金融危機下の年金ファンドの現状と課題

金融危機下の年金ファンドの現状と課題
世界の年金ファンドに何が生じているのか、何を変えるべき
なのか
2009年5月27日
株式会社 野村総合研究所
金融市場研究室
上席研究員
堀江貞之([email protected])
〒100-0005
東京都千代田区丸の内1-6-5 丸の内北口ビル
世界の主要年金ファンドの2008年の運用リターン
どのファンドもマイナス20%程度のリターン、積立比率も100%以下
政策ベンチ
マークとの差
ファンド名
2008年のリターン(注
厚生年金基金(日本)
-23.8%
確定給付企業年金(日本)
-19.2%
米国確定給付企業年金トップ
100社
-22.0%
79%
ABP
-20.2%
90%
PGGM
-17.8%
92%
ノルウェー年金(Global)
-23.3%
-3.4%
カルパース
-27.1%
-3.6%
66%
オンタリオ州教職員年金
-18.0%
-8.4%
97%
(参考)ヘッジファンド中位値
(注1)各ファンドのリターン計算期間及び方法は以下の通り。
-15.3%
1)
積立比率(注2)
1)厚生年金基金、確定給付企業年金は2008年3月末の平均資産配分比率に各資産のベンチマークリターンを掛け合わせて計算
2)その他のファンドは年次報告書などの資料のデータを利用
3)ヘッジファンドの中位値は、Pertrac社が管理しているヘッジファンドの母集団による数値
(注2)積立比率は、米国企業年金はPBO(Projected Benefit Obligation)に対する年金資産の割合、オランダの年金は年金財政基準で定めら
れた負債に対する資産の割合を示す「coverage ratio」の値、カルパースは年金数理債務に対する資産の割合。いずれも2008年末の値。
(出所)企業年金連合会、各ファンドの年次報告書など
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世界の大手年金ファンドの資産配分比率
レバレッジを利用しているファンドもある(オンタリオ教職員年金もその一
つ)
カルパース
オンタリオ州教職員年金
ABP
PGGM
(2008年12月末)
(2008年12月末)
(2009年戦略配分)
(2009年3月末)
1,833
707
2,237
国内株式
22%
5%
34%
海外株式
15%
24%
先進国:27%
資産額(億ドル)
エマージング株式
エマージング:5%
893
34%
CB:2%
プライベート株式
13%
11%
5%
6%
国内債券
22%
13%
33%
12%
海外債券
2%
キャッシュ
8%
国債:10%
▲24%
事業債:23%
4%
高利回り/事業債
実質リターン資産
絶対リターン
4%
コモディティー
インフレリンク債
2%
社会資本・森林
不動産
13%
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17%
7%
4%
2%
3%
6%
20%
7%
18%
12%
2%
19%
9%
15%
(出所)各社の年次報告書等をベースに野村総合研究所が作成
2008年の年金ファンドの資産運用の特徴と対応策
1. 資産配分比率が異なるにも関わらずマイナス20%前後のリターン
z リスク分散が進んだポートフォリオでも株式ベータに支配されている構造が明確化
z 金融危機下で資産クラス間の相関が高まったことにより、リスク分散が進んだと思われたポー
トフォリオの方が株式ベータが高くなった
2. 積立比率(資産/負債)の下落幅に大きな差が発生
z 年金負債の計算に適用する割引率の差:国債か社債かで大きな差が発生
3. 債券ポートフォリオでのベンチマークからの大きなマイナス
z 信用リスク、流動性リスクをリターン源泉と考え分散投資したファンドで大きな損失が発生
4. 流動性リスクの考慮が不十分など現在の運用方針を見直す動き
z 低流動性資産を多く抱えていたため、流動性危機の中でリバランスを適切に行うことが出来な
かった
z 株式リスクプレミアムを長期固定で考える年金運用のフレームワークに大きな疑義が発生
¾ 対応策:ファンド運営にはリスク・バジェッティングが不可欠
z 資金配分をベースにしたリスク管理では不十分であり、リスクをベースにしたリスク管理が不
可欠
z ガバナンスを含めたERMの考え方をファンド運営に取り入れることが重要
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日本のポートフォリオを対象に標準的運用とベータ拡張型運用を比較する
伝統的資産ポートフォリオとベータ拡張型ポートフォリオの比較
„ 対象期間は、過去約12年間とし、以下の4つに区分する。
期間A
期間B
期間C
期間D
1997~1999年度
(36ヶ月)
2000~2002年度
(36ヶ月)
2003~2006年度
(48ヶ月)
2007~2009年度
(24ヶ月)
„ 各ポートフォリオは、それぞれ以下の資産クラスを導入するものとする。各資産クラスのリターンとして、各代表的インデックスのリ
ターンを用いる(アクティブ運用は行わない)。
インデックス(円建)
①標準的運用
②伝統資産
リスク均等型
③ベータ拡張
④ベータ拡張
リスク配分型
1.
