【銀 賞 】 「善い社会」のための「制度」へ 「3.11」以 後 ,私 たちは い か なる社 会 を求 め る(べ きな)の か ? 鈴木 鉄忠 日本学術振興会特別研究員 PD(中央大学) 〔修士課程:武藤滋夫研究室 2003 年 3 月修了、博士課程:今田高俊研究室 2010 年 3 月単位取得退学〕 キー ワー ド:グローバル社会,環境,コミュニティ 概 要 :本稿は,「3.11」を日本国外から体験した日本人のひとりとして,この取り返しのつかない自然災害 および社会的惨事が私たちの社会に突きつけた意味を,「善い社会」のための「制度」という観点から理 解する試みである. 台風の時化のような,港の防波堤に波風が強く吹きつける映像.3 月 11 日,日本から1万㎞離れたイタ リアでもほぼリアルタイムで東日本大震災の映像が報道された.田畑や町をなぎ倒し進む大津波の映像, 首都圏の混沌とした様子,次々に伝わる被災地の甚大な被害.テレビから目に飛び込む凄惨な映像に 言葉を失った.しかし,ほぼ同時的に世界中で報道されたこれらの映像を被災地のほとんどの方々はみ ていない.なぜなら「地震直後から停電していた」からだ(参考文献[1]―以下番号のみ表記).さらにその 後明らかになったのは,原発事故直後からの放射性物質の拡散経路,被災地の放射線量のデータ,炉 心溶融に関する情報も,被災地の住民や大部分の日本国民に知らされなかった.「3.11」で露呈したグ ローバル社会の現実とは,情報が電子ウェッブを通じて瞬時に世界中に発信されるが,しかし,肝心な情 報はごく一部の関係者によって統制されているという事実だった. しかしながら,「3.11」は本来の「グローブ(地球)」のより深い意味をも示した.それは私たちがひとつの 惑星地球という環境に拘束されていること,グローバル社会もこの外には存続できないという事実だった ([2]).人間と環境との共生に関わって,近代以前の日本のコミュニティが継承してきた知恵の大切さ.三 陸地方に言い伝わる「津波てんでんこ」は防波堤を呑み込む 10m超の大津波に対して多くの命を救った ([3]).そして「災害弱者」の命を助けるには日頃のコミュニティづくりがいかに大切かをも示した.それは 山口県上関町・祝島のように,過疎地域という構造的な問題を抱えつつも,生物多様性の保全と持続可 能なコミュニティづくりにむけて,29 年前からある原発建設計画に反対し続けてきた人々の社会運動と深 く連なっている([4][5]). 「なぜヒロシマとナガサキを経験した日本の方々がこんな目に遭うのか… 今,故郷や家を追われた 方々のことを察すると胸が痛むよ…」.イタリア国境の町トリエステにて,沈痛な表情でこう語った方は,第 2 次大戦で故郷のイストリア半島(現クロアチア)を追われた経験を背負い,定年後は将来の世代のため ...... の国境をこえた地域コミュニティづくりに賭けていた.「なぜ被爆国」「なぜ世界一の地震国」にもかかわら . ず「54 基もの原発があるのか」.日本の外から見れば「当然」の疑問に,私は答えられなかった.正直いえ ば,そんな疑問すらないまま 33 年間暮らしてきた.それでもなお,被災した方々の痛苦とそこからの恢復 に気持ちを寄せようとするならば,いったい何ができようか([6]).そのひとつは,これまで「当たり前」の日 常生活を枠付けていた「制度」をはっきり認識しようとすることから,始めるしかない([7][8][9])――私たち が毎月支払う電気料金は原価に利潤を上乗せした額で決められ(総括原価方式),その 2%弱が明細書 に未記名の内税(電源開発促進税)として徴収されていた.その一部が過疎地域に集中する原発立地自 治体へ「迷惑料」として交付される(電源三法交付金).原発立地から政策決定にいたるまでは「原子力ム ラ」という閉鎖的コミュニティ内部の談合によって決定される.