パスにおける準備動作の考察

パスにおける準備動作の考察
川端
1
ひかり
小迫
理恵
はじめに
(1)
研究の背景
ハ ン ド ボ ー ル の 試 合 は コ ー ト プ レ ー ヤ ー 6 人 、ゴ ー ル キ ー パ ー 1 人
の計7人で構成されている。試合時間は高校生以上が前後半30 分、
縦40m横20mのコート内で相手のゴールにボールを投げ入れて
得点を競うゴール型の球技スポーツである。
ハ ン ド ボ ー ル は 他 の ゴ ー ル 型 の 球 技 ス ポ ー ツ と 同 様 に 「 走 る 」「 投
げ る 」「 跳 ぶ 」 と い っ た 様 々 な 運 動 要 素 が 必 要 と さ れ る ス ポ ー ツ で あ
る 。テ ク ニ ッ ク の 光 る フ ェ イ ン ト や パ ワ フ ル な シ ュ ー ト な ど 、素 早 い
ス ピ ー ド で 展 開 さ れ る プ レ ー が 大 き な 魅 力 で あ る 。ま た 、D F と O F
の 体 が ぶ つ か り 合 う 格 闘 技 の よ う な 攻 防 、至 近 距 離 か ら の シ ュ ー ト に
立ち向かう勇敢なキーパーの姿も見どころである。
ハ ン ド ボ ー ル を プ レ ー す る 上 で 最 も 重 要 な 運 動 要 素 は 、「 投 げ る 」
で あ る 。得 点 を 取 る た め の シ ュ ー ト 動 作 、味 方 同 士 で シ ュ ー ト チ ャ ン
ス を 作 り 出 す た め の パ ス 動 作 、そ れ そ れ「 投 げ る 」と い う 運 動 要 素 は
ハ ン ド ボ ー ル に お い て 基 本 で あ り 重 要 な 要 素 で あ る と 言 え る 。基 本 で
あ る パ ス が 繋 が ら な け れ ば ゲ ー ム は 構 成 す る こ と は 出 来 ず 、従 っ て 効
果 的 に 勝 つ こ と も 難 し い 。今 回 の 研 究 の 背 景 に は 、戦 術 を 成 功 さ せ る
ための基礎技術としてのパスについてより理解を深めることがある。
(2)
研究の動機・目的
私 た ち は ハ ン ド ボ ー ル 部 に 所 属 し 、県 大 会 ベ ス ト 4 を 目 標 に 掲 げ て
きたが平成25年の5月に行われた総合体育大会の愛知県大会では
1 回 戦 で 敗 退 、ま た 翌 年 の 4 月 に 行 わ れ た 地 区 大 会 で は 初 戦 敗 退 を 喫
し て し ま っ た 。敗 因 は 多 々 あ る が 、一 つ に 攻 撃 時 、シ ュ ー ト ま で の プ
ロ セ ス に お い て 、ミ ス の 多 さ が 挙 げ ら れ る 。こ れ は 入 部 し た と き か ら
の私たち三好高校ハンドボール部の課題であり、日々の練習の中で、
ゲーム中に起こりうる相手チームからの様々なプレッシ ャーを回避、
あ る い は 、打 ち 崩 し な が ら 対 応 す る 能 力 を 反 復 練 習 に よ っ て 身 に つ け
よ う と し て い る 。ま た 、試 合 を 決 す る 上 で 、ゲ ー ム リ ズ ム を 作 り 上 げ
る こ と が 大 切 で あ る の は 言 う ま で も な い 。も っ と も 顕 著 に 自 分 達 の ゲ
ー ム リ ズ ム を 崩 し て し ま う 要 因 に“ 個 々 が 正 確 な パ ス を 投 げ ら れ な い
こ と ”が 挙 げ ら れ る 。そ こ で 日 頃 顧 問 の 先 生 に 指 摘 を 受 け る パ ス の 準
備 動 作 に 焦 点 を 絞 り 、“ 個 々 の パ ス 技 術 の 正 確 性 ” に つ い て 、 ボ ー ル
を キ ャ ッ チ し て か ら の 判 断 、そ し て パ ス を 投 げ る ま で の 動 作( 肩 を 回
す パ ス と 回 さ な い パ ス )と パ ス の 正 確 さ の 関 係 性 を ア ン ケ ー ト と 実 験
を通して研究を深めていくこととした。
(3)
アンケート
は じ め に 、三 好 高 校 ハ ン ド ボ ー ル 部 員 が 、日 頃 肩 を 回 し て 投 げ て い
るかどうか調べるためアンケートを実施した。
投げ方についてのアンケート(自己意識)
3年7組
名前 (
1.
