花と野菜の高原 ベトナム・ダラット

海外事情
花と野菜の高原
ベトナム・ダラット
久 米 民 和
<南北1,650 km の天秤棒>
<松林と湖の町ダラット>
ベトナムは,日本から九州を除いたくらいの大
ダラットは,ホーチミン市から北東へ300km,
きさで,南北1,650 km の細長いS字型の国です
標高1,500m に位置し,松林と湖に囲まれた美し
(地図参照)。東と南は南シナ海,北は中国,西は
い高原都市です(写真1)
。フランスの植民地統
ラオスとカンボジアに接しています。北部は亜熱
治を受けていた時代に避暑地として開発された街
帯性気候で四季があり,冬は日本で想像している
は,川を堰き止めて作られた湖を中心に古いフレ
より寒く感じます。平野部で雪が降ることはない
ンチヴィラが点在し(写真2)
,南フランスを彷
が,ラオスや中国との国境の高山地帯,この地域
彿させる風土です。とくに乾季の晴れあがった空
にはインドシナ半島の最高峰ファンシーパン山
と,さわやかな風が快適です。一方,雨季は1日
(3,143m)があり,雪が降ることもあります。南
中小雨が続く時期や暴風雨の時期もあり,高湿度
部は熱帯モンスーン気候で,乾季(11月~4月)
でカビが生えやすいといった住み難さもあります。
と雨季(5月~10月)の2シーズンがあるだけで,
航空便を利用すれば,真夏のホーチミン市から山
平均気温は26~29℃,常時日本の真夏といった気
間の涼しい空港までわずか40分。最近は日に3~
候です。
4便飛ぶようになり,日本を朝の便で発てば,そ
ベトナムの国土の形容として「天秤棒」という
の日のうちにダラットに着くことができます。
表現があります。天秤棒の両端には,北部の紅河
デルタと南部のメコンデルタという大平野があり,
人口の7割が集中している。紅河デルタのほぼ中
央に,人口645万人の首都ハノイがあり,政治の
中心地となっています。メコンデルタの東端には
人口716万人の最大都市ホーチミン市(旧称サイ
ゴン)があり,ベトナム経済の中心地となってい
ます。
くめ たみかず:ベトナム原子力機構・原子力技術産
業応用センター(CANTI-VINATOM),プロジェク
トコンサルタント
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写真1 松林と湖の高原都市ダラット
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ダラットには,ベトナムのラストエンペラー・
バオダイの王宮(Summer Palace)があり,そ
のうち1軒は一般に公開されています。また,イ
ンドシナ政府フランス総督府の迎賓館など,数多
しょうしゃ
くの瀟洒なヴィラが残っています。第二次世界大
戦やベトナム戦争などの戦禍も免れたこれらの古
い建物は,現在改装されてレストランやホテルと
して活用されています。人口約20万人程度の都市
ですが,町の中心部に信号は一つもありません。
ロータリー方式の交差点が採用されており,車の
写真4 揚げ春巻き(左)と生春巻き(右)
数も少ないため,ハノイやホーチミン市のような
渋滞はありません。
あります(写真4)。揚げ春巻きは,豚のひき肉,
ダラットは花
エビやカニ肉,卵,キクラゲ,ビーフンなどをラ
の都とも呼ばれ
イスペーパー(緑豆が入っており,生春巻き用と
ており,2年に
は異なる)に包んで揚げたもの。生春巻きは,調
1回花博が開催
理済みの豚肉,ゆでたエビ,生野菜などをライス
され,多くの人
ペーパーに包んだもので,特性のタレ(後で紹
で賑わいます
介)につけて食べます。
(写真3)。温暖
フォー(写真5)は,ベトナムを代表する麺で,
( 平 均 気 温18~
街中いたるところの店で食べることができます。
23℃で,日本のような真夏や真冬は無い)で多湿
牛骨あるいは鶏がらのスープをベースに,ゆでた
な気候が,花や野菜の生育に適しているのでしょう。
米の麺に牛肉(ボー)か鶏肉(ガー)をのせ,別
ここでは,日本の夏の軽井沢といった趣の高原
皿でついてくる香草類,もやし,レタスなどの野
写真2 湖畔のフレンチヴィラ
避暑地ダラットの特産物を中心に,ベトナムの食
