誤った実験から小さな新事実への道のり ― 奈落の底から夢を追いかけて

 誤った実験から小さな新事実への道のり
― 奈落の底から夢を追いかけて ―
山形大学医学部附属病院・皮膚科講師 片方陽太郎
今日はここに掲げたようなテーマで、実際に私が経験したことをお話したいと思います。タイトル
から想像できますように、これまで類似した話を聞いた人も多いかもしれません。私自身も幾度かそ
のような経験はありますが、意外と結果のみを簡単に、そしてあたかも当然であったように話す人も
おりました。実際に遭遇した人は、わざわざ自分の非(誤り)を他人に話すものではないと思います
が、今日はそのようなことは考えず、自分が経験しそれなりに苦しみそして悩み、今日に至った過程
を飾ることなく話してゆきたいと思います。
皮膚と日常生活
私たちの身体は頭のてっぺんから足のつま先まで、皮膚で覆われていることは誰でも知っているこ
とと思います。詳しいメカニズムはさておき、この皮膚が存在するために、外界の多くのストレスか
ら身体が守られていることは、あなた方も漠然とは気づいているはずです。
身体を構成している臓器という
と、あなた方は一般に心臓や肝臓な
どを思い浮かべるかもしれませんが、
実は皮膚も三つの異なる組織(表皮、
真皮そして皮下組織)からなる一つ
の「臓器」ということが出来ます。
面積にすればおよそ畳1枚分(約
1.6 m2)、厚さは体の部位によって
も異なりますが、表皮と真皮で約
2-2.2 mm、重さは約 3 Kg(皮下組
織を加えると、60 Kg の人では約
10 Kg)と、意外に広くて重く、そ
して薄いものです。
皮膚の中でも外界と接している
一番外側の「表皮」は厚さ 0.1-0.2
mm と非常に薄いのですが、その構
造がきちんと構築されているために、
皮 膚 の 基 本 構 造
我々の身体を外界から防御してくれ
ているわけです。子供の頃に熱いも
のに触れて水疱(水ぶくれ)をつくった経験があると思いますが、あの皮一枚が表皮に相当します。
この表皮の一番外側にある角質細胞層(角層)と呼ばれる部分は、下図に示したようにケラチン複合
体 (基本的にはケラチンがラセン構造をとり、フィラグリンというタンパク質と結合している) が、
まさに封筒ともいえる角質皮膜 (cornified cell envelope) に包まれた内部に存在しています。さら
にこれらの隙間はセラミドやリン脂質からなる細胞間脂質(黒色の部分)で埋め尽くされております
(下図参照)。従って、主にこれら3つの構成成分が角層の強固な構造を形成しているために、皮膚
科学的に健康な毎日を送れるといっても良いと思います。これ以上詳しく皮膚について述べるのはあ
まりに専門的になりますのでこの辺でやめますが、健康な皮膚というのは、これらの成分が合目的な
構造を構築し、そして全体としてバランスよく保たれているわけです。
皮膚の外的刺激因子
この図にありますように、日常生活のこ
とを考えてみると、これまでお話しした
ことが理解できると思います。例えば、
この細胞間脂質が存在するために雨にあ
たっても平気ですし、入浴やシャワーが
可能なわけです。言い換えれば、この脂
質の存在が体内の水分を外に漏らさない
ようにしていることや、逆に外からの水
分が簡単に身体の内側に入ってこないと
いう現象も、この脂質のおかげであると
いうことは容易に理解きるでしょう。一
方、先程いいました表皮の最外層(角層)
にあるケラチンというタンパク質は水に
溶けないという性質を持っています。絶
対に水には溶けません(水に不溶性とい
います)。またこのタンパク質は物理的
にも化学的にも強い抵抗性を持つという
特徴(物理・化学的に「安定」であるといいます)があるために、皮膚は強く、そして丈夫な状態を
保てるわけであります。ですからそのおかげで、野球やテニスといったスポーツを楽しむことができ
ますし、また、化粧やパーマ(物理・化学的には結構厳しいこととみることができます)を含めた美
容なども可能となるわけであります。さらに傷つけずに清潔な皮膚を保っていれば、そう簡単にオデ
キはできないし、カブレにかかるものではありません。これは皮膚が自己浄化作用という機能(皮膚
表面に存在する弱酸性の脂肪膜による)を有しているためであります。
ケラチンの生化学 -米国留学から帰って-
私はこれまでこのケラチンについて自分なりに研究を展開してきました。研究とは「己の置かれた
環境で出来うることを、自分の考えで行い続けるものである。そうしているといつかは・・・」とい
う、大学院時代の恩師の教えを守り続けてきたわけです。私のこれまでの人生で、その先生に最も厳
しくそして最もよく怒られた印象を、今でも心に抱いております。もう一つ心に残っているその先生
の言葉に、「己の研究結果から何がいえるか、正確に判断することが最も重要である。文献や憶測で
科学を論じるべきではない」というのがあります。いま改めて振り返ってみても、私自身、然るべき
時に、研究者であり教育者でもあるこのような恩師に出会えたことは大きな喜びであると感じており
