全文 - 産学官の道しるべ

Vol.8 No.6 2012
2012年6月号
Journal of Industry-Academia-Government Collaboration
http://sangakukan.jp/journal/
「足こぎ車いす」に学ぶ
医療イノベーションの法則
-大学発ベンチャーTESS 快走の秘密を一挙公開-
特集
I T ベンチャーの可能性
● 骨太のベンチャーを育てよう
● 日本のベンチャーについて -企業側からの提言-
● 挑戦して増益を目指す企業文化を育もう - ベンチャー側からの提言 -
● アイラボ株式会社 東京農工大の手書き文字認識技術を事業化
九州大学が先導する日本のソーシャル・ビジネス推進
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CONTENTS
● 巻頭言 高度イノベーション人材育成の必要性
川村隆 3
● 特集
IT ベンチャーの可能性
● 骨太のベンチャーを育てよう
西岡郁夫 4
● 日本のベンチャーについて ―企業側からの提言―
河原春郎 8
● 挑戦して増益を目指す企業文化を育もう ―ベンチャー側からの提言―
● アイラボ株式会社東京農工大の手書き文字認識技術を事業化
小出斉 10
堀口昌伸 13
● 九州大学が先導する日本のソーシャル・ビジネス推進
田中由佳 15
●「足こぎ車いす」に学ぶ医療イノベーションの法則
―大学発ベンチャーTESS快走の秘密を一挙公開―
鈴木堅之 20
● 産学官連携で独自製品開発に力
―菊池製作所「ものづくりメカトロ研究所」―
24
● 日本品質管理学会の産学連携への取り組み
中條 武志・永田 靖 26
● 大学等発ベンチャー調査 2011
企業出身の経営者が増加
藤田健一 28
● 青森・岩手の産学官で移動体通信システムの研究開発
葛西純 32
● 連載 知財制度の現状と課題
第3回 商標制度 迫られる国際的調和
西村雅子 34
● 連載 被災地における現地基幹大学・臨床心理研究室の役割
第3回 NPO や住民と連携して行う仮設住宅への心理支援
板倉憲政・若島孔文・狐塚貴博 37
● 連載 加速する国産計測技術の実用化 ―知的創造基盤の形成に向けて―
第 3 回 成果の社会還元への取り組み
菅原理絵 39
● 編集後記 43
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●産学官連携ジャーナル
川村 隆
(かわむら・たかし)
一般社団法人日本経済団体連合会 副会長
株式会社日立製作所 取締役会長
◆高度イノベーション人材育成の必要性
グローバル競争がますます熾烈化するなか、天然資源の乏しいわが国が将来に
わたり国際競争力を維持、さらには成長・発展させていくためには、イノベーショ
ンの創出による産業競争力の強化が必須であり、その鍵は、いかに優秀な人材を
育成・確保できるかにある。
イノベーションを生み出す高度人材育成の重要性は、既に広く各国で認識が共
有されており、中国、韓国、米国などの諸外国では、次世代への教育投資を国家
戦略として推進している。他方、わが国については、かねてより「科学技術基本
計画」においてその重要性に言及があるものの、「第 4 期科学技術基本計画」
(2011 年 8 月~)に至るまで、記載内容にさほどの変化がなく、具体的進展に
も乏しい。
産業界では、こうした状況に強い危機感を覚えており、日本経済団体連合会(経
団連)では多くの提言を行うとともに具体的活動も増やしている。例えば本年 4
月、「『イノベーション立国・日本』構築を目指して」を発表したところである*が、
その中でも人材が国家を支える重要な基盤であるとの認識のもと、「高度理工系
人材」「グローバル人材」等の育成を国家戦略として推進すべきと明言し、その
ための具体的な方策を提言している。ぜひとも参照願いたい。
加えて指摘しておきたいのは、専門知識に加えて、幅広い視野、思考能力を身
に付ける人材育成の重要性である。欧米では、そうした人材が多く活躍しており、
自社の業績や製品のみならず、世界の歴史や文化についても造詣が深い。わが国
においても、幅広い視野・知識や思考能力を身に付けられるよう大学・大学院に
おける「リベラル・アーツ」教育の充実を求めたい。
いずれにしても人材育成については、産業界も傍観者ではいられない。通年採
用も広まってきており、個々の企業においては、国籍にかかわらず優秀な人材を
活用する方向に進んでいる。若い社員に積極的に海外勤務を経験させるといった
例も増えており、大学院生のインターンシップ受け入れや、企業人の大学教育へ
の関与も深めている。経団連においては、「大学における経営トップや実務家に
よる国際ビジネスの実態に関するカリキュラム」「大学生の海外留学に対する奨
学金制度」などに取り組むとともに、海外留学を終えて 4 年の夏休みに帰国す
る学生が就職に不利にならないどころかむしろ有利になるよう、本年 8 月には
留学経験ある学生のための就職説明会も実施する。
わが国をめぐる環境は、東日本大震災後さらに厳しさを増しており、イノベー
ションによる日本再生が必要である。濱田純一東京大学総長とともに私も共同座
長を務めている「産学協働人財育成円卓会議」においても産学による人材育成の
アクションプランが取りまとめられたところであり、今こそ国を挙げた人材育成
が求められている。
*:http://www.keidanren.or.jp/policy/2012/024_honbun.pdf
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特集
IT ベンチャーの可能性
骨太のベンチャーを育てよう
大企業とベンチャー企業はお互いの弱点を補い合えば win-win の関係が築けるはずだ。
そうすることによって新しい産業が育ち、産業界全体が活性化する。しかし、わが国で
はそういう状況にない。大企業、ベンチャー、さらにベンチャーを支援する側の問題点
を分析し、骨太のベンチャーを育てるための対策を提言する。
健康な森に大木や巨木とその種子から芽吹いた若木が育って生態系が維
持されるように、産業界も大企業と中小企業やベンチャーがその特色を出
し合って win-win の関係で協業をしながら生態系を維持することが大切
である。
西岡 郁夫
(にしおか・いくお)
シリコンバレーのアントレプレナーEric Ries がその著書「リーン・ス
タートアップ」(日経出版)で力説している通り、「不確実で先の読めない
株式会社イノベーション研究所
代表取締役社長/西岡塾 塾長
市場で新しい製品やサービスを創り出さねばならない組織」では、正確な
製品のロードマップを書いてから開発を進めるのではマップを書くのにそ
の製品を開発する以上のコストが掛かるし、開発中にマップがどんどん陳
腐化する。新技術で製品を開発したら早期に市場に投入して、反応を敏感
に感じ、素早いフィードバックループを確立してしなやかに製品開発の方
向性を変えて行くことが求められている。ベンチャーにはこれができる。
大企業では新製品が市場で品質問題を起こしたら会社の信用に関わる、
株価が下がる、経営責任を問われる、存続をも危うくする、などなど商品
開発に慎重にならざるを得ず後手後手に回ってしまうが、失うものの少な
いベンチャーは大胆に新技術による商品化ができる。失敗しても数人が路
頭に迷うだけで暫時空腹を耐えれば立ち直れる。その反面、商品化が当たっ
たとしても量産化する製造技術や設備がないし、チャンスに積極展開する
ためのブランド力も広告費もなければ販売網も持っていない。ベンチャー
に共通の弱みだ。
だからこそ大企業とベンチャーがお互いの弱点を補い合って win-win
で協業することが重要なのだ。それでなくても近年の業績不振でリストラ
が続き、研究開発テーマを絞り込まなければならない大企業にとってベン
チャー活用は生き残りのための重大テーマのはずだ。
ベンチャーにとっても大企業との協業をバネにデスバレーを超えて実績
を作り、業績を伸ばして株式上場などでさらなる経営資金を得て得意技術
を伸ばし広げることは成功のための重要なステップだし、大企業に当該技
術を売却して得た資金力で胸に秘めた新しい事業展開にチャレンジして成
長し、大企業は購入技術を次期の有力事業として伸ばして行くことも理想
的な win-win の協業である。インテルやマイクロソフトなどこうして大企
業に成長したベンチャーは米国には枚挙に暇がない。
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◆リスクを取らない大企業
ところが、日本にはそういう生態系はほとんど見られないのが現実であ
る。筆者は「技術力有り」と判断したベンチャーを大企業に紹介すること
を十数年やってきているので、その体験から得た率直な現状分析を以下に
ご紹介したい。
まずベンチャーの紹介を受けた大企業側のごく一般的な反応、本音を直
接話法で列挙してみると、
1.説明を聞く限り技術は良さそうだが、当社が最初に採用するのは怖い。
どこか 2、3 社が採用するなら当社も考えられるが。
2.技術は良さそうだが、当社も大企業でも似た技術を持っているから当
社製でやれる。
3.リストラ続きで部下たちは激務にあえいでいる。どこの馬の骨か分か
らない技術のデューディリに部下を割くわけにはいかない。
4.技術が未成熟で量産にはいまだ耐えないように思う。量産の実績がで
きてから来て欲しい。
5.財務体質が脆弱(ぜいじゃく)だ。協業をしてから倒産されたら責任
問題だから無理。
6.資本金が3億円未満の場合は新しく取引口座を開設するのが時間が掛
かって難しい。
7.日本のベンチャーは信用できない。シリコンバレーで似た技術ベン
チャーがあれば考える。
などなどである。開発部長にすれば開発現場を預かって巨費を投じて研究
してきたのに弱小ベンチャーの技術に屈するのは面目ないという本音もあ
る。会社の業績より自分の面目重視ということらしい。
「他社に先んじて最初に採用するのを恐れていては新商品が作れるわけ
がないよ」とか「ベンチャーに量産技術があるわけが無い。それをやるの
がアンタらのバリューアッドでしょ」とか叫びたくなるが、「蛮勇を奮っ
てベンチャーの技術を採用して成功しても自分には何のインセンティブも
ない。一方、倒産でもされたら大目玉を食うというハイリスク・ゼロリター
ンでは積極的になれという方が無理か?」と大企業担当者に同情を禁じ得
ないし、ベンチャーを連れて来られて「また難しい問題を持ち込まれた」
と迷惑そうな担当部長の顔を見ては匙を投げそうになる。
以上は警鐘を鳴らすために悪い反応ばかり列記したが、もちろん強い関
心を持って素早い対応をする場合もある。やっぱり人だ。企業は人なりで
ある。
実は経営トップには「リストラ続きで研究開発への経営資源を削減し続
け、研究分野を限界以上に絞り込んだ。手薄なところは外部の技術を活用
するように」と指示しているケースが多い。だから「自社の開発チームは
外部の技術動向に触手を張って有望な技術は取り込むようにしているはず
だ」と思い込んでいるフシがある。トップと現場の意思疎通とそれを助け
るインセンティブ制度を考えるべきだ。
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◆企業としての実力が弱い
では、ベンチャー側に問題はないのかを分析してみよう。
(1)技術力のあるベンチャーが少ない。日本の大企業はいわゆる有名大
学から学生を何百人と一括採用をし、研究開発も自前の大研究所で
賄ってきた。研究開発の自前主義だ。しかも転職がごく少ないから
優秀なハイテク技術は大企業に偏在している。かつてインテルの幹
部会で「最も優秀な学生は起業、次に優秀なのがベンチャーに行き、
われわれ大企業に来る学生にはろくなのがいない」と人事本部長が
ボヤいていたが、米国では優秀なハイテク技術はベンチャーに偏在
していたのだ。その意味でも日米は対照的である。
(2)日本のベンチャーには国際戦略がない。モバイル・インターネット
業界のように NTT ドコモの「i モード公式サイトに載れば上場」と
いう安易な成功の歴史が国内市場しか念頭にないベンチャーを育て
たとも言える。韓国ベンチャーなどは国内市場が小さいだけに初め
から世界が相手で英語を巧みに操ってグローバル戦略を論じる。経
営者をはじめとして英語を操れる人材が少ない日本のベンチャーは
危機感の欠如としか言いようが無い。
(3)経営のできる人材が日本のベンチャー業界に少ない。
(4)孤軍奮闘している技術力のある創業者が日々の資金繰りのために奔
走せねばならず、
二の矢を継ぐ技術開発がおろそかになることが多い。
などなど、こちらも枚挙に暇のない問題点が列挙される。
◆支援する体制も弱い
次にベンチャーを支援する立場の方の問題点を分析してみよう。
① ベンチャーを支援する側の体制が弱い。その典型がベンチャーキャピ
タル(VC)である。米国の VC には「これぞ」というベンチャーには
成功するまで投資をし続ける VC 魂がある。また、大企業にもその信頼
する VC に長期の開発計画を極秘で開示して、関連技術を有する有望ベ
ンチャーに網を張り、両社の協業の機会を戦略的に探ることも行われる。
一方、日本では大手の VC たちがリスクを最小化して少額の投資を多く
のベンチャーにバラまくという腰の引けたやり方はリスクマネーの嫌い
なファイナンス出身者が多いせいとまでは言わないが、ベンチャーの経
験者、成功者たちが後進の指導にもっと参画して欲しいものである。
② 日本の社会はベンチャー経営者が大成功して大金を手に入れることを
ねたむ傾向が強い。そして、成功したべンチャー経営者はいったん始め
た事業を最後まで責任を持ってやり抜くことを期待される。米国では上
場で経営規模が大きくなったベンチャーの創業者が「自分はもうふさわ
しくない」と経営者を社外から求めて、創業者は次の夢を追うことも一
般的だが、日本では無責任との非難を受けかねない。その結果として、
成功した創業者が自由に次のベンチャーを指導するという循環が生じ難
く、プロのベンチャー支援家も育たない。
③ 政府のベンチャー支援施策が極々脆弱である。支援の額を言うのでは
ない。中身が脆弱なのだ。一時期騒がれたように 3 年で 1,000 社のベ
ンチャーを立ち上げようと起業の数だけを増やそうとして補助金をバラ
まくのは愚で、ベンチャーの活性化には成功ベンチャーを作ることが最
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も重要で効果的なことはマイクロソフト、シスコシステムズ、グーグル
の成功を追って Facebook など新しいベンチャーが育ってきたことを見
れば自明である。米国政府が補助金を出して Facebook を育てたわけで
はない。政府がベンチャーを支援するならバラまきはやめ、経済原則に
のっとって金を投じることである。
◆正確な情報発信・起業家の情熱・支援の仕組み
以上の分析に基づき、骨太のベンチャーを育てるためにどうするか。幾
つかの提言をする。
1) 研究開発部門を縮小した大企業がベンチャーとの win-win の協業を
新しい技術を獲得する 1 つの方策として考えるべきことは異論のない
ところであろう。力のないベンチャーを採用してくれと言ってはいな
い。触手を張って積極的に情報を取り、精度の高い評価をして技術力
のあるベンチャーを活用していただきたい。ベンチャーが大企業に売
り込みを掛けたい時はインターネットのホームページで情報収集をす
るのが常だ。大企業はそのホームページに「ベンチャーの受付」窓口
を作り門戸を開いてほしい。2 名くらいの小さな組織にベンチャーと
担当事業部門の間に入って協業の進捗をチェックさせる位の投資が企
業の将来を支える新規事業を生み出すことになるかも知れない。
2) ベンチャーは初心に帰り、起業時の情熱を取り戻しその強みに磨き
をかけることだ。ベンチャーの EXIT には IPO と M&A がある。株式
