S : まず、 武満徹作曲賞ファイナリストに選ばれたこと

5月28日(土, 17時開演)にBuncademyで開催予定の「作曲家パク・ミョンフン特別講演会」について。
開催の前にBuncademyの代表シムが韓国のソウルでパク氏にお会いし、お話を伺いました。
(
S :
P:
パク・ミョンフン氏
S : シム・ヒョジョン )
まず、 武満徹作曲賞ファイナリストに選ばれたこと、おめでとうございます。やはりそれ
に関して質問せずにはいられないのですが、その作品はどのようなことに焦点を当て作曲をしま
したか。または曲の背景について教えてください。
P`:
私の父は画家です。 東洋画(韓国画)の画家ですが、この作品は、父の絵画から霊感を得
て作曲したものです。その絵画の写真をお見せします。
※ 絵画の説明:作品には、色彩の深さが感じられるいくつかの平面的なオブジェと、花や実などの
自然と風景が周辺の要素として描かれている。(この説明はシム個人の主観的な印象による)
S:
韓国画というには、 現代的というか、色味もやや強烈的な印象ですね。
P`:
そうです。父は水墨画を主に描いていましたが、これを描いた時は、父にとって色々なこと
を実験していた時期だったようです。私は父の作品の中の一般的な韓国画より、この作品により
関心がありました。それで、この絵画を選択し、曲を書いて父にプレゼントしたいという気持ち
で始めました。 結果的にはこの絵画を音楽として表現するということです。まず、この絵画から
感じ取ったことの順番を整理し、その順番に従い、どのように、どこに焦点をあて音楽に適用し
たのかという、流れで展開されます。
S :
今回の パクさんの作品のタイトルが、triple sensibilities ですが、ということは、お父様の絵
画から三つの感情を…
P`:
感じ取ったのです。この美術作品の題目は《冬の叙情》です。作品の中、実がなるという事
実的で自然的なもの、雪が降るということから感じる生命力、後ろの背景は固くて冷たい、下部
には力動的な印象等があります。これらの感情は別々ではありますが、分離されず 複数の感情を
同時に抱きました。そのような感情を音楽に表現したのです。したがって題目を《三重感情》と
名付けたわけです。
この作品は最初の部分にそれぞれ異なる短い部分が並んでいます。単なる並びではなく、線上で
こう配置したり、ああ配置したり、または置換などをしながら作曲をしました。父の作品の中の
花を例えとして説明すれば、同じ花であっても背景や色、質感等によってその印象が変わってき
ます。それを整理して曲に表現しました。
一般的に美術作品を対象に作曲するときの難しい点は、私はこういうふうに感じたけど、聴者は
そうではないかもしれないので、難しい部分があります。けれど、私は絵画に基づいて何度も創
作をしましたし、絵画から受けた印象が最大限に疎通できるように力を注いでいます。
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少し心配しているのは、オーケストラ作品はセクションの流れが少し長いですが、この曲は最初
の部分の断片がやや短いです。それがどう伝わるか気になります。
S :
一般的ではなく、特徴があってどのように演奏、解釈されるか、または観客にどのように伝
わるか楽しみです。
実際、多くの作曲家たちが絵画や文学などに影響を受けて作曲をしていますが、パクさんはそう
した芸術的な背景の中で自然に影響を受けたと思いますが、いかがでしょうか。
P`:
そうです。幼い頃から父のアトリエは勿論自宅でも常に絵に囲まれていました。美術作品と
共に育ちましたね。 父からは多くのことを学んだし、また父と私は美術と音楽という異なる分野
ですが、芸術と芸術という立場からコミュニケーションをしました。
S :
そのような美術的な影響を実際音楽に表現し始めたのはいつ頃からですか。また、影響を受
けた作曲家はいますか。
P`:
ドイツで修士論文としてモートン・フェルドマン(Morton Feldman 1926~1987)の 《ロス
コ・チャペル》 Rothko Chapel(1971)について分析を行いました。本格的に音楽と美術の接合
を試みたのはその頃からだったと思います。《ロスコ・チャペル》 は、フェルマンの初期の音楽
とも後期の音楽とも大きく異なり、非常に特色があります。
S:
抒情的ですね。ヴィオラの旋律が印象的な…。
P`:
心を打たれました。その作品をきっかけにフェルマンの音楽に目覚めました。チャペル(礼拝
堂)の中にある絵画から私が初めて感じた印象は固さです。
指導教授と話しながら、その絵画から何かを見つけるようにとアドバイスを貰いました。その以
降は作曲を始める前にまず絵画を分析し、また、周辺との調和を比較していくうちに、最初は感
じ取れなかった異なる印象も見出せるようになりました。
S :
影響を受けた作曲家としてフェルドマンを挙げましたが、当時フェルドマンと共に抽象表現
主義の絵画に影響を受けた実験主義作曲家、アール・ブラウン(Earle Brown 1926~2002) やクリス
チャン・ウォルフ(Christian Wolff 1934~ )
P`:
S:
いいえ、特にフェルドマンの影響が強いです。
分かる気がします。同じく絵画から影響を受けたとして、音の扱いや音楽への適用などはそれ
ぞれ異なるはずですので。音要素や実際の音楽的な部分についてもお話をお伺いしたいのですが、
具体的な話は講演会で聞かせてください。