ます。
さて、皮膚科学の分野にも分子生物学の波が大きくなってきた中で、私は 1988 年 1 月、米国のシカ
ゴ大学 (E. Fuchs 教授) に留学する機会を得、ビタミン A のケラチン遺伝子に対する調節メカニズム
について研究してきました。米国での研究社会における物事の考え方や合理性、そして日米間の研究
環境の差についても肌で感じ、2 年間の楽しい留学生活を終えて帰国しました。と同時に山形に戻って
何ともいえぬ安堵感とカルチャーショックを、自分なりに強く感じていたのもはっきりと思い出され
ます。このような精神状態のもとではありましたが、boss*(ボス)であった Fuchs 教授の許しもあり
ましたので、シカゴ大学での研究の続きを始めようとしておりました。しかしながら当時、遺伝子レ
ベルで研究する態勢が山形の私たちの研究室にはほとんど整っていなかったため、実験器具の準備や
試薬の入手に時間を要していました。
シカゴでのほんの 2 年間の留学経験ではありましたが、競争と実力の社会を垣間見てきたためか、
“今すぐにやれることを・・・”と思い立ち、培養細胞を用いた実験をとりあえず開始しようとして
いました。地球環境の悪化に伴うオゾン層の破壊により日本でも皮膚癌の急増が憂慮されていたこと
や、樹立した有棘細胞癌 (squamous cell carcinoma; SCC) の培養株が研究室が有していたことが、
これから述べる研究を手がけようとした理由でもありました。皮膚の表皮を形成している細胞の形態
はほとんどが扁平で、上方 (外側) に移行する性質を持っています(基底細胞のみが円柱状細胞の形
態を示す)。この SCC の命名は、これらの細胞が squama(鱗)のように剥がれ落ちる細胞で、皮膚の
悪性の腫瘍(epidermoid)であることを意味しております。この細胞株を用い、しかも他人のやってい
ない分野と自分の力ですぐにやれるという条件下で、“ケラチンは癌において何をしているのかな?”
という、極めて単純な考えから研究をスタートさせました。
癌細胞とケラチン
どちらかといいますと私は今の情報社会の中で、あふれるほどの文献から何をするべきかを探すの
ではなく、なぜこんな事があるのか? あるいはどうしてこのようなことが起きるのか? といった
ところから探求するのが性に合っていたようです。それは小学校のころ近所のお兄さんから一枝のバ
ラをいただき、「土に刺しておくと芽が出て、やがて花が咲くよ。だから毎日水をやってごらん」と
いわれ実際そのようになった時の不思議とも思えた感動や、「草花に直接オシッコをかけては枯れちゃ
うから、かける時は少し離してかけるんだよ」といわれた意味が、中学生になって初めてわかった経
験などが影響しているようです。とは言っても実験を始めるにあたり基本的な文献をあたり、実験方
法などはそれなりに参考にしていました。文献を調べていきますと、SCC とケラチン発現の研究はすで
にいくつかの研究グループから paper*(論文)が発表されていました。ところがそれらのグループが
使用していた SCC の培養細胞株は私たちの教室にあるものとは異なっていましたので(同じ SCC 細胞
株でも発症した種(ヒト、ラット、マウスなど)や部位によってもその性質が異なり、これまで数多
くの細胞株が樹立されている)、もしかしたら何か新しい知見が得られるかもしれないという、気楽
な気持ちで研究を開始したのであります。というのも、“どうせ遺伝子解析の研究の準備までなのだ
から”という安易な考えを持っていたためでした。
培養細胞株からケラチンを調製するのに、文献に記載してあった方法を何の疑いもせずに使用して
いましたが、我々の教室にあった SCC のケラチン抽出物の電気泳動(SDS-PAGE; Sodium dodecyl
sulfate-polyacrylamide gel electrophoresis) の結果は、文献でみた他のグループのそれとほとん
ど同じものでありました(この SDS-PAGE は単一のタンパク質(ポリペプチドも含む)の分子量を決定
するのに汎用されている電気泳動法)。各ポリペプチド鎖は SDS と結合して、本質的に電荷(プラス
チャージ)/質量比をもった複合体を生ずるので、分子量に応じたゲルのふるい効果で分離される)。
しかしながら、同じ SCC でも分化の程度(悪性度)、転移能の差異、さらに発症した人種による差が
あるのではという憶測のもとで、日本がん研究振興財団から数種の SCC 細胞株の供与を受け、急いで
実験を進めていきました。そうこうしているうちに遺伝子の研究の準備も整い始め、同じ実験台でケ
ラチン遺伝子の転写調節の実験も並行して始めていったわけです。これが思わぬトラブルに巻き込ま
れるなどと全く考えもせずに、さらに忙しく研究を続けておりました。
実験のトラブル
当時、全く一人で研究をするしかない状況でしたので、遅々として進まぬ自分の研究に反し、毎日
のように発表される周囲のすばらしいレポートに、なぜか焦りといらだちをひしひしと感じ始めてお
