Vol. 6 No. 4 2010 2010年4月号 Journal of Industry-Academia-Government Collaboration http://sangakukan.jp/journal/ ハードディスク革命 岩崎俊一博士の30年 年間 5 億台= 3.7 兆円の世界市場を独創技 術が塗り替えた。記録容量を驚異的に拡大さ せてきた「水平」磁気記録方式はついに限界 を迎えたが、そのはるか 30 年前に「垂直」 方式の完璧なコンセプトが提示されていた。 特集 2 図書館のビジネス支援 全国銀行協会による新連載 ニュービジネス創出・育成に向けた銀行界の役割 CONTENTS ●巻頭言 「持続発展する豊かな中部」の実現を目指した産学官連携について 川口 文夫 ................ 3 ●特集 ハードディスク革命 岩崎俊一博士の30年 ●磁気記録の研究を追究して生まれたテーマ −研究費に「成果」で応え社会貢献− 岩崎 俊一 .................. 4 田中 陽一郎 .................. 9 −将来の実用化を見据えて長期間継続− 村岡 裕明 .................. 13 ●一徹に「垂直」の旗を振り続けた 松尾 義之 .................. 16 ●次世代「垂直」の完璧なコンセプト −「水平」が限界を迎える 30 年前の先見性− ●大学で進めるべき研究の貴重な成功例 ●特集 2 図書館のビジネス支援 ●課題解決型サービスとして広がる 山崎 博樹 .................. 19 ●軽量シャッター補強材の製造販売を事業化 沢田 克也 .................. 22 ●PCB の新しい分解法など 2 特許を取得 岩井 昭雄 .................. 24 ●市場を肌で感じる海外旅行のススメ 輸出目指す中小企業の皆さまへ 大塚 玲奈 .................. 26 中村 宏 .................. 28 小川 幸彦 .................. 31 金 承鶴 .................. 34 全国銀行協会 金融調査部 .................. 36 ●地域産業と技術開発のワンストップ窓口 −東京海洋大学の水産海洋プラットフォーム− ●七尾市経済再生プロジェクト 〜人材育成・地域資源・場〜 ●農学系高度人材を養成 アグロイノベーション研究高度人材養成事業 ●連載 ニュービジネス創出・育成に向けた銀行界の役割 第 1 回 関係者からの銀行への期待 ●編集後記.................................................................................................................................................................. 39 http://sangakukan.jp/journal/ 2 産学官連携ジャーナル Vol.6 No.4 2010 ●産学官連携ジャーナル 川口 文夫 (かわぐち・ふみお) 社団法人中部経済連合会 会長 ◆「持続発展する豊かな中部」の実現を目指した産学官連携について 昨年のわが国の経済は、前年秋以降の世界的な金融危機の影響を受け、急速な後 退を余儀なくされた 1 年でありました。ここにきて、わが国経済においては、景気 の持ち直しの動きが見えてまいりましたが、自立性が乏しく、失業率が高水準にあ るなど、依然として厳しい状況が続いております。一方、中部地域におきましても、 生産や輸出などに下げ止まりから反転に向かう動きが見られ、全国同様に景気は持 ち直しの動きが見えてまいりましたが、個人消費の低迷や厳しい雇用・公共投資環 境に加えて、円高やデフレの影響などの不安材料もあり、回復のテンポはまだまだ 鈍いものとなっております。 私ども中部経済連合会(以下、中経連)では、このような厳しい経済情勢から、い ち早く抜け出し、景気回復への足取りを確実なものとするためには、将来をしっか りと見据えた基本設計図を描き、それを着実に実行していくことが重要であると考 えております。 そのための大きな柱は、この地域の特徴であり同時に強みでもある「ものづくり」 を中心とした産業の振興であります。この「ものづくり」はこれまでも時代の変化に 対応しながら、その中身を高めてまいりました。現在の難局を乗り越え、これから も中部地域が発展していくためには、さらに「ものづくり」技術のイノベーションを 創出し、さらに既存産業の高度化・複合化、時代を担う新産業の創出・育成等を適 切に図る必要があります。そのためには産学官連携による取り組みを今まで以上に 強化しながら、先端産業分野の振興をはじめ、先端研究機関・企業の誘致や次代を 担う人材の育成について、積極的に推進していくことが必要であります。 これまで中経連では、中部 5 県(愛知、岐阜、三重、静岡、長野)と名古屋市の首 長、主な大学の学長、主な国の機関の方々と「中部産業振興協議会」を開催しており ますが、今後はさらに産学官連携を図り、諸課題に対して取り組んでまいりたいと 考えております。 具体的には、今後も昨年 3 月に本格稼働いたしましたナノ構造研究所(名古屋市) の研究活動を支援し、ナノテクノロジーを基軸とした産業の振興をはじめ、航空宇 宙産業、ロボット関連産業、バイオ・医療・健康長寿関連産業などの振興・誘致や 育成を積極的に推進してまいります。さらに、本年 10 月には名古屋市で生物多様性 条約第 10 回締約国会議(COP10)が開催されます。私ども中経連では支援実行委員 会の一員として、積極的に事業に携わるとともに、この地域の持つ「ものづくり」の 技術によって培われてきた環境技術などを世界に発信する好機として、地域と連携 しながら、中経連独自の事業を展開する予定であります。一方、 「ものづくり」をしっ かりと支え、この地域の国際競争力を維持させていくためには、中部国際空港の 2 本目の滑走路をはじめとする「社会資本整備」が必要不可欠なものであります。今後 はさらに実現に向けた地域一丸となった取り組みを推進してまいります。このほか にも、わが国と地域の競争力と生産性を向上させる「地方分権改革・道州制への移 行」なども中経連の重要な課題の 1 つであります。 私ども中経連では、 「世界的な産業・科学・技術の中枢拠点」として「持続発展する 豊かな中部」の実現を目指し、今後さらに広域的な地域の経済団体として、諸課題へ の取り組みを加速してまいります。 http://sangakukan.jp/journal/ 3 産学官連携ジャーナル Vol.6 No.4 2010 特集● ハードディスク革命 岩崎俊一博士の 30 年 磁気記録の研究を追究して生まれたテーマ −研究費に「成果」で応え社会貢献− 2005 年に東芝が世界で初めて垂直磁気記録方式のハードディスク装置(HDD)製 品を世の中に送り出してから 5 年。各国メーカーから新製品として市場に投入される HDD は、従来の水平磁気記録方式から垂直磁気記録方式に切り替わった。 垂直磁気記録方式を開発したのは東北工業大学理事長(元東北大学電気通信研究所長) の岩崎俊一博士。1977 年に米国のインターマグ会議で垂直磁気記録方式の最初の論文 を発表、1980 年にはその基本形態を確立した。長い歳月を経て、水平磁気記録方式 HDD の記憶容量の限界を打ち破り、新しい時代を迎えた。小型、大容量の HDD がイン ターネットシステム、クラウドコンピューティングを支えている。世界の HDD の市場 規模は、年間約 5 億台、3.7 兆円(2007 年)。この巨大市場を 1 人の研究者の独創技術 が塗り替えたわけである。 岩崎博士は、垂直磁気記録方式の開発による高密度磁気記録技術への貢献が認められ、 このほど、財団法人国際科学技術財団から 2010 年(第 26 回)日本国際賞(ジャパンプ ライズ)を贈られた。その授賞理由にはこううたわれている。 「磁気記録の原点に立ち戻って究明することにより、①高密度記録を行うためには媒 体面に垂直磁化モードが有効であることの発見、②垂直磁化膜を水平磁化層で裏打ちし た二層構造により形成すれば高感度化が達成できる、という画期的な発想、および ③ 磁性薄膜を用いた垂直型磁気ヘッドの開発、などにより、1977 年に世界で初めて、高 記録密度に向けた垂直磁気記録方式を実現することに成功した。これにより、それまで さまざまな方策を講じて延命が図られた水平方向記録から垂直磁気記録への大きなパラ ダイムシフトを現実のものとした」 垂直磁気記録方式の実用化に至る道のりは平たんではなかった。水平の記録容量が増 大する過程で、産業界や学会が垂直に関心を寄せなくなった時期もあった。しかし、岩 崎研究室の出身で、東芝で世界初の垂直磁気方式 HDD を開発した田中陽一郎氏は、水 平方式が現実の限界を迎えるはるか 30 年も前に、次世代を担う方式の完璧なコンセプ トを提示されたとみる。 独創技術はどのように生まれ、どんな道をたどって実用化に至ったのか。岩崎博士に その研究、技術、実用化、研究資金などについて伺った。 http://sangakukan.jp/journal/ 4 岩崎 俊一 (いわさき・しゅんいち) 東北工業大学 理事長 聞き手・本文構成: 登坂 和洋 (本誌編集長) 産学官連携ジャーナル Vol.6 No.4 2010 ◆研究の経過 私は 1951 年に大学で研究生活を始めました。最初のテーマは永井健三 先生が 1938 年に発明された録音のひずみをなくす交流バイアス磁気録音 方式についてでした。そのメカニズムを研究した結果、当時の常識を超え る大振幅磁界のもとで動作しているという新しい解釈が生まれ、それに基 づいて 1960 年に発明したのがメタル(合金粉末)テープです。当時として は画期的な性能を持つ記録媒体でした。 メタルテープは今も使われていますが、水平型記録での高密度化には磁 性層を薄くしなければならないという原理上の制約があり、早晩解決を迫 られるものと考えていました。こうした予測と、それを解決するための模 索を十数年積み重ねた結果、到達したのが垂直磁気記録で、その実現に至 る経過を整理したものがこの図(図 1)です。 垂直磁気記録の実現に至る経過(1951 ∼ 1980) 岩崎 俊一 1.仙合金材料の調査 1951 年 2.ACバイアス記録機構の解釈 1955 年 3.合金粉末(メタル)テープの開発 1960 年 4.高密度記録理論の展開 1968 年 永井研究室試料(1938 年∼) 大振幅印加磁界による解釈 鉄・コバルト合金粉末(永久磁石材料) セルフコンシステント磁化理論 磁気光効果を用いた解釈 5.回転磁化モードの観測 1975 年 垂直磁化成分の検出 (インターマグ会議発表) 6.コバルト・クロム垂直異方性媒体の発見 1975 年 磁気光材料の中から 7.垂直磁気記録方式の発表 1977 年 単層膜媒体 記録(単磁極) 、再生(リング)ヘッド (インターマグ会議発表) 8.垂直磁気記録基本形態の確立 1980 年 二層膜媒体(垂直・面内複合膜) 記録/再生(単磁極ヘッド) 垂直−面内記録間の相補性確認 (MRM会議発表) 図 1 垂直磁気記録の実現に至る経過(1951 〜 1980) 垂直磁化の発想に至った時、幸運にも、並行して行っていた磁気光記録 の実験の中からコバルト・クロム合金による垂直磁化膜を発見しました。 これに基づいて、その後、垂直記録の研究は着実に展開しました。 私が垂直磁気記録方式について最初に発表したのは、1977 年 6 月、米国 ロサンゼルス市で開かれたインターマグ(国際応用磁気学会)の国際会議で す。1980 年には垂直磁気記録の基本形態が確立し、MRM(磁気記録材料) 会議で発表しております。すなわち、垂直・面内複合膜の二層膜媒体を用 い、単磁極ヘッドで記録・再生を行う方式です。基本原理としての垂直− 面内記録間の相補性(コンプリメンタリティー)も確認しました。 ◆実用化への道のり 2005 年 5 月、東芝が世界初の垂直磁気記録方式ハードディスクを搭載し http://sangakukan.jp/journal/ 5 産学官連携ジャーナル Vol.6 No.4 2010 た音楽プレーヤーを発売しました。これが垂 直方式の最初の産業化です。2006年にはシー ゲート社(1 月)、日立 GST(5 月)さらに富士 通(12 月)が相次いで製品化しました。1977 年に私が提唱してから 28 年かかっています。 28 年間は、企業をベースに考えると長いか もしれません。しかし、独創的な革新技術が 企業によって事業化されるのに 20 年くらい かかるのは歴史的に見ても当たり前です。ま た、各社がほぼ同時に製品化し巨大な市場を つくり上げた理由は、次のような研究体制に 基づいています。 私は垂直磁気記録の着想を得た後、1976 年に日本学術振興会に「磁気記録第 144 委員 会」を創設し、2 カ月に 1 回研究委員会を開 き、委員長として大学と企業の共同研究を指 導してきました。その原理や指向している方 向は間違っていないという確信を持っていま したから、委員会の人たちを元気づけるため の議論をずっとやってきました。だんだん進 歩し成熟していくのがお互いによく分かりま した。私があきらめなかったから、みんなつ いてきてくれたんだと思います。うれしいことに、一緒にやってきた私の 弟子、仲間たちが、実際につくって、私に見せたいという気持ちになった、 と後で言ってくれました。 ◆独創技術 垂直磁気記録方式という研究テーマは、図 1 のように磁気記録の基礎的 な研究を段階的に追究していく中で、おのずと見つかっていったものです。 いわば、水平の研究を極限まで突き詰めていく中でそれ以外に方法はない という形で出てきたテーマです。そのため垂直記録の原理、記録媒体、磁 気ヘッドはすべて新しい発想に基づくものになりました。まさに日本の独 創技術と言えることを、私は誇りに思っています。 世間では、私の垂直磁気記録方式の研究は、 「世の中の流れがそうなって いて、最初から研究の目的が明確であった。だからそれなりの成果が出た」 と思われているようですが、そうではありません。 現在の科学技術政策を見ると、文部科学省だけでなく各省庁で研究支援 のいろいろな仕組みができて、重点課題ごとに予算がつき、研究者がその 中で研究を分担して進めていくというふうに見えます。これでは研究者の 責任感の範囲が限られ、工業を興すという気構えは起きないでしょう。研 究予算を増額しても、わが国の国際競争力が低下する一方なのは、このよ うな施策にも原因があると私は考えています。 http://sangakukan.jp/journal/ 6 産学官連携ジャーナル Vol.6 No.4 2010 ◆研究資金 当時、文部省の研究資金は、科学研究費補助金だけで、特定の重点課題 を示すという制度はなかったように思います。しかし、成果の出た研究に は研究費を出すという姿勢ははっきりしていて、私たちの研究の価値は十 分に評価され、当時としては破格の研究費を受けました。それを整理した のがこの表(表 1)です *1。この表で研究費に対する成果を明確に対比して いるのは、その配慮に対して責任を果たすという私の気持ちの表れでした。 多くの研究費が配分され、今になって社会、産業界に対し、それに見合う 貢献ができたと考えています。 *1:1982 年 3 月 に 出 し た 東 北 大学電気通信研究所シンポジウ ム「垂直磁気記録」論文集に寄稿 した「垂直磁気記録−その研究経 過と将来−」に掲載。 表 1 垂直磁気記録方式の研究経過 年度 研究組織 成果 研究費(垂直記録関係) 昭和47年度 (1972) - テープ内回転磁化モデルの提案 ’72インターマグ(京都) - 昭和49年度 (1974) - 回転磁化モードの確認(垂直磁化への変換) Co-Cr垂直記録媒体の発見(R.F.スパッタ法により作成) - 日本学術振興会 昭和50年度 磁気記録研究委員会 (1975) (研究開発促進事業) (50.6. 発足) 垂直磁化利用の可能性指摘 ’75インターマグ(ロンドン) リングヘッドとCo-Cr膜による記録、再生 垂直ヘッド(単磁極型)の実験 ・文部省科学研究費 一般研究A (14,500千円) ・放送文化基金 ( 7,000千円) 同上 昭和51年度 第144委員会(Ⅰ期) (1976) (51.8. 発足) 垂直ヘッド(補助磁極励磁型)の施策 一般研究A (11,200千円) 試験研究 ( 2,200千円) 昭和52年度 同上 (1977) 垂直磁気記録方式の提案 ’77インターマグ(ロサンゼルス) 一般研究A (16,000千円) 昭和53年度 同上 (1978) 100kBPIの記録を確認(ビッター法) 垂直ヘッドによる記録、再生(2層膜媒体による) 一般研究A (12,000千円) 特定研究 (22,606千円) ・放送文化基金 ( 4,000千円) 昭和54年度 同上 (1979) フレキシブル・ディスク装置施策 2層膜媒体(Co-Cr/Ni-Fe) ’79インターマグ(ニューヨーク) 一般研究A ( 7,500千円) 特定研究 (36,100千円) 昭和55年度 同上 (1980) パネル討論会“長手記録対垂直記録” ’80インターマグ(ボストン) 200kBPIの記録、再生を確認 特定研究 ( 1,241千円) 昭和56年度 第144委員会(Ⅱ期) (1981) 垂直記録関連報告17件(20%) ’81インターマグ(グルノーブル) 狭トラック(10μm巾)の記録、再生 (科研費合計 123,347千円) (放送文化基金合計 11,000千円) 2006 年に世界の主要メーカーが垂直磁気記録方式によるハードディス ク装置(HDD)の生産を開始し、HDD の世代交代が進みました。2010 年に は世界で生産される HDD のすべてが垂直方式になると予測されています。 今年、その市場は最大で 6 兆円になるとも予測されています。さらに垂直 磁気記録の発明によって、世界的に HDD だけでも十数万人の雇用、ライフ ログなどの新しい学術研究や生活スタイルなどが創出されています。 垂直磁気記録技術の寄与は現代の生活・文化にとどまらず、歴史的観点 から見れば「文明」にも及ぶものだと考えています。 膨大な情報の記録が可能になった HDD は、後世にとっての「ロゼッタス トーン」の役割を果たすことでしょう。個々の知識や経験という「財産」を もらすことなく記録し後世に伝えることが可能となり、同時に「個人の知 識(価値)」が高められた新時代が開かれていきます。それは社会にとって 価値観の再構成を伴った、いわば「IT 文明」の形成とも言えるでしょう。 私はこのような事業化の成功例を、イノベーションの実例として世の中 http://sangakukan.jp/journal/ 7 産学官連携ジャーナル Vol.6 No.4 2010 に分かりやすく示さなければならないと思っています。それは研究者に対 する最も強力な支援にもなるでしょう。 ◆技術は科学の父 科学技術政策は、将来の展望だけではなく、今使えるものをつくり出す ことも目的とすべきでしょう。 「科学は技術の母」ですが、また「技術は科学 の父」です。今の社会の雇用と経済を支えている垂直磁気記録技術はこの 実例の 1 つなのです。科学技術が今使えるものをつくり出している実績は、 将来への投資(科学技術政策)に対する社会の理解を深めるでしょう。 垂直磁気記録に関しては、自分が発明した技術が、工業生産されること で多くの人々の生活を支え、また、その製品が極めて多くの人々によって 使われていることに研究者冥利(みょうり)と言える喜びを感じています。 また、この発明が工業を活性化して、多くの国の人々に働く場を与え、今 の経済危機を克服する上でわずかでも役立っていることは望外の喜びです。 平成 18 〜 19 年にかけ、各社は垂直型 HDD を量産するに当たって、私に 対して記念の盾や製品を贈ってくれました。写真 1 は私が理事長を務めて いる東北工業大学での展示の様子です。贈呈者は、東芝の西田厚聰社長、 日立 GST の中西宏明会長、富士通の古村一郎副社長およびシーゲート社の W. ワトキンス社長(いずれも当時の職名)たちです。 4 社からの贈呈は、この仕事が明らかにオープンイノベーションである ことを示しており、産学連携の在るべき姿を示すものと自負しています。 また本学の学生にとっては、日本が生んだ先端技術の生きた教材になって いると思います。 このたび私が、財団法人国際科学技術財団の 2010 年(第 26 回)日本国際 賞(ジャパンプライズ)を受賞したのは、垂直磁気記録が示す科学的な寄与、 独創性と、その結果の社会における効果を総合して決定されたと伺いまし た。この 2 つの価値観の統合と言えます。 その意味で、今回の日本国際賞受賞は大変名誉なことです。垂直磁気記 録方式が産業化されて 5 年、HDD 市場を塗り替え、ここまで大きな市場に なった現在、あらためて評価していただけることは、わが国の科学技術の 世界にとっても意義のあることだと思います。 写真 1 東北工業大学ギャラリーでの展示写真(左から東芝、日立 GST、富士通、シーゲート社) http://sangakukan.jp/journal/ 8 産学官連携ジャーナル Vol.6 No.4 2010 特集● ハードディスク革命 岩崎俊一博士の 30 年 次世代「垂直」の完璧なコンセプト −「水平」が限界を迎える 30 年前の先見性− 世界で初めて垂直磁気記録方式のハードディスク装置を世の中に送り出したのは東芝。 そのチームを率いた田中陽一郎氏は、垂直方式を提唱した岩崎俊一博士の門下生。実用 化の過程で、垂直磁気記録のいろいろな様式を試した結果、岩崎博士が最初に考案され た基本構造が最も優れた性能を示すことが分かったという。 岩崎俊一先生の日本国際賞受賞を心よりお祝い申し上げます。また、本 田中 陽一郎 誌に寄稿する機会を頂きましたこと、大変光栄に思い感謝申し上げます。 垂直磁気記録方式の発明とその産業化は、磁気記録の歴史の中において 最初の大変革です。ポールセンによる鋼線式録音機の誕生以来 100 年近く にわたり、磁気テープもハードディスク装置(HDD)も、磁化を記録媒体 (たなか・よういちろう) 東芝アメリカ情報システム社 Vice President, R&D, Storage Device Division (テープやディスク)の面に寝かせた形で信号を記録する面内磁気記録方式 が使われてきました。垂直磁気記録は、これまで続いてきた磁気記録の歴 史を新たな世紀につなげさらに延伸する役割を担う新しい記録技術です。 ◆垂直磁気記録研究に導かれて 岩崎先生は面内磁気記録方式の記録密度限界の現象探索の中で、1975 年に垂直磁気記録方式の発明に至りました。私が垂直磁気記録の研究に 導かれたのは、岩崎先生が垂直磁気記録方式の論文を初めて発表された 1977 年の 3 年後、ちょうど岩崎研究室が新しい記録方式を世の中に出そう と非常に熱気にあふれていたころでした。 研究室に入りたての未熟な学生の私にも、面内磁気記録の限界から垂直 磁気記録の発明に至った考え方と過程を、素直に受け入れることができた ことを思い出します。面内磁気記録の欠点を克服したというより、極限で 起きる現象から、記録磁化がどうなるのが自然かを岩崎先生が読み取られ たという印象でした。それだけ、垂直磁気記録の考え方が自然の理にか なっているように思えたのです。 実は、実用化開発が佳境に差し掛かった時、あらためて驚いたことがあ ります。私どもは、実際に製品として実用化するまでの開発過程で、垂直 磁気記録のいろいろな様式を試したのですが、結局は岩崎先生が最初に考 案された基本構造が最も優れた性能を示すことが分かったのです。しかも、 岩崎先生が垂直磁気記録方式の最初の論文を発表されてからわずか 2 年の 間に、垂直磁気記録の実用化に必須となった 3 要素のすべてを岩崎研究室 が考案していたのです。それは単磁極垂直記録ヘッド、CoCr 垂直磁気異方 性記録媒体、それに軟磁性裏打ち層構造の 3 つです。岩崎先生は研究室で 「神が教えてくれた」とおっしゃったことを思い出しますが、まさに早い段 階から自然の理を読み取られ、あるべき構成にたどり着いていたというこ http://sangakukan.jp/journal/ 9 産学官連携ジャーナル Vol.6 No.4 2010 とだと思います。 ◆研究の Guiding Principle 私は学生として岩崎先生より研究のご指導を賜りました。企業に入って からも実用化開発を進める過程のさまざまなところで、岩崎先生が体現さ れた真理を実感することが多々あり、その度に自然の現象に耳を傾けるこ との大事さを学びました。 岩崎先生は、1980 年に面内磁気記録と垂直磁気記録の相補的関係につ いて論文で提唱されています。これは、面内磁気記録の限界探求から垂直 磁気記録の発明に至る過程で、磁気記録としてのあるべき構成、特性、性 能の関係が見事な相補的関係にあることを見いだされたものです。 面内磁気記録では、記録密度が低い状態では 1 つ 1 つの記録磁化が細長 い状態を維持できるので安定です。しかし、高密度記録では隣接した記録 磁化が互いに反転させようとする力が大きくなり磁化を弱め合ってしまい ます。垂直磁気記録では対照的に記録密度が高まるほど隣り合う磁化が安 定します。記録密度を高めることが目標ですので、開発の過程では記録密 度の低い状態を無視していました。ところが、いくら高い記録密度で性能 の良い媒体を試作しても、低い記録密度における磁化のくずれが記録媒体 としての安定性や信号品質を阻害することが分かりました。実は、これが 垂直磁気記録を実用化する上での肝でした。面内磁気記録と相補的な関係 を見直すと、垂直磁気記録では当然低い記録密度で最悪条件になります。 磁石の理です。 私たちは、垂直磁気記録の実用化には低記録密度の悪条件での磁化安定 性確保が不可欠と判断して、新しい媒体磁性材料の開発に注力しました。 ヒステリシス曲線の角形性に優れ、エネルギー積の大きな安定な媒体を目 指したわけです。まさに、相補的関係の理解から現実の方向性が導かれた のです。 CoCr 垂直磁気異方性記録媒体の結晶構造を基本に据え、私どもは CoPtCr 系磁性材料からなる高エネルギー結晶微粒子を酸化物粒界が取り囲む、新 しい構造の垂直記録媒体を開発しました。この材料は、当初は面内磁気記 録媒体の候補として取り組んだ材料でしたが、十分な特性を得ることはで きませんでした。ところが、垂直磁気異方性を持たせるべく Ru 下地層を採 用して試作した結果、望んでいた優れた磁気特性を示したのです。面内磁 気記録の媒体開発では成功しなかった成膜条件や材料が、垂直磁気記録媒 体開発で真価を発揮しました。磁性材料がどう成長したがっているのか、 自然の現象に耳を立てて聞いた成果だと思っています。 垂直磁気記録 HDD の開発を進めるにあたり、私どもは初期段階から HDD に実装して性能を検証する方法をとりました。当時は垂直磁気記録技術の 可能性は認識されていても、HDD 製品として成り立つか検証されておりま せんでしたから、記録装置として現実の性能を確認することがとりわけ重 要でした。面内磁気記録 HDD と垂直磁気記録 HDD 試作品を、記録装置と しての性能で比較することができるようになりました。両方式の HDD 性能 http://sangakukan.jp/journal/ 10 産学官連携ジャーナル Vol.6 No.4 2010 を対比すると、記録装置としても互いに相補的な関係を示すことが明確に なりました。記録原理の本質が相補的であるのですから後で考えれば当然 ですが、その性能結果を目の前にして、あらためて俯瞰(ふかん)的に本質 を見ることの意義を体感しました。 ひとたび両者の相補的関係の在り方が理解できるようになると、本質的 な性能を伸ばす方向と、やってはいけない方向が見えてきます。新しい記 録技術を製品に搭載し完成させるためには、多くの技術的困難に直面しま す。それが、物理に反したことを開発しようとした結果の困難さなのか、 単に工学(エンジニアリング)上の困難さなのか、よく見極めなければなり ません。初期に垂直磁気記録の可能性について、未熟な性能を理由に批判 的に論じた論文がありましたが、2 つの問題を混同した結果だったようで す。私どもが解決に取り組んだ技術問題もそのほとんどが工学的な課題で したので、迷うことなくチャレンジができました。記録装置として面内記 録と垂直記録の関係を俯瞰的に見られるようになると、理にかない進むべ き方向が明確になりますから、多少の工学的な課題に直面しても方針が揺 らがなくなります。 1 つの例は、ヘッドとメディアのスペーシング(間隔)に関する議論です。 垂直磁気記録は面内記録に比べスペーシングの影響が大きく極端にスペー シングを下げないと使えない、と早い段階から多く の指摘を受け、私自身も悩んでいたころがありまし た。実用化のネックと長い間言われ続けました。 Perpendicular ところが、低い記録密度でも安定な垂直磁気記録 媒体を作り上げることができた瞬間、このスペーシ ング問題は逆の表情を見せます。最悪条件でも安定 に記録できる媒体は、単磁極垂直ヘッドとの組み合 わせで、驚くことにスペーシング変動にも強い素晴 らしい性能を示したのです。記録装置として面内と 垂直両方式の HDD を対等に比較することから見いだ された結果でした。両方式の相補的な関係を完成さ せる大きな事象の発見に興奮したことを記憶してい ます。 そのほかにも、高温での熱揺らぎ現象に対する磁 化安定性や低温における記録特性など、垂直磁気記 録の優れた特性が次々と見いだされました。岩崎先 生が 1980 年に提唱された面内磁気記録と垂直磁気記 録の相補的関係と、私どもが製品開発過程で体得し た記録装置としての特徴を合わせて表したのが、表 1 です。 「余計な知識(枝葉)を捨てた時、真にあるべき考え (幹)が真っすぐに伸びてつながっていることが分か る」岩崎先生がヒマラヤ杉にたとえて学生の私に諭さ れたことがありました。