同僚労働者の加害行為と 自動車損害賠償保障法 西 川 達 雄 同僚労働者の加害行為と自動車損害賠償保障法︵西川︶ 二七三 所有者に対しましては、例外的に自家保障の途をも開いております。その二は、自動車損害保障事業でありまして、ひき逃げ事故のよ に、本保険につきましては、その特殊性にかんがみ、政府がその百分の六〇を再保険する措置を講じております。なお、多数車両数の どについて保険業法などの特則を設けますとともに、免責事由の縮減などについて商法の特例を設けることにいたしております。さら のであります。この場合の保険者は民間保険会社といたしますが、本法案の目的を達成するために、引受義務、非営利的料率の算定な の措置であります。その第一は強制保険制度でありまして、原則としてすべての自動車について賠償責任保険契約の締結を義務づける を負わせることにいたしまして、その責任を無過失責任主義に近づけたのであります。第二は自動車側の賠償能力を常時確保するため 車側に故意過失がないとともに被害者または第三者に故意過失があったことを自動車側で証明できないかぎり、自動車側に賠償責任 ﹁第一は、自動車による人身事故の場合の賠償責任を適正にするための措置であります。このために人身事故につきましては、自動 った。自賠法の概要はこの法案の提案理由のなかにあきらかにされている。すなわち 日自動車損害賠償保障法︵以下自賠法という︶の成立をみるに至り、昭和三一年二月一日より全条項が実施されるようにな 損害賠償保障制度は、おおむね一九三〇年代までに確立されている。わがくにも、おくればせながら昭和三〇年七月二七 自動車事故は、件数においても死傷者数においても、全交通事故の九割以上をしめている。多くのくににおいて自動車 一 二七四 うに加害者が不明な場合などにおきまして、政府が被害者に損害のてん補する措置を講じようとするものであります⋮⋮し と述べている。これを要するに自賠法により、第一に、自動車による損害の賠償の責任の主体と要件を民法より重くし、 無過失責任に近づけたこと、第二に、自動車側の賠償能力を常時確保するため、自動車事故による損害賠償責任の発生を 保険事故とする強制保険制度が実施されるとともに、加害者側が不明な場合などには政府が被害者に損害をてん補するこ とになったのである。 まず第一の自動車事故の場合における損害賠償責任についてみると、民法では被害者が直接加害者たる運転者に損害賠 償を請求するには、①その事故が加害者︵運転者︶の故意または過失によること、②加害行為が違法であること︵権利の侵 害︶、③損害が発生したこと、 ④その損害と加害行為との間に因果関係があること、などを被害者において立証せなけれ ばならない︵民法七〇九条︶。 しかし、自動車事故は一瞬にしておこるのがほとんどで、たとえ附近に人がいたとしても、 重要な点になるとはっきりしない場合が多く、まして、目撃者のいない場合は、運転者と被害者の水かけ論になってしま うし、被害者が死亡すれば、運転者に都合のよいようにいいのがれをされてしまい、立証はすこぶる困難である。訴訟を するには少なからぬ時間と費用がかかる︵損害賠償の裁判は一審だけで通常二・三年、二審三審となれば五・六年を要するといわれ ている︶。現在の訴訟法のもとでは弁護士料は訴訟費用にふくまれないから、たとえ勝訴しても賠償額のほとんどはそれに 消えてしまう︵訴訟費用申に弁護士料がふくまれない法の立前ならびに実際の慣行は世界に例をみぬ特異なものであるが、裁判が利用さ れていない大きな原因の一つはここにあるともいえよう。オソクスフォード大学のグッドハート教授は﹁訴訟費用に言及することなしに、 実務上の規則を説明することは自動車がガソリンで走る事実に言及しないで、そのエンジンを説明するようなものである⋮⋮訴訟費用は 正当な請求をなす原告にとっては攻撃の補助的武器である﹂という︶。