国内債券
TOPIX(配当込)
●
●
●
●
2.
国内株式
NOMURA-BPI総合
●
●
●
●
3.
外国債券
Citigroup WGBI ex JPN
●
●
●
4.
外国株式
MSCI-Kokusai(グロス配当再投資)
●
●
●
5.
短期資産
無担保コール翌日物(月中平均)
●
6.
外債ヘッジ
Citigroup WGBI ex JPN JPY-Hedge
7.
エマージング株式
8.
ヘッジファンド(FoHF)
9.
マネージド・フューチャーズ
10.
コモディティ
11.
グローバルREIT
12.
世界TIPS
●
●
●
●
●
●
CS/Tremont HF Index Managed Futures
●
●
DowJones AIG Commodity Index TR
●
●
S&P/Citigroup Global REIT
●
●
Barclays Gvmt. Inflation-Linked Index
●
●
MSCI Emerging Markets
HFR Fund of Hedge Funds Index
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●
標準的運用:株式45%、債券50%、ファンドオブヘッジファンド:5%
ベータ拡張型運用:10資産クラスに当金額配分(株式比率は20%)
„ 各ポートフォリオは、資産(金額)構成比、またはリスク構成比のいずれかに基づいて構築する。
各ポートフォリオの資産構成比(左)とリスク構成比
(右)
・・・ ポートフォリオ構築・リバランスの基
準
(政策ポートフォリオ)
②伝統資産
①標準的運用
リスク均等型
・・・ 全シミュレーション期間中の平均構成
比
(リバランスの結果)
④ベータ拡張
③ベータ拡張
リスク配分型
%
100
90
80
70
5
8
20
14
11
15
25
25
68
25
13
10
12
10
3
35
25
10
1
リスク
構成比
10
10
47
資産
構成比
6
資産
構成比
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リスク
構成比
10
4
3
3
7
2
4
22
12
3
5
35
7
8
資産
構成比
リスク
構成比
世界TIPS
10
世界REIT
10
マネージド・フューチャーズ
エマージング株式
FoHF
10
外債ヘッジ
10
キャッシュ
外国株式
外国債券
10
10
資産
構成比
コモディティ
10
10
15
10
10
10
33
10
30
0
10
10
10
40
20
25
42
60
50
10
リスク
構成比
国内株式
国内債券
日本株式ベータの推移
1997年4月~2007年3月と2007年4月以降で様変わり
0.80
標準的運用
0.70
ベータ拡張型運用
0.60
0.50
0.40
0.30
0.20
0.10
•
過去36ヶ月ローリングの国内株式ベータ係数。
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'08/10
'08/4
'07/10
'07/4
'06/10
'06/4
'05/10
'05/4
'04/10
'04/4
'03/10
'03/4
'02/10
'02/4
'01/10
'01/4
'00/10
'00/4
'99/10
'99/4
'98/10
'98/4
'97/10
'97/4
0.00
資産クラス間の相関の変化
各資産クラス間の相関係数の急激な高まりがベータ分散型の分散効果を弱める
結果に
„ 2007年4月以降、国内株式を中心に資産クラス間の相関係数が上昇。
A~C期間(120ヶ月)
D期間(24ヶ月)
国内債券
世界REIT
国内債券
国内株式
マネージド・
フューチャーズ
外国債券
株式L/S
外国株式
世界REIT
マネージド・
フューチャーズ
各資産クラスの代表的指数の月次リターンの相関係数。ヘッジファンド,株式L/S,マネージド・フュー
チャーズは,全て円ヘッジベース。
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外国債券
株式L/S
ヘッジファンド総合
•
国内株式
外国株式
ヘッジファンド総合
【凡例】
0.9~
0.7~
0.4~
0.2~
0.0~
-0.2~
-0.4~
-0.7~
-0.9~
-1.0~
急激な積立比率低下に見舞われたABP(資産規模世界第3位の年金ファンド)
積立比率は140%から90%まで50%も下落(負債の割引率は国債利回り)
6%
4%
140%
140%
3.8%
120%
118%
2%
100%
0%
90%
-2%
80%
-4%
-6%
-8%
60%
資産リターン
積立比率
-10%
40%
-9.8%
20%
-12%
-11.5%
-14%
0%
2007年末
積立比率悪化
