腸間膜リンパ節を原発とする犬の消化器型リンパ腫の1例

腸間膜リンパ節を原発とする犬の消化器型リンパ腫の1例
宇野健治1)
Kenji UNO
森重正幸 2)
Masayuki MORISIGE
4 歳8ヵ月齢の柴犬が、食欲不振、嘔吐、水様性下痢便を主訴に来院した。一般臨床検査、血液生化学検
査、腹部X線検査等により、消化管下部の麻痺性イレウスを疑い試験開腹を実施した。開腹所見では、消
化管の通過障害はなく、実質臓器にも著変は認められなかった。肉眼的には、腸間膜リンパ節の腫大と回
腸一部領域の肥厚がみられたことから、生検をかねて当該臓器を摘出した。病変部の病理組織診断では悪
性リンパ腫であった。消化器型リンパ腫と診断されたことから、COP療法にL-アスパラギナーゼ、ド
キソルビシンを組み合わせた化学療法を実施したが、確実な寛解が得られず第39病日死亡した。
キーワード:犬、消化器型リンパ腫、腸間膜リンパ節
は じ め に
犬の造血系悪性腫瘍としては、リンパ腫が最も多
く、解剖学的部位によって多中心型、消化器型、皮
膚型、縦隔型に分類される。このうち、病変が消化
器系に限局する消化器型リンパ腫は比較的少なく、
7%以下の発生率とされている。消化器型リンパ腫
の場合、病変が腹腔内に限局することから診査的開
腹が必要なことがあり、また、化学療法による臨床
的反応も悪く、寛解は2~3週間しか続かないとさ
れている。
今回、確定診断に苦慮した犬の消化器型リンパ腫
の症例に遭遇し、外科的処置および化学療法を実施
したので、その概要を報告する。
症
例
症例は、柴犬、メス、4 歳 8 ヵ月齢、体重 9kg。
1週間前から元気食欲不振。嘔吐、水様性下痢便に
て初診来院があった。
初診時一般臨床検査所見:体温 38.2 度。検便異
常なし。削痩(BCS 2)
。腹部触診では特に異常は認
められなかった。なお、体表リンパ節に異常はみら
れなかった。
血液生化学検査所見:白血球数の上昇(21340 /μ
ℓ)がみられたが、塗抹による百分比では、主に好中
球の増加( 17926 /μℓ)であった。異型リンパ球の出
現は認められなかった。生化学検査では、ALP の上
昇(1101 U/ℓ)
、TBil の上昇(2.7 mg/㎗)がみられ
た。なお、TP(6.2g/㎗)
、Alb(2.7g/㎗)は正常値
であった。
腹部 X 線検査所見:X 線単純撮影では著変は認め
られなかった。第 10 病日に行った消化管バリウム
造影検査では、胃・腸管に通過障害はなく、造影剤
の通過遅延もみられなかった。しかし、回腸下部か
ら結腸にかけて造影剤の流れが不整でいびつな造影
所見像が認められた。
治療および手術所見:初診時は、一般的な慢性胃
腸炎に対する治療、すなわちエンロフロキサシン、
メトクロプラミド、ファモチジン製剤等による内科
的治療を実施し、一時的な回復がみられた。しかし
ながら、初診時から10日後に再び嘔吐、水様性下
痢便が認められた。術前の各種検査結果から、確定
診断はできないものの消化管下部の麻痺性イレウス
を疑い、第12病日試験開腹手術を実施した。開腹
すると、胃から結腸にかけての触診で消化管内異物
は認められず、腫瘤形成もなく、漿膜面にも肉眼的
異常はなかった。実質臓器の肝臓、膵臓、腎臓、脾
臓にも腫瘤はなく、肉眼的な変化も認められなかっ
た。唯一の所見として、腸間膜リンパ節の腫大と回
腸一部領域の肥厚が観察された。
肉眼的所見からは、
リンパ球プラズマ細胞性腸炎を始めとする炎症性腸
疾患とそれに伴う付属リンパ節の反応性変化が最も
疑われたため、生検とQOLの向上をかねて病変部
と思われる部分を摘出した。
病理組織検査所見:摘出した腸間膜リンパ節の病
理組織所見では、皮質髄質構造を破壊する著しいリ
ンパ球様細胞の浸潤性増生が認められた。増生する
細胞は、クロマチン豊富な円形異型核と僅少な細胞
質を有するリンパ球様の腫瘍細胞で、核分裂像が散
見された。腫瘍細胞はび漫性に増生し、リンパ節被
膜を超えて腸間膜脂肪組織を浸潤性に拡大していた。
