総説癌の遺伝的要因-癌化における突然変異の重要性-野村

総説癌の遺伝的要因-癌化における突然変異の
癌 の 突 然 変 異 説 は, 最 も古 く, ま た 最 も新 しい 仮 説 であ る。 分 子 レベ ル の 癌 研 究 の 急 速
な 進 歩 を 横 目で 見 な が ら,
日本 人 が 世 界 で 初 め て,
しか も個 体 レベ ル でそ の 可 能 性 を 示 し
た 「癌 は 突 然 変 異 で 起 こ る」 証 拠 を 紹 介 す る 。 癌 化 は, 複 雑 き わ ま りな い 個 体 で の 現 象 で
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あ る 。 個 体 レベ ル の 研 究 の む ず か しさ と, 個 体 で な け れ ば わ か らな い お も しろ さを 知 って
い た だ き, 将 来 へ の 癌 研 究 の 話 題 を 提 供 で き れ ば と思 う。
癌 発 生 に遺 伝 的 要 因 が 関 与 して い るこ とは
こ とで あ る が, 発 癌 と突 然変 異 の 関係 とい うこ とに な る
古 くか ら知 られ て い る。 ヒ トで は, 網膜 芽 細 胞 腫, 大 腸
と, 話 が か な りむ ず か し くな る。 一 時, 発 癌 物 質 の大 多
ポ リポ ー シ ス, 色 素性 乾 皮 症 な どの 代 表 的 疾 患 に つ い
数 が, サ ル モ ネ ラ菌 な どの細 菌 を用 いた 検 出系 で突 然 変
て, 発 癌 に至 る ま で の過 程 が 細 胞 遺 伝 学 的 ・分 子 生 物 学
異 を誘 発 す る こ とが Ames
的 に詳 細 に調 べ られ て い るが, 実 験 動 物 で は, そ れ ら の
れ, 発 癌 と突 然 変 異 が 同一 の現 象 で あ るか の ご とき錯 覚
因 果 関 係 が も っ とは っ き り調 べ られ て い る。 と くに, 膨
を与 えた こ とが あ る 。発 癌 物 質 は, DNAに
大 な 数 の近 交 系 が 存 在 す る マ ウ ス で は, A系 統 な ら肺 腫
に, は るか に 多 くの蛋 白質 やRNAな
は じめ に
瘍, C3H系
統 な ら乳 癌 と肝 腫 瘍, C57BL/6系
腫 瘍 は 発 生 しな い代 わ りに細 網 細 胞 腫,
な ら肺
とい った 具 合 い
り, 万 一,
ら に よっ て大 々的 に報 告 さ
作 用 す る前
ど と反 応 し て お
突 然 変 異 が 発 癌 の 必 要 条 件 で あ った と して
も, 十 分 条 件 で あ る とは とて も思 えな い。 しか し最 近,
に, どの 系 統 な ら どの腫 瘍 と明確 に決 ま っ て い て, これ
あ る種 の癌 遺 伝 子 (oncogene)
は, 同 じげ っ歯 類 の ラ ッ トで も 同 じこ とが い え る し, 発
とに よ り活 性 化 され る こ とが 報 告 され, 突 然 変 異 説 が 新
癌 実 験 に と き ど き用 い られ る 魚類 な どに つ い て も同 じで
た に注 目され る よ うに な った 。 これ を, 個 体 で の発 癌 に
あ る。 また, 自然 発 生腫 瘍 だ け で な く, わ れ われ の通 常
どの よ うに還 元 して ゆ くか, これ か らの問 題 で あ る。
行 な う発 癌 実 験 の場 合 も同 じ傾 向 を示 す とい っ て も過 言
が, 突 然 変 異 が 加 わ る こ
本 稿 で は, まだ 癌 遺 伝 子 とい う言 葉 す ら使 わ れ て い な
以
か っ た こ ろ に始 め た筆 者 の研 究 を 紹介 し, 個 体 発 癌 にお
上 も兄 妹 交 配 を行 な っ て き た も の で あ るか ら, それ ぞれ
け る突 然 変 異 の 占 め る役 割 とそ の発 現 過 程 の重 要 性 につ
の系 統 は遺 伝 学 的 に は均 質 な も の で あ る。 した が っ て,
い て考 察 を加 えた い。 癌 は本 来, 個 体 に しか 発 生 しな い
こ こ で述 べ て い る, 発 生 す る あ る い は誘 発 され る癌 の系
現 象 で あ る。 個 体 で な けれ ばわ か ら な い発 癌 機 構 研 究 の
統 に よ る違 い は, 特 定 の臓 器 に特 定 の腫 瘍 を高 頻 度 で発
む ず か しさ と, そ の利 点 を理 解 して も ら えれ ば 幸 い で あ
生 させ る遺 伝 的 要 因 が存 在 す る こ とを 如 実 に物 語 っ て い
る。
では な い。 これ ら実 験 動 物 は, 数 十 代 あ る い は100代
る。
癌 発 生 に遺 伝 的 要 因 が 関与 す る こ とは疑 う余 地 の な い
Taisei
of
Nomura,
Medicine,
大 阪 大 学 医 学 部 放 射 線 基 礎 医 学
Osaka
University,
Nakanoshima
Key【癌
word
突 然 変 異 】 【遺 伝 要 因 】 【マ ウ ス】
292
(〒530
大 阪 市 北 区 中 之 島 4-3-57)
4-chome,
Kita-ku,
Osaka
[Department
530,
of Radlatlon
Biology,
Faculty
Japan]Heritable Factors in Carcinogenesis-Cancer-causing Mutations
I
癌
.
