世界へ進出する東アジアの企業群

RISING IN THE EAST(本誌 P10)
世界へ進出する東アジアの企業群
東アジアの企業文化には何か特別なものがあり、猛烈な勢いで海外市場への進出を可能にしています。
東アジアの企業は、欧米の企業とは異なる文化をもち、これまでのグローバル展開で著明な成功を収めており、欧米企業も自ら
の成功のためにこれらの企業から学ぼうとしています。
一例として、米国の有名な航空機メーカーであるボーイング社が挙げられます。同社は日本の自動車関連企業が開発した製造
技術と品質へのこだわりについて学び、一大改革に着手しました。同社は、「Lean(『贅肉のない』、『やせた』を意味する)」と呼
ばれる従業員手動の改善手法を導入し、その力の入れようは、「kaizen(改善)」という日本語を採り入れるほどでした。
アジア系企業はここ 10 年間、目覚ましい勢いで海外マーケットへ進出しました。アクセンチュア株式会社のレポート Growth
Journeys によると、2003 年以降のこれらの企業の国内・海外総投資額は、2.9 兆ドルを超えました。このうち最も多く(580
億ドル)は、西欧への投資でしたが、全体としては米国から中東まで世界の隅々へ及びました。
最近の大規模投資は、これらの企業が長年にわたり展開してきた世界規模海外進出の一環として行われ、特に東アジア企業群
の躍動が際立っています。日産自動車やキヤノン、サムスン電子といった企業は、欧米諸国でも数十年にわたり広く知られていま
す。この 3 社はいずれも 1930 年代に設立され、日産自動車とキヤノンは 1950 年代に、サムスンはそれから 20 年後に海外
進出をスタートしました。この地域から発したグローバル企業は、今日では規模、技術、影響力という点で欧米企業に引けをとらな
いことは疑いの余地がありません。これらの企業がここまで成長した秘訣は何なのでしょうか? また、その秘訣は、これらの企業が
既に事業展開した地域では異なるのでしょうか?
つい最近まで日産自動車でグローバルマーケティングコミュニケーション部門担当の執行役員を務めたサイモン・スプロール氏は、
「kaizen(改善)は、今やビジネス用語として欧米企業でも広く認知されています」と語ります。米国で生まれたコンセプトでさえ、
元を辿れば東アジアで実践されていたことを参考に開発されてきました。その一例として、スプロール氏は「シックス・シグマ(米国ゼ
ネラル・エレクトリック社が適用し発展させていった品質管理の手法)の規範や原理の多くは、日本で発達した kaizen や品質技
術、生産工程などに由来します」と述べています。
日本企業は、20 世紀後半に輸出を軸として成長してきましたが、日本型の生産手法も製品とともに海を渡りました。「この意味
で、製品はその会社の文化を表す」とスプロール氏は言います。これらの企業は海外で生産を開始するに当たり、自社のプロセス
をそのまま海外へ持ち込み、日本企業は、このようにして海外で生産しながら、「日本製」の品質を維持してきました。
さらに、日本の企業文化の特徴の一つとして「手順」が挙げられますが、これは海外へ進出するときに日本で実践されていた組織
的行動と階層をそのままの形で現地へ持ち込むのに役立ち、結果として、日本で生産した場合と同じ品質の製品を再現すること
が容易になりました。スプロール氏は、「このことが、日本企業が構成とプロセスという点で他に勝る要因」と述べています。
日本と同じ生産工程を異文化の地へ持ち込むということは、社会の特徴や企業の特徴(これらが企業に精神と文化を与えます)
を積極的に持ち込んでいくこととは異なります。東アジアの企業が世界の市場へ進出し成功を収めるうえでその一助となったのは、
企業文化を進んで現地に適合させていったことであり、これはこれまでの歴史が示す通りです。
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海外進出
東アジアの企業がどのように海外へ進出して行ったか、特に決まったルールがあるわけではありません。Growth Journeys による
と、2011 年のアジアからの海外企業投資の 57%は、過去に事業が行われていない土地へのグリーンフィールド投資でした。サム
スン社はこれまでに 5 大陸に子会社を設立し、韓国水原市の本社から駐在員を派遣する方針をとってきました。一方、日本のキ
