第1期科学技術基本計画の成果と課題 - Ken

4.先端治療開発機構に期待するもの
第1期科学技術基本計画の成果と課題
新井賢一
1998年11月覚え書き
①科学技術基本法のもたらした成果は何か
お上の許認可や舶来のお墨付きを無条件に信頼する受
国民と政治家が科学技術の重要性を認識し、若手研究
け身の国民性を変えなければ、独創的な科学技術は栄え
者や大学院生がサイエンスの道に進むことに確信をもっ
ない。国民が科学技術の成果の受け身の受益者にとどま
た。公的資金で大学・研究所の科学技術のインフラが整
らず、研究開発への能動的な参加者としての意識をもつ
備され、産業界も産学連携のあるべき姿に関心を向けは
ことが重要である。これは新治療法や医薬品開発と安全
じめた。
性確認に対する国民の対応にも反映される。現状では日
基礎科学を重視する日本政府の姿勢が外資系企業にも
本企業も、新規医薬品の開発とその評価の多くを外国に
ポジティブな影響を与え、科学技術のインフラを整備し
頼っているが、これは日本の研究開発の空洞化を招くと
新規産業を立ち上げるうえで、日本がアジア太平洋地域
ともに、日本が自国での新薬や先端治療法の開発と評価
の拠点として戦略的に重要な役割を果たすことを示した。
に努力せず、海外の患者の協力に基づく開発成果にただ
不採算性、高コスト、非能率等を理由に日本での研究か
乗りしているという批判も生んでいる。
ら撤廃した外資系製薬企業やバイオベンチャーにも、ア
研究開発の空洞化と、成果のただ乗り批判という悪循
ジア・環太平洋地域の拠点として日本を再評価する動き
環を断ち切るには、科学技術に対する国民の信頼を確立
もある。
し、オープンかつ自立した研究開発システムを築かねば
ならない。大学をはじめ科学技術推進の場が、国民に開
②科学技術は経済社会の活性化に貢献できるか
日本の経済、社会の発展には、アジア・環太平洋地域
かれ、不断の交流を行うためには新しい発想をもつ若手
研究者のリーダーシップが期待される。
との共生が必須であり、バイオテクノロジーや先端生命
日本の発展につながる。同様に日本に蓄積された科学技
④科学技術分野で国として取り組むべき研究課題は
何か
術なくしてはアジア地域は繁栄しえない。しかし欧米や
国が戦略的プロジェクトを策定する場合も、プロジェ
アジアの国々にとって、日本の大学や企業の経済的、知
クトの実施は研究者にゆだね、その成果を公正に評価す
識ストックを人類の共通財産として利用するには文化・
る必要がある。共同利用施設と大型機器類を整備して取
制度的障壁が高い。
り組む物理学と、自由な発想に基づくネットワークで進
科学の振興を通して、同地域の発展に貢献することが、
科学技術は普遍性が高く、世界の共通語で話されるた
める生命科学の相違を認識し、生命科学における異なる
めに、研究者間の交流はスムースに行われる。科学技術
スタイルの研究、すなわち個人の自由な発想を主体とす
には、経済的効用に限らず、価値観・文化が異なる社会
る研究とグループによる目的指向型の研究をバランスよ
を結びつける文化的側面もある。科学技術振興を通じて
く進める戦略をもつ必要がある。これは、耳さわりのよ
国境を越えた研究者の流れをつくり出し、海外との互換
い大型プロジェクトのみが取り上げられる弊害を克服す
性が乏しく活用の機会の少なかった日本の知的ストック
るためにも重要である。
を、相互乗り入れ型に転換すれば、アジア・環太平洋圏
の知識・先端技術ストックは飛躍的に増大する。
「人間」を軸とした、情報科学・生命科学・先端医療
の知識創出ネットワークを構築するために、先端生命科
学、バイオテクノロジー、先端治療開発を推進する。具
③国民は科学技術に対して何を求め、科学技術は国
民のニーズに対応しているか
体的には、環境応答分子生体情報制御システム、分子シ
グナリングと次世代バイオテクノロジー、生物の進化と
