「第三の男」のおもしろさは、起承転結がお手本のように明確な ところにある。これは台本を書いたグレアム・グリーンの手柄だ ろう。グリーンは純文学と娯楽小説の中間に位置づけられる人気 作家で、スパイ小説の名手として知られた。 前回までの部分が起承であり、転結の筋書きはこうだ。マーチ ンス(ジョセフ・コットン)は、英国軍の少佐(トレーバー・ハ ワード)から親友ハリー(オーソン・ウェルズ)が指名手配され ていることを聞かされ、ハリーが闇で扱う粗悪なペニシリンで多 くの子どもたちが犠牲になっているというのだ。ちょっと補足す ると、第二次大戦後間もないウィーンはドイツの敗戦によって連 合軍が共同統治しており、映画の舞台は英国軍が管轄する地区で ある。少佐は帰国の途につくマーチンスにおとりとなってハリー逮捕に手を貸してくれと頼むが、親友を裏切 ることなどできないと頑なに断る。そこで、少佐は空港へ行く前にちょっとだけつき合ってほしいとマーチン スを病院に連れ出す。そこは粗悪ペニシリンの犠牲となった子どもたちを収容する小児病棟だった。子供たち の姿に衝撃を受けたマーチンスはハリー逮捕に協力することを決意し、おとりとなる。しかし、罠に気づいた ハリーはすばしこく逃げる。それを追うマーチンスと少佐たち。ついにマーチンスが下水道の中で追いつき、 袋小路に追い詰められたハリーが悲しそうに微笑んで「お前になら撃たれてもいい」とでもいうように親友に 目配せして頷く場面が泣かせる。「さあ、撃ってくれ」というのである。敵味方に分かれた親友同士が決闘す る場面で、こういう繊細な感情を描写することは外国映画の場合、あまり見かけない。東映の任侠映画に出て きそうな男同士の無言の会話だ。続いて、下水道の中に轟く銃声。地上のマンホールの網目からにゅっと突き 出たハリーの指が空をつかむ名場面。銃声に「もしや!」と現場に急行する少佐ら一行。この辺の畳みかける ようなショットの積み重ねがサスペンス効果を一気に盛り上げるのだ。 さて、ラストはあまりにも有名だ。ハリーの埋葬を終えた一団が三々五々と散って行く。「第三の男」の テーマ曲が流れる中、一度はマーチンスとの間で恋が芽生えたハリーの愛人アンナ(アリダ・ヴァリ)がポプ ラ並木の一本道をこちらにやってくる(写真)。車で送ろうという少佐の申し出を断って、マーチンスは画面 左側の道ばたでアンナを待つ。しかし、アンナはハリーを裏切ったマーチンスが許せないのだろう、彼を完全 に無視して画面の外へ消えて行く。ひとり寂しくたたずむマーチンスを残してエンドマークが出る。「結」の 部分をもうひとひねり利かせるという英国映画らしい苦味のある幕切れがみごとであった。そうして、このひ ねりはグリーンの原案にはなくキャロル・リード監督が発案したという。公開の年にキネマ旬報ベスト・テン 外国映画第1位に輝いた名画の中の名画である。
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