額
2008年9月末
2008年12月末
22%
28%
資産要因
13%
11%
負債要因
9%
17%
(出所)ABPの資料を元に野村総合研究所が作成
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米国の企業年金(トップ100社)の積み立て比率(年金資産/負債)の状況
積立比率は105%から79%まで26%下落(負債の割引率は社債利回り)
140%
134.0%
130%
122.7%
120%
110%
105.2%
101.2%
100%
98.3%
90%
87.8%
89.2%
90.6%
81.9%
80%
79.3%
70%
1999年
2000年
2001年
2002年
2003年
2004年
2005年
(出所)「Milliman 2009 Pension Funding Study」、Milliman 2009年4月
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2006年
2007年
2008年
オンタリオ教職員年金ファンドの債券運用での失敗:2008年
ベンチマークリターン:▲9.6%に対して、ファンドは▲18.0%のリターンと8.4%も劣
後
„債券ポートフォリオで▲43.6%もの大幅なマイナスリターンを記録
z ベンチマークリターンは+12.0%で▲55.6%というアンダーパフォーマンス
z 最近の金利低下に対応し、債券ポートフォリオの範疇で、通常の債券以外に、ヘッジファンド、
CMBS(Commercial Mortgage-Backed Securities)スワップ、CDS等(絶対リターン戦略とし
て定義)に対する投資割合を増やしリターン向上を目指していた。
▪ 通常の債券ポートフォリオでも高利回り債、エマージング債、メザニンなどで大きな損失を
被った
▪ 絶対リターン戦略では、CMBSなどで大きな損失
▪ ヘッジファンドでも9%の損失を記録
z 2009年から、債券ポートフォリオの運用は、より伝統的な債券運用に回帰することを決定
„派生証券活用でも損失
z 株式、コモディティーなどのベータポジションを保有するために現物ではなく、派生証券を活用
している。カナダドル下落により、指数スワップの支払いが米国ドル建てであったこと、50%為
替ヘッジがベースであったこと、の主として2つの理由から為替損失を被った。
„しかし、過去19年間では、年率でベンチマークを依然として2.1%上回っている
„政策資産配分比率の変更
z株式45%、債券22%、インフレ連動33% → 株式40%、債券15%、インフレ連動
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45%
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カルパースの資産配分戦略の投資方針書の変更:2009年3月投資委員会決議事
項
①政策資産配分比率の変更、②許容乖離幅の拡大、③一時的な範囲外への逸脱
の容認
„政策資産配分比率の変更
政策配分比率
旧
グローバル株式
プライベート株
式
実際の配分比率
(2009年1月末)
旧
新
56% 40%(▲16%
)
±5%
±15%
新
60%
許容乖離範囲
6%
10%
14%(+4%)
±3%
±8%
株式全体
66%
66%
54%(▲12%
)
±5%
±15%
グローバル債券
26%
19%
25%(+6%)
±5%
±15%
インフレリンク債
0%
5%
2%(▲3%)
±3%
0-5%
26%
24%
27%(+3%)
±5%
±15%
8%
不動産
10%
„乖離ルールに関する文章の追加(赤の部分)
12%(+2%)
±3%
±5%
債券全体
0%
0%
現金
8%(+8%)
0-2%
0-10%
z 許容範囲内に資産配分比率を維持するが、極端な市場変動時には一時的に許容幅外に出る
ことがあるかもしれない。範囲外に出てた場合には、取引コストと流動性を考慮しながら範囲
内に戻すものとする。
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カルパースのケース:資産配分比率決定に関する議論事項(2009年3月の投資委員
会)
現在の環境下で配分比率決定において何を議論すべきか
1. 現在の資産配分比率決定のフレームワークの内容確認
z 前提となる理論と仮説の不十分さを前提に比率を決定していることを自覚すること
9 正規分布に従わない、期待リターンの予想値に対する最適解の感度が高い、流動性選好
を考慮していない、インカムゲインとキャピタルゲインを区別していない、予想を立てる時
の環境によって将来の株式リスクプレミアムが変化する現実を考慮していない、資産配分
を見ただけでは本当の分散化を見誤る(リスク配分の重要性)
2. 給付を見込んだ流動性ニーズと資産のインカム収入の再確認