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S : 5 月 28 日の Buncademy の講演会ではどのような内容を聞かせてくださる予定なのか、簡略に
説明していただけますか。
P`:
私の曲の中で、 エッシャー(Maurits Cornelis Escher 1898~1972)のリトグラフ(石版画)作
品、 Encounter(1944)でインスピレーションを受けて作曲した5人の演奏者のための同名作品、
encounter (2014) があります。もう1曲は写真を対象に作曲をした、they are…(2014) という題目
の、7人の演奏者のためのアンサンブル作品です。講演ではこれらの2曲を中心に話をしたいと
思っています。
結局同じ脈絡です。絵画であれ写真であれ、視覚的な対象をどのように分析して、そこからどの
ようなマテリアル(素材)を取り出したか、またはどのように音楽化したのかについてです。
私は、美術作品を音楽化する際、感傷的な音楽を作ろうとすることじゃなければ、素材をできる
限り細かく取り出して曲に用いるべきだと思います。絵画を音楽として表現するということは、
一瞬考えると食傷気味で幼稚に思われるかもしれませんが、それ(素材)をどのように使用する
のかによって音楽の質が決まります。
S :
パクさんの既存の曲を数曲聴きましたが、おっしゃられたように素材の繊細な使用が感じ取
れました。同様の概念ですが、今回の武満作曲賞のパクさんの作品についての審査員の一柳氏の
コメントを見ると、楽器の丁寧な使用や音色に対する感受性を高く評価しています。今日のパク
さんのお話から考えると、パクさんの音楽の本質を正確に把握したのではないかと思いますが。
P`:
その通りです。私は楽器の音色や響きの質を非常に重要視しています。そのために日々精進
しています。
S :
オーケストラ作品では特に楽器の慎重な使用と配慮が一層求められると思います。オーケス
トラ作品の作曲は今回が何曲目ですか。
P`:
4曲目です。コンクールからだと、
尹伊桑(ユン・イサン)作曲賞の作品がオーケストラ
作品でした。エリザベート王妃国際コンクールでは、ヴァイオリン協奏曲でしたので、それも含
めば5作品ですね。今回の武満作曲賞ではエキストラ楽器の追加が許可され、また、3管までの
使用が可能でしたので、より繊細な表現ができました。2管に比べ非常にハードな作業ではあり
ますが。
S :
個人的にパクさんのオーケストレーションについても気になります。講演会でお伺いできれ
ばと思います。当日は音源鑑賞だけではなく、ビジュアル的な部分につていの提示も期待できそ
うですが…。
P:
もちろんです。
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S:
目と耳が楽しい講演会になりそうですね。楽しみにしています。
S:
コンクールや講演とは全く関係ない質問ですが、最後にお伺いいたします。
Buncademy では文化芸術関連の様々なテーマのシンポジウムを開催しています。昨年のあるシン
ポジウムのテーマが「現代音楽とは何か?」という非常に大きなテーマで、誰もが口にするが、
実際に定義を下すことが難しい、そして真剣に考えるべき重要なテーマについてシンポジウムを
行いました。パクさんは現代音楽の作曲家として現代音楽の未来、または現代音楽についてどの
ような考えをお持ちでしょうか。
P:
普通、現代音楽は難しいと思われる傾向があり、所謂、知識がないと理解できないという観
点もあります。しかし、私の見解では、知識がなくても、理解できるように、例えば、音楽的な
流れがあれば、または話そうとしていることが明瞭であれば、疎通ができ、疎通ができれば十分
理解できると思います。そのために重要なのはコンテンツ(内容)のクアリティ(質)だと思い
ます。今はフィルタリングがきちんとできていないので、誰もが演奏をするから、その中には否
定的に思われる部分も確かにあると思います。しかし、良い質のコンテンツでコミュニケーショ
ンを図ることができると思います。現代音楽の表現においては、いまはすべてが可能ですから、
その中から、何かしら楽しめる新しさを見つけることができれば現代音楽の未来は十分あると思
います。
S :
20 世紀初頭、現代音楽という概念や傾向が出没し始めた当時、または 1945 年以降の 20 世紀
の前衛音楽などでは実際、新しさという概念やその追求はある程度説得力があったと思います。
しかし、いままで現代音楽というジャンルの数多い作品が作られ、演奏され、新しさも掘り下げ
られてきたわけですから、いまの 21 世紀において、新しさという概念も変わってきているように
思われます。パクさんが考えている新しさというのは何でしょうか。
P:
新しさというのは、新しい楽器を制作することや新しい理論や理念を作ることではなく、既
存のものから新しさを創出することだと思います。既存のものをまた別の視覚から観察し、組み
合わせて、新しい何かを作ることです。
S :
ハリー・パッチ(Harry Partch 1901~1974) のように新しい楽器を制作した奇人もいたりはしま
したけどね。(笑)
実際、今の時代に既存のものから新しさを見つけるということは新しい楽器の制作より難しいこ
とではないかと思います。けど、パクさんのように既存のものを絶えず研究し、観察し、新しさ
を追求していく作曲家がいるので、現代音楽の未来は明るいのではないかと思います
今日ありがとうございました。東京でお目にかかります。
P:
ありがとうございました。
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