保障給付に関する求償と免責について

保 障給 付 に 関 す る 求償 と 免 責 に つい て
今泉
Ⅰ
純一
はじめに
私 は ,こ の 記 念 論 文 集 の 第 3 巻 と 第 4 巻 に ,倒 産 法 に 関 す る 論 文 を 執 筆 さ せ て
い た だ い た が ,今 回 は ,社 会 保 障 給 付 と 損 害 賠 償 の 調 整 の 構 造 に つ い て ,論 文 と
はいえない概説的内容のものを出させていただくことにした。
保 障 給 付 と 損 害 賠 償 の 調 整 は ,社 会 保 障 法 の 一 分 野 と は い え る が ,広 く い え ば ,
損 失・損 害 の 重 複 塡 補 の 調 整 の 問 題 で あ り ,こ の 間 題 を 考 え る 上 で は ,社 会 保 障
の 知 識 の ほ か に も ,保 障 給 付 の 受 給 権 の 発 生 に は 支 給 決 定 と い っ た 行 政 処 分 が 必
要 な 場 合 も あ る の で 行 政 法 の 知 識 ,交 通 事 故 の 賠 償 責 任 保 険 を 含 め た 保 険 法 や 損
害賠償法の知識が必要不可欠である。
こ の 分 野 は 損 害 賠 償 の 側 か ら は ,損 害 論 に お け る 損 益 相 殺( 損 害 の 塡 補 )に 関
する 問題として 取り扱わ れている が,その 全部を網 羅するものではない 。
保障給付と損害賠償の調整に関する判例はそれなりに集積されてきているが,
こ の 分 野 を 専 門 に 研 究 す る 学 者 は 多 く は な く ,実 務 的 な 書 物 は 多 い が 事 務 手 続 や
行 政 通 達 等 を 説 明 す る だ け で 理 論 的 で は な く ,理 論 的 な 教 科 書 的 書 物 は ,ほ と ん
ど な い ( 社 会 保 障 法 の 概 説 書 に 触 れ ら れ る 程 度 で あ る )。 こ の 分 野 は , 多 方 面 に
わたる法律知識が必要な学際的な分野であるといえる。
私 は ,地 方 公 務 員 災 害 補 償 基 金 大 阪 府 支 部 の 顧 問 と し て ,補 償 給 付 に 関 す る 相
談 や 給 付 に 関 す る 行 政 訴 訟 ,補 償 給 付 に よ り 取 得 し た 損 害 賠 償 請 求 権 の 行 使 に 関
す る 相 談 や 求 償 訴 訟 を 担 当 し ,ま た ,大 阪 社 会 保 険 事 務 局( 現 在 の 日 本 年 金 機 構
近 畿 ブ ロ ッ ク 本 部 )の 顧 問 と し て ,厚 生 年 金 や 国 民 年 金 の 給 付 や 政 府 管 掌 健 康 保
険( 現 在 の 協 会 健 保 )の 保 険 給 付 に よ り 取 得 し た 損 害 賠 償 請 求 権 の 行 使 の 相 談 等
を 受 け て い て ,こ れ ら の 実 務 運 用 を 知 り う る 立 場 に あ り ,一 方 で は ,財 団 法 人 交
通事故紛争処理センター大阪支部で,従前は嘱託弁護士,現在は審査員として,
任意保険の直接請求権に関する交通事故に基づく損害賠償問題を多数取り扱っ
ている。
こ れ ら の 経 験 か ら ,保 障 給 付 と 損 害 賠 償 の 調 整 に 関 し て ,多 少 の 理 論 的・実 務
的 知 識 を 有 し て い る の で ,本 稿 が 記 念 論 文 集 の「 民 事 特 別 法 」と い え る の か ど う
か わ か ら な い が ,保 障 給 付 と 損 害 賠 償 の 調 整 に 関 す る 基 本 的 な 構 造 に つ い て 概 説
してみることにした。
本 稿 は ,地 方 公 務 員 災 害 補 償 基 金 本 部 の 専 門 研 修 で 講 師 と し て 講 演 し た 講 演 原
稿 や 大 阪 社 会 保 険 事 務 局 の 研 修 用 の 講 演 原 稿 に ,広 く 社 会 保 障 給 付 に 関 す る も の
も追 加して,大幅に修 正 して作成 したもの である。
本 稿 で は ,保 障 給 付 と 損 害 賠 償 と の 調 整 に 関 す る 行 政 の 通 達 等 の 事 務 処 理 規 範
や行政解釈を必要に応じて紹介するが,その内容には批判的である。
事 務 処 理 規 範 や 行 政 解 釈 は ,通 達 と し て 公 表 さ れ て い る も の も あ る し「 内 か ん 」
として公表されていないものもある。
社 会 保 障 制 度 は 複 雑 で あ る 。種 々 の 制 度 が あ り ,同 種 の 制 度 で も ,受 給 対 象 者
ご と に 別 の 法 律 が 制 定 さ れ て い て 一 元 化 さ れ て い な い し ,保 障 の 実 施 主 体 も 異 な
っている。
実 際 の 事 務 処 理 の 場 ,特 に 取 得 し た 損 害 賠 償 請 求 権 行 使 の 場 面 で は 相 手 が あ る
ことであるから通達等が通用しないことも多い。
ま た ,実 務 上 は ほ と ん ど 起 こ り え な い 問 題 も 理 論 的 興 味 だ け で 取 り 上 げ て 議 論
をしている部分もある。
Ⅱ
損失・損害の重複塡補の調整
災 害 補 償・医 療 保 険・公 的 年 金 等 の 保 障 給 付 の 給 付 原 因 が ,第 三 者 に 対 し て 損
害賠 償請求権 を発生させ る事由で もある場 合は,受 給権者で被害者であ る者は,
そ の 損 失・損 害 に つ い て ,双 方 か ら 重 複 し て 塡 補 を 受 け る こ と が で き る 可 能 性 が
出 て く る こ と に な る 。つ ま り ,保 障 給 付 を 受 け る 一 方 で は 第 三 者 か ら も 同 一 の 事
由による損害賠償を受ける可能性があるということである。
重複塡補を調整しないで二重の利得を受けることも問題がないとする立法主
義や保障給付を先に行い不足分について損害賠償ができるという立法主義をと
る国もあるが,我が国では,双方の請求権を選択行使できるが,損失・損害の
重複塡補を認めないで調整をする立法主義をとっている。被著者側の二重取り
を基本的には認めないということである。
被害者(受給権者)側の二重取りを防止する方法として,本来の損失・損害
の負担者は第三者である損害賠償義務者であるとして,保障を実施する者が先
に保障給付した場合は保障給付の価額の限度で受給権者の第三者に対する損害
賠償請求権を取得することとし,第三者による損害賠償が先にされた場合は同
一の事由について保障を実施する者はその賠償の価額の限度で保障の責めを免
れる(給付をしないことができる),という趣旨の立法をして対応している。
本 稿 で は ,損 害 賠 償 請 求 権 の 取 得 は 代 位 の 一 種 で あ る の で 損 害 賠 償 請 求 権 の 取
得 を 定 め る 規 定 を 代 位 条 項 ,社 会 保 障 給 付 の 責 め を 免 れ る( 支 給 し な い こ と が で
き る )と い う 規 定 を 免 責 条 項 と 呼 び ,こ れ ら を ま と め た 保 障 給 付 と 損 害 賠 償 の 調
整規定を第三者行為調整規定と呼ぶことにする。
第 三 者 行 為 調 整 規 定 は ,災 害 補 償 関 係 の 法 律 ,医 療 保 険 関 係 の 法 律 ,公 的 年 金
関 係 の 法 律 ,共 済 関 係 の 法 律 な ど 保 障 給 付 の 原 因 が 第 三 者 の 加 害 行 為 に よ る 場 合
が考えられる法律のほとんどに存在する。
第 三 者 行 為 調 整 規 定 の 運 用 は ,行 政 組 織 ご と に 様 々 で あ る 。保 障 制 度 を 運 用 す
る 行 政 組 織 が 異 な り 保 障 内 容 が 異 な る せ い か ,行 政 組 織 ご と に 用 語 の 用 い 方 ひ と
つをとっても違っている。
保障給付と損害賠償の調整が必要な事案の呼称を労災保険や健康保険では第
三者 行為と呼 んでいるが ,公務災 害や共済 では第三 者加害と呼んでいる 。
ま た ,取 得 し た 損 害 賠 償 請 求 権 の 行 使 を 求 償 と 呼 ぶ の が 一 般 的 で あ る 。保 障 を
実 施 す る 者 は 第 三 者 に 対 し て 求 償 権 を 取 得 す る わ け で は な い か ら ,こ れ を 求 償 と
呼 ぶ の は 如 何 に も 奇 異 な 用 語 の 用 い 方 で あ る が ,一 般 の 使 用 例 に 倣 っ て 本 稿 で も
求償と呼ぶことにする。
さ ら に ,保 障 給 付 を 免 れ る 場 合 を 労 災 保 険 で は 控 除 と 呼 ん で い る が ,公 務 災 害
で は 免 責 と 呼 ん で い る し ,公 的 年 金 で は 支 給 停 止 と 呼 ん で い る 。本 稿 で は 免 責 と
呼ぶことにする。
な お ,災 害 補 償 で は 補 償 給 付 と 呼 ぶ が ,災 害 補 償 も 社 会 保 障 の 一 分 野 で あ る と
の理解のもとに,本稿では,保障給付と呼ぶことにする。
第 三 者 行 為 調 整 規 定 は 保 障 給 付 に 関 す る 法 律 の 規 定 で あ る か ら ,保 障 給 付 先 行
の場合の代位条項と損害賠償先行の場合の免責条項があるだけである。
保 障 給 付 先 行 の 場 合 の 損 害 賠 償 請 求 権 の 帰 趨 に 関 し て は ,災 害 補 償 に 関 す る 法
律 で ,災 害 補 償 責 任 を 負 担 す る 使 用 者 等 が 損 害 賠 償 責 任 を 負 う と き は ,使 用 者 等
が 災 害 補 償 を 行 っ た 場 合 は ,同 一 の 事 由 に つ い て ,そ の 価 額 の 限 度 で 損 害 賠 償 責
任 を 免 れ る と い う 規 定 を お く( 労 働 基 準 法 8 4 条 2 項 ,国 家 公 務 員 災 害 補 償 法 5
条 1 項 ,地 方 公 務 員 災 害 補 償 法 5 8 条 1 項 ) だ け で , 一 般 的 に 保 障 給 付 先 行 の 場
合の損害賠償請求権の帰趨について定める規定はない。
保 障 給 付 先 行 の 場 合 の 損 害 賠 償 請 求 権 の 帰 趨 に 関 し て は ,損 害 賠 償 の 側 か ら は
保 障 給 付 が 損 害 賠 償 の 塡 補( 損 益 相 殺 )と な り 被 害 者 へ の 賠 償 額 を 減 額 さ せ る こ
とになるとされる。
保 障 給 付 分 を 損 害 額 か ら 控 除 す る 理 由 は ,不 当 利 得 的 な 発 想( い わ ゆ る 損 益 相
殺の 法理)で 損害賠償額 から保障 給付分を 控除する と説明されることも あるが,
保障給付があった場合は給付額の限度で損害賠償請求権が被害者から保障給付
者 に 移 転 す る こ と に な る の で ,そ の 部 分 に つ い て 被 害 者 は 損 害 賠 償 請 求 権 者 で な
く な っ た か ら で あ る( い わ ゆ る 二 重 塡 補 防 止 の た め の 代 位 の 法 理 )と 説 明 が さ れ
ることもある。
しかし,損害賠償請求権が保障給付の限度で絶対的に消滅するわけではなく,
損害賠償義務者は保障給付をした者に対し損害賠償義務を履行しなければなら
な い 。こ の 点 を 捉 え る と ,代 位 条 項 は ,損 害 賠 償 義 務 者 の 保 障 給 付 に よ る 免 責 を
阻止 する目的 も有する ことになる 。
Ⅲ
重複塡補の調整の基本的な法的構造
第三者行為調整規定がおかれている理由や保障給付先行の場合の損害賠償請
求 権 の 帰 趨 に つ い て は 前 述 の と お り で あ る が ,重 複 塡 補 の 調 整 に 関 す る 法 的 構 造
につ いて検討 を加える こととする 。
こ の 法 的 構 造 は ,保 障 給 付 を 実 施 す る 者( 労 災 保 険 で は 保 険 者 の 政 府 ,国 家 公
務 員 の 災 害 補 償 は 国 ,地 方 公 務 員 の 災 害 補 償 は 地 方 公 務 員 災 害 補 償 基 金 ,健 康 保
険 で は 保 険 者 で あ る 健 康 保 険 協 会・健 康 保 険 組 合 ,国 民 健 保 で は 保 険 者 で あ る 地
方 自 治 体 な ど 各 種 の 制 度 で 定 め ら れ て い る ), 受 給 権 者 ( 保 障 給 付 受 給 権 者 で か
つ 損 害 賠 償 請 求 権 者 と い う こ と に な る 。労 災 保 険 で は 第 1 当 事 者 と 呼 ん で い る が ,
一 般 的 な 呼 称 で は な い ), 第 三 者 で あ る 損 害 賠 償 義 務 者 ( 労 災 保 険 で は 第 2 当 事
者 と 呼 ん で い る が ,や は り 一 般 的 な 呼 称 で は な い )と い う 三 者 間 の 法 律 関 係 と し
て理解する必要がある。
本 稿では, 保障を実施 する者を 保障実施主体,受給権者で被害者を受給権者,
損害 賠償責任 を負担する 者を第三 者と呼ぶ ことにす る。
1
第三者
ま ず,第三 者とは何か を検討す る。
第 三 者 と は ,当 事 者 以 外 の 者 で あ り ,受 給 権 者 に 対 し て 損 害 賠 償 責 任 を 負 担 す
る者 をいうと ,一応は定 義できる 。
第 三 者 の 定 義 規 定 は な い 。第 三 者 行 為 調 整 規 定 に お け る 第 三 者 を 網 羅 的 に 明 確
に定 義する見 解も見あ たらない。
(1) 当事者以外の者
第 三 者 と は ,一 般 的 に は 当 事 者 以 外 の 者 を い う と さ れ る 。こ れ を 保 障 給 付 関 係
に 当 て は め る と ,第 三 者 と は ,当 事 者 で あ る 受 給 権 者 と 保 障 実 施 主 体 以 外 の 者 を
い う と 定 義 す れ ば よ い と い う こ と に な る 。し か し ,社 会 保 障 制 度 は 保 険 契 約 関 係
に あ る も の も あ れ ば な い も の も あ り ,保 険 契 約 関 係 に あ っ て も 受 給 権 者 が 保 険 料
を 支 出 し な い 場 合 も あ っ て ,第 三 者 か ど う か は 個 別 の 社 会 保 障 制 度 ご と に 検 討 し
てみる必要がある。
損 害 賠 償 請 求 権 の 取 得 と い う 点 か ら い え ば ,受 給 権 者 は 被 害 者 で 損 害 賠 償 請 求
権 者 で あ る か ら ,自 己 の 自 己 に 対 す る 損 害 賠 償 請 求 権 が 発 生 す る こ と は あ り 得 な
いか ら,ここに いう第三 者でない ことは明 らかであ る。
次に,受給権と損害賠償請求権は制度目的を異にする別個の権利であるから,
保障実施主体に保障給付の原因となった事由に関して損害賠償責任が発生する
と い う こ と は あ り 得 る 。保 障 実 施 主 体 が 取 得 す る 損 害 賠 償 請 求 権 は 純 然 た る 私 法
上 の 請 求 権 で あ る か ら ,債 権 者 と 債 務 者 が 同 一 人 に 帰 属 す る こ と に な る の で ,債
権 の 混 同 で 損 害 賠 償 請 求 権 は 消 滅 す る こ と に な る( 民 法 5 2 0 条 )か ら ,保 障 実
施主体は第三者には該当しないと考えることが一応は可能である。
こ の 点 に 関 し ,社 会 保 険 各 法 に い う 第 三 者 と は ,社 会 保 険 の 当 事 者 た る 保 険 者
と 被 保 険 者( 共 済 組 合 の 組 合 員 ,健 康 保 険 法 等 の 被 扶 養 者 を 含 む )以 外 の 者 を い
う と す る 見 解( 西 村 健 一 郎『 社 会 保 障 法 』8 0 頁 )が あ る が ,社 会 保 障 給 付 は 保
険 形 式 に 限 ら れ な い の で 汎 用 的 な 定 義 で は な い し ,受 給 権 者 は 被 保 険 者 と は 限 ら
ず ,後 に 検 討 す る よ う に 保 険 者 や 被 保 険 者 が 第 三 者 に 該 当 す る 場 合 も 考 え ら れ る
から,この見解は第三者を一義的に決定できる定義とはいえない。
主 な 社 会 保 障 制 度 に お け る 第 三 者 に つ い て ,簡 単 な 社 会 保 障 制 度 の 紹 介 を 兼 ね