の 遺
伝
的
要
因
9
癌は 突 然 変 異 で 起 こ る か
「癌 が 突 然 変 異 に よ り 起 こ る のか ど うか,
放射線や化
学変 異 原 を 生殖 細 胞 に作 用 させ, 子 孫 に癌 を誘 発 す る こ
とが で きれ ば, これ ほ ど確 か な証 拠 は な い」-筆
者は
医 学 部 卒 業 を 目前 に ひか え て, 将 来 自分 は何 をす べ きか
胸 を ふ く らま せ て い た。
放 射 線 や 化 学 物 質 に よ り突 然 変 異 が誘 発 さ れ る こ と
は, ヒ ト以 外 の調 べ られ た か ぎ りす べ て の 生物 で証 明 さ
れ て いた 。 事 実, 哺 乳 動 物 に お い て も, Russell
らが マ
ウス の毛 色 や 骨 格 の変 異 あ る いは 白内 障 を 指 標 に して,
劣 性 お よび 優 性 の遺 伝 子 突 然 変 異 が 放 射 線 や 発 癌物 質 な
どに よ り誘 発 され る こ と を証 明 して い た^<1∼4)>し
か し,
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発 癌 につ い て はほ とん ど研 究 が 進 ん で いな か った 。 そ れ
は,「 ま さか 」 と思わ れ た の と, 癌 の場 合 は 膨 大 な数 の動
物 を必 要 とす るだ け で な く, 飼 育 に数 カ 月か ら数 年 と長
期 間 を要 す るた め, よほ どの 暇人 で な いか ぎ り手 を 出 さ
な か った の で あ ろ う。 しか し, 実験 は や っ てみ な ければ
わ か らな い もの で あ る。 予 想 した よ りも は るか に早 く仔
に癌 が 発 生 した の で あ る。 そ れ は, 通 常 の突 然 変 異 の百
図1.
方 法 と原 理
(野 村 原 図)
倍 近 い高 頻 度 で誘 発 され た 。 ま ず 最初 に, 癌 が突 然 変 異
に よ り誘 発 され る こ とを 証 明 した 最初 の 実験 を 紹 介 し よ
で の 間 隔 が 長 くな れ ば な るほ ど, 精 子 細 胞 期, 精 原 細 胞
う。
期 の 被 曝 とい うこ とに な る (図1)。 そ して, これ ら放 射
方 法 は 簡 単 で あ る^<5)>。
雄 ま た は 雌 マ ウス を,
X線 あ る
線 また は 化 学 変 異 原 の 作 用 を 受 け た 生 殖 細 胞 に 由来 す る
い は化 学 変 異 原 で処 理 した あ と, 一 定 の 間 隔 を お い て 正
次 代 の仔 (F_1) に つ い て, 優 性 致 死, 奇 形, 癌, 染 色 体
常 マ ウス と交 配 した 。 照 射 あ る いは 注 射 して か らす ぐに
異 常 な どが 発 生 す るか ど うか を調 べ た 。 さ て, 癌 は子 孫
交 配 させ る と, 精 子 期 また は 卵 細 胞 の成 熟 期 で作 用 を 受
に ど の よ うに発 生 した の で あ ろ うか 。
け る こ とに な り, また 雄 マ ウ スを 処理 した あ との 交 配 ま
図2.
