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その1

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「〓〓経〓〓」
おはようございます。ようこそお参りいただきました。このたびのご縁、今日が最終日
日でございます。
本当にいろいろな先輩方がおっしゃることですが、こうしてお寺に参っていただき聴聞
していただくことで、「お育てに預かる」という言葉がございます。ありがたい言葉やな、
と思います。誰もお参りがなったら施教師も何も育たないし、一人前のぼんさんにもなっ
ていかへんわけですから、こうしてみなさんが三百六十五日、毎日毎日、お参りいただく
なかで仏光寺の大勢の施教師がそこで勉強をさせていただいて、本当に育てていただく、
「お育てに預かる」のだ。その言葉を実感する思いでございます。
本当によいご縁をいただいた、と喜んでおるところでございます。
ただ今、いただきましたサンライは
「ゲダツのコウリンキガンをなし」
私たちが様々なものに囚われている、そんな私をそんな囚われから解き放ってくださる、
解放してくださる、自由にしてくださる、如来さんのお慈悲にふれた者、如来の慈悲の輪
に触れた者は自由にしてくださる。解放してそして、あるやなしや、勝った負けた、損や
得やという、私たちはとかく物事を二つに対立させて見がちですが、そのことを「有無」
とおっしゃるのですが、「有無」、あるかないか、そのことから離れることができるのだ。
だから如来さんにキミョウしないさい、
「〓〓キミョウせよ」、
如来さんにキミョウしなさい、という親鸞上人のおすすめの句でございます。
■お寺の話は難しい?
さて昨日は報恩講でした。ショウシンゲ、ギョウブショウシンゲ六シュびき、念仏和賛
六シュびきと言いますが、私も滋賀県の寺の生まれで、小さな時から報恩講になると、村
中のおばあちゃんがお参りしてくださって、意味は分からないのですが、本堂の隅に座っ
ていたり、外にいてもショウシンゲの節は身に沁みているわけです。もちろん、ギョウブ
ショシンゲ、ショウシンゲも、親父が日曜学校をやっていましたから、そらで覚えていま
した。
阿弥陀経はぜんぜん知らなかったです、子どもの頃は。だから十二年前に大阪のお寺へ
行って初めて阿弥陀経の練習をしたようなことですが、ショウシンゲは本当に子どもの頃
からずーっと聞いていましたから、全く意味はわからへんけど、全部そらでいえたわけで
す。でこのギョウブショウシンゲの節も、言葉の意味はさっぱり分からないけれども、耳
に残っているもので三つ子の魂百までも、と言いますが、本当にエライもので、小さい時
に耳から聞いた音楽、メロディーというのはずーっと覚えています。
ただし、今で言いますと、
「コウソクカブラウかぶる者はなし」という御文がございます
が、これは「如来さんのお慈悲の光」という意味ですが、「コウソク」という言葉だけが耳
に残っていまして、私の家のすぐ近くを名神高速道路が走っているのですわ。「コウソク、
コウソク」というのは高速道路の「高速」やろかと、意味がわからないとそんなスカタン
を聞いているわけですね。
コウソク、如来さんの光が本当にここまで届いてくださったら、勝った負けた、遅い早
い、損や得や、そういう「有無」を離れる、対立して二つの物事を見る見方を離れる、と
いう力をいただくのだ、ということですが、音だけ聞いていると「チョウコウソク、カブ
ラウ」、ああここが出てきたな、「名神高速道路の話かいな?」と子どもの頃は聞いていた
わけです。
お寺というものはなかなか仏教用語、専門用語が難しいわけでして、インドの言葉が中
国で全部漢字に当てはめられたものですが、その漢字がまた日本に入った時に、今でいう
日本語に変わっていたらよかったのですが、中国語がそのまま入ってきたりしていますか
ら、よけいに難しくなったわけです。
そうしましてお寺は今、何をしているところかというと、
「なんとなく難しい話をしやは
るところ」と。
今は法話という言葉が一般的ですが、もともとは「お説教」といいました。お説教とい