原発立地地域は地域間格差を背景とした非 対称な関係で「原子力ムラ」と結び付けられる.原発「安全神話」は広告キャンペーンによって社会に刷り 込まれる(“PA 戦略”).原発事故の収束は自衛隊と警察と消防と現場作業員の方々が行った.事故の賠 償が保険限度額を超える場合,国会の議決により政府が援助(原子力損害賠償法),つまり国民負担が 現実となる.除染した土壌,高レベル放射性廃棄物の処分をめぐる難題は未解決のままだ. はたしてこれらの「制度」から作られる社会は「善い社会」なのか.社会学者ベラーたちは,地球規模の 分業・交換経済・不均等な発展から作られる「大きい社会」に対して「善い社会」を対置した.「善い社会」 の核心は「社会のすべての構成員が進んで問うべき,開かれた問い」であり,「この惑星上で,私たちおよ び私たちの後に来る世代が善い生活を送るために,私たちはほんとうに何を求めているのか,何を求める べきなのか」という切実な問いを意味する.この問いかけで本質的な役割を果たすのが「制度」である.な ぜなら「制度」は,社会の法と日常生活の慣習行動・習慣の内に埋め込まれ,またそれらによって強制さ れる私たちの規範的な行動パターンであり,それによって「私たちは制度を形作り,制度は私たちを形作 る」からだ([10]). 私たちは「大きな社会」のために「3.11」以前と変わらない「制度」を選択するのか.それとも「善い社会」 へ向かうような「制度」を問うていくのか.6 月 13 日にイタリアの友人から興奮の伝わるメールが届いた.当 初の予想を覆し,原発再開の賛否を問うイタリア国民投票が成立要件の過半数を超え,再開反対が 9 割 以上を占めた.「市民科学者」という言葉がある([11][12]).私は一市民として,社会学を学ぶものとして, 「善い社会」へ向かうような「制度」を問うていきたい. 参考文献: [1]. 長谷川公一,『脱原子力社会へ―電力をグリーン化する』,岩波書店,243p,2011 年,i 頁. [2]. アルベルト・メルッチ著,新原道信・長谷川啓介・鈴木鉄忠訳,『プレイングセルフ―惑星社会における人 間と意味』,ハーベスト社,256p,2008 年,3 頁. [3]. 山下文男,『津波の恐怖―三陸津波伝承録』,東北大学出版会,249p,2005 年,105-120 頁. [4]. 纐纈あや,ドキュメンタリー映画『祝の島』,ポレポレタイムス社,本編 105 分. [5]. 日本生態学会上関要望書アフターケア委員会編,『奇跡の海―瀬戸内海・上関の生物多様性』,南方新 社,237p,2010 年. [6]. 新 原 道 信 , 「 死 者 と と も に あ る と い う こ と ・ 肉 声 を 聴 く こ と 」 メ ー ル マ ガ ジ ン 『 大 月 書 店 』 第 28 号 , http://www.otsukishoten.co.jp/files/memento_mori_20110426.pdf,2011 年 10 月 31 日確認. [7]. 吉岡斉,『新版 原子力の社会史―その日本的展開』,朝日新聞出版,399p,2011 年. [8]. 原子力資料情報室編,『原子力市民年鑑 2010』,七つ森書簡,330p,2010 年. [9]. 内橋克人,『日本の原発,どこで間違えたのか』,朝日新聞出版,270p,2011 年. [10]. ロバート・N・ベラーほか著,中村圭志訳,『善い社会―道徳的エコロジーの制度論』,みすず書房,366p, 2000 年,7-11 頁. [11]. 高木仁三郎,『市民科学者として生きる』,岩波書店,260p,1999 年. [12]. 高木仁三郎,『原発事故はなぜくりかえすのか』,岩波書店,188p,2000 年.
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