て検討してみる。
(ア) 災害補償
災 害 補 償 制 度 は ,使 用 者 の 危 険 責 任 の 観 点 か ら ,業 務( 公 務 )に 内 在・随 伴 す
る 危 険 が 現 実 化 し て 労 働 者 に 災 害 が 生 じ た 場 合 ,つ ま り 業 務 上( 公 務 上 )の 災 害
に つ い て は ,使 用 者 が 災 害 に よ る 財 産 的 損 失 を ,そ の 過 失・無 過 失 を 問 わ ず 補 償
す る こ と を 主 た る 目 的 と す る 制 度 で あ る 。災 害 補 償 は 使 用 者( 公 務 点 の 場 合 は 国
や 地 方 公 共 団 体 等 )の 法 律 上 の 義 務 で あ る 。 ま た , 法 律 で , 業 務 上 ( 公 務 上 ) の
災 害 に 限 ら ず 業 務( 公 務 )と 密 接 に 関 連 す る 通 勤 に よ る 災 害 の 補 償 や 福 祉 事 業 等
にも 補償の対 象が拡張さ れている 。
災 害 補 償 の 受 給 権 は ,療 養 補 償 ,休 業 補 償 ,障 害 補 償 ,遺 族 補 償 と い っ た も の
が あ り ,そ の 種 類 が 他 の 制 度 の 保 障 給 付 に 比 べ て 広 範 で ,財 産 的 損 失 の か な り の
部分を塡補するもので,損害賠償と調整する範囲が広い。
災 害 補 償 制 度 は 一 元 化 さ れ て い な い 。災 害 補 償 に 関 す る 法 律 と し て ,労 働 基 準
法 ,労 災 保 険 法 ,国 家 公 務 員 災 害 補 償 法 ,裁 判 官 の 災 害 補 償 に 関 す る 法 律 ,地 方
公 務 員 災 害 補 償 法 ,公 立 学 校 の 学 校 医・学 校 歯 科 医・学 校 薬 剤 師 の 災 害 補 償 に 関
する 法律,船 員法,船員 保険法( 職務上の 疾病部門 と年金部分)がある 。
こ れ ら の 法 律 の 大 半 に 第 三 者 行 為 調 整 規 定 が あ る( 労 働 者 災 害 補 償 保 険 法 1 2
条 の 4 ,国 家 公 務 員 災 害 補 償 法 6 条 ,裁 判 官 の 災 害 補 償 に 関 す る 法 律 1 条 ,地 方
公 務 員 災 害 補 償 法 5 9 条 ,公 立 学 校 の 学 校 医・学 校 歯 科 医・学 校 薬 剤 師 の 災 害 補
償 に 関 す る 法 律 7 条 ,船 員 保 険 法 2 5 条 )が ,労 働 基 準 法 上 の 使 用 者 の 災 害 補 償
と 船 員 法 上 の 船 舶 所 有 者 の 災 害 補 償 に 関 し て は ,第 三 者 行 為 調 整 規 定 が お か れ て
いない。
し か し ,使 用 者・船 舶 所 有 者 が 災 害 補 償 を 行 っ た 場 合 は ,損 害 賠 償 の 塡 補 と な
る 部 分 に つ い て は ,民 法 4 2 2 条 の 損 害 賠 償 の 代 位 の 規 定 を 類 推 し て 損 害 賠 償 請
求 権 に 代 位 し( 民 法 4 2 2 条 は 損 害 賠 償 債 務 の 第 三 者 弁 済 で あ る こ と と 全 額 の 弁
済 を し た こ と が 要 件 で あ る が ,損 害 賠 償 債 務 の 第 三 者 弁 済 で は な い こ と と 損 害 賠
償 額 の 全 部 の 消 滅 で は な い こ と が 異 な る の で 類 推 す る の で あ る ),先 に 第 三 者 が
損 害 賠 償 を し た と き は ,同 一 の 事 由 に 関 し て ,そ の 価 額 の 限 度 で 使 用 者 は 災 害 補
償 の 責 任 を 免 れ る も の と さ れ ,こ の 点 は 判 例( 最 判 昭 和 3 6・1・2 4 民 集 1 5
巻1号35頁),学説上も異論はなさそうである。
(A) 労災保険
労 働 者 災 害 補 償 保 険 法( 以 下 ,労 災 保 険 法 と い う )に よ る 労 災 保 険 は 民 間 労 働
者 の 災 害 補 償 制 度 で あ る が ,適 用 事 業 に 関 し て は 労 働 基 準 法 上 の 使 用 者 の 災 害 補
償 責 任( 労 働 基 準 法 8 章 )に つ い て ,政 府 を 保 険 者 と し 使 用 者 の 保 険 料 で 運 営 さ
れる拠出型の強制的な賠償責任保険としての性格を有する制度であるといえる。
し か し ,強 制 保 険 と し て み た 場 合 ,自 動 車 損 害 賠 償 保 障 法( 以 下 ,自 賠 法 と い う )
上 の 加 害 者 請 求 権 に 相 当 す る 使 用 者 の 請 求 権 は 認 め ら れ て お ら ず ,自 賠 法 上 の 被
害者請求権に相当する労働者の保険給付請求権のみが認められている。
ま た ,前 記 の よ う に ,補 償 の 範 囲 も 労 働 基 準 法 上 の 事 業 主 の 災 害 補 償 責 任 の 対
象とならない通勤災害や福祉事業等に補償の範囲が拡張されている。
保 険 者 で あ る 政 府 が 保 障 実 施 主 体 で あ り ,適 用 事 業 で 雇 用 さ れ る 労 働 者 と そ の
遺族が受給権者である。
政 府 が 受 給 権 者 に 労 災 給 付 を し た 場 合 は ,使 用 者 は そ の 限 度 で 災 害 補 償 責 任 を
免 れ る も の と さ れ て い る( 労 働 基 準 法 8 4 条 1 項 )が ,使 用 者 が 損 害 賠 償 義 務 者
で も あ る と き( た と え ば ,運 行 供 用 者 責 任 ,使 用 者 責 任 ,安 全 配 慮 義 務 違 反 に よ
る 損 害 賠 償 責 任 な ど )は ,損 害 賠 償 義 務 者 と し て の 使 用 者 は ,第 三 者 行 為 調 整 規
定( 労 災 保 険 法 1 2 条 の 4 )の 第 三 者 に 該 当 す る か ど う か が 使 用 者 の 災 害 補 償 責
任との関係で問題となる。
労 災 の 通 達 ( 平 成 1 7 ・2 ・ 1 基 発 0 2 0 1 0 0 9 号 ) は , 使 用 者 は 第 三 者 に
は 該 当 し な い と す る 。そ の 理 由 は ,第 三 者 と は ,当 該 災 害 に 係 る 保 険 関 係 の 当 事
者( 保 険 者 ,事 業 主 で あ る 使 用 者 ,被 災 労 働 者・そ の 遺 族 )以 外 の 者 を い う と し
て い る の で あ る が ,理 論 的 に は ,受 給 権 と 損 害 賠 償 請 求 権 は 発 生 要 件 も 権 利 の 性
質 も 異 な る も の で あ る か ら ,こ の 通 達 の よ う に は い え な い 。か つ て は ,労 災 の 通
達 も ,第 三 者 と は 保 険 者( 政 府 )及 び 被 害 労 働 者 以 外 の 者 で あ っ て ,当 該 災 害 に
つ き 損 害 賠 償 の 責 を 負 担 す る 者 を い う と し て い た( 昭 和 3 0・1 1・2 2 基 災 発
301号)。
ま た ,政 府 が 受 給 権 者 に 労 災 給 付 を 行 っ た 場 合 に 使 用 者 に 損 害 賠 償 請 求 権 を 行
使すると労災制度の目的に不合理な結果が生じるから使用者やその被用者は第
三 者 に 該 当 し な い と す る 見 解( 西 村 健 一 郎『 社 会 保 障 法 』9 2 頁 )も あ る が ,賛
成 で き な い 。労 災 給 付 先 行 の 場 合 は こ の よ う に い え て も ,損 害 賠 償 先 行 の 場 合 の
第三者性を否定する理由にはならないからである。
使 用 者 が 第 三 者 か ど う か は ,労 災 給 付 が 先 行 し た 場 合 と 損 害 賠 償 が 先 行 し た 場
合を 分けて検 討する必 要がある。
労 災 給 付 が 先 行 し た 場 合 は ,給 付 の 価 額 の 限 度 で 使 用 者 は 労 働 者 に 対 す る 損 害
賠 償 義 務 を 免 れ る と 考 え ら れ ,労 災 給 付 の 限 度 で 取 得 す べ き 損 害 賠 償 請 求 権 が 消
滅 す る と 考 え ら れ る か ら ,取 得 す る べ き 損 害 賠 償 請 求 権 が 存 在 し な い こ と に な り ,
補 償 給 付 先 行 の 場 合 は ,事 業 主 は 第 三 者 で は な い と い う こ と に な る 。こ の 点 を も
う少し検討する。
労災給付があった場合に使用者が同一の事由による損害賠償責任を免れると
い う 明 文 の 規 定 は な い が ,使 用 者 は 政 府 か ら 労 災 給 付 が あ っ た 場 合 は ,同 一 の 事
由について,給付の価額の限度で損害賠償の責任を免れると解するべきである。
労 働 基 準 法 で は ,事 業 主 が 災 害 補 償 を し た 場 合 は 同 一 の 事 由 に よ る 損 害 賠 償 義
務 を 免 れ る と さ れ て い る( 同 法 8 4 条 2 項 )。な お ,条 文 で は 民 法 に よ る 損 害 賠
償 の 責 を 免 れ る と 規 定 さ れ て い る が ,民 法 上 の 損 害 賠 償 義 務 に 限 ら れ な い と 考 え
る べ き で あ る 。同 様 の 規 定 で あ る 国 家 公 務 員 災 害 補 償 法 5 条 1 項 ,地 方 公 務 員 災
害 補 償 法 5 8 条 1 項 で は ,損 害 賠 償 一 般 に つ い て 責 を 免 れ る と し て い る 。こ の 損
害 賠 償 責 任 を 免 れ る と い う 意 味 は ,損 失・損 害 の 重 複 部 分 は 公 平 の 観 点 か ら 同 一
義 務 者 に 二 重 の 塡 補 を さ せ る こ と は 相 当 で は な い と 考 え て ,損 害 賠 償 義 務 を 免 責
させるという意味である。
労 災 給 付 は ,使 用 者 の 労 働 基 準 法 上 の 災 害 補 償 義 務 を 政 府 が 保 険 給 付 の 形 式 で
行 う も の で あ る か ら ,労 災 給 付 に よ っ て 使 用 者 の 災 害 補 償 義 務 が 履 行 さ れ た こ と
に な り( 労 働 基 準 法 8 4 条 1 項 ),労 災 給 付 が あ っ た 場 合 は 事 業 主 の 損 害 賠 償 義
務 は 免 責 さ れ る と 考 え ら れ る( 最 判 昭 和 5 2・1 0・2 5 民 集 3 1 巻 6 号 8 3 6
頁参照)。
以 上 か ら ,労 災 保 険 で は ,使 用 者 は 労 災 給 付 先 行 の 場 合( 労 災 保 険 法 1 2 条 の
4 第 1 項 )の 免 責 条 項 の 損 害 賠 償 義 務 者 に は 該 当 し な い と い う 意 味 で は ,労 災 給
付先行の場合に限っては,第三者ではないといえる。
し か し ,上 記 の よ う に 受 給 権 と 損 害 賠 償 請 求 権 は 異 な る 権 利 で あ る か ら ,政 府
が 使 用 者 と は 異 な る 保 険 者 と い う 立 場 で 行 う 労 災 給 付 に 関 し て は ,使 用 者 は 代 位
条 項 の 損 害 賠 償 義 務 者 に な る か ら ,損 害 賠 償 先 行 の 場 合 に は 第 三 者 に 該 当 す る と
解するべきである。
も っ と も ,使 用 者 が 先 に 損 害 賠 償 を 行 っ た 場 合 に ,使 用 者 は 受 給 権 者 が 有 す る
未 支 給 の 労 災 保 険 請 求 権 に 代 位 で き る か ど う か が 問 題 と な る が ,判 例( 最 判 平 成
1・4・2 7 民 集 4 3 巻 4 号 2 7 8 頁 )は ,労 災 保 険 法 に 基 づ く 保 険 給 付 と 損 害
賠 償 は 制 度 趣 旨・目 的 を 異 に す る も の で あ り ,民 法 4 2 2 条 の 損 害 賠 償 の 代 位 の
規 定 を 類 推 す る こ と が で き な い こ と と ,損 害 賠 償 を 先 に 行 っ た 使 用 者 が 労 災 保 険
請 求 権 を 取 得 す る 規 定 が な い こ と を 理 由 に ,代 位 は で き な い と し て い る の で ,使
用 者 は 受 給 権 者 に 先 に 労 災 給 付 を 受 け る こ と を 要 請 す る こ と に な り ,受 給 権 者 と
し て も 確 実 に 給 付 が 受 け ら れ る 労 災 保 険 給 付 を 先 に 受 給 し て か ら ,差 額 に つ い て
使 用 者 に 対 し て 損 害 賠 償 を 請 求 す る こ と に な る 場 合 が 多 い と 思 わ れ る か ら ,こ の
点が問題となることは実務上はあまりない。
と こ ろ で ,災 害 補 償 義 務 と 損 害 賠 償 義 務 が 実 質 的 に 同 一 人 に あ る 場 合 は ,給 付
が 重 複 す る 部 分 に つ い て ど の よ う な 調 整 が 必 要 か と い う 議 論 が あ っ た と こ ろ ,判
例( 最 判 昭 和 5 2・1 0・2 5 民 集 3 1 巻 6 号 8 3 6 頁 )は ,損 害 賠 償 の 場 面 で
は ,使 用 者 加 害 事 案 も 第 三 者 加 害 事 案 と 同 じ よ う に ,将 来 の 年 金 分 は 損 害 賠 償 に
お け る 損 害 の 塡 補 と は な ら な い と の 判 断 を 示 し た の で ,昭 和 5 5 年 の 労 災 保 険 法
の 改 正 で ,使 用 者 に 損 害 賠 償 責 任 が あ る 場 合 の 労 災 保 険 の 年 金 給 付 と 損 害 賠 償 の
調 整 に つ い て は ,障 害 補 償 年 金・遺 族 補 償 年 金・障 害 年 金・遺 族 年 金 の 各 前 払 一
時 金 の 限 度 で 労 災 保 険 給 付 を 先 行 さ せ て ,一 定 の 範 囲 で 使 用 者 の 損 害 賠 償 債 務 の
履 行 猶 予 と 免 責 と い う 趣 旨 の 調 整 規 定 を 設 け て( 労 災 保 険 法 6 4 条 ),年 金 給 付
に限っては立法的な解決がされている。
次 に ,国 に 損 害 賠 償 義 務 が あ る 場 合( た と え ば ,国 家 賠 償 責 任 )は ,労 災 保 険
の保険者である政府も国も同一の法主体であるから第三者にはならないのでは
ないかという問題がある。
労 災 保 険 制 度 は ,立 法 政 策 上 ,政 府 を 保 険 者 と し て 保 障 実 施 主 体 に し て い る だ
け で ,給 付 金 は 使 用 者 の 保 険 料 を 財 源 と す る 保 険 制 度 で あ る 。国 の 損 害 賠 償 の 履
行 は 国 民 の 税 金 を 原 資 と す る も の で あ っ て ,そ の 支 払 財 源 が 労 災 保 険 と は 異 な る
か ら ,保 険 者 と し て の 政 府 と 損 害 賠 償 義 務 者 と し て の 国 は 民 法 5 2 0 条 に い う 同
一 人 と は い え ず ,政 府 が 保 険 給 付 を 行 っ て 取 得 し た 国 に 対 す る 損 害 賠 償 請 求 権 は
債 権 の 混 同 で 消 滅 し な い と 解 す る べ き で あ る か ら ,国 は 第 三 者 と な る と 考 え ら れ
る。前記の労災の通達も国が第三者となることを認めている。
(B) 地方公務員災害補償
地 方 公 共 団 体 と 一 般 地 方 独 立 行 政 法 人( 以 下 ,地 方 公 共 団 体 等 と い う )の 常 勤
職 員 の 公 務 上 の 災 害( 労 災 の 業 務 上 の 災 害 と 同 じ で あ る )と 通 勤 に よ る 災 害 の 補
償 に つ い て は ,地 方 公 務 員 災 害 補 償 法( 以 下 ,地 公 災 法 と い う )に 定 め ら れ て い
る。
地 公 災 法 の 公 務 上 の 災 害 に よ る 災 害 補 償 の 部 分 は ,地 方 公 務 員 法 4 5 条 2 項 を
受 け た も の で あ る が ,通 勤 災 害 に よ る 災 害 補 償 や 福 祉 事 業 の 部 分 は 独 自 の 補 償 と
なっている。この点は労災保険法と同様である。
