熱・波動・光学・現代物理学編

チャレンジ・ガイド II
熱・波動・光学・現代物理入門
特定非営利活動法人 物理オリンピック日本委員会
目
次
熱・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
第1章
1
熱と温度・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2
1.1 温度・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2
1.2 熱容量と比熱・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3
1.3 融解と蒸発・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3
1.4 熱移動のメカニズム・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
第2章
5
気体分子運動・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 8
2.1 平均運動エネルギー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 8
2.2 内部エネルギー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 10
2.3 比熱・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 12
熱力学第1法則・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
14
3.1 熱力学第1法則・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
14
3.2 定積変化と定圧変化・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
15
3.3 熱機関の効率・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
17
3.4 断熱変化・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
19
第3章
3.5 カルノー・サイクル・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 22
熱力学第2法則・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
26
4.1 可逆変化と不可逆変化・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
26
4.2 熱力学第2法則・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
26
第4章
波動・光学・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
第1章
29
波動・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 30
1.1 波・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 30
1.2 横波と縦波・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 30
1.3 正弦波・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 31
1.4 波の反射と透過・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
34
1.5 弦の共振・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 36
1.6 ホイヘンスの原理と波の回折・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 37
1.7 波の反射と屈折・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・39
1.8 3次元的平面波の表現・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 40
1.9 疎密波としての音波・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
42
1.10 水面波・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 43
1.11 音波の定在波と固有振動・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 45
1.12 ドップラー効果・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 47
1.13 うなりと分散,群速度・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 49
1.14 衝撃波・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 53
第2章
光学・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・56
2.1 光・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 56
2.2 光の反射と屈折・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・56
2.3 光の分散・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・59
2.4 偏光・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
61
2.5 球面鏡・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 62
2.6 レンズの公式・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・65
2.7 可干渉性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 68
2.8 薄膜による干渉・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 70
2.9 マイケルソン干渉計・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 73
2.10 光の回折・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 76
2.11 単スリットと回折格子・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 81
2.12 分解能・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・85
現代物理入門・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
第1章
88
量子論の誕生・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 89
1.1 プランクの量子仮説・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 89
1.2 アインシュタインの光量子論・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 89
1.3 光電効果・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 90
1.4 コンプトン効果・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
第2章
93
前期量子論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・99
2.1 原子構造・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 99
2.2 ボーアの水素原子模型・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 99
2.3 X線回折・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・103
2.4 ド・ブロイ波・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
105
2.5 不確定性原理・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 109
いろいろな物質・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
111
3.1 パウリの排他律とスピン・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
111
3.2 金属・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
112
3.3 絶縁体と半導体・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
113
第3章
原子核と放射線・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
115
4.1 原子核・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
115
4.2 放射線・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
116
第4章
4.3 半減期・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
119
4.4 原子核反応・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
120
付録:特殊相対論の概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
124
A.1 相対論前夜・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
124
A.2 ローレンツ収縮・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
124
A.3 特殊相対論の仮定・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
125
A.4 時間の遅れと長さの短縮・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
125
A.5 光のドップラー効果・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
127
A.6 ローレンツ変換・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
129
A.7 速度・加速度の変換則・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
129
A.8 相対論的力学・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
131
執筆担当:杉山忠男
熱
1
第1章
熱と温度
まず,暑さ寒さの指標を与える温度について考えよう。
1.1 温度
(1) 熱平衡と熱力学第 0 法則
2 種類の物体を接触させて十分に時間がたつと,それ以上変化しない状態になる。この
状態は熱的につり合った状態であり,熱平衡状態(thermal equilibrium state)とよばれ
る。このとき,「2つの物体の温度(temperature)は等しい」という。熱平衡状態で決
まった値をもつ物理量を状態量(quantity of state)という。温度は状態量であり,後に
出てくる圧力や体積も状態量である。
一般に次のことが成り立つ。
「物体 A と物体 B が熱平衡にあり,物体 B と物体 C が熱平衡にあるとき,
物体 C と物体 A は熱平衡にある。
」
これを熱力学第 0 法則(zeroth law of thermodynamics)という。
(2) 経験的温度と理想気体
セルシウス温度
日常生活で用いられている℃目盛は,1気圧のもとで氷と水が共存する温度を 0℃,水
と水蒸気が共存する温度を 100℃とし,
その間を 100 等分して1℃の温度差を定義する。
こうして決められた温度をセルシウス温度(Celsius temperature)という。ただし,100
等分するといっても,物質により熱膨張の仕方が異なるため,標準とする物質を決めな
ければ温度を決めることはできない。
理想気体
実験によれば,希薄な一定量の気体では,温度が一定のとき,その圧力(pressure)
(気
体が単位体積あたり押す力) p と体積V の積は気体の種類によらず一定値になることが
知られている。これをボイルの法則(Boyle’s law)という。
質量数 12 の炭素同位体 12 C 12g に含まれる原子数(これをアヴォガドロ定数
(Avogadro’s constant)という)と同数の同種の粒子(原子,分子,電子など)を含む
物質量を1モル(one mole)という。アヴォガドロ定数 N A は,
N A  6.02  1023 〔1/mol〕
である。
1モルの気体の圧力 p と体積V の積を,
pV  RT
(1.1)
とおくことにより,絶対温度(absolute temperature)
(単位は K で表される)T を定義
する。ここで,定数 R は気体定数(gas constant)とよばれ,実験により次のように定め
ることができる。
気体が 0℃と 100℃のときの pV の値をそれぞれ (pV )0 , (pV )100 と書き,0℃と 100℃
2
の絶対温度をそれぞれ T0 , T100  T0  100 とおくと,
( pV )0  RT0 , ( pV )100  RT100
となるから,
( pV )100  ( pV )0
100
R
と書くことができ,それぞれの温度での pV の測定結果を用いて,
R  8.31 J  mol-1  K -1
を得る。さらに, ( pV )0  RT0 より,
T0  273 K
と定まる。ここで,温度差 1℃を絶対温度の差 1K に等しくとる。そうすると,12℃は絶
対温度 T12  273  12  285 K などとなる。
pV の値は,気体のモル数 n に比例する。そうすると,一般に,気体の圧力 p ,体積V ,
絶対温度 T と n の間に,
pV  nRT
(1.2)
の関係が成り立つ。(1.2)式を理想気体の状態方程式(equation of state of ideal gas)と
いい,この状態方程式を厳密に満たす気体を理想気体(ideal gas)という。以後,特に
断らない限り,温度は絶対温度を指すものとする。
1.2 熱容量と比熱
静止している物体でも,物体を構成している原子や分子は不規則な運動をしている。こ
の運動を熱運動(thermal motion)という。この熱運動のエネルギーが移動すると,物体
の温度が変化する。この移動するエネルギーを熱量(heat quantity)という。したがって,
熱量はエネルギーと同じ単位〔J〕で測られる。1cal は,1 気圧の下で,水 1g を 1K 上昇さ
せる熱量であり,1cal≒4.19J である。
物体の温度を 1K 上昇させる熱量を熱容量(heat capacity)といい,物体 1kg を 1K 上
昇させる熱量を,その物体の比熱(specific heat)という。したがって,質量 m ,比熱 c の
物体の温度を T 上昇させる熱量 Q は,
Q  mc  T
(1.3)
と表される。
1.3 融解と蒸発
1気圧の下で,氷(固体)は 0℃で水(液体)になり,100℃で水蒸気(気体)になる。
一般に,固体が解けて液体になる現象を融解(fusion),逆に,液体が固体になる現象を凝
固(solidification)という。また,液体が気体になる現象を蒸発(evaporation),気体が液
体になる現象を凝結(condensation)という。一定圧力の下で,固体と液体が共存する温
度を融点(melting point),液体と気体が共存する温度を沸点(boiling point)という。
3
物質が固体,液体,気体の間で変化するときに出入りする熱を潜熱(latent heat)とい
い,単位質量の固体が液化するときの潜熱を融解熱(heat of fusion),単位質量の液体が気
化するときの潜熱を蒸発熱(heat of vaporization)という。
いくつかの物質における融点,融解熱,および,沸点と蒸発熱を表1に示す。
表 1.1:いろいろな物質の融点,融解熱,沸点,蒸発熱
物質
融点
融解熱
沸点
蒸発熱
(℃)
(kJ/kg)
(℃)
(kJ/kg)
水(氷)
0
334
100
2256
窒素
 210
51
 196
199
酸素
 218
28
 183
213
一酸化炭素
 205
30
 191
216
エチルアルコール
 114
107
79
838
例題 1.1 熱量の保存
図 1.1 のように,氷と水の混じった 100g の氷水が,100W の
電熱器のついた断熱性の容器に入れられている。そこに,80℃に
熱せられた質量 150g の銅球をすばやく入れて電熱器に 3 分間電
流を流したところ,氷はすべて解けて,水温は 25℃に上昇して
一定になった。
次に,電熱器に電流を 2 分 30 秒間流したところ,
80C
銅球
150 g
氷
100 g
水
水温は 55℃になって一定になった。容器から外部への熱の流失
および外部から容器への熱の流入は無視できるとして,はじめに
電熱器
入れられていた氷水の中の氷の質量と容器の熱容量を求めよ。氷
の融解熱を 334 J/g,水の比熱を 4.2 J/g,銅の比熱を 0.38 J/g と
図 1.1
する。
【解答】
電熱器に電流を 2 分 30 秒間流したら,100g の水と容器が 25℃から 55℃に上昇したので
あるから,容器の熱容量を C とすると,
100  (2  60  30)  (100  4.2  C )  (55  25)
∴
C  80 J/K
次に,はじめの氷の質量を m とする。質量 150 g の銅球の温度が 80℃から 25℃まで低
下する間に放出する熱量と,電熱器から 3 分間に発生する熱量が,質量 m の氷を解かし,
さらに,100 g の水と容器の温度を 0℃から 25℃まで上昇させたのであるから,
150  0.38  (80  25)  100  60  3  m  334  (100  4.2  C )  (25  0)
m ≒ 26g
4
■
1.4 熱移動のメカニズム
熱の移動の仕方には,熱伝導(conduction of heat),対流(convection),熱放射(thermal
radiation)の3つがある。熱伝導とは,物体の内部での分子の熱運動が順次伝わる現象で
あり,温度の高い方から低い方に熱が伝わる。対流は,気体あるいは液体において生ずる
現象であり,温度の高い部分は膨張して密度が小さくなって上昇し,温度の低い部分は密
度が高くなって下降して熱が移動する現象である。また,熱放射は,熱が電磁波として移
動する現象であり,物体は熱を電磁波として放射すると温度は低下し,逆に,電磁波を吸
収すると温度は上昇する。
熱伝導
図 1.2 のように,温度 TH の十分に大きな高温物体と温度
TL の十分に大きな低温物体が断面積 S ,長さ L の物体 C
TH
でつながれているとき,実験によれば,高温物体から低温
物体に単位時間あたりに流れる熱量 H は,両物体間の温度
差 TH  TL と断面積 S に比例し,長さ L に反比例すること
S
C
TL
L
図 1.2
が知られている。そこで,比例係数を k とすると,
H  kS
TH  TL
L
(1.4)
と表される。このとき,k は物質によって異なる定数で,熱伝導率(thermal conductivity)
とよばれる。いろいろな物質の 0℃における熱伝導率を表 1.2 に示す。
表 1.2:いろいろな物質の熱伝導率
物質
k 〔W/(m・K)〕
アルミニウム
236
銅
403
氷
2.2
水
0.561
空気
2.41 102
【発展】☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
一般に,高温物体と低温物体をつないでいる物体 C の温度勾配が場所によって異なり,
その値が位置 x に依って定まるとき,単位時間あたり x 軸の正の向きに移動する熱量 H は,
H  kS
と表される。
5
dT
dx
(1.5)
例題 1.2 2 種類の物質で繋がれた物体を伝わる熱量
図 1.3 のように,断面がともに一辺 10cm の正方形
で,長さがそれぞれ 10cm,20cm のアルミニウムと
10 cm
銅の棒を接続し,80℃と 0℃の物体間を繋いだ。2 本
80 C アルミ
ニウム
の棒の接続点の温度と棒を伝わって単位時間あたり
に移動する熱量 H を求めよ。ただし,アルミニウム
20 cm
銅
0 C
図 1.3
と銅の熱伝導率は,それらの温度によらず 0℃の値に
等しいとし,2つの物体とアルミニウムと銅の棒は真空中に置かれ,それらと真空の間の
熱の移動は無視する。
【解答】
アルミニウムと銅の棒の接続点の温度を T 〔℃〕とし,単位時間あたりにアルミニウム
の棒を伝わる熱量と銅の棒を伝わる熱量を等しいとおく。 S  (0.10)2 m2 , L1  0.10 m ,
L2  0.20 m , TH  80 ℃, TL  0 ℃とおき,アルミニウムと棒のそれぞれの熱伝導率を
k1  236 W/(m・K) , k2  403 W/(m・K) として,
H  k1S
TH  T
T  TL
 k 2S
L1
L2
これより,
T 
k1L 2TH  k 2L1TL
 43.2℃,
k1L 2  k 2L1
H  8.7  102 W
■
熱放射
太陽などの恒星は電磁波の放射により,周囲に熱を放射し,放射された電磁波を地球な
どの惑星が吸収し,惑星は温暖な気候を保っている。一般に,どんな物体も電磁波を放射
している。常温の物体は,可視光より波長の短い赤外線を多く放射するが,表面温度が 3,000
K 程度の物体は,可視光を多く放射するようになり,白熱する。
温度 T の黒体(black body)
(すべての振動数の電磁波を放射・吸収する物体)が,表面
の単位面積,単位時間当たり放射する熱量 H は,
H  T 4
(1.6)
と表される。ここで, はシュテファン-ボルツマン定数(Stefan-Boltzmann coefficient)
とよばれ,
2
  5.67  108 W/(m・
K4 )
で与えられる。
例題 1.3 地球への照射エネルギー
太陽光に垂直な地球表面で,1m2 あたり 1 s 秒間に照射される太陽光のエネルギーを求め
よ。ただし,地球と太陽は黒体とし,太陽は完全な球形で地球は太陽のまわりを完全な円
6
を 描 い て 運 動 し て い る と す る 。 太 陽 の 表 面 温 度 を TS  5770 K , 太 陽 半 径 を
RS  6.96  105 km ,太陽と地球の距離を a  1.50  108 km とする。
【解答】
地球表面の単位面積あたり,単位時間に吸収する熱量 H A は,
H A  TS4 
4RS2
 1  1.35  103 J
2
4a
■
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆【発展終】
7
第2章
気体分子運動
2.1 平均運動エネルギー
一辺の長さ L の立方体容器に質量 m
の一種類の気体分子 N 個が入っている。気体は理
想気体であり,気体の温度を T とする。分子は容器の壁と完全弾性衝突をし,分子と壁の
間に摩擦ははたらかず,分子の大きさは無視する。また,はじめ,気体分子同士の衝突を
無視する。
図 2.1 のように, x 軸に垂直な x  L の位置にある正方
y
形の面 S に気体分子が衝突することによる S が受ける圧力
z
を考えよう。ある瞬間のある分子の速度を v  (v x , v y , v z )
とする。この分子が S に弾性衝突すると,摩擦がないので
v
v y , v z は変化しないが,x 方向の速度は v x  v x となる
S
L
vx
L
から,この衝突で面 S が x 軸正方向に受ける力積は,
 m(v x )  m v x   2m v x
x
L
図 2.1
となる。
気体分子の速度の x 成分の大きさは壁に衝突しても変わらず,容器の面 x  L から面
x  0 まで 1 往復するごとに,面 S に 1 回衝突をする。したがって,単位時間あたりの衝
突回数は
vx
となり,単位時間にこの分子が面 S に与える力積は,
2L
2m v x 
vx
mv x2

2L
L
となる。いま,気体分子ごとの速度の x 成分は異なるので,全分子が単位時間あたり面 S
に与える力積すなわち平均の力 F は,
F N
mv x2 Nmv x2

L
L
と書ける。ここで, v x2 は, v x2 の全分子に関する平均値を表す。
気体分子の速さ v の2乗の平均値 v 2 は,速度成分の2乗の平均値を用いて,
v 2  v x2  v y2  v z2
となり,また,分子は x , y, z 方向のどの方向にも同じように運動していると考えられるか
ら,
1
v x2  v y2  v z2  v 2
3
8
(2.1)
となる。さらに,面 S に及ぼす圧力 p は,単位面積あたりの平均の力であるから,気体の
体積(容器の体積)V  L3 より,
p
Nmv 2 Nmv 2

3V
3L3
∴
pV 
1
Nmv 2
3
(2.2)
を得る。
この結果を,理想気体の状態方程式(1.2)と比較する。アヴォガドロ定数 N A を用いて,ボ
ルツマン定数 k  R /N A を定義し,容器内の粒子数が N  nN A と表されることから,気
体分子 1 個の平均運動エネルギー
1
2
3
2
  mv 2  kT
(2.3)
を得る。ここで,
k  1.38  1023 J/K
である。
例題 2.1 気体分子の速さ
絶対温度 300K の空気の分子の速さ v 2 を,空気の平均分子量を 29,気体定数を
R  8.31 J  mol-1  K -1 として求めよ。
【解答】
(2.3)式より,空気 1mol の平均質量 M  29 103 kg を用いて,
v2 
3kT
3RT
3RT


 5.1  102 m/s
m
N Am
M
■
平均運動エネルギーの均一化
温度の異なる2種類の気体を混ぜたとき,十分時間がたてば2種類の気体の温度は等し
くなり,各気体分子のもつ平均運動エネルギーも等しくなる。これは,分子間の衝突によ
って運動エネルギーが伝達されるからである。
例題 2.2 衝突による運動エネルギーの伝達
温度の異なる粒子1からなる気体と,粒子2からなる気体を混合したときの粒子1と2
の衝突を考える。衝突前の粒子1の平均運動エネルギーが粒子2の平均運動エネルギーよ
り大きければ,衝突後,粒子2の運動エネルギーは平均として増加し,逆の場合は平均と
して減少することを,衝突が1次元弾性衝突である場合について示せ。
【解答】
速度V で運動する質量 M の粒子1と速度 v で運動する質量 m の粒子2が弾性衝突し,そ
れぞれの速度が U , u になる。2粒子が1次元的弾性衝突をするとき,はね返り係数は1で
9
あるから,2粒子の衝突における運動量保存則とはね返り係数の式は,それぞれ,
MV  mv  MU  mu
1 
U u
V v
これらより,粒子2の運動エネルギーの変化は,
4Mm  1
1
1
1
1

MV 2  mv 2  (M  m )Vv 
mu 2  mv 2 
2 
2
2
2
2
(M  m )  2

となる。ここで,衝突前の粒子1と2の速度について平均をとる。粒子1と2速度は,互
いに独立であり正負ランダムな値をもつから,Vv  V  v  0 となる。したがって,衝突前,
粒子1の平均運動エネルギー
1
1
MV 2 が粒子2の平均運動エネルギー mv 2 より大きけれ
2
2
ば,衝突後の粒子2の運動エネルギーは平均として増加し,逆の場合は平均として減少す
ることがわかる。こうして,温度の異なる2種類の気体を混合して十分に時間がたてば,
2種類の気体の平均運動エネルギーは等しくなり同じ温度になる。
■
2.2 内部エネルギー
物体が全体としてもつ運動エネルギーや位置エネルギーを除いて,物体内部の分子の運
動や変位によってもつエネルギーを,その物体の内部エネルギー(internal energy)とい
う。理想気体では,分子の大きさと分子間にはたらく力は無視される。したがって,理想
気 体の 内部 エネル ギー は,分 子の もつ 並 進運 動( translational motion),回 転運 動
(rotational motion)および振動(oscillation)のエネルギーの総和に等しい。
He, Ne, Ar などの気体は,原子1個からなる単原子分子の気体である。これらの気体で
は,分子の回転運動や振動運動を考える必要はない。なぜなら,原子の中心にある原子核
のまわりの電子が回転したり振動したりすると,そのエネルギー状態が変化する。しかし,
ここで考える室温程度の気体分子運動では,原子内部のエネルギーは変化しないからであ
る。非常に高温になれば,原子内部のエネルギー状態の変化が起こり得る。
単原子分子理想気体の内部エネルギー
上で述べたことから,絶対温度 T の単原子分子理想気体 n モルの内部エネルギーU は,
1
3 R
T,
全分子の並進運動エネルギーの和となり,分子1個の平均運動エネルギー mv 2 
2
2 NA
分子数 N  nN A ( N A :アボガドロ数)を用いて,
1
3
U  N  mv 2  nRT
2
2
(2.4)
となる。
後に述べるように,一般に理想気体の内部エネルギー U は,定積モル比熱 C V を用いて,
U  nC VT
10
と表されるから,単原子分子理想気体の定積モル比熱 C V は,
CV 
3
R
2
(2.5)
で表されることがわかる。
例題 2.3 球形容器中の気体分子
体積 V の球形容器に単原子分子からなる1種類の理想気体が入れられている。気体分子
が容器の壁に衝突することによって壁に及ぼす圧力 p を計算し,気体の内部エネルギー U
を p とV で表せ。ただし,気体分子は壁に弾性衝突するものとする。
【解答】
球形容器の半径を r とし,図 2.2 のように,質量 m の i 番目
の分子が速さ v i で容器の壁面に,その法線と角  i (この角を入
i
射角(angle of incidence)とよぶ)をなして衝突する場合を考
r
える。気体分子と壁との間に摩擦なしに弾性衝突すると,衝突
直後,この分子の速度は壁の法線と角  i (この角を反射角
r
i
vi
m
V
(angle of refraction)とよぶ)をなす。そうすると,その後
分子はつねに壁と同じ入射角  i で衝突し,反射角も  i のままで
図 2.2
ある。
1回の衝突で気体分子が壁面に与える力積は,
mv i cosi  (mv i cosi )  2mv i cosi
で あり, 分子が 一度壁に 衝突し てから次 に壁に 衝突す るまでに かかる 時 間 t i は,
t i 
2r co si
となる。したがって,この分子が単位時間あたり壁に与える力積の大きさ(平
vi
均の力の大きさ)の和 f i は,
fi 
2mv i cosi mv i2

t i
r
となり, f i は入射角  i によらない。
単原子分子理想気体では,気体の内部エネルギー U は,全分子の並進運動エネルギーで
あるから,全分子が壁に及ぼす単位時間当たりに与える力積の大きさの和,すなわち,平
均の力の大きさ F は,
F
f 
i
i
i
mv i2 2U

r
r
となる。容器内面の面積は 4r 2 であり,容器の体積はV 
壁に及ぼす圧力 p は,
11
4 3
r であるから,気体が容器内
3
p
F
2U

2
3V
4r
∴
U
3
pV
2
■
弾性衝突と断熱条件
これまで,気体分子は壁と弾性衝突をすると仮定してきたが,これは,どのようなこと
を意味するのであろうか。
気体分子が単原子分子であれば,気体分子は回転や振動を起こさない。また,分子と壁
の間に摩擦力もはたらかないとすれば,気体分子の速さは衝突で変化せず,その運動エネ
ルギーも変化しない。つまり壁と分子の間でやり取りするエネルギーはゼロである。これ
は,気体に壁を通した熱の出入りがないことを意味し,断熱的(adiabatic)であることを
表している。気体分子がた原子分子であっても,分子内の原子は瞬間的に壁と弾性衝突す
るかぎり,壁からのエネルギーの出入りはなく,気体分子のもつ全エネルギーも変化しな
い。すなわち,断熱であることに変わりはない。
2.3 比熱
(1) エネルギー等分配則
絶対温度 T で,1 分子の質量が m の同種の気体の分子運動を考える。分子はどの方向
にも同じように運動しているから,分子の速度を v  (v x , v y , v z ) とすると, k をボルツ
マン定数として(2.1)式と(2.3)式より,
1
1
1
1
mv x2  mv y2  mv z2  kT
2
2
2
2
(2.6)
となる。すなわち,1つの自由度(degree of freedom)
(独立に変化できる座標の数)あ
1
たり kT のエネルギーが割り当てられることがわかる。
2
これは当然のことのように見えるが,以下で述べるように,回転や振動などの運動を
1
考えても1つの自由度あたり kT のエネルギーが割り当てられることがわかり,このこ
2
とは,エネルギー等分配則(equipartition law of energy)とよばれている。
(2) エネルギー等分配則と比熱
2原子分子理想気体
絶対温度 T において,2原子分子理想気体のもつエネルギーを考える。
2原子分子の重心が空間の中を飛び回る並進運動の自由度は3であり,その並進運動
3
エネルギーは kT であるが,さらに回転運動や振動運動の自由度があるため,そのエネ
2
ルギーが加わる。2原子分子の回転の自由度は,図 2.3 のように2であり,エネルギー等
12
1
分配則によりそのエネルギーは, kT  2  kT である。
2
z
常温では,振動運動は量子論的効果により凍結されて現
れない。こうして,2原子分子理想気体のエネルギーは,
y
3
5
E  kT  kT  kT
2
2
(2.7)
となる。これより,絶対温度 T のとき,n モルの2原子
分子理想気体の内部エネルギー U と定積モル比熱 C V
x
図 2.3
はそれぞれ,
U 
5
nRT ,
2
となる。
13
CV 
5
R
2
(2.8)
第3章
熱力学第1法則
準静的過程
系が熱平衡を保ちながら十分ゆっくりと変化するとき,この変化を 準静的変化
(quasi-static change)という。これは変化を無限にゆっくり行うという理想的な変化であ
るが,現実的には,系が熱平衡に近づく,よりゆっくりした変化であれば,準静的変化と
みなすことができる。準静的変化では,いつでも熱平衡が保たれているので,状態量であ
る気体の圧力 p ,体積V ,温度 T は決まった値をもつ。したがって,準静的変化を,縦軸
に p ,横軸にV などをとった状態図(phase diagram)
で表 すことが できる。 例えば, 定圧変化( isobaric
p
定圧変化
change ),定積変化 ( isochoric change ),等温 変化
(isothermal change)を組み合わせた1サイクルの変
定積変化
化は,図 3.1 のような p  V 状態図で表される。また,
等温変化
系が準静的に変化したとき,その系を準静的変化で元に
戻すことができる。このように,逆に元に戻すことので
きる変化は可逆変化(reversible change)とよばれる。
V
O
図 3.1
本章では,特に断らない限り,変化はすべて準静的変化
とする。
このように,原子,分子などのミクロな運動に着目して考えるのではなく,熱現象を現
象論的に扱う分野を熱力学(thermodynamics)という。熱力学は,基本的に静力学である
が,その扱い方はきわめて一般的であり,物理学の各分野はもちろん,化学,生物学,工
学など,広い範囲に応用されている。
熱力学の基本的な法則は,1.1 節で述べた第 0 法則に加えて,第1法則,第2法則,第3
法則まであるが,本章では,第1法則を中心に考える。
3.1 熱力学第1法則
気体の過熱
気体を高温物体と接触させると,気体は過熱される。
これは,高温物体を構成している分子と気体分子の衝
突により,エネルギーが伝達されるためである(図
m
M
高温物体
気体分子
3.2)。高温物体の分子は激しく振動しており,振動し
ている分子と気体分子が衝突するとき,例題 2.2 の場
合と同様に,運動エネルギーの大きな分子から小さな
図 3.2
気体分子にエネルギーが伝達され,気体の内部エネルギーが増加する。このとき気体に伝
達された熱エネルギーが気体に加えられた熱量である。
14
気体のする仕事
x
図 3.3 のように,ピストンの付いた断面積 S のシリンダー内に
気体が入れられており,その圧力 p が一定のままピストンが右向
p
きに距離 x だけ動かされたとする。このとき,気体がピストン
にする仕事 W  は,気体の体積増加を V  Sx として,
W   pS  x  pV
(3.1)
V
S
図 3.3
となる。ここで,気体の圧力 p が体積とともに変化する過程にお
p
いて,微小な体積変化を dV と書くと,気体の体積がV1 からV 2 ま
で変化するとき,気体がする仕事W  は,
W 

