Vol. 5 No. 5 2009 2009年5月号 簡潔、スピード、 透明性 −京都大学 産官学連携で攻勢 特集 育て新人 コンテンツ産業新潮流 画 映 メ ニ ア ガ マ ン ム ー ゲ 早稲田大学大学院教授・安藤紘平「産学連携でハリウッドに挑む」 ● 大学がプロダクション、現像所とネットワーク ● 京都国際マンガミュージアム ● 日本初「アニメの教科書」 ● 株式会社ぴえろ ● 京都で映画会社、自治体、大学が連携 ● 株式会社レベルファイブ ● 産学官でゲーム都市福岡を目指す ● オランダのゲーム産学官連携 連載 子どものインターネット利用問題解決のための社会システム開発(上) 携帯電話のインターネット機能から危ない情報 CONTENTS ●巻頭言 人材を育てて良質な作品を世界に発信 迫本 淳一 ................ 3 ●簡潔、スピード、透明性 京都大学 産官学連携で攻勢 登坂 和洋 ................ 4 ●特集 育て新人 コンテンツ産業新潮流 安藤 紘平 .................. 8 坪川 雅彦 .................. 12 ●東京都がアニメ産業強化 人材育成で大学に期待 布川 郁司 .................. 13 ●日本初「アニメの教科書」 人材育成を目的に産学公連携 榎本 剛士 .................. 15 ●京都で産学官の連携 映画産業振興と撮影所を活用した人材育成 .................. 16 ●京都国際マンガミュージアムは市、大学、住民連携の施設 .................. 19 ●産学官連携で福岡のゲーム産業振興 .................. 22 ●行政のさらに大きなアクションに期待 企業の自立的な経営の上に連携 日野 晃博 .................. 25 ●オランダのゲーム産学官連携 末次 宏成 .................. 27 下田 博次 .................. 29 秋葉 恵一郎 .................. 32 .................. 35 .................. 37 ●産学連携でハリウッドに挑む −新しい映画人材育成 ●早稲田大学芸術科学センター プロダクション、現像所と大容量ネットワーク ●連載 子どものインターネット利用問題解決のための社会システム開発(上) 携帯電話のインターネット機能から危ない情報 ●連載 若手研究者に贈る特許の知識 基礎の基礎 第 4 回 外国で特許を取る ●連載 起業支援 NOW −インキュベーションの可能性 いんざい産学連携センター 事業化を目的とした 2 つの研究会が始動 ●イベント・レポート 科学技術シンポジウム「イノベーション誘発のための研究開発戦略」 JST 研究開発戦略センター 5 周年 科学技術イノベーション政策の提案など 3 つの成果 ●編集後記.................................................................................................................................................................. 39 http://sangakukan.jp/journal/ 2 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.5 2009 ●産学官連携ジャーナル 迫本 淳一 (さこもと・じゅんいち) 松竹株式会社 代表取締役社長 ◆人材を育てて良質な作品を世界に発信 昨年公開した映画「おくりびと」が、第 81 回米国アカデミー賞外国語映画賞を はじめ、国内外の数々の賞を受賞した。国内の興行収入は 60 億円を越え、当社 の興行収入歴代 1 位の記録を樹立し、海外でも 60 カ国での上映が決定している。 当社の作品が世界で高く評価されたことを大変うれしく思うと同時に、今後も 「おくりびと」に続く良質な作品−−人間を、善意をもってきちんと描いた、温か くてユーモアとペーソスのある作品−−をコンスタントに世に生み出していくこ とが当社の使命であると、思いを新たにしている。 1 つの映画が生まれるまでには、監督、脚本家、カメラマン、美術など、多く のスタッフがさまざまな形で携わっている。映画づくりにおいて 1 番重要なのは チームワークだといっても過言ではない。いい映画をつくるためには、技術力だ けでなく人間力も備えた、いい人材が必要であり、人材育成は、当社だけでな く、映像コンテンツ産業にとって課題となっている。 その課題を解決すべく、当社は、2006 年 5 月、映像学部の新設を控えた立命 館大学と産学連携していくことで合意した。目的として、先に挙げた「日本の映 像産業の発展を担う人材の育成と映画・映像技術の研究開発」、そして「京都を 中心とした文化の創造・発展への寄与」の 2 点を掲げ、これに京都府からも賛同 をいただき、2007 年 9 月には産学官(公)連携として 5 つの具体的な施策を発表 し、さまざまな取り組みを行っている。 このたび、連携の拠点となる施設として、京都府太秦の松竹京都撮影所を半世 紀ぶりにリニューアルした。今回のリニューアルでは、これまでの本格的な時代 劇撮影所としての機能に加え、使い勝手の良い最新設備を導入したほか、敷地内 に立命館大学の実習施設を新設した。これは、学生が実際の映像製作現場で学ぶ ことを可能にした国内では珍しい産学連携施設であり、4 月から、映像学部生が 実習を始めている。 このほかにも、松竹グループでのインターンシップの受け入れや、現在公開中 の映画「鴨川ホルモー」での劇場販売グッズ共同開発などを行っており、今後も この新撮影所を拠点として、さまざまな取り組みを実施する予定だ。 人材育成は短期的に成果がでるものではないが、長期的な視点をもち継続する ことで、ここからいろいろな分野のスターが生まれ、映画業界を盛り上げてくれ ることを期待している。そして、日本映画の歴史と深くかかわり続けてきたこの 京都から、良質な作品を世界に発信したい。 日本は、産学官(公)連携について海外に後れを取っているので、今回の取り 組みが 1 つの良い先例になるように願っている。 http://sangakukan.jp/journal/ 3 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.5 2009 簡潔、スピード、透明性 京都大学 産官学連携で攻勢 「外から見えにくい」といわれる京都大学の活動。その京大が産官学連携を推進する組 織を一新し、積極的な施策を打ち出している。iPS 細胞の知財戦略、英国ロンドンに欧 州を対象にした産官学連携事務所開設、特許出願の量から質への転換など。組織改革の ポイントはダウンサイジングとアウトソーシングだ。 「時代が変わったものだ。京都大学がねぇ」−そんなことを思いながら会 場に足を運んだ人も多かったに違いない。2 月 3 日、東京・大手町の経団 連会館 12 階ダイアモンドルームで開かれた、日本経済団体連合会(日本経 団連)の産業技術委員会産学官連携推進部会。ここで京都大学の産官学連 携 *1 の取り組みについてのプレゼンテーションが行われた。講師は同学の 産官学連携本部長の牧野圭祐副理事である。内容は同センターの紹介と「京 都大学と企業間の包括提携のおすすめ」。 *1:京都大学は「産官学連携」と いう言い方をしているので、同 学の取り組みについて述べる場 合はこれに倣った。 部会の名称が示すように、大学の動向にある程度関心を持っている企業 人が中心だが、それでも、京都大学が日本経団連に申し入れて実現したこ とが、参加した人たちを少なからず驚かせた。 話を聞いた人たちは「京大は部局が強く本部(機能)は弱いといわれてき たが、産学連携について本部の求心力が感じられた」 「京大が積極的に取り 組んでいる国際的な産官学連携や iPS 細胞の特許戦略の背景がよくわかっ た」といった感想を持ったようだ。 京大は関西経済連合会、経済同友会、日本産学フォーラムなどでも同様 のプレゼンテーションを行っている。 こうした企業に対する共同研究、包括連携の働き掛けにとどまらず、京 都大学は今、猛烈な産官学連携施策を仕掛けている。山中伸弥教授らの iPS 細胞研究・知財体制整備は、わが国にとっても大きな出来事である。最近 では英国ロンドンに初の産官学連携の事務所を開設した。ライセンス収入 も増加の一途だ。 ◆研究者支援と社会貢献 無論、産学連携は大学の 1 つの断面にすぎない。国が施策として本格的 写真 1 京都大学副学長・理事 (財務・産官学連携担当) 塩田 浩平氏 に取り組んでからまだ 10 年にも満たない。まして「自由の学風」の京都大 学である。2008 年の総長選では現松本紘総長(2008 年 10 月就任)以外の 候補者は産学連携にあまり積極的ではなかった、といわれる。 こうしたことを踏まえて、同学副学長の塩田浩平理事(財務・産官学連 携担当) (写真 1)に基本的な姿勢について尋ねた。塩田氏はこう語る。 「教育と研究重視。われわれの大学の基本は変わらない。しかし、企業 http://sangakukan.jp/journal/ 4 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.5 2009 との連携、研究成果の特許化、競争的資金導入、研究成果の事業化(ベン チャー企業)などを進めたい研究者に対しては、産官学連携本部・産官学 連携センターとして積極的に支援したい。また、産業界、社会から求めら れることがあれば、その面で京都大学は貢献したい。同時に、産官学連携 活動とそこから創出される知的財産の活用について、学内外に対して透明 性と説明責任を明確にすることが必要だ。初めに大学経営ありきというこ とで産官学連携を進めているわけではない」 ◆国際的な大学間競争 京大ウォッチャー(九州の国立大学の産学連携部門)の話 ロンドンに欧州を対象にした産学連携の拠点をつくるというダイナミックな展開に 驚いている。国立大学初。すごいと思う。地方大学は人も資金も、そして何よりも 産学連携部門に対する学内の理解が不足している。 「われわれは大学のワールドランキングを重視している」と牧野圭祐産 写真 2 京都大学産官学連携本部長 副理事 牧野 圭祐氏 官学連携本部長兼産官学連携センター長(写真 2)はいう。Times Higher Education の「World University Ranking 2008」によると、京都大学は総合 で 25 位。分野別に見ると、自然科学 17 位、メディカル・バイオ 27 位、工 学分野 29 位となっている。 課題は、この上位クラスをどう維持し、さらに評価が高まるようにどう するかである。中国などの躍進もあり、競争が一段と激しくなっている。 「将来への備えの 1 つが国際的な産官学連携である。製薬などの世界的な 企業の開発能力は一時の 10 分の 1 にまで落ちており、成功の確率を上げる ため、大学、企業などとのネットワークづくりに力を入れているからであ る。今春、ロンドンの産官学連携事務所を開設した欧州では、本年度はフ ランスとドイツとの連携に力を入れる。米国では東海岸、具体的にはハー バード大学を中心に連携の拠点を設け、ここを出発点にしたい」という。 ◆ダウンサイジングとアウトソーシング ■ 京 都 大 学 は 2007 年 7 月に産官学連携組織 体制を一新した。産官 学連携本部が基本方針 を定め、産官学連携セ ンターがそれを実行す る。センターには「国 際連携推進室」など 5 つの室と「メディカル・ バイオ(生命科学)分 野」など 4 つの分野が 置 か れ、 こ れ ら 5 室 4 分野が機能的な組み合 http://sangakukan.jp/journal/ 図 1 産官学連携本部・センターの組織 5 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.5 2009 わせで活動している。本部とセンターの連動に必要な事務手続きを担当す るのが研究推進部産官学連携課であり、ここに情報を集約する。 (図 1) 「新しい産官学組織のポイントは 2 つ。ダウンサイジングとアウトソーシ ング」と牧野氏は明快だ。 産官学連携センターの専任教員は8人。それまでの国際融合創造センター の約 20 人の半分以下だ。総長−産官学連携担当理事−産官学連携本部−産 官学連携センターというすっきりした組織と相まって、方針の「即決」、実 行の「スピード」に結び付ける。これがダウンサイジング。 アウトソーシングの具体的な表れが、ホールディングカンパニー(持ち 株会社)を創設したことや、関西 TLO 株式会社を学内に入れたことだ。 ■京都大学は 2008 年 5 月 2 日、一般社団法人 iPS ホールディングスを創設。 そのガバナンスの下に動く知的財産権管理・活用会社として、同年 6 月 25 日、iPS アカデミアジャパン株式会社を設立した。iPS 細胞にかかわる事業 化を目指す企業などに対して、通常実施権をサブライセンスする業務を行 う。iPS 細胞の研究成果の社会還元、社会貢献の推進が目的だ。 「海外の大学はホールディングカ ンパニーを持っている。なかった (件) のは日本の大学だけ。ホールディ ングカンパニーの目的はリスク回 避と速さである」 (牧野氏)。 知的財産関連では、市場性評価 (プレマーケティング)などを強化 し、出願を精選していることも最 近の特徴だろう。出願は量から質 へ、保有特許はストックからフロー への転換である(図 2)。保有特許の 図 2 発明の届出件数・国内外の特許出願件数 活用を促進したことで 2008 年度の ライセンス収入は 1 億円程度になる 見込みだ(図 3)。 (万円) 従来の産官学連携組織を見直そ うという機運が出てきたのは 2005 年 後 半 か ら 2006 年。 