市場の株価の低迷や上場維持費の高騰などで IPO に魅力がないとか、
日本の大企業は M&A をやらないと現状をボヤいてばかりいず国際戦
略くらいは持とう。国際戦略がなければ外国企業からの M&A のチャ
ンスは限られるし、日本の企業に評価されるためにも外国の企業に高
い評価を受けることが一番の早道であることを忘れてはならない。
3)
中国では鄧小平氏が改革開放政策で「ハイテクを発展し、産業化を
実現しよう。国家の予算は産業を行う企業に重点的に投ずる。金を産
まない大学や国立研究所は自活せよ」と呼び掛けたのは 1986 年だ。
象牙の塔を破壊された大学や研究所は研究成果を事業化するためにベ
ンチャーを立ち上げて大成果を挙げた。日本の国立大学、国立研究所
の独立行政法人化はそれから遅れること 15 年、しかもまだヨチヨチ
歩きである。ベンチャー支援のための金は補助金のバラまきをやめ、
経済原則にのっとって投資する本格的な仕組みを実行すること。
4) われわれ一般の民は成功者をねたむ気持ちをやめ、憧れの気持ちに
変えよう。頑張って、頑張って、頑張り抜いて運良く成功を収めた者
を温かい気持ちで憧れよう。その風土が子どもに伝わって次の素晴ら
しいベンチャー経営者が生まれてくるのだ。
以上、一方的な議論になったかもしれないが長年ベンチャー支援に携
わってきた者からの叫びである。
本特集では議論の視点を広げるため筆者が常日頃ご指導をいただく両
氏、大企業側から河原春郎 JVC ケンウッド会長、ベンチャー側から小出
斉イーブックイニシアティブジャパン社長のご提言をいただく構成とした。
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特集
IT ベンチャーの可能性
日本のベンチャーについて
企業側からの提言 米国でベンチャー支援の仕組み、関わる人に心を動かされた筆者による、わが国のベン
チャーの課題と活性化の方策。
◆これまで
2001 年に発足した「ベンチャーを支援するベテランの会」に発起人の
一人として――丸の内「西岡塾」塾長・西岡郁夫氏(株式会社イノベーショ
ン研究所代表取締役社長)の呼び掛けで――参画し、途中会長として、そ
の後パートナーとして今でもボランティアベースで活動を続けている。
この会に参画するようになったきっかけは、私が 1967 年――まだシリ
コンバレーがなかった時代――に米国 GE 社の San Jose 事業所で働いてい
河原 春郎
(かわはら・はるお)
株式会社 JVC ケンウッド
代表取締役会長
た時の上司と 2000 年に再会し、その時、聞いた興味深い話だった。元上
司は、GE を途中退社した後、ベンチャー会社を経営し、さらに直近では
シリコンバレーのベンチャーの社外取締役として大会社や自らのベン
チャーの経験を生かして「ベンチャー支援」に携わっていた。この話に大
変感銘を受けた。
米国では既に 1980 年代から大会社の中央研究所が次々に縮小され、
これらの研究者が次々にスピンオフしてベンチャーを起こし、シリコン
バレーをはじめとした米国のベンチャー成功の大きな原動力となってき
ていた。
◆ベンチャーの効用
ベンチャーの効用、大きく発展した理由は 「スピード」「経済性」「マー
ケットの評価とライアビリティー」の 3 つと考えられる。
1.スピード
一攫千金を夢見て夜を日についで頑張るので大変なスピードで商品化、
実用化される。
2.経済性
これにエンジェルなどがリスクマネーを出資し、しかもハンズオンで経
営指導するので、成功する確率が上がり、選別の過程が合理化され、この
Exit として企業が買収すれば企業側も自らやるより経済効果と成功率が高
まる。
3.マーケットの評価とライアビリティー
大企業が開発途上の商品を世に出すには、トラブルで大きな問題になる
のを避けねばならず、完璧にするまでの時間とコストが大変。ベンチャー
なら早い段階でトライアルができる。マーケットでの評価は商品を良いも
のにするために大変重要。
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一方、日本でベンチャーがなかなか育たないのは次のような理由が考え
られる。
1 つはリスクマネーである。大きなお金をまとまって出して、経営指導
するといったエンジェルがあまりいないので、少額出資の株主の数が増え、
スピーディーな、タイムリーな事業・経営判断ができない。
2 つ目は大企業が相変わらず中央研究所を抱えてなかなか新しいものが
生まれず、かといってベンチャーの買収にも積極的ではないことがあり、
ベンチャーが本格的な発展をせずに小成してしまうことである。
破綻することを恐れるあまり、小成してしまうベンチャー側にも問題は
あるが、大企業側もオープンイノベーションを系統的に活用したり、早期
の試作や実用試作にベンチャーをもっと活用するなど大企業側のマインド
チェンジが必要ではないかと思う。
パソコンは、米国でもゼロックスで成功せず、アップルが世に出した話
は有名である。
もちろん IPO の道もあるが、ここに至るには米国でも大変なのだから、
日本ではなおのこと容易ではない。
◆ベンチャーによる世界的な新事業を生み出すビジネスモデル
の開発
私は、株式会社イーブックイニシアティブジャパン(eBook Japan)と
いう最近上場した電子書籍のコンテンツ提供会社を支援したことがある。
液晶のポータブル形表示器が無い 10 年近く前に試供品を提供したりして
支援した。今では iPad などのタブレット PC が普及し、むしろ紙の書籍
が消えつつある状況で eBook Japan 社が大発展しているのはうれしいこ
とである。
最近では、複数の海外ベンチャー企業や国内ベンチャー企業との間でア
ライアンス、資本参加、大学なども含めた共同開発などを目指した取り組
みを開始しているが、これらの中から世界に DFS として流布させること
が可能となる新事業開発の創出に向けた努力をしている。
例えば、国内ではロボットの会社と共同開発し、技術や人、それに資金
などの面でサポートをしている。企業としても自らだけでやるより、スピー
ドアップと思い切った開発ができる上、また自らの事業に取り込むことも
容易になるので、自前の R&D よりインキュベーションが速まると考えて
いる。
このように、日本流のベンチャーと企業との連携による新しいビジネス
モデルの開発によって、世界的な新事業を生み出す戦略の具体化に取り組
んでいる。
論理の積み上げで新事業は生み出されるのではなく、汗をかく試行、経
験の中からこそ、次の iPad は生まれると考えている。
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特集
IT ベンチャーの可能性
挑戦して増益を目指す企業文化を育もう
ベンチャー側からの提言 日本の大企業はベンチャーを活かし切れていないのではないか――2000 年に創業し、
昨年上場を果たしたベンチャー経営者が、
ベンチャーとわが国の産業界の課題を指摘する。
私個人にとってもわが社にとっても最上級の恩師である西岡郁夫さんか
らご指名をいただいたので、拙筆を取らせていただくこととする。日ごろ
感じていることをつれづれなるままに述べたい。
西岡さんは本特集において、大企業はその量産化するための製造技術や
設備、積極展開するためのブランド力や販売網が強みであり、ベンチャー
企業は失敗を恐れず新技術を活かして大胆かつ迅速に商品化を図れる強み
があり、お互いにその特色を出し合って win-win の関係で協業をしながら
小出 斉
(こいで・ひとし)
株式会社イーブックイニシアティ
ブジャパン 代表取締役社長
生態系を維持することが大切である、と明快に語っておられ、私も全く同
感である。
◆ベンチャーを活かし切れていない大企業
しかしながら、ベンチャーを経営する立場からつとに感じるのは、日本
の大企業はベンチャーを活かし切れていないのではないかという点であ
る。
「ベンチャーを活かす」とは、ベンチャーの構築した新技術や新製品
を取り込むことによって企業価値を向上させることであるとすると、具体
的な方法としては、以下の 3 つがあると思う(投資収益を除く)。
1)製品・サービスを購入する
2)技術提供を受け、自社のビジネスに組み込む
3)企業買収により、自社の製品・サービス・技術とする
米国では、3)の買収がごく普通のこととして行われており、シスコシ
ステムズなどは「研究開発は買収によって行う」方針とも言われていると
聞き及ぶ。また、自社内に研究開発部門を持っている大企業でも、「スピー
ドを買う」「競合を減らす」「技術者を買う」などさまざまな目的で企業買
収を日常的に行っている。そのため、米国のベンチャー企業は EXIT(ゴー
ル)目標を IPO(株式公開)よりも被買収に設定している方が一般的なよ
うである。被買収が目標であれば、営業や管理部門などにリソースを多く
割く必要がないので、技術や製品に注力することができて、効率的である
からだ。逆に1)や2)は、定量的な分析を見たことはないが、あまり一
般的ではないのかも知れない。
◆2つのボトルネック
一方の日本を見ると、3)の買収は圧倒的に珍しいと言われている。そ
の分、1)の購入や2)の協業が相対的に重要になるわけだが、それとて
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米国における「買収」に匹敵するほどの事例が積み上がっているようには
感じられない。電子書籍の販売業を営む筆者の経営する会社(株式会社イー
ブックイニシアティブジャパン)も、2000 年の創業以来、昨年の上場に
至るまで、当社の作品ラインアップと仕組みを大手ポータル企業に採用し
てもらったり、大手電機メーカーが電子書籍専用端末を開発するときに協
業を行うなど、
「大企業がベンチャーを活用する」事例は確かにあるものの、
そのような事例はまれであるように思う。なぜ大企業がベンチャーを活用
することがまれになってしまうのか、その理由を考えたときボトルネック
になる要因は、①利益を考えない経営と、②挑戦を奨励しない組織の2点
であるように感じる。
①利益を考えない経営
日本の大企業は利益を最重視していないのではないだろうか。総務省の
平成 22 年度年次経済財政報告 *1によると、2004~2007 年の売上高利益
率は欧米が 10~12%程度であるのに対し、日本は 6%程度と半分強に過ぎ
*1
:http://www 5 .cao.go.jp/j-j/
wp/wp-je10/pdf/10p03033_1.
pdf
ない。売上シェア至上主義、難易度の高い部門間調整、雇用維持などなど、
利益を最重要目的に据えない要因はあまた考えられるものの、この差はあ
まりに大き過ぎる。
当社で大企業と協業の協議をしていても、「組織のプライド」「業界横並
び」「自己の保身」などのために「利益を稼ぐこと」よりも「自前主義」
を優先させてしまっているように感じるケースが多々ある。不当に利益を
上げることはもちろん許されないが、正当な利益はしっかりと上げる必要
がある。日本社会で「儲かっている」と言うと不審な目で見られがちだが、
「高い付加価値を付けている」「多くの人に是が非でも欲しいと言われて
いる」と言い換えれば、賞賛されるはずである。
このような状況が許されているのは、日本の株式市場における投資家の
見る目が甘いということかもしれない。今後日本企業がグローバル大競争
の中で戦って行かねばならない度合いが高まるにつれて、低利益率の日本
企業は低株価で買収されるなどして淘汰(とうた)されることを通じて、
利益志向が浸透していくというハードランディングとならざるを得ないの
だろうか。利益志向が厳しく要求されれば「自前主義」などと言っていら
れるはずもなく、利益最大化(長短の是非は別として)を最優先し、ベン
チャーの活用も有力な選択肢となるに違いない。
②誰も挑戦しない組織
日本企業は誰も挑戦しない組織構造を定着させてしまっているのではな
いだろうか。日本企業の組織構造は、高度成長時代に、所与のビジネスモ
デルでの事業運営効率を高められるように年功序列型に組まれている。そ
のため、責任と権限を曖昧に分散させてしまっており、ビジネスモデルの
発明競争の時代を迎えて適合できなくなってきていると思う。責任が曖昧
なため、関わる者が失敗を恐れてしまうし、権限が曖昧なため、成功して
もその主導者を賞賛したり報奨を与えたりすることが無く、メンバーの挑
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戦意欲が掻き立てられない。
長い稟議プロセスを経ないと意志決定は行われず、奇抜な施策が提案さ
れても失敗を恐れる稟議メンバーから次々と角を削られ、十人並みの施策
となってしまう。もちろんみんなで協力して 1 つのことを仕上げるのは
日本の素晴らしい企業文化ではあるが、みんなを説得しないと前に進めな
いというのは現代では大き過ぎるデメリットだ。
業績急上昇中のサムスンでは、成果を出している者のポジションをどん
どん上げ、年収を大きく増やす仕組みを取り入れていると言われており、
これが DRAM 事業、ディスプレー事業、スマートフォン事業など、次々
と果敢に挑戦しては収益化に成功していることの最大要因ではないかと見
ている。
当社が大企業と協業の相談を行っている場合にも、先方の窓口の方が乗
り気になっても、他の方を説得できないで断念した事例は枚挙に暇がない。
説明の難しいベンチャーとの協業よりも説明のやさしい大企業との寄り合
いに流れてしまうこともあるようだ。長年、同じ戦略で右肩上がりの成長
を遂げてきた日本企業にとって、とても変わりにくいテーマではあるもの
の、この問題を乗り越えた企業のみが新しい時代を生き抜くことを通じて
解決されていくのではないかと思う。
◆ベンチャー側の責任も
自社の至らなさを顧みず大企業の課題ばかりを指摘したが、当社に限ら
ずベンチャー側にも大いに責任はあるとは思う。大企業の幹部の心を動か
す夢を語れる経営者が少ない。失敗者に対して再度チャンスが与えられに
くい社会構造を映してか、よほどの気概がないと有能な人物がなかなかベ
ンチャーに加わろうとしない。グローバル競争の時代なのに、国内市場に
閉じこもって小さく生きようとする――などなど、思いつくことは多々あ
るが、紙幅の都合上および議論の焦点を絞るため、割愛させていただく。
ベンチャーを盛り立てていくためにどうすべきかという、当初いただい
たテーマからはかなり発散してしまったが、問題の本質はベンチャー支援
に限られるような小さなものではないと思う。ここでの一連の議論が日本
企業の変革およびベンチャー企業を活用した再成長に向けて一石を投じる
役割を果たすことになれば、望外の喜びである。企業人の誰もが挑戦して
増益を目指す企業文化を浸透させることは日本全体の喫緊の課題である、
と考える一企業経営者からの提言を終えさせていただく。
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特集
IT ベンチャーの可能性
アイラボ株式会社
東京農工大の手書き文字認識技術を事業化
昨年 12 月に設立されたアイラボ株式会社は東京農工大学発のベンチャー企業である。
手書き文字認識技術の事業化を進めている。当面、電子カルテが大きなターゲットだ。
アイラボ株式会社(本社:東京都小金井市。以下「当社」
)は、東京農工
大学の中川正樹教授が開発したオンライン手書き文字認識技術
(特許)
をベー
スに設立したベンチャー企業である。コア技術は以下のようなものである。
・運筆情報を利用するオンライン手書き文字認識
・画像情報を利用するオフライン手書き文字認識
・文字列から文字パターンを切り出すセグメンテーション技術
・日本語の文脈情報を利用する言語処理技術
・候補文字を絞り認識を高速化する大分類技術
・実現環境の制約に合わせて認識エンジンを小型化する技術
・文字と図形を分離する技術
・電子インクを送信すれば認識結果を返す認識サーバ技術