また裁判﹂に訴えても、わがくにでは、生命侵害においてさ え一〇〇万円以上というのはきわめて少ない。さらに、たとえ勝訴しても加害運転者は通常損害を賠償するに必要な資力 をもたない。したがって、自賠法ができるまでは、戦前・戦後を通じ、刑事事件としてはともかく、損害賠償請求を裁判 に訴えたものはきわめて少なく、また訴えてもほとんどが和解によって解決し、それ以外は全部示談によっていたものの ようである。示談がなぜ多いかについて佐瀬教授はつぎのごとく要約している。①原被告ともに正式な損害賠償の訴訟に よれば、手続が面倒でしかも解決までにながい年月日を要し、往々費用倒れになること、②被害者側である原告が負担す る加害者側の過失に対する立証が困難なこと、③運転者、助手などの従業員はもちろん、その使用者も、国や大会社でな いかぎり賠償資力の十分でない者が少くないこと、④しかも被害者側は窮迫状態にある者が多く、したがって、示談解決 を急ぐ必要があること、⑤示談で誠意を示せば運転者や事業主に対する行政処分が寛大なこと、に原因するとみられる。 これらは被害者側に不利な条件が多く、示談の場合はとにかく少額となる、と。 加害運転者が被用者であり、その行為が使用者の事業の範囲内のものである場合には、被害者は、加害運転者と使用関 係にある事業主︵使用者︶および使用者に代わって事業を監督する者に対して損害の賠償を請求することができる︵民法七 一五条︶。この場合は一般的に責任者の賠償能力は裕福であるから直接加害運転者に請求する場合よりは有利であるが、民 法の不法行為原則では、責任の第一義的な主体は直接の加害者︵運転者︶であるから︵民法七一五条三項︶不法行為の要件を 被害者側で立証せなければならないことにはかわりがない。しかも、判例の上でほとんどみとめられてはいないが、使用 者は ①被用者の選任およびその事業の監督について相当の注意をなしたること、②相当の注意をなすも損害を生ずべか りしこと、を立証すれば責任を免れうるのである。 これに対し自賠法は民法の原則に大ぎな修正を加え、その第三条は﹁自己のために自動車を運行の用に供する者は、そ の運行によって他人の生命または身体を害したときは、これによって生じた損害を賠償する責に任ずる﹂と規定し﹁自己 のために自動車を運行の用に供する者﹂すなわち﹁自動車の所有者、賃借人など自動車の使用権をもち、かつ、その利益 同僚労働者の加害行為と自動車損害賠償保障法︵西川︶ 二七五 二七六 が自己に帰属する者﹂が責任の主体たることをあぎらかにし︵保有者責任︶、被害者は加害者の故意過失を立証しないでも、 自動車の運行によって負傷または死亡したという事実だけで、損害賠償の請求ができることにした。但し、自動車側の責 任者は、①自己および運転者が自動車の運行に関して注意を怠らなかったこと、②被害者または運転者以外の第三者に故 意または過失があったこと、③自動車に構造上の欠陥または機能上の障害がなかったこと、のすべてを立証したときは責 任を免れる︵三条但書︶ という相対的無過失主義を採っているが、その内容はきわめて厳格であり、実際問題としてもそ の立証は容易でなく、結果としては無過失責任に近いものとなっている。このような無過失責任をみとめる根拠としては ﹁第一に、自動車事故は、自動車の運行に伴って一定の割合である程度必然的に生する特殊の危険であるから、一方において、加害者に 過失のない限り被害者に損害を負担させるというのでは被害者に酷であるとともに、他方において、自動車保有者の側にそれを負担させ ても、いちおう予期しうべき損害として経費に算入することが可能であるから、それほど酷でないこと、第二に、かかる特殊な危険につ いて無過失責任をみとめることにより、間接的に保有者側の注意義務を加重して、事故の予防をはかること、第三に、自動車保有者は有 産者が多く、また自動車業者の場合には自動車の運行によって利益をおさめているから、自動車保有者側に損害を負担させることが通常 ド は公平であること、などがあげられる。 