検 討 す る 委 員会では激しい反対意見もあった。 現在の組織がスタートしたのが 2007 年 7 月だから構造改革を実現 するのに 1 〜 2 年かかったわけであ る。求心力もついた。さかのぼる と、 総 長 の 松 本 氏 は 2005 年 10 月 に理事・副学長に就き、産学連携 を推進してきた。 図 3 ライセンス収入 http://sangakukan.jp/journal/ 6 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.5 2009 ◆外から見えにくいといわれる京都大学の活動 京大ウォッチャー(企業出身で現在、関西の大型産学官連携プロジェクトのマネジ メント部門)の話 iPS 細胞の影響力が大きく、大学は iPS 細胞をてこに産学連携を推進しようとして いるように感じられる。山中氏については注目すべき点が 2 つある。山中氏は京都 大学育ちでない。そういう京大の教授は少なくないが、現在、学部、大学院でなく センターで研究・教育に従事している。社会的影響力が大きく京大の顔ともいえる 研究者で、こうした経歴、立場の人はほとんどいなかった。もう 1 つは山中教授は これまでの京大にはないキャラクターだということ。カリスマというタイプではな い。 「チーム山中」といわれるように、若い人に「一緒に研究をしたい」と思わせるよ うな研究の進め方である。 塩田副学長は山中教授の立場について「センターの教授でも若い人を指 導しているし、特別な立場ということはない」と述べる。そしてこう続け る。 「医学部の中に以前から医学領域・産学連携推進機構があり、そこで知財 や産学連携に取り組んできた。昨年 4 月、それにかかわってきた寺西豊教 授が産官学連携センターに異動した」 ■寺西教授は法務室長であり、センターの 4 つの分野のうちメディカル・ バイオ(生命科学)分野と iPS 細胞研究知財支援特別分野の分野長を兼ねる。 「iPS 細胞の研究成果がブレークするまで日本の企業は関心を持たなかった が、京大としてはそれなりにずっとやってきた」 (塩田氏)というのである。 ☆ ☆ ☆ 日本経団連などのプレゼンテーションで、笑いを誘った場面があった。 牧野氏が説明に使った資料の最後のページにこう書かれていたからである。 「本プレゼンにより、 『外から京都大学の活動が見えにくい』といわれてい ることへのご参考になれば幸いです」 外から活動が見えにくい−−確かによくいわれる言葉であり、定番化し た京大評でもある。京都大学はそうした状況を自ら打破しようとしている のか。 (登坂 和洋:本誌編集長) http://sangakukan.jp/journal/ 7 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.5 2009 特集● 育て新人 コンテンツ産業新潮流 産学連携でハリウッドに挑む ー新しい映画人材育成 若い才能をはぐくむ場所でもあった、映画会社の撮影所が機能が大きく変質している。 こうした中で大学で映画をどう教えたらいいのか。早稲田大学大学院国際情報通信研究 科の安藤紘平教授は、プロを育てるにはプロの力が必要、ハリウッドに対抗するには最 先端デジタル技術を駆使した日本独特のシステムが必要という。 安藤 紘平 (あんどう・こうへい) 早稲田大学大学院 国際情報通信研究科 教授 「私は貝になりたい」の撮影。モーションコントロール “マイロ” による合成用ミニチュアセット ◆撮影所システムの崩壊と人材育成 昔、映画人たちは、決して映画の専門教育を受けていたわけではなく、 映画会社の撮影所の現場でもっぱら鍛えられ育てられてきました。撮影所 という場所は、映画を制作する工場であったばかりではなく、新しいアイ デア、手法を編み出す研究所であり、若い才能をはぐくむ学校でもあった わけです。ところが、テレビ、そしてネットなど時代の趨勢(すうせい) とともに、かつての華やかな映画産業は衰退し、撮影所というシステムは 徐々に崩壊、いまやほとんど以前のようには機能していません。では次の 時代のために一体どこで映画人を育てるのか、今のままで映画業界はよい のか、という問題が提起されます。 そこで登場するのが大学です。私が卒業した早稲田大学というのは、映 画人を多数輩出している学校として日本でも随一の存在です。名匠といわ http://sangakukan.jp/journal/ 8 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.5 2009 れる監督には、小林正樹、今村昌平、篠田正浩、小栗康平、是枝裕和…、 枚挙にいとまがありません。さらに脚本家となると早稲田人の割合はもっ と高いはずです。 では、どのように大学の場で映画を教えたらよいか。それには、次のよ うなキーワードが重要です。 ●プロを育てるには、プロの力が必要 ●デジタルを知らずして、これからの映画は語れない ●ハリウッドに対抗するには日本独自の得意技が必要 どのキーワードについても、産学そして官の連携が必要です。 ◆プロを育てるのは、プロの力である 全米最高の映像教育機関と言われ、ジョージ・ルーカスなど著名映画人 を輩出する南カリフォルニア大学の映画芸術学部長デイリー氏は「プロを 育てるには、プロフェッショナルでなければならない」と断言し、産業の 力を利用しています。 映像表現の教育には、2 つの大事なポイントがあります。 「何を表現する か」と「どう表現するか」です。とかく「どう表現するか− How」については 教えられても、一番大事な「何を表現するか− What」については『果たして 映画を大学で教えられるのか』という命題とともに大きな問題点です。前 出のデイリー氏は言います。 「大学は、文学を教え、政治を教え、経済を教 え、音楽を教え…にもかかわらず、それらの総合芸術であり、若者にとっ ては今一番ビビッドとしたメディアである映像を教えられなくして、何が 大学たるか」私もその意見に大賛成です。しかし、教室の机の上だけで映 画を教えられるものでしょうか。そこでキーになるのが現場経験を積んだ プロの力です。早稲田大学では、産業界のプロの方々と連携して「マスター ズ・オブ・シネマ」や「プロデューサー特論」等といった授業を行っていま す。 「マスターズ・オブ・シネマ」は、 映画界を支えるプロフェッショ ナルなゲストを迎えて、なぜ映 画にかかわったか、どう映画に 取り組むべきか、具体的な映画 の分析・手法・エピソードなど から人生観に至るまで、学生た ちの人間力をはぐくみ、イマジ ネーション力を高め、映画によ り興味と愛情を持ってもらう講 座です。篠田正浩監督、山田洋 次監督、久石譲さん、橋本忍さ ん、大林宣彦監督、是枝裕和監 督、谷川俊太郎さんなど、毎週 の講師はまさにプロ中のプロで http://sangakukan.jp/journal/ 図 1 産学官連携による先端映像制作システムネットワーク 9 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.5 2009 す。 「プロデューサー特論」は、映 像産業界を代表するプロデュー サーたち、 「シナリオ作法」では『日 本沈没』や『クライマーズハイ』の 脚本家・加藤正人氏、その他、撮 影、特殊効果、監督術、どれにも 産業界との連携によって、よりす ぐりのプロフェッショナルな現場 の先生方に来ていただいていま す。 インターン制度も重要な実習教 育です。書を捨てよ、街に出よ う。プロの現場というところは、 教室では学べないノウハウ、職人 技、心持ちなど精神面も含めて、 学ぶべきところは多大です。NPO 「ローレライ」での合成画像(戦闘機)の撮影 法人映像産業振興機構、日本映像職能連合(映職連)などとの連携はもとよ り、早稲田大学は、東宝と連携してインターンを進めています。映画の産 業と密接することで、一番必要な現場教育が見えてきます。 ◆デジタルを知らずして、これからの映画は語れない 今日、好むと好まざるにかかわらず、映画はデジタル抜きでは語れませ ん。近未来 SFX やパニック映画、怪獣ものばかりではなく、昭和の風景、 実写の雨や雪、青空や雲を足したり、電柱や撮影時に写り込んだ余計なも のを消すなど、日常的にデジタル技術は必要とされています。そこで早稲 田大学では、最先端技術を駆使した映画・映像の拠点として、本庄キャン パス内に『早稲田大学 芸術科学センター』を設立しました。ここには、最先 端のデジタル合成機器が設置されています。産業界と連携し、実際の映画 制作現場を誘致して新しい映像手法について共同研究するとともに、イン ターンとして学生たちを現場に参加させ、デジタルの最先端を学ばせます。 『日本沈没』や『隠し砦の三悪人』 『ザ・マジックアワー』 『私は貝になりたい』 など、産学連携なくしてはできない実学としての研究と教育を実施してい ます。ほかに、樋口真嗣監督や特撮研究所の尾上克郎氏、ピクチャーエレ メントの大屋哲男氏などの協力で「特殊映像合成理論」という集中カリキュ ラムも編成しました。これによって、新しいデジタル映像技術の開発と、 若い人材に対する教育が実施されます。 ◆ハリウッドに対抗する 日本独自の得意技 日本がハリウッドに対抗したいというとき、マーケットの規模から、製 作費は日本では 20 億円が限界なのに対し、ハリウッドは 300 億円以上で す。デジタルの費用で言うと、50 分の 1 くらいでしょうか。日本のクリエ イターは、腕では決して負けていませんが、バジェットが違い過ぎます。 http://sangakukan.jp/journal/ 10 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.5 2009 そこで、撮影所、現像所、ポストプロダクション、CG 制作会社などの設備、 技術、労力をネットワークによって有機的に結び付け、コスト、時間を低 減しながら、最先端デジタル技術を駆使した映像制作ができる日本独特の 制作システムを構築しようと考えられました。それが「ネットワークを利 用しての先端映像統合制作事業」 (文部科学省・私立大学社会連携研究推進 事業)です(図 1)。東宝、早稲田大学を中心に、イマジカ、東京現像所、オ ムニバスジャパン、ピクチャーエレメントなど大小さまざまな会社が持つ 特徴を最大限に生かして、日本独特の日本流デジタルシネマ制作手法を開 発するいわば「映像産業革命」です。例えば、東宝撮影所で撮影されたデー タがその日のうちに早稲田本庄の芸術科学センターに送られ、そこで、CG スタジオから送られた画像とすぐさま合成され、撮影の良しあしを東宝に フィードバックする。そういう連携作業を、設備やスタッフの空いている 時間をうまく調整しながら回してゆく。そこに、日本の得意技であるミニ チュア技術などの職人技やアナログ的工夫、発想を加えて、マイロなどの 最先端機材と組み合わせれば、ハリウッドで 20 億円かけるところを、せめ て 1 億円で世界レベルの作品を作ることができると確信します。日本の映 画産業が互いに連携し、限られたソースを有効に活用して束になれば、黒 澤、溝口、小津を生んだ日本が、 負けるわけにはいきません。 東宝と早稲田は、前述のイン ターン、ネットワークでの連携に 加え、研究拠点として撮影所内に 研究室を設けることで合意し、手 始めに、北京電影学院との共同制 作作品「少林功夫」を完成させま した。産学連携が、まさに若い才 能をはぐくんでいます。今こそ、 産学官が連携することで、第 2、 第 3 の『おくりびと』を世界に発 信したいものです。 http://sangakukan.jp/journal/ 東宝と連携、北京電影学院と早稲田大学の共同制作「少林功夫」 11 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.5 2009 特集● 育て新人 コンテンツ産業新潮流 早稲田大学芸術科学センター プロダクション、現像所と大容量ネットワーク 2006 年 4 月、早稲田大学は独立行政法人情報通信研究機構(NICT)が運営してきた本 庄情報通信研究開発支援センターを取得し、この地を「早稲田大学における映像教育・ 研究の拠点」と定め「早稲田大学芸術科学センター」を開設した。 早稲田大学芸術科学センターは GITS(大学院国際情報通信研究科)、GITI (国際情報通信研究センター)をその中核とし、安藤紘平研究室の大学院生 を中心にした「映像制作の実証研究」 「映像人材の育成」を旗艦とする一方、 映像業界への貢献という形で、早稲田大学の「知の資産」を社会に還元する ことを目的としている。 本センターは、JR 上越新幹線「本庄早稲田駅」から徒歩 10 分の場所に 約 5,000 坪の敷地を有し、豊かな自然環境の中で集中して撮影・編集作業 ができるという強みを持っている。468 平方メートルの広さと 10 メート ルの高さ、合成用ブルーバックを備えた撮影スタジオ、Inferno や Smoke、 Lustre などの編集機材をそろえた編集室や総合調整室、MA スタジオなど をそろえている。 特筆すべきは、本学が運営管理する大容量ネットワークを利用して、都 内の主要ポストプロダクションや現像所を結ぶネットワークを構築したこ と。2009 年 1 月にはこうした環境をもとに東宝との提携を結び、今後の映 像業界に新たなるシステムを構築することや、21 世紀の優れた映像人材育 成のためのプロジェクトのスタートを切った。この提携は産学連携の大き な事業として、注目を浴びている。 今までに、本学特命教授の篠田正浩監督の「スパイ・ゾルゲ」(2003 年 ) をはじめとし、2008 年には樋口真嗣監督「隠し砦の三悪人」、三谷幸喜監 督「ザ・マジックアワー」、堤幸彦監督「20 世紀少年」、福澤克雄監督「私は 貝になりたい」 (いずれも東宝)など多くの話題作の特撮・編集部門にかか わってきた。