すべてがオープンな会社とは

ALL LINES ARE OPEN(本誌 P19)
すべてがオープンな会社とは
企業は顧客や従業員とより生産的で良好な関係の構築を模索しています。しかし、コラボレーションやエンゲージメントを高め
るための効果的な組織を設計していく上で、「オープン」であることは、現実にどのような意味を持つのでしょうか。
世界が不況から脱しようとする中、企業各社は改めて成長の足掛かりをつかもうとしています。そのためには必然的に、過去の失
敗を糧とし、誤りを正して、本業の価値を高めることを最優先に取り組む姿勢が求められます。こうしたことは、これまで繰り返し語
られてきたことです。
しかし、今回はより明確に、変化の兆しが表れています。あらゆる組織でリーダーシップのあり方が問われ、トップの行動や組織の文
化に対してさまざまな課題が投げかけられています。こうした中、人事担当者は、企業が変化に対応し、組織内外の声に真摯に
耳を傾けることのできる、よりオープンな企業文化の構築を図れるよう、尽力していかなければなりません。
英国ケンブリッジ大学のジャッジ・ビジネススクールで人事・組織論を担当するジョナサン・トレバー博士は、「今、企業の間では『オー
プンな組織』に向けて大きな動きが起こっています。これは単に世界不況の反動というだけではなく、この10年ほどの間に、米エンロ
ン事件をはじめとする企業スキャンダルが頻発して大企業に対する人々の信頼は決定的に失われ、企業統治が危機に瀕している
ことへの反省から出ていると考えられる」と述べています。
現状は、英国の銀行業界で起こった最近の例を見ただけでも明らかです。銀行員のボーナスからLibor取引における不正まで、
次から次へと発覚するスキャンダルによって、一般市民の業界に対する信頼は失墜し、英国の銀行の評判は大きく傷つけられまし
た。ロイズ銀行グループのアントニオ・オルタ・オソリオCEOは、昨年、オックスフォード大学のサイード・ビジネススクールで行ったスピー
チの中で、金融危機は人々の銀行に対する認識を大きく変え、とりわけ若い人たちの業界に対する見方が変化したことを取り上
げました。ロイズによれば、就職先を決定する際、社会的な知名度は、58%の学生のキャリアにおいての判断に影響を及ぼしてい
ます。また、28%の学生が、銀行に就職することは恥ずかしくて友人には言えないと考え、銀行や金融サービス企業に対してはっ
きりと不信感を口にする学生が41%にも上っています。
トレバー博士は、「私の教え子を例にとってみても、5年前までは半数の学生が銀行業界への就職を希望していました。しかし今で
はその割合は15%近くまで落ち込み、代わって慈善団体や非営利団体、新興企業に人気が集まっています。実際、先を見通す
力のある学生は、企業に就職するよりも、むしろ独立して自分で事業を立ち上げたいと考えるようになっています」と話します。
企業スキャンダルや業界の不祥事は、財政面で大きな影響を与えるものの、イノベーションを推進するのは人材であり、今日の採用、
明日のビジネスリーダーを惹きつけるためには、「評判」が非常に重要と言えます。企業革新を推進するもう一つの要素となるのが組
織の「オープンさ」、つまり、そこで働く社員が信頼され、新たな試みに挑んだり、疑問を率直に口にしたり、新しいアイデアを提案する
ことができ、そうした社員の意欲や知恵を十分に活用して新製品やサービス、新規事業を生み出していくことのできる企業文化です。
「信頼関係がなければ、そこで働く社員に権限を与え、上司の監督から離れて主体的に働ける組織になることは不可能であり、そ
うした信頼感はオープンさがあってこそ可能になるものです。今後ますます企業競争力や効率性が問われ、イノベーションの重要性
が増していくことを考えれば、組織のオープン性は最優先に取り組まなければならない課題であり、組織が長期的に事業を持続し
ていけるかどうかは、その実現にかかっています」とトレバー博士は指摘しています。
信頼関係の構築
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生来オープンで協調性に優れ、社員の積極的な発言を促すと同時に、顧客からもより深いレベルの支援が得られるような社風を
自然に作り出している企業もあります。
CH2M Hill社はまさにそうした企業の1つです。この会社は、官民両方の分野でコンサルティングから設計、建設、オペレーションサ
ービスまでの幅広いサービスを提供する米国のエンジニアリング会社で、従業員自らが会社を所有する形態をとっています。CH2M
Hillはこれまで米Fortune誌が毎年発表する「Best Company to Work(働きたい企業ベスト100社)」に6度も選ばれて
います。同社のリー・マッキンタイヤCEOは社内のイントラネット上で自らのキャリアプランを公開しています。オープンで透明性の高い
社風は、この会社が設立された1950年代にまで遡ることができます。会社は1人の大学教授と3人の学生によって設立されまし
た。この4人はいずれも第二次世界大戦に従軍した経験を持ち、そこでの苦い経験から、より良い世界を建設しようという固い決
