RCD Report 18 地方分権改革と 地域民主主義の発展 分権型政策制度研究センター 地方分権改革と 地域民主主義の発展に関する研究会 2015年3月 目次 Ⅰ 研究テーマの設定理由 3 Ⅱ 地方分権改革と立法手続き――義務付け・枠付けの見直しと条例化にみる 4 Ⅲ 広報・広聴の仕組みと総点検 6 Ⅳ 市町村とのコミュニケーション回路の実態 8 Ⅴ 議会の活動と役割 9 11 むすび 2 Ⅰ 研究テーマの設定理由 Ⅰ‐1 1995 年の地方分権推進法の制定、地方分権推進委員会の設置から 20 年である。 同委員会の勧告をうけて 2000 年 4 月には、機関委任事務制度の全面的廃止を軸とする第一 次地方分権改革が実施に移された。直接公選で選ばれた市民の代表機関である首長らを主 務大臣の地方機関とする矛盾に満ちた機関委任事務制度は、ようやくにして廃止された。 自治体は法制度的に地方政府としての条件を入手した。 Ⅰ‐2 さらに第一次安倍政権が設置した地方分権改革推進委員会は、法令による自治体 行政の義務付け・枠付けの緩和を重要な課題として審議した。同委員会の勧告は政権交代 後の民主党政権によって実施に移された。 Ⅰ‐3 こうした改革によって自治体の自由度と責任が拡大した。だが、第一次地方分権 改革によって設けられた「国地方係争処理委員会」が事実上「開店休業」状態にあること が示すように、一連の改革を住民の自治=地域民主主義の発展に活用できているだろうか。 残念ながら、改革の成果が住民に実感されているとはいえないだろう。 Ⅰ‐4 地方分権改革は、住民の自治=地域民主主義の拡充のためにある。また、それを 図りつつ日本の民主主義政治体制を豊かにするために必要とされている。 Ⅰ‐5 本研究は、こうした観点から自治体政治・行政を点検し、地域民主主義の発展の 条件を探ることを目的としている。 3 Ⅱ 地方分権改革と立法手続き ――義務付け・枠付けの見直しと条例化にみる Ⅱ‐1 機関委任事務の全廃はたしかに戦後日本の地方自治にとって画期的であった。だ が、自治体行政は法律・政令等によって、政策・事業の具体的展開を縛られてきた。地方 分権改革推進委員会は、当初、自治体行政に対する法令等の「規律密度」という言葉で、 その緩和を改革の目標とした。のちにそれは法令等による義務付け・枠付けの緩和と表現 されるようになる。いずれにせよ、この改革が「画期的」であるのは、中央が法令の規定 を緩めたのではなく、法令上の規定から条例による規定へと改革したことにある。 Ⅱ‐2 法令上の規制基準は「従うべき基準」「標準」「参酌すべき基準」に分類されたう えで、自治体条例に定められることになった。こうしたカテゴリーは設けられているが、 自治体は住民の意思を確認しつつ自治立法を制定できるようになった。それだけに、自治 体の立法能力の真価が問われるとともに、条例制定の実際は、地方自治=地方分権改革の 行方をみる試金石でもある。 Ⅱ‐3 いずれの自治体においても、短期間に条例を制定せねばならないこと、行政レベ ルでいえば関係部局が多岐におよび組織マネジメントが難しいこと、分権改革推進担当セ クション=政策法務セクションと事業担当セクションの思考における齟齬など、多くの困 難が付きまとったことは事実である。 Ⅱ‐4 全国的傾向は別添資料 1 のような状況であった。 Ⅱ‐5 研究会参加自治体では、道路法に基づく府県道の構造に関する条例、介護保険法 に基づく指定介護老人福祉施設の人員基準等についての条例、市指定地域密着型サービス の事業の設備、運営の基準等に関する条例等が、とくに行政の関心の的となった。これら によって、自転車道を定めない道路の幅員を自転車の通行に配慮して決めることや、特別 養護老人ホームの居室定員を国基準より拡大すること、居室の床面積の拡大、人口一人当 たりの都市公園面積の拡大等が、条例に定められた。 Ⅱ‐6 全体的にいうと、上記のような「困難」がともなったことも事実ではあるが、地 域民主主義の確立に向けたエポックメーキングともいうべき「絶好の機会」を生かし切れ ていなかったことも否めないであろう。 <提言> 1 自治体の歴史を振り返るならば、公害防止条例、情報公開条例、自然環境保全条例を 4 はじめとして、国を先導する条例を制定し国政を動かした。より大規模に独自条例を定め ることができるようになった今日、首長(職員機構)、議会は、自ら自治立法権の重要性を 真摯に追求するとともに、具体的事例を交えて自治立法権の重要性を住民とともに学習す る機会を恒常的に設ける。 