アフリカ第一のコメ生産国 マダガスカルの食文化

アフリカ第一のコメ生産国
マダガスカルの食文化
辻本 泰弘
日本語の「おかず」にあたるローカ(laoka)と
マーサカ ニ ヴァリ(Masaka ny vary)!
いう単語が存在し,キャッサバ,トウモロコシ,
食事どきに町中を歩いていると,家の軒先から
タロなどの主食作物をコメと区別してハニクチャ
こんな声が聞こえてきます。マダガスカル語の語
ナ(hanikotrana)と総称するところにもコメを
順は日本語と逆に,文頭が動詞,文末が主語です。
特別視するマダガスカルの人々の意識が現れてい
マーサカ(Masaka)は,「熟した」とか「準備
ます。
ができた」という意味で使われ,ヴァリ(vary)
実際に,この国の人々の白米の消費量は,国民
が「コメ」,ニ(ny)は英語でいうところの冠詞
1人当たり年間106kg,日本の2倍強の数値を誇
(the)にあたります。直訳すると「コメが炊けて
ります(GRiSP,2013)。また,マダガスカルの
いますよ」。実際の彼らのニュアンスは,「ご飯を
人口2200万人のうち75% が農業従事者でその多
食べていきませんか」という,やや形式的な挨拶
くが稲作を主業としていること,同国のイネ作付
です(本当に立ち寄ってはいけません・・)。
面積135万 ha は全穀物作付面積の82%を占める
マダガスカルでは日本語と同様に,コメという
こと(FAOSTAT http://faostat.fao.org/ を参照)
特定の穀物が広く食事(ご飯)という意味で用い
など,国民の主食としてのコメの重要性だけでな
られることがあります。つまり,食事=コメ!
く,多くの国民の生活基盤としての稲作の存在が
その日初めて会う人からは,“Efa nihinana
想像できます。
という声がかけられ
このインド洋西端に浮かぶ稲作国マダガスカル
ます。少し複雑ですが,“ 朝ごはん(コメ)を食
で,私は2004年から2009年にかけて稲作研究に
べましたか? ” という朝の挨拶で,ここでもヴァ
従事する機会に恵まれました。現地での滞在期間
リ(vary)= コメという単語が使われています。
はのべ3年半にわたります。思い起こすと,当初
後述するように,食事情が悪化する雨季には,
はマダガスカル語の挨拶もままならない状態でし
キャッサバの蒸かしイモなどで朝食を済ますこと
たが,少しずつ語学を習得して(最初に覚えた単
も多いのですが,それでもなお,朝の挨拶にはコ
語はもちろんヴァリ=コメ!),現地の人々と生
メという単語が使われます。また,コメに対比して,
活を共にしながら多くの経験を積むことができま
ny vary ve
ianao? (脚注1)”
した。その経験を通して得た知識をもとに,あま
り日本では知られることのないマダガスカルの
つじもと やすひろ :独立行政法人 国際農林水産業
研究センター 生産環境・畜産領域 研究員
食品と容器
人々の生活や食文化を紹介できればと思います。
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マダガスカルの地理的概要と自然環境
まず,マダガスカルの地理的概要について簡単
に紹介します。マダガスカルは,アフリカ大陸に
ほど近いインド洋南西端に位置し,日本の1.6倍
にあたる58.7万平方キロメートルの国土面積を
有する島国です。南北約1600キロメートルに伸
びる島の中央に沿って,標高800から1800メー
せき りょう
トルの脊 梁 山脈が台地状に広がり,その東西の
裾野はそれぞれインド洋およびモザンビーク海峡
に面しています。この地形的特徴と島に卓越する
偏東風および夏季の北東モンスーンの影響が重な
写真1 マダガスカルの固有種としてよく知られるワオ
キツネザル。イサル国立公園にて(筆者撮影)。
ることで,マダガスカルには,東部の熱帯雨林気