意を共有していました。
CH2M Hillの欧州担当HRディレクター、ホワン・コト氏は、「その後、会社は成長し進化を続けてきましたが、その間も、会社の根
幹をなすこの価値観だけは一切変わることはありませんでした。現在約2万8,000人いる従業員のうち1万8,000人ほどが株主
になっており、情報共有が簡単にできます。当社では皆、従業員であると同時に株主でもあるからです」と述べています。
この会社では、従業員と経営陣とが、かつて見られないほど密接なつながりを持っています。こうした従業員との関係は、定期的に開
催されるインタラクティブなライブ会議を通じて形成され、ここでは世界各国の従業員が質問や提案を自由に行い、情報を共有して
直接的で効果的な方法で相互の連携を強めています。
こうしたオープンな経営スタイルが取られるのは社内の関係者に対してだけではありません。「ロンドンのオリンピックパークのように大
規模で複雑なインフラ建設に携わる際には、あらゆるステークホルダーに対しても同様に、強力な連携と透明性が求められます」と
コト氏は話します。長期間におよぶ建設プロジェクトでは、さまざまなステークホルダーと強固な協力関係を築く必要があり、いかに
効果的なコミュニケーションをとって相互理解を深めるかが、プロジェクトが迅速に進むか、失敗によって大きな代償を支払うことにな
るのかを分けます。コト氏は、「当社とお客様との関係は、大抵の場合、非常に長期にわたるものが多く、これは当社のお客様に
対するコミットメントの大きさの表れだと言えます。このクラスのプロジェクトになると、資材調達の段階だけで優に2年を超すこともあ
り、プロジェクト本体の契約を交わす段階では、一緒に仕事をしてきた人たちが我が社への実質的な窓口となってくれました」と述
べています。
コミュニケーション・ツール
新たな手段を通じて人と人とを結びつけるという点では、IT企業は率先してこれを実践しなければなりません。IBMはまさにその実
例として、社内でのさまざまなコラボレーションによって数多くの製品のイノベーションを推進しています。
IBMのソーシャル事業エバンジェリスト、スチュアート・マクレー氏は、「当社では社内のコラボレーションを全面的に促進し、そのため
に役立つツールも十分に揃えています」と語ります。IBMでは将来の業務の重要な要素として「ソーシャル事業」に着目しており、社
員が、パートナー企業や競合他社、顧客、あるいは社員同士で連携し、生産性の向上やワークロードの分担、情報の共有を可能
にするコラボレーション・ツールへの投資を行ってきました。
コラボレーション技術の進歩によって、企業は、YammerやJiveといったソーシャルメディア・プラットフォームを始め、さまざまな支援
ツールやコミュニケーション・ツールを社内に導入できるようになっています。こうしたツールは、単に社員同士での仕事の打ち合わせ
に役立つだけでなく、タイムゾーンや所属部署の違いを超えて協力して仕事を行うための新たな方法を生み出しています。IBMで
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は社内でのデータコラボレーションやミーティングのためにBluepagesやIBM Connectionsという独自のシステムを構築しており、
社内で実際に高い成果を上げたモデルを製品化し、顧客へも提供し始めています。
マクレー氏は、「重要なことは適切なIT技術を導入し、障害を取り除いてこれを十分に活用できる環境を作ると同時に、社員に
対してその使用目的をはっきりと示すことです。ここで問われるのが、経営陣をどのように関わらせるかという点です。昨年、IBMの
新CEOがビデオブログを製作して社内のソーシャルネットワークにこれを掲載したところ、社員全員に電子メールやニュースレターを
送信するよりもはるかに実際的なインパクトがありました」と語ります。
コミュニケーション技術やソーシャルネットワーキングツールの機能がますます高まると、企業は顧客やパートナー企業に対してあまり
にオープンになって、企業秘密が外部に漏えいする危険性にさらされることも考えられます。ここで、HR部門にはIT部門や事業部
門のリーダーと協力し、会社のイメージやデータ、知的財産を保護するための明確な指標を定め、その枠の中で組織のオープン性
を高めることによるメリットを整理して明確なポリシーを策定することが求められます。
マクレー氏は「当社の最終目標は、知識やノウハウへのアクセスを容易にして、お客様により良いサービスを提供することです。IBM
ではコンプライアンスやソーシャルメディアの使用について、極めて明確なポリシーを定めており、やって良いことと悪いことをはっきりと
規定しています。また、業務部門の上級幹部によるガバナンス委員会を設置し、この委員会が規則の定義や、状況の変化に応
じてこれらを変革していく役目を担っています。ただし、ITと同様に大切なのが企業文化です。これまでコラボレーションがうまく機能
せず、かえってマイナスの影響が出てしまうケースがいくつもありました。社員の中には管理されることを望むものがいたからです」と述
べています。
すべてがオープンになるのか?
