ミニチュア車両エジソン

http://sangakukan.jp/journal/
2006 年 7 月号
●巻頭言 西澤 潤一 ……………………………………………………………………
1
●巻頭座談会
技術移転の新潟モデルに学ぶ
̶大学とTLOによる知的財産創造サイクルの協創へ̶
………………
2
……………
8
………
14
………
19
̶真に潤いのある住空間を「マジック★サウンド」で実現̶
浜田 晴夫氏(株式会社 ダイマジック)に聞く 平尾 敏 ……………………………
22
長谷川 彰*板東 武彦*結城 洋司*中村 恒夫 ●特集
中国地域産業クラスター
第 II 期産業クラスター計画における同計画の具体的達成のために
中国地域ニュービジネス協議会 チーフコーディネーターに聞く 清田 憲一
中国地域産業クラスター内で事業展開する企業2社の事例の取材 ●連載
MOTと産学連携
第 3 回 事業の知財活動の本質 ̶ 事業競争力強化のために̶ 丸島
産学官連携事例
実験動物用ティートカップ ̶パンダの搾乳・哺乳に応用̶
儀一
渡部 敏
大学発ベンチャーの若手に聞く
3D立体音響に革命
ヒューマンネットワークのつくり方
誠と心の触れ合いで織りなす人の輪 北川 貞雄 ………………………………
24
●産学官エッセイ
地域イノベーションは可能か? 井口 泰孝 …………………………………
27
●イベント・レポート 「第5回産学官連携推進会議」報告 ………………………………………………
30
「第4回産学連携学会」報告 ………………………………………………………
34
●編集後記 ………………………………………………………………………………
35
Vol.2 No.7 2006
●産学官連携ジャーナル
西澤 潤一(にしざわ・ じゅんいち)
首都大学東京 学長
東洋の科学技術は指南車、木製活字、火薬と言われるが、そのはるか前に、神
農、伏羲王 *1 は植物を採って嘗め、食べられるものと薬になるものを識別して民
に知らしめたことから出発しているから、食品科学、生化学から出発したと言え
よう。その故か中国の古典に工の字の上の横一本棒は天の与えてくれたもの;資
源とか気象の雨・風・太陽光などを示し、下の横一本棒は地の上の人と社会を示
し、この天の賜を有効利用して地の上の人と社会に幸せをもたらすのが工である
という意味を込めているという記載があると教えられた。
西洋の科学技術の発生の多くが武器にあったのと大きく異なっている。つまり
東洋の科学技術は工の字で示されるが、人間と社会への貢献を基調としているこ
とがかなりはっきりしている。
今日日本でも科学技術は環境破壊、人類の敵としてのイメージが定着し、敵視
されて来たのだが、われわれが守り育てて来たのは人と社会を守る科学であり、
科学技術であった。東洋人であるわれわれが自ら道を誤って来たことは全く言い
訳もできないことである。
産業革命の動力源を蒸気から電気に替えたのはエジソンであったが、過酷な労
働に置き換わった蒸気も子供たちの死亡率を急速に低下させた。科学技術は常に
子供の命を守ったが、人口を急増させ、エネルギー消費もさらに急増させて、炭
酸ガスを危機的にまで増加させた。
今や、南極の氷の中に含まれる炭酸ガス量の測定に端を発し、大気中の炭酸ガ
ス密度の増加に警鐘を鳴らされた山本義一、稲田献一両先生の示された数値を解
析接続によって延長してみると西暦 2200 年ごろには 3%に達する見込みになる。
眞鍋淑夫先生は、その前にあと 40 年ほどで海底にたまったメタン水化物が噴き
上げて爆発すると推論しておられるが、今回地球シミュレータの第 1 回中間報
告では今日の温暖化の 60%の原因は炭酸ガスであるとした。これに対応できる
のは科学技術で、直流による長距離送電によって遠隔地域にある未利用水力エネ
ルギーを電気にして活用すれば、問題は氷解すると考えて推進してきたが、よう
やく正道であったことを認められた思いがする。
今や科学技術によって地球を、人類を守らなければならない時が来た。資源も
乏しいわれわれは、知恵をもって、全世界に貢献しなければならない。世界の
人々は喜んで、あるいは争って利用してくれ、われわれの生活と経済を支えてく
れるであろう。これが北アジアの心である。
*1:中国の伝説によれば伏羲・神農・黄帝の三皇が中国を統一して帝位につき、医学を定めたといわれる。
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産学官連携ジャーナル Vol.2 No.7 2006
1
技術移転の新潟モデルに学ぶ
−大学とTLOによる知的財産創造サイクルの協創へ−
長谷川 彰●板東 武彦●結城 洋司●中村 恒夫
大学のシーズは宝庫であるとTLOは確信する。そしてコーディネータによる、シーズ技術の目利きと、それを育
てる関係者の熱意があいまって、水素ガス検知センサー技術の特許が誕生した。大学とTLOの協創関係を語る。
パネリスト :
2006 年 6 月、新潟大学が、承認 TLO(技術移転機関)である株式会社新潟テ
ィーエルオーへの出資を果たした。国立大学法人としては全国で初の試みであり、
経営的自立の道を模索する全国の TLO にとって、注目すべきモデルケースである。
新潟大学、新潟ティーエルオーの当事者の方々が、座談会形式で今回の出資に至
る経緯と狙い、将来への熱い思いを詳細に語ってくださった。
(はせがわ・あきら)
◆「投資」は大学がTLOへ寄せる評価の意思表明
(ばんどう・たけひこ)
長谷川 彰
新潟大学 学長
板東 武彦
新潟大学 理事・副学長
今回、国立大学法人として初の承認 TLO への出資 *1 ということで、まず出
資の狙い、目的をお聞かせ願えますか。
結城 洋司
長谷川 法律からすれば出資に何ら問題はないわけですが、まだ実例がな
かったので、われわれも文部科学省も手探りでした。
大学が追究すべきことは、人づくりも含めて「知的財産の創造」です。
研究者が自由な発想のもとで、強制されることなく研究を進められる、
そうして出てきた成果を大学できちんと管理し、世の中に出して活用し
ていただく。それが新たな収入となって大学に戻り、次の研究が進めら
れる。この知的財産創造サイクルを、いかに円滑に継続的に回していく
かが、大学の経営課題です。
大学としては、創造と管理はきちんとやらなければならない。ただ、
知的財産をどう活用するか、つまり自分たちがやっていることが、どの
くらい社会で役に立つのかという可能性を掘り起こすノウハウは、ほと
んど持っていない。そこのところを TLO で補ってもらいたいということ
が、今回の出資の狙いです。
文部科学省の審査委員会では、なぜこの 500 万円を、教育と研究のた
めに直接投資しないのかという意見も出たらしいのですが、結果的には、
われわれが長期的な展望を持って、将来にもっともっと教育や研究を発
展させたいと考えていることが高く評価されたようです。
板東 大学が出資をすることで、われわれは TLO を高く評価している、互
いの利害関係を乗り越えて、大学は終始一貫して TLO と一緒に仕事をし
ていくという意思表示をすることが、1 つの目的です。株主として大学
が参加することによって、他の株主の増資や、新規株主を増やすことに
つながります。実際、他の大学からも出資の話が進んでいます。TLO の
経営が安定し、その本領を大いに発揮して、大学の利益として還元され
ることを期待しています。
(ゆうき・ようじ)
(株)新潟ティーエルオー 代表取
締役社長
中村 恒夫
(なかむら・つねお)
(株)新潟ティーエルオー 取締役
副社長
司会・進行:加藤
多恵子
記 事 構 成:田柳
恵美子
(本誌編集長)
(本誌編集委員)
*1:株式会社新潟ティーエルオ
ーは、2001 年 11 月に設立され、
同 年 12 月、 承 認 TLO に 認 定
さ れ た( 現 在、 承 認 TLO は 全
国で 41 機関)。新潟大学の教員
など有志の出資によって設立さ
れた TLO であるが、大学の外
部にある独立した営利企業とし
て、県内を中心に広域 TLO と
しての展開を志向してきた。今
回、 新 潟 大 学 が 500 万 円 を 出
資することで、同社の筆頭株主
となった。
結城 出資の実施に至ったのは新潟大学が初めてですが、申請そのものを
文部科学省に打診してきた大学は、これまでにもあったようですね。
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2
長谷川 ええ。でも、打診止まりで一歩先へ出なかった。1 つの障壁として、
運営費交付金から出資してはいけない、自分たちで稼ぎ出したお金で出
資しなければいけないという法的制約があります。
中村 何かそこに納得しかねるものを感じるのですが…。税金をつぎ込ん
でも、それが研究、教育も含めて、公共の財産にプラスになって出てく
るのだと考えれば、いいのではないですか。
板東 運営費交付金というのは、大学が授業料収入など自前で賄えないと
ころの、いわば赤字補てんをしているという位置付けですから、そこは
難しい。中村さんの言い分はわかりますが、やっぱり自前で稼いだ中か
ら出資をしないと…。
その点では、今回の出資は、新潟大学の原田修治教授による水素ガス検知セ
ンサーの特許を、新潟ティーエルオーが非常にうまくコーディネートして技術
移転に成功し、大学に入った収益から拠出された。まさに理想的な資金サイク
ルを可能にしたわけですが、この技術移転の一連の経緯についてお聞かせいた
だけますか。
結城 私の前任の筒井社長が、早くから原田先生の水素吸蔵合金の研究に
注目されていました。筒井さんは化学業界の出身で、水素のイオン媒介
機能がこれから面白い研究領域になることを察知しておられました。原
田先生の研究が既存のものと違う方式である点に注目されて、特許を出
してほしいと申し入れたそうです。原田先生ご本人は「え、こんなもの
出してどうなるの?」と及び腰だったのを、筒井さんが強く押して、新
潟ティーエルオーが特許を申請しました。まだ国立大学法人化以前の話
です。
私ども新潟ティーエルオーには、医療・美容機器関係で大きな収益を
上げているシーズがあり、これが今も経営の柱になっています。この次
の新しい柱となりうるシーズを、前の社長も探しておられたし、私も探
さなければなりませんでした。そこで私が 2 年前に社長を引き継いだ際
に、前社長の意思を引き継いで、原田先生の特許を 1 つのターゲットに
据えました。さらに、この分野に目端の利く人間が必要だと考え、着任
後まもなく、ガス業界に 40 年いてセンサー関係にも詳しかった中村を
副社長に引っ張ってきました。
中村 私が来た当初は、技術アドバイザーの間でも「こんな陳腐化した技術、
特許にしたはいいが売りようがない」と思われていました。やはり地元
のある会社が買いに来て、数十万円で売るとか売らないとか、そんな話
になっていました。数十万円じゃとても商売になりませんし、大学へ相
当額の研究費獲得という当 TLO の方針から大きく外れていると思いまし
た。ともかく必死になって、特許を売るためのシナリオを模索しました。
弁理士の先生方にも「ただ技術を表面的に見るだけがあなた方の仕事じ
ゃないだろう」と、容赦なくげきを飛ばしたりもしました。
◆強い特許を確立し、自信を持って営業を展開
中村 2 年前当時、燃料電池自動車がそろそろ実用化しそうな気配があり
ました。燃料電池自動車の未来をあれこれ考えているうちに、原田先生
の研究がパッと結びついたんです。水素燃料電池自動車の安全な走行を
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可能にするには、水素ガスを非常に鋭敏に検知でき
る新技術が必要とされることが、ガス業界に長年い
た私には痛いほど分かりました。現行のガス検知技
術では、検知に時間がかかりすぎて危険なのです。
原田先生の方式なら革新的なガス検知機能が実現で
きるということを、瞬時に確信しました。
すぐにこのシナリオに基づいて、原田先生と技術
写真1 クイック水素ガス検知センサー 世界初の起電力変
の可能性について何度も議論を重ねて、応用のシナ 化(EMF方式)により、瞬時に大気中の水素ガスを検出す
リオについて詰めました。地元や名古屋などの展示 る。最先端部では0.1秒以内で水素漏れを検知する。
会に出展したところ、自動車メーカーはもちろん他業界からもかなりの
反応があり、ますます自信を持ちました。
結城 その間に、特許申請したいということで、
(独)科学技術振興機構
(JST)
にも接触しました。最初は JST も半信半疑で、1 回は却下されました。
その後、担当者の方に直接お会いして詳しく説明して、「これはモノにな
る」と理解してもらえました。その間に、JST の方でも類似特許の国際
調査をかけてくれて、それをもとに議論を重ねる中で、「これはひょっと
したら外国特許が取れるかもしれない」と、一挙に夢が膨らみました。
中村 並行して企業からの引き合いをいただく中でも、「その特許は本当に
知財として確立するのか」「どうやっても絶対に抜け穴のない、絶対に崩
されることのない特許なのか」など、手厳しいチェックがありました。
特許戦略というのは、まさにそこを固めなければダメなんですね。当
初われわれが考えていたのは、原田先生の研究論文に基づく「白金とニ
ッケルの組み合わせの電極」ということでの特許でしたが、これではお
そらく売れるものになっていなかったでしょう。白金と組み合わせられ
る金属は無限にあるわけで、ニッケル以外のものを持ってこられても大
丈夫なように脇を固めておく必要があったわけです。このとき、JST の
特許担当者と何度か打ち合わせを重ねて、具体的なアドバイスをいただ
いたのが助けになり、当初の考えよりも大きな範囲の特許に仕立ててい
くことができました。
研究者が論文を書く際には、「狭く限定して攻めていく」のですが、特
許を取る際には逆に「できるだけ広く攻めていく」戦略を取る必要があ
る。このアドバイスによってわれわれは目を開かされて、特許のために
「上位概念」を再構築することができたわけです。そうして初めて、企業
から「大金を積んでも、広く押さえているから大丈夫だ」と納得しても