たことがある」,というと,やや羨ましげに,「動
候から,中央部の熱帯高地気候,西部の熱帯サバ
物がたくさんいるのでしょう?」と聞かれます。
ナ気候,南西部の半乾燥気候まで様々な気候がみ
確かに,自然保護区に出かけると,上述のような
られます。
動植物に出会えることがあり,欧米や日本からの
多様な気候は各地域に特徴的な自然生態系を生
生態学者や生物学者が多く活動をしています。
み出し,これら生態系は,数千年にわたり大陸か
しかし,人々の生活に目を向けると,自給自足
ら隔離されてきた島の地史を反映して,マダガス
のままならない農業国という印象が強く,あくま
カル島固有のものとなっています。Wells(2003)
で,1人当たりの GDP =446米ドル(世界銀行,
によると,マダガスカル島はジュラ紀中期の1億
2012年),対象186カ国のうち下から数えて7番
6000万年前ごろにはインド亜大陸や南極大陸と
目という,世界で最も貧しい国の一つです。また,
ともにアフリカ大陸から分離し,1億2000万年
マダガスカルは約20の民族で構成され,豊かな
前ごろに南極大陸,白亜紀後期の8500万年前ご
生態系のみでなく様々な文化を内包した島国です。
ろにインド亜大陸と離れ,現在のような隔離され
中でも南西部の半乾燥地域を除き,島内全土に広
た島になったと考えられています。それ以降の長
がる水田風景やコメへの嗜好性の強さはマダガス
い年月をかけて進化を遂げた多くの動植物には,
カルを訪れた人に最も強い印象を与える文化の一
皆さんもよくご存知のワオキツネザル,アイアイ,
つではないかと思います。この国がもつ多様な民
バオバブなどが含まれ,この島に生息する動植物
族・文化のうち,私は中央高地南部に居住するベ
の約8割がマダガスカルにしか存在しない固有種
ツィレオ族と南東部の森林地域に居住するタナラ
とされています(写真1)
。
族の生活に触れてきました。そのため,以下に紹
アメリカのアニメ映画(ドリームワークス,邦
介する内容には多少なりとも地域的な偏りがある
題「マダガスカル」2005年公開)のタイトルに
ことを予めご了承ください。
もなるほど珍しい動植物で有名なマダガスカルで
すが,冒頭で述べたような米食文化やこの国の
マダガスカルの稲作
人々の生活についてはあまり知られることがあり
地理的にはアフリカ地域に属するマダガスカル
ません。私自身も,「マダガスカルで暮らしてい
ですが,古くからアジア稲(Oryza Sativa)が
脚注1)語学に興味のある読者のための解説。Efa は「既に」とか「もう」という意味。nihinana は mihinana=「食べる」
という動詞の過去形(マダガスカル語の動詞の多くは m- から始まり,m → n に変形すると過去形,m → h に変形する
と未来形になる)。ny vary が目的語のコメ。ve は,主語の前につけて疑問文を示す言葉。ianao= あなた(二人称単数形)。
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栽培されており,伝統的な農機具や栽培法でみた
2013)。
類似性から,農業環境で分類すると,アジア稲作
日本や韓国などの東アジアで食される短粒の温
圏としても捉えることができます。また,マダガ
帯ジャポニカ系統の品種は,耐冷性品種の導入な
スカルへの稲作の伝 播は,1500 〜 2000年前に
どにより中央高地の水田で多少の作付けがみられ
断続的に行われた東南アジア島嶼部からの移住の
ますが,それでも普段の生活で口にすることはな
歴史の中でもたらされたものと推測されています。
かったように記憶しています。一度,コシヒカリ
マダガスカルでは地域に応じてその稲作形態に
を日本からのお土産として試食してもらったとこ
特徴があります。例えば,降水量の多い北部や東
