世界の米料理

シリーズ解説:米の話(第23回・最終回)
●解説●
世界の米料理
お く に し・と も や
京 都 大 学 農 学 部 卒 業。
2000年農林水産省食品総
合研究所入所,北陸研究
センター主任研究員を経
て,2009年より(独)農業・
食品産業技術総合研究機
構食品総合研究所穀物利
用ユニット長。
農学博士
● はじめに
奥 西 智 哉
るほかに,具材や調味料とともに調理される食素
●
材として使われる。
どんぶり
稲作の中心はアジアであり,東アジア諸国を中
“丼もの”は炊いた米と副菜を同じ容器で提供
心に米が生産されている(アジアは約90%)が,
する日本のファストフードともいえる米料理であ
世界中で米は生産されている。2010年の籾 ベース
る。親子丼,牛丼,カツ丼等がある。同様の料理
の世界生産量は6.7億トンで,小麦(6.5億トン),
として,タコスの具材(チーズ,トマト,レタス
とうもろこし(8.4億トン)と並んで世界の三大作
等)を白飯に乗せサルサソースをかけた沖縄料理
物となっている。しかしながら,大豆等も含めた
“タコライス”(写真1)や,白飯にハンバーグと
他の穀類と比べ,生産量に対して約7% と流通量
卵焼きを基本に様々な具材を乗せ,ソースをかけ
が少ない。世界在庫がインドと中国に集中してい
たハワイ料理“ロコモコ”(写真2)がある。
るのも特徴である。稲作農家が家族経営で自家消
“ビビンバ”(写真3)は朝鮮半島を代表する混
費量も多いことから,アジア諸国では生産した米
ぜ飯料理で,ビビンパブとも表記される。ご飯の
を自国消費しており,地域の特色のある食文化を
上に基本的に5種類のナムルや卵,肉類などが色
形成している。世界の米料理を分類して紹介する。
とりどりに盛り付けられている。供される時には
もみ
さじ
ご飯の上に具が盛られているが,食べる前に匙で
● 1.水を加えて「炊く」 ●
混ぜる。
生米に重量で1.5倍から2倍
の水を加え,加熱する調理法は,
日本,中国,朝鮮半島などジャ
ポニカ種圏で一般的に行われて
いる方法である。最終的に『炊
き干し』することで食味がよく
わん
なる。容器(主に椀)に盛り付
けられ主食として供され,同時
に供される副菜と共に食事され
食品と容器
写真1 タコライス
484
写真2 ロコモコ
2012 VOL. 53 NO. 8
世界の米料理
“クッパ”(写真4)は韓国料理のひとつでスー
する。付け合わせとして,目玉焼き,ピクルスや
プにごはんを入れた料理。韓国の米品種は日本と
生野菜,クルプックと呼ばれる揚げたえびせんべ
比べてアミロース含量が高く,日本人には少し食
いがつく。タイ料理の“カオパット”も同様の料
味が劣ると感じる場合があるが,汁かけごはんの
理で,現地の魚醤であるナムプラー等の調味料が
ひとつであるので,クッパは日本でも受け入れら
使われる。パイナップル(タイ語でサパロット)
れている。ただ,韓国では汁ものにごはんを入れ
が具材に入り,果肉をくりぬいた容器に盛りつけ
て匙で食べることは一般に行われているので,食
られる“カオパット・サパロット”(写真6)は
習慣のひとつでもある。
特徴的である。
ちゃーはん
こしょう
“炒飯”は炊いた飯に塩,胡椒等の各種調味料
● 3.水を加えて「煮る」 ●
と,野菜,卵,肉類,魚介類等の具材(大きなも
のは細かく刻む場合が多い)とともに油で炒める
「炊く」に比べて多量の水分量(重量比5〜20
中国料理である。飯どうしが互いにくっつかない
倍程度)で加熱を行う。ジャポニカ種にもイン
ようにパラリと仕上げ,匙で食べる。中国には
ディカ種にも向く。消化がよいことから,病人食
ジャポニカ種を食べる地域とインディカ種を食べ