条件が整っていない不十分 http://sangakukan.jp/journal/ Complementary relationship and performance-related features in HDD integration between perpendicular recording and longitudinal recording 11 Longitudinal Original findings of complementary relationship [1] λ → 0, Hd → 0 λ → 0, Hd → 4πM Head Single pole-type Dipole (Ring)-type Medium Perp. Anisotropy Longi. Anisotropy Thick d Thin d High Ms, High Hc Low Ms, High Hc Signal Digital (Sat.) Analog (non-Sat.) Rec. Method (FM, PCM) AC Bias Method Erase DC Field AC Field Ref [1] S. Iwasaki, “Perpen dicu lar magnetic recordin g,” IE EE Tr ans . Magn., vol. 16, pp. 71-76, 1980 Performance-related features in HDD integration Media High squareness Low squareness (Uni-axial orientation) (Pseudo-2D random ori.) With soft underlayer Recording layer only Thermal Good at high density Good at low density Stability - Controlled by H n Write Process Medium in write flux path Medium outside of path - Efficient writing - High frequency writing - Wide temperature range Low spacing sensitivity High spacing sensitivity - Relaxed spacing - Narrow spacing required Sharp transition Narrow erase band - High TPI servo writing Read Process High output Low output - High SNR - Good tracking servo - Relaxed head sensitivity - High head sensitivity required Narrow reading Wide reading Signal With DC component Without DC component Channel Positive coefficient PRML Negativ e coefficient PRML 表 1 面内磁気記録と垂直磁気記録の相補的関係 産学官連携ジャーナル Vol.6 No.4 2010 な実験結果や他人の情報で、幹となるべき考え方がゆがんでいないか、製 品開発におけるこれらの経験は岩崎先生の Guiding Principle の重要性を体 現するに十分な出来事でした。 ◆垂直磁気記録 HDD の実用化と意義 私ども東芝では、いち早く記録装置として垂直磁気記録方式の開発に着 手し Guiding Principle に沿った開発を行いました。その結果、2005 年 5 月 に世界で初めて垂直磁気記録方式 HDD 製品を世の中に送り出すことに成 功しました(図 1)。これは研究開発の到達点と言うよ りも、磁気記録技術により新しい世紀を切り開く社会 的な出発点だと考えています。最初の製品の記録密度 は 133 ギガビット/平方インチでしたが、最新の弊 社 HDD ではその約 4 倍の 540 ギガビット/平方イン チに到達しました。コンピューターはもちろん、企業 用サーバーやストレージシステム、モバイル、車載機 器分野まで、IT 社会全体の進化を支える重要な役割を 担っています。 垂直磁気記録方式の発明から実用化まで30年がたっ 図 1 世界初の垂直磁気記録方式 HDD 東芝 1.8 型磁気ディスク装置(MK4007GAL と MK8007GAH) ています。30 年を要したと考えるのではなく、面内磁気記録が現実の限界 を迎えるはるか 30 年も前に、次世代を担う垂直磁気記録方式の完璧とも言 えるコンセプトを出されたのだと考えています。このような先見性はほか を見回しても類を見ないのではないでしょうか。 また、岩崎先生は垂直磁気記録方式の発明当初に出願された特許を、産 業界に広く公開されています。社会の発展を第一に考えられたこの非常に 重要なご決断が、産業界における記録装置の実用化研究開発を加速するこ とにつながったと考えています。 垂直磁気記録方式の HDD 実用化から 5 年、新製品として市場に送り出す HDD のすべては、既に垂直磁気記録方式に切り替わりました。情報爆発と 呼ばれるほどの勢いで進化する IT 社会の中で、垂直磁気記録が人類の生み 出す価値を世界中で記録し後世に伝える役割を果たしていることを思う時、 岩崎先生の人類社会への貢献の大きさが計り知れないものであることを実 感します。 このたびの岩崎先生の日本国際賞受賞は、情報記録技術に携わる学術界、 産業界の研究者、技術者にとって大きな励みであるだけでなく、新しい世 紀を切り開く気概を与えてくださるものだと考えます。 http://sangakukan.jp/journal/ 12 産学官連携ジャーナル Vol.6 No.4 2010 特集● ハードディスク革命 岩崎俊一博士の 30 年 大学で進めるべき研究の貴重な成功例 −将来の実用化を見据えて長期間継続− 東北大学電気通信研究所教授の村岡裕明氏は、学部の 4 年から大学院の計 6 年間、垂直 磁気記録のテーマ一筋で、当時の岩崎俊一教授の指導を受けた。村岡氏は、垂直方式は 磁気記録を磁気エネルギーの側面からとらえたことがポイントで、革新的な考え方だっ たと指摘する。30 年近くに及ぶ長期間の研究を経て実用化した垂直磁気記録方式は、 大学が進めるべき研究の貴重な成功例ともいう。 岩崎先生の日本国際賞のご受賞を心よりお祝い申し上げます。 私は、誠に幸運なことに昭和 50 年 4 月に岩崎研究室に 4 年生として配属 になりました。幸運と申しますのは、この年のわれわれの学年は本格的に 村岡 裕明 (むらおか・ひろあき) 東北大学電気通信研究所 教授 垂直磁気記録の卒業研究テーマをいただいた最初の年だったからです(1 年 上の先輩が 1 人だけでしたが記録ヘッドの研究をしていたので正確には 2 年目でしたが)。 私自身はその後垂直磁気記録のテーマ一筋で大学院の 5 年間を含めて計 6 年間、岩崎先生のご指導を受けることができ、昭和 56 年に垂直磁気記録 で初めての学位をいただきました。誠に僭越(せんえつ)ながら私がこの原 稿を書かせていただけるのはひとえにこの垂直磁気記録の誕生とほぼ同時 期に先生の研究室に入り、そのご指導を受けることができたという偶然に よるものと思います。 ◆ヘッドと記録媒体を自前で試作 当時の岩崎先生は常に物静かでおられましたが、草創期の垂直磁気記録 に没頭され実験を非常に大事になさっておられました。岩崎研究室では垂 直磁気記録のための基本デバイスであるヘッドと記録媒体を完全に自前で 試作することができました。薄膜材料を成膜してヘッドや記録媒体をデバ イスとして作製し、それを組み合わせて記録特性を測定することができた ということです。現在の磁気記録研究でこれができる大学の研究室は世界 に存在しないでしょう。 今にして思えば、理想的な磁気記録の研究教育の環境が当時すでに実現 されていました。垂直磁気記録という新しい地平を切り拓いていく研究を、 実験優先で進める先生の見識だったと思います。これは研究を非常な勢い で進歩させ、同時に学生の教育に絶大な効果を発揮しました。研究室の中 ですべてのデータを取ることができ、次の実験をするにもすぐにヘッドや 媒体を自分たちのアイデアを入れて作ることができました。 自ら作ったデバイスが世界最高の性能を発揮するのを目の当たりにでき るチャンスがあるのは、学生にとって最高の教育効果でした。岩崎先生は この研究環境を作り上げてくださり、毎日朝と夕方に実験室に足を運ばれ http://sangakukan.jp/journal/ 13 産学官連携ジャーナル Vol.6 No.4 2010 学生のデータを 1 つ 1 つじっくりと見てくださいまし た。静かなお話しぶりなのに、データの細部に至る まで何 1 つ見逃さない厳しいディスカッションだっ たことを思い出します。 ありがたかったのは学生が一生懸命やった実験 データはいつも重視してくださり、その本質が何か をじっくり教えてくださいました。卒業した学生た ちが実験を大事にする気持ちを持ち得ているのは先 生のおかげと思います。 ◆エネルギーの側面からとらえる革新性 岩崎先生が先導された垂直磁気記録に至る道は、 磁気記録を磁気エネルギーの側面からとらえたこと 筆者の学位論文から引用した当時の垂直磁気記録の測定デー タの一例。横軸が記録密度で縦軸は読出し出力。右ほど高密 度で出力が減衰しない特性が望ましい。ところどころにある 出力の極小点が当時の垂直磁気記録では特徴的だった。 が本質だったと思います。岩崎先生の最初の発明は 高密度ビデオ用のメタルテープですが、これは大きいヒステリシス曲線で 高い BH 積を持つ高エネルギー永久磁石の発想です。この磁気記録とエネ ルギーの関係は当時まったく革新的な考え方ではなかったかと思います。 この基本的な理解は目覚ましいもので、その後デジタル磁気記録におけ る記録ビットの磁気エネルギーの議論から、長手記録の記録分解能と再生 信号振幅との間にある反磁界と記録層の厚さについての本質的な葛藤(かっ とう)が導き出され、これを解決するために垂直磁気記録の発明を生み出 したのだと思います。最近では、長手記録から垂直磁気記録への転換を決 定付けた熱エネルギー擾乱(じょうらん)による記録ビットの磁化消失も、 結局は磁気エネルギーによって理解されることはよく知られている通りで す。 ◆強固な指導原理を持って研究を推進 垂直磁気記録の 30 年近くに及ぶ長期間の研究を経ての実用化は、大学に は重要な事例となります。最近の研究は大きな資金を投じることはあって も長期間の継続性を特徴とするものはなく、短期間で成果を出すことを要 請しているように見受けられます。本来は岩崎先生が主張なさるように 20 年とか 40 年とかかかるものでも短期間の成果を求められますので、その都 度、成果を見せなければならず方針がぶれてしまって、研究の的確な蓄積 と技術の成長が止まってしまう恐れがあります。 確かに、垂直磁気記録は最初の数年で骨格が出来上がりました。しかし、 その後世の中が追い付くのに時間がかかったのです。まず垂直磁気記録を 実現する周辺技術の成熟のための時間が必要だったと思われます。垂直磁 気記録の主要デバイスの工業的な成熟度を高める時間も必要でした。この 長期間を岩崎先生が持ちこたえたのは強固な指導原理を持って研究を推進 してこられたからだと思います。企業では 30 年もの将来に成果を見据えて 一貫した研究を遂行することは大変困難と思われ、大学で進めるべき研究 の貴重な成功例に思えます。 http://sangakukan.jp/journal/ 14 産学官連携ジャーナル Vol.6 No.4 2010 ◆大きな規模と波及効果 一方で、岩崎先生の垂直磁気記録の研究は東北大学の「実学」を具現化し た実例の 1 つでもあると思われます。役に立つ研究をするというのは時に 研究者には厳しいことです。役に立たなければ、いかに研究者の興味が深 くても、大学の公的な立場で資金と人的リソースを費やして行うべきでは ないと理解されるからです。 垂直磁気記録の貢献は、その普及の規模の大きさと情報処理産業におけ る広い波及効果の 2 つの面で実学として際立っています。前者は現在の年 間数億台のハードディスク装置の生産をすべて垂直磁気記録に置き換えた 事実を申し上げれば、その市場と雇用の大きな規模をお考えいただけるこ とで十分かと思います。後者は、ハードディスク装置は家電製品などのよ うなスタンドアローン製品ではなく、情報ストレージシステムとしてコン ピュータとネットワークをつかさどる情報処理技術全般の中で統合されて いることでの成果です。 さらに、この情報処理技術は人類の知的活動そのものです。これまでの 書籍などの古典的情報源のようにばらばらに集積されたデータとは異なり、 膨大な情報量がハードディスク装置の中にあるおかげで互いに結び付いて 高速情報処理されることが可能となり、新たな知を生み出す情報源として 再構築されようとしていると思われます。 垂直磁気記録はそのもっとも重要なコア技術である情報ストレージ技術 の基礎を成す実学として、30 年を経て東北大学から世界を舞台に大きく開 花しました。 昭和 52 年度の卒業式後に岩崎研究室の修士修了生と学部卒業生が岩崎先生を囲む。 左から 2 人目が岩崎教授、その左が筆者。 http://sangakukan.jp/journal/ 15 産学官連携ジャーナル Vol.6 No.4 2010 特集● ハードディスク革命 岩崎俊一博士の 30 年 一徹に「垂直」の旗を振り続けた 岩崎俊一博士が米国の国際会議で垂直磁気記録方式を提唱したのは 1977 年。当時から 博士を知る科学編集者・ジャーナリストの松尾義之氏が、その魅力、実用化までの 30 年、 垂直方式の歴史的意義を軽快につづる。 ◆ 30 年以上前の仙台通い 岩崎俊一先生に初めてお目にかかったのは、私が日本経済新聞社に入っ てすぐの 1977 〜 78 年ころだった。当時の(日経)サイエンス編集部は、東 北大学とほとんど交流がなかった。初の工学部出身者ということもあり、 先輩から「君が東北大担当だな」と指名されて、日本オリジナルの解説論文 を書いてもらうべく、上野発の特急列車で仙台に通い始めた。東北新幹線 は開業前だった。最初の仙台訪問でお会いした先生方のお 1 人が、当時、 東北大学電気通信研究所教授の岩崎先生だった。 電気通信研究所なのに、なぜか岩崎先生は白衣姿だった。永井健三博士 の交流バイアス法から始まり、東北大学における磁気記録研究の歴史を、 事細かく説明していただいたと記憶する。東北大学の輝ける磁気記録研究 の歴史を語り、その伝統の中から垂直磁気記録が生まれ出たことを、伝え たかったのだと思う。 当時の磁気記録、つまり VTR も含めたテープレコーダーは、磁気テープ の水平方向に微小磁石を並べるもの。これに対して、岩崎先生が提唱した 垂直記録方式は厚み方向に並べていく。論理・アイデア・原理は極めて明 快、確かにそれが実現できれば、記録情報量は飛躍的に増大する。これは すぐにでも実現しそうだ、と若い私は確信した。ただ、垂直方式のアイデ アは、先生より先に考案した人物がいるという。しかし、磁気テープへの 記録という現代技術の中で、垂直方式を合理的に考案したのが岩崎先生と のことだった。だから後に、岩崎先生は垂直磁気記録の「父」と呼ばれるの である。 松尾 義之 (まつお・よしゆき) 株式会社白日社 編集長/ 東京電力科学誌「イリューム」 編集長 ◆原稿は試作品ができてから さて、私の課題は「原稿をいただくこと」だが、岩崎先生は「待ってほし い」とおっしゃる。聞けば、富士通だったかと試作品の共同開発が始まっ たところで、せっかく(日経)サイエンスに原稿を書くのなら、それが形に なってから、とのこと。当時、私の方も成果を厳しく要求されていて、仙 台まで出掛けておきながら、原稿をもらってこないとは何事か、としから れた。でも仕方ない。書くけれど待ってほしい、というのだから、こち らも押すわけにはいかないのだ。