補償給付の内容は,労災保険法とほとんど同じである。
保 障 実 施 主 体 は ,被 災 し た 地 方 公 共 団 体 等 の 職 員 が 属 す る 地 方 公 共 団 体 等( 労
災 の 場 合 の 使 用 者 に 相 当 す る )で は な く ,地 公 災 法 に よ っ て 補 償 事 務 を 行 う も の
と し て 設 立 さ れ た 地 方 公 務 員 災 害 補 償 基 金( い わ ゆ る 地 方 共 同 法 人 で あ る 。以 下 ,
基 金 と い う )が 所 管 す る も の と さ れ て い る 。地 方 公 共 団 体 等 に 所 属 す る 職 員 と そ
の遺 族が受給権 者であ る。
保 障 給 付 の 原 資 は ,地 方 公 共 団 体 等 が 拠 出 す る 負 担 金 を 主 た る 財 源 と す る も の
で あ っ て ,地 公 災 制 度 が 拠 出 金 で 運 営 さ れ て い る と い う 点 で 捉 え る と ,こ の 制 度
は 保 険 に 類 似 す る が ,行 政 組 織 的 に は 基 金 は 一 部 事 務 組 合 の 性 質 を 有 す る も の で ,
地方公共団体等の行うべき災害補償を代行実施するという点で労災保険制度と
は 根 本 的 に 異 な っ て い る 。つ ま り ,労 災 保 険 は 保 険 者 で あ る 政 府 が 保 険 給 付 と し
て 行 う が ,地 公 災 制 度 で は 基 金 が 行 う 保 障 給 付 は 所 属 地 方 公 共 団 体 等 の 災 害 補 償
責任の履行そのものであるということである。
地 方 公 共 団 体 等 が 受 給 権 者 に 対 し て 損 害 賠 償 義 務 が あ る 場 合 は ,地 方 公 共 団 体
等 は 第 三 者 行 為 調 整 規 定( 地 公 災 法 5 9 条 )の 第 三 者 に は 該 当 せ ず ,こ れ と は 異
なる 調整規定 が設けら れている。
こ の 場 合 は ,基 金 が 保 障 給 付 を し た と き は ,同 一 の 事 由 に つ い て ,地 方 公 共 団 体
等 は 損 害 賠 償 義 務 を 免 れ ,地 方 公 共 団 体 等 が 損 害 賠 償 を し た と き は ,そ の 価 額 の
限度で基金は補償義務を免れるとされている(地公災法58条)。
こ の 立 法 趣 旨 は ,労 働 基 準 法 8 4 条 と 同 じ だ と 考 え る べ き で あ る 。地 公 災 制 度
では基金が被災職員の所属する地方公共団体等の災害補償の代行実施機関であ
る か ら ,基 金 は 災 害 補 償 に 関 し て は 当 該 地 方 公 共 団 体 等 と 同 一 視 で き る か ら で あ
る。
具体的な調整の方法に関しては,通達(昭和56・12・25地基補45号)
で,労災保険法64条と同趣旨の内容が定められている。
基 金 自 体 に 損 害 賠 償 責 任 が あ る 場 合 の 規 定 は な い 。基 金 は 地 方 公 共 団 体 等 と は
独 立 の 法 主 体 で あ り 損 害 賠 償 義 務 者 と な り う る が ,労 災 保 険 に お け る 保 険 者 で あ
る 政 府 と は 異 な り ,補 償 実 施 機 関 と し て の み 存 立 し て い る こ と を 考 え れ ば ,第 三
者ではないと考えるべきで,地公災法58条と同じ調整が行われるべきである。
こ の 点 に 関 し ,基 金 の 通 達( 昭 和 4 3・5・1 0 地 基 補 1 5 1 号 )は ,第 三 者
と は ,被 災 職 員 及 び 当 該 職 員 の 所 属 す る 地 方 公 共 団 体 な ら び に 基 金 以 外 の も の を
いう,としており,妥当な定義であるといえる。
(C) 国家公務員災害補償
国 家 公 務 員 の 公 務 上 の 災 害 補 償 に つ い て は ,国 家 公 務 員 災 害 補 償 法( 以 下 ,国
公災 法という )に定め られている 。
国 公 災 法 の 公 務 上 の 災 害 に よ る 災 害 補 償 の 部 分 は ,国 家 公 務 員 法 9 3 条 2 項 を
受 け た も の で あ る が ,通 勤 災 害 に よ る 災 害 補 償 や 福 祉 事 業 の 部 分 は 独 自 の 補 償 と
なっている。この点は地公災法,労災保険法と同じである。
保 障 給 付 の 内 容 は ,地 公 災 法 と 同 じ で あ る 。災 害 補 償 の 実 施 機 関 は ,人 事 院 と
人 事 院 が 指 定 す る 機 関 で あ る 。い ず れ も 国 の 組 織 で あ る か ら ,法 主 体 は 国 そ の も
の で あ る 。受 給 権 者 は 一 般 職 の 国 家 公 務 員 と そ の 遺 族 で あ る 。保 障 給 付 の 原 資 は ,
国の予算である。
国が受給権者に対して損害賠償責任がある場合は,国は第三者行為調整規定
(国公災法6条)の第三者ではなく,別の調整規定が設けられている。
こ の 場 合 は ,国 が 保 障 給 付 を し た と き は ,そ の 限 度 で 国 は 損 害 賠 償 義 務 を 免 れ ,
国 が 損 害 賠 償 を し た と き は ,同 一 の 事 由 に 関 し て ,そ の 限 度 で 国 は 補 償 義 務 を 免
れるとされている(国公災法5条)。
こ の立法趣旨 は,労働 基準法8 4条と全く同じである。
(イ) 医療保険
医 療 保 険( 健 康 保 険 法 ,国 民 健 康 保 険 法 ,船 員 保 険 法 )は ,労 働 災 害 以 外 の 傷
病等について,医療を中心とした保障給付を行うものである。
ま た ,国 家 公 務 員 共 済 組 合 法 ,地 方 公 務 員 等 共 済 組 合 法 ,私 立 学 校 教 職 員 共 済
法 に よ る 短 期 給 付( 共 済 制 度 で は ,そ れ 以 外 に 厚 生 年 金 に 相 当 す る 長 期 給 付 等 が
ある)も健康保険の代行機能を有している。
医 療 保 険 制 度 は ,医 療 を 中 心 と し た 公 的 給 付 制 度 で ,災 害 補 償 の よ う に 損 失 塡
補 を 主 た る 目 的 と す る も の で は な い が ,給 付 原 因 が 第 三 者 の 加 害 行 為 に よ っ て 生
じた場合は,その損失を塡補する結果となるのは,災害補償と同じである。
こ れ ら の 医 療 保 険 の 制 度 は ,拠 出 型 の 保 険 や 共 済 で ,強 制 加 入 で あ る が ,費 用
の負担は制度によって異なっている。
健 康 保 険 制 度 で は ,全 国 健 康 保 険 協 会 を 保 険 者 と す る 場 合 と 健 康 保 険 組 合 を 保
険者 とする場 合があり, 前者を協 会健保, 後者を組 合健保と呼んでいる 。
保 険 者 が 保 障 実 施 主 体 で あ り ,被 保 険 者( 事 業 所 に 使 用 さ れ る 者 で 適 用 事 業 所
の 場 合 は 強 制 被 保 険 者 ,適 用 事 業 所 で な い 場 合 は 任 意 包 括 被 保 険 者 ,こ れ ら の 被
保 険 者 で あ っ た 者 が 解 雇・退 職 等 で 被 保 険 者 資 格 を 失 っ た 場 合 は 一 定 の 要 件 で 任
意 継 続 加 入 が 認 め ら れ る )と そ の 被 扶 養 者 が 受 給 権 者 で あ る 。費 用 負 担 は ,国 庫
負 担 を 除 く と ,使 用 者 が 被 保 険 者 と 費 用 を 折 半 す る も の の ,保 険 料 の 納 付 義 務 者
は 使 用 者 で あ る 。な お ,組 合 健 保 の 場 合 は 使 用 者 の 負 担 部 分 を 規 約 に よ り 増 加 さ
せることができ,任意継続の場合は被保険者に納付義務がある。
国 家 公 務 員 共 済 制 度 で は ,国 家 公 務 員 共 済 組 合 法 に よ る 共 済 組 合( 法 人 で あ り ,
現 在 は 各 省 庁 等 ご と に 組 織 さ れ て い て 2 1 団 体 あ る )が 保 障 実 施 主 体 で ,組 合 員
( 各 省 庁 等 の 職 員 )と そ の 被 扶 養 者 が 受 給 権 者 で あ る 。費 用 の 負 担 は ,国 の 負 担
金 と 組 合 員 の 掛 金 で あ る が ,そ の 負 担 割 合 は 折 半 で ,国 の 負 担 金 は 各 省 庁 等 の 長
に 支 払 義 務 が あ り ,組 合 員 も 掛 金 の 支 払 義 務 が あ る が ,組 合 員 に 対 す る 給 与 支 払
機関は給与等から掛金を天引きして共済組合に支払うこととなっている。
地 方 公 務 員 等 共 済 制 度 で は ,地 方 公 務 員 共 済 組 合 法 に よ る 共 済 組 合( 法 人 で あ
り ,職 員 の 所 属 等 に よ っ て 6 種 類 に 別 れ て お り ,現 在 は 6 0 団 体 あ る )が 保 障 実
施 主 体 で あ り ,組 合 員( 地 方 公 共 団 体 等 の 職 員 )と そ の 被 扶 養 者 が 受 給 権 者 で あ
る。費用の負担は,地方公共団体等の負担金と組合員(地方公共団体等の職員)
の 掛 金 で あ る が ,そ の 負 担 割 合 は 折 半 で ,地 方 公 共 団 体 の 負 担 金 は 各 地 方 公 共 団
体 等 に 支 払 義 務 が あ り ,組 合 員 も 掛 金 の 支 払 義 務 が あ る が ,組 合 員 に 対 す る 給 与
支払機関は給与等から掛金を天引きして共済組合に支払うこととなっている。
私 立 学 校 教 職 員 共 済 制 度 で は ,共 済 制 度 を 管 掌 す る 日 本 私 立 学 校 振 興・共 済 事
業 団 が 保 障 実 施 主 体 で あ り ,加 入 者( 学 校 法 人 の 教 職 員 )と そ の 被 扶 養 者 が 受 給
権 者 で あ る 。そ の 費 用 は 学 校 法 人 等 の 負 担 金 と そ の 教 職 員 の 掛 金 で ,そ の 負 担 割
合は折半であるが,保障実施主体に対する納付義務者は学校法人等である。
船 員 保 険 制 度 は ,政 府 を 保 障 実 施 主 体 で あ る 保 険 者 ,船 員 を 被 保 険 者 と す る 総
合 保 険 で ,労 災 保 険・健 康 保 険・雇 用 保 険 か ら な っ て い る( 職 務 外 の 年 金 は 厚 生
年 金 保 険 に よ る )。そ の う ち ,職 務 外 の 疾 病( 健 康 保 険 に 相 当 す る )に 関 す る 受
給 権 者 は 船 員 と そ の 被 扶 養 者 で あ る 。費 用 の 負 担 は ,国 庫 負 担 を 除 く と ,船 舶 所
有者 と船員の 折半とされ るが,保 険料の納 付義務者 は船舶所有者である 。
国 民 健 康 保 険 制 度 で は ,市 町 村・特 別 区・国 民 健 康 保 険 組 合 を 保 障 実 施 主 体 で
あ る 保 険 者 と し て い る 。市 町 村・特 別 区 が 保 険 者 と な る 場 合 は 区 域 内 の 住 民( 他
の 医 療 保 険 等 の 被 保 険 者 を 除 く )を 被 保 険 者 と し ,国 民 健 康 保 険 組 合( 地 区 内 に
住 所 を 有 す る 同 種 事 業・同 種 業 務 に 従 事 す る 組 合 員 で 組 織 さ れ る 組 合 で 法 人 で あ
る 。医 療 従 事 者 の 組 合 な ど が あ る )が 保 険 者 と な る 場 合 は ,組 合 員 と そ の 世 帯 に
属 す る 者 を 被 保 険 者 と し て い る 。こ の 制 度 で は 受 給 権 者 は 被 保 険 者 で あ る 。費 用
の負担は国庫負担以外は世帯主・組合員からの保険料である。
高 齢 者 の 医 療 の 確 保 に 関 す る 法 律 に 基 づ く 後 期 高 齢 者 医 療 保 険 制 度 で は ,都 道
府 県 ご と に 組 織 さ れ た 後 期 高 齢 者 医 療 広 域 連 合 が 保 障 実 施 主 体 で あ り ,各 後 期 高
齢 者 医 療 広 域 連 合 の 地 区 内 に 居 住 す る 7 5 歳 以 上 の 者( 6 5 歳 以 上 7 5 歳 未 満 の
一定の障害を有する者を含む)が受給権者(被保険者)である。費用の負担は,
公費 と支援金 の他は被保 険者の保 険料であ る。
保 障 給 付 の 内 容 は ,国 民 健 康 保 険 と 後 期 高 齢 者 医 療 保 険 で は 医 療 に 関 す る 保 険
給 付 だ け で あ る が ,健 康 保 険・各 種 共 済・船 員 保 険 で は ,こ れ 以 外 に 休 業 給 付 と
して 傷病手当 金の支給が される。
こ れ ら の 医 療 に 関 す る 保 険 と 共 済 に 関 す る 法 律 に は ,全 部 ,第 三 者 行 為 調 整 規
定 が お か れ て い る( 健 康 保 険 法 5 7 条 ,国 家 公 務 員 共 済 組 合 法 4 8 条 ,地 方 公 務
員 共 済 組 合 法 5 0 条 ,私 立 学 校 教 職 員 共 済 法 2 5 条 ,船 員 保 険 法 2 5 条 ,国 民 健
康 保 険 法 6 4 条 1 項・2 項 ,高 齢 者 の 医 療 の 確 保 に 関 す る 法 律 5 8 条 1 項・2 項 )。
医 療 に 関 す る 保 険・共 済 制 度 は ,広 く は ,国 民 が 健 康 で 文 化 的 な 生 活 を 営 む た
めに必要不可欠な良質の医療を提供することを保障するための制度であるとい
え る( 共 済 制 度 は 加 入 者 の 相 互 扶 助 の 制 度 で も あ る )が ,第 三 者 の 加 害 行 為 に よ
っ て 給 付 原 因 が 生 じ た 場 合 は ,損 害 の 塡 補 と な る こ と は 災 害 補 償 の 場 合 と 異 な ら
ない。
こ の 制 度 は ,災 害 補 償 制 度 の よ う に 使 用 者( 公 務 員 の 場 合 は 所 属 す る 公 共 団 体 )
の 責 任 を 前 提 す る も の で は な く ,使 用 者 に は 被 用 者 の 業 務 外 の 私 傷 病 に よ る 損 失
を 塡 補 す る 義 務 は 本 来 的 に は な い か ら ,使 用 者 が 制 度 上 の 費 用 の 一 部 負 担 者 に な
っ て い て も ,第 三 者 に 該 当 す る と 解 す る べ き で あ る 。具 体 的 に は ,健 康 保 険 制 度
に お け る 使 用 者 ,国 家 公 務 員 共 済 制 度 に お け る 国 や ,地 方 公 務 員 等 共 済 制 度 に お
け る 地 方 公 共 団 体 等 ,私 立 学 校 教 職 員 共 済 制 度 に お け る 学 校 法 人 ,船 員 保 険 制 度
における船舶所有者である。
行 政 解 釈 は ,健 康 保 険 に 関 し て は ,受 給 権 者 の 使 用 者 ま た は そ の 被 用 者 が 加 害
者 で あ る と き は ,そ れ ら の 者 も 当 然 第 三 者 に あ た る し ,使 用 者 責 任 を 負 う べ き 場
合 に あ っ て は ,そ の 使 用 者 も ま た 第 三 者 に あ た る と し て い る( 昭 和 3 1・7・3
1保 文発582 8号) 。
ま た ,被 保 険 者 の 被 扶 養 者 に 受 給 権 を 与 え た の は ,被 扶 養 者 の 傷 病 が 結 局 は 被
保 険 者 の 経 済 的 負 担 と な る こ と を 考 慮 し た た め で あ る が ,医 療 保 険 制 度 は ,民 法
上 の 扶 養 義 務 を 担 保 す る 制 度 で は な い か ら ,健 康 保 険 制 度・船 員 保 険 に お け る 被
扶 養 者 の 保 険 給 付 に 関 す る 当 該 被 保 険 者 ,各 種 共 済 制 度 に お け る 組 合 員( 加 入 者 )
の 被 扶 養 者 の 保 障 給 付 に 関 す る 当 該 組 合 員( 加 入 者 ),国 民 健 康 保 険 制 度 に お け
る被保険者の世帯主は第三者に該当すると解すべきである。
こ の 点 に 関 し ,第 三 者 と は 保 険 給 付 を 受 け る 権 利 を 有 す る 者 で あ る 被 保 険 者 以