ヤノンは現地の販売会社を指定し、後にそれらの会社を買い取って子会社としてきました。
アジア企業が関与する合併や買収(M&A)は増加しています。アクセンチュア社の調査では、アジア企業の海外進出全体に占
める M&A による進出の割合は 2003 年に 12%でしたが、2011 年には 43%まで増加していました。中国のパソコンメーカーで
あるレノボグループは、2005 年に米国 IBM 社のパソコン部門を、2011 年にドイツのメディオン社のパソコン部門を買収しました。
さらに、最近同グループはモトローラ社の携帯電話部門をグーグル社から買収するとともに、IBM 社の X86 サーバー部門を傘下
に収めました。同グループで EMEA(欧州、中東およびアフリカ)の人事部門エグゼクティブ・ディレクターを務めるウルフギャング・
サロモン氏は、「レノボグループの海外進出の手法は一言でいえばバランスであり、力強い実質的成長を達成しながら戦略的買
収を行っていくことでした」と語っています。
また、サロモン氏は、「レノボグループで受け継がれている中国の伝統は、我々の海外へ進むべき道筋をつけており、すべての物事
に対して計画を立て、優先順位を付けています」と言います。レノボグループの社風は「レノボの道」と名付けられ、次の 5 点に集
約されます:「誓う前に計画を立てる(plan)」「約束を果たす(perform)」「会社を優先する(prioritise)」「日々改善
を実践する(practice)」「新しいアイデアを開拓する(pioneer)」。サロモン氏は、これらを「5P」と呼んでいます。
長期的戦術
仕事に対するこのような姿勢は、多くの日本企業にもみられます。「日本企業は、欧米企業では一般的なミッションステートメント
(mission statement)ではなく、経営哲学と基本理念を原動力にしている傾向があります」と語るのは、ユニクロを傘下にも
つファーストリテイリング社の人事部門シニアマネージャー、デイビッド・カールペロウィッツ氏です。さらに、カールペロウィッツ氏は「我々
の経営哲学は、『服を変え、常識を変え、世界を変えていく』です。高慢かつ掴みどころがないように聞こえるかもしれませんが、
我々はこれによって立っており、単に自分たちが気持ちよく感じるためにこうした哲学を掲げているわけではありません」と語っていま
す。ファーストリテイリング社は、バングラデシュのグラミンユニクロ社を立ち上げるために 460 万ドルを投資しました。グラミンユニクロ
は、企業の CSR 活動の一環として設立され、現地の人々が衣服のデザイン、製造、販売に携わっています。同社は 2013 年 7
月の初出店以来、既に 6 店舗をオープンしました。
ファーストリテイリング社は、既によく知られたブランドで急速に成長している企業であるにもかかわらず、忍耐強く慎重な手法で事
業を展開しています。「我々は、長期的視点に立って事業を進めており、将来の長期的成功のために現在は人材を育成していま
す」とカールペロウィッツ氏は語っています。ファーストリテイリング社の中国現地法人 CEO を務めるパン・ニン氏は、売り場から自身
のキャリアをスタートし、トップまで昇りつめた人です。
永年勤続・社内昇進を軸とする人事方針は、アジアの多数の企業にみられます。キヤノンヨーロッパの人事部門チーフを務めるマ
ッシモ・マカルティ氏は、日本の人事方針の中核的特徴の一つとして、終身雇用を挙げています。「日本のキヤノンでは従業員は
大学卒業と同時に入社し、これ以外の他の採用の機会はほとんどありません。卒業生を対象とした採用が 1 年に 1 回あるのみ
で、200~300 人、時には400人の新入社員が毎年入社し、人数はその年によって若干の変動があります。従業員は、定
年まで勤めるのが典型的です。もちろん、我々は欧州でこのような方針はとっていません」とマカルティ氏は言います。
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永年勤続には明らかに負の側面があり、海外の事業所で軋轢を生むことにもなりかねません。マカルティ氏は「我々の欧州の事業
所では、成績の芳しくない従業員は解雇していかなければならないという考え方に対して一部の日本人マネージャーは強い抵抗を
感じており、説得するのにたいへん苦労しています。この考え方は、日本企業にとって相容れないことのようです」と語っています。