V2
V1
(3.2)
pdV
となり, p  V 状態図では,圧力 p とV 軸で挟まれた領域の面積
W
0
V2
V1
に等しいことが分かる(図 3.4)。
V
図 3.4
エネルギー保存則
気体が他の物体と接触して熱量 Q を吸収したとき,気体の内部エネルギーの増加を U ,
気体が外部にする仕事を W  とする。このとき,それ以外に失われるエネルギーがなけれ
ば,エネルギー保存則
Q  U  W 
(3.3)
が成り立つ。この関係を,熱力学第1法則(first law of thermodynamics)という。(3.3)
式は,気体が外部からされる仕事 W  W  を用いて,
U  Q  W
(3.4)
とも表される。
内部エネルギーは気体の状態で決まる状態量であるが,気体の吸収する熱量と気体のさ
れる仕事は,任意に与えることのできる物理量であり,気体の状態で決まる状態量ではな
い。そこで,微小変化の過程を考えるとき,状態量とそれ以外の物理量の微小量を区別し
て,微小な内部エネルギー変化を dU ,微小な吸収熱と仕事は,ダッシュを付けてそれぞれ
d Q, d W と表す。そうすると,微小変化の過程を表す場合,(3.4)式は,
dU  dQ  dW
(3.5)
と表される。
3.2 定積変化と定圧変化
気体の内部エネルギー
2.2 節では,気体分子運動の立場から気体の内部エネルギーを考えたが,ここでは,熱力
学的な立場から内部エネルギーを考えてみよう。
気体の状態を決める基本的な変数としては,状態量である圧力 p ,体積V ,温度 T の3
つがあるが,一般的に気体には,これらの量の間に状態方程式が成り立つので,独立変数
15
は2つになる。そこで,圧力 p は体積V と温度 T で決まると考えて,気体の状態を決める
独立な状態変数として p とV をとることにしよう。そうすると,気体の内部エネルギー U
は, p と V の関数となる。ここで, U も状態量である。
「理想気体の内部エネルギー U は,気体の温度 T だけで決まる」
(3.6)
このことは,気体を真空中に噴出させる実験1を改良することによって,理想気体につい
て確かめられた。これはジュールの法則(Joule’s law)とよばれる。
理想気体に対する結果(3.6)は,2.2 節で考えた理想気体に対する分子運動論からも予想さ
れる結果である。
定積変化
物質の体積を一定に保って1モルの物質の温度を 1 K 増加させる熱量 C V を,定積モル比
熱(molar specific heat at constant volume)という。体積V を一定に保って n モルの理想
気体の温度を T だけ増加させる熱量 Q V は,
QV  nC V T
となる。このとき,気体の体積は一定であるから,気体は仕事をしない( W   0 )。よっ
て,熱力学第1法則より,内部エネルギーの変化 U  Q V は,
U  nC V T
(3.7)
と表される。これは,定積変化をさせたときの内部エネルギー変化を与える式であるが,
上に述べたジュールの法則より,内部エネルギーは温度のみで決まるから,任意の変化(定
圧変化,断熱変化など)で温度を T だけ変化させたときの内部エネルギーの変化は,(3.7)
式で与えられることがわかる。
定圧変化
物質の圧力を一定に保って,1モルの物質の温度を 1 K 増加させる熱量 C P を定圧モル比
熱(molar specific heat at constant pressure)という。圧力 p を一定に保って n モルの理
想気体の温度を T だけ増加させる熱量 Q P は,
QP  nC P T
(3.8)
となる。このとき,内部エネルギーの増加 U は(3.7)式で与えられる。また,体積増加を V
とすると,気体のする仕事は W   pV と書けるが,理想気体の状態方程式から,
pV  nRT
が成り立つから,熱力学第1法則より吸収熱 Q P は,
Q P  U  W   n (C V  R )T
(3.9)
となる。(3.9)式を(3.8)式と比較して,定積モル比熱 C V と定圧モル比熱 C P の関係式
CP  CV  R
(3.10)
を得る。(3.10)式はマイヤーの関係(Mayer’ relation)とよばれる。
He, Ar, Xe などの単原子分子理想気体の定積モル比熱 C V は,2.2 節で求めたように,
1
後に述べる断熱自由膨張。
16
CV 
3
R
2
(2.5)
で与えられるから,(3.10)式より,定圧モル比熱 C P は,
CP 
5
R
2
(3.11)
となる。また,2原子分子理想気体の定積モル比熱 C V と定圧モル比熱 C P はそれぞれ,(2.8)
式より,
CV 
5
7
R ,CP  R
2
2
(3.12)
となる。空気は主に窒素と酸素からなり,それらは気体では2原子分子であるから,空気
の比熱は,ほぼ(3.12)式で与えられる。
3.3 熱機関の効率
図 3.5 のように,外部から熱量 Q を吸収し,外部に仕事W  をし,
熱量 Q  を放出する熱機関(熱サイクル)C を考える。このとき,吸
Q
Q
収する熱量 Q の中で外部にする仕事W  の割合を熱機関 C の熱効率
C
(thermal efficiency)という。エネルギー保存則より,W   Q  Q 
W
であるから,熱効率 e は,
e
図 3.5
W
Q
 1
Q
Q
(3.13)
と表される。
例題 3.1 気体の状態変化
図 3.6 のように,ピストンの付いた円筒形シリンダーの内部に単原
子分子理想気体が入れられ,鉛直に立てられている。ピストンの上に
は,おもりが載せられ,おもりには軽い糸が付けられている。円筒の
底には熱を出し入れできる温度調節器が付いている。はじめ,ピスト
ンは円筒の底から h1 の高さにあった。この状態から気体を次のように,
準静的に変化させて元の状態に戻した。ピストンはなめらかに動くこ
h1
単原子分子
理想気体
温度調節器
図 3.6
とができ,シリンダーとピストンはすべて断熱的であり温度調節器の
熱容量は無視できる。
過程1:温度調節器を作動させて,気体に熱を加えたらピストンは円筒の底から h 2(  h1 )
の高さまで上昇した。
過程2:過程1に続いて,温度調節器を作動させて気体から熱を奪うと同時に,おもりに
付いている糸を少しずつ上方へ引いていったところ,ピストンの高さは変化せず,おも
りはピストンから離れた。
17
過程3:過程2に続いて,おもりをピストンの上面に軽く接触させて温度調節器を作動さ
せて気体から熱を奪うと同時に,糸を少しずつ緩めて言ったら,気体はその温度を一定
に保ちながらピストンは徐々に下降し,ピストンの高さ h1 のはじめの状態に戻った。
以上の1サイクルの p V 状態図を描き,この熱機関の熱効率 e を求めよ。また,
h 2 /h1  2 のとき, e の値を有効数字2桁で求めよ。ただし,積分公式

dx
 log x  C ( C は積分定数, log x は x の自然対数)
x
を用いてよい。
【解答】
シリンダーの断面積を S とすると,過程1は,大気圧
p
およびピストンとおもりにはたらく重力を支える圧力
p1
p1 を一定に保ちながら,体積をV1  Sh1 からV 2  Sh 2
T1
1
T2
まで増加させる定圧変化である。過程2は,気体の体積
2
を V 2 に保ちながら圧力を, p1 からおもりを取り去った
ときの圧力 p 2(  p1 )まで減少させる定積変化である。
3
p2
T1
過程3は,気体の温度を一定に保つ等温変化である。こ
れより,図 3.7 の p V 状態図を得る。
0
気体のモル数を n ,気体定数を R とし,はじめの状態
V1
V2
V
図 3.7
の気体の温度を T1 ,過程1の終わりの状態の気体の温度を T 2 とする。過程1の前後での理
想気体の状態方程式
p1V1  nRT1 ,
および,単原子分子理想気体の定圧モル比熱
p1V2  nRT2
5
R を用いると,過程1で気体が吸収した熱
2
量 Q1 は,
Q1 
5
5
5
nR(T2  T1 )  p1(V 2  V1 )  p1S (h 2  h1 )
2
2
2
過程2は定積変化であるから気体は仕事をしない。また,過程2の後,過程3の等温変
化を経てはじめの状態に戻るのであるから,過程2の終わりの状態の気体の温度は T1 であ
る。単原子分子理想気体の定積モル比熱
3
R と状態方程式を用いると,過程2で気体が放
2
出した熱量 Q 2 は,
Q2 
3
3
nR(T2  T1 )  p1S (h 2  h1 )
2
2
過程3は等温変化であるから,気体の内部エネルギーは変化しない。よって,この過程
で気体が放出する熱量 Q 3 は,気体が外部からされる仕事W 3 に等しい。過程3の途中の任
18
意の状態での気体の圧力と体積をそれぞれ p, V とすると, pV  p1V1  p2V2 より,
Q 3  W3  

V1
V2
pdV   p1V1

V1 dV
  p1V1 log
V
V2
V1
h
 p1Sh1 log 2
V2
h1
これより,熱機関の熱効率 e は,
h
3
(h 2  h1 )  h1 log 2
Q 2  Q3
2
h1
e  1
 1
5
Q1
(h 2  h1 )
2
h 2 / h1  2 を代入して,
e ≒ 0.12
■
3.4 断熱変化
準静的断熱変化
理想気体を準静的に断熱変化(adiabatic change)させる過程を考える。
n モルの理想気体を,準静的に圧力 p ,体積V ,温度 T の状態から圧力 p  p ,体積
V  V ,温度 T  T の状態に,断熱的に微小変化させる。変化前後の気体の状態方程式
は,気体定数を R として,
pV  nRT ,
( p  p )(V  V )  nR(T  T )
となる。微小量の積 p  V を落とし,これらより,
pV  Vp  nRT
(3.14)
を得る。
一方,微小な断熱変化に対して熱力学第1法則を適用する。定積モル比熱を C V とすると,
内部エネルギーの増加は nC V T ,気体が外部にする仕事は pV と書けるから,熱力学第
1法則は,
0  nC V T  pV
(3.15)
となる。ここで,C P  C V  R を用いて比熱比(ratio of specific heat)  C P /C V を導入
する。理想気体では,通常  は温度によらない一定値となるので,以降,理想気体を扱うと
き,  を一定値とする。(3.14)式と(3.15)式から nT を消去して積分する。
C V  R V p

0
CV
V
p
⇒

dV
dp

0
V
p

これより,
 logV  log p  C
( C :積分定数)
となり,ポアソンの関係(Poisson’s relation)
pV   一定
(3.16)
を得る。ポアソンの関係は,理想気体の状態方程式を用いると,
T V  1  一定
19
(3.17)
と表すこともできる。
例題 3.2 圧力 p と温度 T の関係
理想気体の準静的断熱変化で成り立つ圧力 p と温度 T の関係を,比熱比  を用いて求め
よ。
【解答】
(3.14)式と(3.15)式から V を消去し, C P  C V  R と状態方程式を用いると,
p 
n (C V  R )
C p
T  P T
V
RT
ここで, C P  C V  R と C P  C V より, C P 
p
p


T
 1 T
⇒


 1
R となるから,
dp

dT

p
 1 T

これより,
p  1  CT 
(3.18)
( C は定数)
を得る。
(3.18)式は,(3.16), (3.17)式からV を消去しても得られる。
■
断熱自由膨張
断熱変化であっても,準静的ではなく,ポアソンの式が成り立たない典型的な例に,断
熱自由膨張(adiabatic free expansion)とよばれる現象がある。
図 3.8 のように,断熱壁で囲まれた A 室と B 室の間にコッ
ク C が付けられ,A 室に温度 T の理想気体が入れられおり,
B
B 室が真空であるとする。コック C が開けられると,A 室の
A
気体は B 室に噴き出し,十分に時間がたつと,A 室と B 室の
理想気体
C
真空
気体の圧力と温度は等しくなる。このとき,気体と外部との
間に熱の出入りはなく,気体は外部に仕事をしないから,気
図 3.8
体の内部エネルギーは変化せず,温度は変化しない。もし,
この変化を準静的変化と見なし,ポアソンの関係を適用すると,気体の体積 V は増加する
から,   1 に注意すると,(3.17)式より温度 T は低下することがわかる。したがって,こ
の場合,ポアソンの関係は成り立たない。
なぜ,ポアソンの関係は成り立たないのであろうか。
それには,この関係の導出方法に着目してみればよい。ポアソンの関係は,断熱変化の
途中でわずかに異なる2つの熱平衡の状態(圧力,温度,体積などの状態量が定まる状態)
を考えて,それら2つの状態間を断熱的に変化する条件から微小量の間の関係式を導き,
20
それを次々につないでいく(積分する)ことにより導出された。ところが,自由膨張で A
室の気体の一部が B 室に流れ込んでいるとき,B 室の気体の圧力は A 室より低い(A 室内,
B 室内の気体の圧力も,それぞれ一様ではない)はずであり,気体全体の圧力を決めること
ができず,気体は,明らかに熱平衡状態にはない。したがって,断熱自由膨張は,準静的
変化とは見なすことができず,ポアソンの関係は成り立たない。
例題 3.3 気体の混合と断熱変化
図 3.9 のように,断熱壁で囲まれた部屋がコック C と支
仕切り板
え棒の付いた断熱性の仕切り板で A 室と B 室に分けられ,
A
それぞれに,同種の単原子分子理想気体が1モルずつ入れ
られている。はじめ,仕切り板は固定され,A 室の気体の
圧力は 2p 0 ,温度は 2T0 ,B 室の気体の圧力は p 0 ,温度は
B
1 モル
2 p 0 , 2T0
T0 であり,体積はともに V 0 であった。答は有効数字2桁
C
1 モル
p 0 , T0
図 3.9
で求めよ。
(a) コック C を開いて十分に時間がたつと,A 室と B 室の気体は混じり合い,同じ温度 T1
になった。 T1 は T0 の何倍か。
(b)
A 室と B 室の気体をはじめの状態に戻し,コック C は閉じたまま仕切り板の固定を解
いて,板を棒で支えながら少しずつ動かして,つり合いの位置で棒に加える力をとり除
いた。そのとき,A 室の気体の体積をV 2 ,温度を T 2 ,B 室の気体の温度を T3 とする。V 2
は V 0 の何倍か。また, T 2 と T3 は,それぞれ T0 の何倍か。
(c) 前問(b)の操作で,気体がピストンに,すなわち,棒に加えた仕事W は, p 0V 0 の何倍
か。
【解答】
(a) コック C を開いただけなので,A, B 両室の気体に外から熱の出入りはなく,仕事もさ
れない。したがって,両室の内部エネルギーの和は一定に保たれる。よって,
3
3
3
R  2T0  R  T0  RT1
2
2
2
(b)
∴
T1
 3.0(倍)
T0
A 室と B 室の気体は,それぞれ準静的断熱変化をする。棒に加える力を除いた後,A
室と B 室の気体の圧力は等しくなる。その圧力を p とすると,それぞれの室の気体に対
するポアソンの関係式(3.16)は,
A: 2 p0  V0  pV2 ,
B: p0V0  p(2V0  V 2 )
これらに,単原子分子理想気体の比熱比の値
 
C P (5 / 2)R 5


C V (3 / 2)R 3
を代入して,
21
V2
211/
≒1.2(倍)

V 0 1  21/
(3.17)式を用いると,
A: 2T0  V0 1  T2V 2 1 ,
B: T0V0 1  T3 (2V0 V2 ) 1
これらより,
V 
T2
 2 0 
T0
V2 
 1

T3  V 0

 
T0  2V 0  V 2 
 1  21/
 2 11/
 2
 1




 1  21/
 
 2
 1
≒1.8(倍)




 1
≒1.2(倍)
(c) エネルギー保存則より,気体がピストンにした仕事W は,内部エネルギーの減少量に
等しい。はじめの B 室の気体の状態方程式を用いて,
3
3
3
 3

W   R  2T0  RT0    RT2  RT3 
2
2
2
2

 


∴


T  3
T 
T
T
3
RT0  3  2  3   p0V 0  3  2  3 
2
T0 T0  2
T 0 T0 


 1  21/
W
3
 3  2 11/
p 0V 0 2 
 2





 1
 1  21/
 
 2




 1

 ≒ 0.10 (倍)


■
【発展】☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
3.5 カルノー・サイクル
カルノー・サイクル
p
図 3.10 のように,理想気体が準静的に(A)等温
Ⅰ
過程Ⅰ  Ⅱ,(B)断熱過程Ⅱ  Ⅲ,(C)等温過程
Ⅲ  Ⅳ,(D)断熱過程Ⅳ  Ⅰの4つの過程を経て
等温 (T1 )
もとの状態に戻るサイクルをカルノー・サイクル
(A)
Ⅱ
断熱
(carnot cycle)という。
n モルの理想気体を温度 T1 の高温熱源に接
断熱
Ⅳ
触させながら,状態Ⅰから状態Ⅱまで準静的に
等温
(T2 )
等温膨張させて,体積をV1 からV 2 まで変化させ
る。このとき気体が外部にする仕事W1 は,気体
の圧力 p はその体積とともに変化するから,積
分を用いて,
22
O
V1
V4
Ⅲ
V2
図 3.10
V3
V
W1 

V2
V1
pdV  nRT1

V2
V1
dV
V
 nRT1 log 2 ( 0)
V
V1
ここで,状態方程式 pV  nRT1 を用いた。
この過程は等温変化であるから T  0 である。よって,内部エネルギーの変化は
U  0 。ゆえに,この間に気体が高温熱源から吸収する熱量 Q1 は,熱力学第1法則より,
Q1  W1  nRT1 log
V2
V1
(3.19)
(B) 状態Ⅱから状態Ⅲまで準静的に断熱膨張させて,高温熱源の温度 T1 から低温熱源の温
度 T 2 まで下げる。この間に気体が吸収する熱量は Q  0 であり,内部エネルギーが減少
し (U  0) ,その分,外部へ仕事をする (W   0) 。
(C) 気体を温度 T1 の低温熱源に接触させながら,状態Ⅲから状態Ⅳまで準静的に等温圧縮
させて,体積をV 3 からV 4 まで変化させる。このとき気体が外部にする仕事W 2 は,過程
(A)の場合と同様にして,
W2  nRT2 log
V4
V
 nRT2 log 3  0
V3
V4
ここで,W2  W2 とおくと,気体が低温熱源へ放出する熱量 Q 2 は,内部エネルギー
の変化は U  0 であるから,
Q2  W2  nRT2 log
V3
V4
(3.20)
(D) 状態Ⅳから準静的に断熱圧縮させて,温度 T1 の状態Ⅰに戻す。この間に気体が吸収する
熱量は Q  0 である。
状態ⅡとⅢ,状態ⅣとⅠは,それぞれ断熱過程で結ばれているので,ポアソンの関係が
成り立つ。したがって,比熱比を  として,
T1V 2 1  T2V3 1 ,
T1V1 1  T2V 4 1
となる。これらの式を辺々割り算して,
V2 V3

V1 V 4
(3.21)
(3.19)~(3.21)式より,気体が吸収する熱
量と放出する熱量の比は,高温熱源と低温
熱源の温度の比に等しいことがわかる。
Q1 T1

Q 2 T2
高温熱源
T1
(3.22)
図 3.11 のカルノー・サイクル C では,高
Q2
Q1
C
W
温熱源から Q1 を吸収し低温熱源へ熱量 Q 2
図 3.11
を放出する。1サイクルでの内部エネルギ
23
低温熱源
T2
ーの変化は U  0 であるから,この間,このサイクルは,外部に仕事W  をする。このと
き,W  は,
W   Q1  Q 2
となる。
熱効率
カルノー・サイクルの効率 e は,(3.22)式より,
e
Q
T
W
 1 2  1 2
Q1
Q1
T1
(3.23)
と表される。
例題 3.4 オットー・サイクル
p
図 3.12 の p  V 状態図で示される理想気体に対す
る1サイクルを考える。このサイクルは,体積V1 とV 2
2
p2
での定積変化とそれらを結ぶ断熱変化からなり,変化
イクル(otto cycle)という。2原子分子を用いた
V 2 /V1  4 のオットー・サイクルの熱効率を,有効数
字2桁で求めよ。
【解答】
定積モル比熱 C V の n モルの理想気体に対するオッ
断熱
定積
はすべて準静的である。このサイクルをオットー・サ
1
p1
断熱
p3
3
p4
4
定積
V1
0
トー・サイクルを考える。状態1 ( p1, V1, T1 ) ,状態2
V2
V
図 3.12
( p 2 , V1, T2 ) ,状態3 ( p3 , V 2 , T3 ) ,状態4 ( p 4 , V 2 , T4 ) と
する。
状態1→2の定積変化にける吸収熱 Q1 と,状態3→4の定積変化における放出熱 Q 2 はそ
れぞれ,
Q1  nC V (T2  T1 ) , Q2  nC V (T3  T4 )
また,状態2→3,4→1の断熱変化では,比熱比を  としてポアソンの関係
T2V1 1  T3V 2 1 , T4V 2 1  T1V1 1
が成り立つから,
T3 T4  V1 

 
T2 T1  V 2 
 1
∴
これより,2原子分子理想気体では, C V 
て,熱効率 e は,
24
T3  T4  V1 
 
T2  T1  V 2 
 1
5
7
7
R , C P  R ,   であることを用い
2
5
2
V 
Q
e  1  2  1   1 
Q1
V2 
となる。
 1
≒0.43
■
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆【発展終】
25
第4章
熱力学第2法則
4.1 可逆変化と不可逆変化
ある状態 A から出発して別の状態 B に変化する場合,B から A に周囲に何の影響も残さ
ずに戻ることができるとき,この変化を可逆変化(reversible change)という。準静的変
化は可逆変化であった。したがって,カルノー・サイクルはすべての変化が準静的であり,
可逆な循環過程である。カルノー・サイクルには,すべての変化を逆に辿らせる逆カルノ
ー・サイクルが存在する。
図 4.1 のように,逆カルノー・サイクル
は,低温熱源から熱量 Q1 を吸収すると同時
高温熱源
に,外部から仕事W をされ,高温熱源に熱
Q2
C
T2
量 Q 2 を放出する。
Q1
低温熱源
T1
これに対し,どんな方法を用いてもこの
ようなことができない変化を不可逆変化
W
(irreversible change)という。
図 4.1
物体が摩擦のある床上を滑る現象は不可
逆である。床上を滑っている物体は摩擦のために周囲に熱を発散し,しばらくすると止ま
る。しかし,止まっている物体が,周囲に発散した熱を吸収して動き出し,周囲の環境を
含めて元の運動状態に戻ることはない。また,図 4.2 のように,A 室に気体が入れられ,B
室が真空に保たれている状態で,A 室と B 室の間の壁を取り去ると,気体は A 室と B 室の
全体に広がるが,逆に,全体に広がっている気体を周囲に何の影響も残さずに A 室に集め
ることはできない。
A
B
A
B
真空
図 4.2
【発展】☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
4.2 熱力学第2法則
熱力学第2法則(second law of thermodynamics)は,エネルギー保存則である第1法
則とは異なり,力学法則からその成立がはっきりと示されるものではなく,経験的に知ら
れている法則である。この法則は,いろいろな形で表現され,それらの間の等価性が示さ
れている。
クラウジウスの原理
「低温の物体から熱をとり,高温の物体に熱を与える以外,
26
周囲に何の変化も残さないことは不可能である」
これをクラウジウスの原理(Clausius theorem)という。
冷蔵庫やクーラーは,低温の空気から熱を奪い,高温の空気に熱を与えるが,その際,
外から仕事(電気的エネルギー)をしている。
この原理は,次のように言うこともできる。
「熱伝導によって,高温の物体から低温の物体に熱が流れる現象は不可逆である」
トムソンの原理
「1つの熱源から熱をとり,これをすべて仕事に変える装置は存在しない」
これをトムソンの原理(Thomson theorem)という。
トムソンの原理に反する装置,すなわち,1つの熱源から熱量 Q をとり,これをすべて
仕事W  に変える装置があったとすると,Q  W  より,熱機関の効率は, e  1 となる。し
たがって,トムソンの原理は, e  1 となる装置は存在しないことを述べている。
クラウジウスの原理とトムソンの原理は等価であることが示されている2。
エントロピー増大の法則
クラウジウスの原理またはトムソンの原理から導かれる重要な法則にエントロピー増大
の法則(increase law of entropy)がある。この法則は,次のように述べられる。
「断熱系で不可逆な状態変化が起こると,エントロピーは必ず増大し,
可逆変化では,エントロピーの変化はゼロである」
エントロピー S は,系が熱平衡状態にあるときに決まる状態量であるが,統計力学的に
は,微視的な状態数W とボルツマン定数 k を用いて,
S  k logW
と表すことができる。これをボルツマンの関係式(Boltzmann’ relation)という。秩序の
ある系でW は小さく,無秩序な系でW は大きくなる。したがって,エントロピー増大の法
則は,
「自然界はつねに無秩序な方向に動く」
ことを表している。
図 4.2 のように,壁で囲まれた A 室に気体を入れ,壁で隔てた B 室を真空にしておき,
A, B 両室を隔てている壁を取り除くと,気体は全体に広がり,どちらか一方の部屋に集ま
ることはない。なぜなら,気体分子が片方の部屋にすべて集まるよりも,全体に広がる方
が無秩序な状態であり,全体に広がる方が,確率的に確からしい状態であるからである。
したがって,エントロピー増大の法則は,一種の確率法則であると言える。
永久機関
1サイクルの間に外部に正の仕事をするだけで,それ以外はすべて元に戻るような,仮
想的な熱機関を第1種永久機関(perpetual motion machine of the first kind)という。第
2
ここでは,その証明に踏む込まないことにする。
27
一種永久機関は,つねに正の仕事をつくり出し続けるので,エネルギー保存則に反し,存
在しない。一方,1サイクルの間に1つの熱源から熱を受け取り,これをすべて仕事に変
える熱機関を第2種永久機関(perpetual motion machine of the second kind)という。熱
力学第2法則は,トムソンの原理にしたがって,
「第2種永久機関は存在しない」
と言い表すこともできる。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆【発展終】
28
波動・光学
29
第1章
波動
1.1 波
空間の1点に発した振動が次々ととなりに伝わっていく現象を波動(wave motion)
(簡
単に波(wave))といい,波を伝える物質を媒質(medium)という。
媒質が1回振動する時間を周期(period)
,1 周期の間に振動が伝わる距離を波長(wave
length)という。さらに,波が単位時間に振動する回数を振動数(frequency)とよび f で
表すと,周期 T を用いて f  1/T となる。
図 1.1 のように, x 軸正方向に伝わる波の山(crest)
(変位が上向きに最大になっている
位置)にある媒質が1回振動する間に,波の山の位置は隣の山の位置まで移動する。波の
周期を T ,波長を  ,速度を v とすると,
v

T
 f
(1.1)
の関係式が成り立つ。(1.1)式を波の基本式(fundamental equation of wave)という。
y

v
O
x
A
図 1.1
波の山あるいは谷(trough)
(凹んだ位置)での媒質の変位の大きさ A を振幅(amplitude)
という。
1.2 横波と縦波
媒質の振動方向が波の進行方向に垂直な波を横波(transverse wave),波の進行方向に
平行な波を縦波(longitudinal wave)という。横波は,ある時刻における各点の媒質の位
置を繋ぐと,図 1.1 のような波形になるので直観的に理解しやすいが,縦波は,各点の媒質
の位置を繋いでも,波の進行方向に平行な直線になるだけであるから理解しにくい。そこ
で,縦波を横波の波形で表して表現する方法を考える。
縦波の横波による表し方
図 1.2 のように,縦波の各点の媒質の変位を反時計回りに 90°回転した点を繋いで表そ
う。縦波が  x 方向に進行しているとき,  x 方向の変位は  y 方向の変位,  x 方向の変
位は  y 方向の変位として表す。
30
縦波の進行方向:
y
密
縦波の変位
密
疎
x
図 1.2
縦波では,媒質の密度に変化が生じる。上の規則にしたが
って縦波を横波で表すとき,波の変位の傾きが負でその絶対
縦波
値が最も大きいところは,媒質の密度は最大になり,逆に,
B
傾きが正でその絶対値が最も大きなところは,媒質の密度は
C
A
最小になる。前者の位置を密(compression)な位置,後者
横波
の位置を疎(rarefaction)な位置という。これら疎密の位置
が波の速度で伝わる縦波は,疎密波(density wave)とも呼
ばれる。
図 1.3
自然界における縦波と横波
自然界に存在する波の中で,弦を伝わる波は横波であるが,物
質中を伝わる波は縦波が多い。
縦波
B
図 1.3 のように,固体中は縦波と横波の両方が伝わるが,図 1.4
のように,気体中および液体中は,縦波だけが伝わる。したがっ
A
横波
C
て,空気中を伝わる音波は縦波であることがわかる。ただし,真
空中も伝わる光波は横波であることに注意しておこう。
図 1.4
1.3 正弦波
波動の中で,特に媒質が単振動する波を正弦波(sinusoidal wave)という。
例題 1.1 正弦波の式
波動が存在しないとき,原点 O にある媒質は,O を中心に振幅 A ,周期 T で単振動し,
時刻 t における変位は,
y(t , 0)  A sin
2
t
T
と表される。この振動が x 軸正方向に速さ v で伝わるとき,波がないとき位置 x にある媒
質の時刻 t における変位を求めよ。
【解答】
31
原点での変位が位置 x まで伝わるのにかか
る時間は x /v であるから,時刻 t における位置
y
x の媒質の変位 y(t , x ) は,時刻 t  x /v におけ

る原点の変位に等しい(図 1.5)。したがって
y
O
2 
x
 A sin  t  
T 
v
t x
 A sin 2   
T  
x
 の波形
v
時刻 t の波形
v
y(t , x ) は,
y(t , x )  y t  x /v, 0

時刻  t 
x
x
図 1.5
(1.2)
と書ける。ここで,vT   を用いた。
■
波数と位相速度
t x
正弦波の式(1.2)において,正弦関数の角度部分 2    を位相(phase)という。こ
T  
こで,(1.2)式をもう少し便利な形に書き直すために,波数(wave number)
k
2

(1.3)
を導入する。また,波の角振動数(angular frequency)   2 /T を定義し,これらを波
の基本式(1.1)に用いると,
  vk
(1.4)
を得る。こうして正弦波の式(1.2)は,
y(t , x )  A sin(t  kx )
(1.5)
と書き直される。正弦波の式(1.5)は,これからの考察で便利なものとなる。
例題 1.2
 x 方向への進行波と位相速度
原点 O にある媒質の時刻 t における変位が一定の振幅 A と一定の角振動数  により,
y(t , 0)  A sin t
と表されるとする。この振動が,  x 方向へ波数 k で進行する正弦波の式を求めよ。また,
この波の同位相の点が動く速度(これを位相速度(phase velocity)という)vk の表式を求
めよ。
【解答】
位置 x での媒質の変位は,時間 x /v だけ後の時刻の原点 x  0 での変位に等しい。した
がって,時刻 t における位置 x の媒質の変位は,波の速さを v として(1.5)式を用いて,
x

y(t , x )  y(t  x /v, 0)  A sin  t    A sin(t  kx )
v

32
(1.6)
を得る。波の式(1.6)において,同位相の点は,
 t  kx  一定
で与えられるから,この式の両辺を時間 t で微分して位相速度 vk 
 k
dx
0
dt
vk 
∴
dx
は,
dt
dx

   v
dt
k
■
弦を伝わる横波の速さ
弦を伝わる横波の速さは,次の例題 1.3 で示すように,
u
S
(1.7)

で与えられる。
例題 1.3 横波の速さ
張力 S で張られた線密度  の弦を水平右向きに伝わる横波を考える。横波とともに速さ
u で動く観測者が見ると,波形は静止し,弦は波形に沿って左向きに速さ u で動いている。
図 1.6 のように,波形の頂点で重なる半径 r の円(これを波形の頂点での曲率円(osculating
circle)といい, r を曲率半径(radius of curvature)という)を考えると,頂点部分の弦
は,速さ u で半径 r の円運動をしている。このことを用いて,弦を伝わる横波の速さ(1.7)
式を導け。
u
r
図 1.6
【解答】
u
図 1.7 に示されている弦の頂点部分
(半径 r の
扇形の微小な弧の部分) AB に,円運動の方程
式を適用する。
扇形の微小な中心角を 2(  1 )
とすると,AB 部分の質量は r  2  2r ,円
の中心方向(鉛直下方)の加速度は u 2 /r ,両

S
B
A

 
O
側から AB 部分に作用する張力の鉛直下方成分
の和は 2S sin  2S となるから,円運動の方
程式より,
33
図 1.7
S
r
2 r
u2
 2S
r
∴
u
S
■

1.4 波の反射と透過
波が異なる媒質の境界面に垂直に入射する場合,一部はそのまま透過するが,一部は反
射する。波が反射するとき,反射端に,どのような力が作用するかで,反射波の位相がず
れる場合とずれない場合がある。反射端で,力が全く作用しない反射を 自由端反射
(reflection of a free end),強い力が作用して反射端の媒質が全く動くことのできない反射
を固定端反射(reflection of a fixed end)という。
入射波が境界面に入射し,透過波が存在する場合,一般に,境界面の透過側の方が振動
しやすい場合は自由端反射になり,逆に振動しにくい場合は固定端反射になる。その中間
的な反射は起こらない。
自由端での反射では,反射波の変位は入射波の変位に等しく,固定端では,反射波の変
位は入射波の変位の逆符号となる。変位が等しいとき,
「位相のずれは 0」であり,変位が
逆符号になるとき,「位相は  ずれる」
。一方,透過波の位相はずれない。
すべての波が端点ですべて反射する全反射(total reflection)では,0 と  の中間の位相
変化が起こり得る。
波の重ね合わせ
2 つ の 波 が 重 な る と き , 媒 質 の 変 位 に 関 し て 重 ね 合 わ せ の 原 理 ( principle of
superposition)が成り立つ。
正弦波の干渉と定在波
2つの波が重ね合わさり,強め合ったり弱め合ったりする現象を波の干渉(interference)
という。2つの波が同位相で重なると強め合い,逆位相で重なると弱め合う。また,媒質
の振動の振幅が位置 x で決まり,各点の媒質がすべて同位相で振動する波を 定在波
(standing wave)という。定在波において,振幅が最大となる位置を腹(loop or antinode)
,
振幅が最小となる位置を節(node)という。
例題 1.4 正弦波による定在波の形成
図 1.8 のように,振幅 A ,角
振動数  ,波数 k の進行波
y
t 0
y1(t , x )  A sin(t  kx )
A
が x 軸正方向に向かって進み,
x  0 にある壁で反射するとき,
0
領域 x ≦ 0 に定在波が生じる。
A
壁での反射が自由端反射である
場合と固定端反射である場合の
図 1.8
34
x
それぞれについて,領域 x ≦ 0 での定在波の式を求め,波長  を用いて腹の位置と節の位置
の座標を定めよ。また,自由端反射と固定端反射のそれぞれの場合について,T  2 / を
周期として,時刻 t  0, T / 4, T / 2 における定在波の波形を作図により描け。ただし,反射
による振幅の減衰はないものとする。
【解答】
自由端反射と固定端反射の場合,反射波の式は,
y2 (t , x )  A sin(t  kx ) (+符号は自由端反射,  符号は固定端反射)(1.8)
と書けるから,三角関数の和積公式
sin  sin   2 sin