ろ,みな一様に,「とても美味しい。おかずがい
部では,自然の回復力に依存した焼畑による粗放
らない。」と口に運んでいたので,短粒の温帯
的な陸稲栽培が盛んです(写真2)
。焼畑では,
ジャポニカ系統であるコシヒカリの食味はマダガ
で ん ぱ
とうしょ
スカル人にも通用するのかも知れません。
マダガスカルにおける稲の栽培法やその地域的
な特徴については,「マダガスカルの稲作-集約
的水稲栽培法 SRI」(辻本と堀江,2009)や「マ
ダガスカルのイネと稲作」(田中,1989)に,よ
り詳しく紹介されています。
マダガスカルの米食文化
~市場でコメを買う~
マダガスカルの市場にコメを買いに行くと,キ
写真2 焼畑で収穫期を迎えた陸稲を穂摘みしている様
子。マダガスカル南東部のタナラ族の農村集落にて(筆
者撮影)。
ログラム価格とともに,カポカ(kapoka)当た
アジア稲を生態型で区分した場合の熱帯ジャポニ
の乳製品会社が生産するコンデンスミルクのブリ
カ系統の品種が多く栽培されています。熱帯ジャ
キ缶(300mL 容量)一杯のことを指します(写
りいくら,という単価が表示されています。カポ
カは全国共通の単位ですが,Socolait という民間
真3)
。日本でいえば,升売りのようなもので
ポニカ系統は大粒の特徴をもち,焼畑を営む地域
ではその食味が特に好まれているようです。しか
しょうか。このカポカという容器はコメ以外にも,
い
し,こうした大粒品種はあまり市場に出回ること
マメ類,炒り子,サヤインゲンなどサイズが小さ
がなく,筆者自身も農家が提供してくれたものを
1,2度食べた程度であったと記憶しています。
マダガスカルの市場に出回るコメは,そのほと
んどが長粒のインディカ系統の品種です。同じイ
ンディカ系統の長粒種として,日本では,‘ タイ
米 ’ などが知られていると思います。これらの品
種は中央高地を中心に広がる水田での水稲栽培で
主に生産されます。また,中央高地で散見するよ
うになった常畑による陸稲栽培でもインディカ系
統の長品種が作られています。常畑陸稲は,ここ
数年で中央高地に急速に拡大している稲作形態で,
水田に適した低地の農業利用が飽和してきたこと
が背景にあると考え ら れ て い ま す(Sester ら,
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写真3 市場でコメが売られている様子。コメの上に載
っているブリキ缶容器の山盛り1杯が1カポカという全
国共通の単位(JIRCAS横山繁樹氏撮影)。
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い様々な食料品の量り売りに用いられます。擦り
滞在中はコメに混じった小石に頭を悩まされまし
切れ一杯ではなく,山盛りがマダガスカル流の1
た。滞在先の街の外国人コミュニティの中では,
カポカです。一企業の製品容器が全国共通の単位
「○○で売っているコメは石の混じりが少ないよ」
になっているのは何だか不思議な感じがします。
といった情報が共有されていました。食事どきに
ちなみに,ニンジン,キュウリ,ダイコン,トマ
女性や子どもが手蓑を用いて籾殻と小石を取り除
トなどサイズが大きめの生鮮品は,数個を一山に
く様子は,マダガスカルの街角でよく見かける風
して売られており,こちらはトゥクニ(tokony)
景です(写真5)
。
みの
という単位です。一盛りいくらという感じです。
マダガスカルのコメには,北東部のアロチャ湖
周辺を中心に栽培される Makalioka というブラン
ド品種がありますが,それ以外は,日本のように
品種や産地で細分化されることはなく,白米,赤
米,新米,古米,程度の分類で販売されています。
栽培している農家からして,作付け品種の認識が
不十分な場合が多いので,当然といえば当然です。
また,マダガスカルのコメには小石がたくさん