デジタルシネマの進化によって、特撮・編集が映画に欠かせ ない今、本センターが映像業界に果たせる役割は大きなものがあると確信 をしている。 坪川 雅彦 (つぼかわ・のりひこ) 早稲田大学 芸術科学センター 事務長 ◆埼玉県本庄市と「映像のまちづくり」 また、埼玉県本庄市と早稲田大学の提携の 1 つ「映像のまちづくり」プロ ジェクトにも積極的に参加し、地域の方々との密着した連携を図っている。 2008 年の文部科学省私立大学学術研究高度化推進事業では、安藤研究室 の大学院生・河原伸亮監督による「阿房ウイスキー」を制作し、本庄市をは じめ、彩の国本庄拠点フィルムコミッションの多大な協力のもとに、地元 での撮影を主体とした映画づくりを行い、本庄市民の多くの方々にご協力 をいただいた。 本学における映像教育の結果が、地域との連携による映像作品という形 で世の中に出ることが、本センターの存在意義の 1 つでもある。若く優秀 な才能を創出することで、日本の映画界を活性化させ、それが社会へ文化 貢献という形で還元される、というモデルは、早稲田大学という教育機関 であるからこそ可能な事業であり、今後も大きな推進力で、この事業を進 めていきたいと考えている。 あらためて、関係各位のさらなるご理解とご協力をお願い申し上げる。 http://sangakukan.jp/journal/ 12 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.5 2009 特集● 育て新人 コンテンツ産業新潮流 株式会社ぴえろ 代表取締役 布川郁司氏に聞く 東京都がアニメ産業強化 人材育成で大学に期待 アニメーションのプロダクションが集まる東京。産学官の連携が活発になっている。特 に、東京都は東京の情報発信力を高める産業と位置付けて、さまざまな支援を行ってい る。今年 8 回目の東京国際アニメフェアの意義は? 世界の子どもたちに愛されている日本のアニメーションとそのキャラク ター。東京はその文化的な情報発信力だけでなく、アニメ作品のビジネス の舞台としての存在感を増している。その中心が、東京都の支援で実現し、 今年 8 回目を迎えた東京国際アニメフェアだ。同フェアが果たしてきた役 布川 郁司 (ぬのかわ・ゆうじ) 株式会社ぴえろ 代表取締役 割、大学など研究教育機関との連携の可能性などについて、アニメプロダ クションの株式会社ぴえろ代表取締役で、有限責任中間法人日本動画協会 副理事長の布川郁司氏に聞いた。同社が今まで制作した主な作品は「ニル スのふしぎな旅」 「うる星やつら」 「魔法の天使 クリィミーマミ」 「平成天才 バカボン」 「魔法のスター マジカルエミ」 「きまぐれオレンジ・ロード」 「あ んみつ姫」 「幽☆遊☆白書」 「みどりのマキバオー」 「NARUTO −ナルト−」 「BLEACH」などである。 −−−−例年、東京国際アニメフェアでは「見本市」、クリ エイターが作品を競う「コンペティション」、そのほか 魔法の天使クリィミーマミ さまざまなイベントが行われています。3 月 18 〜 21 日に東京ビッグサイトで開催された第 8 回フェア(実 行委員長:石原慎太郎東京都知事)はどうでしたか。 布川 フェアは 18、19 の両日は商談を行うビジネス デー、後半の 2 日は一般の人に楽しんでもらうパブ リックデーとなっています。今年の見本市には海外か らの 56 社を含む 255 社が出展しました。4 日間の入 場者は約 13 万人でした。 −−−−東京都は「東京都産業振興指針」 (2007 年 12 月) の中で、コンテンツ産業やファッション産業を東京の 情報発信力を高める産業と位置付け、世界をリード する人材の育成を打ち出しています。アニメフェア を 2002 年にスタートしたとき(当時は「新世紀アニメ 博」)は観光振興も大きな狙いだったようですね。 布川 当初は観光という狙いもありましたが、石原知 事に決断してもらったことは良かったです。一昨年の 第 6 回フェアまで事務局を東京都にやっていただきま http://sangakukan.jp/journal/ 13 © ぴえろ 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.5 2009 レレレの天才バカボン した。プロダクションの 90%近くは東京 に集まっています。産業の規模としては 大きくないかもしれませんが、確かに情 報発信力は小さくありません。アニメー ションの日本を世界に知ってもらうきっ かけになりました。日本のアニメのスケー ル、関連産業のすそ野が広いことをアピー ルできました。この 4、5 年はビジネスの 舞台としても定着してきました。 −−−−これまで世界のアニメビジネスはど こで行われていたのですか。 布川 国際映画祭で有名なフランスのカ ンヌで毎年春と秋に開かれている MIP と いうテレビ番組の見本市です。ここでア ニメ作品も取引されています。東京国際 アニメフェアが定着してからはアニメ作品取引の中心がカンヌから東京に © フジオ・プロ/ぴえろ 移りました。同フェアの意義は極めて大きいです。 −−−−業界の課題は。 布川 フェアの成功の次は人材育成でしょう。産学官連携で制作した「ア ニメの教科書」もその 1 つの取り組みです。プロダクションの技術系スタッ フの多くは専門学校の出身です。ビジネスモデルをつくれるプロデュー サーを育てるのが業界の役割ですし、東京と地方のギャップを埋めること も重要です。地方で活躍するクリエイターが増えることが日本のアニメの 足腰を強くします。地方の大学にはコンテンツビジネスと連携していると ころがあります。私自身、東北芸術工科大学客員教授として学生たちを指 導しています。しかし、東京はこうした産学連携がまだまだです。人材育 成で大学の研究成果、教育に期待するところが大きいです。 −−−−貴社は昨年、創立 30 周年だったそうですね。 布川 その間、制作したテレビタイトルは 70 を超え、30 分の番組の数は 3,000 本以上になります。映画も 20 タイトルを上回る作品を制作してきま した。それらの作品は国内だけでなく海外にも多く放送されており、現在 制作している「NARUTO −ナルト−」は 30 カ国近い国で大反響をよんでい ます。今後も独創的で、時代を映し、それに対応した作品づくりを目指し ていきたいです。 −−ありがとうございました。 聞き手・本文構成:登坂 和洋(本誌編集長) http://sangakukan.jp/journal/ 14 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.5 2009 特集● 育て新人 コンテンツ産業新潮流 日本初「アニメの教科書」 人材育成を目的に産学公連携 榎本 剛士 2008 年 12 月、東京都とアニメ業界、さらに教育機関が連携して日本初の「アニメの教 科書」を制作した。実践的な知識、技術だけでなく、歴史も盛り込んだ。人材育成が狙 いである。 (えのもと・たけし) 株式会社みずほ銀行 ビジネスソリューション部 ニュービジネスチーム 参事役 日本のアニメ産業は、質の高い作品を数多く送り出すなど国際的にも高 く評価されているが、近年、若手クリエイターの人材不足が課題となって いる。これまで体系的な教育カリキュラムも未整備であっ たとの指摘もあり、また業界全体で人材育成に取り組む機 運に乏しかった。 こうした状況に危機感を抱いたのは東京都やアニメ業界。 株式会社アーイメージ、アドビシステムズ株式会社、 オ ー ト デ ス ク 株 式 会 社、 株 式 会 社 サ ン ラ イ ズ、 CG-ARTS 協 会( 財 団 法 人 画 像 情 報 教 育 振興協会)、 株式会社シンク、杉並アニメーションミュージアム、 東京都は、アニメなどコンテンツ産業を東京の情報発信力 株式会社 STUDIO4℃、株式会社セルシス、財団法人 を高める産業と位置付けている。地域の産業振興という視点 デジタルコンテンツ協会、 デジタルハリウッド大学・大学院、 から、東京都とアニメ制作会社、さらに同業界に人材を輩出 している教育機関による、産学公連携の「アニメ人材育成・ 教育プログラム製作委員会」 (表 1)が平成 19 年 8 月に設立さ れた。 株式会社手塚プロダクション、東映アニメーション株式会社、 東京都、東放学園映画専門学校、凸版印刷株式会社、 日 本 工 学 院 専 門 学 校、 日 本 電 子 専 門 学 校、 有限責任中間法人日本動画協会、練馬アニメーション協議会、 株 式 会 社HALFH・PSTUDIO (ハーフエイチ・ピースタジオ) 、 そして昨年 12 月、日本初の試みとして、現場で必要な知 株式会社ぴえろ、有限責任事業組合未来創造フォーラム (50 音順) 識やスキルを学べる本格的な教本「アニメの教科書」 (写真 1) を作成した。東京都が資金を拠出し、日本動画協会のほか、 表 1 アニメ人材育成・教育プログラム製作委員会 メンバー 制作会社やアニメ専門学校などのアニメ業界のプロたちが 作成にかかわった。 この教科書は、アニメ制作の基礎知識から、最新アニメーションの技法、 アニメ産業の歴史まで、若い世代に求めている基本的な知識や技術が体系 的にまとめられている。その内容は実践的なものである。本年度からアニ メ専門学校などで活用されるとともに、すでに一般向けにも販売され、ア ニメ業界を目指す学生や若手アニメーター *1:4 編セットで 10,290 円(税 込み価格)。東京アニメセンタ ーオフィシャルショップにて 販 売 中。 問 い 合 わ せ 先 03 − 5297 − 7470(受付時間:火〜 日曜日 11:00 〜 18:30) 等による利用の期待も大きい。 全 4 編の内容は、アニメ産業の歴史やア ニメビジネスの基本知識からなる「第 1 編 日本のアニメ産業」、アニメの制作フロー を解説した「第 2 編 アニメの制作」、アニ メ作画や背景美術の基本を解説した「第 3 編 作画の基礎/仕上・美術」、有名作画 監督の原画等が収納されている「第 4 編 原画素材集 DVD」となっている *1。 http://sangakukan.jp/journal/ 写真 1 アニメの教科書 15 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.5 2009 特集● 育て新人 コンテンツ産業新潮流 京都で産学官の連携 映画産業振興と撮影所を活用した人材育成 東映、松竹の撮影所がある京都で、映画会社、京都府、大学の連携によりさまざまな地 域振興策、映画人材育成の取り組みが行われている。リニューアルした松竹京都撮影所 には立命館大学映像学部の学生用の施設もあり、4 月から映画づくりを学んでいる。 松竹京都撮影所に立命館大学生用のスタジオ、編集室 4 月から「京都太秦恋物語」撮影の授業 京都府、立命館大学と連携した松竹京都撮影所(京都市右京区太秦)*1 の リニューアルが終わり、産学官(公)連携による人材育成、映像技術の研究 *1:法人名は「株式会社松竹京 都撮影所」 が平成 21 年 4 月 1 日より本格的にスタートした。これに先立ち、3 月 10 日、 同撮影所で竣工式・レセプションが行われた。 今回のリニューアルでは、クライアントであるプロデューサーの利便性 に重点を置いた。従来の 6 つのスタジオに加え、新たにスタジオ 2 棟を増 設し、併せて最新鋭のデジタルプロジェクターを装備した試写室の新設、 IMAGICA ウェストの誘致などにより、撮影から編集作業、試写までを一貫 して行うワンストップサービスを提供できるようにした。また、同時に立 命館大学映像学部の学生用の施設として実習用スタジオ 2 棟と、教室、編 集室を設けた。 松竹グループ、立命館大学、京都府は平成 19 年 9 月に産学公連携を発表。 松竹と立命館大学の連携の柱は①山田洋次監督の映像学部客員教授就任 ② デジタル分野の共同研究 ③松竹グループでのインターンシップ実施 ④京 都撮影所内への立命館実習施設の設置 ⑤撮影機材の貸与、講師の派遣・ あっせんなど実習協力−−の 5 つ。発表以来、上記の③や④を推進してき た。京都府は 19 年 8 月、映画関連産業の集積促進計画を策定。企業立地促 進条例に基づいて、松竹京都撮影所リニューアルに平成 21 年度立地補助金 を交付予定であり、松竹・立命館の産学連携を支える。 ①については、昨年 4 月から山田洋次監督監修による「京都太秦恋物語」 (仮題)のシナリオの授業を行い、今年 4 月からは撮影の授業に移っている。 また、松竹京都撮影所では、⑤の窓口として専従者 1 名を置いた。 さらに 4 月 18 日公開の映画「鴨川ホルモー」 (配給:松竹)のキャラクター 商品(劇場販売グッズ)の企画・製作を、立命館大学映像学部の学生と松竹 の担当者が共同で行い、最終的に「あぶらとり紙」を商品化した。 http://sangakukan.jp/journal/ 16 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.5 2009 京都府などがベルリン映画祭タレント キャンパスと提携し、若手作家育成 時代劇班の撮影風景 京都府は、松竹、東映、ドイツ文化センター、京都文化博物館等と連携 して、映画振興に力を入れている。昨年 9 月、若手映像作家たちを対象に 京都市内の撮影所などでシナリオや演出、撮影を学ぶ機会を設けた。この 催しはドイツのベルリン国際映画祭タレントキャンパスと提携したもので、 参加者の中から 2 人を国際的な若手育成プログラムである同映画祭タレン トキャンパスに派遣した。今秋も同様の企画を行う。世界に通用する若い 才能を発掘・育成することで京都の映画文化を再構築しようという戦略だ。 ◆産業規模縮小への危機感が動かす 松竹京都撮影所竣工レセプションのあいさつで、山田啓二京都府知事は 次のように語った。 「文化産業の粋である映画をつくり続けてきた松竹京都撮影所が、撤退す るのではないかという危機感がわれわれを動かした。それを維持できたば かりか、新しい撮影所は映画人育成の拠点にもなる。