川端ひかり
小迫理恵
)
あなたは普段パスを投げるとき肩を回していますか?
はい
2. 1 で
“はい”
・
いいえ
と答えた人に聞きます。なぜ肩を回していますか?
あなたが思う肩を回すメリットを教えてください。
3.
1 で “ い い え ” と 答 え た 人 に 聞 き ま す 。な ぜ 肩 を 回 さ な い の で す か ?
あなたが思う肩を回さないメリットまたは肩を回すデメリットを教えて下さい。
ご協力ありがとうございました。
(4)
アンケート結果
ア
図 1 は ア ン ケ ー ト 項 目 1 よ り 、ハ ン ド ボ ー ル 部 員 の パ ス の 投 げ 方
を 示 し た 。自 己 意 識 に お い て は 、4 / 2 2 人 は 普 段 パ ス を す る と き
肩 を 回 し て お り 、1 8 / 2 2 人 は 肩 を 回 さ ず 投 げ て い る こ と が 分 か
っ た 。自 分 た ち が 考 え て い た よ り も 回 し て 投 げ て い る 人 は 少 な か っ
た 。し か し 日 頃 の 部 活 動 の 練 習 を 客 観 的 に 観 察 し て み る と 1 0 人 /
2 2 人 が パ ス を 投 げ る と き 肩 を 回 す 傾 向 が 顕 著 に み ら れ た 。こ の こ
とから自分は回しているつもりがなくても無意識のうちに回す癖
がついてしまっていることが推察される。
イ
ア ン ケ ー ト 項 目 2 よ り 肩 を 回 す メ リ ッ ト を ま と め た 。下 記 よ り 肩
を 回 す こ と に よ り 、遠 く に 飛 ぶ 、強 く 投 げ ら れ る こ と が で き る と 認
識している者が多いことがわかった。
・勢いがついて遠くに飛ぶ気がする
・強く投げられる
・スピードがつく
・筋肉がほぐれ投げやすい
ウ
アンケート項目3より肩を回さないメリットを下記にまとめた。
肩 を 回 さ な い こ と に よ り 、す ぐ 投 げ ら れ る の で プ レ ー の 幅 が 広 が る 、
安定したパスが投げられると認識している者が多いことがわかっ
た。
・キャッチ後すぐパスが投げられる。
・すぐ投げられるのでプレーの選択肢が広がる。
・どんなタイミングでも投げられる。
・強く投げられる。
・ DF に 当 た ら れ て も 上 か ら パ ス が 出 せ る 。
・フェイクができる。
・狙いをさだめやすい。
・安定したパスが投げられる。
・パスの流れでそのまま投げられる。
エ
ア ン ケ ー ト 項 目 4 よ り 肩 を 回 す デ メ リ ッ ト を 下 記 に ま と め た 。肩
を 回 す こ と に よ り 、タ イ ミ ン グ の ず れ や キ ャ ッ チ か ら 投 げ る ま で に
時間がかかるためパスミスに繋がると考えている者 が多かった。
・肩を壊しやすくなると思う。
・ パ ス を 投 げ る の に 時 間 が か か り DF に 当 た ら れ る 。
・勢いがつかない。
・コントロールしにくい。
・タイミングがずれて合わせにくい。
・ DF に 当 た ら れ た と き 下 か ら し か パ ス が だ せ な い 。
・打点が低くなりボールが上にいきやすくなる。
2
研究方法
(1)
目的
図1
主観的
図2
客観的
パスに伴う肩関節の準備動作が、ボールコントロールにどのよう
な 影 響 を 及 ぼ す か を 以 下 の 手 順 に 沿 っ て 、「 肩 を 回 す パ ス 」「 肩 を 回
さないパス」に分類し、実際のゲームを想定してボールをキャッチ
してからスローまでの時間を制限することによって、そこで起きる
ミスを検証していくこととする。
ま た ア ン ケ ー ト の 答 え に 回 す 投 げ 方 の メ リ ッ ト が 、“ 遠 心 力 を 使 う た
