新興国への投資を再考する - JPモルガン・アセット・マネジメント

新興国への投資を再考する
分散と共にトータルリターンで投資を考えることが重要
2015年3月27日
キーワード:FRB、利上げ、リスク、新興国
Market Insights
グローバル・マーケット・ストラテジスト
重見 吉徳
要旨
 新興国通貨は昨年の後半以降、下落基調が続く
 背景は、米国との金利差拡大観測もあるが、新興国通貨の基調的な下
落圧力が主たる要因と見られる。また、下落は今後とも続く可能性がある
 確かに、新興国の中でもファンダメンタルズにかい離が見られるが、新興
国投資は政治リスク等の不確実性がつきものであり、分散投資が肝要
新興国通貨は昨年後半以降、下落基調が続く
これまで別のレポートでも述べてきたように、米連邦準備理事会(FRB)の利
上げ開始が視野に入る中、投資家にとって最も警戒が必要な市場の1つは新
興国と考えられます。その理由は、FRBの利上げが投資資金の流れを変化さ
せるきっかけとなり得るためです。新興国はいわゆるリスクマネーの典型的な
行先であり、継続的な資金流入が経済に本来備わる調整・安定メカニズムや、
必要な構造改革を妨げてしまうことで、「歪み」が蓄積していると見られます。
図1を見る限り、①多くの新興国通貨は昨年後半以降、下落基調にある一方
で、②新興国通貨の間で、下落圧力には違いが生じているようにも見えます。
以下、この2つの点について考えてみます。
図1:主要な新興国の為替レート(対米ドル)
データ期間:2014年年初から3月20日まで、2014年年初=100
110
105
100
インド
中国
95
インドネシア
90
南アフリカ
メキシコ
85
トルコ
80
75
ブラジル
70
'14
'15
出所: Bloomberg, J.P.Morgan Asset Management
新興国への投資を再考する
分散と共にトータルリターンで投資を考えることが重要
ドル高でも、新興国通貨安でもあるが、金利差だけではない
まず、前者の「多くの新興国通貨は昨年後半以降、下落基調にある」点につい
て考えます。議論の出発点は「ドル高」と「新興国通貨安」を区別して考えるこ
とです。確かに新興国通貨は米ドルに対して下落していますが、米ドル以外の
先進国通貨も(米ドルに対して)同様に下落している場合、「新興国通貨安」で
はなく、「ドル高」と表現されます。図2は、図1に「米ドル以外の先進国通貨」を
加えたものです。先進国通貨の下落幅も新興国通貨と同程度であることから、
通貨の動きを見る限り、「ドル高」と言えそうです。
現下の状況は、FRBの利上げが視野に入るという点で(米国に起因する)「ド
ル高」局面です。一方、日欧の流動性供給が拡大し、他の先進国では利下げ
が相次ぐ点では(米国以外の先進国に起因する)「米国以外の先進国通貨安」
の局面でもあります。また同じ観点から、新興国でも利下げが相次いでいるこ
とから、「新興国通貨安」の局面でもあります。
ただし、米ドルとの金利差縮小だけが足元の「ドル高・新興国通貨安」の要因
ではありません。そもそも多くの新興国通貨には常に下落圧力が生じています。
この圧力がFRBの利上げを1つのきっかけとして顕在化している可能性があり
ます。通貨に下落圧力が生じるメカニズムを踏まえておくと、後者の「新興国通
貨の間で、下落圧力には違いが生じている」背景も理解しやすくなります。
図2:主要な新興国の為替レート(対米ドル、先進国通貨はドルの実効レートの逆数)
データ期間:2014年年初から3月20日まで、2014年年初=100
110
105
100
インド
中国
95
インドネシア
90
南アフリカ
メキシコ
トルコ
先進国通貨
(米ドル除く)
85
80
75
ブラジル
70
'14
'15
出所: Bloomberg, J.P.Morgan Asset Management
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新興国への投資を再考する
分散と共にトータルリターンで投資を考えることが重要
高インフレの新興国通貨には常に下落圧力が生じている
典型的な新興国は「高インフレ」かつ「経常赤字」です。この2つは表裏一体の
関係にあります。つまり、高いインフレ率は、国内の供給に対して国内の需要