2
cos

2
(1.9)
を用いて,入射波と反射波の合成波は,
2A cos kx  sint :自由端反射
y(t , x )  y1(t , x )  y2 (t , x )  
 2A sinkx  cos t :固定端反射
と書ける。
(1.10)
(1.10)式の最右辺において, sint ( cos t )は振動を表す項であり, 2A cos kx
( 2A sinkx )は,位置 x における振幅を表している。したがって, n  0, 1, 2,  として,
(i) 自由端反射の場合
腹の位置:kx  n ⇒ x   n

1
1 


, 節の位置:kx  n   ⇒ x    n  
2 2
2
2


(ii) 固定端反射の場合

1
1 


腹の位置:kx  n   ⇒ x    n   , 節の位置: kx  n ⇒ x   n
2 2
2
2


となる。
上の結果より,反射端 x  0 が腹になるか節になるかを見ると,次のことがわかる。自由
端反射と固定端反射では,腹の位置と節の位置が逆転し,自由端反射では,反射壁の位置
が腹に,固定端反射では,反射壁の位置が節になる。また,隣り合う腹どうし,隣り合う
節どうしの間隔はともに  / 2 であり,隣り合う腹と節の間隔は  / 4 である。
自由端反射では,壁での位相変化がないので,反射波は,入射波を領域 x  0 まで延長し,
延長した波をそのまま y 軸に関して折り返せばよい。固定端反射では,壁で変位の符号が
反転するので,反射波は,入射波を領域 x  0 まで延長し,延長した波を x 軸に関して反転
し,その上で y 軸に関して折り返せばよい。こうして,定在波の波形を図 1.9 のように得る。
ここで,入射波は細い実線で,反射波は点線で,合成波である定在波は太い実線で描かれ
ている。
35
腹
節
腹
節
y
節
腹
t 0
入射波
y
節
腹
入射波
t 0
合成波
x
x
0
0
合成波
反射波
反射波
y
y
t  T /4
t  T /4
x
0
x
0
y
y
t  T /2
0
t  T /2
x
x
0
自由端反射
固定端反射
図 1.9
■
1.5 弦の共振
両端を固定した弦を弾くと,両端を節とした定常波が生じ,共振した状態になって音を
発する。これがバイオリンなどの弦楽器である。こ
1 / 2
の場合,弦に入射した振動は,固定された一端 P
基本振動
で反射して,入射波と反射波が重なり端 P を節とす
る定常波を生じる。一方,他端 Q に向かった反射
波は,端 Q でも固定端反射するため,そこでも Q
2 / 2
2倍振動
を節とする定常波となる。したがって,両端 P, Q
がともに節となる定常波のみが残る。
図 1.10 のように,強く張られた弦の両側の固定
3 / 2
3倍振動
端間に,腹が1つの定在波が出来ているとき,その
振 動 を 基 本 振 動 ( fundamental harmonic
oscillation),腹が2個のとき,2倍振動(second
harmonic oscillation),
・・・,腹が n 個のとき,n
36
L
図 1.10
倍振動( n -th harmonic oscillation)といい,これらの振動を固有振動(proper oscillation)
という。
例題 1.5 弦の固有振動
張力 S で張られた線密度  の弦の長さを L とするとき,この弦に n 倍振動ができている
とする。そのときの振動数 f n を求めよ。
【解答】
波長 n は,隣り合う節間の距離が n / 2 であるから, L  n 
n 
n
2
より,
2L
n
となる。いま弦を伝わる横波の速さが v  S /  と書けるから, n 倍振動の振動数は,
fn 
v
n

n
2L
S
■

1.6 ホイヘンスの原理と波の回折
ある時刻において,位相の等しい点をつないでできる面を波面(wave front)
,波面に垂
直な線を射線(ray)といい,波は射線に沿って伝播する。波面が平面の波を平面波(plane
wave),波面が球面になる波を球面波(spherical wave)という。
ホイヘンスの原理
図 1.11 のように,ある瞬間の波面上の各点から,これらの点を波源とする素元波
(elementary wave)が無数に生じ,これらの波に共通する面(包絡面)が次の波面となる。
このようにして波が伝播するという考え方をホイヘンスの原理(principle of Huygens)と
いう。
波面
素元波の波源
波面



波源 
射線


図 1.12
図 1.11
37
波が間隙や障害物の背後に回り込んで伝わる現象を回折(diffraction)という。図 1.12 に
示すように,回折はホイヘンスの原理を用いると理解しやすい。
例題 1.6 正弦波の干渉
2つの波源 S1,S2 から,振幅 A ,周期 T ,波長  で,同位相で同方向に振動する2つの
正弦波が送り出されている。時刻 t において S1,S2 での媒質の変位は,
y  A sin
2
t
T
で表される。この例題では,振幅の減衰はすべて無視する。波源 S1,S2 から距離 r1, r2 離れ
た点 P での合成波の振動を求め,2つの波が強め合う条件と弱め合う条件を求めよ。また,
S1,S2 間の距離を 3 として,強め合う位置を結ぶ曲線(これを腹線(loop line)という)
,
弱め合う位置を結ぶ曲線(これを節線(node line)という)を図示し,腹線上に波の進行
方向の矢印を付けよ。
【解答】
点 P における波源 S1 と S2 からの波の振動はそれぞれ,
y1  A sin
2  r1 
2  r 
 t   , y2  A sin  t  2 
T  v
T 
v
と表されるから,点 P での合成波の振動は,三角関数の和積公式(1.9)を用いて,
y  y1  y 2
2  r  r 
 2 r2  r1 
 2A cos

 sin  t  1 2 
2v 
T 
2v 
T
となる。この式で, sin  は,点 P での媒質の単振動を表し, 2A cos  は振幅を表す。し
たがって,点 P で2つの波が強め合う条件は, m を整数として,
2 r2  r1

 m
T
2v
r2  r1  m
∴
(1.11)
となる。ここで, vT   を用いた。
同様に弱め合う条件は,
2 r2  r1 
1

 m  
T
2v
2

∴
1

r2  r1   m  
2

(1.12)
となる。すなわち,同位相で振動している波源からの経路差が,波長の整数倍のとき強め
合い,半整数倍のとき弱め合う。ここで,強め合うとき,その振幅は 2A となり,弱め合う
とき,その振幅はゼロとなる。図 1.13 のように,腹線(太い実線)と節線(太い破線)は,
整数値 m のそれぞれの値に対して,波源 S1 と S2 を2つの焦点とする双曲線であり,S1, S2
間には波長  の定在波が生じ,腹線上を上下対称に,定在波から離れる向きに波が伝播する。
38
m2
m3
m  1 m  0 m  1 m  2

S1

m  3
S2
図 1.13
■
1.7 波の反射と屈折
図 1.14 のように,平面波が媒質の境界面に入射するとき,
入射波
反射波
一般的に,反射と屈折が同時に起こる。媒質の境界面の法線と


入射波(incident wave)の射線のなす角  を入射角(incident
angle),境界面の法線と反射波(reflected wave)のなす角  

を 反 射 角 ( angle of reflection ), 境 界 面 の 法 線 と 屈 折 波
(refracted wave)のなす角  を屈折角(angle of refraction)
屈折波
図 1.14
という。波の反射と屈折を,ホイヘンスの原理を用いて考えて
みよう。
反射の法則
図 1.15 のように,異なる媒質 I と II の境
界面 XY に,I の側から平面波が入射角  で
入射する。媒質 I での波の速さを v とし,あ
A
る瞬間の波面を AB とする。点 A に入射し
た波は,点 A から反射波としての素元波を
Ⅰ
B
 
生む。点 B に入射した波が境界面上の点 B’
X
に達するまでの時間 t に,点 A から出た素元


A
B
Ⅱ
Y
図 1.15
波は,点 A を中心とした半径 vt の半球面に
達する。このとき,境界面 AB’上の各点から少しずつ遅れて出た素元波の包絡面が反射波の
波面になる。点 A からの反射波の素元波と包絡面の接点を A’とすると,直線 AA’が反射射
線となる。
いま反射角を   とする。 BB  AA  vt より△ ABB  △ BAA となることから,
  
(1.13)
となり,入射角と反射角は等しいことがわかる。これを反射の法則(law of reflection)と
39
いう。
屈折の法則
波が媒質 I(波の速さ v1 )から媒質 II(波の
v1, 1
速さ v 2 )へ進む場合を考える。
B
図 1.16 のように,ある瞬間の入射波面を AB
とする。点 B に入射した波が境界面上の点 B’
Ⅰ
1
X
1
に達するまでの時間 t に,点 A から媒質 II の
2
中に生まれた素元波は半径 v 2t の球面に達する。
また,境界面 AB’上の各点から出た素元波の包
B
2
A
Y
Ⅱ
A
v 2 , 2
絡面が屈折波面 A’B’になる。
図 1.16
直角三角形 ABB’と B’A’A に着目すると,
BB
sin1
BB v1t v1
 AB 



A
A
sin 2
AA v 2t v 2
AB
となる。
ここで,波の反射,屈折に際し,振動の周期は変化しない。したがって振動数 f は変化
しないことに注意しよう。なぜなら,媒質の振動が隣りの媒質に伝播するとき,隣の媒質
はつねに元の媒質に付随して振動するため,異なる媒質の境界においてもその周期と振動
数は変化できないからである。これより,
v1
f

 1  1
v2
f2 2
よって,
sin1 v1 1


sin 2 v 2 2
(1.14)
が成り立つ。これを屈折の法則(law of refraction)という。
【発展】☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
y
1.8 3次元的平面波の表現
s
図 1.17 のように,原点 O を通る s 軸に沿って伝播する
1次元的な平面波である正弦波
H
y  A sin(ks  t )
s
を考える。いま,射線が s 軸で表される平面波は, s 軸に
n
垂直な平面上の点がすべて同位相である。s 軸に垂直な1
つの平面と s 軸の交点を H とし,OH  s とする。原点 O
40
r
x
O
図 1.17
から点 H に向かう単位ベクトルを n として,
OH= s  n  r
を満たす位置ベクトル r で表される点は,H で s 軸と垂直に交わる平面を与える。したがっ
て,射線が s 軸で表される平面波は,波数ベクトル(wave vector)を k  kn とおいて,
y  A sin(ks  t )
 A sin(kn  r  t )  A sin(k  r  t )
(1.15)
で与えられる。この式は, k  (kx , ky , kz ) , r  (x, y, z ) とおいて x  y  z 直交座標で表
すと,
y  A sin(kx x  kyy  kz z  t )
(1.16)
となる。
例題 1.7 2次元的な波の干渉
y
図 1.18 のように,十分広いプールの水面上を,
t 0
振幅 A ,波長  ,周期 T の平面波がプールの壁面に
入射波面
斜めに入射している。プールの壁面に沿って y 軸を,
原点 O から y 軸に垂直に x 軸をとる。実線は時刻
t  0 における入射波の山の波面を表しており,入
O
射射線と y 軸のなす角は  である。実際には,入射

x

波は y 軸上の壁面で自由端反射をし,全領域で入射
波と反射波の合成波ができている。伝播や反射によ
入射射線
る波の減衰は無視でき,y 軸上の壁面以外での反射
はなく,簡単化のために,水は水面に垂直方向に振
図 1.18
動している横波と見なすことにする。
原点 O における時刻 t での入射波の変位が z 0  A cos
2
t で与えられるとき,入射波の
T
式,反射波の式,および,合成波の式を求めよ。また, x 軸上および y 軸上での合成波の
式をそれぞれ求め,どのような波であるか説明せよ。
【解答】
原点 O を通り,波の進行方向に s 軸をとると, s 軸上の波動は,波の速さが v   /k
(   2 /T , k  2 / )と書けるから,
s

z1  A cos   t    A cos(t  ks)
 v
となる。入射波の波数ベクトル k1 は,
k1  (k1x , k1y )   k sin , k cos 
と書けるから,入射平面波の式は,
41
2x
2y
 2

z1  A cos(t  k1x x  k1yy )  A cos
t
sin 
cos  


T

となる。
y
反射射線
t 0
一方,反射波の波数ベクトル k 2 は,
k 2  (k2x , k2y )  k sin , k cos 
と書けるから(図 1.19),反射平面波の式は,

z 2  A cos(t  k 2 x x  k 2yy )
O
2x
2y
 2

t
sin 
cos  
 A cos


T

y 
x

2
cos
x

k1
となる。合成波の式は,和積公式
cos   cos   2 cos
入射波面
k2
 
入射射線
2
図 1.19
を用いて,
2y
 2x

 2

sin  cos
t
cos  
z  z1  z 2  2A cos

 

T

となる。
また, x 軸( y  0 )上の合成波の式は,
 2x

 2 
z x  2A cos
sin  cos
t
 

T 
となる。この式は, x と t が別々の関数の位相に分かれているので,波長 x   /sin の
定在波を表す。
y 軸( x  0 )上の合成波の式は,
2y
 2

z y  2A cos
t
cos  

T

となる。この式は, y と t が同一の関数の位相に入っているので,波長 y   /cos  の進
行波を表す。
1.9 疎密波としての音波
1.2 節で述べたように,空気中を伝わる音波は縦波であり,疎密波である。したがって,
空気中を疎な部分と密な部分が交互に伝わる。この現象を少し詳しく調べてみよう。
疎密の伝播
y1
図 1.20 のように,断面積 S の円筒に
y2
入れられた空気中を, x 軸正方向に音波
が伝播しているとしよう。接近した位置
x1 と x 2 をつり合いの位置とする空気の
x1
変位を,それぞれ y1, y 2 とし,音波がな
x1  y1
図 1.20
42
x2
x 2  y2
x
いときの空気媒質の密度を  ,位置 x1  y1 と x 2  y2 の間の空気の密度を    とする。
はじめに位置 x1 と x 2 の間にあった空気が,位置 x1  y1 と x 2  y2 の間に動くから,それら
の間の空気の質量は等しい。したがって,
(x 2  x1 )S  (   )(x 2  y2 )  (x1  y1 )S
が成り立つ。ここで, K 
y 2  y1
とおき,空気の変位は小さく, K は 1 に比べて十分に
x 2  x1
小さいとすると,媒質の密度変化は,

y 2  y1
K


 K

(x 2  y 2 )  (x1  y1 )
1 K
となる。いま, (x 2  x1 )  0 とすると, K 

dy


dx
dy
となるから,
dx
(1.17)
であることがわかる。
A
例えば,ある時刻における空気の変位が,
y(x )  A cos kx
と書ける場合,各点での空気の密度の平均値か
らの変位は,
 (x )  
y
0
2 /k
 /k
x
A

dy
 sinkx
dx
となる(図 1.21)。これより,1.2 節で述べた
0
縦波の媒質の変位が位置 x とともに減少する
ところが媒質の密な位置であり,逆に変位の増
加するところが疎な位置であることがわかる。
2 /k
 /k
x
図 1.21
1.10 水面波
水面の波には,大きく分けて2種類の波がある。1つは,水深の浅いところで水底まで
の水がともに動く浅水波(shallow water wave)である。浅水波は,波長が水深と同程度
かそれより長い波である。もう1つは,水深の深いところで水の表面だけが動く深水波
(deep water wave)である。深水波は,水深に比べ
て波長の短い波である。
(1)
浅水波の速さ
h
浅水波を,同一鉛直面内にある水面から底までの
水が同じ速さで左右に振動している波と見なすこと
にしよう(水底で振動する水に作用する摩擦力を無
視する)。波の山の部分では,水は波の進行方向に,
43
図 1.22
谷の部分では,水は波の進行方向と逆向きに動いている(図 1.22)。
波の進行方向を右向きとり,波とともに動く座
v
標系で水の運動を考える。このとき,水は全体と
B
y
v A
して左向きに動いている。平均の水深 h の位置 A
で水は左向きに波の速さ v ,
波の山の頂点の位置 B
h
(水深 h  y )での水の速さを v (  v )とする(図
1.23)。水を非圧縮性流体 (incompressible fluid)
とすると,どの断面でも単位時間あたり通過する
図 1.23
水の量は等しいから,
(h  y )v   hv
が成り立つ。ここで, y が h に比べて十分小さいとすると,
1
v 
h
 y
 y
v  1   v ≒ 1  v
h y
h


 h
(1.18)
と近似される。
次に,水の表面に沿った流線について,ベルヌーイの定理を適用する。浅水波の波長
は長いので,水の表面張力は無視でき,水面の圧力はどこでも大気圧に等しく一定であ
る。水の密度を  ,重力加速度の大きさを g とすると,ベルヌーイの定理は,
1
1
v 2  v 2  gy
2
2
(1.19)
2
y 
となる。(1.18)式を(1.19)式に代入して   の項を無視すると,
h 
y
h
 v 2  gy
∴
v  gh
(1.20)
を得る。(1.20)式が,水深 h のところに生じる浅水波の速さを与える式である。このとき,
波の速さ v は,波の波長によらないことに注意しよう。
(2) 深水波の速さ
右向きに進行している振幅 a の深水波では,表面の水は,平均水面の位置を中心とし
て半径 a で右回りの円運動をしていると見なすことができる。図 1.24 のように,平均水
面に沿って水平右向きに x 軸,深水波の山の頂点を通り鉛直上向きに y 軸をとる。ある
瞬間の波形は,円運動している水の位置をつないだものである。各点の水が1回転する
間に水面波は1回振動し1波長  だけ進むから,波の速さを v とすると,水の円運動の角
速度  は,
v
2


∴
となる。
44

2v

(1.21)
y
v  a
水波の進行方向
a A
a
x
 2
0
波形
v  a
a
B
図 1.24
波とともに速さ v で右向きに動く観測者から見ると,波の山の頂点 A では,水は左向
きに v  a (  0 とする1)の速さで,谷の底 B では, v  a の速さで左向きに動いて
いる。
重力波
実際の水の表面では,表面張力がはたらく。しかし,波長 10 cm 以上の深水波では,
表面張力の影響は無視することができる2。そこで,そのような波は重力の影響を受けて
伝わる波になるので,重力波(gravity wave)とよばれる。
大気圧はどこでも一定値とする。水面波の山の位置と谷の位置で,図 1.24 の表面に沿
って動く単位体積当たりの水について,ベルヌーイの定理を適用する。水の密度を  と
して,
1
1
 (v  a )2  2ga   (v  a )2
2
2
(1.22)
ここで,(1.21)式を用いて,波の速さ v として,
v
g
2
(1.23)
を得る。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆【発展終】
1.11 音波の定在波と固有振動
自由端反射
図 1.25 のように,片方の端が閉じられ(閉端)
,
入射波
もう一方の端が開かれた(開端)気柱内に音波が
反射波
入ると,音波は縦波であるため,閉端に接した空
気は振動ができず,閉端が固定端となって音波は
1
2
開口端補正
固定端反射
図 1.25
この条件は,(1.21)式より, 2a   となる。
ここでは,どのような場合に表面張力を無視できるかなどの詳しい議論はしない。
45
反射する。他方,開端に進んできた音波は,管の外側の方が内側より振動し易いので,開
端を自由端として反射する。そうすると,管内には閉端を節,開端を腹とする定在波が生
じる。ただし,開端での反射では,管の影響が少し外側まで及ぶため,自由端の位置がわ
ずかに管の外側に出る。このようにして生じる開端の位置と自由端の位置のずれを,開口
端補正(open end correction)という。
固有振動
L
腹が開端に1個だけできているとき,その振動
基本振動
を基本振動,開端以外にさらに1個の腹ができて
1 / 4
いるとき,3倍振動,
・・・,開端以外にさらに n  1
L
個の腹ができているとき, (2n  1) 倍振動という
3倍振動
(図 1.26)。この場合,奇数倍の振動のみが現れ
2 / 4
る。
気柱の長さを L とし,開口端補正を L とする。
(2n  1) 倍振動ができているときの波長 2n 1 は,
5倍振動
隣り合う腹と節の間隔が 2n 1 / 4 であることか
3 / 4
L
ら,
L  L 
2n 1
4
L
図 1.26
(2n  1)
∴
L
2n 1 
4(L  L )
2n  1
となる。したがって,音速をV として (2n  1) 倍振動の固有振動数 f 2n 1 は,
f 2n 1 
2n  1
V
4(L  L )
(1.24)
と求められる。
定在波の強度
1.2 節で述べたように,縦波では媒質の変位
が最小となる位置で媒質の密度は最大(密な位
置)あるいは密度最小(疎な位置)となる。し
たがって,図 1.27 のような定在波が生じてい
るとき,変位の節の位置で密度変化は最大にな
り,変位の腹の位置で密度変化は最小になる。
節
強
腹
弱
節
強
腹
弱
節
強
図 1.27
実際に,耳やマイクロフォンでは,空気の振動
の密度変化の大きいところで強い音を観測し,密度変化の小さいところで弱い音を観測す
る。よって,変位の節の位置で最も強い音を,腹の位置で最も弱い音を観測する。この結
論は,直観とは異なるように見える。直観的には,空気の振幅の大きい腹の位置で強い音
を,振幅の小さい節の位置で弱い音を観測するように思えるが,そうではない。変位の節
46
の位置でエネルギー密度は最大で密度変化が大きく,圧力変化も大きい。そのような位置
で強い音を観測する。
1.12 ドップラー効果
音源に対し観測者が相対的に運動しているとき,観測者は音源の発する振動数とは異な
る振動数の音を観測する。この現象をドップラー効果(Doppler effect)という。
まず,風がなく,音源と観測者が同一直線上を動く場合を考える。
音源が動くことによる波長の変化
音源が振動数 f ,周期 T  1/ f の音波を発しながら速さ v (  V ,V :音速)で動く場
合,V は空気に対する音波の速さであるから,
音速 V は音源の速度によらず一定であること
W0
に注意しよう。
W1
図 1.28 のように,音源 S が点 S0 で音波を発
W2
S0 S1 S 2
してから,1 周期の時間 T 後の S の位置を S1,
  
・・・とし,点 S0 で音
2T 後の S の位置を S2,
S

波を発してから単位時間経過した後,S は位置
S に達しているとする。音源 S が S に達した
ときの S0 で発した音波の波面を W0 ,S1,
 
S2,・・・で発した音波の波面を W1,W2,
・・・
V
とする。このとき,音源の進行方向の波面の間

v
隔   と逆方向の波面の間隔   は,音源から単
V
図 1.28
位時間に発せられる波の数が f であるから,
V  v  f 
∴
 
V v
f
(1.25a)
V  v  f
∴
  
V v
f
(1.25b)
となる。(1.25a)式は,音源が観測者に近づくとき,観測者に達する音波の波長は押し縮め
られて短くなることを表し,(1.25b)式は,音源が観測者から遠ざかるとき,観測者に達す
る音波の波長は引き延ばされて長くなることを表している。
観測者も動く場合
観測者が音源から速さ u で遠ざかるとき,単位時間に観測
者を通過する音波の長さはV  u となるから(図 1.29),波
長が   の音波の場合,観測する音の振動数は,
V u V u
f 

f

V v
u
V u
V
(1.26)
図 1.29
となる。音源が速さ v で観測者から遠ざかるとき,v  v となり,観測者が速さ u で音源
47
に近づくとき, u  u となる。
例題 1.8 斜めドップラー効果
観測者から音源に向かう方向を視線方向(direction of observer’s eyes)という。風はな
く,観測者は静止している。いま,音源が視線方向に対して斜め方向の速度で動く場合を
考える。
vt
図 1.30 のように,音源 S は直線 XY 上を X か
ら Y の向きに速さ v (  V ,V :音速)で動きな
X
がら振動数 f の音波を発している。音源 S が点 P
S f
v
P

Q
Y
x
L
で発した音を点 O に静止している観測者が聞く
振動数 f  を求めよ。ここで,
図 1.30
∠YPO=  とする。
O
【解答】
音源 S が点 P を通過してから微小時間 t の後,点 Q に達したとする。点 P で発した音
波を点 O で聞き,点 Q で発した音波を点 O で聞くまでの時間を t  とし,PO= L とする。
PQ= vt は L に比べて十分に小さい( vt  L )
。Q,O 間の距離 x は,△OPQ に余弦定理
を用いると,
x  L2  (vt )2  2Lvt cos 
 L 1
2vt
 vt

cos   L 1 
cos    L  vt cos 
L
L


と表される。したがって,
t   t 
x L 
v

  1  cos  t
V V  V

となる。
時間 t に音源 S から発せられる音波の波の数と,観測者が時間 t  に受け取る音波の波
の数は等しいことから,
f
f  t
V

f
t 
V  v cos 
(1.27)
を得る。この振動数 f  は,音源 S が観測者 O の向きにも
つ速度成分 v cos  で O に近づきながら振動数 f の音波を
発するときの振動数である。 ■
X
v
P


Y
w v
例題 1.9 風のある場合のドップラー効果
図 1.31 のように,振動数 f 0 の音波を発しながら飛行機
が直線上を X から Y に向かって一定の速さ v で飛んでい
48

O f
図 1.31
る。∠OPY=  となる点 P で飛行機から発せられた音波を地上の点 O で観測する。直線 XY
に沿って X から Y の向きに速さ w  v の風が吹いているとき,点 O で観測する音波の振動
数 f を求めよ。ただし,空気に対する音波の速さは一定でV とする。
【解答】
まず,風が吹いているとき,点 P から点 O に向かう
音速を求めよう。そのために,図 1.32 のように,点 P
X
で発せられた音波の,単位時間経過したときの波面を考
える。まず,単位時間に音波の波源が風速 w で点 P か
P w Q



V
ら点 Q まで流され,次に,音波が空気に対する音速V で
Y
V

R
球面波として伝わるとすると,点 P で発せられた音波は,
単位時間後,P→O の向きに点 R まで伝わる。したがっ
て,P→O の向きの音速V  は PR 間の長さに等しく,

O
図 1.32
V   V 2  (w sin )2  w cos 
と表される。
音源である飛行機の P→O の向きの速度成分は v cos  であるから,(1.27)式より,点 O
で観測される音波の振動数は, w  v を用いて,
f 
V 2  (v sin )2  v cos 
V
f0
f0 
V   v cos 
V 2  (v sin )2
と求められる。
■
1.13 うなりと分散,群速度
うなりの振動数
振動数のわずかに異なる音波が重なるとうなり(beat)が聞こえる。なぜ,このような
ことが起きるのであろうか?
音波の強度は振幅の2乗に比例するから,強い音が聞こえ
るとき,合成された音波の振幅は大きくなり,音が弱くなると合成音の振幅が小さくなる
はずである。
図 1.33 に示すような,振動数 f 1 と f 2 がわずかに異なる振幅の等しい2つの音波 1 と 2
の合成波の変位を調べる。時刻 A では2つの音波の変位は同位相で重なり,合成波の振幅
は最大となるため強い音が聞こえる。しかし,時間がたつにつれて少しずつ変位が異なる
ようになり,時刻 B で変位は完全に逆符号(すなわち逆位相)になって,合成波の振幅は
ゼロになって音は聞こえなくなる。さらに少しずつ時間がたつと合成波の振幅は次第に大
きくなり,時刻 C で再び最大になり,最も強い音が聞こえる。時刻 A から C までがうなり
の周期 T であり,その間の2つの音波の振動の回数は1回だけ異なる。時間 T での音波 1
と 2 の振動の回数は,それぞれ f 1T と f 2T であるから,
49
f 1T  f 2T  1
が成り立つ。こうして,うなりの振動数(すなわち,単位時間のうなりの回数)n  1/T は,
n
1
 f1  f 2
T
(1.28)
と表されることがわかる。
f1
A
B
C
t
同位相
f2
逆位相
同位相
t
t
T
図 1.33
【発展】☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
振動の式を用いた考察
ある点で,振幅は等しいが,振動数のわずかに異なる2つの音波による空気の振動がそ
れぞれ,
y1  A sin2f1t , y2  A sin2f 2t
と書けるとする。これらの波の合成波の振動は,三角関数の合成公式(1.9)を用いて,
f  f2 
f  f2 


y  y1  y2  2A cos 2 1
t  sin 2 1
t
2
2




(1.29)
f  f2 

t  は平均の振動数
となる。2つの振動数 f 1 と f 2 の差は非常に小さいので, sin 2 1
2


f1  f 2
f  f2 

t  はゆっくり変動する振幅を表す。合
で振動する部分を表し, 2A cos 2 1
2
2


成波の振動(1.29)は,図 1.34 のように表される。 2A cos  の山と谷の時刻に音波の振幅は
最大になり,音は強く聞こえ,その中間で音は弱まる。よって, 2A cos  の1回の振動の
間に2回のうなりが生じる。したがって,うなりの振動数は,2A cos  の振動数
50
f1  f 2
の
2
2倍,すなわち, f 1  f 2 となる。
y
f  f2 

2A cos 2 1
t
2


t
0
図 1.34
正弦波の重ね合わせと波束
音波に限らず,振動数と波長がわずかに異なる2つの正弦波の重ね合わせを考えてみよ
う。
振幅 A は等しく,波数 k (  2 /  ,  :波長)と角振動数  (  2f , f :振動数)
がわずかに異なり, x 軸正方向に伝わる2つの波を,
y1  A sin(k1x  1t ) , y2  A sin(k2x  2t )
とする。この2つの波の合成波は,三角関数の和積公式(1.9)を用いて,
  2   k1  k 2
  2 
 k  k2
y  y1  y2  2A cos 1
x 1
t  sin
x 1
t
2
2
 2

 2

と表される。 k1  k 2 ( k1 と k 2 は非常に近い), 1  2 であることから,横軸に位置 x ,
縦軸に変位 y をとって時刻 t  0 のグラフを描くと図 1.35 のようになる。
y
2A cos
k1  k 2
x
2
x
0
図 1.35
振幅が極大となる点をもち,ゆっくり変動する振幅
  2 
 k  k2
2A cos 1
x 1
t  を も つ 波 を 波 束 ( wave
2
 2

packet)という。この場合,波束は x 軸に沿って無限に
x
長く続くが,これは,2つの波だけの重ね合わせを考え
たためである。波数と角振動数が連続的に変化する無限
に多くの波を重ね合わせると,すべての波が同位相とな
51
図 1.36
る点は一カ所だけになる(図 1.36)。
位相速度と群速度
群速度(group velocity)とよばれる波束の速度を求めよう。それには振幅が極大となる
点の速度を求めればよい。したがって,
k1  k 2
  2
x 1
t 0
2
2
の両辺を t で微分して群速度 v g は,
vg 
dx 1  2

dt k1  k 2
と書ける。ここで,連続的に無限に多くの波の重ね合わせによる波束を考えると,その群
速度は,
vg 
d
dk
(1.30)
と表される。群速度に対し,個々の波の位相が一定となる速度が位相速度 v k であり,
vk 

k
(1.31)
となる((1.4)式参照)
。
分散関係
波の波数 k と角振動数  の間に成り立つ関係を分散関係(dispersion relation)という。
位相速度 v k が波長  によらない(すなわち,波数 k によらない)波では,群速度 v g は,
vg 
d
 vk
dk
となり,位相速度に一致する。音波の速さ(位相速度)は波長によらないので,その群速
度は位相速度に一致する。したがって,同方向に伝わるわずかに振動数の異なる音波が重
なると波束(うなり)が形成され,波束は音速と同じ速さで動き,1つ1つの波束を観測
者はうなりとして聞く。
このように,波の速さ(位相速度)がその波長によらない波を「分散のない波」といい,
波の速さが波長に依存して変化する波を「分散のある波」という。
波の速さ v k が波数 k に依存する場合,群速度 v g は   vkk より,
vg 
d
dv
 vk  k k
dk
dk
(1.32)
と表される。
位相速度が波長に依存する波の身近な例に 1.10 節で考えた水面波の中の重力波がある。
例題 1.10 重力波の群速度
52
重力波の速さ(位相速度)は,(1.23)式で与えられる。重力波の群速度を求めよ。
【解答】
重力波の位相速度 v  vk は,波数 k を用いて,
v
g
g

