住民参加型まちづくりにおける「楽しさ」について -コミュニティデザイン

住民参加型まちづくりにおける「楽しさ」について
-コミュニティデザインプロジェクトからの考察-
○醍醐孝典(慶應義塾大学/東北芸術工科大学)
・保井俊之(慶應義塾大学)
・
坂倉杏介(東京都市大学)
・前野隆司(慶應義塾大学/東北芸術工科大学)
Keyword: 楽しさ、技能と挑戦、コミュニティデザイン
【研究の背景・目的】
そこで、本研究では住民参加型まちづくりにおける楽し
住民参加型まちづくりにおいては、地域住民が地域の課
さの意義やその形成要因などを明らかにし、今後の住民参
題解決のための公益的な活動の担い手として、今後より幅
加型まちづくりの活動支援に活かしていくことを目的とす
広い活動を展開することが求められている。その中では、
る。
これまでの町内会等の地縁型コミュニティだけではなく、
市民団体やサークルといったテーマ型のコミュニティにお
いても公益的な活動の担い手となり、主体的に活動を展開
していくことが期待される。
【研究方法】
本研究では、住民参加型まちづくりにおける楽しさの意
義やその形成要因を把握するため、コミュニティデザイン
しかし、地域のまちづくりでは多くの場合、その成果が
[2]の視点で住民参加型まちづくりを支援している株式会
現れるには多大の時間を要し、活動の意義を徐々に見失っ
社 studio-L が関わる 10 事例を対象とした。これらの調査
ていくケースなど、持続性に対する課題がしばしば挙げら
対象事例は、市民がワークショップや活動プログラムの試
れる。
そこで、
活動に対する使命感や義務感だけではなく、
行などを通じて新たなコミュニティを形成したことや、既
活動の担い手が持つポジティブな動機や感情にアプローチ
存の市民団体との連携を図ってきたことなど、いわゆるテ
していくことが必要となる。これまで地域活性分野では幸
ーマ型のコミュニティをベースとしており、活動のスター
福学を応用した活動主体へ内発的なアプローチを行った研
トから 3 年以上、
継続的・発展的に取り組みが進んでおり、
究[1]が見られるが、より身近な感覚としての楽しさについ
一定の成果を上げているものである。
本研究の調査手法として、2016 年 7 月に各事例におけ
ての研究は見当たらない。
表 1 調査対象事例の概要とアンケート回収数
No.
事例名
支援期間
取組概要
アンケート
回収数
1
あべのハルカス近鉄本店
2010年-2016
(継続中)
大阪市阿倍野区の百貨店のリニューアルオープン(2013年)にあたり、売り場フロアの内部に市民活動スペースを複数
設置。市民活動団体が主体的に参加型のプログラムを実施している。ボランティアメンバーも情報発信やプログラムサ
ポートなどの活動を行っている。市民活動支援のコーディネーターが施設に常駐している。
15
2
観音寺中心市街地
2011-2015年
香川県観音寺市の中心市街地エリアにおける取組み。市民や商店主などがワークショップを通じて「Re:born.K」というプ
ラットフォームを形成。商店の業種コンバージョン展開や、インターネットの映像配信を活用した情報発信、活動をまとめ
たCMの作成、オリジナルキャラクターのプロモーションなどの取組を展開している。
8
3
墨田区食育推進計画
2011-2016年
(継続中)
東京都墨田区における第2次食育推進計画の策定を住民参加型で策定する取組み。区民と行政が協働して策定した計
画に基づき、ワークショップ等を通じて立ち上がった5つのグループ(ひと、家庭、まち、安心、協働)が活動を展開。計画
策定後、区民が引き続き活動を展開できるよう、『すみだ食育ワークショップカード』を作成。
8
4
福井市中心市街地
2011-2014年
JR福井駅前の中心市街地エリアでの市民による活動プログラムの展開。市民がワークショップ「まちの担い手づくりプロ
ジェクト」を通じて様々な活動プログラムを展開。空き店舗を活動拠点として展開するとともに、「きちづくり福井会社」とい
うNPO法人を設立した。
26
5
つばめ若者会議
2012-2014年
新潟県燕市における若者世代を対象にした20年後のまちのビジョンづくり策定と、ビジョンに基づいた活動を生み出す取
組み。ワークショップ等を通じて立ち上がった9つのグループ(子育て、食、スポーツ、イベント、ものづくり、起業支援、マッ