人を育てることがで きるのは素晴らしいことである」 10 年前に 5,000 〜 6,000 人いた太秦周辺の映画関連産業従事者は現在、 1,800 人程度まで減少しているといわれる *2。行政にとって放置しておけ ない問題だ。映像の世界でも東京への集中が進んでいることや、デジタル 化が背景にあるようだ。こうした危機感が、次世代の映画産業活性化を目 指す産学公そして住民との連携へと突き動かしているのである。 ◆プロの監督の指導で撮影の実習 昨年 9 月 13 〜 15 日に実施したこのプログラムの名称は「若手才能育成ラ *2: 東 映、 松 竹 な ど の 京 都 に おける映画映像制作業、具体的 には制作、美術、技術(セット、 照明)、編集、音響、衣裳・メーク・ 結髪などの業界が縮小している。 また、観光拠点になっている東 映太秦映画村は全国のテーマパ ークなどとの競争が激しくなっ ていて、その周辺の観光、物販、 飲食、交通などに影を落として いる。 ボ」。全国から応募のあった 30 人の中から 18 人を選び、3 班に分かれて映 画制作の現場で学んだ。時代劇は 2 班に分かれ、松竹撮影所の長屋セット http://sangakukan.jp/journal/ 17 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.5 2009 と居酒屋セットで、ドキュメンタリー班は東映撮影所内スタジオでそれぞ れ実習した 。夜は京都西陣町家スタジオで合宿形式のセミナーを行った。 *3 参加者からは「京都開催がよかった」 「世界に向けて公募すべき」といった 声があり、指導者からは「よい作品をつくる心を持つことを覚える」 「京都 の撮影所やプロの職人の持つ力を感じてほしい」という評価があった。 この実習に参加した斉藤勇貴さんと深田祐輔さんが、今年 2 月に開催さ れたベルリン映画祭の「タレントキャンパス」に参加した。100 カ国を超え る地域から集まった 350 人の若い映画作家を対象に、国際的な映画監督に *3:指導者は次の通り(当時)。 時代劇班 1:井上泰治監督(水戸 黄門監督、東映中心に活動) 時代劇班 2:石原興監督(必殺シ リーズ監督、松竹中心に活動) ドキュメンタリー班:バウダー 監督(ベルリン・タレントキ ャンパス OB) そ の 他: 東 映・ 松 竹 助 監 督、 役者、照明、美術担当の協力 セミナー:林海象監督(京都造 形芸術大学映像学部長) 舩橋淳監督(米国在住、タレ ントキャンパス OB) よるレクチャーや参加者同志のネットワークづくりなどのプログラムが実 施された。 京都府は「若手才能育成ラボ」や海外の映画祭などとの連携を通じて、映 画人材の育成の機運を醸成したい考えだ。また、京都市内の大学には、相 次いで映画・映像に関する学部・学科が新設されており *4「平成 21 年度は 大学や映画関連企業などで『映画人材育成会議』 (仮称)を組織し、産学公連 *4:京都精華大学芸術学部メデ ィア造形学科映像コースが 18 年 4 月開講、立命館大学映像学 部映像学科、京都造形芸術大学 芸術学部映画学科、京都嵯峨芸 術大学芸術学部メディアデザイ ン学科の 3 つが 19 年 4 月開講 携で若手クリエイター、映画職人の養成・育成の取り 組みを軌道に乗せたい」 (商工労働観光部ものづくり振 興課)という。 (登坂 和洋:本誌編集長) http://sangakukan.jp/journal/ 18 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.5 2009 特集● 育て新人 コンテンツ産業新潮流 京都国際マンガミュージアムは 市、大学、住民連携の施設 2006 年 11 月に開設した京都国際マンガミュージアムは、京都市、京都精華大学、地 域住民の 3 者連携施設である。博物館と図書館を兼ね備えているが、マンガのすそ野の 拡大、人材育成の場でもある。 2006 年 11 月に開館した京都国際マンガミュージ アム(養老孟司館長)は博物館と図書館を兼ね備え た、わが国初のマンガの総合文化施設である。統合 で閉校になった、元の京都市立龍池小学校の校舎を 増改築して利用している(写真 1)。烏丸通と御池通 の交差点の近くにあり、西に 700 〜 800 メートル 行くと二条城、同じくらいの距離を北に進むと京都 御所、南東には京都市街の 1 番にぎやかなエリアが 広がる。オープンしてから 2 年間の入館者は約 50 写真 1 京都国際マンガミュージアム 万人。ある時期の調査によると 10 〜 15%は外国人だ。京都の観光拠点と しても定着しつつある。 このミュージアムは、京都市、地域住民、それに 30 年以上にわたってマ ンガ文化の教育・研究を行ってきた京都精華大学(以下、精華大)の 3 者連 携施設である。 京都市が土地と建物を無償で提供。さらに生涯学習部門から職員 1 人を 派遣し、同ミュージアムの活動を学校教育や市民の文化活動に結び付ける 事業を行っている。 住民との協働は京都ならではのものだ。京都の小学校は 1869(明治 2) 年、町衆が私財を投じて番組(学区)ごとに創設したものがもとで、学校教 育では常に行政と住民が二人三脚で歩んできた。マンガミュージアムとし ての利用も市と住民の合意で決めたという。建物の一部には自治会の集会 用ホールや体育館があり、地域のコミュニティーセンターになっている。 そして、市と精華大で組織する運営委員会の下、同大学がミュージアム を管理・運営している。また、大学はミュージアムの建物に、大学の一部 門である「国際マンガ研究センター」を併設している。 精華大はこのミュージアム運営において「資料の調査・研究」 「博物館・ 図書館の展開」という 2 つの柱に加え、次の 3 つの機能充実を目指している。 1.研究者・専門家の育成 研究プロジェクトへの参画、成果の発表、資料の公開、情報ネット ワークの構築などによって若い研究者や学生の研究を支援。クリエイ ターの養成、学芸員・司書技能のカリキュラム提供も。 http://sangakukan.jp/journal/ 19 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.5 2009 2.新産業の創造 国内外のマンガの社会的な活用事例を収集し、その効果や課 題を検証しながらビジネスとしてのマンガ活用モデルを研究・ 開発。博物館の施設・機能の新たな在り方も模索。 3.生涯学習・文化の創造 京都市が誘致して 2008 年に開催した「国際マンガサミット (国際漫画家大会)」など、マンガを通じた国際文化交流。地域 社会に向けた各種講座。幼児・児童を対象にした学習プログラ ムなどの開発。 同大学が、長年の研究の成果や蓄積しているノウハウを同ミュー ジアムの運営に活かすとともに、そこで学生や卒業生が活動して 得られた新たな知見を大学での研究・教育にフィードバックしよ うというわけである。 「小中学校の教育現場でもいろいろな試みがある。大化の改新を 写真 2 マンガの壁。各国のマンガが ずらりと並ぶ 4 コママンガで表現してみようとか、四字熟語をマンガにしようといった もので、こうした事例も蓄積されていく」と同大学国際マンガ研究センター 研究員の表智之さんは語る。 興味深いのはマンガを媒介とした新しいビジネスモデルの研究・開発だ ろう。精華大のマンガ学部の学生は 1 学年 173 人。そのうち 83 人がマンガ を描くことを専門に学ぶが、全員がマンガ雑誌に連載ものを描くプロマン ガ家になるわけではない。大学にとって、マンガの多様な活用方法、学生 らの進路開拓は重要な仕事でもある。表さんはこう見ている。 「このミュージアムでアルバイトをしている学生もいるが、なぜ マンガを習うのかを考えるいい機会だ。子どもにマンガを体験さ せるイベントを企画する、似顔絵や結婚式のウエルカムボードを 描く、マンガのルポルタージュを制作する−−こうした活動で培っ たノウハウが学生にも、ミュージアムにも、大学にも蓄積される。 そうした中から、マンガを学んだ学生の進路、ビジネスモデルが できるかもしれない」 同大学名誉教授で、国際マンガ研究センター長の牧野圭一さん は、このミュージアムの果たしている役割について次のように述 べている。 「マンガ家の個人名を付した美術館、記念館は数多いが、 『マンガ 文化』を標榜(ひょうぼう)し、専任の学芸員を置いて、俯瞰(ふか ん)的な視点で研究を進める専門施設は少ない。マンガ学部を持つ 京都精華大学を背景に、マンガ学会のバックアップまでを守備範 囲にする当館は、京都の中心部にあるという立地も含め、象徴的 位置を占める。また、その姿勢にふさわしい成果を着々と築いて 京都国際マンガミュージアムの概要 ・マンガの壁(写真 2。140 メートルにおよ ぶ書架に約 5 万冊のマンガ。手にとって読 める) ・研究閲覧室(閉架資料の閲覧を希望する場 合、ここで利用登録すると見られる) ・マンガ万博(さまざまな国・地域のマンガ 約 1,400 冊を並べる。手にとって読める) ・マンガ工房・似顔絵コーナー(土日祝日、 大学卒業生によるマンガの描き方の実演な ど) ・ワークショップコーナー(土日祝日) ・こども図書館(子ども用のマンガ、絵本を 集めた図書館) ・100 人の舞妓展(174 人のマンガ家が描い た舞妓さんを廊下の壁に展示) ・龍池歴史記念館(龍池小学校の歴史を紹介) ・紙芝居(ヤッサン一座の紙芝居口演) ・未来マンガ研究室(コンピューターを使っ てマンガを読んだり、自分でキャラクター をデザインしたりすることができる) ・セレクションギャラリー(日本マンガの歴 史、海外のマンガ事情、風刺マンガなどを 展示) ・研究展示ギャラリー・収蔵庫(25 万点を 超える資料を収蔵している書庫の一部を見 ることができる) いる」 http://sangakukan.jp/journal/ 20 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.5 2009 京都精華大学、マンガ教材など受託制作 京都精華大学のリエゾン部門である事業推進室は、企業、官公庁、 各種団体からマンガを使った教材、啓発用パンフレット、広報・PR 資 料などの制作を精力的に受託している。こうした分野は「実用マンガ」 と呼ぶが、制作に携わった卒業生の中からプロとしてデビューした人 もいる。マンガの可能性を広げ、マンガ学部卒業生の活躍する場づく りに結び付けようという試みだ。 知的財産権の啓発(近畿経済産業局)、中小企業の輸出を支援するマ ニュアル(日本貿易振興機構=ジェトロ)、医師のインフォームドコン セント(十分な説明と同意)に役立てる「くも膜下出血」や「脳出血」の 発症から回復までの解説(京都府立医科大学)−−と、依頼されるテー マは幅広い。同室が企業などから請け負って契約する。作画について は同室が卒業生に依頼する。年間 70 件ほど手掛ける。 民間のプロダクションや出版社との違いについて、同推進室長の黒 飛恵子さん(写真 3)は「精華大はマンガだけでなく、ほかの学部、分 写真 3 京都精華大学 事業推進室長 野のノウハウを持っていること」と説明する。3 月に、子どもたちを 黒飛恵子氏 対象にした繊維製品リサイクルの啓発資料を作成したときは、地元の 京都工芸繊維大学の繊維関係の研究者から声が掛かり、精華大人文学部の環境系 教員らと連携、作画はマンガ学部卒業生というチーム編成だった。 こうしたマンガ制作は同大学の産学官連携の取り組みでもあるのだが、“ビジネ ス” としてもまずまずの結果が出ていることは注目に値する。 「作画者にはきちんと お金を払う。やるからにはプロだから」 (黒飛さん)。制作対価の交渉、著作権契約 などのマネジメント機能が大切という。 黒飛さんは「われわれの仕事はいかにいいクライアントを見つけてくるか、そし て受けた仕事を通じてマンガの新しいジャンルを確立すること」と明快だ。それが ビジネスのサイクルとして循環しているわけである。 今、理工系の大学院生、ポスドクの深刻な就職難が社会問題となっており、文 部科学省と大学が連携してその進路開拓に注力している。京都精華大学のマンガ を学んだ学生の進路多様化の試みはヒントを与えているのではないだろうか。 京都市、コンテンツの新産業創出の可能性探る 京都市は昨年 12 月、マンガ、アニメ、映画、ゲームなどの大学の研究者や業界 関係者に参加を求めて「京都市コンテンツビジネス研究会」を設置、産学官(公)連 携によるコンテンツの新産業創出の可能性、既存の産業の振興策を探っている。 「分野を横断する『融合』」 「グローバル」 「企業活動の現場から」−−の 3 つの視点か ら議論を進める。 「融合は単にマンガ、アニメ、映画、ゲームなどの個別分野の領 域を超えるだけでなく、それらと京都の文化、伝統を融合させて新たな事業展開 の可能性・方向性を探るという意味もある」 (京都市産業観光局産業振興室)。 同研究会は第一線で活躍する学識者、業界人のほか、経済産業省、文化庁、観 光庁などの関係者およそ 30 人で構成。市が企業の現場が抱える課題や市場のニー ズを調査(アンケートやヒアリング)。その調査結果も参考にしながら平成 22 年 3 月まで研究会を継続する。研究会の提言を踏まえ、市が同産業振興策を取りまと める予定だ。 (登坂 和洋:本誌編集長) http://sangakukan.jp/journal/ 21 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.5 2009 特集● 育て新人 コンテンツ産業新潮流 産学官連携で福岡のゲーム産業振興 福岡ゲーム産業振興機構は、福岡市内のゲーム制作関連会社、九州大学、そして福岡市 が 2006 年に設立した組織。同市を世界的なゲーム産業都市にすることを目指し、人材 育成、市場開拓、広報活動を行っている。福岡県、経済産業省九州経済産業局もさまざ まな支援策を実施している。 