして日本で現代マンガが形作られていった頃 本の少女マンガにおけるジェンダー表象を歴史的 は,少年マンガとか少女マンガとかの明確な区別 に研究している。因(2010)はマンガにみられる はなかったようである。あえて女性を対象とした 言葉をジェンダー視点で論じている。マンガでの ものに限定してみると,日本で最初の少女雑誌(こ 女性の言葉つかいは「やさしく,上品」というジェ れはマンガ雑誌ではない)は,米沢(2007)によ ンダーがある。そしてマンガのなかのそういった ると,明治 35(1902)年に創刊された金港堂の「少 ジェンダー表現は,ジェンダー・イデオロギーを 女界」である(少女マンガの歴史についても,米 強化することもあれば,それを揺さぶる批評的視 沢(2007)に詳しい)。それ以降,明治・大正に 線を含んでいる事もある,と述べている。 創刊された少女雑誌には,抒情画や挿絵があった。 しかし,これまでには,読者の視点で,読者が これらの抒情画や挿絵がのちのストーリー少女マ どのようなマンガ,すなわち,少年マンガと少女 ンガのルーツになったらしい。そして日本におけ マンガのどちらを読むのか(あるいは両方)など る少女向けのストーリー少女マンガの第 1 号は, の研究はほとんどない。それでは大学生はどのよ 昭和 28(1953)年の「少女クラブ」一月号に初連 うにマンガを読んできたのだろうか。今回,秋田 載された「リボンの騎士」(手塚治虫著)である, 大学生を調査対象にアンケート調査を行い,その という(押山,2007)。この「リボンの騎士」は 結果,マンガを読むというサブカルチャーにおい 少女マンガにおけるジェンダー表現の原点である てどのような男女差があるのか,さらに男子学生 ともいえる。また夏目(1997)は,少女マンガと あるいは女子学生に好まれる作品がどういうもの いう分野があるのは日本だけであるといい,さら なのかを解析する。 に戦後マンガにおいて少女マンガは女性固有のも ので一段下にみなされた表現である,と述べてい −2− アンケート調査方法 した。 秋田大学の男子学生 86 名,女子学生 102 名の アンケート調査用紙の内容は次のとおりである 合計 188 名(医学部,教育文化学部,工学資源学 (記入欄のサイズなどは実際に使用した用紙から 部の 3 学部より)にアンケート調査に協力してい 変更してある)。 ただいた。アンケート調査は,2010 年 6 月に実施 基礎教育科目「総合ゼミ E 講座」のアンケート 1507215 川邉聡子 1509224 今野大樹 1509358 松本勇紀 1509362 目黒耕平 教育文化学部の基礎教育科目の「総合ゼミ」の授業において,私たち E 講座のグループは, 「ジェンダー で斬る現代マンガ」というテーマで研究を進めています。その一環として,学生のマンガに関する意識を 調査することになりました。アンケート調査へのご協力をお願い申し上げます。 学年( )年生 所属( )学部 ( )課程(学科) 性別 男 ・ 女 (どちらかに○をつけてください) 年齢 ( )歳 (1−1)マンガを読みますか?(○をつけてください) 女性(少女)マンガとは=少女マンガ雑誌(例:花とゆめ,マーガレット,etc...) に掲載されている(された)マンガ 男性(少年)マンガとは=少年マンガ雑誌(例:ジャンプ,マガジン,etc...) に掲載されている(された)マンガ 1)読まない 2)女性(少女)マンガ,男性(少年)マンガ,の両方を読む 3)女性(少女)マンガ,だけ読む 4)男性(少年)マンガ,だけ読む (1−2)それはなぜですか?(できるだけ具体的に記述してください) (2−1) 小学生からこれまでに,およそどのくらいの作品を読みましたか?(○をつけてください。9) に○をつけた場合は( )のなかに数字を入れてください。) 1)0 2)1−9 作品 3)10−19 作品 4)20−29 作品 5)30−39 作品 6)40−49 作品 7)50−99 作品 8)100 から199作品 9)200作品以上(およそ )作品 (2−2)これまで読んだマンガで好きな作品を列挙してください(複数回答可)。 (2−3)その中からお勧めの作品を1つ挙げてください。 (2−4) お勧めの作品の中の好きな男性キャラクターと女性キャラクターを一人ずつ挙げてください。 名前がわからない場合は,特徴やストーリーでの役割でもいいです(たとえば主人公の男性,と か)。 男性キャラクター名: 女性キャラクター名: −3− (2−5) それはなぜですか?(理由に該当する項目を,以下の5項目から選んで○をつけて,その理由 と特徴を具体的に記述してください。複数回答可) 挙げた男性キャラクターを好きな理由と特徴 1)顔 ( ) 2)スタイル ( ) 3)服装 ( ) 4)性格 ( ) 5)その他 ( ) 挙げた女性キャラクターを好きな理由と特徴 1)顔 ( ) 2)スタイル ( ) 3)服装 ( ) 4)性格 ( ) 5)その他 ( ) ご協力ありがとうございました! 得られたアンケート調査用紙の回答を 1 枚ごと 女子学生,あるいは両方の学生が好むマンガを選 に全てエクセルに打ち込みデジタルデータとし 出し・解析した。 た。また2−2で回答してもらった「好きなマン ガ」作品を 1 点とし,2−3で回答してもらった「お アンケート調査結果 勧めマンガ」作品を 3 点として,秋大生の男子学生, 属性調査の結果は次の表 1 のとおりである。 表 1 アンケート調査の属性結果 医 学 部 教育文化学部 工学資源学部 不 明 学 年 平均年齢 * 合 計 男子学生数 1名 070 名 15 名 0名 1−4年 19.3 歳 086 名 女子学生数 0名 101 名 00 名 1名 1−4年 19.3 歳 102 名 合 計 1名 171 名 15 名 1名 1−4年 19.3 歳 188 名 *女子学生のうち 1 名が年齢未回答であったため,その 1 名を除いて平均年齢を算出した。 1 - 1 の「マンガを読みますか?」の結果を表 2 に示す。 表2 男子学生数 女子学生数 合 計 読まない 09 名 14 名 23 名 両方を読む 034 名 075 名 109 名 少女マンガだけ読む 少年マンガだけ読む 00 名 43 名 10 名 03 名 10 名 46 名 次に表 2 をグラフにしたものを図 1 に示す。 少年マンガ 少女マンガ のみ 3% 読まない 14% のみ 10% 女子学生 少年マンガ のみ 50% 読まない 10% 両方読む 40% 両方読む 73% 男子学生 図 1 秋大生は少年マンガと少女マンガのどちらを読んでいるか? −4− 合 計 086 名 102 名 188 名 1-1の回答からは全体の 23 名がマンガを読ん 数の回答が「0 作品」の 6 名の内訳は,ほかの趣 でいないと回答したが,そのうち 2 - 1 の,小学 味がある,読む時間がない,そういう環境ではな 生からこれまでに読んだ作品数への回答が 0 作品, かった,読もうと思わない,無回答 2 名,であった。 という人は,たった 6 名であった。よってこれま 「両方読む」の理由は,面白い,が圧倒的に多く, でにマンガを一度でも読んだことがある,または マンガが好き,ひまつぶしになる,などもあった。 継続して読んでいる人は 188 名中 182 名であり, 「少女マンガだけ読む」理由は,いろいろあり, ほとんどの人がマンガに触れたことがあった。た 女の子目線からの恋愛がみれ共感できたりこんな だし男性・少女マンガのそれぞれを読む割合は, 恋がしたいという憧れを持てたりして楽しいか 図 1 のように男子学生と女子学生で大きな違いが ら,というのもあったり,面白い,好きだからも あった。女子学生は,少年マンガ・少女マンガを あり,少年マンガにはあまり興味がないから,と 隔てずに両方を読む人が 73%近くいた。また,少 いうのもあった。 女マンガのみを読んでいる人に加えて,少年マン 「少年マンガだけを読む」理由は,男子学生は, ガのみを読んでいる女子学生が少数ながらいた。 圧倒的に面白いから,が多かったが,少女マンガ 一方,男子学生は,少年マンガのみを読む人が半 を読むのは恥ずかしい,や,少女マンガを買うの 数を占め,少女マンガのみを読む人はいなかった。 は抵抗がある,という回答もあった。女子学生は, 両方を読む人は 40%いた。この結果から,女子学 少女マンガの絵が好みでない,キラキラしたのが 生は少年マンガを読むことに抵抗感がなくなって 苦手,少女マンガのドロドロしたストーリーが苦 きていることがわかった。 手,と回答していた。このように同じ少女マンガ を読まない理由でも,男子学生と女子学生の間に は違いがあった。 1-2の記述式回答の結果 「読まない」の理由は,お金がない,時間がない, マンガが好きでない,などが多かった。また,読 2-1の結果を表 3 に示す。 まないと回答したうち質問 2 - 1 への読んだ作品 表3 男子学生 女子学生 合 計 0作品 4名 2名 6名 1−9作品 10−19作品 20−29作品 30−39作品 40−49作品 50−99作品 100−199作品 200作品以上 12 名 06 名 08 名 11 名 04 名 22 名 12 名 07 名 17 名 14 名 14 名 05 名 08 名 11 名 24 名 07 名 29 名 20 名 22 名 16 名 12 名 33 名 36 名 14 名 合 計 086 名 102 名 188 名 男子学生と女子学生ともにこれまでの人生でか かにマンガが流布しているのか,改めて認識させ なりの数のマンガ作品を読んできたことがわかっ られる数値である。 た。読んだ作品数と人数をみてみると,男子学生 と女子学生で若干傾向が異なるもの 10 作品前後 2-3の結果 と 100 作品前後にピークがあることがわかった。 お勧め作品を 1 つ挙げてもらったところ,合計 男子学生と女子学生ともに,ある程度マンガに触 で 105 作品が挙げられた。好きな作品同様,沢山 れる場合と,マンガにのめり込んでいる場合があ の種類の作品が読まれ,さまざまな作品が学生の りそうである。 共感を得ていることがわかった。 2-2の結果 2-4の結果 これまで読んだマンガで好きな作品をすきなだ 好きな男性キャラクターは合計 138 キャラク け列挙してもらったところ,最高一人で 50 作品 ター,好きな女性キャラクターは合計 119 キャラ 名を回答してくれた例もあった。列挙してもらっ クター挙げられた。 た好きな作品は,総計 477 作品にものぼった。い −5− 2-5の結果 目に○だけをつけて,その理由と特徴を具体的に キャラクターを好む理由を複数回答してもらっ 記述する部分は空白な場合と,項目に○がついて たところ,次の表 4 のようになった。ここでは記 さらに記述回答があるものの,2 通りがあった。 述式の回答は省略する。なお,理由に該当する項 表4 男子学生が男性キャラクターを好む理由 男子学生が女性キャラクターを好む理由 女子学生が男性キャラクターを好む理由 女子学生が女性キャラクターを好む理由 合 計 顔 033 027 053 048 161 スタイル 027 024 033 034 118 服 装 24 15 29 27 95 性 格 055 041 074 073 243 その他 28 20 25 21 94 合 計 167 127 214 203 711 男子学生と女子学生ともに,マンガ中のキャラ アンケート調査結果より選出されたマンガ作品と クターを好む理由は,対象が男性キャラクターで その解析結果 あろうと女性キャラクターであろうと,一番が性 アンケート調査の 2 - 2 で挙げてもらった好き 格であることがわかった。そして女子学生のほう なマンガ作品を 1 点とし,2 - 3 で挙げてもらっ が,第一に性格重視,第二に顔重視,の傾向がよ たお勧め作品を 3 点として,合計点を算出した。 り強いこともわかった。 その結果のトップ 21 を,表 5 に掲載雑誌と出版 社などとともに示す。(掲載雑誌と出版社および 発表期間は,インターネット上のフリー百科事典 「ウィキペディア」によった。) 表5 出 版 社 集英社 集英社 集英社 集英社 小学館 集英社 集英社 集英社 講談社 集英社 集英社 講談社 スクウェア・エニッ 12位(17) 鋼の錬金術師 荒川 弘 月刊少年ガンガン クス CUTiE comic→ヤン 宝島社→集英社→集 12位(17) ハチミツとクローバー 羽海野チカ 英社 グユー→コーラス 15位(16) のだめカンタービレ 二ノ宮知子 Kiss 講談社 スクウェア・エニッ 16位(15) 黒執事 柩 やな 月刊Gファンタジー クス 16位(15) ハヤテのごとく! 小学館 畑 健二郎 週刊少年サンデー 16位(15) フルーツバスケット 高屋 奈月 花とゆめ 白泉社 19位(14) H2 小学館 あだち 充 週刊少年サンデー 19位(14) パラダイスキス 祥伝社 矢沢 あい Zipper 19位(14) リアル 集英社 週刊ヤングジャンプ 井上 雄彦 *発表期間は,掲載雑誌の年・号に基づいているため,実際の雑誌発売日と異なることがある。 順位(合計点) 作 品 名 1位(142) ONEPIECE 2位(81) SLAM DUNK 3位(44) NANA 4位(34) ドラゴンボール 5位(30) 名探偵コナン 6位(25) BLEACH 7位(22) HUNTER×HUNTER 7位(22) NARUTO−ナルト− 7位(22) あひるの空 10位(21) 君に届け 11位(20) 銀魂 12位(17) ダイヤのA 作 者 尾田栄一郎 井上 雄彦 矢沢 あい 鳥山 明 青山 剛昌 久保 帯人 冨樫 義博 岸本 斉史 日向 武史 椎名 軽穂 空知 英秋 寺嶋 裕二 掲載雑誌 週刊少年ジャンプ 週刊少年ジャンプ Cookie 週刊少年ジャンプ 週刊少年サンデー 週刊少年ジャンプ 週刊少年ジャンプ 週刊少年ジャンプ 週刊少年マガジン 別冊マーガレット 週刊少年ジャンプ 週刊少年マガジン −6− 発表期間 * 1997年−現在 1990年−1996年 1999年−現在 1984年−1995年 1994年−現在 2001年−現在 1998年−現在 1999年−現在 2004年−現在 2005年−現在 2003年−現在 2006年−現在 2001年−2010年 2000年−2006年 2001年−2010年 2006年−現在 2004年−現在 1998年−2006年 1992年−1999年 1999年−2003年 1999年−現在 次に,トップ 21 の作品を上位から,合計点に占 が好む少年マンガ,男子学生が好む少年マンガ, める男子学生による得点と女子学生による得点に 女子学生が好む少女マンガ,の各カテゴリーに当 より,男子学生と女子学生の両方に支持されたマ てはまったが,すでにそれらのカテゴリーでは上 ンガ作品,男子学生が好むマンガ作品,女子学生 位 4 作品が選出されており,カテゴリー別上位 4 が好むマンガ作品,にそれぞれ類別することを試 位からは外れた。同様に 19 位の「H2」「パラダイ みた。この時,アンケート回答数の男女比(86 名: スキス」は,それぞれ,男子学生が好む少年マン 102 名)も考慮した。1 位の作品から類別してい ガ,女子学生が好む少女マンガ,であったがこれ くと両方に支持される少年マンガ,女子学生が好 らも上位 4 位から外れた。同得点 19 位の「リアル」 む少女マンガ,および女子学生が好む少年マンガ, は,男子学生と女子学生の両方に支持される第 4 にカテゴライズできることが判明した。しかし男 番目の作品となった。以下,カテゴライズされた 子学生が好むマンガは少年マンガしかカテゴライ 各 4 作品とそれらのストーリーのジャンルおよび ズできないことが判明した。そこで,上位から 4 作品の主な表現をそれぞれ示す(かっこ書きでス つのカテゴリーごとに各 4 作品を選出することに トーリーのジャンル,作品の主な表現,の順になっ した。合計点 16 位の「黒執事」 「ハヤテのごとく!」 ている)。 「フルーツバスケット」は,それぞれ,女子学生 男子学生・女子学生の両方に支持されたマンガ 4 作品* 1 ONEPIECE (超能力・バトル) (バイオレンス,ギャグ) SLAM DUNK (スポーツ) (スポーツ,バイオレンス) あひるの空 (スポーツ) (スポーツ) リアル (スポーツ) (スポーツ) 男子学生が好む少年マンガ 4 作品 ドラゴンボール (超能力・バトル) (ギャグ,バイオレンス) NARUTO (超能力・バトル) (バイオレンス,色気) HUNTER × HUNTER (超能力・バトル) (バイオレンス) ダイヤの A (スポーツ) (スポーツ) 女子学生が好む少年マンガ 4 作品* 2 名探偵コナン (サスペンス) (バイオレンス,日常) BLEACH (超能力・バトル) (バイオレンス) 銀魂 (ギャグ・バトル) (ギャグ,バイオレンス) 鋼の錬金術師 (超能力・バトル) (バイオレンス) 女子学生が好む少女マンガ 4 作品 NANA (恋愛) (音楽,性描写,バイオレンス) 君に届け (恋愛) (日常) ハチミツとクローバー (恋愛) (日常,ギャグ) のだめカンタービレ (恋愛) (音楽,ギャグ,性描写) ( * 1,2 本報告での選出作品と平成 22 年度の総 作品とするか,女子学生が好む少年マンガ作品と 合ゼミ「最終発表会」で報告した選出作品とが異 するかに起因している。本報告にあたり,アンケー なる部分である。 *1 最終発表会では,このカテ ト調査結果のデータを再吟味したところ,どちら ゴリ-の 4 位は「リアル」ではなく「鋼の錬金術 にカテゴライズするか非常に難しいデータ結果で 師」と報告した。 *2 最終発表会では,このカテゴ あったが,本報告では,「鋼の錬金術師」を女子 リ-の 4 位は「鋼の錬金術師」ではなく,「黒執 学生が好む少年マンガ作品,にカテゴライズする 事」と報告した。これらの相違は,「鋼の錬金術 ことにした。) 師」を男子学生・女子学生の両方から支持された −7− 考察 低迷による男性労働者の失業者の増大と,サービ 秋大生を調査対象としてどのようなマンガを読 ス業や福祉関連業の成長による女性労働者の需要 むか調査した結果,男子学生と女子学生で読むマ 拡大と関係があるのかもしれない。秋大生のマン ンガの傾向に違いが見出された。すなわち男子学 ガというサブカルチャーへの接し方は,まさに男 生は少女マンガを読まない人が多いが,女子学生 女間のジェンダー規範が異なっていることを示し は少年マンガを抵抗なく読む人がほとんどであっ ているのではないだろうか? た。また少女マンガだけを読む男子学生は存在し なかったが,少年マンガだけを読む女子学生が存 マンガにおける男性のジェンダー規範の要因は? 在した。秋大生を現在の日本の若者の一般代表と 男子学生が少女マンガを敬遠するその理由に して考えてよいかは別だが,秋大生では女性のほ は,少女マンガ文化に男性が触れることにより男 うは男性に比べ,マンガ文化にあるジェンダーの 性としての自分の評価が低下する(女々しい,男 境界を乗り超えているが,男性が少女マンガの文 のくせに,など)ことへの恐れがあるのではない 化に触れることにはまだ抵抗があることが判明し かと考えられる。アンケート調査の 1 - 2 の記述 た。1960 年代と 1970 年代頃には,少女が少年マ 式回答(結果の記載を参照)からも,このことが ンガを読んでいると「おてんば」といわれたが, 裏付けられる。つまり女性文化に触れることによ その後,少女たちは少年マンガを抵抗なく読むよ る,社会からのマイナスな視線を感じとっている, うになり,逆に少年たちは,少年マンガだけを読 ということである。逆に,そもそも女性文化は, み続けているのかもしれない。マンガというサブ 男性文化の後追いであり,女性文化は男性が管理・ カルチャーにこのようなジェンダーが潜んでい 監視のもと与えたようなものだからという傲慢な た。 発想のもと,男性がその文化に触れる(この場合, 少女マンガを読む)必要はない,という歴史的ジェ 男女間のジェンダー意識について ンダー思想が背景にあるのかもしれない。夏目 2008 年の「文化にみられる性」講座では,「自 (1997)は,少女マンガ文化は格下と述べているが, 殺にひそむジェンダー問題」をテーマとして研究 これは社会的な深層心理での共通理解なのかもし を行っており,その報告では(石井・立花・望月; れない。 2010),女性よりも男性の自殺率が高いことの一 さらに,アンケート回答の記述のなかに,「妹 因として,ジェンダー問題があるのではないか, がいて妹が読んだマンガが手に届くところにある と指摘している。さらに,男性は女性よりも性的 から」があった。ここから,男性は少女マンガを 役割分業による責任感が強く,しかも失業などの 積極的に拒絶しているわけではなく,接触する機 経済困難に陥った時,相談したり頼ったりする人 会がないから読めないだけ,という可能性が予想 がいない,とも指摘している。つまり,男性のほ される。とするとこれは少子化に関連しているの うが世の中で辛い立場に立たされている。 かもしれない。これを検証するには,まだ少子化 一 方, 新 井(2010) は,1990 年 以 降, 正 社 員 でなかった頃,兄弟姉妹が沢山いた頃の世代にア の一部女性については登用が見られ,雇用におい ンケート調査を行うと答えが得られるのかもしれ て改善がみられたものの,雇用の不安定化の影響 ないが,はたしてその世代(昭和 20 - 30 年代生 は男性よりも女性に大きく,ジェンダー格差が解 まれだろうか?)が大学生の頃には,現代のよう 消したとは言い難い,と述べ,雇用に関しては依 にマンガが流布していたのかも疑問であるので検 然男性有利社会であるといっている。しかし,総 証は容易ではないと思われる。今から 10 - 20 年 務省が毎月行っている労働力調査では,2009 年 4 前よりも現在のほうが,コンビニエンスストアな 月以降,ほぼ毎月,男性の完全失業率(季節調整 どで,若い男性世代が手軽に,少女マンガを手に 値)が女性のそれを 0.5 ポイント以上上回るよう することができるはずであることを考えると,少 になった。2010 年の 12 月の完全失業率(季節調 子化による影響は少ないのかもしれない。 整値)は男性で 5.3%,女性で 4.4%である(総務 やはり男性は,少女マンガを積極的に敬遠して 省のホームページ)。これらは製造業と建設業の いるとみるのが妥当と思う。ここで面白いのは, −8− 研究のために,著者らのうちの男性も少女マンガ わずかであったが,図 1 のように,日常的にマン を読んだところ,とても面白く読めたのである。 ガを読まない率は,結構高かった。男子学生で つまり男性は,少女マンガの内容を知って敬遠し 10%,女子学生で 14%であった。アンケートの回 ているのではなさそうであるということである。 答にもあったように,大学生が一般的に忙しいか それは,少女マンガがアニメ化,ドラマ化,映画 ら,というのは大きな理由だと思われるが,別の 化されたりすると,男性もそれらを視聴し楽しむ 理由もありそうだ。インターネットと携帯電話の ことからも理解できる。書店で少女マンガを購入 普及である。本を読まない人が増えた,という話 するよりも,テレビなどで接するほうがよほど抵 だが,一般の本のみならず,マンガ本の出版数も 抗ないのだと思われる。その抵抗とは,上述した, 激減している。週刊・月刊マンガ本が売れないの 女性文化に触れることからくるマイナスイメージ である。(マンガ本のレンタル店の普及や,経済 なのか,それとも女性文化は男性文化の下,とい 的理由により新品マンガを購入せず古本店を利用 うジェンダー観からなのか,両方が少なからず影 する率の増加,は週刊・月刊マンガの売れ行きに 響していると想像している。 影響していると考えられる。)10 年以上前は,イ 女性が少年マンガを読む背景には,女性解放・ ンターネットや携帯電話はこれほど普及しておら 男女雇用均等などの社会状況の変化があるのだろ ず,手軽な娯楽文化はマンガ本やテレビであった う。さらに,男性に対する憧れもあると思われる。 に違いない。しかしネット社会の登場で事態は大 女性は少年マンガを読んでいても「女のくせに」 きく変わった。すなわち,若者はマンガ本すら読 「男まさり」と言われなくなったのである。そし まなくなっているのである。今後は,マンガが与 て単に恋愛ものを好む・夢見る・白馬に乗った王 える影響よりもインターネット社会が与える影響 子様を待つ少女,ではなくなり,社会に出て活発 を注視しないといけないのかもしれない。 に働く,活動的な女性へと変身し,少年マンガの 武闘・スポーツ・冒険ものを好むようになったの 男性が好む作品・女性が好む作品 かもしれない。女性が少女マンガという女性文化 雲野(1996,1997,2006)の指摘通り,少年マ だけに閉じ込められていた時代から解放され,少 ンガ(主人公は主に男性)は武闘至上主義,少女 年マンガを抵抗なく読むようになった。これは男 マンガ(主人公は主に女性)は恋愛至上主義であ 性文化の後追い現象で一般的なジェンダー問題に ることを確認できたが,秋大生が好むマンガ 16 類似している。ここには男性文化への憧れも見え 作品を解析したところ,両性に好まれるマンガ, 隠れする。今回のアンケート調査結果で面白いの 男子学生に好まれるマンガ,女子学生に好まれる は,少年マンガだけを読む女子学生が 3%存在す マンガ,それぞれにマンガの特徴が見つかった。 ることである。その理由は結果で挙げているが, 男子学生と女子学生の両方が好むマンガは 4 作 少女マンガの「恋愛ストーリー」に飽きているし, 品選出できた。この 4 作品は,男子学生がほとん 少女マンガのリアルな人間関係(いじめ,嫉妬な ど少女マンガを読んでおらず,男子学生が好む少 ど)・絵のタッチが嫌いらしい。 女マンガを選出することができなかったため,す 女性が少年マンガのよき理解者である一方,男 べて少年マンガとなった(主人公はすべて男性で 性は少女マンガに触れていない。このことはもし ある)。4 作品のストーリーのジャンルは,スポー かしたら現代の若者の異性理解状況に影響を及ぼ ツ・バトル・超能力であり,表現は,スポーツ している可能性がある。女性は男性を理解できて シーン・バイオレンスシーン・ギャグシーンが多 いるが,男性は女性を理解できていないのではな い。これらは後述の男子学生が好む作品のストー いかということである。ただ,マンガの影響力も, リーと表現はほぼ同じであるが,色気シーンが少 もはや以前のようではないのかもしれない。 なかった。このことが女子学生に受け入れられて いる原因かもしれない。ただし ONEPIECE は合 マンガを日常的に読まない若者の出現 計点 1 位で,しかも男子・女子学生の両性に好ま アンケート調査から,これまでの人生の中でマ れているマンガなのだが,女性キャラクターが 10 ンガを読んだことのない人は 188 名中 6 名とごく 頭身くらいで描かれていたり,露出度も高かった −9− り,バイオレンスシーンも多い,という特徴があ るいは女性キャラクターを好む理由は,一番の理 るにもかかわらず女子学生からも圧倒的な支持を 由が性格であることがわかった。男子学生,女子 得ていた。これはこの作品に登場するさまざまな 学生ともにキャラクターを好む理由は似たような ユニークなキャラクターやストーリー性の高さが 傾向であったが,女子学生のほうが,第一に性格 原因なのかもしれない。 重視,第二に顔重視,の傾向がより強いこともわ 男子学生が好む少年マンガ 4 作品(主人公はす かった。意外と学生たちは,外見よりも内面を重 べて男性である)には,雲野(1997,2006)の指 視しているのだろうか。しかし,表 4 のデータを顔, 摘通り武闘至上主義の傾向が見られる。ストー スタイル,の 2 項目の両方が外見だと解釈し,性 リーは様々だが大筋は,ある目標や使命の為に冒 格を挙げた数と比較してみると,男子学生と女子 険・鍛錬をするというものがほとんどだった。ま 学生の両方において,外見重視でキャラクターを た女性キャラクターの人離れしたプロポーション 好んでいるという結果になる。さらには,登場キャ や露出度の高さが目立っていた。 ラクターの服装は,そのキャラクターの性格を反 女子学生が好む少年マンガ 4 作品(主人公はす 映しているのだからと考え,顔+スタイル=外見, べて男性である)には,ストーリーよりもキャラ 服装+性格=内面として,再度データを見直して クターの魅力を重視するという傾向がある。登場 みると,内面重視という結果になる。どう判断し 人物は,男性でも女性でも,モデルのようにスタ たらよいか迷うところである。そこで記述回答を イルがよく,また瞳は大きく,顔も整って描かれ みてみる。 ている。これらは女性に好感を持たれる要因に 記述回答をみてみると,86 人中 55 人の男子学 なっていると考えられる。また,これらの少年マ 生が男性キャラクターを好む理由を性格と答えて ンガは,少女マンガに見られない戦闘シーンや非 いるが,ほかにも多様な意見があった。そして顔・ 日常を描いていた。やはり,女性は,家に閉じこ スタイルを理由にあげた記述回答では,美醜では もって白馬に乗った王子様を待てなくなり,自ら なく個性が際立っているキャラクターを選んでい 冒険に出て,活発的に行動したいと願っているの ることがわかった。その他の項目を理由にあげた かもしれない。女性は,少女マンガの恋愛一辺倒 記述回答では,特殊な能力を使える点を挙げてい に飽きており,少年マンガのストーリーに興味を る人が多かった。女性キャラクターについては, 持っているようである。ただ,男子学生が好む少 男性キャラクターと同じ割合で,性格について記 年マンガにはない,日常シーンがしばしば描かれ 述回答しており, 「気が強い,しっかり者」と「優 ている作品が女性から選ばれているのもポイント しい,おっとりしている」のどちらかの回答に分 なのかもしれない。 けることができた。顔についての記述回答は「可 女子学生が好む少女マンガ 4 作品(主人公はす 愛い」か「美人」が多く,スタイルは胸の大きさ べて女性である)は,これまた雲野(1996,2006) に関する記述が多かった。 の指摘通り,すべて恋愛至上主義のストーリー内 女子学生が男性キャラクターを好む理由の記述 容であった。そして,登場人物の瞳は,大きくき 回答では,顔については「かっこいい」という意 らきらと描かれている。さらに背景には,花柄や 見が多かった。スタイルについては「細身」か「がっ トーンが用いられている。これは,押山(2007) ちり」しているか,のどちらかに回答がわかれた。 や米沢(2007)が指摘する少女マンガの典型的な 性格についての記述回答には 「優しい」,「リーダー 技法である。きらきらした瞳やバラなどの背景が シップを持っている」という意見があった。女性 少女マンガの常識で,これこそ女性が読むもので キャラクターを好む理由では,顔についての記述 ある,という知らないうちに固定化されてきた少 は 「かわいい」 が圧倒的に多かった。また 「美人, 女マンガのジェンダー表現を女子学生・男子学生 綺麗」という意見もあった。スタイルの記述回答 ともに刷りこまれているのかもしれない。 は男性キャラクターと同じく細身でスタイルが良 いことを挙げていた。性格についての記述回答は, キャラクターを好きな理由に男女で共通点がある 「一途,一生懸命」や積極的な性格に共感を得て 男子学生と女子学生ともに,マンガ中の男性あ いる,という意見が多かった。 − 10 − これらの記述回答と表 4 のデータから,そして, 謝辞 顔+スタイル=外見,服装+性格=内面として考 アンケート調査にご協力をいただいた秋大生の えてみると,男子学生・女子学生ともにキャラク 方々にここで深く御礼申し上げます。 ターをみる場合,やや内面重視であるがほぼ同じ 重みでみている,と判断される。キャラクターの 参考文献 何を重視しているかを調べることによって,マン 新井美佐子(2010);「ワーク・ライフ・バランス」社 ガから影響されるものを解析できるのでは,と考 会実現の可能性.越境するジェンダー研究 (財) えたアンケート項目であったが,外見と内面,同 東海ジェンダー研究所記念論集編集委員会(全 510 じくらいの割合で影響を与えているようである。 頁) 明石書店 東京都千代田区 pp62 - 75 石井照久(2009);教養基礎教育科目「総合ゼミ」の実 最後に 践報告.秋田大学教養基礎教育研究年報 11:1-8 現代マンガには,表現・ストーリーにジェン 石井照久・立花希一・望月一枝(2010);教養基礎教育 ダーが存在することを再確認できたが,さらに現 科目「総合ゼミ・講座 E・文化にみられる性」の 3 代マンガというサブカルチャーへの接し方にジェ 年間の実践報告.秋田大学教養基礎教育研究年報 ンダーバイアスがあることが今回判明した。昭和 12:1-27 後半から大衆文化として広く流布した現代マンガ 雲野加代子(1996);漫画におけるジェンダーについて は,アニメ化されたり,ドラマ(実写)化された の考察―少女漫画の恋愛至上主義―.大阪明浄女 りして,広く人々に親しまれている。それゆえに, 子短期大学紀要 10:187 - 196 マンガにおけるジェンダー表現は,広く人々に影 雲野加代子(1997);漫画におけるジェンダーについて 響を与えるものと思われる。しかし,週刊マンガ の考察―少年漫画の武闘至上主義―.大阪明浄女 雑誌の売れ行きが落ち込み,時代はインターネッ 子短期大学紀要 11:157-169 トという新たなメディアの出現により大きく変わ 雲野加代子(2006);漫画におけるジェンダーについて り始めている。そしてマンガ自体もその形態を変 の考察―恋愛と武闘―.大阪明浄大学紀要 6:77- えつつあり,電子端末による購読も可能となって 85 きた。(電子端末による購読方法は,店頭で購入 押山美知子(2007) ;少女マンガ ジェンダー表象論-〈男 する必要がなく恥ずかしさや人眼を気にしなくて 装の少女〉の造形とアイデンティティ.全 300 頁 よいため,男女間の逆差別現象を解消するきっか 彩流社 東京都千代田区 けになるのかもしれない。)インターネット上で 京都国際マンガミュージアムのホームページ;http:// は,本人・実物が露見しないことが普通なため, www.kyotomm.jp/HP/about_syozo.html#top 「ネカマ(ネット+オカマ)」なる女性を装う男性 呉智英(1997);現代マンガの全体像.全 309 頁 双葉 が登場しているという。逆に男性を装う女性も登 場するという。(出会い系サイトで知り合った二 文庫 東京都新宿区 総 務 省 の ホ ー ム ペ ー ジ;http://www.stat.go.jp/data/ 人が同性同士だった,という笑い(?)話もある。) インターネット上では,実際の性を隠すことがで roudou/sokuhou/tsuki/index.htm 竹内オサム(2008);マンガ研究ハンドブック.全 246 きるため,自由な発想・表現が可能となり,もし かするとインターネットはジェンダーフリーを促 頁 竹内長武研究室 京都市上京区 谷口秀子(2002);少女漫画における男装―ジェンダー 進する媒体に成り得るのかもしれない。しかし, の視点から―.言論文化論究(九州大学言語文化部) インターネットは影響力が強いため,ジェンダー・ 15:105 - 114 イデオロギーを強化する媒体ともなる。今後,イ 因京子(2010) ;マンガ―ジェンダー表現の多様な意味. ンターネットをはじめとして,ジェンダー・イデ ジェンダーで学ぶ言語学 中村桃子編(全 254 頁) オロギーを強化する,マンガにとってかわる影響 世界思想社 京都市左京区 pp73 ‐ 88 力を持つものが出現する(すでに出現している?) 夏目房之介(1997);マンガはなぜ面白いのか その表 かもしれない。注視していきたい。 現と文法.全 279 頁 NHK 出版 東京都渋谷区 夏目房之介(2004);マンガ学への挑戦 進化する批評 − 11 − 地図.全 238 頁 NTT 出版 東京都目黒区 日 本 マ ン ガ 学 会 の ホ ー ム ペ ー ジ;http://wwwsoc.nii. ac.jp/jsscc/index.html フリー百科事典「ウィキペディア」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82 %A4%E3%83%B3%E3%83%9A%E3%83%BC%E3% 82%B8 米沢嘉博(2007);戦後少女マンガ史.全 393 頁 ちく ま文庫 東京都台東区 − 12 − 秋 田 大 学 教養基礎教育研究年報 13 − 24 (2011) 香港粤語の音声・音韻について(その1) 西田 文信 Phonetics and Phonology of Hong Kong Cantonese(part 1) Fuminobu NISHIDA はじめに 香港人の日常生活では,粤語が絶対的に多くの 700 万を超える人口を誇り,ビジネス・金融・ 場面で用いられている。英語は返還以前は公用語 観光のみならず東西文化の要衝としてまさに国際 であったが狭義の中国語たる「普通話」も中国大 都市たる香港は,様々なものを渾然一帯とならし 陸や台湾の影響もあり,多いに普及してきている める吸引力を有する。それにより全中国の人民が のも事実である。 移民としてやってきたのである。広東人・福建人 正式に国家の認定を受けた民族だけでも 56 を はもとより,北方人もかなり多く流入してきてい 数える多民族国家たる中華人民共和国は,その人 るのも周知の事実である。イギリス・アメリカ・ 口の実に 92%を漢族が占める。この漢族が使用す フィリピン・インド・パキスタン・ベトナムから る言葉を「漢語」と呼ぶ。通常我々が中国語と称 の移民も少なくない。2006 年の統計によると,粤 しているのはこの「漢語」であり,台湾(2,000 語系の言語の話者が 90.8%,英語 2.8%,閩語系 万人)・香港・マカオ(600 万人)でも使用され 話が 0.9%構成されており,これらが香港で行わ 万人を下らない華僑・華人もこの言葉を話す。ま 1.2%,客家語が 1.1%,潮州語 0.8%,そして普通 1 る。更にシンガポールなど世界に散らばる 2,500 れている主要方言(言語)である 。 香港は言語 さに世界の五人に一人が使う,最も使用人口が多 的に粤語の区域に当る。 い言語である。一口に「漢語」といっても,ヨー 粤語とは中華人民共和国広州市及び香港の両都 ロッパ大陸など包含してしまうほどの広大な地域 市の口語を標準とする広義の漢語の一方言であ で,しかも 13 億以上の人々によって用いられる る。一方言と言っても,世界の他の地域では母語 言語であるが故,その空間的差異つまり地域差は 話者及び使用地域からすると一国家の国語に相当 大きく,一般に方言と称されるものの間では,相 する規模を有する。特に粤語は中華人民共和国広 互に意思疎通が不可能(mutually intelligible)な 州市・広西省や香港をはじめ,シンガポールな ほどである。そこで,北方方言を基礎方言とし, ど東南アジアにおいて,実用的なコミュニケー 北京語を標準音とし,模範的な現代口語文の著作 ションの手段として,即ち,広域共通語(lingua を文法の基準とするものとして定められた「普通 重要な機能を担っている。詳しく言えば,中国大 及し,中国全国・台湾・シンガポールなどで通用 franca)として社会・文化・経済などの各方面で 陸部に 4,600 万,香港に 530 万,シンガポールに 話」とよばれる共通語が学校教育などを通じて普 する。我々が学習するのはこの「普通話」であり, 31 万,マカオに 50 万,マレーシア 75 万,ベトナ 「国語」 または「華語」として知られているもの ムに 50 万,インドネシアに 18 万,サンフランシ である。狭義の中国語が「普通話」であるのに対 スコに 18 万,オランダに 7 万,タイに 3 万,ニュー して,広義の中国語はおよそ中国語と見做される ジーランドに 2 万,フィリピン・コスタリカ・ブ 言語・方言全ての総称である。 ルネイ・ナウル・カナダ等に数千人の話者を有す 教育については後述するが,学校で使用される る一大言語である。中国大陸部では広東省・広西 言語は複雑な様相を呈する。「港式普通話(香港 省南部で行なわれている(Lewis 2009)。 式共通語)」を話す者も増加している。教育にお − 13 − ける一番の問題点は,書き言葉(文語)と話し言 を得るために英語がなくてはならない訳ではない。 葉口語の甚だしい乖離である。書き言葉(書面語) 教育の場における広東語の役割も徐々に拡大して に関して言えば,香港で用いられるものは,中国 きた。今では幼稚園から高等教育機関まで広東語 大陸・台湾で用いられるものとは少しく異なる。 だけで教育を受けられる道が開かれている。 所謂「書同文」の原則があるが,香港人の書くも ここで香港の教育について少しく述べる。香港 のは言わば白話文である。1997 年主権が中国に返 に於いて,英国が主権を手中にして以来 90 年以 還された香港は,元来粤語が優勢な地域であるが, 上にもわたって教育を軽視し続けてきた事を知る 返還直前は返還後を見越して普通話の修得熱が高 人は余り多くないと思う。香港で義務教育が開始 まっていた。20 世紀も目前とした現在も普通話の されたのが 1980 年である事を聴いて驚かない人 使用状況は増大しており,今後,普通話の使用範 は少数であろう。日本では「不学の子なからしめ 囲はますます拡大していくここと思われる。 ん」と謳った小学校令が発布されたのが 1900 年 しかるに,現在でも粤語が日常の私的・公的活 であるから,香港政庁が如何に教育に関して無頓 動の広範な分野で機能している。将来的にもこの 着であったかが伺えよう。因みにかつて日本が台 状況は変らないものと思われる。次に過密都市香 湾を統治していた時代は,辺鄙な高砂族の山地に 港における言語事情を少しく述べる。 も学校を建設し積極的に教育を施したのである。 極少数のエリート香港人を育成するための高等 1.香港粤語とは 教育機関として Sir F. Lugard の建議により 1911 年 現在の香港では英語と中文が政令により公用語 に香港大學が「英国の大学におけると同時の教育 として認められているが,歴史的には,被支配者 を中国人に施すこと」という設立理念の下に,遅れ の言語として長い間低い地位に甘んじてきた中国 語の地位を高め,公的役割を拡大しようという民 て 1963 年に J. S. Fulton の建議で香港中文大學が設 立されるなど,教育に全く関心がなかった訳ではな 意は 1963 年 10 月,中国語を教授言語とする香港 い。植民地を支える重要な存在たる香港各界の中 中文大學創立となって結実し,1974 年 2 月,中国 枢で活躍を期待される若き人材に対しての投資は 語は英語に次ぐもう一つの公用語としての地位を 惜しまなかった。戦後,香港が貿易中心地から加 獲得した。ここでの中国語は,事実上口語として 工貿易を背景にした工業貿易基地へと発展するに の粤語(広東語),文語としての標準中国語(普 つれ,所謂 3R’ s(読み・書き・算数)位は必要であ 通話)を意味している。 