め ボ ー ル の ス ピ ー ド が 速 く な り 飛 距 離 も 伸 び る の で は な い か ”と 挙 が っ
た の で 、こ の 2 通 り の 投 げ 方 が 飛 距 離 に 大 き な 影 響 を 与 え る の か ど う か
も検証することにした。
図3
図4
(2)
手順
ア
対象
肩を回す投げ方
肩を回さない投げ方
三好高校女子ハンドボール部員22名。
イ
実験1
(ア )
OF に は そ れ ぞ れ 1 ~ 4 の 番 号 を つ け 、図 5 の 指 定 の 位 置
に 置 き 、OF の 動 け る 範 囲 は 、コ ー ト に 示 し た 直 径 1 m 内
とする。
(イ )
被験者は6mラインでボールを持って味方に背を向け笛
の 合 図 で 正 面 を 向 き 、手 を 挙 げ て い る OF に 9 m ラ イ ン ま
で の 3 m の 助 走 を 使 っ て 2 秒 以 内 に ボ ー ル を 投 げ る 。パ ス
を 出 す 順 番 は 、ラ ン ダ ム に 手 を 挙 げ た OF に 5 本 ず つ 計 2
0 本 実 施 し 、そ れ ぞ れ 肩 を 回 す 投 げ 方 と 回 さ な い 投 げ 方 に
区別する。
( ウ ) こ の 実 験 で は 、OF の キ ャ ッ チ ミ ス で 不 成 功 と な ら な い よ
う に 、円 内 に お い て 両 手 で ボ ー ル を 触 っ た 場 合 を 成 功 と す
る。
ウ
実験2
( ア ) “ 回 す パ ス ”“ 回 さ な い パ ス ” そ れ ぞ れ の 投 げ 方 で 3 m の 助
走を使い遠投を実施する。そのときの距離を計測する。
被
験
者
図5
(3)
実験概要
仮説
ア
実験1
私たちは技術が定着しておらず、肩を回してボールを投げてし
まうなど、無駄な予備動作をしてしまう傾向にある。肩を回すこ
とによって、キャッチからリリースまでのボールの軌道にぶれが
生じミスが起こると考え、プレーの精度にどの程度影響するのか
考察する。今回の実験では速攻の局面におけるロングパスについ
て、その精度にどのくらい影響するのか考察する。多種多様にあ
る速攻の種類の中で、ワンマン速攻のロングパスを想定し実験を
行う。ワンマン速攻のロングパスは20m程であり、ハンドボー
ルのプレーにおいてはパスの距離が最も長いと考えられる。その
ため肩を回して投げた場合、ボールの軌道に生じたぶれは落下地
点に到達するまでに増大し、パスの精度が落ちると考えた。
イ
実験2
肩を回した方がボールを後ろに引くため、肩を回さない投げ方よ
りもリリースするまで長い時間ボールを押すことにより、ボールに
より強い推進力を与えると考えた。このことより、肩を回す投げ方
は肩を回さない投げ方より飛距離が伸びると推察した。
図6
3
回す投げ方拡大
図7
回さない投げ方拡大
結果
(1)
実験1
図6は肩を回す投げ方と回さない投げ方の成功回数を比較したものであ
る。被験者16/22人は肩を回さない投げ方の方が成功数は多く、9/
22人は肩を回す投げ方と回さない投げ方の成功数の差が非常にみられた。
また、5/22人は回すパスの方が成功数は多く、そのうち2/5人は成
功数に非常に差がみられた。しかし11/22人の被験者は回す投げ方と
回さない投げ方におけるパスの成功数の差は明らかには みられなかった。
肩を回して投げたときは、遠心力を利用するためか、指定の位置を越えて
しまう傾向が見られた。肩を回す投げ方で成功しているケースも、図6 か
らも分かるようにボールを抑えきれずリリー スのタイミングが早くなるた
めか軌道を見ると山なりになっており、シュートにつなげるためのパスと
しては不安定であった。肩を回さない投げ方では、成功数に関係なく全体
的に山なりになることなく鋭い球筋で速いパスがみられた。成功数が両パ