混じっているので注意が必要です。これは,収穫
もみ
した籾を地面に直に広げて天日干しする習慣によ
るものです(写真4)
。ござや乾燥牛糞などを敷
写真5 食事どきに,手蓑を用いて籾殻と小石を取り除
いている様子。マダガスカルの日常風景である(筆者撮
影)。
いて小石が混じらないように工夫する農家もみか
けますが,小石を取り除く作業は ‘ 消費者の仕事 ’
~僅かなおかずで皿一杯のコメを頬張る~
という認識があるらしく,小石の混じり具合では
市場価格が変わりません。つまり,売る側の付加
こうして小石を取り除いている間に火をおこし
価値がないために,小石を取り除く作業にインセ
て,お湯が沸騰し始めたらコメをさっと鍋にいれ
ンティブが働かず,いつまでも小石が混じったコ
ます。コメを研ぐという作業は私が生活した地域
メが売られているのだろうと思います。私自身も
では見ることはありませんでした。上述の通り,
マダガスカルではインディカ米が食されるのです
が,タイ米のようにパサパサした感じはなく,か
といって日本のコメのようなもちもち感はなく,
その中間といった印象です。コメを炊くときの水
加減によるのでしょうか。
コメが炊き上がると,お皿一杯に盛り付け,塩
分たっぷりの葉菜類をおかず(ローカ)に一気に
かきこみます。女性も子どもも1食に1合ほどを
平らげてしまいます(写真6)
。葉菜類ではサツ
マイモの葉を煮込んだものやキャッサバの葉をす
りつぶして油で炒めたラヴィトゥトゥ(ravitoto)
とよばれる料理がポピュラーです(写真7)
。街
写真4 収穫したコメを地面に広げて天日干しにする様
子。晴天日に丸一日乾燥させた後,ほうきなどでかき集
めて自家消費,もしくは市場に出すので,小石がたくさ
ん混じってしまう(筆者撮影)。
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中の大衆食堂であれば,そこにヘナキスア(豚肉)
,
ヘナウンビ(牛肉)
,ヘナアクフ(鶏肉)
,トゥル
ンドゥル(魚)などが付けられますが,農村地域
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調査農家数10戸の平均値を示す
(2008年の調査データ)
。
0114
写真6 収穫期の共同作業の後,塩分たっぷりのおかず
でコメを食べる女性たち。右下の女性は脱穀後の稲わら
に腰かけている。
*&+&',&$'"
)
図1 タナラ族が主に居住する南東部のイクング郡トゥ
ルングイナ地域における 1 食あたりのおかず品目数の月
*-./$(&%& 01)0
2
別推移(Tsujimoto
ら,2012 から一部改変)
。
ではこうした
昔の日本の質素な食生活を指す ‘ 1汁1菜 ’ と
動物性食品を
いう言葉がありますが,私が滞在していたマダガ
口にできる機
スカル農村部の食事はそれ以下の質素さかもしれ
会は多くあり
ません。それでも彼らは,コメをお腹いっぱい口
ません。現地
にすることができると満足の様子です。マダガス
滞在中にいく
カルに来て暫くの頃は,おかずとの配分が分から
つかの農家の
ずご飯が残りますが,慣れてしまうと,塩味の効
食事を毎日記
いた僅かなおかずでお腹いっぱいご飯をかきこめ
録したことが
るようになります。
あります。そ
のデータをみ
~その他のコメ食品を味わう~
ると,おかず
に占める割合
ご飯を取り分けた後,鍋にもう一度お湯を入れ
て,残ったおこげと一緒に煮立たせると,ラヌナ
写真7 ラビトゥトゥ(ravitoto)の ( 品 目 数 と し
準備のため,キャッサバの葉を臼と杵
て)は葉菜類
ですり潰している様子。ravina(葉っ
ぱ)と mitoto(杵で搗くという動詞) が40% で 動
からなる言葉。
物性食品は
パング(rano’apango)と呼ばれるマダガスカル
