3.PTAの合併症とその対策

2006 日本 IVR 学会総会「技術教育セミナー」
:福田哲也
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PTA の基本(中級編)
3.PTA の合併症とその対策
国立循環器病センター 放射線診療部
福田哲也
はじめに
現在,日本では人口の高齢化と生活習慣の欧米化に
よって動脈硬化性疾患の罹患率,発症率の急速な増加
が見られ,動脈硬化の成因の解明,予防,治療法の開
発は大きな課題となっている。
その治療法として従来から,薬物療法,血管内治療,
手術的加療が行われ,遺伝子治療,再生医学などが応
用されつつある。その中でも血管内治療は低侵襲であ
り,デバイスの発達,エビデンスの構築に伴い適応も
拡大され,すでに手術的加療に取って代わってしまっ
たといっても過言ではない分野も存在する。
しかし,高齢化,動脈硬化罹患期間の長期化に伴い,
手術的加療が困難で,血管内治療が選択される症例や,
shaggy aorta 症例などの血管内治療がハイリスクな症
例にも血管内治療が行われることもあり,適応の判断
から起こりうる合併症について患者に十分に説明し理
解を得ると同時に,偶発合併症を回避するための対策,
偶発合併症が起こった際の対策が必要となってくる。
本項では経皮経管的血管形成術において起こる偶発
合併症を中心に解説すると共に,合併症症例を治療過
程と共に呈示して,合併症の対策を解説していきたい。
偶発合併症の定義とその内容
下肢動脈領域
2000 年 12 月に刊行された TransAtrantic InterSociety
1)
Consensus(以下 TASC) の Management of peripheral
arterial disease の中に血管内操作の合併症について,
重症合併症と軽症合併症の定義付けがされており,重
症合併症は計画以上に高水準の治療が必要となるか,
長期の入院が必要となるか,不可逆な後遺症,または
死亡につながるものと記載されている。重症合併症
の頻度として,TASC の中で 4,662 例を集積した metaanalysis として 5.6%(外科手術 2.5%,下肢切断 0.2%,
1)
死亡 0.2%)と報告されており ,軽症の合併症は 4.2%
とされている。
病変別では腸骨動脈領域の狭窄性病変が 3.6%(2.3∼
4.4%)
,完全閉塞性病変が 6%(3.1∼10.6%)
,大腿,膝
窩動脈領域で 4.3%と記載されている。
腎動脈領域
腎動脈形成時の合併症についても基本的には下肢動
66(482)
脈領域と同様であるが,腎動脈形成時にはガイドワイ
ヤー先端が細い枝に迷入する可能性があり,穿孔など
に対して十分に注意する必要があること,また腎動脈
破裂は致命的となる可能性が十分にあり,バルーン,
ステント径などの慎重な選択が必要である。また近年
は心腎連関などが重要視され,腹部動脈瘤合併症例,
両側狭窄例など複雑な症例が積極的に適応として選
択されることも多くなってきている。合併症の頻度と
して報告では 0 ∼ 33%とばらつきがあるが,死亡率が
14.2%という報告もある。
合併症とその対策
血管内治療時の合併症としてはすでに知られたもの
が多く,穿刺部の合併症として血腫形成,動静脈瘻,
仮性瘤形成,血管損傷として解離,穿孔,末梢塞栓と
して下肢虚血,腎梗塞,腸管壊死があり,亜急性血栓
塞栓症,急性動脈閉塞,造影剤使用に関するものとし
て腎機能障害,アレルギー反応,その他には感染,ス
テントなどのデバイス遺残等がある。腎動脈形成時に
は腎周囲血腫,腎動脈破裂,後腹膜血腫等が起こり
うる。
次に個々の症例を呈示し,その対処について述べる。
〈穿刺部トラブル〉
仮性瘤(心臓カテーテル治療後):穿刺部血腫と持続
する貧血を認め穿刺部に bruit も聴取されるため穿刺
部の超音波検査を施行した。B mode にて穿刺部皮下
に low echo を呈する円形の lesion を認め,doppler 法