健康で個性を豊かに成熟し老いることのできる社会を
多様性の分子生物学、生殖システムと生命倫理と人口問
実現するには、生命科学や先端医療を振興し、公正な医
題、感染症と生体防御の包括的分子生物学、食資源生態
療倫理が貫かれる透明な社会システムを築く必要がある。
学とバイオテクノロジー、クリーンエネルギーと地球環
科学技術の不適正な利用によって生じた人為災害を是正
境などがあげられる、環境、人口、食料、感染症などの
し、国民が科学技術を信頼することが前提となる。
課題は、アジア・環太平洋地域でのニーズに密接に関係
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4.先端治療開発機構に期待するもの
している。
導入された医師インターン制度の弊害を想起させる。ポ
先端医療分野ではゲノム医科学、バイオインフォマテ
ストドク制がその本来の威力を発揮するためには、自分
ィクスが今後の研究展開や特許戦略に影響を与える。ゲ
の独立したラボラトリーをもつインセンティブにつなが
ノム医科学とゲノム医療開発システムの推進とならんで
るキャリアパスである必要がある。
ゲノム創薬システムを整備し、これまでの遅れを取り戻
ポストドク制の導入は、これまで助手への道を閉ざさ
す方策が必要である。さらに、先端生命科学・医科学研
れていた女性研究者にポストドクとして研究を続ける可
究から先端治療の開発につなげるトランスレーショナ
能性を聞いた。今後、大学院・ポストドクに限らず、女
ル・リサーチ(初期臨床開発)を推進する場が、基礎研
性研究者が力を発揮する環境整備に格別の配慮をすべき
究とその産業化の循環には不可欠である。
である。
日本の博士レベルの人材は層が薄く、ポストドク1万
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⑤人材、資金、基盤、制度等の研究開発資源のバラ
ンスと国が取り組むべき優先対象
人計画は、ポストドク不足に陥りつつある。大学院での
博士研究者の養成を進めるとともに、外国から優れたポ
大型研究費の投入にもかかわらず、大学の研究環境の
ストドクを受け入れる必要があるが、日本の研究システ
インフラ整備はあまり進んでいない。大型プロジェクト
ムは、言葉や人事の壁など、外国人研究者にとって魅力
の発足により、ポストドクを雇用し、大型機器類を購入
が乏しい。欧米やアジアの研究者に、魅力ある国際競技
できることは大きな変化であるが、研究スペースも機器
場として、国籍にかかわらず、キャリアーを伸ばす環境
の収容場所も絶対的に不足している。文部省の講座・部
を提供するために、外国人ポストドク経験者が独立して
門あたりの基準面積は学生・研究者数にかかわらず固定
研究室を持てるポストをつくる、英語の研究費申請を可
的であるため、研究資源の増加に柔軟に対処することが
能にし審査を透明にする、等の方策が必要である。外国
難しい。大型研究費を受けても、大学では、人材、資金
人大学院生とポストドクを大量に受け入れることは、国
を活用する基盤が制度的にも硬直しており、資源を有効
益に反するという議論は、外国人研究者を登用して基礎
に活用しにくい。これを解決するには、プロジェクト推
研究と産業を発展させてきたアメリカの例が杞憂である
進のためのオープンラボラトリーを設置することが急務
ことを示している。
である。
官僚に指名された現リーダーの裁量に基づいて行われ
若手への支援とともに定年退官する研究者を活用する。
研究者には個人差が大きく、ある教授は管理の道を歩み、
る研究開発資源の配分が、従来型システムの研究者に傾
別の人は研究に専念することを望む。60歳定年をとる
斜している現状を改善する必要がある。確立した研究者
大学では、リーダーの教授が50歳後半になるとチーム
を支援するとともに、新しいアイデアでスタートする若