すなわち、それは、危険責任を主とし、それに報償責任を加味した特殊の責任である﹂ といわ れている。 つぎに自賠法は、賠償責任の履行を確実にするため、強制責任保険を規定した。自動車は、責任保険の契約が締結され ていなければ、運行の用に供することはできない︵五条︶。そして被保険者は、自動車事故で損害賠償の責任を負ったとぎ には被害者に賠償した限度で保険会社から保険金︵死亡三〇万円、重傷一〇万円、軽傷三万円を最高限度とする︶の支払を受け ることができる︵一三・一五条︶。 これが原則であるが、被害者は、政令で定めるところにより、直接保険会社に対し保険 金額の限度で、損害賠償の支払を求めることができる︵一六条一項︶し、また争のあるとぎは、被害者は、賠償額あるいは 賠償責任が確定する前に、保険会社から仮渡金︵死亡一二万円、傷害により二万円−二千円︶の支払を受けることができる︵一 七条施行令五条︶ことになっている。 右のほか、たとえばひき逃げのときのように加害者があきらかでない場合、加害者はあきらかだがこの保険に加入して いない場合、保険に加入していても悪意によって損害を生じたため保険会社に墳補責任が生じない︵一四条︶、あるいは被 保険者︵加害者︶に帰責原因がない︵三条但書︶ために加害者に責任が生じないなどの場合には、被害者は保険会社から損 害の墳補を受けえない。そうした場合にも被害者保護の立場から、政府が自動車損害賠償保障事業をおこなって︵七一条︶ 損害を墳補することとしている。 以上のごとき自賠法の構成に対しては、法第三条但書で免責事由をもたしめたこと、不法行為の一般涼則による損害賠 償請求をみとめたこと︵四条︶、すなわち法の根本観念として、加害者の不法行為責任を基底として、この上に責任保険制 度を附置しているところになお被害者保護、損害の公平な分配という点からは不充分であると批判され、理想的なものと して、エーレンツワイク教授の﹁完全扶助﹂の構想に踏みだすべきことが強く主張されている。 同僚労働者の加害行為と自動車損害賠償保障法︵西川︶ 二七七 したがって自賠法関係の判例は少ない。自賠法第三条は﹁自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によっ 成立して日なお浅いという理由もあろうが、自賠法ができてから自動車責任が民事上あらそわれたことはぎわめて少なく、 である。自賠法が成立するまではほとんど和解または示談でことが決していたことはさきに述べた通りである。自賠法が ヘ へ どない。救済手続の簡易迅速ということが、いかに大きな意味をもっているかがわかる。自動車事故においてもまた然り ヘ ヘ ヘ ヘ ノ 労働者の工場災害においても労災保険による救済のみで、多くの場合それ以上の損害賠償を裁判に訴えることはほとん 二 二七八 て他人の生命又は身体を害したとぎは、これによって生じた損害を賠償する責に任ずるしと規定するが、ここにいう﹁他 人﹂のなかに運転者もふくまれるかについて、最近二つの判決があった。原告らは、自賠法第三条にいわゆる﹁他人﹂と は、自動車を運転した者または運転の補助に従事していた者で、当該事故につき責任ある者以外の第三者をいうといい、 その理由をつぎに求めた。①自賠法第一条は﹁この法律は、自動車の運行によって人の生命又は身体が害された場合に⋮ 被害者の保護を図り⋮﹂とあって被害者の範囲を限定していない、②自賠法第三条は民法第七〇九条および第七一五条の 特則とみるべきである。