堀口 昌伸
(ほりぐち・まさのぶ)
アイラボ株式会社 代表取締役
◆ JST の支援事業で 3 年間研究開発
平成 20 年度に科学技術振興機構(JST)の大学発ベンチャー創出推進
事業に採択され、22 年度まで 3 年間「紙とペンによるユーザコンピュー
タインタラクションの開発」というテーマで、認識技術の高度化、ミドル
ウエアの開発、特徴的なアプリケーションの研究開発を行った。この時期
に、各社から多様な手書き入力装置が製品化され、また、予想以上にスマー
トフォンや Pad コンピュータの普及が進んだため、いいタイミングと判
断し、23 年 12 月に会社を設立することにした。
東京農工大学で中川教授の指導の下、朱碧蘭助教が中心に開発したもの
は、字体制限を課さない筆記枠ありの文字列認識で 99%以上、筆記枠な
しの自由筆記の文字列認識で 95%以上の認識率を達成し、その認識時間
も体感上感じさせない認識速度を実現している。また、これらの技術を利
用した特徴ある手書きアプリケーションとして、診療所向け手書き電子カ
ルテ、採点システム等の開発を行った。
◆認識技術は着実に進歩
手書き文字認識技術は、従来なかなか受け入れられなかったが、認識技
術は着実に進歩してきており、環境、研究基盤も向上しており、決して後
退することはない。
大学発ベンチャーという限られたリソースの中で、マーケティングや製
品開発、保守・サービスを継続的に発展させることは決して容易ではない。
そこで、コア技術である文字認識エンジンは、中川研究室から引き続き技
術導入する。東京農工大学とは、すでにライセンス契約を締結し、大学の
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研究成果を公正かつ透明に社会還元する仕組みを構築した。
手書きアプリケーション開発に関しては、インクデータ処理等で実績が
あるポトス株式会社と、手書き電子カルテは、アイサンテクノロジー株式
会社と共同開発体制を確立している。これらは、垂直市場のビジネスであ
る。一方、スマートフォン市場では株式会社 MetaMoJi との共同開発を進
めている。
◆市場規模大きいカルテ
スマートフォン向け文字認識市場は、確実に拡大すると確信している。
一方、垂直市場の確立も急務である。ビジネスとしての成功の鍵は、市場
に受け入れられるシステムをいかにタイムリーに提供できるかにかかって
いると思う。従来型のパソコンと比べ、スマートフォン等ではパフォーマ
ンスの低い環境で “ ストレスのない認識精度 ”“ 待ち時間を感じない処理
時間 ” が求められている。この面でも当社は優位な技術を有している。海
外市場向けに英語・中国語への対応も早急に行う予定である。
大学発ベンチャーとして開発してきた手書きアプリケーションの中で、
最も市場規模が大きい手書き電子カルテの出荷を開始した。一般の電子カ
ルテがキーボード入力であるのに対して、当社の商品は、従来の紙カルテ
に入力する方法で電子カルテ化が行える画期的なシステムである。一般の
電子カルテでは、医師の負担が大きいとも言われている。
従来の方法で行えるため、単なるキーボード入力が苦手というだけでは
なく、この方法で電子カルテ化を望む医師に評価されている。病名の辞書
と薬剤・病名処方等のデータベースに対して文字認識の曖昧検索の手法を
取り入れたため、使用する医師は、ストレス無く利用できる。
一方、生損保・金融・クレジット会社の申し込みシステム等では住所、
氏名等の入力システムとして使われ始めた。このため漢字の第 2 水準の
フルサポートも行った。
教育市場にも注目している。この市場へは、先生の採点を支援するシス
テムの提供を行っていく予定である。塾関係では、自習システムに文字認
識技術を検討する試みが始まっている。自習システムでの採用は、文字認
識技術の他に図形と文字の分離(数式認識含む)等の技術が必要で、大手
企業との共同開発という形で推進していきたい。将来は、一般ユーザ向け
に文字認識をサーバで行うシステムの普及も手掛けたい。
◆技術開発をスピード感を持って
大学の産官学連携・知的財産部門との協力のもと、取引先・顧客との契
約書の締結や知的財産権について進めている。大手企業に対抗できるベン
チャーの財産は、知的財産権であるとの認識のもと特許申請に関しても積
極的に行っていきたいと考えている。
手書き文字認識技術の市場はニッチと思われてきた。しかし、文字を書
くことは人間の知的行為であり、これが無くなることはあり得ない。だか
らこそ、私たちは諦めずに、長いこと研究開発に取り組んできた。ベンチャー
が企業として離陸し、成長し続けることは容易でないが、開発の効率化の
ため連携大学・企業との共同開発の推進、また市場を見据えた技術開発を、
大企業ではできないスピード感を持って進めていきたいと考えている。
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九州大学が先導する
日本のソーシャル・ビジネス推進
九州大学はソーシャル・ビジネスの研究、普及ならびに具体的なプロジェクト創出事業
に取り組んでいる。バングラデシュで貧困層への無担保小額融資を行うグラミン銀行を
創設したムハマド・ユヌス博士(2006 年にノーベル平和賞受賞)と、同国出身の研究
者を介して出会ったのがきっかけだ。ユヌス博士はバングラデシュにおいて、グラミン
銀行のほか、さまざまな分野で 50 以上の企業・財団・トラスト(総称してグラミン・
ファミリーと呼ばれる)をつくりソーシャル・ビジネスを実践している。2007 年に九
州大学はグラミン・ファミリーと交流協定を締結。ソーシャル・ビジネスを推進するた
めに学内に 2 つの拠点をつくったほか、外部のさまざまな機関、企業等と連携している。
田中 由佳
◆九州大学におけるソーシャル・ビジネス推進体制
(たなか・ゆか)
世界的な貧困削減と貧困層の自立支援に寄与した功績により 2006 年
ノーベル平和賞を受賞したムハマド・ユヌス博士の提唱する「ソーシャル・
九州大学 ユヌス&椎木ソーシャ
ル・ビジネス研究センター
コーディネーター
ビジネス」*1 が注目されている。ユヌス博士は、貧困層への無担保小額融
資を行うバングラデシュのグラミン銀行の創設者であり、母国バングラデ
シュにおいて、グラミン銀行の他に農業、教育、医療、エネルギー等さま
ざまな分野で 50 以上の企業・財団・トラス
トを立ち上げ、ソーシャル・ビジネスの実践
を行っており、これら組織は総称してグラミ
ン・ファミリーと呼ばれている。
九州大学はグラミン・ファミリーと連携し、
後述する 2 つの学内外拠点を中心にユヌス
博士のソーシャル・ビジネス手法の研究、推
進・普及活動ならびに具体的なプロジェクト
創出事業に取り組んでいる(図1)。
図1 九大内におけるソーシャル ・ ビジネス 推進体制
◆ユヌス博士との出会い
九州大学とユヌス博士との出会いは、九州大学大学院システム情報科学
研究院准教授のアシル・アハメッド博士の本学参画によりもたらされた。
バングラデシュ出身で日本の大学・大学院で情報科学を学んだアシル氏は
東北大学で博士号を取得後 NTT コミュニケーションズ株式会社で IP 電話
付加サービスの研究開発に従事していた。当時自らの研究が世界人口の
*1:ユヌス博士が提唱するソー
シャル・ビジネスは「事業より
出た利益は投資家へ還元され
ず、さらなるソーシャル・ビジ
ネス事業拡大へと再投資され
る。また従業員の福利厚生等へ
充てられる」という原則を持つ。
たった 17%しか享受されない現実を前に葛藤していた同氏は、本学で募
集していた社会情報基盤構築研究プログラムと出会い「ICT 開発を通した
途上国の社会情報基盤構築と情報格差による貧困是正への貢献」を実現す
るため 2007 年本学の門をたたいた。アシル氏は、時を同じくして出会っ
たユヌス博士から、グラミン・ファミリーの一企業で、同じミッションを
持つグラミン・コミュニケーションズの「グローバル・コミュニケーショ
ンセンター・プロジェクト」のプロジェクトディレクターに任命された。
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このような偶然が重なった結果、まもなくアシル氏の仲介で九州大学とグ
ラミン・ファミリーの間で交流協定が交わされることになった。
その後、次のような経過で、本学におけるソーシャル・ビジネス推進体
制が整備された。
・2007 年、九州大学はグラミン・コミュニケーションズと交流協定
を締結。開発途上国における社会情報基盤の研究開発へ着手したの
をきっかけにユヌス博士のソーシャル・ビジネス研究を開始。その
後、ユヌス博士に栄誉教授称号を授与。
・2010 年 3 月、本格的な研究、推進、普及、教育活動を行う拠点と
して、「グラミン・クリエイティブ・ラボ@九州大学(GCL @九大)」
を設置。
・同年 12 月、GCL @九大と補完的役割で学際的なプロジェクトを実
施する一般財団法人 グラミン・テクノロジー・ラボ(GTL)を設立。
・2011 年 10 月、ユヌス博士の手法にとどまらない広義のソーシャ
ル・ビジネス研究を行う場として「ユヌス&椎木ソーシャル・ビジ
ネス研究センター(SBRC)」を開設、GCL@ 九大をセンター内に内
包した。SBRC では、国内外を対象にしたさまざまな広義のソーシャ
ル・ビジネス研究(NPO/NGO、CSR、コミュニティビジネス等)
に取り組みながらも、ユヌス博士のソーシャル・ビジネスを重点研
究領域と位置付け、国内外の多くの企業、機関と連携しながら、そ
の推進・普及活動を行っている。
アシル氏は GCL@ 九大のメンバーであると同時に、GTL ではさまざま
なプロジェクトの組成・実行の指揮をとっている。
◆グラミン・クリエイティブ・ラボ@九州大学
ユヌス博士はノーベル平和賞受賞を機に「ソーシャル・ビジネス」とい
うコンセプトを世に送り出し、そのコンセプト実現を支援する組織「グラ
ミン・クリエイティブ・ラボ(GCL)」がドイツに設立された *2。その後、
同様のラボが世界 17 以上の大学に設置され、GCL@ 九大もそのひとつに
数えられる *3。その主な活動は以下の通りである。
1.「グラミン・ワークショップ」の開催
産・学・官関係者だけでなく一般の方も対象にし、3 カ月に 1 度開催。
ソーシャル・ビジネスについて理解を深めていただいた後、各々関心を持
つ社会問題をテーマとしたグループに分かれ協議を行う 2 部構成で、学
習だけでなく「実践の場」提供を目的とする。当ワークショップへは必ず
GCL@ 九大の教員も参加する *4。
2.国際会議「ソーシャル・ビジネス・フォーラム・アジア」の開催
毎年夏にユヌス博士を日本へ招聘し、福岡からアジア、世界へソーシャ
ル・ビジネスを発信することを目的に開催。主にアジアで活躍するソーシャ
ル・ビジネス先駆者を招き、その取り組みや考え方を、パネルディスカッ
ション等を通して国際機関、政府、企業、NGO/NPO 等からの参加者へ紹
介する。2011 年は東日本大震災発生を受け、フォーラムのテーマを「ソー
*2:GCL ではソーシャル・ビ
ジネスに関する研究、調査、広
報、インキュベーション、教育
を行う。
*3:GCL@ 九大は、経済学研
究院、工学研究院、システム情
報科学研究院、農学部、医学部
等より専門教員を招聘(しょう
へい)し学部横断型の研究組織
とした。近年社会問題の解決に
は諸分野を横断した包括的な対
処と分野を越えた学際的な活動
が求められるためである。また、
オープンな研究基盤開設は、多
分野に渡る専門性と幅広い知見
の柔軟な統合、オープンな環境
より生まれる新たな革新性創出
を可能とし、組織としての課題
解決能力最大化実現へつながる
と考えた。
*4:提示されるテーマは、環境、
福祉、教育等の分野で、グルー
プとして集まったメンバーがそ
のテーマにおいて最も関心を寄
せる社会問題を選び、その問題
を解決するソーシャル・ビジネ
スを共に考案するというもの。
協議の場においては、創造性の
ある自由な発想を引き出す仕掛
けを用意し、また異分野、異業
種のバックグラウンドを持つ参
加者がそれぞれの専門知識、
ネットワークを生かし「連携」
を通した包括的解決策の考案実
現が可能なように配慮している。
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シャル・ビジネスを活用した被災者自立復興支援」として、フォーラム内
ワークショップでは支援策の立案を行った。
3.ソーシャル・ビジネス推進・普及に関する推進イベントの企画と外部
機関とのネットワークの構築
毎回ユヌス博士の来日にあわせ、東京と福岡で開催する推進イベントや、
連携する主要パートナー候補との個別ミーティングを企画。
・個別セミナー:企業経営者/若手経営者/女性経営者/学生(高校
生等)
・個別面談:大手企業トップ/政府トップ
上記の活動を先導するのは SBRC のエグゼクティブ・ディレクターを務
める岡田昌治教授(国際法務室 副室長/ニューヨーク州弁護士)。日本電
信電話株式会社(NTT)において、インターネットビジネスや国際法務を
通して、国際ビジネスの第一線に携わった経験を持つ。国内、海外のビジ
ネス界において膨大なネットワークを持ち、特に国内においては SBRC が
その目的を達成するパートナー構築において主要企業トップ等との重要な
ネットワーク形成を行っている。
◆九大の研究開発プロジェクト
2007 年以降、他機関、国内企業、グラミン・ファミリーとの連携体制
のもとで九州大学が取り組んでいる共同研究ならびに研究開発事業を幾つ
か紹介する。
(1)グラミンとの共同開発:IT を活用し開発途上国の農村と世界をつな
げるソーシャル・インフォメーション・プラットフォーム「One
Village One Portal(OVOP)*5」プロジェクト
*5:http://www.gramweb.net/
開発途上国貧困地域に暮らす人々は生活に必要な情報ですら入手困難な
状況にある。情報や意見を外部へ発信する手段を持たないため、同地域の
農民は農作物の売買においても不利な立場にあり、そのことが貧困を深刻
化させている。
本学はこの課題を解決するためグラミン・コミュニケーションズと共同
で ICT を活用し農村地域に住む人々(バングラデシュ8 万 5 千村)からの
情報収集とその管理、また集積情報の第三者機関との共有化を実現する情
報プラットフォームの開発に着手した。読み書きができない村人にも使い
やすいインターフェースで瞬時の情報収集を可能とする。集積された統計
情報や農作物に関する各情報は、第三者機関に販売することで村の収入源
にもなり、またこれら情報は、国連機関などが支援を行うときや地方・国
の行政機関が施策決定をする際に重要な役割を果たす。当プラットフォー
ムが貧困地域の開発促進に資する役割は大きく、世界から注目が集まって
いる **1。
(2) NTT およびグラミンとの共同開発:ソーラーエネルギー応用に関す
る実験と開発
2008 年に、NTT と九州大学およびグラミン・コミュニケーションズは、
NTT の新たなソーラーエネルギーの技術を用いた実験と、バングラデシュ
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の農村部の電力利用に関する調査を開始した。ソーラーエネルギーを直流
(DC)バッテリー蓄電経由で家電製品へ供給する際、付属アダプターで電
圧変換を多数回繰り返すので電力のロスが大きい。そこで、電力供給ある
いは家電に必要なインターフェースの規格化を検討するため DC ネット
**1:Ashir Ahmed, “ 社会ニーズ
に基づく技術開発と日本への期待
(Development of Technologies
Based on Social Needs)” 電子
情 報 通 信 学 会 誌 ,Vol.94 No.1
pp.20-24 2011 年1月 .