風のお茶ができ上がります。ラヌ(rano)が水,
アパング(apango)がおこげという意味です。
麦茶と似た味で香ばしく,異国の地にいると大変
15% となっています(図1)
。そもそも1食あた
ほっとする味がします(写真8)
。日本ではあま
りのおかずが1品目に満たないので,動物性食品
りなじみがありませんが,韓国ではスンニュンと
を口にするのは2~3日に一度というペースです。特
いう同じ製法のおこげ茶があるそうです。
に,食事情が厳しい雨期を迎えると,白粥やサン
また,マダガスカルには朝食にお粥を食べる文
バイカ・カザーハ(sambaika kajaha)とよばれ
化があります。体調のすぐれない時でも口に運
るキャッサバの蒸かしイモなど,主食のみ・おかず
ぶことができるので,おこげ茶のラヌナパング
なし,という朝食が多くなります。図1をみても,
と合わせて,アフリカ大陸にはない日本人にとっ
乾期作と雨期作のコメ収穫の端境期にあたる3月
て有難いマダガスカルの米食文化であると感じ
から4月に一食あたりのおかず数が減少しており,
ています。お粥にはシンプルな白粥のヴァリスス
雨季中に逼迫する彼らの食事情が想像されます。
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写真9 朝食にマダガスカル風コメ粉パンのム
フガシを頬張る筆者。砂糖たっぷりのコーヒー
で流し込む(筆者撮影)。
写真8 ある日の大衆食堂での夕食。おかずは,豚肉(ヘ
ナキスア)にキャッサバの葉をすり潰したラヴィトゥト
ゥを和えたもの。中央の飲み物がおこげ茶のラヌナパン
グ(筆者撮影)。
マダガスカルのお酒
これだけコメを消費するマダガスカルですが,
ア(vary sosoa) と 草 粥 の ヴ ァ リ ア ミ ナ ナ ナ
アジア地域に一般にみられるコメから作るお酒,
(vary’aminanana)の二種類があり,少し贅沢
すなわち,日本酒や米焼酎の類いがありません。
をするときには,塩気たっぷりのソーセージを加
不思議な感じもしますが,稲作伝播のときには一
えます。朝食にはもってこいの食事だと個人的に
緒に伝わらなかったのでしょうか。残念です・・・
思うのですが,マダガスカルの特に農村地域の
マダガスカルで口にされるお酒は,
THB(Three
人々は朝から山盛りの白米を食べたいという “ 強
horses beer の略でラベルに三頭の馬が描かれて
迫観念 ” があるようで,農家からお粥をご馳走に
いる。仏語風にテーアッシュベーと発音)に代表
なるときには,
「こんなものしか出せなくて,ご
される国産のビールと,東部の多雨地域で栽培さ
免なさいね」という言葉や態度が伝わってきます。
れるサトウキビを原料にした伝統的な蒸留酒の
そ の 他 に, マ ダ ガ ス カ ル に は ム フ ガ シ
トゥアカガシ(toaka gasy)
,すなわちラム酒があ
(mofogasy)と呼ばれるコメ粉パンがあります。
ります。ビールの原料である大麦の一部は,アン
ムフ(mofo)は旧宗主国のフランスパンのこと
チラベなどの高原地帯で栽培されています。トゥ
を指し,ガシ(gasy)がマラガシー(malagasy)
アカガシ(ラム酒)はサトウキビの絞り汁を地中
に由来する ‘ マダガスカルの ’ という形容詞です。
に埋めた樽で発酵させたあと,その醸造酒を蒸留
マダガスカルのパン,すなわちコメ粉パンです。
して作られます。この製法は砂糖精製後の廃糖蜜
丸型の一口サイズで,大衆食堂の軒先などで朝食
で作られるインダストリアル製法に対してアグリ
時に売られています。これを大量の砂糖,さらに
コール製法と呼ばれ,サトウキビの栽培地で収穫
は,上述の量り売りの単位=カポカとして使われ
時期にしかできないため,世界的には珍しいそう
る Socolait のコンデンスミルクを加えた甘った
