世界同時株安と5つの違和感~わからないときは分散が最善の選択肢

MARKET INSIGHTS
Market Bulletin
2015年8月31日
世界同時株安と5つの違和感
わからないときは分散が最善の選択肢
要旨
• 世界経済は現在、『景気拡大』というメイン・シナリオへ向かうか、『景気後
退』というリスク・シナリオへ向かうかの岐路に立っている可能性があります
• メインとリスクのどちらに向かうかわかりませんが、今こそポートフォリオの
分散が効果を発揮するときです。リスク資産をすべて売却し、現金に逃避
するという選択肢は景気拡大というメイン・シナリオを否定する選択肢です
• 市場の解釈に疑問や違和感を覚えるようになるときがあります。通説は鵜
呑みにせず、検証してみることも重要です
市場の見通しより、資産運用のアドバイスがよほど重要
世界経済は現在、1つの岐路に立っているかもしれません。①多くの市場参加
者の意見が一致している『景気拡大』というメイン・シナリオへ向かうか、②急
カーブを切るように、『景気後退』というリスク・シナリオへ向かうかの岐路です。
経済指標を確認する限り、日米欧の景気は拡大基調です。景気後退に向かう
Yoshinori Shigemi
Global Market Strategist
Market Insights
兆しは見られません。しかし、時に金融市場の大きな変動が企業や家計の景
況感悪化につながり、雇用や設備投資、消費といった実体経済に悪影響を与
えることがあります。こうした状況は『尻尾が胴体を振り回す』と言われます。
残念ながら、メインとリスクのどちらのシナリオに進むかはわかりません。見通
しを提供するのが仕事のストラテジストにとって『わかりません』は『失格』です。
しかし、経済や市場の見通しはわからずとも、投資家が取るべき行動について
は見通しを提供することができ、またそれこそが重要かつ必要と考えます。
どちらに進むかわからない世界で投資家が取るべき行動とは何でしょうか。
Guide to the Markets Japan
のダウンロードはこちらから
www.jpmorganasset.co.jp/guide
MARKET BULLETIN | AUGUST 31, 2015
投資家は株式や債券などへの分散投資を。
資産を現金化してしまうことが意味するところは?
どちらに進むかわからない世界で投資家が取るべき行動とは、分散にほか
なりません。どちらかわからない世界とは、具体的にどんな世界でしょうか。
『景気拡大→利上げ』のメイン・シナリオどおりに進むと、株価は上がり、金
利も上がる(債券価格は下がる)でしょう。万一、『景気後退』のリスク・シナ
リオに進むと、株価は下がり、金利も下がり(債券価格は上がり)ます。
つまり、株式と債券を含む幅広い資産で構成されるポートフォリオを持って
いれば、一方が他方を助けてくれるという分散効果が期待できます。これ
は裏を返すと、一方が他方の足をひっぱるということですが、それこそがリ
ターンが安定するという、分散投資の「良い効果」にほかなりません。
ここでより重要な点は、筆者は、株式や債券などの価格が変動するリスク
資産への投資を継続すべきと主張している点です。逆に言えば、これらの
リスク資産を今すぐ売却し、現金に退避すべきとは主張していません。なぜ
ならば、①短期的には、『現金への退避』は、『景気拡大=リスク資産価格
の上昇』のメイン・シナリオを自ら否定する選択肢であり、②長期的には、
株式や債券などのリスク資産の期待リターンが現金よりも高いためです。
長期の投資家は今こそ、自らのポートフォリオが十分に分散されているか
をもう一度、見直し、もしそうでないならば、分散を進めるのがよいでしょう。
図1:世界金融危機直前の高値でリスク資産への投資を実行した投資家のポートフォリオ
140
130
120
筆者注:【青系色】2種類の分散ポートフォリオは、
① 株式100%に比べ、下げが相対的に小さい
② 株式100%に比べ、回復もより速い
③ 最悪のタイミングで買っても長期には
インフレや預金を上回っている
先進国株式50% & 先進国国債50%
先進国株式100%
日本株式50% & 日本国債50%
110
消費者物価指数(総合)
日本株式100%
円普通預金100%
100
90
80
70
60
50
40
30
'07
'08
'09
'10
'11
'12
'13
'14
'15
出所:MSCI、Citigroup、東京証券取引所、野村證券、日本銀行、総務省、J.P.モルガン・アセット・マネジメント
注:円ベースのトータルリターン、為替ヘッジなし、2007年6月末=100、2015年8月27日まで
2
F I V E M Y THS A R O U N D G L O B A L M A R KE T TU R M O I L
MARKET BULLETIN | AUGUST 31, 2015
5つの違和感:通説を鵜呑みにせず、疑ってみる
プロの運用者はリスクを取って、他者や市場に先回りしなければなりませ
ん。確たる証拠を待っていると、市場は既に動いてしまっていることがある
ため、直観に基づいて投資を判断することも少なくありません。
筆者も過去に運用に携わった経験がありますが、運用していると「何だか
わからないが何かがおかしい」と思う瞬間があります。もちろん確たる根拠
はないため、杞憂に終わることも少なくありません。
ただ、そう思うときは、①広範な市場が調整して『警戒サイン』が発せられて
いるように思えるときであり、②後講釈で付けるもっともらしい理由がなく
なったときであり、③市場の解釈に『違和感』を覚えるようになったときです。
筆者が最近、違和感を覚えることが5つあります。
1. 市場の動揺は中国発だ、中国こそが問題の要因だ
2. 利上げもしていないのに景気が後退するはずがない
3. 景気後退するならばきっかけは何か?