精 子期 お よ び 精 子細 胞 期 (1∼21日 前), 精 原 細 胞 期 (64∼80目 前), お よ び成 熟 卵 (排 卵1∼
7日 前) に, X線 を 一 括 お よび 分 割 照 射 して 非 照 射 マ ウス と交 配 させ た とき のF_1で の腫瘍 発 生
実 線 は 一 括 照 射 (72rad/分),
破 線 は分 割 照 射 (36radを2時
間 間 隔) を 示 す^<5,6,9)>。
293
10
蛋 白 質
1.
核 酸
酵 素
Vol. 32
F_1で の 癌 発 生 と通 常 の マ ウス 突 然 変 異 との 比 較
雄ICRマ
ウス の成 熟 精 子 期 (交配 の1∼7日
子 細 胞 期 (交 配 の15∼21日
配 の64日
No. 4
表1.
前), 精
(1987)
マ ウス で の放 射 線 誘 発 腫 瘍 突 然 変 異 と通 常 の
突 然 変 異 の 比 較^<5∼7,9,10)>
前) お よび 精 原 細 胞 期 (交
以 上 前) にX線 を 照 射 し, 非 照 射 の 雌 マ ウ ス
と交 配 した と き のF_1で の 癌発 生 の パ タ ー ンを 図2に 示
した^<5∼7)>。ICRマ
ウ スの場 合, 誘 発 され た 腫 瘍 の約90%
は 肺腫 瘍 で あ り, 他 に 卵 巣 腫 瘍,
リンパ 性 白血 病 な どが
発 生 して い る。F_1で の腫 瘍発 生 率 は,
図2の
よ うに成
熟 精 子期 お よび 精 子 細 胞期 に 照 射 した場 合 は直 線 的 に増
加 し, 504radで
は 約30%の
高 値 を 示 した 。精 原細 胞 期
a)
特 定 座 位 お よび 優 性 骨 格 突 然 変 異^<1∼3)>
に 照射 した場 合 も, F_1で の肺 腫 瘍発 生 率 は 線 量 と と も
に上 昇 した が, 発 生 率 は 減 数分 裂 終 了後 の精 細 胞 (精子
お よび精 子 細胞) の 約1/2で
あ った 。
通 常 の マ ウ ス 突 然 変 異 との 比 較^<1∼7)>
放 射 線 に よ るマ ウス突 然 変 異 の誘 発 に 関 して は, Rus
雌 マ ウス個 体 の 卵 細 胞 に 関 して は, 若 い 卵細 胞 (排 卵
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B.
sellら に よる数 百 万 匹 を用 いた 膨 大 な特 定 座 位 突 然 変 異
よ りさか の ぼ るこ と4週 間 以上 前 の 卵 細胞) に50R以
の 資料 が あ る^<1,2)>。
ま た, Ehling
に よ る優 性 遺 伝 の特 性
上 のX線 を照 射 す る と全部 死 ん で しま う。 した が っ て,
を示 す 骨 格 異 常 突 然 変 異 や 白 内症 突 然 変 異 の 研 究 も あ
そ の よ うな若 い 卵 細胞 にX線 を照 射 してか ら正 常 雄 と交
る^<3,4)>。
これ ら通 常 の マ ウス突 然 変 異 と, 本 稿 で 述 べ た
配 して も仔 に で き な い。 そ こ で成 熟 した 卵細 胞 にX線 照
「F_1で腫 瘍 を発 生 す る原 因 」 の放 射 線 に よ る起 こ り方 を
射 した 。 実 際 に は, 雌ICRマ
比 較 してみ る。 表1に 示 す よ うに, 生 殖 細 胞 の時 期 に よ
1∼7日
ウ ス にX線 を照 射 して,
後 に 非 照 射 雄 と交 配 した。F_1で の腫 瘍 発 生 率
は 図2に 示 した よ うに, 108radま
差 が なか った が, 200radを
で は非 照 射 の場 合 と
るF_1で
の腫 瘍 発 生 感 受 性 の差 お よび 発 生 頻 度 に及 ぼ す
分 割 効 果 の有 無 をみ て も, 「F_1で腫 瘍 を 発 生 す る原 因 」
超 え る と急 激 に癌 発 生 率 が
と突 然 変 異 は, きわ め て似 てい る こ とが わ か る。 した が
上 昇 した 。 しか し, 卵 細 胞 が す べ て低 線 量 のX線 に抵 抗
っ て, F_1に 腫 瘍 の発 生 を もた ら した 生 殖 細 胞 の 変 化 は,
性 が あ る のか とい う と, そ うで もな い。 も う少 し若 い卵
突 然 変 異 そ の もの で あ る こ とを 強 く 示 唆 して い る。 で
細 胞 (排 卵 前8∼28日)
は, そ れ を 証 明 しな け れば な らな い。
にF_1に
に照 射 す る と, きわ め て高 頻 度
腫 瘍 が 誘 発 され る。 これ は 何 もX線 に か ぎ った
こ とで な く, 化 学 物 質 で も同 じこ とで, 実 際 に, ウ レタ
2.
