1 判例 2 解説 - 日弁連交通事故相談センター

 交通事故相談ニュース 37号 (2016年10月1日) 7
1 判例
自動車から降車する際の負傷と運
行起因性の有無
最判平28年3月4日判タ1424号115頁
■ 概要
骨粗鬆症で円背のあるA(83歳、身
長115 ㎝)は、老人デイサービスセン
検討されるべき事柄である。
」
2 解説
本件は搭乗者傷害保険金支払に関する事例判断である
が、その支払要件である「運行に起因する事故」が一般的
に自賠法3条の「自動車・・・の運行によって」と同義と解
されていることから、同条の解釈においても参考となる最
高裁判例である。
本最判は「車両の運行に起因する事故」を「車両の運行
ターの送迎車(地面から床ステップま
が本来的に有する危険が顕在化した事故」であるとした上
で約37cm、座席面まで約72cm)から、
で、本件事故は、危険な降車場所に停車したような事情も
センター職員の介助を受けながら降車
なかったこと、職員の介助という車両の一般的な危険が顕
しようと着地した際に、右大腿骨頸部
在化しないような措置された結果Aが転倒等したといった
骨折の傷害を負った。なお、平素Aを
出来事もなかったことから、車両の危険が顕在化したもの
送迎車から降車させる際は、職員は踏
ではないと結論づけている。原審福岡高判平成27年4月22
み台(高さ約17cm)を用意して介助し
日(金融・商事判例1489 号 23頁)が、運行起因性が認めら
ていたが、本件事故発生時はそれが用
れるためには「運行と事故との間に相当因果関係がなけれ
意されていなかった。本件車両にかか
ばならない」とし、
「降車の際に危険が顕在化して本件事故
る自動車保険契約に付されていた搭乗者傷害特約は、本件
が発生したものとはいえない」から相当因果関係がないと
車両の「運行に起因する事故」により搭乗者が身体に傷害
したのと実質的には同旨であろうと思われる。上告人(A
を被った場合に保険金が支払われるものとしている。
の遺族)は、大阪高判平成23年7月20日(判タ1384 号 232
保険金支払要件中、本件事故が本件車両の運行に起因
頁)を引用して本件でも運行起因性が認められると主張し
するものかが争点となり、1、2審に引き続き上告審も、こ
たが、否定されている。同高判は、坂の途中の降車場所で
れを否定した。
夜間にタクシーから降車した乗客が直後に路面の段差に躓
いて転倒・受傷した事故において人身傷害保険の支払要件
■ 判示
としての運行起因性が争われた事案において、
「タクシー
「本件事故は、Aが本件センターの職員の介助により本件
が目的地で乗客を降車させるため停車する場合、運転手が
車両から降車した際に生じたものであるところ、本件にお
座席のドアを開け、乗客が全員降車し終わってドアを再び
いて、上記職員が降車場所として危険な場所に本件車両を
閉じるまでの間も、自動車の運行中であると解するのが相
停車したといった事情はない。また、Aが本件車両から降
当である」としたものであるが、本最判は、大阪高判と同
車する際は、上記のとおり、通常踏み台を置いて安全に着
様に「ドアが開き、降車が終わりドアが再び閉じるまでの
地するように本件センターの職員がAを介助し、その踏み
間」
「時間的に停車直後、場所的にも車両の直近」において
台を使用させる方法をとっていたが、今回も本件センター
事故が発生している本件で運行起因性を否定した。本最判
の職員による介助を受けて降車しており、本件車両の危険
が運行起因性を否定する理由として述べているところに照
が現実化しないような一般的な措置がされており、その結
らせば、降車時の事故についての運行起因性の判断要素と
果、Aが着地の際につまずいて転倒したり、足をくじいたり、
しては、①降車場所として危険な場所に停車したことによ
足腰に想定外の強い衝撃を受けるなどの出来事はなかった。
って事故が発生したかどうか(大阪高判の事案は、かかる
そうすると、本件事故は、本件車両の運行が本来的に有す
場合に該当するとの評価もありえよう)
、②車両が本来も
る危険が顕在化したものであるということはできないので、
つ危険性の一態様である「地面との高低差」からの危険が
本件事故が本件車両の運行に起因するものとはいえない。
なお、本件においては・・・Aの年齢及び身体の状況に
現実化しないような一般的措置が講じられていたかどうか
等ということになるのではないだろうか。今後、本最判と
鑑みて本件車両から降車する際に使用されることを常とし
前掲大阪高裁判決とを材料として、運行起因性に関する議
ていた踏み台が使用されていないといった事情が認められ
論が深まることが期待される。なお、自動車乗降中の事故
るが、Aの降車の際には本件センターの職員の介助のみで
における自賠法3条の「運行起因性」に関する近時の参考資
なく、踏み台を使用することが安全な着地のために必要で
料として、中村修輔裁判官による講演「運行供用者責任(バ
あり、上記職員がその点を予見すべき状況にあったといえ
ス乗降中の事故)
」
(赤い本 2015年版(下)27頁)がある。
る場合には、本件センターに対する安全配慮義務違反を理
由とする損害賠償請求等の可否が問題となる余地が生ずる
(第一東京弁護士会 島 田 浩 樹 )
が、このことは、本件における運行起因性の有無とは別途
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