プ、場づくり、看取り)が活動を展開。活動経過や活動アイデアをまとまた冊子『つばめの幸福論』を作成。
8
6
富岡市世界遺産まちづくり
2012-2015年
群馬県富岡市の中心市街地エリアにおける取組み。富岡製糸場の世界遺産登録にともない、来街者と市民が中心市街
地エリアで交流を深めるための活動プログラムを展開する取組み。活動の愛称は「スマイルとみおか」。2014年にはこれ
までの活動をまとめた『とみおかまちづくりカルタ』を作成。
20
7
草津川跡地整備
2012-2016年
(継続中)
滋賀県草津市の草津川(天井川)跡地の細長い空間を公園化するにあたり、市民が主体的なプログラムを展開し公園の
管理・運営にも関わる流れをつくる。オープンは2019年であるが、開園前から市民参加によるワークショップ等を実施し、
公園予定地やまちなかを舞台にプログラムを展開している。
11
8
立川市子ども未来センター
2012-2016年
(継続中)
東京都立川市の公共施設の管理運営の支援。市民が施設のオープン前からワークショップ等に参加し、施設を活動の
舞台として様々なプログラムを展開。市内外の市民活動団体や、個人単位で募集したボランティアメンバーが活動。市民
活動支援のコーディネーターが施設に常駐している。
12
9
十日町市中心市街地
2013-2016年
新潟県十日町市の中心市街地エリアでの市民による活動プログラムの展開。2つの公共施設(市民活動センター、市民
交流センター)のオープンに合わせ、中心地市街地エリアや両施設において市民が様々なプログラムを展開する取組
み。活動の愛称は「まちなかステージ応援団」。
7
2013-2015年
愛知県長久手市における若者世代を対象にした人材育成とビジョン作成、ビジョンに基づいた活動を生み出す取組み。
ワークショップ等を通じて立ち上がった5つのグループ(子育てと学び、場づくり、お外、まつり、食)が活動を展開。活動経
過や活動アイデアをまとめた冊子『なでラボ コンセプトブック』を作成。
9
10 長久手市なでラボ
計
124
るまちづくりの担い手へのアンケートを実施した。アンケ
錯誤する時間が少なかったことが要因として考えられる。
ートの項目は、これまでの取組を通じて各人が感じた意識
「その活動で新しい機会(挑戦)ができたか」については、
を把握するものとして、
「その活動は楽しかったか」
「その
10 事例中 8 つで 6 点を超えており、ほとんどの担い手が活
活動は成功したか」
「その活動で能力
(技能)
は上がったか」
動を通じて新しいことに挑戦できたと強く感じていること
「その活動で新しい機会(挑戦)ができたか」の 4 問を設
がわかる。比較的点数が低い燕(つばめ若者会議)につい
定し、それぞれ「全くそう思わない」
「ほとんどそう思わな
ては支援の期間が 2 年と短かったこと、草津(草津川跡地
い」
「あまりそう思わない」
「どちらともいえない」
「ややそ
整備)については今後プロジェクトの大きなトピックとな
う思う」
「かなりそう思う」
「とてもそう思う」の7段階で
る緑地空間のオープンがまだ控えていることが要因として
回答を求めた。
考えられる。
調査対象事例のまちづくりの担い手からは計 124 の回答
次に、調査対象プロジェクトの全ての担い手において、
が得られ、各設問項目のクロス集計等により、参加型まち
楽しさと成功のそれぞれのレベルの関係をクロス集計によ
づくりにおける楽しさの意義や、楽しさに及ぼす要因の分
って把握した(図 1)
。その結果、楽しさのレベルが上がる
析などを行った。
ほど成功のレベルがあがる正の相関が示された。つまり、
担い手の実感レベルにおいて楽しさはまちづくり活動の成
【調査結果と分析】
功に積極的な影響を与えることが明らかとなった。
調査対象 10 事例において、アンケートの 4 つの設問の平
n=124
均評価点を求めた(表 2)
。
「その活動は楽しかったか」につ
いては、10 事例中 8 つで 6 点を超えており、ほとんどの担
い手が活動を通じて楽しさを強く感じていたことがわかる。
⑦
2
16
3
15
23
1
10
20
11
1
4
6
8
1
1
⑤
⑥
⑥
比較的点数が低い燕(つばめ若者会議)については、支援
の期間が 2 年と短かったことが要因として考えられる。
「成
功したか」
については、
10 事例中 8 つで 5 点を超えており、