ン (ethyl carbamate)
ウス に 注
F_1に 腫 瘍 を つ くっ た 生殖 細 胞 の変 異 が 本 当 に 突然 変
射 した場 合 に も, F_1に 有意 に 高 率 に腫 瘍 が 誘 発 さ れ
異 な らば, F_2, F_3と 伝 わ って ゆ くは ず で あ る。 しか し,
を雄 ま た は 雌ICRマ
肺 腫 瘍 好 発 の 特 性 は 遺 伝 す る^<5,6,9,10)>
た^<5∼7)>。Tomatis
も, わ ず か な 匹 数 だ が, ま った く同 じ
これ を証 明 す る の は た い へ ん な作 業 で あ る。 そ こ で筆 者
方 法 で ラ ッ トにENU
は, F_1に 誘 発 され た 腫 瘍 の 中 で も, 肺 腫 瘍 を選 ん だ。そ
し,
(N-ethyl-N-nitrosourea)
を 注射
F_1で の腫 瘍 発 生 の増 加 を報 告 して い る^<8)>。
A.
生 殖 細 胞 の 傷 は 修 復 され る^<5,6)>
図2を
さ れ た もの で あ る の と, マ ウス肺 腫 瘍 に は ウイ ル スや ホ
よ く眺 め て み る と, 精 原 細 胞 と成 熟 卵 は何 とな
くX線 に対 し抵 抗 性 を示 して い る よ うに 思 え る。 そ こ
で, X線 を少 量 ずつ 分 割 して照 射 してみ た 。 す なわ ち,
36rad照
射 して2時 間休 み, また36rad照
れ は, 肺 腫 瘍 が遺 伝 解 析 で き る ほ ど十 分 に高 頻 度 で誘 発
射す ること
ル モ ンが 関与 して い な い とされ て い るか ら で あ る。
ま ず, 精 子 細 胞 期 にX線504radを1回
照 射 し, 正 常
雄 と交 配 させ, F_1を 作 成 した 。F_1に は 当 然 な が ら高 率
に腫 瘍 が 発 生 す る。F_1を 屠 殺 す る前 に, 無 作 為 にF_1の
を繰 り返 した 。 図2の 破 線 が そ の結 果 で あ る。1回 照 射
雄 ・雌 を交 配 させ, 前 も ってF_2を つ くっ て お く。F_2作
の場 合 の実 線 と比 較 してほ しい。 精 子 期, 精 子 細 胞 期 で
成 後, そ の親 で あ るF_1を 解 剖 し,肺 腫 瘍 を もつ か ど うか
は, 分 割 照 射 して も, 1回 照 射 の場 合 と腫 瘍 発 生 率 に 差
を調 べ た 。F_2も 解 剖 してみ る と, 親 (F_1) の いず れ か が
は な い。 しか し, 精 原 細 胞 と成 熟 卵 に分 割 照 射 した 場 合
肺 腫 瘍 を も って い る場 合 に の み, F_2に 肺 腫 瘍 が 有 意 に
は, F_1に は腫 瘍 は誘 発 され な か った。す なわ ち, 精 原 細
高 率 に 誘 発 され た (図3)。X線
胞 お よび 成 熟 卵 は, 少 量 のX線 の 傷 な ら治 して しま うよ
4NQO
うで あ る。
結 果 に な った (表2)。
294
の 代 わ りに ウ レ タ ンや
(4-nitroquinoline 1-oxide) を 用 い た と き も同 じ
ま た, F_2雄 を 正 常 な マ ウス と交
癌
の
遺
伝
的
要
因
11
F_1の腫 瘍 発 生 率 (%)
1/13
図4.