z 現在の低流動性資産の多い資産配分比率(PE14%、不動産12%、債券25%)で危機時にも対応可能かどうか
の確認
3. 金融危機の中で現れている特別の投資機会を活かすべきか
z 高くなっている信用リスクプレミアムや流動性プレミアムを獲得するべきか
4. 現下の投資目的は、変更後の政策資産配分比率で目標とするリターン/リスク
(6.5%/13.3%)を実現可能な配分比率を決定すること
z 5社の年金コンサルタントの予測数値(リターン・リスク・相関係数)を使い、最適資産配分比率
を計算し、現在の資産配分比率の値と比較し、現在の資産配分比率の妥当性を検証
5. 短期見通しの確認
z レバレッジ縮小の資産価格への影響評価、流動性の回復と流動性プレミアムの高さ、今後3
年間のインフレ率・GDP成長率(コンセンサス値)の確認
6. プライベート株式の保有比率超過を容認するか
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長期投資に対する疑問
長期投資の前提条件を再度疑うべき時に来ているとの識者の指摘
„ ピーター・バーンスタイン(Peter L. Bernstein)の「政策ポートフォリオ再考」
z 2003年に大論争を巻き起こした議論を2009年2月15日のニュースレターで再び取り上げた。論点は以下の
通り。
1. 株式が過去5・10・25年で債券リターンを下回る状態に(日本と同じ状況)。機関投資家ポートフォリオ
で株式が中心である理由は長期で見れば株式は債券を上回るリターンが獲得できると信じられている
ため(資本主義経済では、超長期では成立する)。株式リスクプレミアムが語られ始めたのは1949年以
降で、2003年まではこの信念通りのことが実現したが、今後これが実現する保証は何もなく、傾向線
は常に折れたり潰れてしまう。現に1871~1951年の株式の名目リターンは7.6%、1951~2008年は
6.8%、1983~2008年は9.8%(債券は同時期11.0%)。このような環境下で「長期間(the long run)」を
一体どのように定義できるだろうか。ケインズも以下のように述べている。「長期間という考え方は現在
の事象から鑑みるに、誤ったガイドである。もし経済学者が、荒れ狂う嵐を前に、嵐はやがて去り海も
静かになるとしか言えないのだとしたら経済学者とはなんと安易で役に立たない存在なのか。」ケイン
ズにとって、嵐の状態が正常であって、誰も「短期間」から逃れることは出来ない。均衡、傾向線、代表
値といった概念は過去を研究するには有益だが、将来を見通す道具としては貧弱である。
2. 傾向線は、数値をランダムに取り出して作成されたものではない。各事象は、独立して観測されるもの
ではなく、過去の事象の結果として生じるもので、投資家が気をつけるべき最も重要なことである。政
策ポートフォリオを決定する時の状況と、過去のデータが生み出された時の状況は既に異なる。では
状況・環境が大きく変化する将来に亘る長期間で政策ポートフォリオを維持することを正当化できる条
件とは何であろうか。何もない。
3. 財団のポートフォリオの平均株式・オルタナティブ配分比率をそのバラツキで割った変動係数を見ると、
2002~2007年の間に継続的に一貫して縮小している。つまり資産配分の同質化が進行している。大
学寄贈基金のプライベート株式、市場性のあるオルタナティブ投資、エネルギー、破綻証券比率にも同
じ傾向が見て取れる。これを説明するのに「模倣行動」以上のものはない。多くの機関投資家は、生じ
る確率が極めて低いと考えられるにも関わらず、ほとんど同じ条件で最適化を行っているのである。
4. 資本主義はゴーイングコンサーンで行われており、長期でリスク資産への投資は見返りがあるとする
意見には根拠がない。激変する環境下で新たな政策ポートフォリオを決定する前提条件が見つからな
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いなら、政策ポートフォリオを捨て去るべきである。資産配分比率の決定に耳目をそばだて柔軟性を持
reserved
エール大学寄贈基金の運用基本方針は変わらず:エール大学2008年年次報告書
から
株式指向+分散投資の基本原則を今後も維持
„2008年7月~12月のリターンは▲25%
„現在のマイナスリターンに驚くべきではなく、現投資方針を維持すべき
z 同期間の米国株式リターン:▲30%、外国株式:▲36%、エマージング株式:▲47%、高利回り債:▲25%
z 現在の金融危機下での投資リターンを見て、ある懐疑派はエール大学の株式指向と分散投資を基本原則と
するポートフォリオ運用のファンダメンタルアプローチに疑問を呈している。この基本原則は思慮深く考案さ
れたエール大学寄贈基金の今後の運営方針として生き続ける。
z 株式指向は、長期の投資期間を持つ投資家にとって理に適ったものである。金融危機の最中にあって、ある