民法第七一五条にいわゆる﹁第三者﹂のうちには、当該事業主の被用者であっても、加害者以外 の者はすべてふくまれるのは今までの判例の示すとおりである。とすれば、民法第七一五条の特製である自賠法第三条に おいても、保有者の使用人であって、運転者以外の者がその行為によって加害自動車の運転者の生命を害したときは、当 該運転者は被害者として保有者に対し損害賠償責任を追求しうる、③自賠法第一一条ならびに自動車損害賠償責任保険普 通約款第二条第二項︵﹁この約款で被保険者とは、自動車の保有者およびその運転者とする﹂︶は通常の場合のことを定めたもので しかない。これに対し被告は、自賠法の立法主旨は自動車の保有者および運転者以外の被害の保護にあるから、自賠法第 三条にいわゆる﹁他人﹂のなかには運転者はふくまれないとし、その理由を自賠法第一一条ならびに自動車損害賠償責任 ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ へ 保険普通約款第二条に求め、民法第七一五条の﹁第三者﹂と自賠法第三条の﹁他人﹂とは範囲をことにすると主張し、判 決はともに被告の主張をいれている。 労働者︵被用者︶たる運転者が、業務上第三者の行為によって災害を受けた場合に労働者災害補償保険法と自賠法の適用 を受けることは﹁保険事故に関しては、原則として保険会社︵自動車の︶から先に保険金の支払いが行われることになった から、その支払が行われた後は法第二〇条第二項を適用して保険給付すること。ただし、特別の事情により、保険会意か らの保険金の支払がおくれ、またはおくれる見込があり、補償を受けるべき者の保護に欠けるとみとめた場合は⋮保険会 社の保険金支払に先立って労災保険において保険給付することとし、その給付した価格の限度で保険会社および加害者に 対し求償することしという昭和三一年一一月七日の基準局長名通牒七六四号によってもあぎらかであるし、被用者たる運 転者が業務外において第三者より災害を受けた場合に自賠法の適用あることはいうまでもない︵尤も、吾妻教授は、災害補償 と民法上の損害賠償とは競合せないとの立場をとるi同氏﹁労働基準法﹂および﹁続労働法﹂︶。そして前の場合、被害運転者が労 災保険によって保険給付を受ければ、政府は労災保険法第二〇条第一項の規定により、被害運転者が自賠法第一六条第一 項で有する損害賠償請求権を、保険給付の価額の限度で、被害運転者に代って取得するし、また、被害運転者が自賠法の 保険から損害賠償の支払を受けたときは、労災保険法第二〇条第二項によりその額を災害補償の額から控除されることに なっている︵昭三一・九・二五法制局一発第三七号︶。そこで問題は同僚労働者によって運転者が災害をかうむつた場合、かれ は労基法︵その裏付けとしての労災保険︶と、自賠法︵その裏付けとしての責任保険︶両者の適用を受けるかどうかという点であ る。労災保険法第二〇条が同僚労働者の加害行為の場合にも適用されるか否かについては、つぎの理由により求償権の行 使をせないという通牒がある︵昭二五・四、基牧九七号︶。 ① 同僚労働者の過失による加害行為は、機械器具などの危険性とおなじく、事業場がもつ一つ・の業務危険と考えられ、したがって、 当該加害労働者もまた他の同僚労働者の過失による業務上の災害をかうむる危険をつねに負っているものであること。 ② 業務遂行中の労働者の不法行為は、その賠償責任が事業主に及ぶこととなり︵民法第七一五条︶本条の規定により求償権を行使 身に故意過失がないにもかかわらず、更に保険給付された額を再び支払わねばならないという不合理を生じること。 