外 の 者 で あ る と す る 見 解 が あ る(『 健 康 保 険 に お け る 第 三 者 行 為 保 険 事 故 の 求 償
の実務』15頁)が,健康保険では受給権は被保険者の被扶養者にもあるから,
こ の 見 解 は 安 当 で は な く ,も し ,こ の 見 解 に 立 つ と す る と ,保 険 事 故 が 交 通 事 故
で 被 保 険 者 が 運 行 供 用 者 ,被 害 者 が 被 保 険 者 の 被 扶 養 者 で あ る 場 合 は ,保 障 実 施
主体 は保障給付 を行っ ても被保険 者 に損害 賠償請求 権の行使ができない という
不合理な結果になるし,健康保険の求償実務にも反することになる。
さ ら に ,保 障 実 施 主 体 が ,制 度 の 運 営 の た め だ け に 存 立 し て い る 場 合( 健 康 保
険 の 全 国 健 康 保 険 協 会 と 健 康 保 険 組 合 ,各 種 共 済 制 度 の 共 済 組 合 と 日 本 私 立 学 校
振 興・共 済 事 業 団 ,国 民 健 康 の 国 民 健 康 保 険 組 合 ,後 期 高 齢 者 医 療 制 度 の 後 期 高
齢 者 医 療 広 域 連 合 )は 第 三 者 に は 該 当 し な い が ,単 に 保 険 制 度 の 政 策 上 の 理 由 か
ら保 険者になっ ている場 合(船員 保険の政 府と国民 健康保険の市町村・ 特別区)
は民法520条の混同における同一人には該当せず第三者に該当すると解する
べきである。
な お ,健 康 保 険 の 被 保 険 者 等 の 費 用 負 担 を す る 者 で 第 三 者 に 該 当 す る 者 が 損 害
賠 償 を 先 に 行 っ た 場 合 は ,保 障 実 施 主 体 は 同 一 の 事 由 に つ い て 賠 償 額 の 限 度 で 保
障 義 務 を 免 れ る が ,こ の 第 三 者 は 費 用 負 担 を 理 由 に 受 給 権 者 の 受 給 権 に 代 位 す る
ことはないと解するべきである。
(ウ )
公的年金
公的年金保険(国民年金法,厚生年金保険法)は,老後の所得保障を中心に,
障害・死亡による生活保障を主たる目的に行う年金による保障制度である。
ま た ,国 家 公 務 員 共 済 組 合 法 ,地 方 公 務 員 等 共 済 組 合 法 ,私 立 学 校 教 職 員 共 済
法による長期給付も年金保険の代行機能を有している。
こ れ ら の 公 的 年 金 の 制 度 は ,老 齢 ,障 害 ,死 亡 に よ る 生 活 保 障 を 主 た る 目 的 と
す る 公 的 給 付 の 制 度 で あ る が ,障 害 と 死 亡 の 原 因 が 第 三 者 の 加 害 行 為 に よ っ て 生
じ る 場 合 も あ り ,こ の 場 合 は 給 付 が 損 害 の 塡 補 に な る の は ,災 害 補 償 と 同 様 で あ
る。
年 金 制 度 は ,全 国 民 に 対 し て ,国 民 年 金 か ら ,老 齢 基 礎 年 金・障 害 基 礎 年 金 ・
遺 族 基 礎 年 金 と い う 3 種 類 の 基 礎 年 金 が 支 給 さ れ ,こ れ ら の 基 礎 年 金 の 上 乗 せ と
し て ,自 営 業 者 の 場 合 は 国 民 年 金 法 に よ る 任 意 加 入 の 国 民 年 金 基 金 に よ る 給 付 が ,
適 用 事 業 所 の 従 業 員 の 場 合 は 厚 生 年 金 保 険 法 に よ る 厚 生 年 金 が ,公 務 員 等 の 場 合
は 各 種 共 済 に よ る 共 済 年 金 が ,そ れ ぞ れ 上 乗 せ さ れ る と い う 2 階 建 て 構 造 に な っ
て い る( そ れ 以 外 に 厚 生 年 金 保 険 法 で は 任 意 加 入 の 厚 生 年 金 基 金 が ,各 種 共 済 で
は職域担当部分が上乗せされる)。
国 民 年 金 は ,保 障 実 施 主 体 は 政 府 で あ り ,受 給 権 者 は 被 保 険 者 と そ の 遺 族 で あ
る。 費用は , 国庫負担を除けば , 被保険者 の保険料である。
厚 生 年 金 は ,保 障 実 施 主 体 は 政 府 で あ り ,受 給 権 者 は 被 保 険 者( 適 用 事 業 所 に
使 用 さ れ る 7 0 歳 未 満 の 者 )と そ の 遺 族 で あ る 。費 用 の 負 担 は ,国 庫 負 担 を 除 け
ば 保 険 料 で あ り ,そ の 負 担 割 合 は 適 用 事 業 所 の 使 用 者 と 被 保 険 者 と の 折 半 で あ る
が,納付義務者は使用者である。
共 済 制 度 の 保 障 実 施 主 体 と 受 給 権 者( た だ し 被 扶 養 者 で は な く 遺 族 に も 受 給 権
がある),費用負担は短期給付の場合と変わらない。
障 害 年 金 と 遺 族 年 金 の 場 合 は ,そ の 原 因 は 業 務 上 外( 公 務 上 外 )を 問 わ な い が ,
業 務 上( 公 務 上 )の も の と し て 災 害 補 償 が 行 わ れ る 場 合 は ,国 民 年 金 と 厚 生 年 金
で は 6 年 間 の 支 給 停 止( 国 民 年 金 法 3 6 条・4 1 条 ,厚 生 年 金 保 険 法 5 4 条 1 項・
6 4 条 ),共 済 で は 一 部 に つ い て 支 給 停 止( 国 家 公 務 員 共 済 組 合 法 8 7 条 の 4 ・
9 3 条 の 3 ,地 方 公 務 員 等 共 済 組 合 法 9 5 条・9 9 条 の 8 ,私 立 学 校 教 職 員 共 済
法25条)という方法で年金間の調整が行われる。
公 的 年 金 に 関 す る 法 律 に は ,全 部 ,第 三 者 行 為 調 整 規 定 が お か れ て い る( 厚 生
年 金 保 険 法 4 0 条 ,国 民 年 金 法 2 2 条・1 3 3 条 ,国 家 公 務 員 共 済 組 合 法 1 4 8
条,地方公務員共済組合法50条,私立学校教職員共済法25条)。
公 的 年 金 の う ち ,老 齢 年 金( 共 済 の 場 合 は 退 職 年 金 と 呼 ん で い る )は ,一 定 の
年 齢( 原 則 は 6 5 歳 )に 達 し た こ と が 受 給 権 の 発 生 原 因 で 損 害 賠 償 請 求 権 の 発 生
原 因 に は な ら な い が ,障 害 年 金 に お け る 障 害 の 原 因 と な る 事 象( た と え ば 交 通 事
故 に よ る 受 傷 )や 遺 族 年 金 に お け る 死 亡 が ,損 害 賠 償 請 求 権 の 発 生 原 因 で あ る 場
合がある。
第 三 者 行 為 調 整 規 定 の 第 三 者 に つ い て は ,医 療 保 険・共 済 制 度 と 同 様 に 考 え る
べきである。
(エ) 介護保険
介 護 保 険 は ,介 護 保 険 法 に 基 づ く 要 介 護・要 支 援 状 態 に な っ た 高 齢 者 等 の 要 介
護状態の軽減や悪化防止等を目的とする保健医療サービス及び福祉サービスに
係る給付を行う保険制度である。
保 障 実 施 主 体 で あ る 保 険 者 は 市 町 村 及 び 特 別 区 で あ り ,受 給 権 者 は 被 保 険 者 で
ある市町村の区域内に居住する65歳以上の者と40歳以上65歳未満の者で
医 療 保 険 の 加 入 者 で あ り ,費 用 の 負 担 は ,国 と 都 道 府 県 の 負 担 以 外 は ,6 5 歳 以
上の被保険者の保険料である。
要 介 護・要 支 援 状 態 が 業 務 上 の 災 害 に 起 因 す る 場 合 で 介 護 補 償 の 受 給 権 が あ る
ときは,その限度で介護保険給付は行われない。
介 護 保 険 法 に は 第 三 者 行 為 調 整 規 定 が お か れ て い る( 同 法 2 1 条 1 項・2 項 )。
要 介 護・要 支 援 状 態 が 第 三 者 の 加 害 行 為 に 起 因 す る 場 合 が 考 え ら れ る か ら で あ
る。
第 三 者 行 為 調 整 規 定 の 第 三 者 に つ い て は ,医 療 保 険 共 済 制 度 と 同 様 に 考 え る べ
きである。
(2)損害賠償義務の存在
第三者行為調整規定の第三者のもう一つの要件である損害賠償貢任を負担す
る 者 と は ,民 事 上 の 損 害 賠 償 責 任 を 負 担 す る 者( 損 害 賠 償 義 務 者 )を い う 。損 害
賠 償 責 任 は 債 務 不 履 行 に よ る も の と 事 実 行 為 に よ る も の が あ り ,後 者 は 民 法( 民
法709条・714条・715条・716条・717条・718条)以外にも,
自 賠 法 3 条 ,国 家 賠 償 法 等 に よ る も の が あ る が ,こ こ で は ,損 害 賠 償 責 任 と い え
るかどうかについて,問題となるものについて検討する。
(ア)強制保険の被害者請求権
交 通 事 故 に よ る 人 身 損 害 に つ い て ,自 賠 法 1 6 条 1 項 は ,自 賠 法 3 条 の 運 行 供
用者責任が発生したときは被害者は政令で定めるところにより保険会社に対し
保 険 金 の 限 度 に お い て ,損 害 賠 償 額 の 支 払 い を 請 求 す る こ と が で き る と 定 め て お
り,この請求権は被害者請求権と呼ばれている。
被 害 者 請 求 権 は ,自 賠 法 で 保 険 契 約 関 係 に な い 被 害 者 に 対 し 保 険 会 社 に 直 接 支
払いを請求することができることを認めた法定の請求権である。
こ の 被 害 者 請 求 権( 同 法 2 3 条 の 3 で 準 用 さ れ る 責 任 共 済 契 約 を 含 む )を 保 障
給付によって保障実施主体が取得するのかどうかが問題となる。
実 務 運 用 で は ,保 障 実 施 主 体 が 保 障 給 付 を 行 っ た と き は ,被 害 者 請 求 権 を 取 得
す る も の と し て ,強 制 保 険 会 社 等 と の 協 定 に 基 づ い て ,加 害 者 の 自 賠 責 保 険 会 社
に対 して被害 者 請求を行い ,自賠 責保険会 社もこれ に応じて支払ってき ている
(昭 和41・ 12・1 6 基発13 05号, 昭和43 ・7・25 庁保険発 85号,
昭和43・10・12保険発106号他,多数の通達がある)。
最 高 裁 も ,保 障 給 付 に よ っ て 被 害 者 請 求 権 を 取 得 す る こ と を 前 提 と す る 判 決 を
し て い る( 最 判 平 成 2 0・2・1 9 判 夕 1 2 6 8 号 1 2 3 頁 。以 下 ,平 成 2 0 年
判決という)が,その根拠を示していない。
現 在 で は ,判 例 や 実 務 運 用 上 は ,保 障 給 付 に よ っ て 保 障 実 施 主 体 が 被 害 者 請 求
権 を 取 得 す る と い う 処 理 が さ れ て い る か ら ,実 務 上 は あ ま り 意 味 の な い こ と で は
あ る が ,被 害 者 請 求 権 の 法 的 性 質 や 被 害 者 請 求 権 の 取 得 要 件 等 を 巡 っ て は 色 々 な
見 解 も あ る と こ ろ で あ る の で ,理 論 的 な 検 討 を し て お く こ と に 多 少 の 意 味 が あ る
と思う。
労災の通達(平成17・2・1基発0201009号)では,この点に関し,
自 賠 責 保 険( 自 賠 責 共 済 )の 被 害 者 請 求 権 と 任 意 保 険( 自 動 車 共 済 )の 被 害 者 の
直 接 請 求 権 に つ い て ,自 動 車 損 害 賠 償 補 償 制 度 は ,補 償 の 原 因 と な っ た 災 害 に つ
き法律上の責任を負う者の被災者に対する損失塡補の義務が免除される結果を
も た ら す も の で あ る た め ,そ の 災 害 に よ り 発 生 し た 損 害 に つ い て は ,最 終 的 に は
労 災 保 険 で は な く ,当 該 自 動 車 損 害 賠 償 補 償 制 度 に よ り 支 払 い が 行 わ れ る 部 分 に
ついてはそれら補償制度による支払いにより損害の塡補が行われるべきであり,
そ の 観 点 か ら み る と ,補 償 の 原 因 と な っ た 災 害 に つ い て 法 律 上 の 損 害 賠 償 責 任 を
負わない自賠責保険や自動車保険または自賠責共済や自動車共済を取り扱う保
険 会 社 等 は 不 法 行 為 責 任 を 負 う 加 害 者 等 と 同 じ 立 場 に 立 つ こ と と な り ,政 府 は 保
険 会 社 等 が 支 払 う こ と に な る 保 険 金 に つ い て も ,加 害 者 等 が 支 払 う こ と に な る 損
害 賠 償 金 と 全 く 同 様 に 求 償 等 の 支 払 調 整 を 行 う こ と が 可 能 と な る ,と い っ て い る 。
な お ,こ の 通 達 で ,自 動 車 損 害 賠 償 補 償 制 度 に よ る 給 付 に よ っ て 損 害 賠 償 義 務 者
の 責 任 が 免 責 さ れ る と い っ て い る の は ,被 害 者 請 求 権 に つ い て は 自 賠 法 1 6 条 3
項 に よ る も の で あ り ,任 意 保 険 の 直 接 請 求 権 に つ い て は 保 険 約 款 に よ る も の で あ
る。
こ の 労 災 の 通 達 は ,被 害 者 請 求 権 に つ い て い え ば ,政 府 に 対 し て 強 制 保 険 会 社
等は被害者請求に応じて支払いをすべきであるという実質的理由をいっている
だけで,理論的な説明をしているとはいえない。
被害者請求権の法的性質と行使要件に関して,学説上は種々の見解があるが,
最 高 裁 は ,平 成 2 0 年 判 決 以 外 に 5 件 の 判 決( 昭 和 3 9・5・1 2 民 集 1 8 巻 4
号 5 8 7 頁 ,昭 和 5 7・1・1 9 民 集 3 6 巻 1 号 1 頁 ,昭 和 6 1・1 0・9 判 時
1 2 3 6 号 6 5 頁 ,平 成 1・4・2 0 民 集 4 3 巻 4 号 2 3 4 頁 ,平 成 1 2・3 ・
9 民 集 5 4 巻 3 号 9 6 0 頁 )を 出 し て 決 着 を つ け て い る 。こ れ ら 判 決 の 説 示 を み
る と ,被 害 者 請 求 権 の 法 的 性 質 に つ い て は ,① 被 害 請 求 権 の 本 質 は 被 害 者 の 保 険
会 社 に 対 す る 損 害 賠 償 請 求 権 と 捉 え ら れ る が ,被 害 者 請 求 権 の 内 容 は 損 害 賠 償 請
求 権 と は 別 個 独 立 の 請 求 権 で あ る が ,② 両 方 の 請 求 権 を 行 使 し て 二 重 の 支 払 い を
受 け る こ と は で き な い が ,被 害 者 請 求 権 は 被 害 者 の 加 害 者 に 対 す る 損 害 賠 償 請 求
権 の 迅 速 な 実 現 の た め に 法 律 が 特 別 に 認 め た 補 助 的 な 請 求 権 で あ る ,と し て お り ,
被 害 者 請 求 権 の 行 使 要 件 に つ い て は ,① 被 害 者 請 求 権 成 立 の た め に は 損 害 賠 償 請
求 権 が 成 立 し て い る 必 要 が あ り ,② 損 害 賠 償 請 求 権 が 消 滅 す れ ば 被 害 者 請 求 権 も
消滅するから損害賠償請求権が債権の混同で消滅すれば被害者請求権も消滅す
る ,③ ま た ,損 害 賠 償 請 求 権 が 第 三 者 に 転 付 さ れ た 場 合 は 転 付 の 限 度 で 被 害 者 請
求権を失う,としている。
ところで,前記の平成12年3月9日の判決(以下,平成12年判決という)
は ,損 害 賠 償 請 求 権 に つ い て 転 付 命 令 を 得 た 転 付 債 権 者 の 自 賠 責 共 済 に 対 す る 被
害 者 請 求 権 を 認 め な か っ た 原 審 の 判 断 に 対 す る 転 付 債 権 者 の 上 告 に つ い て は ,理
由がないとして棄却しているが,その理由を述べていない。
転付とは請求債権の代物弁済として転付債権が債権者に移転することである