ターンとも少ない被験者は、手が非常に小さく、ボールを握れないため回
して投げること自体が困難であったと推察した。
図8
肩を回す投げ方と回さない投げ方のパスの成功数比較(個人)
図9
(2)
肩を回す投げ方と回さない投げ方のパスの成功数比較(全体)
実験2
図8は肩を回す投げ方と回さない投げ方の飛距離を比較したものである。
5 / 2 2 人 は 回 し た 投 げ 方 の 方 が 飛 距 離 に 伸 び が 見 ら れ た が 、そ の 差 は 最 大
1 .9 m で あ っ た 。ま た 、1 7 / 2 2 人 は 肩 を 回 さ な い 投 げ 方 の 方 が 飛 距 離
に 伸 び が 見 ら れ た が そ の 差 は 最 大 3 .6 m で あ り 、回 さ な い 投 げ 方 の 方 が 飛
距離に伸びが見られるとも言える。
図8
ハンドボール投げの飛距離
4
考察
(1)
実験1
この実験はゲーム中のプレーにおいての一部に着目した場合、肩を回さな
い投げ方の方が正確にパスをつなげる点で有利であると考えられる。私た
ち三好高校ハンドボール部員での実験は、16/22人の結果が私たちの
仮説に当てはまった。この点において、肩を回さない投げ方でのパスの方
が、ゲーム中のプレーにおける“個々のパス技術の正確性”が不足する場
合においてのパスミスを回避できるリスクの低いボールの扱い方だと考え
られる。
(2)
実験2
飛距離について着目した場合、肩を回して投げた方が数値の高い被験者は
5/22人と少ない割合であり、その差も最大1.9mと誤差の範囲でおさ
まる程度であるため、“遠心力を使うためボールのスピードが速くなり飛距
離も伸びるのではないか”という推察は不確かである。
5
まとめ
本研究は『肩を回して投げた場合、ボールの軌道に生じたぶれは落下地点に到達
するまでに増大し、パスの精度が落ちる 』という仮説のもと研究を進めてきた。実
験の結果としては、仮説に近い形になったと言える。また、肩を回したパスと回さ
ないパスのメリットを考えたうえでも、肩を回さない投げ方で考えられるメリット
の方が、ゲームで正確にパスができると考えられる。以上の点から、アンケート結
果で示した肩を回したパスのメリットは肩を回さないパスのメリットほどの有効
性は見られないため、私たちは肩を回さない投げ方 を推奨し、その有効性を理解し
たうえで、実践をさせていきたいと考えている。
肩を回すことでボールの軌道にぶれが生じ、パスの精度が落ちると考えていた点
については、ハンドボール部員だけではなく、他の部活動に所属している数名にも
同じ条件で実験を行っていれば、更に興味深い実験結果が得られたかも知れないと
考え、実験の幅を広くするべきだったと考えた。さらに、今回の実験はパスを出す
OFにプレッシャーを全くかけずに行われたものなので、実践的な プレーには当て
はまらない状況のため、よりゲーム中のプレーに近い状況での実験も実施する べき
であった。また、パスを受け取る側にプレッシャーをかけるなど、よりゲーム中の
プレーに近い状況を作り出し、更に実験のパターンを増やして、様々なデータを取
るべきであった。
6
最後に
本研究を進めるにあたって、私たちを指導してくださった先生方、また本研究に
関する実験に協力してくださったハンドボール部員のみなさん本当にありがとう
ございました。
今回の実験や結果、この論文はハンドボールの一部分しか映していませんが、私
たちのこの研究が生かされることを願うと共に、これからのハンドボール部の発展
を心から楽しみにして、この論文を終わりたいと思います。
参考文献
○ハンドボールの歴史
http://8hp.jp/mini.cgi?id=handball&pn=3
○ハンドボールのルール
http://www.homemate.co.jp/useful/handball/index02.shtml