りました。2つの研究テーマを一人で並行して行うのは、以前に経験がなかったわけではありません
が、シカゴ大学での素晴らしい研究環境を経験したため、自分がいま置かれた環境、すなわちその非
効率的な環境に憤りさえ感じていました。しかも実験の分析結果が他のグループのそれとほとんど同
じであったため、なおさらイライラした日を送っておりました。そろそろ遺伝子の仕事に専念しなけ
ればと思っていたある日、染色し終えた SDS-PAGE のゲルをみて私は自分自身の目を疑ってしまったの
です。次の写真の★の泳動パターンをこれまで毎日のように見てきたのが、その日に限って、隣のレー
ンの像(☆のレーン)が目に入ってきたものですから、思わず「ンーツ?!」と唸ってしまいました。
それまで何回も得ていた電
気泳動図とは明らかに異なり、
多種類のバンドを泳動ゲル上
に見てしまったわけです。ど
うして急に昨日までとは違う
のだろうと、とても不思議に
思いました。次の瞬間、すぐ
に再現性を確認するために電
気泳動の実験準備にとりかかっ
ていたことも覚えております。
何回繰り返しても以前のよう
な結果は得られず、「困った、
困った」とつぶやきながら研
究室を歩き回っていました。
あらためて細胞株を冷凍庫か
ら引っ張り出して細胞の培養
とその回収をやりなおし、実
験器具の滅菌や試薬の再調整
もおこないましたが、★の泳
動パターンはやはり得られず、ますます不可解な気持ちになっていたのを思い出します。
研究において再現性がとても重要であることは皆さんも知っていると思いますが、この新たなデー
タ(☆のレーン)は実に再現性が高く、多種類のケラチンサブユニットの存在を示唆する結果で、つ
い先日まで認めたあるいは他の研究グループの結果とは明らかに異なっていました。どうしてかと悩
みはじめ、気分転換をあまりうまく出来ない私にとっては、この原因を解決するまで実に悶々とした
日々が続きました。
トラブルの解明と再現性
ある日、何となく自分の実験ノートをひっくり返していたところ、なんと本来ケラチンの調製に、
他の研究グループが、そして私もそれまで使用していた溶液(高濃度塩溶液;ケラチンが水に溶けな
い性質を考慮に入れ、生体試料に含まれる多くの他のタンパク質を除去するのに汎用される溶液)の
代わりに、間違ってケラチン遺伝子の実験の際に使用する溶液(希薄塩溶液)を用いていたことに気
づいたのです。溶液を間違えるというのは料理をつくるときに塩と砂糖を間違えたのと同じ事で、全
く初歩的なミスです。おのれの研究者としての資質とこれまでの何がしかの経験を、完全に打ちのめ
された雰囲気を味わうはめになり、その日は思わず深酒をしてしまいました。異なる溶液をケラチン
の調製に使用していたという間違った実験操作は確かにショックでしたが、データの再現性を確認す
ることができ、またそのゲルをよくみると以前のデータの他に、68 Kd 付近に一つのバンドの追加を
確認することができました(☆のレーンの矢印参照)。このバンドは他の研究グループと同様、自分
自身で行っていた以前の実験結果では認められなかったものでした(この Kd (Kilo dalton)は分子や
原子の質量の単位であり、Kilo は 103 を示し、1 dalton は 12C の 1 原子の質量の 12 分の 1 に相当し
ます。 分子 1 個の質量は dalton で示されますが、数値的には分子量と同じです。しかし、分子量は 1
mol 当たりの相対質量で無名数ですから dalton を分子量の単位として使用するのは誤りであります)。
ここでケラチンについて少しだけ説明を加えることにいたします。細胞骨格とは、真核細胞の細胞
質内にある3種類のタンパク質線維、すなわちマイクロフィラメント(線維の直径が約 5 nm (1 nm =
1 x 10-6 mm), アクチン)、中間径フィラメント(直径が約 10 nm, 7 種類の線維タンパク質が含まれ、
ケラチンはここに属します)それに微小管(直径が約 25 nm, チューブリン)よりなる 3 次元の構造体
をいいます。ケラチンは皮膚では K1-K20 と呼ばれる 20 種類のサブユニット(その中でも K1-K8 を
Type I、K9-K20 を Type II と更にグループ化されています)からなり、そのサブユニットの数が他の
線維タンパク質群の中で最も多い特徴をもっています。その基本的な発現様式は、Type I と Type II
のサブユニットが当モルずつで 2 本鎖を形成すること、さらに細胞の種類や状態(正常細胞や腫瘍細
胞)それに傷を受けて修復される時など、それらの発現は一定のルールの基で、しかも特異的に変化
するという特徴を有しております。
☆のレーンの矢印のバンドは分子量からみれば、K1 (67 Kd) サブユニットの可能性が推定されまし
たが、文献的には SCC 細胞に K1 サブユニット(そのペアーケラチンである K10 サブユニットも)は発
現しないことになっておりました。異なる溶液を間違って使用していたけれども、この 68 Kd 付近の