人はリスクのない資産に高いウェイトを置くべきと言っているが、事前に分からなかったことをあげつらって事
後的に批判していることは明らかである。金融危機のトラウマに捕らわれている人は、債券に高いウェイトを
置くことによる機会コストを無視している。2008年6月末までの10年間で、エール大学は16.3%のリターンを
獲得したことを思い出すべきである(同期間、米国株式は+3.6%のリターン、米国債券は+5.7%のリター
ン)。
z 分散投資は、ノーベル賞受賞者であるハリー・マーコヴィッツが「フリーランチ」と呼んでいる。資本市場が大
きく転換している中で、分散ポートフォリオによる下方リスクの低減を期待していた人が、危機の中で不可避
である、リスク資産が同方向に動くのを見て、しばしばがっかりしたというのを聞く。全てのリスク資産を売却
してリスクフリーの米国債を購入する局面では、リスク資産間の相関は限りなく1に近づく。リスクと安全性だ
けが問題となるような局面では、性格としては似ていないリスク資産も同じような振る舞いをする。1987年の
株式暴落、1998年のLTCM危機の時もそうであり、分散投資はその効果を失った。しかし、危機が去った後、
分散投資は再び重要になり、資産のリターンを決定付けるものは、ファンダメンタルな要因になった。2008年
の危機は、その広さ、深さ、強度において1987年・1998年の危機とは異なるが、現在の危機が過ぎ去れば、
健全な投資家はよく分散投資されたポートフォリオから収穫を得ることになるだろう。
z 現在の金融危機下で、エール大学の資産額は目減りし、ある人はエール大学の基本原則に疑問を持ってい
るが、長期投資家としての投資期間を想定すれば、この基本原則は将来の投資の成功の基盤を提供し続け
るだろう。金融危機のトラウマが弱まれば、エール大学は、想定したリスクの下で素晴らしいリターンを生み
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出すポートフォリオから再び恩恵を受けることになるだろう。
reserved
今後の年金ファンドの運営の方向性
リスク管理徹底、負債対応投資、長期投資家の利点活用、リターン源泉多
様化
資本市場の変化
世界的な株式市場不
世界的な株式市場不
振
振
伝統的投資戦略からのシフ
伝統的投資戦略からのシフ
トト
急激な金利低下
急激な金利低下
①上場株式中心
②高流動性資産中心
③資産側のみを考慮
④空売り不可
⑤短中期指向
⑥属人的な運用プロセス
⑦派生証券利用せず
⑧様々な運用制約の付
与
派生証券市場の発展
派生証券市場の発展
投資技術の変化
制約条件の影響定量
制約条件の影響定量
化
化
ホームカントリーバイアス是
ホームカントリーバイアス是
正
正
アルファとベータの分
アルファとベータの分
離
離
規制環境の変化
企業会計ルールの変更
企業会計ルールの変更
財政監督ルール厳格
財政監督ルール厳格
化
化
内部統制の明確化
内部統制の明確化
投資家の変化
負債を意識しない投資家の台
負債を意識しない投資家の台
頭
頭
外部専門家の登用
外部専門家の登用
長寿リスクの懸念
長寿リスクの懸念
運用プロセスの透明化
ファンドガバナンス改革
1. リスク管理の徹底(リスクバジェッティングによる
運用)
負債を意識する投資家
負債を意識しない投資家
2. 負債対応投資への重点シフ
3.長期投資家としての利点の活
用
ト
4. 徹底したリターン源泉の多様化
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機関投資家による
資産クラス,投資戦略
の
選択に影響
資産構成比のリスク管理からリスク構成比ベースのリスク管理へ
①、③のリスク管理から②、④のリスク管理へ
伝統資産のみ
資産クラスを拡張
資産(時価)構成比の管理
リスク構成比の管理
①企業年金の
標準的ポートフォリオ
②伝統資産・リスク均等型
ポートフォリオ
③多資産分散(ベータ拡張)型
ポートフォリオ
④多資産分散・リスク配分型
ポートフォリオ
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資産配分比率からリスク配分比率の管理へ
リスク配分比率(右棒)を決定し、事後的に資産配分比率(左棒)を確認する
„ 各ポートフォリオは、資産(金額)構成比、またはリスク構成比のいずれかに基づいて構築する。
各ポートフォリオの資産構成比(左)とリスク構成比
(右)
・・・ ポートフォリオ構築・リバランスの基
準
(政策ポートフォリオ)
②伝統資産
①標準的運用
リスク均等型
・・・ 全シミュレーション期間中の平均構成
比
(リバランスの結果)
④ベータ拡張
③ベータ拡張
リスク配分型
%
100
90
80
70
5
8
20
14
11
15
25
25
68
25
13
10
12
10
3
35
25
10
1