にて to-and-fro の血流を有しており,仮性瘤と診断で
きる(図 1a)
。このまま引き続いてエコープローベに
て約 20 分圧迫し(図 1b)
,その後用手圧迫を 20 分行っ
た。圧迫後瘤への血流は消失した(図 1c)
。
対策:
1 .事前にリスクファクター(肥満,高齢女性,順行性
穿刺,強度石灰化,糖尿病など)を十分に把握して
おく。
2 .出血,仮性瘤に対しては急性期なら再圧迫,US の
併用が有用である。経皮的トロンビン注入の報告
もある。
3 .動静脈瘻は軽度のものなら経過観察可能な症例も
存在する。細い分枝間の瘻ならコイル塞栓術で短
絡血流の消失を得ることが可能な症例もある。
2006 日本 IVR 学会総会「技術教育セミナー」
:福田哲也
技術教育セミナー / PTA の基本(中級編)
〈血管損傷に関するトラブル〉
〈解離による急性閉塞〉
56 歳,男性,間歇性跛行,右外腸骨動脈慢性完全閉
塞病変(図 2a)。
左大腿動脈を穿刺し,J 型シースを大動脈分岐部に
留置後,ラジフォーカスにて閉塞部を通過,4 ㎜径,
10 ㎝長のバルーン(Synergy;Boston Scientific)にて前
拡張後,EasyWallstent(Boston Scientific)を留置。ス
テントが distal side へ移動し,追加のステント留置を
検討していたところ,血管造影にて留置直後には見ら
れていた外腸骨動脈の血流が認められなくなり,急性
閉塞と判断した(図 2b)
。留置直後の DSA よりステント
遠位側の解離による急性閉塞と考え,同径のバルーン
にて 4 atm,5 分間低圧での圧迫を試みた(図 2c)
。圧迫
後外腸骨動脈の血流は回復し,ステント末梢の総大腿
動脈にわずかな解離の残存を認めた(図 2d)
。総大腿動
脈への追加のステント留置は適切ではないと考え,10
分後の造影においても血流は保たれていることを確認
し,手技を終了した。
〈外腸骨動脈穿孔に伴う extravasation〉
70 歳,女性,間歇性跛行,右外腸骨動脈狭窄,左外
腸骨動脈閉塞(図 3a)
。
左右の大腿動脈に 7Fr. シース(右は J 型シース)を挿
入後,右外腸骨動脈をラジフォーカスストレート,ア
ングル型を使用して,閉塞部を通過し,5 ㎜径 4 ㎝長
のバルーンカテーテル(Amiia;Johnson and Johnson,
Cordis)にて前拡張後,Luminexx stent(Medicon)2 本
を留置。7 ㎜径 4 ㎝長バルーン(Power Flex,Johnson
and Johnson,Cordis)にて後拡張したところ(図 3b),
extravasationを認め,同時に血圧も80mmHg まで低下した
(図 3c)
。血管損傷による穿孔と考え,プロタミンにて
ヘパリン中和,同時に後拡張に用いたバルーンを低圧
(4 ∼ 5 atm)
にて拡張し,圧迫止血を試みた。圧迫下の
造影でも extravasation が継続したため,近位側の総腸
骨動脈に occlusion balloon にて血流を遮断し,約 30 分
圧迫した(図 3d)
。30 分後の造影においてextravasation
は消失したため(図 3e),この後2時間半バイタルサ
インモニター下で 2 時間半経過観察。再出血の兆候が
ないことを確認し,シース抜去。以後も再出血の兆候
なく,経過観察が可能であった。
a b
c
図1
a : 右大腿動脈穿刺部の超音波ドプラー:穿刺部皮下
に仮性瘤形成を認め,doppler 上においても to-andfro の血流パターンを呈している。
b : エコープローによる圧迫:仮性瘤部を画面中央に
描出し仮性瘤の直上より垂直に圧迫している。
c : 圧迫後の超音波画像:仮性瘤への血流は消失して
いる。
(483)67
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a b
c d
図2
a : DSA にて右慢性完全閉塞性病
変を認める。末梢は浅腸骨回
旋動脈および内腸骨動脈から