するとすれば、当該加害同僚労働者の事業主におこなうこととなり、かくては、本法の適用を受けて保険料を納付しておりながら、自 ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ へ しかし、右の通牒は労災保険法第ご○条を同僚労働者の加害行為の場合には適用しないというだけのことであって、そ れは自賠法の適用を受けうるか否かとは全然関係のないことである。したがって、右通牒のいう理由をもとに同僚労働者 の加害行為の場合に、自賠法の適用がないとは、もちろんいえないことである。 同僚労働者の加害行為と自動車損害賠償保障法︵西川︶ 二七九 二八○ では自賠法第三条、第一一条、責任保険普通約款第ご条ならびに民法第七一五条の﹁第三者﹂は、自賠法第三条の﹁追 入﹂とはその範囲をことにするとの論から、同僚労働者の加害行為の場合には自賠法の適用なしといえるであろうか。ま ヘ ヘ へ ず、自賠法第二条には保有者ならびに運転者の定義があり、第一一条は﹁⋮これによる保有者の損害および運転者もその 被害者に対して損害賠償の責任を負うべきときのこれによる運転者の損害⋮﹂と規定し、責任保険普通約款第二条ととも に運転者をも被保険者とするから、自賠法第三条の﹁他人﹂のなかに運転者はふくまれず、したがって、運転者には自賠 法が適用されない、との論から老えてみよう。自賠法は大別すると責任法に関する部分と、責任の賠償能力を確保するた めの責任保険の部分から成ることはすでにふれた。そして、責任保険は責任補償の補償の裏付けという面で賠償責任の部 へ と表裏一体の関係にあると一応いえる。しかし、自賠法の保険はなお未だ責任保険であって、労働災害の場合のよう・な生 へ ヘ へ 活補償︵損害賠償をはなれた︶の域には達していない。したがって、両者は強く結びついているものの、責任の範囲もこと なるし、次元をおなじくしない。かつ両者は一面において、上・下規範の関係をももっている。下位規範ともいうべき責 任保険の規定から上位規範ともいうべき賠償責任を規制するのは当をえないであろう。そのことは自賠法第一条の被害者 を解釈するのに第一一条の被害者をもってする場合も同様である。 ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ へ それはともかく、両者を一体としても、第一一条から第三条の﹁他人﹂のなかに運転者はふくまれぬとの結論はでてこ ない。自賠法螺三条は無過失責任に近い保有者責任を課している。しかし、自賠法は民法の不法行為制度の発展したもの である。だから第四条は、第三条の重い保有者責任のほかは、民法による旨規定している。したがって、保有者の損害賠 償責任も被用者のそれを第一次とし︵民法七一五条三項︶その保有者責任の損害賠償額を一定の限度で代位担保するのが責 任保険であるという構成をとっている︵この点、政府の保障事業は一種の自己責任ともみられうる︶。だから、自賠法第三条も ﹁従来の判例からそれほど飛躍したわけではなく、むしろ判例の動きにそったもの﹂ということができるのである。だとす ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ へ れば、自賠法第一一条の﹁これによる保有者の損害および運転者もその被害者に対して損害賠償の責を負うべきときのこ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ へ れによる運転者の損害﹂とは、つまるところ、保有者の損害のみを意味し、﹁運転者もその被害者に対して⋮﹂の文句は 自賠法の未熟さのゆえに、または保有者責任も被用者責任を第一義とするものたることをあきらかならしめるために残さ れたものとみるべぎで︵そのことは責任保険普通約款もおなじ︶、実際上も判例上も全然問題にならないにもかかわらず、運転 者も被害者に対して、責任を負うべぎときがありうるとして、第三条の﹁他人﹂のなかに﹁運転者﹂がふくまれないとす るのは、民法の使用者責任の一般的解釈からしても、是認しがたいことである。 