ワークにつながれた家のデザインに取り組んでいる。成長する途上国の家
電市場のみならず先進国にも応用されるだろう **1。
(3) JETRO(日本貿易振興機構)助成によるグラミン・国内企業との
共同プロジェクト「IC カード式電子通帳の開発 -ディスプ
レー付き IC カード e パスブック-」
約 830 万人の借り手を有しその出入金管理を全て手作業で行って
いるグラミン銀行から手入力エラー防止と作業効率化のため通帳を電
子化できないかと相談を受けたことをきっかけに、JETRO の助成を
受けて始動したプロジェクト。開発したのは IC カード式電子通帳で、
写真1 ePassBook
学生証に電子マネー機能を付けた九大独自の多目的 IC カードを応用
した。製品コストを抑えるため必要とされる機能「健
康記録、e コマース、送金サービス」に絞り開発を進
めた。農村部には電気の供給が少ないので太陽光発電
パネルを付ける等、工夫を重ねた。製品開発や実証実
験のプロジェクトマネージメントは大学が主導で行い、
開発は日本国内、実証実験はグラミンの支援を得た(写
真1、2)**1。
(4) JICA(国際協力機構)助成プロジェクト:「ICT を
活用した BOP*6 層農民所得向上プロジェクト」
2010 年から、アシル准教授と GCL@ 九大の組織長
である熱帯農学研究センター緒方一夫教授を中心に、
写真2 アシル准教授より ePassBook の 説明を受けるユヌス博士
JICA の草の根技術協力事業(パートナー型)として始動している。3 年
間で、情報へのアクセス手段がない農村地域に通信設備を備えたテレセン
ターを設立することにより、農産物の生産・販売活動に有用な農業関連情
報を ICT を用いて普及させ農民の所得向上を実現し貧困削減を目指すも
*6:Base Of the Pyramid の
略。世界における所得構造をピ
ラミッドで表わした際底辺に所
属する貧困層を指す。
のである。識字率が低い地域でも活用が可能なデバイスの開発に力を入れ
ている。併せて最適な農業情報システムの確立と農産物の新たなマーケッ
トチャネルの開拓を行い、また女性グループの換金農産物生産への参加を
通して農村地域における女性が自立できる環境構築にも努める **2。
**2:JICA 草の根技術協力事
業「ICT を活用した BOP 層農
民所得向上プロジェクト(IGPF
プロジェクト)」報告資料
(5) GTL との共同研究プロジェクト:ICT を活用した貧困層へのヘルス
ケアサービスの提供「ポータブル・クリニック」
開発途上国農村部では保健医療施設が不足している。ICT の利用は医療
サービスへアクセスがない人々への医療サービス提供を実現する。現在、
手ごろな価格で購入できる持ち運び可能なモバイルクリニック(アタッ
シュケース)の研究開発を進めている。目指しているのはクリニックの装
置として活用する診断ツールやディスプレー。この装置は、日本などの医
療機器販売会社に対して、途上国を対象とした新たな診断ツールを開発す
るビジネスチャンスをもたらすことが期待される **1。
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◆ GTL と協働した「国内企業のソーシャル・ビジネス参入支援」
SBRC ならびに GTL では、企業における新たな社会貢献の在り方として、
本業(自社技術、サービス)を活かしたソーシャル・ビジネス参画を提案
している。現在は、GTL をプラットフォームに開発途上国ニーズと国内企
業が保有する技術(サービス)とのマッチングを行い、主にバングラデシュ
国内における具体的なプロジェクト組成や実証実験の提案等を行っている。
GTL との協働は、社会ニーズの技術的要件への変換やプロトタイプの開発
と技術的な提言等を可能とし、またグラミン・ファミリーを基盤とする現
地における膨大なネットワークは、企業参入において大きな手助けとなっ
ている。以下、これまで国内で合弁会社設立を支援した主な例を紹介する。
① 株式会社雪国まいたけ(グラミン・雪国まいたけ)=バングラデシュ
における緑豆栽培事業
雪国まいたけとグラミン・クリシ財団とで合弁会社グラミン雪国まいた
けを設立。日本企業としては初の合弁会社。合弁事業では、もやしの原料
となる緑豆をバングラデシュ国内で栽培。栽培プロセスを通して大規模な
雇用を生み出す。収穫された緑豆は7割を雪国まいたけが日本へ輸入し、
残り3割をオリジナルコストで現地の人へ販売する。地元の人にオリジナ
ルコストで分けることで、バングラデシュの人々の栄養改善へ寄与する取
り組み。2012 年 5 月現在、現地で約 7 千人の雇用を生み出している。
② 株式会社ファーストリテイリング(グラミン・ユニクロ)=バングラ
デシュにおける安価な衣料と生理用ナプキンの生産・販売事業
バングラデシュに暮らす人々が本当に良い服を安価で購入できるようそ
の生産、販売を行う。併せて衛生環境改善への取り組みとして女性の生理
用ナプキンの生産、販売も行う。生産過程に地元の人を雇用することで貧
困層の収入向上をはじめとする生活改善を図る。
③ ワタミ株式会社(ワタミ・ソーシャル・ビジネス)=レストラン・フ
ランチャイズビジネスによる食育、人材育成、雇用創出事業
バングラデシュにおける社会的課題(貧困・衛生・教育など)を、「食」
に関する事業を通じて解決する取り組み。
◆ソーシャル・ビジネス推進
このように、九州大学ではグラミン・ファミリーとの提携をベースとし
たソーシャル・ビジネス普及・推進活動を通して、大学が保有する知識と
研究成果の社会への還元を実現している。活動から得た学びは、「外部機
関との連携が課題解決への可能性を広げその対処能力を高める」というこ
とだ。本学では、今後一層、国内外において産学官を中心とする連携を強
化し、実質的な社会課題解決へ取り組みその成果をもってさらなるソー
シャル・ビジネス推進を進めていきたい。
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「足こぎ車いす」
に学ぶ医療イノベーションの法則
―大学発ベンチャーTESS 快走の秘密を一挙公開―
・株式会社 TESS は、脳卒中で半身が麻痺(まひ)した人や、腰痛などで歩行困難な
人でも自分の両足でペダルをこいで自由に走り回れる車いすを販売している。東北大
学の技術を事業化するために平成 20 年 11 月に設立されたベンチャー企業で、製品
は 21 年秋に「Profhand(プロファンド)」という名称で売り出した。
・同社がコンセプトを固め、実際のものづくりは外部の企業に委託している。
・販売、販促は同社の正規取扱代理店が中心。正規代理店は、大手福祉機器販売会社か
ら地元に根差した医療福祉とは関係ない異業種の企業まで全国約 50 社。正規代理店
は仙台の TESS 本社で勉強会を必ず受講しているのでアフターフォローやメンテナ
ンス体制も万全である。
鈴木 堅之
(すずき・けんじ)
足こぎ車いすは、脳卒中で半身が麻痺した方、腰痛、膝関節痛などで歩行困難
株式会社 TESS 代表取締役
な方などでも、自分の両足でペダルをこぎ自由に走り回ることができる最先端の
福祉機器である。
もともとは科学技術振興機構(JST)の地域結集型共同研究事業を活用し、宮
城県で平成 10~15 年度に行われた研究開発(テーマは「生体機能再建・生活支
援技術」)の中の 1 つのテーマであった。東北大学大学院医学系研究科「運動機
能再建学分野」の半田康延教授らのグループが中心となり、コンピューターで制
御した電気刺激により麻痺した足を動かすことを目的としてその研究成果がまと
められた。しかしこのプロジェクトでは、電源の安定供給の問題や複雑な機構か
ら製品化までには至らなかった。
私が、これを事業化しようと思ったきっかけは、医療機器の営業マンをしてい
た平成 16 年 4 月、同大学の研究室に眠っていた足こぎ車いすの試作品を偶然目
にしたことだった。理学療法士養成学校に通っていたとき、講義の中で電気刺激
で下半身不随者の歩行を実現させた東北大学の医師がいること、またその医師が
足でこぐ車いすを発明し、片麻痺患者が自分で移動できることを聞いていたので、
「これがその車いすか」と関心を持った。「大きいな」「操縦が難しいのでは」と
いうのが第一印象だった。
そして、半田教授の「これがあれば、歩行障害を抱
えている方やそのご家族に希望を取り戻してもらえる
のではないか、楽しみながら機能訓練ができる」とい
う理念に感銘を受け、数人の仲間と共に、足こぎ車い
すを全国へ普及することを目指して走り回り、平成
20 年 11 月、東北大学発ベンチャー企業である株式会
社 TESS を設立した。
◆ Profhand のコア技術:
ニューロモジュレーション(神経調節)機能
製品の開発に取り組み、21 年秋に「Profhand(プロ
ファンド)」(写真1)という名称で売り出した。販売
写真1 足こぎ車いす「Profhand」
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開始から約 2 年半がたち、足こぎ車いすは脳梗塞後遺症による半身麻痺患者の他
パーキンソン症、ギランバレー症候群、頚椎損傷、膝関節症、脳性麻痺などあら
ゆる歩行障害者に利用されている。なぜ重度の障害者や要介護高齢者でもスイス
イと足こぎ車いすをこぐことができるのか。現在も解明中だが、人間に本来備わっ
ている「自動歩行」「歩行反射」が関係しているのではないかと考えられている。
まだ歩けない赤ちゃんの両脇を抱えて、足の裏を床につけ、前傾させると両足
を交互に出してまるで歩くような動きがみられる。これが「自動歩行」と呼ばれ
る運動で、歩行障害者が足こぎ車いすに乗ると、この「自動歩行」と呼ばれる動
きのように「足を交互に動かそう」という指示が足に伝えられるのではないかと
考えられている。東北大学の研究グループでは、筋肉を動かす指令を出す中枢神
経に働き掛けるニューロモジュレーション(神経調節)が機能することによって、
人間が本能的に持っている自動歩行の能力が呼び起こされ、本来動くはずのない
筋肉が動くのだとみている。
室内設置型サイクリングマシンと何が違うのか。足こぎ車いすに乗車し実際に
走行することで目から入る感覚情報が脳へ与える効果も期待できると共に、自ら
動かす(移動する)ことで入ってくるさまざまな情報は静止した状態でこぐ室内
設置自転車装置では決して得ることはできない効果である。
◆販売戦略:全国に 46 の正規代理店
これまでに販売した Profhand は約 2,500 台。TESS は東北大学内に本社を置き
研究開発に注力しているため販売、販促は正規取扱店が中心となり動いている。
大手福祉機器販売会社から地元に根差した医療福祉とは関係ない異業種の企業ま
で、全国約 50 社が正規取扱代理店となっている。これら正規代理店は仙台の
TESS 本社で足こぎ車いすに関する勉強会を必ず受講しているのでアフターフォ
ローやメンテナンス体制も万全である。
研究開発が主で事業体として成り立たないことが多いと言われている大学発ベ
ンチャー企業の中では、製品の認知率や販売台数からみても活発に企業活動を実
施している企業の分類に入るのではないだろうか。
とはいえまだ第一歩を歩み出したばかりである。現在は海外からの問合せに対
応すべく知財の確保や現地での認証制度取得(CE 規格・FDA 申請)を進めている。
◆製品製造における特徴:軽量かつコンパクト
Profhand の特徴は、ニューロモジュレーションの考え
方を設計に取り入れているだけではない。設計を、パラ
リンピックの競技用車いすを製造する世界トップクラス
の企業である株式会社オーエックスエンジニアリングに
依頼。信地旋回(その場で回転)を可能にし、家の中で
はもちろんエレベーターの中でもスムーズに操作できる
扱いやすさと機動力を備えた全く新しいコンセプトの車
いすである(写真2)。
軽量かつコンパクト、デザイン的にも工夫しており、
写真2 操作の様子(TESS 提供)
スポーティーな足こぎ車いすは子どもから高齢者まで、
また男性、女性を問わず好評だ。
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◆初期の資金調達:仙台商工会議所通じて公庫の資金
本誌編集部からの要請があるので、初期の資金調達と、足こぎ車いすを製品化
しビジネス展開できた要因について述べたい。
ベンチャー企業を起こそうと考え、現在の役員と共に資金提供者、協力者を探
すため全国を回った。ベンチャーへの理解が乏しいことに加え、当時は、リーマ
ンショック直後ということもあり全て断られた。
しかし、個人的に起業の相談をしていた、みやぎ産業振興機構の方に仙台商工
会議所の経営支援相談員を紹介していただき、そこで日本政策金融公庫から全国
で初めての「挑戦支援融資制度」の対象に選定され、資金調達ができた。TESS
をきっかけに、その後いくつかの大学ベンチャーが融資を受けているようである。
今でこそ、産官学連携推進など県・市が推奨しているが、数年前までは「大学
発ベンチャーは研究ばかりで事業として成り立たない」「国からたくさん研究費
をもらっていながら成果が出ていない先に融資は不可能」などとして、大学発ベ
ンチャー等はどこの金融機関からも相手にされなかった。
当初、私は、事業計画、資金計画を持って公庫の窓口へ何度も相談に行っていた。
後で知ったことだが、私が相談に行ったことの記録さえも残っていなかった。公庫
では、通常、企業から融資依頼の相談があれば、その記録は残しているとのことな
ので、大学発ベンチャーなど話にならないと思われていたのだと思う。仙台商工会
議所の相談員の方がいなければ今の足こぎ車いすが世に出ることは無かった。
◆事業化成功の秘訣(ひけつ):中小企業の輪を保つ
実際のものづくりは、提携先のオーエックスエンジニアリングに委託している。
デザイン・軽量化・機構の簡素化は全て同社のノウハウである。発明者の基本概
念があり、TESS がコンセプトを固め、同社が形にする。それぞれの考えを尊重し、
作業工程の途中で口出ししない。仕上がった段階で意見を出し合う。この方法は、
一見非効率に感じられるが、お互いが気分を害さず業務を遂行するために一番良
い流れだ。
“ 出来上がってダメだった ” では時間も費用ももったいないと思われるだろう
が、この場合それぞれに原因があってうまくいかなかったのだからお互いさまで、
素直に反省ができる。「中小企業の輪」の秘訣かもしれない。
◆産学の意見交換、意思統一
地域結集型のプロジェクトで「製品化」まで至らなかったものが、当社が取り
組むようになって実現したのはなぜか。
研究者が目指している「もの」と、生活者が求めている「もの」には大きな溝
があることに気付くことができるかできないかの違いだと思う。
数値や学術的な理論はもちろん大切だが、生活者は「デザイン」「使いやすさ」
「感動」「喜び」など数値で測れない部分を一番大切に考えている。
TESS が東北大学のシーズを事業化しようとする以前、すなわち、地域結集型
のプロジェクトのもとでは以下のようなことの繰り返しだった。
① 関係者は「良いものだから価格が高くても買うはずだ」「機能こそ重要、デ
ザインなどあまり気にしないだろう」という一方的な考え方にとらわれて
いた。
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②「素晴らしい研究成果の賜物である。にもかかわらず売れないのは営業方針
が良くないからだ」いや「研究の仕方が悪かったからだ」といった関係者
の仲間割れ。
③「ここからはわが社の発明だ、大学の研究成果は関係ない」「研究成果を勝
手に製品化した」ノウハウだけ利用していつのまにか自社製品として販売
してしまう企業の存在。
当社は次の3点を方針として取り組んだ。
1. 良い製品を低価格で、障害者・高齢者に使いやすい環境を整える ・・・・・・ 明
るい色・スポーティーで軽量なデザイン・介護保険等国の制度が利用できる
ような機構であらかじめ開発を行う。
2. 利用者を増やすには何が足りないのかについて、研究者と企業が頻繁に意見
交換したり、互いの進捗を報告し合う場の設定 ・・・・・・ 月に 1 回足こぎ車い
す研究会を開催し意思統一を図る。
3. 基本特許があってこその応用・改良である。発明者を尊重し細かな変更も連
絡確認を取り合いながら進める ・・・・・・ 各自がそれぞれ最大限の努力を行っ
た結果、今がある。利益は平等に配分する。
当社の今の状況は「成功」という段階には程遠いと思うが、理念を共有できる
人との出会い、つながりが普及の要因だと感じている。
◆願い:大学の未利用特許を生かせる
Profhand がそうであったように、大学や企業にはまだまだ多くの未利用特許が
眠っている。その中には世界が注目し、製品化されることで多くの人々に希望を
与える可能性を秘めた発明がきっとあるに違いない。それらが偶然の出会いや発
見によるのでなく、求めている人の元へ適切な方法で紹介されることを切に願っ
ている。そうすることで「ものづくり」の分野でも日本はまだまだ世界に挑戦で
きると確信している。
医学が人間全体から部位へ臓器へ細胞へと研究対象を移していったように、も
のづくりの主流もバイオや遺伝子分野、プレス加工や金型製作までミクロな世界
が注目を集めている。当然研究費や助成金もこの分野へ多く使われている。一見