らえる、強い特許になりました。
特許を売るにあたって、価格も強気で設定できたということなのでしょうか。
中村 価格の設定には非常に苦労しました。今回の技術については独占で
売り手市場でしたから、「おたくが買わなければどこか他へ売ります」と
いう駆け引きも可能でした。例えば、国内の自動車メーカーから実際に
引き合いがありましたが、それなら海外に出てみようかとか、そういう
強気の展開も考えました。将来像はかなりバラ色で、営業的にはいろい
ろな展開が考えられ、見通しが開けていました。
結城 米国でもそうですが、アーリーステージの研究を移転する場合、正
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直言って値段のつけようがないのです。どうしても独占したい企業なら、
上を言えばいくらでも買うという場合もあるし、中小企業やベンチャー
に安く売って、大きく花開かせることを期待するという選択肢もありえ
ます。
中村 大企業が相手なら、いくらでも強気に出られます。しかしいちばん
の課題は、地元の企業に売るときには、そう強気にはいかないというこ
とです。地元の大学で良いものがあるのなら、地元の企業が「安くして
くれ」というのは当然ですよね。今回は、地元企業であっても 1,000 万
円以下の商談は考えていませんでしたが、その上でどれくらいの設定に
するかに悩みました。
実際、株式会社テクノリンクという地元企業との交渉になったわけで
すが、企業側はできるだけ安くしたい、しかし同時に独占もしたいから
「ほかに売られては困る」と厳しい要望を出してくるわけで、となればそ
んなに安くはできない。せめぎ合いです。
結城 最終的には部分的な独占権を付与することにして、それ以上はこち
らも譲れませんからということで合意し、再度価格交渉をしました。正
確な数字は公表できませんが、非独占で数千万円、完全独占なら数億円
の単位ということで、その間のあるところに決着しました。
実は、このときの最後の交渉成立の仕方が印象深いものでした。先方
の社長さんが、「当社がこれだけ払ったら、このお金は TLO と大学でど
うするのか」と聞かれました。「ほとんどは大学に還元して、水素関連技
術の若手の研究者を育てる資金にします」というようなことを申し上げ
たら、社長さんは「そういう答えが聞きたかった。それなら産学官の知
財の創造サイクルが完結するので、喜んで払おう」と言われて、安くは
ないその価格を快諾してくださいました。交渉の最後の 5 分間くらいで、
半ば禅問答のようなやり取りがあって、先方から大きな理解と納得をい
ただいた。そういう経営者に出会ったのは幸せだったと思います。
中村 もちろん、TLO から大学と教員へ特許実施料として 7 割は戻るとい
うことは、事前にご説明してありました。しかしながら、心ある企業家
として、やはりただ特許というモノを買うのではない、地域の人や大学
へ投資するんだという、そういう美しい将来構想を示してほしいという
思いを持たれるのは、当然のことだと思います。
◆埋もれた研究を新たな時代の文脈に置き直す
長谷川 ぜひ強調しておきたいのが、今回の原田教授の発明は、本学設立
以来長年にわたり取り組まれてきた、本学独特の教育と研究の流れの中
で生まれた成果であるということです。この半世紀、中央の学界では、
情報技術・IT 技術の興隆を背景に、ゲルマニウムやシリコンといった物
質の研究、いわゆる半導体の物理の研究が全盛でした。ところが地方大
学には、こうしたテーマに長期的に取り組むだけの研究費がなかった。
当時の教員の方々が限られた研究費のなかで、硫黄やセレンなどの安価
な材料を上手に使って、銀カルコゲナイドという化合物を自力で作って、
ゲルマニウムやシリコンに対抗しようとしたのです。
ゲルマニウムやシリコンが電子伝導の性質を持つのに対して、銀カル
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コゲナイドは、電子も動くが銀のイオンも動く、つまり電子伝導とイオ
ン伝導の両方の性質を併せ持っています。一方、シリコンやゲルマニウ
ムではイオンが動きません。イオンが動くなんていう発想がそもそもな
かった。イオンと電子の混合伝導の性質を持つ物質に対して、新たな物
性物理の研究分野を切り開いてきたのが、新潟大学の先人たちです。
古くて新しい技術ということなのですね。
長谷川 ええ。そうした先生方がかつて、「ゲルマニウムやシリコンは 絹
のハンカチ だが、自分たちの銀カルコゲナイドは 木綿の雑巾 だ」と、
笑って言っておられたことを、私は今でも覚えています。自ちょうして
そう言っているのではなくて、逆に自分たちの手で「木綿の雑巾」を作
りあげたという、非常に大きな誇りを持っておられました。
当時、理工系拡大ブームがあり、大学院の修士課程ができて、多くの
学生が超イオン伝導体をテーマに指導を受け、論文を書きました。その
後、大学院自然科学研究科博士後期課程もできた。原田教授は、このよ
うな教育と研究の流れの中で、超イオン伝導体の物理学を学び、その成
果を液体金属や水素吸蔵合金の研究へと発展させ、中央とは違う観点で
新しい研究を拓いたのです。今では学生を教育する立場にあり、今回の
発明のきっかけも、学生指導を行う中で生まれたものだと聞いています。
原田教授の技術なら、酸素と反応させることなく水素を検出することが
可能です。つまり酸素のない宇宙でも使えるということで、NASA から
も高い注目を得ています。
綿々と続いてきた今までの蓄積や、関係する方々の努力の上にある話だとい
うことがよく分かりました。新潟だけではなく、他の地域にも十分学ぶべき普
遍性がありそうです。
長谷川 地方大学には、基礎的な研究に地道に取り組んできた方がたくさ
んおられます。地味な研究を粘り強くやられてきた成果が山ほど埋もれて
いて、鉱脈に化ける可能性のあるものもたくさんあるに違いないのです。
中村 「大学というのは宝の山じゃないか、何でこんなことに気がつかない
の」と言いたいです。ただ、実際に成果が上がった例というのが、もっ
とたくさん出てこないと、なかなか見方は変わらないでしょうね。われ
われは鉱脈を掘り当てた経験があるからこそ、そう言えるわけですが、
鉱脈があると信じてかからなければ、絶対鉱脈は掘り当てられません。
◆TLO不要論を超えて
最後に、今回の成功体験を踏まえて、全国の大学と TLO に提言できること
がありましたらお願いします。
結城 私が TLO を引き継いだときには、「こんな赤字しか出せないような
組織を引き継いで、あなたも人がいいね」と、いろんな人に言われました。
しかし、「TLO は営利企業になれない」というのは、大学を 100 円ショ
ップとしか見られない人の発想です。
さらに悪いのは、企業のほうにも「大学の特許は安く買える」ことを
既得権だと思っている節があって、自分たちに有利だから黙っていると
いう面がないとはいえない。例えば、日本の大学の技術には数百万円し
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か払わないけれども、同じ技術がアメリカの大学のものなら桁違いの大
金を払うという場合がある。残念ながら、日本企業の異文化への評価差
があります。これははっきり言っておかしいのです。
中村 そういう企業のマインドを変えないと、とてもじゃないけれど大学
や TLO はやっていられません。そう言っている私自身、「大学の特許な
んかろくでもない」という思い込みを捨てるところから始めたわけです。
大学側ももっと自信を持って臨めば、もっと貢献できるという気がしま
す。今、大学の先生は自信喪失の状態にあります。産学官連携、技術移
転のプレッシャーの中で「もしかすると、私たちのやっている研究は、
税金の無駄遣いなのではないか」とか、そんな不安に苛まれています。
そこのところを変えないと、TLO も潔い気持ちで商売をやっていられな
いというのが、正直な気持ちです。
結城 今回の特許では、発明者である 2
人の先生方にも 4 割が支払われてい
るのですが、これは、大学に全額寄
付金というかたちで返されています。
法的には先生方は自分の懐に入れて、
極端にいえば新しいベンツでもフェ
ラーリでも BMW でも買うことはで
きるわけです。しかし、今回の場合、
先生方は大学に還元して、若い研究
者を育てることに使ってほしい、こ
の分野をますます発展させてほしい
という意思を表明されたわけです。
あまりにも美談過ぎるかなとも思
いますが、やはり先ほど長谷川学長
写真2 平成18年6月に京都で開催された「第5回産学官連携推進会議」にお
が言われたような、新潟大学の風土 いて、新潟大学、株式会社新潟ティーエルオー、株式会社テクノリンクの三者
というのがその背景にあるのだと思 は、地域における大学の技術移転、産学連携の推進事例として高い評価を受
け、文部科学大臣賞を受賞した。写真は、平成18年3月30日に文部科学大臣
います。
室で行われた、新潟大学が株式会社新潟ティーエルオーに出資することの認可
長時間、どうもありがとうございま
した。
に係る認証式。右から文部科学省研究振興局長・清水氏、小坂文部科学大臣、
新潟大学長谷川学長、新潟ティーエルオー・結城社長、同・中村副社長。
司会進行:加藤 多恵子
(本誌編集長)
記事構成:田柳 恵美子
(社会技術ジャーナリスト、サイエンス&リサーチコミュニケー
ションスペシャリスト/本誌編集委員)
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産学官連携ジャーナル Vol.2 No.7 2006
7
特
集
中国地域産業クラスター
第II期産業クラスター計画における
同計画の具体的達成のために
第II期に入った産業クラスター計画のもと、その推進機関のコーディネータが展開するクラスター参加企業を
増やす尽力についてインタビューし、中国地域での産学連携成功企業2社(金型で定評のある中堅企業とス
テントテクノロジーのベンチャー企業)の産学連携を取材した。
中国地域ニュービジネス協議会 チーフコーディネーターに聞く
経済産業省が主管する産業クラスター計画の第 I 期が終了し、現在、第 II 期に入
った。第 I 期に引き続き、「顔のみえるネットワーク」の形成を図るとともにその
ネットワークを基礎にしてイノベーションの加速化と新産業・新事業創出の具体
的達成を図る。第 II 期産業クラスター計画はどのように進むのか、産業クラスタ
ーを長期的に発展させていく場合、積極的にクラスターに参加する地域の企業や
担い手をいかに増やしていくか、という点を中心に、中国地域産業クラスターの
1 つの民間担い手機関である、中国地域ニュービジネス協議会チーフコーディネ
ーターである清田憲一氏に、本ジャーナルの専門委員、稲村實氏(岡山県立大学
客員教授)がインタビューした。ちなみに中国地域では中国経済産業局と推進組
織が一体となって中堅、中小企業等の参加企業と学である大学、高専、自治体等
が人的ネットワークを形成し、5 年間で 3,800 件の新事業創出を目標にしている。
稲村 これまでのコーディネータ活動で、特に印象的だったことを挙げて
ください。清田さんはこれまでもお互いの顔がみえる連携を基本に「産
学中心の新技術開発」「産官中心の新技術のビジネス化」「産産による次
世代に適応したビジネスモデル創成」に取り組んでおられたと聞いてお
ります。
清田 毎日、多くの会社を回りますが、元気な会社が多々あることに感銘
しております。
そのことにコーディネートする側が勇気づけられています。一方、以
前から大企業がすっかり定着している地域では、親方日の丸的になって
いる面があります。やはり自分で仕事を作っていかなければならない、
自力更生をいう中小企業に事業が活発なところがあります。また、山陽
地方と山陰地方など、地域性も異なります。地域の会社の数も関係します。
従って、地域振興といいましても状況はおしなべて同じではありません。
稲村 工業生産高も関係しますね。
清田 その通りです。それから、死の谷を乗り越えるための施策は政策と
して必要です。これについては経済産業省が作った「新連携 *1」が発進
できたことで、仕組みが有効に動いていると思っております。ただ、考
え方は大変よいのですが、競争的資金の運用になりますとどうしても安
全サイドに考えてしまうので、新連携支援獲得のハードルはかなり高く
なるようです。経済産業省は今年はさらに、「サポーティング・インダス
トリー」を設立しました。これは、ものづくりの基盤技術に目を向けて
これを支援するという施策です。この法律は 5 月半ばに通りました。私
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清田 憲一
(せいた・けんいち)
(社)中国地域ニュービジネス協
議会 クラスター・マネージャー
/チーフコーディネーター
インタビュアー:
稲村 實
(いなむら・みのる)
岡山県立大学 情報系工学研究所
電子情報通信工学専攻 客員教授
/本誌専門委員
*1:新連携
複数の事業者が異なる事業分野
で蓄積したノウハウ・技術等の
経営資源を持ち合い、それらを
相互補完的に組み合わせること
で初めて可能になる事業活動を
行うことで、新たな需要の開拓
を行う企業グループのこと。こ
の活用により地域の中小企業等
がそれぞれの強みを持ち寄った
新事業を積極的に展開でき、地
域経済の活性化策も促進されよ
う。平成17年4月に施行された
中小企業新事業活動促進法に基
づく。
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.7 2006
8
は今、これを目指して企業訪問を続けています。地域新生コンソーシア
ムがあって、新連携があって、今回はその中間を埋める施策ができたと
いえましょうか。
稲村 対象となる企業数は県別でいうとどうなりますか。
清田 広島県が一番多くて 50 社くらいでしょうか。岡山県 30 社、山口県
が 20 社くらいでしょうか。
稲村 岡山県や広島県だけでなく、中国地域という広域な連携が望まれま