バンドの再現性は実に高く、これはこれで一つの真実なのではと思い直し、あらためて2種類の溶液
でケラチンの分析を検討しました。この写真に示したように、68 Kd 付近のバンドは多くはないので
すが、希薄塩溶液で処理すると必ず現われ(☆のレーン)、高濃度塩溶液で処理すると認められませ
んでした(★のレーン)。こうなるとこのバンドがいわゆる K1 サブユニットなのか否か、一日も早く
決着をつけたい気持ちに駆られてきました。そこで二次元電気泳動(前述した SDS-PAGE を用いた分子
ふるい効果と分子の荷電の違いを組み合わせた、より厳密で精度の高い電気泳動法)によるタンパク
質化学的手法とケラチン抗体を用いた免疫学的手法(いわゆる抗原・抗体反応)で検討した上に、さ
らに mRNA(DNA と相補的な塩基配列、すなわち遺伝子レベル)での検討(ノーザンブロット解析)を
加え、このバンドが K1 サブユニットであることを実証することができました。異なる数種類の解析方
法で生化学的に矛盾のないデータを得たとき(一つの実験結果がもし真実であるならば、違った方法
で解析してみても同じ(つじつまの合った)結果が出るはずですから)は、思わず体が熱くなったの
をよく覚えております。
初めての投稿
考えてみれば、従来汎用されていた高濃度塩溶液(そして私も盲目的に使用していたのですけれど)
は、皮膚や癌組織そのものからケラチンを調製する際に、どうしても混在している多くのタンパク質
や脂溶性物質(表皮だけを回収するには特別な酵素が必要であったので、実験材料(皮膚)にはどう
しても真皮や皮下組織が一緒に含まれていた)を除去する目的で使用していたものと推定されます。
前述したように、SCC 細胞株におけるケラチンの生理機能を研究していた人々は、皮膚そのものを実験
に使用していた以前の研究の方法を、実験の系(培養細胞株と交替)が換わったにもかかわらずその
まま高濃度塩溶液を用いていたことになります。培養細胞株からすれば、生体とは異なり皮下組織も
含まない、いわば細胞のみの集団生活をしているところに、この高濃度塩溶液はいささか過激すぎる
ように思います。培養細胞に少量しか発現していなかった K1 サブユニットの調整溶液としてはあまり
適切ではなく、これまでは見逃していた可能性も考えられました。これらのことから SCC 細胞株に欠
損するとされていた K1 サブユニットは、元々 SCC 細胞株に発現していたのでは・・・という、何か確
信めいたものを覚えさっそく英文にしてあるジャーナル*に投稿しました。従来の結果を覆す論文であ
りましたので、不安な考えと複雑な気持(まさか実験中に溶液を取り違えたとは書けない心のうち)
でいっぱいでした。
Reject の手紙から challenge へ
数か月後、その不安が的中し reject*の手紙を受け取ったのです。レフリー*のコメントは実にショッ
クを受ける内容で、「君の手にはゴミがついているのか・・・」、「研究室内はホコリが充満してい
るのではないか・・・」といったものでありました。いずれにしても、一人の小さな研究者の心をグ
サリと傷つけるものばかりで愕然としましたが、データそのものについての直接的なクレームではな
いと思ったので、すぐに他のジャーナルに再び投稿しようという気持ちにさせてくれました。よく考
えてみれば、“議論にもならぬレポートである”とレフリーたちは言いたかったかもしれませんが、
当時は若気の至りといいますか、そんなことに全く気がつかず、身体の中からエネルギーみたいなも
のが沸々とわいていました。そこで論文の内容を直さずに、別のジャーナルに淡い期待を持ちながら
投稿したわけですが、ほどなくして先の手紙と同様のものが届き、再びショックを受けてしまいまし
た。レフリーからのコメントは再び「君は生化学的素養がまるでないのでは・・・」など、辛らつな
ものもありました。しかし、実験した本人が事の本質(溶液の取り違いからの実験結果)を一番よく
知っていましたのでどうしてもあきらめきれず、少しジャーナルのレベルを下げて3度目のチャレン
ジを行うことにしました。待つこと数ヶ月、残念ながらまたまた reject の手紙を受け取りましたが、
一人のレフリーからの手紙には、「興味のもてるレポートではあるが・・・」とあり、初めて少しだ
け理解してもらえたかなと、小さな喜びを感じました。しかしそれも束の間、同時にもう一人のレフ
リーからの手紙には、「君はケラチンというものを全く知らないのでは? 以下に示した 5 つの論文
を読んではいかがですか・・・」というものでした。その論文のバックナンバー(巻、号、頁、年)
をみると、そのレフリーのラボ* からと思われる論文が 4 つも含まれており、そのレフリーが誰なのか
すぐに想像できました(一般に研究論文の採否については、著者はレフリーが誰であるか知らされず、
レフリーだけが著者を知っている single blind 制が多くの雑誌で採用されています)。それは私に
とってびっくりする事でありました。というのは、そのレフリー(と想像される人) はアメリカで知