あらゆる組織がこのような水準まで、組織をオープンにしていけるのでしょうか?
英カス・ビジネススクールのクリフ・オズウィック教授は、企業のオープン化は、何年もかけて経営体制が変化してきたことの延長線上
にあるととらえています。企業が変化し、よりグローバルになっていくにつれ、組織はよりフラットで階層の少ない経営体制へと移行し、
やがて階層そのものがなくなっていきます。
そうした組織管理体制の最近の例として注目されるのが、「holacracy(ホラクラシー)」です。ホラクラシーとは2007年に米国
の起業家、ブライアン・ロバートソンが使い始めた造語です。ロバートソンが提唱する組織構造の中では、固定した役割や階級、
役職などはなく、自律し独立した社員は、それぞれのスキルに応じてさまざまなタスクを担当します。ホラクラシーはシリコンバレーの
ゲーム開発会社Valve Softwareや靴のオンラインショップを運営するZapposなど、一部の企業で次第に広がりを見せています
(囲みコラム参照)。
オズウィック教授は、次のように述べています。「こうした極端にオープンな組織体制をうまく機能させるカギは、リーダーとリーダーシッ
プとを切り離せるかどうかです。オープンな組織の中ではスタッフが自発的に集まってクラウドソーシングのスタイルを形成し、ここでのリ
ーダーの役割は取りまとめ役の一人になることであり、権限を握ることではありません」。
カリスマ性を持った「ロックスター」的なCEOが登場する時代がもはや過去のものになったのかどうかはさておき、権限を手中に収めて
おきたいと考えるリーダーにとっては、自分の役割が単なる取りまとめ役に変わっていくことは権力や影響力を失うことのように感じら
れるでしょう。オズウィック教授はこの点について、「変化の過程には、リーダーが自分の役割についての意識を変え、より幅広い観
点に立つ意識を持っていくプロセスが含まれます。最初の段階として、自分が最も多くの知識を持っているわけではないという事実
を受け入れる必要があります。そうするためには権力意識を捨てなければならず、これは非常に難しいことです。しかし、オープンな
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組織を率いるには、そこでのリーダーの役割は調整やコラボレーション、コミュニケーションを図ることであり、部下を管理することでは
ないことを認識しなければなりません。リーダーは最高の意思決定は個人ではなくグループから生まれることを常に肝に銘じておかな
ければなりません」と語ります。
組織がどこまでオープンになるべきかということは、それぞれの企業の置かれた状況によって異なります。小規模で俊敏性の高い組
織でホラクラシーのレベルのオープン性が有効だからと言って、大規模な多国籍企業でそれが同様に有効に機能するとは考えられ
ません。しかし、消費者の好みや従業員の期待は年月とともに変化してきており、企業組織は否応なしにますます多くの人々が結
びついて発言力を増すオンラインのコミュニティの動向に、注意深く耳を傾けざるを得なくなっています。
文化やメディア、IT が変化するに従って、企業秘密を維持することはますます困難になり、従業員や株主、顧客との関係は単に
販売現場や株主総会といった限定的な場での接点を越えたものになっていきます。人事担当者は、企業や企業のトップがこうし
た変化に対応し、組織をオープンにすることで十分なメリットが得られる体制を整えていく上で、非常に重要な役割を担うことになり
ます。
ケーススタディ① ドゥカティ社
大衆を巻き込んで支持を得る
クラウドソーシングは、特にインターネットを利用して不特定多数の人が参加してサービスやアイデアあるいはコンテンツを生み出す
画期的な手法です。資金調達から人材調達まで、ビジネスのさまざまな側面に応用でき、資金調達を目指す新興企業にとって
最も一般的な手法として活用されるなど、顧客と強固な信頼関係を確立してイノベーションの道を探ることのできる魅力的な方法
と言えます。
こうしたクラウドソーシングを活用している企業の1つがドゥカティ社です。ドゥカティ社は1926年に設立された老舗オートバイメーカー
で、古くからの忠実なファン層を持っており、ドゥカティのオートバイを所有する何万人ものオーナー同士がオンラインで交流を深めてい
ます。同社のマーケティングチームはすでに1990年代から、消費者グループやオンラインコミュニティを通じてこの強力なブランド力を
活用してきており、今や新製品開発のために欠かすことのできない大きな力となっています。
ドゥカティ社のマーケティング部門の責任者であるパトリッツィア・チャネッティ氏は、「当社はあらゆる意味でオープンな会社です。ドゥ