うと、何かこの、「親父の説教に頭が下がる、お説教、頭の上通る」という言葉があります
が、親父は横に〓〓、頭は下がるのだけど、お説教は頭の上を通るという、頭を上げた頃
にはどこかへ行ってしまう、お説教というと何か怒られる、恐い。上の方から物事を言わ
れるという思いがどうしてもあります。
本来、御法話もそうですし、お寺の説教とは、本当に私たち一人ひとりに分かるように
説いていくのが本来のお坊さんの仕事であるわけですけれども、そのためにはこうして毎
日、毎日繰り返して来ていただくのが、一番なわけですけれども、それにしてもあまり難
しい話ですと一般の方に広がらないわけです。
そうすると仏教、お寺はというと、
「葬式と法事をやるところ」という思いになってしま
うわけです。
昨日うちの報恩講においでになった先生は、「毎月の常連法座、報恩講、永代経には必ず
お参りください」、ということでお手紙を出されているのです。それがまた御門徒さんに言
われたというのです。
「ごえんさん、あんまり難しいこと書いたかてあかんで。もう葉書を
読んだかて難しいことばっかり書いてたらあかん。もっとやさしい法座の案内をしとくれ
やす」
、と言われということで、「いろいろ考えて私、こんな案内を書いたのです」、とおっ
しゃってね。こう書かれたのです。
「お寺はあなたを待っています」
そうしたら、あるおばあちゃんに「ごえんさん、やっぱりお寺はわたいらが死ぬのを待
ってまんのか」こう言われた。
「そんなことありませんのやで」
。書いた方は、
「お寺はあな
たがお聴聞に来られる、門法にこられるのを待っております、お寺はあなたを待っていま
す。一緒に法を聞いていただいて、その法の味わい、親鸞上人が喜ばれた教えを聞いてほ
しいのです」そういう思いで書いたのですが、おばあちゃんが読み違いをされました。
確かにそう言われたたら「はよ、死ね」と言われてるのかいな、と思いますか、「最近、
葬式あらへんし」と。
ますますお寺が先祖供養をする場であったり、お葬式や法事ばっかりをやるように思わ
れる。そうすると広がりがないわけですね。
私はゆうべ、十一時に来たのですが、なにせ報恩講で、十時頃まで片づけやらしていま
したから、それから高速道路をパーッととばして来ましたので、喉は乾いているし、ちょ
っとこう、疲れをいやすためにビールが飲みたいな、と思いましたが、そこの南門前のお
店は十一時に閉まるのです。三日ほど前に行ったので知っていました。そこからちょっと
裏手の方、そこも十一時までやったのですが、入ったら「どうぞどうぞ」と言って入れて
いただいたので、機嫌ようにビールでも飲んで、それで今日の話の整理なんかをしていま
したら、「どこからお見えですか」と聞かれるので「大阪からですわ」と答えました。「こ
んな時間に?」とかおっしゃるので「実は仏光寺の本山で、明日お話する当番が当たって
いまして、それで寄せてもらったのです」と言いましたら、
「あっ、仏光寺さんって言うた
ら、あそこのおぉっさんの子どもがうちの子どもと、子ども会で一緒やったからよう知っ
てますわ」、と。よう知ってますわ、の言葉に続けて、「ところであそこのお寺、何宗です
か?」(笑)
カウンターでほんまにひっくり返りそうになりました。
毎日来ていただいている方には、「浄土真宗仏光寺派」というのは当たり前やと思ってい
ます。しかし「あのお寺は、何宗ですか?」と言われて、「はあ、浄土真宗なのですけど」
と言って説明をさせていただいたようなことで、寺の住職などはいつも寺の御門徒さんば
かりを見ていますと、みなさん知っておられる、と思うわけですけど、そうではないわけ
ですね。世間一般から言うと、浄土真宗といえば、ほとんど東さんか、西さんか、いうこ
とで、仏光寺などは名前も出てこないわけですから、その中で仏教の教えを本当に伝えて
いく、ということが私たちの仕事であるですが、そういう多くの方々の目線に合わせて、
こちらが一方的な話をするのではなく、本当に身近な話題から入らないと難しいな、とい
うことを昨日の先生のお話からも教えてもらったようなことです。