るとの認識が芽生えてきた。にも拘わらず,香港政 優位言語が母語か否かで,各々の社会的地位・ 庁は自ら学校建設には着手せず,せいぜい私立学 経済的地位が決定するという現実からすると,英 校に助成金を出す位であった。義務教育が本格化 語を話せないと色々な意味で不利である事は確か したのは,1971 年の大部分の小学校での授業料を である。しかしながら,かつて香港は英国のコロ 無償化であり,1978 年には中学 3 年まで授業料無 ニーであり,官庁の公用語が英語であるのでかなり 償化の延長,そして 1980 年には待望の中学 3 年ま の人が英語を操り,その意味で bilingual 社会であ での教育の義務化が決定・施行されることとなった。 ると言われたのは, 英語の役割を強調し過ぎており, たい。1990 年に採択され,1997 年 7 月 1 日より 香港の実状を正しく伝えている事にはならない。広 施行されている『中華人民共和國香港特別行政 り,広東語と英語が実際上の lingua franca でもあ 東人と非広東語系少数派(上海人・潮州人・客家・ インド人・パキスタン人・ネパール人等)の間,ま た異なる少数派同士の間で意思疎通が行なわれる 時,媒介言語と成るのは広東語である。香港の生 次に,香港における粤語の位置について触れ 區基本法(The basic law of the Hong Kong special administrative region of the People's Republic of China)』の総則第 9 条では, 「香港特別行政區的行政機關,立法機關和司法 活者にとり,広東語以外の言語・方言の知識はプ 機關,除使用中文外,還可使用英文,英文也是正 ラス・アルファであり必要不可欠なものではない。 式語文。」 メディア・娯楽は広東語が主体である。英語能力 とあるが,ここに言う「中文」とは中国の共通語 が有利な就職条件と結びつくのは事実だが,仕事 たる「普通話」を指していると思われる。従前公 − 14 − 用語は英語と広東語であったが,公用語に順位・ や言語接触のモデル構築となって結実した社会言 序列の規定はない。英語と広東語の二言語併用で 語学的研究の観点からしても,綿密な実態調査に基 不自由を感じなかった香港社会での普通話の役割 づいて体系的に分析する必要があるが,香港粤語は は今後どう展開するかは我々はしかと見守って行 均一化がほぼ終了している言語と看て差支えない。 く必要がろう。 今後は広東語・英語・普通話,これら 3 つの言 教育使用言語については,第 136 条で 語(方言)が主要な地位を占めるであろうが広東 「香港特別行政區政府在有教育制度的基礎上, 語の勢力は衰えることはないであろう。 自行制定有關教育的発展和改進的政策,包括教育 本稿では,粤語方言の一変種としての,均質的 体制和管理,教學語言,経費分配,考試制度,學 な言語状態にあると言える香港粤語の音韻体系に 位制度和承認學歴等政策」 ついて解説する。子音要素・母音要素・声調体系 とあるのみである。 を概観した後,香港粤語の音韻体系をめぐる諸問 国際都市香港は,言語使用からみた場合,圧倒 題について詳説する。 的に粤語社会である。漢語と英語を二大主要言語 とする香港の言語状況を要約すれば,香港は主と 2.粤語の一般的特徴 して一言語使用の二つのコミュニティーが共存 粤語の言語特徴として挙げられるのは, し,少数の二言語併用中国人が言語的仲介者であ 1)中古漢語の全濁声母(有声破裂破擦音)が, る様な社会,即ち,個人的併用よりも社会的二言 中古漢語の声調の平声及び上声の一部を条件と 語併用によって特徴付けられると言えよう。粤語 して無声有気音に対応し,その他の条件では無 が日常の私的・公的活動の場で広範にわたって使 声無気音に対応する。 用されているが,とはいえ,英語と粤語の二言語 併存社会であることは周知の事実であるが,1997 2)音節末子音(coda)として,破裂音(入声) の -p,-t,-k と 鼻 音 の -m,-n,-ng が そ ろ っ て お り, 年の主権返還後の状況は大きく変貌を遂げ通ある ように思われる。 中古漢語の末子音の区別を良く保存している。 3)声調では,『切韻』に反映される中古漢語の 2010 年 7 月 5 日,広州市の諮問機関たる人民政 平上去入の四声及び四声のそれぞれを二分する 治協商会議が地元テレビ局の広東語番組を普通語 陰陽の別をよく反映している。入声では,中古 に改めるべきだとの提案したところ地元住民が反発 漢語の陰入が母音の長短を条件に二分される。 した事件は記憶に新しい。これに端を発し 7 月 25 日には広東語保持を要求する 2000 人規模の抗議集 4)中古の軟口蓋破裂音 *k(無声無気音)は硬口 蓋化されておらず,そのうち中古の *k’ (無声 有気音)が条件無しに f, h(摩擦音化)となる特 会が開かれ,市当局は広東語番組を継続する意思を 表明したが,抗議活動は香港にも飛び火し 8 月 1 日 2 には香港でも広東語擁護の住民デモが行われた 。 言語は日々使用される中で変化して行くもので ある。即ち,地域差・年代差・性別・社会階層等 により相違が生じる。その相違・変化を認める事 徴的変化を示している。 5)軽唇音 f, v の声母は, 基本的に摩擦音 [f] となっ ており,中古の喉頭摩擦音 *h, *ɦ と合流している。 6)軽唇鼻音の *w が [m] となり,中古の両唇鼻 音 *m と合流している。 も大切だがそのまま放任しておくとその相違・変 等である。 化が大きくなる過ぎることも有り得る。現代は以 歴史的に看て,粤語はしばしば保守的な言語と 前と比べて地域差が実際の距離以下に小さくな 称される。音韻体系において, 『切韻』の音節末子 り,またテレビ・ラジオなどのコミュニケーショ 音と声調の枠組みを保存しており,粤語で唐詩を詠 ン手段の発達により,画一化が図られてきている。 ずると本来の押韻を保っていることがよく理解でき 相互のコミュニケーションを容易且つ円滑にする る。それ故,粤語の母語話者は他の如何なる漢語諸 ために政治的に言語の規範化を行なうこともまま 方言の話者にもまして強い方言意識を有している。 見られる。香港粤語もその例外ではない。 音節頭子音は,粤語も多くはその区別を失って 言語共同体及び個人における言語の非等質性の いる。また後述するように介音を持たない点でも 観点からヴァリエーションの研究が始り,言語変化 革新的であると言い得る。 − 15 − 3.先行研究について 粤語の音韻に関する研究はあまたあるが,Yang 1981 や Cheung Yat-Shing and Yu'en Gan 1993 の如 き索引によって先行研究を把握することが可能と なっている。ここでは主たる先行研究について触 を反映したものである。 Wong, S. L. 1940. A Chinese syllabary pronounced according to the dialect of Canton. Hong Kong: Chung Hwa(reprinted in 1974)も伝統的な枠組み による記述である。 れることにする 。粤語の音韻記述に関するもの また中国言語学会の巨匠,趙元任(Chao Yuen of Chinese language in the Canton dialect. Canton: Cambridge, Mass: Harvard Univeristy Press. は教学 3 と し て は,Williams, S. W. 1856. Tonic dictionary ren)の手になる Chao. 1947. Cantonese Primer. Chinese Repository. や Eitel E. G. 1887. A Chinese を目的として書かれたものではあるが,学術的価値 がこの分野の嚆矢となっている。しかしながら, 生成音韻論(generative phonology)の立場から dictionary in the Cantonese dialect. Lonon: Trübner. これらは時代的な制約もあり記述にも不備があ り,粤語のみならず他の諸方言も混同して取り 扱っていることもあって,今日的視点からすると 学術的価値はさほど高くなくただ歴史的な価値を 有するのみである。その点,1888 年に第 2 版が は頗る高く今日でもその価値は色褪せてはいない。 書 か れ た 最 初 の 研 究 は Cheng,Teresa. 1968. The phonological sysytem of Cantonese. Berkeley: Project on Linguistic Analysis. 2-5-1. で あ る。 次 に世に出されたものとして,Hashimoto, Oi kan- yue. 1972. Studies in Yue Dialect 1: Phonology of 香 港 で 刊 行 さ れ た J. Dyer Ball に よ る Cantonese Cantonese. London and New York: Cambridge を目的に広州市の,しかも最も標準とされている は形式主義にこだわるあまり弁別特徴(didtinctive Made Easy は従前の西洋人による広東語音を修正 西関音に準拠しているため当時の発音を知る極め 4 て重要な資料となっている点で注目される 。 University Press. が挙げられよう。これらの研究 feature)を多用しているきらいがある。 これに対して,ほぼ同時期に出版されたもの 粤語の音声・音韻の正確な記述として歴史上初 として Kao, D. L. 1971. Structure of the syllable in Cantonese phonetic reader. London: University of 構造主義的な記述に徹している。難をいえば,先 めて著されたのは Jones, D. and K.T. Woo 1912. A London Press. である。続いて近代の言語科学を 中国言語学に適応した最初の学者である Bernhard Karlgren の Etudes sur la Phonologie chinoise. Stockholm: Gotembourg.(1915-26)[ 中 訳 本 : 趙 元任・鑼常培・李方桂合訳《中国音韻学研究》上 海 ,1940] や Analytical dictionary of Chinese and Cantonese. The Hague: Mouton. があるが,該書は 行資料のローマ字表記に依拠するあまり音声実体 からかけ離れた分析も散見される。 4.香港粤語の音声 4.1 音節構造 如何なる言語でもそうであるが,広東語では「音 Sino-Japanese. New York: Dover.(1923, reprinted 節」という音的単位が重要な役割を担っている。 り,これら粤語の資料が中古漢語の再構成に大き 音節で発音される。換言すれば,意味を有する語 in 1974)などは精密な観察を基礎とした記述があ く寄与したことは周知の事実である。 粤語を含む漢語では,表意文字たる漢字一字が一 彙項目(lexical item)の基本単位は一音節であり, かの王力は《中国音韻学》(1936-37 上海 : 商務 それを表記する基本単位が漢字一字である。 て表記しているが,これは前述の Karlgren の著作 広東語の音節構造は以下の如く纏められる : 印書館)において粤語の音韻について IPA を用い − 16 − 音節中で分割可能な最小単位を segment と称す alveolar stop) initial)は音節の必須要素であるが,声母が無い音 して voice onset time はかなり短く,破裂の度合も る。分節要素(segmental)としては,声母(onset/ 舌尖を歯茎に当てて調音する。英語の /d/ に比 節=ゼロ声母も存在する。韻母(rime/final)は,必 弱い。 と,任意要素で子音性の高い要素たる韻尾(coda) alveolar stop) 須要素で母音性の高い要素からなる韻腹(nuclei) /t/ [th]: 無 声 有 気 歯 閉 鎖 音(voiceless aspirated とで構成されている。超分節要素(suprasegmental) 舌尖を歯茎に当てて調音する。上の /d/ に比し 的要素より成る音節核(nucleus)に超分節要素 /n/ [n]: 有声歯唇鼻音(voiced dental nasal) たる声調は音節の必須要素である。つまり,母音 (suprasegmental)たる声調(tone)がかぶさった 音節が最小音節単位となり,それに子音的要素な ら成る声母(initial)とやはり子音的要素からな る韻尾(coda)が組み合わさって音節を形成する。 音響音声学的に見ると,一音節の長さは下記の如 5 くである(数値は平均値)。 音節全体の長さ 母音部の長さ て,破裂の度合はかなり強い。 舌尖を歯茎にしっかり当てて閉鎖させ,気流を 鼻に通して調音する。 /l/ [l]: 有声歯茎側面音(voiced alveolar lateral) 舌尖を歯茎に当てて,気流を舌の両側に通して 調音する。 /j/ [ʦ~ʧ]: 無 声 無 気 歯 茎 破 擦 音(voiceless unaspirated alveolar affricate) 前舌を歯茎のやや後方部につけ破裂の度合を弱 舒声 340 302 くして調音する。話者によっては口蓋化の度合が 仄声(長母音) 358 211 甚だしく,日本語のチャ行に近い様に調音する話 302 103 者もいる。 (短母音) 以下では,中国語学の慣例に従い,声母(音節 頭子音),韻母(母音と音節末尾音の組み合わせ), 声調の 3 類に分けて解説する。 /ch/ [ʦh~ʧh]: 無 声 有 気 歯 茎 破 擦 音(voiceless aspirated alveolar affricate) 前舌を歯茎のやや後方部につけ破裂の度合を弱 くしつつ,気流を強めて調音する。 話者によっては口蓋化の度合が甚だしく,日本 4.2 子音 子音音素は以下の如くである。/ / 内は音素表記, 語のチャ行に近い様に調音する話者もいる。 /s/ [s]: 無声歯茎摩擦音(voiceless alveolar fricative) [ ] 内は音声表記である(以下同様)。 日本語のサ行より強い気流を伴う。 bilabial stop) unaspirated velar stop) /b/ [p]: 無声無気両唇閉鎖音(voiceless unaspirated /g/ [k]: 無 声 無 気 軟 口 蓋 閉 鎖 音(voiceless 英語の /b/ に比して voice onset time はかなり短 後舌を軟口蓋または硬口蓋にしっかり付け,破 /p/ [p ]: 無 声 有 気 両 唇 閉 鎖 音(voiceless aspirated /k/ [kh]: 無気有気軟口蓋閉鎖音(voiceless aspirated 上の /b/ [p] と弁別的に唇の破裂の度合はかなり 後舌を軟口蓋または硬口蓋にしっかり付け,破 く,破裂の度合も弱い。 h bilabial stop) 強い。 裂の度合を弱くして調音する。 velar stop) 裂の度合を強くして調音する。 /m/ [m]: 有声両唇鼻音(voiced bilabial nasal) /gw/ [kw]: 円 唇 無 声 無 気 軟 口 蓋 閉 鎖 音(rounded する。成節子音(syllabic consonant)となりうる。 後舌を軟口蓋または硬口蓋にしっかり付け,破 fricative) 調音する。 日本語のマ行よりも唇をしっかりと閉じて調音 /f/ [f]: 無 声 唇 歯 摩 擦 音(voiceless labiodental 上歯を下唇に軽く当てて気流を摩擦して調音す る。 /d/ [t]: 無 声 無 気 歯 閉 鎖 音(voiceless unaspirated voiceless unaspirated velar stop) 裂の度合を弱くして,しかも唇をしっかり丸めて / kw/ [khw]: 円唇無声有気軟口蓋閉鎖音(rounded voiceless unaspirated velar stop) 後舌を軟口蓋または硬口蓋にしっかり付け,破 − 17 − 裂の度合を強くして,しかも唇をしっかり丸めて 中舌を出来る限り硬口蓋に近づけ,摩擦を伴う 調音する。 位に調音する。 /h/ [h]: 無声声門摩擦音(voiceless glottal fricative) /w/ [w]: 歯茎渡り音(alveolar glide) /ng/ [ŋ]: 有声軟口蓋鼻音(voiced velar nasal) る。 日本語のハ行より調音点は後ろである。 唇を出来る限り丸めて,摩擦を伴う位に調音す 後舌を硬口蓋に押付けて気流を鼻に通して調音 する。 以上 19 種類を纏めると下記の如くになる。 /y/ [j]: 両唇渡り音(bilabial glide) stop fricative affricate nasal liquid glide bilabial p/ph labio-dental f m alveolar t/th s ʦ/ʦh ∼ ʧ/ʧh n l palatal velar k/kh glottal h ŋ j w /o/ 中後舌円唇母音(mid back rounded vowel) 4.3 母音 母音音素は以下の如くである。 日本語の 「オ」 より高めに,口を丸めて調音する。 /i/ 高前舌非円唇母音(high front unrounded vowel) /ɔ/ 低後舌円唇母音(low back rounded vowel) 日本語の 「オ」 より緊張させて調音する。 日本語のイよりも口をしっかり左右に開いて調 音する。 以上纏めると下記の如くになる。 唇を丸めてイを発音する。 i i: ʊ y: φ: u: e o ɛ: œ: ɔ: ɐ a: /y:/ 高前舌円唇母音(high front rounded vowel) /ı/ 高前舌非円唇母音(high front unrounded vowel) /i/ をより緊張させて調音する。 /e/ 中前舌非円唇母音(mid front unrounded vowel) 前舌を広めに開き,唇をしっかり開いて調音す る。 / φ / 中前舌円唇母音(mid front rounded vowel) 口をつぼめて「エ」を発音する。 / ε :/ 低 前 舌 非 円 唇 母 音(low front unrounded vowel) 日本語のエより口を広めに開いて調音する。 /a/ を主母音とするグループ以外は,相補分布を なすが,長短それぞれの母音の音色は異なる。 4.4 声調 ここでは香港粤語の声調体系について詳述す /ɶ:/ 低前舌円唇母音(low front rounded vowel) る。香港粤語は弁別的特徴として 6 つの基本声調 / ε :/ を円唇化して調音する。 を有する。実際には粤語の音声レベルで 9 種類の /ɐ/ 低中非円唇母音(low mid unrounded vowel) 声調が存在するが,先ずそれらについて説明する。 lax な曖昧母音である。 /A:/ 低中舌非円唇母音(low mid unrounded vowel) 日本語の 「ア」 より口を広めに開けて調音する。 (数字は,5を最高,1を最低とする声調の pitch を表す。詳細は Chao 1930. 参照。) 調型 調類 調値 語例 /U: / 高後舌円唇母音(high back rounded vowel) 第一声 高平調 陰平 55 詩敷 /ʊ/ 高後舌円唇母音(high back rounded vowel) 第二声 高昇調 陰上 35 史苦 第三声 中平調 陰去 33 試富 第四声 低降調 陽平 21 時扶 日本語の 「ウ」 より口を丸めて調音する。 /u/ より舌を低くし,弛緩して調音する。 − 18 − 第五声 低昇調 陽上 23 市婦 下位方言ではここでの分化と同様の声調分化が見 第六声 低平調 陽去 22 事父 られる。 第七声 高平調 陰入 5 識忽 声調とは,学者により解釈が異なるが,中国語 第八声 中平調 中入 3 泄法 をはじめとするアジアの諸言語においては,一音 第九声 低平調 陽入 2 食滑 節にかかる pitch の変化であり,特に意味の区別 に直接関わるものを指す。声調はまたの名を 「四 声調はある一定の型を有する。音節間の相対的 声」 とも言い,中国語の所謂「平上去入」を指す。 な音の高さ以外に香港粤語の音節では高低変化を 南朝の時代既に声調は四つに分類されていた事は, 伴うものも存在する。聲調の高低変化を伴わない 梁の沈約の『四声譜』の成立からも伺える。単音 ものを平調(level tone),高低変化を伴い上り調 節言語では,一形態素が一音節であり,segmental 下り調子のものを下降調(falling tone),曲折を の字ひいては形態素の弁別に与している。 子のものを高昇調(rising tone),高低変化を伴い 伴う声調には昇降調(rising-falling tone)や降昇調 (falling-rising tone)などがある。 な音韻とともに suprasegmental な要素として,そ 「普通話」は声調は四つであるが,1930 年代に 作成・公布されたラテン化新文字には声調符号が 香港粤語の第一声は元来高降調であったと思わ なかったように,一般に声調の数が少ない漢語北 れるが,共時的には高平調であるためここでは高 方諸方言では声調の機能的負担はそれほど大きく 6 平調とする 。 ないように思われる。それに比して,広東語をは 上図の通り,中国の伝統的分類に従えば,平・ じめ閩南語・客家語など漢語南方諸方言や南方少 上・去・入の四声調が,主に声母(initial)の清(調 数民族言語では声調の数が多いことが特徴となっ 音時に声帯の振動を伴わない音,無声無気の閉鎖 ている。 音・摩擦音・破擦音を全清,無声有気の閉鎖音・ 粤語は各音節についてほぼ十全な音節声調の実 摩擦音を次清と称する)と濁(それ以外の音,無 現を見るタイプの言語である。音節固有の実現も 声有気の閉鎖音・摩擦音・破擦音を全濁,有声有 ない訳ではないが,ほんの一部の擬態語・擬声語 気の閉鎖音・摩擦音を次濁と称する)を条件にそ 的表現や接頭語に限られる点でも他の漢語諸方言 れぞれ陰(high register)・陽(low register)の二類 に分化し,入声は更に陰入が母音の tense/lax を条 件に二つに分岐する事によって合わせて九種類の 声調があるということになる。広東語を中心とす る粤語では,中古の無声声母(全清・次清)を持 つ音節は全て pitch の高い陰類と共起し,有声声 母(全濁・次濁)を持つ音節は大部分 pitch の低い と異なる。 香港粤語の声調は音声レベルで 9 種類認められ るが,音韻レベルでは 6 種類にまとめられる。そ の理由は,-p,-t,-k で収音する入声調は音節構造が 異なるのみで,pitch は相応の滑音調と同じである。 すなわち,陰入は陰平と,中入は陰去と,陽入は 陽去とそれぞれ同じ高さである。従って,本稿の 陽類と共起する。平声と入声に関してはこの陰陽 表記も 6 声で統一する。これも粤語教学に寄与せ の別は例外なく当てはまるが,上声と去声は粤語 んとするためである。 5.香港粤語の音韻 5.1 声母 stop fricative affricate nasal liquid glide bilabial b/p m l labio-dental alveolar palatal d/ f s zh/ch ∼ zh/ch n velar g/k glottal h ng jw 以下に声母にかかわる諸問題に触れたい。7 − 19 − 例字:朱 zhu1 柱 chu5 輸 su1 5.1.1 有気音/無気音の対立 粤語において有気音/無気音の対立は弁別的 であり,以下の如き対立を示す。Minimal pair(最 小対)を挙げることにする。 b [p] と p[p ] 覇 ba3― 怕 pa3, 拝 bai3― 派 pai3, h 不 bat1― 匹 pat1, 碧 bik1― 僻 pik1, 悲 bei1― 披 pei1 d[t] と t[th] 単 dan1― 灘 tan1, 堆 dou1― 推 tou1, 将 zhong1 昌 chong1 箱 song1 5.1.5 /n/ と /l/ 現在多くの香港人は [n] と [l] を区別しない傾向 にあり,一般にこれら二つの音素を [l] として発 音することが多い。 3.1.6 ゼロ声母と /ng/ 声母 多 do1―施 to1,督 duk1―禿 tuk1 ゼロ声母と /ng/ 声母との混同が見られる。 居 gou1― 拘 kou1,gw[kw] と kw[kwh] 瓜 gua1 例字:正音=硬 ngang6, 岩 ngam4, 矮 ai2, 鴨 ap3 kwai1 ts[ʦ] と tsh[ʧh] 支 ji1―痴 chi1,卒 jot1―出 chot1, 絶対的多数がゼロ声母で発音されるが,これは g[k] と k[k ] 鶏 gai1―渓 kai1,急 gap1―給 kap1, h ― 誇 kua1, 軍 gwan1― 坤 kwan1, 帰 gwai1― 規 煎 jin1―千 chin1 俗音= ang6, am4, ngai2, ngap3 機能負担量を低下させるからである。 5.1.7 k,kh と kw,kwh の合流 5.1.2 円唇化 g[kw] と k[kw ] の w[w] は摩擦と伴うものでは 軟口蓋音は合口を保存する傾向があるものの, とを示す(この点で普通話の介音 [u] とは異なっ 関を「くわん」と表記していたが現在では「かん」 h なく,g[k] と k[k ] がそれぞれ円唇化しているこ 且つ合流もしやすい。日本でも歴史的仮名遣いで, ている)。 に統一されている事実もある。gw と kw における h wは摩擦を伴わず,g,k の円唇化を示すものであ 例字:港 gong2 ∼廣 gwong2 る。この点で普通話の介音 [u] と性格が異なる。 剛 gong1 ∼光 gwong1 例:國 [kwo:k] → [ko:k] 各 gok3 ∼國 gwok3 個 go3 ∼ gwo3 光 [kwo:ŋ] → [ko:ŋ] 伝統的な読音(正音)ではこれらを区別してい 下記のペアも発音の区別を失う傾向にある。 る。その差は単に円唇化しているか否かのみであ る。但し,この円唇化も近年非円唇で発音される 傾向にあり,その傾向は若年層で特に顕著である。 5.1.3 介音の問題 多くの研究者は,/iu/ 暁 hiu2,/ui/ 灰 fui1 等の最 初の母音要素は長くまた強く発音され,/ w / は / k: 加 ga1 街 gai1 竟 ging2 羹 gan 吉 gat1 kw: 瓜 gwa1 亀 gwai1 炯 gwing2 軍 gwan1 骨 gwat1 5.2 韻腹(nuclei) 音節中で最も聞こえの大きい(sonority の高い) g /,/ k / の声母との結びつきが強いことから, 部分であるが,香港粤語の韻腹は次の三つに分類 いる。ここでも同一の立場を採る。 音(syllabic nasal)。 香港粤語には介音は存在しないとの立場を採って 5.2.1 単母音 5.1.4 ts/tsh と これらの音は自由変異(free variation)をなすも のである。 可能である。①単母音 ,②複母音 ,③音節化鼻 全部で十一個(ı,u,y, ε ,œ,ɔ,a,e, φ ,o,ɑ)あり, 前者 7 個が長母音,後者 4 個が短母音である。高 母音 である [i, y, u] 以外のその他の長母音は皆対 − 20 − 応する短母音が存在する(それらは長母音より調 音の際に変化が生じた結果であるとする見方も有 音部位がやや高めになる)。 る。 母音の長短(quantity)の対立は,音質(quality) 5.2.3 成節子音 の違いもあり短母音は単独では韻母にはなれず, 韻尾を伴わなくてはならない。 一般的に子音は自ら音節を構成することは出来 ないが,鼻音(nasal)や流音(liquid)等の聞こ え(sonority)の高い子音は例外的に音節を成す 5.2.2 複合母音 ことが出来る。 香港粤語では,/m/ と /ŋ/ が韻腹と 複合母音は一般的に二つの母音音素からなり, 一つ目の音が主母音となり,聞こえ(sonority)も なり得る。 大きく発音される。これはベトナム語・タイ語を 5.3 韻母(音節核母音と末子音の組み合わせ) はじめとする東南アジアの諸言語に普遍的に見ら れるものである。二つ目の音素は高母音 [-i,-u,-y] 以下は韻母(音節核母音と末子音の組み合わせ) の音声表記の一覧である 8。 である。複合母音実際は単一の母音であって,調 -j i: y: e ɛ: œ: ө ɐ a: u: o ɔ: -w -m i:w -n i:m ej өj ɐj a:j u:j ɔ:j ɐw a:w ɐm a:m ow m -ŋ i:n y:n -p -t i:p eŋ ɛ:ŋ œ:n өn ɐn a:n u:n œ:ŋ œ:t ɐŋ a:ŋ ɐp 主な組み合わせを整理したものである。 au 教 gau3 ai am an ang ap at ak 太 taii3 三 sam1 au 等 dang2 ek ɐk a:k ok 蚊 man1 十 sap6 七 chat1 得 dak1 e(長母音)を主音とする韻母 e 写 se2 eng 嶺 leng5 ei 鴨 ngap1 ek 四 sei3 錫 sek1 ö を主音とする韻母 ö 靴 ho1 ök 着 jok3 öng a(短母音)を主音とする韻母 ai ang ak 行 hang2 客 hak3 心 sam1 at 班 ban1 八 bat3 ɔ:k am ap a(長母音)を主音とする韻母 ɛ:k œ:k өt ɐt a:t u:t ɔ:t an 香港粤語の音節内における中核母音と末尾音の 怕 pa1 a:p oŋ ɔ:ŋ ŋ ɔ:n 5.3.1 韻母のまとめ a -k i:t y:t 黎 lai4 構 gau3 öi − 21 − 想 song2 水 sou2 ön öt 信 son3 が実際今日行われている香港粤語を観察したとこ 出 chot1 ろに基づくと,これらは自由変異と言ってもよく, このことは [ik] と [ek] に関しても平行性が保たれ I(長母音)を主音とする韻母 I 椅 yi2 Im 甜 tim4 Iu In Ip It ている。 票 piu3 餅 beng2 見 gin3 病 丙 bing2 接 jip3 清 鉄 tit3 晴 ik Oi On 姓 sing3 競 ging6 試 sik1 傾 名 癖 我 nog5 食 菜 choi3 踢 安 ngon1 域 Ong 熨 tong3 Ot Ok 渇 hot3 國 gwok3 Un 管 gun2 Ui Ut uk ming4 meng4 sik6 sek6 pik1 tek3 wik6 pek1 tik3 wek6 呼ばれるものであり,後者が所謂「変音」と呼ば れるものである。「連読変調」が通常語義的・文 法的変化を引起こさないのに対して,「変音」は 声調交替を通じて,語義的・文法的変化を引起こ す。変音は一種の形態音韻変化(morphophonemic alternation)であって粤語においては北京語と並ん 屋 nguk1 月 yut6 keng1 ける声調交替である。前者が通常「連読変調」と 凍 dung3 Yut geng6 声調交替であり,もう一種は形態音韻レベルにお で少ない。しかしながら,粤語には興味深い声調 交替が認められ,早くから研究者の注意を引いて Yu(長母音)を主音とする韻母 Yun deng6 が認められ,一種は単純に音声学レベルにおける 闊 fut 煮 jyu2 deng1 交替には言語学的レベルを異にする 2 種類の現象 妹 mui6 Yu cheng4 交替する現象を「声調交替」と呼ぶ。粤語の声調 u(短母音)を主音とする韻母 ung cheng1 声調の調値がある一定の条件の下で別の調値に U(長母音)を主音とする韻母 估 gu2 beng6 6.1 変音 有 mou5 U king1 beng2 6. 声調交替 ou(短母音)を主音とする韻母 ou ching4 定 ding6 O(長母音)を主音とする韻母 O ching1 丁 ding1 i(短母音)を主音とする韻母 ing bing6 bing2 きたが,声調交替をめぐる現象の適切な分類は十 分なされてきているとは言い難い。 船 sun4 これまで多くの研究者が混同してきたように粤 語の「変音」と「変調」の現象が区別しにくいの は,粤語の形態音韻レベルの声調交替とトーンサ 以上のうち,[iŋ] と [eŋ] は広州で行われている ンディにいる声調交替の結果として現れる調値が 粤語では明確に区別されており,また香港粤語で 同一(陰上調)である事からきているのである。 も従来文白異読の差異と理解されてきたが,筆者 変音を分類すると,①品詞転換を伴うものとして − 22 − は 動詞・形容詞・量詞などで,名詞化されること が多い,また,②品詞転換を伴わないものとして 【註】 1 黄耀 . 1995.《香港的粤語》(早稲田大学におけ る講演レジュメ)及び Hong Kong 2006 Population は,附加・語義変化を伴うものなどがある。 By-census - Summary Results, pp.38-39 による。 ①品詞を変えるもの 例字:梳 so1 櫛,so1 櫛で梳く,油 yau2 油,yau5 2 漢語方言保持を巡ってのデモは管見の及ぶ限りこ れが初めてである。漢語という概念に対する粤語 塗る 話者ナショナリズムの台頭と見ることもできよう。 ②品詞を変えないもの 指小化:変調によって,微少な,二次的な,或 は近親性,軽視するといった意味を表す。 この件に関しては稿を改めて論じたい。 3 香坂順一 . 1952.「広東語の研究――モリソンから趙 元任へ――」『人文研究』3.3:35-63 に当時までの広 例 字: 姐 je2 → 家 姐 ga1je1, 魚 yu5 → 金 魚 東語研究史が詳細に記されている。また,中嶋幹起 . gam1yu2 1994.『現代廣東語辞典』大学書林 . では簡にして要 指大化:変調によって,形容詞の程度の深さ或 は強化の現象を表す。 例字:紅 hung4 → hung2hung4 真っ赤,長 chöng4 → chöng2chöng4 非常に長い を得た研究史が纏められている。 4 この Ball の表記法による参考書として清水元助 . 1973.『簡易粤音字彙』広池学園事業部がある。 5 数値は筆者の測定データによる。 派生化:本義から傍義を派生する。 例 字: 糖 tong4 → tong2 キ ャ ン デ ィ ー の 類, 女 noi5 → noi2 若い娘 6 陰平調に関する歴史的な考察は,遠藤光暁 1987.「粤 語変音の起源」 『論集』 (青山学院大学)28: 197-208. を参照。 7 所謂新興韻母については,吉川雅之 . 2002. が網羅 限定化:変調によって,反意・制限を表す。 的に論じている。なお,吉川は周辺韻母と呼んで 例字:大 dai6 → 大 gam3dai6 かくも小さい,大 敢大 gam3dai2 ただこれだけ大きい また,借用語は原則として,第一音節は第 1 声, 第二音節は第 1 声もしくは第 2 声になるという頗 る規則的である。 例字:toast 多士 to1si2,stamp 士担 si6tam2,boss いることに注意。 8 詳細は,Tsou 1994. 張淑儀 2002a., 2002b を参照。 【参考文献】 Bauer, Robert S. 1979. Alveolarization in Cantonese: a case of lexical diffusion. Journal of Chinese Linguistics. 波士 bo1si2 以下の動詞は第 2 声に変調することにより,完 了の意味を表すことが多い。 7.1. Bauer, Robert S. 1982. Cantonese Sociolinguistic Patterns: Correlating Social Characteristics of Speakers with 例 : 識 sik1, 食 sek6, 買 mai5, 売 mai6, 去 höi3 , 死 sei2 etc. (本節は全面的に千島英一 . 1987. に拠る) Phonological Variables in Hong Kong Cantonese. Ph. D. dissertation, University of California, Berkeley. Bauer, Robert S. 1985. The Expanding syllabary of Hong Kong Cantonese. Cahier de Linguistique Asie Orientale. XIV. 1: 99-113. 6.2 連読変調 香港粤語の連読変調に規則を求めるのは甚だ困 難である。総じて後方の音節に現れる。 例: 中 文 Jung1man4 → Jung1man2 大 概 dai6koi3 → dai6koi2 等,陰上に変化するものが多数である。 その多くが強調して表現する際に現れる 8。 Bauer, Robert S. 1995. Syllable and word in Cantonese. Journal of Asian Pacific Communication. 6.4:245-306. Bauer, Robert S. and Paul K. Benedict. 1997. Modern Cantonese Phonology. Berlin: Mouton de Gruyter. Bolton, Kingsley, and Luke, Kang-kwong. 1999. 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I insist that a number of provisions can be explained logically and consistently, provided that void and voidable are synonymous with each other. 何と言っても無効と取消の一番の違いは,上記 第一章 序論 のように「無効な行為は,はじめから何らの法律 上の効力を認められないのに対して,取消しうる 法律行為とは,法律効果(主として相手が不履 行為は一応有効に成立した行為の効力を後から否 1 行の場合の強制執行)を期待した意思表示を言う。 定する」ところにあるが,他に「無効な行為は誰 折角そういうことを期待して行いながら,法律に でもその効力を否定できるのに対して,取消しう よって無視され,何の効力も発生しない場合が「無 る行為は取消権者に限ってその効力を否定でき 効」,有効即ち期待通りの法律効果が発生してい 3 る」。 更に,年月の経過によって,前者は何の変 るにも拘わらず,当事者の一方が,後から無効に 化も生じない即ち効力ゼロのままであるが,後者 するのが「取消」である。もう少し表現を変えると, は 5 年経過することによって取消せなくなる即ち 「外形から見ると法律上の効果を求めた…意思表 示がありながらも,法律がこれに対して直接にそ 4 有効な行為として確定してしまう, という違いも ある。 こ効力を否定し(無効),又は行為者にその効力 を否定すること(取消)を認めている場合が少な 三つの相違点から,取消よりも無効の方が効力 くない。前者が無効な行為,後者が取消しうる行 否定の度合いが強いことは,一目瞭然である。無 2 為である」。 効については,民法(以後,民法の場合は条項だ 1 一般的には「行為者が希望したとおりの内容を,法律上そのまま認める行為と定義される」 。竹内昭夫・松尾浩也・塩野 宏編「新法律学辞典第三版」(有斐閣,平成元年)1306 頁。しかしこの定義は,法律行為の後半「行為」については全く 説明のないまま用いているし,前半「法律」については説明不足である。当事者の間で取り交わされた「約束を国家が 積極的に保護してくれることが,法律行為の効力の意味である」。新田孝二「民法(1)総則第三版」(遠藤・川井・原島・ 広中・水本・山本編,有斐閣双書,昭 62 年)205 頁。 2 我妻栄・有泉亨・川井健「民法1総則・物権法」 (勁草書房,平 15 年,以後,我妻「民法 1」と略す)190 頁。 3 同上,191 頁。 4 民法 126「取消権は,追認をすることができる時から 5 年間行使しない時は,時効によって消滅する」 。 − 25 − けを表示する)90 条の公序良俗に反する行為,換 結局,一定の「法律行為を無効とするか,取消 言すると強行法規に反する行為,が典型である。 しうるものとするかは立法政策の問題で…個人の 国家権力は,このような個人間の契約を守ってや 意思を問わないで効力を否定するのを妥当とする る気はさらさら無いのであるから,無効がぴった 客観的事由があるときは無効…これに反し,特定 りと当てはまる。 の人の意思によって効力を否定するのが妥当であ る場合は,取消しうる」6 行為とされるとの基準が 119 条によれば「無効な行為は,追認によって 示され,それで大方が納得しているのが現状であ も,その効力を生じない」。例えば,ABが賭博 る。 をして,Bが 10 万円負けたとする。賭博は犯罪 であるから(刑法 185),もちろん公序良俗に反し しかし私に言わせれば,この基準はあまりにも 無効である。その時Bは持ち合わせがなかったの 外れが多くて,役に立たない。 で,後日支払うことを約して別れた。後に 5 万円 をAに渡すと,それは「一部の履行」(125 条 1 号) 第二章 通説に対する疑問 で追認と見なされるが,だからと言ってAB間の 賭博契約が最初にまで遡って有効になるわけでは 1 無権代理とは,代理権がないのにあると偽っ ない,ということを 119 条は述べている。無効だっ て代理行為をすること,である。代理権が存在 たものが有効に変ずれば,ABの賭博は法の保護 しないのであるから,本人に効果が帰属するは を受けられることになり,Bが残り 5 万を払わな ずがなく,代理行為は無効である。にも拘わら い時,Aは訴訟を起こし強制執行をかけることも ず,本人による追認が認められている―「代理 できる。 権を有しない者が他人の代理人としてした契約 は,本人がその追認をしなければ,本人に対し 119 条の意味は「無から有は生じない」という てその効力を生じない」(113 条 1 項)。追認に ことであって,無効と取消の一番大きな違いであ は遡及効が認められていて,最初から代理権が る。ここで「追認」について説明しておくと, 「法 あった即ち有効,となる。これは,「無効な行 律行為の瑕疵(欠点)を後から補充して完全にす 為はどこまでも無であるから,追認はできない」 5 ること」 を言う。代表的なのは「取消しうべき行 とした前出 119 条と矛盾する。 為の追認」で,未成年者が結んだ契約を後日,法 定代理人(多くは親)が追認すれば,契約は最初 ⑵ 95 条「意思表示は,法律行為の要素に錯誤が から有効だったものとして確定し,以後取消すこ あった時は,無効とする。