2
k
(1.33)
と書けるから,(1.33)式を(1.32)式へ代入して,
1
v
 1 g 1
vg  v  k    
 v  v 
2
2
 2 k k
となる。
■
1.14 衝撃波
ジェット飛行機が音速を超えて飛ぶときに引き起こされる衝撃音を聞いたことがあるだ
ろう。これは音波による衝撃波(shock wave)であり,次のような現象である。
音源が音速 V より早い速さ v で動く
X
場合を考える。図 1.37 のように,音源
H
が点 P で時刻 t  0 に発した音波の波面
が時刻 t に S0 に達し,そのとき音源が
点 Q に達したとする。また,時刻 t1
( 0  t1  t )に音源が P1 で発した音波
R3
Vt
R
T  2
O2
P
S1
の 波 面 が 時 刻 t に S1 に , 時 刻 t 2
S0
( t1  t 2  t )に P2 で発した音波の波
Y
R
Q
  1 
 

P2
P1
v
S2
O1
S
vt
図 1.37
面が t に S2 に達している。これらの包
絡線(円錐の側面)QX,QY 上では,
波頭が重なり合うので振幅が非常に大きくなる。この振幅の大きなパルス的な音波が衝撃
音となる。
直線 QX と波面 S0 の接点を H とするとき,PH=Vt であり,PQ  vt であるから,
∠PQX=  とすると,
sin 
Vt V

vt v
(1.34)
と書ける。
例題 1.11 音源の進行方向と逆方向に進む音波
直線 PQ 上の点 O の観測者は,音源が O を通過後,音源の進行方向(図 1.37 の右向き)
に進む音波と逆向き(左向き)に進む音波を観測する。これらの音波の振動数をそれぞれ
求め,右向きに進む音波と左向きに進む音波の性質の違いを説明せよ。音源の振動数を f と
する。
53
【解答】
点 P の右側で波面 S0 と半直線 PS の交点を R1 とする。音源が点 Q に達する時刻 t におい
て, t  0 に発し,半直線 PS 上を右向きに進む音波は点 R1 に達しているが, t に発する音
波は点 Q にいる。したがって,点 R1 と点 Q の間には,t の間に音源が発した右向きに進む
ft 個の音波があるから,右向きに進む音波の波長は,
1 
(v  V )t v  V

ft
f
となる。よって,観測者の聞く音の振動数は,
f1 
V
1

V
f
v V
となる。一方,点 P の左側で波面 S0 と半直線 PT の交点を R2 とすると,点 R2 と点 Q の間
に左向きに進む音の波が ft 個あるから,左向きに進む音波の波長は,
2 
(v  V )t v  V

ft
f
となり,振動数は,
f2 
V
2

V
f
v V
となる。
例えば,図 1.37 の点 R3 と点 Q の間の点 O1 には,時刻 t 以降,波面 S2,S1,S0 の順序で
到達する。したがって,直線 TS 上の観測者には,右向きに進む音波は,新しい音から古い
音へと,時間の流れと逆向きの音を聞く。他方,線分 TS 上で点 R2 より左側の点 O2 の観測
者には,波面 S0,S1,S2 の順序で到達するから,左向きに進む音波は,観測者に時間の流
れと同じで,古い音から順番に時間の流れに沿って音を聞く。
■
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆【発展終】
54
第2章
光学
2.1 光
可視光(visible light)は,横波である電磁波(electromagnetic wave)の一種であり,
波長が 3.8  107 ~ 7.7  107 m 程度のもの(波長の上限値と下限値は人によって若干異な
る)をいう。真空中を伝わる光の速さ c は,真空の誘電率を  0 ,透磁率を  0 として,
c 
1
 0 0
 2.9979 108 m/s
(2.1)
で与えられる。また,誘電率  ,透磁率  の物質中の光速 c  は,
1
c 
(2.2)

となる3。
物質中の光速が c  であるとき,その物質の(絶対)屈折率(index of refraction) n は,
n
c
c
(2.3)
で定義される。物質中の光速 c  は c より遅いから,その屈折率は 1 より大きく,真空の屈
折率は 1 である。
2.2 光の反射と屈折
光が領域の境界面に達すると,光は反射,屈折する。入射光の射線(これを入射光線
(incident ray)とよぶ),反射光線(reflected ray),屈折光線(refracted ray)は,同一
平面上にある。図 2.1 のように,光は屈折率 n1 の媒質 1 から
屈折率 n 2 の媒質 2 に入射角  で入射し,反射角   で反射する
と同時に屈折角  で屈折している。この光の振動数を f とす
1
ると,媒質 1 での光速は c1  c /n1 ,波長は 1  c1 / f ,媒質
2
2 での光速は c 2  c /n 2 ,波長は 2  c 2 / f である。光は波
動であるから,1.7 節で述べたことと同様に,光に関する反射



n1
n2
図 2.1
の法則と屈折の法則(スネルの法則(Snell’s law)ともいう)
  
(2.4)
sin c1 1 n 2



sin c 2 2 n1
(2.5)
が成り立つ。(2.5)式の最初と最後の等式は,
n1 sin  n 2 sin
(2.6)
とも書くことができる。(2.6)式は,屈折率が連続的に変化する場合などを考察するときに
は便利である。
3
誘電率と透磁率については,第4部で学ぶ。
55
例題 2.1 水中の物体
(1) 水中にある物体 A を観測者が眺めると,物体はどの位置にあるように見えるか。物体
A からわずかに異なる方向に出た2つの光線が,ともに観測者の目に入る場合を考えて作
図せよ。
(2) 問(1)と同様に考えて,水面から深さ h にある小物体 C を真上から眺めると,物体は水
面下いくらの位置にあるように見えるか,水面から物体の見える位置までの深さ h  を求
めよ。ただし,水の屈折率を n ,水面上の空気の屈折率を 1 とする。必要ならば,微小
角  (   1 )に対する近似式
  sin  tan 
を用いてよい。
【解答】
(1)
1
スネルの法則(2.6)より,水面への入射角の大きな光
線の屈折角は,入射角の小さな光線の屈折角より大きい。
したがって,物体 A からわずかに異なる方向に出た2
つの光線 1, 2 は,図 2.2 のように屈折する。この光線
1, 2 を観測者が眺めると,その光は位置 B から出た光の
2
空気
水
B
A
ように見える。こうして,物体 A は浮き上がった位置 B
図 2.2
にあるように見える。
(2) 図 2.3 のように,
水面から深さ h の位置にある小物体 C から,
1
2
鉛直上方とそれからわずかな角  (   1 )だけずれた方向に
出た2つの光線 1, 2 がともに観測者の目に入るとする。角  だ

O
H
けずれた光線 2 の水面での屈折角を  とすると,(2.6)式より,
sin   n sin
(2.7)
このとき,光線 1, 2 を観測者が眺めるとすると,小物体 C は
位置 D にあるように見える。小物体 C の真上の水面の点を O,
光線 2 と水面の交点を H とすると,∠ODH   であるから,
sin  tan  
OH
OH
, sin   tan  
OC
OD

D
1
空気
水

n

C 
図 2.3
(2.8)
(2.7), (2.8)式より,
h   OD=
OC h

n
n
■
全反射
一般の波と同様に,媒質の境界面で光が屈折するとき,必ず反射光も存在する。屈折の
法則にしたがって,屈折角がちょうど 90°になるときの入射角を臨界角(critical angle)
56
という。入射角が臨界角を超えると,屈折光がなくなり反射光だけになる。この現象を全
反射(total reflection)という。ただし,屈折角がちょうど 90°になるとき,屈折光の強
度はゼロになる。したがって,屈折角が 90°で境界面に沿って進む光は存在しないことに
注意しよう。
図 2.4 のように,光が屈折率 n1 の媒質から屈折率 n 2 の媒質に
c
n1
向かうときの臨界角  c は,屈折の法則(2.6)より,
n1 sinc  n 2 sin90
sin c 
∴
n2
n2
n1
図 2.4
となる。
例題 2.2 水中からの光を閉じ込める
水面から深さ h  10 cm にある点光源 S から出る光を,水面から上に出てこないように水
面に円板を置きたい。円板の半径 r をいくら以上にすればよいか求めよ。ただし,水の屈折
率を n  4/3 ,水面上の空気の屈折率を 1 とし,円板はちょうど光が空気中に出てこない
ように水面を隠すものとする。
【解答】
円板の半径が求める下限値 rc のとき,水中の点光源 S
を発した光がその円板の端 P に達する光の入射角が臨
界角  c に等しくなる(図 2.5)。このとき,臨界角  c は,
n sinc  1
となる。 sin c 
rc
rc2
h2
空気
水
rc
h
2
n 
c
h
4
3
S
図 2.5
より,
rc2
n 1
P
c
1
sin c 
n
∴
rc

1
n
∴
rc 
h
n2 1
 11 cm 以上
■
例題 2.3 光ファイバー
光通信などに使われている光ファイバーの原理を,次のような円柱状物質のモデルで考
えよう。
物質 2
図 2.6 のように,円柱の中心軸から半径 r までは屈
折率 n1 の物質 1 で満たし,その外側を厚さ d の物質 2
(屈折率 n 2 )で覆う。円柱の端面は中心軸に垂直であ
り,光は空気中から端面の中心 O に入射する。ここで,
屈折率の間には n1  n 2  1 の関係があり,空気の屈折
率は 1 と見なすことができる。
O
物質 1
物質 2
n2
d
n1
r
n1
r
n2
d
図 2.6
入射した光がその入射角にかかわらず物質 1 の中だけを進むための,屈折率の間に成り
57
立つ条件を求めよ。また,入射した光が,入射角によっては物質 2 の中に入るが,物質 2
から外部に漏れないために,屈折率の間に成り立つ条件を求めよ。
【解答】
点 O に入射角  で入射した光が物質 2 の外まで出ると仮定して,物質 1 と 2 の境界面上
の点 A,および,物質 2 と外部の境界面上の点 B での
屈折の法則を考える。点 O での屈折角を 1 ,点 A での
屈折角を  2 ,点 B での屈折角を  3 として(図 2.7),
A
点 O: sin  n1 sin1
O
2
1
3
外部
物質 2
物質1



点 A: n1 sin  1   n 2 sin 2
2

B
図 2.7
点 B: n 2 sin2  sin3
光が物質 2 の中に入らない条件は,光が点 A で全反射すればよい。全反射する条件は,
その屈折角  2 が存在しなければよいから, sin 2  1 となればよい4。
2
 sin 
n
n
1

 n
 
sin 2  1 sin  1   1 cos 1  1 1  
n12  sin2   1
n2
n2
n2
2
 n2
 n1 
∴
sin  n12  n 22
(2.9)
(2.9)式が 0 ≦    / 2 の任意の  に対して成り立つ条件は,
n12  n 22 ≧ 1
n1 ≧ 1  n 22
∴
入射角によっては物質 2 の中に入る条件は,
n12  n 22  1
⇔
n12  n 22  1
(2.10)
物質 2 の中に入った光が外部に漏れないための入射角  に対する条件は,点 B で全反射
すればよいから,
sin3  n 2 sin 2  n12  sin2   1
∴
sin  n12  1
これが 0 ≦    / 2 の任意の  に対して成り立てばよいから,
n12  1 ≧ 1
∴
n1 ≧ 2
(2.11)
物質 2 の中に入る光はあるが,外には漏れない条件は,(2.10),(2.11)式がともに成り立
てばよい。よって,
2 ≦ n1  1  n 22
4
■
 2  90 のとき,屈折光の強度はゼロであるから,点 B で光が全反射する条件は, sin 2 ≧ 1 としても
よい。ただし,物理では,境界はどちらとも言えないので,不等号に等号を付けるかどうかは意味をもた
ない。「習慣としてどちらか」という程度である。
58
光の反射と位相変化
光波の反射における位相変化を考えよう。
(2.3)式より,屈折率が小さい物質中で光速は速く,屈折率が大きくなると光速は遅くな
る。このことは,屈折率が小さい程,光は振動しやすいことを示している5。したがって,
屈折率の大きい物質中から小さい物質中に進もうとするときは自由端反射となり,反射波
の位相は変化しない。逆に,屈折率の小さい物質から大きい物質に進もうとするときは固
定端反射となり,反射波の位相変化は  となる。
ただし,屈折光あるいは透過光の位相は変化しない。
【発展】☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
2.3 光の分散
太陽光のように,いろいろな波長を含んだ白色光をプリ
ズムにあてると,屈折角の小さい順に,赤,黄,紫の色に
白色光
分かれる
(図 2.8)。
この現象を光の分散
(dispersion of light)
という。これは,物質の屈折率,すなわち,物質中での光
の速さが波長によって異なるために生じる。可視光の場合,
赤
プリズム
紫
図 2.8
光の波長が短くなるにしたがって光速は減少し,屈折率は
大きくなる。その結果,赤い光より紫の光の方がその進行方向を大きく曲げられて光の分
散が生じる。真空中では光速は波長に依存せず一定で,光は「分散のない波」であるが,
物質中では,光速は波長によって異なり,
「分散のある波」である6。
物質中で光の分散が生じる理由
物質の屈折率 n は,その誘電率  ,透磁率  を用いて,(2.1)~(2.3)式より,
n

  r r
 0 0
と表される。ここで,  0 と  0 は,それぞれ真空の誘電率と透磁率であり,  r   / 0 と
r   / 0 は,それぞれ物質の比誘電率と比透磁率である。
光波のような振動数の高い弱い磁場 H の振動に,多くの物質は応答できず,透磁率  は
真空の透磁率  0 にかなり近くなってしまう。したがって比透磁率は,多くの物質で r  1 と
みなすことができ,
n  r
5
屈折率と反射の際の位相変化の関係は,厳密には,電磁気学の性質から決められる。しかし,直観的に
はこのように考えておくと分かりやすい。
6 1.13 節参照。
59
となる。
物質に電磁波を照射すると,物質内の電子は振動する電場から力を受けて振動するし,
その振動の振幅 A が大きい程そのときの比誘電率  r は大きくなる。振動電場の角振動数を
 とすると,電子の振幅 A は,
A
1
  2
2
0
と表される。ここで, 0 は物質で決まる角振動数であり,通常,紫外線(可視光より振動
数の大きい電磁波)の領域にある。そのため,電場の角振動数すなわち光の角振動数  が
大きくなり,紫色に近づくと, A は大きくなり,  r は増大し,屈折率 n は大きくなる。こ
うして,光の振動数の違い,すなわち波長の違いによって物質の屈折率が異なり光の分散
が起きる。
例題 2.4 虹の原理
雨上がりの空には,しばしば虹が浮かぶ。図 2.9 のように,虹は太陽を背に約 42°の角
度の円弧を描く。このような虹はどのようにして生じるのであろうか。
空気中に浮かんだ半径 a ,屈折率 n の球形の水滴に,太陽 S から平行光線があたってい
る。図 2.10 のように,水滴の中心 O から太陽の方向の直線と平行に,この直線から距離 l だ
け離れて水滴に入射する光線の入射点を A,点 A での入射角を  ,屈折角を  とする。屈
折光は点 B で屈折して外部に漏れるが,
残りは反射して点 C で屈折して観測者 D に達する。

A

B
S
l
a
O

C
42


D
図 2.9
図 2.10
(1) 入射光 SA と出射光 CD のなす角  を  と  で表せ。
距離 l がゼロのとき,  0 で   0 であるが,l が増加 するとともに  は増加し,l  l 0
で  は最大値  0 に達する。観測者 D の見る光は,    0 で強度最大になり,この角度の
方向に明るい光(虹)を見る。このとき,    0 ,    0 とする。
(2)
(3)
   0 における
d
d
,
  0
cos  0
を求め, sin 0 と sin  0 をそれぞれ n で表せ。
cos  0
水の屈折率を,赤色光に対して n  1.33 ,青色光に対して n  1.34 として,観測され
る虹の赤と青の出射光の角度差  (逆三角関数の値)を,関数電卓を用いて求めよ。
【解答】
60
(1) 点 A と C での偏向角(光の向きの変化する角)は    ,点 B では   2 であるか
ら,太陽光の水滴による偏向角は,
2(   )  (  2 )    2  4
となる。他方,偏向角は角  を用いて    と書けるから,
      2  4 ∴   4  2
(2)
0  l  a で l  a sin ( 0     / 2 )と表されるから,
d d /d
1
d



dl
dl /d a cos  d
l  l 0 のとき    0 で  は最大になるから,
0
d
1
d


dl
a cos  0 d
  0
ここで,前問(1)の結果を用いると,
0
d
d
4
  0
d
d
2
∴
  0
d
d

  0
1
2
一方,点 A での屈折の法則
sin  n sin 
の両辺の    0 (    0 )での微分係数を求めると,
cos  0  n cos 0 
d
d

  0
n
cos  0
2
∴
cos  0 n

cos  0
2
また, sin0  n sin 0 より,
1  sin2  0  cos 2  0 
∴
sin 0 
1
1
(sin2  0  4 cos 2  0 )  2 (4  3 sin2  0 )
2
n
n
1
1
(4  n 2 ) , sin 0 
n
3
1
(4  n 2 )
3
(3) 前問(2)の結果に水の屈折率の値を代入して,
赤色光: sin 0  0.8624 ∴
0  59.6 , sin 0  0.6484 ∴
0  40.4
 2  59.0 , sin 0  0.6397 ∴
 2  39.8
これより,  r  42.4
青色光: sin 0  0.8572 ∴
これより, b  41.2
こうして,角度差は,
  1.2
■
2.4 偏光
光波の振動が 1 方向に偏った光を偏光(polarization of light)という。自然光(natural
light)は,莫大な数の原子あるいは分子から発せられる光である。1つの原子から発せら
れる光は1つの振動面をもつ偏光と考えられるが,分子の向きはデタラメであり,いろい
ろな分子から発せられる光はいろいろな振動面をもち,特定の振動面に偏っていない。し
61
たがって,自然光は偏っていない光波である。自然光を特別な結晶の板(これを偏光板
(polarizing plate)という)を通すと,振動面が偏った偏光を得ることができる。振動面
が進行方向を含む一平面上に限られた光を直線偏光(linearly polarized light)あるいは平
面偏光(plane polarized light)といい,偏光板が通すことのできる電場の振動方向を偏光
軸(polarizing axis)という。光が偏光板を通過すると,偏光軸に垂直な電場成分は透過す
ることができずゼロになる。
例題 2.5 偏光の強度
図 2.11 のように,強度 I の自然光を,偏光軸が角度  だけ傾いた2枚の偏光板を通した
後の偏光の強度はいくらか。ただし,光の強度は,光波の振幅の 2 乗に比例する。

自然光
z
図 2.11
【解答】
左側の偏光板の偏光軸の向きに x 軸,それと垂直に y 軸をとり, z 軸正方向に進行する
光波の x 方向と y 方向に振動する電場 E  (E x , Ey , 0) を考える。自然光の強度 I は,比例
定数を k とすると,
I  k (E x2  Ey2 )
と表される。また,自然光では, x 方向と y 方向の偏光は同等であるから,
E x2  Ey2
である。これより,左側の偏光板を通過した光の電場 E1  (E x , 0, 0) の強度 I 1 は,
I 1  kEx2 
I
2
となる。 x 軸と  だけ傾いた偏光軸をもつ右側の偏光板を光が通過すると,電場
E1  (E x , 0, 0) の偏光軸方向の電場成分 E x cos  だけが残るので,その偏光の強度 I 2 は,
I 2  kEx2 cos2  
1
cos 2 
2
■
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆【発展終】
2.5 球面鏡
62
光源から放射された光が,レンズや球面鏡により1点に集められる(結像)現象を研究
する分野を幾何光学(geometrical optics)といい,実際に光が集まってできる像を実像(real
image),あたかもそこに物体があり,そこから光が放射されたかのように見える像を虚像
(virtual image)という。また,レンズや鏡の中心を通り,それらに垂直な直線を光軸
(optical axis)という。
結像公式
図 2.12 のように,鏡面が半径 R  2 f の球面である凹面鏡では,光軸に平行に進む近軸
光線(光軸に近い光線)は,反射後,1点 F に集まる。この点を凹面鏡の焦点(focus)と
いい,鏡の中心 O から焦点 F までの距離 f を焦点距離(focal length)という。このような
凹面鏡に入射する近軸光線は,次の性質をもつ。
(i) 光軸に平行に進む光は,反射後,焦点に集まる。
(ii) 焦点 F を通る光は,反射後,光軸に平行に進む。
(iii) 球面の中心 C を通る光は,反射後同じ経路を戻る。
焦点距離 f の凹面鏡の前方距離 a (  f ) の点に物体 AA' を置くと,鏡の前方距離 b の点
に倒立の実像ができる。このとき, a, b, f の間に成り立つ関係式を求めよう。ただし,近
軸光線を考えるので,点 P, O, P' は光軸に垂直な一直線上にあるとみなす。
a
b
A
f


P
O
A
C
B
B
図 2.12
図 2.12 において,△ AA' F ∽△ OP' F より,
AA' AF a  f


OP OF
f
△ BB' F ∽△ OPF より,
OP OF
f


BB' BF b  f
ここで, OP  AA' , OP' BB' であるから,
af
f

f
bf
63
F
P
光軸
1 1 1
 
a b
f
∴
(2.12)
の関係が成り立つ。これを凹面鏡の結像公式(image formation formula)という。
像の倍率 m 
BB
は,
AA
m
f
1
1
b



a  f a / f  1 (1  a /b )  1 a
となる。
(2.12)式は, a  f で凹面鏡で虚像ができる場合も,凸面鏡により虚像ができる場合に
も,そのまま使うことができる。(2.12)式で b  0 の場合,像は,鏡の後側の距離 b の位置
に正立の虚像が生じる。凸面鏡を用いる場合,焦点距離に負号を付けたものを(2.12)式の f
に代入すればよい。像の倍率 m は, b  0 の場合も考慮して,
m
b
a
(2.13)
と表される。
例題 2.6 凸面鏡の結像公式
鏡面が半径 R  2 f  ( f  :焦点距離)の球面の凸面鏡に入射する近軸光線は,次の性質
をもつ。
(i) 光軸に平行な光は,反射後,鏡の後側の焦点から出た光のように進む。
(ii) 焦点に向かう光は,反射後,光軸に平行に進む。
(iii) 球面の中心 C に向かう光は,反射後同じ経路を戻る。
これらの性質を用いて,焦点距離 f  の凸面鏡に対しても結像公式(2.12)と倍率の式(2.13)
が成り立つことを示せ。ただし,性質(iii)は用いる必要はない。
【解答】
図 2.13 において,
物体と鏡の距離を a ,虚像と鏡の距離を b  とすると,△ AA' F ∽△ OP' F
AA' AF a  f 


OP OF
f
より,
OP OF
f


BB' BF f   b
△ BB' F ∽△ OPF より,
ここで, OP  AA' , OP' BB' より,
a f
f

f
f   b
∴
1 1
1
 
a b
f
また,倍率は相似比より,
m
f
1
b


a  f  a/f  1 a
64
これは,(2.12), (2.13)式で, b  b , f   f  とした式である。
A
P
B
P
O
A
B
b
C
F
f
a
図 2.13
■
2.6 レンズの公式
凸レンズの性質
薄い凸レンズに入射する近軸光線は,次の性質をもつ。
i) 光軸に平行な光は,レンズ通過後,焦点 F に集まる。
ii) レンズの中心に向かう光は,レンズ通過後,そのまま直進する。
iii) レンズに関して焦点 F と対称な点 F (これも焦点という)を通った光は,レンズ通
過後,光軸に平行に進む。
これらの性質を用いると,球面鏡の場合と同様に,三角形の相似により,レンズによる
結像公式(レンズの公式(formula of lens)
)を導くことができる。
図 2.14 のように,焦点距離 f の薄い
b
凸レンズの左方,距離 a (  f )の点
に物体 AA' を置いて,レンズの右方,
A
物体
距離 b の点に実像 BB' ができたとする。
A
P

F
F
O

レンズの左右の焦点を F' , F , レンズの
a
中心を O,物体の上端 A' から発した光
図 2.14
軸に平行な光の達するレンズ上の点を
P とすると,
△ AA' O ∽△ BB' O より,
△ OPF ∽△ BB' F より,
AA a

BB b
AA OP
f


BB BB b  f
これらより,
a
f

b bf
f
∴
65
a(b  f )  bf
B
実像
B
こうして,レンズの公式
1 1 1
 
a b
f
を得る。像の倍率 m 
(2.14)
BB
は,
AA
m
b
a
(2.15)
となる。ここで,球面鏡の場合と同様に, a, b が負の値をもつ場合を考慮して絶対値を付
けた。
(2.14)式は, a  f で凸レンズにより虚像ができる場合も,凹レンズにより虚像ができる
場合にも,そのまま使うことができる。(2.14)式で b  0 の場合,像は,レンズの左側の距
離 b の位置に正立の虚像が生じる。凹レンズでは,焦点距離に負号を付けたものを(2.14)
式の f に代入すればよい。
例題 2.7 凹レンズによる結像
凹レンズに入射する近軸光線は,次の性質をもつ。
(i) 光軸に平行に入射した光は,レンズ通過後,手前の焦点から出た光のように進む。
(ii) レンズの中心に向かう光は,レンズ通過後,そのまま直進する。
これらの性質を用いて,焦点距離 f  の凹レンズに対しても上のレンズの公式(2.14)と倍率
の式(2.15)が成り立つことを示せ。
【解答】
a
図 2.15 において,物体とレンズの距離を a ,
f
虚像とレンズの距離を b  とすると,△ AA' O ∽
b
A
△ BBO より,
P
B
AA' a

BB b
A

F
物体
O
B

F
虚像
△ OPF ∽△ BB' F より,
凹レンズ
AA PO
f


BB BB' f   b
図 2.15
これらより,
a
f

b f   b
1 1
1
 
a b
f
∴
また,倍率は相似比より,
m
b
a
これは,(2.14), (2.15)式で, b  b , f   f  とした式である。
66
■
虚光源
図 2.16 のように,左方から進んでき
L1
た光が,凸レンズ L1 により倒立実像
L2
AA をつくっているとする。実像 AA
B F

は,レンズ L1 の右方の凸レンズ L2 に対
虚光源
B
して光源(物体)の役割を果たす。そ
A
b
のとき,レンズ L1 と L2 の間では,光は,
A
f  10 cm
L2 がなければ AA に集まるように進む。
20 cm
この AA はレンズ L2 の新たな光源にな
図 2.16
るが,実際に AA の位置に光は集まる
わけではないので,それは虚光源(virtual light source)とよばれる。光は左方から L2 を
通過後, BB に実像をつくる。いま,レンズ L2 と虚光源 AA の距離を 20 cm,L2 の焦点距
離を 10 cm とすると,(2.14)式で, a  20 , f  10 として,
1
1
1
 
 20 b 10
∴
b
20
 6.7 3
となる。こうして,凸レンズ L2 の右方 6.7 cm の位置に倒立の実像ができることがわかる。
例題 2.8 組み合わせレンズ
図 2.17 のように,焦点距離 10cm の凹レンズと焦点距離 12cm の凸レンズの光軸を一致
させて 9cm 離して並べ,凹レンズの左方 15cm の位置に物体を光軸に垂直に置いた。この
とき,物体の像のできる位置と像の倍率を求めよ。また,その像は実像か虚像か。ただし,
レンズの公式を用いることができるとする。
凹レンズ
凸レンズ
物体
15 cm
9 cm
図 2.17
【解答】
左側の凹レンズによる像を求める。レンズの公式(2.14)において,a  15 , f  10 とお
くと,
1 1
1
 
15 b  10
67
∴
b  6
これより,凹レンズによる像は,凸レンズの左方 (6+9)=15cm の位置に正立虚像ができ
ることがわかる。この像は,右側の凸レンズにとっての光源の役割をする。レンズの公式
(2.14)において a  15 , f  12 とおくと,
1
1
1
 
15 b 12
∴
b  60
したがって,物体の像は,凸レンズの右方 60 cm の位置に倒立の実像ができる。
凹レンズによる像の倍率は, m1 
60
6 2
 4 とな
 ,凸レンズによる倍率は, m 2 
15
5
15
るから,求める像の倍率 m は,
m  m1  m2  1.6(倍)
■
【発展】☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
2.7 可干渉性
これまで,光波をどこまでもきれいにつながった正弦波として扱ってきたが,実際はそ
うではない。例えば,原子から発せられる光を考えてみればよい。一般に,光源は多くの
原子からなり,異なる原子から発せられる光の位相はランダムである。それらの光波が重
なった光が光源から発せられる光であるから,光源から出る光は,きれぎれの正弦波の集
まりと考えることができる。
振幅と位相の定まった正弦波で表される一つながりの波を波連(wave train)という。波
連の長さは有限であり,波連間の位相は不規則である。ある光波を二手に分けて光路差を
つけて重ね合わせる場合,同一の波連が重なれば,波連ごとの位相差は一定であり干渉が
観測されるが(図 2.18),光路差が波連の長さより大きくなり,異なる波連が重なると,重
なる波連ごとの位相差がランダムになり,干渉は観測されない(図 2.19)。この波連の長さ
を可干渉距離(coherence length)といい,可干渉距離の十分に長い光を可干渉光あるいは
コヒーレント光(coherent light)
,可干渉距離の十分短い光を非干渉光あるいはインヒーレ
ント光(inherent light)という。
同位相
同位相
同位相
図 2.18 干渉する2つの波
同位相
同位相
図 2.19 干渉しない2つの波
68
可干渉距離は,干渉実験に用いられる光でも 1m 程度,自然光では 106 m 程度になって
しまう。それに対し,可干渉距離が非常に長く可干渉光の発信器に,レーザー(laser)が
ある。レーザーは,誘導放出(stimulated emission)という現象を利用した発信器で,可
干渉距離は数百 km にも達する。
インヒーレント光の重ね合わせ
異なる光源から発せられた光の波連の間隔は,それぞれ独立でランダムであるから,同
じ波長の光であっても干渉は観測されない。異なる2つの光源の光のある波連が同位相で
重なり強め合ったとしても,波連の間隔が異なるため,次の波連の重なりで強め合うとは
言えない。その後の波連の重なりでも,位相差がランダムなため,平均として2波の重な
りは強め合いとも弱め合いとも言えなくなる。このようなとき,2つの光の干渉は観測さ
れず,光の合成の強度は,各光波の強度の和になる。このことを,光波の式を用いて考え
てみよう。
例題 2.9 異なる光源からの光の強度の合成
異なる2つの光源から発せられた波長の等しい光波の合成強度は,各光源からの光の強
度の和に等しいことを示せ。ただし,光の強度は光波の振幅の2乗に比例する。
【解答】
2つの光源 1, 2 から出た光波の角振動数をともに  
2c