すね。
清田 分野的には中国経済産業局の産業クラスター計画の半分は次世代中
核産業形成プロジェクト *2 です。後の半分は循環・環境型社会形成プロ
ジェクト *3 です。
稲村 第 II 期に入って変わってきた点は何でしょうか。
清田 中国経済産業局の陣容が大いに強化されました。例えば、医療・福
祉機器、バイオ、部材・加工分野、機械システム分野、先端的部材・加
工分野、フラットパネルディスプレイは次世代の中核です。循環・環境
型はその下に 3 領域があり、それぞれの領域で人員が増員されています。
地方自治体からも人員がそれぞれに配置されています。積極的に企業訪
問しています。第 I 期のクラスター参加企業目標は 110 社でしたが、第
II 期はこの 3 倍くらいの数の会社の開拓を目指しています。中国地域の
コーディネータは企業出身者が多いです。やる気のある企業へクラスタ
ーに参加していただくようリクルートします。
稲村 そのほかの新しい仕組みにはどのようなものがありますか。
清田 産業クラスター計画は地域の経済産業局と推進組織が一体となって
推進されます。昨年からスタートしたネットワーク補助金制度がありま
す。これは中国地域ニュービジネス協議会と(財)ちゅうごく産業創造セ
ンター((財)中国技術振興センターと中国電力系の機関が合併)が推進
機関となっています。これも経済産業局の施策です。また、各県で設立
されるネットワークを実施している機関と連携を取りながら仕事を進め
るクラスターマネジャーの制度ができました。
まとめますと、中国地域の各県では、県単位の財団が中心となって産
学連携をする、一方、県の間にまたがるものは、中国地域ニュービジネ
ス協議会やちゅうごく産業創造センターのコーディネータが行う、とい
う仕組みです。実施は各県でも、産学連携支援のような申請は経済産業
局に出します。県単位でできることは県が、国の方針
によることは広域連携で行うということです。
*2:次世代中核産業形成プロジ
ェクト
中国地域の比較優位性のある自
動車、造船、産業機械等ものづ
くりを中心とした優れた技術、
ノウハウ、人材などと、バイ
オ・IT分野を含めた大学・研究
機関等のポテンシャルを活用す
ることにより、地域を支え、世
界に通用する新事業の展開を図
る産業集積を形成することを目
的とするプロジェクト。
*3:循環・環境型社会形成プロ
ジェクト
中国地域における循環型社会の
構築と新産業の創出に寄与する
ため、関連する循環型産業に対
して地域の産学官のポテンシャ
ルを活用して支援を行い、それ
らが全国的、さらにはグローバ
ルな競争力を培うことを目的と
するプロジェクト。
稲村 最後にお聞きしたいのですが、大学発ベンチャー
が死の谷を越えようとするときに、しばしば致命的な
欠陥が露出します。概してマーケティングに弱いので
す。その点、企業人、特に中小企業の人はいかに売る
かを優先するので、そのことを考えながら起業展開す
ると思います。そこで、企業発ベンチャーの事例を挙
げていただいて、優位性とか、利害得失をお話しいた
だけますか。
清田 産業クラスター計画では、ベンチャーを育てるこ
http://sangakukan.jp/journal/
清田 憲一氏
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.7 2006
9
とはやるとしても、これを生み出すことには力点は置
いていないように思います。クラスター企業を規定し
ているからです。
とは言いながら第 2 創業も企業発ベンチャーと考え
ると、販売・経営に関しては企業発ベンチャーはさす
がに優れています。技術の新規性に関しては大学発ベン
チャーが優れていると言えるのではないでしょうか。
稲村 どうもありがとうございました。
文責:加藤 多恵子(本誌編集長)
インタビュアー:稲村 實 中国地域産業クラスター内で事業展開する企業2社の事例の取材
取材・構成:
加藤 多恵子
ゼノー・テック株式会社 の産学連携
*1
(かとう・たえこ)
(独)科学技術振興機構 産学連
携事業本部 産学連携推進部 産
学連携推進課/本誌編集長
◆ゼノー・テック株式会社の概要
昭和 37 年創立の切削工具メーカー「ゼノー工具株式会社」内で、昭和
49 年から金型製作に着手、以来 30 年にわたり一貫して精密粉末冶金型の
製作を行っている。平成 3 年に「ゼノー・テック株式会社」として分離独
立し、現在に至る。この間に蓄積したアイデアやノウハウを駆使して、世
界に 2 つとない型造りに積極的に挑戦する、従業員数 110 名の、岡山県岡
山市に立地する企業である。
◆産学連携のテーマ
「大面積電子ビーム照射による表面改質金型の開発」
本テーマは、岡山市のゼノー・テック株式会社(金型製造)、岡山大学工
学部、日立金属株式会社冶金研究所の 3 機関を実施機関とし、(財)岡山
県産業振興財団を管理法人として、平成 16 年度の[地域新生コンソーシ
アム研究開発事業]
(経済産業省)に採択された。
金型製作の最終工程である鏡面仕上げは、現在は熟練者のスキルによっ
て時間をかけて行っている。この工程で大面積電子ビームを照射すること
によって、短時間で効率よく、安価に形状精度の良好な鏡面を得る技術を
研究し、金型やそのほかの金属製品の NC 制御による表面仕上げ技術を開
発するものである。岡山大学工学部機械工学科特殊加工学研究室宇野義幸
教授の技術シーズをもとにした研究開発であり、本研究開発事業の研究期
間は平成 18 年 3 月 31 日に終了した。
写真1 岸本社長
*1:ゼノー・テック(株)
http://www.zeno.co.jp/
zenotech/
◆産学連携の経緯について
金型製造で 30 年以上の実績を持つゼノー・テック株式会社と岡山大学
工学部機械工学科特殊加工学研究室は、本研究開発事業に先駆けて相互の
コンタクトの実績があった。また、ゼノー・テック社には、金型の表面改
質を必要とする種々のタイプの金型製造の実績があった。ゼノー・テック
http://sangakukan.jp/journal/
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.7 2006
10
社が本研究開発テーマに踏み出すに当た
っては、当社にとっては異質の技術経験
を持つ技術者の当社への新たな参画もこ
れを促進した。宇野教授も含めて人的交
流を図り、相互に相談するうちに連携の
方向性が決まった。つまり、電子ビーム
を金型の研磨に利用できるのではないか、
ということになった。本研究開発テーマ
写真2 電子ビームで鏡面化される前の金型(左)
電子ビームで鏡面化された金型(右)
で使った電子ビーム照射機器は、目的に
合わせて特注で製作されたものであるが、所有者は管理法人の岡山県産業
振興財団で、ゼノー・テック社はこれを借りて設置し、研究・開発に使用
している。産学で協力して可能性を検討し、試験を進めた結果、現在、特
定の用途の金型で本技術を利用できるというところまで進んだ。この電子
ビームによる金型表面改質では、広域の金型表面に対し瞬間的にビーム照
射を行うが、表面にクレータが生じるなどの問題の発生も明らかになった。
冷間鍛造金型等の高い面圧がかかる用途の場合は、このクレータが金型破
損の原因となることがある。クレータ発生の原因については、材料に含まれ
る不純物が疑われているが、これについてゼノー・テック社は日立金属冶金
研究所と共同で研究している。
◆技術の実用化について
本技術を事業化に持っていくのは大変に意味がある。これまでのところ、
電子ビームによる金型表面の鏡面化は、一部のスクリュ型、ゴム型等の金
型には使えることがわかった。剥離性も良く、マクロ的には実用化の見通
しが立った。一方、高い面圧を受ける金型やシャープエッジを必要とする
金型の場合は、まだ研究の余地が残る。ゼノー・テック社は種々の用途の
金型を製造しているので、ゴム型以外の金型についても、例えばダイキャ
スト型などの表面仕上げの研究開発への応用も研究している。この技術を
使えば、例えば、粗仕上げまでを機械で仕上げて、最終仕上げは人の手で
行っていたのが、最終仕上げも電子ビーム自動照射でできることになり、
かなりの省力化になる。ちなみに金型の種類別電子ビーム対象市場はダイ
キャスト型で 10 億円/年、ゴム型で 2 億円/年、金型種類合計で 99 億
円/年ということである。
◆産学連携の素地について
製品化に至るまでにはさまざまな知恵が必要であるが、産学連携の良い
点として、産と学が係わり、また、産でもアドバイザーとして当初の企業
のみでなく、別途、数社がかかわるというような、知恵を求めての広域の
連携のきっかけを作れることもある。この表面処理のテーマの場合、日
立金属(株)のほかに長年ゼノー・テック社と付き合いのあった永田精機
(株)、浪速精密工業(株)もかかわっている。一方、ゼノー・テック社は、
岡山県下にあって産学連携に参画している企業としては、いわば超ベテラ
ンである。今回の研究開発テーマでは、電子ビーム照射設備は当社に配置
してあり、いわば産主導で技術の研鑽(さん)が実施されたことが事業化
の糸口を早く見いだせた一つの要因になっていることをうかがわせた。ゼ
ノー・テック社では、自社の生産性向上を目指してこのテーマを実施した。
http://sangakukan.jp/journal/
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.7 2006
11
岡山大学は技術シーズの提供者であり、本技術に関連する学問上の成果も
出た。すなわち、産と学の間に win-win の関係が発生した。この技術がさ
らに別の分野でも使えるかもしれないという可能性もあって、非常に興味
深いところである。
◆もう一つの産学連携と上記技術の応用
ゼノー・テック社の産学連携での成功例はさらに別件にも
見られる。それは、(独)科学技術振興機構(JST)の RSP 事
業と委託開発事業で採択されたスパイラルベベルギアの冷間
鍛造の開発である。この開発には(財)岡山県産業振興財団
の稲村實コーディネータ(当時)が関与していたが、市場の
動向を見据え、委託開発事業の支援を受けて購入したプレス
(400 トン)を使って、冷間鍛造でスパイラルベベルギアの製
品化開発を行った。その後、ゼノー・テック社では自己資金
写真3 研磨されたスパイラルベベルギア
で 800 トンのプレスを購入し、同ギアを商品化に持っていっ
た。その後、別件で上記電子ビーム照射による金型表面改質の共同研究が、
経済産業省の事業として実施された。そして、このギアの製造に使用され
る金型に対し、上記の電子ビームによる鏡面化技術(岡山大学の宇野教授
のシーズ)の成果が流用できると考え、現在も実用化に向けて研究を行っ
ている。結果的に経済産業省と文部科学省の支援を連続的に受けたという
流れは注目すべき点である。そして、「冷間鍛造によるスパイラルベベルギ
アの製造・販売」は平成 18 年 2 月 23 日に中国地域で、経済産業省が現
在進める新連携のテーマに認定され、経済産業省の支援を受けて製造・販
売開拓を行っている。ちなみにこの新連携のコア企業はゼノー・テック社、
連携企業はオカネツ工業(株)、技術指導は岡山大学と関東学院大学となっ
ており、市場開拓を目指している。
株式会社日本ステントテクノロジー*2
中国地域産業クラスターの大学発ベンチャー企業である、株式会社日本
ステントテクノロジーの山下修蔵代表取締役社長を取材した。2003 年に
設立され、世界を目指す大学発ベンチャー企業である。なお、従業員は 10
名である。
◆日本ステントテクノロジーの業務とは
ステントとは医療用具であり、冠動脈などの狭窄(きょうさく)が原因
で誘発する心筋梗塞など虚血性心疾患の、血管を経由して行うバルーンカ
テーテルによる血管内腔確保の治療の際に、再狭窄の防止を目的として血
管患部内に留置するステンレスなどで作った製網目管状の器具である。優
れたステントは強度、耐久性などはもとより、生体への適合性や、柔構造
でダイナミックに動く血管の生理機能に合わせて変形できる等の特殊な機
能が要求される。同社で扱うステントは、コバルトクロムおよびチタン系
合金表面に特殊コーティングで生体適合性を持たせ、かつステント自身が
柔構造でコーティング層にクラック(亀裂)が発生しないことが特徴であ
る。また、ステントには薬剤を載せることもできる。京都大学と山口大学
http://sangakukan.jp/journal/
写真4 山下社長
*2:
(株)日本ステントテクノロ
ジー
http://www.jstentech.com/
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.7 2006
12
における研究成果をベースにするステント形状最適
化設計ソフトを用いる全領域ステント設計、ステン
トおよびコーティングステントに関する共同研究
(当社が保有する特許の通常実施権の付与)、それに
ステント等の製造許認可取得に対するコンサルティ
ングを業務内容とする。
◆ステント市場について
弊社ステントの曲げ柔軟性 Flexibility of our stent
拡大図
post-expansion
kinkless,flareless
設計上の問題により、
「折れ」
や
「広がり」
が発生したステント
現在、日本の薬剤コートステント市場はその 100
%が米国の大企業 1 社に押さえられている。その大
企業は、ほかのステント製造企業の買収や他社技術
kink
【折れ】
flare
【広がり】
のライセンス・インで新製品を次々に開発してきた
といわれる。山下社長はこの点に着目し、既存のス ステントテクノロジー社設計ステントの特長
血管
テントに新しい技術を加味した新しいステントを作
・患部に導入しやすい
り、特許権を得るなどしつつ、それをしっかり開発
・血管内壁に優しい
・再閉塞しにくい
していけば必ずや世界のステント市場に向かって勝
・部位に応じ構造最適化
負していけると確信した。世界への挑戦という高い
コーティング層
・耐剥離性コーティング