ところでさっきのおばあちゃんの話ですが、
「お寺に門法に来てほしいのですよ。そうい
う意味ですよ、」と住職が話をしたらしいのです。そうしたらおばあちゃんがどう言われた
かというと、一言「さよか」
。それだけやったそうです。
「話甲斐がなかったわ」
、と怒って
おられましたが(笑)。
■おふくろの味
先日、うちの御門徒さんから、法事の予約の電話がありました。近頃は、大阪にしゃぶ
しゃぶのファミリーレストランというものがいくつかできていまして、チェーン店で、し
ゃぶしゃぶの「桂」のいう名前のお店があります。京都の桂離宮の「桂」です。和室が襖
の仕切り様によっていろいろと広く使えるわけでして、小部屋から五〇人ぐらい入れる部
屋までできまして、法事のあとの会食によく使われるわけです。
電話をかけてきた大将が、「今度、おばあちゃんの三回忌ですけれども、○月○日に、桂
が二時から予約が取れましたから、何時にお経をあげてもうたらよろしいやろ?」と言っ
てこられたのです。
「はあ?」
「いや、桂が二時からとれましたさかい、何時からお経をあげてもうたらよろ
しいか?」と。これは話がひっくり返っているわけですね。まず法事やったら、お寺の都
合を聞いてもらって、
「何月何日に、親の法事をつとめたいけれども、お時間の方はどんな
もんですか」と聞かれたら、
「この日は十一時から一件、法事を預かってますから、お昼か
らやったら結構ですわ」と、こちらから言うわけですけれども、先に「飯の段取り」です
わ。法事となれば。まず飯の段取りで桂がとれた、と。そやからその前にどれくらいにお
勤めして、ちょっと御法話させてもらって、みんさん移動の時間も含めて、こうやるわけ
です。まあ、仕方がないですわ。「ほな、十二時に行きますし、一時過ぎには終わりますさ
かい、それから移動しはったらちょうど二時になりますわ」と話をしていました。
確かに今まではご法事であれば、家庭でお食事を作っていただいて、みなさんで煮炊き
物をおあがりになる、ということが主だったのですが、大変です。家も手狭になっていま
すし、そこに親戚がぎょうさん来たら、いろいろ料理する方も大変やから、近くにそうい
う料理屋さん、仕出しやさんができたら、こちらから行ってゆっくりやりましょうか、と。
やはり女の人は大変なのですね。男は別に家で、でーんと座って飲んでいる方が気が楽で
が、女の人は大変です。女の人が「もう大変やわ、気ぃ遣わなあかんの、かなんなあ」と
言いながら、ウロウロされたら、その顔を見るのが男性は嫌なのですね。要するに嫁さん
が気が悪いのやったら、外で食べようか、どんな料理をするかで嫁さんと母親がもめたり
するものいやらしいし、外で食べようか、となるわけです。それも今の時代やったら、分
からないこともないわけです。それで「家庭の味」がなくなったというか、どんどん外食
産業ができていきますが、一つは「家庭の味」がなくなった、ということだと思います。
昔から「おふくろの味」と言いますね。私も正月に実家に帰ると、いつも母親がこんに
ゃくの炊いたのを作ってくれているのですが、えらいものです。物心ついた小学生ぐらい
の頃から今まで三十数年間、いつ食べても同じ味がします。あれが「おふくろの味」
、と言
うのやろなと思いますね。みそ汁にしても、いつ帰っても同じ具が入っている。やっぱり
こういうのが「おふくろの味」ですか、それがだんだんなくなってきているわけですね。
「姑
さんからお嫁さんへ」伝わる味もなくなるから、家庭の味なり、
「おふくろの味」がなくな
っていくのでしょう。
そうして「おふくろの味」がなくなって最近、どうなったかと言いますと、
「お」がとれ
て「ふくろの味」になっているのです。コンビニエンスストアに行ったら、袋に入ったも
のがいっぱい売っています。レンジでチンするものとか、冷凍食品とか、あれはみんな袋
に入っていますから、「ふくろの味」になったのですね。
「おふくろの味」が「ふくろの味」になったということは、「お」の字がどこかへいった
わけですね。この「お」の字がどこへいったか、探した方がおられるのです。
「お」の字は
どこへ行ったか?