回腸では、粘膜層から漿膜におよぶ同様の腫瘍細胞
の浸潤性増生が認められた。以上の組織学的所見か
ら、回腸および腸間膜リンパ節の病理組織診断は、
悪性リンパ腫(Malignant lymphoma)であった。
術後経過:術後は、一般的な内科的対症療法を実
施し通院治療としたところ、比較的良好に推移し嘔
吐はなくなり食欲の回復もみられたが、下痢便は続
いていた。さらに、手術後8日目に病理組織検査よ
り本例が消化器型リンパ腫と判明したため、第 20
病日より化学療法を実施した。プロトコールは、ビ
ンクリスチン(0.5mg/m2 を第1および 8 日目に IV)
、
、プ
シクロホスファミド(50mg/ m2、EOD PO)
レドニゾロン(40mg/ m2、SID PO)の COP 療法
に L-アスパラギナーゼ(10000IU/ m2 を第2および
第9日目に IM)
、ドキソルビシン(30mg/m2 を第 4
週に IV)を組み合わせた方法で実施した。しかし、
抗癌剤投与期間中も一進一退が続き、間歇的な嘔吐
や下痢が続いた。対症的な内科治療も併用しながら
抗癌剤治療のプロトコールを進めたが、確実な寛解
は得られず第39病日自宅にて死亡した。
考
察
犬の消化器型リンパ腫は、一般に発生頻度が低く
診断においても病変が腹腔内に限局することから、
比較的診断が難しいとされている。特に消化管に腫
瘤形成がなく、腸管組織にび漫性に腫瘍細胞が増生
する場合は診査的開腹手術が必要であるとされてい
る。今回の症例においても、病変は腸間膜リンパ節
と回腸の一部領域に限局しており、また腸管に明ら
かな腫瘤が認められず、肉眼的所見においては悪性
リンパ腫と確定診断するには困難なものであった。
消化器型リンパ腫の類症鑑別としては、リンパ球
プラズマ細胞性腸炎や肉芽腫性腸炎等の蛋白漏出性
腸症が挙げられるが、これらの症例は、確定診断と
して腸管の全層生検による病理組織検査を必要とす
る。今回の症例においては、病理組織検査により悪
性リンパ腫と確定診断されたものの、開腹手術によ
る肉眼所見の段階では、リンパ球プラズマ細胞性腸
炎を始めとする炎症性腸疾患に極めて類似するもの
であった。また、病理組織学的にも増生する腫瘍細
胞は結節性ではなく腸管全層にび漫性に浸潤増生す
るものであり、組織浸潤のタイプとしては、人の非
ホジキン病び漫性リンパ腫の範疇に入るものと考え
られ、腸管に腫瘤形成がないという肉眼的所見を傍
証するものであった。したがって、今回の症例は腸
間膜リンパ節を原発とし、腫瘍細胞が近位の回腸を
中心に腸管全層に浸潤増生し、粘膜下組織の神経細
胞叢にも影響をおよぼし、消化管運動を阻害する麻
痺性のイレウスを引き起こしたものと考えられた。
消化器型リンパ腫の治療は外科的処置ならびに
化学療法が選択されるが、一般に治療に対する反応
に乏しいとされている。今回の症例については、腸
管に通過障害を引き起こすような腫瘤形成はなく外
科的適応ではなかったと考えられたが、患犬の術後
のQOLを考え、肉眼的に病変部と思われる腸間膜
リンパ節と回腸の一部を外科的に摘出した。
しかし、
腸間膜リンパ節は腸間膜動脈を巻き込んでおり全摘
出は困難であり、回腸においてもリンパ腫病変がど
の部位まで浸潤しているのかは明らかでなく、結果
的には姑息的外科療法になったことから、本症例が
外科的処置の適応であったかは検討の余地があるも
のと推察された。また、抗癌剤治療についても、消
化器型リンパ腫の場合、重篤な消化器症状および全
身症状が認められ、多剤併用化学療法を行うことが
難しいとされるが、本症例では、QOLの向上を期
待して多中心型で推奨されているプロトコールを実
施した。しかし、治療期間中も臨床症状の改善は認
められず、消化器障害が持続したことから、化学療
法による治療についてもさらに検討する必要がある
ものと考えられた。
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