目標をキーワードとして設定したのである。そして、
・薬剤の選定
上記の金属上の特殊コーティング技術による生体適
・生分解、薬剤放出制御
合性や、コーティング層がはがれないという特徴の
写真5 ステントについて
技術を特許化し、事業化するという戦略を立てた。
商品化を加速するためには中国の企業と提携して開発する。つまり、米国
食品医薬品庁(Food and Drug Administration FDA)の基準にのっとって、
中国でデータをとる。日本でデータをとる場合、中国で行うよりも時間が
かかるため、とのことである。中国の臨床開発は CRO(医薬品開発受託機
関)が関与して行う。
◆ステントに関する産学官連携
日本ステントテクノロジー社は、最初に大学発のコア技術があり、次に
それを世界に発信しようとする大学、協力メーカーがある。また、社長や
同社の社員の事業化への熱意、関与するコーディネータの熱意など、ベン
チャー企業独特の特徴が見られる。同社は中国経済産業局と岡山県の補助
金を順調に受けて事業化へまい進している。中国経済産業局がまずこの起
業に耳を傾け、産業クラスター計画にのっとり中国地域ニュービジネス協
議会が動き、医工連携の岡山県も連携した。日本ステントテクノロジーは
岡山県のリサーチパーク(岡山空港と岡山市内の中
間に位置する、風光明媚な緑深いサイトにある)内
に所在する岡山リサーチパークインキュベーション
センター(ORIC)の建物に入居した。ORIC は岡山
県の産業振興財団や工業技術センターを近隣に持つ
立地のため、ステントに必要な精密レーザー加工・
研磨に対してこの工業技術センターが保有する基盤
技術を使える、など開発環境に恵まれている。「こ
のベンチャーが成功した暁には岡山県にステントの
製造基地を造り、地域の産業振興に寄与したい」と
写真6 岡山リサーチパークインキュベーションセンター
の抱負を山下社長は語った。
http://sangakukan.jp/journal/
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.7 2006
13
MOTと産学連携
第3回
事業の知財活動の本質ー事業競争力強化のためにー
研究開発場面での産学の連携は企業の創造活動に欠かせない。企業は事業競争力の高い事業の展開、国際競
争力を高める目的で事業化に関連する大学の研究開発に期待する。企業の知財戦略の立場から、研究開発に
関連する知財活動を紹介。
◆ はじめに
丸島 儀一
ご承知のように、今知財立国の実現に向け知財の創造、保護、活用の知
財創造サイクル全般にわたって、制度の改革および人材育成についての改
革が国家戦略として進行しつつある。
この改革の理念の一つとして、創造的研究開発成果に基づく事業の創出
と知的財産の適切な活用によるわが国産業の国際競争力の強化が挙げられ
ていると認識している。
知財の保護、活用の改革は知的財産の価値を高め、知的財産を尊重する
環境を創ることにより国内における知的創造活動を促し、創造的研究・開
発成果に基づく事業の創出と持続的な事業競争力の維持をもたらすために
あり、最も重要な改革は創造環境の改革で、持続的な研究開発基盤の確立
と創造的研究開発成果の創出を促すことにあると認識している。
企業戦略上、企業が基礎研究から応用研究、製品開発の全てを自前で行
うことは事実上できなくなった現在の経営環境下では、研究開発のアライ
アンスは企業の創造活動に欠かせないものとなり、特に基礎研究の分野は
大学や独立行政法人の研究所に期待する度合いが高まり、産学連携が重視
されるゆえんとなったと認識している。
従って企業の立場から見た産学連携は企業の基礎研究所、中央研究所の
役割を期待するところが大きい。もっとも産学連携が地域産業の振興の役
割を果たすこと、あるいは大学発起業も期待されていることは認識してい
るが、いずれも事業化に関連する研究・開発を期待されていることは事実
である。
そこで企業の知財戦略の立場で研究・開発、その成果の事業化、および
事業の競争力を高める知財活動を紹介することにより、産学連携活動に多
少なりともご参考になればと願うものである。
(まるしま・ぎいち)
キヤノン株式会社 顧問/弁理士/
東京理科大学 専門職大学院 知
的財産戦略専攻 教授/金沢工業
大学大学院 客員教授
◆ 研究・開発活動と知財活動
*知的財産(権)の特徴
研究・開発に密接に関係する知的財産(権)は特許権、著作権と営業秘密
がある。
これらの知的財産(権)の特徴をよく認識して研究開発活動に知財活動を
採り入れることが攻撃、防御の両面から重要である。
特許権は排他権で特許発明を第三者が実施することを阻止する権利で、
自身が特許発明を実施することを保障されていない。自身の特許権より先
願の特許権のみならず、後願の特許権の排他権に影響される場合に特許権
者といえども特許発明を自由に実施できないからである。
特許権の排他権は強力だが、無効になる可能性や権利解釈の相違が生じ
http://sangakukan.jp/journal/
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.7 2006
14
実際の活用に際しては不安定な権利である。
著作権はコピーに対する排他権で、基本的に他の著作権の影響を受けな
いし、安定した権利である。しかしそのアイデア、機能に関しては第三者
の特許権の排他権の影響を受ける。
営業秘密は付与される権利でなく、機密を特定して厳格に管理されてい
る限りにおいて保護されるものである。
◆ 研究・開発と知財活動
*研究・開発テーマ選定時の知財活動
研究・開発テーマの選定時には、目指す研究・開発対象技術分野の先行
する第三者の特許権(排他権)を徹底的に調査、検討し研究開発成果を実施
する時間軸で障害となる特許権の有無を確認し、もし存在する場合には、
その障害を取り除く解決手法を明確にした上で決定することが必要である。
企業の場合、事業化を前提とした研究・開発に投資するので、事前に事業
化の可能性を確認する知財活動が重要になる。
*研究・開発成果の権利化活動
創造的研究開発成果の技術思想を完全に保護できる十分な権利化活動が
求められる。
発明は技術思想であり、発明の権利化は技術思想を権利化することであ
る。権利化は技術思想を他者の参入を阻止する参入障壁に形成することで
ある。特許権の取得はその排他権の効力により参入障壁を形成することで
ある。特許権の取得はその特許発明の実施が保障されているものではない。
当然のことを述べたが、実際はこの知財活動を成し遂げるのは容易では
ない。
まず発明の技術思想の権利化を達成するには、技術の本質の認識と技術
思想を保護する適切な文章表現が求められる。下手な権利化は発明の一実
施形態を権利化し技術思想をオープンにしてしまい、結果として技術思想
の参入障壁すら形成できない。
次に創造的研究成果の基本的な特許発明を実施可能にする知財活動だが、
技術は絶えず進化するわけだから、事業化に至るまでの基本発明の改良発
明について排他権を形成する継続的な権利化活動が求められる。この活動
が十分でないと基本発明の事業化は不可能になる可能性が高くなる。
*事業化を見据えた研究開発と知財活動
成果が基本的な発明であればあるほど、その発明の事業化には十数年の
継続的な研究開発活動が必要となるのが普通である。この間の改良技術、
応用技術、事業化に必要な関連技術の研究開発とその成果の権利化を、他
者に先行して継続的に、積極的に実行することが求められる。成果が基本
的な著作物の場合も同様である。
この知財活動の良しあしが基本発明の事業化の成否に大きく影響する。
基本発明の特許権は、その排他権の範囲が広く強い権利ではあるが、そ
の排他権の範囲の中に他者に改良技術、応用技術等の発明の特許権の排他
権を形成され、あるいは基本発明の事業化に必要な技術について排他権を
形成されてしまえば、基本発明の事業化の実施すら阻害されてしまう。
また、基本発明の事業化に時間がかかればかかるほど、事業化後の事業
を守る特許権の有効期間が短くなるわけである。従って、事業の優位性を
確保する技術の延命を図る知財活動が重要になる。
この意味からも改良技術、応用技術、事業化に必要な権利を時系列的に
特許群として形成することが必要になる。
http://sangakukan.jp/journal/
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.7 2006
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*研究開発と営業秘密
研究開発活動と営業秘密は密接な関係がある。研究開発成果の営業秘密
の取り扱いと、開示を受けた他者の営業秘密の管理義務履行の問題の双方
が研究開発活動に際し重要になる。
前者は排他権の形成に、後者は知財活動に大きく影響する。
*研究開発成果と営業秘密
研究開発成果について、公開を代償に特許権を取得して排他権を形成す
るか、ブラックボックス化して営業秘密として事実上排他効果を形成する
かの判断は、事業戦略上極めて重要な事項である。
ブラックボックス化を選ぶ場合に考慮すべきことは、営業秘密として実
質上管理できるかである。まず不正競争防止法で保護される程度の厳格な
管理ができること、例えば黒バインダーに技術情報をファイルし極秘の印
を押して同室の研究開発要員が共用している程度の管理では営業秘密とし
て保護されない。それに人材の流動化による技術流出防止が実質上できる
ことが必要になる。特に現行法では、正当入手の技術情報の退職後の開示
に対する抑止力ある保護が不十分と思えるので、キーマンの人材流動が起
こらないような人事管理も必要になる。
*研究開発と他者の営業秘密
研究開発の場面で、他者とのアライアンスの機会が増えているのが現状
である。産学連携を含めアライアンスのタイプはいろいろあるが、いずれ
の場合でも技術情報の授受がある場合は機密保持契約の締結が一般的に必
要となる。
連携による研究開発の促進等プラスの効果は大きいが、マイナス効果に
も配慮することが重要である。
機密保持契約には重要な条項として①開示を受けた機密情報の機密保持
の義務、②開示を受けた機密情報の契約目的以外の使用の制限、③開示を
受けた機密情報を使用できる人を限定する、といった内容が含まれるのが
一般的である。
当然のように思えるこの条件を遵守することで、①開示を受けた技術の
改良発明等の知財活動が制限されたり、②将来の独自の技術開発の自由度
をなくしたり、③日本の特徴とする情報を共有し研究開発の効率を高める
研究開発環境が保てなくなったり、④研究開発者の新しい業務に制約が生
じたり、⑤人材流動化等により機密保持義務を履行できず契約違反に問わ
れる、といった可能性が生じる。外国の企業との連携では、外国の法律が
準拠法になる場合が多いので特に注意が必要だ。
機密保持契約締結に際しては上記のマイナス効果が生じないように、少
なくともミニマイズする配慮と条項内容を個々のケースごとに検討するこ
とが極めて重要なことである。
◆ 事業活動と知財活動
*知的財産の活用で事業を強くする経営
知的財産の活用で事業を強くするには、技術創造と知財力に基づく競争
力の高い事業の創造と、経営資源として知財を取り込む仕組みづくりが重
要になる。
そのために事業、研究開発、知財戦略の実質的な三位一体化活動が必要
で、活動のポイントはそれぞれ事業の優位性に置くことが重要である。
事業部門の活動
事業部門は技術競合、知財競合、事業競合に勝つ事業と勝つための要
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素、要件を明確にした事業戦略を立てること。
研究・開発部門の活動
研究・開発部門はいずれも事業を前提に技術競争力強化の技術(知的
財産)の創造活動を担うこと。
知財部門
知財部門は知財競争力、事業競争力強化を目指す研究開発成果(創造
価値)の権利化、事業強化(攻撃、防御)の権利化、事業戦略を実効あ
らしめる知財活動を担うこと。
◆事業を持続的に優位に展開する知財活動
*事業戦略に沿った長期的、戦略的、予防的、臨床的知財活動
研究開発の初期の段階から事業戦略に沿った知財活動は長期的視点で
戦略的に予防的な活動が主体となる。
事業戦略を実効あらしめるため、事業戦略立案時の障害となる課題を
事業開始前に解決するためにも、事業と連携した戦略的、予防的知財
活動が必要になる。
事業を持続的に優位に展開するためには、関連技術の変化動向、関連
商品のトレンド、技術標準化の動向、事業に影響する法的、規制的、
政策的動向を見通した長期的、戦略的、予防的知財活動が重要になる。
事業運営に必要となる攻撃、防御の知財活動では、リスクの大きい訴
訟等の臨床的手段はできるだけ避け、交渉による予防的な解決を主体
とした知財活動が重要である。規模の小さい事業は別としても、規模
の大きい事業の場合は特に重要になる。
*相対的知財力の強化と競争力強化の知財活動
事業競争力を高めるには、自己の知財力の絶対値を高めるのみでは不
十分で、競業者との相対的知財力を高める知財活動が重要である。特
許権の不安定性を考慮し交渉で優位に目的を達成するには、相対的知
財力の差をいかにつけるかが鍵になる。相対的知財力の差があまりな
い場合、優位に目的を達成するにはリスクの大きい訴訟をせざるを得
なくなるわけで好ましいことではない。
事業競争力の基となる技術を独占的に実施するため、特許権で参入障
壁を形成することに加えて、競業者の事業に攻撃武器として活用でき
る特許権の形成活動が重要になる。攻撃、防御の世界で自己の強みを
維持し弱みを解消する役割を果たすためである。
*グローバルな視点での知財活動
知的財産は属地性 *1 がありグローバルに事業展開するには、事業戦略に
かなった国での知財活動が極めて重要になる。権利形成と活用、競業
者、生産、市場性の視点も加味して強弱をつけた知財活動が重要である。
長期的、戦略的、予防的、臨床的知財活動を実効あらしめるためには、
自社を最優先として活動してくれる信頼の置ける専門家による知財戦
略法務ネットワークの形成と、継続的な信頼関係の維持が極めて重要