家庭で子どもさんの躾をします。躾をする方の親も若くなってきますと、戦後生まれの
私らぐらいの世代になってきますと、自分もええ加減なものですから、子どもにちゃんと
した躾ができなくなるわけですね。そうなりますと、ここに「お」の字が来まして、
「しつ
け」が「おしつけ」になった、と。頭ごなしに「あれせなあかん、これをせなあかん」と、
子どもが、どう思っていようが、世の中がどうであろうが、自分もできないのに、「ああせ
え、こうせえ」と。おふくろの「お」がなくなってこっちについて「おしつけ」になった
のです。
こう言うとああ、なるほどな、と思います。仏教のお経さんに書かれている文句も、御
文も、もともと御釈迦さんが喋られたことですから、本当はこういうわかりやすい、
「例え
話」が多いわけです。
■釈迦とアナン尊者
例えば、御釈迦さんがある時、アナン尊者というお弟子さんと一緒に砂の河原を歩いて
おられました。その時、御釈迦さんがアナンさんに、「アナンよ、この足元の砂を一度手で
すくってみよ」とおっしゃるわけですね。アナンさんは「そうですか」と言ってすくって
みられた。そうしたら、
「世の中には、一生を土の中で生きる者、また一生水の中で生きる者、また一生空を飛
ぶ者、また人間よりはるかに小さな生き物、また人間の何倍もある大きな生き物、いろい
ろいるけれども、その中で人間としてこの世に生まれることは、この足下の河原の砂全体
に対してその手の平に乗っている一握りの砂ぐらいでしかないのだ」
あたり一面の河原にいっぱいの砂がある中で、そういう例えをされたわけです。
阿弥陀経に「ゴーガーシャーシューショウブツ」という言葉がありますが、これは「ガ
ンジス川の、砂の川ほどの仏」という意味です。ガンジス川にそれだけたくさんの砂があ
る。同じようにその砂の中から一すくいすくってみる、人間として生まれる確率、人間と
して生まれることはそれだけ尊いことなのだ、希なことなのだ、ということです。
そしてなおかつ「その砂を左手の親指の上に乗せてみなさい」と、おっしゃいます。爪
の上にどれだけの砂が残るか、ということです。
「手のひらにあった砂、と爪の上に残った
砂とどちらが多い?」と御釈迦さんが聞かれるのですね。アナン尊者は「はるかに手の平
に乗った砂が多く、爪の上に乗った砂はごく希です。少しだけです」、こうおっしゃった。
そうすると御釈迦さんは「人間として生まれることがより希なことであっても、その中で
人間に生まれたことの意味を感じる、本当に人間として生まれたことに喜びを感じている
者は、この爪の上に乗った砂ほどしかないのだ。」
「人心受けがたし、今うく。仏法受けがたし、今仏法をきく」という言葉がございます。
人間として生まれる。そしてその中で、自分が生まれてきたことの意義を感じ、人間と
して生まれたことを喜べる人というのは、本当にこの爪の上の残った砂ほどしかないのだ、
という非常に分かりやすい例えでもって、教えを説かれてきたわけなのです。
■五木寛之との出会い
御釈迦さんの話ですけれども、浄土真宗の教えについては、いろいろな布教師さん、そ
れぞれ先生方がいろいろとお話されるわけです。私は実は作家の五木寛之さんという方が
非常に好きでして、五木寛之さんは作家ですから仏光寺の歴史の見方については、ちょっ
とうちのご本山とは意見の合わないところもあり、本山からいろいろと攻撃がありました
が、私は高校生の時に初めて五木寛之さんの「青春の門」という小説を読み、非常に共鳴
しました。また学生時代には「青年は広野をめざす」という小説があるのですが、当時若
者はヨーロッパへ行こうと思うと、ロシアのシベリア横断鉄道に乗って、ヨーロッパへ行
くのが一番安い旅行の仕方だったのです。日本航空の正規ルートの料金だと四十万円ぐら
いした時代ですが、シベリア横断鉄道に乗っていくと十万円から十五万円で安く行けたの
で若者はそうしてヨーロッパに行ったのですね。その本を読んで「これや!」と思いまし
て、大学を卒業してから一年間、三つぐらいのアルバイトを掛け持ちして当時七十万ぐら
いのお金を貯めて、それでシベリア横断鉄道に乗ってヨーロッパに行ったことがあるので
す。まさに五木寛之の小説の通りに行き、北欧の方、その後ヨーロッパで一ヶ月ぐらいブ
ラブラしていたことがあるのですが、そういうこともあって、当時から私は五木寛之さん