2 今回の条例制定にあたって一定期間後の見直し規定を定めた自治体もあれば、そうで ない自治体もある。いずれにしても、制定の経緯からみて一定期間後の見直しが必要とさ れている。行政は条例によって生じた新しい事態を精査するとともに、その結果の定期的 公表、それをもとにした住民との協議を実施し、自治立法の意義をともに学ぶ場とする。 3 条例制定において議会からの問題提起は、はなはだ低調であった。議会は首長となら ぶ市民の代表機関であり、義務付け・枠付けの緩和に伴う条例の制定は、本来、議会から の積極的問題提起があるべきだ。 「Ⅴ 議会の活動と役割」でも述べるが、議会は条例が対 象としている分野について現場での調査、住民からの意見聴取、議員全員での学習を積極 的におこなう。 5 Ⅲ 広報・広聴の仕組みと総点検 Ⅲ‐1 自治体行政における広報・広聴の制度化が始まったのは、1960 年代後半からであ る。広報紙の発行はもとより、首長への手紙、首長ならびに行政幹部が出向いての地域集 会等が試みられるようになった。いまや広報・広聴は制度的に定着したばかりか、その手 段もケーブルテレビやIT技術の進展にともなって高度化している。 Ⅲ‐2 研究会参加自治体の制度実態は、別添資料2のとおり。 Ⅲ‐3 しかし、こうした制度化と伝達手段の高度化はあるものの、それが行政における 意思決定に有機的に連動しているかとなると、多くの疑問も提示されている。本来、広報・ 広聴は、PR(Public Relations)であって双方向のものでなければならないが、実態は一 方通行の色彩が濃厚であることは否めない。 Ⅲ‐4 自治体は法令に義務づけられた審議会等にくわえて条例や要綱にもとづく審議会 等を設け、政策や事業のあり方を諮問し、その報告(答申)をもとに政策や事業を立案す ることが少なくない。ただし、委員の人選、事務局の役割、審議状況の広報、報告の活用 等について見直すべき事項は多いといえよう。 Ⅲ‐5 行政手続法、行政手続条例にもとづきパブリック・コメントが、多くの自治体で おこなわれている。だが、パブリック・コメントを求める事案についての説明は、はたし て適切におこなわれているだろうか。また、結果についての情報の公開は丁寧におこなわ れているだろうか。さらには、条例化などにあたってパブリック・コメントが、どのよう に反映されたのかを住民に十分に説明しているだろうか。 <提言> 1 広報・広聴を双方向のチャンネルとするために、とりわけ広聴によって寄せられた意 見等を担当部局のみで整理するのではなく、全庁的に対応する。 2 広報は多様な媒体を活用することは当然だが、<Face to Face>による伝達を重視 すべき。地域集会等を活発化させ、住民が行政の指向(思考)について知るとともに、意 見を聞く場とする。 3 審議会等の設置は、なぜそれを必要とするのか、なにを審議するのかについて事前の 説明を十分におこなう。委員の人選については、一定数の公募委員をかならず加える。事 務局は会議に必要な資料を十分に提示する。また事務局が報告案を執筆するのではなく、 委員自らが報告を執筆するのが望ましい。審議会等の審議状況は公開を原則とし、また多 6 様なチャンネルで広報する。 4 パブリック・コメントの実施にあたっては、事前に事案について丁寧かつ詳しい説明 を果たす。コメントの結果については、概要ではなく詳細に広報する。また、パブリック・ コメントの結果をいかに事案の処理に用いたのかを詳細に説明する。 「Ⅴ 議会の活動と役 割」においても再論するが、議会もまたパブリック・コメントの実施主体となる。 7 Ⅳ 市町村とのコミュニケーション回路の実態 Ⅳ‐1 基礎自治体と広域自治体とのコミュニケーション回路は、「補完性の原理」がいわ れるものの、実質を伴っているだろうか。広域行政の必要性が議論されるが、広域的行政 課題なるものの処理は、基礎自治体の役割を抜きにおこなうことはできない。基礎自治体 の保健・福祉には、広域自治体との役割整序とその協力が問われる。 Ⅳ‐2 研究会参加自治体のコミュニケーション回路の実態は別添資料3のとおり。 <提言> 1 地方分権改革の成果の一つとして国と地方の協議の場の法制化をあげることができる。 その活用が十分におこなわれているかどうかはともかく、同様の協議の場は府県と市町村 のあいだにも設けられるべきである。市町村、府県のどちらからも開催を求めることがで きるものとする。メンバーは、知事・市町村長とする。 2 政策分野ごとに実務者による協議の場を制度化し、定期的に開催する。それは府県側 からの説明の場ではなく、両者の役割分担とその整理についての議論の場とする。