が超過していることを意味します(→需給ギャップがプラス)。供給が足りない
分は(純)輸入で賄うため、貿易赤字(→経常赤字の多くを占める)が生じます。
インフレは「物価の上昇」であると同時に「貨幣価値の下落」を意味するため、
高インフレの新興国通貨には常に下落圧力が生じていることがわかります。
通常は①通貨の下落が輸出の拡大や輸入の縮小につながり、もしくは②下落
の期待が海外からの新規投資の縮小や過去の投資の回収につながり、これ
らの動きが循環的に生じる過程で経常赤字と高インフレは解消に向かいます。
一方、先進国の成長期待が低く、流動性の拡大が低金利環境の継続期待を
招く中、高い潜在成長率やインフレ率がもたらす高い名目金利を目当てに新
興国への資金流入が拡大すると、経常赤字や対外債務の拡大が持続し、通
貨の下落による調整も不十分となり、その分だけ「歪み」が蓄積します。
2004年6月以来、約11年ぶりとなるFRBの利上げはそうした歪みが一部解消
される機会として位置付けられます。歪みの蓄積と、これが解消されても残る
通貨の恒常的な下落圧力を考えれば、調整局面はまだ続く可能性があります。
ただし、投資は常にトータルリターンで考える必要があります。高いインフレ率
に支えられた高金利通貨はその分、下落圧力を受けますが、高い金利がこれ
を相殺する方向に働きます。新興国通貨の動向を対円や対米ドルの騰落率だ
けで測っても投資の成果が実際にどうであったかを把握することはできません。
図3:主要な新興国のインフレ率
図4:主要な新興国の経常収支(12ヵ月移動平均値)
データ期間:2013年1月から2015年2月まで、インドは2014年から
データ期間:2013年1月から2015年2月まで、2012年12月=-100
10%
0
-20 '13
9%
-40
8%
ブラジル
トルコ
7%
インドネシア
6%
インド
5%
南アフリカ
メキシコ
2%
インド
トルコ
-100
-120
-160
インドネシア
南アフリカ
メキシコ
ブラジル
-200
-220
'13
'14
'15
出所: Bloomberg, J.P.Morgan Asset Management
3
-80
-180
3%
'15
-60
-140
4%
'14
注:マイナスは経常赤字を示す。
出所: Bloomberg, J.P.Morgan Asset Management
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分散と共にトータルリターンで投資を考えることが重要
新興国の中でもファンダメンタルズにかい離が見られる
前頁では、高インフレと経常収支は表裏一体であり、高インフレの新興国通貨
には下落圧力が常に生じていると述べました。これを逆に捉えると、高インフレ
と経常赤字の解消が期待される新興国では、通貨の下落圧力が緩和されて
いく可能性があります。つまり、後者の「新興国通貨の間で、下落圧力には違
いが生じている」点は、新興国の中でファンダメンタルズに違いが生じつつある
ことを示唆している可能性があります。
おそらくは、両極に位置する2つの通貨を考えると方向性の違いがよりわかり
やすいと思われます。つまり、堅調なインド・ルピーと、低調なブラジル・レアル
です。インドとブラジルのインフレ率と経常収支の動きは対象的です。インドで
は新しい中央銀行総裁と首相の就任を経て、インフレ率が鈍化すると共に、経
常赤字は縮小しています(前頁図4を参照)。一方、ブラジルではインフレ率の
高止まりが続き、経常赤字も縮小が見られません。新興国市場の見通しを考
える上で切っても切り離せないのが政治リスクですが、ブラジルでは国営石油
会社を巡る汚職疑惑が政権基盤を弱め、株式市場の足かせになっています。
足元の数字を考えると、2013年に『フラジャイル5』として焦点が集まった、ブラ
ジル、トルコ、南アフリカ、インドネシア、インドの5ヵ国の中でも、インドは1つ抜
け出していると考えてもよいかもしれません。しかしながら、その分だけ特にイ
ンドの株式市場では割高感が顕著であり、投資には注意が必要です。
図5:主要な新興国の株式市場
データ期間:2014年年初から3月20日まで、2014年年初=100
150
140
インド
130
インドネシア
トルコ