が好きでした。
それで京都で働いて、いよいよ大阪のお寺に入る頃、仏教学や真宗学についてちゃんと
勉強をしておかないと、いうことで龍谷大学に一年間、聴講に行ったのです。ところが私
が龍谷大学に聴講に行った時、五木寛之さんもまた聴講に来ておられたのですね。授業で
直接会ったことはないのですが、五木さんは作家活動をしながら、2年間、龍谷大学に聴
講されていたわけです。その時期がまた一緒で、学生の間では「五木寛之がよく来ている」、
という話だったので、「一度お会いしたいな」と思っていたのです。
五木さんは去年蓮如〓〓がありましたが、蓮如のシナリオを書かれたり、「他力」「大河
の一滴」「生きるヒント」などの本がベストセラーでよく売れています。それぞれ浄土真宗
の教えに出会われて、その喜びをわかりやすく書かれたお話が多く載っている本です。
5年ぐらい前に大阪の中之島公会堂で五木さんの講演会があった時に、私はそれを聞き
に行ったことがあるのです。その時の話に、「大河の一滴」とか「生きるヒント」とか「他
力」などの本にも載っているお話なのですが、人間の命の不思議さについて語られたお話
をここで紹介します。
■ライ麦の根
アメリカにアイオワ州立大学という大学がありますが、そこの研究グループが「三十㎝、
深さ五十四㎝の木の箱に砂を入れて、そこにライ麦の苗を植えるのです。苗を植えて、だ
いたい四,五ヶ月で五十㎝ぐらいの高さになったそうなのです。それで実が実るのですが、
実が実った時点でこの木の植木鉢をはずしてみる。そうすると中には植木鉢いっぱいに根
が張っているわけです。この根を切らないように少しづつ土を払っていくわけです。
それで、この根の長さ、これがどれだけになったかということを、一本、一本、足して
計算をした。合計どれぐらいになったと思います?
私も最初は「ホンマかいな?
桁が間違っているのと違うか」と思いましたが、箱の中
にいっぱいになっていた根ですがこれがなんと六百四十㎞の根があったそうです。六百四
十㎞といえば「東京~西明石」くらいの距離です。そんなものがこの箱に入るのか?
と
それすらも不思議ですが、これは事実で中公新書から出ています「ひまわりは何故東を向
くか」という本の中で紹介されています。
それを五木さんが読まれて、また自分なりにいろいろとご紹介されているお話なのです。
これは実は目に見えているのが六百四十㎞で、そこからまだ根毛と言われる産毛のよう
な目に見えない細い根が張っているわけです。これを全部、顕微鏡で見てコンピュータで
計算しましたら、一万二千㎞になった、というのです。ますます信じがたい長さですね。
一万二千㎞、というと北海道から九州までが二千㎞ぐらいですから、北海道から九州の端
っこまで三往復分ぐらいの長さの根がこの箱の中にあった、ということになるわけです。
中公新書では科学的な資料として載っているわけですが、五木さんがこのことで何を言
わんとするかというと、この地上に出ている部分の五十㎝ぐらいのライ麦、これがほかの
ライ麦と比べてどちらが早く育ったか、またどちらが長く育ったか、それからどちらがよ
りまっすぐに育ったか、格好が良かったか、綺麗か、どちらがたくさん実をつけたか。こ
れを比べることには全く意味がないのではないか。たった五十㎝のために実は六百四十㎞
の根が張っている。五十㎝を育てるための、「ちゃんと育ってくれよ」という六百四十㎞の
根の見えないエネルギーをいただいて、五十㎝が育って来たのだ。そうすると少々、どっ
ちを向いておろうが、実がちょっと多い少ないか、比べてもほとんど意味がない。本当に
この五十㎝のために実の多くのエネルギーや水を採るための根が縦横無尽に張っていたわ
けです。その願いとして、その結果としてこの五十㎝のライ麦が育ったのです。
■人の命の背景にある無限の恩恵
このことを「人間に当てはめたら」どうなるか、こう問いかけられるわけです。人間に
当てはめたなら。
そうすると「オギャー」と生まれて、早くして亡くなる人もいる。不慮の事故や病気で
亡くなる人もいる。また七十、八十才まで生かしてもらう人もいる。人生の中でのいろん
な地位や名誉や功績を得て、多くのことを後生に残す人もおれば、本当に不本意に人生を
終わる場合もあるだろう。だけどそのことを比べたところでどうなのだ?