このことは同僚労働者の加害の場合も同様である。すでに早く判例は﹁その被害者がたまたま同一事業経営者のために 当該事業に使用せらるる従業員たりとするも同条にいわゆる第三者たるものとす﹂︵大判一〇・五・七︶と、民法第七一五条 へ へ へ について示しているが、自賠法の保有者責任を民法の使用者責任の﹁醇化﹂と考えるなら、自賠法ではむしろこの理を積 極的にとりいれるべきは当然である。 被用者は災害をこうむったとぎ、労基法︵その裏付けとしての労災保険︶によって保護される。しかし、それは一応﹁業務 上﹂の事故にかぎられる。それに対し自賠法は、業務上・外を問わない。災害補償は生活保障を目的とし、自賠法は損害 賠償を目的とする。それゆえ、労災補償と自賠法とは、直接的な相互連関性をもたない。両者が併存することは労基法 ︵八四条︶もこれを明言し、判例また、﹁もし使用者について民法上の不法行為の要件︵民法第七一五条の場合もふくみ︶がそ なわった場合には、使用者は別に損害賠償責任を負うべきで、両者は併存するものと解すべく、ただこ重に損害の墳補を ヘ ヘ ヘ へ る損害賠償責任を免れしめる旨の規定が、労基法第八四条第二項に存するのである﹂として、そのことをうたっている。 得させるのは不合理であるから、民法による損害賠償の責任を問うに当っては、災害補償を受けた価額の限度で民法によ ヘ ヘ ヘ へ 自賠法を民法の﹁醇化﹂と老えるなら、自賠法と労災補償とが併存することはいうまでもなく、民法第七一五条の﹁第 同僚労働者の加害行為と自動車損害賠償保障 二八一 二八二 三者しのなかに同僚労働者の加害行為もふくまれるとすれば、自賠法第三条の﹁他人﹂のなかに同僚労働者の加害行為の 場合もふくまれるとすべきこと、理の当然である。被害運転者は労災補償と自賠法といずれを先に請求するもよく、また 同時に請求するも何らさまたげない。ただ、いずれかによって給付を受ければ、その間、相互に調整がおこなわれるだけ である︵労基法八四条、労災保険法二〇条、自賠法一六条︶。 尤も、民法による損害賠償と自賠法ならびに自賠責任保険法の損 害賠償および労基法ならびに労災保険の災害補償の額はそれぞれ目的・内容をおなじくする部分︵同一事由︶についてのみ 差引調整されるのである︵労災保険の災害補償には慰籍料をふくまぬとするのが判例ならびに通説である。なお生命侵害の場合、労災 保険の受給権者と相続権者は範囲をことにする︶。しかし労災補償においても、生命傷害の場合ですら平均賃金の千日分にすぎ ない︵一日千円としてもわすか一〇〇万円︶、自賠法の最高は三〇万円である。 それ以上の不法行為責任を裁判に訴えること のない現状にあっては︵訴えても賠償額は少ない︶、両者あわせてもコニ○万円にすぎない。法理論や賠償額・補償額の思い ヘ ヘ ヘ ヘ へ きった引きあげがおこなわれた場合はともかくとして、その額の余りに少ない現状においては、差引調整するどころか、 むしろ加算することの方が、被害者保護・損害の公平な分担という点からは、のぞましいことである。 ①自動車責任法の必要性については、すでに一九世紀未から論議せられた。一九〇二年ドイツ法曹会第二六回会議においてはじめて 正式に採りあげられ、この会議の結論を参考として、オーストリアで一九〇八年に特別法︵自動車の運転により惹起せる損害に対す る責任に関する法律︶が制定され、一九〇九年にドイツ自動車交通法に新たな責任規定が設けられた。以来、大陸系の法体系の諸国 で自動車責任特別法が制定されるに至った。