農地法改正の焦点(主として農地の権利移動について)

農地法改正の焦点(主として農地の権利移動について)
1.農地制度の歴史的改正
今回の農地法の改正は、農地制度の根本の部分を変えるもので、農業のみな
らず、農業団体、地域社会に大きな影響を与えるものです。歴史的な改正とい
っていい。
その、内容を一言で要約するなら、企業による農業への参入を基本的に自由
化したこと。農家や農家が主体となって構成される法人が農業をするという枠
組みに加え、実際に農作業を行わず、経営だけを行う経営体が正式に担い手と
して認められることになった。
このため、改正案の具体的な内容、その問題点などについて、しっかりと整
理した上で、今後の取り扱い、対応を考えることが必要。
*農地法の第一条を改正する内容を含んだ法律改正案が国会に提出されたの
は、第58国会であり、成立は第63国会。
*与党は二年間をかけ議論。特に農地の権利取得に関しては、経済財政諮問
会議でも重要テーマとして議論、大幅な規制緩和を政府に対し要望。
(用語について)
農地法がかなり複雑な法律であり、使われる用語も専門的。そこで、まず、
重要な用語の意味について整理しておくことが必要。
○自作農主義
・「農地は誰が所有すべきか」についての農地法の理念とされるもの。
・現行農地法第一条「農地はその耕作者みずからが所有することが最も適当で
ある」との規定が示すとおり、耕作者が所有することが最も適当としている。
・自作農創設という農地解放の基本理念を示したもの。
○耕作者主義
(注)
「耕作者」の定義については、これまで確たるものはなく、今国会では次
のような初めて解釈がしめされたことから、これが正式の定義となる。
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「「耕作者」とは、耕作する者であり、本来汗水垂らして耕す者を指す概念であ
る。現行農地法の通達においては、「耕作」とは、「土地に労働を加え肥培管理
を行って作物を栽培すること」とされており、すなわち、
「耕作者」とは、基本
的には、客観的に、自ら農業経営を行い、かつ、
「農作業」に従事する実態を有
する者を指すものと考える。」(参議院農林水産委員会における修正法案提出者
の発言)
・賃借権の設定などによる借地農業の進展(自作農主義の事実上の空洞化)、賃
貸借による経営規模の拡大による担い手育成要請にともない、導入された概念。
・農地の権利(所有権、賃借権)は耕作者が取得すべきという農地法の理念と
されるのもの。
・重要な理念とされるが、条文上明示されたものはない。
・農地に関する権利の取得者は、
「耕作又は養畜の事業に必要な農作業に常時従
事する」ことが必要であるとされており(農地法第3条第2号第4項)、この規
定により耕作者主義が担保されている。
・現実に、農作業に従事することのない他産業従事者や都会生活者などの権利
の取得を排除。
(羽織百姓の排除)農村に居住し、農作業に従事するものが農地
の権利を取得。
*農作業への従事要件の重要性
法人の場合は、農業生産法人の役員構成において、農作業への従事が主要な
要件を占めている。・・・・・・・・・・・今日、わが国の農地制度の大原則が
『耕作者主義』であるといわれる根拠は、何よりも先ず権利取得におけるこの
農作業従事の建前にある。(関谷俊作、「日本の農地制度」p184)
2.まず整理しなければならない基本認識
○農地流動化が進展しないのは農地制度が障害となっているからなのか。
農地の流動化や生産の組織化の推進は、農業、農村構造に起こりつつある大
きな変化を踏まえれば、必要不可欠な施策。しかし、その推進のカギが農地の
賃貸借に関する規制を大きく緩和し、一般の株式会社まで権利設定を認めるこ
となのかどうか。
むしろ、これまでの農地制度のもとで、なぜ、流動化、生産の組織化が進ま
ないのか、高齢化などによって農地の出し手はあっても、なぜ受け手が尐ない
のかといった点についての原因の整理が必要ではないか。その上で、それへの
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対応策を用意することが先決ではないか。
「作っても利益がでない」ことが、農地の受け手(規模拡大農家)が出ない
ことの最大の理由であり、このことは農地制度とは別次元の問題である。
多様な担い手を創設する条件を整備しても、自給率の向上や、耕作放棄地の
解消にはつながらず、農地の一部において個別経営農家が企業に変わるだけで
はないのか。
○耕作者主義の現代的な意味は何か。
農地の権利は、額に汗して働く者(農作業に従事する者)が取得すべきとの
考え方は、農地の権利の取得者は、その地域に住み、集落の一員として生活、
活動していることを想定していると考えられる。
農地法、土地改良法など農地に関する法制度は、農地、水などの自分たちが
使っているものは、自分たちで守るという集落機能を前提として仕組まれてい
る。
たとえば、農業経営基盤強化促進法に基づき設定される利用権設定制度は一
定の地域において、農地所有者の集団が、自主的な話し合いによる農用地の利
用調整を行い、その結果として農地の貸し借りなどの権利移動を行うことが制
度の根底にある。(→いわゆる「農地の自主的管理」)
地域社会とは無縁の法人が農地についての正規の権利者となることは、集落
機能にどのような影響をもたらすことになるのか。農村社会の変貌に伴い、集
落機能の低下が指摘されているが、こうした法人の参入は集落機能のさらなる
低下を加速させることにならないか。
また、市町村、農協、土地改良区、集落営農などの農村の組織にとって、顔
の見えない農地権利者とさまざまな交渉することになり、地域の意向のとりま
とめ、農業のための水管理や農作物の作付け調整などに支障が生じてくること
も予想される。
3.改正の焦点
「農地の権利移動統制にかかわる大転換」と位置づけるべき。
