お寺の社会性 ― 生臭坊主のつぶやき ― 壱拾竹中尚文 1. 日本でイスラム教の定めるお祈りの時間になると、そ神戸の北野界隈を歩いていると、れを知らせるために独特の声調で神戸ムスリムモスクがある。ドーム神を讃える詩を朗誦するものであ建築で四隅にミナレットという塔る。がある。海外で見るような壮大なモ神戸モスクに話を戻そう。ここかスクではないが、立派なモスクとしらは、パキスタン出身の新井アハサての建物である。お祈りの時間が来ン氏に伺った話を掲載したい。るとアザーンが聞こえる。私は、かつて乾燥地帯の街で夕方の時間に竹中(以下Ｔ)：まず、門柱に「神戸町中に響くアザーンを聞いていた。ムスリムモスク」と書いてありますどこか哀愁を帯びたような声調で、が、ムスリムとは何ですか？とてもいいものだった。新井アハサン(以下Ａ)：ムスリムと旅行記などで、アザーンを「コーはイスラム教を信じている人、即ちランが聞こえる」と誤解している人イスラム教徒と言う意味です。もあるが、コーラン（クルアーン）Ｔ：この神戸モスク以外に日本にはではない。アザーンとはイスラム教どのようなモスクがどのくらいあ 156 るのですか？かということはありますが、それぞＡ：今、日本には 100 近いモスクれで教団を作るようなことはありがあります。このようなドームやミません。だから、イスラム教には教ナレットがあるモスクは神戸と東団という概念そのものがありませ京だけですが、最近はビルの中を改ん。装したり、一般の家を買ったり借りＴ：イスラム教にプロの宗教家と言たりして改装しています。また、こうか、他に仕事を持たない宗教家はの神戸モスクが日本では最も古くいますか？昭和 10 年(1935)からあります。Ａ：はい、います。その人はイマーＴ：日本にあるモスクは全部同じ派ムといいます。しかし、キリスト教なのですか？の牧師や仏教の僧侶のように特別Ａ：イスラム教に於いて派はそんなの資格が必要なわけではありませに大きな問題ではないのです。聖典ん。誰でもイマームになれます。し (クルアーン)は一つしかないのでかし、イマームは説教をしなければすから。確かにスンニ派とシーア派ならないので、実際に勉強をしていがありますし、また国や地域によっる人でないとダメです。てイスラム学者の解釈の違いで全Ｔ：ムスリムにはハジと称される人く同じとは言えないけれど、大きながいますが、その人達は一般の人か違いはありません。日本でどのモスら尊敬されるのですか？クも特定の派はなく、みんなで一つＡ：ハジはメッカに行った人のことのイスラム教としてお祈りをしてです。メッカに行くのはムスリムのいます。義務です。経済力がある人はメッカＴ：イスラム教に教団の代表者はいにお参りをするのは当然です。だかるのですか？ら当然の義務を果たしただけだかＡ：キリスト教のローマ法王のようら、そのことで特に偉くなったわけな人はいません。イスラム教では、ではありません。私はこの法学者の解釈が好きだとＴ：神戸モスクに於いてのアハサン 157 氏の地位と言うのか役割は？のです。Ａ：私は日本の法律に定める「宗教Ｔ：魂の出た後の身体はどうなるの法人神戸モスク」の理事の一人です。ですか？ここは私のような何人かの理事でＡ：死んだ後の身体は、魂がそこに運営しています。そして時には、イあったものであるのだから、それなマームの役割をすることもありまりの敬意を払わねばなりません。だす。からムスリムにとってお墓はそのＴ：話しは変わりますが、イスラム人の人生への敬意を表すものです。教に生死観と言うのはどのような尊い人生を送った人ならばそれにものでしょうか？ふさわしい死体があるはずです。だＡ：生まれることは肉体に魂が入るから、お墓を大切なのです。ことなのです。そして、死ぬことはＴ：ムスリムは火葬にしませんよ肉体から魂が離れることなのです。ね？