福岡はゲーム制作会社が集積している地域の 1 つだ。ゲーム業界に人材 を送り出しているデジタルコンテンツ関連教育機関(大学・短期大学・専 門学校等)も多い。こうした地域の強みを活かし、ゲーム制作企業、大学 (九州大学など)、行政機関(市、県、経済産業省九州経済産業局)が連携し て地域のゲーム産業振興に取り組んでいる。 「ゲーム産業都市福岡」を広く 情報発信しているのも特徴だ。 ◆大手 3 社のグループ「GFF」がきっかけ ゲーム業界初の産学官一体の組織として活動しているのが「福岡ゲーム 産業振興機構」だ。株式会社レベルファイブ、株式会社サイバーコネクト ツー、株式会社ガンバリオンなど地域のゲーム制作企業のグループ「GFF」 (GAME FACTORY’ S FRIENDSHIP 現在 11 社)、九州大学、福岡市の 3 者が 2006 年に設立した。 「九州・福岡を世界が目指すゲーム産業都市にする」が 合言葉。事務局を福岡市経済振興局産業拠点推進課内に置き、人材育成、 市場開拓、広報などの共同事業を実施している(表 1)。 表 1 福岡ゲーム産業振興機構が実施している主な事業 ◎ゲームインターンシップ 福岡ゲーム産業振興機構が最も力を入れている取り組みが、優秀なクリエイターなどの人材の育成・獲得を支援する事業。ゲームクリ エイターを目指す学生や一般アマチュアなどを対象とした福岡ゲームインターンシップを年 2 回実施している。 これまで 6 回実施。最近は 1 回の募集に 70 〜 90 人(半数以上が県外から)の応募がある。この事業は真剣にゲーム企業で働きたいと考 えている人を対象としており、受け入れ先であるゲーム企業による厳しい審査が行われる。2009 年 2 月下旬〜 3 月下旬に実施した第 6 回 の募集では、67 人の応募に対してインターンシップとして受け入れられたのは 16 名で受入率は 24%という難関である。 これまでに 8 名の方がこの事業を通じて福岡のゲーム企業に採用されるなど、企業にとっても優秀な人材の獲得という面でプラスに なっている。 ◎ゲームコンテスト ゲームクリエイター志望者をはじめとするアマチュアゲーム制作者を対象に、広くゲーム作品およびゲーム関連作品を募集し、優秀な 作品を表彰する事業。人材の発掘・育成が狙いである。 2007 年度から実施しており、2009 年 1 月 15 日まで 4 カ月間募集した第 2 回のコンテストには、1 回目より 100 点以上多い 298 点もの応 募が全国からあった。 ◎ゲームフロンティア in 福岡 九州・福岡のゲーム産業について広く認知してもらうと同時に、若きゲームクリエイター志望者の意識啓発を図り、ゲームづくりの土 壌を豊かにする目的で「ゲームフロンティア in 福岡」というイベントを開催している。 GFF、九州大学、福岡市の各代表が一堂に会して行うプレゼンテーション、ゲーム業界の第一線で活躍するトップクリエイターによる 講演やパネルディスカッション、ゲーム関連企業のパネル展示、教育機関 PR コーナーなど。上記のゲームコンテストの授賞式もこの中 で行う(写真 1、2)。 http://sangakukan.jp/journal/ 22 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.5 2009 ◆福岡ゲーム産業振興機構設立の経緯 ゲーム産業都市・福岡を売り出そうという 運動のきっかけになったのは、2003 年にレベ ルファイブ、サイバーコネクトツー、ガンバ リオンの 3 社が協力して初のゲームイベント 「GAME FACTORY FUKUOKA2003」を開催 したことだった。 翌 2004 年、さらに輪を広げ、ゲーム制作 会社 7 社で GFF を設立。 2005 年には、GFF と九州大学が情報交換や 共同で人材育成、研究開発を行うために連携 協定を締結した。当時は九州大学が九州芸術 工科大学と統合して間もないころ。大学全体 として研究領域が広がり、それを活かした統 写真 1 「ゲームフロンティア in 福岡」での GFF、九州大学、福岡市の 各代表による福岡ゲーム産業のプレゼンテーション 合の成果が求められていたことも GFF との連 携を後押しした。 「九州大学はゲーム分野においても、芸術工 学部を核に企画から開発デザイン、プログラ ム、評価までできる人材を育成する拠点。企 業と連携することで地域産業振興の吸引力と して働くはず。2008 年からオランダ・ユトレ ヒト地域との国際産学官連携を推し進めてい 写真 2 「ゲームフロンティア in 福岡」会場内の模様 る」 (九州大学知的財産本部プロジェクト支援 グループ) この GFF と九州大学の協定が産学官連携への引き金になり、2006 年の 福岡ゲーム産業振興機構設立に至ったわけである。 ◆九州経産局、県とも連携 経済産業省九州経済産業局は 2008 年 10 月〜 2009 年 2 月、学生らに実 践的なゲーム企画のノウハウを無料で教える「九州ゲーム企画塾」を福岡市 内で開催した。講師は有限会社エレメンツ(GFF 加盟)取締役社長の石川淳 一氏。前年度に続く 2 回目の開催で、36 人が受講した。講義は 1 回 90 分 で、全部で 15 コマである。 毎回、福岡市で開催される「九州ゲーム企画塾」に参加できない県外を含 む学生のために、2 月 27 日〜 3 月 1 日「ゲーム塾短期集中合宿」も開催した。 また、同局にはゲーム制作関連会社で働くクリエイターや教育機関関係 者を対象にした人材育成講座「九州ゲーム塾 クリエイターズ・サーキット」 もある。レベルファイブ代表取締役社長の日野晃博氏をはじめとした 5 人 の講師を迎え、2008 年度は 5 回実施した。 ゲーム業界に関心を持つ学生を対象として、生のコンテンツ制作現場を 体験してもらうために、サイバーコネクトツーの協力のもと、同社にて学 生 30 人による企業見学会を実施した。 http://sangakukan.jp/journal/ 23 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.5 2009 さらに九州におけるゲーム産業の発展にあたっての課題 抽出を行うため、産学官による意見交換の場として連絡会 を 5 回実施した。 一方、福岡県は「福岡コンテンツ産業拠点推進会議」をつ くり、ゲームだけでなく CG(コンピューターグラフィック ス)、映像・アニメ、ウェブ関連を含むデジタルコンテンツ 産業全体の振興に力を注いでいる。推進会議は平成 18 年度 に発足したものだが、その前身のマルチメディアアライア ンス福岡(MAF)は 1998 年から活動していた。コンテンツ 産業振興は、県が打ち出した政策「福岡ニューディール」16 表 2 福岡コンテンツ産業拠点推進会議の事業 ◎アジアデジタルアート大賞展(ADAA) アジア各国からデジタルアート作品を集めるコ ンテストで、この分野では日本の三大コンテストの 1 つと呼ばれるようになったという。平成 20 年度か らエンターテインメント部門を創設し、地元学生の ゲーム作品が部門大賞を受賞している。 「世界 30 カ 国で上映され、DVD が 50 万枚以上出荷された作品 『スキージャンプ・ペア』を手掛けた真島理一郎氏や、 2008 年にプレイステーションで販売された『無限回 廊』の原作者藤木淳氏は本展が基点であり、コンテ ンツ産業振興に大きな貢献をしている」 (商工部商工 政策課)。 の担当者も GFF の毎月の会議に参加し議論に加わっている。 ◎デジタルコンテンツアカデミー 地元福岡のゲームクリエイターのスキルアップを 目的に行っている技術セミナーで、平成 20 年度はバ ンダイナムコゲームス社やソニー・コンピュータエ ンタテインメント社から、現場の最前線で活動して いるクリエイターを派遣してもらい、ハイレベルな 技術セミナーを開催した。 「通常は東京のセミナーで しか聞けないレベルの話が盛りだくさんとなり、福 岡のクリエイターの皆さんには好評だった」 (同)。 ◆企業誘致にも力 ◎福岡コンテンツマーケット 福岡市内で開催した企業の展示・商談会。 裕幹経済振興局産業拠点推進課長)という考えだ。地元企業 ◎福岡ゲーム産業就職フェア in 東京 東京・秋葉原で企業 8 社と U ターンを目的に実施 した。 プロジェクトの 1 つである。 推進会議は平成 20 年度には(表 2)のような事業を実施し た。 福岡市、九州大学だけでなく、九州経済産業局、福岡県 福岡市は「拠点性をもっと発信していく必要がある」 (土井 を育てるという施策に加え、昨年から企業誘致にも積極的 に乗り出している。 その 1 つの取り組みとして、昨年 10 月に千葉市の幕張メッセで開かれた 国内最大のゲーム展示会「東京ゲームショウ 2008」のビジネスデイに初め て福岡ゲーム産業振興機構のブースを出展し、同機構の取り組みや福岡の ビジネス環境等を紹介した。 これまでに、ゲームデバッグ(コンピュータープログラムの誤り=バグ =を探し取り除くこと)専門会社のポールトゥウィン株式会社(名古屋市) が福岡スタジオを開設(2006 年)、オンラインゲーム会社のテトリスオン ライン・ジャパン株式会社が本社を移転(2006 年)、ゲームの 3D(3 次元) CG 制作の株式会社 D・A・G(東京都台東区)が福岡に支店を開設(2008 年)。 このようにゲーム関連企業の集積が進んでいる。 ◆新たな取り組み 市は昨年からゲーム産業振興に取り組む海外の都市との交流にも力を入 れており、さらに本年度は産学官の連携により、教育、医療、社会問題の 啓発などに使われるゲームソフトの開発を行う。こうしたゲームは「シリ アスゲーム」と呼ばれ欧米で広がっている。市はこのようなビジネスモデ ルを試みることでゲームの市場を開拓していきたいとしている。 福岡での取り組みは、産学官が一体となって地域のコンテンツ産業を振 興するモデルケースとなりそうである。 (登坂 和洋:本誌編集長) http://sangakukan.jp/journal/ 24 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.5 2009 特集● 育て新人 コンテンツ産業新潮流 行政のさらに大きなアクションに期待 企業の自立的な経営の上に連携 福岡を世界的なゲーム産業の拠点にすることを目指している産学官(ゲーム企画・制作・ 販売会社、九州大学、福岡市)の連携組織「福岡ゲーム産業振興機構」の委員長は株式会 社レベルファイブの日野晃博社長。福岡の魅力、大学や行政との連携の意義についてイ ンタビューした。 Ⓒ 2008 LEVEL-5 Inc. 日野 晃博 (ひの・あきひろ) 株式会社レベルファイブ 代表取締役社長 レベルファイブ初のパブリッシャー作品「レイトン教授」シリーズ。国内外累計出荷本数 368 万 本を越える大ヒット作となった。 福岡市に本社を置き、ゲームの企画・制作・販売を手掛ける株式会社レ ベルファイブは、ゲーム文化の草創期に大ヒットした「ドラゴンクエスト VIII 空と海と大地と呪われし姫君」を開発したことで知られ、現在「レイト ン教授」シリーズなどヒット商品を送り出している。日野晃博社長は、九 州・福岡のゲーム会社の団体 GFF(GAME FACTORY’ S FRIENDSHIP)の会長、 また、産学官(GFF、九州大学、福岡市)で組織する福岡ゲーム産業振興機 構の委員長を務める。福岡を世界的なゲーム産業の拠点にしようという運 動の先頭に立つ日野社長に大学、行政との連携などについて聞いた。 −−−− GFF をつくった理由は? 日野 福岡市のゲーム企画・制作会社は、かつては統一して何かをやると いうことはありませんでした。福岡のゲーム会社を PR するため、2003 年 に株式会社サイバーコネクトツー、株式会社ガンバリオンと当社の 3 社で 初のイベント「GAME FACTORY FUKUOKA 2003」を開催しました。通常 1 社で行うイベントを「福岡をゲームのハリウッドに」を合言葉に、3 社で 協力して開催することでインパクトを出しました。 −−−−東京一極への集中が進んでいますが、ゲーム企画・制作では福岡は集 積地です。 日野 東京と比べると、時間の流れは比較的ゆったりしている半面、福岡 http://sangakukan.jp/journal/ 25 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.5 2009 には適度の都市機能があり、住みやすい土地です。大半の従業員は会社か ら 20 分前後のところに住んでいて、満員電車にもまれることもありませ ん。環境からくるストレスが少ないことは、ゲームづくりに良い影響を与 えています。 −−−−福岡でマイナスを感じたことはないですか。 日野 モノをつくったり、研究するのに何の問題もありません。むしろ、 創造的な仕事をするのに福岡はいい環境なのではないでしょうか。個人的 に仕事上、福岡−−東京間を行ったり来たりしなければなりませんが、東 京は好きな都市だし刺激もあるので、仕事にはとても適しています。 −−−−産学官連携の効果は? 日野 「官」が「ゲーム」というコンテンツに非常に協力的になってきました。 行政がさらに大きなアクションを起こしてくれることを期待しています。 現在のような産学官による地道な活動を続けていけば、大きな成果が出そ うな予感があります。大学との連携として、人材面では期待していますが、 まだ商品をつくる上でのコスト意識において、大学と企業の間に大きな隔 たりを感じますので、これをどう調整していくかが 1 つの課題です。 −−−−「福岡ゲーム産業振興機構」は人材対策に力を入れているようですね。 日野 当社は、昨年は募集の告知をしなくても 1,200 名ほどが訪れました。 −−−−貴社はゲーム業界の大手で、昨年 3 月から J リーグ 2 部(J2)に所属す るプロサッカークラブ「アビスパ福岡」のホームスタジアム「博多の森球技 場」 (福岡市所有)の命名権を獲得し、 「レベルファイブスタジアム」としまし た。