英米法系では、特別法によらず、コモン・ローの一般原則によるが、判例の変遷を経て 〇九︶、イタリア︵一九一二︶、スエーデン︵一九一六︶、オランダ︵一九二五︶、 フィンランド︵一九二五︶、 ノールウエイ︵一九二 使用者責任主義が確立され大陸法と同一の方向をたどっている。 各国の立法を列挙すればオーストリア︵一九〇六︶、ドイツ︵一九 六︶、デンマ:ク︵一九二七︶、スイス︵一九三二︶、チェコ︵一九三五︶である。︵黒田忠行﹁自動車損害賠償保障制度について﹂都 市問題 四六巻七号、加藤一郎﹁自動車損害賠償保障法案﹂ジユリスト 八六号、なお外国とくに英米独の賠償保障制度の詳細につ .いては、小田垣光之輔﹁自動車損害賠償保障法論﹂、 野田良之﹁自動車事故に関する英米の民事責任法の概観﹂法学協会雑誌 五九 巻五号・八号、同﹁自動車責任立法の比較法的素描﹂杉山論評集所牧、同﹁自動車事故に関するフランスの民事責任法﹂法学協会雑 誌五八回目ニー四号、同﹁ドイツに於ける自動車交通法の改正と義務保険制度の創設﹂法学協会雑誌 五八巻 一二号、同﹁フラン と過失の付保﹂・﹁責任保険の発展と被害者の保護﹂・﹁責任保険の発展とその止揚﹂など参照︶。 スの責任保険法﹂同誌 五六巻 一−四号、山田晟﹁ドイツにおける自動車責任﹂比較法研究 一三号、伊沢孝平﹁責任保険の発展 自動車事故により毎臼三〇余名の死者と五〇〇余名の負傷者があるという自動車事故の概要については、小林幸雄﹁交通事故につ いて﹂ジュリスト 一七二号に詳わしい。 ②三ケ月章﹁民事訴訟一法律学全集﹂三五九頁。 第七章以下。 ③ 千種達夫﹁慰謝料額の算定﹂綜合判例研究叢書民法㈲所牧 一四三頁以下および一七五頁以下、佐瀬昌三﹁交通事故と損害賠償﹂ ④佐瀬同署書芸〇一頁。損害賠償額がいかに少ないものであるかについて、拙稿﹁自動車損害賠償法による保有者の賠償責任と 民法による使用者の賠償責任との関係﹂彦根論叢 五四号。 ⑤ 民法七一五条は報償責任の原理からみるときわめて不充分である﹁第一に、本条は使用者に対し、被用者の選任監督に過失なきこ とを挙証して責任を免れる余地を与えている。これは、少くとも近代の大企業の経営者の責任としては、適当なものではない。判例 学説が容易にこの挙証をみとめまいとする傾向を示すのはそのためである。第二に、直接の加害者たる被用者は常に責任を負うもの とされること、換言すれば、直接の加害者が責任を負う場合にのみ使用者も併存的に責任を負うものとすることも、企業より生ずる 損害をして企業利益の帰するところをして負担せしめようとする報償責任の原理からみて、不徹底のそしりを免れない﹂ ︵我妻・有 泉﹁債権法﹂コメンタール 五七〇・五七四頁︶ ﹁本条の使用者責任は、まず、被用者について不法行為責任が発生することを前提 としている。被用者に故意過失があることを必要とするかについては、とくに規定はないが、いちおう当然のこととされ、また、被 用者の行為は使用者のヶちに吸牧されて、対外的には使用者のみが責任を負う︵一条︶。 二八三 用者への求償権がみとめられることからも、そのことが推察される﹂ ︵加藤﹁不法行為−法律学全集﹂一六七頁。国家賠償法では被 ⑥ゴニ・九二二名古屋地裁判決。 ⑦加藤︼郎﹁自動車損害賠償保障法案﹂ジニリスト八六号。 , 同僚労働者の加害行為と自動車損害賠償保障法︵西川︶ 二八四 ⑧ 自暗法そのものの批判としては、伊沢孝平﹁自動車損害暗償保障法の批判レ民商法雑誌 三三巻六号、 小田垣 前掲書、 加藤 く。ぎ口髭曼。o口唱①昌墨怠。昌℃一⇔PO巴蹴。彗冨い餌ミ夘Φ乱①≦<o﹁心ω・]≦m零貫一8㎝堕宏。・一・ の構想については、伊沢教授の責任保険 前掲立法批判 ジュリスト 八六号など。