＜ノアの大洪水＞ 創世記６：１－２２節 2013 年 12 月 9 日 洪水の話は 9 章まで続きますが、この物語は聖書のいろんな物語の中でも特に面白く、 それゆえ、子どもでも知っているような有名な話でもあります。子どもでも知っている ような物語ではございますが、しかし、この物語が私たちに語りかける言葉は大変重要 な、重い内容であります。 この 6 章のノアの洪水物語は、世界に蔓延する人間の悪と不法と堕落といった現実を、 創造者である主なる神の目から捉えて根本的に問題にし、そこから人間の滅亡と救済の 一大ドラマを展開し、この物語を読む者たち、つまり私たちにどうしても聞かせたいメ ッセージを、ここで告げ知らせようとしています。 ところで、 「洪水」という言葉を聞いて、私たちは何を連想するでしょうか。 洪水のイメージは、喜ばしく受けとめるよりは、圧倒的な力として私たちに迫り、私 たちの存在を脅し、飲み込む脅威として映っているようです。 創世記の６章の洪水も同様でありまして、全人類滅亡の脅威として天から降って来ま す。 」 人間は失敗を繰り返しては自己反省と他者批判をしながら改善策を立て、より安全な 生活基盤と環境をより高度な技術で整えてきたことも事実です。確かに、人間は自己反 省する能力を備えており、心の内の良心によって自分を統制したりします。 しかし、人間の自己反省能力には限界があって、自分に不利な事柄についてはなかな か自己反省能力を発揮しようとはしません。かえって、自分や他者を欺くことがありま す。 こういった人間に対し、聖書は次のように語ります。人間を超えた主なる神の前に立 ち、神様との関係に置かれる時、言い逃れることのできない仕方で私たち人間は神さま の前で、その赤裸々な姿を明るみに出されますし、自分がどの位置に立って歩んでいる かが分かるのだ、と語ります。今日の御言葉の１１～１２節でこう語ります。 「この地は神の前に堕落し、不法に満ちていた。神は地をご覧になった。見よ、それ は堕落し、すべて肉なるものは、この地で堕落の道を歩んでいた」 。 実は、この 6 章における全地球的な罪の蔓延は、創世記 3 章から 4 章までに登場する アダムとエバの罪、そしてその子カインの弟殺しの罪という仕方で、神様との関係を断 なだれ ち切った人間の小さな反抗が、雪崩のように増大してきた結果だ、とここで語っており ます。 その結果、１３節以下において、主なる神は全人類を滅亡への裁きを下し、洪水を持 1 って実行するとお語りになります。それは、神の義と秩序を地上にもたらすためです。 この地上は、もうあの２章で描かれたエデンの園ではありません。人間が罪を犯し、 エデンの園を喪失して追い出された行先の地上です。しかしそうではあっても、主なる 神はこの地上と、そこに住む人間を義と秩序によって守り導かれることを、なおも願っ はば ておられます。それゆえに、人間の堕落の道を徹底的に阻む必要があるのです。神様は、 この腐敗した状況を見て見ぬふりをなさることを致しません。義を貫くために、そこに は妥協の余地は全くないのです。 こう語りますと、一方ではそれを理解しつつも、ある人はキリスト教の神、とりわけ ここでは旧約聖書の神は、人間の行状を厳しく監督する父のような存在として目に映り、 この神を敬遠する、ということが起こります。むしろ、人の過ちを多めに見て包んでく れる母性的なイメージの神であれば、そこに依存し、そこに甘えて信心することを好む ようになります。聖書の神は清濁合わせ飲むところがないのかと、人々は問いかけてき ます。神についてのこの問いかけに対して、 この６章は正しく、二つの点で答えようとします。 その第一として、確かに神の口からノアに対して、裁きの宣告が非常に厳粛に語られ、 １３節では、この裁きが「すべての肉の終わり」をもたらすことが告げられます。神が ご自分の創造なさった世界と、その中にご自分の形として作った人間とを、再びあの１ 章１節で語られた不気味な深淵（カオス）の中に沈めてしまうと語られています。それ は、罪に対する神の恐るべき怒りについての、ただ一度限りの決定的な言葉として、聖 書全体の初めに置かれています。しかしこの神の裁きは、この後で語られる「人間に対 する神の恵み」を、安っぽい恵みとして叩き売りしたり、人が安心して接近できる無害 な恵みとして受け止められてしまわないように防御する大切な役割を果たしています。 この事実を、私たちは見過ごしてなりません。それは、人間が神の救いの意思を、い つどこででも予想したり期待したりできるようなものではなく、驚くべき神の純粋な奇 跡として理解させる基盤となるためなのです。神様の救いと義は、人間が皮算用できる 偶像神の気まぐれの中から私たちに差し出されるのではなく、罪に対するその徹底的な 怒りがすでに示された神の心から直接現れ出るものだからです。不法に満ちた人類の中 から、正しく神の前で生きたノアという一人の人間を神が選んだということと、洪水の 後に神が忍耐をもって、生き残ったものたち、すなわちノアとその子孫全体を保護して くださるということがすでに、神の大きな奇跡の業の一つなのであります。 第二の答えは、悪と不法をはびこらせた人間に対する神の怒りと裁きについて、9 節 以前の６～７節を読みますと、神がいかに高みに留まるようなお方ではなく、人間の世 界に一歩も二歩も踏み込んで痛く心悩ませておられ、苦しみ、葛藤しておられるかが描 かれています。