採用をめぐる法的留意点(3)

東京経協 実務シリーズ No 2011-4-003
採用をめぐる法的留意点(3)
2.採用の自由をめぐる諸問題
Q5.中途採用をしようと思います。採用選考の際、前の職場に退職の理由
や勤務ぶり等を照会してもよろしいでしょうか。
A5.前職照会を行うこと自体は、直ちに違法となるものではない・・・・
【ポ
イ
ン
ト】
●前職照会を行うこと自体は、三菱樹脂事件最高裁判決も「企業者が、労働
者の採用決定にあたり、労働者の思想、信条を調査することも、これを法
律上禁止された行為とすべき理由はない」としており、直ちに違法となる
ものではない。
●労基法第
22 条との関係で問題となるが、労働者の就業を妨げる謀り事など
の直接的な行為でなければ、同法に抵触しない。
●個人情報保護法との関係でも、利用目的が明らかであるなどの例外規定に
あたり、本人への通知不要という解釈はありうる。
●もっとも、個人情報の第三者提供に抵触する、守秘義務合意があるなどの
理由で照会を拒否される可能性はあるので、本人から情報開示の同意書を
取ったうえで、回答を求めるのがよい。
【解説】
(1)前職照会を行うこと自体は、直ちに違法となるものではない
前掲(Q4)では、「退職理由証明書の提出を本人に求めても問題はないか」とい
うものでした。今回の質問は、中途採用にあたって求職者が実際どのような人なのか
詳しい情報を得るために、前の勤務先に直接、本人の情報をいろいろと照会したいが
よいかという問題です。
結論から申しますと、後述するような例外的場合(下記②の場合など)を除き、照会してはなら
ないという法律上の義務はないといってよいでしょう。
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①三菱樹脂事件最高裁判決(最大判昭 48.12.12)
前述の三菱樹脂事件最高裁判決(最大判昭 48.12.12)も、「企業者が、労働者の
採用決定にあたり、労働者の思想、信条を調査することも、これを法律上禁止され
た行為とすべき理由はない」「法律に別段の定めがない限り、右は企業者の法的に
許された行為と解すべきである」としています。
「法律に別段の定めがない限り」とありますので、この点を検討してみますと、
照会して問題となる法律として考えられるものとしては、まず退職時の証明(労基
法第 22 条)との関係です。
②労基法第 22 条との関係
労基法第 22 条では、確かに「3項
項を記入してはならない」「4項
前2項の証明書には、労働者の請求しない事
使用者は、あらかじめ第三者と謀り、労働者の
就業を妨げることを目的として、労働者の国籍、信条、社会的身分もしくは労働組
合運動に関する通信をし、又は第1項及び第2項の証明書に秘密の記号を記入して
はならない」と定められています。
この規定との関係ですが、前職照会が労働者の就業を妨げることを目的とした謀
り事であって、照会内容が労働者の信条や労働組合運動に関する等の場合には、4
項の通信に該当するおそれがあります。しかし、そのような露骨な直接的な行為で
なければ、前職紹介がこの条文により直ちに禁止されるというわけではありません。
③個人情報保護法との関係
個人情報保護法との関係も問題となります。個人情報保護法第 18 条 1 項では、「個
人情報取扱事業者は、個人情報を取得した場合は、あらかじめその利用目的を公表
している場合を除き、速やかに、その利用目的を本人に通知し、又は公表しなけれ
ばならない」と定めています。そのため、前職紹介に応じる場合、本人に通知する
ことが必要となるのかが問題となります。
ただ、同法第 18 条 4 項では「2
利用目的を本人に通知し、又は公表することに
より当該個人情報取扱事業者の権利又は正当な利益を害するおそれがある場合」
「4
取得の状況からみて利用目的が明らかである場合」には例外とされています。
そこで、これらの例外規定にあたるとして、本人への通知は不要だという使用者側
の解釈はあり得ます。
(2)照会先から拒否される可能性はある
以上のように、前職照会を行うこと自体は、直ちに違法となるものではありません。
ただ、前職照会を行った先の会社に、照会に応じてもらえるのかどうかという問題は
あります。個人情報保護法では、「個人情報取扱事業者が個人情報を第三者へ提供す
る場合には、本人の同意を要する」と定められています(第 23 条 1 項)。したがっ
て、これに違反するという理由で、照会に応じてもらえないというケースは少なから
ずあるでしょう。
2
また、守秘義務合意が前の会社と取りかわされていて、拒否されるケースもあり得
ます。前職の会社を退職する際、トラブルとなっているケースでは、退職となった会
社と本人、弁護士、加入労組との間で守秘義務合意の文書がかわされている(トラブ
ルとなったことなど、本人に不利益な情報は開示しないという文書)場合には、合意
に基づき照会先が回答してくれないという可能性はあります。このような照会先の対
応を予想して、前職照会をするというのであれば、本人から、退職元の会社への情報
開示の同意書を取り、これを退職元の会社に交付して、「本人の同意がある」という
ことで回答してもらう対応が考えられます。
問題がありそうだと思われる求職者については、このような退職元への情報開示の
同意書の提出を求め、本人同意がとれないというのであれば、会社側としては採用で
きなくなってしまうというのもやむを得ません。
Q6.前職での労働組合活動や合同労組等への加入を理由に不採用とするこ
とは許されますか?