や老人食,離乳食だけでなく,朝食にもよく食さ
る地域があり,双方でこの料理がつくられるが,
れる。
求められる食感にはインディカ種が向いている。
“粥”(写真7)は生米に比較的多量の水を加え
いた
かゆ
加熱する非常に簡単な米料理である。日本だけで
ゆ
● 2.多量の湯中で「茹でる」 ●
なく,中国,朝鮮半島,東南アジアでも一般に供
インディカ種の米に向く調理法で,沸騰水中に
される。特に中国(台湾も含めて)では朝食の選
生米を投入する。茹で汁=重湯は捨てるが,さっ
択肢に欠かせない存在である。加える水の量によ
ぱりとした食感であるインディカ種の特徴が強調
り,あるいは加熱程度により,米粒の残り具合
される。さらに,茹でた米を蒸
す,いわゆる「湯取り法」は東
南アジアで行われる。“カレー”
のように皿に副食材と共に供さ
れるほかに,具材や調味料とと
もに調理される食素材として使
われる。
“ナシゴレン”(写真5)はイ
ンドネシアの代表的な焼き飯料
写真3 ビビンバ
写真4 クッパ
写真5 ナシゴレン
写真6 カオパット・サパロット
理で,現地の辛味調味料サンバ
ルソースあるいは甘い調味料ケ
しょう
チャップマニスや魚醤の一種で
あるトラシ等の調味料が使われ
ることが特徴である。肉類ある
いは魚介類が使われるが,宗教
的な理由から豚肉が使われる地
域は限定的である。現地の言語
で,nasi は「 ご は ん 」 を 意 味
食品と容器
485
2012 VOL. 53 NO. 8
シリーズ解説:米の話
が異なる仕上がりになる。時として,だし汁や
色する。スペインはヨーロッパでは数少ない米生
糖質を加えて煮込まれるため味が付く場合もあ
産国である。パエリアに使われる米は長粒種では
るが,総じて薄味であるので,日本では梅干し
なく短粒種である。スペイン文化が流入した中南
等,中国ではピータン等の付け合わせと共に供さ
米にも同様の料理が見られる。アメリカの“ジャ
れる。ジャポニカ種ではどろっとした状態になり,
ンバラヤ”も同様である。
インディカ種ではさらっとした状態になる。類似
“パエリア”は食卓の主役であるが,同様の料
の“雑炊”は一度炊いた飯にだし汁と調味料,具
理の“ピラフ”はつけあわせとして食べられる。
材を加えて再炊飯した料理。ドイツ料理には牛乳
ユーラシア大陸の東では米は主食として,西では
を加えて炊く“ミルヒライス”がある。
野菜として扱われることが一般的である。東欧
一方,砂糖と牛乳を加えて煮るイギリス料理
の“サルマ”は米が入ったロールキャベツである。
“ピラフ”と同様な“ジョロフライス”はトマト
“ライスプティング”は冷やしてデザートに用い
られる。中南米を含むスペイン圏にも同様の“ア
を用いたガーナ料理である。
ロス・コン・レチェ”がある。ベルギーの“タル
“リゾット”(写真9)はイタリアの代表的な米
ト・オ・リ”はさらにタルトに焼き上げたもので
料理で,「リーゾ(riso)」はイタリア語で米。オ
ある。アロス(arros),リ(riz)はそれぞれス
リーブオイルあるいはバターにニンニク等の香り
ペイン語,フランス語で米を意味する。
を移し,それにより米を炒める。ブイヨン等の
スープを加え,途中米に吸われた分を継ぎ足しな
● 4.炒めてから「炊く」「煮る」 ●
がら煮えるまでこれを繰り返す。“パエリア”が
炊いたり煮たりする前に時として炒める調理が
一度に炊き上げるのと対照的である。魚介類等の
入ることがある。
その他の食材と調味料を加える。イタリアはポー
“サフランライス”はインディカ種をバターで
川流域を利用して水稲栽培を行っている地域であ
炒め,サフランを加えて炊く。独特のよい香りと