それから間もなく、増本健先生に「アモ ルファス金属」を 78 年 8 月号に書いていただき、辛うじて面目を保ったの だった。 でも、待てば海路の日和あり。79 年の秋ごろ、突然、岩崎先生からお http://sangakukan.jp/journal/ 16 産学官連携ジャーナル Vol.6 No.4 2010 電話をいただいた。 「試作品ができたから、原稿を書きますよ!」うれしい よりほっとしたのが正直な感想だった。1980 年の 1 月号がちょうど「創刊 100 号」だったので、ここに岩崎先生の解説論文を掲載することが決まっ た。原稿をいただいたものの、当時の私の知識では、内容の理解に時間が かかった。それでも、さまざまな図版や写真を作成し、めでたく役割を果 たせたのは、先生が事細かく対応してくださったおかげだ。 (日経)サイエ ンスの岩崎論文は、多くの人々に、垂直方式の実現可能性をはっきりと示 すものとなった。 強 い 印 象 が 残 っ て い る の は「 相 補 性 」と い う 言 葉 だ。 こ れ は 英 語 の complementary の訳で、数学の補集合など、合わせて全体が 1 つになると いう意味。水平記録と垂直記録は、いわば裏表の関係にある、ということ だったと思う。確かに、当時の岩崎先生たちが考案されていた垂直磁気 ヘッドは、水平方式の磁気ヘッドと比較すると、空間の埋め方が、ちょう どモノクロ反転となるものだった。つまり、水平磁気ヘッドのすき間に薄 い板を置き、テープの反対側に大きな磁石を置く。 私は「なるほど」と思った。しかし最近の成果を拝見すると、垂直ヘッド の形はかなり変容している。その理由もまた想像がつくのである。それは ともかく、その後 10 年くらいは、垂直磁気の研究開発は順調に進んでいる ように見えた。 ◆いつまでたっても実用化しない 仕事の傍ら、垂直記録はずっとウオッチしていた。技術の進歩というの は、さまざまな要因によって、道筋が変わるものだと思う。 当初の見通しは、早晩、水平記録では記録密度に限界がくるであろう、 そうなれば、構造・仕組みで克服するしかなく、それが垂直方式登場のと きだ、というものだった。しかし、技術の進歩を見くびっていた、と私は つくづく思い知らされることになる。 特に、材料科学や精密制御技術の進歩を想定していなかったのである。 アモルファス磁気ヘッド、そしてノーベル賞の受賞対象となった「巨大磁 気効果」まで登場するとは、80 年時点では想像もできなかった。こうした さまざまな技術の進歩があって、ちっとも垂直磁気記録は実用化されな かったのである。必要とされなかった、というのが正確ではなかったかと 思う。水平方式で、記録密度がどんどん向上していったからだ。私自身の パソコンの HDD も、90 年ごろの 40MB(Mac SE-30)から始まり、512MB、 そして 90 年代前半にけたが変わって 2GB となり、後半には 9GB、2000 年 に入って 18GB、2007 年には 150GB と、容量が増大した。 磁気記録技術の大進歩とともに「もう垂直磁気記録の出番はない」という 声が私の耳にも入ってきた。ほかの科学分野でもよくあるケースだが、 「ダ メだ」という否定的発言は、常に肯定的発言より強い力を持つ。否定と肯 定は論理学的に非対称であり、否定する場合は、たった 1 点でもダメな点 を見つければ論理的に正しいからだ。 主として 1990 年代は岩崎先生には厳しい時代だった。産業界が全く関 心を示さなくなっただけでなく、国際会議で垂直磁気記録方式の口頭発表 が認められず、ポスターセッションに落とされた時期もあったという。こ んな状況だから、岩崎先生やお弟子さんたちの苦闘は、察して余りある。 しかし、そうした境遇でも、おそらく岩崎先生は、いくつもいくつも、垂 http://sangakukan.jp/journal/ 17 産学官連携ジャーナル Vol.6 No.4 2010 直方式の利点を積み上げられていったのだと思う。岩崎先生は「垂直」の旗 を振り続けた。もちろん、そこであきらめていれば、現在の状況はありえ なかった。 ◆いかに燃え上がらせるか そして状況は変わった。2005 年 5 月に東芝が世界初の垂直磁気記録方式 ハードディスクを搭載した音楽プレーヤーを発売した。岩崎先生が 1977 年に米ロサンゼルスで垂直方式を提唱してから実に 28 年。これを追うよう に、2006 年 1 月に米企業、同年 5 月に日立製作所がそれぞれパソコン用垂 直ディスクを市場に投入した。その後、ハードディスク市場の地図は急速 に塗り替わっていった。いま作られているハードディスクはほとんどが垂 直方式だという。 「遅れてやってきた本格派」がいよいよ本当の出番となっ たわけだ。繰り返すが、垂直方式は、もっと早く実用化されると思ってい た。それを遅らせたのは、既存技術の「改良」という驚くべきパワーだった のだ。 技術の中には、いろいろなタイプがある。東芝の「日本語ワードプロセッ サ」のように、それまで存在しなかった技術は、需要が増大すれば、製品 の形は変容しようとも、順調に受け入れられていく。一方で、液晶ディス プレーのように、既存製品を代替する技術は、平面ブラウン管のように競 争相手も進化するのだ。光磁気ディスクは前者の例、垂直磁気記録 HDD は 後者のタイプだった。ただし、磁気記録の根本原理への考察から生まれた 垂直方式は、学問的に確かな基盤を持っていた。筋が良い技術でもあった。 それが、主役に躍り出ることができた最も基本的な要因であろう。 ある会で、奥さまから先生の趣味が「たき火」だとお聞きしたことがある。 湿っていたり生木であったり、たき火は簡単に燃えるわけではない。順調 でなく、くすぶって煙ばかり出ているときでも、きっと岩崎先生は、どう すれば真っ赤な炎に燃え上がらせることができるのか、いろいろと考え、 さまざまな手を打たれてきたのであろう。 私が勝手に作っている「最近の 10 数年に、世界にイノベーションを起こ した日本の技術リスト」には、太陽電池、液晶パネル、発光ダイオード、 デジタルカメラ、バブルジェットプリンター、iPS 細胞、プリウス、エコ キュート、グリーン・ケミストリーなど 20 項目近くが並んでいる。ここに 垂直磁気記録を追加することができた。 聞けば、世界で初めて垂直磁気を事業化した東芝のチームのリーダーも、 日立でパソコン用垂直ディスクを作った人も岩崎先生の門下生だという。 師の岩崎先生は一徹そのものだが、弟子たちの執念にも驚かされる。水平 方式の驚異的な技術革新という 90 年代の逆風の中で、師もまた、一緒に研 究に取り組んだ仲間、門弟たちに支えられていたのだろう。岩崎先生は、 垂直の旗を振り続けた。待って本当に良かったと思う。いくら優れた技術 でも、実用化までの長い道のり、そのための苦闘があることを、私たちは 忘れてはいけない。 技術は、コストなどさまざまな条件がぴったりとあって初めて時代に受 け入れられるが、 「時代の評価」が永遠に正しいとは限らない。さまざまな 研究者の多様な研究を尊重する姿勢も大切である。ただし、止めればおし まいだ。 岩崎先生の垂直磁気記録方式の実用化は、多くのことを教えている。 http://sangakukan.jp/journal/ 18 産学官連携ジャーナル Vol.6 No.4 2010 特集 2 ● 図書館のビジネス支援 課題解決型サービスとして広がる 米国などで行われていた公立図書館のビジネス支援が、日本でも 21 世紀に入り大規模 館を中心に広がってきた。図書館員、会社員、研究者等によりビジネス支援図書館推進 協議会が設立され、シンポジウム開催など啓発活動が行われる一方、各地の図書館から 具体的な成果が報告されるようになった。図書館の課題解決型サービスの 1 つとして期 待されている。 ◆なぜ、公立図書館がビジネス支援を ビジネスを公立図書館が支援する、ということを初めて聞かれると「?」 となる方も多いのではないだろうか。公立図書館は、誰もが入館できて、 利用目的を問われないこと、また、仕事がある人でも休日や夜間に利用で きることから、親しみのある、間口の広い性格を持った公共施設である。 また、図書館資料には、ビジネスに直接役立つ統計資料、ビジネス書等に 加え、一見ビジネスとは関係ないと思われる地域資料、食品関係の本、デ ザイン関係の本等、広がりのある資料がそろっている。さらに、これらの 資料を提供するナビゲート機能としてレファレンス・ライブラリアンがお り、すべて無料で利用できる。 一方、日本では比較的大きな企業は自前で情報を調査、提供する専門図 書館を持っているが、中小規模の企業や個人の場合は経費的に厳しい。し かし、競争社会の現代においては、情報収集や事前調査がビジネスの成功 の鍵となるケースが多い。米国では、伝統的に公共図書館がビジネスを支 援することが行われており、ポラロイドカメラ、ゼロックス、パンアメリ カン航空の創業は、ニューヨーク公共図書館が大きな役割を果たしたこと は有名である。あのビル・ゲイツもシアトルの図書館がマイクロソフト創 業のきっかけとなったと言われている。 先進各国では、現在、公共図書館を情報サポートセンターとして位置付 け、起業や中小企業、SOHO 等を支援するサービス基地として活用する例 が増えている。印刷資料だけでなく、商用データベース、情報コンサル ティング、起業セミナー、起業相談等、そのサービス内容は幅が広い。 山崎 博樹 (やまさき・ひろき) ビジネス支援図書館推進協議会 副理事長/秋田県立図書館 企画広報班長 ◆日本の公立図書館でのビジネス支援の始まり 日本でもビジネス支援サービスを行う公立図書館が全くなかったわけで なく、神奈川県立川崎図書館は昭和 34 年の開館以来、工業からスタート し、科学や産業などのビジネスに関した資料提供サービスを行ってきた歴 史がある。しかし、多くの公立図書館がビジネスを支援するという考え方 を持っているわけではなかった。ところが、ジャーナリストの菅谷明子氏 が『中央公論』にニューヨーク公共図書館の事例を報告してから、日本でも 状況が変わり始めた。2000 年 12 月に図書館員、会社員、研究者等により ビジネス支援図書館推進協議会が設立された。その後、毎年のようにシン http://sangakukan.jp/journal/ 19 産学官連携ジャーナル Vol.6 No.4 2010 ポジウムを開催、日本経済新聞社をはじめ、主要新聞紙による記事掲載、 NHK 等により報道された。さらに、経済産業省の支援「骨太の方針 2003」 への記載、これらは全国の公立図書館の関係者の関心を呼び、当初は、浦 安市立図書館、秋田県立図書館、広島県立図書館等で始まったビジネス支 援サービスが少しずつ全国で展開されるようになった。 その後、平成 18 年に文部科学省から報告された「これからの図書館像」 には、課題解決型サービスの代表的事例の 1 つとしてビジネス支援図書館 サービスが挙げられている。 ◆ビジネス支援サービスの現状 ビジネス支援図書館推進協議会では、平成 18 年と平成 20 年に全国の公 立図書館にビジネス支援に関する調査を行った。平成 18 年調査ではビジ ネス支援サービスを実施、準備、計画中の館は 168 館、平成 20 年調査で は 205 館と増加している(表 1)。日本には 3,164 館の 公立図書館が設置されているので実施率はまだ 1 割に 満たない状況であり、ほぼすべての公立図書館が実施 している児童サービスと比較すると、いまだ低い状況 である。しかし、日本でこれだけの短期間に比較的多 くの公立図書館がサービスを開始したということは珍 しいことであり、財政難での図書館の危機感が背景に あると思われる。実施館を館種別に見ると都道府県立 図書館が 28 館、政令指定都市図書館が 34 館、市区立 図書館が 119 館、町村立図書館が 11 館となっており、 比較的大規模な公立図書館が中心となっている。これ 表 1 ビジネス支援図書館サービス実施状況 は、ビジネス支援サービスでは、専門性や専門資料を 要求されるという考えが一部の図書館員にあることに よるだろう。しかし、日本の公立図書館でも、ビジネス支援が図書館の一 般的なサービス体制であると認識されつつあることは間違いない。 ◆実際のビジネス支援サービス それでは、実際のビジネス支援サービスはどのようなものだろうか。前 述の平成 20 年調査では「ビジネス支援コーナーの設置」 「ビジネス関係資料 の提供」 「地域資料の収集・提供」 「有料データベースの提供」等、主にハー ド面のサービスが多く実施されている(写真 1)。特に 地域資料は、地域振興を図るビジネスには有効なケー スがあり、公立図書館資料の特長を生かすことができ る。図書、雑誌以外でもチラシ、ポスター、写真、地 図等の非刊行物の資料がビジネスに役立っているケー スも見受けられる。 ソフト面ではレファレンス・サービス(相談・調査)、 ビジネスセミナーの開催、関連機関との連携等のサー ビスが行われている。レファレンス・サービスは図書 館で従前から行われている専門的なサービスの 1 つで あるが、ビジネスレファレンス・サービスの場合、相 写真 1 秋田県立図書館のビジネス書コーナー 手の相談意図をあらかじめ推察できることから、調査 http://sangakukan.jp/journal/ 20 産学官連携ジャーナル Vol.6 No.4 2010 ツール等の事前整備・把握、質問事項以外の回答の提案が図書館員から行 われる等、従来のレファレンス・サービスを超えたものとなることが多い。 ビジネスセミナーやシンポジウムも数多くの図書館で行われており、公立 図書館の特性から気楽に参加することで、比較的多くの業種の方々の参加 がある。このことからビジネス上での異業種の思わぬ交流が生まれ始めて いることも成果の 1 つであろう。ビジネス支援に関連する機関は、従来の 公立図書館での連携先と異なり、行政、農協、大学、研究機関と幅広い機 関が対象となっているのも特徴である。 ◆具体的な成果 ビジネス支援サービスを公立図書館が開始してから、少しの間は、その 成果が具体的に見えてこなかった。公立図書館の性格上、サービス後の追 跡的な調査を行うことは少ないことが原因の 1 つである。しかし、平成 20 年度全国図書館大会では、図書館利用者が鳥取県立図書館のビジネス支援 サービスを受け、起業したケースが報告された。株式会社沢田防災技研代 表取締役の沢田克也氏は「勤務会社を辞め、シャッター用防災機器の開発を したが、製品開発や起業の経験が無いため商工会議所等の窓口で取り合っ てもらえなかった。しかし、県立図書館に相談し、技術レポートや台風の 被害状況から産業技術センターや弁理士等の紹介に至るまでさまざまなサ ポートを受けた。−中略− ベンチャー企業なのでスキルのある人間を雇 う体力は無い。図書館のビジネス支援なら電話代とコピー代だけで的確な アドバイスをもらうことができる」 (平成 20 年度全国図書館大会記録より抜 粋)と話す。さらに、ビジネス支援は創業だけではない。平成 21 年度の北 日本図書館連盟研究協議会では秋田県湯沢市の農家から「さくらんぼのブラ ンド化」の事例が報告された。 「県立図書館には、古文書によるさくらんぼの 歴史調査、土壌調査、ブランドイメージ創出のための基礎調査等を行って もらった。図書館がこのように役立つとは今まで知らなかった」と、この農 家の後継者である加藤智子さん。この 2 つの事例を見ると公立図書館なら ではの間口の広さ、資料の幅広さが生かされている。