精 子 細 胞 期に504radを
第1精
10/68
転 座 と腫 瘍 の相 関
一 括 照 射 し, F_1を 屠 殺 し て
母 細 胞 で の転 座 と 腫瘍 を検 出 した も の^<6,10)>。
に遺 伝 性 腫 瘍 が 誘 発 され た の は, 生 殖 細 胞 に新 た につ く
非 照 射群 の腫 瘍 発 生 率 (%)
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図3.
29/548
X線 に よ り生 殖 細 胞 に 誘 発 され たF_1に
つ くる変 異 の 遺 伝 性^<6)>
(5.3)
られ た 変 異 す な わ ち 突 然 変 異 に よ る も の と考 え られ る。
肺腫瘍を
3.
配 し, F_3を つ くって 観 察 し
場 合 も, F_2が 腫 瘍 を も っ
て い る場 合 に のみ, 有 意 に高 率 に (22.7%)
肺腫瘍が発
癌 突 然 変 異 の性 質
次 世 代 に 癌 を つ くる生 殖 細 胞 の遺 伝 性 変 異 の大 き さを
知 るた め に, まず, 転 座 と腫 瘍 発 生 の関 係 を調 べ た の が
生 した。 以 上 の結 果 か ら, 次 世 代 に肺 腫 瘍 をつ くる変 異
図4で
は, 約40%の
F_1で の腫 瘍 とF_1の 精 細 胞 で の転 座 を調 べ た 。一 般 の 予
浸 透 率 で慢 性 に遺 伝 して い る こ とが わ か
った。
あ る。X線504radを
精 子 細 胞 期 に1回 照 射 し,
想 に反 し, 転 座 を も っ たF_1と 転 座 を も た な いF_1で,
しか も, 自然 発 生 腫 瘍 で は, こ の よ うな遺 伝 性 は認 め
腫 瘍 発 生 率 に ま っ た く差 が なか った^<5,6)>。
現 在, 骨 髄 細 胞
られ な い。 表3に 示 した よ うに, 本 実 験 に 用 い たICR
を用 い てCQバ
マ ウ スに は,
の とこ ろ, 変 異 マ ウス に も特 異 的 な染 色 体 異 常 は み つ か
どの世 代 で も平 均 して 自然 に4%前
肺 腫 瘍 が発 生 す るが, 腫 瘍 あ り (+)
後に
と腫 瘍 な し (-)
ン ド法^*で解 析 を 行 な って い るが, 現 在
っ て い な い^<10)>。
光 学 顕 微 鏡 で検 出 され る よ うな 染 色 体 異
の交 配 を 行 っ て み て も, 次 世 代 で の腫 瘍 発 生率 はや は り
常 が癌 突 然 変 異 とは 関 係 が な い こ とを 示 す い くつ か の間
4%前
接 的 証 拠 もあ る。 ウ レタ ンを生 殖 細 胞 に作 用 させ る と,
後 で あ る。 肺 腫 瘍 好 発 系 のA/Jで
も 同 じこ とで
あ る し, 肺腫 瘍 以 外 の腫 瘍 で も同 じ結 果 で あ っ た^<10)>。
し
た が って, X線 あ るい は化 学変 異 原 の 作 用 に よ り次 世 代
X線 と同 じ よ うにF_1に 腫 瘍 が 誘 発 さ れ た が, 転 座 は ま
っ た く誘 発 され な か った。 こ の こ とは, シ ョウ ジ ョ ウバ
エ を使 って遺 伝 的 に も証 明済 み で あ る^<11)>。
表2.
X線, 4NQOお
よび ウ レタン に よ り次 世 代 に 誘
発 さ れ た 肺 腫 瘍 の 遺 伝 性^<6)>
シ ョウ ジ ョウバ ェ (Drosophila melanogaster)
タ シ ガ スを5.5時
に ウレ
間 吸 入 させ る と, γ線3,000radと
等
頻 度 の 劣 性 致 死 突 然 変 異 が誘 発 さ れ た が, 転 座 は γ線 の
1/30し
か誘 発 され な か った 。 ま た,
ウ レタ ンに よ り誘
発 さ れ た 突 然変 異 は 単 シ ス トロ ン内 に 限 局 され た 変 異 で
あ る こ と も相補 性 試 験 で証 明 で きた (野村 ・黒川 ・Crbw :
a)
p<0.05,
b)
p<0.01
未発表)。 した が って, 癌 突 然変 異 は, 染 色 体 レベ ル の大
表3.