すると新分野ビジネスの可能性がここにあるようにも思えるが、社会が求めてい
る「もの」は意外にもっと単純で身近な所にあるのかもしれない。自転車と車い
すを合わせた足こぎ車いすのように、あり得ないけれどそのひとつひとつは意外
と単純で誰もが知っている。そんな物の中にこそ多くの人の「今」を幸せにでき
るヒントが隠されているのではないだろうか。
本記事は、登坂編集長によってやや “ 過激な ” タイトルがついたが、私としては、
大学のシーズをもとに起業したベンチャー企業でも、きちんと「製品」を世の中
に送り出し、ビジネスとしても成り立つことを広く知っていただきたいという想
いで執筆した。足こぎ車いすビジネスと同車いすの普及が、医療イノベーション
の1つの姿であることを信じつつ、本記事が関係者の皆さまの参考になれば幸甚
である。
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産学官連携で独自製品開発に力
― 菊池製作所「ものづくりメカトロ研究所」―
・試作を請け負っている株式会社菊池製作所は、新しい生産技術を相次いで導入する一
方、6 年前に「ものづくりメカトロ研究所」を開設し、オリジナル製品開発に取り組
んでいる。
・同研究所の主な開発テーマは、アルミホットチャンバーの用途開発、マイクロ流体デ
バイスの用途開発、6 軸パラレルリンク・パイプベンダーをベースとした福祉・医療
機器の開発――の 3 つ。
「試作」企業の株式会社菊池製作所(本社・東京都八王子市、社長・菊
池功氏)は、開発、設計から金型製作、試作、評価、さらには量産まで含
めた一連のプロセスを提供する「一括一貫体制」を売り物にしている。昨
年 10 月に JASDAQ に上場した。メタルインジェクション、アルミホット
チャンバーなど次世代部品や新技術の開発に余念がなく、このことが、
1970 年の創業以来の黒字経営に結び付いている。研究開発力を生かし、
大学等との連携で独自製品づくりを目指している。
◆新しい生産技術を相次いで導入
同社経営企画部課長の乙川直隆氏によると、従来、「試作」と「量産」
は一線を画していたが、近年は両者の隙間を埋めるノウハウ――例えば、
量産工程を考慮した試作品づくり――とスピードが求められているとい
う。クライアントの設計図に基づいて試作品を作るという下請けのビジネ
スではなく、新たな技術などを積極的に取り込む提案型のビジネスの巧拙
が成功のカギを握っている。同社が「ものづくり総合支援企業」を掲げて
いるのはこのためだ。
こうしたビジネスモデルを支えているのが、新しい生産技術の導入だ。
十数年前、当時としては先端的な技術であったマグネシウム成形、メタル
インジェクションをいち早く取り入れた。最新の導入技術はアルミホット
チャンバー。この技術には以下のような特徴がある。
・純アルミの成形(熱伝導率が通常の合金の 2 倍)
・微細形状の成形(0.3 ミリメートル)
・成形時間の短縮(コールドチャンバーの 2 分の 1)
・型寿命が長い(コールドチャンバーの 3 倍)
ホットチャンバーそのものは既に確立されている技術だが、アルミでは
難しかった。同社は、挑戦していたベンチャー企業からこの技術を譲り受
けて研究開発を続け、事業化に成功した。
自動車部品では、ホットではなく、アルミのコールドチャンバーが大き
な市場になっているが、同社はこうした市場への参入ではなく、精密電子
機器等の新規の市場を視野に入れ推進している。
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◆アルミホットチャンバー用途開発など 3 テーマ
同社は 2006 年 4 月、社内に「ものづくりメカトロ研究所」を開設した。
所長には、東京工科大学教授だった一柳健氏(同大学名誉教授)を迎えた。
同社は長年、一柳氏と共同研究を行ってきた。また、同大学学生のインター
ンシップを受け入れてきた。3 年前には、同研究所が製作したレスキュー
ロボット(写真1)1 台を東京消防庁に納入している。地下街や建設物内
などで被災し、自立的に避難できなくなった要救助者を遠隔操作により救
写真1 レスキューロボット
助し、安全な場所に搬送する。バイオ(病原体)、ケミカルテロなどの災
害への対応を想定している。
現在、同研究所が、さまざまな大学等と連携して取り組んでいる主な開
発テーマは以下の 3 つだ。
1.前述のアルミホットチャンバーの用途開発
2.マイクロ流体デバイス(写真2)(メタルマイクロポンプ、シリコンマ
イクロポンプ、マイクロフローセンサー)の用途開発 ・・・・・・ 燃料電池、
医療機器(輸液ポンプ、内視鏡関連、口腔洗浄装置、医療用酸素機器
など)
、測定分析機器(水質、医療、食品などの各分析やマスフローモ
ニターなど)
、産業機器(プリンター用インク充填器、水圧動作機器など)
、
農業機器(養殖用栄養剤供給装置、観葉植物用給水器など)
、放熱用
写真2 マイクロ流体ポンプ
部材(電子基板用、LED 照明用)といった幅広い用途が見込まれている。
3.6軸パラレルリンク・パイプベンダー(写真3)
(パイプを三次元に曲げ
る技術)をベースとした福祉・医療機器の開発 ・・・・・・3D の連続曲げ加工、
ら旋・ねじり加工、異形材(角・
「コ」の字)加工など、従来は困難だっ
た曲げ加工を実現するもので、国内のほか、欧州、米国、中国、韓国な
どで特許を取得している。3~5 年先を照準にした開発プロジェクトだ。
写真3 パイプベンダー
◆超音波で注射針刺すロボット研究
いずれのテーマもオリジナルな製品を持つのが最終的な目標である。
同研究所は現在、2 つの研究開発に科学技術振興機構(JST)の助成を受
けている。超音波振動で血管位置を探し静脈に注射針を刺すロボットの研
究では九州大学、早稲田大学と、また、アルミホットチャンバー関連では
明星大学の研究者とそれぞれ連携している。新エネルギー・産業技術総合
開発機構(NEDO)のプログラムにも 2 件採択され、研究開発を行っている。
所長の一柳氏は元は日立製作所の技術者。油圧制御をベースに、建設機
械、ロボットなど幅広い分野に関わった経験を持つ。
「テーマによって企業、
研究機関・研究者を結び付けるのが得意」と語る。多くの産学官連携の研
究開発プロジェクトを同時に進められるのも、一柳所長のこうしたコー
ディネート力とネットワークによる。「一般的に、部品製造などを主とす
る企業が独自製品の開発を目指す場合、一定のめどをつけるのに 10 年、
事業化に至るまでに 15 年ほどかかる。東京工科大学の教授時代から共同
研究していたテーマもあるので、オンリーワンの新製品の芽が出始めてい
る」と一柳所長は語る。
(本誌編集長:登坂 和洋)
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日本品質管理学会の産学連携への取り組み
・品質管理分野における産学連携は、企業がデミング賞に挑戦する過程を通じて行われ
てきた。
・企業の守秘義務重視の傾向を背景に、情報交換が次第に難しくなり、従来の産学連携
の推進パターンは崩れてしまった。2 年前から産学のマッチングの新しい仕組みを模
索している。
・人材育成は大きな課題で、産学連携で取り組んでいきたい。
日本品質管理学会は、組織が品質管理を進めるための新しい方法論の開
発とそれらの体系化を目的として約 40 年前に発足した。
日本製品の競争力の強さは、日本企業における積極的な品質管理の成果
と言える。このような活動を社会として奨励・支援する仕組みとして、デ
ミング賞が存在していた。デミング賞は、業種・規模に応じた特徴のある
活動を表彰するものであり、戦後まもなく来日して統計的品質管理手法を
日本の技術者に講義した米国の統計学者 William Edwards Deming 博士の
業績を記念して設立された。これまで、国内の数多くの優良企業、そして、
海外の優良企業が受賞している。
共著
中條 武志
(なかじょう・たけし)
日本品質管理学会 副会長/
中央大学 教授
永田 靖
(ながた・やすし)
日本品質管理学会 産学連携 WG
主査/早稲田大学 教授
◆デミング賞への挑戦を通じて
かつて、品質管理分野における産学連携は、企業がデミング賞に挑戦す
る過程を通じて行われてきた。デミング賞を受賞するためには、
「光りもの」
と呼ばれる、受審企業独自の仕組みや手法を有していることが必要である。
受審企業の品質管理活動を指導していた大学等の研究者が「光りもの」の
ヒントを企業に示し、受審企業が考えた仕組みを企業と研究者が一緒に
なって育て上げるといった形で産学連携が行われていた。さらに、デミン
グ賞の受賞後も、受賞企業の経営者・推進責任者やその指導に携わった研
究者がさまざまな講演会や別の企業の指導会で受賞企業の「光りもの」を
紹介することで、多くの企業で実践され、ますます洗練されたものとなっ
ていった。例えば、今日の品質管理の教科書に当たり前のように記載され
ている「方針管理」「機能別管理」「問題解決ストーリー」「QC 七つ道具」
等も、そのようにして誕生し、発展してきた。産学連携という言葉が一般
的になるずっと前に、品質管理分野では、産学連携が実にスムーズに展開
されていたと言える。
◆新しい仕組みを模索
ところが、昨今、ビジネスモデルや知的財産、そして守秘義務という言
葉が過度に幅を利かせるようになり、上述した産学連携の推進パターンは
崩れてしまったように感じる。以前なら、「他の企業はどのように取り組
んでいるのか」という情報交換が割と容易に行えていたものが、簡単では
なくなってきたように思う。前向きの技術については、各社が共同して開
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発したり、産学連携がうまく機能したりすることは多いであろう。一方、
品質管理で扱う問題は、失敗経験に基づく未然防止やデザインレビューの
仕組みの構築であったり、製造プロセスの弱点の見える化であったりする。
つまり、
「他社の事情は聞きたいけれども、自社の事情は話したくない」
という性質のケースが多い。
もちろん、他分野と同じように、著名な研究者と企業との産学連携によ
る共同研究は品質管理分野でも多数行われている。しかし、主に方法論を
研究する大学の研究者とそれを応用・実践する企業の技術者とのマッチン
グがうまくいっていないと感じられる点も多い。例えば、研究者が有名で
あればシーズとニーズは結び付きやすいが、そうでない場合には、お互い
を知らないまま非効率的な状況が続くことになる。
このような問題意識から、日本品質管理学会では、2 年前より、産の技
術者と学の研究者が興味のあるテーマに関してうまくマッチングできる新
しい仕組みを構築できないか検討を始めた。また、「企業が表に出しにく
いテーマをどのように一般化・体系化して、多くの人々と共有し、議論を
深めることができるのかを検討する」ために、トライアル的な研究会を立
ち上げ、その成果をシンポジウムで公開討論する企画を現在進めている。
両方とも、まだ日が浅いので、効果がどの程度出るのかを見極めるととも
に、今後、仕組みを改訂していく必要があると考えている。
◆人材育成の 2 つの課題
品質管理分野でも、昔から人材育成は大きな課題だった。特に最近顕著
になった課題として、次の 2 つがある。
1つ目は、小学校・中学校・高等学校における数学のカリキュラムが変
更になり、確率・統計のウエートが大きくなったことに関連する。確率・
統計は、冒頭で述べたように、デミング博士がわが国に教えた統計的品質
管理に直接的に通じる重要な項目である。こういった知識を早い段階で習
得できる教育システムは、産業界にとって、ひいてはわが国にとって、非
常に有益だと考えられる。それにもかかわらず、有力大学の幾つかは、確
率・統計を入学試験の出題範囲から外すことを公言している。これは、明
らかに国益に反する残念なことである。日本品質管理学会では、小・中・
高校において、確率・統計の教育を支援するとともに、それらの知識を用
いた問題解決能力の涵養(かんよう)にも力を注いでいる。
2つ目は、外国人に対する品質管理教育についてである。これは、企業
のグローバル化とともにその必要性が高まってきた、日本に来ている留学
生へ日本の品質管理を教育するという観点、日本企業の海外拠点での品質
管理教育の観点、さらに、海外企業における品質管理教育という観点があ
る。いずれも、これまで手薄だったところである。
このような人材育成についても、産学連携で取り組むことにより、実り
多いものが期待できると考えている。
日本品質管理学会では、以上に述べた産学連携への取り組みを、産学連
携ワーキンググループと研究開発委員会が中心となって始めている。より
多くの企業や研究者に参画いただくことをぜひ期待したい。
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大学等発ベンチャー調査 2011
企業出身の経営者が増加
・大学等発ベンチャーの現経営者の 45.2%は民間企業出身者。
・設立からの年数が経過しているベンチャーでは、自社で研究開発も特許出願も経験し
ている割合が大きくなっている。
・民間企業出身者が経営者になっているベンチャーでは、①資本金、売上高、研究開発
費が大きい ②従業員数の増加が大きい ③海外展開に意欲的である――など、成長志
向の傾向が強い。
・大学等発ベンチャーの経営者は自らのベンチャーへの関与をキャリア形成の面で肯定
的に捉えている。
科学技術政策研究所(所長 桑原輝隆)では、大学等(国公私立大学・
高等専門学校、大学共同利用機関法人、研究開発独立行政法人)発ベン
チャーの現状や課題等を明らかにするため、2009 年度末時点で活動中か
藤田 健一
(ふじた・けんいち)
文部科学省 科学技術政策研究所
第3調査研究グループ
総括上席研究官
つ所在が判明している大学等発ベンチャー1,689 社へのアンケート調査
(2011 年 3-4 月実施:有効回答 535 件)を実施した。
分析の結果、大学等発ベンチャーの現経営者の 45.2%は民間企業出身
者であり、多くの大学等発ベンチャーが教職員や学生が主体となって設立
されたことを踏まえると、民間企業出身者がベンチャーの経営に参画する
動きが着実に増えていることが分かった。また、設立からの年数が経過し
ているベンチャーでは、自社で研究開発も特許出願も経験している割合が
大きくなっており、さらに民間企業出身者が経営者になっているベン
チャーでは、資本金や売上高、研究開発費が大きく、従業員数の増加も大
きく、海外展開に意欲的である、など、成長志向の傾向が強くなっている
ことが分かった。
また、大学等発ベンチャーの経営者は自らのベンチャーへの関与をキャ
リア形成の面で肯定的に捉えていること、20 代、30 代の若手を雇用する
ベンチャーが多く、研究開発では 30 代が最も戦力となっていること、研
究開発に関連する業務では、大学等での研究経験だけでなく企業での職務
経験があることを重視していることも分かった。今後、研究開発での増員
を予定するベンチャーも多いことから、インターンシップ等による企業で
の職務経験を身に付けることにより、若手研究者がベンチャーで活躍でき
る可能性も広がっている。
大学等発ベンチャーを対象としたアンケート調査としては 2008 年 11
月、2010 年 3 月に続き、今回で 3 回目となる。
これまでの調査でも実施してきた業種別分析に加えて、今回新たに経営
者の年齢や前職に着目した分析、また業種と経営者の前職でのクロス分析
を行った。さらに過去 3 年分のアンケート調査データを接続して、財務、
従業員数の経年分析も行った。
主な調査結果は以下のとおりである。
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◆経営者について
1.大学等発ベンチャーの経営者は民
間企業出身者が 45.2%。製造業、
特に医薬関連製造業では民間企
業出身の経営者が多く、57.6%
(図1)。
2.教職員や民間企業出身の経営者の
年齢は 50 代以上が中心。これに
教職員(ポスドク含む)
全体
(N=535)
医薬関連製造業
(N=59)
その他製造業
(N=177)
情報通信業
(N=104)
医薬関連サービス業
(N=48)
その他サービス業
(N=110)
その他/不明
(N=37)
対して情報通信業では経営者の
前職にかかわらず 40 代以下、特
に 30 代の若い経営者が中心。
20.7%
13.8%
6.4% 7.7%
45.2%
16.9% 1.7%
18.6%
18.1%
9.6%
22.9%
10.0%
13.5%
16.2%
10%
11.5%
9.1%
30%
10.6%
41.7%
10.9%
50%
10.4%
44.5%
10.8%
40%
6.2%
33.7%
4.2%
13.5%
20%
5.1%
50.8%
11.5%
20.8%
25.5%
6.2%
57.6%
3.4%6.2%
15.3%
23.1%
0%
民間企業
学生・院生・卒業生
37.8%
60%
70%
8.1%
80%
90%
教職員(現職、ポスドク含む)
教職員(退職者(名誉教授含む))
学生・院生(在学中)
卒業生
民間企業
その他/不明
3.年齢や前職にかかわらず多くの経
100%
図1 業種別経営者の前職内訳
営 者 は、 自 ら の 大 学 等 発 ベ ン