の側副路を介して外腸骨動脈
遠位側から描出されている。
b : ステント留置後;末梢の血流
の描出がなく急性閉塞と考え
られる。
c : 閉塞部末梢の解離に伴う急性
閉塞を疑い,外腸骨動脈遠位
側∼総大腿動脈にかけて低圧
によるバルーン圧迫。
d : 低圧バルーン圧迫後のDSA像;
外腸骨動脈の血流回復を得ら
れている。ステント末梢側に
わずかな解離を認める。
a b c
d e
図3
a : DSA にて左慢性完全閉塞性病変を認める。
b : 2 本目の Luminexx stent 留置後の後拡張。
c : 後拡張後,造影剤の血管外漏出を認める。
d : バルーンによる圧迫止血。血管外漏出が
認められた部位に後拡張で用いたバルー
ンを低圧で拡張して留置し,近位側は対
側のシースより occlusion balloon を用い
て血流を遮断した。
e : 30 分後の造影。明らかな血管外漏出は消
失している。
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〈腎動脈損傷に伴う extravasation〉
60 歳,男性,両側腎動脈狭窄,腎血管性高血圧。
右大腿動脈に8Fr.シース留置し,8Fr. ガイディングカ
テーテル(ブライトチップカテーテルRDC I;Johnson
and Johnson,Cordis)
にて腎動脈にアクセスし,2 本の
右腎動脈に対し,ステント留置。続いて左腎動脈にア
クセスし,腎動脈起始部の狭窄に対して,5 ㎜径 1 ㎝長
の cutting balloon で拡張したところ,extravasation を
生じた(図 4a)
。そこでバプロタミンにてヘパリン中和
後,バルーンカテーテルを 5 ㎜径 1 ㎝長の Power Flex
に交換し,低圧 5 分間 2 回の圧迫施行(図 4b)
。圧迫後,
明らかな extravasation は認めず(図 4c)
,その後も経過
観察にて再出血の兆候がないため,手技を終了した。
る。穿孔の際にはプロタミンによるヘパリンの中
和も必要。
3 .ステント留置。穿孔の際には covered stent が必要と
なるが,現況では保険認可されたデバイスはない。
4 .いずれの症例においても経カテーテル的な対処が
困難な際には外科的治療による回避を考慮する。
5 .腎動脈形成術においては上記に加え,最終の造影
で腎末梢までクリアーな造影を得るように努力し,
ガイドワイヤーによる腎末梢の血管損傷や末梢塞
栓を診断できるようにしている。末梢の血管損傷
による微小出血には腰痛の愁訴が重要なため,止
血デバイスを併用することで短い安静時間にする
ことが有用ではないかと考えている。
血管損傷に対する対策:
1 .まずはバルーン,ステントサイズの適切な選択が重
要。過拡張が血管損傷の大きな原因である。
2 .解離,穿孔いずれにおいても低圧でのバルーンに
よる圧迫が有用と考える。2 ㎝バルーンで圧迫でき
ないときには 4 ㎝長の長いバルーンに変更するか
近位側に occlusion balloon での血流遮断を併用す
末梢塞栓に対するトラブル
症例 1:79 歳,男性,下腿,足趾潰瘍,安静時疼痛。
MRA 上,SFA の広範囲の閉塞,膝下の膝窩動脈狭窄
であった(図 5a)
。低心機能患者で急性心筋梗塞後 1 ヵ
月の症例で,手術的バイパス術困難と判断されたが,
強い下肢疼痛も持続するため,血管内治療が選択され
た。右大腿動脈に 6Fr. J 型シース,エコー下で popliteal
a b
c
図4
a : 腎動脈形成時の血管外露出
b : バルーンによる圧迫
c : 明らかな血管外漏出は消失している。
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arteryを穿刺して4Fr.シースを留置後,
ガイドワイヤー
による閉塞部の通過に成功。4 ㎜径 10 ㎝長のバルーン
(Synergy)にて前拡張施行し,SMART control stent 留
置。後拡張後SFAの血流は回復したが,膝下のpopliteal