4. パニック売りだ
5. PER(株価収益率)で見れば割安だ
以下、これらについて、少し考えてみます。
図2:新興国通貨、コモディティ価格、中国株式市場の動き
100
90
80
70
60
50
新興国通貨指数
コモディティ価格指数
40
上海総合指数
30
'14
'15
出所:Thomson Reuters、上海証券取引所、J.P.モルガン・アセット・マネジメント
注:昨年来のピークを100として計算。
3
F I V E M Y THS A R O U N D G L O B A L M A R KE T TU R M O I L
MARKET BULLETIN | AUGUST 31, 2015
1. 『中国発』なのか?中国が動かしているのか?
これほどの調整にはもっと大きな懸念があるはず
今回の調整は、昨年半ば頃から始まっていて、中国の実体経済や株式市
場が変調を見せ、調整の舞台に立ったのは今年4月頃からです。
相場の調整は、『新興国通貨安』と『コモディティ価格下落』から始まりまし
たが、それは裏返せば『ドル高』です。そして、ドル高の要因は、①FRBの
利上げ観測、②日銀の追加緩和、③ECBの量的緩和などと推測されます。
また、人民元はドルに緩やかに固定されているため、『ドル高』は『人民元
高』です。中国経済は賃金や人民元の上昇、過剰な在庫や生産能力のた
め、もともと苦しかったのですが、昨年以降のドル高が一層苦しくしたと見ら
れます。つまり、中国は原因ではなく、ドル高がもたらした結果の一部です。
『量的緩和→通貨安』は、米国と英国を利上げに向かわせるほどに効果が
あったとされています。二番煎じで日欧も緩和しましたが、偽薬であれ何で
あれ、日本の景気は浮揚し、ユーロ圏もこれに続いているように見えます。
『通貨安』が過去は米英に、現在は日欧にプラスに働いているならば、逆に
現在の米中は通貨高で逆の作用=マイナスの作用を受けているはずです。
一方にプラス、他方にマイナスの例として、円安で日本企業の業績が回復
するのと裏腹に、米国企業の業績は冴えません。これは、ドル高による海
外利益の目減りや、原油安による資源企業の業績悪化のみではありませ
ん。中国やその他の新興国、豪州、カナダなどがドル高やコモディティ価格
下落によって鈍化し、売上そのものが伸びにくくなっているためです。例え
ば中国の自動車販売の低調さを受け、米ゼネラル・モーターズや独フォル
クス・ワーゲンの合弁会社は初めて現地工場のフル稼働を止めています。
企業業績やその見通しが重要なのは、それが雇用に直結するためです。
中国のみならず、新興国や資源国、そして本丸の米国の実体経済もが下
押し圧力を受けていることを市場が懸念するならば、これだけ広範な金融
市場が、これだけ長く、これだけ大きく調整していることの説明がつきます。
図3:新興国と資源国の為替レートと米WTI原油先物の騰落率
20%
10%
0%
-10%
-20%
-30%
-40%
-50%
-60%
-70%
中国
人民元
インド・ インドネシ 南アフリカ 豪ドル
ルピー ア・ルピア ・ランド
リーマン・ショック時(2008年7月末~2009年2月末)
バーナンキ・ショック時(2013年4月末~2013年8月末)
今回(2014年5月末~2015年8月26日)
出所:Bloomberg、J.P.モルガン・アセット・マネジメント
4
NZドル メキシコ・ トルコ・ ブラジル・ ロシア・ 原油先物
ペソ
リラ
レアル ルーブル
F I V E M Y THS A R O U N D G L O B A L M A R KE T TU R M O I L
MARKET BULLETIN | AUGUST 31, 2015
2. 利上げもしていないのに景気が後退するはずがない?
3. 景気が後退に陥るとすれば何がきっかけなのか?