か ら ,損 害 賠 償 請 求 権 が 本 来 の 被 害 者 か ら 移 転 し た と い う 点 で は 保 障 給 付 に よ る
取 得 と 法 律 上 の 効 果 は 変 わ ら な い か ら ,平 成 1 2 年 判 決 と 平 成 2 0 年 判 決 と の 整
合性が問題となる。
法 的 価 値 判 断 と し て は ,保 障 給 付 を 受 け た こ と に よ り ,本 来 の 被 害 者 は 被 害 者
請求権を失う一方では保障実施主体は受給権者の被害者請求権を行使できない
と い う 結 論 は ,強 制 保 険 会 社 等 を い た ず ら に 利 得 さ せ る だ け で ,い か に も 不 合 理
で不公正であるといえる。
前 記 の 各 判 決 の 結 論 を 前 提 と す れ ば ,被 害 者 請 求 権 は 損 害 賠 償 請 求 権 と は 別 個
の 請 求 権 で あ る か ら ,被 害 者 請 求 権 は 代 位 条 項 に よ っ て 取 得 さ れ る 損 害 賠 償 請 求
権には該当しないということになる。
し た が っ て ,保 障 実 施 主 体 が 損 害 賠 償 請 求 権 以 外 に 被 害 者 請 求 権 を 取 得 す る 理
論 的 根 拠 を 考 え て み る と ,① 自 賠 法 1 6 条 1 項 の 被 害 者 と は 損 害 賠 償 請 求 権 者 を
い う と 考 え て ,代 位 条 項 に よ っ て 損 害 賠 償 請 求 権 を 取 得 し た 保 障 実 施 主 体 も こ れ
に 含 ま れ る と 解 釈 す る か ,② 後 に 検 討 す る が ,保 障 実 施 主 体 が 代 位 条 項 に よ っ て
損 害 賠 償 請 求 権 を 取 得 す る の は ,保 障 給 付 は 原 債 権( 損 害 賠 償 請 求 権 )の 弁 済 で
は な い か ら ,弁 済 に よ る 代 位 で は な い が ,弁 済 に よ る 代 位 に 関 し て は 原 債 権( 損
害 賠 償 請 求 権 )に 代 位 す る 者 は 原 債 権 者 が 有 す る 担 保 そ の 他 一 切 の 権 利 を 行 う こ
と が で き る( 民 法 5 0 1 条 )の で あ る か ら ,こ の 規 定 を 類 推 し て ,受 給 権 者 が 有
して いる被害者 請求権も 損害賠償 請求権の 担保に類 似するものとして代 位する
こ と が で き る と 解 釈 す る か の 2 と お り し か 考 え ら れ な い 。① に つ い て は ,被 害 者
の死亡事故に係る相続人は損害賠償請求権を相続により取得したものであるが,
相 続 人 を 被 害 者 と し て 被 害 者 請 求 権 を 認 め る こ と に 異 論 を み な い か ら ,損 害 賠 償
請求権を包括承継した場合以外に特定承継した場合もこれに含まれると考える
こ と が 可 能 で あ る と い う こ と に な ろ う 。② に つ い て は ,保 障 実 施 主 体 の 損 害 賠 償
請 求 権 の 取 得 は ,損 害 賠 償 請 求 権 の 第 三 者 弁 済 に よ る 代 位( 代 位 弁 済 )と は 考 え
ら れ な い が ,同 じ 法 定 の 代 位 で あ り ,こ の 場 合 も 民 法 5 0 1 条 の 趣 旨 は 類 推 さ れ
ると考えることは可能であるということになる。
そ し て ,こ の よ う な 解 釈 を 行 っ た う え ,平 成 1 2 年 判 決 と の 相 違 点 に つ い て は ,
被 害 者 請 求 権 は 差 押 え る こ と が で き な い( 自 賠 法 1 8 条 )が ,こ の 差 押 禁 止 規 定
が 設 け ら れ て い る の は ,被 害 者 の 生 活 の 保 護 の た め に 被 害 者 が 現 実 に 給 付 を 受 け
る前に債権者が満足を受けることは許されないという政策的な配慮に基づくも
の で あ り ,請 求 債 権 の た め に 転 付 さ れ た こ と を 原 因 と し て 転 付 債 権 者 に 被 害 者 請
求 権 を 認 め る 場 合 は ,こ の 趣 旨 を 没 却 す る こ と に な る が ,保 障 給 付 の 場 合 は ,受
給権者である被害者は損害賠償と一定の範囲で重複する給付を現実に受けてい
る の で あ る か ら ,自 賠 法 1 8 条 の 差 押 禁 止 の 趣 旨 に も 反 し な い ,と い う 点 に 求 め
られるべきである,ということになる。
つ ま り ,上 記 の ① と ② の 解 釈 に は ,特 別 の 事 情 の な い 限 り と い う 留 保 を 付 け て ,
特別の事情とは自賠法18条の趣旨に反する場合をいうと解釈するということ
である。
(イ)任意保険の直接請求権
交 通 事 故 に 関 す る 対 人 賠 償 責 任 保 険 は ,被 保 険 者 の 損 害 賠 償 責 任 に つ い て ,強
制保険の保険金額を超過する部分を保険金の限度で塡補する賠償責任保険であ
る が ,そ の 中 に は ,被 保 険 者 と 損 害 賠 償 請 求 権 者 と の 間 で の 判 決 確 定・裁 判 上 の
和 解・調 停・書 面 に よ る 損 害 額 の 合 意 が 成 立 し た 場 合 や 損 害 賠 償 請 求 権 が 被 保 険
者に対する損害賠償請求権の行使をしない旨書面で承諾した場合など一定の要
件 の 下 で ,損 害 賠 償 請 求 権 者 が 被 保 険 者 に 対 す る 損 害 賠 償 額 に つ い て 保 険 会 社 に
直接支払いを請求する権利を認めるものがある。
こ れ を 任 意 保 険 の 直 接 請 求 権 と 呼 ん で い る が ,強 制 保 険 の 被 害 者 請 求 権 が 法 律
で 当 然 に 求 め ら れ て い る の と は 異 な り ,保 険 者 と 保 険 契 約 者 と の 保 険 約 款 で ,契
約当事者以外の損害賠償請求権者に認められる権利である。
な お ,最 近 の 保 険 法 の 改 正 議 論 で は ,法 制 審 は ,責 任 保 険 契 約 に お け る 被 害 者
保 護 の 観 点 か ら ,損 害 賠 償 請 求 権 者 の 保 険 者 に 対 す る 直 接 請 求 椎 を 一 般 化 す る 方
向 で 検 討 に 入 っ た が ,保 険 者 が 訴 訟 上 の 当 事 者 と な っ て 加 害 者 の た め に 攻 撃 防 御
を 行 わ な け れ ば な ら な く な り 負 担 が 大 き い と い う 理 由 で 立 法 化 が 見 送 ら れ ,保 険
法( 平 成 2 2 年 4 月 1 日 施 行 )で は ,責 任 保 険 契 約 の 被 害 者 保 護 的 権 能 に 資 す る
た め に ,損 害 賠 償 請 求 権 者 に 対 し て 被 保 険 者 の 保 険 者 に 対 す る 保 険 金 請 求 権 に 特
別 の 先 取 特 権 を 認 め る こ と と し( 同 法 2 2 条 1 項 ),被 保 険 者 の 保 険 金 請 求 権 を
損 害 賠 償 請 求 権 者 の 請 求 に 劣 後 さ せ( 同 条 2 項 ),保 険 金 請 求 権 を 一 定 の 要 件 で
譲 渡・担 保 設 定・差 押 の 禁 止( 同 条 3 項 )と し て い る 。し た が っ て ,保 険 法 施 行
後も任意保険の直接請求権は約款上の権利であることに変化はない。
保 障 実 施 主 体 が 保 障 給 付 を 行 っ た と き に ,こ の 任 意 保 険 の 直 接 請 求 権 を 取 得 す
るのかどうかが問題となる。
実 務 運 用 で は ,示 談 代 行 サ ー ビ ス 付 の 任 意 保 険 で は ,保 険 会 社 の 担 当 者 が 第 三
者 に 代 わ っ て 示 談 の 代 行 を 行 い ,保 障 実 施 主 体 の 請 求 に 対 し て も ,こ の 直 接 請 求
権 を 認 め て 損 害 賠 償 額 を 支 払 っ て い る( 任 意 保 険 は 強 制 保 険 の 上 乗 せ 保 険 で あ る
が ,任 意 保 険 会 社 が 強 制 保 険 の 保 険 金 も 一 括 し て 損 害 賠 償 請 求 権 者 に 立 替 払 い し
たうえ自賠責保険会社に加害者請求で自賠責保険金を回収するという任意一括
と 呼 ば れ る 処 理 が 行 わ れ る 場 合 が 多 い )か ら ,強 制 保 険 の 被 害 者 請 求 権 と 同 様 に ,
実務運用上は任意保険の直接請求権を取得するかどうかを議論する意味もあま
りないのであるが,一応検討しておく。
前記の労災通達の説明は理論的でないことは自賠法の被害者請求権の箇所で
述べたとおりである。
任 意 保 険 の 直 接 請 求 権 の 法 的 性 質 に つ い て は ,自 賠 法 の 被 害 者 請 求 権 と は 異 な
り ,保 険 者 の 損 害 賠 償 請 求 権 者 に 対 す る 保 険 金 を 限 度 と す る 被 保 険 者 の 損 害 賠 償
債 務 の( 重 畳 的 )債 務 引 受 け で あ る と 考 え る の が 一 般 で あ る 。し た が っ て ,約 款
上 も 文 言 は 被 害 者 で は な く 損 害 賠 償 請 求 権 者 と な っ て い る か ら ,保 障 実 施 主 体 は
保 障 給 付 に よ っ て そ の 価 額 の 限 度 で 損 害 賠 償 請 求 権 を 取 得 す る の で あ る か ら ,約
款 上 の 損 害 賠 償 請 求 権 者 に 該 当 す る こ と に な り ,任 意 保 険 の 直 接 請 求 権 を も 取 得
することには問題はないと考えられる。
ち な み に ,本 稿 と は 関 係 が な い が ,前 記 の 平 成 1 2 年 判 決 は ,損 害 賠 償 請 求 権
の 転 付 債 権 者 に 保 険 者 に 対 す る 債 務 者 の 任 意 保 険 の 直 接 請 求 権( 保 険 約 款 が あ る
の で ,判 決 の 確 定 が 条 件 と す る 請 求 で あ る )を 認 め て い る の で あ る が ,保 険 法 2
2条の趣旨からこれを認めることが可能かどうかは,ひとつの問題となろう。
(ウ)人身傷害補償保険
任 意 保 険 の オ プ シ ョ ン と し て 付 保 さ れ る 人 身 傷 害 補 償 保 険 は ,対 人 賠 償 責 任 保
険 と は 異 な り 被 保 険 者 等 の 賠 償 義 務 の 塡 補 で は な く ,被 保 険 者 等 が 交 通 事 故 に よ
っ て 被 っ た 損 害 の 一 部 を 塡 補 す る 損 害 保 険 の 一 種 で あ り ,保 険 約 款 で ,保 障 給 付
を 受 け ら れ る 額 等 を 控 除 し て 人 身 傷 害 保 険 金 を 支 払 う も の と さ れ ,先 に 人 身 傷 害
保険金を支払った場合は保険金請求者の保障給付請求権を取得するものとして
い る か ら ,保 険 者 は 損 害 賠 償 義 務 者 で も な い し ,保 障 実 施 主 体 は 保 障 給 付 に よ っ
ては ,受給権者 の人身傷 害保険金 請求権を 取得しな い。
2
受給権者と補償実施主体・第三者との関係
受 給 権 者 は 受 給 権 の 行 使 も 損 害 賠 償 請 求 権 の 行 使 も 選 択 的 に で き ,そ の 先 後 関
係はないと考えられている。
両 制 度 が 本 来 異 な る 制 度 で ,賠 償 を 受 け ら れ な い 場 合 の 補 完 的 な 制 度 と し て 社
会 保 障 制 度 が あ る と さ れ て い な い こ と や ,先 に 損 害 賠 償 の 方 を 受 け な け れ ば な ら
な い と い う 法 律 上 の 根 拠 も な い か ら で あ る 。第 三 者 行 為 調 整 規 定 が あ る こ と 自 体
が各請求権の選択行使を認めている根拠になる。
ちなみに,実務運用では,求償事務の煩雑さを避けるために,一定の場合に,
受 給 権 者 に 損 害 賠 償 を 先 行 さ せ る よ う に 指 導 し ,保 障 義 務 を 免 責 さ せ る こ と と し
ているが,受給権者はこれに応じる義務はない。
3 保障給付先行の場合の三者間の法律関係
受給権者が保障給付を先に受けた場合の法律関係について検討する。
保 障 実 施 主 体 と 受 給 権 者 と の 関 係 ,受 給 権 者 と 第 三 者 と の 関 係 ,保 障 実 施 主 体
と第三者との関係に分ける。
(1)保障実施主体と受給権者との関係
給 付 原 因 た る 事 実 が 発 生 す る と 受 給 権 者 に 受 給 権 が 発 生 す る 。受 給 権 の 行 使 の
要 件 や 手 続 は 保 障 制 度 ご と に 異 な っ て い て か な り 複 雑 で あ る が ,本 稿 の 目 的 と は
直接関係がないから省略する。
保 障 実 施 主 体 が 保 障 給 付 を 行 う と ,保 障 給 付 の 限 度 で 受 給 権 者 の 受 給 権 が 消 滅
するということになり,過誤払い等を除けば,特に問題になることがない。
(2)保障実施主体と第三者の関係
代 位 条 項 で は ,保 障 実 施 主 体 が 保 障 給 付 の 価 額 の 限 度 で 損 害 賠 償 義 務 者 に 対 す
る損害賠償請求権を取得すると定められているので,これを検討する。
(ア )請求権取 得の理 論的根拠
他 人 の 権 利 に つ い て 権 利 者 の 地 位 を 取 得 す る こ と を 代 位 と 呼 ん で い る 。代 位 条
項の損害賠償請求権の取得も代位の一種である。
保 障 実 施 主 体 が 損 害 賠 償 請 求 権 を 取 得 す る 理 論 的 根 拠 に つ い て は ,前 記 の 労 災
の 通 達 は 政 策 的 見 地 か ら 特 に 法 が 認 め た 効 果 で あ る と し て い る が ,基 金 は 本 来 損
害を賠償しなければならない第三者に代わって損害の塡補を行っていることか
ら ,結 果 的 に 基 金 が 立 替 払 い を し た の と 同 様 の 効 果 が 生 じ る か ら で あ る と し ,損
害 賠 償 請 求 権 を 取 得 す る の は 損 害 賠 償 者 の 代 位( 民 法 4 2 2 条 )の 法 理 に 基 づ く
も の で あ る と し ,取 得 に 係 る 損 害 賠 償 請 求 権 を 求 償 権 と 呼 ん で い る(『 求 償・免
責の手引』)。
代 位 に 関 す る 法 律 上 の 規 定 は 多 く あ る が ,代 位 条 項 は ,保 障 実 施 主 体 が 法 律 上
の 義 務 で あ る 保 障 給 付 を 行 っ た 結 果 ,取 得 す る も の で あ る か ら ,民 法 上 の 弁 済 に
よ る 代 位( 民 法 5 0 0 条 以 下 )で は な く ,損 害 賠 償 者 の 代 位( 同 法 4 2 2 条 )で
あ る と も 考 え ら れ な い 。保 障 給 付 が 損 害 賠 償 債 務 の 弁 済 で は な い と い う 点 で 保 険
代 位( 商 法 6 6 2 条 ,保 険 法 2 5 条 )に 類 似 し て い る と い え る が ,保 険 代 位 の 存
在理 由について は多種多 様の見解 があると ころであ る。
労 災 保 険 の 考 え 方 は 立 法 政 策 的 な 発 想 で あ る し ,基 金 の 考 え 方 は 肩 代 わ り 的 な
発想であるといえる。
前 記 の 平 成 2 0 年 判 決 は ,老 人 保 健 法 4 1 条 1 項 の 請 求 権 の 取 得 規 定( 代 位 条
項 )が 設 け ら れ た 理 由 を ,受 給 権 者 の 二 重 利 得 の 防 止 と 第 三 者 の 賠 償 義 務 の 免 責
阻止にあるとしている。
社 会 保 障 制 度 は ,制 度 ご と に そ の 主 た る 目 的 は 異 な る が ,第 三 者 行 為 の 場 合 の
代位条項が設けられた理由が社会保障制度の目的によって異なるとは考えられ
な い か ら ,こ の 判 例 の 考 え 方 は 老 人 保 健 法 だ け で は な く 社 会 保 障 一 般 に つ い て も
いえることである。