になる。常時の情報収集、戦略協議、戦略的権利形成、強力な交渉、訴
訟体制の構築、維持には欠かせないことである。
*事業強化の知財活用活動
事業の優位性を確保する知的財産の活用は排他権としての活用である。
競争力の基になる知的財産を実施許諾すれば、それだけ競争力が低下
してしまう。
現実には、業界にもよるが、情報産業の分野では自己の知的財産だけ
http://sangakukan.jp/journal/
*1:属地性(属地主義)
法 律 の 適 用 範 囲 や 効 力 範 囲 を、
一定の領域内についてのみ認め
ようとすること。例えば、特許
権の効力は、特許権を取得した
国の領域内に限られ、その領域
を越えて他国にまで及ぶもので
はないことを、知的財産権制度
の属地性 ( 属地主義 ) という。
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.7 2006
17
で商品の優位性を守ることは難しく、他者の知的財産の排他権の影響
を受けるのが一般的だ。競争力を維持し他者の排他権の影響を解消す
る知財活用が最も重要になる。競業者に対しては相対的知財力の差を
活用し、有利な条件で包括的クロスライセンスの手法で相手の攻撃力
を排除することが最も効果的である。逆の立場に置かれた場合、事業
競争力を得るのは相当難しくなる。
競争力を高めるには、研究開発部門に研究開発の自由度をいかに与え
られるかが重要な要件となる。他者の特許権の排他性を気にしないで
研究開発に専念することで競争力の高い創造成果が得られ、その成果
を知的財産権として排他性の強い権利が形成できるからである。この
状態を築くのは長期的、戦略的、予防的な知財活動に基づく戦略的包
括クロスライセンスで達成できる。
新規事業を起こす場合、コア技術に関する排他性の広い強い特許権を
所有しているが、事業として期待する商品の事業化には関連する業界
の他者の多くの知的財産権が障害となる場合が常である。ベンチャー
企業、大学発起業の場合もこのような場合が多いと思われる。単独で
の事業化は相当困難なので、事業対象とする商品に関する強力な知財
力を有する他者との事業アライアンスを考えるのが一つの解決手法で
ある。決してコア技術の特許権を実施許諾せず、排他性を独占しつつ
も成立するアライアンス方法を考えることが極めて重要になる。生
産分担、OEM 生産、ハブメイド権 *2 の活用で自己の有する知財力と相
手の有する知財力を活用した競争力の高い事業展開が期待できる。
事業競争力を高めるため他者とのアライアンスが必要な時代である。
共同研究開発、生産委託、販売委託、共同事業、標準化活動等である。
いずれの場合も自己の有する知財力を活用することで有利なアライア
ンスを実効あらしめることが可能になる。特に国際標準化活動は、事
業の国際競争力を高めるためには極めて重要なことである。WTO 加
盟国は TBT 協定 *3 を義務付けられているからである。TBT 協定は国際
標準を優先しており、国際標準を取得することで参入障壁なく WTO
加盟国に事業展開できるからである。
知的財産を資産として活用して資金を得ることが推奨されている感も
あるが、事業競争力に関係ない知的財産や製品事業を行わない人の場
合はいざ知らず、事業競争力に影響する知的財産の活用は、あくまで
も事業競争力を高めるために活用するのが本道だと思う。継続的な事
業の成功と事業利益で知財活動の評価をすべきだと思われる。
*2:ハブメイド(have-made)権
製造手段を持たない事業者等が、
自らの事業のために開示を受け
た研究成果を用いて、第 3 者に
製品の製造を行わせることがで
きる権利。
*3:TBT(Technical Barriers
to Trade)協定
WTO 協定の一つで、貿易の技
術的障害に関する国際的な基本
原則を提示した貿易協定。
◆おわりに
積極的な産学連携が期待されている時代である。連携の目的は事業競争
力の高い事業を展開することだと思うし、国際競争力を高めることにある
と思う。重要なことは双方が連携して競争力の高い事業化を実現すること
である。事業化の実現には双方の立場を理解した連携活動が必要だと感じる。
企業の立場で研究開発から事業化、事業を継続的に優位に展開する知財活動
について述べたが、本稿が円滑な産学連携の一助となれば幸いである。
http://sangakukan.jp/journal/
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.7 2006
18
・連載・
産学官連携事例
実験動物用ティートカップ
ーパンダの搾乳・哺乳に応用ー
実験動物用に開発した搾乳器を中国の国宝であるパンダの搾乳に応用した。この技術は、産仔哺育意欲に乏
しいため絶滅の危機にあるパンダの産仔の哺育に大きく寄与し、従ってパンダ哺育で日中の国際協力へと進
展した。搾乳器実現までの産学連携も含めて述べる。
◆はじめに
渡部 敏
(わたなべ・とし)
近年、発ガン性物質、内分泌撹乱化学物質(環境ホルモン)などの環境
日本大学生物資源科学部獣医学科
獣医生化学研究室 教授
汚染物質が世界的に大きな社会問題となっている。母乳、牛乳、乳製品な
どを介してこれらの有害物質の生体に及ぼす影響が懸念されている。もし、
実験動物からミルクを採取することが可能になれば、これらの外因性有害
物質の生体に及ぼす影響を明らかにする上で有効な手段となる。しかし、
ラットおよびマウスのような実験動物の搾乳は、乳頭、乳房乳頭(乳頭の
乳房付け根の部位)および乳房乳頭扁円部(乳輪)の構造上から困難を伴う。
そのためラットおよびマウスのミルクは、ヒトがストローで吸い取ったり、
いったん授乳させた産仔を解剖して胃から採取しているのが現状である。
そこで実験動物用搾乳装置(ミルカー)を開発した。ミルカーは、ラッ
トおよびマウスの口腔内吸乳陰圧の測定成績に基づいてプログラミングし
たマイクロコンピューターによる自動制御によって搾乳を可能にしたもの
である。
さらに母親の乳頭、乳房乳頭および乳房乳頭扁円部に産仔の吸乳刺激と
同様の刺激効果を与えるためにライナー構造を備えた実験動物用ティート
カップを開発した。ティートカップライナーは、乳仔の口、特に口唇、舌、
口腔に相当するものであって重要である。
◆技術1:ラットおよびマウス用ティートカップ
ラットおよびマウス用ティートカップの断面を図1に示した。素材は、
透明性のシリコンゴムである。
図 1-A の部分は、搾乳口でミルカーの吸引拍動に伴って乳房および乳房
乳頭扁円部に吸乳刺激を与えるために重要である。B および C は、乳房乳
頭を吸引・吸着し、強い吸乳刺激を与えるための
部分である。D は、乳頭を吸引導入して固定するた
めに必要である。E は、D に乳頭が二つに折れ曲が
って吸引されるのを防止するのに有効である。A、
AB C
D
E
F
G
H
B、C、D および E は、ティートカップライナーの
部分であって搾乳時に産仔の吸乳刺激と同様の効
果をもたらす。F は、ミルク管の停止部、G は、ミ
ルク管の挿入口、H は、ミルク管である。
搾乳量は、分娩後 14 日、最大でラット:6.9 グ
http://sangakukan.jp/journal/
5mm
図1 ラットおよびマウス用ティートカップの断面図 A:乳房乳頭扁円部、BおよびC:乳房乳頭吸引・吸着部、D:
乳頭固定部、E:乳頭開口部の接するティートカップライナー
部分、F:ミルク管停止部、G:ミルク管挿入口、H:ミルク管
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.7 2006
19
ラム、マウス:1.5 グラムであった。
◆技術2:ビーグル犬およびミニチュア豚用ティートカップ
ティートカップの外側はポリプロピレン、内側はシリコンゴムを用いた。
ティートカップの内部は、ミルカーの吸引拍動に伴って産仔の吸乳刺激と
同様の刺激を与えるため乳頭、乳房乳頭および乳房乳頭扁円部の傾斜面と
ほぼ同じ角度を持ったライナー構造とした。ティートカップの乳房乳頭扁
円部と乳房乳頭の接する部分は、ヒトのそれと同様に素材としてポリプロ
ピレンを用いた。
搾乳量は、分娩後 15 日、最大でビーグル犬:16.7 グラム(上から 3 対
目の右または左側の 1 乳頭から搾乳)、ミニチュア豚:12.5 グラム(ビー
グル犬と同じ)であった。
◆技術3:(1)ティートカップの応用 ̶ パンダの搾乳および
人工哺乳(ほにゅう)に成功 ̶
800 万年の歴史を有する生きた化石といわれるパンダは、中国国宝に指
定されている。しかし、パンダ生残数は、減少の一途をたどり、現在わず
か 106 頭(2006 年)が飼育されているに過ぎず、絶滅の危機にひんして
いる。
パンダは、産仔哺育意欲に乏しく、特に人工授精に
よる初産における産仔は、ほとんど死滅している。成
都大熊猫(パンダ)繁育研究基地においては、過去 5
年間パンダ産仔は絶滅している。また、経産パンダに
おける産仔も初乳を摂取しなかった場合、生存した例
はない。その死亡の直接的原因は、初乳を介した移行
抗体による母子免疫の獲得不全によると考えられる。
現在、母子免疫の合成は不可能であることから免疫成
立までの期間、少なくても分娩後 3 週間以上にわたり
搾乳し、その母乳を人工哺乳する必要がある。そこで
先の実験動物用搾乳装置を応用したコンピューター制
御によるパンダミルカーおよびティートカップを開発
写真1 パンダの搾乳
した。
パンダミルカーおよびティートカップを用いて 2 頭
のパンダの搾乳を行った。その結果、共に搾乳および
その人工哺乳に成功した。写真 1 は、搾乳および写真
2 は、搾乳した乳の人工哺乳の写真である。
搾乳は、分娩後 2 から 13 日まで行った。搾乳量は、
分娩後 13 日、最大で 66 グラムであった。この量は、
パンダの出生時体重が通常 100 から 140 グラムであ
るので数頭の産仔パンダに哺乳することが可能である
と考えられる。
現在、初乳の哺乳終了後から人工哺乳するための調
合乳(パンダミルク)を合成する目的で母乳の分析を
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写真2 パンダの人工哺乳
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.7 2006
20
行っている。その試験成績に基づいてパンダミルクを調製し、人工哺乳す
る予定である。
(2)連携の概要と国際協力
実験動物用のミルカーおよびティートカップ、ヒト用搾乳器は、日本大
学産官学連携知財センター(NUBIC)を通して以下の特許を取得、有限会
社リトルレオナルドに技術移転して商品化を図り平成 13 年 10 月、「実験
動物用搾乳装置」として発売を開始した。ヒト用搾乳器は、現在作製中で
ある。実験動物用搾乳装置を応用したパンダミルカーの改造費用は、リト
ルレオナルド社長 鈴木道彦氏の格別の計らいにより無償で行われた。
平成 15 年 9 月、著者は、実験動物用搾乳装置によるパンダの搾乳を行
うため中国四川省 成都大熊猫繁育研究基地から招聘され訪中、搾乳およ
び人工哺乳に成功した。その後、実験動物用搾乳装置を応用したパンダミ
ルカーを開発し、同研究基地に寄贈した。
平成 16 年 4 月、「日本大学と成都大熊猫繁育研究基地間の学術交流に関
する協定」を締結した。これに基づいて平成 17 年 4 月、日本大学学術研
究助成金による総合研究「パンダの搾乳、人工哺乳、疾病および生態に関す
る研究」
、研究代表者:著者、学内研究者:8 名、成都大熊猫繁育研究基地:
5 名および福建農林大学:1 名のプロジェクトを結成し研究を開始した。
平成 16 年 10 月、「日本大学生物資源科学部獣医学科の単位履修に関す
る申合せ」を締結した。平成 17 年 7 月、成都大熊猫繁育研究基地におい
て本学獣医学科 5 年次学生のパンダ研修を開始、研修修了学生については、
総合臨床獣医学 2 単位を認定した。
◆取得特許
① Milking apparatus for laboratory animals: 英 国 特 許 GB2376167
(2003), 米 国 特 許 US66814028 B2(2004) お よ び 中 国 特 許
ZL00819503(2006)
② Milking device(ヒト用):英国特許 GB2392626(2004)および米国
特許 US7029454B2(2006)
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連 載
大学発ベンチャーの若手に聞く
3D立体音響に革命
ー真に潤いのある住空間を「マジック★サウンド」で実現ー
浜田 晴夫氏(株式会社 ダイマジック)に聞く
日本の工業技術発展の歴史と歩を同じくし、技術者養成に力点を置いてきた東京電機大学発の当ベンチャー
は、立体的な音空間を操る技術で起業した。全日空の機上でもこの音空間を楽しめる。浜田氏のアイデアが
魅力的な事業を作り出した例である。
今回取材したダイマジック社 *1 が提供している主な商品を最初に紹介し
よう。
① 1 個のスピーカーシステムから 5.1ch を実現するバーチャルサラウン
ド音響システム(写真 1)
②携帯電話の au 社が提供する 3D サラウンドシステム
③ソニープレイステーションのコントローラに付ける 3D スピーカー(写
真 2)
④ ANA 機上で聴ける音響システム:EUPHONY
⑤トヨタ車が搭載する純正カーナビゲーションにおけるバーチャル
5.1ch サラウンド:EUPHONY
東京電機大学から誕生した「ダイマジック社」は、立体音響としておな
じみの 3D サラウンドを機能化し、自由に空間音源を操るシステムを開発
しているベンチャー企業だ。代表の浜田氏(写真 3)は、今も東京電機大
学の教授(工学博士)であり二足のわらじを履かれているが、教育者とい
うよりは、いたずら大好き少年がそのまま大人になったような人だ。同社
に私がお邪魔すると、まず au の携帯電話機から出てくる音に驚かされた。