チャーへの関与をキャリア形成
や研究面で「プラスになった」
と肯定的に捉えている(図2)。
4.キャリア形成面でベンチャーの関
与が「プラスになった」と考え
る経営者は、20 代以下の学生や
経済面(収入等)
(N=526)
29.8%
30.0%
キャリア形成面
(N=527)
77.6%
研究面
(N=526)
卒業生、40 代の民間企業出身者
10%
20%
プラスになった
5.教職員が経営者の場合には、どの
1.1%
69.4%
0%
で特に多く、約 90%。
40.1%
30%
3.2%
40%
50%
マイナスになった
60%
70%
21.3%
27.4%
80%
90%
100%
どちらともいえない
図2 経営者のベンチャー関与による影響・効果
年代でも研究面で「プラスになっ
た」と考える割合が多いが、30 代と 60 代以上では特に多い(共に約
80%)
。
◆研究開発と特許出願について
1.自社で研究開発も特許出願も経験している割合は、設立からの年数が
経過しているベンチャーでは大きい。
2.医薬関連製造業では、自社で研究開発も特許出願も経験している割合
がとりわけ多い(約 85%)。
◆従業員数について
1.民間企業出身の経営者の場合、全従業員数は設立時から現在までに
2.8 倍増加(平均 4.6 名→ 12.8 名)。現在の研究開発に係る従業員
数は平均 4.6 名。
2.教職員が経営者の場合、全従業員数は設立時から現在までに 1.8 倍
増加(平均 4.4 名→ 7.8 名)。現在の研究開発に係る従業員数は平均
3.9 名。
3.2008-10 年度に 20 代、30 代の若手を雇用した大学等発ベンチャー
は 71.8%。民間企業出身の経営者の医薬関連製造業では 91.2%と特
に多い。
http://sangakukan.jp/journal/
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4.大学等発ベンチャーの研究開発で最も戦力となっている年代は 30 代。
情報通信業では 20 代以下も戦力となっている。
5.2011 年度中に従業員(非常勤も含む)の雇用を検討する大学等発ベ
ンチャーは 57.2%。民間企業出身の経営者の医薬関連製造業では
70.6%とさらに多い。
6.2011 年度中に研究開発関連業務で特に増員を予定するベンチャーは
68.0%で、この業務では大学等での研究経験だけでなく企業で職務
経験があることを重視。
◆財務・資金調達と株式公開意欲について
1.現在の資本金額は、民間企業出身の経営者の場合に大きい。中でも医
薬関連製造業は「1 億円超」が 38.2%を占め特に大きい(教職員が
経営者の医薬関連製造業で「1 億円超」は 8.8%)。
2.経常利益と研究開発費には強い負
の相関があり、大規模な研究開
発費が必要なバイオベンチャー
で赤字は不可避。医薬関連製造
業のうち、民間企業出身の経営
者の場合に限り、この特徴が顕
売上高
経常利益
研究開発費
百 200
150.9
148.4
万
123.5
118.5
150
107.5
円
95.5
93.9
87.6
81.7
100
7.0
51.3
49.8 37.3
18.5 54.7
28.2
22.9
19.4
18.3
50 26.7 18.8
16.7
8.6
6.8
5.8
1.7
0
-1.2
1.0
0.2
-4.4
-6.1
-7.0
-6.8
-50
-24.3
-46.8
-100
-150
-181.3
-200
在化(図3)。
3.2009 年度の売上高(平均額)は、
業種にかかわらず、経営者が教
医薬関連製造業
その他製造業
情報通信業
医薬関連
その他サービス業
職員よりも学生や院生、民間企
業出身者の場合に大きい(図3)。
4.設立からの年数が経過しているベ
図3 2009 年度の財務データ平均(業種×経営者の前職)
ンチャーの中には、株式公開済みあるいは株式公開を予定している
企業が出てきている。
5.大学等発ベンチャーの主な課題は、収益確保、販路・市場の開拓、資
金調達。民間企業出身の経営者の医薬関連製造業では、資金調達が
とりわけ大きな課題。
◆事業化・黒字化について
1.大学等発ベンチャーのうち 78.5%は何らかの製品・サービスを事業
化(販売)済みで、68.5%はこれまでに一度は黒字化。
2.教職員に比べて民間企業出身の経営者は、研究開発費が高額で雇用を
増やしていることもあり、黒字化までに時間がかかる場合が多い。
◆海外展開について
1.海外展開済み(19.7%)や、今後目指す(60.9%)といった海外展
開に前向きな大学等発ベンチャーは多い。海外展開の目的は市場・
販路の開拓に集中。
2.海外展開済みは、教職員が経営者の場合(11.6%)よりも民間企業
http://sangakukan.jp/journal/
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出身の経営者の場合(26.5%)に多く、特に医薬関連サービス業
(45.0%)と医薬関連製造業(44.1%)で多い。
3.市場・販路の開拓を目的として進出が強く検討されている(あるいは
すでに進出済みの)上位3地域は、製造業では 1 位米国、2 位欧州、3
位中国。情報通信業では 1 位中国、2 位米国、3 位中・韓以外のアジア。
◆公的支援について
1.2008-10 年度に何らかの公的支援を利用した大学等発ベンチャーは
58.4%で、このうち 80.0%が補助金などの資金面の支援を利用。
2.2008-10 年度の公的支援の利用率は、民間企業出身の経営者の医薬
関連製造業で特に高い(76.5%)(教職員が経営者の医薬関連製造業
での利用率は 61.9%)。
3.これまでに利用した支援の中で最も良かったと考えられている支援
は、圧倒的に資金面の支援。特に国による資金面の支援を最も良かっ
たと考えるベンチャーが多い。
4.研究開発に係る補助金等(委託費や補助金含む)の獲得率も獲得額も、
民間企業出身の経営者の場合に高い。特に医薬関連製造業で高い割合。
◆考察:大学等発ベンチャーの人材に着目して
1.設立時において大学等発ベンチャー
その他/不明
民間企業
学生・院生・卒業生
教職員
の多くは教職員や学生が主体と
なっていたが、設立からの年数の
経過とともに、民間企業出身者が
ベンチャーの経営に参画する動き
が着実に増えている(図4)。
100%
3.2%
8.6%
2.6%
1.7%
6.2%
11.4%
70%
47.5%
46.9%
61.3%
60%
や海外展開などの意欲が大きく、
20%
54.3%
59.0%
民間企業出身者の経営参画が進む
0%
48.1%
41.4%
11.8%
2.9%
6.2%
32.4%
45.2%
20.6%
11.8%
14.9%
18.4%
30%
10%
7.7%
41.8%
41.5%
50%
40%
3.0%
29.4%
80%
2.民間企業出身者は、事業規模の拡大
ことにより、大学等発ベンチャー
8.2%
90%
26.5%
9.7%
8.6%
25.8%
28.6%
1999以前 2000
(N=49) (N=31)
2001
(N=35)
16.9%
18.5%
33.9%
33.8%
2003
(N=59)
2004
(N=65)
8.6%
14.0%
7.7%
17.9%
38.6%
40.3%
36.5%
2005
(N=70)
2006
(N=67)
2007
(N=52)
44.1%
47.1%
34.6%
20.5%
2002
(N=39)
2008
(N=34)
2009
(N=34)
全体
(N=535)
図4 現経営者の前職の構成割合(設立年度別)
のさらなる成長が期待される。
3.大学等発ベンチャーは、若手研究者や経営者として参画する民間企業
出身者のキャリア形成に対しても有効に機能している。
4.大学等発ベンチャーにおける研究開発では、若手研究者が大きな戦力
となっており、研究開発での増員を予定するベンチャーが多い中で、
若手研究者がベンチャーで活躍できる可能性が広がっている。
本報告書は、科学技術政策研究
所 の web サ イ ト よ り ダ ウ ン
ロード可能である。
(http://www.nistep.go.jp/
achiev/ftx/jpn/mat 205 j/
idx205j.html)
http://sangakukan.jp/journal/
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青森・岩手の産学官で
移動体通信システムの研究開発
岩手県の産学連携組織「いわて産学連携推進協議会(リエゾン-I)」は毎年、産学の
共同研究開発の事業化に対し資金を助成している。今年の助成対象に青森県のIT系の
中小企業が選ばれた。青森、岩手両県の産学官金のネットワークが生かされ、コーディ
ネーターが活躍した。
有限会社 forte(フォルテ)(本社:青森市合浦、以下「当社」)は、パ
ソコンのシステム開発やコンテンツ企画、ホームページ制作などの事業を
葛西 純
展開している。新事業開発を目的に、岩手大学工学部(准教授 本間尚樹氏)、 (かさい・じゅん)
地方独立行政法人青森県産業技術センター(工業総合研究所新エネルギー 有限会社 forte 取締役社長
技術部長 岡山透氏)と共同で移動体通信システムの研究開発を行ってい
る。この共同研究開発に対し、このほど、岩手県の産学連携組織「いわて
*1:リエゾン-Iは、大学の
産学連携推進協議会(リエゾン-I)」*1 が実施している「第 9 回リエゾン
シーズ(新たな技術など)と
企業のニーズをマッチングさ
-I研究開発事業化育成資金」の助成対象に選ばれた。同資金の贈呈先は
せることにより新事業の創出
を図ることを目的に、平成 16
企業 6 社で、当社以外は岩手県の企業である。
年 5 月に設立。現在では岩手
当社が開発を進めているのは、電動アシスト自転車に実装する GPS セ
銀行、北日本銀行など 3 つの
金融機関と 10 研究機関が参画
ンサー機能付き通信デバイス(製品名:ナビチャリ)と、同製品に導入可
している。
リエゾン-I研究開発事業化
能なソフトウエア・アプリケーション等のサービスである。電動アシスト
育成資金は、企業等が有する
技術開発・商品開発のニーズ
自転車が最も活用される郊外など人口の少ないエリアでは、通信が不安定
と大学等が有する高度な技術
となりがちだ。このサービスが成り立つためには現行の携帯電話機以上に
研究成果とを共同研究等を通
じマッチングさせることによ
感度を向上させる必要がある。デバイスの小型化も必要だ。この課題を解
り、中小企業の「高付加価値」
を通じて「事業の多角化」や「新
決するために、岩手大学で研究されている小型・高効率アンテナ実装技術
たなビジネス創出」を積極的
を適用しようというものである。
に支援するもの。
◆コーディネーターの紹介
青森県産業技術センターとのつながりは、青森市主催「青森市がんばる
企業交流会」の展示会に岡山部長が来られ、弊社の取り組みに興味を持っ
ていただいたのがきっかけだ。その展示会でいろいろご指導を受け、その
後共同研究契約を交わした。今年も継続している。
もともとこの研究開発は公益財団法人 21 あおもり産業総合支援セン
ターのあおもり元気企業チャレンジ助成事業(2 年間)を活用して取り組
んでいた。技術的な課題について、同センターの安保繁コーディネーター
と太田昭彦コーディネーターから、岩手大学に当たってみることを勧めら
れ、同大学地域連携推進センターの佐藤利雄コーディネーターを紹介され
た。そして、佐藤さんを訪ね当社が抱える通信の課題について相談したと
ころ、その紹介で本間先生と出会うことになった。私は NTT 出身で、本
間先生も NTT 横須賀研究所出身ということですぐ意気投合し、お会いし
た日に、課題解決に向けた共同研究に取り組もうということになった。
リエゾン- I へのエントリーは、岩手大学の佐藤コーディネーターと、
岩手銀行青森支店の双方から勧められた。
http://sangakukan.jp/journal/
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◆マルチバンドアンテナの高性能化に取り組む
当初、試作した通信モジュールでは通信が不安定となる
現象を確認していたが、同大学のシーズを活用して通信
モジュールに適用可能なマルチバンド平面アンテナ(図1)
を試作した結果、 通信モジュールが使用する 2 バンド
(0.85, 2.1 GHz)にて共振が現れ、所望の特性が得られた。
試験運用の結果、安定した通信が確立されることを確認し
ている。以上をリエゾン-Ⅰの支援で確立する。
今後の目標は、液晶画面を搭載した、より小型な通信
モジュールの開発(図 2)。アンテナはさらに小さくす
る必要がある。また、GPS や液晶画面が近接するため、
干渉のため通信用アンテナの性能が劣化することが予想
される。こうした技術的課題に対応するのが、岩手大学
で研究中の「減結合回路」と「分散給電」技術だ。
本プロジェクトの本研究開発の最終目標は新規開発中
の通信モジュール向けアンテナの実現である。
試作したマルチバンドアンテナ
試作したマルチバンドアンテナ
図 1. 通信モジュールと試作アンテナ
図 1. 通信モジュールと試作アンテナ
図 1 通信モジュールと試作アンテナ
液晶画面
液晶画面
新規開発アンテナ
◆求められる攻めの経営
GPS
図 2. 新規開発中の通信モジュール
新規開発アンテナ
現在、IT 市場がやや低迷しており、受託開発という
GPS
受け身の姿勢では、いずれ淘汰(とうた)されてしまう。
図 2 新規開発中の通信モジュール
図
2. 新規開発中の通信モジュール
“とがった” 技術・サービスを保有すること、あるいは、
受託サービスではなく自社サービスとして自ら市場を開
拓していくことが重要だ。しかし、自社単独の大型研究開発投資は不可能
であり、大学、公設試験研究機関との共同研究によって、首都圏・海外に
も事業参入できる企業技術競争力が確保できると考えている。
また、こうした心構えがないと、事業の柱だった受託開発も震災前の収
益率まで回復できない。
◆多様な分野で役立つツール
当社は長期的には「SMMS( スムス、Social Mobility Management Service の略)構想」というソーシャル・ビジネスを推進したいと考えている。
環境や健康に配慮する移動手段のマネジメントと通信による情報提供サー
ビスを合体したものである。この構想において「ナビチャリ」の観光利用
は第一ステップに過ぎない。例えば町村部の過疎化が進む中、今までどお
りの公共交通システムを維持することは困難になりつつある。「ナビチャ
リ」の活躍できる余地は大きい。さらに、その移動機能、位置情報の発信
機能と、最低限の公共交通とつなぎ合わせることで、健康、環境、福祉な
どさまざまな生活シーンで役立つツールとなる可能性がある。
先の東日本大震災では、小回りの利く自転車が被災地の移動手段として
活躍した。電動アシスト自転車のバッテリーは、いざというときに集約、
連結すれば、避難所等の電気需要に対応できる電力にもなる。バッテリー
の活用法についてもさらに検討を進めている。
今後も、小さな電力と小さな情報の共有・享受が可能なデバイスとサー
ビスを提案していきたいと考えている。
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連載
知財制度の現状と課題
第3回 商標制度
迫られる国際的調和
わが国の商標制度は、経済のグローバル化への対応を迫られている。少なくとも、動き、
ホログラム、色彩、位置、音は新たに保護する対象として検討に入っている。また、新
たに地理的表示の保護制度を設ける必要があるかどうかについて検討されている。
わが国商標制度は、近年加速している経済のグローバル化により、これ
まで以上の国際的調和を迫られている。この観点から法改正が要請される
新しいタイプの商標の保護、個別の制度が必要かについて検討を要する地
理的表示の保護、その他の主な検討項目の現状と課題について述べる。
◆新しいタイプの商標の保護
産業構造審議会知的財産政策部会商標制度小委員会においては、新保護対
象として、動き、ホログラム、色彩、位置、音は導入予定のものとして、商
標の特定方法の検討に入っていた。しかしながら、最近の米国と各国との
FTA 協定では、これらのほか、匂いも保護対象として必須とされており *1、
西村 雅子
(にしむら・まさこ)
東京理科大学イノベーション
研究科 知的財産戦略専攻 教授/
弁理士
*1:第 25 回商標制度小委員
会(平成 24 年 2 月 20 日)参
考資料 3「最近の FTA 協定等
における新しいタイプの商標に
関する規定」
また、主要国では、触感、味、トレードドレスも保護対象としては否定され
ていない(表1)
。国際的調和の観点からは、
表1 各国・地域の新しいタイプの商標の保護状況
保護対象については足並みをそろえ、商標
として機能するか(識別力があるか)につ
いては、わが国独自に判断すればよい。た
だし、同じ商標の各国での保護状況を勘案
することが必要であり、導入当初の立体商
標のように、識別性のハードルを欧米に比
べて極めて高く設定するのも問題がある。
一方、権利の乱立により取引に混乱が生ず
