中学校美術科での ICT の活用

教科学習でのICTの活用
中学校美術科での ICT の活用
-コミュニケーション能力を育てるために-
高 野
抄
録
中学校美術科では表現,伝達,交流の能力を高めるこ
直 美
2
指導要領から
とを大切にしている。コンピュータを活用することで,
平成 14 年度から実施された学習指導要領では,コンピ
これらの能力を効果的に高めることが可能であると考え
ュータが表現道具の1つとして明記されている。各学年
る。
の目標及び内容で「伝えたい内容を図や写真・ビデオ・
<キーワード>
コンピュータ等映像メディアなどで,効果的で美しく伝
映像表現,ビジュアルコミュニケーション
達・交流すること。」
〔1学年〕2内容
A 表現
(2)
ウ
「伝えたい内容をイラストレーションや図,写真・ビデ
1
コンピュータ活用のねらい
美術科の授業でコンピュータを活用し始めたのは,
オ・コンピュータ等映像メディアなどで,わかりやすく
美しく表現し,発表したり交流したりする。」〔第2学年
及び3学年〕2内容
A 表現
(2)
ウ
などのように記
勤務校にコンピュータ室が設置されたと同時の平成
され,美術科の授業でコンピュータが活用される場面が
3年 11 月である。以来 15 年間コンピュータを取り
広がっている。しかし,コンピュータを使えばそれでよ
入れた授業に取り組んできた。ハードとソフトの向
いというわけではない。どの部分でどのような使い方を
上,インターネット接続等に伴い,取り組める内容
することが生徒一人ひとりの表現力を高め,またコミュ
の広がりはあるが,活用のねらい,原点は当初から
ニケーション能力の向上につながるのだろうか。今まで
一貫している。生徒の色彩感覚や構成力等の造形的
の実践を省みる中で考えてみたい。
な力を伸ばすこと,これからの社会を生きるのに必
要な映像言語を獲得すること,そしてコミュニケー
ション能力を育成することである。
3
コンピュータの活用で伸ばす表現力
これまでの実践から,美術科においてコンピュータの
活用に適した学習は主に以下の3点であると考える。
1.色彩感覚と形の構成力の伸張
2.写真を活用した空想的な表現力の育成
3.アニメーション表現による映像感覚の育成
(1)
色彩感覚と形の構成力の伸張
今年度はコンピュータ室を使用することができなか
ったので,1 学年生徒には絵の具を活用した色彩学習を
行った。立方体のそれぞれの3つの面を一定のルールで
彩色する方法をとったので,何色を塗ればよいのか迷う
図1
第 1 学年生徒
「色彩構成」
ことは少なかったが,それでも混色に関する質問が多か
った。コンピュータを活用すると「どんな色を塗ればよ
TAKANO
Naomi:川崎市立向丘中学校(神奈川県川崎市宮前区神木本町 5-11-1)
- 33 高野直美:中学校美術科での ICT の活用
いのだろう」という質問は出ない。多くの色の中から感
覚にあったものを選択し,どの生徒も自分の作品に対し
て「美しいなあ」,
「きれいだなあ」,
「色って素敵だなあ」
と感じ取ることのできる授業が展開できるのである。こ
の学習は 16 色表示の MS-DOS 時代のコンピュータでも,
色彩のグラデーションと UNDO 機能のあるソフトを活用
することで展開できた。色や形はビジュアルコミュニケ
ーションを支える基本的な要素である。
(2)
写真を活用した空想的な表現力の育成
中学生は空想的な世界への憧れ,夢のような世界を描
図3
第 3 学年生徒
夢の世界
きたいと思っている。しかし実際に描くとなると,かな
りの時間と描写力を必要とする。写真を活用することで
て心地よい,美しいものを作り出すことである。写真の
発想・構想力を膨らませ,豊かな世界を表現できるよう
ような直接的なイメージを伝えるメディアを活用したと
になる。写真画像を平易に取り込めるようになった段階
きには,特に注意が必要である。見る人を不快な気持ち
で,この学習にコンピュータを活用し始めた。Windows3.1
にさせたりするような不適切な表現はさせたくない。映
当時でも,多少画像は荒くはなってしまうが,生徒たち
像表現でのコミュニケーションの基礎・基本は,作品を