です。調査対象であった南東部森林地域の村落で
るいコーヒーで流し込むのがマダガスカル流です
もサトウキビ収穫時期の5月から6月には,自家
(写真9)
。とても安くて美味しいので(滞在当時
製の蒸留装置でトゥアカガシ(ラム酒)を作る小
は一つ3円程度),初めてマダガスカルに渡航し
さな湯けむりがあちらこちらに立ち上っていまし
た際にお土産として大量に買って帰った記憶があ
た(写真10)
。当然のことながら,マダガスカル
ります。日本に着くころには異臭を放っていたの
でも無認可の自家醸造は法律で禁止されており,
で,二度と繰り返しませんでしたが・・・。
罰金を取られたり逮捕されたりという話をよく聞く
のですが,貴重な現金収入源として,トゥアカガシ
の製造は今もなお地域に根付いているようです。
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ておらず,キャッサバへの依存度が高いことが知
られています(Dostie ら)。図1に挙げた食事調
査においても,雨期が進むにつれてコメの消費量
が減少していく結果が得られています
(Tsujimoto ら,2012)。
コメの収穫が近づくと,キャッサバの蒸かしイ
モを頬張りながら,「早くコメがお腹一杯食べら
れるといいね」という村人の声が聞こえてきます。
彼らがもつコメへの強い思いを知るにつけ,渡部
忠世博士(1990)の「日本は米食民族というよ
写真10 自家製の蒸留装置でトゥアカガシ(ラム酒)を
作る様子。ドラム缶に入れた醸造酒を熱し,気化したア
ルコール分がパイプを通る間に,右上で取水する湧水で
冷やし,再度液化させてポリタンクに集めている(筆者
撮影)。
りは観念としての主食を米と考え,米を食べるこ
都市部のお洒落なレストランに行くとトゥアカガ
ているのが現状ではないでしょうか。近年は,マ
とをもって悲願としてきた ‘ 米食悲願民 ’ であ
る」,という言葉を思い起こします。マダガスカ
ルの農村部の人々もまた,同様の米食悲願を抱い
ダガスカル稲作の生産性も少しずつ改善の兆しが
シ(ラム酒)にマンゴー,ライチ,オレンジ,バ
みられます。もう少しおかずのバリエーションが
ニラなどマダガスカル産の果実を漬け込んだ
増えると嬉しいのですが,まずはコメの自給達成
rhum arrangé(仏語:ラムアランジェ)と呼ば
を願い,また(独)国際農林水産業研究センター
れる果実ラム酒が売られています。特に,マダガ
(JIRCAS)でアフリカの稲生産に取り組む研究員
スカル特産のライチをたっぷり詰め込んだライチ
として,この国の安定的なコメ生産に少しでも貢
ラム酒は絶品です。ライチの収穫時期が重なるク
献できればと考えています。
リスマスや年末は,知り合いの家に集まり,ひた
すらライチの実を取り出してラム酒の瓶に詰めて
引用文献【アルファベット順】
いく,という作業が毎年の恒例行事でした。
さいごに~マダガスカルが抱く米食悲願
限られた枚数の中ですが,日本ではあまり馴染
みのないマダガスカルの食文化について紹介して
きました。読者の方がマダガスカルを訪問する機
会を想定して,文章中に食品名を指すいくつかの
マダガスカル語を記載したつもりです。辞書代わ
りに活用頂き,現地の食事を楽しんでいただくこ
とがあれば幸いです。ただし,私のマダガスカル語
は南部(ベツィレオ族)訛りですので,ご注意を。
アジアとアフリカの地域性が融合した豊かな文
化をもつマダガスカルですが,冒頭で述べたよう
にその経済は発展途上にあり,世界で最も貧しい
国の一つです。国民の主食であるコメについても,
人口増加による恒常的な需要拡大に生産が追い付
かず,輸入米や援助米への依存が続いています。
特に,農村部の貧困層ほどコメを満足に自給でき
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