こうしたことも人が集まる大きな要因かと思いますが。 日野 そういうこともあるかもしれませんが、業界全体で見ても、人材難 ということはありません。むしろ、業界の課題はビジネスチャンスを探し 出すこと、チャンスを逃さないということではないでしょうか。 −−−−潜在的な市場は大きい。それを開拓できる企業と苦戦している企業が あるということですか。 日野 ビジネスチャンスといいますが、今は、その糸口を見つけにくい状 況だと思います。今は「運よく当たる」ということはありません。ビジョン があり、それに基づいた製品を出して「当たるべくして当たる」という時代 です。 −−−−行政のさらなる支援を期待しますか。 日野 いろいろな連携はいいと思います。ただ、本当 に支援が必要なところはどこか、落ち着いて考えるべ きでしょう。じっくり考えて、ここはというところに 経営資源を投入し、そこを応援してもらうのはいい。 しかし、工夫の足りないところにお金をつぎ込んでも 効果が乏しい。支援してもらうということは、それに 対する責任を伴うということです。まず業界、個々の 企業の自立的な経営が基本で、その上での産学官連携 であると思います。 Ⓒ 2008 LEVEL-5 Inc. −−ありがとうございました。 聞き手・本文構成:登坂 和洋(本誌編集長) http://sangakukan.jp/journal/ 26 パブリッシャー作品第 2 弾「イナズマイレブン」 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.5 2009 特集● 育て新人 コンテンツ産業新潮流 オランダのゲーム産学官連携 九州大学知的財産本部は、オランダ・ユトレヒト地域のゲーム研究に関する企業、大学、 行政機関と連携・交流を深めている。同国では国家プロジェクトとしてゲーム産業振興 に取り組んでいる。エンターテインメントのゲームが中心の日本と異なり、同国ではシ リアスゲームと呼ばれる応用ゲームの制作が主流だ。国際的なゲームの産学官連携の狙 いは。 九州大学知的財産本部は、地元福岡でゲームの産学官連携を進める一方 で、2007 年以降、オランダのゲーム研究開発に関連する企業、大学、行 政機関と連携・交流を深めている。 きっかけは同本部国際産学官連携センター(UNIC)が、2007 年の東京 末次 宏成 (すえつぐ・ひろあき) 九州大学知的財産本部 国際産学官連携センター コーディネーター/芸術工学博士 ゲームショウにおいて、同国ユトレヒト地域でゲームの産学官連携が活発 に行われていることを知ったこと。そして、2008 年 3 月、オランダで本学 芸術工学分野のゲーム関連研究シーズの技術交流マッチングを行った。そ の後、次のように連携が展開した。 ・2008 年 6 月、オランダゲームフェスティバルに招待され、福岡のゲー ム産学官連携事例を紹介。 ・同年 9 月、本学のゲーム関連の公開講座にユトレヒト芸術大学の講師 を招いた。同月、ユトレヒト芸術大学アート・メディア&テクノロ ジー学部と本学芸術工学研究院が学術交流協定締結。学生の交換留学 へ。 ・同年 10 月、東京ゲームショウに前後して、ユトレヒトなど 3 地域から 産学官組織が本学を訪問。 ・2009 年 2 月、本学シンポジウムにユトレヒト芸術大学のゲーム研究者 を招いた(これを契機に九州大学ゲーム研究会が発足)。 こうした日蘭のゲーム国際交流が進んだ背景には、オランダでゲームに 特化した国家プロジェクトが動き始めていたことがある。ゲームを切り口 とした産業振興戦略を掲げ、関連する研究ニーズを求めていた。一方、九 州大学には芸術工学研究院のデザイン研究シーズがあった。 ◆国策としてのゲーム オランダにおけるゲーム産学官連携は、国家プロジェクトの数十億の補 助金がベース。目的は研究開発、人材育成、産学連携、中小企業支援、ベ ンチャー育成など多面的である。また、娯楽としてのゲームに限定せず、 ゲーム自体の領域拡大(シミュレーションなど異分野への適用)を目指して いる。 http://sangakukan.jp/journal/ 27 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.5 2009 ◆オランダゲーム産学官連携の特色 ユトレヒト地域のゲーム産業の特色は、専門分野(ゲーム業界の拡大、 技術開発、教育開発、人材育成、ベンチャー支援、企業支援など)を異に する数人のプロデューサーが、水平的に連携して産学官の交流の場(ゲー ムコミュニティ)をつくっていること。ユトレヒトのゲーム関連企業は 30 数社、その他の地域を合わせると同国には約 80 社あるが、世界的に有名な ゲーム会社は見あたらない。同国のゲーム制作はシリアスゲーム *1 に代表 される応用ゲーム分野が約 6 割を占めている。教育とか健康といったさま ざまな分野の人たちと連携してつくっていくゲームである。エンターテイ ンメントのゲームは残りの 4 割にとどまっている。 つまりオランダのゲーム産学官連携には、異業種、異分野との横断的な つながりを前提としたオープンな構図がみえる。 *1:シリアスゲームとは、娯楽 性の高いエンターテインメント ゲームでなく、社会性を一義と するより実用性とその効果、効 能 が 求 め ら れ る ゲ ー ム の 分 野。 脳トレやフィットネスなどの知 体力トレーニングから、各種実 用的なシミュレーション、そし て企業広告などコミュニケーシ ョン媒体など用途は多様である。 ユトレヒト地域を例にとると、国や自治体の補助金に対して、市の外郭 組織が連携する場をつくり、その資金を分配する。大学は、与えられた場 に対してさまざまな仕掛けやイベントを企画する。また、数百ある連携企 業から講師を招き入れ、研究教育プロジェクトを共同開発する。企業に対 しては、インターンシップ学生を送り出し、研究成果と単位を交換する。 企業は大学との連携で学生の斬新なアイデアや労働力を得るだけでなく、 企業に適した人材や新技術を確保し、開発力をつけ、新たなビジネスチャ ンスを獲得する。 この連鎖を生むユトレヒトの活動は、地域イメージを向上させ、新たな 企業誘致や投資の吸引力となる。 ◆今後の九州大学の取り組み 日本のゲーム業界は娯楽が中心。高い技術を持ちながらも、閉鎖的な ゲーム業界のイメージがあり、社会的認知度が低い。オランダのように、 ゲーム技術を異分野に適用させる展開力は、日本ではいまだ模索の段階と いえる。 九州大学は、オランダの革新的な展開力、推進力を参照し、国内のゲー ム業界に対する 1 つの産学官連携スキームを提示する立場にあると認識す る。また、本学独自のゲーム研究開発(制作)に取り組む予定である。従来 の商品としてのゲームから知的集合体としての研究分野に位置付けること で、ゲームの領域を拡大させる。まず、ゲームの効能や効果を科学的に検 証し、一般社会に提示する役割があると考える。 http://sangakukan.jp/journal/ 28 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.5 2009 連載 子どものインターネット利用問題解決のための社会システム開発(上) 携帯電話のインターネット機能から危ない情報 子どもの携帯電話利用に伴う事件やトラブルが増え、社会的関心事になっている。問題 はそのインターネット機能である。わいせつな写真や動画を見る、薬物やダガーナイフ のような凶器を入手する、危ない大人と知り合う−−などが子どもにも簡単にできてし まう。しかも親や教師に知られることなくできてしまう。事件やトラブルが起こると、 子育てや教育に責任を持たねばならない保護者や教師が困る。こうした図式がこの 10 年の間に出来上がってしまった。 下田 博次 ◆多様な携帯電話利用問題 平成 20 年から 21 年にかけて、わが国では子どもの携帯電話利用問題が 社会的関心事となってきた。教育再生懇談会や文部科学省は、小中学校へ の携帯電話の持ち込み原則禁止や携帯電話を持たせないよう提言をしたり、 (しもだ・ひろつぐ) 群馬大学 特任教授/ 特定非営利活動法人 青少年メディア研究協会 理事長 いくつかの地方自治体の教育委員会は「携帯持たせない」宣言を出すように なり、大阪府では知事が子どもの携帯電話所有や利用を問題視するという 事態にもなった。 こうした一連の動きの背後には、この 10 年の間に社会や学校で広がっ たさまざまな子どもの携帯電話利用問題がある。インターネットが使える i モード型携帯電話が高校生に向けて売り出された直後から、援助交際とい う名の少女売春が発生、その後もネット詐欺や不法請求など子どもたちが 携帯電話を使った犯罪被害、加害に巻き込まれていった。学校現場でも授 業中の携帯電話利用や盗撮などの非行逸脱行為、ネットいじめ問題などに 教師が悩まされるようになった。これらの諸問題は、援助交際ひとつとっ ても解決に至っていないばかりか、内容が多様化さえしている。 インターネット機能が搭載され年々進化する携帯電話は、思春期の子ど もらにとって魔法のつえのような働きをすることがあまり知られていない。 これを使えば、親にも教師にも知られること無く、禁じられたことがなん でもできる。わいせつな写真や動画を見ることもできるし、ご禁制の薬物 やダガーナイフのような凶器も簡単に入手できる。危ない大人と知り合っ て、売春や詐欺など悪事を働くことさえやすやすとできる。これまでの長 い子育ての歴史のなかで、親はもちろんのこと社会の大人たちが思春期の 子どもたちに「こんなものを見てはいけない」とか「そんなことをしてはい けない」と禁じてきたことが、すべてできてしまう。それも親や大人に気 付かれること無くできてしまう。そういう道具なのである。 今やいわゆるケータイを手にした思春期の子どもらは、従来親の目を気 にしてできなかったことでもできてしまう。だから子どもは喜ぶし、子ど もが喜んで使ってくれれば業者はもうかる。しかし思春期の子どもらが禁 じられてきたことをやすやすとする結果として、事件やトラブルが増える。 http://sangakukan.jp/journal/ 29 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.5 2009 そのため最後は、子育て教育に責任を持たねばならない保護者や教師が困 る。そうした図式が、この 10 年間に出来上がってしまった。 この子育てや教育をする上で保護者や教師を困らせる図式、すなわち子 育て教育の営みにリスクを発生させる構図は、なぜ生まれたのか。まず第 1 の原因は、携帯電話の商品設計、売り方に問題があったと思う。具体的 には、携帯電話にフィルタリング無しでインターネット機能が搭載され、 高校生らに向けて安価に売り出されたことである。これにより子どもを見 守り育てる保護者や教師の頭越しに危ない情報や危ない人物、危険な物品 を、いつでもどこでも子どもにつなげてしまうことができる情報メディア 環境が、短期間に形成された。 第 2 の原因は、その子育て教育上のリスキーな商品特性を保護者や教師 が理解できなかったことである。そのため気が付いたら、思春期の子ども の健全育成にとって厄介な情報社会環境ができていた。そうした子どもの 携帯電話問題は、日本に特有な現象である。 ◆インターネット時代の市民教育プログラム 2004 年 1 月のことだが、私たち(ねちずん村:NETIZEN Vil. という前橋 の市民学習サークル)は、ニューヨークから高校生とご両親を招いて群馬 大学の講堂でささやかな市民国際交流会を行ったことがある。そのときは、 英国からも子どもとメディアの研究者やその友人らも参加し、地元前橋か らは PTA の役員や教員さらには大学生や高校生らも出席した。 この「子どものインターネット利用に関する市民国際交流会」では、日米 の子どもらのインターネット利用環境の違いがはっきりした。簡単に言え ば、日本の青少年は携帯電話からインターネットの情報環境を使うのに対 して米国の高校生らはパソコンからインターネットの各種メディア機能、 情報の利用を行っている。また思春期の子どものネット利用では、米国の 保護者はまずパソコンにフィルタリングをかける。そのうえで、最初は子 ども部屋への持ち込みを許さず、パソコンを居間に置いて使わせるなど、 子どもを見守り指導する。このような営みをペアレンタルコントロールと 呼ぶが、日本では、このペアレンタルコントロールの努力はほとんどみら れない。それが 2004 年の交流会の時点で確認された。特にぺアレンタル コントロールの難しい携帯電話からのインターネット利用では、フィルタ リングをかけるという発想も無く、見守り指導も難しい。そうしたことが、 ニューヨークの高校生や保護者、英国のメディア研究者らとの交流で、群 馬県の保護者や教員にも分かった。 そのような日本の子どものインターネット利用の特異な状況を理解した 保護者、教員と私の研究室(群馬大学社会情報学部下田研究室)は群馬県庁 と協力して、インターネット時代、とりわけ携帯電話からのインターネッ ト利用時代の子育て教育のための啓発活動やペアレンタルコントロール能 力を学ぶ教材開発、講座開設を行うようになった。この講座は、その後 PTA や教員のための市民インストラクター養成講座に発展する。群馬県で は、この市民インストラクター養成講座を卒業した PTA や教員らが「知っ http://sangakukan.jp/journal/ 30 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.5 2009 た人から知らない人へ」を合言葉に市民による市民のための「インターネッ ト時代の子育て教育運動」を始めた。 このような動きは、群馬県にとどまらず鳥取県や茨城県、京都市、広島 市へと広がりつつある。