○ 第一条において、農地の権利取得にかかる原則論としての耕作者主義の建
前は維持
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第一条において、
「農地を効率的に利用する耕作者による地域との調和に配慮
した農地についての権利の取得を促進し」と規定され、所有権、賃借権とも耕
作者が取得すべきことを基本原則に掲げ、
「耕作者主義」は引き続き堅持するこ
ととしている。
なお、当初の政府案は、
「農地を効率的に使用する者による農地の権利の取得
を促進し、」と規定され、農地の権利(所有権、賃借権)は、農地を効率的には
利用していれば、その主体の形態は問わず、誰でも農地の権利を所得できるこ
とを農地法の基本理念とすることとしていた。これでは、一般の企業などにも
農地の所有権を認めることを原則とすることになり、将来の農地所有権の自由
化につながるとの重大な懸念が生じた。このため、衆議院において権利の取得
の基本を「耕作者」とする議員修正が行われた。
○
第三条において賃借権についての規制を大幅に緩和し、貸借について事実
上自由化
第一条で権利の取得の主体の基本は「耕作者」としたが、賃借権については、
例外的措置として、耕作者の要件をはずす規定を設けた。
これまで、賃借権は、個別農家(経営と農作業を行う農家)と農業生産法人、
さらに例外的に地域等を限定される農地貸付事業で認められる特定法人(一定
の要件を満たす一般株式会社、NPO 法人等)に権利に所得が認められてきた。
今回の改正ではこの賃借権を、事実上、全国、どこの農地でも、一般株式会
社、NPO 法人、農協にも認める。
これによって、経営に関与できない農業作業員だけを地元において、経営者
は都会において経営の采配をふるう経営体(企業など)が生まれる。また立地
条件などの良い優良農地についても、これらの主体に賃借権を設定することも
認められる。
農地の貸借における事実上の自由化といっていい。
○
所有権と賃借権とは共通の基本理念から、異なる基本理念へ
改正前の農地法は、農地の権利取得については、自作農主義の考え方を残し
つつ(第一条に規定が残っているという意味で)所有、利用のいずれも「耕作
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者主義」(経営と耕作の一体性の確保)という考え方に貫かれていた。(農地法
第3条)
今回の改正によって、第一条において耕作者主義の基本理念を維持しつつ、
運用上、農地の賃借からは耕作者主義ははずれることになった。
所有権
賃借権
・・・・・・
変更なし。
(農作業従事する個別農家、農業生産法人
に限定)
・・・・・・ 事実上、耕作者主義をはずす。経営と耕作(農作業
従事)の分離を認める。
4.改正が農業、農村にもたらすもの
○
多様な担い手の出現
これまで、農地の権利の取得は、「個別農家」(所有権、賃借権)、「農業生産
法人」
(所有権、賃借権)、例外的に「特定法人」
(耕作放棄地などを対象として
一定の枠組みのもとで賃借権)に限定されてきたが、これに、賃借権を取得で
きる主体として企業などの一般法人、農協などが加わり、担い手は多様化。
一方、政府は担い手に農地を集積させることを構造改革の柱としてきた経緯。
農地集積は、一般企業にも政策として進めるのか。あるいは、個別経営を優先
させるなどの差別化をするのか。その場合の判断基準をどうするのか。こうい
った問題に政府は明確な指針を示すことが必要。
○
集落営農から法人への移行の選択肢の拡大
任意団体たる集落営農組織は、農地の権利取得はできない。これまで、権利
取得するためには、農業生産法人に体制を発展強化するしかなく、農業生産法
人の構成要件を満たすことが困難であることが農業生産法人への移行の障害と
なっていた。
会社組織のような法人となることで、賃借権の取得ができるようなったこと
で、集落営農から法人への移行の選択肢が広がった。
○地域社会と参入企業との良好な関係をどのように築くか。
参入企業によっては、経営者が都会にいて、雇用された農作業従事者が現
地で働くという、経営と農作業の分離がされた農業経営をする主体が出てくる
ことが想定される。こうした企業が地域共同体の一員として地域社会と良好な
関係を築けるかどうか。
参入企業は採算が合わなければすぐ撤退。この結果、耕作放棄地が拡大する
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恐れもある。
○
個別農家はさらなる価格競争に巻き込まれる可能性も
新たに農業参入してきた企業が大規模な農業経営を展開したり、流通、販売
網と一体となった農業経営が行われたりすると、周辺農家は否応なしに企業と
農産物価格競争に巻き込まれる可能性。
また、仲介業者を介さず生産現場と小売りとを直結させる合理化が進展する
等農産物市場流通の一層の変革を促す端緒となる可能性。
○
所有権などへの波及はどのようになるのか。
賃借権を認めれば、所有権を認めないとする法的説明が困難との法学者の指
摘。今回の改正案は、農地の所有についての規制緩和へのステップではないか、
との指摘も。
さらに、経営名義での権利取得を認めれば、他の者に貸し付けるため権利を
取得しようとする者に対しても権利取得を認めていいのではないかという問題
が生じるのではないか。貸し付け目的の権利取得を認めることは、権利移動統
制の崩壊を意味する、との指摘もある。
いずれの問題も国会がしっかり監視していくことが必要。
○
必要な農業委員会の体制強化
改正農地法では、農業委員会に新しい役割を付与している。人員や予算が削
減される一方で、期待される業務の拡大に的確に対応するためには体制の強化
が必要。
また、担い手の多様化に伴い、賃借権の認可やその取り消しの判断基準など
を国が作成し提示することが必要。
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