もちろん若者には既によく知られた事実なのかもしれないが、携
帯電話機の左右 50 センチ程度の空間から音が出てくるのである。
「あんまり怖くないのですが、ホラーの番組なんです」と言っ
て聴かされたのは、確かにストーリーそのものはあまり怖くは
なかったが、音響効果は実に素晴らしいものだった。深夜に一
人でいる時に、何もない空間からこのような音が出てきたら十
分に怖い思いをしよう。これは浜田氏のたくさんある作品の一
つだ。
現在、薄型大型テレビの出現でエンターテインメントの世界
ではホームシアターが盛んになってきたが、映画館のように横
からも後ろからも音を出そうとすると、たくさんのスピーカー
からなるサラウンドシステムが必要だ。ダイマジック社はそれ
を、高品質、簡単、便利なシステムとして確立したのだ。例え
ば、従来の 5.1ch サラウンドは 6 個以上のスピーカーを必要と
するが、それを 2 個のスピーカーで仕上げてしまう。従って複
雑な配線もいらなくなった。
もちろん、浜田氏は技術力で遊んでいるのではない。あくま
でも利用者の満足度をあげることにこだわっているのである。
http://sangakukan.jp/journal/
取材・構成:
平尾 敏
(ひらお・さとし)
野村證券(株)公共・公益法人サ
ポート部 課長/本誌編集委員
*1:
(株)ダイマジック
http://www.dimagic.co.jp/
写真1
写真2
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.7 2006
22
「音楽も長時間聴いているとストレスが溜まります。それを解消するシス
テムも開発しました」と浜田氏。そのこだわりは「EUPHONY」というサ
ラウンド技術の開発へとつながっていった。「いつまでも永遠に気持ちよ
い、心地よい『オト』作りを目指した」と言う。このシステムは、全日空
(ANA)の国際線の機内上映の映画に採用されていたが、本年 4 月からは国
内線全ての航空機にも採用されている。筆者もそれを体験するために久し
ぶりに ANA を利用してみた。どの航空会社にもない「オト」が聴こえて
きた。機上の「オト」としての常識を 180 度変えてしまうものだ。チュー
ブのイヤホンでも十分に効果を認識することができた。私の感想は「不思
議だ!?」の一言。百聞は一聴に如かず。皆さんにもぜひ ANA の機上でご
確認いただきたい。さらに、このシステムは 機上のお客さまのため から
車中の人の為 に進化し、トヨタ自動車の純正カーナビに採用されている。
今後の展開について、浜田氏のアイデアはとどまるところを知らない。
知財リスクを考えるとお話しできないことが多過ぎるのだが、常にお客さ
まのために高いクオリティを提供する姿勢と新分野への事業展開は、実業
の世界への大きな飛躍が期待される。
写真3 代表取締役会長 浜田 晴夫氏
(東京電機大学情報環境学部教授)
◆筆者の感想
ダイマジック社を紹介するときに、どうしても東京電機大学を説明して
おかなければならない。それは、まさにこの大学にあってこそのベンチャ
ーだからだ。
東京電機大学は明治 40(1907)年に「電機学校」として設立され、来年
で 100 周年を迎えるが、日本の工業技術発展の歴史が当大学のこれまでの
歴史でもある。建学の精神は「日本の工業の隆盛を目指し、将来は 科学
技術の総本山 となること」。これを実践するために、当時昼間第一線で働
いている人が知識や技術を身に付けられるよう、授業は夜間に行われたの
である。少数のエリートを養成する国立大学と違い、現場で働く人たちの
中に技術者を養成しようとしたからだ。「東京電機大学」としての初代学長
である丹羽保次郎氏は、大正 5 年東京帝国大学を卒業後、逓信省電気試験
所に勤務したが後に請われて日本電気(NEC)に転身した経歴をもつ。特許
庁が選出した日本の十大発明家の一人でもある。写真電送装置(ファクシ
ミリ)の生みの親でもある丹羽氏は、「技術は人なり」という言葉を教育・
研究の理念として残した。つまり、技術を構成する要素は一元的に決定さ
れる自然法則でありながら、実は製品、工作の出来栄えは人格に大きく左
右される、と説いている。当大学はこの精神を営々と受け継いできた。今
回紹介する浜田先生、と言うよりは浜田会長もその一人である。
東京電機大学には他にもユニークなシーズ(プロジェクト)が多い。プ
ロジェクト組成には、あらゆる分野から真に必要な人材を集めなければな
らない。そして、プロジェクトは必ず一定の成果を出さなければならない。
実はダイマジック社を支えている幹部社員も、かつて、浜田氏の下に集ま
ったプロジェクトのメンバーが大半だ。志を同じくした人たちの研究は実
学の世界へと受け継がれる。このとき、困難を克服していくエネルギーと
行動力は強くなる。
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産学官連携ジャーナル Vol.2 No.7 2006
23
誠と心の触れ合いで織りなす人の輪
学内TLOである明治大学知的資産センター内のヒューマンネットワークを扱う。特許流通フェアなどのイベ
ントで立ち寄る大学OBとの会話、教員が特許相談に同センターに来られる際のふれあい、特許出願をめぐる
弁理士、審査官とのコミュニケーションなどを語る。
◆はじめに
北川 貞雄
ゴールデンウイークの合間の 5 月 1 日、夕方 7 時ごろ人影の少なくなっ
た事務所の電話が鳴った。岡山大学の梶谷浩一コーディネーターからこの
原稿執筆の打診だった。「ヒューマンネットワークのつくり方」という連載
(きたがわ・さだお)
明治大学知的資産センター 産学
官連携コーディネーター/文部
科学省 産学官連携支援事業 産
学官連携コーディネーター
もののタイトルを聞いて正直、かなり躊躇(ちゅうちょ)した。「つくり方」
という表現は読者を睥睨(へいげい)しているようで私の性に合わない。
原稿執筆を打診されたとき、お断りしようかと思った。大体、人さまに
教えるほどのヒューマンネットワークづくりのエキスパートではない。と
はいうものの、打診の電話をしてきたのはほかでもない梶谷コーディネー
ターだ。何しろ出身大学の学科の大先輩であり、産学官連携コーディネー
ター全国会議等で気心も知れた方だ(と自分では独り合点している)。こう
いうことこそ「ヒューマンネットワーク」のなせる業、とお受けすること
にした。「ヒューマンネットワーク」を「誠と心の触れ合いで織りなす人の
輪」と解釈し、産学官連携コーディネーターを拝命して 4 年半の経験と感
じたことをいくつかご紹介して任を果たそうと心に決めた次第である。
◆「ヒューマンネットワーク」ということ
「ヒューマン」という言葉で私はどういうわけか夏目漱石の「こころ」
と サ マ ー セ ッ ト・ モ ー ム の「Of Human Bondage( 人 間 の 絆 )」 を 思 い
出す。いずれも感受性の高い高校生のときに読んだ小説だ。「Of Human
Bondage」は原書で読んだ。詳しい内容はほとんど覚えていないが、いず
れも人と人との心の触れ合いと誠の大切さをつづったもので、感激したこ
とのみ記憶している。産学官連携の人間関係にとっても誠と心の触れ合い
は極めて大切だと考えている。
私は何かことを始めるときには「ほれる」ことにしている。人にも業務
にも教員の研究テーマにも。もともとつむじ曲がりで人一倍好き嫌いが激
しい私にとって、人生を歩んでいくのに必要な知恵であった。産学官連携
活動もその例に漏れない。誠を尽くしてこちらがほれれば相手も悪くは思
わないはずだ。ここに心の触れ合いが生まれてくると考えている。
さて、「ネットワーク」。これが「人脈」では乾燥した冷たい感じがする。
先にも述べたように「(人が)織りなす輪」と解釈したい。つまり「ヒュー
マンネットワーク」は「誠と心の触れ合いで織りなす人の輪」である。
個人個人がハブとなってそれぞれが持つ情報と人間関係を、スポークの
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先に位置する人それぞれがその人の人間関係につないでいけば「ヒューマ
ンネットワーク」ができてゆく。このとき、一人一人の「誠と心の触れ合
い」がコミュニケーション成立の鍵である。コンセプトの数に応じて複数
のネットワークにもなる。
◆大学内ヒューマンネットワーク
この連載で私立大学の執筆者は私が初めてなので、産学官連携について、
配置先の明治大学知的資産センター内のネットワークについて紹介したい。
学内 TLO である明治大学知的資産センターでは、私が配置される前に経
済産業省系の(財)日本テクノマート(現在は発明協会)から特許流通アド
バイザーが配置されていた。大学の専任職員は技術系 1 名を含む 4 名であ
った(平成 16 年度に事務系が 1 名増員され現在は 5 名)。承認 TLO とし
ての産学官連携活動の基本構成は出来上がっていた。承認 TLO の主な任務
は特許シーズの発掘、特許の権利化、特許のライセンス、公募研究の窓口、
受託・共同研究の窓口、受託・共同研究や特許ライセンスに伴う各種契約、
各種イベント開催と出展である。私が加わって技術系が 3 名となり、電気・
電子と機械分野は特許流通アドバイザー、バイオ・アグリと化学分野は私、
公募研究窓口は大学職員と自然発生的に分担するようになった。情報収集
には上記職員に加えて、発明協会から派遣されている特許流通アソシエイ
ト 8 名(非常勤)が活動している。また、発明協会からは「ベンチャー設
立支援専門家(略称)」(非常勤)も派遣されていて、これらの職員それぞ
れが得た情報は上記分担者に提供され処理されていく。あうんの呼吸であ
る。このような雰囲気が出来上がったのは、事務室が大部屋でいつでも話
し合うことができ、TLO 立ち上げで右も左も分からない時に苦労を分かち
合い、お互い協力し合ったことが大きく寄与している。
◆OBとのネットワーク
明治大学主催の催し物、他機関の特許流通フェア等の催し物を問わず、
「自分も明治大学の OB だ」といってブースに立ち寄ってくれる OB ほどあ
りがたいものはない。特に、ブースに立ち寄ってくれる人がまばらで閑散
としているときには涙が出るほどありがたい。国立大 OB の私が出身大学
のブースに OB だといって立ち寄ったことは今までにない。ここに、私大
では無意識のなかにヒューマンネットワークが形づくられていることをつ
くづくと感ずる。このネットワークは明治大学主催の研究・技術交流会、
フォーラム、シンポジウム、御知創会議 *1 等で活用しているが、今後ます
ます活用していきたい。
◆教員との人間関係
私が配置される直前まで左翼の活動拠点だった明治大学では、多くの教
員にとって産学官連携は異質の世界だった。研究室訪問をしてもけげんな
目で見られることが少なからずあった。一言二言話しただけで用はないか
ら帰れと、まるで押し売り扱いされたこともあった。そのような教員が 4
年目になって特許出願の相談に来られたときは心底うれしかった。うるさ
*1:御知創会議
明治大学で開始した新しいタイ
プの産学連携セミナー。明治大
学社会連携促進知財本部主催の
産学連携セミナーの一つ。教員
が研究成果を分かりやすく紹介
し、民間企業等からの参加者と
教員とがブレーンストーミング
を行いながら新しいビジネスア
イデアを創出していく。「御知
創会議」運営についてはシステ
ム・インテグレーション(株)に
も協力をいただいている。
がられると分かっていても時折チラと研究室を訪れていたのが幸いしたも
http://sangakukan.jp/journal/
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.7 2006
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のと思う。案件を聴取してユニークで素晴らしい着想とそれを裏付ける基
本データを見たときは躍り上がった。そのテーマにほれた。その教員にも
ほれた。このテーマは私の本年度の産学官連携重点テーマの一つに位置付
けている。
◆審査官面談を契機とする人間関係
共同研究先と共同出願した特許について審査官から「最後」の拒絶理由
通知が来た。大学、発明者および共同研究先のために何としても権利化し
たかった。発明者の教員、知財マネージャー、共同研究先の代表者および
代理人の弁理士を伴って審査官面談をした。1時間足らずの面談で当方の
見解について明細書には十分表現できなかったことを実験データに基づい
て誠心誠意説明した。一方で「拒絶理由」について審査官の考え方を詳し
く聞くことができた。「拒絶理由通知」だけでは判断できなかった審査官の
意向を踏まえて補正書が書けるし、審査官にもいい勉強になったと言って
いただいた。補正書案について審査官と弁理士とのキャッチボールのあと、
正式な補正書を提出することになった。ここに「ヒューマンコミュニケー
ション」の奥義があると実感した。教員、共同研究先、弁理士および審査
官との信頼関係もこの面談で深まったと考える。単に書面だけの拒絶理由
対応では得られない心の触れ合いをお互いにつかむことができたと思う。
◆おわりに:産学官連携コーディネーター間のネットワーク
文部科学省の産学官連携コーディネーター(CD)は全国会議、地区会議、
私大グループ会議やバイオ・医学 CD 会議などの SIG(Special Interesting
Group)会議等のいくつかの CD 会議で年に何回も同じ釜の飯を食い、討議
を重ねている。多くの CD がお互い顔見知りとなり、気心が知れた間柄に
なっている。メールや電話で気軽に情報交換し、簡単にいろいろなことを
依頼し合える。この関係は今後も産学官連携活動を継続する上で大変貴重
な財産である。
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産学官連携ジャーナル Vol.2 No.7 2006
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地域イノベーションは可能か?
