研究者(学者)と技術者

所 感
研究者(学者)と技術者
浜本 聡* 研究者
(学者)と技術者の言葉の意味の違いが気に
このような、論文が数値化された評価方式は、ある
なったので、Wikipedia に書かれている、世の中の多
意味、評価の透明性が確保されているとも言えるが、
くの人のイメージを取りまとめてみた。
研究者の成果は論文であるとの風潮が強くなりすぎ、
まず、研究者は、
「ある特定の物事について、人間
独法の研究所の重要な使命である、研究による社会貢
の知識を集めて考察し、実験、観察、調査などを通し
献が忘れられてしまう心配がある。
て調べて、その物事についての事実を深く追求する
確かに、論文の本数をある程度そろえることも重要
者」
、技術者は、
「理論的・実験的アプローチにより事
であるが、極端な論文偏重は、論文にならないと成果
前に設定された目標を達成するための設計・製作など
が世の中に出て行かない弊害を生み、また、工学系の
を目指す者」となっていた。
論文は技術基準のような形に翻訳しないと、研究成果
また、研究者と技術者の関係については、
「ヨーロッ
を現場に適用することができない問題もある。
パでは研究者の方が工学技術者より格上であるという
幸いにも、多くの研究者は、研究成果の普及を論文
風潮がある。これは、もともと貴族が趣味として自然
以外の形でも行おうと努力している。ただ、研究内容
科学を探究し、先導してきた歴史背景があるためと言
と現場で必要とされているものが完全に一致すること
われ、実際、応用技術より基礎研究に対する関心が強
は希であるため、研究内容を現場へ適用する調整に、
い。この背景が存在しないアメリカでも、社会に大き
非常に苦労しているように見える。
な影響力を持ち指導者的な役割を果たす研究者がかな
また、研究者は技術者と違い、現場に接する機会が
り存在する。
」とあった。
少ないため、安全、コスト、環境、情報、人的資源管
Wikipedia で、さらに学者と研究者の違いをみると、
理といった現実のマネジメントの問題にも不慣れであ
学者は、
「企業ではなく大学などの学術・教育機関に
り、この点からも、行政がすぐに使えるような実用的
属している研究者を指すことが多い。これは、教育サー
な技術資料をつくることに手こずっている。
ビスを提供するかどうかも学者・研究者を区別する一
このため、研究者と行政との間を仲立ちしているコ
つの基準である。
」とされていた。
ンサルタントのような技術者が、現場の設計に反映さ
ところで、最近の研究所の状況をみていて、一つ気
せるための解釈を行ってきたが、近年では、災害復旧
になることがある。研究所の研究者も、大学の研究者
などにおいて、成果の即時性が強く求められているこ
と同じように、
学者としての格を維持するため、ジャー
とから、研究者にも技術者のような広い分野の技術力
ナルなどに数多くの論文を出すことに追われ、研究成
とマネジメント能力が必要とされ、実際、技術士資格
果の普及に割ける時間が段々と少なくなってきている
を持った研究者が増加してきている。
ことである。
少し前まで、研究者は基礎的な研究、技術者は実用
学者の格は、世界的に見てジャーナルなどの英語で
的な職務と、大ざっぱな棲み分けがなされてきたが、
書かれた査読付き論文の質と数で決まっており、また、
研究内容が複雑化・高度化している現状からも、今後、
学者としての称号である博士を取得するには、大学に
研究所に求められる人材は、技術者と同程度の専門分
もよるが、通常3本以上の査読付き論文が必要とされ
野以外の知識と、マネジメントの能力を持った研究者
ている。
なのかもしれない。
(独)
土木研究所 寒地土木研究所 寒地水圏研究グループ長*
寒地土木研究所月報 №717 2013年2月 1