さらに全国のビジネ ス支援実施館からは、アイスクリーム工房、介護ビジネス、古着屋の起業 等の公立図書館発のビジネス支援の成果が多数報告され始めている。 ◆ビジネス支援サービスの課題 順調に動き始めたと見えるビジネス支援サービスだが、多くの課題を抱 えている。課題の 1 つ目は、図書館員のスキルアップである。この課題に対 し、ビジネス支援図書館推進協議会は、毎年図書館員向けのビジネス・ラ イブラリアン講習会を全国で開催し、今年で 8 回目となった。この講習を終 えた図書館員は自館に戻り、ビジネス支援サービス構築の推進役となって いる。しかし、ほかの図書館サービスと比べると研修体制も明確化されて おらず、大学の司書課程の中で専門教育は行われていないのが現状である。 課題の 2 つ目は、利用者やビジネスマンへの広報である。多くの人にとっ て「公立図書館は暇な人が読書をする場所」というイメージが強く、公立図 書館に実際に役立つ機能が数多くあることが知られていない。さまざまな 機会とメディアを通して、公立図書館が十分にビジネスに役立つ存在であ ること、また公立図書館がそう変わりつつあることを訴えていきたい。 http://sangakukan.jp/journal/ 21 産学官連携ジャーナル Vol.6 No.4 2010 特集 2 ● 図書館のビジネス支援 軽量シャッター補強材の製造販売を事業化 沢田克也氏はベンチャー企業を起こし、軽量シャッターを内側から補強する製品の製 造販売を事業化した。ヒントになったのは、テレビの時代劇などでみる閂(かんぬき)。 門扉を内側から角木材で施錠するものだ。事業化を模索していたとき、いろいろと相談 に乗ってくれたのが鳥取県立図書館のスタッフ、小林隆志氏だった。 「おじいちゃん、どうしたの?」。私が、医療機器販売会社の営業マンとし て各地を飛び回っていた約 7 年前のある日、山陰地区を訪れると、農家の シャッターが強風でめくれあがり、壊れている光景を目にした。 「ちょっと 強い風が吹くと、すぐに壊れてしもうがな」。農家の老主人は嘆いていた。 沢田 克也 (さわだ・かつや) 株式会社 沢田防災技研 代表取締役 農家の納屋や倉庫にはトラクターなどの農機具や収穫農産物、肥料等が 収納されており、高額な機器類も多い。後で判明したことだが、倉庫やガ レージに使用されるシャッターは、風を受ける面積に対する支持部が細い ガイドレールのみで、風災害に弱い欠点を持つ。シャッターが強風で容易 に壊れるのは、建築士や工務店など専門家の間では通説であり、メーカー も認めていた。 ◆時代劇の「閂(かんぬき)」がヒント 株式会社沢田防災技研(鳥取市、以下「当社」)は、平成 19 年 4 月設立の 防災・防犯製品の技術開発を行うベンチャー企業である。当社が開発した、 軽量シャッターを内側から補強する製品(製品名『シャッターガード』)は、 今では国内を代表する複数の大手企業での販売ルートを確保するに至った が、開発のきっかけは前述の農家の老主人の嘆きであった。 ヒントになったのは、時代劇で大名屋敷などの門扉を内側から角木材で 施錠する「閂」である。 「あれを何とかアルミ等の軽量金属で作れないもの か」。私は、その後勤務先を退社し、シャッター補強材の研究開発に取り組 んだ。しかし、私はそれまで本格的に製品開発や製造に携わった経験がな く、設計、強度実験データの蓄積、特許申請、量産工場の確保、市場分析、 会社設立、資金調達、販路開拓等の課題が山積しており、実現までには途 方もなく長い道程のように思えた。 ◆鳥取県立図書館 小林氏との出会い 私は「セミナー」と名のつくあらゆる会合に出席した。また、商工会議所 や行政機関などの相談窓口にも出掛けた。しかし、私がいくら製品開発へ 向けた熱い胸の内を伝えても反応は鈍かった。中には「そんな商品、売れ ますかね」と冷笑する窓口相談員さえいた。セミナー講師や相談員は、 「い つでもお気軽に相談してください」と異口同音にいう。しかし、実態は大 http://sangakukan.jp/journal/ 22 産学官連携ジャーナル Vol.6 No.4 2010 きく違った。 そんな暗中模索の中で知り合ったのが、県立図書館でビジネス支援を担 当する小林隆志氏(支援協力課長)である。彼は、平成 15 年から司書とし て勤務していた。 「そもそもシャッターって、世の中に何枚ぐらいあるんで すかねぇ」彼は、そう言うとパソコンで検索を始めた。 「図書館なんて、本 を借りるところ」と思っていた私には意外だった。数日後、私の手元に多 くの資料が届いた。国会図書館や全国の大学・研究機関の資料、中には購 入すれば 20 万円以上もする大手調査機関の業界情報まであった。 ◆いよいよ製品化 小林氏は、県産業技術センターの A 氏、弁理士の B 氏、司法書士の C 氏、 金融機関の D 氏というふうに、個人名を挙げて各界の キーマンを紹介してくれた。不思議なことだが、同じ 企業や団体でも、担当者が違うと全く対応が異なる ケースがある。 『シャッターガード』は、 「女性や高齢者でも簡単に 設置できるシャッター専用の防災・防犯機器」とし て、平成 19 年秋に製品化された。製品デザインは、 Microsoft 社の人気ゲーム機「Xbox 360」を設計した村 田智明氏(鳥取県出身)が担当し、2007 年度グッドデ ザイン賞を受賞した。山陰の農家の老主人に出会って 約 7 年、やっと老主人との「小さな約束」を果たせた想 いであった。 ◆ベンチャー企業支援とは… 当社は、鳥取県産業技術センターのインキュベー ション施設に入居している。これまでに知的財産権 9 件(うち国内特許 6 件、国際特許 1 件)を取得、また鳥 取大学からの財務・マーケティング戦略支援を受けて いる。さらに、国内大手企業との販売基本契約締結、 地元ベンチャーキャピタルからの出資受け入れなど、 着実に成長企業へ向けた歩みを進めつつある。 振り返れば、小林氏をはじめ多くの人々に支えられ、 写真 1 上 シャッターガード、 ここまでたどり着けた。 「ベンチャー企業支援」とは何 下 シャッターの内側に取り付けたシャッターガード なのか、当社の事例が少しでも参考になれば幸いであ る。 http://sangakukan.jp/journal/ 23 産学官連携ジャーナル Vol.6 No.4 2010 特集 2 ● 図書館のビジネス支援 PCB の新しい分解法など2 特許を取得 福岡市の岩井昭雄氏は福岡県立図書館の蔵書をフルに活用して、カネミ油症事件の原因 となった PCBs の新しい分解法など 2 つの特許を取得した。図書館の文献で自らの技術 の独創性を確認。特許申請の方法についても図書館スタッフの支援で勉強した。 −−− 福岡県立図書館のサービスを活用して 2 つの特許を取得したそうですね。 岩井 はい。 「ポリ塩化ビフェニル類化合物(PCBs)の分解方法及び分解処 理装置」という特許が平成 18 年 4 月、 「各種燃料油に水分添加し超音波にて 乳化燃料油の作製処理方法及び処理装置」が平成 20 年 5 月にそれぞれ認定 されました。 −−− 初めの PCBs は、カネミ油症事件など公害で有名になった「PCB」と関係があるの ですか。 岩井 そうです。PCBs は一般的に PCB(ポリ塩化ビフェニル)と総称され、 ダイオキシン類の 1 つです。沸点が高い、熱で分解しにくい、不燃性、電 気絶縁性が高いなどの特徴があります。電気機器の絶縁油、熱交換器の熱 媒体、ノーカーボン紙などで使われていました。1972 年に製造、新規使 用が禁止されましたが、国内に大量に保管されています。しかし、PCBs は 完璧な分解方法が発見されていない現状に苦慮し、その方法を見いだそう とファイトを燃やして研究に取り組みました。 岩井 昭雄 (いわい・あきお) 株式会社ハーケン科学技術研究所 代表取締役 聞き手・本文構成: 登坂 和洋 (本誌編集長) ◆図書館の資料で独創技術を確認 −−− 図書館を活用するきっかけは何でしたか。 岩井 高校時代から県立図書館を利用していましたが、PCBs の研究に限る と、平成 2 年 4 月に同図書館の蔵書『全記録−米国政府 PCB 合同対策本部の 調査』前・後編の膨大な報告書に目を通したのが初めです。それを皮切り に、同図書館でいろいろと学習しました。化学、物理および生物は私の得 意とする領域で、PCBs の分解処理の方法に 1 つの仮説を持っていました。 従来、PCBs は高温、高圧で処理していましたが、この方法はコストがかさ むのが課題でした。私が思い付いたのは、真空、低温の状態で、PCBs を紫 外線と二酸化チタン薄膜の中を通して超音波で分解するという方法です。 図書館でほかの分解方法を調査していたとき、図書館のスタッフに「何 を調べているのですか」と声を掛けられました。私が説明すると、いろい ろな蔵書を書庫から探して持ってきてくれました。その方は資料課主任主 事の岩本文子さんです。その資料に目を通した結果、私の分解方法は実用 化されていないことが分かりました。 −−− それが特許出願につながるわけですね。 岩井 平成 4 年 12 月から私の PCBs 分解処理方法の実験を開始し、各種の データを蓄積しました。以前、特許庁の友人から特許出願の方法について 教えてもらいましたが、その時点で出願方法が多少変更していたので、ま http://sangakukan.jp/journal/ 24 産学官連携ジャーナル Vol.6 No.4 2010 た岩本主任に依頼して図書館の本で勉強し、平成 8 年 10 月に特許出願しま した。そして、平成 18 年 4 月に特許として認定されたのです。 ◆大学図書館にコピーを依頼 −−− PCB 分解というような専門的な分野の文献が図書館によくありましたね。 岩井 カネミ油症事件については、福岡県北九州市小倉北区の「カネミ倉 庫」が発生源であり、その被害は山口県から九州一円にわたっています。 地域住民の関心が高いため、県立図書館は同事件に関する専門的な文献を 調達しています。特許が認められた後ですが、PCBs の分解処理について、 探している参考文献が図書館に無かったことがありました。図書館の参考 調査課調査相談係長の松永茂さんに相談したら、松永さんが調査し、その 文献がある大学図書館に必要な部分のコピーを送付依頼してくださいまし た。そして、入手することができました。 −−− 2 つ目の特許「各種燃料油に水分添加し超音波にて乳化燃料油の作製処理方法及び 処理装置」はどういうものですか。 岩井 燃料油を乳化する技術です。燃料油に水分を 30%加え、私が開発し た「海水用洗浄剤」を主体とした界面活性剤を微量添加し、超音波処理して つくります。乳化燃料油をノズル噴射すると、超微細化した水滴および油 滴が「完全燃焼」状態になり、ばい煙など公害物質の排出が低減されるとい う効果があります。 −−− その研究、特許化についても図書館を利用して進めたのですね。 岩井 前の特許と同じように図書館で勉強しました。岩本さんをはじめ図 書館のスタッフの方々には大変お世話になりました。図書館の蔵書で乳化 燃料油について調査した結果、私の発明した乳化方法は独創技術であるこ とが分かりました。そして、私の方法で作製した乳化燃料油を使用して自 動車の走行実験を繰り返し、データを蓄積し、平成 11 年 11 月に特許出願 し、平成 20 年 5 月に特許として認定されたものです。この特許については 現在、事業化を進めています。 ◆乳化燃料油製造装置を生産・販売 −−− 機械メーカーなどにライセンスするのではなく、ご自身で製造するのですか。 岩井 そうです。 「ヴェスタルーファイヤー」という名称で販売します。実 験に使用した乳化燃料油製造装置とそれを燃焼させるボイラーは、いわば 実物(事業化する製品)と同じ大きさです。関心のある人が、乳化のプロセ ス、ボイラーの燃焼実験を見学できます。実際に装置を製作する技術者と 営業スタッフをそろえ、営業活動も行っています。これまでにバーナーの 販売業者とディーゼル発電機の販売業者から受注し、3 月から装置の生産 を開始しました。 −−− そのビジネスに挑戦できるのも、図書館利用がきっかけだったわけですね。 岩井 幅広い分野の知識が集積している図書館を、自分の書庫代わりに活 用したからこそ特許を取得できました。図書館の相談窓口でいろいろと相 談すると、親切に対応していただけることが分かりました。岩本さんはじ め図書館の職員の皆さんにあらためて敬意を表したいと思います。 −−− ありがとうございました。 http://sangakukan.jp/journal/ 25 産学官連携ジャーナル Vol.6 No.4 2010 市場を肌で感じる海外旅行のススメ 輸出目指す中小企業の皆さまへ 海外の成長マーケットは中国とインドと言われている。しかし、中小企業の環境に関す る製品、技術の海外展開を支援している株式会社エコトワザの大塚玲奈さんは、成功し ている経営者は、市場規模ではなく「商材の強みと人々のニーズの合致という視点」で 輸出先を選んでいる、と指摘する。そのために、経営者自身が現地に行き、市場を肌で 感じることを勧めている。 こんにちは! 私は普段は中小企業の環境商材や技術の海外展開のサポー トをしております。これまでに出会った海外展開に成功している、あるい は果敢に挑戦中の経営者の方とのお話の中から考えることをつづらせてい 大塚 玲奈 (おおつか・れいな) 株式会社エコトワザ 代表取締役 ただきます。 国内の人口が減少する中、中小企業も海外市場に打って出ないと生き残 ることができないという認識は、この 2 年間で急速に広まりました。 しかし、海外市場と言うときに多くの方が「これから成長マーケットの 中国とインドに出たい」とおっしゃいます。これは現地に行ってその可能 性を肌で感じた結果の言葉でしょうか? 新興市場への輸出を後押しする新 聞やセミナーの文言が溢れ、全員が同じ方向を見ている時代だからこそ、 ほかの多様な選択肢も検討してみていただきたいのです。 海外展開に成功している経営者の方に共通しているのは「人口や GDP 等 の市場規模ではなく、商材の強みと人々のニーズの合致という視点」から 輸出先を選んでいること。そしてご自身の足で現地に乗り込み、肌で市場 を感じてから GO を出します。この主体性と、外部の専門家を活用する能 力と、最低でも 5 年はあきらめない信念がある方は輸出に成功する可能性 が高いと言えます。小さい会社は、誰もが考えるような巨大市場を狙って も、大量生産や価格競争では大企業に負けてしまいます。しかし自分の商 材に魅力を感じてくれるニッチな市場が相手なら Only One になれる可能 性があります。10 億人の中の 0.0001%を取るために血を流して戦うのと、 1,000 人の市場を、向こうから求められながら幸せにするのと、どちらが 取りたい経営スタイルでしょうか? 日本の伝統工芸品や耐久性のある道具 類、多品種小ロット生産に長けた加工技術などはいずれも海外、特に環境 意識の高い欧州市場から求められており、英語で情報発信している弊社に は日々引き合いのメールが入ってきます。日本側の各社様も、商社に任せ きりの販売体制ではなく、直接貿易を志す方が増えていることは、Small is Beautiful の新しい時代の到来を感じさせます。 ◆一切の手配をご自身で 経営者の皆さま、お忙しい中で連休をつくり出すのは難しいと思います。 