リスク
構成比
10
10
47
資産
構成比
6
資産
構成比
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reserved
リスク
構成比
10
4
3
3
7
2
4
22
12
3
5
35
7
8
資産
構成比
リスク
構成比
世界TIPS
10
世界REIT
10
マネージド・フューチャーズ
エマージング株式
FoHF
10
外債ヘッジ
10
キャッシュ
外国株式
外国債券
10
10
資産
構成比
コモディティ
10
10
15
10
10
10
33
10
30
0
10
10
10
40
20
25
42
60
50
10
リスク
構成比
国内株式
国内債券
企業年金の平均的ポートフォリオは株式リスクと為替リスクに支配されている
„ 金額ベースの資産構成比では,「分散投資」が実践されているように見える。
z 「所与の目標リターン(例:年率6%)の下で,リスクを最小化する」という政策ポートフォリオ策定の結果であり、リスク構造を一
定とすれば現代投資理論上の合理的なポートフォリオと考えられる。
„ しかしリスク構成比を見ると、トータルリスクの大部分は内外株式へ配分されており、ポートフォリオ全体のパフォーマンスは一部の
資産クラスに依存して決まることが分かる。なお為替リスクも、内外株式・債券を合わせて全体のおよそ20%を占める。
企業年金の平均的資産構成比
ヘッジファンド その他 キャッシュ
3.0% 3.5%
5.6%
一般勘定
10.1%
国内債券
24.9%
外国株式
16.2%
外国債券
13.1%
同 リスク構成比
外国株式 ヘッジファンド 国内債券 キャッシュ
1.1% ▲0.0%
(為替)
3.4%
10.9%
外国株式
(ローカル)
21.5%
国内株式
23.5%
国内株式
53.8%
外国債券
(ローカル)
0.3%
外国債券
(為替)
8.9%
注)2008年3月末時点の企業年金(厚生年金基金,確定給付企業年金合
計)の
ポートフォリオ
出所)「資産運用実態調査結果の解説」(企業年金連合会,2008年9月)
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注)外国債券と外国株式の「ローカル」とは証券要因によるリスクを表し,
「為替」
とは,為替ヘッジを行わないことによるリスクを表す。外債,
外株それぞれの
「ローカル+為替」は,ノーヘッジの場合のリスク構成比と一致する。
出所)「マーケットビジョン」(2008年12月,野村證券フィデューシャリー・サー
ビス
研究センター)掲載の資産クラス別リスク,相関行列他よりNRI作成。
典型的な機関投資家ポートフォリオと代替的構築手法:
「リスク構成比ベースのポートフォリオ」という考え方の採用
„ リスク構成比の考え方を基に、「リスク構成比を先に決め、それにしたがったアセット・アロケーションを行う」方法が適用され始めて
いる。
z 各資産へのリスク配分量の原則は、投資効率(例えばリスク当たりリターンであるシャープレシオ)の高い資産に多く配分する
こと。
z リスク構成比を「均等化」(パリティ化)する行為は、「全ての資産クラスで投資効率は等しい」と仮定(見通しがなくとも可能な構
成方法)。
„ (注意点)多くの場合、低リスクで他資産との相関の低い資産クラスが投資の中心となるポートフォリオとなる。従って従来型のポー
リスク構成比に基づく資産構成比策定の考え方
トフォリオに比べリスクが低くなる傾向がある。
(伝統4資産のみで均等化を図った例=リスク・パリティ・ポートフォ
リオ)
資産構成比
外国株式,
外国債券, 8.3%
16.2%
国内株式,
9.8%
国内債券,
65.7%
リスク構成比
外国株式,
25.0%
国内債券,
25.0%
外国債券,
25.0%
国内株式,
25.0%
出所)「マーケットビジョン」(2008年12月、野村證券フィデューシャリー・サービス研究センター)掲載の
リスク、相関係数、およびHFR資料他より野村総合研究所が作成。
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左のリスク配分構成比を決定した後で、右側の資産配分比率を確認する
ベータ拡張型・リスク配分型ポートフォリオの例
„ 各資産クラスをリスク源泉に対応させ、リスク構成比、政策ポートフォリオを決定(ポートフォリオ全体のリスク・バジェッティング)。
各資産クラスのリスク配分(一例)
株式:30%
金利:20%
• 国内株式
• 国内債券
• 外国株式
• 外債ヘッジ
• エマージング株式
インフレ:30%
• 物価連動債
• G-REIT
• コモディティ
絶対リターン:10%
• FoHF
政策ポートフォリオ(資産構成比)
マネージド・フュー 世界REIT, 3%
チャーズ, 7%
エマージング株
式, 2%
コモディティ,
3%
FoHF,
4%
外債ヘッジ,