実体経済は生き物です。放っておいても循環を繰り返します。金融政策が
実体経済を動かしているように見えますが、金融政策は実体経済の『後追
い』に過ぎません。金融政策がいかに期待を重視すると言っても、中央銀
行は何らかの「過熱」や「異変・変調」を確認してから政策を実行します。な
ぜならば、政策の実行には誰もが=市場が納得する論理的な説明が必要
であり、論理的な説明には「見える事実や根拠」が必要なためです。
実体経済は個人の行動の積み上げであり、市場金利や価格が調整弁です。
例えば米国では、政策金利はゼロ%でも、利上げが予見され、金利は上が
り、ドル高が生じています(日欧の金融政策による影響もあります)。
企業が業績を見つつ雇用を決めるならば、①ドル高による売上や利益の
目減りは、追加の雇用を止める十分な「きっかけ」です。また、②生産性=
生産効率の低迷もやはり、追加の雇用を止める十分な「きっかけ」です。追
加の雇用を止めることは、景況感の悪化⇒景気後退の「きっかけ」です。
米国の四半期ごとの就業者の平均増加数(雇用増加のペース)は、リーマ
ン・ショック前の景気拡大局面が+44.2万人で、現在の景気拡大局面は
+46.9万人であり、雇用というインプットは前回並みまで拡大しています。一
方で、就業者1人当たりの実質GDPの伸びというアウトプットは、リーマン・
ショック前の景気拡大局面が年率+1.5%で、現在は同+0.8%です。つまり、
「景気が良くなると思って雇用を増やしたが、実際にはお客さんはそれほど
来ない」状態が続いています。今後、企業は生産性を高めるため、現状の
戦力で十分と考え、追加の雇用を止める恐れがあります。
図4:米国:雇用の増減と就業者1人当たりGDP
1四半期あたりの就業者数の増減
4%
-40.5万人
+52.8万人
3%
2%
1%
2.0%
-24.2万人
1.0%
2.6%
+44.2万人
-98.8万人
1.5%
1.3%
+46.9万人
0.8%
0%
’90年第2 ’91年第4 ’01年第2 ’02年第2 ’08年第1 ’10年第1
~’91年第3 ~’01年第1 ~’02年第1 ~’07年第4 ~’09年第4 ~’15年第2
出所:米経済分析局、米労働統計局、J.P.モルガン・アセット・マネジメント
注:成長率は実質の年率、四半期単位で雇用が増加した局面と減少した局面を区分
5
F I V E M Y THS A R O U N D G L O B A L M A R KE T TU R M O I L
MARKET BULLETIN | AUGUST 31, 2015
2. 利上げもしていないのに景気が後退するはずがない?
3. 景気が後退に陥るとすれば何がきっかけなのか?
景気の拡大は生命と同じで、いつかは終わりを迎えます。生が死の「きっ
かけ」です。いつ終わるかはわかりませんが、わかるのは、景気が成熟を
迎え、これが長続きすれば、景気後退を迎える確率が日々高まることです。
例えば、失業率は動きを決して止めません。①常に上下どちらか動き続け
ますし、②ある程度の水準まで下がると、やがて上がり始めます。雇用統
計(雇用者数の前月からの増加幅)も同じで、①12ヵ月移動平均値は+20
万人を超えるとピークで、②+20万人を超える期間が続くとやがて、マイナ
スに向けて、減り始めます。つまり、雇用や景気は常に行き過ぎ、望ましい
状態=完全雇用の状態に留まることはありません。
それでは現在はどの位置にいると考えられるでしょうか。①現在の雇用統
計の伸び幅はピーク水準であり、②ピークの状態は長く続いています。①
12ヵ月移動平均値で雇用統計を見ると、リーマン・ショック前の景気拡大局
面はピークが+23.9万人、現在の景気拡大局面は+26.9万人です。②12ヵ
月移動平均値で見た雇用統計が連続して20万人を超えたのは、前回は
7ヵ月でしたが、今回は既に16ヵ月連続して20万人を超えています。
米国の景気拡大は「円熟期を迎えている」と言ってよいでしょう。
図5:米国:雇用統計
80
雇用統計
(雇用者数の前月差)
60
同(12ヵ月移動平均値)
40
20
0
-20
-40
-60
-80
'82
'86
'90
'94
'98
'02
出所:米労働統計局、J.P.モルガン・アセット・マネジメント
6
F I V E M Y THS A R O U N D G L O B A L M A R KE T TU R M O I L
'06
'10
'14
MARKET BULLETIN | AUGUST 31, 2015
4. 『パニック売り』なのか?根拠のない売りはない
先週木曜日の米国株の下げを見て、「何かがおかしいからとにかく売ろう」
と思った投資家は少なくなかったと思われます。「何かがおかしい」というの
は、プロを含む投資家にとっては十分な根拠です。「誰かが売るから自分も
売る」というのも十分な根拠です。なぜなら、そうした動きの広がりが景況
感の悪化につながり、実体経済の停滞を招くことが考えられるためです。
信用取引やデリバティブ取引、自動売買システムなどがしばしば市場の変