携帯電話ばかりでなく、パソコンやオンライン・ ゲーム機でも子どもらがインターネットをする時代に、このような市民教 育の早急な拡大が必要と私ども(NPO 法人青少年メディア研究協会)は考 え、平成 20 年度から独立行政法人科学技術振興機構社会技術研究開発セン ターの委託事業として「子どものインターネット利用・見守り指導活動支 援システム(CISS:Civil Instructor Support System)」の開発に着手す ることになった。 CISS は子どもたちのインターネット上の情報、コミュニケーション行動 を見守り、注意し、指導するための人材養成プログラム(ペアレンタルコ ントロール・プログラム)と、その種の教材による人材の養成や活動を支 援する情報通信システムである。さらに言えば、地域で活動するそれらの 人材と教育・青少年育成に関する行政組織が問題解決のための情報を共有、 協働する仕組みをつくるためのインフラ・システムである。 地域で養成された子ども IT ボランティア(市民インストラクター)は、例 えば通称「学校裏サイト」やプロフ(自分のプロフィールを作成・公開でき るサービス)、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)と呼ばれる ネットの遊び場等における子どもらの受発信を見守り、その内容を判断し 危険な情報、コミュニケーションが行われている場合は注意、警告を行う。 さらにそのような見守り活動の経験の過程から得られた知見をデータベー ス化、コンテンツ化し地域の保護者や学校関係者に向けて情報提供や啓発 活動を展開するのである。次回は、この CISS 開発の具体的展開状況につい て報告する。 http://sangakukan.jp/journal/ 31 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.5 2009 若手研究者に贈る特許の知識 基礎の基礎 第 4 回 外国で特許を取る 日本で取得した特許は日本国内でしか効力がない。特許の効力が及ぶのは取得した国の 領土内に限られるからである。米国では「先願主義」ではなく「先発明主義」を採用して いるので注意が必要だ。 ◆外国で特許を取る意味 特許権の効力は「属地主義」といって、取得した国の領域内に限られる。従っ て、日本の特許は日本国内でしか効力がない。一方、米国特許を取れば米国本 土はもちろんアラスカ州、ハワイ州、グアム島、サイパンでも権利が及ぶ。当 然、侵害行為があれば差し止めできる。属地主義とはそういうものである。 他方、欧州特許(EPC 特許)を取得したからといっても、指定国にしか権利 は及ばない。欧州特許は、ドイツのミュンヘンにある欧州特許庁(EPO)で審 秋葉 恵一郎 (あきば・けいいちろう) 東京工業大学 グローバル COE コーディネーター/志賀国際特 許事務所 調査部/元 住友化学 株式会社 知的財産担当部長/ 技術士(化学部門) 査を行うが、パスした特許権は指定国特許の束であるという約束の特許だから である。 物やサービスが国境を越えてどんどん広がるグローバリゼーションの下で は、外国特許の取得は欠かせない。従って、以下の場合には外国出願を検討す べきだろう。 ・外国に競合会社がある場合 ・外国に輸出する計画がある場合 ・外国で現地生産する場合 ・外国企業への技術移転を考えている場合 ただし、時間的な制約がある。日本出願と同様な内容の外国出願ならば、日 本出願から 1 年以内に出願する必要がある。翻訳に一定時間を取られるので、 翻訳期間も考慮して外国出願の要否を決定し、準備を進めなければならない。 ◆米国で特許を取る 1.先発明主義 今の時代、わが国企業は世界市場を視野に入れてビジネス展開しているの で、上記の「外国」には必ず米国が含まれてくる。米国で特許を取る場合、明 細書の記載方法、特許になる発明の要件や特許庁での手続きにさほど差はない が、米国では “早い者勝ち” でも先に発明したかどうかが問題になる。 「先願主 義」ではなく、 「先発明主義」を採用している。 この「先発明主義」は、同じ特許が 2 つ出願された場合、発明日が先である者 に特許権を付与する制度のことだ。先発明主義は、発明してからすぐに出願手 続きができない個人発明家が不利を被らないようにする制度で、米国の伝統が 大きく反映されている。競合出願による “先発明の争い” になれば、証拠として 発明日を確定するために “実験ノート(ラボノート)”を提出する必要がある。 なお、この「先発明主義」には、企業が大きな費用を投じて新技術を製品化 http://sangakukan.jp/journal/ 32 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.5 2009 した後に、個人発明家から突然「私が先に発明して取った特許がある」として、 訴訟を起こされるという別の問題があるため問題も多い。 欧州各国をはじめそのほかの国々では、日本同様に特許の出願日が早い者に 特許権を与える「先願主義」を採用しているので「先発明主義」を採用している のは世界中で米国のみである。 2.米国にも先願主義へ移行する動き しかし、先発明者と名乗る者が突然現れてライセンス料を要求する “サブマ リン特許”(潜水艦が海面から急に顔を出す様子からこう呼ばれる)が生まれ、 特許侵害だと言われた当事者が困り果てる事件が少なからず起こっている。先 取消 “サブマリン特許” が出てくれば、そ 特許 発明日が先のその技術を包含する 出願 発明 に 同 様 な 技 術 で 特 許 を 取 っ て も、 A 特許権 の特許の支配を受ける。 「権利の安 定性が損なわれる」とか「費用の重 荷に耐えかねる」といった不満が出 B 特許 出願 発明 て、先発明主義を否定する動きが Bが先発明者と確定すれば、 Bに特許付与される。 ここにきて出てきた。こうした背 景の下、米国では、先願主義へ向 けた特許法の改正案が議会へ提出 された。現在、改正案は、両院司 法委員会で承認されて一部修正を 受け、本会議に上程されるところ 特許権者が変わってしまい、発明を利用していた第三者まで影響を受ける ★発明日の確定が困難で、先発明者の確定手続(先発明の争い:インターフェアランス)に おいて多大な費用、期間及び労力を要する。 (先発明の争い:インターフェアランス ) A 着想 まできている。ただし、今のとこ ろは修正された改正案は、純粋な 先願主義というわけでなく、発明 をして先に発表した者と先に出願 した者とが競合した場合、後願で あっても先発表者を優先するとい う “先発表主義” を規定している。 先発明主義は、18 世紀末に採用 実施化 B 着想 着想日や実施化努力を、実験ノートや証言等で証明することが必要。 実例:ポリプロピレン事件 自動車(バンパー等) ・家電製品・包装フィルム等に使用される合成樹脂の特許。 モンテジソン社 出願 1955 ◆欧州で特許を取る EPO に特許出願をして特許が認 められると欧州主要国で特許を 受けたことになる。ただし、特許 を取得する段階で権利取得する国 の言語の翻訳文を提出する必要が あった。例えば、ドイツで権利取 得する場合にはドイツ語の特許の 翻訳文を提出しなくてはならな フィリップス社 出願 1953 特許取消 インター フェアランス 於特許庁 裁判 ①特許権不安定 特許 1983 於裁判所 期間終了 2000 ②先発明者確定に 20 年以上 数社で先発明を争い、いったんモンテジソン社が特許取得。最高裁まで争った結果、最終的にフィリップ ス社が先発明者として特許取得(サブマリン特許) 。モンテジソン社の特許は無効となった。この時点で出願 から30年が経過し、日・欧では既に対応特許の有効期間が終了していたが、使用者(大多数の日本の樹脂メー カー)はフィリップス社に新たにロイヤルティを支払う義務(米国市場用)が生じた。 (http://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/shingikai/21_san01.htm を元に一部改変) 【実験ノート】 ・米国の先発明主義の下では、日本の研究室で行われた研究成果も先発明の証拠になる。このあたりが米国 のフェアさである。しかし、米国でインターフェアランスに巻き込まれた際に証拠として利用するラボノー トには、耐久性が要求される。耐久性は、ノートに示された発明の関連特許が失効(20 年)し、当該特 許に基づく提訴期間(6 年)までの期間(26 年+アルファ)を基準として、最低 30 年以上は持つもので あることが望まれると言われている。 ・ラボノートには、第三者によるサインおよび日付の記入が不可欠である。第三者は通常、研究・開発の管理者、 同僚等である。 ・近年、電子データに記録・保存することが広く行われているが、ソフトの信頼性、書き換え可能性から証 拠能力が不足しており、あまり使用されていない。 かった。フランスではフランス語 http://sangakukan.jp/journal/ 特許 1973 発明の先/後の決定 米国の伝統的な考え方だが、審議 えるかもしれない(図 1)。 NO:A が先発明者 実施化 されて以来、長い歴史を経てきた 結果によっては、先発明主義が消 YES:B が先発明者 実施化へ向けて熱心に努力? 図 1 先発明主義の考え方 33 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.5 2009 の翻訳文、オランダではオランダ 出願 語の翻訳文が必要になり、その分 費用負担が増えていくものであっ サーチリポート た( た だ、2008 年 5 月 以 降 に 特 許 付与された公用語(英、独、仏)に (公用語(英、独、仏)で作成し指定国を指定。 日本出願日から 1 年以内) 出願公開 (出願日(または優先日)から 18 カ月経過後公開) 審査請求 (サーチリポートの公開後 6 カ月以内または出願と同時) よる特許は、ロンドン協定を批准 拒絶理由通知 した 13 カ国では翻訳文の提出が不 意見書・補正書 要になった)。特許取得までの手続 拒絶査定 特許付与通知 きは図 2 に示される。 (特許付与料、印刷料納付) 特許 審判請求 異議申立 (特許付与日から 9 カ月以内) 各指定国への移行 (拒絶査定通知から 2 カ月以内) 拒絶確定 (翻訳文については前述) (出願日から 20 年) 権利満了 図 2 欧州特許庁での手続き ◆外国で特許を取得する手続き 諸外国において、特許を取得したい場合、従来は a.日本に特許出願する b.1 年(優先期間)以内に所望の外国に直接に特許出願する という手順を踏んでいた。上記 b. では、費用は国の数に比例した出願経費が 必要となる。 この手続きの煩雑さを避け費用を節約する要請から、1 個の特許出願で世界 の主要な国のほとんどに対して出願した効果が得られる “PCT 国際出願” 制度が できた(図 3)。この制度を利用することにより、 a.日本に特許出願する b.1 年(優先期間)以内に PCT 国際出願をする c.日本の出願日から 30 カ月以内に所望の外国に移行手続きを取る という手順でよくなり、初期費 用や手間を大幅に削減できるよう 各国(A 国、B 国、C 国)へ直接出願する場合 になった。 PCT 国際出願による場合 日本出願 日本出願 特に、近年は PCT 国際出願に対 同左 する料金の優遇制度が充実してき 優先権主張 (1 年以内) ているので、4 カ国程度以上であれ ば、総費用としても安くなる場合 A国 B国 PCT国際出願 C国 国際調査 がある。 国際公開 なお「国際調査報告」 「国際予備 審査報告」という特許性調査の結果 国際予備審査 を見た後に目的とする外国への出 願手続きを取ることができるので、 A国 最近では PCT 国際特許出願は大幅 B国 C国 各国移行 図 3 外国特許出願方式と PCT に増えている。 http://sangakukan.jp/journal/ 30 カ月 34 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.5 2009 連載 起業支援 NOW −インキュベーションの可能性 いんざい産学連携センター 事業化を目的とした2 つの研究会が始動 千葉県北西部の印西市が 2006 年 6 月に開設した「いんざい産学連携センター」 (写真 1) は、地元にキャンパスのある東京電機大学情報環境学部と連携した施設。ビジネス・イ ンキュベーションのほか、企業の技術相談などに応じている。昨年秋からは産学の交流 に力を入れている。交流の中から、事業化を目指す研究会が相次いで誕生した。 印西市は千葉県北西部の自然環境に恵まれた都市である。人口はお よそ 6 万 5,000 人。3 市 2 村にまたがる千葉ニュータウンの面積の約 6 割が同市にある。市の北部、利根川沿いに JR 成田線が走り、その木 下駅近くに市庁舎、警察署などがある。市の中央を東西に貫く北総鉄 道・北総線の沿線にニュータウンのマンション群が点在する。ニュー タウンの開発に伴って大型商業施設などが進出し、にぎわいを増して きた。 同センターは北総線・千葉ニュータウン中央駅から徒歩 3 分ほどの 写真 1 いんざい産学連携センター ところにある産学官連携施設である。活動を始めたのは 2006 年 6 月。 新産業創出をうたっており、ビジネス・インキュベートの部屋が 10 室あ る。また、入居企業以外の企業向けに起業相談や技術相談に応じているほ か、住民への情報発信機能も持っている。 ◆電機大と市が連携 東京電機大学が千葉ニュータウン中央駅近くにキャンパス用地を確保し、 2001 年、ここに情報環境学部を設置した。そして、2006 年 2 月、同大学 と印西市は産業、教育、文化、まちづくり等の分野で連携協力することに 合意。これが同センター開設に結び付いた。 同センターの事業は印西市が東京電機大学に事業委託する形で始めた。 土地と建物は独立行政法人都市再生機構(UR 都市機構)と賃貸契約を結ん で使用している。