そして、その魂と言うのは神の命令Ａ：絶対にしませんし、してはならなのです。「魂」と「神の命令」とないことなのです。火葬にするとそイコールなのです。の人の人生の意味が無くなってしＴ：ムスリムがよく口にする「インまいます。シャアッラー」と言うのは、そう言今、私たちは墓地が足りなくて困う意味で「神の思し召すまま」といっています。私たちは埋葬をするのうことなのですね。ですが、日本のほとんどの所では火Ａ：そう、そう言う意味では私たち葬のみです。法律では埋葬を禁じての人生は神の命令によるものなのいないのですが、ほとんどの所が条です。そして、死ぬと魂は天国に行例で埋葬を禁じています。だから、くのです。もちろん天国に行くには私たちは本当に困っています。それにふさわしい人生を送らなけＴ：そうですね、日本は仏教文化をればなりませんが。魂の無い人生を背景とする社会ですから、火葬で問送ったならば、天国以外の所に行く題ないのです。しかし、ムスリムは 158 2. 日系米人そうはいかないのですね。 2001 年の「9.11 同時多発テロ」Ｔ：今日はどうもありがとうございました。の後、ムスリムへの嫌がらせや中傷Ａ：こちらこそ。がかなりあった。いわゆる「ヘイトクライム」である。あのテロ事件のイスラム教の国を訪れた方はご後、アメリカではムスリムだけに対存じだろうが、カレンダーが私たちしてはいつでも身元照会ができるとは異なる。イスラム教の国では金ようにしておくべきだとか、彼らの曜日が端にあって、赤い文字である。預金口座を凍結すべきだという声仕事は金曜日が休みであって、このも上がった。日にモスクに行って礼拝をする。このような公的な次元でのムスこのことは日本で仕事をして生リムへの締め付けは実行されなか活をするムスリムには不自由だろったが、街角での罵声やネット上のうと思うが、それは問題ではないと中傷やムスリム経営の商店への不いう。困っているのは、埋葬ができ買やムスリムが理由の突然解雇なないことだと言う。火葬というのはどはあったようだ。彼らが宗教的に受け入れることがテロの犠牲者やその遺族の悲しできない。同時にこの埋葬のことはみや痛みに対する共感はもっとも我々の思いもしなかったところでなことである。しかし、その共感とあった。ムスリムへの敵対心と同一線上にこの問題は、日本の社会がホスト置くのは、全く正当性がない。ソサエティーとしての準備が出来このようなアメリカ社会の行為ていないうちに、日本でその生涯をに、多くの日系米人は第二次世界大終えようとしているムスリムが多戦の時代とアメリカは変わっていくなっているのである。ないと言って、抗議の声を上げた。かつて自分たちが受けた扱いと、今ムスリムの人々が受けている扱い 159 11 万人の日本人及び日系米人が住は重なるものがあるからだ。真珠湾攻撃を受けたアメリカはんでいた。ちなみに、日本人が最も日本人及び日系人を捕らえて、キャ多く移民をした国はアメリカ合衆ンプと称する収容所に送った。収容国である。その 11 万人は、一世と所に送られる前から、アメリカ政府二世である。一世というのは明治後は日系人に対してのみ、正当な手続半期及び大正初期に渡米した人たきを踏まずに逮捕することを許しちで、アメリカでの帰化も土地所有た。日本文化を広めようとする者は権も認められず、市民としての権利 FBI に逮捕されていった。を持てなかった人たちである。そし当時の様子をかなり正確に描いて、二世と呼ばれる人たちはアメリた映画『愛と哀しみの旅路』(監督: カで生まれたのだから、アメリカ国アラン･パーカー、主演：デニス･籍の人たちのことである。クエイド、タムリン･トミタ)の中で、この日本人及び日系米人の内、半映画館を営んでいた父親が逮捕さ数が仏教徒であったと言われる。残れるシーンがあった。容疑は、日系りの半数はキリスト教徒であった。