動を増幅させますが、これも「誰かが売るから自分も売る」動きの一部です。
投資家の立場を考えると、『根拠のない売り』などありません。
5. 『PERで割安』は買い推奨ではないため、要注意
PER(株価収益率)は長期の投資家にとっては大変有用な指標です。現在
のPERの水準は長期平均と比べると、決して高くはありません。長期的に
考えれば、現在のPERは株価の上昇を示唆している可能性があります。
しかし、短期的には、『PERの低下=割安』とは限りません。PERの低下は
アナリストによる予想利益の下方修正を先読みしている恐れがあります。
また特に、相場が大荒れのときには、短期的にバリュエーション指標が効
かず、割安とされるものがさらに割安になる場合があり、注意が必要です。
ストラテジストが『PERで見れば割安』と言うときには、『だから今すぐ買うべ
き』と言っているわけでは決してないため、注意が必要です。
7
F I V E M Y THS A R O U N D G L O B A L M A R KE T TU R M O I L
MARKET INSIGHTS
本資料は、JPモルガン・アセット・マネジメント株式会社が作成したものです。2015年8月31日時点におけるJPモルガン・アセッ
ト・マネジメントの見通しを含んでおり、将来予告なく変更されることがあります。「JPモルガン・アセット・マネジメント」は、JPモル
ガン・チェース・アンド・カンパニーおよび世界の関連会社の資産運用ビジネスのブランドです。
過去のパフォーマンスは将来の成果を保証するものではありません。本資料に記載のすべての予測は例示目的であり、投資
の助言や推奨を目的とするものではありません。意見または推計、予測、金融市場のトレンドに係る記載は、作成時点の市
場環境下での我々の判断に基づいており、将来予告なく変更される場合があります。記載された情報の正確性および完全
性を保証するものではありません。本資料はいかなる金融商品の売買も推奨するものではありません。見通しや投資戦略は
すべての投資家に適合するものではありません。特定の証券、資産クラス、金融市場の関する記載は例示を目的とするもの
であり、これらの推奨または投資、商品、会計、法務、税務に係る助言を目的とするものではありません。JPモルガン・チェー
ス・アンド・カンパニー・グループはこれらに関して責任を負うものではありません。記載された見通しはJPモルガン・アセット・マネ
ジメントによるものであり、JPモルガン・チェース・アンド・カンパニー・グループの他のグループ会社または他の部門の意見を必ず
しも反映していません。
「J.P.モルガン・アセット・マネジメント」は、JPモルガン・チェース・アンド・カンパニーおよび世界の関連会社の資産運用ビジネスの
ブランドです。本資料は、以下のグループ会社により発行されたものです。
香港:証券先物委員会の監督下にあるJFアセット・マネジメント・リミテッド、JPモルガン・ファンズ(アジア)リミテッド、JPモルガン・
アセット・マネジメント・リアル・アセット(アジア)リミテッド、インド:証券取引委員会の監督下にあるJPモルガン・アセット・マネジメ
ント・インディア・プライベート・リミテッド、シンガポール:金融管理局の監督下にあるJPモルガン・アセット・マネジメント(シンガ
ポール)リミテッド、JPモルガン・アセット・マネジメント・リアル・アセット(シンガポール)プライベート・リミテッド、台湾:金融監督管
理委員会の監督下にあるJPモルガン・アセット・マネジメント(タイワン)リミテッド、JPモルガン・ファンズ(タイワン)リミテッド、日
本:金融庁の監督下にあるJPモルガン・アセット・マネジメント株式会社(金融商品取引業者 関東財務局長(金商)第330
号 加入協会:日本証券業協会、一般社団法人投資信託協会、一般社団法人日本投資顧問業協会)、韓国:金融委
員会の監督下にあるJPモルガン・アセット・マネジメント(コリア)カンパニー・リミテッド(韓国預金保険公社による保護はありませ
ん)、オーストラ リア:証券 投資委員会の監督下に あるJPモルガ ン ・アセ ット・ マネジ メ ン ト(オーストラ リ ア)リミ テッ ド
(ABN55143832080)(AFSL376919)(Corporation Act 2001(Cth)第761A条および第761G条で定義される販売会社に配布が限
定されます)
本資料は、配布される国・地域の法令や規則によって、受取人が他者に転送したり、他者に見せたりすることはできない場合
があります。
投資にはリスクが伴います。投資資産の価値および得られるインカム収入は上下するため、投資家の投資元本が確保される
ものではありません。投資判断する際は、ご自身で調査、評価するか、もしくは投資助言を受けるようにしてください。本資料
が配布され、投資判断を行う国・地域で適用される法令諸規則に従う責任は受取人ご自身にあります。
© 2015 JPMorgan Chase & Co.
jpmorganasset.co.jp/mi