な お ,損 害 賠 償 請 求 権 の 代 位 の 効 果 は ,損 害 賠 償 請 求 権 と い う 民 事 上 の 債 権 が
当 然 に 移 転 す る こ と で あ り ,債 権 の 譲 渡 で は 必 要 と さ れ る 債 務 者 と 債 務 者 以 外 の
者に対する対抗要件(民法467条)は不要である。
(イ)保障給付の価額の意味
保 障 給 付 の 価 額 と し て い る の は ,保 障 給 付 は ,金 銭 給 付 以 外 に も 現 物 給 付 が あ
る か ら で あ る 。金 銭 給 付 の 場 合 は 給 付 し た 金 銭 の 額 が 価 額 そ の も の で あ る が ,現
物 給 付 の 場 合 は そ れ を 金 銭 に 評 価 し な い と ,取 得 す る 損 害 賠 償 請 求 権 は 金 銭 債 権
であるから整合性がとれないからである。
現 物 給 付 は ,災 害 補 償 や 医 療 保 険 の 療 養 給 付 が そ の 典 型 例 で あ る 。つ ま り ,受
給 権 者 に 対 し て 必 要 な 療 養 を す る こ と が 現 物 給 付 と し て の 療 養 給 付 で あ り ,具 体
的 に は 指 定 医 療 機 関 で 治 療 を 行 う こ と を い う 。現 物 給 付 の 価 額 は ,保 障 実 施 主 体
が療養給付の履行補助者ともいうべき指定医療機関に支払う診療報酬の額で決
定 さ れ る( 医 療 保 険 の 場 合 は 診 療 報 酬 の 1 点 の 単 価 は 1 0 円 で あ る が ,災 害 補 償
の場合は12円として算定されている)。
(ウ)求償権の発生の有無
実 務 適 用 で は ,取 得 し た 損 害 賠 償 請 求 権 の 行 使 の こ と を 求 償 と 呼 ん で い る こ と
は 前 述 し た( 前 述 の よ う に ,基 金 が 取 得 し た 損 害 賠 償 請 求 権 を 求 償 権 と 呼 ぶ の は
用 語 と し て 妥 当 で は な い )が ,保 障 実 施 主 体 が 第 三 者 に 対 し て 損 害 賠 償 請 求 権 以
外 に 直 接 の 求 償 権( た と え ば ,保 証 人 の 主 債 務 者 に 対 す る 求 償 権 )を 取 得 す る の
かどうかについて,一応検討してみる。
実 務 運 用 で は 求 償 権 を 取 得 す る と は 考 え て い な い の で あ る が ,保 険 代 位 の 場 合
には請求権の取得は求償権を確保するための制度であるという見解もあるから
で あ る 。こ の 見 解 は 求 償 権 を 事 務 管 理 の 費 用 償 還 請 求 権 と み る 見 解 と 不 当 利 得 返
還請 求権とみる 見解に分 けられる 。
こ れ を 保 障 給 付 に 当 て は め て み る と ,事 務 管 理 の 費 用 償 還 請 求 権 は 他 人 の 事 務
で な け れ ば な ら な い( 民 法 6 9 7 条 1 項 )と こ ろ ,保 障 給 付 の 支 払 い と い う 事 務
は第三者の損害賠償金の支払いとは異なる事務で他人の事務とはいえないから,
こ れ に 該 当 し な い し ,保 障 給 付 の 履 行 は ,保 障 実 施 主 体 が 自 己 の 債 務 の 弁 済 を し
た も の に 過 ぎ ず ,法 律 上 の 原 因 な く し て 第 三 者 が 利 得 し た と は い え な い か ら 不 当
利得返還請求権も発生しないと考えられる。
し た が っ て ,保 障 実 施 主 体 に は 保 障 給 付 に よ っ て 損 害 賠 償 義 務 者 に 対 し て 求 償
権が発生することはないと考えるべきである。
(エ)損害賠償請求権取得の時期
損 害 賠 償 請 求 権 を 取 得 す る の は 現 実 に 保 障 給 付 を 行 っ た と き で あ る 。現 物 給 付
や 年 金 も 含 め て ,現 実 に 給 付 を し た 都 度 ,そ の 給 付 の 価 額 を 限 度 と す る 損 害 賠 償
請 求 権 を 取 得 す る 。具 体 的 な 受 給 権 が 確 定 し て い て も 未 給 付 の 時 点 で は 損 害 賠 償
請 求 権 は 移 転 し な い 。判 例( 最 判 昭 和 4 2・1 0・3 1 集 民 8 8 号 8 6 9 頁 )や
通達等にも異論のないところである。代位の要件は代位者の現実の給付(弁済)
であり,保障給付だけを特別に解釈する必要はないからである。
と こ ろ で ,求 償 実 務( 平 成 1 7・2・1 基 発 0 2 0 1 0 0 9 号 ,昭 和 4 3・5 ・
1 0 地 基 補 1 5 1 号 な ど )で は ,求 償 を ,損 害 賠 償 請 求 権 の 発 生 原 因 と な っ た 交
通 事 故 等 の 災 害 事 実 が 生 じ た 日 か ら 3 年 以 内 に 給 付 原 因 が 発 生 し ,か つ 給 付 を 行
っ た 結 果 取 得 し た 損 害 賠 償 請 求 権 に 限 っ て い る 。損 害 賠 償 請 求 権 の 消 滅 時 効 が 損
害を 知り加害者 を知っ たときから 3年間と なってい る(民法7 24条) ところ,
通 常 は 発 生 原 因 が 生 じ た 時 点 で 被 害 者 は 加 害 者 と 損 害 を 知 る こ と に な る の で ,通
常 は 損 害 賠 償 請 求 権 は 災 害 等 の 発 生 日 か ら 3 年 間 で 消 滅 時 効 に か か る か ら ,消 滅
時 効 の 起 算 点 や 時 効 中 断 の 有 無 等 を 問 わ ず ,求 償 事 務 の 簡 素 化( 通 達 で は 斎 一 性
の 確 保 と 呼 ん で い る が ,要 す る に 個 別 事 情 を 調 査 す る の が 面 倒 な の で あ る )の 観
点か ら一律に 3年間とし ているの である。
こ の 求 償 実 務 の 結 果 ,保 障 給 付 が 3 年 を 超 え て さ れ た 場 合 は そ の 理 由 の 如 何 を
問 わ ず ,保 障 実 施 主 体 は 第 三 者 に 求 償 を し な い こ と に な る か ら ,保 障 給 付 額 が 損
害 賠 償 額 の 塡 補 と し て 受 給 権 者 の 損 害 額 か ら 控 除 さ れ る こ と に な る 一 方 ,第 三 者
は 求 償 を 受 け な い と い う こ と に な り ,第 三 者 は 保 障 実 施 主 体 の 損 失 に お い て ,保
障 給 付 分 を 利 得 す る こ と に な る 。こ れ は 結 果 と し て ,第 三 者 の た め に 無 償 で 保 障
給付をしたようなものである。
求 償 は 行 政 裁 量 で あ る と い っ て も ,こ の 実 務 運 用 で は ,代 位 条 項 の 立 法 趣 旨 の
ひとつである損害賠償義務の免責阻止の機能を果たせていない場合があるとい
うことになる。
(オ)取得する損害賠償請求権の内容
保障給付によって取得する損害賠償請求権はどのような内容の請求権かとい
う問題である。
(A)保障給付との対応関係
保 障 給 付 の 受 給 権 の 種 類 や 内 容 は 法 定 さ れ て い る が ,損 害 賠 償 請 求 権 は ,損 害
の内 容や範囲 が法定さ れていない 。
保 証 給 付 で は ,療 養 給 付 ,休 業 補 償 等 の 具 体 的 な 各 種 の 受 給 権 は そ れ ぞ れ 別 個
独 立 の も の と 考 え る こ と が で き る 。消 滅 時 効 の 起 算 点 や 時 効 期 間 も 異 な っ て い る
し ,受 給 権 ご と の 発 生 原 因 が 異 な っ て い る か ら ,そ れ ぞ れ が 1 個 の 請 求 権 で あ る 。
一 方 ,損 害 賠 償 請 求 権 で は ,人 身 損 害 の 内 容 は ,治 療 費 ,休 業 損 害 な ど 費 目 ご
と に 色 々 分 類 さ れ て い る が ,損 害 は 事 故 に よ る 死 傷 そ の も の で あ り ,そ の 額 の 算
定は死傷そのものに対する評価であるとして損害賠償請求権は1個であるとす
る 見 解 か ら 財 産 的 損 害 と 精 神 的 損 害 の 2 個 と す る 見 解 ,財 産 的 損 害 を さ ら に 積 極
損 害 と 消 極 損 害 に 分 け る 見 解 ,そ の 他 色 々 な 見 解 が あ る 。判 例( 最 判 昭 和 4 8 ・
4・5 民 集 2 7 巻 3 号 4 1 9 頁 )は 1 個 説 で あ る 。実 務 は 1 個 説 で 運 用 さ れ て い
るようにみえる。
1 個 説 を 前 提 と す る と ,代 位 条 項 の 条 文 だ け を 読 め ば ,保 障 給 付 に よ っ て 取 得
す る 損 害 賠 償 請 求 権 は 1 個 の 請 求 権 で ,そ れ を 給 付 額 の 限 度 で 取 得 す る と 読 め る
こ と に な る 。し か し ,代 位 条 項 に は 免 責 条 項 に あ る「 同 一 の 事 由 」と い う 文 言 は
ない が,規定 全 体の趣旨 からみる と代位と 免責は表 裏の関係に なってい るので,
代 位 条 項 の 場 合 も 同 一 の 事 由 と い う 要 件 を 要 す る と 考 え な け れ ば な ら な い 。し た
が っ て ,保 証 給 付 を し た 場 合 は ,保 証 実 施 主 体 は 保 証 給 付 と 同 一 の 事 由 の 損 害 賠
償 請 求 権 を 給 付 額 の 限 度 で 取 得 す る と 考 え る べ き で あ る 。求 償 実 務 も そ の よ う に
考えて運用している。
こ の よ う に 考 え た 場 合 は ,損 害 賠 償 請 求 権 の 一 部 取 得 で は な く ,本 来 は 1 個 の
損 害 賠 償 請 求 権 が 受 給 権 と 対 応 す る 範 囲 で 分 割 さ れ て ,更 に 分 割 さ れ た 請 求 権 が
給 付 の 価 額 の 限 度 で 一 部 取 得 さ れ る と い う こ と に な る が ,こ の 結 果 は ,保 証 給 付
の 受 給 権 の 個 数 と 損 害 賠 償 請 求 権 の 個 数 が 異 な る 以 上 ,や む を 得 な い と い う こ と
になる。
同 一 の 事 由 に 解 釈 に 関 し て は ,求 償 実 務 は ,保 障 給 付 の 内 容 と 損 害 賠 償 と の 対
応 関 係 は ,保 障 給 付 の 内 容 ご と ,つ ま り 受 給 権 の 内 容 ご と に ,そ れ に 相 当 す る 損
害賠償請求権の損害の費目と細かく対応させている。
し か し ,判 例( 最 判 昭 和 6 2・7・1 0 民 集 4 1 巻 5 号 1 2 0 2 頁 )は ,損 害
の 塡 補 の 範 囲 に つ い て ,保 障 給 付 先 行 の 場 合 の 労 働 基 準 法 8 4 条 2 項 ,労 災 保 険
法 1 2 条 の 4 第 2 項 , 厚 生 年 金 保 険 法 4 0 条 2 項 の 「同 一 の 事 由 」と は ,保 障 給 付
の 内 容 と 損 害 の 内 容 が 同 性 質 で 相 互 補 完 性 を 有 す る 場 合 で ,損 害 を 積 極 損 害 ,消
極 損 害 ,精 神 的 損 害 に 大 き く 分 類 し ,保 障 給 付 と 対 応 さ せ て そ の 範 囲 で 損 害 賠 償
義 務 を 免 れ る と し て い る( 最 判 平 成 1 6・1 2・2 0 判 夕 1 1 7 3 号 1 5 5 頁 も
同旨である)。
こ の 判 例 の 見 解 を 前 提 と す る と ,免 責 条 項 と 表 裏 の 関 係 に あ る 代 位 条 項 に つ い
て も ,同 じ よ う に 考 え る べ き だ と い う こ と に な る が ,前 記 の 求 償 実 務 で は こ の 判
例 が 出 さ れ た 後 も ,上 記 の 考 え 方 で 求 償 事 務 を 行 っ て い る 。そ の 理 由 と し て 考 え
られるのは,同一の事由とは受給権ごとに考えるべきであるということに加え,
判 例 の よ う に 大 き く 対 応 さ せ る と す れ ば ,受 給 権 の 内 容 が 損 害 賠 償 の 費 目 の 全 部
と は 対 応 し な い か ら ,給 付 内 容 以 外 に も 判 例 の い う 対 応 関 係 に よ る 他 の 損 害 の 費
目 の 全 部 の 算 定 を し て み な け れ ば な ら な く な る が ,そ の 損 害 額 算 定 の 事 実 調 査 が
困 難 で あ る こ と や ,求 償 の 大 半 は 療 養 給 付 に 係 る も の で ,損 害 賠 償 の 積 極 損 害 は
治 療 費 が そ の 大 半 を 占 め る か ら ,積 極 損 害 の 他 の 費 目( 入 院 雑 費 や 通 院 交 通 費 は
補 償 対 象 と な ら な い )の 額 も 多 く な く ,求 償 事 務 が 煩 瑣 に な る と い う こ と で あ ろ
う。
求 償 実 務 を 前 提 と す る と ,損 害 賠 償 と 社 会 保 障 の 主 た る 制 度 の 保 障 給 付 の 対 応
関係 は概ね下 図のよう に なる。
損害賠償と保障給付の対応図
損害賠償
災害補償
医療保険
公的年金
損害費目
補償内容
給付内容
給付内容
治療費関係費
療養補償
療養給付
将来看護科
介護補償
葬儀費
葬祭補償
埋葬料
休業損害
休業補償・傷病補償年金
傷病手当金
後遺症逸失利益
障害補償
障害年金
障害補償年金前払一時金
死亡逸失利益
遺族補償
遺族年金
遺族補償年金前払一時金
慰謝料
注)労災補償に内容は,労災保険法,地方公務員災害補償法,国家公務員災害補償
法で は,労災保険法で休 業補償が特 期日数3日間 の補償がない だけで他は変わら な
い。
医療保険の傷病手当金は健康保険法,各種共済であるが,国民健康保険法では認
められていない。
年金の障害年金は厚生年金・各種共済と国民年金では範囲が異なっている(国民
年金の方が保護が薄い)。
同一の事由による損害の損害賠償請求権に既に遅延損害金が発生している場合は,
その遅延損害金も損害賠償請求権の付帯金として取得すべき損害賠償請求権に含ま
れると考えるべきであるから,損害賠償請求権に対する塡補は保障給付の価額は給
付時点での損害賠償請求権の遅延損害金から充当される(前記の最判平成16・1
2・20)。一方では,当然充当にかかる遅延損害金も取得の対象となると考える
ことになる。
もっとも元金に充当されるという見解や下級審判例もある。
(B)取得するべき損害賠償請求権の全部または一部が発生しない場合
保 障 給 付 で は ,そ の 給 付 内 容 や 範 囲 が 法 定 さ れ て い て 療 養 給 付 の 場 合 以 外 は 保
障給付の額を自動的に算出できるが,損害賠償では個別具体的な事情によって,
損 害 の 有 無・そ の 範 囲・額 を 算 定 す る の で ,保 障 給 付 を し て も そ れ に 対 応 す る 損
害の全部または一部が発生しない場合も考えられる。
た と え ば ,災 害 補 償 の 障 害 保 障 は 損 害 補 償 の 後 遺 症 逸 失 利 益 と 対 応 す る が ,後
遺症の内容が軽く職場に復帰して従来と同様の給料を取得している場合に損害
が 発 生 し な い と 考 え ら れ る こ と が あ り ,醜 状 障 害 ,歯 の 補 綴 ,骨 盤 骨 や 鎖 骨 の 変
形 と い っ た 後 遺 障 害 が 労 働 能 力 の 喪 失 を も た ら さ な い ,あ る い は 等 級 表 の 労 働 能
力喪 失率ほど 労働能力を 低下させ ないと判 断される 場合がある。
また,健康保険の傷病手当金は損害賠償の休業損害と対応するが,傷病手当
金 は 療 養 の た め に 労 務 に 服 す る こ と が で き な い こ と が 支 給 要 件 で ,そ の 要 件 さ え
あ れ ば ,そ の 原 因 の 如 何 を 問 わ ず 支 給 要 件 を 満 た す こ と に な り 支 給 さ れ る が ,む
ち 打 ち 損 傷 等 で 心 因 反 応 を 起 こ し て い る 場 合 は ,損 害 賠 償 で は 損 害 相 当 因 果 関 係
から休業期間中の全額の賠償を受けることはできないということもある。