カティのお客様やファンあるいは他の企業には、当社を訪問していただくよう積極的に呼び掛けており、社内ツアーに参加して工場
を見学してもらいたいと考えています。当社ではそうした際の会話や、皆さんから頂いた意見に耳を傾けることが基本的な取り組み
姿勢の一環として定着しています。
当社はお客様との間で強い信頼関係を確立しており、発売を控えた新製品に関して技術的なフィードバックを受けるなど、折に触
れてお客様の意見を聞く機会を数多く持っています。お客様から頂いた意見は社内に持ち帰り、マーケティング部門から技術部門
まで、全社に行き渡らせます。当社は注文開発こそ行っていないものの、製品開発の過程でこうしたお客様からのフィードバックを
十分に生かすよう心掛けています」と述べています。
ドゥカティのオートバイを購入した顧客に対しては、同社の開発チームが直接コンタクトしてフォローし、新車の乗り心地などについて
確認を行っています。こうした顧客との直接のやり取りから顧客満足度に関して貴重なフィードバックが得られ、ドゥカティブランドを
巡る世界各国の文化の理解を深める上で重要な役割を果たしていると、チャネッティ氏は言います。
「今後、こうした取り組みをさらに拡大し、活用するデバイスの幅を広げて PC からスマートフォンやスマート TV、タブレットまで、あらゆ
るデバイスを通じてお客様と密接なつながりを築いていこうと考えています」。
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ケーススタディ② ホラクラシー
肩書を取り去る
ラスベガスを本拠に靴製品のオンラインショップを運営するザッポス社は、顧客サービスに徹底的にこだわると同時に、社員の能力を
最大限に引き出すために、人事に関連して数々の風変わりな試みを実行してきました。新たに採用したスタッフに1,000ドルのイン
センティブで退職を促し、会社に対する忠誠心をテストしたり、コールセンターの従業員に4週間の研修期間を与え、顧客との対応
に一切のマニュアルを使用せず、その内容や通話時間にも制限も提示しないなどといったことに続き、この会社の最新の取り組みが、
「ホラクラシー」の導入です。CEOであるトニ・シー氏も新入社員も、社内でほぼ同様の地位に置こうとしているのです。
ホラクラシーとは最近になって新たに作られた造語で、上司によって指示を受けたり管理されたりする組織に対して、社員が自律的に
経営を行う組織形態を表しています。もちろん、フラットな組織の考え方自体は以前から存在しており、そのもっとも有名な例としてブ
ラジルの一大企業グループ、セムコ社の事例を上げることができます。セムコ社では1980年代から1990年代にかけて、会社組織の
劇的な効率化が図られました。
セムコ社を率いるリカルド・セムラーCEOは、社員がマネージャーの採用や解雇の決定権を持つことができ、服装規定から駐車スペ
ースの割り当てまで、一切の規定を廃止して、最終的にはCEOの地位も持ち回りで交代できるようにするという画期的なポリシーを
導入しました。
ザッポス社が実行しようとしている実験的な組織システムは、自律的な企業統治構造の試みとして、最近、最も注目を集めており、
年内にも1,500名の社員を対象にこのシステムがスタートする予定です。
このホラクラシーの組織構造の背景にあるのは、一般的なニーズではなく特定のタスクを中心として人材を組織した方が効率的であ
るという考え方です。チームはそれぞれのタスクのために存在し、タスクが完了すると解散します。役職が少なければ少ないほど社内政
治は減少し、その分生産性が向上すると考えられています。
ザッポス社のホラクラシーは会社規約で定義され、就業規則の概要を定めています。タスクごとのチームリーダーは存在するものの、
さまざまなケースでタスクが十分に達成できない状況が繰り返されない限り、社員の業績が問題となることはありません。その場合で
も、解雇の最終的な決定はチームによって行われます。
会社規模で機動力を高めようとするこの最新の取り組みが成功するかどうかは、まだわかりません。ザッポス社ではあらゆる要素を明
確に定める必要があり、特に、人材の採用や報酬に関する規定は不可欠です。また、ザッポス社のように強力な文化を持った企業
であっても、フラットな組織の中でどのようにインセンティブを高めていくのかということが今後、問題になっていく可能性もあります。オープ
ンさをこの水準にまで高めることは、平等の追求とは方向性が異なり、こうした組織が、イノベーションや創造性といった分野で特に力
を発揮するということが、オープンな組織に対する斬新で魅力的なイメージとして当たり前に受け入れられるようになるでしょう。
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