http://sangakukan.jp/journal/ 26 産学官連携ジャーナル Vol.6 No.4 2010 でも、少しでも海外への輸出や事業展開をお考えでしたら、まず手始めに プライベートで海外旅行に行ってみるのはいかがでしょう。しかもできれ ば鞄(かばん)1 つで、一切の手配をご自身でしてみることをお勧めします。 行く先はご自身があこがれている国がよいと思います。旅行も、輸出の検 討先も同じことで、 「行くべき」ではなく「行きたい」ところへ。フランスで もイタリアでもメキシコでもよいと思います。ご自身の商材を持って、輸 出までの過程さえも楽しみながら幸せを運びたい先はどこなのでしょう? 現地で収集したニーズの声は持ち帰ってすぐに商品開発にも反映させるこ とができます。 英語なんて、多少発音が下手でもいいのです。米国に留学していたとき、 インド人の教授の訛りがひどくて非常に苦労しました。が、堂々と話す彼 の勝ちなんです。むしろ米国人の学生がアメリカ英語で質問して、 「もっと 分かりやすく話せ」としかられていました。この強さは見習いたいですね! 日本語訛りで何が悪い!? いえ、もっと言うと言語より気合です。言語の 壁は優秀な通訳をつければいいだけのことです。実は言語よりメンタルな 壁の方が大きいのです。まずはそれを乗り越えましょう! ◆求められるのはアピールポイント 欧米諸国の展示会に行って、必ず聞かれるのが「で、何がこの商品の ポイントなの?」。多くの方が、Whole Story を伝えようとしてしまいま す。どんなに製造技術が優れていて、伝統の技で、素材にこだわっている か・・・。でも必要なのは「☆☆が素晴らしいんだ」という明快な一言。☆ ☆に入るアピールポイントは、たくさんの方から質問されることで少しず つ形成されていきます(写真 1)。 ちなみに為替についてですが、残念ながら現時点では輸出には不利に働 く円高です。ただ、これから新しく海外に打って出ようという方にとっ ては、海外の展示会への出展や現地のマーケティング調査(という名の旅 行?)を実施するための絶好の時期! そして、どうしても現地価格を高く 設定せざるを得ないので、頭を悩ませて「この価格に 見合うだけの商品の価値」について考えることになる でしょう。最初から有利な為替で安く売ることと比べ て初動が難しいだけに、将来もし円が安くなったとき、 必ず「あのとき悩んでよかった」と振り返る日が来ま す。 さあ、旅に出ましょう。 ご自身の商材やサービスを持って、まずは 1 回あこ がれのあの国に行ってみませんか。現地の生活をその 目で見て、人々の感想を聞いて、新しい刺激を吸収し てみましょう。ワクワクしたら、羅針盤はその方向で 写真 1 サ ンフランシスコの Green Festival 展にて来場者 と真剣に話す出展者 きっと間違いありません。 http://sangakukan.jp/journal/ 27 産学官連携ジャーナル Vol.6 No.4 2010 地域産業と技術開発のワンストップ窓口 −東京海洋大学の水産海洋プラットフォーム− 中村 宏 東京海洋大学は、水産海洋に関する産業界の相談、技術ニーズなどに対応するワンストッ プ窓口の構築を進めている。他大学、水産試験場、博物館等との連携で、幅広い「産」と「学」 のマッチングを目指す。 (なかむら・ひろし) 東京海洋大学 産学・地域連携 推進機構 准教授、水産海洋プ ラットフォーム事業部門長 平成15年度に東京商船大学と東京水産大学の統合によって誕生した東京海 洋大学の社会連携推進共同研究センター(現、産学・地域連携推進機構)*1 は 水産海洋技術と関連産業界、全国の水産地域(産地)を結ぶワンストップ窓 口として、諸活動を強力に推進してきた。これを「水産海洋プラットフォー ム事業」と称し、文部科学省「産学官連携戦略展開事業」の「戦略展開プログ *1:東京水産大学地域共同研究 センター(平成 12 年度発足)と 東京商船大学海事交通共同研究 センター(平成 13 年度発足)を 引き継いだ。 ラム」として平成 20 年度から 5 カ年の計画で事業を実施している。 ◆背景と課題 中小企業やベンチャー企業は長期的視野に立った事業戦略や新製品開発 に資金を投入できない実情がある。一方、大学などの公的な研究機関は、 研究した成果を形にして社会に還元するために、民間企業の力を借りる必 要性がある。産学連携の必要性を訴える声が大きくなる一方で、実際には 広範なニーズと点在するシーズをマッチングさせることは難しく、お互い になかなか目指すパートナーに出会えないということが問題となっていた。 ◆水産海洋プラットフォームの提案 従って「ここに行けば必要とするものに出会える」 「ここに行けば問題を 解決してくれる」といった、産・学の「出会いの場」の構築が急務であった。 *2: 中 村 宏 ほ か. 産 業 と 技 術 分野に特化したワンストップ窓 口の構築−水産海洋プラットフ ォームについて.研究・技術計 画学会年次学術大会講演要旨集, 2008. しかし、全国にさまざまな分野の研究者が 点在し、一方で各地に多種多様なニーズが あることを考慮すれば、全方位的にこれを 行うことは現実的ではない。このため私た ちは、技術分野と産業界を特定し、いわば 総合百貨店ではなく、専門ブティック的な 取り組みが必要と考えた。これが水産海洋 分野に特化した新しいマッチングシステム として提案しているワンストップ窓口「水 産海洋プラットフォーム」*2 である(図 1)。 世界第 6 位の EEZ(排他的経済水域)を持 つ海洋国日本にとって、水産資源は貴重な 財産の 1 つであり、一次産業である漁業に http://sangakukan.jp/journal/ 図 1 ワンストップ窓口「水産海洋プラットフォーム」の構築 28 産学官連携ジャーナル Vol.6 No.4 2010 とどまらず、全国各地には水産資源を起点にした特色ある二次、三次産業 が多数あり、地域産業の中核となっている。 しかし、水産関連産業は、核となって各地域社会を支えているとはいえ、 多くは中小事業体であり経営基盤が弱いという事実がある。一方、漁法の ような伝統技能から、バイオ先端技術、あるいは医薬健康食品の遺伝資源 まで、幅広い技術分野に支えられる水産関連産業。この特色ある産業と大 学などの研究機関が水産海洋プラットフォームという「出会いの場」へお互 いの要望を持ち寄り、最適なパートナーに巡り合う。技術と産業分野に特 化した新しいイノベーション・ソリューションツールとして、私どもは全 国海洋都市の地域産業と研究者を結ぶ役割を果たし、新製品の開発、新事 業の創成に貢献していく。 ◆具体的な事例、成果 【海の相談室 *3】 「海の相談室」を設け、学外の皆さまからのさまざまな問い合わせを電話、 ファクス、インターネット、展示会場などの現場で受け付けている。普段 の生活で感じたちょっとした疑問から専門的な問題まで、 「海」 「水産」 「水環 *3:海の相談室 http://suisankaiyo.com/ipfmqanda.html 境」 「食品」 「港湾」 「船舶」などに関することなら解決までのご支援をさせて いただく。東京海洋大学の教員で解決できないものでもお断りすることな く、他大学、水産試験場、博物館等の方々につなぐように心掛けてきた。 問い合わせいただいたお客さまは「手ぶらで帰さない」のが基本方針で、文 部科学省事業に採択されてからは、これをいっそう強く推進している。 相談件数は平成 15 年度の 181 件から、平成 20 年度の 332 件へとかなり の増加を見せている(図 2)。平成 21 年度は 400 件に届きそうだ。注目して いただきたいのは、この中で、ほかの機関 をご紹介した件数である。平成 15 年度の 9 件が、20 年度には 39 件に急増している ことである。 社会、産業界、地域からの要望にさまざ まな研究者、研究機関が応えるとともに、 全国のさまざまな研究者の皆さんの研究成 果を私どもがご紹介する機会もつくってい る。次項にてこれを詳しく紹介したい。 【新技術説明会 *4】 年に数回、ジャパン・インターナショナ ル・シーフードショー、イノベーション・ ジャパン、アグリビジネス創出フェアな 図 2 「海の相談室」取扱件数の推移 ど、関連産業界の皆さまに向け、大学等の 研究機関がその成果を紹介する展示会に出展している。その際、東京海洋 大学の研究者の研究成果だけではなく、他大学、独法研究機関、高等専門 *4:新技術説明会 http://suisankaiyo.com/newtechnology-event.html 学校、公設試験場(水産試験場)などの研究成果も併せてご紹介する水産海 洋に特化した新技術説明会を開催している。ここに来れば、水産海洋、さ http://sangakukan.jp/journal/ 29 産学官連携ジャーナル Vol.6 No.4 2010 らにその中でも食の安全や廃棄物処理など特定分野の面白い研究成果が一 同に見られるというものである。 平成 20 年 7 月のジャパン・インターナショナル・シーフードショーに て実施した第 1 回新技術説明会から、平成 21 年 11 月のイノベーション・ ジャパンにて実施した第 5 回新技術説明会までに、延べ 71 の大学・研究機 関から 125 件の研究成果 ポスターが展示され、延 べ 22 の 大 学・ 研 究 機 関 から 32 件の研究成果プ レゼンテーションが行 われた(写真 1)。一地方 一地域では決して出会 えなかったこれらの機会 から、新たな連携が発生 し、新たな事業創成に向 写真 1 シーズプレゼンテーション(左)とポスター展(右)の様子 (第 10 回ジャパン・インターナショナル・シーフードショー) かったケースが出てきている。 【地域のシーズ:食材・産品を都市の消費者に紹介】 基礎的研究から、新技術新事業の創成に結び付ける従来型の産学連携事 業を強力に推進することは言うに及ばない。さらに、私どもでは大学の特 長を生かし、さまざまな形で地域産業の振興と活性化を支援している。そ の 1 つが、毎年 11 月に開催される東京海洋大学の学園祭(海鷹祭)にあわ せて開催する「全国水産都市フェア」*5 である。これは、本学が都会のど真 ん中に所在する特長を生かし、地方の隠れた産品、素材を直接都市の消費 者の皆さまに販売、広報宣伝する機会を設け、都会の皆さまの声を聞いて いただこうという企画だ。すでに過去 4 回実施し、北海道から鹿児島まで、 延べ 19 地域の産品をご紹介している。私どもではこの活動を「地産都消」 の推進と呼んでいる *6。 さらにこの事業を進め、本年度からは株式会社ぐるなびとの共同研究「地 方産地の活性化に資する効果的施策の開発」を開始した。本事業の一環と して、地域の産品の素晴らしさを科学的に説き、これを都市の飲食店に紹 介するとともに新たなメニューを開発する「地域産品・メニュー開発セミ ナー」を 2 カ月に 1 回のペースで実施している。なお、株式会社ぐるなびと の連携事業を中心に、第 2 回目の水産海洋プラットフォームフォーラム *7 を開催し、滝久雄代表取締役会長に「『地産他消』への取り組み&大学への 期待」と題するご講演を賜った。 ◆おわりに *5:全国水産都市フェア http://suisankaiyo.com/ fisheries-event.html *6:平成 20 年度「地域クラスタ ーセミナー in 愛媛」で基調講演 「地産地消から地産都消に向け て〜東京海洋大学の「地域」連携 と水産海洋プラットフォーム事 業を事例として」を行った。 *7:第2回 東京海洋大学「水産海 洋プラットフォームフォーラム」 http://suisankaiyo.com/ news/1-event-info/103-2-. html *8:ぜひメールマガジンにご登 録ください。 新規登録 URL:http://suisankaiyo. com/mailmag/mailmag.html バックナンバー URL:http://suisankaiyo. com/mailmag-backnumber. html ここで紹介した事業は、いずれも私どもが単独で実施できるものではな い。皆さまのご協力、ご支援があればこそだ。地域の産品を紹介していた だきたい。実用化を望む新技術を提示してほしい。明日の海洋開発、水産 振興、地方水産海洋都市振興に歩むため、精いっぱい貢献させていただき たいと思う *8。 http://sangakukan.jp/journal/ 30 産学官連携ジャーナル Vol.6 No.4 2010 七尾市経済再生プロジェクト ∼人材育成・地域資源・場∼ 石川県七尾市における 5 年間の地域経済活性化の取り組みを総括した。平成 17 年 4 月 に同市産業政策課の中に「経済再生プロジェクト推進室」を設置したのが出発点で、大学、 産業界、地域社会との連携を築いた。内発的産業の育成、雇用機会の拡大などの目標を 掲げ、人材育成、地域資源の発掘、場の提供などを積極的に行った。 ◆はじめに 石川県七尾市は能登半島の中程に位置し、平成 16 年 10 月、1 市 3 町が 合併し新しい 1 歩を踏み出した。この地域は七尾港を海の玄関口とし、古 代より能登の中心地として発展を続けてきた。なぎさのいで湯として有名 小川 幸彦 (おがわ・ゆきひこ) 七尾市 産業部次長 兼 産業政策課長 な和倉温泉や、さまざまなリゾート施設を有する能登島など観光資源にも 恵まれている。だが、産業構造の変化に対応できず、既存産業や伝統産業 は衰退している。和倉温泉の入込客数もピーク時の半分近い年間 80 万人台 になるなど、就業の機会が大きく失われて地域の活力が低下している。 ◆経済再生への取り組み このような中、新生・七尾市の市長に就任した武元文平市長は「経済再 生」を市政の重要課題に掲げ、平成 17 年 4 月に産業部産業政策課内に経済 再生プロジェクト推進室を設置した。このような取り組みは市では初めて であり、右も左も分からない状態の中で、北陸先端科学技術大学院大学の 近藤修司教授に巡り合い、産学民官が連携して富の創出や雇用機会の拡大 を目指す「七尾市経済再生戦略会議」を立ち上げた。 平成 17 年度は産業連関表を使った産業構造分析を実施し、市の産業の 実態把握に努めるとともに、北陸先端科 七尾市経済再生戦略プラン 学技術大学院大学との連携にも取り組ん だ。平成 18 年 3 月、市職員独自で「七尾 地域資源を を 活かした「内 内 発的産業」の 発的 の 育成 市経済再生戦略プラン」を策定した。同 プランは、 「人材」 「地域資源」 「場」で「新 しい価値」を生み出すことを戦略の基本 とし ①地域資源を活かした内発的産業の 地域資源の活用・連携 経済的自立を 可能にする産 業活力づくり 外部資本を を 活用した産 活用 業の育成 業の 港湾活用・企業誘致 育成 ②外部資本を活用した産業の育成 ●和倉温泉まちづくり事業 ③新ビジネスの創出を柱として「雇用機 ●農商工連携・医商工連携 ●七尾鹿島経済交流促進協 議会 ●七尾・中能登広域ビジョン ●食品加工企業の誘致 会の拡大」を図ることで経済再生・産業 活力づくり--を目標としている(図 1)。 こうした目標の実現に向け、市は人材 ●異業種交流(のと七尾再生祭り) 新ビジネスの創出 ●雇用パッケージ事業 1 1 ●うまみん の育成、地域資源の発掘、場の提供を積 図 1 七尾市経済再生戦略プラン 極的に行った。 http://sangakukan.jp/journal/ ●コンテナ化の実証実験 新ビジネス 新 ネス の創出 出 31 産学官連携ジャーナル Vol.6 No.4 2010 ●人材の育成と場の提供 1.