各活動は概ね成功していると感じている担い手が多いこと
がわかる。ただし、満点(とてもそう思う)と回答する人
の割合は他の設問に比べると少なく(15.3%)
、まちづくり
成 ⑤
功
し ④
た
か ③
1
1
②
活動は短期的に成果を実感しづらい面があることが推察さ
れる。
「その活動で能力(技能)は上がったか」については、
10 事例中 9 つで 5 点を超えており、多くの担い手は活動を
①
①
②
③
④
⑦
通じて自らの技能が向上したと感じている。唯一 4 点台の
楽しかったか
近鉄(あべのハルカス近鉄本店)は、百貨店のリニューア
①全くそう思わない
②ほとんどそう思わない
③あまりそう思わない
④どちらともいえない
⑤ややそう思う ⑥かなりそう思う ⑦とてもそう思う
ルオープンに合わせて担い手の活動を準備したため、試行
図 1 活動における楽しさと成功の関係
表 2 事例ごとの各設問の平均評価点
楽しかったか
近鉄
観音寺
墨田
福井
燕
富岡
草津
立川
十日町
長久手
全体
6.07
5.75
6.38
6.04
5.13
6.70
6.64
6.08
6.43
6.78
6.23
成功したか
5.27
6.00
5.88
5.38
4.63
5.60
5.55
5.33
5.86
4.67
5.41
技能は
上がったか
4.80
5.75
5.13
5.27
5.00
5.30
5.09
5.25
5.57
6.00
5.27
挑戦できたか
また、活動を通じて楽しさが生み出される要因について
6.27
6.00
6.00
6.04
5.63
6.35
5.55
6.33
6.71
6.89
6.17
仮説を立て検証を試みる。ここでは楽しさに近い概念とし
全くそう思わない→1 点
ほとんどそう思わない→2 点
あまりそう思わない→3 点
どちらともいえない→4 点
ややそう思う→5 点 かなりそう思う→6 点 とてもそう思う→7 点
て、心理学者の M.チクセントミハイによる「フロー理論」
に注目した[3][4]。この理論の中では、スポーツや積極的
余暇活動におけるフロー状態(集中してのめり込んでいく
なかで、その活動が活発になっていくような精神状態)は、
行為の能力(技能)と行為への機会(挑戦)が釣り合いな
がら成長する時に感じられるとされる(図 2)
。このような
状態は、まちづくり活動においても同様に現れるのではな
いかという仮説から、アンケートの設問に「その活動で能
ては、その技能と挑戦のあり方が密接に関係することが示
された。
さらに、技能・挑戦それぞれと楽しさとの関係について
もクロス集計により把握した。技能と楽しさとの関係では
(図 4)
、技能のレベルが上がると楽しさのレベルも上がる
傾向が示された。技能についての設問では「⑤ややそう思
う」と回答する担い手の割合が最も大きく、楽しさは「⑥
かなりそう思う」に最も対応している。ここで、技能につ
n=124
力(技能)は上がったか」
、
「その活動で新しい機会(挑戦)
1
1
8
14
19
15
⑥
1
1
9
20
7
6
1
3
10
1
2
⑥
⑦
楽 ⑤
し
か
④
1
っ
図 2 フロー状態のモデル
(M.チクセントミハイ, 楽しみの社会学, 2001:pp.81 より引用、
筆者が一部修正)
⑦
1
1
た
か ③
ができたか」を加えた。本アンケートの調査結果から、技
1
②
能と挑戦それぞれのレベルの関係をクロス集計によって把
①
握し、さらにそれぞれのマトリクスに楽しさの平均評価点
を対応させた(図 3)
。その結果、担い手の技能のレベルが
1
①
②
③
④
⑤
上がるほど挑戦のレベルが上がる傾向となる正の相関が示
技能は上がったか
されるとともに、技能/挑戦がともにレベルが高くなると楽
①全くそう思わない
②ほとんどそう思わない
③あまりそう思わない
④どちらともいえない
⑤ややそう思う ⑥かなりそう思う ⑦とてもそう思う
しさの点数も高くなる傾向が見られた。このことから、住
民参加型まちづくりにおける担い手が感じる楽しさについ
図 4 活動における技能と楽しさの関係
n=124
n=124 ( )内は「楽しかったか」の平均評価点
1
⑦
⑥
1
17
7
2
9
(5.00) (6.00) (5.94) (6.71) (5.50)
⑥
挑 ⑤
戦
で
④
き
た
か ③
1
3
16
4
1
