カナダのユダヤ人 - Shalom Messianic Ekklesia

イスラエルの回復のために祈りましょう
カナダのユダヤ人
人口:360,000 人
もし、あなたが国会の選挙で当選し、首都まで上ったはいいが、自分がユダヤ人であるばかりに議員に
はなれないと言われたら、どんな気持ちだろう。エゼキエル・ハートは、彼の属する共同体のリーダーであ
った。彼は友人や隣人の支持を得て、1807 年のケベック州選挙で当選したものの議席に就くことは許さ
れなかった。ユダヤ人である彼は、公職の宣誓において「キリスト教徒の真の信仰」に立って誓うことがで
きなかったからである。翌年、彼は再度当選したが、やはり議員としては認められなかった。
これより前のフランス統治時代では、カナダに公に定住できるのはカトリック教徒だけだったが、かろうじ
て、ごく少数のユダヤ人もいた。ユダヤ人の拓殖地の歴史は、1759 年、イギリスがフランスからカナダを得
た時までさかのぼる。1832 年、ユダヤ人に全面的な権利が与えられ、国会議員あるいは地方議員にもな
れるようになった。これは、イギリスのユダヤ人が同じ権利を獲得するよりも、はるか以前のことである。
カナダに初めて大勢のユダヤ人移民が押し寄せてきたのは、ロシアでユダヤ人大虐殺があった 1880
年以降の数十年間である。カナダへの移住は次第に増えたが、1929 年の世界規模の大恐慌をきっかけ
に、カナダは他の多くの国と同様、移民の数に厳しい規制を設けた。これまで珍しかった反ユダヤ主義が
表面化したのである。39 年、ヨーロッパからのユダヤ人難民で満員の船がやって来たが、入国を拒否さ
れた。戦争中、ユダヤ人はカナダを通過できても、そこに住むことは許されなかった。ユダヤ人は船団を
なし、特に子供を船に乗せて、イギリスからカナダにやって来た。北大西洋でドイツ潜水艦から攻撃され
る危険を冒してのことである。カナダに到着すると、今度は他国への渡航を図り、船でカリブ海に向かい、
再びナチの潜水艦の危険にさらされた。戦後、カナダは再び移民に扉を開き、45 年から 60 年までに、
約4万人のユダヤ人がカナダに移住した。しかし、不起訴になった何人かのナチ戦犯も、同じくカナダへ
と移り住んだのである。
現在、カナダで一番大きなユダヤ人共同体は、トロント(17 万5千人)とモントリオール(10 万人)にある。
ユダヤ人の多くはアシュケナジ系(東欧系)である。ここ8年ぐらい、多くのロシアのユダヤ人がカナダに移
住してきた。さらにモントリオールには、小さなセファルディ系(スペイン系)のコミュニティーがある。彼らの
間には、アフリカの元フランス領の国々から来て、フランス語
を母国語とするユダヤ人もいる。最近の 10 年間で、ケベック州がカナダから分
離するのを心配するユダヤ人たちが、だんだんとモントリオールから離れていった。彼らは、ケベック州が
独立したら、フランス系以外の人が社会的に意見できなくなっていくのではないか、と考えている。
カナダのユダヤ人は、彼らとよく似たアメリカのユダヤ人よりも伝統的である。少数派とはいえ、かなり多
くの人々が、自分は正統派ユダヤ教徒と思っている。ユダヤ人の子供がユダヤ人学校に通うことは普通
で、異邦人との結婚も一般的に行われている。また、約 20 種類のユダヤ人向けの雑誌や新聞があり、ユ
ダヤ人は小企業、専門職、マスコミ、娯楽産業、酒造、公務員など多様な仕事に携わっている。普通より
も裕福な人が多いが、高い年齢層の人々の中には貧困者もいる。
カナダには、幾つかのメシアニック・コングリゲーションがある。また、カナダのユダヤ人のために専門的
に働く団体もある。
祈りの課題
✡反ユダヤ主義に対する、彼らの恐怖に立ち向かって。不起訴のまま、カナダに住みついている第二次
大戦の戦犯の存在を、多くのユダヤ人が懸念している。
✡「もしカナダが分裂したら、英語を話すユダヤ人と、フランス語を話すユダヤ人の間に深いみぞができ
てしまうのではないか」という恐れを、神が鎮めてくださるように。また、カナダという国の祝福と一致があり、
この状況下で、ユダヤ人に神の備えと愛が与えられるように。
✡ユダヤ人の霊的な飢え渇きをまひさせる物質主義や豊かさ、独善主義、自己満足、間違った安心感の
霊に立ち向かって。
✡カナダのユダヤ人がイェシュアを心に受け入れることができるように。
✡カナダのユダヤ人が、神にある尊い召しに気付き、そしてメシア・イエスの内にある使命を成し遂げるこ
とができるように。
✡メシアニック・コングリゲーションが、ユダヤ人に福音を伝えることができるように。
✡神がご自分の民に活気と力を与え、ユダヤ人への愛と和解の器としてくださるように。