但し,表意者に重大 とはできなくなる(122 条)。ここでは追認は, 「取 な過失があった時は,表意者は,自らその無効 消権の放棄」を意味することになる。 を主張することができない」。重大な過失があ ればだめだが,通常の過失なら問題はない。法 5 条「未成年者が法律行為をするには,その法 律行為の要素即ち重要部分において,うっかり 定代理人の同意を得なければならない。前項の規 して思い違いがあれば,それを理由に「あの契 定に反する法律行為は,取消すことができる」が, 約は,無かったことにしてくれ」と主張できる, 取消しうべき行為の典型で,判断力の未熟な未成 というのが本条である。 年者を世間の荒波から守ろうとの趣旨であるが, 無効としたのでは未成年者の経済活動の機会を完 しかし,「ついうっかり思い違いをした」と 全に奪ってしまうので,それより緩やかな取消を いうのは表意者の個人的な心理的事由であるか 採用したものと思われる。 ら,「個人の意思を問わない客観的事由」に関 わる無効とは調和しない。 5 前掲「新法律学辞典」1003 6 我妻「民法 1」191 頁。 頁。 − 26 − 3 96 条1項「詐欺又は強迫による意思表示は, すると,もはや本当の持ち主AはCに「私がB 取消すことができる」。錯誤を無効とする一方 に売ったのが虚偽表示でそもそも無効なのだか で,「詐欺または強迫による意思表示を取消し ら,登記を戻してくれ」と請求できなくなる, うるものとしたこと(は)権 衡を失する」。錯 と2項は言うのである。これは, 「誰に対しても」 誤も詐欺・強迫と同様「表意者の保護を目的と という意味での絶対無効と矛盾している。 けんこう する制度であることを考えると,ドイツ民法の ように錯誤の効果も取消しうるものとするのが ⑸ 翻って,詐欺・強迫をもう一度見てみよう。 7 至当だろう」。 96 条 3 項「詐欺による意思表示の取消は,善意 の第三者に対抗することができない」。これは, 私はむしろ,錯誤を取消,詐欺・強迫を無効 反対解釈すると「強迫による意思表示の取消は, と,逆にすべきと考える。なぜなら,詐欺は刑 善意の第三者に対抗できる」となる。虚偽表示 法 246 条,強迫は刑法 249 条恐喝罪で犯罪とさ は無効なのに,善意の第三者に対抗できない。 れる行為だからである。即ち,公序良俗に反し 強迫は取消なのに,対抗できる。こういう逆転・ ている(90 条)。 倒錯を目 の当たりにすると,「無効は否定の度 ま 合いが強い絶対無効,取消はそれが弱い相対無 ⑷ 犯罪と言えば,虚偽表示もそうである―94 条 効」という基準への信頼が根底から揺らぎ始め 1 項「相手方と通じてした虚偽の意思表示は, る。即ち,法は無効と取消を,学者たちが考え 無効とする」。「虚偽表示とは,相手方と通謀し ているほど生真面目にあるいは厳密に区別して てする内心的効果意思と異なる意思表示であ いないのではないか,と。 る。債権者の執行を免れるために,債務者Aが 友人Bと通謀して不動産を友人に売る契約をし ⑹ 無効は, 「誰に対しても」のみならず「誰でも」 たことにして,財産を隠匿するような行為がそ 主張できる,という絶対性が特徴であった。と 8 の適例である」。 このような行為は,刑法 96 条 ころが,それも昔から最高裁によって否定され の 2 の強制執行妨害罪「強制執行を免れる目的 ている。長い年月の間に賃貸借がいつの間にか で,財産を隠匿し,損壊し,若しくは仮装譲渡し, 使用貸借に変じた宅地につき,借地人は「現所 又は仮装の債務を負担した者は,2 年以下の懲 有者が前所有者から譲り受ける際に隣地を当該 役又は 50 万円以下の罰金に処する」に該当する。 地と指示され,錯誤があったので無効」と主張 従って,虚偽表示が無効とされるのは当然であ したが,最高裁は「表意者自身において,その る。 意思表示に何らの瑕疵も認めず,錯誤を理由と して意思表示の無効を主張する意思がないにも しかし問題は,94 条 2 項「前項の規定による かかわらず,第三者において錯誤に基づく意思 意思表示の無効は,善意の第三者に対抗するこ 表示の無効を主張することは,原則として許さ とができない」である。「無効はいちいち主張 れない」と判示した。9 する必要がなく,しかも誰に対しても主張でき る」はずなのに,これは一体どうしたことか? 以上見た感じでは,法は無効と取消を内容に 前述の例で言えば,友人Bが裏切って,登記名 従って截然と区別するどころか,場当たり的・適 義が自分に移っているのを好いことに善意の第 当に言葉を用いているようである。10 そうすると, 三者Cに不動産を転売・登記したとする。そう 両者はひょっとすると殆ど違いがない,それどこ せつぜん 7 我妻「民法 1」151 頁。 145 頁。 9 最判昭和 40 年 9 月 10 日民集 19 巻6号,1513 頁。 10 「法律はしばしば,『無効 void』と『取消し得る voidable』をいい加減に使う。故に,ある取引を無効と規定していても, 取消し得るの意味であることが多い」。R.S.Vasan, The Canadian Law Dictionary 402(Law and Business Publications Inc. 1980). 8 同上 − 27 − ろか全く同一という可能性もあるのではないか? 産を隠匿したとする。そして,BがAを裏切って, との疑念が浮かんで来る。 その不動産を善意のCに転売・登記してしまっ たのであった。 第三章 論理的整合性 [1] 通説によれば,AB間の売買は虚偽表示だか [1] 無効は取消と同じく相対的な性格をもつと考 ら無効で,最初から何の効力も発生しない。故 えた方が,無効規定を論理的に矛盾なく説明で に,登記簿上ではBに移転しようと,所有者は きる。相対的性格とは,法が無効と宣言してい 依然Aである。我国では,登記に公信力は認め る法律行為であっても,それは有効なものとし られていない。そうするとBは所有権者ではな て成立し,当事者の一方が無効と主張しなけれ いから,所有権をCに譲渡することができない。 ば(放置すれば),追認又は時効で有効が確定 登記簿上,所有権がA→B→Cと移ったように するということ。無効の場合でも,法律行為の 見えるだけで,これは事実に反するから,無効 効力に関しては異議申し立てが必要であり,自 である。故に,法が善意の第三者Cは債権者に 動的に効力ゼロなのではない。この異議申し立 対しても債務者Aに対しても対抗できる,即ち てを,常に「取消」と呼ぶ。取消規定に取消権 不動産の所有権者になる,という規定と通説は 者が定められているように,無効権者も本人を 衝突する。 含む一定範囲の者に限られる。 [1] 他方,私見によれば,無効と取消は法的効果 [1] 例えば,XはYから油絵 2 点を 55 万円で購 の点で何ら違いは存せず,無効な法律行為で 入したが,後に贋作と判明したので,錯誤無効 あっても効力は発生する。故に,AB間の売買 を理由にYに返金を求めた。しかし,Yはこの は虚偽表示であっても有効で,所有権はAから 時,既に無資力。YもZに真作と騙され 38 万 Bに移転する。法が「無効とする」と規定して 円で買っていたので,XはYの錯誤を理由に, いるのに有効と言うのは,それこそ矛盾ではな Zに 38 万の返還を求めた。Zは最判昭和 40 年 いか,と反論されそうである。しかし,私見で 9 月 10 日を根拠に,「第三者が本人に代わって は「無効とする」と「取消すことができる」は 無効を主張することはできない」と抗弁したが, 同義,全く同じ意味と言っているのであるから 最高裁は次のように判示してZの抗弁を退け 矛盾ではない。 がんさく た;「第三者において表意者に対する債権を保 全するため必要がある場合において,表意者が [1] 所有権がAからBに移転するので,Bは移そ 意思表示の瑕疵を認めている時は,表意者みず うと思えばCに移すこともできる。結局,無効 からは当該意思表示の無効を主張する意思がな =取消と解して初めて,94 条 2 項が成り立ち得 くても,第三者たる債権者は表意者の意思表示 るのである。 11 の錯誤による無効を主張することが許される」 。 [3] 通説によれば,無効は何も生じさせないから, [2] 前章(4)で,「虚偽表示の無効は,善意の第 無効行為を有効にしようとすれば追認によって 三者に対抗できない」(94 条 2 項)を取り上げ 過去に遡らせる必要がある。無権代理の追認が たが,「無効は最初からゼロ」では,これを論 その適例で,「追認は…契約の時にさかのぼっ 理的に説明できない。 てその効力を生ずる」(116 条)。しかしそうす め ると,「無効な行為に,追認は不可」とする 119 ど 1] 弁済期が近づいたが支払の目 処が立たない債 条と衝突すること,前章(1)で述べた。 務者Aは,債権者の強制執行を恐れ,所有する 不動産を形だけ友人Bに売ったことにして,財 11 最判昭和 [1] 無効=取消と解釈する私見では,衝突は起こ 45 年 3 月 26 日民集 24 巻 3 号,153 頁。 − 28 − らない。無権代理は,無効ではない。取消すこ とのできる行為として,有効に成立する。代 [1] 第一章では賭博を例に,法によって無効とさ 理の相手方が本人に契約の履行を請求してきた れる行為を追認しても,最初からの有効に転ず 時,本人は二つの選択肢を持つ。①その契約を るわけではない即ち追認できない,ということ 破棄したい…契約は有効に成立しているから, を述べた。しかし,これは通説的説明であって, 「無権代理を理由に無効」を主張して(即ち, 上述の私見とは異なる。119 条但書には「当事 取消し得べき行為を取消して)過去に遡って効 者がその行為の無効であることを知って追認し 力を打ち消す。これが,無権代理人が結んだ契 たときは,新たな行為をしたものとみなす」と 約は無効即ち「本人に対してその効力を生じな あるが,通説だと「公序良俗に反する行為は, い」(113 条 1 項)の意味である。なぜ無権代 新たな行為としてもやはり公序良俗に反するか 理行為が有効かと言えば,民法は他人の物を勝 ら,追認によって有効な行為とはならない」13 と, 手に売却することさえも認めているからである 法律を否定せざるを得ない。 (560 条)。他人の物を処分する場合は代理人を 詐称している場合が多いであろうから,「他人 [1] 私見では 119 条但書の通り,新たな行為とし の権利の売却」と「無権代理」とは法律関係が て有効に成立する。賭博で 10 万円負け,後日 12 とりあえず半額 5 万を支払った。これは法によっ 似て来る(561 条・117 条)。 て追認と見なされ,賭博契約とは別個の,一部 [1] ②その契約を維持したい…既に有効に成立し 履行という新たな法律行為として有効に成立す ているものを,本人の追認によって,それ以後 る。従って,賭博契約の無効を理由に 5 万を返 確定させる。122 条の取消し得べき行為の追認 せという主張は,裁判所では取り上げてもらえ も,「以後,取消すことができない」と追認以 14 10 万の全部履行であったとしても,同じ。 ない。 ・ ・ 降 の効果を規定している。「追認によって第三 者の権利を害することはできない」 (122 条但書) [1] 以上要約すると,無効も取消も,有効を無効 のは,そのためである。かように,無効(取消) に変ずる「遡及効」を持つが,追認はその時点 は遡及的消去であるが,追認はそれ以後に影響 以後の効果という意味での「事後効」しか持た を及ぼすだけなので,遡及的回復ではない。 ず,無効とされる行為であっても追認は可能で ある。それ故,私は [4] の冒頭で,「無効行為に [4] 最後に,119 条「無効な行為は,追認できない」 も追認は可能なはず」と述べたのである。 にも言及しておかなければならないだろう。も し無効=取消なら,無効行為にも追認は可能な 第四章 結論 はずだからである。 そもそもこの世の中においては,公序良俗に反 [1] 「無効な行為」とは,法に「無効とする」と する行為・違法行為は,かなり多いと推測される。 定めてあって且つ当事者の一方が無効を主張し 野球賭博が相撲界で蔓延していたことは最近明ら た行為を言う。私見では無効=取消であるから, かになったところであるが,その他にも賭け麻雀・ 有効に成立しているものを「無効の主張」によっ 賭けゴルフ,脱税・政治資金規正法をすり抜ける て一旦取消すと,遡及的に無となり,もはや追 政治家の資金集め・闇金融,児童買春の温床とな 認は不可能となる。有効に成立しているものを る出会い喫茶(トークカフェ) ・援助交際などなど。 追認すれば,もはや取消すことができなくなる 摘発されるのは,氷山の一角なのではないか。 き いつ (122 条)のと,軌を一にする。 12 参照;篠塚昭次「注釈民法(2)債権」 (有斐閣新書,昭 52 年)191 頁。 52 年)118 頁。 14 708 条「不法な原因のために給付した者は,その給付したものの返還を請求することができない」 。 13 水本浩「注釈民法(1)総則・物権」 (有斐閣新書,昭 − 29 − 野球賭博が発覚したのは,仲介役が欲を出して, 17 してもそれを尊重せざるを得ない。 無効行為にし 客を強請ったからであった。このように,何かト ても,理屈上はバッサリ切り捨てることができる ラブルが発生しない限り,犯罪的な契約でも締結 はずであるが,実際には行為者の意思を尊重して され履行され終了し,消えて行っている…のが現 「無効行為の転換」18 ということが行われる。「法 ゆ す 実である。即ち,「公序良俗に反し無効」な法律 律行為が意思表示の通りなら効果を生じないが, 行為は,決して効力ゼロなのではない。当事者に 他の行為として要件を備えていれば,その行為と は履行を迫る心理的効力を持ち,従ってその大半 して効力を認めることをいう」。19 更に「契約の内 は無事履行されて役目を終え,消えてゆくのであ 容が,その契約締結当時から無効な場合にも,そ る。換言すると,違法な契約であっても,すべて の無効が契約内容の一部分だけの時は,契約はそ 有効に成立する,ということ。 のまま効力を発生」20 させる,という処理の仕方 も転換に属するであろう。 ここでトラブルが発生し,当事者の一方が裁判 所に駆け込んでも,裁判所は契約の無効を理由に 次に,無効と取消の関係について言えば,無効 助けてはくれない。無効=効力ゼロと言う通説は, が名詞であるのに対して,取消は動詞。言い換え このことを述べている。通説にとっての有効・無 れば,無効は取消が原因となって生じた結果であ 効は,あくまで裁判所の強制執行を念頭に置いた り,原因→結果の関係に立つと言ってもよいであ 概念なのである。しかし,有効・無効を問わず, ろう。例えば,「殺す」という動詞があれば,必 世の中の契約の圧倒的多数は,裁判所の力を借り 然的に「死亡」という名詞を伴う。「沸騰させる」 15 ることなく,実現されている。 私は,人々の規範 という動作には「水蒸気」という結果が,「凍ら 意識に根差す心理的効力こそが,法律効果の中心 せる」という行為には「氷」という結果が生じる だと考える。もちろん,最後の手段としての国家 のに似ている。 強制がフィード・バックして,その効力を補強し ているのであるが。そのように国民の規範意識を 有効に成立している法律行為に「取消」という リードする側面は認めつつも,司法権(警察・裁 行為が加えられると,最初から何もしなかったの 判所)は国民主権に立脚するものである以上,そ と同じ状態即ち「無効」になる。名詞の「無効」 の意識に沿うように法律を解釈し適用する義務を を動詞化すれば「無効にする」で,無効にするは 負っている。そういう意味で,心理的効力が主で 「取消す」と同義である。21 動詞の「取消す」を名 物理的強制は従となって,後者は前者の延長線上 詞化すれば「取消し」だが,これは原因を表す名 16 に来る。 詞なので,結果を表す名詞「無効」と同義にはな らない。 心理的効果の方が主なのであるから,司法権と 15 法律行為とは「我々が一定の効果を企図してする行為であって…その効果はある程度まで慣習・道徳などのような法律 以外の力によって実現されるであろう。しかし法律はさらにこの効果が完全に実現されない場合に裁判を通じてその実 現に助力する」。我妻「民法 1」116 頁。 16 当事者が意識しようとしまいと, 生活上のほとんどの事実は民法上の効果(権利・義務)を発生させている。にも拘わらず, 義務者が義務を果たさなくても「誰も異議を唱えない時は,かくべつ問題を生じない。…当事者が民法の規定する効果の 実現を希望しない限り,みずから進んでその実現を強制しないところに,民法の特色がある」。我妻栄「民法大意 [ 第二版 ] 上巻」(岩波書店,昭 46 年,以後,我妻「大意」と略す)32 頁。 17 法律が個人の企図した結果の実現に助力する前提として,どういう結果を欲したのか,彼の「意思内容を明らかにする」 法律行為の解釈が必要となる。参照;我妻「民法 1」124-5,143 頁。 18 「ある法律行為が当事者の第一段に企図した効果を生じない場合に,これが無効だとしたら当事者がおそらく第二段に企 図したであろうと思われるような効果を生じさせることを無効行為の転換という」我妻「民法 1」194 頁。 19 水本,前掲 119 頁。 20 我妻「大意」214 頁。 21 英 語の無効を表す void は「無効にする」という動詞を含み,同じく無効を表す null, annulment にもそれぞれ nullify, annul という動詞が存在する。もし無効が絶対無効(void ab initio)を意味するなら,動詞は有り得ない。make void, render invalid という表現もある。Cf. B.A.Garner, Black’ s Law Dictionary 1098(Thomson West, 2004). − 30 − 無効と取消は,言葉は違っても内容は同一に帰 極端な話,契約から何十年も経ってから「あの するとする私見は,法を論理的に説明可能にする 契約は無効だから,代金を返してくれ」という主 のみならず,実際的な利益をももたらす。 張もあり得る。無効は,取消と同じく形成権であ るから,167 条 2 項「債権又は所有権以外の財産 法が「ある行為を無効とすることは…法律関係 権は,20 年間行使しないときは,消滅する」に係 を永く不確定とする欠点がある」から,たとえ違 るはずであるが,通説・判例は,解除権 法な行為であっても,「その違法の程度があまり 衡を考えて,債権と同じ 10 年と解している。そ 甚だしくないときは,無効としないで,取消し得 れにしても,目まぐるしく状況の変化する情報化 るものと(する)のを至当とすることが多い」。「無 時代において,悠長な話ではある。 23 との権 ゆうちょう 効の場合には,法律行為の効果を生じない状態, いいかえると,その法律行為によって生じた外形 私見だと,取消し期間に関する 126 条によって, (例えば無効な売買によってされた目的物の引渡・ 5年間に制限される。24 取消に関する規定を無効 登記など)が真実の法律関係と異なっている状態, に類推適用するのではなく,126 条は無効に関す がいつまでも続く。…かような状態の永続するこ る規定でもあると解釈して直接,適用するのであ 22 とは,取引の安全を害する」。 22 我妻「大意」205-6 る。25 頁。 23 「契約当事者の一方だけの意思表示によって, (有効な―筆者註)契約関係を遡及的に消滅させる」権利。無条件にこのよ うな権利が与えられるわけでないのはもちろんで,契約上あるいは法律上の原因が要る。参照;金子宏・新堂幸司・平 井宜雄「法律学小辞典第四版」(有斐閣,平 16 年)89-90 頁。 24 条文は,第 1 章註(4) 。 25 126 条でも「行為の時から 20 年を経過したときも,同様」との可能性は残るが,実際問題として,取消の原因が消滅(124 条)してから 5 年が,20 年と長短を競う事態はちょっと考えられない。 − 31 − − 32 − 秋 田 大 学 教養基礎教育研究年報 33 − 41 (2011) カント主義的倫理理論が受けている二つの挑戦について(1) 教育推進総合センター 銭谷 秋生 Two Challenges to the Kantian Ethical Theories Akio ZENIYA はじめに そこで先ず「カント主義的倫理理論」というこ 道徳的判断は,それだけで,判断内容に対応し とで何を指すのかを簡単に記しておきたい。この た行為へと人を動機づけるのか。それともそのよ 小論で言う「カント主義的倫理理論」とは,規範 うな動機づけのためには,道徳的判断力以外の心 性の源泉を実践理性の非道具主義的働きに求める 的要素や機能が必要なのか。これが,今日のメタ 立場を指す。実践理性とはこの場合,「しかじか 倫理学における「動機づけをめぐる内在主義と外 の仕方で行為せよ」と命じ,そのようにして行為 在主義」の論争点である。 を導く知的能力であり,規範性とは「行為の仕方」 ある人が,一定の目的を欲求しており,それを に対して実践理性が課す制約の性格を指す。非道 実現するための手段を考慮し,やがて一定の手段 具主義的働きとは,先行的目的を所与としてその Mが最適であると判断したならば,その人が手段 実現のための手段選択を指示することに限定され Mを採用するよう動機づけられたり実際の行為に ない理性の働きを謂う。したがって「カント主義 乗り出したりするだろうことは,容易に想像可能 的倫理理論」とは,すでに形成され行為者を導く である。ではその人が,一定の状況に直面し,そ 力をもつ,ウィリアムズが言うところの「主観的 こでの行為の仕方に関して道徳的な判断を下した 動 機 群(subjective motivational set)」[Willians a としても,その人はそこで判断された行為へと動 105]に解消されないところから行為の規範を汲 機づけられないかもしれないと考えるとき,我々 みだし,しかもそれを行為の制約として行為者に は何に逡巡し,何を疑っているのだろう。強い動 命じ,そのようにして行為者に対して何らかの力 機内在主義者はこのような逡巡や懐疑を不自然な を行使する,そういう理性の存在を承認する立場 ものと見なす。そして動機外在主義者は,そのよ である,ということになる。すなわち,カントそ うな「見なし」に内在主義者の基本的な洞察の欠 の人の用語を用いれば,実践理性の「純粋な」働 如や誤謬を見出すのである。では,その欠如や誤 きを何らかの形で承認する立場である。 謬とは何だろうか。そしてそれらは,倫理学とい ここで取り上げる批判とは,実践理性のこのよ う学問にとってどのような意味をもつのだろう うな「純粋な」働きを想定することは極めて疑わ か。 しいと考えるヒューム主義者 P. ラッセルによる こ の 小 論 で 取 り 上 げ る の は, 外 在 主 義 者 や ものと,仮にそのような働きを想定できるとして ヒューム主義者が提出する,合理主義的な(した も,しかしその働きが空転し,その無力が露呈す がって表出主義的ではない)内在主義に対する二 る場面があることを指摘できるとする外在主義者 つの批判である。それらは,現代のメタ倫理学に C.B. ミラーによるものである。したがって批判は, おける局地的論争に留まらない射程をもっている いずれの場合も,道徳的動機づけの問題を通って と思われる。それらの批判は,カントに源流をも 純粋実践理性の存在可能性を問うという射程をも つ倫理理論に対する厳しい挑戦という意味をもち つことになる。 うる。このことを確認することがこの小論の目標 以下,カントその人とその立場を継ぐコース となる。 ガードの言説にいま少し言及してから,二人の論 − 33 − 感情は,確かに我々が尊敬の感情と呼ぶ感覚の 者の議論を検めてみたい。 [前提]条件ではあるが,しかしこの感性的感 情を規定する原因(die Ursache)は純粋実践理 Ⅰ 性のうちに存し,それ故この尊敬という感情は ラッセルやミラーが論及の直接の対象にしてい その根源の故に(ihres Ursprunges wegen)受動 るのは,コースガードの主張に代表される現代 的ではなく,実践的に作り出された(praktisch- の(動機内在主義の形をとる)カント主義的倫理 gewirkt)ものと呼ばれねばならない[Ⅴ 134]。 理論だが,彼らの射程を測定するためにも,いま 少しカント主義的倫理理論について述べておきた い。 こうして道徳法則とその源泉である純粋実践理 さて,カント主義的倫理理論の源流に当たるカ 性は,少なくとも我々に関して言えば,尊敬の感 ントその人は,純粋実践理性の存在を論証してい 情の生起に先立って「ある」とは言えず,尊敬の ない。それどころか「どのようにして純粋理性は 感情の生起において初めて接しうるものであるこ 実践的でありうるのかを説明することはあらゆ とになる。カントが道徳法則の意識は「いわば理 る人間理性にとってまったく不可能である」[Ⅳ 性の事実として与えられている」と述べるとき[Ⅴ 461]と述べている。これは『道徳形而上学の基 81],その「事実」の具体的な姿はこのようなも 礎づけ』での説明だが,周知のように『実践理性 のだったように思われる。 批判』では次のように言われる。「[純粋実践理性 ただし,誤解を避けるために述べておけば,こ が命じる]道徳法則の客観的実在性は如何なる演 の「事実」に定位することでカントが動機内在主 繹によっても,すなわち理論的思弁的な,あるい 義に与していたことになると考えるのは早計であ は経験的に支持された理性の如何なる努力によっ る。尊敬の感情は常にすでに作動しているが,そ ても証明されえない」[Ⅴ 81-82] 。しかしこの 1) れだけが行為への動機づけにおいて独占的に力を ような事情は,カントが純粋実践理性の働きを想 振るうわけではない,というのがカントの基本的 定していなかったことの証左にはならない。そも なスタンスだからである。そうでなければ,正し そもカントは道徳法則の存在を,したがってその い(適法な)振る舞いとして評価されるある行為 源泉である純粋実践理性の存在を,より高次の能 を行う者に関して,さらにその道徳性を問題にで 力とそれが与える原理に基づいて正当化すべき対 きるはずだというカントの問題設定は成立しな 象とは考えていない。それでも我々が法則とその い。我々はある状況で「嘘をつくべきではない」 源泉について,単に形式的にではなく何事かを語 と判断し,その判断内容に対応して「嘘をつかな りうるのは,カントによれば,我々が我々の生を い」よう振る舞うことができるが,しかしその場 震撼させる「ただ内的でのみありうる経験( die Erfahrung,die nur innerlich sein kann.)」 を 有 す る 合の動機づけは,<嘘をつくべきではないという 義務から,したがって道徳法則への尊敬から>生 という「事実」があるからである。 じる場合もあれば,<後で嘘をついたことが発覚 その経験とはなにか。それは「如何なる理念と すれば人々の信用を失うから>という悧巧の規則 いえども,人間の心性を高揚せしめ感激に至るま の遵守から生じる場合もある,というわけだ。 で生気を与えるものは,義務を何にもまして崇敬 カントのこのような問題設定の背後には,アメ し生活の無数の害悪や極めて危険な誘惑とすら戦 い続け,しかもそれにも拘わらず…これら害悪や 誘惑を克服する純粋な道徳的心情に勝るものはな い,という経験」[Ⅷ 287]であり,すなわち「尊 敬の感情」と呼ばれるものの生起の経験である。 カントによれば,尊敬の感情の生起はそのまま純 リクスが示唆するように[Ameriks 15],選択意志 (Willkür)の自由のある種の根源性への洞察があ るように思われる。選択意志の自由に関してはも ちろん詳細な分析が必要なのだが,ここではカン トの,J.R. サールの「飛躍」概念を彷彿とさせる 次の記述に注目しておきたい 2)。 粋実践理性の働きの顕現でもある。 人格性のための素質は,道徳法則への,それ すべての我々の傾向性の根底に存する感性的 − 34 − だけで選択意志の十分な動機である尊敬の感受 性である。(略)しかし道徳的感情が選択意志 の動機となるのは,自由な選択意志がそれを格 律のなかへ採用することによってのみ可能で ある(Da dieses nun lediglich dadurch möglich wird, daß die freie Willkür es in ihre Maxime aufnimmt,)[Ⅵ 27]。 り,またそれだけのものであるべきであって (Reason is, and ought only to be the slave of the passion),理性は情念に仕え,従う以外に何ら かの役目をあえて望むことは決してできない [Hume 415]。 コースガードは『実践理性についての懐疑主義』 尊敬の感情はそれだけで選択意志の十分な動機 において,これを次のように解している。「動機 となりうる。しかしそうなりうるのは,選択意志 づけのうえでの影響力をもつすべての推論は情念 がその感情を格律のなかに「採用」する場合であ から出発しなくてはならず,情念は動機づけの唯 る。カントはこのように述べる。これは,尊敬の 一可能な源泉である」[Korsgaard a 314]。これは 感情は自動的に意志を規定する動機となるのでは カント主義の側から見れば,「動機づけに関する なく,「採用」をいわば待っている,というふうに 懐疑主義」と呼びうる立場である。 も読める。言い換えれば,尊敬の感情は意志規定 これに対してコースガードは先ず,行為の理由 の因果的十分条件をなすものではなく,その感情 の存在に注意を促す。我々が,単に衝動的にでは の生起と意志規定は必然的に連動的ではないとい なく,冷静に一定の行為Aをなすということには, うことだ。確かにそうでなければ,人間が悪を犯 「その理由Rを説明できる」ということが内在し す(よりカント的に表現すれば,自己愛の動機と ているのが普通である。我々はその程度には合理 その傾向性を道徳法則遵守の条件とする)という 的であって,ヒュームが想定しているような「もっ 事態が理解不可能になるだろう。ただし, 「自由な」 とも気まぐれな欲求」によってその都度翻弄され 選択意志がその自由さの故に全面的で恣意的な裁 るというのは我々の常態ではない。ところで行為 量権をもっているとカントが考えているわけでは Aの遂行にその理由Rが内在するということは, もちろんない。その自由は,常にすでに,純粋実 理由Rの要求内容の承認がそれに対応した行為遂 3) 践理性の道徳的圧力の下にあるからである 。 行への動機づけを含むということだろう。そうで カントの議論はこのように入り組んでいるのだ なければ,ネーゲルが指摘するように,「それを が,この道徳の問題における人間的理性への準拠 行なう理由をもつことを,私はなぜ行なうべきな という構えを継承し,その構えを道徳的動機づけ 問題において「内在主義の要請」という形で保持 のか(Why do what I have a reason to do?)」とい う馬鹿げた問いが成立することになる[K 317]。 していこうとしているのがコースガードである。 「理由が動機とならないならば,理由は行為を促 そしてラッセルが批判の標的とするのはこの「内 すことも説明することもできない」のであり, 「理 在主義の要請」である。 由が動機とならないならば,我々は実践的に合理 Ⅱ ここからコースガードは,<行為の理由を与え カント主義的倫理理論は,常にヒューム主義的 る熟慮は我々を動機づけうる>という論点を取り 倫理理論からの批判にさらされてきた。それは, だし,さらにそのような熟慮は理性の活動性だか ヒュームその人が理性に行為への指示を与える道 ら,「実践理性の要求は,それが行為のための理 徳の源泉を求めることを拒否していたからであ 由を本当に与えるべきものならば,合理的な人を る。確認しよう。 動機づけうるものでなければならない」という「内 理性だけではいかなる行為も生み出しえず, す[ibid.]。この要請は,「合理的熟慮(実践理性 的であるとは言われえない」のである[ibid.]。 意志作用を生じえないのだから,これから推理 在主義要請(internalism requirement)」を導き出 の要求)は常に我々を動機づけることに成功する」 して,同じ理性という機能が意志作用を妨げた ということを意味していない。我々において「真 り,情念あるいは感動と優先を争ったりもでき の不合理性」と呼びうる事態が生起することが想 ないはずである。(略)理性は情念の奴隷であ 定可能だからである。このようにコースガードは − 35 − 述べる。では,「真の不合理性」とは何か。そし でなく,さらに,言わばそのような操作によって てそれを考慮した場合,内在主義要請はどのよう 開かれた道に沿って動機の力を伝達できる人であ に解されるべきなのか。 る」[K 319-20]。しかし,このような動機の力の 先ず「真の不合理性(true irrationality)」とは, 伝達が何ものによっても妨げられないと考えるべ 行為者が「自分の目的にとって明らかに十分で採 きではない。むしろ「激怒,激情,憂鬱,錯乱, 用可能な手段」を選ぶことに失敗し,そのように 悲嘆,身体的あるいは心的な病といったものが, して自分が認めている理由に応ええず,その理由 我々を不合理に行為させうる。すなわち合理的熟 によって動機づけられないという事態を指す。 慮に応じて動機づけられることに失敗させうるの 実践理性についての懐疑論者でさえ,ある行 したがって内在主義要請とは,<合理的熟慮は 為が欲求された目的に対する手段であるという 常に動機づけに成功する>ということを要求して 熟慮によって人間が動機づけられうることを認 いるのではなく,<合理的熟慮は,我々が合理的 める。しかしこの事実を説明するために,人は である限りで,動機づけに成功する>ということ 因果的推論に従事できると述べるだけでは十分 である」[ibid.]。 を要求しているに過ぎない[K 312]。そして「動 ではない。次のような種類の存在者を想像する 機づけに関する懐疑主義」が,行為者は行為の理 ことは完全に可能である。すなわちその存在者 由として提示された熟慮によって常に動機づけら は,因果的推論に従事でき,したがって自分の れるわけではないという観察に基礎を置いている 目的に対する手段を指摘するだろう推論に従事 とすれば,それは確かな土台をもたないことにな できるが,しかしそれによって動機づけられな る。このようにコースガードは述べる。 い,そういう存在者である[K 319]。 しかしここまでのコースガードの説明は,ある 重要なポイントを素通りしてしまっているのでは この指摘はヒューム主義者が看過したものを明 ないか。これがラッセルの論点である。次にその らかにする。ヒュームによれば,我々が目的に対 内容をみてみよう。 する手段を追求するよう動機づけられない場合, それが示しているのは,我々が実際にはその目的 Ⅲ を欲求していないこと,あるいは別のものを欲求 ラッセルが着目するのは,コースガードの説明 していること,これである。つまりヒュームの立 における「非対称性(an asymmetry)」という事 場では,我々は目的に対する手段として信じてい 態である。コースガードは,行為者において動機 るものを採用するよう常に動機づけられているこ づけのうえでの合理的熟慮の影響力が妨げられ動 とになる。しかしコースガードによれば,事柄は 機づけの伝達が生じないとき,つまり真の不合理 それほど単純ではない。我々は,「単に目的と手 性が生起するとき, 「動機づけの通路」が何によっ 段の結びつきの観察に失敗することで不合理にな てブロックされたのかについて心理学的に語って るだけではなく,その結びつきに『故意に』盲目 いる。しかし,行為者が合理的熟慮が提示する理 になることでも不合理になるし,その結びつきが 由に効果的に応じる場合,つまりその理由によっ 指摘されてもそれに無関心になることによってさ て動機づけのうえで導かれる場合,そこに「特殊 え不合理になる」 [K 320]。 な心理的メカニズム」を探し出そうとするのは誤 そもそも,とコースガードは説明する。ある行 りであるとする。「それ故この説明では,我々の 為が望ましい目的に対する手段となるという熟慮 理性が『動機づけのうえでの影響力を伝達する』 によって動機づけられるということは,「その事 のに成功するか失敗するかが問題になるとき,説 実を単に反省することを超えた何事かである。目 明を与えることに関して非対称性があることにな 的に結びついた動機の力(the motive force)は, 人間の身体を動かす熟慮となるために,手段へと る」[Russell 290-291]。 伝達されなくてはならない。…実践的に合理的な 失敗が生じた場合には,関連する「心理的メ 人は,一定の合理的な心的操作を遂行できるだけ カニズム」を同定することが可能であるとされ − 36 − る一方,行為者がその人の理由によってなぜ成 こすことへの「動機付けの力」を実践理性が独自 功裡に動機づけられたのかということを説明す に生みだすその機序である。 るために要求される,前者に対応した「心理的 ヒューム主義理論の場合,動機づけの源泉は何 メカニズム」[の同定]がない。合理性という らかの情念あるいは欲求に求められる。理性は, おきまりの条件が,(合理的)行為者が行為の こうした実在的な欲求や傾向性に仕えるものとし 理由によって動機づけられるという事実のため てそれらに結びついているとされるから,理性が の十分な説明を与えるとされるのである [ibid.]。 動機づけの力を伴うその仕方は説明可能である。 ところがコースガードの言う「合理的熟慮」や「実 では,コースガードはこの非対称性を弁護する 践理性の要求」は,一定の欲求や傾向性の力が抵 ためにどのような論証を提出しているのだろう 抗することがあっても,行為の道徳的理由を与え, か。ラッセルによれば『実践理性についての懐疑 かつ行為者を,その者が合理的である限り動機づ 主義』においてコースガードが採用しているのは, けうるものとされる。この主張は,実践理性の要 理論理性と実践理性のアナロジーへの依拠という 求が欲求や傾向性と連動しない形で機能し動機づ やり方である。彼女は述べている。妥当な論証が けの力を自ら生み出すことを前提しており,した 真であることを推論する者に納得させるために がって「純粋」な実践理性の働きを見越している 「特殊な心理的メカニズムの介在(the intervention of a special psychological mechanism)」 が 必 要 だ とすることが「奇妙」であることは明らかだろう [Korsgaard a 316]。 「論理的に合理的な人は論理的・ が,しかしその機序は不明である。ラッセルはこ のように述べ,こうまとめる。「コースガードは, 純粋実践理性がいかにして実際に動機づけをもた らすかは語らない。ただ,理性的行為者であるた 帰納的操作を遂行できるだけでなく,それによっ めには何が要求されるのかということしか語らな 同じように,我々が合理的であれば,より正確に しかしコースガードは,いま問題にしている『実 言えば,我々が「理性に聞き入るよう習慣づけら 践理性についての懐疑主義』において理論理性と て適切に確信させられる者でもある」[K 320]。 れていれば」[K 324],我々は実践理性が提示す い」[R 292]。 実践理性のアナロジーを超えていく議論をしてい る合理的熟慮や道徳的根拠によって確信させられ ないだろうか。その姿勢が伺えるのはウィリアム 動機づけられよう,と。 ズ批判の箇所である。ラッセルがこの点をどう考 しかし,これでは「動機づけに関する懐疑主義」 えているのか確かめてみよう。 を論駁することはできない。このようにラッセル ウィリアムズによれば,「行為者Aにはφする は述べる。その理由はこうだ。理論理性が人間に もたらすものは(論理の法則の理解も含めた)一 理由がある(‘A has a reason to φ’or‘There is a reason for A to φ’)」という規範に関する理由言 定の信念だが,信念とは我々が世界を観察し解釈 明が真となるのは,その理由が行為者の「主観的 するその仕方に関わるものである。したがって信 動機群」から熟慮によって合理的に到達される場 念はすでにある世界への適合という方向性をも 合である。そのような理由を「内的理由」と呼ぶ。 つ。一方実践理性は,世界においてまだ起きてい これに対して「行為者の動機から独立に真であり ない出来事(道徳的行為も含む行為一般)を引き 得る」理由があるとすればそれは「外的理由」と 起こすことへと向けられている。だから世界のほ 呼べるが,しかしそのような理由は,その内容が うが実践理性の指示する事柄に適合しなくてはな 何であれ,外的なままでは行為者の「行為の理由」 らないのである。つまり「世界における実践理性 という資格をもちえない。なぜなら外的理由言明 の働き方は,信念がそれ自体としてそうしない, は,定義により,行為者の主観的動機群から出発 そういう仕方である」[Russell 291]。したがって して到達できるような類いのものではなく,した 理論理性と実践理性のアナロジーは,適合の向き がって主観的動機群とどのような合理的関係も結 の相違の故に事柄に即したものにはならない。そ びえず,行為者を行為へと動かすことがないから して「動機づけに関する懐疑主義」が動機内在主 義に説明を求めているのは,世界に変化を引き起 である[Williams a 109]。ラッセルの言い方を借 りれば,行為への「動機づけは無から創造されえ − 37 − ない。それは行為者の心理的傾向性のなかにすで に現存している何らかの源泉に依存する」 [Russell 293]とするのがウィリアムズの基本スタンスと いうことになる。この立場は, 「もし行為者が[正 と[ibid.]。 しかし依然として,「純粋実践理性はどのよう にしてこの世界において因果的牽引力を獲得する のか」[Russell 293]という問いは答えられていな しい外的理由言明を]合理的に熟慮するならば, い。これがラッセルの診断である。(ラッセルは 彼がもともとどのような動機をもっていようと 触れていないが,もしコースガードが『規範性の も,φするよう動機づけられるに到る」[W 109] 源泉』におけるように「反省の力」に依拠して先 という外的理由論者と呼ばれる人々の主張を偽と のように述べているとすれば,今度は<反省へと して退けるものである。つまりこの立場は,行為 動機づける純粋に内的なもの>を明示する必要が 者のすでにある目的や欲求によって構成された主 出てくるであろう。) 観的動機群のいかんに拘わらず機能し,動機づけ 以上がラッセルによるコースガード批判であ るとされる純粋実践理性の存在を否定する。 る。ラッセル自身は,以上の批判によって「ヒュー このようなウィリアムズの主張に対してコース ム主義的倫理学が正しく,そして/あるいはカン ガードは次のように切り返す。 ト主義的倫理学が間違っているということが示さ 我々は,主観的動機群は諸目的あるいは欲求 れたわけではない」[R 296]と述べているが,し かし少なくとも挙証の大きな負荷がカント主義的 だけを含んでいると論証することはできない。 