A6.原則として雇入れには不当労働行為の適用はないという最高裁判決が
あるが、組合差別などによる不採用と受け止められる言動は極力控え
るべき・・・
【ポ
イ
ン
ト】
●労働組合からの脱退を採用の条件とするのは、労組法違反であり許されない。
●事業譲渡で、譲り受け会社が組合員のみを不採用とするなどの事件が多く、雇
入れ拒否は原則として不当労働行為の不利益取扱いには該当しないという最
高裁判決(JR不採用事件、最判平 15.12.22)も出されている。
●しかし実務的には、事業譲渡の事案では、組合差別などによる不採用と認定さ
れるような言動を極力控えるという対応が必要である。
【解説】
(1)労働組合員の不採用と不当労働行為
前掲のQ2でも述べました通り、労働組合法では「労働者が労働組合に加入せず、
もしくは労働組合から脱退することを雇用条件とすること」(同法第 7 条 1 項後段)
が不当労働行為として禁止されています(黄犬契約の禁止)。したがって、労働組合
からの脱退が採用の条件であるというのは、同法に違反する対応です。
実際は、組合不加入、脱退を条件として明示して求めるというケースはあまりない
でしょう。不採用となった労働者から、「真の不採用の理由は組合員であることでは
ないか、組合活動ではないか、これは労組法第7条 1 項前段の不利益取扱ではないか」
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ということで不当労働行為性が主張されることが多いようです。
(2)事業譲渡を巡る事案と実務上の留意点
特に、多く問題となるのが事業譲渡の事案です。旧会社が解散して、前従業員が解
雇され、事業が別の会社に譲渡されたのだが、譲受け会社の方では旧会社の労働組合
員だけ不採用とする、あるいは組合員も採用するのだが特に組合活動の熱心な組合員
のみ不採用とする事案があります。
このような例で不採用の例が、労組法第7条 1 項前段の不利益取扱いに該当するか
が論じられた青山会事件(東京高判平 14.2.27)です。この事件では一審で「労組法
第7条 1 項前段は雇入れ拒否についても適用がある」という正面からの判断がなされ
ていますが、控訴審では、「労組法7条 1 項前段は雇入れ拒否についても適用がある
か否かについて論ずるまでもなく」「本件の不採用は、それに違反する不利益取扱い
であり支配介入である」とし、正面からの法解釈は回避されています。
JR不採用事件に関する最高裁判決(最判平 15.12.22)では、「雇入れの拒否は、
それが従前の雇用契約関係における不利益な扱いとして不当労働行為の成立を肯定
することができる場合にあたるなどの特段の事情のない限り、本条(労組法第 7 条)
1項にいう不利益取扱いにはあたらない」という判示がなされています。雇入れ拒否
は原則として不利益取扱いには該当しないという判示ですが、例外として述べられた
基準がわかりにくく、それが従前の雇用契約関係における不利益取扱いとして不当労
働行為を肯定できる場合がどういう場合かはっきりしていません。
東京日新学園事件(東京高判平 17.7.13)も、労働組合員の不採用が不当労働行為
にあたるのかが議論された事件です。「営業譲渡にともない雇用関係が当然承継され
るわけではない」「雇用関係はない」という判断がなされました。
いずれにしても近時の判例傾向は、どうも裁判所は事業譲渡の事案では、新旧両会
社は実質的に同一だから雇用関係は承継されるとする実質的同一性の理論、法人格の
濫用だから承継されるとする法人格否認の法理等いろいろな理論を構築して雇用承
継を図ろうとする傾向が強いようです。
したがって、実務的には、雇入れには労組法第 7 条 1 項の適用はないという法律的
な判断にたよるというのは非常に危険です。このような事案では、組合差別などによ
る不採用と認定されるような言動を極力控えるという対応が必要です。
なお、不採用が不当労働行為に該当するという見解に立ったとしても、その場合に労
組法第 7 条によって採用が強制されるという効果は発生しないと解されます。
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