人に日本映画を見せて日本的価値これは、アメリカに向けて移民する観を広めたというのであった。笑いときに、日本政府からキリスト教に話ではなく、当時の状況を描く現実改宗するように勧められたと言わ味のある話しである。れている。それを記録した文書はな日本の宗教を広めたと言うことく、伝聞である。このような指導がで、全米のすべての寺院が FBI にあったか無かったかは別にして、よって家宅捜索をされた。仏教僧侶「郷に入っては郷に従え」という考は全員が逮捕された。当時の仏教開え方が働いたことは想像に難くな教使の多くは、日本から渡った人たい。そこであえて、5 万人余りの人ちである。私なら、開戦の前に帰国が仏教を選んだのである。 5 万人余りの人たちが仏教徒でしたろうにと思った。当時のアメリカ合衆国には、約あることを選択したことに、僧侶達 160 は自分だけ日本に帰れなかったよストソサエティーとしての自覚をうな気がする。しかし、実際にはアもって社会形成を計ってきた。それメリカで逮捕されていった僧侶達は恒常的な進捗ではなく、進んだりは大変であった。戻ったりの社会形成である。彼らは一般の人たちと同じ所には送られなかった。ほとんどの日本 3. 日本の仏教の姿勢人及び日系人が送られたのは転住センターと称する収容所であった。日本では、いつの間にかずいぶんいわゆるキャンプである。これとはと外国の人が増えた。それは、一時全く別に、ニューメキシコとテキサ的滞在かと思っていたら、この国でスとノースダコタの 3 カ所に軍と生涯を終えようとしている人たち司法省が管轄する捕虜収容所があも増えていた。った。僧侶達が送られたのはそこで日本社会は、その覚悟もないままある。ホストソサエティーになっている。現在も昔もアメリカは移民の国ホストソサエティーの側に回ったである。移民というマイノリティー仏教は果たして寛容性を示せるでに対して、それを受け入れる社会、あろうか。ホストソサエティーがある。ホスト多くの日本人は「イスラム教徒」ソサエティーには寛容の力というに対して攻撃的である印象を持つようなものが必要である。その意味ようだ。テレビで報道される「イスでは、アメリカ社会は第二次世界大ラム教徒」はそのようなイメージが戦の時に日系人キャンプを作るよ作られているのではないか。私の知うな失敗もした。そして、「同時多るムスリムは穏やかな人たちだ。発テロ」の後、非寛容的姿勢を示しかつて私は、パキスタンのスワーた。その間、アメリカ社会は全く変ト渓谷に一ヶ月程滞在した。そこでわらなかったかというと、そうでは穏やかに暮らす人たちに出会った。ない。その間、アメリカの社会はホ昨年、そのスワート渓谷でタリバー 161 ンが少女の頭を撃ったことが報道をもって、仏教の性格を語るべきでされた。あの平和な所にまでタリバはない。ーンが入り込んだことが残念であ仏教は宗教戦争もしたことがなった。報道というものはそこにあるく、仏教は平和主義であると多くの平和な日常を伝えるのではなく、そ日本人は思っている。仏教の特性とこで起きた異常な出来事を伝えるして平和主義だといえるだろう。しのである。かし、江戸時代の島原の乱とその一だから、テレビ報道からだけでム連の出来事に対して、仏教は少数派スリムが攻撃的であるなどと決めのキリスト教徒を見殺しにしたこつけないで欲しい。確かにタリバーとを忘れてはならない。私たちは決ンのような人たちもいる。アメリカして平和主義であると大きな顔をの牧師で「コーランを燃やす運動」していられない。を呼びかけた人もいる。彼の存在でこれからの私たち仏教徒が示すキリスト教の性格を語ることはで寛容性によって、平和主義であるときない。日本のテレビで特定の仏教いえるのではなかろうか。宗派がわかるように放映されると、 “中立であるべきテレビ”が特定の宗派に肩入れをしたと抗議の声を上げる仏教徒もいる。彼らの偏狭性 162