倫理理論のほうにのしかかっていることは明らか なぜなら,その論証が真になるのは,すべての にされたと思われる。この問題をどのように考え [実践的]推論は手段/目的の多様性について ればいいのか。私は,コースガードが言う「反省 の推論であるか,その自然な拡張であるか,い の力」の発動を促すものを「外なる他者」に求め ずれかである場合だけだからである。主観的動 る道がありうると考えるものだが,これについて 機群のなかにどのような種類の装備(item)が は小論(2)で展開してみたい。ここでは,動機 見出されるのかということは,どんな種類の推 づけに関する外在主義から提出されているいま一 論が可能なのかということを制限するのではな つの論点を確認する作業を行う。 a 328]。 Ⅳ く,むしろこれに依存するのである[Korsgaard すでに述べたようにカントは,純粋実践理性の 我々は偏狭なナショナリストでありうるし,そ 働きを,我々の生を震撼させる「ただ内的でのみ のような者として主観的動機群のなかに他民族へ ありうる経験」としての「尊敬の感情」に定位し の蔑視を内在させることもできる。しかし,その て見定めようとしていた。しかし,我々の生を震 ようなナショナルなものへの自閉から距離を取り 撼させる,尊敬感の経験よりもより強い経験があ 4) (コースガードの言い方で言えば「反省」 し), るとしたらどうだろうか。道徳的判断とそれによ 自らにおけるそうした蔑視感情の由来を理性的に る動機づけを無効にさえしてしまうような経験で 分析することを通して,主観的動機群の改訂を行 ある。ミラーが動機内在主義の主張への「反例」 うポテンシャルをももつだろう,というわけだ。 だから,とコースガードはカントの立場を遠望し ながら,次のように続ける。「主観的動機群が単 に個人的なあるいは特異な(idiosyncratic)諸要 として提出する「意欲の上での不可能性(volitional impossibility)」という概念は,このような経験の 可能性を示唆していると思われる。 ミラーが論文『動機内在主義』で対峙しようと 素だけからなると想定することはできない。その している立場はもちろん動機内在主義だが,彼は ような想定は,論証なしに,<理性はすべての理 これを二つに分けている。先ずこの点を確認した 性的存在者が承認しなければならず,かつそれに い。一つは彼が「弱い動機内在主義(WMI)」と よって動機づけられうる,そういう結論を与えう 呼ぶもので,これは道徳的判断と動機づけの必然 る>という可能性を閉ざしてしまうことになる」 的結びつきを次のような形で主張するものであ が,その可能性は開かれたままではないだろうか, る。「もし行為者が道徳的判断を下せば,その者 − 38 − ためでなく,端的に(simply)子どもを手渡す はその判断に合致して行為するよう,少なくとも ことへと自分をもたらすことができないため ある程度動機づけられる。これは必然的真理であ る」[Miller 234]。この立場は「必然的結びつきに に,自分にはそれができないことを発見する[M コミットするだけだから」,行為者の動機づけの 238]。 源泉を道徳的判断以外のもの――例えば正しいと 判断したことを行ないたいという行為者の恒存す る「言表的欲求(de dicto desire)」――に求める 理論と少なくとも両立可能である[ibid.]。いま一 つは彼が「強い動機内在主義(SMI)」と呼ぶもので, この母親は,熟慮の末に子どもを養子に出すこ とが最善であり,したがって道徳的に正しいと判 断し,その内容に応じた決心をする。しかし「そ の時」が来ると,母親は,子どもを養子に出すこ 「道徳的判断と動機づけの間に必然的な結びつき とが最善であるという道徳的判断を保持したま があるのみならず,行為者が道徳的判断を形成し ま,しかし子どもを手渡すことができない。つま た結果としてもつことになる付加された動機づけ り子どもの引き渡しへと動機づけられない。事柄 はその源泉をもっぱら判断自身からくみ出す」 [M の再考やそれによる変心の故にではなく,端的に 235]と主張するものである。両者がともにコミッ 動機づけられない。これがミラーが引くフランク トするのは「必然性」であり,これは「概念的」 ファートの例が示している事態である。 必然性を意味している。ミラーが反例を提示する 内在主義者は道徳的判断と動機づけの「必然的 ことで直接論駁しようとしているのは「強い動機 な結びつき」を擁護するから,このような母親の 内在主義」だが,「弱い内在主義」もまた判断と あり方は理解不可能だと述べるだろう。しかしそ 動機づけの「必然的結びつき」にコミットする以 のような見方は,予め,「意欲の上での不可能性」 上,ミラーの批判の射程に入ることになる。 など存在しえないという前提に立っているのでは さて,このような内在主義の論駁に必要なこと ないか。だが,ある人にとって,何らかの行為を は,いわゆる非道徳者(amoralist)の存在が概念 行うことがまったく考えられない,あるいは選択 的に可能であることを示すことである。ここで言 肢とならないという事態は,あるいは選択肢とな う非道徳者とは,状況Cにおいてはφすることが りえてもそれをなすようまったく動機づけられな 正しいと判断しながら,意志の弱さやコースガー いという事態は,その行為が「道徳的に正しい」 ドが取り出した「動機づけの通路」をブロックす と述語づけられるか否かに拘わらず,ありうるの る心理的要因がないにも拘わらず,したがって実 ではないだろうか。ミラーが「意欲の上での不可 践的に合理的かつノーマルであるにも拘わらず, 能性」という概念を用いて強調するのはこの点で 実際の状況Cにおいてφするように動機づけられ ある。 ない人を指す。そのような人は実際には道徳的判 では,子どもを手放しえないことを見出した母 断を下してはいないのだというのが内在主義者の 親において,道徳的判断の力はどこへ行ってし 主張になるわけだが,ミラーの戦略は,実際に道 まったのか。これに関してミラーは,母親の変貌 徳的判断を下しながらしかもそれに対応して動機 をもたらしたと考えられる三つの要因を述べるこ づけられないという事態の可能性を示す点にあ とで答える。要因の第一は,「子どもへの配慮と る。 愛というそれまで潜在していたディスポジション こ の こ と を 行 う た め に ミ ラ ー は, フ ラ ンク と,彼女が子どもと分け持ってきた関係性の引き ファートが用いた例を引く。 金が引かれ」,それらが以前はいわば抑制されて 入念な熟慮の末に,自分の子供を養子に出す たらしたということである。第二は,このように ことが最善だという結論に達した母親を考えて 引き金が引かれたことが「彼女が最初の道徳的判 みよう。そして彼女はそうすることを決心して 断を形成したときの道徳的熟慮に割り振られてい いると想定しよう。さて実際に子どもを手放す 時がやってきた時,彼女は,そのような決心を したにも拘わらず,事柄を再考し心変わりした いた「非 - 道徳的考慮のせり出し(salient)」をも た重要性を無効にする(undercut)」よう作用した ということである。第三はこれら両要因が一緒に 作動したということである[M 239]。つまり「こ − 39 − の母親は,道徳的に正しいことを行うことに重要 性を帰することをやめてしまった」[M 240]とい うのがミラーの答えである。 が無謬のまま存立しうると考えているわけでもな い。では,どのように考えればいいのか。それが 小論(2)のテーマということになる。問題の輪 郭が見えてきたところで,ひとまず擱筆したい。 道徳的判断は依然として元のままあるのだ が,しかしその役割が彼女の心理において根本 的に変わってしまった。実際に娘を手渡さなく 【註】 てはならない段になって,彼女は娘が自分の カントからの引用に際してはアカデミー版の巻 人生において持つ根本的な重要性を発見した。 数とページ数を記した。その他の引用の場合は, (略)同時に娘を養子に出すことに関する道徳 [ ]内に著者名とページ数を併記し,文献の書誌 的判断は…その時の彼女の人生において権威を 的事項は文献表に記した。なお同一の著作から連 失った。彼女が道徳的考慮の存在を認識し続け 続して引用する場合は,著者のイニシャルを記し ているとしても[ibid.]。 た。 ミラーはこうして,人間が,コースガードやカ ントが依拠する規範性の内なる源泉に拮抗し,場 合によってはその力を無効にするそういう何かを 秘めた存在であることを示唆する 5)。そしてここ 1)それぞれの理性の努力がなぜ潰えるのかについて は,銭谷[1985]で詳述した。 2)Searl[62]を参照されたい。 3)厳密に言えば,カントは「行為の本来の道徳性は [B579]と考えていた。我々 我々には隠されている」 から彼は,次のようなテーゼが可能であると述べ は自分自身に対して透明ではないのであって,そう る。 であればこそ自分の行為を最終的に動機づけたもの が何なのかは最後まで判然としない,というのが 行為者Sは,何らかの採用可能な行為AがS カントの立場だった。してみれば,我々になしうる にとって遂行すべき道徳的に正しいものだと のは「道徳的完全性のより低い段階からより高い 判断するが,しかしSはAを行う動機づけ理 段階へと無限に接近していこうとする努力」であ 由をもたず,したがってAを行うよう動機づ り,我々に許されているのは「自分の心術が試練に けられない。このことが可能である(Possibly, 耐えたという意識(das Bewußtsein seiner erprüften an agent S judges that some available action A Gesinnung)」をもって最高善の配分を希望すること is morally right for S to perform, but S does not だけである,ということになる[Ⅴ 123]。動機論は have a motivating reason to A, and hence is not motivated at all to A.)[236]。 こうして,カントにおいては,神と不死なる魂の要 請論を引き出してくる水路となっている。 4)コースガードにおける「反省」概念については, このテーゼが正しければ「強い動機内在主義」 は偽となる。また,「弱い内在主義」もそのすべ 銭谷[2006]を参照。 5)ウィンチは『道徳的インテグリティ』という論文で, てではないにしても偽となる。このことをカント 主義的倫理理論の文脈に即して言い直せば,「汝, 為すべきが故に為しあたう」(Ⅴ 30)という事態 が成立しえないケースがある,ということになる。 「意欲の上での不可能性」は,純粋実践理性の無 力を告知する概念なのである。 「人の行なった行為を紛れもなくその人の行為であ ると見なし,その行為に道徳的な価値を賦与するの に,それが何らかの原理(「格律」)と一致して遂行 されていると考える必要はない」と述べ,その例と して「ヴァイオレント・サタディ」という映画を引 き合いに出している。この映画は,銀行強盗の一味 がある宗教共同体の営む農場に潜み,警察の目から 以上,カント主義的倫理理論に対する挑戦と なっている二つの議論を概観した。私はそれぞれ 身を隠すという筋のものである。この共同体は戒律 の厳しい共同体で,そのもっとも基本的な指導原理 には非暴力の原理が含まれていた。映画のクライ の議論がそのまま成り立つとは考えていない。し マックスになって,強盗の一人が共同体の長老の目 かしそうだからと言って,カント主義的倫理理論 の前で,共同体の一少女を銃で撃とうとする。その − 40 − とき長老は,恐怖と逡巡を顔に浮かべながらも,熊 Searle,J.R. 手を掴んで男の背中に突き立てる。ウィンチは,こ 田村 圭一 『道徳的な判断に関する動機づけの外在主 の長老の立場をこう述べている。「男を殺して自分 義の擁護』(日本倫理学会・第 61 回大会 は悪を働いたと長老が考えていることは明らかだろ 報告集,2010) う。(略)しかし,もし違った行為をしていたとす 鶴田 尚美 『ウィリアムズの内的解釈と規範的理由』 (Nagoya journal of philosophy, vol.6,2007) れば,おそらく彼には自分を許すことができなかっ ただろう」[Winch 186]。非暴力の原理に基づく道 脇坂 真弥 『カントの動機論』(一)(二)(東京理科 大学紀要・教養編 第 37 号 /39 号 ,2004/06) 徳的判断は男を殺すことを認めないが,しかし長老 は,その原理を意識しつつ,いわば「意欲の上での 不可避性(volitional unavoidability)」と呼びうる事 態を生きてしまっている。これもまた,「道徳的判 Rationality in Action.(The MIT Press,2001) Williams,Bernard Internal and external reasons.(in Moral Luck. Cambridge UP,1981) ――――― Internal reasons and the obscurity of blame. (in Making sense of humanity. Cambridge 断の動機づけの力を無効にする事態」の例となりう UP,1995) るように思う。 Winch,Peter Ethics and Action. (Rout ledge & Kegan Paul, 1972) 【文献表】 Ameriks,Karl, Kant and Motivational Externalism.(in 山蔦 真之 『カント実践哲学における尊敬の感情』 Alternativen, hrsg.von Klemme/Kühn/ 銭谷 秋生 『カントにおける「理性の事実」について』 Moralische Motivation-Knat und die Schönecker, Felix Meiner Verlag.2006) Goy,Ina, Immanuel Kant über das moralische Gefühl der Achtung.(in Zeitschrift für philosophische Forschung, Band 61,2007) (「哲学」日本哲学会編 N0.61,2010) (茨城キリスト教大学紀要 第 19 号 ,1985) ――――― 『行為の理由についての研究ノート』(茨 城キリスト教大学紀要 第 38 号 ,2005) ――――― 『コースガードの反省的認証説について』 (茨城キリスト教大学紀要 第 39 号 ,2006) Hume,David. A Treatise of Human Nature. ed.by L.A.Selby-Bigge(Oxford UP 1975) Kant,Immauel, Kant’ s gesammelte Schriften.(Hers.von Akademie der Wissenschaften) Korsgaard,C.M., Skepticism about practical reason.( in Creating the Kingdom of Ends. Cambridge UP. 1996a) ――――― The Sources of Normativity. (Cambridge UP. 1996b) Miller,C.B. Motivational Internalism.( in Philosophical Studies. Vol.139,2008) 【追記】 小論は,2010 年 12 月 18 日に学習院大学の一室 を借りて行なった私的な研究会での報告に手を加 えたものである。当日は,配布した原稿にその場 で訂正を加えながら読み上げるという,聞きづら い報告になってしまったが,研究会のメンバーは 辛抱強く付き合ってくれた。メンバーの方々にこ の場を借りて感謝を申し上げたい。(2010/12/26) Nagel,Tomas, The Possibility of Altruism.(Princeton UP 1978) Russell,Paul, Practical Reason and Motivational Scepticism, in Moralische Motivation---Kant und die Alternativen 2006 − 41 − − 42 − 秋 田 大 学 教養基礎教育研究年報 43 − 58 (2011) 他者の固有性を発見する: 「多文化コミュニケーション入門」の理念と設計 牲川 波都季 Discovering the Uniqueness of Others: Concepts and Course Design of “Introduction to Multi-Cultural Communication” Class Hazuki SEGAWA 1 IMC の理念 う,個別性に基づいた人間認識を妨げる。 牲川(2002)は,学習者に相互の異文化性を発 「 多 文 化 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 入 門 」( 以 下, 見させようとする日本語教育を批判し,そうした Introduction to Multi-cultural Communication = 教育は国民国家の枠組みで文化を固定的・画一的 IMC と略す)は,受講生に相互の存在の固有性を に捉えており,学習者を国民国家の代表者という 認識させることで,コミュニケーションしようと アイデンティティへと回収するという問題を指摘 する意欲を育むことをめざした授業実践である。 している(pp.18-21)。 第 1 回の授業で受講生に示した IMC の目標は, この問題は,先に⑶として挙げた,コミュニケー 多様な背景を持つ他者と時間をかけコミュニケー ションへの意義を知るという本授業のもう一つの ションすることで,⑴自分にとっての「文化」と 目的とも関係がある。仮に,IMC の受講生がお互 は何かを見つける,⑵「多文化コミュニケーショ いをそれぞれの出身である国民国家や地域の代表 ン」の方法を体得する,⑶コミュニケーションす 者として捉えるなら,相互のコミュニケーション ることの意義を知るの三点だった。この中で,筆 の結果得られるのは,国民国家や地域についての 者自身が最も重要な目標として設定していたの 旅行ガイド的な情報ということになるだろう。国 は,⑴と⑶であり,⑵については⑴と⑶をめざす ごとの文化の違いを知るということをめざせば, ことで結果として獲得されるものと位置付けてい 学習者はその国を説明する代表者として間違いの た。 ないよう,どうしても一般的情報を正しく伝えよ まず⑴について,本授業では,画一的・固定的 うとしてしまう。つまり,たとえ自身は実際にそ な文化観から,個別的・可変的文化観への転換を れに該当せずとも,日本人であれば誰に聞いても めざした。第 1 回の授業で,受講生には様々な文 同じように答えると想定されるような内容を答え 化の集合体として個人を捉えることが可能である てしまう可能性が高い。だとすれば,目の前にい ことをごく簡単ではあるが示した。それでも,受 るその人と語り合うことの意義はない。他の誰で 講者の顔ぶれが安定した第 3 回の授業でとったア も答えられること,また既存の日本文化論を読め ンケートでは,文化と言えば,国や地域などを単 ばわかるようなことを,今ここでその他者と語り 位とした確固としたものという文化観を抱くもの 合う必然性はない。 が全体の半分以上を占めた。しかしこうした文化 一対一のコミュニケーションとは,自分の考え 観は,受講生一人ひとりが他の誰とも変わること を言語化し他者に伝えること,他者の言語化され のできない固有の考え方や価値を持っているとい た考えを理解することだと定義すれば,どうすれ − 43 − ばコミュニケーションすることへの意欲を育てる 2 IMC(2010 年 1 学期)の概要 ことができるだろうか。このことは拙論(牲川 2011)で論じたので詳述しないが,重要なことは, まずはじめに,2010 年 1 期の IMC クラスの概 コミュニケーションを通じ,自他相互に固有の新 要を示す。本クラスは,2010 年 1 学期に,90 分 たな発見をし,またその発見により相互が変容す 授業× 15 回で実施したものである。最終登録者 るというプロセスを経ることである。つまり,コ 数は 58 名であり(注 2),留学生は 25 名,日本人 ミュニケーションすることで,この自分と他者と 学生は 33 名という内訳だった。 のこのときでなければありえない発見がありうる 15 回の授業は,大きくは⑴始める,⑵出会う, こと,またその発見により,自分と他者とが共に ⑶知り合う,⑷見つけ出す,⑸振り返る,という 価値観や考え方を変化させうること,これらの可 五段階で進められ,最終成績は,初回の〈動機文〉 能性を体得的に理解することが,他者に自分の考 を除く計 5 回の提出課題と授業への参加度との合 えを言語化し伝えていこうとする意欲の出発点に 計から算出した。 なると筆者は考えている。 ベトナム人として日本人としてではなく,A さ んと B さんというほかの誰でもない他者としてお 互いの考えや経験を話すことが,固有で一回性の 発見や変容をもたらすコミュニケーションの前提 である。国民性や民族性もまた,各人固有のアイ デンティティの一部として認識されているだろう が,そうした国民性・民族性にどれだけの重みを 置くかは,同じ国民・民族の中でも一人ひとり異 なっているだろう。本授業では,その異なりのほ うに目を向け,その人でなければ語れないことを 発見できるようなコミュニケーションの場の成立 をめざした。 したがって本授業の目標は,⑴一人の他者の固 有性に着目した文化観を育むこと,⑵そうした代 替不可能な他者と表現し合いたいというコミュニ ケーションへの意欲を育むことである。また,こ 表 1 IMC(2010 年 1 学期)の授業日程 授業回 授業内容 提出課題 第一段階 始める 1 オリエンテーション・自己紹介 動機文 2 留学生の母語による自己紹介 3 グループ作り 第二段階 出会う 4 話題探し 5-6 話題から知り合う 第三段階 知り合う 7-8 テーマ設定とインタビュー 理由文 9 取材 10 取材結果の共有 取材結果 第四段階 見つけ出す 11-12 下書きについての話し合い 下書き 第五段階 振り返る 13 最終レポートの読み合わせ 最終レポート 14-15 相互自己評価会 相互自己評価表 れらを達成するため,相互の固有性の発見と変容 を可能にするようなコミュニケーションの場を築 くことが,授業設計の目標となる。受講生に示し 3 第一段階─始める たゴールでは「多文化コミュニケーション」の方 3.1. 自己紹介 法を体得するということも示したが,上記⑴⑵の 第 1 回の授業では,授業のゴールと単位取得の 目的を達成しようとして他者とやり取りすること 条件,1学期間の流れなどを説明した後,留学生 が,それすなわち「多文化コミュニケーション」 と日本人学生とでグループを作らせ,自己紹介や しているということだと筆者は捉えている。した 質問を自由にしあってもらった。 がって,多文化コミュニケーションのための能力 まず初めに,このクラスは「異文化コミュニケー 育成は目標ではなく,授業を通して結果的に獲得 ション」ではなく「多文化コミュニケーション」 されるもの,あるいはそうした能力はすでに授業 である,なぜ「多文化」なのだろうか,あなたの 中に発揮されているという位置づけになる。 属する「文化」圏はどこだろうといった問いかけ 第 2 章以下では,この理念を達成するための授 を行った。ここでは,受講生が当初想定している 業設計の在り方について,2010 年 1 学期の実践か であろう,一国家=一文化という文化観へ疑問を ら論じていく(注 1)。 示そうとした。そして,このクラスで何をめざす − 44 − のかという点について,一人の人間の中にも複雑 初回は 97 名の受講希望者がいたが,IMC クラ で多様な文化があり,このクラスでは他者と出会 スは 50 名以下という人数制限を設けているため, いその他者とじっくりコミュニケーションするこ この授業をなぜ取りたいのかという〈動機文〉の とで,一人の人間という文化の集合体について考 提出を課した。留学生の受講を優先しつつ,その えることとして説明した。 留学生数に釣り合う日本人学生を,〈動機文〉の 受講生には配布資料で示しながら,より具体的 内容と学部ごとのバランスを見ながら選び,最終 な授業のゴールとして,多様な背景を持つ他者と 的に留学生 25 名,日本人学生 33 名,合計 58 名 時間をかけコミュニケーションすることで,⑴自 の受講生を決定した。 分にとっての「文化」とは何かを見つける,⑵「多 文化コミュニケーション」の方法を体得する,⑶ 3.2. 留学生の母語で自己紹介 コミュニケーションすることの意義を知る,こと 第 2 回の授業では,日本人学生に対し,留学生 の 3 点を示した。ただしこれらの目標がはっきり から留学生の母語でどのように自己紹介するかを と何を意味しているのかということについては, 学ぶことを課した。 1 学期間の授業の中で次第に体得的に理解されて 第 1 回の授業では留学生も日本人学生も日本語 いくと想定しているため,初回の授業でこれ以上 で自己紹介や質疑を行ったが,この 2 回目の授 の詳しい説明はしない。 業では留学生の母語で自己紹介をしてもらった。 この初回の授業には,留学生 26 名と日本人学 IMC を受講するにあたり,まず日本語を学ぶ留学 生 71 名,合計 97 名が集まった。留学生は正規学 生の立場にたってみてもらいたいと考えたからで 部留学生の 1 年生または短期交換留学生がほとん ある。 どであり,日本人学生もほぼ全員が 1 年生で,本 ごく簡単な自己紹介をするだけでも,未知の言 学で学び始めたばかりの学生たちだった。 語で話すことは非常に難しい。IMC を受講する留 授業の終わりに書いてもらった授業コメントに 学生にはある程度高い日本語能力を条件としてい よれば,この時点では留学生も日本人学生も,相 るので,留学生はそれほど苦労せずとも日本人学 互を出身国の国民代表として位置付けていること 生と話し合うことができる。しかしそのように話 がわかる。たとえば,日本人学生 K さんは,「日 せるようになるまでには非常な努力の積み重ねが 本に興味をもってわざわざ留学してきた人と話す あり,いまだ自分の思いを相手に正確に伝えよう のは,とても新鮮で,日本人として,積極的に日 とすることの困難を強く感じている者も少なくな 本語を学ぼうとする姿勢をうれしく思った」と, い。 自らを日本人の一人と位置付け,その立場から, 留学生の母語で自己紹介する方法を学ばせるこ 日本語を学ぶ留学生を評価している。また,中国 とで,日本人学生に留学生が日本語で話すときの 出身の留学生 Y さんは「今日は U さんだちに色々 苦労を知ってもらい,これから話し合いをする際 の話をした。日本と中国はこんな違うですが,思 にもゆっくり話すなど工夫をしてもらいたいと考 はなかった」と,グループディスカッションの中 えた。また,言いたいことをたやすく言えないと で中国について話し,日本との違いがわかったこ いう経験をすることで,たとえ言葉が不自由に見 とを成果とみなしている。「今日はいきなり留学 える相手であってもその人には言いたいことや考 生の方と交流できて感激し」た(日本人学生)と えがあることに気づいてもらうという意図もあっ いうように,この段階では,外国人と話ができた た。 こと自体が非常に新鮮に感じられ,その体験に満 日本人学生たちは,どのように名前や年齢を 足するにとどまっている。 言ったらいいかを留学生から教わり,初めて触れ 次回以降の課題は,日本人対○○人としてお互 る言語での自己紹介の仕方を必死にメモしてい いの文化について情報を交換し合うだけで満足と た。その後,授業後半では,習った言語を母語と いう段階から,他の誰でもない一人と一人として, する留学生を見つけて,その言語で実際にお互い 固有の考えや経験を表現し合う段階へと進めてい に自己紹介してもらった。 くこととなる。 前回の授業コメントで,日本語を学ぶ留学生を, − 45 − 「日本人として,積極的に日本語を学ぼうとする 出身・学部・性別といった要素は,人間の属性 姿勢をうれしく思った」とやや高みから評価して として代表的に思われやすいものである。した いた日本人学生 K さんは,この授業後のコメント がって,最初から授業担当者がこうした代表的と では「中国の留学生の T さんから中国語を教わり 思われる要素を提案することもできる。それをせ ました。発音がとてもキレイ!!とほめられてう ず,受講生自身に要素を考えてもらいクラス全員 れしかった。実際に自分のカタコトの中国語が伝 で共有したのは,一人の人間が持つ要素が実に多 わった時はホッとしたし,留学生はいつもこんな 様であることを自らの発見として認識してほしい 風にドキドキしながら日本語で話してくれている と考えたためである。 だなーと思いました」と書いた。日本語を学ぶ留 人と人との違いを考えようとするとき,出身も 学生の積極性を評価の対象としてやや突き放して 一つの違いではあるけれども,体育会系なのか文 見ていた前回に比べ,新たな言葉を学び使うこと 科系なのか,どの携帯電話の会社を選んだのかな の困難をより切実に受け止めたことがわかる。 ども,人によって異なる。58 人の受講生が 27 種 類の要素で自らを語った場合,その全ての要素が 3.3. グループ作り 完全に重なることはほとんどありえないだろう。 ここで最終的に決定した受講者の顔触れをもう それほどに一人ひとりは異なっている。 一度詳しく紹介したい。 受講生にはこのことを説明したうえで,紙の表 日本人学生は〈動機文〉と学部のバランスを見 に名前を,裏に出身・学部・性別を書いてもらい, ながら決定したため,学年は全員 1 年生であるも 筆者が裏面を見ながら要素がばらばらになるよう のの,異なる専門領域への興味を持つ多様な学生 黒板に紙を貼り,グループを作っていった。そし が集まった。 て受講生に貼り方の誤りがないかを確認しても 他方の留学生も,出身国数から言えば,中国・ らった後,一斉に名前の書いてある表面が見える 韓国・ベトナム・ベラルーシと四カ国にとどまる よう,紙を返した。 が,秋田大学での立場は,正規の学部学生・短期 筆者は,「日本・医学部・女性」というように の交換留学生・科目等履修生・国費留学生と様々 三要素で表されていた人物が,名前をもつ一人の であり,また専門や年齢も異なっていた(注 3)。 人として固有性を持って現れてきたのではないか 単純な属性から見ても,IMC クラスには多様な と問いかけ,また,一人ひとりはこれら三要素だ 受講生が集ったということができる。 けでなくそれ以外の要素も持っていること,さら 第 3 回の授業では,これらの受講生をグループ に要素とも呼べないような要素が一人一人にある に分けるための活動を行った。 こと,それをこれから交流しながらゆっくりと探 まず,受講生 58 人を 12 グループに分ける際に, していってほしいと伝えた。 一グループ内にできるだけ多様な人を集めるには グループ作りを通じ,一人ひとりが異なる固有 どのような要素で分けたらよいかを考えてもらっ の存在であることを認識し,その固有の他者や自 た。たとえば,出身・性別・学部という要素で分 己を知るためにコミュニケーションするという けるとすれば,「ベトナム・男性・工学資源学部」 IMC の目標を伝えようと試みた。 の A さんと,同じく「ベトナム・男性・工学資源 学部」の B さんとは,別のグループとなる。 4 第二段階─出会う 受講生からは,出身・学部・性別・血液型といっ 4.1. 出会うための話題探し た,筆者の想定していたものから,体育会系/文 第 4 回の授業から,定まったメンバーとの活動 化系・髪の色・携帯電話会社・誕生月といった意 が本格的に始まる。IMC では,最終的にはグルー 外なものまで,27 種類の要素が提案された。受講 プの中の一人について,話しを聞いたり取材に 生には,これらの要素のうちどれを使うのがよい 行ったりしてレポートにまとめていくのだが,こ かを挙手で選んでもらい,最終的には,出身・学部・ の段階ではまずグループメンバー全員と話し,お 性別ができるだけばらばらになるようグループ分 互いにどんな人かという第一印象を得てもらう。 けすることに決まった。 第 4 回から第 6 回の授業では,知り合うための − 46 − 話題探しとそれに基づいた話し合いを行った。 ど,観光ガイド的な情報交換にとどまってしまう このグループで実際に集まったのは第4回が初 という問題である。授業の途中,筆者からそうし めてだったため,改めて自己紹介をしてもらった た話題であっても個人に迫ってほしいと話し,そ あと,お互いを知り合っていくためにはどんな話 のためには,出身で自分が一番好きだった場所は 題がいいかを提案してもらった。 どこか,そこで何をしたのかなど,その人個人の 筆者が例として挙げたのは週末何をしたかとい 経験がわかるように質問をし合うほうがよいと助 う話題であり,その人の生活や考え方,好みが具 言した。何を,どこで,誰とといった,経験を具 体的にわかるような話題がよいとアドバイスし 体化させるような問いかけをすることで,ほかの た。 誰でもが話せるような情報ではなく,その人固有 その結果,以下のような話題が提案された。 の考え方や生活が浮かび上がってくる。 ただし,自分の個人的な思いや経験を全てさら ⑴ 現在の生活を知るための話題 け出す必要は決してない,それは自分が話せる範 休日・長期休暇の過ごし方 囲で話せばよいし,他のメンバーにも話すことを 部屋での過ごし方/学生生活 強要してはならないことも付け加えた。話さない 鉛筆の握り方 という選択もまた,その人がどのような人かを浮 ⑵ 現在の好みを知るための話題 かび上がらせるのであり,プライベートな事柄を 好きなこと・もの (有名人・食べ物・スポーツ) 暴きだす必要はない。 夢中になっているもの 4.2. 第一印象を確かめる 趣味/部活/親友/得意料理 ⑶ 過去の出来事や背景を知るための話題 第 5 回の授業後半ではこれまでの話し合いを踏 出身・地元/思い出/高校の特色 まえ,隣のグループに自分のグループメンバーに ⑷ 未来の希望を知るための話題 ついて紹介するという活動を行った。今後グルー 行ってみたい国/夢・将来 プ内の一人を対象に書いていくにあたり,まずは 知り合い始めた当初の印象をいったん捉えておく 留学生と日本人との交流クラスで一般的に思い 必要がある。今後の一対一での話し合いや取材活 浮かべられる話題は,国ごとの文化や価値観の違 動を通じて,この第一印象にどのような印象が加 いを比較する話題だろう。たとえば,国による食 わっていくのか。レポートにはその発見の軌跡が 文化や生活パターンの違い,結婚観や職業観の違 現れていくことになる。 いといったものである。そうした話題では,国ご 自分のグループメンバーを隣グループへどのよ との異なりが強調され,その中の多様性や変容性 うに紹介したかを授業コメントに書いてもらった は覆い隠されてしまう。さらに問題なのは,国民 ところ,例えば留学生 Y さんは,同じグループの 国家カテゴリーを離れて,それ以外の要素で他者 日本人学生 F さんについて「部活とバイトのこと」 を判断する視点が失われてしまうことである。 を紹介したと記している。第 5 章以降で取り上げ 今回の IMC の受講生が個人を知るための話題 るように,Y さんは F さんについてレポートを書 とはなにかと考えた結果,上のような多様な話題 くことになるのだが,この時点では人柄などの印 が提案された。たとえ留学生と日本人とが共に交 象ではなく,F さんについての事実把握にとどまっ 流するクラスであったとしても,話題は国民国家 ていたことがわかる。 カテゴリーに基づく必要はない。一人ひとりとよ く知り合うことをめざすなら,多様な話題があり 4.3 パートナーの決定 うるのである。 グループでの話題による話し合いは第 6 回の授 しかし,グループでこの話題に基づいて話し始 業前半で終了し,後半には誰が誰についてレポー めると問題も起こってきた。たとえば,出身を話 トを書くかの決定と,来週までの課題〈理由文〉 題にして話すような場合,そこでの名所・旧跡や の書き方の説明を行った。誰が誰について書くか 名物料理などを話してすぐ次の人に話題が移るな は,A さんが B さんについて書き,B さんが C さ − 47 − んについて書き,というように,グループメンバー るのではなく,私が○○さんをどのような人と捉 内で一周するように決めてほしいと伝えた。A さ えるのかを考えていくことが,他者を発見し同時 んが B さんについて書き,B さんが A さんについ に自分自身の他者の切り取り方という,自分の文 て書くとなると,その二人の間で関係が閉じてし 化の発見にもつながっていく。 まい,グループ全体でお互いを知り合っていこう という気持ちがなくなる恐れがある。また二人で 5 第三段階─知り合う 閉じてしまった場合,その間で何かトラブルが起 5.1. 〈理由文〉からインタビュー活動へ こっても,周囲には伝わりにくい。誰が誰につい 第 7 回から第 8 回には,パートナーとゆっくり て書くかは自由に決めてもらうことにしているも 話し合うインタビュー活動を行った。 のの,書き手と書かれる人とが必ずしも気が合う 最初に注意を促した点は,その人がどんな人か とは限らない。したがって,完全に一対一の活動 を知るための質問をしてほしいということであ のみにはせず,グループ 5 名へと話し合いの相手 る。つまり,ベトナム人はどうか,日本人はどう を開いておき,逃げ道を用意しておこうと考えた。 かという質問ではなく,あなたはどう思うか,あ このクラスの受講者数は 58 名である。より少 なたにとってそのテーマはどんな存在かなど,ほ 人数のクラスであれば,筆者が話し合いに介入し, かの誰でもないその人からしか知り得ないような たとえ,一見気が合わないような相手や,自分に 答えを引き出す質問をしたほうがよいと話した。 とって違和感のある発言をするような相手であっ また,質問をぶつけ続けるのではなく,その質問 ても,その人にはそのような言動をする理由があ に自分はどう考えるのか,また相手から答えが り,その理由にまで迫ることが深いコミュニケー 返ってきたらその答えに対する自分の意見を述べ ションであるということを伝えたいと思ってい るなど,自分自身の考えも伝えるよう付け加えた。 る。しかしこの人数では,筆者によるそうした個 インタビュアーが自身の話をすることで,インタ 別の介入はできない。そのため,一人と一人があ ビューされる側はそれと比べながら自分の考えや まりにも距離感なく接近してしまい,感情的な思 経験を述べやすくなる。 い入れやトラブルが生じてしまわないよう,関係 こうした注意のあと,一回 40 分程度でパート をグループ 5 名に開いておく必要が出てくる。こ ナーとの一対一のインタビュー活動を実施した。 のことは,一人ひとりの固有性を深く知ってほし このインタビュー活動での筆者に役割は,全員 いという本授業の目的とは矛盾する点であり,改 がインタビュー活動を行えるよう時間管理をする 善を考えていかなければならない。 ことと,インタビュー相手のいない受講生ととも 第 6 回最後には,今後の最終レポートまでの流 に〈理由文〉の相互検討をするということである。 れを説明したあと,来週までに,レポートを書く 1 グループは 5 名で構成されており欠席者もいる 相手についてどんなテーマで,何を聞くつもりか, ため,必ず余る人が出てくる。このインタビュー それはなぜなのかを〈理由文〉としてまとめてく の間,筆者は余っている受講生たちを集め,提出 るという課題を出した。最終レポートについては, された〈理由文〉に相互にコメントするよう促す 「○○さんと私」という題名を全員に付けてもら とともに,自分自身もコメントした。 うこと,内容は「私からみた○○さんとはどんな 一例として,留学生の Y さんが書いた〈理由文〉 人か」を書いていくと伝えた。またこの〈理由文〉 を取り上げたい。工学資源学部の日本人学生 F さ で決めたテーマはこれで決まりではなく,今後変 んが Y さんのパートナーとなった。 えてもよいということも話した。 Y さんは〈理由文〉に四つのテーマを書いてきた。 実際に話してみると,パートナーがどんな人か 「地元について」 「テニスについて」 「家族について」 をとらえるには別のテーマがふさわしいと気付く 「生活について」である。その上でさらに,実際 場合がある。最初に決めたテーマについて調べる には「何でも知りたい」「自分の得意技とか,好 のが目的ではなく,相手を知るためのレポートで きと嫌いな物とか。普通の日本人はどの様な生活 ある。そのために必要であれば,テーマのほうを をしたのか,それが一番知りたいと思います」と 変えればよい。○○さんについての情報を紹介す 書いている。F さんを隣グループに紹介した時「部 − 48 − 活とバイトのこと」を話したと書いていたことか ば,担当者が積極的に介入し議論自体の質を高め, らもわかるとおり,この時点では「普通の日本人」 相互の関心を深めさせることが可能だ(注 4)。し の生活を知るために,Y さんは F さんに様々な質 かし 60 人規模のクラスの場合,担当者は個々の 問をぶつけ F さんの生活全般を知りたいと考えて 議論に深く介入することができない。2009 年 1 学 いた。 期以降の実践経験から,受講生同士のみでの議論 この Y さんの〈理由文〉について,筆者はま では,質の高まりがあまり期待できない場合もあ ずテーマが多岐にわたりすぎている,F さんがど ると感じていた。したがって苦肉の策として,触 んな人かを知るためにはどんなテーマがいいかを れ合う時間や話し合いの時間を増やすという量的 考えしぼってほしいとアドバイスした。聞きたい 対応を取ることで,相互の関係を深めてほしいと 話題が多すぎると,その話題に対する事実的な情 考えた。 報収集にとどまり,その人がその話題についてど 後述の〈取材結果まで〉の原稿を読むと,先の のような意見を持っているのか,その話題はその Y さんは,複数あったテーマ候補から,「家族に 人にとってどれほど重要でありそれはなぜなのか ついて」に絞ることに決めたことがわかる。Y さ といった,個人の考えや価値観,経験に迫るまで んは週末を使い,グループメンバーと一緒に F さ には至らない恐れがある。また,「普通の日本人」 んの実家のある秋田県内の町まで取材に出かけた とは誰なのか,中国人の Y さんと G さんが全く という。残念ながら F さんの家族は不在だったと 違う考え方・生活をしているように,日本人も多 のことだが,そのことも含め F さんの家族につい 様なのではないかとも付け加えた。 てさらに知ることができたようだ。 今回以降は,インタビューや取材を通じてパー ほかには,留学生の寮まで行き一緒に出身地の トナーについてよく知りそれを原稿化していくこ 料理を作ったグループ,部活が行われている体育 とが活動内容となる。