は多くの写真を検索し,自分のイメージを広げていった
見る人,情報を受け取る人が「美しい」と感動できるよ
のである。その後 OS も進化し,扱える色数も格段と多く
うなメッセージを作り出すことであると考える。
なり,幸いなことに,この学習に最適なソフトの開発に
携わることもできた。
(平成9年度文部省学習用ソフトウ
(3) アニメーション表現による映像感覚の育成
エア研究開発事業美術教材開発委員会「ポスターをくふ
中学生が毎日接する映像媒体はゲームやアニメーショ
うする」日本文教出版)ここではわかりやすいレイヤー
ンだろう。これらの媒体に対してはほとんど受け身の姿
構造とそのレイヤーごとの透明度の操作,使いたい画像
勢である。美術科でゲームを制作することはできないが,
を簡単にストックしておける機能を組み込むことができ
アニメーション制作を通して,映像言語の基礎について
たのである。
(図2)著作権をクリアーした写真画像等も
学んでほしいと考える。
ふんだんに使いながら,生徒たちは空想的な世界を創造
コンピュータを活用する以前は,パラパラアニメに代
し,完成作品に対する造形的な満足感を得られるものと
表されるように,形や色が少しずつ変化する絵をある程
なったのである。(図3・図4)
度の枚数描くことでアニメーション制作を行っていた。
色彩感覚や構成力等の表現力も伸びていくが,この学習
コンピュータを活用することで,実際に時間の流れの中
で学ぶコミュニケーション能力は,作品を見る人にとっ
で動きや音楽まで展開できる作品制作が可能となった。
図2
レイヤー構造のあるソフト
- 34 学習情報研究 2007.1
図4
第3学年生徒
夢の世界
MS-DOS 時代には中学生でも比較的簡単にプログラムが
組ませたい。写真を活用した表現活動でも,作品を見る
組めるロゴライターというソフトを活用した。アイコン
人,情報を受け取る人が「美しい」と感動できるような
程度の小さなキャラクターを動かしていくアニメであっ
メッセージを作り出すことこそ基礎・基本であるとした
たが,BGM をつけながら,生徒たちは一生懸命取り組ん
が,ここでも同様である。
だ。やがて,GIF アニメが扱えるようになり,グラフィ
ックソフトで描いた絵(図5)を順次に表示できる GIF
アニメ生成ソフトに送り込む形でアニメを制作できるよ
うになった。
図6
図5
1学年生徒
アニメーション制作ソフトの画面
GIF アニメの原画
しかし,ここでもまだ「絵を描くこと」に重心が傾い
4
コミュニケーションを目的に
てしまう。
「変化や動きなどといった,アニメ特有のイメ
写真による表現もアニメーションも,作品の中に伝え
ージ」をもっとすばやく実現できないものかと思案して
たいメッセージをダイレクトに入れることで,見るだけ
いたころ,たいへん画期的なアニメソフトに出会い,こ
で作者の表現テーマが伝わってくる。
のソフトを授業で活用するためのブラッシュアップにか
一方,鑑賞者とより深くコミュニケーションできるよ
かわることができた。(「EVA アニメータスクール」日本
うな作品作りをしてみたいとかねてより考えてきた。幼
文教出版)このソフトでは,1コマ目の「○」を2コマ
い子どもたちが楽しんでいるようなインタラクティブ
目で「△」に変形すると,その間をコンピュータが自動
CD のような作品制作である。ここではメッセージは隠さ
生成してくれる。ここに児童生徒に扱いやすいような配
れている。作品に接する人が実際にマウスを操作し,作
慮を加えることで,色や形の変化,変容等の発想部分を
品とかかわることで,作者の伝えたいことを感じ取って
より一層豊かにした作品づくりができるようになった。
いくものである。
(図6)
ここでは,誰のために何を目的にアニメーション学習
に取り組むのかを押さえておきたい。
以前グラフィックソフトで描画したものをプレゼンテ
ーション作成ソフト内に取り込み,インタラクティブな
作品制作を行ったことがある。このときは2本のソフト
アニメーション制作のキーワードは「温かな,楽しい,
を使う必要があったので,生徒にとってのハードルは高
ユーモラスな」である。作品を見る人が,一体何が起き
かったが,クリックすることで変化する楽しさに大きな
