外傷後健忘症(PTA, Post Traumatic Amnesia)

外 傷 後 健 忘 症 ( PTA,
Post Traumatic Amnesia)
昏睡状態から回復してくるときには、ぱっと目が覚めるわけではありません。そうではなく
て 、 ゆ っ く り と 次 第 に 意 識 を 取 り 戻 し て い く の で す 。 こ の 回 復 過 程 を 外 傷 後 健 忘 症 ( PTA) と
呼んでいます。これは、数時間あるいは数日もしくは数週間続くことがあります。
意識のある通常の脳は、常に情報を知覚し、分析し、記憶するという活動をしています。軽
度 の 脳 震 盪 で は 短 い 間 隔 の PTAが 見 ら れ ま す 。 重 度 の 外 傷 で は 昏 睡 状 態 と な り 、 そ の 回 復 過 程
で PTAが お こ り ま す 。 患 者 が 刺 激 に 反 応 し て 意 図 的 な 運 動 を し た り 、 意 思 を 伝 え た い と い う 様
子 が 見 ら れ た と き に は 、 昏 睡 か ら 徐 々 に 覚 め 始 め て PTA段 階 に 入 っ て き た と 一 般 的 に み な さ れ
ています。意図的な運動というのは、目を閉じてとか、腕を挙げてという指示に従う、あるい
は声を出して話をしようとする、言葉になるよう口を動かす、ジェスチャーをするなどして意
思を伝えようとするような動きのことです。
PTA状 態 に お い て は 、 患 者 は 混 乱 し て お り 、 刺 激 の 知 覚 、 思 考 、 記 憶 、 注 意 の 集 中 な ど が 障
害されているでしょう。彼等は、継続した記憶あるいは近時記憶を保持することができません。
数 時 間 前 、 あ る い は 数 分 前 に 起 こ っ た こ と を 想 起 で き な い の で す 。 PTA状 態 に あ る 人 は 部 分 的
に、あるいははっきりと覚醒してはいるのですが、しかし日にち、時刻、ここはどこなのか、
いま何が起こっているのか、ときには自分が誰かということについても混乱した状態なのです。
彼等は怖がっている、抑制が取れている、いらいらしていたりあるいはじっとしておれなかっ
たりします。もし身体的に可能であれば、彼等は徘徊します。彼等は幻覚や妄想があるかもし
れません。たとえば、大人であるのに子どもであると信じていたりするのです。行動に変化が
起こります。患者は、静かであったり、人の言いなりになったり、怒りっぽかったり、汚い言
葉を言ったり、興奮したりすることがあります。不適切な発言や行動が衝動性によって起こっ
てきます。
患者は通常こうした認知や行動上の障害をほとんどあるいはまったく自覚していません。そ
し て PTAの 間 に 起 こ っ た こ と は 何 も 覚 え て い な い こ と が 通 例 で す 。 た と え 彼 ら が 完 全 に 覚 醒 し
ていたとしてもです。
リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン の 訓 練 〈 認 知 リ ハ 〉 は 、 普 通 は PTAが 終 わ る ま で は 始 ま り ま せ ん 。 患 者
の記憶が情報を保持することができず、ほとんどのリハビリの関わりを無効にするからです。
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堺脳損傷協会「脳 損傷の知識」
記憶障害の2つのタイプ
通 常 PTAに と も な う 健 忘 に は 2 つ の 種 類 が あ り ま す 。 逆 向 健 忘 と い う の は 、 脳 損 傷 の 直 前 に
起こったことを思い出すことが部分的にあるいは全くできないことを言います。これは時間と
と も に 改 善 し 、 傷 害 の 30分 前 ま で の こ と は 思 い 出 す こ と が で き る よ う に な る こ と も あ り ま す 。
2つ目は、前向健忘といって、脳損傷のあと新しいことを記憶する能力が減弱することで、
こ れ に よ っ て 注 意 力 が 弱 ま っ た り 、 知 覚 が 不 正 確 に な る こ と が あ り ま す 。 こ れ は PTAが 終 わ っ
た後も生涯にわたる問題となりえます。しかし、次第に改善することが多く、特に損傷から後
の1年間においてはそうです。
家族にできること
大切なことは、こうした行為は脳損傷によって起こっているということを忘れないことです。
こうした時期に、あまり刺激を与えすぎると、混乱とつらいことが一緒にまぜこぜになり事態
を悪化させます。彼等は多すぎる音や動きについていくことができません。場合によっては、
単に体を触るだけで、感覚が過剰になることもあるので、触ること、音あるいはあなたが居る
ことなど彼等が混乱するきっかけをよく観察しましょう。お見舞いなども一度に一人か二人に
限定する必要があるかもしれません。
PTAの 良 い 点 は 、 本 人 は 通 常 こ の 間 に 起 こ っ た こ と を ほ と ん ど あ る い は わ ず か に し か 覚 え て
いないということです。家族に対しては睡眠を良くとること、そして病院の外で自分自身への
心遣いをする時間を持つように勧めるべきです。あなたは、あなたの愛する人のそばに24時
間居るべきだと思うかもしれません。でもあなたはあなたのことも考えないといけません。彼
等は静かな時間を持つことも必要なのです。しかも、とにかく、彼等はこの時期のあなたの看
病は全く覚えていないことでしょう。
退院に際しては、どのくらい健忘によって彼等の安全が危ぶまれるかを評価することが大切
です。運転させないとか、家に一人にしないといった特別の予防策が必要かもしれません。
PTAは い つ 終 わ る の か
PTAと い う の は 、 通 常 は 今 ど こ に 居 る の か 、 な ぜ 病 院 に 居 る の か 、 今 の 年 月 と い っ た 情 報 を
保つことができはじめると、終わりつつあるとみなされます。こうしたはっきりとした思考の
時 期 は 、 最 初 は 混 乱 状 態 と 行 き つ 戻 り つ し ま す 。 で す か ら 、 理 想 的 に は 、 PTAの 程 度 を 明 確 に
捉えるために、定期的に評価をしていくべきです。
回復の時期が始まり、リハビリも開始されます。行動の問題はこの時期に悪化することがあ
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堺脳損傷協会「脳 損傷の知識」
ります。というのは、患者は彼等に起こったことを自覚し始め、いろいろな起こってくる感情
に対処することが難しいからです。
回 復 の 指 針 と し て の PTA
多 く の 人 が 、 PTAの 期 間 の 長 さ は 、 脳 損 傷 の 障 害 度 の 最 も よ い 指 標 に な る と 考 え て い ま す 。
このことは、その後の回復の程度に対してもある程度の指針を提供するのです。
グ ラ ス ゴ ー ・ コ ー マ ・ ス ケ ー ル と と も に 、 PTAの 長 さ は し ば し ば 脳 損 傷 の 重 傷 度 の 指 標 と し
て使われます。一般的に使われる指標の解釈は以下のようになっています:
・ PTA、 5 分 以 下 = 非 常 に 軽 度 な 損 傷
・ PTA、 5 ~ 60分 = 軽 度 損 傷
・ PTA、 1 ~ 24時 間 = 中 程 度 損 傷
・ PTA、 1 ~ 7 日 = 重 度 損 傷
・ PTA、 7 日 以 上 = き わ め て 重 度 な 損 傷
一 般 的 な 傾 向 と し て 、 も し PTAの 状 態 が 1 週 間 以 上 続 く よ う な ら 、 そ の 後 に 認 知 的 な 問 題 が
生じると考えられています。
( ク イ ー ン ズ ラ ン ド 脳 損 傷 協 会 フ ァ ク ト シ ー ト よ り 許 可を 得 て 翻 訳 転 載 )
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