33%
ポートフォリオヘッジ:
10%
• マネージド・
フューチャーズ
リスク構成比
世界TIPS, 4%
国内債券,
36%
国内株式, 5%
外国株式, 3%
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世界TIPS,
10%
世界REIT,
10%
コモディティ,
10%
国内債券,
10%
国内株式,
10%
外国株式,
10%
マネージド・フュー
外債ヘッジ,
チャーズ, 10%
10%
エマージング株
式, 10%
FoHF, 10%
累積リターンの推移
リスク配分型運用は安定的なリターン
各ポートフォリオの累積リターン推移
140%
A期間
B期間
C期間
D期間
120%
①標準的運用
②伝統資産・リスク均等型
③ベータ拡張
④ベータ拡張・リスク配分型
100%
80%
60%
40%
20%
-20%
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'09/3
'08/9
'08/3
'07/9
'07/3
'06/9
'06/3
'05/9
'05/3
'04/9
'04/3
'03/9
'03/3
'02/9
'02/3
'01/9
'01/3
'00/9
'00/3
'99/9
'99/3
'98/9
'98/3
'97/9
'97/3
0%
日本株式ベータの推移
リスク配分比率を決定する方式では、株式ベータは安定的に一定水準を
維持
„ 金額ベースのリバランスを行う①③は,2007年4月以降,国内株ベータが急上昇し,直近は未曾有の水準に達している。
„ リバランスを行わない(バイ&ホールド)場合,内外株式の割合が低下しているにも関わらず,2007年4月以降(D期間)については,
同様の傾向がある。すなわち,他資産と国内株式との相関の高まりが観察できる。
0.80
各ポートフォリオの日本株式ベータ推
移
①標準的運用
0.70
②伝統資産・リスク均等型
③ベータ拡張
④ベータ拡張・リスク配分型
0.60
参考)バイ&ホールド
0.50
0.40
0.30
0.20
0.10
•
過去36ヶ月ローリングの国内株式ベータ係数。
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'08/10
'08/4
'07/10
'07/4
'06/10
'06/4
'05/10
'05/4
'04/10
'04/4
'03/10
'03/4
'02/10
'02/4
'01/10
'01/4
'00/10
'00/4
'99/10
'99/4
'98/10
'98/4
'97/10
'97/4
0.00
実績リスク・リターンの比較
リスク配分型運用の欠点はリターンの絶対値が低くなること→リターン源
泉
„ シミュレーションの結果、リスク・リターン比でみた効率性は、 「①<③<②<④」となった。①③は、 「所与のリターンの下でリスクを
最小化する」という分散投資の考え方に則しているとはいい難い。
„ 金額ベースで配分・リバランスする①③は、実績ベースでのトータル・リスク水準が高く、その傾向は悪環境時に強まる傾向がある。
リスクベースで配分する②④にその傾向は見られず、パフォーマンス(リスク、リターン特性)のブレも小さい。
各ポートフォリオの実績リターン,リスク
12%
リター ン(年率% )
6%
③ベータ拡張
④ベータ拡張
リスク配分型
期間A
6.9% / 8.4%
4.5% / 5.5%
2.7% / 12.6%
2.0% / 4.3%
期間B
▲4.3% / 6.2%
1.0% / 3.3%
3.8% / 7.8%
2.9% / 3.0%
期間C
10.8% / 4.9%
4.7% / 2.8%
14.7% / 7.2%
5.6% / 3.1%
期間D
▲14.0% /
12.2%
▲2.4% / 4.1%
▲16.1% /
17.0%
▲2.0% / 4.4%
期間
A~D
1.9% / 8.1%
2.6% / 4.0%
3.9% /
11.2%
2.8% / 3.7%
リスク/
リターン比
0.23
0.64
0.34
0.75
(AC)
(AC)
3%
②伝統資産
リスク均等型
(AC)
(AC)
9%
①標準的運用
(BD)
0%
0%
2%
(BD)
4%
6%
8%
10%
12%
14%
-3%
(BD)
-6%
-9%
-12%
•
①標準的運用
②伝統資産・リスク均等型
(BD)
③ベータ拡張
④ベータ拡張・リスク配分型
リスク(年率% )
各線の中点は、A~D通期のパフォーマンスを示す。
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•
各数値は、実績リターン/実績リスク。
リスクとリターンの寄与度比較
リスク配分型運用の方がリスク応分のリターンが得られている
„ 配分したリスク応分のリターンの寄与が得られているか?