るのではないかという産業界の懸念にも十
分配慮する必要がある。
◎:保護あり ○:改正中 -:不明 ×:保護なし
△:におい、触感、味について、欧州では、過去登録例があったが、
その後、写実的に表現できるとの登録要件を満たさないものと判
断されており、現在は登録はされていない。
(特許庁「知的財産権を巡る国際情勢と今後の課題」2012 年 3 月)
◆地理的表示の保護
地理的表示の保護の強化、拡大を主張する EU に対峙(たいじ)する米
国および豪州は、証明商標制度(品質基準を満たす場合には誰でも使用で
きる)により地名を保護できる制度を有しており、わが国でも新たに地理
的表示の保護制度を設ける必要があるかが検討されている *2。現行制度に
おいても、地方公共団体等が登録した商標を一定の品質基準を満たす者に
使用許諾することは行われている。
わが国では、周知な「普通名称+地名」の構成の商標が地域団体商標(い
*2:社団法人日本国際知的財
産保護協会「諸外国の地理的表
示保護制度及び同保護を巡る国
際動向に関する調査研究報告
書」(平成 24 年3月)特許庁
ホームページ参照。
わゆる地域ブランド)として保護されるが、地理的表示(地名)そのもの
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の保護ではない。地名そのものと地名を含む商標は分けて考える必要があ
る。地名と他の文字の結合商標であれば、よりブランドとして機能しやす
いと言えるが、地名自体がブランド化するのは、むしろ例外的な場合と言
える。
商標法 3 条 1 項 3 号により、「その商品の産地、販売地等を普通に用い
られる方法で表示する標章のみからなる商標」は本来的に識別力がないと
して登録されない。条文上は「その商品」であっても、同号の適用につい
ての最高裁判例により、「その商品」の実際の産地、販売地であることを
要せず、需要者・取引者がそのように認識することをもって足りると解さ
れている。よって、わが国の需要者が地名と認識する場合にブランドとし
て登録するのは困難であり、例外的に使用による識別性を獲得したと認め
られる場合にのみ登録できる。外国においてわが国の地名が商標登録され
るという問題に対処するためには、わが国においても(わが国需要者は地
名と認識しない場合であっても)外国で周知な地名は原則として登録しな
い、というスタンスをとる必要があると考えられる *3。
*3:第 25 回商標制度小委員会
(平 成 24 年 2 月 20 日) 資 料
2「国内外の周知な地名の不登
録事由への追加について(案)」
◆著名商標の保護
商標法による著名商標の保護拡大について議論されているが、非類似商
品・役務について出所混同のおそれがある範囲に効力を拡大することにつ
いては、権利の公示を原則とする商標法になじまず、当該範囲について予
測困難であるので、商標権侵害について過失の推定を適用できなくなると
考えられる。
一方、防護標章登録制度(著名商標を他人が使用した場合に出所混同の
おそれがある非類似商品について防衛的に登録する制度)は、国際的には
珍しい制度とはいえ、著名商標の公示という点で優れていると言える。他
人の使用を禁止できる範囲は同一標章に限られるが、不正競争防止法に
よって類似範囲まで保護される周知な商品等表示と認められる蓋然性が予
測できる。
著名商標の希釈化、汚染については、パロディ商標の問題があり、著名
ブランド側からすると、侵害についても登録阻止についても、著名商標と
類似と認められないと排除できない(登録阻止の商標法 4 条 1 項 15 号の
「出所混同のおそれ」についても、類似するかどうかで判断されるのが通
常である)。不正競争防止法 2 条 1 項 2 号による著名な商品等表示の保護
によっても、パロディ商標が著名商標と類似するかが問題となる。著名商
標の希釈化、汚染防止の観点からは類似範囲を広く解することが考えられ
る。一方、パロディ商標側にフリーライド等の不正競争の目的がない場合
に、いわゆるフェアユース(米国商標法 43 条 (c)(3)(A)(ii) 参照 *4)に当た
るとの主張も考えられるが、わが国では著名商標および商品と同一・類似
範囲である限り使用が規制されることになる。
*4:「著名商標の所有者、又は
著名商標の所有者の商品又は
サービスを特定して、パロディ
化し、批評し又は論評すること」
は、自己の商品・役務の出所表
示としての使用でなければフェ
アユースに当たる。
◆登録後に識別力を喪失した商標の登録取消制度について
登録査定時に識別力のない商標が誤って登録になった場合には、登録後
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5 年間は登録無効審判を請求できるが、登録後に普通名称化するなど、識
別力を喪失した場合には、登録を無効とする制度がない。そのような登録
商標による権利行使を受けた者は、商標法 26 条(商標権の効力の及ばな
い範囲)の規定により、普通名称等を普通に用いられる方法で表示する商
標には商標権の効力が及ばないと主張することになる。しかし、ここで「普
通に用いられる方法で」とはいかなる態様であるかが判例によっても判然
とせず、商標登録が存続することによる弊害がある。紛争当事者のみなら
ず、対世的に登録を取消した方が紛争が繰り返されることがない。よって、
登録後の識別力喪失を理由とする取消制度を設けるべきである。取消事由
ではなく、後発的な無効事由とすることも考えられ、無効事由とすれば、
無効審判を請求しなくとも商標権の効力を制限できる(準用特許法 104
条の 3)。
◆商標の定義の見直しの議論
識別力は商標の登録要件であって、商標の定義にはないことから、
「商標」
たることの要件として、自他商品を識別するために使用するという使用者
の意思があること(主観的識別性)または、客観的に自他商品を識別でき
ること(客観的識別性)を追加することが議論されてきた。判例上は、形
式的に商標の使用行為に該当しても侵害を否定する理論として、識別標識
として使用しているか(あるいは品質表示等として使用しているか)とい
う商標的使用論がある(「商標的使用」の「商標」は識別性を内包した「商
標」であるので、用語としては内容が不一致ということになる)。
色彩(位置)商標
欧州共同体商標 8845539
権利者:Christian Louboutin
国際分類第 25 類 ハイヒール靴
注)商標は特定の位置に付された
色彩。点線の形状は位置関係を示
すための表示であり、権利範囲で
はない。現行法の商標の定義では、
色彩は形状と結合しないと商標の
構成要素とならない。
定義を変えることは他の条文や判例上積み上げられてきた解釈・運用へ
の影響もあるので慎重に検討されており、新しいタイプの商標を保護対象
に入れる観点からの見直しとともに議論されている。
◆コンセント制度
わが国では、米国等の制度にあるコンセント制度(先行商標の権利者が
同意すれば、抵触する商標の登録を認める制度)が採用されていないため、
いわゆるアサインバック(出願中の商標をいったん先行権利者に名義変更
し、登録後に権利移転してもらう)という煩雑な方法をとらざるを得ない。
たとえグループ会社同士であって出所混同のおそれがない場合でも、類似
範囲である限り、この方法によることになる。また、競合会社であっても、
全世界的に併存同意書を交わしている場合があるが、現行制度ではコンセ
ントによる登録は認められないとしている。このように、先行権利者が何
ら異議を唱えない商標を拒絶する意味があるのか、登録後は類似範囲同士
であっても自由移転により権利が別人に帰属することが認められているこ
とに鑑みても、疑問である。同一商標でない限り、出所混同を生じないの
で類似しないとして登録することは、運用でも可能と考えられる。外国か
ら理解されにくいわが国特有の商標実務は改めていくべきである。
*改正動向については、2012 年5月現在の情報による。
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連載 ■ 被災地における現地基幹大学・臨床心理研究室の役割
NPO や住民と連携して行う
仮設住宅への心理支援
第3回
・東日本大震災 PTG 心理社会支援機構では、NPO や住民と連携して、仙台市の 2 カ
所の仮設住宅で暮らす人々への心理面の支援を行っている。
・2 週に1回程度のペースでニュースレターを配布している。仮設住宅内のさまざまな
工夫や問題を解決した事例を紹介し、その波及効果が出ている。
共著
仮設住宅で暮らす人々への支援を行う際、臨床心理士がカウンセリングや
メンタルヘルスケアの必要性を強調するだけでは、住民にとっては強い抵抗
感がある。また、仮設住宅の住民を “ 被災者 ” と見なして支援を行うと、助
ける側(支援者)と助けられる側(被災者)という関係が作られてしまい、
住民の本来持っている自己組織能力が阻害されてしまう恐れがある。そのた
め、仮設への心理的な支援では、住民の主体性を尊重した心理支援の在り方
が必要とされた。本稿では、筆者らが NPO や住民と連携して行っている仮設
住宅への心理支援の方法と内容について報告する。
板倉 憲政
(いたくら・のりまさ)
東北大学
臨床心理相談室 相談員
◆仮設住宅への支援
東日本大震災 PTG 心理社会支援機構(以下、PTG グル―プ)では、現在、
仙台市太白区長町にある仮設住宅と仙台市宮城野区扇町にある仮設住宅で支
援を行っている。具体的には、ニュースレターの配布と、月に 1、2 回カウン
セリングルームを開設している。これらに共通している支援の特徴は、住民
や NPO の方々からいろいろと教えていただきながら、一緒になって活動を
行っている点である。
若島 孔文
(わかしま・こうぶん)
東北大学大学院教育学研究科
臨床心理相談室 准教授
◆ニュースレターについて
ニュースレター(図1)の内容は、なるべく住民の声を反映させることを
心掛けている。まずはわれわれの活動について理解してもらう。そして、住
民の方の、心理的に気を付けなければいけない点や生活上の工夫、問題を解
決した事例などを取り上げて紹介している。紙面の大きさは A4 サイズで、
ニュースレターは、だいたい 2 週に 1 回程度のペースで配布している。
生活の中での工夫や問題が解決した事例などを積極的に紹介しているのが
このニュースレターのポイントである。PTG グル―プでは、このように問題
解決事例を集める動きを “ ソリューション・バンク ” **1 と呼んでいる。
狐塚 貴博
(こづか・たかひろ)
東北大学
臨床心理相談室 相談員
◆ソリューション・バンクについて
仮設住宅というと、どうしても孤独死やアルコールの問題などの負の部分
に着目されがちである。しかし、工夫を通して震災を受け止め前向きに生活
している方や、問題を上手く解決した方もおられる。以下、仮設住民からい
ただいた 1 つの解決事例を紹介する。
「私は、昔から人付き合いが苦手で、これまでは家にこもっていることが多
かった。でも、仮設住宅で生活を始めたら、生活に必要な支援物資を取りに
**1: 長 谷 川 啓 三; 若 島 孔 文
(編).“ 特集 : 大震災・子どもた
ちへの中長期的支援 : 皆の知恵
を集めるソリューション・バン
ク ”. 子どもの心と学校臨床 . 第
6, 遠見書房 , 2011.
http://sangakukan.jp/journal/
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外に出て行く必要がある。その時に近所の人がいろいろと話し掛けてく
れたので、思い切って、“ 昔から人間関係が苦手なんで ”って正直に言っ
てみたら、それ以来、近所の人がお米を分けてくれたり、支援物資を届
けてくれるようになってきた。でも、お世話になってばかりではいけな
いなって思って、少しずつですが自分から外に出るようにしている」
このような解決事例をニュースレターで紹介すると、解決事例を見た
住民から「ニュースレター読んで私も声を掛けてみました」というよう
な声が聞かれる。メンバーが直接聞き取った住民の工夫をニュースレター
で紹介することで、同様の悩みを抱える方に役立ったり、ニュースレター
で紹介された工夫を参考に、他の住民が新たに工夫をすることがみられ
る。さらに、新しく生まれた工夫をニュースレターで取り上げる。これ
を繰り返すことで、仮設住宅内での解決事例が波及していくようになる。
このような良循環を生む支援を行っている。
平成 24 年3月 12 日
No.8
�震災から 1 年が経過しました�
震災からもうすぐ 1 年になるのに,最近になって震災の時のことをよく思い出すんです。
そのせいか,以前のように落ち込んだり,涙もろくなったりするんです。
それは,節目の時期に記憶がよみがえる記念日反応と呼ばれるものでしょう。
記念日反応とは,大きな事件や事故のあった時に1年後、2年後のその日がやってくるとその時
のことを思い出し、心が不安定になることを指します。
特に最近はテレビ放送などもあり,震災当時のことを思い出しやすくなっている時期です。
ただ,そうした反応は誰にでも起こりうるものです。それに,決して震災直後の状態に戻ってし
まったわけではありません。震災からの回復の一つの段階で,多くの人が経験するものなんです。
記念日反応は時間がたてば回復していきます。また,震災を思い出して不安になったり悲しくなったり
するのは誰にでもありうる反応です。そうした気持ちになる際には,心も身体もリラックスさせるため
に趣味にいそしんだり,身近な人にあなたの気持ちを打ち明けることも,不安な気持ちをやわらげる方
法です。記念日反応はその人が経験した衝撃の大きさによっても違います。
みなさんが普段の生活の中でリラックスできている過ごし方を今後も続けていってください。
活動��
今年も仮設住宅にお邪魔して、�くらしの相談室�を開設していきたいと思います もしよろしければ
お話しましょう!
3 月の活動日には,臨床心理相談室のスタッフに加え、理学�法�の�����さんと�本
��さんが一緒に伺います!
お話だけでなく、体の不調・不安のご相談なども、この機会にしてみてはいかがでしょうか?
訪問活動として、�ッ�ー�も行いますので、お気軽に集会所へいらしてください。
発行:東北大学東日本大震災 PTG 支援機構
MCR 家族支援センター
�回開室�定日
3 月 1� 日�月�1�:���12:�� �����目�
3 月 2� 日���1�:���1�:3� ���一�目��
3 月 21 日���1�:���1�:3� �����目��
開室�所:集会所�
�3 月 2� 日,21 日に理学�法�さんがいらっし�います。
◆カウンセリングルームについて
図1 仮設住宅支援のニュースレター
カウンセリングルームは、現在2つの形で開設されている。
1 つは仮設住宅内の集会所にあるカウンセリングルームである。ここでの
住民からの相談は、近況や生活相談が多いが、中には PTSD に関する相談、
家族関係に関する相談、仮設内での役割に関する相談、就職に関する相談な
ど臨床心理士による専門的な対応が必要なケースも存在する。そのようなニー
ズも存在することから NPO 法人メンタル・コミュニケーション・リサーチ
MCR 家族支援センター(齋藤暢一朗氏)の協力をいただいて適時臨床心理士
を派遣する体制を取っている。また、定期的に理学療法士(佐藤弘之介氏)
などと連携し、心だけではなく身体へのアプローチも同時に行っている。
もう 1 つは、NPO の事務所内にあるカウンセリングルームである。これは、
一般社団法人パーソナルサポートセンター(以下、PSC)や NPO 法人ワンファ
ミリー仙台(代表:立岡学氏)の協力を得て設置された。ここでは、仮設住
宅内では話しづらさを感じていた住民や、仮設住宅に常駐する PSC スタッフ
が心理的にケアの必要性があるのではないかと思われた住民を事務所に迎え
入れ、カウンセリングを行う。このように、NPO の力を借りることで、住民
のニーズに応じて相談できる体制を築き上げてきた。
◆最後に
仮設住宅内の支援は、現在、第2ステージ **2 へと移行している。住民の中
で心理的な問題を抱える人とそうでない人とを弁別し、心理的な問題を抱え
る人を適切な機関につなげる支援を行っている。同時に、仮設住民がわれわ
れの活動をどの程度認知しているかということについての確認作業を行って
いる。現在、半分程度の世帯を調査し終えており、この段階で、約 5 割程度
の住民がニュースレターなどわれわれの活動を認知していた。このような確
認作業を通して、より多くの住民がわれわれの活動を認知し、問題があった
時に住民がいつでもわれわれを利用できるシステムや環境作りの整備を進め
ている。今後も、日々変化するニーズや問題を住民の方に教えていただきな
がら、
仮設住宅のニーズに合った支援方法を構築していくことが必要とされる。
**2:若島孔文;狐塚貴博;板
倉憲政 .“NPO と連携し行政職
員のカウンセリング ”. 産学官連
携 ジ ャ ー ナ ル .http://sangakukan.
jp/journal/journal_contents/ 2012 / 04 /
articles/1204-07/1204-07_article.html,
(accessed2012-05-11).