り合った人で、ケラチンの研究の世界ではまさに世界的に著名な研究者です。個人的にも世話になっ
たその人から、さきほど述べたような批判を受けたことに少なからずガッカリし、“これでこの仕事
はおしまいだな”と、呟いていました。しかし次の瞬間、この研究を認めてくれないのは「もっと奥
が深いのだよ、ケラチンの研究は・・・」と少しだけ愛を込めて突き放したのかなとも、なぜか受け
取っていたのでした(当時は英語表現の奥に潜む意味までは理解できなかったことが、このようなま
さにウブな感想を抱いてしまったのでしょう)。この研究を行っていた 90 年代の初めは現在と異なり、
一度外国のジャーナルに投稿すると、戻ってくるまでに 3-4 ヶ月を要していましたので、3 回も投稿を
繰り返していたので約1年が経過しておりました。ケラチン遺伝子の解析も並行して進めていました
が、この論文の投稿に1年近くも携わってきたので、何故かこの論文に対しわが子のように愛着も芽
生え始めておりました。しかしながら、まずレフリーに認めてもらえぬと publish*されないのが、い
わゆるこの世界の掟であります(自分のデータに自信がある時はさにあらず、直接 editor*にクレーム
をつけ認めてもらえることも可能ですが、当時はとてもそのようなことをする自信は全く持っていま
せんでした)。メモとしてでも掲載しておきたいと考え、4つめのジャーナルに投稿することを考え
ました。“今度 reject されたらきっぱりあきらめよう、どうせ間違ったことから出発したものなのだ
から”、という少し投げやりの気持ちを込めて editor に原稿を送ったのを記憶しております。
Accept!
4つめのジャーナルは速報誌であったためか、1ヶ月後に突然、「おもしろいので acceptable*であ
る、ただし序の部分にケラチンの生体内での重要性を付け加えなさい」という手紙を editor からいた
だき、“よっしゃー”と声をだして叫んだものでした。さっそくその手紙に書かれていたレフリーの
アドバイスに従ってケラチンの生理学的意義を書き加え、2週間後に accept*のハガキを受け取ること
が出来ました。その夜、美味しいビールを飲みながら、これからどうしようかとも考えていました。
シカゴ大学での研究(ケラチン遺伝子の調節メカニズム)も並行して行っておりましたが、いま述べ
ましたようにやっと accept されたこの研究の継続に何の躊躇もありませんでした。当時、華やかなイ
メージをもっていた遺伝子の研究より、思わぬことから小さな芽を見つけ始めていた、腫瘍における
ケラチンの発現の意味を追求しようと決心していました。もう一つの理由としては、いじめられたと
いいますか、相撲でいえば稽古をつけていただいたレフリーへのさらなる挑戦も実は残っておりまし
た。この K1 サブユニットの発現は SCC に普遍的であるのか? 先ほどケラチンは2本鎖の線維タンパ
ク質であることはお話しましたが、K1 サブユニットのパートナーである K10 サブユニットは本当に発
現しているのか(従来の報告では K1 も K10 も欠損)? さらにここで確認できた K1 サブユニットは正
常の表皮に含まれているものと同じか? など、若さという目に見えない力も手伝って仕事をさらに
展開していきました。
Accept から次のステップへ
これまでお話ししましたように、培養癌細胞からより穏和なケラチンの調製方法を新しく確立した
わけですから、それによって得られた結果は当然のことながらすべて斬新で興味の持たれるものでし
た。その成果の一つは、K1 サブユニットのパートナーである K10 サブユニットは SCC 細胞では発現し
ておらず、線維は形成していないことでした(ペアーケラチンの相手は決まっており、他のサブユニッ
トとの線維形成は不可能)。これは「Type II ケラチンの遺伝子が Type I ケラチンの発現誘導を調節
している」と唱えていた、シカゴ大学での同じラボ* (Lab.; laboratory の略) の友人のデータをある
意味でサポートすることになりました。すなわち、我々の研究結果から推定すると、K10 サブユニット
(Type I) が全く発現していなかったことは K1 サブユニットの遺伝子に何らかの問題があり、結果的
に K1 サブユニットのわずかな発現に至ったと考えられます。しかし、シカゴでの友人と小生の実験系
(使用していた細胞の種類や実験の手技)は異なりますが、同じ現象を見つけたことになります。先
ほどケラチンの特徴の一つは水にとけない、だから入浴もシャワーも出来ることをお話しましたが、
生化学的には 8 M 尿素 (強力なタンパク質の変性剤) と還元剤(これもタンパク質の立体構造を壊す)
を用いると、普通の水には絶対に溶けないケラチンでも溶けることがかなり以前から知られていまし
た。ところが、いま話した癌細胞に発現していた K1 サブユニットは、なんと 1-2 M 尿素(濃度が薄い
ため、この条件では普通のケラチンはまず溶けない)と還元剤でその 90% 以上が溶けることもわかり