その活動の過程を示すため 館まで出かけたグループ,教師をめざしている学 に,今後はこの Y さんの原稿を主な例として取り 生に塾での授業の様子を模擬授業として教室で再 上げたい。Y さんは他の留学生に比べ日本語力が 現してもらったグループなど,取材の場所や方法 低く,〈理由文〉の内容も示す通り,授業の目的 はそれぞれのテーマに沿った工夫のみられるもの もつかみかねていた。こうした不利な条件で書か だった。 れ始めた Y さんの原稿を例に取り上げることで, 第 10 回の授業では,ここまでのテーマの決定 本実践の理念と授業設計が何を可能にし,何を可 とインタビュー,取材までの一連の活動をいった 能にしえなかったのかを明確に示することができ ん〈取材結果まで〉として原稿化して提出し,そ ると考える。 れについてグループ内外からコメントをもらうと いう活動を行った。この原稿は取材の結果の写真 5.2. 取材活動とコメントの交換 を含むものとし,キーワードを添えてグループご 授業第 8 回の後半には取材場所を決定した。 とに教室の壁に貼ってもらった。 取材というのは,テーマに関係がある場所にグ そして,大判の付箋を一人に 3 枚ずつ配布し, ループメンバー全員ででかけ,話しを聞いたり写 1枚目は同じグループ一人の原稿に,2 枚目は隣 真をとったりしてくるという活動である。第 9 回 のグループ一人の原稿に,3 枚目はどのグループ の授業時間はすべてこの取材活動に充てたが,そ でもよいのでキーワードや写真で惹かれる一人の れだけでは 5 名分の取材を終わらせられないので, 原稿に,それぞれコメントを書いて貼るよう指示 メンバーのスケジュールを合わせ授業外の時間も した。いいところやここをもっと直したほうがよ 使って取材活動に取り組んでもらった。 いという点をできるだけ具体的に指摘すること, 取材活動にグループ全員で出かけてもらう目的 原稿に直接線を引いたりコメントを書き込んでも は,レポート作成に向けてパートナー個人につい よいこととした。 てよく知ることが第一であるが,教室外での活動 筆者も,この〈取材結果まで〉と次回提出の〈下 を組む込むことで,メンバー全員が互いに親しく 書き〉のどちらか一方にはコメントし全員に返却 なることもめざしている。少人数のクラスであれ するようにしたが,基本的には受講生同士のコメ − 49 − ント交換活動や議論の結果をうけて,自分たちで らったコメントを生かして全体を修正することを 最終レポートを仕上げていってほしいと考えてい 指示した。また,今後のスケジュールとして第 14 た。受講生が書いたコメント例を紹介する。 回と第 15 回の授業では相互自己評価会を行うと して,以下の評価ポイント 3 点も示した。 コメント例 1:好きなものというテーマは話 が広がりやすくてとてもいいし,写真もとって 相互自己評価のポイント も素敵だった。インタビューした時の様子をも 1 レポートを書いた人が,相手の人をどん う少し書いてくれたら読みやすく楽しい感じに なると思います。 な人と捉えたのかがよくわかる。 2 クラス内外での意見交換の結果を,レポー トによく使っている。 コメント例 2:N さんの人物像や,始めの印 3 レポートの流れが全体として一貫してお 象と取材後の印象が書かれているとわかりやす り,とても説得力がある。 いです。また,「お互いの共通点も知ることが できる」と書かれてあるので,N さんのことだ これらは成績とは無関係だが,〈最終レポート〉 けでなく,自分との共通点や相違点について言 の質をお互いに評価するために使う指標になる。 及するといいと思います。 受講生は,他の受講生からのコメント,グループ でもらうコメント,筆者からのコメント,これら 日本人学生 T さんの〈取材結果まで〉に対する, の評価ポイント 3 点を意識して〈最終レポート〉 受講生二人からのコメントである。例 1 では,レ を仕上げていくことになる。 ポートで評価できる点とインタビュー時の様子を さらに詳しく書いたらよいと修正点が示されてい 6. 第四段階 見つけ出す る。例 2 では,インタビュー・取材前後の印象の 6.1. 〈取材結果まで〉から〈下書き〉への修正 変化を付け加えたらよいという助言とともに,T 第 11 回の授業では,〈取材結果まで〉に現時点 さんの〈取材結果まで〉の記述を具体的に取り上 での結論を加えた〈下書き〉を提出してもらった。 げながら,自分との共通点・相違点も書いたらよ 再度 Y さんの例を引けば,Y さんの〈取材結果 いと指摘している。受講生たちは,それぞれ異な まで〉では,インタビューで聞いた F さんの家族 る人物とテーマで〈取材結果まで〉を書いている 一人ひとりの紹介と,ごく簡単な結論,取材に行っ のだが,そこに至るまでには,全員が〈理由文〉 た際の写真 2 枚という内容だった。この時点でも でテーマを決め,インタビュー・取材をし,〈取 Y さんのインタビューの結果のまとめ方は優れて 材結果まで〉にまとめるという同じプロセスを踏 おり,F さん自身が一人ひとりの家族をどのよう んでいる。したがって自分だったらどうするかと に捉えているのかがよくわかる内容にはなってい いう視点を持つことができ,これから〈下書き〉 〈最 た。 終レポート〉と作品を仕上げる仲間として,他の たとえば,F さんの父について,優しい怒らな 受講生の作品へのコメントも具体的に行おうとす い人だと書いた後,以下のように F さんの母につ るのだと考えられる。 いてインタビューをまとめている。 先の Y さんがこの際どのようなコメントをも らったのかは不明だが(注 5),後述するように〈取 「じゃ,君たち悪いことをした後,誰かに説 材結果まで〉に比べ〈下書き〉には質量ともに大 教されたですか」 きく変更が加えられており,このコメント交換活 「お母さん」 動が有効だったことがうかがえる。 自分の母親のことを説明するの時,F さんの 第 10 回の最後には〈下書き〉の書き方を説明 顔はちょっと微妙に変わった,でもそれは「嫌 した。具体的には,〈取材結果まで〉を踏まえ, い」ではない顔だ。 自分にとって,相手はどんな人だと思うように 「お母さんはいつもすぐに怒る,料理も下手, なったのかを結論として付け加えること,今日も − 50 − 家に返るならすぐ寝る」 本当にこんなようなの人だろうか,詳しいで という愛憎半ばする心情を記した。Y さん自身の インタビューすると,以下のことは分かった。 父親への思いを書くことが,F さんの母親への思 彼女の母親は今まで,20 年で看護士を勤めだ。 いをさらに具体的に理解しやすくしている。この 看護はどっても上手であた,それに性格も明る 〈取材結果まで〉から〈下書き〉にかけては,筆 くて,面白の人だった。病院の仕事は大変かも 者から個別の助言はしていないため,Yさんはコ しれない,家に返るならすぐ寝る事もしょうが メント交換活動の結果を反映して加筆したものと ない,疲れだだけだよ。 考えられる。 嫌いではないものの父親のように手放しに優し 6.2. 〈最終レポート〉提出に向けて いと答えることもできないという,F さんの母親 この〈下書き〉については,第 11 回と第 12 回 への思いを,F さんが語るときの表情の変化など の 2 回にわたり,グループ内で最終的なコメント も記しながら描き出している。また,さらなるイ を出しあってもらった。 ンタビューの結果として,単に怒りっぽいのでは 具体的な手順としては,⑴ A さんの〈下書き〉 なく明るく面白いという側面も持っているとわ をまずみんなでゆっくり読む,⑵ A さんは,前回 かったこと,看護士という専門職に就いており の〈取材結果まで〉のどこを修正し〈下書き〉を 帰ってする寝てしまうのも仕方がないのではと 書いたかを説明する,⑶他のグループメンバーか いった自分の意見も挟み込んでいる。Y さんの記 ら,さらに修正すべき点のアドバイスをもらう, 述には,教科書で学ぶ日本語とは異なる形の日本 ⑷ A さんは最終レポートをどう修正していくか見 語が多々見られる一方,それにも関らず,Y さんは, 通しを話す,という流れで話し合ってほしいと説 F さんの母親への感情を鮮やかに描き出している 明した。 と言えるだろう。 また第 11 回の終わりには,〈最終レポート〉の コメント活動を経た〈下書き〉では,先の母親 書き方を説明し,第 13 回の提出に備えるよう伝 についての記述の後に,以下の文が加えられた。 えた。特に注意すべきこととして, 〈最終レポート〉 に向けては全体をゆっくり読み,これまでのコメ 私の場合はお父さん,いつも五月蝿くて,説 ント交換,意見交換を踏まえて修正すること,最 教が始まったら,3 時間くらいも終わらない。 後に授業について良かった点・悪かった点を付け それに去年冬休みのとき,連続 5 週間説教する 加えること,最終的に全ての文字数合わせて 2,400 こともあった......辛いと嫌な思いだ。父は 字以上とすることを説明した。 いつも出張し,一年に会ったことは 9 ~ 10 回 一学期を通じて〈理由文〉〈取材結果まで〉〈下 くらい,さらに,私いつも大学に勉強し,最近 書き〉〈最終レポート〉と段階的に加筆・修正し は 1 年 1 ~ 2 回になった。仕方がない,たくさ ていくため,毎回の提出物で新たに書く分量はそ んたまったから。たぶん私はお父さんのことを れほど多くない。しかし,留学生が多く,また日 説明する時も,F さんと同じ顔だろう。 本人学生であっても一年生が多いため,学期初め だから,「お父さんはあまり怒れない」で聞 には〈最終レポート〉の原稿用紙 6 枚分という分 いて,「羨ましいな~」の気持ちがあった。で 量に驚く者もいる。しかし,一人の他者の考え方 も代わりに,母さんは相当優しい。私のお母さ や経験についてまとめようとするなら,どうして んはどのような人が……説明は難しい。簡単に もある一定以上の分量をかけざるをえない。2,400 言われば,お母さんらしいのお母さんだ。 字という文字数は IMC の目的に合った質を保ち つつ,かつ受講生がその分量に圧倒されない文字 Y さんは,自分の父親と母親のことを書き加え, 数ということで,〈最終レポート〉の最低基準と F さんの両親との重なりを見出している。特に自 して設定したものである。 分の父親については詳しく書き,嫌いではないけ 実際の〈最終レポート〉が 2,400 字に届かなかっ れどいつも怒られてしまうこと,怒るのも仕方が たのはレポート提出者 58 名のうち 4 名のみであ ないということもわかっているのだがやはり辛い り,また 3,000 字以上を書いてきた者も 15 名いた。 − 51 − 〈最終レポート〉の採点方法は,2,400 字以上であ の思いを尋ねた内容なのだが,そこから日本と中 れば満点,到達しなければその割合に応じて減点 国という非常に大きなカテゴリーでの対照を行っ というものであり,2,400 字よりいくら多く書いて てしまっている。 も点数が加わるということはない。にもかかわら また,「「この人は優しい,しっかり,それに ず,約四分の一の受講生は規定分量を大きく超え ちょっと元気な F さんだ」で変わった」という F た〈最終レポート〉を仕上げてきた。このことは, さんのイメージについて,筆者からは,こうした 他者の文化を自分なりに捉え描こうとする場合, F さんのイメージはインタビュー結果や取材結果 ある一定以上の分量が必要という筆者の仮説を裏 のどこから出てきたのか,インタビュー・取材結 付けると同時に,グループ内のパートナーについ 果と結論がつながっているほうがよいとコメント て少しずつ書いていくという IMC の授業設計が, を出した。Y さんは〈最終レポート〉で,「本当 受講生たちにレポートを可能な限りよいものに仕 にいい人よ,F さんは。どして? 家族を愛して, 上げていこうとする意欲を産んだことを示してい 目標を持って,運動をやって,友たちも多くて, ると捉えたい。 などから,この結果はすぐに分かるんじゃない」 と加筆してきた。「家族を愛して,目標を持って」 7 第五段階 振り返る の個所は,インタビューで語られている内容と合 7.1. 〈最終レポート〉の提出 致しているものの,運動や友達についてはこのレ Y さんは 3,700 字近い分量の〈最終レポート〉 ポート内ではほとんど触れられておらず突然出て を提出した。 きた記述である。 〈下書き〉との最も大きな違いは結論部分への これらが示すのは,直接の口頭での説明なしで 加筆である。〈下書き〉時点の結論部分では F さ 筆者がコメントを書いて渡したとしても,その正 んの家族と中国の一般的な家族は大体同じであ 確な意図を伝えるのは非常に難しいということで り,F さんのイメージはインタビューの後,「「こ ある。提出した 58 名全員に対し,筆者は〈取材 の人は優しい,しっかり,それにちょっと元気な 結果まで〉〈下書き〉のいずれかに一度はコメン F さんだ」で変わった」と書いていた。 トを出した。修正すべき個所やその理由もできる 筆者は〈下書き〉のこの部分についてコメント 限り詳しく書いたつもりだが,それでもなぜそう を出した。F さんの家族と中国の一般的な家族と したほうがよいのかについて直接十分な説明はで 同じという個所については,中国一般の家族でな きなかった。ここにも一人ひとりにレポートを く Y さん自身の家族と比べたほうが説得力が増す じっくり書いてもらうという授業を,60 名規模で のではないか,中国といっても地域や世代により 行うことの弊害が見られる。 異なりがあるだろうと指摘した。その結果,〈最 第 13 回の授業には,〈最終レポート〉を一人6 終レポート〉では,F さんの家族は中国南方の家 部印刷して持参してもらった。1 部は筆者へ提出 族と似ていること,しかし家族で同じ仕事をして してもらい,残りの 5 部はその場で表紙をつけて る点や熊という比喩で父親の優しさを表した点 グループごとの文集とした。また,IMC の受講 は,中国と異なっていると修正してきた。 生全員でレポートを共有すべく,全員分のレポー 筆者は,中国全般と比較するのではなく,Y さ トをインターネット上にパスワード付きで掲載 ん個人の家族と比較したほうが,日本人としてで し,受講生であればだれでも読めるのようにした。 はない F さん個人と家族との関係が見えてくると IMC の前に筆者が担当した「日本事情」では,受 考えてコメントしたのだが,Y さんは中国の自分 講生に許可を得たうえで全てのレポートを一般公 の出身地方との比較とし,比較対象をやや具体化 開するということを試みたが(注 6),一般公開を させることで解決しようとしたようだ。 前提とすると個別の経験や価値観に十分踏み込ん Y さんは〈最終レポート〉の冒頭でも,最初の だレポートが書けないという問題があることがわ 〈理由文〉同様「中国の私も日本人の F さんの家 かった。個人情報を露わにせずとも,他者につい 族に興味がある」と書いていた。Yさんのレポー てレポートを書くということは可能なのだが,そ トは,Fさんという一個人の抱く,自らの家族へ れを実現するためには担当者が個別にレポートを − 52 − 読み,受講生と十分に議論する機会を持つことが 「全体として F さんに焦点を合わせて書いている 重要である。それが不可能な人数の場合,一般公 し,どんな人なのかよく書いていると思います。 開を前提にすることは難しい。したがって今回の レポートを読んでみたら,F さんにだけではなく 実践では一般公開はしなかったが,クラス全体で Y さんに対しても Y さんがどんな人なのかもわか 作り上げてきたという意識を共有すべく,受講生 るようになりました」といったコメントだった。 であれば誰でも読めるよう全員の〈最終レポート〉 残念ながら,Y さんのパートナーだった F さん をウェブサイト上に載せるという形をとった。 は相互自己評価会に来られず,F さん本人からの 評価コメントはもらえなかったが,他のグループ 7.2. 相互自己評価会 メンバーからレポートの長所が具体的に指摘され 第 13 回の授業後半では相互自己評価会の準備 たことがわかる。 に取り掛かってもらった。相互自己評価会とは,5.2 また,上記の評価の観点三つ以外に,「その他」 で示した三つの項目に「その他」という項目を加 としてコメントを自由に書く欄を設けたところ, えた四点で,自分を含めたグループ内全員の〈最 この Y さんの〈最終レポート〉に対し同じグルー 終レポート〉にコメントするという活動である。 プの T さんは「普通の家族,というのは私にとっ 手書きで記入できる相互自己評価表を配り,〈最 て不思議でもないのだけれど,確かに変かもしれ 終レポート〉を読んで具体的に良い点・改善でき ないと気づかされた。そういう点がいくつも発見 るべき点を指摘するよう指示した。 できておもしろく読めた」という感想を書いた。 第 14 回と第 15 回の授業では,この評価表を持 Y さんの〈最終レポート〉の結論は,F さんの家 ちより相互自己評価会を行った。⑴ A さんが〈下 族を中国南方や中国の家族と比較し,日本の家族 書き〉から〈最終レポート〉へと加筆・修正した の一つの形として一般化する傾向をもっていた。 点を説明,⑵ A さんの〈最終レポート〉について, しかしインタビューや取材の結果を読むと,それ ほかの全員が相互自己評価表の内容を口頭でまと はまぎれもなく F さんの家族一人ひとりに関する めながら発表,⑶その評価に A さんが応えるとと 語りであり,またそれと対照して Y さん自身の家 もに,自己評価の結果を発表,という流れで実施 族の姿が見えてくる内容となっている。結論が一 した。 般化の傾向をもっていたとしても,それ以前の内 例として,Y さんの〈最終レポート〉への相互 容は,他の誰とも異なる F さんや Y さん,そして 自己評価コメントをいくつか挙げたい。 「1 レ F さんや Y さんから見たそれぞれの家族が個別・ ポートを書いた人が,相手の人をどんな人と捉え 具体的に描かれていたと言えるだろう。T さんか たのかがよくわかる」という点について,ほかの らの,普通の家族のようで実は変なところも発見 グループメンバーからは, 「F さんがどんな人なの できたというコメントは,この点を評価したもの かよくわかりやすい文だと思います。がんばりま と読むことができる。 したね」「他の人にとっては普通に感じられるこ とでも,ちゃんと拾って書いてあったのでより人 8 成績評価 物像が見えたと思う」といったコメントが寄せら この相互自己評価会はあくまでもコメントを交 れた。また「2 クラス内外での意見交換の結果を, 換し合うもので,成績に反映させるものではない。 レポートによく使っている」については,「ただ また,本実践でレポートの質は成績評価の対象に の会話ではなく相手の態度や雰囲気にふまえて自 していない。 分の考えがよく書かれていると思います」「家族 成績評価の方法は,5 回の提出物の合計 70 点と, についてたくさん書かれていておもしろかった」 毎回の授業への積極的参加 30 点,合計 100 点で などのコメントがあった。「3 レポートの流れが 採点する。また,提出物の点数の内訳は, 〈理由文〉 全体として一貫しており,とても説得力がある」 〈取材結果まで〉各 10 点,〈下書き〉15 点,〈最終 については,「家族というテーマに沿ってインタ レポート〉30 点,「相互自己評価表」5 点であり, ビューが進められており,そこに自身の考えをき 採点方法は,提出日が一日遅れるごとに満点から ちんと織りこめてあって,すごく興味深く読めた」 20%ずつ引いていき,また〈最終レポート〉につ − 53 − いては規定分量 2,400 字以上に満たない場合は, なかったとすればそれは IMC の授業設計のほう さらに不足割合に合わせて減点するという方法を に問題がある。コミュニケーションする意欲が育 とった。 まれたか否かは,受講者個人の目標達成度に帰す つまり成績には量的結果のみ反映させ,質的結 ることができるような性質の目標ではない。 果は反映させていない。また,全員一律の採点 つまり,他者とじっくり語り合い,その結果か 方法をとりその結果をそのまま成績とするため, ら他者についてのレポートを段階的に仕上げてい IMC は相対評価ではなく絶対評価となっている。 くという IMC のような実践では,プロセスその この成績の付け方については学期開始当初から, ものが重要であり,最終結果の質の良し悪しは重 理由も含め何度か受講生に説明してあった。この 要ではない。さらに改善をしていくために,相互 IMC の授業は,提出物を期日通りに出し続けてい 自己評価で内容を評価することは大切だが,それ れば一定の成果を収めるよう設計されている,し を成績に反映させる必然性はない。 たがって提出物を期日までに出した否かで成績を また,こうした目標設定と授業設計のもと行わ 付けると受講生には説明した。 れる授業を受講した結果を相対評価で採点するこ 提出物は基本的には筆者が読むためのものでは とは不可能である。全員が一定の段階を踏み,他 なく,授業内で議論しコメントし合う対象であり, 者と向かい合い時間をかけて語り合いながらその 授業の内容そのものを構成する。つまり提出物を 個人のためのレポートを仕上げてきている。また 期日通りに出せば,授業内で他の受講生からコメ そのプロセスで重要だったことは,受講生の相互 ントをもらうことができ,それを反映させれば次 の意見交換であり,それを受けて受講生それぞれ の提出物がよりよいものになるというように授業 はレポートを改善してきた。受講生それぞれがお は設計されている。逆にいえば,期日に遅れれば 互いの力を信頼し合い,お互いのコミュニケー コメントをもらうことができず,他者固有の文化 ションすればレポートがよりよくなっていく,こ を発見していくという IMC の目標が達成されな うしたプロセスを踏むことが,コミュニケーショ い恐れが出てくるため,提出期日の厳守を課して ンの意義を知るという本実践の目標達成と深くか いる。 かわっている。 質的結果を成績に反映させないことについて とすれば,このような受講生が中心となって は,実際には個々の〈最終レポート〉には質的に 作ってきた授業において,突然筆者が成績決定者 も違いがあるはずで,それを成績に反映させない として現れることは,受講生にとってお互いのコ なら,受講生それぞれの授業目標に対する達成度 ミュニケーションの役割を過小評価させることに への評価がなされたとは言えないのではないかと つながる。最終成績が結局のところ授業担当者の いう反論もあるかもしれない。同時に絶対評価で 判断で付けられるとすれば,受講生は他の受講生 は,受講生間の達成度の異なりを成績化できない のコメントではなく,筆者の授業中の指示やコメ のではないかという問いにもつながるだろう。 ントに注意を向けることになるだろう。パート このことは,本稿冒頭で述べた IMC の目標と ナーへのインタビューにしても,自分の興味を深 かかわりをもつ。IMC では,多様な背景を持つ他 く追究するより,最終的に成績評価が高くなるこ 者と時間をかけコミュニケーションすることで, とをめざして行われる恐れもある。 自己や他者の固有性の発見をめざし,そのこと したがって,筆者は IMC の教育理念に基づく で,コミュニケーションすることへの意欲を育て なら,成果の質的結果は,成績という値で返すの ることをめざした。自己や他者の固有性への発見 ではなく,相互の意見交換など質的な形で返すべ については,段階を踏みながら一人の他者につい きだと考える。また,この教育理念を達成するた て 2,400 字のレポートを書きあげることそのもの めには,受講生が安心してお互いの考えを見つめ, が,目標達成を示す。また,コミュニケーション 相互の意見交換を重視できるよう教室設計を行う することへの意欲については,表現し合いながら 必要があり,その設計の一部として成績は相対評 自他の固有性を探究するという授業活動全体を通 価でなく絶対評価のほうが適していると考えてい じ,結果として高められるものであり,高められ る。 − 54 − 9 学習者の文化観・コミュニケーション観に変 化はあったのか。 表 2 文化観の変化 変化の 有無 9.1. 文化観の変化 最後に,本授業での理念的目標の達成について, 受講生に実施したアンケートの結果から明らかに 変化 しておきたい。 IMC では,⑴一人の他者の固有性と変容性に着 記述内容 人数 ① 国家・集団単位から個人・多様な単位へ 21 ② 個人単位からより個別性・変容性・複雑 性を強調した個人単位へ 7 ③ 単位への言及なしまたは単位が曖昧から 国家・集団単位の文化観へ 3 ④ 単位なしから国家・集団単位の文化観へ 3 目した文化観を育むこと,⑵そうした代替不可能 小計 な他者と語り合いつづけていきたいというコミュ 不変 ニケーションへの意欲を育むことを,授業の理念 13 ⑤ 国家・・集団単位で変化なし ⑥ 個人単位で変化なし 3 小計 的な目標としていた。また,これらを達成するた 他 め,相互の固有性の発見と変容を可能にするよう ⑦ 意味理解困難につき分類不能 2 計 設計の目標として設定した。⑴⑵が達成されてい 16 2 小計 な,コミュニケーションの場を築くことを,授業 34 52 れば,それを可能にする授業設計も達成されてい 目のアンケートでも「私は,文化とは人間そのも たと評価することができる。 のだと考えています。国や地域で見ても文化は異 アンケートの内容は「あなたにとって文化と なりますが,個人で見ても一人一人の文化は違っ は?」「 あ な た に と っ て コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン と てくると思います(抜粋)」と,国や地域と同様 は?」という二つの質問に記述式で答えてもらう 個人単位でも一人ひとり文化は異なっているとし というもので,受講生が確定した第 3 回の授業開 ていたが,学期末には「日本人だから,外国人だ 始時と,最終レポートを提出し終わった第 13 回 からという考え方ではなく,一人一人が持ってい に同じ質問で二回答えてもらった。一学期間を通 る個性がその人にとっての文化だと思います(抜 じ文化観とコミュニケーション観がどのように変 粋)」と,日本人だから外国人だからと捉えるこ 化するかを把握し,上記⑴⑵が達成されたか否か とを問題として捉えるようになった。 を判定するために実施したものである。 ③としては,留学生 K さんは「文化は長い時 二回ともアンケートに回答があった 52 名の記 間,たくさんの人が形成するものですが,また, 述内容を分類した結果,まず文化観の変化につい 文化お互い影響を与え,新しい文化を作りだすの ては,[表 2]のような変化が見られた。 はまるで生きている人間のようです(抜粋)」と まず文化観については 52 名のう 34 名の記述に 当初から文化の変容性に言及していたが,学期末 変化が見られ,うち 31 名は国家など集団単位で には「国,地域などその社会が形成する伝統的な 画一的・固定的に文化を捉えるのではなく,個人 ものの,また新しい文化を作ったり,受け入れた 単位で捉えるようになった,あるいは文化を変容 りする,固定してはいけないものであると思いま し複雑なものとして捉えるようになった。 す。文化は同じ経験をしている人々が集まるとこ ①の「国家・集団単位から個人・多様な単位へ」 ろであればどこでも生まれるもので,例えば,家 の一例を取り上げれば,日本人学生 M さんは一 族,友達どうしでもいっしょに何かをする過程の 度目のアンケートで「いろいろな国や地方によっ 中で一つの文化を作り出すことができると思いま て存在する異なった考え方,ものの見方など。考 す」と,文化は固定してはならないとさらに変容 え方が違うため,違う文化に触れることはとても 性を強調したうえで,人々が自ら創り出しうるも おもしろいと思う」と国や地域単位で文化を捉え のとして文化を捉えている。 ていたが,二度目には「異なった考え方,一般的 筆者はここで,国家などの集団単位で文化を捉 には国ごとだが,人によっても違うのではないか」 えることが不可能であるということを主張してい と,個人それぞれの異なりにも着目するように るわけではない。そうした集団単位で捉えた時に なった。 見えてくる集合的な特徴を文化とみなすことはも また②の例として,日本人学生 K さんは一度 ちろん可能だろう。しかし第 1 章で述べたように, − 55 − 他者を国民国家などを単位とした文化の代表者と みなす場合,コミュニケーションが相互の国民国 家文化の情報を交換し差異を再確認し合うにとど 表 3 コミュニケーション観の変化 変化の 有無 まり,相互の価値観に変化を促すようなコミュニ 変化 ケーションには至らないという問題が起こりう る。一対一で行うコミュニケーションに何らかの 記述内容 人数 ⑧ 双方向での伝え合いなど意義・目的を発見 24 ⑨ 注意点を発見 10 ⑩ 媒体を発見 5 ⑪ スキルという位置づけでの意義・目的を発見 3 小計 42 価値を見出すには,それが誰からでも紹介される 不変 ような一般的な情報交換ではなく,自分にとって 10 ⑫ 変化・発見はなし 新たな発見がもたらされるようなやり取りである 必要がある。そうした新たな発見,相互の価値観 小計 10 合計 52 の変容を起こりにくくさせるという意味で,多様 な人々とコミュニケーションする意欲を育てよう りすることである」として,コミュニケーション とする本実践においては,国民国家などの集団単 に双方的な意見交換という新たな意義を見出して 位の固定的・画一的文化観ではなく,個別的・変 いる。また日本人学生 A さんは「人生を豊かにす 容的な文化観の育成が必要となる。 るための大切な手段(抜粋)」から「コミュニケー ①②③の結果は,IMC が集団単位の固定的・画 ションによって相手を知り,相手から見た自分の 一的文化観から,自己や他者の固有性に着目する 姿がどう映っているのかを教えてもらうことで, ような個別的・変容的な文化観への転換をもたら 相手の視点から見た自分の姿を見つめ直すことが したことを示している。 できると思う(抜粋)」と,相手を知るためだけ 一方でアンケートの④のように,授業開始時点 でなく自らを知り見つめ直すことを可能にするの では文化の単位について言及がなかったか曖昧 がコミュニケーションだという認識を得ている。 だったが,終了時には文化を国家・集団単位のも IMC を受講することで,自己発信中心のコミュニ のとして捉えるようになった者が 3 名おり,また, ケーション観が双方向的なものになり,コミュニ ⑤のように,授業開始時も終了時も変わらず,国 ケーションにより自分自身を見直し変わっていく 家・集団単位で画一的・固定的に文化を捉える者 ことへの可能性を見出したと言えるだろう。 も 13 名いた。本実践の理念的目標が十分には達 ⑨の「注意点を発見」とは,留学生 H さんの例 成できなかったということであり,授業設計を再 を挙げれば,「私にとってコミュニケーションと 考する必要があろう。 は人と人交流することです。言語の交流だけでは なく,心と心の交流は一番大切だと思います」と 9.2. コミュニケーション観の変化 いう授業開始当初の記述に,「人と人を交流する 次にコミュニケーション観については以下のよ ときに心を開いて,自分の真実の一面を相手に伝 うな変化が見られた。 えることはコミュニケーションであると私はそい 52 名の回答者のうち 42 名に変化があり,特に うふうに思っています」という記述を加えてきた。 ⑧⑨⑩の 39 名には,IMC を受講したことによっ 心と心の交流とは何か,どうする必要があるのか てコミュニケーションに対する意欲が高まったと をより具体的に発見したと言える。IMC では,話 思われる変化が見られた。 し合いやインタビューのとき,質問するばかりで ⑧の「双方向での伝え合いなど意義・目的を発 なく自分ならどうなのか,まずは自分から話すこ 見」した例としては,留学生の G さんは初め「私 とが重要だと繰り返し伝えてきた。自分から始め はコミュニケーションはまわりの人と話たり,自 ることで,相手もそれと比較して自身について語 分の意見を伝達したりすることであると思う」と, り始めやすくなる。こうしたまず自ら語ることか 主に自分から他者への自己発信をコミュニケー ら始めようという筆者の助言が伝わったものと考 ションとしていた。しかし二度目のアンケートで えたい。 は「コミュニケーションとは人と人とお互いに話 ⑩は,たとえば留学生 K さんは,「その国(所) したり,自分の意見を交換したり,評価を出した に旅行するために一歩踏み出すことだと思いま − 56 − す」という自己発信的な意味でコミュニケーショ 化観を育むこと,⑵そうした代替不可能な他者と ンを捉えていたが,学期終わりには,「私は言葉 表現し合いたいというコミュニケーションへの意 だけがコミュニケーションだとは思いません。相 欲を育むことをめざし,授業設計及び各授業での 手のゼスチャーや態度,話し方,目つき,全部, 活動を実施した。⑴については,集団単位での画 それを合わせてお互いに伝われるコミュニケー 一的・固定的文化観から,個人単位の文化観ある ションだと思います。言葉があまり通じない外国 いは多様で変容するものとしての文化観へと,文 人でも,全然話せない口のきけない人でもちゃん 化観を変えた受講生がおり,一定の成果があった とその人に向かって接してみるとたしかに相手の と考えることができよう。しかし一方で,集団単 気分や考え方をわかりますからです」と,言語以 位での画一的・固定的文化観から離れられない受 外のコミュニケーション方法を見つけ出すと同時 講生もいた。 に,言語的に不自由な場合であっても,相互に感 前述のように,学期末でも集団単位の文化観を 情や考え方を伝え合えるということに気付いた。 保持するかそうした文化観をもつようになった受 ⑫の変化なしの例は,日本人学生 S さんのよう 講生は 16 名いたが,うち 11 名は留学生だった。 に「心のキャッチボール,(あいさつ,会話など) 留学生の中には,辞書をそのまま引用してアン 生きていくうえで欠かすことのできないもの」と ケートに答えたと思われる者や一回目のアンケー いう記述が,より短く「生きていくために必要な ト結果をそのまま写していた者もおり,口頭で一 こと」といったように変化するという内容である。 人ひとりに自分の考えを詳しく聞くような調査方 問題のあるコミュニケーション観に変わったわけ 法をとれば,また別の答えが出てきた可能性もあ ではなく,IMC の受講の初めと終わりで大きな変 る。しかし,レポート作成のプロセスを振り返っ 化や発見が見られない者が 10 名いたということ ても,留学生の中には,他者を知るというより日 である。 本人の食文化や秋田の祭りについて調べるために それに対し,⑪の 3 名は,留学生 F さんのよ 他者と語り合うという地点からどうしても離れら うに当初は「コミュニケーションとは人と人との れない者もいた。 つながり(抜粋)」と書いていたのだが,学期末 Y さんのレポートを再び振り返ってみよう。Y には「コミュニケーションができる人は成攻に近 さんのインタビューや取材結果は,家族一人ひと 道でいけると思う」とコミュニケーションを,う りに対する F さんの思いと Y さん自身の家族へ まくできるべき能力・スキルと位置付けるように の思いを浮かび上がらせるものだった。しかし結 なった。これもまたコミュニケーションの意義の 論では,F さんの家族の在り方を中国南方地域の 発見ではあるが,IMC ではスキルとしてのコミュ 家族と比較し,共通点と相違点があると述べ,F ニケーション能力の育成ではなく,コミュニケー さんの家族を日本人の家族の典型として捉えても ションにより自他を知り合おうとする意欲の育成 いた。F さんの固有性を追究していこうとすれば, をめざしており,この目標には反するコミュニ F さんがなぜ家族にそのような思いを抱くように ケーション観への変化と言えよう。 なったのか,母親への愛憎半ばする思いとその母 以上の結果から,コミュニケーションへの意欲 親に自分が似ていると言うこととの間の関係はど を育てるという目標に対し,基本的には IMC の のようなものかなど,さらに F さん自身の家族観 授業設計は有効だったと言える。新たにコミュニ や自己像に迫ることも可能だっただろう。しかし, ケーションの意義や目的を発見した場合はもちろ 〈最終レポート〉最後に全員に書いてもらった授 んのこと,どうすればよりよりコミュニケーショ 業への感想からも,Yさんを含む留学生の多くは, ンができるのかを自分なりに見つけ出したり,ま 最終的には日本人の生活や文化がわかったという た言語以外の媒体によるコミュニケーションの可 点で IMC を評価したことがわかる。 能性に気付いた受講生が多くみられた。 来日または秋田大学への入学間もない留学生が 多いことからすれば,日本や秋田に興味を持ちそ 10 終わりに─ IMC の有効性と限界 れについて知りたいという気持ちを強く持つもの IMC では,⑴一人の他者の固有性に着目した文 がいることも確かだろう。しかし,そうした知識 − 57 − は判断停止状態を作り出し,留学生にとって実は 注 日常を暮らしにくくさせると筆者は考えている。 1)資料として用いたのは,授業前に準備した毎時の活 動案,授業後に残した授業記録,アンケートなどを 自らが違和感を抱く状況に出会った場合,日本 含む受講生の全提出物である。なお,提出物を引用 ではこうだから,日本人はこう考えるからと納得 したところで,状況そのものには変化は起こらな い。重要なことは,違和感を抱かせた原因が日本 人なのか個人なのかではなく,違和感を抱き自分 する際は,固有名詞を除きすべて原文のままとした。 2)学期途中で出席を止めた 2 名を除く登録者数。 3)短期の交換留学生・科目等履修生は 2 年生以上であり, さらに出身国での兵役義務等のため,日本の大学で にとっては問題と感じられる状況があるという事 通常想定されるような 2 年生や 3 年生時点での年齢 実である。それを乗り越えるためには,相手が日 より年長の者もいる。同様に,正規学部学生 1 年生 本人的な価値観を持つのかそうでないのかとは無 であっても,留学生の場合は,高校卒業後に日本語 関係に,自分にとって問題を感じるということを 学校等で数年間日本語を学んでから本学に入学して まずは相手に伝えてみるしかない。それをするこ いる場合がほとんどであり,通常の 1 年生時点での とで初めて解決の糸口が見えてくるのだが,日本 人だから仕方ないとしてあきらめてしまえば,コ ミュニケーションによって解決してみようという 年齢より年長であることが多い。 4)牲川・細川(2004)参照。高等学校の日本語表現ク ラスにおける,議論を中心としたレポート執筆活動 意志は芽生えない(牲川 2002:27-30)。 を跡付けたものであり,担当者の介入の在り方や有 この点でも,他者を集団単位で捉えることには 効性についても論じた。 問題がある。留学生にも,そうではなく他者は様々 5)〈下書き〉執筆に生かしてもらうべく,コメントが 書かれた付箋は受講生自身に持ち帰ってもらった。 な複雑な要素からなり,相互の考えを伝え合うこ 先のコメント例は,〈下書き〉にコメントの付箋を とで変容可能であることを知ってもらいたいと考 貼りつけて提出してきた学生がいたのでそれを例と えているが,今回の実践では,特に留学生に対し その意義を伝えきることができなかった。 本論でも繰り返し言及したように,60 名規模 して挙げた。 6)http://www.pcix.akita-u.ac.jp/kokusai/segawa/ mcc2008_2.htm にて現在も公開している。 での授業では,授業担当者による介入や助言を十 分に行うことができない。受講生がパートナーを どのように捉えているのかは,一人ひとりの話し 合いの様子や提出物の作成過程をつぶさに追うこ 引用文献 牲川波都季,2002,「学習者主体とは何か」細川英雄編 『ことばと文化を結ぶ日本語教育』凡人社, とでしか把握できず,またそうしなければ適切な 議論への介入や原稿への助言はできない。これは 少人数の授業でなければ実現できないことだろう p.11-30. 牲川波都季,2011,「表現することへの希望を育てる─ ─日本語能力教育と表現観教育」『早稲田日 が,現状では留学生が日本人学生とじっくり考え 本語教育学』9,p.73-78. を伝え合うことのできる授業は限られており,あ 牲川波都季・細川英雄,2004,『わたしを語ることばを る程度のまとまった人数を受け入れざるを得な 求めて──表現することへの希望』三省堂. い。この現状を踏まえるなら,逆に授業担当者の 介入を弱め,大勢の受講生それぞれの力をさらに 生かすような授業設計もありうるかもしれない。 今後の検討課題としたい。 − 58 − 秋 田 大 学 教養基礎教育研究年報 59 − 67 (2011) What demotivates and what prevents demotivation? Yo Hamada Abstract This study is an experiment-based study investigating what demotivates and prevents learners from becoming demotivated in the English classroom. Although in this decade there has been a serge in studying demotivation, most studies approached the issue of demotivation by surveying, such as questionnaire and interview. As profitable outcome, a number of demotivating factors for English learners have been identified, but how we should deal with the demotivators have yet to be investigated. Thus, in this study, an instructor conducted lessons to two groups for a certain period of time and asked the participants about what demotivated them and what prevented them from becoming demotivated in the lessons. How the motivation of those learners has fluctuated was also examined. The participants for this research were 66 university freshmen in total. The results reveal what actually demotivated them and what prevented them from being demotivated. The results also suggest that the learners’ motivation increased in the third year of junior high school and high school, and declined after entering high school or university. 