が浮き足立つ。経験を積んだ熟年研究者が、研究に専念
い研究者をサポートすることが重要である。現状を放置
することを希望しても、能力に関係のない定年のために、
すると、面倒を見てくれるボスがいない意欲のある若手
研究を継続できないのは国家的損失でもある。今後は、
研究者の間に、日本の研究システムに対するあきらめが
研究者の定年制を見直し、その進路に多様な選択を開く
蔓延する危険がある。速やかに審査のプロセスを透明に
べきである。例えば、退職後の年金などのベネフィット
改善し、創造的人材を育てる資金を導入すべきである。
を確保して、教授などの管理的な地位から定年より早期
日本は、助手・助教授・教授の職階級制に基づく行政
に(例えば55歳から)退職したり、管理者ではなく、
型組織をもって教育・研究を進めてきたため、若手研究
研究・教育者としての評価に応じて、定年後も研究・教
者の独立に道を開くキャリアーパスと、研究・教育に関
育に従事する。などの制度設計も考えられる。そのため
する研究者のライフサイクルが確立していない。今後、
に、定年後も研究者が、研究に専念するためのシルバー
人材としては、従来の講座制の中では積極的に力を発揮
グラント、シルバーラボラトリーを置くことを提言する。
できなかった。若手研究者、女性研究者、外国人研究者、
熟年研究者に独立した、責任ある研究の機会を拡大する
ことが重要である。
大学院重点化とポストドク制の導入は連動して進めら
れてきたが、これが従来型の講座制の中に挿入されたた
め、ポストドクは、大学院終了後の助手への待機期間の
<研究システム開発を支える環境は改善さ
れたか>
①研究、研究支援者、研究者の流動化は進んだか
性格が強く、若手研究者の独立へのインセンティブには
研究者の流動化は一部のポストドクに限られあまり進
なりえていない。これはドイツ型講座制と医局制度をそ
んでいない。公務員をやめると失うものが大きい現実と
のままにして、アメリカ型の臨床研修制度として、戦後、
公務員信仰が、リスクをとって独立することへの壁であ
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る。依然として講座制と終身雇用制への安定志向が強く、
各省庁や企業から大型研究費や研究資金を得た若手研究
大学院修了者がそのまま同じ研究室に残るケースが多い。
者が、独立して研究を進めるためのオープンラボラトリ
企業と大学の人事交流は相変わらず少なく、企業から大
ーを拠点研究所に設置する。コストは1000平米で約
学への人の動きがさらに少ない。
3億円(鉄筋)、プレハブはその半分であり、5000平
国際化はほとんど進まず、日本は海外研究者の一時滞
米の建物であれば、若手研究者の独立プロジェクト、企
在先の域を出ていない。欧米の研究者は、シンポジウム
業の先端グループ、寄付研究部門などの研究拠点ができ
など1∼2週間の日本滞在には魅力を感じるが、2∼3
る。
ヵ月以上の滞在は長すぎて自分のキャリアーにマイナス
ゲノム科学を、遺伝子治療・細胞治療などの先端医
になると考える。まして1年以上、ポストドクとして滞
療・創薬につなげるには遺伝子操作動物を用いた遺伝子
在することへのインセンティブはきわめて低い。
機能の研究が重要である。霊長類や大型動物の繁殖を伴
う実験研究を進めるための大規模モデル実験動物研究施
②優れた研究者の養成、確保は進んだか
先端生命科学とバイオテクノロジーの進歩は個人の創
設を、国内とアジア地域に設置すれば、世界の共通施設
となりえる。
造性に依存するが、重点化された大学院も依然として縦
高齢化社会を迎え、日本の疾病構造は大きく変化して
割の学部が土台となるために視野が狭く、学融合が進ま
いるが、アジア地域では人口増加が進んでいる。同地域
ない。日本には創造的研究者の養成、特に若い研究者を