①標準的運用
-1.0%
0.0%
1.0%
2.0%
②伝統資産・リスク均等型
3.0%
4.0%
5.0%
国内債券
0.0%
0.5%
1.0%
1.5%
2.0%
2.5%
国内債券
国内株式
国内株式
外国債券
外国債券
外国株式
リスク寄与度
リターン寄与度
キャッシュ
リスク寄与度
リターン寄与度
外国株式
③ベータ拡張
-1.0%
-0.5%
0.0%
0.5%
1.0%
1.5%
④ベータ拡張・リスク配分型
2.0%
2.5%
3.0%
-0.2%
0.0%
国内債券
国内債券
国内株式
国内株式
外国債券
外国株式
外国株式
外債ヘッジ
FoHF
FoHF
エマージング株式
エマージング株式
マネージド・フューチャーズ
マネージド・フューチャーズ
コモディティ
コモディティ
世界REIT
世界TIPS
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リスク寄与度
リターン寄与度
世界REIT
世界TIPS
0.2%
0.4%
0.6%
0.8%
リスク寄与度
リターン寄与度
1.0%
リターン源泉の捜索:非伝統的資産×非伝統的スキル
アルファとベータの両方の軸を意識したリターン源泉の多様化が不可欠
α
ポートフォリオインシュランス
ライフサイクル
スキル主導
ボラティリティ
スワップ
プライベート
エクイティ
マーケット
ニュートラル
ポータブルアルファ
ロングショート
GTAA
アクティビスト
ヘッジファンド
排出権, 著作権
仕組債
企業所有
新規アクティブ
新規手法
ファンドオブ
ヘッジファンズ
130/30
低ボラティリティ
株式戦略
ファンダメンタル
インデックス
HF複製
エマージング株式
不動産
インフラ
(オポチュニスティック) (オポチュニスティック)
マネージド
フューチャーズ
エマージング債券
ESG
ロングオンリー的
伝統アクティブ
ハイイールド債
バランス
外国株式
国内株式
外国債券
国内債券
伝統資産
(出所) 野村総合研究所
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不動産
インフラ
コモディティ
REIT
オルタナティブ資産
β
「リターン源泉」をスキルと手数料(希少性)、リターンで区分(3次元)
世界に存在するリターン源泉はせいぜい7種類、リターンの大きさは時間で変動
純粋アルファ
スキル
スキルプレミアム
流動性プレミアム
リターン
・価格に反映された情報の解読スキル
・企業価値評価スキル
・経営改革による企業価値向上スキル
・各種プレミアムの価格評価するスキル
・異種リスクプレミアム間の相対価値評価
・同一リスクプレミアム内の相対価値評価
・同一リスクプレミアムの時系列相対評価
等
信用プレミアム
変動性プレミアム
保険プレミアム
株式プレミアム
手数料
金利
(希少性)
期間構造プレミアム
伝統的ベータ
„ 資本市場を対象とするリターン源泉には様々な種類がある
(出所)野村総合研究所
„ リターン源泉はそれぞれの投資対象に存在するリスクに対応したものでもある
„ この図は、スキルと手数料(希少性)から主なリターン源泉を区分した例
z プレミアム取得に必要なスキルのレベルに関しては識者により様々な意見がある
„ リターンの源泉の種類により需給バランスの影響を大きく受け、手数料(希少性)が大きく変動
„ リターンの大きさも時間と共に大きく変化、しかもリターンの大きさはスキル・手数料と比例関係
にはない
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