JCRマ
ウス 自然 発 生 肺 腫 瘍 の 遺 伝 性^<10)>
きな変 異 で な く, 遺 伝 子 突 然変 異 (も ち ろ ん 小 さ な欠 失
を 否 定 す る もの で な い),
あ るい は そ れ に 近 い も の と考
え られ る。
*
CQバ
ン ド法 : 染 色 体 蛍 光 分 染 法 の ひ とつ 。 ヘ キ ス ト33258でCバン
ドを,
キ ナ ク リンマ ス タ ー ドでQバン
ドを 同時 に 観 察
す る。
295
12
蛋 白 質
核 酸
酵 素
Vol. 32
図6.
No. 4
(1987)
X線 お よび ウ レタン に よ る マ ウス 肺 腫 瘍 の誘 発 :
生 殖 細 胞 作 用 と体 細 胞作 用 の比 較^<9)>
(●)
幼 若ICRマ
ウ スヘ 直接 ウ レ タン を 注 射 あ るい は
X線 照 射 した 個 体 で の 腫 瘍 発 生 率 。X線 に 関 して は
Yuhas
(○, □)
の 資 料 を 引 用^<9)>。
雄 (ロ)
また は 雌
(○) ICRマ
ウス にX線
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ウ レタン を 作 用 さ せ た あ と, 正 常ICRマ
配 した と きのF_1で
図5.
癌 突 然 変 異 モ デル
●は 腫 瘍 突 然 変 異 を 起 こ した 細 胞, ■は 腫 瘍 細 胞,
○は 正 常 細 胞 を 示 す^<12)>。
の腫瘍発生率。
雄 の 生殖 細 胞 にX線 を作 用 させ てみ て も, F_1に は 癌 突
然 変 異 が誘 発 され な か った。 また, こ のF_1に
II.
または
ウス と交
ウ レタ ン
を 注射 して も肺 腫 瘍 は ほ とん ど 出現 しなか った 。 す なわ
突 然 変 異 だ け で 癌 に な る か^<12)>
ち, 癌 突然 変 異 そ の もの は非 常 に弱 い発 癌 力 しか もた な
癌 は, 複 雑 きわ ま りな い 個 体 に起 こ る現 象 で あ る。 癌
研 究 に 残 さ れ た 問題 点 は 数 多 くあ るが (後述),
発癌 に
い が, これ な しで は, 発 癌 物 質 を投 与 してみ て も, 癌 が
発 生 しに くい こ とを示 して い る。
至 る まで の 多 くの過 程 の1つ に 突 然変 異 が 関与 して い る
癌 突 然 変 異 は癌 化 の必 要 条 件 だ が 十 分 条 件 では な い。
こ とを, 筆 者 は初 め て 動物 個体 で 直接 証 明 で きた。 そ こ
も し, 癌 化 に イ ニ シ エ ー シ ョ ンや プ ロ モ ー シ ョン とい う
で, 発 癌 を癌 突然 変 異 とそ の発 現 過程 とに大 き く2つ に
も のが あ る とす れば, 本 モ デ ル で初 め て両 ス テ ップ を分
分 け て 考 え て み よ う。
離 して研 究 で き る も の で あ っ て, 他 の モ デ ル系 で同 一 個
癌 突 然変 異 は生 殖 細 胞 に起 こ った変 異 で あ る か ら, 変
異 マ ウス のす べ て の 細胞 が 同 じ変 化 を もっ て い る。 した
が って, 突 然 変 異 だ け で癌 に な る の で あれば, 全 身 が 癌
だ らけ に な る は ず で あ る。 しか し, 肺 で み る と, せ いぜ
い1∼2個
の 腫 瘍 が で き るだ け で,
浸透 率 も40%ぐ
らい しか な か っ た。 しか し, 浸透 率 は, 生 後8カ
体 (細胞) に2種 の 因子 を作 用 させ て, これ が イ ニ シエ
ー タ ー, あれ が プ ロモ ー タ ー な ど い うのは 論 外 で あ る。
本 稿 で は, な るべ くこ うい う用 語 は さけ て, 個 体 レベ ル
の研 究 で あ るが, 遺 伝 (子) 的 変 異 お よび そ の発 現 と表
現 させ て い ただ く。
月 ぐら
いの マ ウス で は低 い が, 年 を と る と と もに上 昇 す る こ と
1.