の人口構成と疾病構造の変化に対して、ゲノム疫学の研
のばすシステムが整備されていない。
究を進め、その成果を医療に結実するために初期臨床研
日本の学生の質の低下が問題であり、留学生受け入れ
究などトランスレーショナル・リサーチを推進する。
を積極的に進め、修了後に独立した研究ポストを得て優
アジア・環太平洋国際生命科学ネットワーク(Asia
秀な留学生が日本に定着できる道を開く必要がある。ア
Pacific IMBN)、EMBO/EMBLなどと協力し、アジア・環
ジアの人材がアメリカで大学院教育を受ける流れがあり、
太平洋地域の生命研究者の研究開発、情報通信、知的基
日本の大学院を修了した留学生もポストドクとしてアメ
盤のネットワークを設備し、拠点研究所にEMBL型のラ
リカへ行く例が多い。
ボラトリーを設置し連携する。
③研究支援者の充実等により研究に専念できる環境
が整備されたか:競争的資金の拡充は進んだか
⑤産官学連携:産官学連携人的交流(兼業、国の研
究者のベンチャー活動への参画等)は進んでいる
か。産官学連携を進める施策は十分か。国の研究
成果や施設は民間に活用されているか
従来型リーダーに客観的評価なしに資金が投入されて
いる。新たな研究開発システムの育成よりも、貧しい研
究条件の緊急救済的性格が強く国際競争力がつかない。
産学官連携の人的交流やベンチャー活動は進んでいな
各省庁の大型研究費により主要大学の研究室は潤って
い。その原因として、ヒト、モノ、カネを投入しても動
きたがインフラが充分でないので研究費が効率的に生か
かない日本の研究システムの構造問題があり、従来のシ
されない。また資金分配のしくみが不透明であり、大物
ステムの構造改革を進めることが不可欠である。現状で
が子分に分けるムラ構造が依然として残っている。
はほとんど活用されていない研究成果が産業に利用され
省庁縦割で大型研究費が支出され、1プロジェクト、
ることが重要である。
年1億円として、500プロジェクト、500億円位が
大学教官の企業活動への参加を推進しつつも、公務員
動いている。アメリカでは、ピアーレビューに基づく公
倫理法による大学教官と企業の交流の制限はさらに厳し
的なNIHグラントと、民間のトップダウンのハワードヒ
くなり、アクセルとブレーキが同時に踏まれている。研
ューズ医学財団が補完しあっている。文部省科学研究費
究資金をめぐる大学研究者の不祥事に関する報道もこう
は規模が小さく審査基盤も脆弱である。日本の大型研究
した傾向に拍車をかけている。才能をスキャンダルで潰
費が、NIH型の通常グラントの補完機能をもつのか、ハ
さないよう、大学と企業の連携の透明なしくみや、単な
ワードヒューズ型のCOEグランドの機能をもつのか曖昧
る反官僚を超えて社会を啓蒙できる真の科学ジャーナリ
である。
ズムを育てる必要がある。大学教員を公務員枠からはず
し企業活動への自由な参加を認めることも考えられる。
④基盤:1.研究開発施設、設備、2.情報通信基盤、
3.知的基盤の整備は満足の行くものであったか、
今後2年間で重点的に取り組むべき整備対象は何か
若い研究者を支援するための研究基盤は不十分であり、
人材が集まる大学キャンパス内での産官学連携を促進
する。次世代の大学研究者を養成することに加えて、社
会の要請に応える産業人の育成も大学の重要な役割であ
る。新たな境界学問分野の生成に対応できる特許弁護士、
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4.先端治療開発機構に期待するもの
科学ジャーナリスト、ビジネスマンなどの人材養成シス
テムが必要である。ベンチャーファンドの欠如とともに、
⑦今日の研究評価のあり方についてどう思うか
人口が半分の日本で、アメリカの5倍以上の文部科学
サイエンスを理解してビジネスを行う人材がいないこと