(C)取得するべき損害賠償請求権が消滅している場合
保障給付をした時点で損害賠償請求権が消滅している場合がいくつか考えら
れる。そのうち受給権者の損害賠償請求権の免除について検討する。
受 給 権 者 が 保 障 給 付 前 に 損 害 賠 償 請 求 権 を 示 談 等 で 免 除( 放 棄 )す る と ,補 償
実施主体は保障給付をしても取得すべき損害賠償請求権が消滅してなくなって
いるということになる。
判 例( 最 判 昭 和 3 8・6・4 民 集 1 7 巻 5 号 7 1 6 頁 )は ,労 災 給 付 に よ る 求
償 と 示 談 の 効 力 が 争 わ れ た 事 例 で ,労 災 給 付 に よ っ て 取 得 さ れ る 損 害 賠 償 請 求 権
は 通 常 の 債 権 で あ る か ら 免 除 が 可 能 で ,既 に 免 除 さ れ て い る 場 合 は 政 府 は 労 災 給
付をしても損害賠償請求権は取得しないが,一方では,労災制度は,もともと,
被災労働者らの被った損害を塡補することを目的とするものであることにかん
が み れ ば ,被 災 労 働 者 ら 自 ら が ,第 三 者 の 自 己 に 対 す る 損 害 賠 償 債 務 の 全 部 ま た
は一部を免除し,その限度において損害賠償請求権を喪失した場合は,政府は,
そ の 限 度 に お い て 保 険 給 付 す る 義 務 を 免 れ る と し て い る 。つ ま り ,免 責 さ れ る と
いうことである。
こ の 判 例 に 対 し て は ,そ の 射 程 が 災 害 補 償 以 外 の 社 会 保 障 に も 及 ぶ か ど う か も
含めて批判的な学説も多い。しかし,社会保障制度は公法上の制度ではあるが,
受 給 権 自 体 は 財 産 的 請 求 権 で あ り ,給 付 関 係 に 関 し て も ,受 給 権 者 に 損 害 賠 償 請
求 権 を 保 存 す べ き 義 務 ,つ ま り 債 権 者 の 担 保 保 存 義 務 類 似 の 義 務 を 想 定 し て ,担
保 保 存 義 務 に 違 反 す れ ば 免 責 さ れ る と い う 民 法 上 の 規 定( 同 法 5 0 4 条 )を 類 推
す べ き で あ り ,保 証 実 施 主 体 に 移 転 さ せ な け れ ば な ら な い 担 保 的 機 能 を 有 す る 損
害賠償請求権を免除した者に対して受給権を認めることは衡平の理念に反する
こ と に な る 。し た が っ て ,判 例 の 見 解 は ,社 会 保 障 制 度 全 般 に 当 て は ま る も の と
して 理論的に は妥当あ ると考える 。
も っ と も ,受 給 権 者 は こ の よ う な 第 三 者 行 為 調 整 規 定 の 内 容 を 理 解 で き な い 場
合 も 多 く ,不 用 意 な 示 談 を し て し ま っ た 受 給 権 者 は 受 給 権 を 失 う と い う 不 利 益 を
受けることになる。
そ こ で ,実 務 運 用 で は ,第 三 者 行 為 事 案 の 進 行 管 理 を 行 い ,示 談 を す る 際 に は
保 障 実 施 主 体 に 連 絡 を 求 め る 等 ,不 用 意 な 示 談 を 行 わ な い 事 務 処 理 を す る と と も
に ,こ の 判 例 と は 異 な り ,免 責 さ れ る 場 合 の 要 件 を 定 め る 等 し て 不 用 意 な 示 談 を
した場合等は一定の要件で受給権を認める運用がされている。
こ の 点 に 関 し ,示 談 で 全 て の 損 害 賠 償 債 務 を 免 除 し て し ま っ て も ,障 害 補 償 年
金 ,遺 族 補 償 年 金 に つ い て は 支 給 停 止 を 最 大 限 災 害 発 生 後 3 年 間 に と ど め る と す
る 労 災 の 通 達( 昭 和 4 1・6・1 7 基 発 6 1 0 号 )を 示 談 に よ る 免 除 の 行 政 上 の
緩和 であると する見解( 西村健一 郎『社会 保障法』 87頁)が あるが, 実務は,
後 述 の よ う に ,求 償 と 表 裏 の 関 係 に あ る 免 責 も 原 因 と な る 災 害 の 発 生 か ら 3 年 間
を 免 責 期 間 と し て い る こ と か ら ,3 年 経 過 後 は 損 害 賠 償 請 求 権 の 有 無 を 問 題 と す
る 必 要 が な く な る の で ,損 害 賠 償 請 求 権 の 免 除 の 有 無 を 問 わ ず 3 年 経 過 後 は 受 給
権 を 与 え た 結 果 で あ っ て ,示 談 に よ る 免 除 の 場 合 も 結 果 と し て 受 給 権 が 与 え ら れ
るが,示談による免除の条件緩和とは直接の関係がないものというべきである。
な お ,免 除 時 点 に 保 障 給 付 が さ れ て い る 部 分 に つ い て は ,そ の 価 額 の 限 度 で 既
に 損 害 賠 償 請 求 権 が 保 障 実 施 主 体 に 移 転 し て い る の で ,仮 に 受 給 権 者 が 保 障 実 施
主 体 に 移 転 し た 損 害 賠 償 請 求 権 を 免 除( 放 棄 )し て み て も ,こ の 免 除 は 無 効 で あ
る。 他人の請 求権を免除 すること などでき ないから である。
こ の 結 論 は 第 三 者 の 知・不 知 に よ っ て 左 右 さ れ る こ と が な い か ら ,第 三 者 が 保
障給付の事実を知らなくても変わらない。
(D)損害賠償に関する過失相殺と求償
従 前 は ,損 害 賠 償 額 を 算 定 す る 際 に ,保 障 給 付 が さ れ て い る 場 合 に ,被 害 者( 受
給 権 者 )側 に 過 失 が あ る と き は ,保 障 給 付 額 の 控 除 を す る の が 過 失 相 殺 前 か 過 失
相殺の後かの争いがあった。
こ の 問 題 は ,本 来 的 に は 損 害 賠 償 請 求 権 の 損 害 の 塡 補 の 問 題 で あ る が ,代 位 条
項 の 存 在 意 義 が 損 害 賠 償 義 務 者 の 免 責 阻 止 に も あ る 以 上 ,保 障 給 付 額 を 控 除 さ れ
る こ と に な っ た 第 三 者 は そ の 控 除 額 を 利 得 す る こ と は 許 さ れ ず ,保 障 実 施 主 体 は
そ の 控 除 額 を 求 償 で き る も の と し な け れ ば な ら な い 。し た が っ て ,損 害 の 塡 補 に
よる減額の問題はこれと表裏の関係にある保障実施主体の求償の問題でもある。
補 償 実 施 主 体 の 求 償 の 場 面 で は ,損 害 賠 償 額 の 算 定 で 過 失 相 殺 の 前 に 補 償 給 付
額を控除するとする見解をとると補償給付額に第三者の過失割合を乗じた額が
求 償 額 と い う こ と に な る し ,過 失 相 殺 の 後 に 補 償 給 付 の 額 を 控 除 す る と す る 見 解
をとると対応する損害費目の損害賠償額を算定しこれに過失相殺をした額と給
付額の少ない方の額が求償額となる。
損 害 の 塡 補 に 関 し て ,最 高 裁 は ,労 災 保 険 に 関 す る 事 例 で あ る が ,過 失 相 殺 を
先にしてからその額から補償給付額を控除すべきものとして過失相殺後控除説
を と る こ と に し て こ の 問 題 に 決 着 を つ け た( 最 判 平 成 1・4・1 1 民 集 4 3 巻 4
号209頁)。
損 害 賠 償 請 求 権 の 額 は 過 失 相 殺 後 の 額 で あ り ,代 位 条 項 が 設 け ら れ ,災 害 補 償
に 限 ら ず 社 会 保 障 一 般 に 損 害 の 塡 補 性 が 認 め ら れ る 以 上 ,取 得 す る 損 害 賠 償 請 求
権 と は 過 失 相 殺 後 の そ れ で あ る こ と は 当 然 で あ る か ら ,過 失 相 殺 後 控 除 説 が 妥 当
で あ る と 考 え ら れ る が ,こ の 判 例 に 対 し て は 反 対 す る 学 説 も あ り ,判 例 の 射 程 に
関 し て は ,災 害 補 償 と は 異 な る 性 質 の 医 療 保 険 や 公 的 年 金 の 場 合 に は 及 ば な い と
す る 見 解 も あ っ て ( こ の 点 に 関 し て は , 高 取 真 理 子 「公 的 年 金 に よ る 損 益 相 殺 」
判 タ 1 1 8 3 号 7 1 頁 以 下 に 詳 し く 述 べ ら れ て い る ),任 意 保 険 会 社 は 過 失 相 殺
前 控 除 説 を 前 提 に 求 償 に 応 じ る と い う 姿 勢 を 崩 し て い な い よ う で あ る 。災 害 補 償
の求償実務では従来から最高裁と同じ過失相殺後控除説で運用してきているが,
医 療 保 険 で は 従 来 か ら 過 失 相 殺 前 控 除 説 で 適 用 さ れ て い て( 昭 和 4 9・1・2 8
保 険 発 1 0 号・庁 保 1 号 ,昭 和 5 4・4・2 保 険 発 2 4 号・庁 保 6 号 ),こ の 判
例後 も同様の 運用をして いる。
も っ と も ,過 失 相 殺 後 控 除 説 を 採 用 し て も ,全 損 害 を 算 定 し ,こ れ に 過 失 割 合
を 乗 じ て ,そ の 残 額 か ら 補 償 給 付 等 の 額 を 控 除 す る と い う こ と で は な く ,同 一 の
事由に関する損害額に過失相殺をしてそれに相当する補償給付額を控除すると
いうことである。
前 述 の と お り ,求 償 実 務 で は ,求 償 に お け る 同 一 に 事 由 を 受 給 権 の 種 類 ご と に
対応させている。
治 療 費 に 関 し て は ,過 失 相 殺 前 控 除 説 で も 過 失 相 殺 後 控 除 説 で も ほ と ん ど 求 償
額は変わらない。
休 業 損 害 に つ い て は ,災 害 補 償 の 休 業 補 償 で は 平 均 給 与 日 額 の 6 0 % ,健 康 保
険 等 の 傷 病 手 当 金 で は 平 均 給 与 日 額 の 3 分 の 2 が 支 給 額 で あ る か ら ,支 給 率 を 超
過 し な い 被 害 者 側 の 過 失 割 合 で あ る と ,過 失 相 殺 後 控 除 説 で は 給 付 額 全 額 の 求 償
が可能になる。
後遺障害による逸失利益に関しては,損害賠償と保障給付では算定方法が異
な る が ,障 害 補 償 と の 関 係 で は 過 失 相 殺 後 控 除 説 の 方 が 求 償 額 は 増 え る の が 一 般
である。
死 亡 に よ る 逸 失 利 益 に 関 し て は ,遺 族 補 償 年 金 に つ い て も 上 記 の よ う に 3 年 間
の 給 付 の 限 度 で し か 求 償 し な い が ,過 失 相 殺 後 控 除 説 の 方 が 求 償 額 が 増 え る の が
一般である。
(E )取得し た白賠法の 被害者請 求権と受 給権者の 被害者請求 権の優劣
損害賠償額が自賠責保険の保険金に満たない場合も多い。
保障実施主体が保障給付によって取得した自賠法の被害者請求権と給付額以
外の受給権者の被害者請求権が保険金額を超過して競合する場合の両者の優劣
に つ い て は ,補 償 実 施 主 体 が 優 先 す る( 絶 対 説 ),双 方 の 有 す る 債 権 額 に よ る 按
分 と す る( 按 分 説 ),受 給 権 者 が 優 先 す る( 差 額 説 )と い う 3 種 類 の 考 え 方 が あ
っ た が ,前 記 の 平 成 2 0 年 判 決 は ,老 人 保 健 法 の 医 療 給 付 に よ る 保 険 者 の 被 害 者
請 求 権 と 受 給 権 者 の 被 害 者 請 求 権 の 優 劣 に つ い て ,受 給 権 者 の 被 害 者 請 求 権 が 優
先する(差額説)としている。
こ の 判 例 は ,受 給 権 者 が 優 先 す る 理 由 に つ い て ,① 自 賠 法 の 被 害 者 請 求 権 は 被
害者に確実に自賠責保険金の限度では損害の塡補が受けられることにしてその
保 護 を は か っ た も の で あ る こ と ,② 医 療 給 付 は 社 会 保 障 の 性 格 を 有 す る 公 的 給 付
で あ っ て 損 害 の 塡 補 を 目 的 と す る も の で は な い こ と ,③ 保 険 者 の 損 害 賠 償 請 求 権
の 取 得 を 認 め る 老 人 保 健 法 4 1 条 1 項 の 規 定 は ,受 給 権 者 の 二 重 利 得 と 損 害 賠 償
義 務 者 の 免 責 の 防 止 が そ の 立 法 趣 旨 で あ り ,医 療 に 関 し て 支 払 わ れ た 価 額 等 を 保
険 者 が 取 得 し た 損 害 賠 償 請 求 権 に よ っ て 賄 う こ と が 主 た る 日 的 で は な い こ と ,を
挙げている。
こ の 判 断 は ,損 害 保 険 の 給 付 に よ る 保 険 代 位 を 定 め た 商 法 6 6 2 条 を 改 正 し て
差 額 説 を 採 用 し た 保 険 法 2 5 条 2 項( 最 判 昭 和 6 2・5・2 9 民 集 4 2 巻 4 号 7
2 3 頁 は 按 分 説 を 採 用 し て い た )に ,保 障 給 付 の 場 合 に つ い て も 平 仄 を あ わ せ た
ものとも考えられる。
平成20年判決の射程が医療保険以外に災害補償にも及ぶのかどうかについ
て は ,災 害 補 償 の 場 合 は 受 給 者 の 損 害 塡 補 が そ の 目 的 だ と す る 判 例( 最 判 昭 和 3
8・6・4 民 集 1 7 巻 5 号 7 1 6 頁 )が あ っ て ,上 記 の ② を ど の よ う に 評 価 す る
か に よ っ て 変 わ り う る が ,① と ③ は 災 害 補 償 に も 妥 当 す る 理 由 で あ り ,② に つ い
て も ,災 害 補 償 は 受 給 権 者 の 損 失 を 塡 補 す る こ と が 目 的 で あ る と し て も ,一 面 で
社 会 保 障 給 付 の 性 格 も 併 有 す る し ,医 療 給 付 が 損 害 の 塡 補 を 目 的 と す る も の で は
な い と し て も ,給 付 が 損 害 の 塡 補 に な っ て い る こ と 自 体 は 異 論 を み な い と こ ろ で
あ る か ら ,平 成 2 0 年 判 決 の 射 程 は 労 災 保 険 等 の 災 害 補 償 の 場 合 に も 及 ぶ も の と
考えるべきである。
こ の 判 例 は ,こ れ ま で 求 償 実 務 で 採 用 さ れ て い た 按 分 説 に 基 づ く 実 務 処 理 を 根
底 か ら 覆 す も の で あ る( も っ と も ,実 際 に は 受 給 権 者 が 先 に 被 害 者 請 求 を し て 自
賠責保険金を取得してしまうという例も多かった)。
(3)受給権者と第三者の関係
前 述 の よ う に ,保 障 給 付 先 行 の 場 合 は ,保 障 給 付 が 損 害 賠 償 の 塡 補( 損 益 相 殺 )
となり損害賠償請求権の賠償額を減額させることになる。
損 害 の 塡 補 の 範 囲 に つ い て は , 前 述 の よ う に , 判 例 は , 免 責 条 項 の 「同 一 の 事
由 」と は , 補 償 給 付 の 内 容 と 損 害 の 内 容 が 同 性 質 で 相 互 補 完 性 を 有 す る 場 合 で ,
損 害 を 積 極 損 害 ,消 極 損 害 ,精 神 的 損 害 に 大 き く 分 類 し ,補 償 給 付 と 対 応 さ せ て
そ の 範 囲 で 損 害 賠 償 義 務 を 免 れ る と し て い る( 最 判 昭 和 6 2・7・1 0 民 集 4 1
巻5号1202頁)。
保 障 給 付 が 年 金 で 行 わ れ る 場 合 の 塡 補 の 範 囲 に つ い て は ,既 給 付 部 分 の み が 損
害 の 塡 補 と な る が 将 来 の 給 付 分 に つ い て は 損 害 の 塡 補 に は な ら な い と し た( 最 判
昭 和 5 2・5・2 7 民 集 3 1 巻 3 号 4 2 7 7 頁 )が ,そ の 後 ,損 害 の 塡 補 と な る
年金給付は既払額のほかにも具体的に受給が確定した部分も含まれるとしてい