( c :光速, :波長)とし,
光波 1, 2 の振幅を A1, A2 ,位相差を  として,それぞれの光波の振動を,
y1  A1 sint ,
y2  A2 sin(t   )
とおく。2つの光波の合成波の振動は,
y  y1  y2  A1 sint  A2 sin(t   )
 (A1  A2 cos  ) sint  A2 sin  cos t
 A12  A22  2A1A2 cos   sin(t   )
cos  
A1  A2 cos 
A12

A22
 2A1A2 cos 
, sin  
A2 sin
A12
 A22  2A1A2 cos 
となる。光の強度は振幅の2乗に比例するから,比例定数を k として,光波 1, 2 の強度(明
るさ)をそれぞれ I 1  kA12 , I 2  kA22 とすると,合成波の強度 I は,
I  kA12  kA22  2kA1A2 cos   I 1  I 2  2 I1I 2 cos 
(2.16)
と書ける。
重なる波連ごとに位相差  はランダムであるから,多くの波連に関する平均値は,
I 1I 2 cos   0
69
となる。光波 1, 2 の平均強度をそれぞれ I 1, I 2 とすると,合成波の平均強度 I は,
I  I1  I 2
と表される。こうして題意は示された。
(別解)
長さで振幅を,偏角で位相を表すベクトルにより,振動
Y
A
y1, y 2 を表して,(2.16)式を導いてみよう。 t   とおく
A2
と,図 2.20 のように,振動 y1 はベクトル A1 ( A1  A1 )
で,振動 y 2 はベクトル A2 ( A2  A2 )で表され,合成波
の振動は,ベクトル A  A1  A2 で表される。このとき,
∠OA1A=    であるから,三角関数の余弦定理より,合
A
A2

A1
A1

X
O
図 2.20
成波の振幅 A  A は,
A  A12  A22  2A1A2 cos(   )  A12  A22  2A1A2 cos 
となる。光の強度が振幅の2乗に比例することから,(2.16)式を得る。
(参考)2つの光波が同位相のとき,   0 であるから(2.16)式より, I 
■


2
I 1  I 2 とな
る。これより,合成波の振幅 A が各光波の振幅の和となること,すなわち, A  A1  A2 と
なることがわかる。これは光波の強め合い(construction of light wave)を示している。ま
た,2つの光波が逆位相(    )のとき,(2.16)式より, I 


2
I 1  I 2 となり,合成振
幅が A  A1  A2 となることがわかる。これは,光波の弱め合い(destruction of light wave)
を示している。
一般に,光の干渉を観測するとき,
「同一光源から出た光で光路差のなるべく短い光の干
渉が見やすい」ということがいえる。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆【発展終】
2.8 薄膜による干渉
光学距離と光波の干渉
屈折率 n(  1 )の物質中を光が進むとき,真空中の光速を c として,その速さは c   c /n
と遅くなり,波長も     /n (  :真空中の光の波長)と短くなる。つまり,光にとって
は物質中は真空中に比べて,見かけ上経路が n 倍に長くなっているので,実際の経路の長
さを l として,
L  nl
(2.17)
を用いると便利である。この長さ L を光学距離(optical length)あるいは光路長(optical
pass length)という。
70
1つの光源から出た真空中の波長  の光波を二手に分け,光路差(光路長の差) L を与
えて,再び重ね合わせて干渉させるとき, m を整数として強め合い,弱め合いの条件は,
強め合う条件: L  m
1

弱め合う条件: L   m  
2

となる。
等厚干渉
水面に薄く広がった油膜を斜めから眺めると,色づいて見えることがある。これは,油
膜表面への入射角により,強め合う光の波長,つまり,光の色が異なるからである。これ
は,次のような考察によって理解できる。
屈折率 n1, n 3 の媒質 1, 3 の間に,屈折率
A
n 2 ( n1  n 2  n3 とする),厚さ d の平行薄
a F
a b
1
n1
膜 2 を挟み,図 2.21 のように,媒質 1 の側

射させる。点 B での入射角を (反射角も  )
,
2
d
n2

D

B
から真空中の波長  の平面波の単色光を入
E

G
b
H 

屈折角を  ,点 D から直線 BF へ引いた垂
C
線の足を E,点 B から CD に引いた垂線の
3
d
n3
足 を H と す る と , BE  BD  sin  ,
B
DH  BD  sin と書けるから,屈折の法則
図 2.21
n1 sin  n 2 sin
を考慮すると,BE の光学距離は HD の光学距離に等しいことがわかる。これより,光 a(経
路 ABF の光)と光 b(経路 ABCDG の光)の光路差(光学距離の差)l は,BCH の光学距
離に等しい。
点 B の 2 と 3 の境界面に関する対称点を B とすると,BCH の経路長は BH の経路長に
等しいことから,
l  2n 2d cos   2d n 22  n12 sin2 
(2.18)
となる。
また,点 B と点 C での反射波はともに固定端反射(位相が  ずれる)になり,F と G に
達する光の反射による位相の違いは 0 となる。これより,薄膜で反射し強め合う光の真空
中での波長  は, m  1, 2,  とし,光路差(2.18)に強め合う条件を適用すると,

2d
n 22  n12 sin2 
m
となる。つまり,強め合う光の波長は入射角  に依存して変化する。こうして,水面を眺め
る方向により,強め合う波長の色に,色づいて見えることがわかる。
71
例題 2.10 くさび形薄膜
図 2.22 の よ う に , 同 じ 屈 折 率 n を も つ 長 さ
L  20 cm の2枚のガラス板 1, 2 を,一端 A を揃え
a
て重ね,他端 B に髪の毛を置いた。上方から板に垂
b
d
1
2
直に波長   6.0  107 m の単色光を当て,上方から
反射光を眺めたら,多数の明るい干渉縞が見えた。縞
A
の間隔が x  2 mm であったとすると,髪の毛の直
D
B
x
L
径は何 mm か。ただし,実験は空気中で行われると
図 2.22
し,空気の屈折率を 1 とする。また,2枚のガラス
板 1, 2 のなす角は十分小さいので,反射光はすべてガラス板に垂直(入射光に平行で逆向
き)と見なしてよい。ガラス板 1 の下面での反射光 a と板 2 の上面での反射光 b の干渉を
考えればよい。板の他の面での反射光を考えると光路差が長くなり,干渉が見えにくくな
るので,ここでは考える必要はない。
【解答】
ガラス板の端 A から距離 x の点での板間の距離を d ,髪の毛の直径を D とすると,
d D

x L
となるから,上側の板の下面で反射(位相変化 0)する光と下側の板の上面で反射(位相変
化  )する光の光路差 l は,
l  2d 
2x
D
L
2つの反射による位相のずれは  となるから,強め合う条件より,m  1, 2,  として m
番目の明線の位置 xm は,

l  m 

1

2

xm   m 

∴
1  L

2  2D
となる。したがって,縞間隔 x は,
x  xm 1  xm 
L
2D
∴
D
L
 0.03 mm
2x
■
ニュートンリング
空気中(屈折率 1)で大きな半径 R の球面をもつ平凸レンズと板ガラスを重ね,真上から
光をあてて真上から眺めると同心円状の縞模様が見える。この縞模様をニュートンリング
(Newton’s rings)という。図 2.23 のように,ニュートンリングの縞模様は,間隔の非常
に狭い平凸レンズの下面で反射した光 a と板ガラスの上面で反射した光 b の干渉によって
生じる。くさび形薄膜(例題 2.10)の場合と同様に,光路差の大きい光の干渉を考えない
ことにし,他のガラス面での反射は考慮しない。
72
O
R
n
a
b
d
A
n
r
図 2.23
平凸レンズと板ガラスの屈折率を n (  1 )とし,レンズの中心軸 OA から距離 r の位置
での平凸レンズと板ガラスの間隔を d とする。また, d と r は, R より十分小さい
( d, r  R )とする。ここで,近似公式
「 x  1 のとき, (1  x )  1  x (  :実数)
」
を用いると,

r2  r2

d  R  R 2  r 2  R  R 1 
2 
2
R

 2R
と書ける。これより,光 a と光 b の光路差は,
r2
R
2d 
となる。
光 a がレンズの下面で反射するとき,位相変化は 0 であり,光 b が板ガラスの上面で反
射するときの位相変化は  であるから,光 a と b が強め合って明線となる条件
r2 
1
  m  
R 
2
( m  1, 2,  )
を得ることができる。
2.9 マイケルソン干渉計
図 2.24 のように,光源 S を発した光を半透明鏡 H で透過光と反射光に分け,前者を平面
鏡 M1 で反射させた後,H で再び反射させ,後者を平面鏡 M2 で反射させた後,H を透過さ
せ,両者の干渉をスクリーン上で観測する。このような干渉装置をマイケルソン干渉計
(Michelson interferometer)という。
73
M2
v
l
S
H
l
M1
スクリーン
図 2.24
19 世紀まで,波動である光は仮想的な媒質であるエーテル(ether)中を伝わると考えら
れていた。マイケルソン(A. A. Michelson)は地上でのエーテルの風の速さを測定する目
的で上のような干渉計を考案して,モーリー(E. W. Morley)とともに実験を行った。
いま,図 2.24 の干渉計に左向きに速さ v のエーテルの風が吹いているとし,エーテルに
対する光速を c ,HM1 間の距離と HM2 間の距離をともに l とする。H から M1 に向かう光
の速さは c  v ,M1 から H に向かう光の速さは c  v となるから,HM1 間の往復時間 t1 は,
t1 
l
l
2cl

 2
c v c v c v2
となる。一方,H から M2 に向かう光の速さは c 2  v 2 (図 2.25),
M2 から H に向かう光の速さも c 2  v 2 となるから,HM2 間の往復時
v
c 2 v 2
間 t 2 は,
c
図 2.25
2l
t2 
c2 v2
となる。ここで,v  c とすると,半透明鏡 H から鏡 M1,M2 に光が往復する時間差 t は,
t  t1  t 2 

2cl
2l

2
c v
c2 v2
2
2l
1
2l
1
2l v 2
v2



l



c 1  v 2 /c 2 c
c 2c 2 c 3
1  v 2 /c 2
となる。
次に,図 2.24 の装置を  / 2 だけ回転させる。そうすると,光が H から M1 まで往復する
時間 t 2 となり,H から M2 まで往復する時間は t1 となるから,時間差 t  は,
74
t   t
となる。したがって,この間の時間差の変化は t  t   2t である。時間差が 1 周期
T   /c だけ変化すると,スクリーン上は明→暗→明と1回変化する。これより,装置を
 / 2 だけ回転させる間に,明→暗→明の変化は,
N 
2t 2lv 2

T
c 2
(2.19)
回変化することがわかる。
エーテルが太陽に対して静止しているとすると,地上でのエーテルの速さは,ほぼ,太
陽のまわりの地球の公転速度
v  3  104 m/s
で与えられる 7 。マイケルソンとモーリーの実験で用いられた値は,   5.9  107 m ,
l  11 m であり,これらの数値と c  3.0  108 m/s を(2.19)式に代入すると, N  0.37 とな
る。この程度の値であれば,観測可能と考えられたが,実験結果は, N  0.01 となった。
これより,エーテルは地球に対して静止して
M2
いると考えられることになり,物理学の根底
に大きな疑問を投げかけることになった。
l
例題 2.11 空気の屈折率
図 2.26 の よ う な 真 空 中 の 波 長

7
  5.8  10 m の光を半透明鏡 H に照射す
H
るマイケルソン干渉計で,H と平面鏡 M2
M1
の間に,内部に1気圧の空気の入れられた長
スクリーン
さ l  20cm の円筒容器を置いた。容器内の
図 2.26
空気を次第に抜いていったところ,スクリー
ン上で明暗を繰り返した。容器内の空気を完全に抜いて真空になるまでの間にスクリーン
上で明暗が,明→暗→明を 1 回として, N  200 回繰り返された。これより 1 気圧の空気
の屈折率を求めよ。
【解答】
1 気圧の空気の屈折率を n とする。円筒容器内の空気が完全に抜かれるまでに,HM1 間
を往復する間の光学距離の変化 l は,
l  2(n  1)l
と書ける。光学距離が 1 波長  だけ変化するごとに,スクリーン上で明→暗→明と 1 回変
化する。これより,屈折率 n は,
7
地球の自転による地表面の速さは,公転速度より2桁程度小さいので,地球の自転の影響は無視でき
る。
75
2(n  1)l  N
∴
n 1
N
 1.00029
2l
■
2.10 光の回折
フレネル回折とフラウンフォーファー回折
光の回折現象には,スリットや孔から有限の距離にスクリーンをおいて観測するフレネ
ル回折(Fresnel’s diffraction)と,無限遠にスクリーンをおいて観測するフラウンホーフ
ァー回折(Fraunhofer’s diffraction)がある。スリットに近いところにスクリーンをおく
と,スクリーン上での光の強度分布は,図 2.27 のようになり,スリットから十分遠くにお
いたスクリーン上での強度分布は,図 2.28 のようになる。
図 2.28
図 2.27
レイリー(L. Layleigh)は,スリットあるいは孔とスクリーンの間の距離 R が R  RC の
ときフレネル回折, R  RC のときフラウンホーファー回折とみなすことのできる境界の距
離 R C を,スリットにあてる光の波長を  ,スリットの幅を D として,
RC  D 2 / 
(2.20)
と考えた。
【発展】☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
円孔による回折
点 O を中心にした半径 a の円孔に垂直に,波長  の単色光をあて,円孔の中心軸上で光
の強度を観測してみよう。図 2.29(a), (b)のように,中心軸上で点 O から距離 l (  a )の
点 P までの距離が  / 2 ずつになる円孔上の円環(これをフレネル帯(Fresnel’s zone)とい
う)を考えて各円周上の点を,点 O に近い方から A1, A2, …, An とする。
76
An 

A3
A2 
A1 

O
P

O

a
P

l
(b)
(a)
図 2.29
このとき,
PA1  l 

, PA2  l  2 
2

2
,…, PAn  l  n 

2
と書ける。ここで, k  1, 2, , n として, k  4l とすると,


 k 
OAk 
 l  k   l 2  kl 1     kl
2
4 l 


と近似できる。したがって,各円環( n  1 のときは円孔)の面積は, a 0  0 として,k に
2
2
ak2
よらない一定値
ak2  ak2 1  l
となる。これより,円孔に一様な強さの光が照射されると,各円環から点 P までの距離が
 / 2 ずつずれているから,隣り合う円環からの光は互いに弱め合うことがわかる8。したが
って,n を偶数として An が円孔の周上の点であるとき,点 P の光の強度は極小になり暗く
なる。ここで,
An P  OP  l 2  a 2  l  l 1  (a /l )2  l 
a2
2l
となるから,暗くなる点 P までの距離 l は, m  1, 2,  として,
a2

 2m
2l
2
∴
l 
a2
2m
(2.21)
で与えられる。
(2.21)式より,中心軸上で暗くなる点は多数あるが,その中で円孔から最も遠い点までの
距離 l 0 は,
l0 
a2
2
で与えられる。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆【発展終】
8
各円環を通過した光波は減衰するが,その減衰の差を無視する。また,円孔の半径 a は l より十分小さ
いので,光が円孔面の垂直方向から傾くことによる強度の減少の割合,すなわち,傾斜因子(inclination
factor)も無視する。
77
複スリットの実験
図 2.30 のように,2 つスリット S1, S2 に垂直に平行光線をあてると,スリットに平行に
置かれたスクリーン上に明暗の縞模様が現れる。この実験は,19 世紀初頭,イギリスのヤ
ング(T. Young)によって行われたので,ヤングの実験(Young’s experiment)とよばれて
いる。
x
x

S1
d 2
M
O
d 2
S2
l
スクリーン
図 2.30
例題 2.12 ヤングの実験
スリット S1, S2 の間隔を d ,スリットとスクリーンの距離を l とし,図 2.30 のように,
スリットに垂直に波長  の平面波単色光をあてる。スリットの中点を M,点 M からスクリ
ーンへ垂線 MO を引き,点 O を原点として上方に x 軸をとる。スクリーン上での明線の間
隔を d, x  l として求めよ。ただし,スリットの幅は十分狭い。また,スリットの長さは
十分長いため,スリットの幅方向( x 方向)のみを考えればよい。光波の減衰および傾斜
因子は無視する。
【解答】
x 軸上の位置 x を点 P とすると,微小量の2乗以上の項を無視して,
2
(x  d / 2)2
 x  d /2 
l1  S1P  l  (x  d / 2)  l 1  
 l 
l
2l


2
l 2  S2 P  l 
2
(x  d / 2)2
2l
よって,2つの光波の経路差 l は,
l  l 2  l1 
d
x
l
スクリーン上の n 番目の明線の位置 x n は,2つの光波の強め合う位置であり,
d
xn  n
l
78
これから,明線の間隔 x は,
x  xn 1  xn 
l
d
これより,スクリーン上の光の強度分布(明るさの分布)は,図 2.31 のようになる。
I (x )
x 0
x 0 2
x
x0
x0 2
0
図 2.31: x 0  x  l d
■
【発展】☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
干渉縞のコントラスト
大きさのある光源を用いて複スリットによる干渉実験を行うと,干渉縞のコントラスト
が悪くなり,縞はぼやける。
大きさのある光源では,長いスリットに入射する光は完全な平面波にならないが,ここ
では,紙面に垂直な向きにスリットの開いた部分を通過する光を無視する。したがって,
スリットをピンホールと同様なものと見なすことにする。図 2.32 のように,間隔 d の2つ
のスリット S1, S2 の左方,距離 L の位置に,スリットの幅方向の直径 D の円形光源 S をお
き,スリットの右方の距離 l の位置にスリットに平行にスクリーンをおく。S1, S2 の中点を
M,M からスクリーンに垂線 MO を引き,点 O を原点に S1, S2 に平行に x 軸をとる。直線
OM 上に光源の中心 O をおき, O を原点に x 軸に平行に x  軸をとる。
x
x
P(x )
S1


D
S
M
d
O
O
L2
S2
L
P(x )
L1
l
スクリーン
図 2.32
79
光源上の点 P (座標 x  )で発した光が2つのスリット S1, S2 を通過してスクリーン上点
P(座標 x )で重ね合わされる。 L1  PS1P , L2  PS2 P , L  L2  L1 とすると,
L 
d
d
x  x
l
L
(2.22)
となる。
光源上の異なる点から発せられる光は干渉せず,強度の和になる。したがって,光源の
下端 x   D / 2 から出て2つのスリットを通過した光の光路差 L  が (n  1) になるスク
リーン上の位置 x  と,光源の上端 x   D / 2 から出て2つのスリットを通過した光の光路
差 L  が n になるスクリーン上の位置 x  が一致すると,スクリーン上は一様な明るさに
なり,明線は完全に消える。
(2.22)式より,
L  (n  1) 
d
d D
x   ,
l
L 2
L   n 
d
d D
x  
l
L 2
と書け, x   x  より,スクリーン上が一様な明るさになるスリット間隔 d0 は,
d0 
L
D
(2.23)
となる。
例題 2.13 恒星の大きさ
星からの光
マイケルソンは,複スリット干渉計を改良して,
オリオン座の恒星ペテルギウスの大きさを求めた。
d
彼は図 2.33 のように,天体側のスリット間距離 d が
乾板
大きな値になるように改良した天体干渉計(stellar
星からの光
interferometer)を考案した。
地球から 642 光年(1 光年は光が 1 年間に進む距
図 2.33
離)離れたオリオン座のペテルギウスから到達する波長 6.0  107 m の光を天体干渉計で観
測したところ, d を次第に広げていき,スクリーン上の干渉縞が完全に消える最小の d の
値として 2.6 m を得たとする。これより,ペテルギウスの直径は,太陽の直径の何倍である
ことがわかるか。太陽の直径は 1.38  106 km であり,光速は 3.0  108 m/s である。
【解答】
スリット間隔 d を次第に大きくしスクリーン上の縞が消えるときの d の値 d0 は,
  6.0  107 m , d0  2.6 m , L  642 光年  642 9.46  1015 m を用いて(2.23)式より,
D
L
 1.40  1012 m  1.40  109 km
d0
これより,太陽直径 D0  1.38  106 km の約 1000 倍であることがわかる。これは,ペテ
ルギウスを太陽の位置におくと,その表面は木星にまで達することを示している。ペテル
80
ギウスは,太陽を除いて地球から最も大きく見える恒星である。
■
2.11 単スリットと回折格子
スリットによるフラウンホーファー回折を考えよう。スリットから無限に遠く離れた点
で回折光を観測するフラウンホーファー回折では,回折光と入射光のなす角(これを回折
角(diffraction angle)という)はすべて等しく,回折光は平行光線と見なされる。ただし,
通常,平行な回折光は凸レンズによりスクリーン上の1点に集めて観察される。
単スリットによる回折模様
X
図 2.34 のように,空気中(空気の屈折率を 1 とす
る)
で,
幅 D のスリット AB の中点 M を中心に半径 R
の半円筒上のスクリーン XY を置き,スリットの左方
からにスリットに垂直に波長  の単色平面波を入射
させる。いま, R は  に比べて十分に大きいとする
A
M

D
O
B
( R   )
。入射光の進行方向にある半円筒スクリー
ン上の点を O,点 O から遠ざかるにつれて光の強度
は減少し,最初に強度がゼロになる点を P1,次に強
Y
度がゼロになる点を P2 とし,一般に, n 回目に強度
図 2.34
がゼロになる点を Pn とする。
L1
図 2.35 のように,スリット AB の中点を M とし,点 A, M,
B から回折角  の方向に進む光波をそれぞれ L1, L2, L3,点 A

L2
M1
L3
A
から L2, L3 へ引いた垂線をそれぞれ AM1, AB1 とする。
いま,
BB1   になると, MM1   / 2 となり,光波 L1 と L2 は打
M
ち消す。そうすると点 A より少し M 側の光波と点 M より少
B



B1
し B 側の光波は打ち消すから,全体として AM 間を通過する
光と MB 間を通過する光が打消しスクリーン上の点 P1 で光
図 2.35
波の強度はゼロになる。このときの回折角を   1 とすると,
a sin1  
が成り立つ。
光の強度
光路差が  になる L1, L3 間の光波は
打ち消すから, n を自然数として,
BB1  n になる回折角   n ではス
クリーン上の光の強度はゼロになる。
したがって,スクリーン上に暗線が現
れる条件式は,
a sinn  n
(2.24)
2
で与えられる。これより,横軸に

0
図 2.36
81

2
a sin
a sin をとると,光の強度分布は図 2.36 のようになる。
副極大の強度
  a sin  2 における強度の極大値を定性的に考えてみよう。この極大を副極大とい
う。 a sin  
3
 を満たす回折角   の近くで強度は副極大になると考えられる。
2
図 2.37 のように,スリット AB を 3 等分した点をそ
れぞれ C, D とし,点 A から点 B での回折角   の光波に
打ち消す

3
 となり,
2
A
AC 間の光波と CD 間の光波が打消し,DB 間の光波が
D
残る。したがって,DB 間の光波がスクリーン上で,す
B
引いた垂線を AB2 とする。
このとき BB 2 
生き残る
C
B2

べて同位相で重なれば,合成波の振幅はスリット全体を
通過した光がすべて同位相で重なるときの振幅の 1/3
図 2.37
となる。光の強度は振幅の2乗に比例するから,  0
のときの光の強度の 1/3  1/9 倍になる。しかし,DB 間
2
yN
を通過する光波はスクリーン上で同位相ではなく,点 D を通

過する光波と点 B を通過する光波のスクリーン上での位相差
は  となる。そこで,大雑把に考えてスクリーン上での光波
の強度は,さらに 1/2 倍程度になり,回折角   の光の強度は,
d
d
れている。

SN 1
y3
1 1
1
  0 のときの光の強度の   倍程度になると考えら
9 2 18
れる。詳しい計算によると,0.047 倍程度になることが知ら
SN
y N 1

d
S3
d
S2


y2
y1
S1
回折格子
図 2.38 のように,多数のスリットが等間隔で平行に開けら
図 2.38
れたものを回折格子(diffraction grating)といい,スリット
間隔を格子定数(grating constant)という。いま,格子定数 d の N (  1 )本のスリッ
トからなる回折格子に,格子面に垂直に波長  の平面波単色光をあてると,回折格子から十
分に離れたスクリーン上に鋭い明線の縞模様ができる。その強度分布は図 2.39 のようにな
る。実際には,個々のスリット幅による回折光の強度分布があるため,図 2.40 のようにな
る。ただし以下では,スリット幅は十分狭く,1つのスリットによる回折光の強さは,回
折角  の 0     / 2 の範囲で一様であるとする。
82
光の明るさ
3 d
2 d
 d
0
d
2 d
3 d
sin
図 2.39
光の明るさ
3 d
2 d
 d
0
d
2 d
3 d
sin
図 2.40
定性的考察
隣り合ったスリットを通過した回折角  ( 0     / 2 )の回折光の光路差は d sin と
なるから,これらの回折光が強め合い,スクリーン上に明線が生じる条件は,n  0, 1, 2,  ,
強め合う回折角を   n として,
d sinn  n
(2.25)
となる。このとき,回折角 n の回折光を n 次の回折光という。 n 次の回折光の明線は,ヤ
ングの実験の明線に比べて鋭くなる。その理由は次のように説明される。
ヤングの実験ではスリットが2つだけであったので,2つのスリットを通過した回折光
の光路差が波長の整数倍からわずかにずれても,合成波の強さはあまり弱まらず,スクリ
ーン上の明るさは少し弱まるだけであり,図 2.31 のようになって明線はぼやけて見える。
一方回折格子では,隣り合ったスリットを通過する光路差が波長の整数倍からわずかに
ずれると,スリットが多数あるため,何個か離れたスリットを通過する回折光との光路差
が波長の半整数倍になる場合が起きる。そうすると,これらの回折光が互いに打ち消し合
い,スクリーン上の点が暗くなる。こうして,スクリーン上の明線は鋭くなる。
強度分布の主極大と副極大
図 2.39 の強度分布をよく見ると,隣り合う強度最大(この極大を主極大という)の位置
の間に,弱いながら強度極大(この極大を副極大という)の位置が多数現れる。この現象
83
は,スリット数 N が十分大きいので,近似的に回折格子全体を1つの単スリットに対応さ
せることによって定性的に説明することができる。
光の回折角を次第に大きくし,1 番目のスリットと
路差が波長の半整数倍になると,1 番目から
N
番目のスリットを通過する光の光
2
N
N
番目のスリットを通過する光と +1 番目
2
2
から N 番目のスリットを通過する光は互いに打ち消し合い,スクリーン上の強度はゼロに
なる。さらに回折角が大きくなると, 1 番目と
波長の半整数倍になり,1 番目から
トと
N
番目のスリットを通過する光の光路差が
3
N
N
番目のスリットを通過する光と +1 番目のスリッ
3
3
2N
2N
番目のスリットを通過する光が打ち消し合い,
+1 番目から N 番目のスリット
3
3
を通過する光が打ち消されずに残り,スクリーン上に光の強度の副極大が現れる。こうし
て,単スリットの場合と同様に,回折角が大きくなるにしたがって強度の極大と極小(ゼ
ロ)を繰り返す。
光波の合成
隣り合うスリットを通過する回折角  ,波長  の光波のスクリーン上での位相差

2d sin

を用いて,下から i 番目のスリットを通過する光波のスクリーン上での振動を,
yi  A sint  (i  1)
とする(図 2.38)。ここでは,光がスクリーンに対して傾くことによる強度の減少割合,す
なわち,傾斜因子は無視する。
振動 yi を,その振幅 A を長さとし,位相 (i  1) を偏角とするベクトル Ai で表す。 y1 に
対応するベクトル A1 の始点を XY 平面上の原点に置き, A1 を X 軸に重ねる。振動
y2 , y3, , yN に対応するベクトル A2 , A3, , AN を図 2.41 のように表す。このとき,合成
波の振動 yS  y1  y2    yN に対応するベクトルは AS  A1  A2    AN となる。スク
リーン上での光の強度は,合成ベクトル AS の振幅の2乗に比例する。
図 2.41 において,各線分 OA1,A1A2,A2A3,…,
AN 1AN の垂直二等分線の交点を R とする。点 R か
Y
ら線分 OAN に垂線 RM を引くと,ORM  N / 2 と
AN
なる。OR  r とおくと,各ベクトル A1, A2 , , AN の
N 2
大きさ(各振動 y1, y2 , , yN の振幅) A は,
A  2r sin
r
2


AS
R

AN
r
M

A2
84
A2

O
A1
A1
図 2.41
X
となり,合成ベクトル AS の大きさすなわち合成振動の振幅 AS は,
AS  2r sin
N
2
となる。これらより r を消去して,
AS 
sin(N / 2)
A
sin( / 2)
を得る。1つのスリットを通過する振幅 A の光波による強度を I 0 ,合成波の強度を I とす
ると,
I 
sin2 (N / 2)
I0
sin2 ( / 2)
(2.26)
となる。
光の強度が最大になるのは,(2.26)式の分母がゼロになるときであり,

2
 n
⇒
d sin  n
を得る。また光の強度がゼロになるのは,分母がゼロにならず,分子だけがゼロになると
きであるから, p  1, 2, , N  1 として,
N
 (nN  p )
2
⇒
p

d sin   n  
N

(2.27)
となる。これより,隣り合う主極大の間にある副極大の数は, N  2 であることがわかる。
2.12 分解能
望遠鏡や顕微鏡で,近くにある2つの物体をどこまで区別して観測できるか,また,ど
の程度近い波長の光を区別して観測できるかなどの能力を分解能(resolving power)とい
う。ここでは,いくつかの例について,それらの分解能を考えてみよう。
望遠鏡の分解能
望遠鏡で遠くの天体を観測するとき,どんなに性能をよくしても,ある程度以上近い物
体は識別できない。識別できる視角の最小値を望遠鏡の分解能という。分解能が存在する
のは,光が回折現象を起こすためである。
幅 D のスリットに垂直に,波長  の平面波単色光を入射させると,スリット通過後のほ
とんどの光は,角  を D sin   として,その回折角  が    を満たす範囲内に進む。
そこで,非常に遠く離れた恒星 A から発せられた波長  の光が,焦点距離 f ,口径(レン
ズの直径) D の凸レンズに,その光軸に平行に入射するときの分解能を考えるには,レン
ズの直前に,直径 D の円孔があると思えばよい。円孔に垂直に入射する光の回折角  の回
折光は,凸レンズ通過後,光軸と角  をなすスクリーン上の点 P に集光する(図 2.42)。し
たがって,円孔に入射した光は,スクリーン上で,点 O を中心に半径 f tan  の円形領域
内に広がる。円孔の有効スリット幅は 0.82D 程度になることが知られている。そこで,レ
85
ンズの焦点の位置に置かれたスクリーン上にできる A の像は,   1 を用いてほぼ半径
f tan   f sin 
f
f
 1.22
0.82D
D
(2.28)
の円になる。


D
P


O

f
図 2.42
一方,別の恒星 B から発せられた光が光軸から角  だけずれてレンズに入射すると,ス
クリーン上にできる B の像の中心は,点 O から f tan  だけ離れた点 O になる。いま,
点 O が,恒星 A の像すなわち点 O を中心とした半径 1.22 f /D の円の外側になれば,恒
星 B は A と識別できるとする。そのとき,この凸レンズの分解能  は,
  sin  1.22