1. Introduction Hasegawa (2004) investigated 125 junior high school Recently, the emphasis of the necessity of English already disliked English and 61 % of the participants education is rapidly increasing all over Japan. For example, Uniqlo and Rakuten, two of the strongest business houses in Japan, have announced that English is to be the official language in the company. As a response to Japan’s societal need, which now requires learners and reported that 27 % of the participants already found studying English uninteresting. Thus, although the societal need for English education is becoming higher, the reality of classroom situations is not as promising as was expected. one to be able to use English, listening sections 1.1. Research on Demotivation examination and English education at elementary level the reality that not all students in a classroom are were finally introduced the national center entrance is finally starting in 2011. However, introducing the listening section to the examination has yet to produce the desired results. (Takeuchi and Kozuka, 2010) According to their study, a major improvement was not found after the listening test was brought into the center entrance examination. Furthermore, ironically, learners who first had positive feelings toward English eventually tended to dislike English as they proceeded through junior high school, according to Hasegawa’s (2004) study. As an English teacher, one inevitably has to face motivated to study English. Since learners’ motivation level is examined at one point of their life in some studies, learners’ motivation is sometimes regarded as stable. However, learners’ motivation level always changes year by year, presumably day by day. Miura (2010) examined learners’ state of motivation over seven years from junior high first grade to university first grade, and reports that learners’ motivation tends to increase at the third grade of junior high and senior high schools. This is an understandable fluctuation of − 59 − motivation because learners must study for entrance Some studies additionally compared the demotivators the learners’ motivation decreases after entering a high demotivators from these studies are as follows: (1) examinations at the third grade. What concerns is that school or university. This decrease of motivation is generally called demotivation. Dornyei (2001) defined a demotivated learner as “someone who was once motivated but has lost his or her commitment or interest for some reason,” (p.142) and limited demotivators to external factors. However, as Sakai and Kikuchi (2009) indicate, researchers include internal factors as well as external factors as demotivators. In addition, distinguishing internal factors from external factors is sometimes vague. For example, test appears to be an external demotivator but test scores diminish learners’ self-confidence, which is an internal demotivator. Thus, this study also defines demotivators as factors which reduce or diminish learners’ motivation to study English. The study of demotivation first started in the U.S (Gorham and Christophel, 1992; Christophel and Gorham, 1995) in the field of instructional communication studies. In English as a foreign language (EFL) context, Dörnyei (2001a) spearheaded demotivation research with 50 secondary school students in Budapest. Outside Japan, Tran and Richard (2007) investigated 100 university students learning English in Vietnam. 14 categories of demotivators were identified and classified into internal attributes and external attributes. Learners’ awareness of the role of English and their determination to succeed appear to be necessary to overcome demotivation. Zhang (2007) reports teachers as a primary demotivator. These studies imply that demotivation is not only a negative phenomenon in Japan but also a problem that occurs in language classroom in other countries. In Japan at university level, demotivation has been researched widely. The standard research model explored demotivators either through quantitative study with a multiple-item questionnaire or qualitative study based on the learners’ proficiencies. The reported Teacher related issues; (2) class atmosphere; (3) compulsory nature of English study; (4) reduced self confidence; (5) attitude issues such as negative group attitude and negative attitude toward the English language; (6) lack of a positive English speaking model; (7) uncertainty of learning style; (8) learning environment issues; (9) course books; (10) tests; (11) teaching methods. What these findings of the past research indicate is that various reasons demotivate learners, and that the demotivators vary, not only from learner-to-learner, but also between different proficiency levels. As defined already, internal factors as well as external factors are regarded as demotivators. Not many but some studies were conducted at junior high or high school level. Hasegawa’s (2004) research of 125 junior high and 98 high school learners indicated that inadequate teacher behaviors lead to students’ demotivation. Hasegawa also mentions that learners’ positive feelings toward English tend to decrease in high school. Hamada (2008) also investigated quantitatively 44 high school 2nd graders and 36 junior high 3 rd graders. It is interesting that the results suggest that coursebooks was the strongest demotivator, although teachers’ personality and style was a weaker demotivator for the high school learners. Primarily teachers are considered a strong demotivator. Reduced-confidence, tests, teachers, and grammar are the primary demotivating factors for the junior high school learners. This study also indicates that demotivators vary from learner to learner. Sakai and Kikuchi (2009) focused on high school students and motivation level and surveyed a large number of sample. They administered a 35-item questionnaire to 656 Japanese high school students and reported that learning content and materials as well as test scores were rated higher, while inadequate school with an open-ended questionnaire with interviews (Arai, facilities were rated least demotivating. Furthermore the 2006a, 2006b; Kikuchi and Sakai, 2009; Falout et al, and less motivated learners. The results show less 2004; Falout & Maruyama, 2004; Tsuchiya, 2004, 2009, Kikuchi, 2009). These past studies were of some value in exploring learners’ potential demotivators. 656 learners were divided into more motivated learners motivated learners considered the three factors (learning contents and materials, lack of motivation, and test − 60 − scores) more demotivating than the other two, teachers’ 2. Method facilities. 2.1 Participants 1.2. Limitation of past studies which consist of two classes in a national university. competence and teaching styles and inadequate school The participants for the study were 66 freshmen The previously conducted research has found a number of demotivating factors for language learners as shown above. However, some limitation still exists when considering the application of the findings to classroom teaching. First, in survey based studies, the participants were asked to recall their memories from their whole learning experience. Although this approach has an advantage of collecting the data of overall experiences of learners, it lacks spontaneous feedback. Second, most studies focus on identifying what The English proficiency level of most students is over the national average according to by cram schools. All the students at this university are divided into three levels (advanced, intermediate, basic) by a placement test in April and all the participants in this study belong to intermediate-level classes. The majorities of the participants are engineering, education, and nursing students. Their motivation level is not high but they are serious learners and work on assignments conscientiously. demotivates learners but lack the solutions. For example, 2.2 Material demotivators (Christophel and Gorham, 1995). It is to administer with the question, “What demotivated you teachers have been reported as one of the primary obvious that teachers’ teaching styles and personalities vary, and that teachers have a key responsibility. However, most research lacks suggestions regarding what teachers should do to avoid demotivating learners. Third, although there is a large number of studies on motivation, research that focused on prevention of demotivation is quite limited. Up until now, Christopher, Falout, Fukuda, Trovela, and Murphey’s (2008) study is useful research aimed at remotivation. Although the definition of remotivation is conceptually vague because defining the learners as recovering motivation or gaining motivation appears to be inseparable. However, from a point of practicality or application to classroom teaching, the focus should be shifting from investigating the phenomenon of demotivation to A two-item open-ended questionnaire was created in this class? Write as concretely as possible” and “What prevented you from becoming demotivated in this class? Write as concretely as possible.” These questions were translated into Japanese when administered. To collect direct feedback from the participants, two points were emphasized as follows: (1) the feedback that the participants filled out would not matter to their grades; (2) the participants were not required to write their names. An additional item was asked with the question, “how much the statement (I was motivated) applies to you? The participants were required to choose from 1 to 5 (Strongly disagree to Strongly agree). These questions were translated into Japanese as well when administered .(See Appendix) preventing demotivation or encouraging remotivation. 2.3 Procedure to practicality, this paper aims to pursue the following method so that the instructor can take the results To approach studies on demotivation with a view two questions. (1) What demotivates university freshmen in classroom? (2) What prevents university freshmen from becoming demotivated in the classroom? Although motivational change of learners has already been reported in some studies, it was examined as well to articulate the characteristics of the participants of this study. This study adopted the formative evaluation into account to teach for the rest of the lessons in the semester. The participants were asked to answer the questionnaire in the mid of the second semester (November). Both groups were given the same lessons by the same instructor. Translation activity was rarely used but instead pair-work was often used. They used − 61 − two different textbooks; one is designed for learning difference was found among the eight points. Since the improving communicative skills, especially listening. were more or less motivated, no further statistical academic English skills; the other one is designed for They experienced shadowing training sessions (20 minutes for each) eight times. The material for the shadowing training was the official TOEIC preparation book (2010). purpose was not to compare in which year the learners analysis was conducted. Instead, a graph was used, which shows that the learners’ motivation was the highest at the third grade in junior high school and senior high school, and the motivation of the second year of high school was the lowest. The results of the 2.4 Data analysis procedure The open-ended questionnaire was analyzed through the process for qualitative analysis suggested by Brown (1988, p.213-251): (1) data reduction, (2) data display by transcribing, and (3) conclusion drawing and verification. The motivation change was analyzed quantitatively. The results are reported by the categories of demotivation and prevention of demotivation. Along with the purpose of the current study to emphasize practicality, regarding demotivation, only preventable causes are chosen to be reported. For example, such comment as “I become demotivated because the lesson was allotted in the first period” was dismissed. Next, a one-way Analysis of variance (ANOVA) was conducted. Since the purpose was to illustrate the tendency of motivational change, post-hoc analysis was not conducted. Instead, a graph of motivational change was displayed. current study is similar to Miura’s (2010) report that learners’ motivation tends to increase at the third grade of both schools but decrease after that. Miura (2010) theorizes that learners’ motivation increase in the final years of junior and senior high schools because of the entrance examination. This motivation is categorized as extrinsic motivation that studying hard will enable them to pass the entrance examination. However, once they achieve their goals, the motivation naturally declines due to lack of goals. Thus, to be a successful autonomous learner of English, intrinsic motivation is essential (Brown, 2001). Teachers’ role would be to intrinsically motivate learners while the learners are studying English with extrinsic motivation. Finally, the crucial problem at university level is that the learners’ motivation appears to have dropped drastically after entering the university and have not been remotivated. Teachers need to help learners set clear goals as recommended in Locke (1996, cited in Dornyei and 3. Results and Discussion Ushioda, 2011), since the learners are speculated to have lost their clear goals. 3.1 Motivation flow of the participants The repeated measure of one-way ANOVA was performed to examine if there was a difference in motivation among the eight academic years. A statistically significant difference was found (F(5.47, 355.36) = 7.68, p < .01). This means that at least one Another notable feature is that their motivation level appears to be stable after entering the university. Prevention of demotivation is an urgent issue, since the learners’ motivation in the second grade declined in both junior high school and high school. − 62 − Figure 1. Motivational change of the particpants Figure 2. Japanese learners’ motivational change【based on Miura (2010)】 3.2 Demotivators for the participants they did not understand perfectly. However, obviously described in Table 1. Regarding lesson related issues, as is criticized. The suggestion from this result is that The details of what demotivated the learners are four types of characteristics of the lessons appear to demotivate learners. First, the learners regarded lack of understanding as the problem. In the lessons, the grammar translation (GT) style was avoided and several communication activities were used because the purpose of the lessons was to improve general English skills. This style seemed to lead to lack of understanding on the textbooks. In GT style, all the sentences are translated into Japanese, so learners can understand everything by means of Japanese. Learners who studied English by translating all the time in high school would be unsatisfied with the style, feeling that this will not lead to acquiring English communicatively teachers should have learners understand the concept and the principle first. Second, those who were not used to pair-work would be frustrated and be demotivated. From the point of second language acquisition (SLA), English should be taught communicatively (Freeman, 2002; Lightbown and Spada, 1999). However, the potential danger is that even though learning communicatively is effective, learners may not benefit if they do not know the theoretical background and its benefits. The theory and principle of the lessons should be carefully explained to convince learners to accept the new style, contrasting − 63 − with the learning styles in high schools. learners. This comment should reflect their background learners for its difficulty. Since shadowing is not a or talking in front of people in high school, it is no Third, shadowing was demotivating for some passive activity but a highly cognitive activity (Tamai, 1997), it is fundamentally a challenging task. The instructor explained the theory and the benefits of shadowing in the beginning, but this result implies that the instructor should keep explaining and encouraging. Fourth, a task-related issue was raised. A noticeable comment was that the task to require the learners to present in front of others demotivated some in high school. If learners are not used to presentations wonder they feel stressed. Considering the identified demotivating factors, a practical suggestion for instructors is that the principle of the lessons and the benefits of each activity should be shared with learners. Otherwise, even a motivator can become a demotivator, ruining a great opportunity of the learners. Table 1. What demotivated the learners Procedure Contents Shadowing When I failed to shadow. Lack of understanding When I failed to keep up with the lesson. (2) Less focus on the course book. (6) Less focus on grammar and translation led to lack of understanding contents. Pair-work Task The shadowing materials were difficult. (2) Too much group work led to lack of understanding contents. Too much pair-work. (2) Self-study task. When I knew we had to talk in English in front of people. (2) The task was too difficult despite the careful instruction. 