研究費の申請があり、少数かつ重複した審査員で異なる
も日本でバイオベンチャーが活性化しない理由である。
分野をレビューしこれを毎年繰り返している。あまりに
大学には多くのアイデアがあるが、科学者だけではベン
も断片的、非効率で長期計画がたてにくいので、研究室
チャーはできないので、ビジネスにつなぐ才能の発掘と
が運営できるように一件のグラントの規模を大きくする。
サイエンスを理解する弁理士やビジネスマンの養成が必
また、通常の研究費申請も単年度ではなく、複数年度と
要である。
し、間接経費(インディレクトコスト)あるいはオーバ
アメリカでは、バイ・ドール法が大学における科学技
ーヘッドを導入する。
術の研究成果を民間に移転するうえで重要な役割を果た
従来型の学会リーダーを中心に、形式的・閉鎖的に研
している。同法の制定以前は、国家資金を用いて行われ
究評価が行われがちな日本の研究評価を、公正・透明な
た研究の特許は国が保持したが、それを民間が活用する
方式に変える。現状では学会権威者が判断し、必ずしも
しくみが存在せずアメリカの大学も現在の日本と同様で
適切な評価がなされていない。若手研究者に多額の研究
あった。バイ・ドール法は、国の資金で行われた研究の
資金が与えられる場合でも「天の声」によって決まる場
知的所有権は、大学・発明者に属することを定め、大学
合が多く、若手研究者側にも「ひらめ」のように上をみ
が民間、特にスモールビジネスに技術移転することを奨
て「天の声」がどの辺にあるのかを探る傾向がある。こ
励した。現在の科学技術基本法には、バイ・ドール法の
れでは若手研究者の独立心は育たない。公正なピアーレ
精神が盛り込まれていない。日本でバイオベンチャーを
ビューを導入し、英語でグラントを申請し、直接の利害
活性化させるためには、バイ・ドール法に対応する項目
関係のない優れた海外の研究者に公正な評価を依頼する。
を科学技術基本法に取り入れる必要がある。
通常の研究費申請においては、生命・医科学領域では、
各省庁の研究予算をできるだけまとめて、生命科学推進
100
⑥組織運営の柔軟化:組織長の裁量で重点配分でき
る研究資金の拡充等、研究組織の運営の柔軟化は
進んだか
研究組織を柔軟に運営するには、組織長の裁量で配分
できる資金、スペース、ヒトなどの資源が必要であるが、
財団(仮称)などを通じて、公募形式の研究費申請シス
テムを整備する。研究者主導で公正な審査をすすめるた
めに、NIH型中核的研究所をベースにピアーレビューを
立ち上げる。
出資金方式による各省庁の大型研究費と、科学研究費
所長リーダーシップ資金、機関COEポストドクなど一部
など通常の研究費との関係を整理し、前者は、欧米のハ
を除いて、組織長の裁量で配分できる資源はきわめて少
ワードヒューズやウエルカムトラストに相当する日本版
ない。研究組織の基盤的経費とともに、間接経費やオー
COEグラントとする。その審査と評価の形式はグラント
バーヘッドなど可変的資源の支援経費をつくり、それを
の性格によって規定されるが、その有資格者は身分、年
組織長の裁量で配分するシステムが望まれる。
齢、国籍、性別にかかわらず優れた研究者に開く。
日本では、裁量についてしばしば誤解がある。組織長
は研究組織の研究環境を整備するためにリーダーシップ
⑧研究現場は活性化されたか
を発揮し、個々の研究者の研究評価に恣意的に介入しな
従来型の研究者とこれに従属する若手研究者に資源が
い。後者はピアーレビューによる研究者マーケットの評
投入され、表面的には、研究が活性化されたように見え
価が基本となる。可変的資源の支援経費の配分でも、組
るが新しい発想と若手研究者の独立精神が育たない。研
織長の人的関係のみで行われる傾向が強いが、こうした
究費を創造的発想をもつ新たな研究者に配分することが
慣行を是正すべきである。
重要である。
多くの大学付置研究所では改組により大部門制をとり