D
(2.29)
と表される。
例題 2.14 回折格子の分解能
スリット間隔 d で N 本のスリットからなる回折格子を用いて,波長  の光と波長   
(   0 )の光を区別することを考える。ただし,入射光の空間的コヒーレンス(平面波
と見なすことのできる入射光の幅)の大きさは,回折格子の幅 Nd より大きいものとする。
(a)
m 次の回折光で2つの光を区別できるための,  /  の上限値はいくらか。この上限
値を回折格子の分解能という。ただし,2つの光を区別できるためには,波長    の
光波による明線の位置が,波長  の光波による同じ次数の明線から最初に強度がゼロにな
る点より遠く離れていればよい。
(b) 2つの光を適当な次数の回折光を用いて区別することができるための条件を求めよ。
(c) 全体の幅 5 cm の回折格子を用いると,波長 5  107 m の光に対する分解能はいくらに
なるか。また,2 次の回折光で同じ分解能を得るための,回折格子のスリット数の上限値
を求めよ。
【解答】
(a) 波長  の n (  0 )次の回折光の回折角を  (  0 ),波長    の n 次の回折光の回
86
折角を    とすると,
d sin  n
(2.30)
d sin(   )  n(   )
(2.31)
が成り立つ。また,波長    の n 次の回折光の位置が,波長  の同じ次数の回折光の
すぐ隣で,はじめて波長  の回折光の強度がゼロになる位置より遠く離れる条件は,
(2.27)式より,
1

d sin(   )   n  
N

(2.32)
となる。
(2.31), (2.32)式より,
1

n (   )   n  
N

∴

 nN

これより,分解能を大きくするには,回折格子のスリット数をできるだけ増やし,2
つの光を区別する回折次数をできるだけ大きくすればよいことがわかる。
(b) 回折次数を無闇に大きくすることはできない。なぜなら,(2.30)式より,
sin 
n
1
d
∴
n
d

となるからである。これより,適当な次数の回折光を用いて区別することができるため
の条件は,

Nd



となる。ここで, Nd は,回折格子全体の幅を表すから,適当な次数を用いて波長  の光
に対する分解能を大きくするには,入射光の空間的コヒーレンスの大きさに合わせて,
できるだけ大きな回折格子を用いる必要のあることがわかる。
(c) 回折格子全体の幅が l  Nd  5  102 m であるから,波長   5  107 m の光に対する
分解能は,
Nd

 1 105
となる。2 次の回折光で分解能 1 105 を得るためのスリット数 N の上限値は,
n
d


l
N
∴
N 
l
 5  104
n
■
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆【発展終】
87
現代物理入門
88
第1章
量子論の誕生
1.1 プランクの量子仮説
19 世紀後半,マクスウェルによって電磁波の存在が予言され,ヘルツ(H.R. Hertz)
によって実験的にその存在が確認されると,光は電磁波の一種であり,その他にもいろ
いろな電磁波が存在するのではないかと考えられるようになった。
高温に熱せられたストーブに手をかざすと,ストーブに面した側の掌は熱くなるが,
それ程明るくなるわけではない。そこで,ストーブから
可視光とは異なる波長の電磁波が発せられているのでは

ないかと考えられ,いろいろな温度に熱せられた物体か
らどのような波長の電磁波がどのくらいの強度で出るの
か,詳しく調べられるようになった。
図 1.1 のように,鉛の壁で囲われた空洞の中に,熱せ
温度 T
鉛
られた鉛を入れると,空洞の中に電磁波が充満する。こ
の現象を空洞輻射(hollow-space radiation)という。そ
図 1.1
こで,壁の一部に穴を開け,そこから漏れ出る電磁波の
波長分布を測定することにより,図 1.2 のような
強度
結果が得られた。
T  1500 K
この実験結果を理論的に説明することが,19 世
紀末の大きな研究課題になった。
1900 年,プランク(M.Planck)は,振動数 の
T  1300 K
電磁波のエネルギーは, n を自然数として,
n  nh
(1.1)
T  1100 K
T  900 K
のエネルギーだけをもつと仮定することにより,
図 1.2 の実験結果を説明することに成功した。こ
0
1
2
の仮説を量子仮説(quantum hypothesis)という。
34
定数 h は,h  6.626  10
3
4
5
6
波長
〔 m〕
図 1.2
J  s で与えられ,後に
プランク定数(planck constant)とよばれることになった。
従来の古典論にしたがえば,電磁波のエネルギーは振幅の2乗に比例する。振幅は任
意の値をとらせることができるから,電磁波のエネルギーはどんな値でもとれるはずで
ある。ところが,そう考えると,図 1.2 の実験結果を説明することができないのであった。
1.2 アインシュタインの光量子論
1905 年,アインシュタイン(A.Einstein)は,プランクの量子仮説をさらに推し進め,
振動数 の電磁波のエネルギーが h の整数倍のエネルギーだけをもつのであれば,振動
数 ,波長  の電磁波は,真空中の光速を c   として,
89
  h 
hc
(1.2)

をもつ粒子の集まりと考えることができるという論文を発表した。この粒子を光量子
(light quantum)あるいは光子(photon)という。この論文の中で,アインシュタイン
はそれまで説明できずに残されていた光電効果(photoelectric effect)という現象を明快
に説明できると主張した。
1.3 光電効果
光電効果は,金属に,ある値より大きな振動数の光をあてると電子が飛び出す現象で
あり,図 1.3 に示すような回路を用いて,定量的な実験が行われる。光電管(phototube)
の陰極(negative electrode あるいは cathode)に 0 より大きな振動数の光をあて,陰極
に対する陽極(positive electrode あるいは anode)の電位V をいろいろ変えると,図 1.4
のような電流(これを光電流(photocurrent)という) i が流れる。光電流が 0 になる電
圧を  V0 とおくとき, V 0 を阻止電圧(blocking voltage)あるいは臨界電圧(critical
voltage)という。 V を正で大きくすると,光電流は一定値 i 0 に近づく。 i 0 は飽和電流
(saturation current)とよばれる。また, 0 を限界振動数(threshold frequency)
, 0
に対応する波長 0  c / 0 を限界波長(threshold wavelength)という。
光
陰極
i
G

i0

陽極

V

V 0

図 1.3
V
0
図 1.4
仕事関数
金属内の電子が外へ飛び出すにはある程度のエネルギーを吸収する必要があり,その
エネルギーの最小値を仕事関数(work function)という。仕事関数は次のようにして生
じると考えられている。
図 1.5 のように,金属表面では,最も外側の正イオンのまわりの電子が,電気的斥力を
受けて外側にわずかに滲みだす(この層を電気二重層(electric double-layer)という。)
結果,表面の狭い範囲だけに内側から外側に向かう電場が発生する。そのため,金属内
の電位が高くなり,金属外部に電場は生じない。したがって,金属内の負電荷をもつ電
子の電気的位置エネルギーは外部より低くなり,金属内の電子が外へ飛び出すにはある
程度のエネルギーが必要になる。
90
金属内の電子の中で,最もエネルギーの高い電子が外部に飛び出すのに必要な最小の
エネルギーが仕事関数である(図 1.6)。
電位
K : 最大運動エネルギー
金属内部
金属表面
真空
W : 仕事関数
金属内の電 
子のエネル 
ギー準位 
図 1.6
図 1.5
光電効果の基本的な関係式
金属に振動数 の光をあてると,金属内の電子がエネルギー h の光子を吸収して金属
外に飛び出す1。最もエネルギーの高い電子が正イオンなどに邪魔されることなく飛び出
すとき,光電子のもつ運動エネルギーは最大になる。その最大値を K m とすると,
K m  h  W
(1.3)
が成り立つ。金属から飛び出す光電子の運動エネルギー K は,
0  K  Km
となる。限界振動数 0 は,(1.3)式で K  0 とおいて,
0 
W
h
(1.4)
で与えられる。
陽極の陰極に対する電位が  V0 (V 0 :阻止電圧)のと
き,最大運動エネルギー K m をもつ光電子がちょうど速さ
0 で陽極に達する。したがって, K m とV 0 の間には,電
子の電荷を  e として,関係式
K m  eV0
eV 0
Km
(1.5)
図 1.7
が成り立つ(図 1.7)。
光電効果の検証
(1.3)式と(1.5)式より,
V0 
1
h
W

e
e
金属内の電子が光子を連続的に2個以上吸収して外部に飛び出すことはない。
91
(1.6)
が成り立つことに注目したミリカン(R.A. Millikan)は,照射する光の振動数 を変化
させたときの阻止電圧V 0 の変化を精密に測定して,図 1.8 のような結果を得た。図 1.8
の直線の傾きから h /e の値が定まり,電気素量(quantum of electricity)(電子のもつ
電荷の大きさ) e の値を使えばプランク定数 h の
V0
値が定まる。こうして求められた h の値は,空洞
傾き:
輻射に対する実験などから求められていた値に非
h
e
常によく一致した。これにより,アインシュタイ
ンが提案した光子という考え方がはっきりと認め
られるようになった。
0
0

例題 1.1 光電効果
図 1.3 のような回路を用いて,光電管の陰極にあ

W
e
る波長の光を照射して,陰極に対する陽極の電圧V
図 1.8
を変えて,回路に流れる電流を測定したところ,図
1.4 のような結果を得た。電圧V が正である程度以上の電圧をかけると,電流はある一定値
(この一定電流を飽和電流(saturation current)という) i 0 以上には流れなくなる。それ
は, V がある程度以上に大きくなると,陰極から飛び出した電子(これを光電子(photo
electron)という)がすべて陽極に達するためと考えられる。電気素量を e  1.60  1019 C ,
プランク定数を h  6.63  1034 J  s ,真空中の光速を c  3.00  108 m/s とする。ここでは,
エネルギーには電子ボルト(eV)の単位を用いる。1 eV は電子を 1 V の電圧で加速したと
きに電子のもつエネルギーであり,1 eV= 1.60  1019 C である。
(a) 陰極に照射する光の波長は変えずに強度を2倍にして実験を行う場合,回路に流れる
と予想される電流のグラフを描け。
(b) 光電管の陰極に仕事関数W  2.25 eV 用いるとき,照射する光の限界振動数を求めよ。
また,陰極に波長 3.0  107 m の光を照射した場合の阻止電圧を求めよ。
【解答】
(a) 照射する光の波長  ,したがって光の振動数  c / は変えないので,阻止電圧V0 は
変わらない。光の強度 I は,単位面積に単位時間あたり照射される光のエネルギーであり,
光子のエネルギーを h ,単位面積に単位時間あたり
i
照射される光子数を n とすると,
2i 0
I  nh
で与えられる。したがって, を変えずに I を2倍
i0
にすると, n が2倍になる。 n が2倍になると,光
電子数も2倍になると考えられ,飽和電流は2倍に
なる。これより,図 1.9 の太い実線のグラフを得る。
(b) 限界振動数 0 は,(1.4)式より,
V 0
92
0
V
図 1.9
0 
W
2.25  1.60  1019

 5.43  1014 Hz
h
6.63  1034
波長   3.0  107 m の光の振動数は, 
c

 1.0  1015 Hz であるから,(1.6)式より,
阻止電圧V0 は,
V0 
6.63  1034
 1.0  1015  2.25  1.9 V
19
1.60  10
■
1.4 コンプトン効果
1923 年,コンプトン(A.H. Compton)は,石墨に可視光より波長の短い電磁波であ
る X 線2をあてて散乱される X 線の波長を測定したところ,その中に,入射 X 線より波長
の長い X 線が混じることを見出した。この現象をコンプトン効果(Compton effect)と
いう。
可視光による散乱
光(電磁波)を結晶にあてると散乱される。こ
れは主に,電磁波が結晶中の電子によって散乱さ
れるためである。図 1.10 のように,電荷  e をも
つ電子は入射する電磁波の振動電場 E から力を
受けて入射波と同じ振動数 で振動する。マクス
ウェルによる古典電磁気学理論によると,一般に,
E

e
入射電磁波
の振動数 
散乱電磁波
の振動数 
図 1.10
荷電粒子が加速度運動すると電磁波が発生する。電荷をもつ電子が振動すると電磁波が
発生し,その振動数は電子の振動数に等しい。こうして発生した散乱電磁波の振動数は
入射電磁波の振動数 に等しい。これが,マクスウェル理論に基づかれた研究によって示
されていた結論であり,可視光の散乱では,散乱電磁波の振動数は入射電磁波の振動数
に等しいことがわかっていた。
コンプトンの実験
図 1.11 のように,可視光より波長の短い電磁波であることがわかっていた X 線を試料
である石墨に照射し,散乱された X 線を,結晶構造のはっきりわかっている単結晶にあ
てて,いろいろな散乱角  をもつ X 線の波長を測定した3。
入射 X 線の波長を  とすると,
散乱角  が 0 ではない場合,散乱 X 線の波長の強度分布は図 1.12 のようになり,入射 X
線と同じ波長  のところに小さな強度極大が現れるが,  より波長の長い   のところに
大きな極大が現れた。波長の伸びた X 線が散乱されることは,X 線を電磁波と考えるか
ぎり,上に述べたマクスウェル理論に基づかれた結論と矛盾するように思われた。そこ
でコンプトンは,アインシュタインが考えたように,X 線を光子の集合と見なし,X 線の
2
3
X 線の発生は,2.3 節で述べる。
結晶に X 線を照射する実験については,2.3 節を参照。
93
散乱を,光子と電子の弾性散乱として上の実験結果をうまく説明することに成功した4。
ただし,ここでは,光子はエネルギーをもつだけでなく運動量をもつとして,その表式
を用いる必要がある。
鉛
強度
入射X線
単結晶
石墨

検出器


波長
図 1.12
図 1.11
光子の運動量
古典電磁気学理論によると,電磁波は単位体積あたり,エネルギー  と大きさ p の運
動量をもち,これらの間に
  cp ( c :真空中の光速)
(1.7)
の関係が成り立つ。
光子についても,古典電磁気学と同様に(1.7)式が成り立つとすれば,光子の運動量の
大きさ p は,(1.2)式を用いて,
p

c

h h

c

(1.8)
で与えられる。これが光子の運動量の大きさを与える表式である。
例題 1.2 電磁波の与えるエネルギーと運動量
図 1.13 のように座標軸をとり,x 軸方向に速度 v で動いている電荷 q をもつ荷電粒子に,
z 軸方向に進む電磁波を照射する。電荷 q に電場 E から qE の力が微小時間 t の間にする
仕事 w と,磁場(磁束密度)からのローレンツ力 qvB が x 軸方向に与える力積 p の間
の関係を求めよ。ただし,電磁波において,電場の大きさ E と磁場の大きさ B の間には,
関係式
E  cB
(1.9)
が成り立つことを用いてよい5。
4
入射 X 線と同じ波長の散乱 X 線が現れることは,入射 X 線が原子に強く束縛された電子を外部にはじき
出すことができない場合に現れると考えられる。この場合,電子のエネルギーは変化できないので,散乱
X 線のエネルギーすなわち波長は,入射 X 線のものに等しくなる。
5 電磁気編第7章(7.12)式参照。
94
x
E
v
z
y
qE
q
qvB
B
図 1.13
【解答】
電荷は t の間に x 軸方向へ x  vt だけ動くから,この間に電場のする仕事 w は,
w  qE  x
この間にローレンツ力 qvB が z 軸方向に与える力積 p は,
p  qvB  t  qB  x
これらより,
w E

c
p B
∴
w  c  p
を得る。これは,電磁波のエネルギーと運動量の間に(1.7)式が成り立つことを示してい
る。
■
コンプトン効果の計算(非相対論)
光子のエネルギーの表式(1.2)と運動量の大
きさを与える表式(1.8)を用いて,X 線光子と電
子との弾性衝突(この衝突をコンプトン散乱
(Compton scattering)という)を考えよう。
図 1.14 のように,静止した質量 m の電子に

入射 X 線

波長  の入射 X 線光子が弾性衝突し,波長   の
散乱 X 線光子が入射方向と角  の方向に進み,
電子は角  の方向に速さ v で跳ね飛ばされる
電子
散乱 X 線

m

はじき飛ば
された電子
v
図 1.14
とする。
運動量保存則は,
x 軸方向:
h


y 軸方向: 0 
h
cos   mv cos 

h
sin  mv sin

エネルギー保存則は,
95
(1.10)
(1.11)
hc


hc 1
 mv 2
 2
(1.12)
s i 2n
  c o 2 s  1 を用いて,(1.10), (1.11)式から  を消去し,(1.12)式を用いると,
1


1
h

  2mc
1 2 cos  
1
 2 2

  


(1.13)
となる。
ここで,      とおくとき,電子に X 線を照射する実験では,

 1 であるこ

とから,
     

     



 1 
  1 
2
 

   
  
 
と近似できる。これより,(1.13)式の両辺に   をかけると,
      
∴
 
h   

   2 cos  
2mc    

h
(1  cos  )
mc
(1.14)
を得る。
実際にコンプトンが行った計算は,相対論を用いたものであり,相対論を用いると,
得られる結果(1.14)は,近似なしに厳密に求められる。
【発展】☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
相対論的運動量とエネルギー
特殊相対論は付録に譲るとして,ここでは,結論のみ記述し,これまで用いてきた非
相対論的な古典力学の結果と比較しておこう。
質量 m の粒子が速度 v で運動しているとき,真空中の光速を c として,相対論的運動
量 p とエネルギー  は,
p
mv
1  v 2 /c 2
,
 
mc 2
1  v 2 /c 2
(1.15)
で与えられる。運動量は,粒子が静止している( v  0 )とき,ゼロになるが,エネルギ
ーは v  0 のとき, mc 2 となり,ゼロにならない。すなわち,質量 m をもつ粒子は静止
していてもエネルギー  0  mc 2 をもつ。このときの  0 を静止エネルギー(rest energy)
という。相対論において,運動エネルギーは    0 で与えられる。
粒子の速度 v が光速 c より十分小さい( v /c  1 )とき, v の3乗以上を無視する近
似で,
96
p  mv
2
v2 
  mc 1  2 
 c 
1/ 2

1 v2 
1
  mc 2  mv 2
 mc 2 1 
2 
2c 
2

となる。 p は古典力学の運動量の表式そのものであり,運動エネルギー    0 は,古典力
1
学の運動エネルギーの表式 mv 2 に一致することが分かる。
2
相対論を用いても,光子のエネルギーと運動量に関する(1.2), (1.8)式に変化はない。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆【発展終】
例題 1.3 光のドップラー効果
固定された原子がエネルギー Em の状態からエネルギー En (  Em )の状態に変化すると
き,原子は振動数 0 
Em  En
の光子を放射する。いま,この原子が,x 軸正方向に速さ v
h
で運動しながら,エネルギー Em の状態からエネルギー En (  Em )の状態に変化して x 軸
と角  の方向に光を放射した。静止している観測者がこの光を観測すると,その振動数 は
いくらか。真空中の光速を c とし,相対論を考慮する必要はなく,
h
v
  1 とする。
2
c
Mc
【解答】
y
図 1.15 のように,原子の質量を M ,光を放射後の原子の速
さを V ,放射後の原子の進行方向と x 軸のなす角を  とする。
x 軸に垂直方向に y 軸をとる。運動量保存則は,
v
h
cos   MV cos 
x 軸方向: Mv 
c
(1.16)
h
sin  MV sin
y 軸方向: 0 
c
(1.17)



M
x

M
V
図 1.15
エネルギー保存則は,
Em 
1
1
Mv 2  En  MV 2  h
2
2
(1.18)
(1.16), (1.17)式より  を消去し,さらに (1.18)式に代入して V を消去する。さらに
Em  En  h 0 を用いて,
(MV )2  (Mv )2
1
h ( 0   ) 

2M
2M
2
2


h


  h

cos    
sin   (Mv )2 
 Mv 
c
  c





これより,
97
h 
 v
 v

h 0  h 1  cos  
 h 1  cos  
2 
2Mc 
 c
 c

∴  
c
0
c  v cos 
を得る。これは,動いている光源から発せられる光の斜めドップラー効果の式である。■
98
第2章
前期量子論
2.1 原子構造
19 世紀末までに,物質は細かく分割していくと原子からできており,原子も内部構造
をもっているのではないかと考えられるようになった。また,物質内には負電荷をもつ
電子が存在することも分かってきて,原子内には多数の電子が存在するのではないかと
思われるようなった。そのような状況下で,いろいろな人が原子構造のモデルを提案し
た。
一様な正電荷
いろいろな原子モデル
トムソン(J.J. Thomson)は,原子は半径 1Å程度の
球であり,そこに正電荷が一様に分布し,電子がその中
に散らばり,全体として中性になっているという,トム
ソン模型(Thomson model)を提出した(図 2.1)。一方,
1904 年,長岡半太郎は図 2.2 のように,原子の中心に正
電荷があり,そのまわりを電子がリング状になって回転
しているという長岡模型(Nagaoka model)を提案した。
図 2.1
マクスウェルによる電磁気学理論によれば,荷電粒子
が加速度運動すると電磁波を放射することがわかる。電
負電荷をもつ電子は
等間隔で回転している
磁波はエネルギーをもち去るので,回転している電子は
エネルギーを失い,中心に集まってしまう。これらの疑
問があったため,長岡模型は,なかなか一般的に認めら
れるものとはならなかった。
正電
荷球
ラザフォードの実験
1909 年,ラザフォード(E.Rutherford)の指導のもと
に,ガイガーとマースデンは,金箔にα粒子を衝突させ
図 2.2
る実験を行った。その結果,照射したα粒子のほとんどは金箔を素通りしたが,極くま
れに大きな散乱が起きるという結果を得た。この実験から,ラザフォードは,原子の中
心にはその質量の大部分をもち,正電荷をもつ大きさが非常に小さい原子核が存在する
という,ラザフォード模型(Rutherford model)を提案するに至った(1911 年,1913
年)
。ラザフォード模型では,中心の原子核のまわりを質量の小さな電子が電気的引力を
受けて回っていることになり,加速度運動している電子は電磁波を発生させてそのエネ
ルギーを失い,原子は潰れる。その結果,原子は存在できないという,理論的な困難は
残されたままであった。
2.2 ボーアの水素原子模型
99
水素原子のスペクトル
高温の気体や放電管内の気体は,その気体に特有な波長の光を放射すると同時に吸収
する。そのときの波長の列をスペクトル(spectrum)という。この場合,その波長はい
くつかの特定な値だけをもつ。そのようなスペクトルを線スペクトル(line spectrum)
といい,それに対して,連続した波長のスペクトルを 連続スペクトル(continuous
spectrum)という。
高 温 に 熱 せ ら れ た 水 素 原 子 が 放 射 ・ 吸 収 す る 光 の 波 長  は , n  1, 2, 3,  ,
m  n  1, n  2,  として,
1 
 1
 R 2  2 

m 
n
1
(2.1)
で与えられることが実験的に見出されていた。ここで,R はリュードベリー定数(Rydberg
constant)とよばれ, R  1.097  107 1/ m の値をもつ。
n  2 の系列はバルマー系列(Balmer series)とよばれ,発せられる光は可視光の領
域に入る。n  1 の系列は紫外線領域に入り,ライマン系列(Lyman series),n  3 の系
列は赤外線領域に入り,パッシェン系列(Paschen series)とよばれる。
ボーアの水素原子模型
1913 年,ボーア(N. Bohr)は,次の仮定をおくことにより,水素原子の構造を考察
し,水素原子の光のスペクトルの式(2.1)を導くことに成功した。
(仮定)
1) エネルギーが決まった値をもち安定した定常状態にある電子には,ニュートンの運動
方程式が適用できる。
2) 電子の定常状態は,量子条件を満たす。
3) 定常状態にある電子は,加速度をもっているが,電磁波を放射しない。
図 2.3 のように,電荷  e をもつ原子核のまわりを,質量 m ,
電荷  e をもつ電子が,原子核から静電気力を受けて,
半径 r ,
速さ v で等速円運動をしている定常状態を考える。原子核の
e
質量は,電子の質量より十分に大きいので,原子核は動かな
r
v
いとする。また,原子核と電子の間の万有引力は静電気力に
e
比べて十分小さいの,これも無視する。
クーロンの法則の比例定数を k とすると,電子の円運動の
図 2.3
式は,
m
v2
e2
k 2
r
r
(2.2)
電子に作用する静電気力は中心力であるから,電子の角運動量は保存される。そこで
ボーアは,角運動量 mvr が,量子条件(quantum condition)
100
mvr  n
h
2
( n  1, 2, 3, )
(2.3)
を満たすとき,電磁波を放射しないと仮定した。このときの n を量子数(quantum
number)という。
(2.2), (2.3)式より v を消去して,
h2
n2
2
4 kme
となる。ここで,半径 r は量子数 n に依存するので, rn とおいた。
r  rn 
(2.4)
2
無限遠の位置エネルギーを 0 とおくと電子のエネルギー E は,(2.2)式を用いて,
1
ke 2
ke 2
E  mv 2 

2
r
2r
これに(2.4)式を代入し, E を En とおいて,
En  
2 2k 2me 4 1
 2
h2
n
(2.5)
を得る。
量子数 n で定まった定常状態のエネルギー En を,エネルギー準位(energy level)と
いう。En はつねに負である。n  1 の状態はエネルギ
0
ーが最も低く安定であり,基底状態(ground state)
E4
E3
とよばれ, n  2, 3,  の状態は励起状態(excited
E2
state)とよばれる。水素原子の基底状態の半径 a 0 は
5
ボーア半径とよばれ,(2.4)式で各定数の数値6を代入
し n  1 とすると, a0  r1  5.3  1011 m となる。ま
10
た , 水 素 原 子 の 基 底 状 態 の エ ネ ル ギ ー E1 は ,
1 eV  e〔J〕 1.602 1019 J であることを用いると,
E1  13.6 eV となる。各エネルギー準位は,図 2.4
のようになる。量子数 n が大きくなると,エネルギー
E1  13.〔eV
6
〕
15
〔eV〕
図 2.4
準位の間隔が狭くなり, n   で E  0 となる。
振動数条件とスペクトル系列
ボーアは,エネルギーの高い定常状態から低い定常状態にへ電子が遷移するとき,そ
のエネルギー差に等しいエネルギーをもつ1つの光子を放射すると考えた。つまり,エ
ネルギー準位 Em から En ( n  m )に遷移するとき放出する光の振動数 (波長  )は,
Em  En  h 
hc

で与えられる。この条件を振動数条件(frequency condition)という。
6
h  6.626 1034 J  s , m  9.109 1031 kg , e  1.602 1019 J , k  8.988 109 N  m2 / C2 ,
c  2.998 108 m/s
101
(2.6)
(2.5)式を(2.6)式に代入し,水素原子から放射される光のスペクトルの式(2.1)と比較す
ると,
R
2 2k 2me 4
ch 3
を得る。これに各定数の数値を代入すると, R  1.1  107 1/m となり,実験的に得られた
リュードベリー定数の値によく一致する。
こうして,ボーアの考えた水素原子模型に対する理論は広く認められるようになった
が,原子核のまわりを2個以上の電子がまわる原子に対する光のスペクトルを説明する
ことはできなかった。これらの原子に対する実験結果を説明するには,さらに発展した
量子力学を必要とすることになった。
【発展】☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ボーア‐ゾンマーフェルトの量子化条件
ボーアの量子条件(2.3)は,次のように一般化することができる。この一般化は,電磁
気で,直線電流による磁場の式を,アンペールの法則に一般化する方法と類似している7。
(2.3)式は,
p  2r  nh
と書ける。この式は,電子の運動量の大きさ p が一定の場合の
C
表式である。そこで, p が変化する場合に一般化する。それに
は,運動量ベクトル p と電子の軌道 C に沿った微小なベクトル
ds をとり,内積 p  ds を C の一周について和をとればよい(図
原子核
2.5)。そうすると,上式は,

C
p  ds  nh
ds
( n  1, 2, )
p
(2.7)
図 2.5
となる。これをボーア‐ゾンマーフェルトの量子化条件
(Bohr-Sommerfeld quantum condition)という。
例題 2.1 調和振動子のエネルギー準位
ボーア‐ゾンマーフェルトの量子化条件(2.7)を,単振動している質量 m の粒子(これを
1次元調和振動子(harmonic oscillator)という)に適用して,そのエネルギー準位を求め
よ。ただし,振動数を とする。
【解答】
位置 x で粒子に作用する力を  kx とすると,その力学的エネルギー E は,運動量の大き
さを p として,
7
電磁気編 4.2 節(3)参照。
102
E
1
1
p2 1 2
mv 2  kx 2 
 kx
2
2
2m 2
(2.8)
となる。ここで,エネルギー E が一定に保たれている定常
p
状態を考え,横軸に x ,縦軸に p をとってグラフを描くと,
2mE
図 2.6 のような楕円になる。いま,単振動の角振動数  を
用 い て k  m 2 と 書 け る か ら , 楕 円 の 長 半 径 A は ,
A
2E
となる。
m 2
A
A
 2mE
図 2.6
調和振動子に対する量子化条件(2.7)は,

A
A
pdx 

A
A
pdx  nh
となり,この式の左辺は,図 2.6 に描かれた楕円の面積 S  A  2mE   
よって, 
x

より,調和振動子のエネルギー E は,
2
E  nh
2E

である。
(2.9)
となる。ここで,電磁波を電場と磁場の調和振動子と考える(質量は 0 であるが)と,(2.9)
式は,プランクの量子仮説(1.1)に一致する。
■
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆【発展終】
2.3
X 線回折
図 2.7 のように,陰極のフィラメントに電流を流すと,フィラメントは数千度という高
温になり,フィラメントの中の電子が熱エネルギーを受け取って外部に飛び出してくる。
この電子を,光を吸収して飛び出す光電子と区別して,熱電子(thermoelectron)とい
う。この熱電子を高電圧で加速し陽極の金属に衝突させると,X 線が発生する。このとき
発生する X 線の強度分布は,陽極がモリブデン(Mo)の場合,図 2.8 のようになる。発
生する X 線は,強度が波長とともに連続的に変化する連続 X 線(continuous X-ray)と,
陽極に用いた金属に特有な位置に強いピークをもつ特性 X 線(あるいは固有 X 線とよば
れる)(characteristic X-ray)からなる。
103
特性 X 線
陽極(金属)
X
線
の 連続 X 線
強
さ