ました。「ケラチンは 8 M 尿素と還元剤でのみ溶ける」という、永い間いわれてきたケラチンのタン
パク質化学的性質は、あくまで線維を形成しているケラチンの化学的性質の一つであったことがわかっ
たのです。その後、4 種類の SCC の細胞株を用い、それら全てに K1 サブユニットが普遍的に発現(K10
サブユニットは欠損)していることも確かめ、さらに2つの paper の作成へと仕事を拡げていきまし
た。
SCC から MM へ
皮膚癌と一言でいいましても、それにはたくさんの種類の癌が存在します。代表的ともいえるもの
に、これまでお話してきました SCC、それに悪性黒色腫(malignant melanoma: MM)と基底細胞癌
(basal cell carcinoma: BCC)などがあります。地球環境の悪化に伴いオゾン層の破壊が進み、地上
に到達する紫外線は質的にも量的にも増加していると考えられ(原因の一つとしては、まず間違いな
いことと思います)、皮膚癌の急増は社会的にも極めて憂慮されております。SCC も重篤な疾患ですが、
MM の生命予後は極めて悪く(平たく言うとタチが悪い)、発見が遅れると間違いなく死に至るもので
あります。
SCC の細胞株を用いた仕事も一段落したころ、この MM ではケラチンはどのようになっているのだろ
うと、思うことがありました。研究にお金の存在は絶対条件ではありませんが、ある程度は必要であ
ります。研究費の交付にはその時その時でいろいろ変わり得るものですが、今もその当時でも癌の撲
滅は人間社会にとって大きな夢であり、重要な医学研究のテーマの一つです。この社会的要求とこれ
まで述べてきました SCC での若干の経験がありましたので、比較的安易な気持ちで MM の研究の世界に
足を踏み入れました。研究に対するこのような甘い考えが、これからお話するとんでもない方向へと
さらに進んでいったのであります。山形の大学病院でさえこの MM は年に 10 例前後と稀な疾患ですから、
実験には SCC と同様、コンスタントに使用可能な培養細胞株を用いることにいたしました。
MM のケラチン、そして発表へ
さっそく MM の細胞株の入手の手配を行いながら、文献にも当たっておりました。SCC の場合とは異
なり、ケラチンと MM の関連文献は非常に少なく、しかもタンパク質化学的にケラチンが発現していた
という報告は、なんと一つしか当時は見つかりませんでした。発生学的にみればこの MM の母体ともい
える色素細胞は、元々胚性外胚葉から神経外胚葉を経由し、皮膚の真皮に移動してきた神経堤細胞が
メラニン芽細胞さらに色素細胞(表皮の約 5% を占める)へと分化したものです。一方、ケラチンを産
生する角化細胞も胚性外胚葉を祖先とし、表層外胚葉から角化細胞へと分化し、表皮の約 95% を占め
るようになるわけです(簡単にいえば、角化細胞も色素細胞も祖先は同じであるが、分化発生の過程
がそれぞれ特異的であり、皮膚の場合、両者とも最終的には表皮を構成している)。MM 細胞株にケラ
チン(正確にはケラチンサブユニット)が発現していたという唯一の論文でも、またケラチンが発現
していなかったという幾つかの論文でも、SCC のケラチン分析のところで紹介しました、いわゆる高濃
度塩溶液を使用しておりました。おもわず“ニヤリ”としたわけであります。
実験材料である MM の細胞が揃えば、実験方法は SCC の場合とほとんど同じですから、あとはまさに
体力勝負であります。学生時代にスポーツで鍛えた体力のお陰で、どんどん MM 細胞株のケラチンを解
析しデータを蓄積していきました。ある程度は予想できましたが、ケラチンの発現は使用した 14 種類
の MM の細胞株全てにおいて認められました。もちろん、発現していないと報告された MM と同一の細胞
にも、希薄塩溶液で調製しますとケラチンの発現を確認できました。すなわち希薄塩溶液の方がケラ
チンの調製溶液として適していることを、MM 細胞株でも改めて実証できたわけです。発現していたケ
ラチンをみますと、SCC の場合とは異なり、いわゆる分化のマーカーケラチンといわれている K1 と K10
の両サブユニットが揃って発現しておりましたので、電子顕微鏡(電顕)による細胞の形態観察も試
みました。そういたしましたら、正常の角化細胞で認められる線維構造と類似した電顕像を得ること
ができました。研究の世界では priority*(優先権=早い者勝ち) という、ひとつの価値尺度が存在いた
しますので、これらのデータをある学会で発表することにしたわけです(論文としてジャーナルに掲
載される前に、学会等で発表することはある意味で危険であり、欧米の研究者はほとんど行わない)。
自分ではこれらの結果はとても斬新に思え、ワクワクした気持ちで発表いたしましたが、一つの質
問によって青ざめていった自分の顔面を、今でも鮮明に思い出されます。その質問は「悪性黒色腫
(MM) にケラチンが普遍的に発現していたとのご発表ですが、所詮、癌ですよね。何が起きても別