べ物を紹介したいと思います。
写真3 2年に一度の花博
<春巻きとフォー>
ベトナムを代表する食べ物としてまず思い浮か
ぶものは,春巻きとフォーでしょう。
春巻きには,揚げ春巻きと生春巻きの2種類が
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写真5 牛肉入りフォー
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菜を自分で加え,ライムを搾って食べます。味は
どに用います。下方の3つの小皿は,塩にレモン
あっさりしていて,比較的量は少ないので,満腹
を搾ったものです。中段左の赤色の“たれ”は唐
感は得られません。このためか,揚げパンがテー
辛子味で,サトウキビに巻いたエビチクワなどに,
ブルに置いてあり,好みによってこれをスープに
中段右の緑色はグリーンチリを入れたもので非常
浸して食べます。また,ヨーグルトやプリンのよ
に辛く,うなぎなどの油っこい魚に合います。下
うな乳製品も,甘めですが味は良く,食後のデ
段はコショウ入りのさっぱりした味で,鶏肉用で
ザートにぴったりです。近年,都市部ではフォー
す。ベトナム人も唐辛子など辛い味が好きですが,
のチェーン店ができ,朝食以外の時間でも食べら
後から自分の好みで辛さや香草の量などを調節でき
れるようになってきていますが,専門店では朝食の
るため,日本人の口にもよく合う料理となっています。
時間帯以外には食べることができないのが残念です。
日本では平打ち麺の「フォー」がよく知られて
いますが,丸麺を用いた中部地域の「ブン」や南
部の半乾麺を用いる「フーティウ」なども有名で
す。古都フエの名物 「ブン ・ ボー ・ フエ」 は,唐
辛子の油が赤く浮いたスープに,骨付の牛肉やレ
かほう
バーの他,バナナの花苞など歯ごたえのある野菜
が入っているのが特徴で,比較的濃厚な味の麺で
す。丸麺のブンは,この他にも多くの料理に用い
られる最もポピュラーな麺で,鍋物のシメには必
ず出てきます。ベトナムの米の麺は切れやすくコ
写真6 多種類の“たれ”
シがないため,コシのある手打ちうどんを作って
みたいと思い,強力粉を探してみても見つかりま
せん。言葉がよく通じないことも原因でしょうが,
<アーティチョーク>
ベトナム人にはそもそもコシといった感覚が無い
ダラットの名物料理の一つに,アーティチョー
ため通じないのかもしれません。
ク(和名は朝鮮アザミ)があげられます。アー
ティチョークはフランス料理やイタリア料理で好
<ベトナム料理と“たれ”>
ベトナム料理は全体的にはうす味で出され,小
まれる食材で,ダラットの市場でも山積みにして
皿に入れたいろいろな“たれ”をつけて食べます。
て付け根の軟らかいところを食べますが,ユリネ
また,料理の付け合せに生野菜やコリアンダー,
やクリのような食感です。家庭では,豚のバラ肉
ドクダミ,バジル,タデなどの香草類をふんだん
とともに軟らかくなるまで煮込んで食べるのが
に使います。以下に,代表的な“たれ”を紹介し
一般的です(写真8)。レストランでは,ゆでた
ます(写真6)。左上は,ガーリック,チリ,砂
アーティチョークをきれいに飾ったオードブル
糖などを加えた魚醤(ヌックマム)で,ゆでた
(写真9)なども出されますが,調理に時間がか
売られています(写真7)
。大きなツボミをゆで
豚肉や生春巻き用。上段中央の黄褐色の“たれ”
かるため予約が必要です。
は,ピーナッツ,エビ,砂糖,油で炒めた唐辛子,
乾燥したアーティチョークは,薬草茶としても
ヌックマムなどを混ぜ合わせたトロッとした甘味
利用されています。スライスして乾燥したものが
のある“たれ”で,揚げ春巻き用です。右上の黒
市場で売られており,これを煮出してお茶としま
い“たれ”は大豆醤油で,ピーナッツなどが含ま
す。また,簡便なティーバッグも,みやげ物用な
れていて日本の醤油と比べると濃厚な味です。好
どとして売られています。肝臓の解毒作用がある
みに応じて唐辛子を入れて,野菜炒めやサラダな
ので二日酔い防止用,脂肪の分解を促進するので
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消化促進剤として,またナトリウム(塩分)を排
