ユーロトンネルを介した高速鉄道ネットワーク拡大とその課題

海外トピックス
風力発電の電気を一部使用して走行する電車(マルメ,スウェーデン)
ユーロトンネルを介した高速鉄道ネットワーク拡大とその課題
お
ざわ しげ
き
小 澤 茂 樹 情報センター主任研究員
はじめに
いると認識し,3年以内に(2013年12月のダイヤ改
正の時点でまでに),これらのルートに高速列車を
ユーロトンネルが開業してから,16年が経過し
運行したい意向を示している。
た。しかし,ユーロトンネルを介した高速鉄道ネ
・フランクフルト~ケルン~ブリュッセル~リー
ットワークが2区間(ロンドン~パリ / ブリュッセ
ル~ロンドン
ル)に留まっていることは,ヨーロッパにおける
・アムステルダム~ロッテルダム~ブリュッセル
多くの鉄道関係者が疑問に感じている点である。
~リール~ロンドン
こうした中,2010年10月,ロンドンセントパンク
イギリスにはロンドンをはじめとしたビジネス
ラス駅にドイツ鉄道(DB)の ICE 型車両が初めて
拠点が多く立地しており,ヨーロッパ大陸の主要
姿を見せ,同駅でセレモニーが行われた。試験走
都市とイギリスの都市との移動(特にビジネスを目
行であるにもかかわらず,このセレモニーには,
的とした移動)需要は潜在的に高い。これまで,
DB の CEO で あ る Grube 氏 や ド イ ツ 交 通 相 の
これらの区間の輸送の大部分は航空機が担ってい
Ramsauer 氏も参加するほど盛大なものであり,
た。しかし,ヨーロッパ大陸において高速鉄道ネ
新たな高速鉄道ネットワーク拡大を象徴させるも
ットワークが拡大する中,イギリスとのネットワ
の と し て 注 目 を 集 め た。 本 稿 で は,Railway
ーク拡大に対しては,航空輸送からの転移を期待
update 誌(2011年1〜2号)を参考に,高速鉄道ネ
できるものとして,多くの列車運行会社が魅力を
ットワークがイギリスに拡大する状況とその課題
感じている。特に,DB は,これまで,アムステ
について紹介したい。
ルダムやブリュッセル,パリなどの主要都市へ
ICE ネットワークを拡大してきており,更なるネ
1.ネットワークをイギリスに拡大するこ
とへの高い需要
ットワークの拡大を模索中である。また,現在,
大陸とイギリスを高速列車で結ぶ列車運行を独占
的に行っているユーロスター社も自身のネットワ
DB は,以下のルートに大きな需要が存在して
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11 . 4
ークをさらに拡大したと考えている。
運輸調査局
一方で,線路保有会社であるユーロトンネル社
とが可能になると共に,1区間当たりの座席数を
や High Speed 1社も大陸とイギリスを結ぶ高速
減少させ空席のリスクを減少させることができる。
列車の増発への期待は大きい。ユーロトンネル社
現在,ユーロトンネルの安全基準の見直しが行
の財政状況は芳しくなく,また,High Speed 1社
われており,DB が求めるような規制緩和が実現
のキャパシティーにも大きな余裕があるため,両社
されれば,ユーロトンネルを通過する旅客列車に
共に線路使用料を増大させたいという思惑を有して
大きなパラダイムシフトが生じると,多くの鉄道
いる。
事業者が注目している。
2.厳格な規制の存在
おわりに
上記の2つのルートに列車を運行させるには,
ユーロトンネルの規制緩和が行われ,大陸とイ
6つ(ドイツ,ベルギー,オランダ,フランス,イギ
ギリスを結ぶ高速列車の増発は多くの鉄道事業が
リス,ユーロトンネル)の異なる規格(電力システム
望んでいる。特に,LCC の台頭に伴う航空との
や信号システムなど)に対応した車両を導入する必
競争が激化した現在では,その意向は更に強くな
要がある。車両に関する技術的問題は,現在,比
った。こうした中,ユーロトンネルの規制を監督
較的にクリアーされるようになった。しかし,鉄
するイギリス政府およびフランス政府に対しては,
道システム自体の設計変更は簡単ではない。例え
ユーロトンネルの規制が厳格過ぎるとの批判が寄
ば,乗車時の厳格なチェックインやパスポートコ
せられている。これを受け,現在,様々な基準の
ントロール,ボディーチェック,手荷物のチェッ
見直しが検討され始めた。しかし,現時点で両政
クを新たに実施することは国家レベルの調整が必
府は,規制緩和に必ずしも積極的ではない。その
要であり容易には解決できない。
背景には,1996年の火災事故や2009年の立ち往生
また,ユーロトンネル内の安全規制は極めて厳
などの過去の問題を考慮し,厳格な安全基準を遵
格であり,この点がいつくかの問題をもたらして
守したい意向がある。現在時点で緩和が行われて
いる。代表的なものが,列車編成の基本設計であ
も,その範囲は限定的であろうというのが鉄道関
る。現在,火災時に乗客を列車から下車させずト
係者の大半の見解だ。安全性と効率性はなかなか
ンネル内の非常口へ誘導できるよう,1編成の全
両立しないのが現実である。
長は400 m と規定されている(また,編成内では全
ユーロトンネルがヨーロッパにおける高速鉄道
て通り抜けできなければならない)
。しかし,全長
の更なる発展の大きなキーポイントであることに
が400 m の列車の座席数は約900席になるため,
間違いはない。この点は両政府も十分に理解して
単一区間の座席数として多く空席が発生するリス
おり,両政府が安全性と効率性の狭間で苦悩して
クが高いことがこれまで指摘されてきた。
いることは,容易に想像できる。安全性と効率性
この点を踏まえ,DB は1編成200 m の列車を
とのバランスの取り方は困難な判断になるが,東
2つ連接し運行させる許可を求めている。この方
北地方太平洋沖地震を契機にこの議論においても
式により,ユーロトンネル通過時は400 m の列車
安全性のウエイトが高まるのは必至であろう。
であっても複数区間の輸送サービスを供給するこ
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