4
V  3.5  10〔V
〕
陰極(フィラメント)
0
X線
2 4
0
図 2.7
6 8 10 12
波長 (1011 m)
図 2.8
連続 X 線
古典電磁気学によると,荷電粒子が加速度運動すると電磁波を放射することが導かれ
る。したがって,電子を高速で金属に衝突させると,電子は衝突の際に大きな加速度を
もつため電磁波を発生する。こうして発生する電磁波の放射を制動放射
(bremsstrahlung)という。
電子が陽極に衝突するとき,電子のもっていた運動エネルギーの多くは,陽極を構成
している原子に振動エネルギー(熱エネルギー)として与えられ,残りが制動放射で発
生する電磁波(この場合,通常 X 線)のエネルギーとなる。電子の運動エネルギーのう
ち,どのくらいの割合のエネルギーが X 線に与えられるかは,衝突の仕方によりいろい
ろな場合がある。そのため,発生する X 線の強度は,X 線の波長(すなわち,エネルギ
ー)とともに連続的に変化する。
陰極と陽極の間の加速電圧を V とすると,熱電子のもつ初速度を無視すると,陽極に
衝突する電子のもつ運動エネルギーは eV ( e :電気素量)となる。いま,電圧V が一定
のとき,電子の運動エネルギーがすべて1つの X 線光子に与えられると,X 線のエネル
ギーは最大になる。こうして,連続 X 線の最短波長 0 は,
eV 
hc
0
∴
0 
hc
eV
(2.10)
となる。
特性 X 線
金属内の電子には量子力学が適用され,そのエネ
ルギー準位は,水素原子の場合と同様に,とびとび
の値しかとることができない。また,後に説明する
特性 X 線
ように,電子は1つの量子力学的状態に1つしか入
れない。そこで,温度が低いとき,図 2.9 のように,
電子はエネルギーの低い状態から順次詰まってい
る。
図 2.9
金属に高速で衝突した電子は,エネルギーの低い状態の電子をはじき飛ばし,そこに
104
生じたホール(空孔)にエネルギーの高い状態にある電子が落ち込む。このとき,その
エネルギー差に等しい光子を放射する。このとき発生する電磁波が特性 X 線である。し
たがって,特性 X 線の波長は,エネルギー準位を決めている金属の種類で定まり,入射
電子のエネルギーが,エネルギーの低い状態の電子を外部にはじき出す程度以上に大き
ければ,特性 X 線のエネルギーすなわち波長は,入射電子のエネルギーすなわち電子の
加速電圧によらない。
X 線回折
上のようにして発生させた X 線の波長は,
通常の金属の原子間隔程度になることから,
X 線を金属に照射して回折光を調べることにより,金属の結晶構造を調べることができる。
結晶内の原子が並んだ適当な原子面を考え,その原子面の間隔を d とする。結晶に X
線を照射すると,X 線は結晶を構成している原子内の電子で散乱されるが,結晶内の原子
は規則的に並んでいるので,原子内電子で散乱された X 線は,規則的な原子の中心で散
乱されると見なすことができる。その際,原子内電子を外部に弾き飛ばし,散乱 X 線の
波長が伸びるコンプトン散乱も同時に起きるが,ここでは,電子がはじき飛ばされず,
散乱 X 線の波長が入射 X 線の波長に等しいものの干渉を考える。
電子で散乱された X 線は,いろいろな方向に放射される。いま,原子面と角度  で射
線が平行な平面波 X 線が入射し,原子面内で
間隔 a で隣り合う2つ原子で角度  の方向に
B
散乱された平面波 X 線の干渉を考える。
図 2.10
のように,原子 A から原子 B へ入射する X 線
A


の射線に垂線 AA ,原子 B から原子 A で散乱
と B で散乱される X 線の経路差は
B
 
された X 線の射線に垂線 BB を引くと,原子 A


A
d
E
D
a(cos   cos  ) となるから,これらの散乱 X
C
a
図 2.10
線が互いに強め合う条件は, m を整数として,
a(cos   cos  )  m
(2.11)
となる。図 2.10 のように点 D, E をとると,原子 A と原子 C で散乱される X 線の経路差
は d(sin  sin ) となるから,隣り合う原子面で散乱される X 線が互いに強め合う条件
は,
d(sin  sin )  n
(2.12)
となる。一般の結晶において,間隔 a と d は異なるから,(2.11)式と(2.12)式を同時に満
たすのは    の場合である。このとき,(2.12)式より,
2d sin  n
(2.13)
を得る。条件(2.13)をブラッグの反射条件(Bragg’s condition of reflection)という。
2.4 ド・ブロイ波
105
1924 年,ド・ブロイ(de Broglie)は,元々波動であると考えられていた光が,アイ
ンシュタインにしたがって粒子としての性質をもつのであれば,元々粒子と考えられて
いた電子なども波動としての性質をもつのではないか,と考えた。
光子のエネルギー E と運動量 p が,光の振動数 と波長  により,プランク定数 h を
用いて,
E  h , p 
h

で与えられる。そこで,この関係をそのまま逆にして,エネルギー E ,運動量 p をもつ
粒子は,振動数 ,波長  が,
 
h
E
, 
p
h
(2.14)
で与えられる波動としての性質をもつと考えた。この波を,ド・ブロイ波(de Broglie wave)
あるいは物質波(material wave)という。
粒子が波としての性質をもつならば,その波の位相速度 u は,(2.14)式より,
u   
E
p
となる。ここで,付録で与えられる質量 m の粒子が速さ v (  c , c :真空中の光速)で
運動しているときの相対論的エネルギー E と相対論的運動量の大きさ p の表式
E
mc 2
1  v /c
2
,
2
mv
p
1  v 2 /c 2
を代入すると,
u
E c2

c
p v
となり,ド・ブロイ波の位相速度(波の速さ) u は光速 c を超えてしまう。これは,どう
いうことであろうか。
【発展】☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
粒子の速度と群速度8
上では相対論的なエネルギーと運動量の表式を用いたが,ここでは,非相対論で振動
数 ,波長  のド・ブロイ波の角振動数   2 と波数 k  2 / の間の関係を調べてみ
よう。  と k を用いると,粒子のエネルギー E と運動量 p は,   h / 2 を用いて,
E  h   , p 
8
波動・光学の 1.13 節参照。
106
h

 k
(2.15)
と書ける。
一方,粒子の運動エネルギー E は,非相対論において,
E
1
p 2  2k 2
mv 2 

2
2m
2m
∴

k 2
2m
これより,波の速度 u は,
u
E  k
 
p k 2m
となり, u は波数 k すなわち波長  に依存する。このような波は,「分散のある波」と呼
ばれる。
波束の群速度 v g は,
vg 
d k
p


v
dk m m
(2.16)
となる。すなわち,粒子の速度 v は位相速度 u と異なり,波束の群速度 v g に等しい。
これは何を意味するのであろうか。粒子は個々のド・ブロイ波ではなく,波長あるい
は振動数がわずかに異なる波の合成
y
波と考えれば理解できる。波長あるい
は振動数のわずかに異なる2つの波
を重ね合わせると,音波のうなりの場
t
0
合と同様に,図 2.11 のように,いくつ
もの波束ができる。ここで,波長のわ
図 2.11
ずかに異なる波を3つ,4つ,・・・
と重ね合わせていくと,1か所だけで強め合
い,他のところは次第に打ち消されていく。
こうして,波長がわずかに異なる波を無限に
連続的に重ね合わせると,図 2.12 のように,
1か所の近傍だけで大きな振幅をもち,他の
と こ ろ は す べ て 消 え て し ま う 波 束 ( wave
packet)ができる。この波束が動く速さ(す
なわち群速度)は,(2.16)式で与えられる。こ
図 2.12
うして,ド・ブロイ波における粒子は,図 2.12 のような波束で与えられると考えられる。
ただし,波長の異なるド・ブロイ波は,その速度が異なるため,ある瞬間に1つの波束
が形成されても,すぐに壊れてしまい,次に別のところに波束が形成される。したがっ
て,波束を粒子とみなすと,粒子は出来ては消え,また別の場所にできるということを
繰り返すことになる。この問題を解決するには,量子力学の完成を待たねばならない。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆【発展終】
107
例題 2.2 電子線回折
電子の波動性により,電子線を結晶に入射させると,X 線の場合と同様に回折現象を起こ
す。また,結晶内の平均的電位(これを結晶の内部電位とよぶ)は真空中より高くなって
いるため,電子線は結晶表面で加速されて屈折する。
図 2.13 のように,真空中で,電圧V  130 V で加
速された電子を結晶の原子面と角   45 で入射させ
電子線
たところ,入射電子は図のように反射され,強い反射
電子線が観測された。反射電子線の回折次数を n  3
として,結晶の内部電位 V 0 を求めよ。ただし,電子


は真空中でほぼ静止した状態で加速されたとし,原子
d
面間隔を d  2.0  1010 m とする。ここで,強め合う
ときの回折次数 n とは,隣り合う原子面で反射された
図 2.13
反射電子線間の経路差が,結晶中での電子波の波長の
n 倍に等しいことを示している。
電子の質量を m  9.1  1031 kg ,電子の電荷の大きさを e  1.6  1019 C ,プランク定数
を h  6.6  1034 J  s とする。
【解答】
真空中で電圧V で加速された電子の運動量 p は,
eV 
1
p2
mv 2 
2
2m
p  2meV
∴
となるから,真空中の電子線のド・ブロイ波長  は,

h

p
h
2meV
となる。結晶中の電子は,静止状態から電圧 V  V0 で加速されたことになるから,そのド・
ブロイ波長   は,
 
h
電子線
2me (V  V0 )
となる。
結晶内での電子線が原子面となす角を   とす


ると,波の屈折の法則より,

cos 

V

 1 0


cos 

V

d
電子線が強め合う条件(ブラッグ条件)は(図
2.14),
図 2.14
108
n  2d sin   2d 1  cos2  
これらより   と cos   を消去して,
V0 n 22

 sin2 
2
V
4d
となる。この式に  を代入し,与えられた数値を用いて,
∴
V0 
n2
h2

 V sin2  ≒ 19 V
4d 2 2me
を得る。
■
【発展】☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
2.5 不確定性原理
粒子がド・ブロイ波の波束であると考えると,粒子はわずかに波長の異なる波全体が
1つの粒子を表していることになる。そうすると,波長によって粒子の運動量が決まる
から,粒子の運動量は1つに定まらないことになる。つまり,粒子の運動量にはある程
度の不確かさ(uncertainty)がある。さらに,波束は空間的にある程度の広がりをもつ
から,粒子の位置にも不確かさがある。
運動量の不確かさと位置の不確かさの間にどのような関係があるか,2つの波の重ね
合わせを例として考えてみよう。
波数 k ,角振動数  で x 軸方向に伝わる波と,同じ振幅 A で,波数と角振動数がわず
かに異なる値 k  ,   をもち,同じ向きに伝わる波の合成波は,
y  A sin(kx  t )  A sin(k x  t )
     k  k 
   
 k  k
 2A cos
x
t  sin
x
t
2
2
 2

 2

と表される。
まず,時刻 t を固定して考えよう。そのとき,振幅がゼロの隣り合う点の間が波束であ
り,そこに粒子が存在すると考えられる。 k  k   k とおくと,粒子の存在する領域の
幅 x は,
k
2
x~ (~  は,  程度ということを示す)より,
k  x~2
∴
x  p~h
(2.17)
となる。(2.17)式は,粒子の運動量の幅(不確かさ) p が大きくなると位置の幅(不確
かさ)x は小さくなり,逆に,運動量の不確かさ p が小さくなると位置の不確かさ x
が大きくなることを示している。つまり,粒子の位置と運動量を同時に正確に決めるこ
とはできないという不確定性関係(uncertainty relation)が成り立つことを示している。
位置 x を固定しても同様に,時刻の不確かさ t とエネルギーの不確かさ E の間に,
109
不確定性関係
t  E~h
(2.18)
が成り立つ。
これらの不確定性関係を出発点にとる原理を不確定性原理(uncertainty principle)と
いう。
例題 2.3 水素原子の最小半径と最低エネルギー
不確定性原理を用いて,水素原子の最小半径 r0 と最低エネルギー E 0 を求めよ。
【解答】
水素原子において,原子核からクーロン力を受けて核のまわりを,運動量の大きさ p で
半径 r の円運動をする電子のエネルギー E は,電子の質量を m ,電子の電荷を  e ,クーロ
ンの法則の比例定数を k 
1
4 0
とすると,
p 2 ke 2

(2.19)
2m
r
円運動する電子の運動量の不確かさを p ,半径の不確かさを r とすると,電子のエネ
E
ルギーが小さくなり,半径 r と運動量 p がどんなに小さくなっても, r~r , p~p であ
るから,そのときの水素原子のエネルギー E は,不確定性関係 x  p~h を用いて,
2
(p )2 ke 2 (p )2 ke 2
1 
kme 2  k 2me 4
k 2me 4
 p 
 
E

~

p 
≧

2m
r
2m
h
2m 
h 
2h 2
2h 2
これより, p 
kme 4
のとき,最低エネルギーと最小半径は,
h
E0  
k 2me 4
,
2h 2
r0  r~
h
h2

p kme 2
一方,(2.4), (2.5)式より,ボーアモデルによる水素原子の基底状態のエネルギーは
E1  
2 2k 2me 4
h2
a

,
そのときの半径
(ボーア半径)
であるから,数値係数 4 2
0
h2
4 2kme 2
を無視する範囲で一致する。
■
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆【発展終】
110
第3章
いろいろな物質
【発展】☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
3.1 パウリの排他律とスピン
同種粒子
図 3.1 のように,見たところ全く同じ2つの球が衝突す
る場合を考えよう。(A)のように衝突したのか,(B)のよう
2
1
2
1
に衝突したのか,スローモーションビデオでゆっくり見れ
1
ばわかるであろう。ただし,これはマクロな粒子に関する
2
2
1
古典論での話である。原子のようなミクロな粒子を扱う量
子論では,粒子は波動性をもち,粒子の位置と運動量の間
に不確定性関係が成り立つ。粒子がどこにいるかはただ確
2
1
2
1
(B)
(A)
図 3.1
率的にいうことができるだけであり,
「確率の雲」で表さ
れる。2つの同種粒子が近付くと確率の雲は重なり,それぞれの粒子がどこにあるか分
からなくなる。こうなると,2つの粒子を区別すること自体,意味がなくなる。
量子論では,個性をもたない2つの同種粒子は区別することができず,互いに入れ替
えても物理的状態に変化はない。
波動関数の確率解釈と対称性
粒子のエネルギーと角運動量およびスピンで与えられた1つの量子力学的状態を箱で
表すことにしよう。
ド・ブロイ波を表す波の式を波動関数(wave function)という9。量子力学では,波動
関数は虚数を含むため,「粒子がある瞬間ある場所に存在するかどうかは,確率的に与え
られ,その確率は波動関数の絶対値の2乗に比例する」という確率解釈が導入された。
この確率解釈にしたがえば,量子力学における状態は,波動関数の絶対値の2乗で与え
られることになる。
図 3.2 のように,粒子1が箱 A に,粒子2が箱 B に入った
状態を(a),粒子1と2を入れ替えた状態を(b)とし,状態(a)の
波動関数を A, B (1, 2) ,状態(b)の波動関数を A, B (2, 1) とする。
粒子1と2を同種粒子とすると,状態(a)と状態(b)は同じ状態
であるから,波動関数の確率解釈により,
2
 A, B (1, 2)   A,B (2, 1)
箱A
箱B
1
2
状態(a)
箱A
箱B
2
1
2
となる。状態(a)で粒子 1 と 2 を交換し,もう一度交換すると
9
状態(b)
図 3.2
厳密には,ド・ブロイ波の満たす波動方程式をシュレーディンガー方程式といい,シュレーディンガー
方程式を満たす解を波動関数という。
111
元の状態(a)に戻るから,一度交換した状態の波動関数は,元の波動関数と全く同じであ
るか,符号だけ異なるかのどちらかになるとみなす10。そうすると,
 A,B(2, 1)   A,B(1, 2)
(3.1)
あるいは,
 A,B(2, 1)   A,B(1, 2)
(3.2)
のどちらかとなる。交換しても波動関数が変化せず,(3.1)式の成り立つ粒子をボース粒
子(boson),交換すると波動関数の符号を変える粒子をフェルミ粒子(fermion)という。
ボース粒子の場合,箱 A と B が同じ場合,
 A,A (2, 1)   A,A (1, 2)
となり,同種粒子では,波動関数 A, A (2, 1) と A, A (1, 2) が同じものであることを示してい
るだけで,波動関数に新たな制限を課すものではない。よって, A, A (1, 2) は 0 でない値
をとることができ,同種の2つのボース粒子は同じ箱(状態)に入ることができる。
フェルミ粒子の場合,箱 A と B が同じ場合,
 A,A (2, 1)   A,A (1, 2)
となり, A, A (2, 1) と A, A (1, 2) が同じ波動関数であることを考えると,
 A,A (2, 1)   A,A (1, 2)  0
となる。これは,同種の2つのフェルミ粒子は同じ箱(状態)に入ることはできないこ
とを意味する。
一般に,
「ボース粒子は1つの状態にいくつでも入ることができるが,
フェルミ粒子は,1つの状態に1個しか入ることができない。」
上のフェルミ粒子に関する規則を,パウリの排他律(Pauli exclusion principle)とい
う。
なお,いろいろな考察から,電子はフェルミ粒子であり,光子はボース粒子であるこ
とが分かっている。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆【発展終】
3.2 金属
1.3 節で述べたように,金属結晶の表面には電気二重層ができ,金属内の電位  は外部
より十数 V だけ高くなっている。そのため,金属内の電子の位置エネルギーは,外部よ
り低く,金属内に留まっている。  を内部電位という。
金属内では,各原子の最外殻軌道をまわる電子は原子による束縛を離れ,金属内をほ
ぼ自由に動き回っている。このような電子を自由電子(free electron)という。自由電子
がマクロな大きさの金属内を動き回るため,その運動エネルギーはほぼ連続的な値をも
10
波動関数の  以外の位相差は意味をもたないとみなす。
112
つことができるが,上の(1)で述べたように,電子は1つの状態に1つしか入ることがで
きないフェルミ粒子であるため,多数の自由電子は,エネルギーの低い状態から順番に
占拠していく。絶対零度では,途中に穴ができることな
電子のエネルギー
く電子が詰まる。このとき,電子がもつことのできる最
大の運動エネルギーを フェルミ・エネルギー(fermi
0
energy)といい  F と書く。金属内を動き回っている自由
電子は,運動エネルギーと位置エネルギー  e をもつか
ら,金属内の最もエネルギーの高い電子のエネルギーは,
W
 F  e
F
e
低温で  F  e 程度になる。このとき,仕事関数W は,
図 3.3
W~  F  e となる(図 3.3)。通常の金属では, F ~W
であり,それらは数 eV である。
金属中を流れる電流
金属では,自由電子のとることのできるエネルギー準位は連続的に分布し,絶対零度
( T  0 )では,電子は運動エネルギー  F までのエネルギー準位を孔が空けることなく占
拠している。有限温度( T  0 )になると,図 3.4 のよ
電子
うに,運動エネルギー  F より小さい電子が励起され, F
より大きい運動エネルギーをもつと同時に,電子の抜け
たホールができる。金属に電場をかけると, F より大き
F
な運動エネルギーをもつ電子が電場と逆向きに,ホール
が電場の向きに動くことにより電流が流れる。
 
 


ホール
図 3.4
3.3 絶縁体と半導体
絶縁体
電流の流れない絶縁体では,各電子がすべて原子核に束
電子のエネルギー
縛され,図 3.5 のように,そのエネルギー準位(これを価
電子帯(valence band)という)がすべて電子で埋め尽く
されている。そのため,電子は自由に動くことができず,
電場をかけても電流は流れない。自由電子のエネルギー準
位(これを伝導帯(conduction band)という)は,エネ
ルギーの高いところにはあるが,価電子帯と伝導帯の間に
は,大きなエネルギーの隙間(これをエネルギー・ギャッ
伝導帯
広いエネル
ギー・ギャ
ップ E g
価電子帯
図 3.5
プ(energy gap)という) E g がある。絶縁体を高温に熱したり,大きな電圧をかけたり
すると,価電子帯にある電子が励起され,伝導帯に入って自由電子となって電流を流す。
このような現象は絶縁破壊(dielectric breakdown)とよばれる。
半導体
金属と絶縁体の中間の電気抵抗値をもつ物質を半導体という。電磁気編の第3章で説
113
明したように,半導体は,例えば,元素の最外殻の軌道に4個の電子をもつゲルマニウ
ム Ge などからなる物質である。ゲルマニウムなどの真性半導体のエネルギー準位の状態
を模式的に描くと,図 3.6 のようになる。その場合,電子で埋まった価電子帯と伝導帯の
間のエネルギー・ギャップは狭く,少し熱したり,少し強い電場をかけたりすると,価
電子帯の電子が励起されて伝導帯に入り,自由電子となって電流を流す。
真性半導体より電流を流れやすくするために,最外殻の軌道に5個の電子をもつリン P
などをわずかに加えた N 型半導体のエネルギー準位の状態は,模式的に図 3.7 のように
描かれる。この場合,不純物原子のエネルギー準位が伝導帯のすぐ下にあり,弱い電場
をかけるだけで,不純物準位にあった電子は励起されて伝導帯に入り,自由電子となっ
て電流を流す。
電子のエネルギー
電子のエネルギー
伝導帯
狭いエネルギ
ー・ギャップ


電子 ホール
伝導帯
不純物準位
価電子帯
価電子帯
図 3.7
図 3.6
他方,真性半導体に,最外殻の軌道に3個の電子をもつ
インジウム In などをわずかに加えた P 型半導体のエネルギ
電子のエネルギー
ー状態は,模式的に図 3.8 のように描かれる。この場合,
伝導帯
空の不純物準位が価電子帯のすぐ上にあり,わずかな励起
で価電子帯の電子が不純物準位に入り,価電子帯にホール
ができる。P 型半導体に弱い電場をかけると,価電子帯の
ホールが価電子帯の中を動くことにより電流を流す。
114
ホール電子


不純物準位
価電子帯
図 3.8
第4章
原子核と放射線
4.1 原子核
原子は,中心に原子核があり,そのまわりを電子が分布している。それでは,原子核
は何からできているのであろうか。
1930 年頃に知られていた粒子は,負電荷  e ( e :電気素量)をもち質量の小さい電
子と,正電荷  e をもち電子の 1800 倍程度の質量をもつ陽子だけであったから,原子核
は陽子(proton)と電子から構成されていると考えられていた。例えば,質量が陽子の
14 倍程度あり,電荷  7e をもつ窒素原子核は,14 個の陽子と 7 個の電子からなると考
えられた。
一般に,フェルミ粒子が偶数個集まった粒子はボース粒子になるが,奇数個集まった
粒子はフェルミ粒子になる。陽子と電子はともにフェルミ粒子である。そうすると,全
体で 21 個のフェルミ粒子で構成されている窒素原子核はフェルミ粒子のはずである。し
かし,実験により,窒素原子核はボース粒子であった。そのような中で,陽子と同程度
の質量をもち,電荷をもたないフェルミ粒子である中性子(neutron)がチャドウィック
(J.Chadwick)によって発見された。そこで
e-
ハイゼンベルクは,原子核は陽子と中性子から
なるという考えを発表した(図 4.1)。この考え
p
e
en p
n p
p p
n p
n p
n
n p
p
ep p
p
p
p p
p p
p
ep
p
-
にしたがえば,窒素原子核は 7 個の陽子と 7
個の中性子からなり,全体で 14 個のフェルミ
p
e-
粒子で構成された粒子であるからボース粒子
n
e-
図 4.1
となり,実験事実をうまく説明することができ
る。
原子核の構成
現在,原子核は陽子と中性子からなると考えられており,陽子と中性子はともに核子
(nucleon)とよばれている。原子核は,直径が 1015 ~
1014 m 程度の非常に狭い領域に核子が集まって構成さ
中性子: (A  Z ) 個
れ ている 。原 子核の 中の陽 子数 を 原子番 号 ( atomic
number),陽子数と中性子数の和を質量数(mass number)
という。原子核の元素名と元素記号は原子番号で決まる。
例えば,原子番号 Z の元素名が X のとき,質量数が A の
原子核は, ZA X と表される。この原子核は Ze の正電荷を
もち,そこには (A  Z ) 個の中性子が含まれる(図 4.2)。
陽子: Z 個
図 4.2
核力
非常に狭い領域に集まった正電荷をもつ陽子間には,非常に強いクーロン斥力がはた
らくが,核子が集まって原子核が構成されている以上,核子間に強い引力がはたらいて
115
いなければならない。この強い引力を核力(nuclear force)という。原子核にはそれ程大
きなものがないことを考えると,核力は,作用すれば非常に強いが,原子核の大きさ程
度の近距離でのみ作用する近距離力(short range force)のはずである。核子数が増大し,
原子核が大きくなると,核力が原子核全体に及ばなくなり,クーロン斥力がまさって原
子核は不安定になると考えられる。
このような近距離力がどのようにして作用するのかを最初に明らかにしたのは,湯川
秀樹(Hideki Yukawa)である。湯川は,核子間で中間子という粒子を交換することで
核力がはたらくと考える中間子論を発表して,日本人として最初のノーベル物理学賞を
受賞した。
原子量と原子質量単位
原子番号は等しいが,質量数のことなる原子核からなる原子を同位体(isotope)とい
う。
質量数 12 の炭素原子
( 126 C )1個の質量の 1/12 を 1u と書き,u を原子質量単位
(atomic
mass unit)という。
質量数 12 の炭素原子 1mol の質量は 12  103 kg であり,1mol 中の原子数はアボガド
ロ数 6.02  1023 に等しいから,
1u 
12  10-3
1

 1.66  10 27 kg
23
12
6.02  10
となる。
4.2 放射線
235
92 U
や 210
大きなエネルギー
82 Pb などの不安定な原子核が自ら別の原子核に変わるとき,
をもつ放射線(radiation)を出す。この現象を放射性崩壊(radioactive decay)といい,
自ら放射線を出す能力を放射能(radioactivity)という。放射性崩壊には次の3種類があ
る。
α崩壊
原子核が自らα粒子(αparticle)( 42 He の原子核)を放出して別の原子核に変わる現
象をα崩壊(αdecay)という。原子核がα崩壊すると,原子番号が2,質量数が4だけ
減少して別の原子核に変わる。
A
ZX

A -4
Z - 2Y
 42 He
原子核がα崩壊するときに放出するα粒子による放射線をα線(αrays)という。
β崩壊
原子核中の中性子が陽子に変化し,電子とニュートリノ(neutrino)の反粒子11 を放
11
反粒子とは,元の粒子と電荷の符号のみが反対で,質量など,その他の性質が全く同じ素粒子のことで

ある。電子の反粒子である陽電子(positron)e は,質量は電子に等しいが,電荷  e をもつ粒子である。
粒子と反粒子が衝突すると,質量は消滅して電磁波のエネルギーだけになってしまう。
116
出する現象をβ崩壊(βdecay)という。いま,電子は陽子と逆符号の電荷  e をもち,
質量は陽子より十分に小さいので,電子を 10e と書いて,β崩壊の原子核内の反応は,
1
0n
 11p 
0
1e

(4.1)
となる。このとき放射する電子線をβ線(βrays)という。原子核 AZ X
がβ崩壊すると,
原子番号が1だけ増加し,質量数は変化しない。したがって,その反応式は,
A
ZX

A
Z 1Y

0
1e

となる。
ニュートリノは,はじめパウリによって存在が予言され,その後,発見された素粒子
であり,物質の貫通力が非常に強く,地球をも貫いてしまう。その質量は非常に小さい。
β崩壊には,(4.1)式であらわされる崩壊の他に,原子核が陽電子とニュートリノを放
出する   崩壊がある。陽電子は,電子の反粒子であり,陽子と同じ電荷 e をもち,質量
は電子に等しく陽子より十分に小さいので,10e と書かれる。したがって,  崩壊では,
原子核内で,
1
1p
 01n  01e  
(4.2)
という反応が起こる。
(4.1)式で表されるβ崩壊は,   崩壊に対応させて,   崩壊ともよばれる。何も断ら
なければ,β崩壊は   崩壊のことである。
γ崩壊
原子核にも原子の場合と同様に,とびとびのエネルギー準位が
励起状態
線
存在する。図 4.3 のように,原子核がエネルギーの高い励起状態
から低い基底状態に遷移するとき,そのエネルギーの差に等しい
光子を放出する。このときの電磁波をγ線(γrays)という。γ
基底状態
図 4.3
線の波長は, 1011 ~ 1015 m 程度である。
例題 4.1 中性子の発見
静止していたポロニウムから放出されたα線をベリリウムにあてたところ,電気的に中
性な放射線が放出された。この放射線がγ線であるか,陽子と同程度の質量をもつ電気的
に中性な粒子であるかを判定するため,この放射線を静止している水素原子核(陽子)11 H と
静止している窒素原子核 147 N にあてる実験を行った。標的が水素のとき,放出された水素原
子核の運動エネルギーの最大値は 5.6 MeV であり,標的が窒素のとき,放出された窒素原
子核の運動エネルギーの最大値は 1.4 MeV であった。陽子の静止エネルギーを 940 MeV と
して,次の問いに答えよ。ただし,1 MeV= 1 106 eV であり,相対論を考慮する必要はな
い。
(a) 放射線をγ線と仮定して,標的が水素原子核である場合と窒素原子核である場合のそ
れぞれについて,放射線(γ線)のエネルギーを求めよ。
(b) 放射線を陽子と同じ質量をもつ中性な粒子と仮定して,標的が水素原子核である場合
117
と窒素原子核である場合のそれぞれについて,放射線(中性粒子)のエネルギー(運動
エネルギー)を求めよ。
標的が水素原子核であるか窒素原子核であるかによらず,入射放射線のエネルギーは同
じであると考えられる。こうして,この放射線は陽子と同程度の質量をもつ中性の粒子で
あることがわかり,この粒子は中性子と名付けられた。
【解答】
(a)
放出された水素原子核あるいは窒素原子核の運動エネル
H or N 原子核
入射  線
ギーが最大になるのは,弾き飛ばされた原子核の速度がγ線
の進行方向になり,散乱されたγ線が入射方向と逆向きにな
散乱  線
る場合である(図 4.4)。
まず,標的が水素原子核の場合を考える。弾き飛ばされた
図 4.4
水素原子核の質量を m ,最大の運動エネルギーをもつときの
速さを v ,最大の運動エネルギーを K H とすると,その運動量の大きさは,mv  2mK H
と書ける。入射γ線と散乱γ線のエネルギーをそれぞれ  ,   とすると,運動量保存則と
エネルギー保存則は, c を真空中の光速としてそれぞれ,

c


c
 2mK H ,
    KH
これら2式から   を消去して,


1
1
   K H  2mc 2  K H   5.6  2  940 5.6 ≒54 MeV
2

2
次に,標的が窒素原子核である場合を考える。窒素原子核の質量は 14m であるから,
運動エネルギーの最大値を K N とすると,標的が水素原子核である場合と同様にして,入
射γ線のエネルギー  は,


1
1
   K N  2 14mc 2  K N   1.4  2 14  9401.4 ≒97 MeV
2

2
未知の放射線をγ線と考えると,水素原子核にあてた場合と窒素原子核にあてた場合
で,そのエネルギーが大分異なってしまう。
(b)
中性粒子の質量を M ,その入射時の運動エネルギーを
 とする。この場合も,
K M ,散乱時の運動エネルギーを K M
入射中性粒子
H or N 原子核
放出された原子核の運動エネルギーが最大になるのは,弾
き飛ばされた原子核の速度が入射粒子の進行方向になり,
散乱された中性粒子が入射方向と逆向きになる場合である
(図 4.5)。
図 4.5
まず,標的が水素原子核の場合,運動量保存則とエネルギー保存則はそれぞれ,
118
  2mK H ,
2MK M   2MK M
  KH
KM  KM
 を消去して t  m /M とおくと,
これらより K M
K M  K H  tK H  K M
となる。さらに両辺2乗して,
KM 
(1  t )2
KH
4t
(4.3)
を得る。ここで,(4.3)式に,t  1 ,K H  5.6 MeV を代入して,K M  5.6 MeV を得る。
次に,標的が窒素原子核の場合,(4.3)式で,t  14 , K H  K N  1.4 MeV とすればよ
いことから, K M ≒5.6 MeV を得る。
両者で K M がほぼ一致することから,未知の放射線は,陽子と同程度の質量をもつ中性
の粒子であることがわかる。
■
4.3 半減期
一般に,原子核が単位時間の間に崩壊するかどうかは,その原子核に特有な確率で決
まる。同種の N 個の原子核があるとき,1つの原子核の単位時間の崩壊確率を  とする
と,単位時間あたりの崩壊数 I は,
I 
dN
 N
dt
(4.4)
と表される。ここで, dN /dt の前に負号が付くことに注意しよう。
(4.4)の微分方程式の解 N (t ) は,両辺を N でわり,時間 t で積分することにより,簡単
に求められる。

dN
  dt
N

⇒
log N  t  C ( C :積分定数)
初期条件を「 t  0 のとき, N  N 0 」とすると, C  log N 0 ,これより,
N  N 0e t
(4.5)
となる。
崩壊することなく残っている原子核数がはじめの 1/2 になるまでの時間を半減期
(halflife)といい, T で表す。そうすると,(4.5)式より,
N 0 /2  N 0e T
∴
e  T 
1
2
となるから,時間 t だけたったとき残っている原子核数 N は,