に・・・」というものでした。このコメント(提言)の奥に“その生理学的意義はいかに?”という
ことが含蓄していることはすぐに理解できました。そこで「14 種の MM の細胞株にケラチンが普遍的に
発現しておりましたが、その生理学的意義に対する答えは残念ながらいま持ち合わせておりません。
しかし、『構造あるものは機能を有す』という言葉を信じ、今後実験を重ねて別の機会に改めて報告
させていただきます」と、精一杯のしかも悔しい思いを述べて壇上を後にしたわけであります。山形
に戻り、直ぐに学会で述べたいわゆる言い訳の解決のために研究を重ねました。
クレームから新たな展開へ
ケラチンの発現はその由来を推定するより、むしろその細胞の分化の方向性を示すのではという考
え方が、当時、芽生え始めておりました。とはいえ色素細胞にケラチンが発現しているなどと、教科
書レベルではもちろん、研究者仲間でも誰ひとり唱えている人はおりませんでした。MM 細胞は、色素
細胞や母斑細胞がいわばその実家に相当するわけであります。学会での偉い先生の発言と色素細胞の
発生学的概念からしても、MM 細胞にケラチンが発現していたのはまさに癌化に伴う現象かと、自分で
も考えるようになっていました。それでは色素細胞でのケラチンの有無を調べれば決着できると考え、
すぐに実験台に向かいました。ケラチンが欠損していたら極めて単純で、まさに癌化に伴ったケラチ
ンの発現ということになるわけです。自分自身もそのようになるのかなと、何となく想像しておりま
した。が、実験してみましたら全く逆の結果に遭遇してしまったのです。すなわち色素細胞(培養細
胞株)に、ケラチンサブユニットの発現を示す二次元電気泳動の図を得たわけです。びっくりしたと
いうよりなぜなのかという疑問が頭をよぎりました。そのゲルをよく見ますと K1 と K10 の 2 つのサブ
ユニットも発現していましたので、ひょっとしたら線維形成もしているのではと想像さえしてしまい
ました。さっそく電顕で観察しましたが、正常の角化細胞や MM で認められた線維構造とは異なり、非
常に小さくしかも細い線維らしきものがわずかに散在しているにすぎませんでした。次々と予想に反
した結果がでてきましたが、事実は事実であると自分に言い聞かせ、敢えてこの新しいデータを頭に
叩き込みました。最近、日本の考古学の世界でいわゆる捏造事件がありましたけれども、科学の世界
でも悪意に満ちた捏造事件を見聞きしたことはあります。研究者として、仮に己にとって都合の悪い
データを改ざんしたら、即刻、研究の世界から立ち去るべきでしょう。いや立ち去らねばならないと
思います。これを学問の冒涜といわずして何といえるのでしょうか。
自分で立てた作業仮説がみごとにはずれてしまい、さらに解決しなければならぬ問題が出てきたわ
けです。それにしても色素細胞に線維は形成していなかったものの、ケラチンサブユニットが発現し
ていたことは、まさに目からウロコが落ちる思いでした。と同時に未知なる世界の開拓と真理の探究
という、いわば研究の喜びを一人でニンマリしておりました。その反面、データから理解できること
を信じて研究を進めておりましたが、不安な気持ちも多分に持ち合わせていました。ですから学会や
研究会で友人に尋ねても、驚きを伴った訝しげな表情で、「何の生理的意味があるのだろうね?」と
か、「細胞培養株での結果にすぎないのでは?生体内(皮膚そのもの)で認められるのか?」などと
批判のコメントしかありませんでした。一方で、研究データをまとめて小さな論文を作り続けていま
したが、時々論文のレフリーからも同じような疑問を受けていたのも事実です。「いよいよもってこ
のケラチンの生理的役割について、きちんと決着をつけるべきだな」と、心の中にまた責任のような
ものが芽生えておりました。
ケラチンの新たな意義を求めて
今日の講義の初めに話しましたように、皮膚は表皮と真皮が基底膜を境にして構築されており、い
ろいろな相互作用が働いていると推定されます。表皮のみならず真皮との関係にも以前から興味をもっ
ておりましたので、真皮の構成細胞の一つである線維芽細胞と血管内皮細胞、それにそれらの肉腫で
ある線維肉腫と血管肉腫(いずれも培養細胞株)を手に入れ、型どおり細胞を培養し続けておりまし
た。研究でも何でもそうだと思いますが、脚光を浴びるところより舞台裏に相当する部分が、実は何
倍も労力が必要なものです。一人で細胞を育てそれを回収しながら、「ひょっとしたら、とんでもな
い間違いをしているのでは?」と、何度も自問自答していたのが思い出されます。文献にあたっても
友人に尋ねても解決できぬ毎日でしたが、「最後はいつも自分で出したデータを信じるしかない」と
言い聞かせておりました。細胞株が異なるだけで、分析方法は全く同じですのであまり困ることもな
く研究を進めてゆきましたが、またまた奇妙なデータが出始めておりました。一言でいいますと、真
皮を構成する細胞ならびにそれらの肉腫細胞(いずれも培養細胞株)でもケラチンが発現していると