3.3 Prevention of demotivation in the first year. Also, as Takeuchi (2010) reports, suggestions for the prevention of demotivation dramatically after introducing a listening section in the The results of the questionnaire provide several regarding lessons. The categories are as follows. (1)Practice listening by shadowing university freshmen’s listening skills have not improved national entrance examination. Thus, helping learners with improving their listening skills is a significant way (2)Communicative tasks of preventing demotivation. (3)Group/pair work Next, communicative tasks and group work appear (4)Less use of grammar translation (GT) style to be effective in preventing demotivation. Some (5)Presentation learners appear to purely enjoy having an opportunity (6)Teachers’ uniqueness In this course, the learners experienced intensive shadowing training to improve their listening comprehension skills. Learners’ comments reveal that they were not given adequate amount of listening practice in high school. Some learners report that they finally knew how to improve listening skills and that they were pleased with their listening skills improving. In fact, Inaga (2003) reveals that a large number of high school students feel they are already poor at listening for output, talking in English. As positive aspects of group-work, learners’ anxiety was dealt with. As Krashen (1985, cited in Spada and Lightbown) insists on the importance of the affective filter, reducing learners’ anxiety is quite necessary. Group work mediates issues of individual differences. For example, some learners naturally fail to understand some parts of the contents. Group work or pair work can make up for those parts because the other members might possess the knowledge one misses. − 64 − In addition, as commonly criticized, less adopting used small talks with three purposes: To catch learners’ as explained already, less focus on the content or learners’ curiosity; and to relax learners after an GT style seems to be helpful in a sense. However, grammar also demotivated some learners. Despite the ongoing English curriculum change, not a few learners are speculated to be accustomed to GT styles. Thus, teaching communicatively with group activities and focusing less on GT styles should be conducted on condition that learners understand the concepts of the new teaching style. Additionally, providing an opportunity for output is recommendable in some situations. A learner reports that when they have to give a presentation, they need to prepare, which forces them to study. Again, presentations sometimes demotivate learners but should work when purpose is clearly explained to the learners. Finally, teachers’ small ideas appear to be effective for learners. In the lessons, the instructor deliberately attention to be ready for the next task; to stimulate intensive task. Learners’ comments show that these small ideas were effective for preventing demotivation. For example, teachers’ experiences abroad and some quizzes in English about ongoing news in the world appear to stimulate learners. A learner answered that the teacher’s talk makes him relaxed. As other supplementary techniques, in every 90 lesson, a short break of two or three minutes was taken to relax and refresh learners. This short break appears to be effective for learners’ psychology. Plus, Wayakusakiwatashi instruction (Kanaya, 2004), distributing translation of the textbook beforehand, was adopted to spare more time for pair-work or group-work. The effect appears to be that learners’ anxiety was reduced, and the instructor gained more time for activities. Table 2. What prevented demotivation Category Contents Listening Communicative tasks Group work Pair work Opportunities of listening improvement (Shadowing). (7) Got to know how to study, especially listening. Opportunities to speak in English.(3) Opportunities to output. Pair work to check understanding. Homework with friends. Various types of group work. (6) Pair-work reduced anxiety and inadequate understanding. (2) Pair-work prevents me from getting bored. Pair-work gave me responsibility. Less focus on GT Presentation Teachers’ uniqueness Others (pair-work reduces the anxiety to talk in front of people) Avoided unnecessary translation and grammar explanation. (2) Small presentations in front of people. (It made me prepare forehand) (2) Teacher's small talk. Teacher's small quizzes. Teachers' talk of his experiences abroad.(5) Interesting and seemingly unrelated stories to English. (2) Teacher's talk is interesting.(6) Teacher's talk makes me relaxed. Interesting ly related topics to the content. Teacher teaches cultures of English speaking countries. Teachers teach interesting knowledge about words. Practical English. Short break. (3) Useful contents. Distribution of translation. − 65 − 4. Limitation of the study University, 12, 39-47. First, although there is a difference between motivating learners and preventing demotivation conceptually, distinguishing the differences in this research model was quite challenging. Thus, some strategies overlap the ones introduced as motivational Brown, D. (2001). Teaching by principles: An interactive approach to language pedagogy. New York: Longman Brown, J.D. (1988). Understanding Research in Second Language Learning: A teacher’s guide to statistics and research design. Cambridge university press. strategies in Dorynei (2001b). A question with “What Christophel, D., & Gorham, J. (1995). A test-retest the learners and all can be done was to rely on their and perceived sources of motivation and prevented you from being demotivated” was asked to analysis of student motivation, teacher immediacy answers. In that sense, the reliability of the answers can be questioned. Second, most suggestions are demotivation in college classes. Communication Education, 44, 292-306. made based on the participants’ feedback. This study Carpenter, C., Falout, J., Fukuda, T., Trovela, M., & theories. Thus, applying the results to other situations remotivation and agency. In A. M. Stoke (Ed.), prioritized their direct opinions rather than academic or generalizing can be difficult. Murphey, T. (2009). Helping students repack for JALT2008 conference proceedings. Tokyo, JALT. Dörnyei, Z. (2001a).Teaching and researching 5. Conclusion motivation. Pearson ESL. This research explored demotivation in Dörnyei, Z. (2001b). Motivational strategies in the language classroom. Cambridge university press. university classrooms to provide practical suggestion Dornyei, Z., & Ushioda, E. (2011). Teaching and (Christphel and Gorham, 1995; Zhang, 2007), teachers Falout, J., & Maruyama, M. (2004). A comparative teachers are preventers of demotivation. The results of Language Teacher, 28, 3-9. Retreived from http:// to instructors. As was discussed in some studies appear to be a crucial demotivator. On the other hand, researching motivation, 2nd ed. Pearson ESL. study of proficiency and learner demotivation. The www.jalt-publications.org/tlt/articles/2004/08/ the current study shows that teachers’ teaching styles and activities used in the classroom were demotivating falout for some learners. Interestingly, the same teaching styles Falout, J. et al.(2009). Demotivation: affective states as well. As prevention of demotivation, the teaching Freeman, D. (2000). Techniques and principles in Moreover, the instructor’s originality and unique ideas Gorham, J., & Christophel.(1992). Students’ Finally, since this research procedure was rather simple, and demotivating factors in college classes. and activities prevented other learners’ demotivation styles and the activities are important, needless to say. or talks appear to be more effective than imagined. hopefully, more English teachers try to explore their and learning outcomes, system, 37(3), 403-417. language teaching. Oxford university press. perceptions of teacher behaviors as motivating Communication Quarterly, 40 (3), 239-252. teaching skills and revise their teaching styles by Hamada, Y. (2008). Demotivators for Japanese prevent demotivation and promote remotivation. Hasegawa, A. (2004). Student demotivation in the receiving comments from their students in order to teenagers, Journal of PAAL, 12 (2). foreign language classroom. Takushoku Language References Studies, 107,119-136. Arai, K. (2004). What ‘demotivates’ language learners?: Inaga, H. (2003). Kokosei no Risuningu ni okeru Qualitative study on demotivational factors and learners’ reactions. Bulletin of Toyo Gakuen − 66 − Tsumazuki no Reberu o Ishiki shita Shido. [Teaching listening to high school learners]. STEP Bulletin, 15, 51-61. Kikuchi, K. (2009). Listening to our learners’ voices: What demotivates EFL high school students? Tran, T., and Richard., B. (2007). Demotivation: Understanding Resistance to English Language Language Teaching Research, 13, 453-471. Kikuchi, K., & Sakai, H. (2009). Japanese learners’ Learning, The Journal of Asia TEFL, 4 (1), 79- 105. demotivation to study English: A survey study. Tsuchiya, M. (2004). Factors in demotivation Lightbown, P., & Spada, N. (1999). How languages are of Japanese university students. The Kyushu JALT Journal, 183-204. concerning learning English: A preliminary study learned. Oxford university press. Miura, T. (2010). A retrospective survey of L2 learning motivational changes. JALT Journal, 29-54. Sakai, H., & Kikuchi, K.( 2009). An analysis of Academic Society of English Language Education, 32, 39-46. Tsuchiya, M. (2006a). Factors in demotivation of lower proficiency English learners at college. The demotivators in the EFL classroom. System, 37, 57-69. Kyushu Academic Society of English Language Education, 34, 87-96. Takeuchi,T., & Kozuka, Y. (2010). Centershiken Eigo Tsuchiya, M. (2006b). Profiling of lower achievement Chosa Kenkyu [An analysis of TOEIC scores demotivating factors. Annual Review of English Listening niokeru TOEIC tokuten ni Kansuru before and the introduction of listening test of the National Center for University Entrance Examinations. Bulletin of Aichi Kyoiku University English learners at college in terms of Language Education in Japan, 17, 171-180 Zhang, Q. (2007). Teacher misbehaviors as learning demotivators in college classrooms: A crosscultural investigation in China, Germany, Japan, Practical General Center, 13, 127-131. and the United States. Communication education, Tamai, K. (1997). Shadowing no koka to chokai process 5, 209-227. niokeru ichizuke. [The effectiveness of shadowing and listening process]. Current English Studies, 36, Nihon Jiji Eigo Gakkai. Appendix Please recall your English learning history, and choose from 1 to 5 to the question, “I was motivated.” JH1 JH2 JH3 SH1 SH2 SH3 This April Now (November) Strongly disagree Disagree 1 2 1 2 1 1 1 1 1 1 Don’t know Agree Strongly agree 3 4 5 2 3 3 2 3 2 3 2 3 2 3 2 3 − 67 − 4 4 4 4 4 4 4 5 5 5 5 5 5 5 − 68 − 秋 田 大 学 教養基礎教育研究年報 69 − 77 (2011) Establishing Self-Access in Akita University Joe Sykes ABSTRACT Self-access centres have become accepted as an effective means of facilitating language learning throughout the world. The purpose of this paper is to explain the rationale for establishing a self-access centre in Akita University and to demonstrate how the centre is designed to promote learner autonomy among the students of Akita University. The paper includes the following: a discussion of learner autonomy as the theoretical basis for self-access centres; a description of the various types of self-access centres; the results of a simple needs analysis; an explanation of the physical layout, the technical equipment, materials and services of the centre; and an explanation of how this promotes learner autonomy among the students. INTRODUCTION LA is a key concept in the rationale of the ALL The recognition of the importance of learner autonomy (LA) could be a logical culmination of the Rooms. Therefore, definitions of LA will be discussed for the purposes of the ALL Rooms. ubiquitous paradigm shift from a teacher-centred to a Learner autonomy result of this recognition is the rising popularity in Learner autonomy is not a new concept. In fact, it facilities in which learners can access resources with in the fields of politics, psychology and general learner-centred approach to language teaching. One self-access centres (often known as SACs), which are which they can learn a language independently. In 2010 the Akita University’s Centre for the Promotion of Educational Research and Affairs granted a budget for the establishment of an SAC, which was named ‘The Autonomous Language Learning Rooms’, abbreviated to ‘The ALL Rooms‘. It was hoped that the establishment of such a facility would facilitate an improvement in the English ability of the students, and help them to acquire the level of English necessary to study abroad, thereby promoting Akita University as an international institution. In this article, The ALL Rooms are described, in terms of the equipment and resources they contain, what guidance and learning opportunities they offer, and the theoretical underpinnings. has been a topic of discussion since times immemorial education (Smith, 2008). However, the last two decades have seen LA rise to the position of a ‘key concept’ in the field of language teaching (Smith, 2008). It is widely accepted that Holec (1980) first brought the concept into the limelight, defining it as “the ability to take charge of one’s own learning” (Holec, 1981, p.3). Since then, the concept has been discussed and developed by a number of authors (such as Boud, 1988; Dam et al., 1990; Little, 1990; Dickenson, 1995; Benson, 1997, 2001, 2007; Littlewood, 1996; Gardner & Miller, 1996). According to Benson (1997), there are three versions of learner autonomy: technical; psychological; and political. The technical version of learner autonomy refers − 69 − to the skills that are necessary for a learner to manage and the role that critical reflection plays in LA. While foster these skills. This may include curriculum design clearly it is culturally determined and firmly rooted in their own learning and the pedagogical practices which and learner training. An autonomous learner is ready to “initiate the planning and implementation of their own learning program” (Gardner & Miller, 1996, p.vii). The psychological version of learner autonomy refers to the attitudes and beliefs, as well as the cognitive abilities which facilitate LA. As Little (1990, acknowledging the value of the political version of LA, Western ideals. Considering the Japanese context and the practical purpose of the ALL Rooms, the political aspects of LA will not be discussed further in this paper. (for more information on the cultural and political implications of LA, see Schmenk, 2005; Pennycook, 1997). p.7) puts it, learner autonomy is “essentially a matter For the purpose of the ALL Rooms, it was decided and content of learning” (Little, 1990, p.7). A common to the existing faculty ethos and would ultimately of the learner’s psychological relation to the process component of the widely accepted definitions of learner autonomy is the attitude held by learners that they are ultimately responsible for their own success or failure in learning (Dickenson, 1987; Dam êt al, 1990; Holec, 1981; Richards & Schmidt, 2002). This willingness to take responsibility for one’s own learning depends on two components: motivation and confidence (Littlewood, 1996). It has been found that intrinsic motivation - the motivation to learn for learning’s sake, rather than for a reward (Deci & Ryan, 1985), has a synergistic relationship with LA (Dickinson, 1995). It was found that self-determination is a requisite for intrinsic motivation (Deci & Ryan, 1985). Therefore, it could be said that fostering LA is to instil intrinsic motivation, and vice versa. Besides willingness to accept responsibility for one’s own learning, another necessary component for achieving LA is ability (Littlewood, 1996). Without the necessary knowledge and skills, regardless of how willing to accept responsibility for their own learning a learner is, they will fail to achieve LA. A learner needs knowledge of the options which that the full technical version of LA would run counter fail. This was due to the institutional setting which is primarily reliant on classroom based education. As such to encourage learners to take full responsibility for all aspects of their learning was considered too extreme.. Not to say that some of these responsibilities could not be transferred to the students, particularly study which is supplementary to the classroom based education. However, perhaps taking the psychological perspective of LA being the capacity to take responsibility for one’s own learning could be suitable. Such a definition, rather than excluding the teacher and classroom based English education, complements them. In operationalising this concept, Littlewood’s (1996) framework serves us well: taking responsibility depends on willingness and ability. Willingness, in turn depends on motivation and confidence. Ability depends on knowledge and skills. The objective of the ALL Rooms is to provide the necessary resources to promote all of these aspects. Detailing the manner in which this is achieved is the purpose of this paper. are available to them. They also need the skills to be There are numerous educational benefits which appropriate for achieving a particular goal. the most beneficial of these is individualised learning. able to carry out whichever option is deemed most The political version of learner autonomy is rooted in the ideals of the Enlightenment period, in Europe, and is strongly connected to the Kantian ideal of the emancipated individual as a participant in a democratic state (Schmenk, 2005). Such political ideals have led to the emphasis on self-determination can be enjoyed by learners as a result of LA. Perhaps An autonomous learner can pursue objectives which are relevant to their personal aspirations, according to a learning style which suits them, at their own pace. As suggested above, this feeds intrinsic motivation, which, in turn, means learning is a more rewarding experience. Another educational benefit is that it provides a solution to the issue that the time spent in formal education − 70 − may be insufficient to master a foreign language, by providing life-long study skills. conducting administrative duties and free conversation. Two rooms were set up as reading, listening and writing rooms. Each was furnished with three desks and three Self-access centres computers equipped with headsets and microphones. One practical result of the increased recognition of the importance of learner autonomy is self-access centres (SACs). A self-access centre is a room or area in an educational institution containing learning resources of different kinds which students can either with or without supervision. It may contain computers for individual student use, video and TV monitors and audio equipment, as well as print based learner resources (Richards & Shmidt, 2002). The degree of autonomy students are given in self-access centres varies depending on the type. In Japan there are a number of SACs. Among the oldest and most developed is the SALC at Kanda University of International Studies. It is a large facility with over 10,000 resources, such as magazines, DVDs, CDs, textbooks and graded readers. All equipment needed to use the materials is provided, such as DVD watching booths, CD players, computer booths, reading areas, group meeting areas and multi-purpose rooms (which contain computers, TVs and CD players which can be used for any language learning purpose). The The intention was to encourage silent study in these rooms. The layout of the fourth room was the same, with three desks, computers and headsets, but was to be used as a speaking room. In this room, the computers have pronunciation and recording software installed to allow independent speaking practice. The remaining space was to be set up as a multi-purpose area, similar to the ones in the Kanda SALC, in which learners can practice presentations, hold discussion groups, or any other group work. This area will be equipped with a computer, projector and a video camera. The initial number of materials