公共投資が減少し続けている現状から経済、政治の中央指向が地域イノベーションを促進できないと著者は
痛感する。今後の東北地域の産業発展を実現すべく、これまでの同地域での産学官リエゾン活動、人材育成
のため東北大学に新たに設置された課程、などを述べる。
◆東北地方での産学連携
井口 泰孝
現在、日本は中国の急激な経済発展、国内産業のリストラ努力、技術開発に
よる競争力の回復、そして国内個人消費の復活により、歴史にない好景気が続
いていると言われている。しかし、東北地域、特に有効求人倍率が日本で最下
位の青森県にいるとその実感はなく、ほんとうに復活したのか疑問である。景
気をけん引している自動車産業、デジタル家電産業の立地が不十分な地域はど
のようにしたら良いのか? 平成 18 年 3 月東北大学を定年退職、4 月より青
森県民、八戸市民となり、公共投資が減少し続けている現状から、経済、政治
の中央指向が地域イノベーションを促進できないでいると痛感している。ここ
10 年間の東北大学未来科学技術共同研究センター:ニッチェ(New Industry
Creation Hatchery Center: NICHe)*1、リエゾンとしての経験を生かし、さら
なる産学官地域連携を行い、少しでも、八戸、青森、北東北の発展に役立てれば
と思っている。
(独)科学技術振興機構(JST)のプラザ事業も盛岡にサテライ
ト岩手ができ、北東北 3 県をより緊密にコーディネートできる体制ができた。
平成 17 年 3 月(社)東北経済連合会が中心となり、東北インテリジェントコ
スモス、東北地域の大学・産業界からなる委員会が「第 3 期科学技術基本計画
への地域からの提言――科学技術を源泉とした地域の産業競争力強化に向けて
――」をまとめ、関係各省庁に提出した。さらに、本年 1 月、東北経済連合会
が第 3 期科学技術基本計画に関する東北 7 県の産学官へ具体的な提案をし、4
月より新たなる活動もスタートした。今後、大学・高専と地域・コミュニティ
ーの意識の変革、すなわち ――学内の理解と協力、学̶学連携、地方自治体の
絶対的サポート――、倫理、利益相反・責務相反(Conflict of Interest・Conflict
of Commitment)の社会認知、ベンチャー・スピンオフ企業に対する個人・社
会の意識変化、ベンチャーキャピタルの育成、等々の意識改革と基盤整備を基
に、大学・高専・公設試主導の先端研究成果の地域企業への技術移転を行い、
既存企業の再生・活性化、そしてベンチャーの育成を東北地域が産業界、地
域、コミュニティーと大学・高専と連携、協調し、実現するために、まい進す
ることが重要である。以上は、いずれも、どこでも言われてきたことである。
実行する担い手、すなわち、産と社会を知る大学人、大学を知る産業人を少し
でも地域に受け入れ、地域で育てる以外の道しか新展開はない。近道はなく、
急がば人材育成である。まずは八戸、青森、北東北がターゲットである。
(いぐち・やすたか)
八戸工業高等専門学校 校長/
前 東北大学工学研究科長・工学
部長
*1:東北大学未来科学技術共同
研究センター(NICHe)
http://www.niche.tohoku.
ac.jp/
◆この10年間での筆者による産学官リエゾン活動
東北大学では 1998 年 4 月に地域連携・産学連携施設、リエゾン機能を有す
る未来科学技術共同研究センター:ニッチェを設置した。以来、わが国の基幹
産業の要となる技術開発、地方産業の活性化にもつながる新産業創出に資する
新技術開発、新産業創成、新技術・新プロセスの創出を目指し、現在、17 の
http://sangakukan.jp/journal/
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.7 2006
27
研究開発プロジェクトが進行している。
JST による研究成果活用プラザ宮城では事業化を目指す 12 の育成研究が行
われ、実用化、製品化等の成果が挙がってきている。事業化可能性試験、シー
ズ育成(発掘)試験等も育成研究につながる多くの研究として、進展中である。
宮城県の地域結集型事業は終了し、やっと一部が事業化されつつある。筆者は
関与していないが青森県のフラットパネルディスプレイの地域結集型事業は最
終年度を迎え、青森地域に適した事業化の段階に差し掛かってきた。他の地域
の地域結集型、都市エリア事業も研究成果と事業化が要求されているが、標ぼ
うしている割には成果が出てきていない。文部科学省による仙台市の知的クラ
スター事業ではインテリジェントエレクトロニクス関連の 11 のプロジェクト
が東北大学内インキュベータ施設:ハッチェリースクエアを中心に、産学連携
による事業化を目指す開発研究が行われている。本事業も最終年度になり、成
果活用、事業化が喫緊の課題である。東北経済産業局による情報・生命・未来
型ものづくり産業クラスターと循環型社会対応産業クラスターは第 II 期を迎
え、TOHOKUものづくりコリドー *2 創生に 4 地域を選び、開発研究資源を集
中させ、成果に向かって新たなる活動を行っている。仙台市―フィンランド政
府・オウル市によるフィンランド健康福祉センター(FWBC)プロジェクトと
してフィンランド型高齢者養護施設と R&D センターがスタートし、仙台市=
福祉の街を目指す 1 歩を踏み出した。なおフィンランドと仙台地域の企業によ
るプロジェクトの成果も挙がってきている。さらに、MEMS パークコンソー
シアム *3 もスタートした。
ニッチェリエゾンへの文部科学省、東北経済産業局、宮城県、仙台市からの
コーディネータ派遣、大学から仙台市、宮城県、経済産業局への教員、職員の
派遣も行われている。せんだいコーディネータ協議会は人材育成とともに、本
地域へのさらなるプロジェクト導入を目指している。
東北大学発ベンチャーも 20 数社となり、旧金属博物館を宮城県、経済産業
省により整備したあおばインキュベーションスクエアには 4 社が入居し、活動
しており、さらに(独)中小企業基盤整備機構によりニッチェに隣接した第 2
号インキュベータの建設が、平成 18 年度に予定されている。東北インキュベ
ーションファンドを運用する(株)東北イノベーションキャピタルも活発に活
動し始め、出資した会社の株式公開も行われてきている。これらベンチャーを
支援するメンター、コーディネータ、コンサルタントの発掘、育成も緒に就い
てきた。ベンチャーに対する経営・マーケティング・資金等々何でも指導する
(株)アオバテクノコアの活動も軌道に乗り始めてきた。
地域の代表的企業である NEC トーキン(株)と工学研究科・ニッチェ、(株)
クレハとニッチェ、さらに多くの企業と他部局との協力協定も活発に締結され
ている。また、他大学、自治体、高専等との協力協定も幅広く結ばれている。
東北大学には寄付講座・部門が平成 15、16、17 年度で 19 設置されている。
このように今後の産学共同研究のためのプラットフォームが充実してきた。守
秘義務をしっかり結んだ大学 - 企業間研究懇談会も企画、実施されている。東北
経済連合会、ニッチェリエゾンが地域のニーズとシーズのマッチングを行って
おり、その成果が期待されているが、いずれも実を結ぶためには時間を要する。
日本の競争力は、知的資産を中心に戦略的な政策を実行した米国に大きく差
をつけられている。その大きな要因は、技術・知的資源をビジネスや経済的成
果につなぐ技術経営能力の欠如にあると言われている。従って、国際競争力を
取り戻し、科学技術創造立国を実現するために、「ものづくり」の重要性を認
http://sangakukan.jp/journal/
*2:TOHOKU ものづくりコリ
ドー
東北地域産業クラスター第II期
計画では、東北地域で早期にク
ラスターを形成する可能性の高
い産業集積地域を中心にして戦
略的にクラスター形成活動を展
開し、それらを交通インフラ・
情報通信インフラなどのコリド
ー(回廊)によって結び、つな
ぐことが東北地域全体のクラス
ター形成の早道と考える。高い
ポテンシャルを有する技術・産
業分野と産業集積地域を選定
し、それぞれの強みの相乗効果
を得ることを重視し、支援策・
環境整備を含め展開するプロジ
ェクトである。
*3:MEMS パ ー ク コ ン ソ ー シ
アム
http://www.memspc.jp/
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.7 2006
28
識し、技術的バックグラウンドを持ちながら社会の幅広い分野で活躍できる人
材を育成する必要がある。
大学のミッションは教育、研究(特に基礎、基盤研究)であるが、研究開発
から発明を導き、知的財産権化し、産業界に技術移転することも重要である。
従って、ここ数年幾つかの大学で技術経営:MOT 人材育成のための、セミナ
ー、コースが設置された。
◆東北大学に設置された技術社会システム専攻とは
東北大学では技術経営実践人材の養成と同時に研究、指導人材育成を目指し
た技術社会システム専攻(Management of Science & Technology Department:
MOST)を平成 14 年 4 月に工学研究科に設置した。専攻としての設置は早稲
田大学と同時期である。
本専攻は下記の 2 講座からなる。
・実践技術経営融合講座
技術政策分野、技術経営・知的財産権分野、技術適応計画分野では新産業
創成のための、わが国の政府および地方自治体の技術政策、企業の技術競争
と世界標準、戦略的提携の動向、日米欧等の先進諸国の国際技術政策を研究
する。そして、これを踏まえて、技術適応計画をはじめとする先進科学技術
的アプローチを駆使することによって国際競争力のある独創的、革新的な製
品やサービス、あるいは新規事業の創出を行うことができる人材、特許権等
の工業所有権、著作権、ノウハウ、トレードシークレット等知的財産権制度
に精通した人材を養成する。
・先端社会工学講座
現代技術社会工学・エネルギー学分野、リスク評価・管理学分野、デジタ
ル社会基盤学分野、研究組織論分野では現代社会におけるエネルギー資源に
かかわる政策、システム技術、技術市場の構造変化等を対象にして、科学技
術と現代社会の関係を認識し、かつ客観的な科学的判断を行うのに必要な工
学倫理、技術倫理、科学哲学の基礎理論を踏まえて、現在社会の諸問題を客
観的、効率的に評価、解析する手法について教育研究を行う。これらを基
に、現代社会における科学技術の潜在的リスクを解明・評価し、安全かつ安
心な社会づくりに結びつける分野を担う人材を養成している。
さらに知的財産の創造から活用までの活動を活性化する視点から、知的財産
関連専門人材の育成が急務となっている。知的財産権の確立をサポートする弁
理士・弁護士、技術移転活動の従事者、企業・大学等の知的財産担当者など知
的財産マネジメント人材のスキルアップが望まれる。また知的財産関連の業務
が拡大したことに伴い、研究開発・企画経営・政策立案などの分野においても
知的財産に精通した人材が要求される。そこで MOST を母体とし、文部科学
省の振興調整費新興分野人材養成プログラムによる企業や大学などの「研究開
発の場」において知的財産の活用を踏まえた研究や製品開発を実施できる実践
的人材の養成に主眼を置き、研究開発の現場、技術移転の現場とのリンクをフ
ルに活用した人材養成プログラムを策定し、実践している。
このような人材育成は一大学では不十分であり、東京大学、東京工業大学、
早稲田大学、京都大学、政策研究大学院大学、東京医科歯科大学、そして弁理
士会との連携も行っている。
以上とりとめもなく書かせていただいたが、皆さまのご協力で少しでも地域
イノベーションを可能にしたいと考えている。
http://sangakukan.jp/journal/
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.7 2006
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「第5回産学官連携推進会議」報告
平成18年6月10日、11日に「第5回 産学官連携推進会議」が、内閣府・総務省・文部科学省・
経済産業省・日本経済団体連合会・日本学術会議の主催で国立京都国際会館にて開催された。こ
れまでの産学官連携サミット、地域産学官連携サミットおよび産学官連携推進会議の成果を踏ま
え、産学官連携の推進を担う第一線のリーダーや実務経験者を対象に、産学官連携の実質かつ着
実な推進を図り、科学技術創造立国の実現に資する趣旨でとり行われたが、産・学・官それぞれ
の立場から、会議に出席した3名に参加レポートをお願いした。なお、本会議の参加者は約4,000
名であった。
「第5回 産学官連携推進会議」参加報告 ̶ 産の立場から̶
私は、文部科学省産学官連携コーディネーターとして約 4 年間活動し、
この 4 月から企業に本務を移した。日ごろ、実感していることを踏まえて
感想を述べていくが、本会議で脳裏に刻まれたことは、以下の内容であった。
1)人材育成の重要性が、多くのプログラムの中で議論された。特に、基
調講演では女性研究者にターゲットを絞った支援モデルを具体的な施
策として述べられ、特別講演でも科学技術系人材の在り方に関して、
同様に強調されていた。分科会では、一例として、コーディネーター
も、大学と企業のマッチングに重要な人材であり、いかに育成するか
について力説されていた。
2)コーディネーターの資質として、ア)産と社会を知る大学人である イ)
大学を知る社会人である、ということが望ましい。その理由は、以下
である旨の議論であった。コーディネーターは、専門領域でシーズ・ニ
ーズのマッチング・ビジネスの入り口から出口まで、ドライビングホ
ース(道先案内人)として対応する。期待されるコーディネーターは、
技術相談等において、顧客からリピートの依頼を受け、トップレベル
の人的ネットワーク・顔の見える組織が構築できている。最近、コー
ディネーターに期待する役割は、単なる技術移転の遂行にとどまるの
ではなく、クリエイター 何かを作り上げる人材 に変遷している。
分科会では、コーディネーターの任期・評価に関する質問に対し、
コメンテーターは、当たり障りのない回答であり、現場を熟知してい
ないと推察した。評価制度に関しても同様であり、残念である。
3)ものづくりの場において、大学(基礎研究の成果物)と企業、特に中
小企業の役割は、ある程度見えている。公的な試験研究機関はプレイ
ヤーとして、大学と中小企業の間の機能を補足する位置にある。
事業化の判断材料として、中小企業は人・物・金を捻出する準備は
あるが、真の情報(質と量)が不足している。
4)産と学による共同研究等の基本姿勢はイコールパートナーである。目
http://sangakukan.jp/journal/
大石 博海
(おおいし・ひろみ)
(株)スズケン 事業開発部 顧問
/群馬大学 地域共同研究センタ
ー(昭和分室)産学官連携コー
ディネーター
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.7 2006
30
標に向かって進む上で、双方の役割が異なるだけ
である。上下関係は全くあり得ない。苦楽を共に
し、双方の信頼関係の構築が必須である。さら
に、仕事を各自が自覚する必要がある。
このような理念がいかに学内で徹底され、絵に