arteryの閉塞を来した(図5b)
。6Fr.ガイディングカテー
テルにて吸引を反復バルーンによる低圧圧迫を行った
が血流再開は得られなかった。そのため閉塞部を通過
し,マイクロカテーテルにて閉塞部末梢からウロキナー
ゼ 12 万単位を動注し(図 5c)再度バルーンにて低圧圧
迫(4 atm,5 分)を 2 回行ったところ(図 5d)
,血流は回
復した(図 5e)
。術後頑固な安静時痛は消失し,潰瘍
部の鎮痛薬での疼痛コントロールが可能になった。
対策:
1 .バルーンでの圧迫,ウロキナーゼによる血栓溶解
療法
2 .血栓吸引カテーテル(Hydrolyser,Thrombuster)
に
よる血栓破砕吸引
3 .ガイディングカテーテルでの吸引
4 .外科的対処:Forgaty 血栓除去,バイパス手術
Blue toe syndrome
Cholesterol embolization syndrome,Shaggy aorta,
purple toes syndrome 等とも呼ばれ,種々のカテーテ
ル検査や手術,抗凝固療法等にてコレステロール結晶
が末梢の 100 ∼ 300 ㎛の小動脈を塞栓することで多臓
器障害を引き起こす。心カテーテル検査での発生頻度
は 0.1 ∼ 0.2%と報告されており,60 歳以上の男性,高
血圧,高脂血症,糖尿病,腎不全患者に多いとされる。
臨床症状としては下肢痛,進行する高血圧,腎不全,
皮膚症状,腹部症状があり,皮膚症状が最も一般的で
網状皮斑,壊死,チアノーゼ,潰瘍,紫斑を生じる。
抗凝固の中止が必要であるが,それ以外に治療とし
て定まったものはなく,ステロイド,プロスタグラン
ジン,血漿交換,LDL 吸着療法が有効であったとの報
告が見られる。自験例では炭酸泉治療により軽快を得
た症例を経験している(図 6a,b,c)
。
その他にはデバイスの遺残や,ヘパリン起因性血小
板減少症(HIT)等があるが,今回は症例の呈示は省略
した。
a
b c
d e
図5
a : 左浅大腿動脈起始部から
膝窩動脈近位側までの長
区域閉塞を認め,膝下の
膝窩動脈にも狭窄を認め
る。
b: ステント留置後膝上の
popliteal artery までは良
好な血流が得られるが,
膝下で末梢塞栓のため閉
塞を来している。
c,d : 反復するバルーン拡張
後,ウロキナーゼ12万単位
を 2.7Fr co-axial catheter
を用いて tibioperoneal
trunk から膝上の膝窩動
脈ま動注。線状の開通が
得られ(c),バルーン拡
張を追加した。
e : 膝 下 ま で の one vessel
run off が回復した。
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a b
c
図6
a : カテーテル治療後の Blue toe syndrome。
b : 発症後 1 週間。発症後抗凝固療法を中止し,
プロスタグランジン投与などを行ったが,
症状は進行し潰瘍形成に至った。
c : 炭酸泉にての治療 3 ヵ月後。下肢の症状改
善を認め,潰瘍も消失している。
動脈硬化性疾患に対する血管内治療は低侵襲であ
り,今後も多様な疾患に対して,適応が拡大されてい
くことは間違いないと思われるが,治療を受ける患者
が有する基礎疾患やリスクも多様化している。我々は
一度合併症が起こると種々の合併症が続発して引き起
こされ,致死的になる可能性のあり得ることを十分に
理解すると同時に,トラブルに対する対策,情報収集
を常に心がけることも必要と考える。
【文献】
1)TASC Working Group : TransAtlantic InterSociety
Consensus(TASC)Management of peripheral
arterial disease. J Vasc Surg 31(1 pt 2): S1 - S296,
2000.
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