る(最判平成5・3・24民集47巻4号3039頁)。
こ の 判 例 に 従 う と ,受 給 が 確 定 し た 部 分 に つ い て は ,代 位 条 項 で は 実 際 に 支 給
が さ れ て 初 め て 損 害 賠 償 請 求 権 の 代 位 が 起 き る か ら ,損 害 の 塡 補 の 理 由 を 代 位 の
法理で説明することはできないということになる。
過 失 相 殺 と 保 障 給 付 額 の 控 除 の 先 後 に つ い て は ,前 述 の よ う に ,最 高 裁 は ,労
災補 償について は,過失 相殺後控 除説を採 用してい る。
4 損害賠償先行の場合の3着間の法律関係
損害賠償が先にされた場合の3者間の法律関係について検討する。
(1)受給権者と第三者との関係
損 害 賠 償 請 求 権 者 と 損 害 賠 償 義 務 者 の 関 係 で あ る か ら ,通 常 の 私 法 上 の 債 権 債
務の関係で,損害額の支払いによって損害賠償請求権は消滅する。
(2)第三者と保障実施主体の関係
第 三 者 行 為 調 整 規 定 は ,第 三 者 が 最 終 の 義 務 負 担 者 で あ る こ と を 前 提 に し て い
る か ら ,第 三 者 は 受 給 権 者 に 損 害 額 の 支 払 い を し て も 受 給 権 者 の 有 す る 受 給 権 に
代位しないことは当然である。
(3)受給権者と保障実施主体の関係
同一事由に関して損害賠償の額の限度で保障義務が免責される。
(ア)免責の根拠
この免責条項は,受給権者の二重利得を防止するために設けられものである。
この点に異論はなさそうである。
代 位 は 保 障 給 付 の 結 果 当 然 に 起 こ る が ,免 責 は ,各 法 律 の 条 文 を み て み る と 2
種類の規定がある。
地 公 災 法( 5 9 条 2 項 ),国 公 災 法( 6 条 2 項 ),国 民 年 金 法( 2 2 条 2 項 ),
船 員 保 険 法( 2 5 条 2 項 ),国 民 健 康 保 険 法( 6 7 条 2 項 ),健 康 保 険 法( 5 7
条 2 項 ) , 高 齢 者 の 医 療 の 確 保 に 関 す る 法 律 ( 5 8 条 2 項 ) で は , 「責 め を 免 れ
る 」と 規 定 し て い る が , 労 災 保 険 法 ( 1 2 条 の 4 第 2 項 ) , 厚 生 年 金 保 険 法 ( 4
0 条 2 項 ),国 家 公 務 員 共 済 組 合 法( 4 8 条 2 項 ),地 方 公 務 員 等 共 済 組 合 法( 5
0 条 2 項 ) で は , 「給 付 を し な い こ と が で き る 」と 規 定 し て い る 。
「責 め を 免 れ る 」と は 免 責 の こ と で ,責 任 な き 債 務( 自 然 債 務 )に な る と い う こ
と で あ り , 「 給 付 を し な い こ と が で き る 」と は 給 付 を す る か ど う か は 保 障 実 施 主
体 の 裁 量 に よ る と い う こ と に な る の で あ る が ,各 法 律 の 規 定 振 り は 社 会 保 障 制 度
の 相 違 に 対 応 し て い る わ け で は な く ,免 責 実 務 で は こ れ ら の 規 定 の 相 違 と は 無 関
係 に ,支 給・不 支 給 は 行 政 裁 量 で あ る と 考 え て い る の で あ ろ う が ,裁 量 的 な 免 責
処理を行っている。
(イ)免責されるべき受給権の内容
免 責 さ れ る 受 給 権 と 損 害 賠 償 と の 対 応 関 係 に つ い て は ,求 償 の 項 と 同 様 で あ る 。
し か し ,具 体 的 な 受 給 権 が 同 一 の 事 由 に よ り 損 害 賠 償 を 受 け た か ど う か が ,損
害 賠 償 請 求 権 が 1 個 で あ る こ と か ら ,そ の 同 一 の 事 由 の 特 定 = 免 責 さ れ る 受 給 権
に対応する賠償額の特定,が非常に困難になることがある。
療 養 給 付 だ け の 場 合 は 問 題 と な る こ と が ほ と ん ど な い が ,障 害 一 時 金・年 金 等
では問題になることがある。
確定判決による場合は,判決で損害費日ごとに額が特定されているから,判
別・特 定 が 可 能 で あ る 。免 責 の 関 係 で は ,受 給 権 者・第 三 者 問 の 判 決 の 効 力( 既
判 力 ) は 保 障 実 施 主 体 に は 及 ば な い ( 厳 密 に い え ば 訴 訟 物 一 個 説 で は ,各 費 目 ご
と の 損 害 額 の 算 定 は 判 決 理 由 中 の 判 断 で お よ そ 既 判 力 は 及 ば な い )が ,馴 合 い 訴
訟 に よ る も の で も な い か ぎ り ,こ の 判 決 の 内 容 に 従 っ た 免 責 処 理 を 行 う こ と が 妥
当である。
判 決 の 場 合 は ,遅 延 損 害 金 も 認 め ら れ る が ,求 償 の 場 合 と は 異 な り ,本 来 の 損
害賠償の額による免責処理をする方が妥当であるということになる。
訴 訟 上 の 和 解・調 停・示 談 の 場 合 は ,全 部 の 損 害 賠 償 の 解 決 と し て さ れ る の が
通例 であるか ら,保障給 付と同一 の事由の 損害賠償 の額を確定する必要 がある。
損 害 費 目 と そ の 額 を 特 定 し な い で 支 払 い の 合 意 が さ れ る の が 通 常 で あ る か ら ,受
給権に対応する費目の損害額を確定しなければならなくなる。
実 務 運 用 で は ,受 給 権 者 に 示 談 を す る と き に は 損 害 費 目 ご と の 損 害 額 を
確 定 し て 示 談 を す る こ と を 要 請 す る こ と に し て い る が ,こ の よ う な 面 倒 を
避けようとしているのである。
(ウ)免責事由の発生時期
こ れ は ,何 時 か ら 免 責 処 理 を 行 う か と い う こ と で ,第 1 に は ,免 責 要 件 と し て
の「 損 害 賠 償 を 受 け た 」と い う 解 釈 問 題 と ,第 2 に は ,い つ ま で に「 損 害 賠 償 を
受けた」場合に免責処理ができるのかという解釈問題がある。
第 1 の 解 釈 問 題 に つ い て は ,免 責 条 項 の 損 害 賠 償 を 受 け た と き と は ,受 給 権 者
が 第 三 者 か ら 実 際 に 賠 償 額 の 給 付 を 受 け た 場 合 の こ と を い う( 交 通 事 故 の 強 制 保
険の被害者請求による保険金の支払いや任意保険の直接請求権による支払いを
含 む )も の と 解 釈 す べ き で あ る 。判 決・訴 訟 上 の 和 解・調 停・示 談 が あ っ て も 現
実 の 支 払 い が あ る ま で は 「損 害 賠 償 を 受 け た 」こ と に な ら な い 。
こ の 点 に 関 し ,免 責 実 務 の 中 に は ,損 害 賠 償 に 関 す る 適 法 に 示 談 が 成 立 し た 場
合 も こ れ に 該 当 す る と す る も の が あ る( 昭 和 4 3・5・1 0 地 基 補 1 5 1 号 。も
っ と も ,運 用 で は 後 に 支 払 い を 受 け ら れ な く な っ た と き は 示 談 を 無 効 と し て 補 償
給 付 を し て い る )。受 給 権 者 の 受 給 権 を 不 当 に 扱 う 妥 当 性 を 欠 い た 処 理 で あ る と
いうべきである。
代 位 と 求 償 は 本 来 表 裏 の 関 係 に あ る べ き も の で あ る が , 代 位 条 項 で は 「補 償 を
し た と き 」と 規 定 さ れ ,免 責 条 項 で は 「損 害 賠 償 を 受 け た と き 」と 規 定 さ れ て い て ,
こ れ ら は パ ラ レ ル に 解 釈 す べ き も の で あ る と こ ろ ,求 償 の 場 合 は 理 論 上 も 実 務 上
も 保 障 実 施 主 体 が 実 際 に 保 障 給 付 を し た 場 合 を い う と 考 え ら れ て い る か ら ,免 責
の場合も実際に損害賠償の支払いを受けた場合でなければならないはずだから
である。
第 2 の 解 釈 問 題 に つ い て は ,免 責 事 由 が 生 じ た 場 合 は ,取 得 し た 損 害 賠 償 の 額
に 充 つ る ま で ,こ れ に 対 応 す る 受 給 権 が 免 責 さ れ る と す る の が 本 来 の 解 釈 か ら 導
かれる結論である。
代 位 条 項 と 免 責 条 項 は ,受 給 権 者 と の 関 係 で は ,受 給 権 者 に 二 重 の 利 得 を さ せ
な い た め の 規 定 で あ る か ら ,本 来 は 表 裏 の 関 係 に あ る べ き も の で あ る が ,代 位 の
方は代位する損害賠償請求権の消滅時効との関係で求償に給付時期の時間的な
制 約 が あ る も の の ,免 責 の 方 は 免 責 す る 権 利 は 受 給 権 で あ り ,求 償 に お け る よ う
な時間的制約がないからである。
と こ ろ が ,災 害 補 償 の 免 責 処 理 で は ,受 給 権 者 保 護 と 求 償 と の 均 衡 か ら ,免 責
さ れ る べ き 受 給 権 に つ い て も 「補 償 の 原 因 と な る 事 故 等 の 災 害 発 生 後 3 年 経 過 日
ま で に 支 給 す べ き 補 償 の 額 」を 免 責 の 対 象 と す る と い う 取 扱 い を し て い る 。
こ の 実 務 処 理 は ,免 責 が 行 政 裁 量 で あ る こ と を 前 提 に ,社 会 保 障 の 受 給 権 者 保
護 ,年 金 受 給 権 の 給 付 の 確 実 性 ,免 責 処 理 の 簡 素 化 と い う 観 点 か ら 行 わ れ て い る
のであろうが,妥当な処理だとは思えない。
そ の理由は ,上記の理 論的な理 由以外に次の点が挙げられる。
第 1 に ,こ の 運 用 で は 法 の 趣 旨 が 没 却 さ れ る こ と で あ る 。補 償 が 年 金 の 場 合( 障
害 補 償 が 年 金 で 行 わ れ る 場 合 と 遺 族 補 償 年 金 の 場 合 が あ る )は ,判 例 上 ,将 来 給
付 分( 前 記 の と お り 判 例 は 額 が 確 定 し て い る 部 分 は 除 く と し て い る )は 損 害 賠 償
の 塡 補 に な ら な い と さ れ て い る か ら ,受 給 権 者 は 年 金 の 将 来 給 付 分 に 相 当 す る 損
害 賠 償 を 取 得 し な が ら ,一 方 で は 年 金 受 給 権 が 3 年 を 超 え て 免 責 さ れ な い こ と で
大 幅 な 二 重 取 り が 可 能 と な り ,障 害 補 償 で は 年 金 で あ れ 一 時 金 で あ れ ,症 状 固 定
日 が 災 害 発 生 か ら 3 年 を 超 え た と き は ,受 給 権 者 は 先 に 損 害 賠 償 を 取 得 し て お い
てその後に障害補償の請求をした場合は全く免責されないことになり二重取り
を 認 め る こ と に な る 。こ の よ う な 結 果 は ,受 給 権 者 の 二 重 取 り を 防 止 す る と い う
法の趣旨を没却することになるのである。
第 2 に ,使 用 者 加 害 事 案 と の バ ラ ン ス の 問 題 で あ る 。使 用 者 加 害 事 案 で は 年 金
に つ い て の 免 責 処 理 は 複 雑 で あ る( 労 災 保 険 法 6 4 条 や 基 金 の 通 達 等 )が ,概 ね
事 故 後 9 年 間 程 度 を 調 整 の 対 象 期 間 と し て い る 。給 付 原 資 が 使 用 者 で あ る 事 業 主
の 保 険 金( 労 災 保 険 ),公 共 団 体 の 負 担 金( 地 方 公 務 員 災 害 補 償 ),国 の 予 算( 国
家 公 務 員 災 害 補 償 )で 賄 わ れ て い る と い う 点 は 考 慮 す る と し て も ,受 給 権 者 保 護
の 観 点 か ら い え ば 第 三 者 加 害 よ り 少 な い 保 護 で よ い と は い え な い 。一 方 で は ,第
三 者 行 為 に つ い て は ,使 用 者 加 害 の 場 合 よ り 更 に 免 責 額 を 多 く す る こ と も 別 に 不
当なことともいえないということである。
次 に ,厚 生 年 金 等 の 公 的 年 金 関 係 の 求 償・免 責 実 務( 昭 和 3 6・6・1 4 保 険
発 5 6 号 な ど )で は ,保 障 給 付 の 内 容 が 長 期 間 に わ た る 年 金 給 付 で あ り ,死 亡 や
高度の後遺障害による逸失利益と対応するだけであることが理由であるかどう
か は わ か ら な い が ,代 位 条 項 が あ る に も か か わ ら ず 求 償 を す る こ と は ほ と ん ど な
く ,免 責 条 項 に よ っ て 給 付 原 因 と な っ た 事 故 等 の 災 害 発 生 か ら 2 4 ヶ 月 以 内 に 損
害賠 償を受け た場合は災 害発生か ら 24ヶ 月間につ いて年金の支給停止 とする
と と も に ,そ の 間 に 年 金 給 付 が あ り 損 害 賠 償 を 受 け た 場 合 は ,2 4 ヶ 月 後 も 既 払
いの 年金給付 額に充つる まで年金 の一部し か給付し ないという処理をし ている。
受 給 権 者 保 護 ,免 責 の 裁 量 性 ,事 務 の 簡 素 化 が ,そ の 理 由 だ と 思 わ れ る が ,最
大 2 4 ヶ 月 し か 支 給 停 止 し な い と い う 事 務 処 理 が 妥 当 と は 思 え な い し ,ま た ,既
給付による求償額の限度まで損害賠償取得後の年金給付分を給付しないという
方 法 は ,第 三 者 か ら 回 収 し な け れ ば な ら な い 求 償 額 を 受 給 権 者 に 対 す る 免 責 額 に
転 嫁 す る と い う ,い わ ば 「江 戸 の 仇 を 長 崎 で 」と い う よ う な 処 理 で ,こ の 処 理 方 法
自体に問題があるというべきである。
Ⅳ おわりに
求償と免責に関する色々な問題について理論的にかつ実務的に書こうとして
書 き 始 め た の で あ る が ,問 題 が 大 き す ぎ た せ い か ,社 会 保 障 制 度 一 般 に 手 を 広 げ
す ぎ た せ い か ,理 論 的 興 味 だ け が 先 行 し た せ い か は わ か ら な い が ,与 え ら れ た 字
数 を 大 幅 に 超 過 し て し ま っ た た め ,個 々 の 問 題 に つ い て は ,後 に な る ほ ど ,簡 単
で 舌 足 ら ず な 記 述 に 終 わ ら せ ざ る を 得 な く な っ た 。も っ と 書 か な け れ ば な ら な い
こともあったのであるが,割愛した。
現 在 の 求 償・免 責 実 務 に つ い て は ,裁 量 行 為 で あ る こ と を 前 提 に ,受 給 権 者 保
護 と 事 務 処 理 の 簡 素 化 を 旗 印 に し て 処 理 を 行 っ て い る 結 果 ,受 給 権 者 の 二 重 利 得
の 防 止 と 損 害 賠 償 義 務 者 の 免 責 阻 止 を 目 的 と し た 法 の 趣 旨 が 没 却 さ れ ,そ の 結 果 ,
保 障 実 施 主 体( そ の 背 後 に い る 保 険 料 支 払 者 や 納 税 者 )の 損 失 に お い て ,嗤 う 受
給権者・嗤う第三者を作ってしまっているということを指摘した。
ま た ,損 害 の 塡 補 に 関 す る 判 例 は 多 く あ っ て も ,求 償 に 関 す る 判 例 が ほ と ん ど
公 刊 さ れ な い の は ,基 金 と 国 保 等 の 一 部 し か ,訴 訟 に よ る 強 権 的 な 回 収 を 行 わ な
い か ら で ,こ れ も 嗤 う 第 三 者 を 作 る 要 因 と な っ て い る と い う こ と も 指 摘 し て お き
たい。