一人の命をい
ただく、その尊さ、背景にはライ麦一本が五十㎝だとすると人間の場合はライ麦よりもは
るかに大きな体をして、多くのエネルギーをいただいておるわけですから、その背景にな
る命の世界たるや本当に計り知れない、まさに無量の命、無量の光とでも言う、そういう
ものをいただいて生きているのだ。年がら年中食べている他の命であり、もしくはいろい
ろな方の恩恵であり、さまざまなご恩である。自然の恵みである。それは数では計り知れ
ないものがあって、初めてこの命が誕生し、何十年も生かさせてもらうわけですから、そ
う思うと、確かに人の一生を比べたら様々かもしれないけれども、本来、その命の背景の
世界を考えた時には、この上の部分を比べてもあまり意味がないだろう、と。
けども私たちはついつい先ほどのご和讃にありました、「有無」ですね、有無から離れら
れないものですから、勝った負けた、どっちが損か得か、と悩むわけです。
年金をぎょうさん掛けていてもすぐ死んだら損やわ、とか、そうしたらぎょうさんもう
たら得なのか、そうしたら人生長いこと生きたら得なのか、ええのか?
と言えば、必ず
しもそうではない。それは長生きするに越したことはないけれど、短くても有意義な人生
はいくらでもあるだろうし、家族がたくさんいたらええのか?
一人やったら辛いのか、
一人でも教えに出会って幸せな人生もあれば、家族はいるけれども自分のおり場のない人
生もあるだろう。
そういった勝った負けた、早い遅い、損や得や、と人と比べないことには私たちはおれ
ないことろもありますが、こちらの、命の背景の世界に出会う、そのことを「コウソクカ
ブラウ」と言ったわけです。
如来さんのお慈悲に出会ったら、この上の部分はさして必要ではない。命をいただいた
こと、そのものが尊いのだ、と。そういう思いに出会っていけるのではないか。
こんなこを仏さんの側から詠まれた詩がございましてこれを最後にご紹介したいと思い
ます。
「ちょうどよい」、という詩で前川五郎松さんの詩です。
ちょうどよい
おまえはおまえでちょうどよい。
顔も身体も名前も姓も。
おまえにそれはちょうどよい。
貧も富も親も子も。
息子の嫁もその孫も。
それはおまえにちょうどよい。
幸も不幸も喜びも。
悲しみさえもちょうどよい。
歩いたおまえの人生は
悪くもなければ良くもない。
おまえにとってちょうどよい。
地獄へ行こうと、極楽へ行こうと
行ったところがちょうどよい。
うぬぼれる用もなく、卑下する用もない。
上もなければ下もない。
死ぬ月日さえもちょうどよい。
仏様と二人ずれの人生
ちょうどよくないはずかない。
南無阿弥陀仏。
私たちはいつも阿弥陀さんから「あんたの人生はそれでいいのや。ちょうどいいのやで」
そういう目で見てもらっているのですね。誰かと比べる必要はない。あなたはあなたやか
らいいのや。あなたのままでいいのだ。そいう如来さんの言葉、それを親鸞上人はご和讃
で先ほど賛礼で(…テープ反転…)味われたことでございました。
どうも五日間、ありがとうございました。
「如来大悲の御得は身を粉にしても報ずべし。……」
なんまいだぶ、なんまいだぶ…
ありがとうございました。
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