異業種交流による「のと・七尾人間塾」を実施している。産学民官の 連携によって参加者の自己改革、ひいては企業改革を実現するため のリーダーを育てるのが狙いである。近藤教授の指導の下、平成 17 年〜 21 年度で 124 名の塾生が卒業した。現在、卒業した塾生でつく る「錬金塾」を舞台にネットワークが広がりつつある。 2.平成 19 年度、女性に特化した実践的な起業塾として「のと・七尾女 性起業塾」を開講した。経済再生戦略会議のアドバイザーであり、自 らも起業家である萩原扶美子さんのコーディネートにより、家事・ 育児や介護の両立をしながら、自分 1 人でビジネスを始める自己雇用 等の実現を支援するものである。平成 21 年度までの 3 年間で 58 名の 女性が卒業。4 人の女性が起業している。 3.平成 21 年に創設した「七尾市に輝きを創る会」は、産学民官の連携を 進めながら、市内の優れた資源や技術を掘り起こし、新たな「たから」 を創り出すことを目標としている。これは、七尾市に本店を構える、 のと共栄信用金庫の大林重治理事長の発案によるもの。官と民の「垣 根を低くする」ことにより、七尾市を活性化させようとするもので、 5 年間の継続を目指している。 4.厚生労働省の支援事業である「雇用パッケージ事業(地域提案型雇用 創造促進事業)」を実施した。食・温泉・医療(福祉)の連携による新 たな雇用創出を狙いに、情報発信や能力開発セミナー、研修会など を開催した。平成 18 〜 20 年度の 3 年間実施し、413 人の雇用を創出 した。この事業を実施するに当たり七尾市地域雇用創出協議会を創 設したが、協議会事務局長の竹田伸一郎氏が、平成 22 年 3 月から県 と市の空き店舗対策事業を活用し、市内の商店街でお店を開くこと になった。不思議な縁である。 ●地域資源の活用と場の提供 1.異業種交流を進め、域内の既存産業の活性化と新しいビジネスの創 出を目的として、 「のと・七尾再生祭り(写真 1)」を平成 18 年から開 催してきた。毎年、40 前後の企業からのブースの出展があり、企業 の個別相談会などを実施している。今年度は総務省からの交付金を 活用し、 「食」をテーマに農商工連携に重点を置く。この祭りは、地域 の企業を広く市民・産業界に紹介する「場」を提 供するものである。 2.前述の雇用パッケージ事業をきっかけに、着地 型体験・交流プログラムを一定期間内に多数開 催する能登旨美オンパク「うまみん」を実施して いる。民間の方々が中心となって委員会を設置 し運営している。その内容は ①能登の豊かな食 を味わう、美しい自然の中で遊ぶ、温泉やエス テできれいになる ②ゆったりとした時間を過ご す、独特の生活文化を体験する、交流を通して http://sangakukan.jp/journal/ 32 写真 1 のと・七尾再生祭り 産学官連携ジャーナル Vol.6 No.4 2010 心から癒される--である。地域に あるさまざまな資源を活かすことに ■ 七尾の売れる商品づくり事業 (財) (財)石川県産業創出支援機構 石川県産業創出支援機構 より、地域が元気になり、担い手と ① ① のと・七尾再生祭り のと・七尾再生祭り(H18~) (H18~) ・異業種交流『企業ブース』 ・異業種交流『企業ブース』 (新商品や技術、素材等の発表の場) (新商品や技術、素材等の発表の場) ・食等に関するコンテスト ・食等に関するコンテスト ・七尾元気大賞 ・七尾元気大賞 ・バイヤー、金融 ・バイヤー、金融 機関の招聘等 機関の招聘等 なる人々の輪が広がり、新ビジネス へとつながることが期待される。 3.地域資源がたくさんあっても、それ 創り事業」 (図 2)をこの 4 月から実 人 人』・企業 』・企業 『 『 発表 発表 拓」が半島の小さな都市には大きな 拓を進めていく「七尾の売れる商品 連携 連携 支援 支援 れば何の意味もない。特に「販路開 金をうまく使い、商品開発と販路開 七尾市販路開拓推進員 七尾市販路開拓推進員 ・首都圏等への売込(企業セール ・首都圏等への売込(企業セール ス、PRイベント、TVCM等) ス、PRイベント、TVCM等) 産業化資源事業化アドバイザー事業 産業化資源事業化アドバイザー事業 ※緊急雇用創出事業の活用 ※緊急雇用創出事業の活用 H22~ H22~H23 H23 新商品 新商品 運営 運営 を活用して商品につなげ、売れなけ 壁となっている。そこで、物・人・ 連携 連携 (ISICO) (ISICO) ・のと・七尾人間塾( ・のと・七尾人間塾( H18~) H18~) ・女性起業塾(H19~21) ・女性起業塾(H19~21) ・七輝会(H21~) ・七輝会(H21~) 石川県 石川県 ② 業化資源事業化可能性調査事業 ② 産業化資源事業化可能性調査事業 産業化資源事業化可能性調査事業 ③ いしかわ産業化資源 ③い いしかわ産業化資源 活用推進ファンド事業 活用推進ファンド事業 (活性化ファンド) (活性化ファンド) ISICO ISICO ・商品開発 ・商品開発 ・販路開拓 ・販路開拓 ・農商工連携等 ・農商工連携等 新コラボ 新コラボ 申請 申請 (FS調査)七尾市 (FS調査)七尾市 ・H21 ・H21 田鶴浜建具、梅屋常五郎 田鶴浜建具、梅屋常五郎 ・H22 ・H22 コロッケ、七尾仏壇、のと鍋、合宿弁当、 コロッケ、七尾仏壇、のと鍋、合宿弁当、 学生ゴルフ合宿旅行商品、ヘルスツーリズ 学生ゴルフ合宿旅行商品、ヘルスツーリズ ム等(予定) ム等(予定) 図 2 七尾の売れる商品づくり事業 施することにした。いしかわ産業化 資源活用推進ファンドを活用するものであるが、そのファンドの採 択を受けるため市の単独事業として「産業化資源事業化可能性調査事 業」を予算化し、活性化ファンド採択の支援を行うこととした。 商品の発表の場として、のと・七尾再生祭り、元気な人のネットワーク として、のと・七尾人間塾、女性起業塾、七尾に輝きを創る会のメンバー などとのコラボレーションが可能となる。このスキームの実行の中心とな る人を「七尾市販路開拓推進員」として雇用し、商品づくりや首都圏等への 売り込みにかかわってもらうこととしている。 ◆分かったこと この 5 年間取り組んできたことは、市として初めてのことばかりであっ た。産業界、大学、経済界・企業家、国・県の職員と、たくさんの方と出 会い、教えていただいた。 「企業は人なり、経営は人なり」と言われるが、 まさにその通りであると痛感した。 ◆次にやること 昨年から今年にかけ、市の大事な企業が閉鎖、撤退に追い込まれている。 6 年目以降も、 「人材育成」 「地域資源」 「場」を基本に、内発的産業の育成、 外部資本の誘致、新ビジネスの創出に取り組んでいく。 ◆おわりに 「自治体の活性化は、その自治体の職員が元気にならなければ、実現でき ない」と、よく言われる。市の経済再生に取り組んできたこの 5 年間、かか わってきた当課の職員の成長が感じられる。近藤教授が言われる「自分事」 「改革実践」 「宣言する」を少しであるが実行できるようになり、当課の人間 力が増してきたと確信している。これからも全力を挙げて市の産業活性化 に頑張ることを宣言し、結びとする。 http://sangakukan.jp/journal/ 33 産学官連携ジャーナル Vol.6 No.4 2010 農学系高度人材を養成 アグロイノベーション研究高度人材養成事業 金 承鶴 東京農工大学では、平成 20 年 6 月にアグロイノベーション高度人材養成センター(以下 「アグロイノベーションセンター」という)を設立し、博士後期課程学生ならびにポスド ク(以下「博士人材」という)を対象にイノベーション創出人材の養成システムの構築に 取り組んでいる。特に、実社会との接点形成、コミュニケーション能力の付与、ならび に社会性、倫理観を備えた、実力ある研究者の養成と、この活動を通じて社会からの人 材育成の要請を賦活化することを目的としている。 (きん・しょうかく) 東京農工大学 特任准教授 アグロイノベーション高度人材 養成センター 支援室長 アグロイノベーション人材養成システムには次のような特徴がある。 (1)21 世紀のグローバルな課題に貢献する人材養成 21 世紀は、食糧、水資源、環境、感染症対策など地球規模の重大な課題の解決に迫られている。 アグロイノベーションセンターでは、こうした課題に対応した「技術革新」はもとより、 「産業創 出」や「社会政策提言」ができる優れた人材を養成することを目指している。 (2)農学系を中心に全国から優秀な人材の選抜 上記の課題への対応には農学が重要な役割を果たす。アグロイノベーションセンターでは、こ れまで 4 半世紀にわたって農学系博士人材の養成に連携して取り組んできた全国 18 大学で構成さ れる連合農学研究科 *1 と密接に連携して人材育成に取り組んでいる。連合農学研究科には 1,000 名以上の博士人材が在籍しているが、これらに加えほかの国立大学のほか、公立、私立大学も含 めた全国規模の公募により意欲的な者を公平かつ厳正に選抜し、養成対象者としている。 (3)幅広い分野の連携機関との協働 博士人材に多様な研修の機会を与えるとともに、博士人材の産業界等への進出機会の拡大を図 る観点から、幅広い分野の多様な機関と連携して進めている。特に、3 カ月以上の長期インター ンシップについては、農林水産省、欧米諸国の先進的大学発研究機関、国内大手商社、証券企業 等との密接な連携のもと、3 カ月以上の長期インターンシップを含む多様な機関での高度な研修 機会の創出を目指している。 ◆政策提案を核にしたアグロイノベーション戦略研究 ワークショップ 農林水産省との密接な連携のもと、農業関連技術、農作物の知的財産に よる保護、戦略や、食糧、水資源、環境等に関する研究推進政策に対する 教育プログラムを実施している。この取り組みの一環として平成 21 年度 は、全国から公募・選抜した 15 大学の博士人材 34 名に対して、 「アグロイ ノベーション戦略研究ワークショップ」を開催した(写真 1)。ワークショッ プでは、2 つの農政課題「国産バイオ燃料をどのようにして振興すればいい のか」 「中山間地域をどのようにして活性化すればいいのか」について、農 林水産省から実際の政策の企画立案に携わっている 3 名を講師として招き、 政策討論、意見交換、政策発表会を行うとともに、その結果を取りまとめ た政策提案書を農林水産省に提出した。参加者からは、農業政策の経緯や 課題、政策立案について知見を深める中で、 「研究者が果たすべき役割と重 要性について立場を超え多面的にとらえることができた」 「社会価値創造に 向けた意識・ビジョンが大きく醸成された」等の声が寄せられ、極めて有 http://sangakukan.jp/journal/ 34 *1: 連 合 農 学 研 究 科: 全 国 18 の国立大学法人から構成される 農学の博士後期課程である。全 国 6 地区に設置されている。 ◦岩手大学大学院連合農学研究 科(岩手大学、弘前大学、山 形大学、帯広畜産大学) ◦東京農工大学大学院連合農学 研究科(茨城大学、宇都宮大 学、東京農工大学) ◦岐阜大学大学院連合農学研究 科(静岡大学、岐阜大学、信 州大学) ◦鳥取大学大学院連合農学研究 科(鳥取大学、島根大学、山 口大学) ◦愛媛大学大学院連合農学研究 科(愛媛大学、香川大学、高 知大学) ◦鹿児島大学大学院連合農学研 究科(佐賀大学、鹿児島大学、 琉球大学) 産学官連携ジャーナル Vol.6 No.4 2010 意義なプログラムであったことが伺える。 ◆多様な機関と連携した長期インターンシップ プログラム 本プログラムは、産業界等での長期実務研修(3 カ月以上) を通じて、社会のニーズをつかみ、時代を先取りしたプラン ニングができる能力を開発する。平成 20 年 6 月の開始からこ れまでに、博士課程在籍者および博士人材 29 名が、国内外の 幅広い分野の機関で長期インターンシッププログラムを実施 している。研修参加者からは、 「イノベーションに向けてキャ 写真 1 アグロイノベーション戦略研究ワーク リアプランが明確になった」 「研究活動にも有用なフィード ショップ バックがあった」等の感想が寄せられ、長期学外研修は予想 以上に効果が高いことが分かった。また、受入機関からも「博士研究者に 対する負のイメージが消えた」 「インターンシップ事業を今後も継続してほ しい」などの意見もあり、産学連携・地域連携が若手研究者を通して大き く発展していくことが期待される。 【SRI インターナショナルによるイノベーション実務研修】 最近のわが国におけるイノベーションという言葉の使われ方を見ると、ほとんど流行語化しているきらいがあるが、自らが有する高度 な専門能力に幅広い視野と高い意欲を持って、現実のイノベーションの創出に結び付けるには、そもそも「イノベーションとは何か」、そ してそれを実現するにはどうすればいいのかという問題意識と創造的な発想力が重要である。しかし、残念ながらこれらを教育する適切 なプログラムはまだわが国にはないと言っても過言ではない。アグロイノベーションセンターでは、この分野でおそらく世界最先端のノ ウハウを有している SRI インターナショナルと連携してイノベーション実務研修を実施している。 米国産業界リーダーの支援を得て発足した SRI インターナショナルは、1970 年にスタンフォード大学から独立した研究機関であり、イ ノベーションにおいて数多くの実績を有しているとともに、シリコンバレーにおけるイノベーション事例とノウハウを網羅的に解析し、 原則化・システム化している。本実務研修プログラムは、若手研究者がイノベーション原則にかかわる理論および実践的スキームを包括 的かつ論理的に習得することを目的としている。さらに本プログラムを発展 させることにより、 「日本型イノベーション教育プログラム」の開発を目指して いる。本年度は、カリフォルニア州メンローパークにある SRI 本部にて、14 名の若手研究者を対象に 12 月 8 日から 10 日までの 3 日間、シリコンバレーの 投資家やベンチャー企業を上場させた経験のある研究者等、11 名の実績のあ る講師陣による先進的なイノベーション教育を実施した(写真 2)。顧客価値 創造や価値命題の検証という研究者がこれまでほとんど意識することがなっ たコンセプトや組織連携の在り方、イノベーションは偶発的に起こるもので はなく確かな道筋を開拓した者のみが実現できることなど、極めて高度かつ 写真 2 カリフォルニア州メンローパーク SRI インタ 刺激的な内容に対して、参加者からは非常に大きな反響があった。 ーナショナル本部にて ◆おわりに 日本の発展や国際競争力の確保、国際協調のための唯一の道が「イノベー ション」であることは誰もが認めるところである。しかし、イノベーショ ンとは何か、どうしたらそれが達成できるのかを知る人は極めて少ないの が実情であり、小手先の対応やアイデア、スローガンだけで成しうるもの ではない。イノベーション創出の最も重要な鍵を人材が握っていることは 論をまたないであろう。本学の人材育成事業は、研究推進において中心的 役割を果たす若手研究者が、地域を超え、分野を超えて、数多くの化学反 応を引き起こし、イノベーションに結び付けるための非常に有効かつ現実 的な取り組みであると確信している。 