キヤノンに 20 年勤務しているマカルティ氏によれば、人事と経営戦略に対する日本企業の方針は、会社への忠誠を奨励するとと
もに、従業員の中に深いレベルでその会社についての暗黙知(潜在的な知識)を形成し、さらに、短期的・長期的目標へ向け
てより安定した手法をとることを可能にするとのことです。「四半期の業績が不良であっても、誰も解雇されません。日本企業には
結果に対する寛大さと忍耐があり、評価の基準が欧米企業とは異なっていることに加え、意思決定がより集団主義的になされま
す」とマカルティ氏は述べています。
キヤノンの海外進出へのアプローチは、共生(皆の利益のためにともに働き、ともに生きていくという考え)、忠誠心、従業員の暗
黙知という、日本の中核的価値観を維持する手法でした。キヤノンはグローバルで人事管理の標準化を進めていますが、「母体
であるキヤノンの人事管理の手法を強く反映していくことはしていません。これは、現地の自由裁量、現地の習慣を尊重するもの
であり、欧米多国籍企業と比較しても著しく多くそのような傾向が見られます。」
現地への適応
本社でのコントロールと現地での自由裁量のバランスの調整は、中枢に特定の文化的アイデンティティのあるグローバル企業が常
に直面する難題です。日産自動車では製品の質と業務プロセスは以前と同様に世界中で統一されていますが、ここ数年本社は
海外事業所の企業活動から完全に分離した状態にあるとスプロール氏は語っています。また、同氏は「これまで日本企業は、各
地域の慣習に沿って賢明に事業を展開し自らを現地に順応させて、現地従業員を惹きつけ、新人の採用、人材の流出防止を
図ってこなければなりませんでした」と語っています。
サムスン電子の海外進出は、世界の様々な地域をカバーできるように、各国際事業所に担当地域を割り当てる方針で進められ
てきました。サムスン電子メキシコの人事・法務チームのモウリシオ・シリス氏は「我々は、本社からの明確な指示の下、担当の
国々における製品の使用状況、慣習に関する情報を収集するよう努めています」と語っています。
「現地への適応」は、自国から現地へスタッフを派遣するのではなく、ときに現地で人材を発掘することを意味します。レノボグルー
プがよい例といえます。「我々は、アジア系企業を含む他の多くの企業と異なり、単に中国から海外へマネジメントチームを駐在員
として派遣する手法をとっていません」とサロモン氏は語ります。さらに同氏は、「実際には、全く逆の手法をとっています。我々は、そ
れぞれの地域の知識、技術・ノウハウを学び、その地域を理解することをモデルにしています。欧州、中東、アフリカのいずれの地域
においても、現地事業所で働く中国人スタッフは 5~10 人程度です。現地での勤務は、これらのスタッフの成長に大いに役立つ
のです」と語っています。
レノボ社が海外進出を開始して以来、在中国のマネジメントチームは、これまで海外の事業所から積極的に学んでいきたい、中
国国外の市場について何でも知っているなどと思わない、という姿勢をとり続けている、とサロモン氏は言います。
東アジアの企業は、海外へ進出し大きな成功を収めたにもかかわらず、これらに関わった多くの人達は、海外進出の過程で自分
たちの文化的・社会的特徴は失われなかったと主張します。しかし、実際には海外進出は、社内に多国籍な環境を形成するの
にしばしば役立ったといえます。この顕著な例として、日産自動車とフランスのルノーおよびドイツのダイムラーとのパートナーシップが
挙げられます。
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前述のような環境は、しばしば東洋の企業文化の最も効果的な要素と欧米のそれとが融合したものといえます。「これは winwin な関係であり、欧米 vs. アジアという概念では全くありません」とファーストリテイリング社のカールペロウィッツ氏は述べています。
さらに同氏は、「我々はすべての選択肢を視野に入れており、目標の達成を可能とするハイブリッドをつくっていきます」と語っていま
す。
これらのアジア企業の海外進出が今後も続く中で、こうした会社の企業文化がどのように発展していくか、そしてベトナムやインドネ
シアといった新興市場から生まれる新たな企業がどのように既存のパイオニア達(日本、韓国、中国の企業)と競合していくかは、
