ビールの税金

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【第 75 回】 2014 年 7 月 18 日 森信茂樹 [中央大学法科大学院教授 東京財団上席研究員]
サッポロビール「極ZERO」騒動の源
複雑怪奇な「ビール税制」を簡素化せよ
先 日 、サッポロビールの製 造 する「極 ZERO(ゴクゼロ)」が、「第 3 のビール」と
しての低 い税 率 が適 用 されないということから、100 億 円 を超 える差 額 の税 金
を国 に納 付 することになったと報 道 された。背 景 には、「同 じものには同 じ課 税
を」という課 税 原 則 に立 つ税 制 当 局 と、「安 い『ビール』を消 費 者 に提 供 した
い」という業 界 の、「ビール類 」の税 金 をめぐる戦 いの歴 史 がある。それを避 け
るためには、税 収 を変 えないで分 類 を簡 素 に見 直 すことが必 要 だ。
少なくなった
「とりあえずビール」
若 者 と飲 み会 に行 くと、「とりあえずビール」というスタイルが崩 壊 していること
に気 がつく。みんな思 い思 いのお酒 (いろんな種 類 のチューハイが多 い)を頼 む
ので、乾 杯 までに時 間 がかかってしまう。ビールを飲 まない理 由 を聞 くと、「ビー
ルは苦 いのでおいしくない」という声 が多 い。
自 ら振 り返 ってみても、初 めて飲 んだビールは確 かに苦 い。これを何 度 も飲
んでいくうちに、「これこそ男 の味 」と実 感 する瞬 間 が来 る(ビール好 きの女 性 ご
めんなさい)。それ以 降 は、とりあえずビール、次 もビール、ということになってし
まうのであるが、今 の若 者 にはこのプロセスがない。
若 者 のビール離 れはなぜ生 じたのだろうか。単 なる嗜 好 の変 化 なのだろうか。
それもあるだろうが、ビール会 社 と税 制 当 局 との税 金 を巡 る死 闘 が、結 果 的 に
ビールの味 を落 としてしまったのではないか、これが私 の勝 手 な勘 繰 りである。
税務当局 vs 民の技術進歩
なぜ「ビール類」の税制は複雑か
現 行 酒 税 法 のビール類 の税 率 は以 下 の表 のとおりである。
まず、ビールと発 泡 酒 の区 別 は麦 芽 比 率 で定 められている。麦 芽 比 率 67%
以 上 がビール、67%未 満 が発 泡 酒 で、現 実 に販 売 されている発 泡 酒 は税 率
の一 段 と低 い麦 芽 比 率 25%未 満 のものである。
このような定 義 の背 景 には、「麦 芽 の多 寡 こそがビールの味 を決 めるもの、
麦 芽 比 率 の少 ないものはビールとはいえない」という業 界 の共 通 認 識 があった。
それをもとに、酒 税 法 も麦 芽 比 率 の低 いものは、ビールとはいえず税 金 も安 い、
という酒 税 法 の構 造 が構 築 されたのである。
ところが最 近 では、技 術 進 歩 があり、麦 芽 比 率 が低 くてもそれなりに飲 める
発 泡 酒 が誕 生 した。
さらに、麦 芽 比 率 を抑 えた発 泡 酒 をビールの味 に近 づけるという従 来 型 の発
想 から抜 け出 て、麦 芽 を一 切 使 用 せず、えんどうタンパク等 を原 料 としたもの
が現 れた。酒 税 法 の分 類 上 は「その他 の醸 造 酒 (発 泡 性 )」と呼 ばれるもので、
一 般 に「第 3 のビール」(新 ジャンル)とよばれている。
つまり、麦 芽 比 率 がゼロでも、「ビール類 」(発 泡 酒 、第 3 のビールの総 称 )が
できるようになったわけだ。税 負 担 の安 い「ビール」を作 ろうという技 術 進 歩 の
成 果 といえ、税 金 も発 泡 酒 より一 段 と低 くなっている。
そこにもう一 つの「第 3 のビール」が誕 生 したから、一 段 と事 はややこしくなっ
た。それは、「発 泡 酒 に麦 スピリッツを混 和 したもの」で、酒 税 法 上 は「リキュー
ル(発 泡 性 )」に分 類 されている。ところがこのカテゴリーのものは、「麦 スピリッ
ツを(少 量 でも)加 えればよい」わけで、技 術 進 歩 というより脱 法 まがいではない
か、という指 摘 も行 われてきた。
サッポロビールは「極 ZERO」は、当 初 この分 類 で販 売 された。「第 3 のビー
ル」といっても、異 なる 2 つのものが混 在 しているのである。
ビール類を 2 分類とし
税制の簡素化を
これまで税 制 当 局 は、「同 じものには同 じ課 税 を」という原 則 のもとに、発 泡
酒 の税 率 引 き上 げを 2 度 行 ってきた。一 方 業 界 は、少 しでも安 い「ビール」を消
費 者 に提 供 したいということで技 術 開 発 を進 め新 商 品 を開 発 してきた。
しかし、技 術 開 発 により品 質 の高 い発 泡 酒 が出 れば、味 はビールに近 づくの
で、税 率 格 差 があるのはおかしい、ということで増 税 になる。このような堂 々巡
り、自 縄 自 縛 の状 況 から離 れることが必 要 ではないか。
なぜなら、この 20 年 近 く、「ビール」の味 が落 ち、若 者 離 れを招 き、販 売 量 も
落 ち、国 家 も税 収 を失 い、誰 も喜 ばないような状 況 に陥 っているからである。
まずは、「第 3 のビール」について、技 術 進 歩 によるものなのか、脱 法 まがい
の製 法 なのか、業 界 にも疑 心 暗 鬼 が生 じるような事 態 は避 けるべきであろう。
次 に、同 一 の分 類 に属 する酒 類 間 の税 率 格 差 を縮 小 する見 直 しが必 要 だ。
その際 、分 類 を簡 素 化 することに重 点 を置 き、これを機 会 に増 税 や減 税 はな
い、つまり税 収 中 立 で見 直 すことが必 要 ではないか。
もっとも、税 収 中 立 で、全 ての「ビール類 」を同 じ税 率 にすることになれば、こ
れまでの発 泡 酒 など業 界 の開 発 努 力 をすべて無 駄 にしかねず、業 界 も受 け入
れないであろう。
そこで、現 在 複 雑 な税 制 になっている「ビール類 」の税 率 を、「ビールとそれ以
外 」の 2 分 類 にする。これを税 収 中 立 で行 えば、両 者 痛 み分 けということになろ
う。結 果 として、第 3 のビールは増 税 になり、ビールは少 し減 税 になる。
早 くすっきりして、うまい(できれば安 い)ビールが飲 みたい。これが消 費 者 (そ
して筆 者 )の正 直 な気 持 ちである。
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