るのだろうかと期待感を持ち,見終わった後に,温かな
魅力を感じ,意欲的に活動していった。このとき使用し
気持ちになるものを作らせたいのである。時間軸の中で,
たソフトは分岐構造を持っていたので,常に1つの画面
色や形が変化・変容し,全体の流れの中でどのような盛
からさまざまなキャラクターを登場させることができた。
り上がりを作るかなどといった造形的なポイントととも
18 年夏バージョンアップ中のソフトを試用する機会
に,見る人に対する気持ちを考えるということが映像表
に恵まれた。バージョンアップに伴い,インタラクティ
現の最も大切な基礎・基本だと考えている。
ブな機能が強化された。また,アニメのキャラクター個々
他人をあざけるような笑いではなく,見る人に対して
に動きを取り入れながら,画面上でパスを切る(マウス
優しい,まろやかなメッセージを送ることを中心に取り
て指定した軌跡を動かす)こともできるようになり,比
- 35 高野直美:中学校美術科での ICT の活用
較的平易にインタラクティブなアニメーション制作がで
変わる道具だが,周辺の困難さを乗り越えても使う意味
きるようになった。アニメーション制作ソフトの特性上,
と喜びのある道具である。ICT を活用することで生徒が
時間軸に沿って直線的に進行する構造なので,1つの動
個々に獲得した力が実感として「わかる授業」を構築し
きを見終わった後に,もう一度同じ動きを楽しむには,
ていきたいと考えている。
はじめから再スタートしなければならない。
しかし1つのソフトの中で描画,動き,インタラクティ
ブについての操作等を扱えることで,生徒のイメージを
スピーディに定着できることから,分岐構造でなくとも
それほどの違和感なく鑑賞できるのである。
図7
2 学年生徒共同制作
インタラクティブなアニメーション
(太陽をクリックするとヒヨコが登場し,雲をクリックすると
蝶がひらひら飛びまわる)
5
あふれるほどの美術作品に触れる機会
表現学習だけでなく,名画の鑑賞学習にもコンピュー
タは威力を発揮する。学校のサーバにおいた名画(著作
権をクリアしたもの等)をネットワーク活用して互いに
分担して調べたり,感じたりしたことを交流し合う学習
形態をとることで,興味関心を高め,より深く作品を鑑
賞することも可能である。生徒は美術の教科書や資料集,
画集等では見ることのできない作品を数多く味わうこと
ができるのである。
【参考サイト】
6
今後の課題
必修美術科の学習は3か年で 115 時間である。限られ
・「色や形の学習
『色の感じ』」
http://www.nicer.go.jp/itnavi/jirei/ITN43026.html
・「写真画像を使った空想的な構成表現
『デジタルコ
た中での指導計画を立てる必要がある。コンピュータの
ラージュ』」
活用で効率化を図り,五感や手作業を生かした作品制作
http://www.nicer.go.jp/itnavi/jirei/ITN43028.html
の時間も確保したい。しかし,教師個人の努力では超え
・「コンピュータによるアニメーション制作」
られない課題もある。コンピュータ室が1つしかないた
http://www.nicer.go.jp/ict3/computerskill.php?si=
めに,学校規模が大きいと,技術家庭科の授業と重なり
51%2F82&sc=617&dir=on - 617x
美術科でコンピュータを活用することは困難である。特
・「楽しい不思議なアニメーション」
別教室にノートパソコンとネットワーク環境が配備され
http://www.nicer.go.jp/itnavi/jirei/ITN43027.html
るまで,まだ時間がかかりそうである。ソフトの購入予
・「この絵誰の絵
算等も限られているのが現実である。他の備品や教材,
http://www.nicer.go.jp/ict3/computerskill.php?si=51%2F8
教具と違って,学校や自治体の差違で使用環境が大きく
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- 36 学習情報研究 2007.1
鑑賞クイズ」