組織が望まれる。多くのポストドクを採用し若手研究者
⑨民間の研究開発で国は期待された役割を果たして
いるか:共同研究、研究開発関連税制、大型施設、
整備等は民間の研究開発能力の向上に貢献したか。
国の研究開発成果の利用が促進されたか
の独立を助けて大講座制を実質的に運用する。また教授
国の役割は、魅力的な研究環境を整備し、それを通じ
中心の従来型の研究単位でもスタッフの任期は教授の任
て民間あるいは大学と連携して独創的発見と技術開発を
期を超えず、任期終了とともに解散する。
支援することであるが、現実には、その役割を十分に果
講座名が変わっても、実体は旧態依然で、組織長はその
裁量はほとんど発揮できない。組織長の裁量が発揮され
るには、独立した若手研究者のチームからなる水平的な
たしていない。バイオベンチャーでもきわめて不十分で
4.先端治療開発機構に期待するもの
あるが、それは国が支援していないためなのか、あるい
りえないのは、地域の大学に魅力がなりえないのは、地
は支援の仕方に問題があるのか、明らかにする必要があ
域の大学の魅力が乏しいことも一因である。外資系製薬
る。大型施設は、民間資金の投入だけでは出来ない大型
企業研究所は、外見の壮麗さにもかかわらず、日本の優
放射光施設などについては成果が出はじめている。
れた研究者を引き付けることができず、成果を生まない
白い象(ホワイトエレファント)と化す危険がある。こ
⑩研究開発における国際交流、協力は進んだか
外国の研究者が日本で研究室を持てるようにすべきで
れは、外資系企業が日本から研究開発機構を撤退する原
因にもなっている。
あるが不十分である。煩雑な事務機構の中で、日本語に
科学技術振興において、全国・地域レベルの2つの課
よる申請書を書き、日本人による審査を受けて研究室を
題が存在する。生命科学領域では、行政の規制を緩和・
運営したいと考える外国人は稀である。国際基準で研究
撤廃し、各大学・研究所の個性ある発展と、大学と連携
者を選び、研究費を与え、支援する国際生命科学研究所
して地域レベルでの研究開発をはかることであり、先端
を設立し、大学と密接に連携すれば、大学の意識・組織
医療の開発に必要なナショナルセンターを整備しそれに
改革にも貢献する。日本の将来に特に重要なアジア・環
連携する先端治療開発ネットワークを国の内外に形成す
太平洋圏との交流を特に重視する必要がある。
ることである。これらの2つの課題は、対立するのでは
なく、統一的に相乗効果をもつように進める。NIHはワ
⑪過去数年と比較して研究成果が出ているか、今後
より大きな成果は期待できるか
シントン近郊に存在し、バイオベンチャーは西海岸のボ
出資金方式による各省庁の大型研究資金の提供や、文
ボストン周辺に集積している。NIHとNIHグランドシステ
部省の科学研究費の増額により、生命科学の分野では
ムがなければアメリカの生命科学の発展はありえなかっ
個々に見るべき成果があがっているが、バイオテクノロ
た。日本においても、真のナショナルセンターやインタ
ジーにおいて産業に直結する成果はあまりない。また研
ーナショナルセンターを、いかに形成するかという課題
究資金が従来型の研究に投入されており、資金投入量に
と、それぞれの個性を生かした地域振興を図る課題を、
伴った新しい分野での画期的な成果がない。
総合的・複眼的に進める必要がある。
⑫国際水準から見て、わが国はどの程度の研究水準
にあるか
ストン近郊に存在し、サンディエゴ・ラホヤ、東海岸の
⑭科学技術に関する国民理解はここ数年で増進して
いるか
国民の理解は進んだが、これは情報を公開している部
25年前には、日本には遺伝子工学はなくアメリカに
分に限られる。単なる研究成果の受益者、消費者として
はすべてがあり、その差は5年以上であった。今は、よ
ではなく、バイオテクノロジーや先端医療における参加