ダラットでは特産のワインもよく飲まれています。
泄する作用もあるので高血圧に良いといわれてい
ダラットワインにはフランス系とイタリア系の2
ます。少し甘味のあるお茶で,健康茶として日常
大ブランドがあり,工場見学も可能で,発酵タン
よく飲まれています。
ク,瓶詰めやラベルなどの自動コンベヤの様子を
見ることができます(写真10)
。日本では窓越し
での見学に限られますが,ここではすぐ目の前で
作業を見ることができ楽しめます。しかし,残念
ながら日本のような試飲はありません。ダラット
産ワインの特徴は,マルベリー(桑の実)が入っ
ていることです。紫がかった赤色,ブドウとマル
ベリーの香り,ほのかな酸味が楽しめます。近隣
の1,200m程度の高地で栽培されたブドウは7月
ごろに収穫され,工場に持ち込まれて発酵・熟成
されます。一般品は熟成期間1年ですが,桑の実
写真7 市場で売られているアーティチョーク
を含まない熟成2年の高級品も販売されるように
なってきました。さらに,最近では本格的なワイ
ン用のブドウ品種の栽培も始まっているとのこと
で,さらに美味しいワインの生産が期待されます。
写真8 アーティチョークの煮込み
写真10 ダラットワイン
バインミー(写真11)は、屋台など町のどこ
にでも売られているベトナム風サンドウィッチで,
その場で手際よく作ってくれます。フランスパン
を横からハサミでカットして半開きにし、レバー
ペーストなどのパテやケチャップ、芥子などをぬ
り,ソーセージ,ハム,焼肉などを挟み,キュウ
リのスライス,にんじん・大根のなます,香草,
写真9 アーティチョークのオードブル
唐辛子を入れ,最後に肉団子の煮汁など特性の
“たれ”を流し込みます。いろんな味が混ざった
<ワインとフランスパン>
ベトナムでは,ビールやウォッカ(アルコー
パンは,毎日食べても飽きがきません。また,ダ
ル度30%程度の焼酎? ) が主に飲まれていますが,
のまま入った濃厚な甘味のジャムが名産品となっ
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ラットはイチゴの産地でもあり,固いイチゴが粒
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はハイブリッドで,純粋な地鶏は特別に注文する
と取り寄せてくれますが値段は2倍以上します。
野生動物の肉類もダラットの名産で,鹿肉やイ
ノシシ肉が特に有名です。町中のレストランで,
比較的癖も無く美味い鹿肉料理を手軽に食べるこ
とができます。イノシシ肉は,キャンプ地や湖畔
の店でバーベキューを注文することができます。
しかしイノシシもハイブリッドが一般的で,野生
のイノシシは少なくなっているようです。なお,
イノシシ肉と豚肉の見分け方は,毛穴から3本毛
写真11 バインミー売りの屋台
が出ていたらイノシシ,1本だと豚だそうです。
ています。このイチゴジャムと,バターをぬった
<世界第2位のコーヒー>
熱々のフランスパンのシンプルな組み合わせもな
ベトナムのコーヒー生産量は,ブラジルに次ぎ
かなかのものです。
世界第2位です。さらに,2012年3月にはブラジ
<肉料理>
ベトナムで食べられる肉類は牛,鶏,豚が主で
ルを抜いて世界一のコーヒー輸出国となったと報
すが,ダラットではヤギやウサギなどの山岳民族
インドネシア,5位はインド。これらコーヒー豆
独特の肉料理も食べることができます。牛肉や豚
の生産に適した地域,赤道をはさんだ北緯25度・
肉などは硬くて日本人の口に合わないので,調理
南緯25度の間を「コーヒーベルト」と称していま
に工夫が必要です。特性のタレに漬け込んだ焼肉
す。一般的には,平均気温が20℃前後,十分な降
などは,比較的軟らかく臭みも無く食べることが
水量,高度900m~ 2,000mの間が最適とされてお
できます。
り,ダラットはこの条件に合致しています。
鶏肉は,walking chicken といわれる地鶏とブ
ベトナムで生産されるコーヒーの大部分は,イ
ロイラーが売られています。地鶏は,やや小ぶり
ンスタントコーヒー,缶やペットボトル入りの清