たいへん興味深いところです。サロモン氏は次のようにコメントしています:「企業が海外へ進出し成長していけば、必然的に新た
な文化が形成されます。新たな国あるいは新たなマーケットへ進出するときは、以前成功した手法にしがみつくことはできません」。
ケーススタディ
ユニクロとファーストリテイリング社
ファーストリテイリング社の主要ブランドの一つであるユニクロは、比較的最近海外へ進出したばかりであるにもかかわらず、既に目
覚ましい発展を遂げています。同社は 2003 年に英国へ、その 1 年後に米国へ進出し、現在では英国に 10 店舗(ロンドン オ
ックスフォード・ストリートのグローバル旗艦店を含む)、米国に 17 店舗を構えています。
ユニクロは、アジアではより長い歴史をもっています。ファーストリテイリング社の創業者で現在同社の代表取締役会長兼社長を務
める柳井正氏は、1984 年にユニクロ第一号店を広島に出店しました。以来ユニクロは、単なるロードサイドのチェーン店からスタイ
ル、品質、楽しさの国際的リーダーへ発展しました。
ユニクロの日本アパレル市場における現在のシェアは 6.2%です。しかし、今日ファーストリテイリング社へ成長をもたらしているのは
海外市場であり、ユニクロの海外事業はユニクロ全体の売り上げの約 27%を占めています。現在ユニクロの総店舗数は 1,300
を超え、グループ全体としてファーストリテイリング社は 16 ヵ国で事業を展開し、72,000 人の雇用を創出しています。2014 年 1
月 9 日に発表された同社の 2014 年通期予想売上高と予想純利益は、それぞれ 1 兆 3,220 億円(78 億ポンド)と 920
億円(544 万ポンド)です。
「海外進出に対する我々の手法は、現地でのベストアイデアを採用し、それらが最大の利益をもたらす地域でそのアイデアを展開
していくことです」とファーストリテイリング社の人事部門シニアマネージャー デビッド・カールペロウィッツ氏は語っています。さらに同氏
は、「言い換えれば、ニューヨークで確立したテクニックを東京やシンガポールで採用する、あるいはその逆もありうるわけです」と付け
加えています。
ケーススタディ
品質へのこだわり
海外へ事業展開している東アジアの企業へ彼らの文化的・社会的特徴について尋ねると、ほとんどの場合、彼らは品質について
語ります。
「日本は、第二次世界大戦後から 1950~1960 年代にかけて自らを高品質な製品を生産する製造業の中心地として再興し
ました」と語るのは、日産自動車でグローバルマーケティングコミュニケーションの前コーポレート・バイスプレジデントのサイモン・スプロ
ール氏です。
「日本企業は、最も低コストで製品をつくる能力を、すばやく最も低コストかつ高品質な製品をつくる能力へ変容させ、世界へ向
けてそれらを輸出していったのです」とスプロール氏は語りました。
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1960~1970 年代の欧州および米国の製造業者は、とてもこの日本企業の勢いについていけるようには思われませんでした、と
スプロール氏は指摘します。
「日本の製造業のもとを辿れば、ソニーであれ日産であれ、それらは基礎的要素の積み重ねだったのです。具体的には、消費者
が望んでいる製品を製造する、消費者にとって妥当な値段でそれらを提供できるようにする、国内で販売されている他の製品より
質の高い製品を提供する、ということです」とスプロール氏は付け加えます。
日本企業には品質へのこだわりに加え、顧客サービスへのこだわりもしばしば見受けられます。こうしたこだわりは、後の新興企業に
もみられます。株式会社ファーストリテイリング社の人事部門シニアマネージャーデイビッド・カールペロウィッツ氏によれば、ファーストリ
テイリング社はこうした日本企業の遺産として細部へのこだわりとチームワークに基づいた品質管理、顧客サービスを重視しており、
これらのこだわりが会社の「礎石」になっているとのことです。
「我々はこの視点を失ってはならず、品質と顧客サービスへのこだわりを確実に事業目標の達成および全店舗一貫した顧客満足
へつなげていかなければなりません」とカールペロウィッツ氏は語りました。
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