was somewhat modest, but there are materials to help develop all four skills, plus grammar and vocabulary reference books and textbooks (general English and test preparation books). There are around 30 DVDs (movies, documentaries and TV serials), 142 graded readers with audio CDs, a limited number of authentic materials (in the form of short story and poetry books) and study guides. Access to a web based writing education service, Criterion (by ETS) is also provided. layout of the space has been designed keeping in mind The needs of the students advisors and other staff on hand for the purpose of Before opening the ALL Rooms a simple needs Kanda SALC has had a strong influence in the design were 40 participants, all of whom had expressed an maximum interaction opportunities. There are learning promoting LA among the users of the SALC. The of the ALL Rooms. analysis was conducted in the form of a survey. There interest in the facility. All students were asked which of the four skills (reading, writing, listening or speaking) THE ALL ROOMS they wanted to develop. The following table presents the results. The physical reality It was with these principles and influences in mind that the establishment of the ALL Rooms commenced. Most Valued Speaking Listening Skill No. Of 21 10 Students Writing Reading 1 7 The space allocated to the ALL Rooms was four As the results of the survey show, speaking is the plus one corner of a large public space. It was decided listening, then reading and writing was considered most identical rooms of around nine square metres each, to create one room for the storage of the materials and skill most valued among the participants, followed by important by only one participant. − 71 − The following table shows the long term goals, regarding English, of the participants. Use English for Work No. Of Students 11 Communicate with People from English Speaking Countries 4 Long Term Regarding English Travel Abroad Achieve a High Score in a Test To be Able to Speak Fluently Work Abroad To Access English Media an Entertainment Use English as a Tool Study Abroad Write an Academic Paper As briefly discussed above, intrinsic motivation is an essential component of LA and comes from a desire to learn and the enjoyment of learning for learning’s sake. Intrinsic motivation is often contrasted with extrinsic motivation, which relies on reward or punishment, 6 applied by external forces. It could easily be argued 4 motivation to ensure knowledge is acquired by the that traditionally, formal education relies on extrinsic 4 masses. However, once the reward and punishment are 3 removed, so is the motivation (Deci & Ryan, 1985; 3 Vallerland, 1997). As such intrinsic motivation is a 2 desirable goal as it is likely to fuel learning far beyond 1 the confines of formal education and facilitate life-long 1 As you can see by the table, there is a mixture of instrumental and integrative long term goals. The two most common long term goals were instrumental in nature, i.e. they hope to use English for practical purposes. However, overall the long term goals of learning, which is arguably a requisite for the mastery of a second language. Besides that, the level of English required to study in an English speaking country, could be difficult to achieve without taking some responsibility for one’s own learning. the participants are diverse. This diversity of goals The value of intrinsic motivation is easily and learner autonomy. It is not possible to cater for such foster this? The simple answer is to provide quality illustrates the need for self access learning resources diverse needs using traditional classroom approaches. recognised, but how does the ALL Rooms help to learning opportunities, which are relevant to the learner’s individual needs. The manner in which such The guiding principles opportunities are provided is described later. As discussed above the goal of the ALL Rooms Confidence the English learners in Akita University, through Confidence is essentially a belief in one’s ability are prerequisites, which can be demonstrated by the be gained through success. Having the confidence is to help to boost the level of achievement among the fostering of LA. In order to achieve LA there following equation: ( Motivation + Confidence = WILLINGNESS) + (Knowledge + Skills = ABILITY) = LA Below it is described how the ALL Rooms can help to provide all the necessary components of LA. to successfully attain one’s goals. Confidence can to manage one’s own learning could come about through successfully coordinating one’s own learning. Therefore, one way of ensuring that such confidence develops could be to provide guidance in such areas. Ability Knowledge & Skills Willingness To provide knowledge, materials (in the form of worksheets) were developed to instruct students in self Motivation Motivation in this case is intrinsic motivation. study strategies. These strategies included: reflecting upon one’s needs and wants; assessing oneself to − 72 − determine strengths and weaknesses; planning one’s Learning Opportunities These strategies help to build the capacity to manage As stated above, it was thought that the provision by-step instructions of techniques to be used to address the conditions in which intrinsic motivation could study; and assessing the efficacy of one’s study plan. one’s own learning. In addition, descriptions and step- their various needs and wants were provided. These helped to build the knowledge and skills necessary to become autonomous learners. There are descriptions of quality learning opportunities would help to provide develop. It is believed that the ALL Rooms provides a number of these. These are discussed below. and instructions for around 60 techniques, organised English only environment writing; grammar; and vocabulary. Each sheet explains One of the biggest obstacles to achieving fluency these materials is optional, but if the learners make which the use of English is necessary. Therefore, it into six categories: listening; speaking; reading; how the technique will benefit the learner. The use of use of them, learners are believed to acquire the necessary knowledge and skills to become autonomous learners. At the time of writing, a website was under development which would provide access to the same materials via the internet. In addition to materials, nine learning advisors were employed to provide assistance in selecting materials and deciding how to study. All learning advisors are students and are paid. They work on a part-time basis. Six of them are pre-service English teachers and three of them are international students (at the time of writing, they were from Kenya, Finland and America, but this is likely to change every year as the employment situation will change on a yearly basis). in English in Japan is the lack of an environment in was decided to artificially create such an environment through the use of an English only policy. Within the ALL Rooms, only English can be used. English only policies have become a somewhat controversial issue in recent years (McMillan et al., 2009). However, it was decided to employ one because it offers the following benefits: it maximises exposure to English; it provides something close to authentic interaction opportunities, which could easily give rise to negotiated interaction, an important ingredient in second language acquisition (Long, 1990); the challenge of communicating to achieve a real goal can be motivating; other English environments do not exist, making this a unique opportunity for the students. It is believed that student involvement in the running Extensive reading will result in higher levels of motivation. Furthermore, Extensive reading is meaning focused reading of opportunity should provide them with the skills to or gaining information (Richards & Schmidt, 2002). of the facility will give them a sense of ownership and providing in-service English teachers with this promote LA among their future students. large quantities of materials. The focus is on enjoyment Bell (1998) outlines 10 benefits of extensive reading. Another means of providing guidance in 1. Extensive reading provides ‘comprehensible input’, becoming an autonomous learner is an orientation to language acquisition, provided that exposure developing the necessary knowledge and skills for which, according to Krashen (1982) will lead is adequate and there is a relaxed tension free presentation and workshops. Any student is allowed to join. The purpose of the workshops is to provide insight into ways of using materials such as DVDs and graded readers and how reap maximum rewards from the ALL environment. 2. It can enhance learner ’s general language Rooms. competence. It as been found that extensive reading develops learners’ automaticity in word recognition and decoding and reading (Grabe, 1991; Paran, − 73 − 1996). It was also found that extensive reading can into the value of extensive listening, but there is some written skills (Elley & Manghubai, 1983). (Ridgeway, 2000). Also, from a theoretical perspective, lead to gains in reading comprehension, oral and 3. Extensive reading increases the exposure to the target language. This increased exposure, particularly in young learners, leads to development a transfer from reading competence to other language skills such as writing, speaking and control over syntax (Elley, 1991) 4. It can increase knowledge of vocabulary (Nagy & Herman, 1987). 5. It can lead to improvements in writing (Stotsky, 1983; Krashen, 1984; Haviz & Tudor, 1989; Robb & Susser, 1989) 6. It motivates students to read due to freedom they are given to read materials that interest them (Bell & Campbell, 1996, 1997). 7. It can consolidate previously learned language evidence that extensive listening benefits pronunciation exposing to English for a long time will improve both bottom-up and top-down listening skills. This reinforcement of both skills will improve general listening comprehension skills. Despite the lack of research conducted on extensive listening it does appear to be motivating for the students. The ALL Rooms provides a number of ways of conducting extensive listening. The first way of providing this, and the most viable for the variety of levels which exist in Akita University, is the audio CDs which accompany the graded readers. Another is the DVDs which students can watch at any time. Lastly, there is the internet, via which one can access any number of audio recordings, such as podcasts or streaming videos. (Wodinsky & Nation, 1988). Intensive Reading and Listening (Kembo, 1983). While the focus of extensive reading and listening exploiting textual redundancy (Kalb, 1986). In listening focus more carefully on linguistic aspects of 8. It helps to build confidence with extended texts 9. It encourages learners to read more efficiently by other words it trains the eyes only to pick up the necessary words from the text, which helps the reader to process the text more efficiently. 10. It facilitates the development of prediction skills by exploiting background knowledge (Nunan, 1991). In short, extensive reading constitutes an invaluable learning opportunity. Through the provision is the meaning and quantity, intensive reading and text (Richards & Schmidt, 2002). The same materials can be used as for extensive reading and listening, except the learner may select materials which are slight beyond their level of comfortable comprehension. In the ALL Rooms, these materials are supported by instruction sheets which explain how to fully exploit the materials for the purpose of language acquisition. of graded readers of six levels, from starter to advanced, Conversation Groups and Partnerships reading materials through the internet, adequate Conversation groups and partnerships are available to the students. encouraged to meet and speak in English. The purpose as well as authentic materials and access to unlimited opportunities to practice extensive reading are made coordinated at the ALL Rooms in which students are is to give students the chance to interact in English. When asked which of the four skills they most want Extensive listening Extensive listening follows the same principles as extensive reading, i.e. listening for meaning, for the purpose of enjoyment. The theoretical basis is also the same, by providing extensive input, acquisition will take place. Less research has been conducted to develop, the students at Akita University most often select speaking. Therefore, to maximise the value of the ALL Rooms to the users, provision of opportunities to develop speaking skills was a necessity. Furthermore, according to the interaction hypothesis (Long, 1981) a large part of language acquisition occurs through − 74 − interaction in the target language. Integrated writing/discussion groups The conversation groups are led by the learning Learners can develop their writing skills through of the teaching staff. Students who want to find a Criterion. This service provides a choice of essay advisors after undergoing some training by a member conversation partner can do so by advertising on the ALL Rooms notice board. the use of the web-based writing education service, questions, which can either be prescribed by a teacher, or selected by the participants. They are guided through the planning process and then given limited or unlimited time to write the essay. After writing, they are Reading circles Reading circles are another learning opportunity provided with instant feedback on their writing. offered in the ALL Rooms. Reading circles are outlined As a way of making the process more interactive, are essentially an interactive reading activity. A group ALL Rooms. In these groups, participants all respond on the Oxford University Press website (2010). They of six reads the same story. Then each member of the group has a different role with a task which they must complete in preparation for a discussion based on the book. The roles are: discussion leader, who prepares discussion questions and is responsible for giving every one a chance to speak; the word master, who collects words or phrases which may be of interest to the group; the summarizer, whose job it is to summarize the text for the group; the connector, who finds connections between the text and real life; the culture collector, whose job it is to find cultural aspects of the text; and the passage person, who chooses one or two passages from the text, which they feel are either difficult, interesting or key to the text. The participants are given time to read the text and complete their tasks, then they meet, discuss the book and share the results of their tasks. Graded readers are ideally suited to this task, to tailor it to the level of the participants. This is a motivating activity, because students have the opportunity to select which stories which interest them. It is considered a highly effective learning opportunity, because it provides large quantities of comprehensible input as well as output and interaction opportunities. The fact that it is purely learner centred also makes it a valuable tool in promoting LA. Criterion discussion groups are organised through the to the same essay question, then they meet and discuss the topic. The theoretical foundation for this activity is Swain’s (1985) output hypothesis, which emphasises the importance of output in language acquisition, and Long’s (1981) interaction hypothesis (explained above). In practice, the Criterion discussion groups are an effective means of facilitating discussion because by the time the participants have met for the discussion, they have already thought and written about the topic, meaning more of the cognitive load can be focused on language production, rather than formulating ideas. In essence, this is considered to be a highly effective output activity, which develops both speaking and writing skills. Form Focus Form focus refers to the explicit focus on the linguistic form of the language. It is considered an essential element in the mastery of a foreign language. Besides the materials for intensive reading and listening (discussed above), the ALL Rooms provides access to a comprehensive collection of grammar and vocabulary reference books, enabling learners to focus on form when the need arises. It is believed by the author that formal knowledge is more likely to be retained if it is introduced at the point of need. − 75 − quality learning opportunities to promote all four of Test preparation A reality for any university student is the need to take tests. As such, the ALL Rooms provides a number of textbooks by which learners can study test taking strategies and practice for tests such as TOEIC, TOEFL these components are provided by the ALL Rooms. At the time of writing, the ALL Rooms are still in the development phase. We eagerly anticipate the results of the facility. REFERENCES and Eiken. Learner autonomy development framework In order to facilitate the development of LA, a degree of support is necessary. As a means of providing this support a system was established. This system guides them through the process of analysing their needs, setting goals, making a study plan, recording their study, measuring their progress and reflecting on the efficacy of their study methods. The system forms a cyclical process illustrated in the diagram below. Conclusion In conclusion, the ALL Rooms have been developed with a view to promoting a degree of LA among the students of Akita University as a means of developing the level of English to meet the diverse needs of the students. To achieve this Littlewood’s (1996) framework of four components LA have been adopted: motivation; confidence; knowledge and skills. It is believed that the materials, support and Bell, T., & Campbell, J. (1996). Promoting Good Reading Habits: The Debate. Network 2/3, 22-30. Bell, T., & Campbell, J. (1997). Promoting Good Reading Habits Part 2: The Role of Libraries, Network 2/4, 26-35. Benson, P. (1997). The philosophy and politics of learner autonomy in language teaching. In Benson, P., P. Voller (Eds.) Autonomy and independence in language learning. (pp. 18-34) London: Longman. Benson, P., (2001). Teaching and Researching Autonomy in Language Learning. Harlow: Longman. Benson, P., (2007). Autonomy in Language Teaching and Learning. Language Teaching 40, 21-40. Boud, D. (Ed.) (1988). Developing Student Autonomy in Learning. London:Kogan Page. Dam, L., Eriksson, D. Little, J. Miliander & T. Trebbi. (1990) Towards a definition of autonomy. In Proceedings of Developing Autonomous Learning in F.L. Classroom, 11-14th August 1989, Institutt for praktisk pedagogikk, Universitet i Bergen, Bergen. Dickenson, L. (1987). 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