これは、 とくにⅡで述べた義務付け・枠付けの緩和に伴って制定された条例の見直しをおこなう場 として、活用されるべきである。 8 Ⅴ 議会の活動と役割 Ⅴ‐1 長と議会は、それぞれ市民の代表機関であり、本来、緊張感あふれる対抗関係が なくてはならない。だが、実際には、不透明な「根回し」「取引」などがおこなわれている ともいわれてきた。また議院内閣制と大統領制の制度原理が正しく理解されずに、首長「与 党」としての議会内多数派が、議会での議論を支配しているともされる。 Ⅴ‐2 一方において、議会もまた住民との信頼関係を自ら損なっているところが少なく ない。議事手続きの先例踏襲、報酬や政務活動費等をはじめとした議会予算に関する説明 責任の不十分さなどが問題視されてきた。 Ⅴ‐3 議会は、休日・夜間にも開催するなど改善の余地は少なくない。議会としての広 報・広聴もまた、充実しているとはいえないのではないか。いかに市民の信頼感あふれる 議会を創るかは、依然として重要課題である。 <提言> 1 議会は複数の党派・会派から構成されており、意思の一体性が存在するわけではない。 だが、議事機関としての議会は一体となって行動することができよう。住民の代表機関と して、当該自治体のかかえる課題についてフォーラムなどを頻繁に開催し、住民とのコミ ュニケーションを充実させる。そこでの住民意思をそれぞれの政党・会派がどのように政 策化するかは別個の問題である。 2 議会の会期終了後に「議会便り」といった広報紙が発行されるのが通常だが、会派別 に質問者の顔写真入りで質問趣旨と首長等の答弁趣旨を漫然と掲載するといった編集では なく、審議された議案の背景や議論の論点、結論に至った背景等を説明するものに改善す る。また、会期終了後には、議員全員での住民に向けた議会説明会を実施する。会派間に 対立点があったならば、その理由を明確に説明する。 3 議事日程の会派間協議は、会派代表者会議といった非公式の会議で行うのではなく、 常任委員会である議会運営委員会において住民の傍聴のもとでおこなう。 4 議会はなによりも行政のチェック機能を重視すべきである。例えば住民の参加をえて 議会として事業仕分けを行う。審議の状況は多様な媒体を用いて広報する。 5 議会での議論を活発化させるために、首長側の反問権を制度化する。また、委員会審 議においては、傍聴席からの住民の質問を受け付けることも考える。 9 6 政務活動費は条例にもとづくが、詳細な使途対象事項は議会内規則とされている。議 会は使途対象について、それが定められている理由を住民に説明するとともに、住民の意 見をもとに見直しを適時おこなう。 7 政務活動費は基本的に行政調査、条例・予算審査等の準備に充当されるべきである。 議員の調査・研究の一環として、市民を交えた、あるいは市民のみによる具体的事案にも とづくフォーラム・討論会などを、積極的に開催すべきである。使途の内容を会計書類と ともに公表するのは当然だが、活動内容について住民に詳細に公表する。その手段は複数 の媒体によっておこなわれるべきである。 8 住民からの陳情・請願は、住民による政策提案と捉え、付託された委員会の審議日時 を代表者に伝達する。さらに代表者を委員会に招き、提出理由について説明を受けるとと もに質疑をおこなう。審議結果については、そこに至った理由について説明責任を全うせ ねばならない。 10 むすび 自治体は市民の信託のもとに成り立つ地方政府である。2000 年の第一次地方分権改革は、 機関委任事務制度の全廃によって中央政府の下級行政機関としての性格を自治体から払拭 した。自治体は戦後 55 年にして地方政府としての法的条件を入手したのである。 この改革から 15 年の歳月が経過した。自治体はきびしい政治・行政・財政環境の下で、 徐々に地方政府へ向けて試行を繰り返してきたといってよい。とはいえ、自治立法権、自 治行政権を確立し市民の信頼を得るとともに、中央政府に対抗するためには、依然として 多くの課題が残されている。 この研究会では、法令による義務付け・枠付けの緩和=条例化を素材として自治体の立 法能力や手続き上の課題を考察するとともに、市民と行政とのコミュニケーション回路、 同じく広域自治体と基礎自治体とのコミュニケーション回路の実態と課題を討議した。 これらは首長とその補助・補佐機構である職員機構のみの課題ではなく、もう一つの市 民の政治的代表機関である議会の課題でもある。首長と議会の緊張感あふれた関係なくし て、自治体が地方政府へ成長することは難しい。