で黄色味を帯びています。蒸し鶏にした両者を比
涼飲料,製菓用に使われる安価なロブスタ種です。
べてみると(写真12)
,見た目でも区別がつきま
アルミニウム製の穴あきドリッパーに挽いたコー
す(上が地鶏)が,食べてみると身のしまり具合
ヒーを入れ,適当量のお湯を注いでゆっくりと抽
などの食感も違います。一般に売られている地鶏
出します。少量のお湯で蒸らしてから入れるのが
告されています。因みに3位はコロンビア,4位
コツで,粉の混入を防ぎます。少な目のお湯で濃
く入れたロブスタコーヒーの味は,強い苦味の中
に少し甘ったるい感じがします。ミルクコーヒー
は,東南アジアの他の国でもよく見かけられるよ
うに,ミルクではなく練乳を用います。カップの
底に練乳を入れ,その上からコーヒーを注ぐので,
適度にかき混ぜることで甘さを調節する必要があ
ります。練乳入りアイスコーヒー「カフェ・スア
(ミルク)・ダー(氷)」は,解けてくる氷で適当
に薄まり,苦みと甘さがマッチした味は,暑いベ
トナムにピッタリです(写真13)
。日本のレギュ
ラーコーヒーに使われているアラビカ種も栽培さ
写真12 鶏肉料理 (上が地鶏)
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れており,自宅
間ゆでて十分殺菌を行う上に,殺菌作用のあるゾ
ではもっぱらア
ンを幾重にも固く巻くことにより外気との接触を
ラビカ種をアメ
防ぎ,長期保存が可能となっています。食べると
リ カ ン で 入 れ,
きは,もち米がくっついて包丁では切り難いので,
香りを楽しみな
タコ糸のようなもので切るのがコツ。写真上部の
がら飲んでいま
豚肉,ラッキョウや切り干し大根などが入った少
す。
し甘い漬物(ユーモン)と一緒に食べます。
現 在, コ ー
スイカも,正月のお供えとして欠かせないもの
ヒー畑の開発が
の一つです。普段食べるスイカは,日本と同じ縞
盛んに進められ
模様があり,形が細長いものが主流ですが,テト
ており,このた
の供え物用は丸くて大きな濃緑のスイカで,テト
めの森林伐採が問題となっています。樹木の伐採
前の市場に山積みとなって売られています(写真
は法律で禁止されているため,幹を削ったり焼い
15)。黄色の花や実のついた木とともに,丸くて
たりして木を枯らした後伐採するといった不法な
赤いスイカは幸福のシンボルとされています。正
手段がとられています。ダラットの近くのランビ
月の1日目は家族で祝い,2日目は知人宅へ年賀
アン山という国立公園でも,無残に枯らされた木
訪問に出かけるのがベトナムの正月の過ごし方で
が散見され,コーヒー畑がどんどん山の上に向
す。日本と同様子供たちにはお年玉をあげますが,
かっているといった光景が見られます。現金収入
お年寄りにもあげるといった習慣もあり,年長者
目的の産業振興と環境保全は悩ましい問題で,調
を敬う儒教の教えが強く残っています。
写真13 ベトナムコーヒー
和した開発が望まれるところです。
<テト正月>
ベトナムでは,旧正月のテトを祝います。テト
休みの間は市場や店も閉まること,また主婦が炊
事にわずらわされることなく過ごすために,保存
のきく食べ物を用意します。その代表がもち米で
作る大きなちまき(写真14)で,北部の四角い
形をしたものがバインチュン,中部や南部の円筒
形のものがバインテト。もち米に緑豆と豚肉を入
れ,ゾンという緑葉(あるいはバナナの葉)に包
写真15 正月前の市場に積み上げられたスイカ
んでゆでます。特にバインテトは,半日ほど長時
ベトナムにも十二支があり,今年2013年は巳年
です。日本と異なるのは,イノシシ年はブタ年で,
一昨年はウサギではなくネコ年(ベトナム語のウ
サギとネコの発音が似ているため間違われたらし
い)でした。また,去年は縁起の良い辰年で,多
くの病院が出産ラッシュで溢れていたとのことです。
では,最後にベトナム語で,新年おめでとうご
ざいます!
チュック ムン ナム モイ Chúc mùng nǎ’
m mó’
i
写真14 正月料理 バインチュンとバインテト
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