N  N 0 e T

t /T
と表される。
119
t /T
1
 N0 
 2
(4.6)
例題 4.2 放射性元素の崩壊
222
86 Rn
は半減期 T1  3.8 日でα崩壊して 218
84 Po になり,さらに,半減期 T2  3.1 分でα崩壊
して 214
82 Pb になる。
222
86 Rn
→
218
84 Po
214
82 Pb
→
222
218
はじめ t  0 に 222
86 Rn だけが存在し, 84 Po は存在しないとする。 86 Rn が崩壊すること
222
218
により一度は 218
84 Po の数は増加するが, 84 Po も崩壊する。いま,微小時間 t の間に 86 Rn
222
が崩壊して 218
84 Po が生成される数 N 1 は,そのときの 86 Rn の数 N 1 に比例する。一方,生
218
成された 218
84 Po が t の間に崩壊する数 N 2 も,そのときの 84 Po の数 N 2 に比例する。し
たがって,ある程度の時間がたつと, N 1 と N 2 はほぼ等しくなり,半減期より十分に
短い時間 t では, 218
84 Po の数 N 2 はほぼ一定値になる。このような現象を 放射平衡
15
218
(radiation equilibrium)という。222
86 Rn の数が N1  1.0  10 であるとき, 84 Po の数 N 2
はいくらか。
ただし,正の数 x が 1 に比べて十分に小さいとき,
1  2 x  0.69x
と近似できることを用いてよい。
【解答】
時刻 t から t  t の間の微小時間( t  T )の間に崩壊する原子核数 N は,(4.6)式
を用いると,


1
2
t /T
N  N (t )  N (t  t )  N (t )1   



N (t )

t
  0.69
T


と書ける。よって, N1  N 2 より,
0.69
N1
N
t  0.69 2 t
T1
T2
∴
N1 N 2

T1 T2
となる。これより,
N2 
T2
N 1 ≒ 5.7  1011
T1
■
4.4 原子核反応
相対論的エネルギーと静止エネルギー
原子核の問題では,質量とエネルギーが等価であるというアインシュタインの関係式
が用いられる。この関係式は,相対論的エネルギーの表式に基づかれている。
質量 m の粒子が速さ v で運動しているときの相対論的エネルギー E は,真空中の光速
を c として,
120
E
mc 2
(4.7)
1  v 2 /c 2
で与えられる。粒子の速さが v  0 のときのエネルギー E 0 は,
E0  mc 2
(4.8)
と表される。(4.8)式は,粒子が質量をもつだけでエネルギーをもつという,質量とエネ
ルギーの等価性を表している。このとき, E 0 を静止エネルギー(rest energy)という。
粒子の速さ v が光速 c に比べて十分遅いとき,第1章で述べたように,(4.7)式は,
2
v2 
E  mc 1  2 
 c 

1
2
1
 mc 2  mv 2
2
(4.9)
と近似できる。
核子が
バラバラ
のとき
0
質量欠損と結合エネルギー
原子核の核子の位置エネルギーは,核子がバラバラ
E : 結合エネルギー
になって遠く離れているときを基準とする。そのとき,
全エネルギー(運動エネルギーと位置エネルギーの和)
E は負となり, E  E を結合エネルギー(binding
E 0
原子核
図 4.6
energy)という(図 4.6)。
原子核の質量は,それを構成している個々の核子の
質量の和より小さい。この質量の差を質量欠損(mass defect)という。原子番号 Z ,質
量数 A の原子核の質量を M ,陽子1個の質量を m p ,中性子1個の質量を m n とすると,
この原子核の質量欠損 M は,
M  Zmp  (A  Z )mn  M
(4.10)
と書ける。このとき,質量とエネルギーの等価性より,
E  M  c 2
(4.11)
の関係式が成り立つ。ここで, c は真空中の光速である。
核反応
原子核どうしを衝突させると,それぞれの原子核内の核子間に核力が作用し,核子の
組み合わせが変わって新しい原子核ができる。このような反応を(原子)核反応(nuclear
reaction)という。核反応では,次の法則が成り立つ。
(a) 質量・エネルギー保存則
反応の前後で相対論的エネルギー,すなわち,静止エネルギーと運動エネルギー
の和が保存される。
したがって,ある原子核が結合エネルギーの大きな原子核に変化すると,結合
エネルギーの差のエネルギーが外部に放出される。逆に,結合エネルギーの小さ
な原子核に変化するには,その差のエネルギーが外部から供給される必要がある。
121
(b) 電荷保存則
反応の前後で電荷の総和は一定である。したがって,反応で原子番号の和は一定
に保たれる。
(b) 核子数保存則
反応の前後で核子数は一定に保たれる。したがって,反応で質量数の和は一定に
保たれる。
上の保存則を使う場合,電子,陽電子,ニュートリノなどの質量数は 0,電子の原子番
号は  1 とする。
核分裂と核融合
1
ウラン 235( 235
92 U )は中性子( 0 n )を吸収すると,2つ以上の原子核に分裂する。こ
のように,原子核が分裂することを核分裂(nuclear fission)という。一方,いくつかの
質量数の小さい原子核が融合して質量数の大きい原子核をつくることを核融合(nuclear
fusion)という。
図 4.7 に示すように,いろいろな原子核で,
核子1個あたりの平均結合エネルギーは,質
量数 60 くらいの原子核が最も大きい。それ
より質量数の大きなウランなどが質量数の
小さな原子核に分裂すると,エネルギーが放
出される。逆に,水素やヘリウムなど,質量
〔MeV〕
9 12
平核
均子
結1
合個
エあ
ネた
ルり
ギの
ー
数の小さな原子核が融合して質量数の大き
6

C
8 
7 

6 
4
2

He
5  3 Li
6
4
3
 3 He
2 2
1  21 H
0
0
40
80
な原子核をつくる場合も,結合エネルギーは
120
200
160
質量数
図 4.7
大きくなり,エネルギーが外部に放出される。
これら核反応によって放出されるエネルギ
ーは,化学反応で放出されるエネルギーに比べて非常に大きい。
例題 4.3 原子核反応
静止しているリチウム原子核 73 Li に運動エネルギー
E  0.6 MeV をもつ陽子 11 p を衝突させたら,基底状態
にある同種の未知の2つの原子核 X が,図 4.8 に示す
ように,11 p
X
p
の進行方向から角  をなす方向に同じ運動
Li
(a) 未知の原子核 X を定めよ。また, 73 Li の結合エネ
ルギーを 38.8 MeV として,原子核 X の結合エネル
ギーを求めよ。
 の値を,度数単位で表し,有効数字2桁で求めよ。
【解答】
122


X
エネルギー E X  9.0 MeV をもって放出された。
(b)

図 4.8
240
(a) 未知の原子核の質量数を A ,原子番号を Z とすると,核反応式は,
7
3 Li
 11p AZ X  AZ X
となる。反応前後で質量数と原子番号が不変であることから, A  4 , Z  2 となり,未
知の原子核は,ヘリウム 4( 42 He )であることがわかる。
核子がバラバラの状態のエネルギーを 0 とし,42 He の結合エネルギーを E とすると,
エネルギー保存則は,
(38.8)  0  0.6  2  (E )  9.0  2
∴
(b)
入射陽子 11 p
E  28.1 MeV
の質量を m とすると,核反応で生成された 42 He の質量はほぼ 4m であるか
ら,11 p と 42 He の運動量の大きさは,それぞれ 2mE , 2  4mE X と表される。これより,
陽子の入射方向の運動量保存則は,
2mE = 2  2  4mE X  cos 
∴
⇒
cos  
 ≒ 86
123
1
E /E X  6.5  102
4
■
【発展】☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
付録:特殊相対論の概要
A.1 相対論前夜
19 世紀後半,マクスウェルによって,電磁波の存在が予言され,光は電磁波の一種であ
り,波動であることは疑いようのないことと思われていた。光が波である限り,何らかの
静止している媒質中を伝わると考えられ,この媒質はエーテルとよばれていた。このよう
なエーテルの存在を仮定することは,宇宙の中に,絶対的な静止系を仮定することであっ
た。
一方,光速は非常に速く,1675 年のレーマー(O.C.Romer)による推定では,2.0 108 m/s
以上であることがわかった。光はなぜこのような高速で伝わるのか,大いに人々の好奇心
をかき立てるものであった。
このような状況下で行われたのがマイケルソンによる実験12であり,光がエーテル中を伝
わるという考えに,大きな疑問を投げかけるものであった。
A.2 ローレンツ収縮
マイケルソンの実験結果を説明するために,1892 年,ローレンツ(H.A.Lorentz)とフ
ィッツジェラルド(G.F.FitzGerald)は,独立に次の収縮仮説(shrinkage hypothesis)を
提案した。
「エーテルに対して速さ v で運動している物体は,その運動に垂直な方向の長さは変化しな
いが,真空中の光速を c として,運動方向の長さは 1  v 2 / c 2 倍に収縮する」
1904 年,ローレンツはこの収縮仮説をさらに発展させ,エーテルに対して運動している
座標系では,時間の進み方も変化すると考えて,次の変換式を導いた。エーテルに対して
静止している時間と空間の座標系を (t , x , y , z ) ,エーテルに対して x 軸方向に速さ v で運動
している時間と空間の座標系を (t , x , y, z ) とするとき,
v 

t    (v ) t  2 x 
 c

(A.1a)
x    (v )(x  vt )
(A.1b)
y  y
(A.1c)
z  z
(A.1d)
が成り立つ。ここで,
 (v ) 
12
1
1  v 2 /c 2
波動編第2章 2.9 節参照。
124
(A.2)
座 標 変 換 (A.1a ~ d) を ポ ア ン カ レ ( J.H. Poincare ) は ロ ー レ ン ツ 変 換 ( Lorentz
transformation)と名付けた。この変換は,後に,アインシュタインによって導かれたも
のと全く同じものであったが,ローレンツは,光はエーテル中を伝わるものと考え,エー
テルの存在を信じていた。
A.3 特殊相対論の仮定
アインシュタインは,1905 年,観測にかからないエーテルの存在を仮定する必要はない
と考えて,「特殊相対性原理( principle of special relativity )」と「光速不変の原理
(principle of invariance of the light speed)
)
」という2つの原理だけを用いて,時間と
空間に関する基礎理論である特殊相対性理論(theory of special relativity)を構築するこ
とに成功した。
【特殊相対性原理】
自然法則は,あらゆる慣性系(等速運動する座標系)で同じ形であらわされ
る。
【光速不変の原理】
真空中において,光の速さはどんな慣性系においても光源の速度に関係なく
一定である
特殊相対性原理は,力学において成立していると考えられていたものであり,アインシ
ュタインは,これが光学や電磁気学でも成り立つと考えた。すなわち,光学や電磁気学の
法則は,どんな慣性系でも同じ形で表され,相対的な運動によって物理的な性質が決まる
と考えたのである。光は電磁波であり,電磁波の速さは電磁気学の法則で決まる。電磁気
学の法則が任意の慣性系で同じ形に表されるならば,電磁波,すなわち,光の速さは任意
の慣性系で同じでなければならない。したがって,相対性原理が電磁気学で成り立つなら
ば,
【光速不変の原理】は必然的に導き出されることになる。また,相対性原理および光速
不変の原理は,特別な性質を与えられた絶対的な静止系を否定し,その概念の元になって
いるエーテルという媒質の存在も否定するものであった。なぜなら,自然法則があらゆる
慣性系で同じであり,光速が任意の慣性系で等しければ,ある座標系が静止しているかど
うか決めることができなくなるからである。
A.4 時間の遅れと長さの短縮
A
A
(1) 時間の遅れ
v
図 A.1 のように,宇宙船が,静止している
座標系(これを S 系とする)に対して,速度
v で運動しているとし,宇宙船とともに動い
125
M
M
図 A.1
ている座標系を S 系とする。宇宙船内の点 A から光を発する時刻を S 系と S 系の時刻の
原点として t  t   0 とする。宇宙船内( S 系)で見ると,点 A で発せられた光は鏡 M で
反射して A に戻るが,これを宇宙船外の静止系(S 系)で見ると,光は A  M  A と
進む。また,光速不変の原理から,S 系でも S 系でも光の速さは等しく c である。よって,
光が点 A に戻る S 系での時刻を t , S 系での時刻を t  とすると,
S 系: t 
AM  MA 2AM

c
c
S 系: t  
2AM
c
AM 
∴
となる。ここで,S 系で MM 
∴
AM 
ct
2
ct 
2
vt
であり,三平方の定理より, AM2  AM2  MM2 と
2
なるから,
 ct 
 ct    vt 
     
2
 2  2
2
2
2
となり,
t  t 1 
v2
c2
(A.3)
を得る。
(A.3)式は,S 系での時間の進み方が S 系の 1  v 2 /c 2 倍になっていることを示してい
る。これは,S 系に対して速度 v で運動している宇宙船( S 系)では時間がゆっくり進む
ことを表している。また,根号内は正であるから,宇宙船の速さは光速 c を超えることは
できない。また,このことは,逆に, S 系からみれば,S 系は速度  v で運動しているか
ら,S 系の時間は, S 系よりゆっくり進むことになる。
例題 A.1 宇宙船内の時間
図 A.2 のように,無重力空間を等速直線
B
運動している宇宙船Aに対して,相対的速
0.6c
c
さ 0.6c ( c :真空中の光速)で等速直線運動
c
する宇宙船BがAのすぐ上を通り過ぎる
A
瞬間,AとBの時計を午前9時に合わせた。
宇宙船Bの時計が午前 10 時を指した瞬間,
図 A.2
Bの乗組員は宇宙船Aに向かって光信号を発する。宇宙船Aの乗組員はその光信号を観測
するや否や,宇宙船Bに向かって光信号を返答する。
宇宙船Aの乗組員が宇宙船Bからの光信号を観測するとき,Aの時計は何時を指してい
るか。また,宇宙船Bの乗組員が宇宙船Aからの返答の信号を観測するのは,Bの時計で
126
何時か。
【解答】
ここでは,光速 c で1時間に進む距離を l 0 とする。まず,宇宙船Aに固定された慣性系で
考える。宇宙船Aに対して速さ 0.6c で運動する宇宙船Bの時計の進み方は,Aの時計の進
み方の 1  0.6 2  0.8 倍となるから,BからAに向けて光信号を発する時刻は,Aの時計で
は,午前9時+
1
 9時+1.25 時=10 時 15 分となる。このとき,BはAから距離
0 .8
l1  0.6c  1.25  0.75l 0 だけ離れている。この距離 l 1 を光が伝わるのにかかる時間は,
3
時
4
間= 45 分であるから,AでBからの信号を観測するAの時計の時刻は,10 時 15 分+45 分
=11 時,すなわち,午前 11 時である。
次に,宇宙船Bに固定された慣性系で考える。宇宙船Bから宇宙船Aに向けて光信号を
発するとき(Bの時計で午前 10 時),AはBから距離 l 2  0.6c  1  0.6l 0 だけ離れている。こ
の距離 l 2 を信号は,Aに対して相対的速さ c  0.6c  0.4c で進むから,信号がAに達する時
刻は,Bの時計で,午前 10 時+
0.6l 0
時=10 時+ 1.5 時=11 時 30 分となる。AからBへ
0.4c
の返答の信号は,BからAまで信号が伝わったのと同じ距離空間を戻ってくるのであるか
ら,その時間は 1.5 時間であり,Bが返答を受け取る(Bの時計の)時刻は,11.5 時+1.5 時=
13 時となり,午後1時である。
■
【参考】
宇宙船Bが宇宙船Aからの返答の信号を受け取る時刻を,宇宙船Aに固定された慣性
系で考えてみる。
宇宙船AからAの時計で午前 11 時に返答が発せられるとき,宇宙船BはAから, l 3 
0.6c  2  1.2l 0 の距離にいる。この距離 l 3 を信号は相対的速さ c  0.6c  0.4c で進むから,
信号がBに達する(Aの時計の)時刻は,11 時+
1.2l 0
時=14 時(午後2時)となる。
0.4c
宇宙船Aから見れば,宇宙船Bの時計の進み方は 0.8 倍であるから,返答信号がBに達
するまでに,Bの時計は,午前9時から5時間  0.8 =4時間たって午後1時であり,上
の結果に一致する。
A.5 光のドップラー効果
波動編で学んだように,波源と観測者が相対的に動くと,観測される波の振動数は,波
源から発せられる波の振動数からドップラー効果によりずれる。光も波であるから同様な
ドップラー効果が生じるが,光の場合は,さらに,光源と観測者の時間の進み方が異なる
効果が加えられる。
127
(1) 横ドップラー効果
v
図 A.3 のように,光源 L が観測者 O に対して 90 をなす向き
に速さ v で運動しながら光を発する場合を考える。この場合,
音などでは,ドップラー効果は起きず,波源の発すする振動数
と観測者が観測する振動数は等しい。
S
O
図 A.3
L が発する光の周期を T0 とすると,T0 は L に固定された慣性系 S での時間である。一
方,観測者 O に固定された慣性系 S から見ると,L すなわち慣性系 S は速さ v で運動し
ているから,その時計(時間)はゆっくり進む。したがって, S 系での時間 T0 は,S 系
(観測者 O)では,
T 
T0
(A.4)
1  v 2 /c 2
となる。つまり,観測者 O では,発せられた光の周期は(A.4)式で与えられる。こうして,
O が観測する光の振動数 f は, f  1/T , f 0  1/T0 として,
v2
(A.5)
c2
となる。ここで,光源の速さが十分遅い( v  c )として, v /c の2乗の項を無視すれ
f  f0 1 
ば, f  f 0 となり,音の場合と一致する。このドップラー効果を横ドップラー効果
(transverse Doppler effect)という。
(2) 縦ドップラー効果
図 A.4 のように,光源 L が観測者 O に対して速さv
vT
で遠ざかりながら,周期 T0 の光を発し,その光を O が
観測する場合を考える。O に固定された慣性系 S から
見ると,Lが発する光の周期は,(A.4)式で与えられる T
v
O
L
図 A.4
であり, T の間に L は vT だけ遠ざかる。よって,O が観測する光の周期 T  は, T と,
光が距離 vT を伝わる時間
vT
の和であり,
c
T  T 
vT
 v
 T 1  
c
 c
となる。この式に(A.4)式を代入すると,
T 
1  v /c
1  v 2 /c 2
T0
となり,O が観測する光の振動数
f
1
1  v /c
 f0

T
1  v /c
(A.6)
を得る。(A.6)式で, v /c の1次の項までの近似をすれば,音波に関するドップラー効果
の式を得ることができる。このドップラー効果を 縦ドップラー効果(longitudinal
128
Doppler effect)という。
A.6 ローレンツ変換
慣性系 S (x , y , z ) に対して一定の相対的速さ v で x 方向に等速度運動している慣性系
S(x , y , z ) を考える。 S の x  軸は S 系の x 軸と一致し, y  軸, z  軸は,それぞれ y 軸,
z 軸と平行を保ったまま運動する。また,S 系の時刻を t ,S 系の時刻を t  として t  t   0
として時刻の原点を合わせる。このとき,任意の時刻における S 系と S 系の時間と空間の
座標系の間の関係は,係数を v の関数とする次の1次変換で与えられるとする。
t    (v )t   (v )x
(A.7a)
x    (v )t   (v )x
(A.7b)
y    (v )y
(A.7c)
z    (v )z
(A.7d)
詳細は省略するが,(A.7a)~(A.7d)式に含まれる係数  (v ) , (v ) , (v ) , (v ) , (v ) を,
空間の対称性,原点の位置関係,相対性原理,光速不変の原理を用いて決めることができ,
慣性系 S (t , x , y , z ) から慣性系 S(t , x , y , z ) へのローレンツ変換(A.1a~d)を得る。これら
を逆に解くことにより, S 系から S 系への変換は,
v


t   (v ) t   2 x  
c


x   (v )(x   vt )
(A.8b)
y  y
(A.8c)
z  z
(A.8d)
(A.8a)
となる。
A.7 速度・加速度の変換則
(1) ガリレイ変換
はじめに,ニュートン力学における各変換則を考えてみよう。
慣性系 S に対する質点 P の速度を v x ,S 系に対して x 方向に速度 v で運動している座
標系を S 系(S 系と S 系の各座標軸は平行)とする。 S 系に対する P の速度の x 成分を
v x とすると, v x は,
v x  v x  v
となるが,真空中の光速を c として,v  v x 
(A.9)
2
4
c のとき,v x  c となり,質点 P の S
3
3
系に対する速度の x 成分が c を超えてしまう。
一般に,時刻 t  0 において,S 系に対して x 方向に速度 v で運動している S 系(S 系
と S 系の各座標軸は平行)と S 系の原点が一致するとしたとき,時刻 t における S 系と S
系の各座標の間に,
129
x   x  vt , y   y , z   z
(A.10)
が成り立つと考えられる。関係式(A.10)をガリレイ変換(Galilei transformation)とい
う。
ガリレイ変換(A.10)は,ローレンツ変換(A.1b~d)で c   とすれば与えられる。この
ことは,相対論は, c   の極限としてニュートン力学を含むということができる。
質点 P の S 系での速度と加速度をそれぞれ,
v  (v x , v y , v z ) , a  (a x , ay , a z )
S 系での速度をそれぞれ,
v   (v x , v y , v z ) , a   (a x , ay , a z )
とすると,
v x  x   x  v  v x  v , v y  y   y  v y , v z  z   z  v z
(A.11)
a x  v x  v x  a x , a y  a y , a z  a z
(A.12)
となり,ガリレイ変換では,(A.9)式が成立することがわかる。
次に,ローレンツ変換を用いると,各変換則がどのようになるかを考える。ただし,
ここでは,議論を簡潔にするために,速度・加速度の x 成分の変換則に限定して話を進
めることにしよう。
(2) 速度の変換則
S 系で微小時間 t の間に質点の x 座標が x だけ変化し,S 系で時間 t  の間に座標が
x  だけ変化したとする。ローレンツ変換(A.1a,b)より,


t    (v ) t 
v

x 
c2

x    (v )(x  vt )
が成り立ち,
x
v
x 
x  vt

 t
t  t  v x 1  v x
c2
c 2 t
となる。ここで, t  0 のとき,
x 
x
 v x ,
 v x とおいて,S 系から S 系への速
t
t 
度の x 成分の変換則
v x 
vx  v
v
1  2 vx
c
を得る。また, S 系から S 系への変換則は,
130
(A.13)
vx 
v x  v
v
1  2 v x
c
(A.14)
となる。(A.13)式は c   とすると,ガリレイ変換による速度の x 成分の変換則に帰着
する。
(3) 加速度の変換則
S 系で t の間に質点の速度の x 成分が v x  v x  v x と変化し, S 系で t  の間に質
点 の 速 度 の x 成 分 が v x  v x  v x と 変 化 し た と す る 。 (A.13) 式 か ら v x を
v x , v x ,v, c を 用 い て 表 し , ロ ー レ ン ツ 変 換 (A.8a,b) か ら , x  を 消 去 し , t  を
t , x, v, c で表して,
v x
v 
x
 a x , x  a x ,
 v x とすると,S 系から S 系へ
t
t
t 
の加速度の変換則
a x 
ax
v


 (v )3 1  2 v x 
 c

3
(A.15)
を得る。
A.8 相対論的力学
ニュートン力学では,S 系と S 系で加速度は等しく,運動方程式も同じ形で書き表され
るが,相対論では,S 系と S 系の加速度の関係は,(A.15)式で表される。そのとき,運動方
程式をどのように表せばよいのであろうか。
相対論的運動方程式を得るには,力がローレンツ変換によりどのように変換されるか知
らなければならない。ここでは, S 系が S 系に対して, x 方向に相対速度 v で動いている
とき,力の x 成分は S 系と S 系で等しいことを仮定して議論を進めることにする。このこ
とは,元々,電磁気学がローレンツ変換に対して不変であることを仮定して導かれたが,
空間の対称性を詳しく考察することにより,力学だけを用いて導くこともできる。ただし,
これらの考察は,ここでは行わないことにする。
(1) 相対論的運動方程式
物体の速度が 0 のとき,質点の運動は,厳密にニュートン力学で表され,ニュートン
の運動方程式が成り立つ。そこで,ある瞬間に質点の速度が 0 になる慣性系(これを瞬
間静止系(instantaneous rest frame)という)を考えてニュートンの運動方程式を立て,
それをローレンツ変換して,速度 v で運動する質点の相対論的運動方程式(relativistic
motion of equation)を求めよう。ただし,ここでは簡単化のため,質点の速度方向の運
動のみを考える。
慣性系 S (x , y , z ) で質量 m の質点 P が x 方向に速度 v で運動しながら x 方向に力 Fx を
受けるとする。質点 P の瞬間静止系 S(x , y , z )(S 系と S 系の各座標軸は平行)で x  方
131
向の運動方程式は, S 系での加速度の x  成分を a x (S 系での加速度の x 成分は a x ),力
の x  成分を Fx とすると,
max  Fx
(A.16)
と書ける。ここで,加速度の変換式(A.15)で v x  v とした式を代入し,力の x 成分に対す
る仮定( Fx  Fx )を用いると,(A.16)式は,
ma x  3 (v )  Fx
(A.17)
となる。(A.17)式が,S 系で x 方向に速度 v で運動している質量 m の質点の相対論的運動
方程式である。
(2) 運動量とエネルギー
相対論においても,運動方程式が与えられれば,ニュートン力学の場合と同様に,積
分することにより,運動量とエネルギーの式を導くことができる。
まず,a x 
dv
として,運動方程式(A.17)の両辺を時間 t で t  t1 (このとき v  v1 )か
dt
ら t  t 2 (このとき v  v 2 )まで積分する。
左辺=
t2
 1 v
t1
m
2
/c

2 3/ 2

dv
dt 
dt
v2
m
v1
2
 1 v
/c 2

3/ 2
dv
ここで, v / c  sin    / 2 ≦ ≦ / 2 とおき, v1 / c  sin 1 , v 2 / c  sin  2 として,
左辺=
2

1
mv 2
mv 1
mc
d  mc (tan 2  tan1 ) 

2
2
2
cos 
1 v 2 / c
1  v12 / c 2
他方,右辺はニュートン力学の場合と全く同じであり,質点に加えられた力積を表す。
したがって,
「質点の運動量変化は質点に加えられた力積に等しい」とおいて運動量を定
義すれば,速度 v で運動している質量 m の質点の相対論的運動量 p は,光速 c を用いて,
mv
p
1  v 2 /c 2
  (v )mv
(A.18)
と表されることがわかる。したがって,相対論的運動方程式(A.17)は, dp /dt  F ,す
なわち,
d 
mv

dt 1  v 2 /c 2


F


(A.19)
と書ける。
次に,(A.17)式の両辺に v 
左辺=
dx
をかけて, t  t1 から t  t 2 まで積分する。
dt
t2
mv
t1
2
 1 v
/c

2 3/ 2

dv
dt 
dt
v2
mv
v1
2
 1 v
/c 2

3/ 2
dv
ここで, 1  v 2 / c 2  u とおき, 1  v12 /c 2  u1 , 1  v 22 / c 2  u 2 として,
132
1
左辺=  mc 2
2

u2
u1

du
1 
mc 2
mc 2
2 1

mc



 u
u 3/ 2
u1 
1  v 22 /c 2
1  v12 /c 2
 2
となる。
他方,右辺は力のする仕事を表すので,「質点のエネルギー変化は仕事に等しい」とお
くことにより,質量 m ,速度 v の質点の相対論的エネルギー E は,光速 c を用いて,
E
mc 2
(A.20)
1 v 2 / c 2
と表されることがわかる。ここで,v  0 のときの質点のエネルギー E 0  mc 2 は,静止エ
ネルギーであり,質点の運動エネルギー K は,
(A.21)
K  E  E0
で与えられる。
(A.18)式と(A.20)式より,相対論的エネルギー E と運動量 p の間に,関係式
E 2  c 2 p 2  m 2c 4
(A.22)
の成り立つことがわかる。
例題 A.2 一定の力を受けた質点の運動
時刻 t  0 に原点 x  0 に静止していた質量 m の質点に, x 軸正方向に一定の力 mg を加
えたとき,時刻 t における質点の速度 v と位置 x を求めよ。これより,終端速度が c (真空
中の光速)となることを示せ。また,縦軸に ct ,横軸に x をとってグラフを描け。
【解答】
運動方程式
d 
mv

dt 1  v 2 /c 2


  mg


を初期条件「 t  0 のとき v  0 」を用いて t に関して積分すると,
v
1  v 2 /c 2
 gt
∴
v
gt
c 2  g 2t 2
c
(A.23)
これより, t   のとき, v  c となることがわかる。
v  dx /dt より,(A.23)式を初期条件「 t  0 のとき, x  0 」を用いて t に関して積分
すると,
x
となる。(A.24)式は,x 
c 2
 c  g 2t 2  c 

g
(A.24)
c2
 ct を漸近線とする双曲線であり,図 A.5 のように描かれる。
g
133
ct

x
c2
g
0
■
図 A.5
例題 A.3 コンプトン効果の相対論的計算(現代物理入門第1章 1.4 参照)
コンプトン効果における波長の伸び  を与える表式(1.14)を,相対論を用いて導け。
【解答】
図 A.6 のように,入射 X 線と散乱 X 線光子
hc
のエネルギーをそれぞれ, p 
, p 
,


 p
hc
 p,
pp
pp
運動量をそれぞれ, p p ( p p   p / c ), p p
e
( p p   p / c )とおく。弾き飛ばされた電子
の相対論的エネルギーと相対論的運動量ベク
pe
図 A.6
トルをそれぞれ,  e , pe とおき,入射光と散
ˆ p, p
ˆ p とすると,運動量保存則は,
乱光の向きの単位ベクトルをそれぞれ, p
p
c
ˆp 
p
 p
c
ˆ p  pe
p
ˆ p   p p
ˆ p  cpe
pp
∴
(A.25)
エネルギー保存則は,電子の質量を m として,
 p  mc 2   p   e
( p   p )  mc 2   e
∴
(A.26)
さらに,相対論的エネルギーと運動量の間には,
 e2  (cpe )2  (mc 2 )2
(A.27)
ˆ p
ˆ   cos  を用いて,
の関係が成り立つ。そこで, (A.25)  (A.26) に(A.27)式と p
2
2
1
1
1


(1  cos  )
 p  p mc 2
となり,(1.14)式を得る。
■
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆【発展終】
134