いう結果でありました。電顕のデータなども併せてみますと、なんと色素細胞を用いた結果と類似し
ており、ケラチンサブユニットは発現しているが線維は形成していないというものでした。
ここまでくると、「ケラチンの発現は培養細胞株だから?」という不安が自ずと募ってきましたの
で、リンパ系の細胞とその腫瘍(4種)および腺がん(3種)の培養細胞株を用いケラチン分析をし
ましたが、ケラチンは全く何も検出されずほっとしたわけです(笑)。そうしますと、いよいよケラ
チンの発現の生理学的意味は、ということになるわけです。残念ながらその答えは現在、明確には持
ち合わせておらず、まさに研究中であります。
真皮の構成細胞(2 種)とそれらの肉腫(2 種)を用いた論文は、再び幾つものジャーナルから
reject をくらいました。しかし、何とか昨年の秋に陽の目をみて(=accept されたこと)ほっとして
おります。accept されたジャーナルのレフリーの一人から、「角化細胞の新しい考え方と腫瘍形成に
おけるケラチンの生理的役割について一考を与える論文である」という励ましの言葉が添えられてあ
りました。素直にこの言葉を解釈し、一層努力してゆこうと考えております。こうしてみますと、研
究という仕事を遂行するには、いろいろな条件設定が必要なのではと思います。簡単に言うならば、
“人、物、そして金”と言えるでしょうが、意外と気づいていないことに環境、すなわち研究を行う
“雰囲気”がある意味で最も重要であるということです。いわゆる discussion* (討論、議論ときに
は口論)があって初めて、斬新で魅力のある研究が生まれると確信し、肝に命じてゆかねばと改めて
自分に言い聞かせているところです。
小さな教訓、そして・・・
ミスから小さいけれども新しい事実を見つけ、再現性の確認からデータの蓄積そして固定概念の打
破を経由して今日に至っております。今後も未知なる事象への挑戦を、さらに努力していきたいと考
えていますが、研究も人生と同じように、“急がず、休まず、怠らず”を心に留めてゆかねばと、最
近ますます考えるようになっております。上杉鷹山公が部下に向かって諭したとされる、“為せば成
る、為さねばならぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり”という言葉は、いつの世でも、100% では
ないにしてもかなりの確率で当たっていると思います。
今日の講義は、わざわざ自分の恥を紹介するようで躊躇することもありました。しかしそれ以上に
これから自然科学の世界に興味なり、関心をいだく若者に、少しでも役に立てばという気持ちから敢
えてお話しました。自分自身に気合を入れ、そして自分自身の夢を追いかけることで、これまで育て
てくれた両親、恩師それに友人への感謝の気持ちに換えたいと考えています。もう一つ忘れてならぬ
ことは、これまで無鉄砲な小生を黙って見守ってくれた妻・友子へも“ありがとう”という言葉を贈
りたいと思います。
最後になりましたが、諸君らも一人一人夢を追い求め、決してあきらめずに努力と挑戦を継続して
ください。きっと報われる日がやってくると信じています。そして大いに期待しております。
※注
:日本人は第二次世界大戦後、食べるだけで精一杯の時代がありました。研究者の世界も同じで、
貧しい中から工夫をして、細々と実験をしていた時代が確かにありました。その頃は今とは違い、多
くの研究者はその業績を世界に向けて発信する術もなく、ただ「ローカルな日本」の学会で発表し、
日本語で「研究雑誌」に発表するのみでした(従って例え世界的な「発見」をしても世界的には無視
された例も多くあったそうです)。やがて日本も高度成長期を迎え社会に地力がつきはじめた頃、当
然ながら研究者間にも国際的な発信の必要性の機運が盛り上がって来ました。しかし、残念ながら
(ロボット工学などの特殊な分野は例外的)多くの自然科学、特に医学を含めた生命科学の分野は欧
米、特に英語圏の諸国と日本はそのレベルの差が大きすぎたので、日本の、それも先進的な仕事をし
ていると自負する研究者は「英文」でその研究成果を発表せざるを得ませんでした。
これは現在でも基本的にはその流れを引きずっており、そういった事情から生命科学の研究者がよ
く口にするいわゆる「業界用語」は、相当する日本語があるにもかかわらず、敢えて英語をつかう
「慣習」ができてしまいました。例えば「研究雑誌」の事を“journal”といったり、論文(これも
paper という)が「受理」されることを“accept”される、などという類で、一般に「やった!受理さ
れた!」なんて言うのは逆に不自然な感じがするようになっています。本講演で出てきた(*; よく使
われるもの)この手の「業界用語」には(journal, data, paper, boss, meeting, review(er),
referee, editor, submit, accept(able), reject, lab. etc.)などがあります(昨今の日本語にお
ける外来語の氾濫とは、その成り立ちの趣を異にしたものです)。