描いたもちにならないことを切望したい。
5)大学のシーズ・ニーズの技術移転について、大
学の基礎研究の成果物を技術移転する相手先は、
概して、体力的に強い企業が対象になる。一方、
分科会の模様
中小企業では、比較的リスクが低いことが前提
になる。具体的には、市場性がある程度想定できている。また、開発
段階から市場導入に要する費用が低いことが不可欠である。
6)技術移転はマーケットイノベーションとプロダクトイノベーションを
考慮すべきである。特に、中小企業との共同研究に際して、マーケッ
トイノベーションで対応するのが賢明である。
例えば、医薬品・特定保健用食品・医療機器の開発において、厚生
労働省への製造承認(申請)が必要である。具体的に、安全性と有効性
にかかわる検証試験のデータ入手に莫大(ばくだい)な開発費を要する。
従って、中小企業が取り組む場合、政府・自治体等の支援が必要になる。
7)経営者のストレートな話を聞いた。ビジネス成功の秘訣は、ア)情熱と
執念を噛み合わせたリーダーシップが必要 イ)部下に対する気配り、
仕事は楽しいか・好きか・社会に役に立つ仕事と思えるか等、ヒアリ
ングして確認する。
8)産学官連携功労者表彰について、今後、中小企業での光る技術・もの
づくりも表彰の対象としてふさわしいのではないか。
9)地方大学はいかに地域貢献するか。企業、特に中小企業に対する配慮
である。大学の使命、アカデミアとして創造的な研究と開発研究(改
良・改善)のポジショニングを明らかにする必要がある。
〈まとめ〉
種々のプログラムに参加し、産の立場から以下の点が重要であり、関心
事であると感じた。
本会議のプログラムを通して、科学技術戦略に関して、新しい情報が
収集でき、今後のコーディネート活動に有用になった。
これまで、ちまたで言われてきた事例もあったが、いずれにも参加者
の関心が強く、議論がアクティブであったと思う。コーディネーター
として、状況を理解し、把握でき、また種々の行動指針を把握できた
ので、今後は自信を持って業務遂行ができる。
成果を追求し、関係者が幸せをつかむために、産と学が本音で議論
する場が必要ではないか。特に、コーディネーターが双方の立場を理
解し、メリットが期待できることを遂行するとよい。
学内のマネジメントに重点をおいた真剣な議論、体制整備が必要であ
る。
昨年の本会議での 産の参加者が少ない という意見に対して、今年は産
への配慮・価値ある情報が少々ではあるが着実に増えていると感じた。
http://sangakukan.jp/journal/
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.7 2006
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「第5回 産学官連携推進会議」参加報告 ̶ 学の立場から̶
川崎 一正
毎年同時期に開催される本会議は、5 回目を迎えてマンネリ化してきて
(かわさき・かずまさ)
いるとの批判もあり、主催者側の創意工夫が必要となってきている。こう
新潟大学 地域共同研究センター
助教授
した状況の中、今回の推進会議は、さまざまな意味での節目ともいえる雰
囲気を醸し出していたような感があった。参加者の会場への出足は早く、
開会前の午前 9 時 30 分にはメイン会場のテーブル席はすでに満杯、展示
ブースでは大学の研究紹介、TLO の特許技術等の紹介があり、人の熱気で
溢れ、熱心なやりとりが終日続いていた。また、初日に行われたワークシ
ョップでは、4 会場ともに満杯で、立ち見も数多く見られた。
本会議の主テーマは「イノベーション加速に総力結集」で、あらゆる視
点から議論された。第 3 期科学技術基本計画がすでに具体化されており、
その中で産学官連携の占める割合は高く、連携を広く深くしていくことの
重要性が全体会を通してヒシヒシと伝わってきた。分科会は、5 分科会か
ら成り、そのうち 3 分科会は、地域中小企業との産学官連携、人材育成、
知的財産等、従来の内容をほとんど踏襲し、各分科会ともに 4 年前の第 1
回会議の時と比べて進展していることを全体会議で確認した。一方、今回
新たに「産学官連携の今後の方向性と国際的展開」と「データから見る産
学官連携の現状と課題」の2つの分科会が設定された。前者では、国際的
な視点で産学官連携をとらえていく必要があり、大学の教育という観点か
らも議論された。そして、これらの国際競争力を高めること、特にアジア
において科学技術創造立国としての日本を確立していくことが重要と結論
づけている。後者では、データに基づいて産・学・官それぞれの立場から
議論された。自身もこの分科会に参加したが、特に印象深かったのは、産
学連携が国策として打ち出されて 10 年、その間に産と学の研究面での連
携は中小企業が増加してきていること、産学官連携に取り組んでいる大学
の研究者は、学術面でも相互補完していること等がデータに基づいて示さ
れたことである。
各大学では、いまだに共同研究・受託研究の
数や金額、大学発ベンチャーの数、特許出願件
数の数、実施料収入等が官から評価され、それ
らの数値を増加させることが目的となっている
きらいがある。こうした状況の中で、2 日目の
表彰式では、大学の研究シーズ、特に基礎研究
から実用化・事業化に至り、新規雇用を創出し
ているいくつかの事例を聞くことができた。こ
のような成功事例の流れや要因を分析し体系化
することにより、新規事業の創出につながる例
は増加していくであろうし、そうした成功事例
を一層増加させていくことが、中小企業の与信
第4回産学官連携功労者表彰
力を向上させ、わが国の経済の発展にも寄与す
ることになると考えている。
http://sangakukan.jp/journal/
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.7 2006
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「第5回 産学官連携推進会議」参加報告 ̶ 官の立場から̶
菊池 文彦
10 日は、小泉総理からのメッセージの紹介で開会、午前の部は全体会議
(きくち・ふみひこ)
の第一部として松田科学技術政策担当大臣の基調講演に引き続き、御手洗
(独)科学技術振興機構 産学連携
事業本部 産学連携推進部 産学
日本経済団体連合会会長、Gagnepainフランス国立研究庁長官による特別
連携推進課 課長
講演、清水工業所有権情報・研修館理事長による特別報告があった。
同日午後は 5 つの分科会、その後全体会議第二部として各分科会報告が
あった。筆者は分科会 1 に参加したが、ここでのテーマは「産学官連携の
今後の方向性と国際的展開」
(座長:相澤東京工業大学学長)。パネリスト
には、松重京都大学副学長、原(株)デフタ・パートナーズ取締役グループ
会長、吉川(株)富士通研究所常務取締役、上記 Gagnepain 長官と英国大
使館から Pook 科学技術参事官も参加した。イノベーション創出や大学の
研究成果の社会還元円滑化の観点から産学官連携の今後の方向性や、科学
技術システムの国際化の推進をどのように展開するかについての議論がな
された。分科会の最後に相澤座長から、日本国内における産学官連携は順
調に進捗しつつも、今後は「量」から「より高い質」を求めていくべきで
あること、長期的な観点を持ってイノベーション創出に向けた産学官連携
を進める上で、大学は研究テーマ設定時から研究成果の出口イメージを企
業との間で共有「デマンドプル型」の産学連携を意識して進んでいくこと
が必要であること、また、より国際的に開かれた質の高い大学を作り、い
かにその魅力を発信していくかが課題であるとのまとめがあった。
11 日は全体会議第三部として、第 4 回産学官連携功労者表彰に続き、
(独)産業技術総合研究所(産総研)の吉川弘之理事長による「国を挙げて
イノベーションシステムの構築を」と題した特別講演が行われた。この中
ではイノベーションが得られるまでの研究開発の時間軸の中で、大発見・
画期的発明などの「夢」を見つつ進める大学主体の「第 1 種基礎研究」と
企業主体の「製品化研究」の間に平均 15 年間程度の「第 2 種基礎研究」
と分類できる時期があり、この過程を独立行政法人(独法)の研究所の研
究者が中心に担っていること、この段階の研究では多数の交差する学問領
域の視点の中で思考せざるを得ないため、多くの独法の研究者が研究成果
としてまとめていくことがなかなか難しい「悪夢」の状況にあるとの情勢
分析。それを克服する上で産総研としては第 1 種、第 2 種、製品化の研究
フェーズを統合した「本格研究」という概念のもと、研究ユニットを構築
し、大学と、産業界の間に立って本格研究を進めていることが紹介された。
このような独法研究所が産業界と大学とともに進める「学独産連携」研究
により期待されるイノベーションの例としては、国際的健
康産業の創出や総合的新エネルギー産業の創出などが人類
的な課題となることが示された。このことは、独法研究所
の研究活動の意義を再認識するとともに、新技術の創出と
その技術移転の結果として製品化というわれわれにとって
常識とも言えるリニアモデルの概念を含みながらも、開発
と環境の二つの軸の中でサステナブルな社会構築に向けた
産業の重心移動 産業変革 という広い概念をもつ「イノベ
展示ブースの模様
ーション」の意味を考える上で貴重な機会となった。
http://sangakukan.jp/journal/
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.7 2006
33
「第4回産学連携学会」報告
産学連携学会の大会は今年で、第 4 回を数える。毎年、発表論文の数も
増えている。今年の発表プログラムの特徴は産である中小企業の参加にと
って有用となる産の現場に密着した内容、地方の学のありように焦点を当
日程:2006 年 6 月 15、16 日
場所:コラボ産学官プラザ(東京
都・江戸川区船堀)
てた内容と言えよう。ちなみに今大会の一般講演のうち産の発表は 16%と
なっているが、産学連携であるので、いずれにしても産が関与しているた
め、産が関連する内容は 16%よりさらに多いと思われる。また、パネル展
示、ランチョンセミナーも開催され、産学の情報収集の場とネットワーク
作りの目的にかなっていたのではないだろうか。
開会式では文部科学省の研究振興局研究環境・産学連携課長 佐野 太氏
の挨拶の中で、特に①国際競争力を持ち得る多様な人材育成の必要、②地
方のイノベーションをどう創出するか、③今後、産学連携は量ではなく質
の追求に焦点を当てるべきである、との話が印象に残った。産学連携学会
は単なる学会でなく、学会の成果を外に発信していくことが重要であると、
学会にエールを送られていた。15 日の午後に開催されたシンポジウム「コ
ーディネート活動の課題と役割」では、理系と文系融合型のコーディネー
ト活動、つまり大学のシーズである科学技術と社会科学的見方(経済含む)
で、コーディネート活動を行うことが重要で、どんな大学のシーズでもそ
れは宝でありイノベーションの可能性を持つ、従って目利きが非常に大事
である、そしてコーディネート活動は知的財産にいかに対応していくかが
重要であるとの発言がみられた。
2 日目午後の一般発表論文の総括では、今回、具体的な産学連携の論文
が多かったのは産学連携学会会員のそれへの関心の現れであるとの話があ
った。いくつかの今後の指摘もみられた。すなわち、①産学連携に関する
諸項目について議論する場合、参加者の認識の差違もみられることからタ
ームの定義を決めることが求められる、②産
学連携の成功事例を出して産学連携の有用性
を知らせるのがよいのでは、③産学連携の官
の支援事業、例えば、文部科学省、経済産
業省、NEDO、JST などの支援事業を分析し、
かつ一覧のリストのようなデータベースを作
成するとよい、を特筆したい。
同学会は梅雨のうっとうしい季節に開催さ
れたが、会場内は熱心に耳を傾け、議論する
参加者の熱気が伝わり、産学連携学会の今後
の方向性と発展のありようを垣間見たもので
あった。 (本誌編集長 加藤多恵子)
http://sangakukan.jp/journal/
シンポジウムの模様
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.7 2006
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★本年度から本誌編集委員に就任した、東経連事業化センターの西山です。よろし
くお願いします。
今月号の特集の中国地域産業クラスターや井口泰孝氏のエッセイ「地域イノベー
新たな節目
出口志向が鍵
ションは可能か?」等から、産学官連携も新たな節目だと実感しました。本年は第
3 期科学技術基本計画のスタートの年です。産業クラスター計画の第 2 ステージが
スタートし、知的クラスター創成事業は最終年度に入りました。この新たな節目に
当たり、地域イノベーションシステムを構築するには、市場化を相当意識した出口
志向の産学官連携が鍵になると再認識しました。 (西山委員)
★これまでに連載された 産学連携と法的問題 を読むと思い出す。2 年前の 4 月
に大学が法人化したことを契機に、大学と共同研究を積極的に立ち上げたが、契
約、特に知財権でいずれも立ち往生、産学ともに苦労した。研究でないところで
エネルギーを使うのはもったいない。契約書がいらない何か良い考えはないか…。
研究の成功確率は高くないことを考えると、共同研究開始にあたり、企業が産学連
携保険会社(?)に保険料を支払い、研究が運良く実用化されたら保険会社が保険
真夏の夜の夢?
産学連携に保険を!
金を共同研究先の大学に支払うという途方もないアイデアが頭に浮かんだ。
今は、産学歩み寄って契約もスムーズと聞く。あれは、苦しいときの真夏の夜
の夢であったか。 (府川委員)
★今月号では、座談会および取材記事を掲載した。前者は新潟大学での座談会、
後者は岡山市での取材でいずれも両地方を訪れた。地方に行くたびに地方の佇ま
痛感!
連携の軸は技術・人
い、環境の美しさ、その中で頑張っておられる産学の方々の姿に感銘を受ける。
言わずもがなであるが今回の出張でも、初めに技術ありき、そして人ありきであ
ることを痛感した。両記事や今月号のエッセイなどからそれらを読み取っていた
だければ幸いである。「MOT と産学連携」では、企業から見た発明に関連する知
財活動をまとめていただいた。 (加藤編集長)
産学官連携ジャーナル(月刊)
2006年7月号
2006年7月15日発行
Copyright ⓒ2005 JST. All Rights Reserved.
編集・発行:
独立行政法人 科学技術振興機構(JST)
産学連携事業本部 産学連携推進部
産学連携推進課
編集責任者:
江原秀敏 文部科学省
都市エリア産学官連携促進事業
筑波研究学園都市エリア科学技術コーディネータ
コラボ産学官事務局長
問合せ先:
JST産学連携推進課 菊池、加藤
〒102-8666
東京都千代田区四番町5-3
TEL :(03)5214-7993
FAX :(03)5214-8399
産学官連携ジャーナル Vol.2 No.7 2006
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