120
南アフリカ
110
メキシコ
ブラジル
100
90
80
'14
'15
出所: Bloomberg, J.P.Morgan Asset Management
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分散と共にトータルリターンで投資を考えることが重要
この他の国を見ると、インドネシア・ルピアが比較的堅調である一方、トルコ・リ
ラや南アフリカ・ランド、メキシコ・ペソは苦戦しています。
インドネシアは、インドと同様に新政権による改革期待が高く、積年の課題で
あり、高い支持率を誇るジョコ大統領でさえも実行困難とされた燃料補助金の
縮小を公約どおり実行しました。同時にインフラ投資の拡大計画や投資認可
手続きの簡素化等の政策も打ち出し、株式市場への資金流入も顕著です。
FRBの利上げをきっかけとする通貨下落圧力は続く可能性がありますが、国
際的な資本フローの流れや政治状況を踏まえると、インドネシアは『次のイン
ド』として、世界の個人投資家の間でもインドネシアの認知度が高まる可能性
も十分に考えられます。
この一方で、トルコでは6月に総選挙を控え、エルドアン大統領は総選挙の勝
利とこれを背景にした権限拡大を視野に、景気浮揚のため、中央銀行に度々
利下げを要求しています。トルコの金融政策はその独立性が危惧されます。ま
た、南アフリカでは昨年6月に半年間に及んだ鉱山ストライキが終結しました
が、その後も断続的にストライキが続いています。産油国のメキシコは原油価
格の下落に苦しんでいますが、輸出全体に占める米国向けの割合は新興国
の中でも圧倒的に高く、低インフレも海外からの直接投資を安定的に呼び込
むと見られることから、通貨の下落が目立つその他の国々に比べれば相対的
に見通しは明るいと見られます。
新興国への投資もやはり分散がカギ
このように個別に見ると、新興国でもファンダメンタルズの方向性に違いが生
じています。その分、投資家は素早く反応し、市場の規模が小さいことも手
伝って、一部の国ではバリュエーションが割高となり、調整のリスクもあります。
また、新興国は新興国であり、特に予見困難な政治リスクを含め、不確実性は
高いと言えます。新興国への投資は分散が必須です。
最後に、新興国にとっての良いニュースは、多くの新興国では以前に比べて
柔軟な為替相場制度を採用しているため、歪みの拡大が1990年代のメキシコ
債務危機やアジア通貨危機時ほどに蓄積する状況にはなく、通貨危機再来の
可能性は相対的に小さいと見られる点です。
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新興国への投資を再考する
分散と共にトータルリターンで投資を考えることが重要
トータルリターンで考える
先にも触れたように、新興国への投資もトータルリターンで考える必要があり
ます。高インフレ・経常赤字の新興国通貨には、先進国とのインフレ率格差の
分だけ、下落圧力が生じています。その為替レートの下落(キャピタルロス)を
相殺する方向に働くのが金利の格差(インカムゲイン)です。また、通貨が下落
する分だけ、貿易赤字は縮小してファンダメンタルズは改善します。
新興国の株式投資に関しても同様です。通貨の下落は輸出企業の業績を押
し上げる可能性が考えられます。こちらも先と同様に、一方の下落を他方の改
善が相殺する方向に働くメカニズムです。
長期・分散投資を心がけると共に、トータルリターンで投資を考える習慣を身
に付ければ、自らのポートフォリオにとって適切な金融商品を見極める力が高
まると考えられます。
本資料は、JPモルガン・アセット・マネジメント株式会社が作成したものです。2015年3月27日時点におけるJPモルガン・アセット・マネジメントの見通しを含んでおり、
将来予告なく変更されることがあります。
過去のパフォーマンスは将来の成果を保証するものではありません。本資料に記載のすべての予測は例示目的であり、投資の助言や推奨を目的とするものでは
ありません。意見または推計、予測、金融市場のトレンドに係る記載は、作成時点の市場環境下での我々の判断に基づいており、将来予告なく変更される場
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