り,スペインと同じくヨーロッパでの数少ない米
橙みの黄色でカレーに添える。
生産国である。この料理には中粒種が用いられ
“パエリア”(写真8)はスペインの代表的な米
る。匙ではなくフォークを使用し食べる。これは
はし
料理で,東部のバレンシア地方の郷土料理である。 “粥”が時に箸で食されることと類似している。
なべ
特徴のあるパエリア鍋(両側に取手がついた平底
これらの料理は炒める調理をはさむことにより,
の浅くて丸いフライパン)で調理する。米に魚・
調理後のパラリあるいはさらっとした食感を求め
肉類,小さく切った野菜などの食材をオリーブ油
ている。日本などのアジアのジャポニカ種圏が粘
で炒め,スープストックを加えて,ふたをせずに
りを好ましい食感としているのとは対照的である。
炊き上げる。米は加えられたサフランで黄色く着
素材選択や調理準備にもあらわれており,砕米は
写真7 粥(中国)
食品と容器
写真8 パエリア
486
写真9 リゾット
2012 VOL. 53 NO. 8
世界の米料理
粘りが出るのでよしとされない。新米は水分が多
の“生春巻き”(写真12)に使われる。インディ
いので数カ月たった米(古米も含めて)を用いる
カ米をペースト状にしたものを布の上に丸く広げ,
ことや,洗米工程を省くことあるいは洗米後よく
熱水蒸気によって蒸してから乾燥させる。水で戻
水をきることは,短粒種や中粒種が水分を含むこ
し,具を包んで食べる。
でん
とによる(特に表面の)澱粉の変化を避けている
● おわりに ●
のかもしれない。炒めることによって米粒が油で
コーティングされパラリとした食感になる。
日本の主食は米であるが,米は年々その地位を
落としてきている。世界の中でも日本の米生産は
● 5.麺等に加工する ●
2010年においてはアメリカにとうとう追い越され
“フォー”(写真10)はベトナムの米麺である。
て,11位になってしまった。米生産大国である中
水に漬けたインディカ米をペースト状にしたもの
国,インドの1割にも満たない。そういう意味で
を熱した金属板の上に薄く流し,多少固まったも
は非常に残念な結果ではあるが,見方を変えると
のを端から裁断して麺の形状にする。“きしめん”
食の多様化が進み,それはとりもなおさず豊かさ
に似た平打ち麺である。牛骨や鶏ガラのスープに
と言い換えてもよい。大都市圏に限られるが,こ
入れ,温かい汁麺として食べる。肉類や香菜とと
こまでに述べた世界の米料理は国内の各国料理の
もに現地の魚醤であるニョクマム等で味を調える。
レストランで楽しむことができる。また,スー
同じベトナムの米麺“ブンボーフエ”は中太の丸
パーでも商品として販売されているものもある。
麺である。マレーシアでは押し出し式の米麺“ラ
反対に,寿司をはじめとした日本の米料理も世界
クサ”(写真11)を魚貝だし汁の温麺で食べる。
中で認知されてきている。米を中心に世界の人々
“ビーフン”は台湾や中国南部の米麺である。
が幸せにならんことを。
ペースト状にしたインディカ米を熱湯中に押し出
して細い麺線に作製する。乾麺を茹で戻して温麺
注)写真2~4,7~9は,ゆんフリー写真素材集
にしたり,野菜や肉類とともに炒めて“焼きビー
(Photo by (c) Tomo. Yun)より。
フン”にして食べる。フィリピンにも同様の太め
URL(http://www.yunphoto.net)
の“パンシット・ログログ”がある。
(カラー写真を HP に掲載 C064 ~ C075)
“ライスペーパー”はベトナム料理やタイ料理
写真10 フォー
食品と容器
写真11 ラクサ
487
写真12 生春巻き
2012 VOL. 53 NO. 8