http://sangakukan.jp/journal/ 35 産学官連携ジャーナル Vol.6 No.4 2010 連載 ニュービジネス創出・育成に向けた銀行界の役割 第1回 関係者からの銀行への期待 全国銀行協会 金融調査部 全国銀行協会では、2009 年 12 月「ニュービジネスの創出・育成に向けた産学官連携と 銀行界が果たすべき役割」と題するレポートを公表した。今後の経済成長に必要なニュー ビジネスの育成等のためには、金融機関としても、これまで以上に産学官連携を支援す る取り組みを推進することが重要であるとの認識のもと、今後の金融機関のかかわり方 などについて提言を行っている。これから 5 回の連載で、銀行の取り組み状況や今回の 提言を中心にレポートの内容を紹介する。第 1 回目は、レポート作成の趣旨とヒアリン グ調査先からコメントのあった銀行に対する期待等を見ることとしたい。 全国銀行協会(全銀協)では、毎年度、政策提言のテーマを設定し、レポー トの作成・公表を行っている *1。2009 年度は、テーマを「ニュービジネスの創 出・育成に向けた産学官連携と銀行界が果たすべき役割」とし、今後の経済成 長の礎となるニュービジネスの創出・育成に向けた産学官連携に係る課題等を 踏まえ、資金供給に限定しない幅広い多様な金融機関の関与の在り方などを展 望することとした。レポートの作成にあたっては、文献等による調査のほか、 産学官連携に係る主要な関係者(経済産業省、文部科学省、科学技術振興機構、 東京大学および三菱東京 UFJ 銀行)にヒアリング調査を実施するとともに、全 *1:全銀協では、2008 年度は「金 融業における環境事業活動の現状 と銀行に期待される役割」 (http:// www.zenginkyo.or.jp/news/ entryitems/news210225_1. pdf)、2007 年度は「金融経済教 育の一層の充実に向けて」 (http:// www.zenginkyo.or.jp/news/ entryitems/news200229_1. pdf)と題するレポートを公表。 銀協の正会員 126 行にアンケートを実施し、昨年 12 月にレポートを取りまと め公表した *2。 本稿では 5 回にわたり、レポートに基づいて、関係者へのヒアリング調査や 銀行へのアンケート結果等から、銀行の取り組み状況、問題意識および課題等 *2: レ ポ ー ト は、http://www. zenginkyo.or.jp/news/2009/ 12/25150001.html を参照。 を見た上で、今後、産学官連携において果たすべき銀行(界)の役割について の提言を紹介することとしたい。 ◆レポート作成の趣旨 わが国の成長戦略を展望すると、新たな技術の種を創生する大学等の研究機 関、将来の経済成長の糧となる研究開発投資を行う企業、国際競争力を強化 し、持続的な経済成長の実現を目指して諸施策を行う政府の 3 者が、それぞれ のポジションにおいて、中長期的な視点で継続的な取り組みを行うことが不可 欠である。また、これらの産学官の連携により、それぞれの取り組みが一層効 果的に成果を挙げることが期待される。 現在、産学官が連携してニュービジネスを創出・育成していこうという意識 は広く浸透し、積極的な取り組みが行われている。例えば、環境関連ビジネス やナノテクノロジーなど、わが国が持つ産業・技術の強みを活かしたニュービ ジネスを創出・育成していくことが非常に重要である。また、中小企業が抱え る技術的な課題を学・官の協力を得て解決していくことなども、1 つの取り組 みである。こうした課題解決が広く行われれば、大きなビジネスに転じること も十分に考えられ、わが国経済全体の底上げにも寄与するものと考える。 一方で、わが国経済は持ち直しの動きを続けており、先行きは不透明ながら も緩やかな回復傾向にあると考えられるところであるが、民間部門の研究開発 http://sangakukan.jp/journal/ 36 産学官連携ジャーナル Vol.6 No.4 2010 投資や国の科学技術政策の動向については注視する必要がある。これらの企 業・政府の動きは、持続的なイノベーションに向けた今後の取り組みに影響す る可能性もある。 このような状況においては、産・学・官といったメインプレーヤーの取り組 みに加え、銀行の持つ仲介機能を通じた支援も、今後の産学官連携においては 重要な役割を担っていくものと考えられる。銀行は、足元の経済情勢を踏まえ 中小企業向けの金融円滑化に最大限努力しているところではあるが、将来わが 国経済の支えとなるビジネスの創出・育成を見据えて、産学官連携に取り組む ことも銀行界に期待されている役割であると認識している。 ◆産学官連携の関係者からの銀行への期待 産学官連携におけるわが国の取り組みの全体を俯瞰(ふかん)するとともに、 産学官連携の主要な関係者が連携の中で金融機関をどのような主体として見て いるかを把握することなどを目的として、ヒアリング調査を実施した。前者に ついては、レポートの第 1 章において「産学官連携に係る基本的な枠組み」 「関 係省庁の取組み」 「政府関係機関等の取組み」 「大学等の取組み」 「コーディネー ターと『目利き』」 「経済団体等の取組み」として整理している(この点について はレポートを参照いただきたい。なお、銀行の取り組みと関係のある金融庁の 施策は表 1)。後者は、第 2 章の「わが国の銀行における産学官連携の取組みの 現状」において、 「産学官連携の関係者からの銀行への期待」として整理してい る。 表 1 産学官連携に係る金融庁の施策 科学技術 基本計画 年度 2002 金融庁の対応 概要 第 2 期 「金融再生プログラム」 ○ 「中小・地域金融機関の不良債権処理については、 「リレー ションシップバンキング」の在り方を多面的な尺度から検討 したうえで、平成 14 年度(2002 年度)内を目途にアクショ ンプログラムを策定する」とされた。 「リレーションシップバ ンキングの機能強化に 関するアクションプロ グラム」 ○ 「中小企業の技術開発・新事業の展開支援のため、各金融機 関に対し、中小企業が有する知的財産権・技術の評価や優良 案件の発掘等に関し、産学官とのネットワークの構築・活用」 などを要請。 ○各地の財務局に「産業クラスターサポート金融会議」を設置。 「中小・地域金融機関向 けの総合的な監督指針」 ○ 2003 年のアクションプログラムを受けて策定され、同プロ グラムによる機能強化計画に沿って、 「産学官ネットワークの 構築・活用」などの取組みを積極的に推進する体制が整備さ れているか、という視点が示された。 「地域密着型金融の機能 強化の推進に関するア クションプログラム」 ○ 2004 年の金融改革プログラム *3 にもとづき策定されたアク ションプログラム。この中で、 「中小企業の技術開発や新事業 の展開を支援するため、各金融機関に対し、中小企業が有す る知的財産権・技術の評価や優良案件の発掘等に関し、産学 官とのネットワークの構築・活用」などが要請された。 2004 第 3 期 金融審議会金融分科会 第二部会報告「地域密着 型金融についての評価 2007 と今後の対応について」 ○これまでの 2 次 4 年間のアクションプログラムの成果等も踏 まえ、地域密着型金融は、地域金融機関が引き続き取組みを 進めていくべきものとの結論が出された。これを受けて、今 後は通常の監督行政の恒久的な枠組みで推進すべきとされ、 中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針は地域密着型の 金融を推進するよう改正された。 *3: 地 域 金 融 に つ い て は、 「活 力ある地域社会の実現を目指し、 競争的環境の下で地域の再生・ 活性化、地域における起業支援 など中小企業金融の円滑化及び 中小・地域金融機関の経営力強 化を促す観点から、関係省庁と の連携及び財務局の機能の活用 を図りつつ、地域密着型金融の 一層の推進を図る」とされてい る。 「中小・地域金融機関向 ○監督指針の主な着眼点にある「地域密着型金融」の項目におい けの総合的な監督指針」 て、自主的な取組みとして産学官連携が例示された。 〔出所〕金融庁ウェブサイト資料から作成 http://sangakukan.jp/journal/ 37 産学官連携ジャーナル Vol.6 No.4 2010 産学官連携の関係者へのヒアリング調査の中で、 「銀行の役割をどう考える か」等について質問を行った。回答の概要は表 2 のとおりであり、 「産と学との 仲介」 「資金提供」 「技術評価」等に大きく分けることができる。銀行は企業との 日常的な取引関係の中で情報の蓄積があるため「産と学の仲介」という観点か ら、銀行が産と学とを直接つなぐこと、連携の諸施策を企業に紹介することな どについて、強い期待が見られた。一方、金融支援の面(資金提供)や技術の 「目利き」については、研究資金の供給には漠然とした期待はあるものの、技 術評価の実施も含め銀行の業務の性格からみて、あまり親和性がないとの認識 が示された。また、金融機関の強みとして ①「産」の動向を把握している ②地 方の景気動向を把握している ③事業に対する投資判断ができる、ことなどが 挙げられ、産学官の各プレーヤーが知りたい情報を持っているという指摘もあ り、これらを活かした役割を果たすことへの期待が見られた。 表 2 ヒアリング調査において示された銀行への期待 ( 主なもの ) 項目 銀行への期待 産と学との仲介 ○最近では、 「産学官」から「産学官+金」の動きになっていると聞いている。世の中ビジョ ンだけでは動かない。資金供給に限らず、金融機関が前に出てくれば、その取組みの 求心力が高まるし、シナジー効果も得られると考える。 ○中小企業の産学官連携を進めたいが、行政から参加を促しても、なかなかうまくいか ない。中小企業と日ごろから接している銀行が、パイプ役になってくれればよいので はないか。 ○産 学官連携に係る取組みを企業におけるキープレイヤーに伝えたいと考えているが、 立場的にこれが難しい。ファイナンス面でのやり取りの中で、企業の経営層に直接話 をすることができる金融機関の持つルートはかなり魅力的。そういったルートを活用 した働きかけに期待したい。産学官連携関連の案件での成功体験を多くの銀行員に持っ てもらうことが、産学官連携の裾野を広げることにつながり、大事だと思う。 資金提供 ○日本における産学官連携では、公的な資金による支援を前提として考えているが、金 融業界には、アーリーステージにおける新たな支援スキームへの漠然とした期待をし ている。 ○アーリーステージでの銀行によるファイナンスは難しいと認識している。産学連携の 案件では、研究テーマに対して、銀行から融資等で条件が付され、案件となりにくい。 一方、設備投資をする段階では、銀行も本来的には対応が可能なのかもしれない。 ○製品を作る段階において、銀行がファンドを通じて資金供給することは、今後ありう ると思う。ただ、収益を上げることが、当然に必要だということは理解している。大 学は金融などのさまざまなステークホルダーの中で取り組んでいるという意識改革も 必要。 ○現場の PR も大切。銀行にも投融資の機会はあると思う。今は掘り起こしができていな いのだと思う。 技術評価 ○銀行が技術的な評価を行うことは難しいと思っている。銀行には技術評価や目利き以 外の活動領域を広げてもらいたい。 ○技術だけでなく商品の普及も踏まえた展開が必要である。研究開発段階からのマーケ ティングが必要であり、銀行は技術的なアドバイスはできなくても、 「それでは売れな い」などの指摘も含めた助言をしてもらえるとよいのではないか。人脈紹介も有益だと 思う。とかく大学は技術に偏りがちなので、社外取締役のようになって関わってくれ るとよいのではないか。 その他 ○金融機関の強みは、①「産」の動向を把握している、②地方の景気動向を把握している、 ③事業に対する投資判断ができる、ことなどがあげられる。よって、産学官の各プレー ヤーが知りたい情報を持っている。 次回は、銀行の取り組み状況について、銀行へのアンケート結果に沿って見 ていくこととしたい。 http://sangakukan.jp/journal/ 38 産学官連携ジャーナル Vol.6 No.4 2010 ★大学の知財本部整備、国際連携、地域連携などの進展は評価できるが、国の補 同床異夢では大きな 成果を期待できない 助金が無くなったら、推進組織無用論や大幅縮小論が出る大学もあるようだ。産 学官連携を「外部資金獲得」の手段と位置付けている大学が多い。大切なのは個別 テーマ設定の際、 「産学連携によって何を実現するのか」を関係者間でもっと議論 すべきである。個別の問題解決のみに走らずに、達成すべき課題の設定とその共 有化がイノベーションにつながる。同床異夢のもとで部分最適に重心を置くので はなく、同床同夢のもとでの全体最適を追求するシステムと意識改革が望まれる。 How to do でキャッチアップ時代を過ごした日本の産学官関係者は、フロントラ ンナーになった今日、What to do を視野に入れて議論すべきである。 (編集委員長・高橋 富男) ★昨年暮れに閣議決定された「新成長戦略」は、新味に欠ける、具体性が無いなど 一般に評価はそれほど高くない。しかし、基本方針において「システム輸出」によ るアジア需要の創造、 「幸福度や満足度」に関する指標づくり、 「日本の自然や文化 遺産あるいは多様な地域性」を資源としてとらえ生かそうとしている点などいく つか注目すべき内容が含まれている。しかも「実行」することが強調されている。 これらの基本方針が宣言のみに終わらず、今後、具体的な形で実行され実現さ れることを強く望むものであり、置かれた立場でできることはやりたいと考えて いる。 (編集委員・藤川 昇) まず実行、そして実現へ ★東芝が電機大手では初めて一般白熱電球の製造を中止した。同社発祥事業の 1 実用化までの30年とは つだった。電球型蛍光ランプに加え 2007 年に実用的な明るさの LED 電球を商品 化。置き換えを進めていく。後押ししたのは CO2 排出量削減という時代の要請だ。 消費電力が 8 分の 1 の LED 照明など代替品の開発競争はメーカー間で加速するだ ろう。よくある世代交代の形だが、磁気記録方法が水平から垂直に移ったハード ディスクはどうなのだろうか。特集で岩崎俊一先生を知る 3 氏が読み解いている。 実用化への 30 年は長かったのか。水平が限界を迎えるはるか 30 年も前に次代を 担うコンセプトを提示されたとみるべきなのか。その先見のゆえに理解されない 時期もあった。時代がようやく追いついた。よかった。 (編集長・登坂 和洋) 産学官連携ジャーナル(月刊) 2010年4月号 2010年4月15日発行 編集・発行: 独立行政法人 科学技術振興機構(JST) イノベーション推進本部 産学連携展開部 産学連携担当 編集責任者: 高橋 富男 c Copyright ○2005 JST. All Rights Reserved. 東北大学 高度イノベーション博士 人財育成センター 副センター長 兼 インターン推進室長 39 問合せ先: JST産学連携担当 鈴木、登坂 〒102-8666 東京都千代田区四番町5-3 TEL :(03)5214-7993 FAX :(03)5214-8399 産学官連携ジャーナル Vol.6 No.4 2010
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