(本連載は今回で終わります)
http://sangakukan.jp/journal/
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加速する国産計測技術の実用化
連載
―知的創造基盤の形成に向けて―
第 3 回 成果の社会還元への取り組み
JST 研究成果展開事業 先端計測分析技術・機器開発プログラムでは、最先端の研究や
ものづくりの現場でのニーズに応える国産の計測分析技術・機器の開発を推進し、製
品化に至る成果も複数出始めている。
平成 23 年度からは本プログラムから生まれたオンリーワンの開発成果を研究開発現
場で活用し、普及を促進させる取り組みを進めている。さらに平成 24 年度からは従
来の枠組みに加え、重点開発領域として「放射線計測領域」を設定し、「グリーンイノ
ベーション領域」と共に計測分析技術・機器の開発を推進している。
本誌では、前 2 回にわたって研究成果展開事業 先端計測分析技術・機
器開発プログラム(以下、本プログラム)から製品化に至った主な成果を
紹介してきた。
連載最終回である本号では、本プログラムを通して開発された最先端の
菅原 理絵
(すがわら・まさえ)
独立行政法人 科学技術振興機構
産学基礎基盤推進部 先端計測室
主査
計測分析技術・機器を、社会の知的創造基盤として活用する取り組みとし
て平成 23 年度に開始した「開発成果の活用・普及促進」を紹介する。
また、平成 24 年度からは従来の枠組みに加え、特に社会ニーズ・行政
ニーズに応えることを目的に「重点開発領域」を設定し、開発課題の重点
採択を行う。本連載の結びに変えて、平成 24 年度に設定した「放射線計
測領域」と「グリーンイノベーション領域」についても紹介する。
◆「開発成果の活用・普及促進」について
本プログラムでは、最先端の研究開発ニーズに応えるために革新的な計
測分析技術・機器の開発を推進してきた。開発に成功した成果には、世界
初の装置で、特定の研究分野において非常に高い評価を得ているものが複
数ある。一方、これらの装置は一部の開発チームや当該研究分野では認知
されているものの、それ以外の研究・開発・ものづくりのコミュニティへ
の周知の機会が少ないのも事実である。
「開発成果の活用・普及促進」は、本プログラムの開発成果であるプロ
トタイプ機を外部研究者に開放(共用)するため、平成 23 年度に開始し
た取り組みである。これは、開発成果の利用を促してユーザーの知見やニー
ズを取り入れることで、当初想定していた利用可能分野を超えた応用や、
成果の実用化に向けた新たな用途や利用分野の開拓につなげることを目指
すものだ。加えて、既存の技術では得られなかった知見を研究・開発現場
にもたらし、わが国の知的創造基盤を強化することも目的としている。平
成 23 年度は計 6 課題を採択し、それぞれにおいて、開発成果をユーザー
である研究・開発者と共同利用し始めている。
これらの中から 2 課題を例に取り、共用の対象となる装置の特徴や現
状について具体的な内容をチームリーダーの方に寄稿をお願いした。この
場を借りてお礼申し上げる。
http://sangakukan.jp/journal/
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*1:機器開発タイプの開発課
題「高度ものづくり支援-超高
温熱物性計測システムの開発」
(チームリーダー:東北大学・
福山博之教授)での成果
ケース① 超高温熱物性計測システム装置の活用・普及促進
<チームリーダー>
東北大学 准教授 大塚誠
半導体の結晶製造や超耐熱合金の精密鋳造あるいは精
密溶接など、高温で溶けた状態の物質(高温融体)が関
高速度カメラ
Side view観察用
高速度カメラ
Top view観察用
連する高付加価値製造プロセスを構築する際、高温融体
周期加熱用レーザー
の熱物性値(比熱容量、熱伝導率、放射率、表面張力、
バックライト用レーザー
密度)を元にした数値シミュレーションを行うことが必
電磁浮遊用高周波電源
要不可欠である。しかし、高温融体の熱物性値の測定は
極めて難しいため、数値シミュレーションに必要なデー
タベースの充実が求められていた。
本プログラムの機器開発タイプで開発された『超高温
熱物性計測システム』
(PROSPECT、図 1)は、高温融体
を静磁場の中で電磁浮遊させた状態で、その熱物性値を
高精度に測定できる世界初の装置 *1である。実際に本計
測システムを用いて、溶融シリコン-ゲルマニウム(Si-
超電導磁石
対流抑制
表面振動抑制
並進運動抑制
放射温度計
図 1 超高温熱物性計測システム(PROSPECT、
Ge)合金の密度測定を行った結果を図 2 に示す。従来法
図 1 超高温熱物性計測システム(PROSPECT、Properties
Simulationswith
Probed with
Properties and Simulations and
Probed
では測定できなかった過冷却を含む広い温度範囲(図 2
装置本体に加え、超高温熱物性の計測支援アプリケーションソフトウェアも整備している。
の模式図
中の×印は液相線温度を示す)で、配合割合が異なる合
金の密度を正確に測定可能であることが実証された。
Electromagnetic Containerless
Technique)の模式図
Electromagnetic
Containerless
Technique)
装置本体に加え、超高温熱物性の計測支援アプリ
ケーションソフトウエアも整備している。
今後も、エネルギー、航空宇宙、半導体・素材などの
6000
産業分野や大学などの研究機関からの新たな測定ニーズ
Si12.5Ge87.5
タベース」と連携して、日本国内における溶融金属材料
の熱物性データの拡充を進めている。
2011 年 11 月からは、開発チームメンバー以外の研究・
開発者を対象に、本計測システムの活用を募っている。広
く外部利用を促すことによって、材料プロセスおよび融体の
物性物理の発展に大きく貢献できるものと期待している。
「超高温熱物性計測システム」
(PROSPECT)の主な特徴
① 電磁浮遊法により試料融体を浮遊保持するため、容器からの
試料汚染を回避できる
② 浮遊保持によって過冷却状態が容易に得られるため、広い温
度範囲での物性測定が可能
③ 静磁場を印加することによって融体内の対流を抑制し、真の
熱伝導率測定が可能
④ 種々の物性計測と計測支援シミュレーションを1つのソフト
ウエア上で行える
Density /kg·m-3
に対して、本計測システムが活用されると期待される。
さらに現在、産業技術総合研究所の「分散型熱物性デー
Ge
5000
Si25Ge75
Si37.5Ge62.5
4000
Si50Ge50
Si62.5Ge37.5
3000
Si87.5Ge12.5
Si75Ge25
Si
Si-Ge
2000
1000
1200
1400
1600
1800
2000
Temperature /K
図 2 溶融 Si-Ge の密度の組成および温度依存性
図 2 溶融 Si-Ge の密度の組成および温度依存性
(学習院大学渡邉研究室)
学習院大学に於いて測定されたもの。図中の「×」印で示している液-固相転移温度よりも
図中の「×」印で示している液 - 固相転移温度よ
低い状態(過冷却状態)の測定できている(×よりも左側の測定点に相当)のが特徴。通
りも低い状態(過冷却状態)が測定できている(×
常の測定法では、液-固相転移温度に達すると溶解していた合金が固体になってしまい、こ
よりも左側の測定点に相当)のが特徴。通常の測
れらの値は得られなかった。
定法では、液 - 固相転移温度に達すると溶解して
いた合金が固体になってしまい、これらの値は得
られなかった。
本計測システムの利用に興味のある方は、ホームページをご覧下さい。
(URL)http://www.prospect-fw-tohoku.com
http://sangakukan.jp/journal/
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*2:機器開発タイプの開発課
題「顕微質量分析装置の開発」
(チームリーダー:浜松医科大
学・瀬藤光利教授)での成果
ケース② 顕微質量分析装置の活用・普及促進
<チームリーダー> 浜松医科大学 特任助教 早坂孝宏
*3:プロトタイプ実証・実用
化タイプの開発課題「顕微質量
分析装置の実用化開発」(チー
ムリーダー:島津製作所・小河
潔部長)での成果
顕微質量分析装置(図 3)は、顕微鏡で観察した試料に含まれる分子の
種類やその分布を、画像として解析できる装置である。本装置は、病変部
*4:ソフトウエア開発タイプ
の開発課題「質量顕微鏡法にお
ける空間特異的情報検出ソフト
ウ エ ア の 開 発」(チ ー ム リ ー
ダー:がん研究会・松浦正明グ
ループリーダー)での成果
位において特異的に増減する分子を可視化して疾患発生や老化のメカニズ
ムなどの解明を目指す、という医学のニーズから発案されたものである。
顕微質量分析装置のプロトタイプ機は、本プログラムの機器開発タイプを
利用して開発に成功した *2。
実用化開発では、開発当初から想定していた医
学応用にとどまらず、コメに含まれる脂質の分布
や脂肪酸組成の違いや、ものづくりにおける材料
混合の不均一性の解明など、他の分野への応用に
も成功した *3。また、本手法により取得される膨
大な質量データの解析支援ソフトウエアも開発し
た *4。このように、本プログラムの各開発タイプ
を横断的に利用してハードからソフトまで精査
し、改良を重ねたことで、装置の安定稼働、装置
操作の簡易化、解析の迅速化を実現することがで
きた。
図3 顕微質量分析装置の外観
図 3 顕微質量分析装置の外観
本装置では、まず試料(病理組織切片など)を顕微鏡で観察し、分析したい部分にマトリ
本装置では、まず試料(病理組織切片など)を顕微鏡で観
察し、レーザーを照射すると、そこに含まれる分子がイオ
ン化する。これらの分子イオンを質量分析することで、測
度と位置情報を同時に計測することで、分子分布と量を画像化できる。
定点での分子一覧を取得できる。さらに試料上をレーザー
で走査して分子イオンのシグナル強度と位置情報を同時に
計測することで、分子分布と量を画像化できる(図4)。
クスと呼ばれる有機化合物を吹き付けてからレーザーを照射すると、そこに含まれる分子
がイオン化する。こうして生成した分子イオン混合物を質量分析することで、測定点での
分子一覧を取得できる。さらに試料上をレーザーでスキャンして分子イオンのシグナル強
装置の活用を募っている。これまでに全国から多
4000
3500
課題について個別に議論した上で、装置の活用を
3000
進めてきた。これまで実際に装置を使用した 4
ユーザーのうち 1 名については、現在論文を作成
中である。
Signal Intensity
数の問い合わせがあり、各ユーザーが解明したい
2500
2000
1500
1000
ユーザーからの多様な要望について議論を進め
る過程で、開発当初から想定していた用途よりも
798.522
及促進」では、一般の研究・開発者を対象に、本
772.504
2011 年 11 月に開始した「開発成果の活用・普
500
0
700
725
はるかに複雑かつ広範な解析分野に対して顕微質
750
775
800
m/z
825
850
875
900
量分析装置が利用可能であることが分かってき
た。今後さらに多くのユーザーによる活用を促す
ことを通して、顕微質量分析装置による解析の可
能性を広げるとともに、わが国の科学技術の発展
に貢献できれば幸いである。
本顕微質量分析装置の利用を希望される方は、
ホームページから利用申請を行って下さい。
(URL)http://www.hama-med.ac.jp/mt/setou/ja/
㗼ᓸ㏜౮⌀
m/z 772.504
PC(16:0/16:0)+K
m/z 798.522
PC(16:0/18:1)+K
図 4 顕微質量分析装置を用いて得られた
マウス網膜切片の分子分布 上)質量分析で得られるスペクトル。観測点に含まれるさま
ざまな質量を持つ分子が、それぞれピークとして観測されて
いる。観察部位の光学顕微鏡写真(下左)と、本装置で観察
した質量 772.504 の分子の分布(下中)と質量 798.522 の
分子の分布(下右)
。網膜切片において、質量 772.504 の分
子と質量 798.522 の分子の分布が異なっていることが分かる。
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今回紹介した 2 つの事例は、革新的な計測分析技術を確立し、世界に
先駆けて装置化に成功した「オンリーワン」の成果の主なものである。「開
発成果の活用・普及促進」は、開発した装置が多くのユーザーに共同利用
されることを通して、成果を速やかに社会へ還元するための仕組みである。
今回紹介した事例からも、開発成果がさまざまな分野で新たな知見をもた
らしつつあることが示されている。本プログラムでは、個々の開発成果が
日本の科学技術を発展させる原動力として、効率的・効果的に活用・普及
されるべく、今後もサポートを行っていきたい。
◆重点開発領域「放射線計測領域」
「グリーンイノベーション
領域」について
本プログラムでは平成 24 年度から、特に社会ニーズ・行政ニーズの高
い「重点開発領域」として「放射線計測領域(新規)」と「グリーンイノベー
ション領域」を設定し、重点的に開発課題の公募・採択を行うこととした。
「放射線計測領域(新規)」では、東京電力福島第一原子力発電所の事故
に伴う放射性物質の影響から復興と再生を遂げるため、行政ニーズ、被災
地ニーズ等の高い計測分析技術・機器およびシステムの開発を目的として
いる。「グリーンイノベーション領域」では昨年度に引き続き、太陽光発電、
蓄電池または燃料電池の飛躍的な性能向上と低コスト化を目指した研究開
発現場の利用ニーズに応えるための計測分析技術・機器およびシステムの
開発を目指す。
これらの重点開発領域は、本プログラムで従来から行ってきた開発推進
を、社会的に解決が強く求められている開発分野に焦点を当てて行うもの
である。
◆まとめ
先端計測分析技術・機器は、研究・開発・ものづくりの現場に全く新し
い知見をもたらすものである。本プログラムでは、あらゆる計測分析技術
において、ユーザーのニーズを強く反映させながら実用化開発を推進する
仕組みを提供しており、実際に製品としてユーザーの元に届けられ始めて
いる。また、「開発成果の活用・普及促進」など、開発成果を製品化にと
らわれずにユーザーに届け、社会還元を加速するような仕組みも提案して
いる。ここでの具体的な紹介は控えるが、実際に本プログラムの成果から
生まれた製品やプロトタイプ機を利用して最先端の研究成果を得て、著名
な科学雑誌へ掲載されるケースも出始めている。本プログラムが生み出し
た成果がさらに新たな知を創出し、わが国の科学技術の発展に寄与できつ
つあることは、大変喜ばしい限りである。
今後も、従来の開発推進プログラムで培った実用化開発のノウハウをさ
らに深めつつ、今年度から新たに加わった重点開発領域とともに、わが国
の知的創造基盤の一翼としての先端計測分析技術・機器の開発とその社会
還元を推し進めていきたい。
(本連載は今回で終わります)
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ナチュラル・
イノベーション
★東北経済連合会では、東北の成長分野としてナチュラル・イノベーションを提
唱している。ナチュラル・イノベーションとは、農林水産資源をベースに引き起こ
すイノベーションである。こうした中、科学技術振興機構(JST)では、復興促進プ
ログラム産学共創基礎基盤研究プログラムのテーマに「水産加工サプライチェー
ン復興に向けた革新的基盤技術の創出」を設定した。津波で失われたサプライ
チェーンを単なる現状復旧ではなくイノベーションによる創造的な復興を目指す
ものだ。地元の水産加工会社の方々が大きな期待を寄せている。ぜひナチュラル・
イノベーションでの創造的復興に全力で取り組みたい。 (編集委員・西山 英作)
★「明日のビジネススクールはデザインスクールかも知れない」、ビジネスウイー
ク誌がこの話題を取り上げたのは 2005 年(8 月号)で、新しいもの・ことを創
り出す「デザイン(広義)」の重要性を強調した。
スタンフォード大学ではいち早く「D スクール」を立ち上げ、デザイン思考の
方法論および異分野人材が議論する場を提供してきた。現在では同大学の看板ス
クールとなっており、シリコンバレーの多くの企業が人材採用にあたってデザイ
ン能力を重視していると言う。日本でもデザイン思考へ取り組みが大きな流れに
なることを期待したい。
(編集委員・藤川 昇)
ベンチャー成功の
ヒント満載
★脳卒中で半身が麻痺した人や腰痛などで歩行困難な人が、自分の両足でペダル
をこいで自由に動ける「足こぎ車いす」を事業化した株式会社TESS の記事は、大
学発ベンチャー関係者には必読だろう。シーズは東北大学の「神経調節」の研究
成果だが、かつて産学官連携プロジェクトで事業化できなかったもの。産業界で
は当たり前のことだが、同社の、製品を開発して世に出したいという起業者の思
い(初めに補助金ありきでない)、利用者の視点での製品開発(シーズ起点でな
い)、全国の販売網整備などは多くの大学発ベンチャーに欠けている点だ。特集
「IT ベンチャーの可能性」と合わせ、今月号はベンチャー成功のヒントが満載だ。
このほか、
「九州大学が先導する日本のソーシャル・ビジネス推進」も読み応えが
ある。
(編集長・登坂 和洋)
産学官連携ジャーナル(月刊)
2012年6月号
2012年6月15日発行
PRINT
ISSN 2186−2621
ONLINE ISSN 1880−4128
Copyright ©2005 JST. All Rights Reserved.
編集・発行:
独立行政法人 科学技術振興機構(JST)
産学連携展開部 産学連携グループ
編集責任者:
高橋 富男 東北大学 高度イノベーション博士
人財育成センター
シニアエキスパート
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デザイン思考の時代
問合せ先:
JST産学連携グループ
菊地、登坂
〒102-0076
東京都千代田区五番町7
K s五番町
TEL :(03)5214 7993
FAX :(03)5214 8399
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2012/06/11
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