同大学はその後、NPO 法人の「TDU いんざい産学官支援 ネットワーク」を設立し、同ネットワークが現在、同センターを運営する 指定管理者になっている。 印西市とその周辺地域は、製造業の基盤は必ずしも強固とはいえない。 ニュータウンの住民も東京都内や千葉市などの近隣都市に通う人が大半で、 地域産業の求心力は強くない。いんざい産学連携センターはオープンして まだ 3 年足らずで、率直に言って、試行錯誤の段階のように見える。 入居企業は現在 8 社。東京電機大学発ベンチャー企業の株式会社ダイマ ジック(本社:東京都千代田区神田練塀町 3 番地 富士ソフト秋葉原ビル 12 階)もその 1 つだ。 ◆集う人の層を厚くする 昨年 5 月から同センターのインキュベーションマネージャーとして活動 している小松原進氏(写真 2)は「新事業創出、地域活性化に関心を持って http://sangakukan.jp/journal/ 35 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.5 2009 ここに集まる人たちの層を厚くしたい。そのために交流、議論の場をつく りたい」という方針だ。 昨年 11 月、産学官の交流の会(いんざい産学連携センター交流会)をつ くった。現在、会員は 20 社(企業・機関)を超えた。 ■小松原氏の話 「交流会は年 4 回の開催。多様な考えを持った人が集まり、自然発生 的にいろいろなことが起きるような場にしたいと考えている。昨年は、 当インキュベーション施設の最初の卒業認定企業で、バイオ関連ベン チャーの日環科学株式会社の事例発表や、東京電機大学情報環境学部 の最先端技術紹介(感性工学による 3 次元描写、超分散によるデータ リカバリー、高度精密 3 次元測定等)セミナーを行った。セミナーの 後の懇親会は会員同士だけでなく、大学の先生やゲストの方々との活 発な交流ができたと思う。交流会の盛り上げにはボルドーワインも一 役買っている。大学の先生や専門家の方はワイン好きだ」 写真 2 いんざい産学連携センター インキュベーション マネージャー 小松原 進 氏 今年度の交流会は、最先端の信号処理技術で画期的音響システムを開発 した入居企業のダイマジックの浜田晴夫教授のセミナーや、産業技術大学 院大学の石島辰太郎学長の講演(今秋)等を予定している。 ◆最適な技術、ビジネスモデルを探す また、小松原氏は最近「情報技術を活用した新しい農業ビジネス研究会」 と「実践 SNS コラボ研究会」という 2 つの事業化研究会を立ち上げた。この 研究会は期間を 1 年間(月 1 回の会合を 12 回)と定めて事業化の研究を行 う。 ■小松原氏の話 「いずれも交流会を通じて、東京電機大学情報環境学部の先生と会員 企業により自然発生的にできたもの。研究会は毎月 1 回開催。新しい 製品や技術そして有望なビジネスモデルをどのように事業化(具体化) するかを、1 年を区切りとして研究する。新しい試みなので、今後ど のような形で進んでいくのかまだ予測もつかないが、成功・失敗の両 方を検証して最適なものを探していくつもりだ。近い将来、この研究 会からダイマジックのような入居企業やその予備軍が生まれてくるの が楽しみ」 □ □ 産業基盤の弱い小さな自治体では、ビジネス・インキュベーション施設 をつくって「起業したい人を募ります、お手伝いします」と PR しても、機 能させるのはなかなか難しい。まして、印西市のように東京圏のベッドタ ウンとなると「地域産業振興」という旗印で集められる人も限られる。しか し、前述のようにベッドタウンであるが故に、都内の大企業や官公庁に通 う人も多く、人材が豊富ともいえる。この地域では、都心と成田空港を 30 分台で結ぶ成田新高速鉄道が 2010 年度中の開業を目指している。同鉄道 は首都圏東部−千葉ニュータウン−成田市−成田空港という鉄道の新しい ルート。また、北千葉道路が一体整備されている。こうした条件を活かし て、多様な人々の交流、議論を巻き起こそうという小松原氏の挑戦は興味 深い。 (登坂 和洋:本誌編集長) http://sangakukan.jp/journal/ 36 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.5 2009 科学技術シンポジウム「イノベーション誘発のための研究開発戦略」 JST 研究開発戦略センター 5 周年 科学技術イノベーション政策の提案など 3 つの成果 独立行政法人科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)は、 設立5周年を記念して4月21日に一橋記念講堂で科学技術シンポジウム「イ ノベーション誘発のための研究開発戦略」を開催した。第 4 期科学技術基本 計画の策定が議論されつつある中、この 5 年間に蓄積してきた CRDS の成 果を紹介するとともに、CRDS が提唱する「科学技術イノベーション」の実 現に向けて、どのように研究開発戦略を立案すべきか、産学官を代表する 科学技術シンポジウム 「イノベーション誘発のための 研究開発戦略」 日時:2009 年 4 月 21 日(火) 13:00 ~ 17:40 会場:一橋記念講堂 (東京都・千代田区) 主催:独立行政法人 科学技術振興機構 参加者とともに議論した。 最初に、この 4 月に就任した吉川弘之 CRDS センター長が、イノベーショ ンを誘発するためには、新しい知識を生みだし、その知識の使い方を考え、 社会に定着させることが重要であるとあいさつした。続いて泉紳一郎文部 科学省科学技術・学術政策局長と金澤一郎日本学術会議会長から、イノ ベーション誘発がこれからの科学技術政策の大きなステップであり、CRDS の貢献を確信している、との力強い言葉をいただいた。 ◆第 3 期科学技術基本計画にも強い影響 セッション 1 では CRDS の活動成果を報告した。まず、国の研究開発戦 略を担う CRDS の 5 年間の歩みを、前センター長の生駒俊明キヤノン株式 会社取締役副社長が紹介した。主な成果として (1)科学技術イノベーショ ン政策の提案 (2)国が重点的に支援すべき科学技術分野・領域・課題の抽 出方法の提示 (3)社会ビジョンとニーズからの重点科学技術分野の抽出方 法の提示の 3 つが挙げられた。以下これらについて詳細な報告が行われた。 (1)については丹羽邦彦 CRDS 上席フェローから紹介した。イノベーショ ンのプロセスをモデル化した Step & Loop model、科学技術イノベーショ ンが実現する様子を生態系になぞらえた「ナショナル・イノベーション・ エコシステム」の概念を確立し、重要な政策課題を提言した。これらの取 り組みは、第 3 期科学技術基本計画にも強い影響を与えた。また、イノベー ションが起こりやすい新興融合分野として、難問解決のための新たな分野 が示された。 (2)については有本建男 CRDS 副センター長が説明した。研究者との意見 交換を通じて科学技術分野を俯瞰(ふかん)し、海外の状況と比較して日本 の位置付けを明確化するという CRDS 独自の手法について紹介した。また (3)について、生活の質の向上と地球規模問題の解決を例に取り、社会ニー ズと重要科学技術領域・課題とのマッチング方法について概説した。 さらに(3)についてのもう 1 つの例として、国際的な産業競争力の視点 からの検討成果を、安藤健 CRDS 上席フェローが紹介した。日本が強い素 材産業だけでは獲得できない、より大きな価値を付加し、国際貢献をする http://sangakukan.jp/journal/ 37 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.5 2009 ためのアンブレラ産業と、その構成要素を提供するエレメント産業を定義 し、各研究分野で萌芽(ほうが)しつつある新科学技術と連接させ、研究開 発戦略を立案するための手法を説明した。 ◆産学官が連携した All Japan 体制の重要性 セッション 2 では、榊原定征東レ株式会社代表取締役社長から「イノベー ションの担い手は誰か−国・大学・企業の役割」と題して講演があった。 産学官の連携として 3 つの事例紹介があったが、その 1 つの炭素繊維につ いては、2010 年 3 月就航予定のボーイング 787 は、全体の 50%が東レの 炭素繊維となり「黒い飛行機を世界に飛ばす」という「研究者の夢」が、40 年後に実現したこと。また、40 年間にわたる研究開発投資による連続赤字 の裏で、日本政府からの継続的な支援が東レを高性能炭素繊維市場におい て世界 20%のシェアとなるまでに押し上げたことが紹介された。その経験 から、産学官が連携した All Japan 体制の重要性を指摘し、個々の優れた技 術や成果を統合したソリューション(“コト化”)とする知のデザイン化が提 案された。さらに基盤となる人材育成と研究レベルの強化のための具体的 な取り組みの必要性も指摘された。 ◆「価値の発見」に目を向けるべき セッション 3 は、相澤益男内閣府総合科学技術会議議員、生駒俊明キヤ ノン株式会社取締役副社長、中村道治株式会社日立製作所取締役、野依良 治理化学研究所理事長、松本紘京都大学総長をパネリストに、岩瀬公一文 部科学省科学技術・学術総括官、西本淳哉経済産業省大臣官房審議官をコ メンテーターに迎え、有本 CRDS 副センター長を司会に、総合討論を行っ た。野依理事長は、自身の研究を鑑(かんが)みつつ「事実の発見」だけで なく、 「価値の発見」に目を向けるべきことを述べられた。パネリストから は産学官の異質な研究者や技術者の「交配」、All Japan 体制のイノベーショ ンプラットホームの構築を進め「組織の壁」を超えることの重要性などの意 見が出された。また、イノベーションに対する大学の主導的な取り組みや 質の高い人材を育成する教育システムの抜本的な強化が提案された。さら に、科学技術政策からイノベーション政策への転換に向けて、科学技術イ ノベーションの定義を明確にした上で、議論することが重要であるとの指 摘があった。 最後に北澤宏一 JST 理事長が、府省連携による iPS 細胞の研究推進を例 に、一層の連携強化を強調し、幕を閉じた。 (治部 眞里:独立行政法人科学技術振興機構 経営企画部 特命事項戦略調整担当 主査 福田佳也乃:独立行政法人科学技術振興機構研究開発戦略センター 環境技術ユニット フェロー) http://sangakukan.jp/journal/ 38 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.5 2009 ★ 8 年前に米国オースティンにある ATI(オースティン・テクノロジー・インキュ 新産業発展を願って ベーター)を訪問した。鉄道の衰退で寂れていた都心部が、IT 企業誘致で息を吹 き返しつつあった。入居者が数年でビジネスに成功し、得られた知財権をすべて 売却、別のテーマに挑戦するため再入居していた。そこで私自身が利用していた ソフトの開発者に面会した時「もうあれは売り払った」と言われ、開いた口がふ さがらなかった。重電機器業界で同じような品物を 40 年間作ってきた私は、IT の世界では製品寿命が数年という厳粛な事実に感銘した。今回の特集で紹介され た機関はこの数年の間に生まれたのが多い。しかし ATI のように発展の一途をた どってほしい。もちろんそれで町おこしも・・・。 (編集委員・稲村 實) ★忙しくなると、ほかのことを行いたくなるのが人の常。私の場合にはわずかな 時間をみつけて本屋に駆け込み買うことが今の楽しみだ。そんな中に「洋菓子の 経営学」 (森元伸枝著)という本がある。神戸にはおいしいスイーツを販売する店 がたくさんあり、年に何回かはお世話になる。そのような店が集積している理由 の 1 つがパティシエを育てる仕組みがあること。親方が自らの持っている技術を 弟子に伝えるわけだが、弟子は独立しても同じものを作らないことが暗黙の了解 としてあり、親方は心配せずに技術を伝えることができ、そこにイノベーション が生まれるとしている。人材育成の基本はこの人について習うこと。大学院の恩 師の言葉「守・離・破」を懐かしく思った。 (編集委員・遠藤 達弥) 人材育成の基本 「守・離・破」 ★今月号のお勧めは、国際的な映像作家で早稲田大学で後進の指導に当たってい コンテンツビジネスに 温かい視線を る安藤紘平氏の「産学連携でハリウッドに挑む」だ。映画への思い、映画制作シス テムの分析と危機感、若い才能を育てなければという責任感、そして早稲田への 誇りが感動的に伝わってくる。自分の考えていることを人に「伝える」という、文 章術を超えた表現者の迫力を感じる。 省庁の報告書などでコンテンツビジネスに対する大きな期待が表明されてい る。しかし、各地のコンテンツビジネス振興の取材、記事編集を通じて感じたこ とは、ここでも東京一極集中の影響が大きいことと、こうしたビジネスに対する 理解が進んでいないことである。行政機関、大学だけでなく産業界においてもそ うだ。温かい視線が何よりの応援になるだろう。 (編集長・登坂 和洋) 産学官連携ジャーナル(月刊) 2009年5月号 2009年5月15日発行 編集・発行: 独立行政法人 科学技術振興機構(JST) イノベーション推進本部 産学連携展開部 産学連携担当 編集責任者: 藤井 堅 東京農工大学大学院 c Copyright ○2005 JST. All Rights Reserved. 問合せ先: JST産学連携担当 要、登坂 〒102-8666 東京都千代田区四番町5-3 TEL :(03)5214-7993 FAX :(03)5214-8399 技術経営研究科 非常勤講師 39 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.5 2009
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