エーレンツワイク教授の﹁完全扶助﹂ ..国三一﹀置..H塁葺き8︷霞汗①貯⇔崇一。謀。口日山 に関する前掲三部作に詳わしい。我妻教授はその構想をつぎのごとく簡潔に要約して述べられている﹁いわば、労働者災害補償保険 法のようないき方をしろという意味だろうと思うのです。つまり、自記車を保有する者は保険に加入してファンドを作っておく。そ してひかれた人は、そのファンドから保険給付を受ける。その場合、一方では、加害者の故意過失は全然問題にしない。他方では、 給付額は生活全部を保障する、つまり労働災害について労働者に支給すると同じような考え方でゆく。そういつふうにすることが自 動車によって生ずる損害の分散という理想に一番近いのではないか。過失があったとかなかったとかいうことをもし考えるなら、そ れは不法行為の中に、訓戒的要素を残すことになる。それは古い思想だ。近代的な企業災害は、専ら補償的要素で考えなげればなら ない、こういうのです。だから、故意にひいたやっと過失でひいたやっとを区別したければ、それは刑法でやれ、刑法上の責任とし て十分に訓戒的なことをやればよいので、民事の損害とか賠償とかいうことなら、だれにひかれ.ようと、あるいはひいたやつに故意 過失があろうと全部被害者の生活が保障されるような賠償をしてやるべきだ、というのでしょう﹂︵法律時報 三〇六号︶。 ⑨損害賠償額がいかに少ないかについて、千種前掲﹁慰謝料の算定﹂は、﹁わがくにほど各種の名目の賠償がみとめられている国は おそらくないであろう。しかもその額は少ない﹂といっている。自賠責任保険による死亡最高三〇万円はいかにも少ないが︵ドイツ 八五万円、イギリス五〇〇万円、スイス四二〇万円︶、統計によればそれさえ給付されることは少ないようである。 詳しくは、木村 英世﹁自動車事故と損害賠償﹂ジュリスト 一七二号。 ⑩損害賠償請求事件長野地裁松本支部昭三三㎝四号三四・九・二三判決、および、損害賠償請求事件東京地裁昭三三ω七 六三八号 三四・一二・一八判決。 − 運転者をふくまぬとするのは逆であること、つまり第一条から第一一条の被害者を規定せなければならないことは本文で述べたとカ ⑪ 同一法律の同一用語は同一の意義に解すべきだとして、自賠法曹一一条の被害者には運転者はふくまれぬから、第一条の被害者も りであるが、同一法律の同一用語といえども、必ずしも、同一の意義に解されるとは限らないこと、労災保険法第一九条一項前段 ⑫加藤﹁不法行為﹂八一頁。 と後段の﹁第三者﹂の意がことなるごとくである。 ⑬共働者の関係にある各使用人は、他の共働者の過失についての危険負担を、自ら承認したものとみなされ、.したがって、そうした ︵共働者規則︶は、国巨豆○団巽ω、い雷窯天津団boρ一。。c。O︵被用者責任法︶によって部分的な改正を受け、さらに、芝。蒔目①ロ、ωOo8娼①昌1 過失によって損害をこうむっても使用者に対して賠償を請求することができないというOo凄βoロい効ミ上の閏①ま≦。。震養学匠三。 。・⇔昌8諺。βお8iお鍵・︵労働者補償法︶によって、使用者に損害を補償する責任が賦課されることになり、ついに、い⇔≦菊Φ︷OH日 ︵℃霞ωoコ巴Ha口比①の︶諺。叶り一〇心。。.によって完全に廃止されるに至った︵英米法辞典︶。 二七号。窪田論文は﹁労働基準法論﹂に所攻。 ⑭災害補償が生活保障であることにつき、荒木誠之﹁災害補償理論の.展開﹂、窪田隼人﹁災害補償と損害賠償﹂、ともに季刊労働法 ⑯二九・九・二九大阪高裁判決、三一・三・二三東京高裁判決。 ⑮三一こ二・二三東京高裁判決。 二八五 ︵一九六〇・三・三〇︶ 同僚労働者の加害行為と自動車損害賠償保障法︵西川︶
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