く見える分野では、見かけ上は、欧米との差はほとんど
者、創造者になるという意識は薄く、受動的である。こ
ない。国際誌にも日本発の論文は多く、キャッチアップ
れを克服するためにも、一般人にもわかる啓蒙活動がで
は達成されたが安心するのは早い。日本の科学技術への
きる人材の養成が必要であるが、それを抱えるシステム
投資効率は低く、欧米の先進国と比較して、資金投入量
が日本にはない。
に見合った水準には達していない。ヒトゲノム解析と遺
伝子治療等などは、悲劇的にまで日米の差が開いた。過
去の教訓によれば、その成果がまだ見えない分野、すな
わち未来を開拓する研究がアメリカでは進んでいないこ
とを見落としてはならない。
⑮今後、科学技術政策を見直す場合、何が最大のポ
イントか
研究資金を中心に十分な支援を行い、それを運用する
研究システムの構造改革を、国内・国際の複眼的視点で
行う。科学技術振興も、常にアジア・環太平洋地域との
⑬科学技術信仰は地域振興に貢献したか:地域にお
ける科学技術関連施設の整備、連携、交流に対す
る支援により、地域の研究開発能力は向上したか
共生のための協力・援助という視点で、研究、開発、施
策について相談し、情報公開と透明な評価システムで行
う。
これまでに、筑波、富山、横浜、大阪などに第3セク
過去3年間は、科学技術の諸要素への緊急援助の枠内
ター方式のインキュベーターが設立されたが、会議場の
にとどまったが、今後は、研究の場への研究者と発見の
機能以外に、新発見を生む研究拠点としての機能は果た
集積、研究者の冒険心の発揮とその事業化による収益の
せていない。地域のコンソーシアムやインキュベーター
創造の場への還元、一層の創造性の発揮、という発見と
が、地域の大学・研究所・企業を結ぶ頭脳結集拠点にな
産業の循環サイクルを、アジア・環太平洋圏を背景に実
101
4.先端治療開発機構に期待するもの
現する。
その鍵は、進歩の源泉である個人の創造性を発揮する
がある。研究者側にも同様にプロジェクトごとの縦割、
場と知識創造ネットワークを整備することにある。科学
箱物建設に傾く体質があり、放置すると公共事業のサイ
技術基本計画は、政治と行政が、国民合意の中で、国家
エンスバブルに終り、科学技術立国目標が変質する。
資金を科学技術振興に振り向けることを決意した点で画
期的である。
今後、発見と産業化の循環をつくり出すには、研究開
発公共事業の全国バラマキ型ではなく、短期間にロール
その推進の仕方には多くの検討課題がある。教育研究
モデル(典型例)をつくり、その典型を全体に広げる。
の中心ではあるが貧乏な大学の修復という緊急課題と、
そのために①在来型でできること(規制緩和の推進と在
知識創造とその産業化の循環サイクルをつくり出す課題
来システム内での支援)と、②小さくても新幹線型に新
とが混在していた。教育・研究を担っていた従来の学部
たなモデルを創出すこと、を区別し、後者を速やかに立
の復旧と修復に力がそそがれたため、新たな研究主体の
ち上げるための特別な方策をとる必要がある。これは、
創造が十分に行われず、21世紀の科学技術の性格とそ
若手研究者の開かれたキャリアーパスを築き、アジア・
の推進システムが見えない。既存のシステムの修復・保
環太平洋のハブとなる科学者の魅力的な国際競技場をつ
守を越えて、夢と戦略をもって、新たな研究システムの
くることでもある。これらは、余裕のあるときに取り組
立ち上げに力を注ぐべきである。
むといったものではなく、一刻の猶予も許さない課題で
従来の学部主体の大学の復旧・保守とともに、物理化
学のビックプロジェクト中心主義を反映して、行政側も
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見えやすい大型プロジェクトを重点的に取り上げる傾向
あることを認識する必要がある。