その擬人法的表現には、神の限りない人間性、いや、人間味が現れてい ます。そしてそこに、神の心の内が明かされていることに気づいて、私たちはむしろ驚 2 かざるを得ません。神の心（６節）は、よこしまな人間の心（５節）によって悩まされ、 悲しんでおられます。 ここに描かれる神は、猛々しい怒りに満ちた専制君主ではなく、子供が離れ去ったこ とに心を痛め、困惑する親の姿です。人間が心に「思い図ること」は救い難いほどに敵 意に満ちたものであり（５節） 、世界が陰謀を企てて自分を賢いと自認する時、これらす べては神の意向に反抗するものです。 従ってここでは、厳しい神が問題なのではなく、よこしまな人間が問題になっていま す。その結果、神は憤っておられますけども、心を痛め悲嘆しておられます。人間の邪 悪な心が、神の心を苦しめているのです。 この神の心境は、後の時代に活躍した預言者ホセアの口を通してよく言い表されてい ます。それは、ホセア書１１章８節です。 「ああ、エフライムよ、お前を見捨てることができようか。イスラエルよ、お前を引 き渡すことができようか。アドマのようにお前を見捨て、ツェボイムのようにする ことができようか。私は激しく心動かされ、憐れみに胸を焼かれる」と。 しかし、神はただ嘆き悲しみ続けておられるのではありません。神は人間の不義に対 して怒りを発し、ご自身の権威と自由によって洪水を引き起こし、罰するのですけれど も、その憐れみの心のゆえに、この裁きが全人類の滅亡に終わるのではなく、むしろそ の裁きの中から新しい人間世界が創造しようとなさいます。それは、新人類の先駆けと なるノアという一人の人物の存在です。 この一人の人を通して、神の驚くべき救いの業が示されます。９節と１０節をもう一 度お読みいたします。 「これはノアの物語である。その世代の中で、ノアは神に従う無垢な人であった。ノ アは神と共に歩んだ。ノアには三人の息子、セム、ハム、ヤフェトが生まれた。」 確かに神様はノアに向かって、すべての人を絶やす決心をしたことを告げ、ノアに箱 舟を造るように指示します（１３～２２節） 。しかし、ノアとその家族と一対の動物たち が箱舟に乗る時、それは新しい自然の大地に生きる生物、及び神に正しく応えて生きる 人間を代表し、それを象徴しています。そして、後の聖書の言葉で申しますと、ノアは 神との新しい契約を結ぶ人類、すなわち新しいイスラエルを指し示す原型であり、キリ スト教の共同体を代表する存在です。 ずっと後に書かれた新約聖書の中のヘブライ人への手紙１１章７節は、ノアが信仰の 人であったと語ります。ヘブライ人への手紙は、ノアが神を信じ仰ぎ、神との正しい関 係の中で応答して生きる人であったことを振り返りながら生き生きと語り、さらに読者 である私たちをもノアのような信仰へと招いています。 ノアは、新約聖書の中で信仰の人と見なされ、彼は群衆に屈することなく、神の道を 3 行く最初の人間として引き合いに出されます。例えば、彼は神の命令に従って、乾いた 大地の上に大きな舟を作った時、近所の人々は彼をからかいました。 「ノアは頭がおかし や ゆ くなった」と言って、彼を嘲り揶揄したりしました。しかしノアは、他人の中傷や非難 に惑わされませんでした。 彼は、不信仰な騒音の中から、神の声を聞き分け、神のもとから聞き分けた事柄に自 分の現在と将来のすべてを賭けました。それは、新約聖書のマタイ福音書 24 章 36～39 節の箇所でもノアについて語られていますように、他の人が食べたり飲んだりすること にあくせくしており、相も変わらず日常的で目先のことしか関知していない間に、ノア はやがて迫りくる危険を予感し、またこの危険と破局のかなたにある希望を察知して、 それに敏感に備えることです。 「備えあれば、憂いなし」ということでしょう。それはヘ ブライ人への手紙の１１章初めに述べられていますように望んでいることを確信し、ま だ見ていないことを確認することです。 ノアの信仰は、滅び去る人間の不正・不義のかなたに、神の義（正しさ）によって約 束された命と救いを捉えています。彼の信仰は、破局を乗り越える希望の将来を見つめ、 それに相応しく現在の自分を備えさせ、今を生きる勇気と知恵を彼に与えています。 ノアの時代、神様に洪水で持って裁かれる原因となった人間の罪、11 節 12 節が語っ ている人間の罪、堕落の歴史は今日の私たちの世界にもそのまま当てはまるのではない かと思います。このような時代の中、私たちは、ノアが神様を見上げて行動したあの信 仰へと招かれています。その招きに応えて、私たち一人一人が信仰の判断力と決断力に よって生きることができることを、神は求めておられます。それは、私たちの人生が徒 労と滅びに陥らないためです。 人類の大洪水の時、ノアとその家族を通して新しい人類を始められた主なる神は、そ れからどれぐらい経ったのでしょうか、今から 2 千年前、御子とイエス・キリストを私 たちのところに遣わして、この方を信じることにより、罪と堕落の道を歩んでいる人類 の中から私たちを救ってくださるのです。それは、私たちがノアとその家族のように、 主なる神様によって選ばれた人間として生きるためです。これに応える者として、私た ちは今招かれています。 4
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