(6.00) (5.67) (5.50) (6.50) (6.00)
1
(7.00)
楽 ⑤
し
か
④
1
1
(5.00) (4.00)
た
か ③
1
②
5
13
39
11
16
16
1
7
6
4
1
1
1
っ
8
14
16
20
(6.75) (6.21) (6.69) (6.70)
⑦ (7.00)
1
②
1
① (6.00)
①
①
②
③
④
⑤
⑥
⑦
1
①
②
③
④
⑤
⑥
⑦
技能は上がったか
挑戦できたか
①全くそう思わない
②ほとんどそう思わない
③あまりそう思わない
④どちらともいえない
⑤ややそう思う ⑥かなりそう思う ⑦とてもそう思う
①全くそう思わない
②ほとんどそう思わない
③あまりそう思わない
④どちらともいえない
⑤ややそう思う ⑥かなりそう思う ⑦とてもそう思う
図 3 活動における技能/挑戦と楽しさの関係
図 5 活動における挑戦と楽しさの関係
いての設問回答が「⑥かなりそう思う」以上のレベルとな
る場合、対応する楽しさは「⑦とてもそう思う」にステッ
[4] M.チクセントミハイ, 2010, フロー体験:楽しみと創
造の心理学, 世界思想社
プアップする傾向が強いため、楽しさにおける技能レベル
[5] 津々木晶子, 保井俊之, 白坂成功, 神武直彦, 2011,
においては「ややそう思う」から「かなりそう思う」への
システムズ・アプローチによる住民選好の数量化・見
ステップが重要なポイントとなると考えられる。挑戦と楽
える化: 中心市街地の新しい政策創出の方法論, 関東
しさとの関係においても(図 5)
、挑戦のレベルが上がると
都市学会年報, 第 13 号, pp.110-116
楽しさのレベルも上がる傾向が示された。挑戦についての
[6] 坂倉杏介, 保井俊之, 白坂成功, 前野隆司, 2014,
設問では「⑦とてもそう思う」と回答する担い手の割合が
「共同行為における自己実現の段階モデル」
による
「地
最も大きく、楽しさは「⑦とてもそう思う」に最も対応し
域の居場所」の来場者の行動分析:東京都港区「芝の
ている。このことから、住民参加型まちづくりにおける担
家」を事例に, 地域活性化研究, Vol.4, pp.23-30
い手の挑戦(新たな行為への機会)は、特に楽しさにおい
[7] リチャード.フロリダ, 2008, クリエイティブ資本論:
て関係の強い要素であることが把握できた。
新たな経済階級の台頭, ダイヤモンド社
[8] 前野隆司, 2013, 幸せのメカニズム:実践・幸福学入
【まとめ・今後の展開】
以上の結果から、住民参加型まちづくりにおける担い手
門, 講談社
[9] Barbara Fredricson, 2011,
実感としての楽しさは、まちづくり活動の成功に積極的な
Positivity:Groundbreaking Research to Release
影響を与えることが明らかとなった。また、まちづくり活
Your Inner Optimist and Thrive, Oneworld
動を通じて楽しさが生み出される要因について、フロー理
Publications
論をベースとした担い手の技能と挑戦のあり方が密接に関
係することが示された。
今後の展開としては、まちづくり活動の楽しさに関係す
る担い手の技能・挑戦に関するコミュニティデザインのプ
ロセスにおいて、具体的にどのような支援策に効果があっ
たのかなど、担い手へのヒアリング調査などにより、楽し
さの形成要因のモデル化が望まれる。また、より多くの事
例での比較検証を行うことや、個人レベルでの「楽しさ」
の実現とまちづくりの公益的な効果に対する影響を分析す
ることなどによって研究の質を高めていく必要がある。
【謝辞】
本研究のアンケート調査にあたっては、10 のまちづくり
プロジェクトの担い手の皆様にご協力をいただきました。
ご協力いただいた皆様に心より感謝の意を表します。
【引用・参考文献】
[1] 前野マドカ, 加藤せい子, 保井俊之, 前野隆司, 2014,
主観的幸福の 4 因子モデルに基づく人と地域の活性化
分析:NPO 法人「吉備野工房ちみち」のみちくさ小道を
事例に,地域活性研究, Vol.5
[2] 山崎亮, 2011, コミュニティデザイン:人がつながる
しくみをつくる, 学芸出版社
[3] M.チクセントミハイ, 2001, 楽しみの社会学, 新思索
社