そこで、近年とくに市民のきびしい眼差 しの注がれている議会について、運営のあり方を考察した。 研究会はこれらの事項について改革に向けた提言をまとめた。もとより、これらの提言 は、今日の自治体が抱える問題状況全般におよぶものではない。ある意味で最も基礎的な 改革提案である。まずは、こうした提言が参考とされて、自治体が地域民主主義を発展さ せる拠点として歩むことを期待したい。 なお、本報告書に述べた提言は、当センターに参加する府県知事・市長の意見ではない。 研究会を構成した自治体職員・研究者・ジャーナリストの議論を、最大公約数的にまとめ たものである。 11 分権型政策制度研究センターとは・・・ 2005 年 7 月発足。第 2 次分権改革に向けて志を同じくする首長、研究者、ジャーナリストによって設立され、 政策・制度設計の研究とそれにもとづく提言活動等を通じて、分権型社会の構築に資することを目的としている。 提言、声明の発表の他、センター参加府県の職員・研究者・ジャーナリストによる研究会を毎月1回開催。 2014 年 4 月からは「地方分権改革と地域民主主義の発展に関する研究会」、 「人口減少時代における自治体のあ り方に関する研究会」を行い、分権型社会にふさわしい姿を追究してきた。 ◆分権型政策制度研究センター構成員 達増 拓也 (岩手県知事) 石井 隆一 (富山県知事) 新藤 宗幸 (センター長:(公財)後藤・安田記念東京都市研究所 三日月大造 (滋賀県知事) 浅野 史郎 (神奈川大学教授) 山田 啓二 (京都府知事) 池上 岳彦 (立教大学教授) 平井 伸治 (鳥取県知事) 佐藤 (早稲田大学教授) 理事長) 滋 伊原木隆太 (岡山県知事) 神野 直彦 (東京大学名誉教授) 湯﨑 英彦 (広島県知事) 高橋 滋 (一橋大学教授) 山口 祥義 (佐賀県知事) 西尾 勝 (東京大学名誉教授) 森 (長岡市長) 松本 克夫 (ジャーナリスト) 山口 二郎 (法政大学教授) 民夫 (2015.3.31 現在) ◆これまでの主な活動 声明・提言 『三位一体改革』に関する緊急提言(2005/10/20)、 『三位一体改革』に関する政府・与党合意に対する緊 急声明(2005/12/1)、 『骨太の方針・2006』に関する声明(2006/6/1)、地方分権改革推進委員会と安倍政 権への緊急提言・ 『地方分権改革の着実な進展を求める』 (2007/4/27)、地方分権改革推進委員会「第 1 次 勧告」を受けた声明・ 『地方分権改革の確実な一歩を』(2008/6/6) 、地方分権改革推進委員会「第 2 次勧 告」に関する声明(2008/12/11) シンポジウム 『新政権に注文する!第2次地方分権改革』(2006/11/11) 『新政権のもとで分権改革をいかに進めるか』 (2007/11/16) 『2011 年度予算と地方分権改革』 (2010/12/9) 『府県と大都市制度』(2011/12/13) 研究会報告書 「地方分権型の教育行政制度に向けて」 、 「分権型の生活保護行政に向けて~選別型サービスからユニバー サルサービスへ」(2006.8)、「分権型社会へ向けた国・地方権限配分構想」、「地方分権と施設整備基準の あり方」 (2007.8) 「分権型社会へ向けた財政調整システムの改革」 、 「分権型社会へ向けた府県と市町村間 の権限配分のあり方」(2008.8)、「分権型社会の自治体公務員制度」、「分権型社会の土地利用政策」 (2009.8)、「自治体における行政委員会制度のあり方」「地方分権型社会における公共事業のあり方」 (2010.8)、「子どもの安定した生活と成長を願って」(2011.3)、「地域交通体系のあり方に関する提案」、 「地方政府体系と権限配分のあり方」(2012.3)、「再生可能エネルギーの普及と自治体の役割」、「広域連 合のガバナンス-その課題と方向性」(2013.3)、「広域行政課題への対応と地方政府体系のあり方」、 「分 権型社会における公務員制度と人材育成のあり方」(2014.3)、 「地方分権改革と地域民主主義の発展」 、 「人 口減少時代における自治体のあり方」(2015.3) 12 RCD Report 18 地方分権改革と地域民主主義の発展 2015 年 3 月 31 日発行 分権型政策制度研究センター 地方分権改革と地域民主主義の発展に関する研究会 〒100-0012 東京都千代田区日比谷公園 1-3 市政会館 TEL 03-3591-0566 FAX 03-3591-0567 13
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