が わ か った。 ど う も突 然変 異 だ け で は 癌化 せ ず, 生 後,
で は, 通 常 わ れわ れ が行 な っ て い る発 癌 実 験 では, 発
種 々の環 境 因 子 や 老 化 現 象 な どが 加 わ って初 め て癌 化 す
普 通 の 発 癌 実 験 で は ど うな の か
癌 物 質 は い っ た い どち らに作 用 して い る のだ ろ うか 。 図
6を 見 て ほ しい。X線
る もの と思 わ れ る。
こ の仮説 を 図5に 模 式 化 して 示 した 。 も し, こ の考 え
が 正 しければ, 癌 突 然変 異 の起 こ った マ ウス に, 生 後,
と ウ レタ ンを生 殖 細 胞 に作 用 させ
F_1に 肺 腫 瘍 を誘 発 させ た 場 合 と, 直 接 に マ ウ ス に 作 用
させ た と きの そ の個 体 で の 肺 腫 瘍 の 誘 発 頻 度 を 比 較 し
発 癌 物 質 ま た は プ ロモ ー ター とい わ れ て い る物 質 を作 用
た^<9)>。X線
の場 合 は, 生 殖 細 胞 を介 して作 用 させ て も 直
させ れ ば, 肺 は癌 だ らけ に な るは ず で あ る。 事 実,
接 作 用 させ て も誘 発 頻 度 には 大 差 が な い の に反 し (正式
タ ン (0.45mg/g体
重) を 生後21日
ウレ
目に皮 下 注射 して
に は約2倍),
ウ レタ ンで は体 細 胞 に直 接 作 用 させ る と,
み る と, 正 常 (癌 突 然変 異 を誘 発 して い な い) マ ウス で
生 殖 細 胞 を 介 した場 合 (癌突 然 変 異) の数 百 倍 の頻 度 で
は 平均 約3個 で あ るの に, 生殖 細 胞 にX線 照 射 した 場 合
肺 腫 瘍 が発 生 した。X線
はF_1に 平 均 約18個
(多 い もの で は50個
近 く) も腫
瘍 を もっ た マ ウス が 現 わ れ た。 さ らに, 胎 生15日
296
目の
は, 生 殖 細 胞 に も肺 の体 細 胞 に
も ま っ た く同 じ変 異す なわ ち遺 伝 (子) 的 変 異 を起 こ さ
せ る の に対 し, 通 常 わ れわ れ が 発 癌 実 験 を行 な う とき と
癌
の
遺
同 じよ うに, ウ レタ ンを マ ウ スに 注 射 す る と, 遺 伝 子 突
伝
的
要
因
13
誘 発 され た 腫 瘍 のほ とん どは 移 植 可 能 で あ った 。 した が
然 変 異 だ け で な く, そ の数 百 倍 強 い別 の作 用 を 体 細 胞 に
っ て, 癌 突 然 変 異 マ ウ ス と そ の マ ウ スに 発 生 した 腫 瘍
及 ぼ して い る こ とが よ くわ か る。 本 実 験 では, 化 学 発 癌
は, 継 代 あ る いは 凍 結 され 保 存 され て い る。 今 後, 種 々
物 質 は, 人 工 的 に つ くられ た 発 癌 性 の 変 異 (癌 突 然 変
の分 子 生 物 学 的 研 究が 可 能 で あ る。
異) を実 際 に発 現 させ る も の で あ る と考 え る のが 妥 当 で
2.
あ る。
あ ま りに も 高 頻 度 で は?
そ の とお りで あ る。 マ ウス に お け る優 性 骨 格 突 然 変 異
2.
の20倍,
発 癌 性 変 異 は 自然 に も存 在 す る
な に も, 分 子 生 物 学 者 の い う発 癌 遺 伝 子 (oncogenic
の 高 さで あ
る。 そ の た め, 癌 研 究 の立 場 よ りも, 放 射 線 の 遺 伝 的 影
だ け が 発 癌 性 変 異 で は な い。 冒頭 に 述 べ た よ う
響 研 究 の新 しい手 技 と して, あ るい は ヒ ト遺 伝 リス クの
に, マ ウ スで は, 発 生 す る (あ るい は誘 発 さ れ る) 腫 瘍
根 本 的 見 直 しの必 要 性 を 示 した 論文 と して, 国 連 科 学 委
の種 類 は 系 統 に よ って 決 ま って お り, 特 定 の腫 瘍 を好 発
で 大 き く取 り上 げ られ た 。 同 時 に, 重 要 きわ ま りな い研
す る多 くの系 統 も存 在 して い る。 これ ら のマ ウス は, そ
究 と して, 各 国 で 追 試 が 開 始 され た 。 特 定 の 系 統 の マ ウ
の系 統 内 では ど の よ うに 交 配 しよ うと も, 各世 代 で ま っ
スの 肺 腫 瘍 に 特 異 的 な 現 象 で は 困 るか ら であ る。 筆者 ら
た く同 じ頻 度 でそ れ ぞ れ 特 定 の腫 瘍 が 発 生 して い る こ と
もICRに
は前 に述 べ た とお りで あ る。 す な わ ち, 特 定 の 癌 を つ く
続 け てい るが,
る遺 伝 的 変 異 (発癌 性 変 異) は, す でに 自然 界 に存 在 し
や リンパ 性 白血 病 がX線
gene)
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劣 性 特 定 座 位 突 然 変 異 の100倍
LTの2系
統 の マ ウ ス で実 験 を
ま った く同 じ パ タ ー ンで, F_1に 肺 腫 瘍
に よ り誘 発 され て い る。
高 い頻 度 でF_1に 腫 瘍 が 誘 発 され た 理 由 につ い て は論
て い る の で あ る。
これ は, 腫 瘍 好 発 系 と嫌 発 系 を 交 配 した ときに は っ き
りす る。 古 くは, Heston
肺腫 瘍好 発 系 のA系
L系
加 え て, N5,
らに よ っ て行 な わ れ た よ うに,
と嫌 発 系 のC57BLあ
る いはC57
とを 交 配 させ る と, F_1は 浸 透 率 は 低 い が 好 発 系 に
議 の多 い と ころ で あ る。 肺 腫 瘍 発 生 に関 与 す る遺 伝 子 座
が100近
くあ る と して も不 思 議 で は な い 。事 実, そ れ を
示 す 論 文 もあ る。 また, 誘 発 頻 度 だ け で な く 自然 発 生 頻
度 も高 い。 変 異 を起 こ しや す い遺 伝 子 座 が 関 与 して い る
傾 く。 す なわ ち, 優 性 に 遺 伝 す る。 筆 者 も, 腫 瘍 好 発
のだ ろ うか 。
系, 嫌 発 系, F_1な どに発 癌 物 質 を投 与 し, 定 量 的 解 析 を
稿 を終 えるに あた り, 長 野久美 子, 村 上佳子, 木田誠子嬢,
中島裕夫 君の協力 に感謝する。
行 な って い るが, そ の 曲線 は, 大 腸 菌 の修 復 欠 損 株 と野
生 株 の 変 異 原 に 対 す る生存 曲線 と見 ま ち が うほ ど, 大 き
参
な差 を 示 してい る。 特 定 の系 を組 み 合わ せ る と, そ の系
考
文
献
統 間 に は肺 腫 瘍 を つ くる1つ の優 性遺 伝 子 の差 しか な い
こ とも 明 らか に な っ て きた 。 最 近, 森 脇 らは, マ ウス肺
腫 瘍 好 発 遺 伝 子 がH-2領
1)
域 に あ る こ とを 証 明 して い
る^<13,14)>し,
志 佐 と日合 は, 胸 腺 リ ンパ 腫 好 発 系 ラ ッ トに
2)
存 在 す る2つ の優 性 遺 伝 子 につ い てす ば ら しい 研 究 を展
開 して い る。
3)
お わ りに
あ ま りに も我 田 引 水 の記 述 が 多 い の で, 最
4)
後 に, 癌 突 然変 異 に 関 す る筆者 の研 究 に対 す る 国 内外 か
ら の コ メ ン 下と残 され た 問 題 点 につ い て ま とめ, そ の解
決 に 読 者 諸 兄 の御 教 示 を い た だ け れ ば と思 う。
1.
5)
悪 性 肺 癌 か?
誘 発 され た 腫 瘍 の大 多 数 が 肺 腫 瘍 で あ った た め, 国 内
では 良 性 の腫瘍 しか で きな か った とい う誤 解 を 受 け た。
しか し, 肺 腫 瘍,
リンパ 性 白血 病 な どで 調 べ た か ぎ り,
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