ヘルス ツーリズムの 手引き

ヘルス
ツーリズムの
手引き
̶平成21年度ヘルスツーリズム推進事業報告書̶
平成 22年3月
はじめに
観光は、わが国の経済、地域の活性化をもたらす21世紀のリーディング産業
となるものです。平成18年12月に観光立国推進基本法が成立し、それぞれの地
域が持つ特色を生かした魅力ある観光地づくりを推進し、観光立国の実現を図
ることが国家戦略の一つになりました。(社)日本観光協会といたしましても、
全国で観光振興に取り組んでおられる方々と手を携えて観光立国の実現に向け
努力して行きたいと考えております。
一方、国民の観光旅行は従来の団体旅行から家族・友人等を中心とした個人
旅行に変わってきています。また、旅行内容も活動型、体験型、学習型という
ように目的を持ったものに変化するとともに、1泊2日の旅行から2泊・3泊、
場合によっては1週間以上という長期滞在型も出てきており、観光旅行のニー
ズは益々多様化してきました。
こうした新たな旅行需要の創出による地域の経済活性化等のため、地域密着
型ニューツーリズムとして、産業観光、エコツーリズム、グリーンツーリズム、
ヘルスツーリズム、フラワーツーリズム、フィルムツーリズムなどが注目され
ています。特に、高齢社会の進展、生活環境の変化に伴い、国民の健康増進の
重要性はますます増大しており、観光旅行業界においても、健康や体力の維持・
増進、疾病予防を主眼にした観光が各地で実験的な取り組みが行われるように
なりました。
(社)日本観光協会では、こうした動きを支援するためにヘルスツーリズムに
ついて取り上げ、平成18年度にはヘルスツーリズムの概念と定義、推進上の課
題などをとりまとめた『ヘルスツーリズムの推進に向けて』の発行、平成19年
度には国内外9か所のヘルスツーリズムの先進事例についてとりまとめた『ヘ
ルスツーリズム事例集』の発行、平成20年度には(社)日本観光協会における今
後のヘルスツーリズム推進のための事業の方向性と優先度についてとりまとめ
た『今後のヘルスツーリズムの取り組みに関する調査』の発行を行いました。
さらに今年度は、優先度の高い事業として、これまでの一連の成果を総まとめ
する形で『ヘルスツーリズムの手引き』の発行を行いました。
本書が地方自治体や観光関係者をはじめ多くの方々にご一読いただき、これ
からのヘルスツーリズムの推進に参考として頂ければ幸いです。
平成22年3月
社団法人 日本観光協会
会長
西田厚總
目
次
はじめに
Ⅰ
Ⅱ
Ⅲ
Ⅳ
調査目的と方法 ---------------------------------------------------- 1
1
調査目的 ------------------------------------------------------ 1
2
調査方法 ------------------------------------------------------ 2
ヘルスツーリズムとは何か -------------------------------------------- 4
1
社会的背景 ---------------------------------------------------- 4
2
定義 ---------------------------------------------------------- 4
3
ヘルスツーリズムの対象領域 -------------------------------------- 6
4
意義と社会経済的効果 ------------------------------------------- 9
ヘルスツーリズムの推進方策 ----------------------------------------- 13
1
受け入れ地域における推進上のポイント ----------------------------- 13
2
先進事例の動向 ------------------------------------------------ 18
ヘルスツーリズムの展開 --------------------------------------------- 20
1
ヘルスツーリズムの市場規模とニーズ ------------------------------- 20
2
ヘルスツーリズムの活動プログラム・タイプ --------------------------- 22
3
実務上のポイント ------------------------------------------------ 30
おわりに
付属資料
Ⅰ
ヘルスツーリズムのための基礎知識 ----------------------------------- 1
1
健康悪化の要因と疾病 ------------------------------------------- 1
2
心身の測定 ---------------------------------------------------- 7
3
ヘルスツーリズムに用いられる主な療法 ----------------------------- 16
♦ 運動療法 ------------------------------------------------------ 16
♦ 気候療法 ------------------------------------------------------ 21
♦ 地形療法 ------------------------------------------------------ 23
♦ 森林セラピー・森林療法 ------------------------------------------ 26
♦ 海洋療法(タラソテラピー) ---------------------------------------- 31
♦ 温泉療法 ------------------------------------------------------ 33
♦ 食事療法 ------------------------------------------------------ 39
Ⅱ
ヘルスツーリズムのための医科学的根拠データの紹介 -------------------- 47
Ⅰ
1
調査目的と方法
調査目的
現代はストレス社会とも呼ばれ、うつ病になる人が増えている。また、国民健康・栄養
調査によると、運動不足や偏った食事によってメタボリックシンドロームが強く疑われる
か、予備群になる人が40代以上の男性の2人に1人、女性の5人に1人となっている*1。
さらに間もなく国民の4人に1人が高齢者という超高齢社会となり、国民医療費が年間35
兆円に達しており、益々社会の活力を低下させる恐れがある。
このような状況の中で健康づくりや疾病予防を積極的に推進するため、国を挙げて健康
社会に向けた環境整備が進んでいる。観光・旅行業界においても、癒し、健康に対するニ
ーズが高まっており、これらに対応する新たなツーリズムのあり方として、健康や体力の
回復・維持・増進、疾病予防を主眼とする「ヘルスツーリズム」が注目され、各地で取り
組まれるようになってきた。
ヘルスツーリズムが国民の健康づくりを担い、かつ、国民医療費の抑制に貢献すること
には誰も異論はないであろう。経済産業省が2003年に発表した「健康サービス産業創造研
究会報告書」によると、2010年に健康増進活動等の推進によって医療費抑制効果は4兆円
になるという*2。ヘルスツーリズムは、将にその一翼を担うものであり、さらには旅行先
での連泊滞在日数が延び、地域経済の活性化にもつながることが期待される。
しかし、まだ各地での取り組みは実験段階であり、この事業が観光・旅行業ばかりでは
なく、地域の医療業や農林漁業など様々な産業に波及し、地域全体の経済活性化をもたら
すまでには至っていない。その背景としては、まず、健康に良いツアーであることを医科
学的に実証しなければ薬事法や景品表示法など、法律に抵触することが高いハードルにな
っている点があげられる。次に、ヘルスツーリズムは健康につながる地域資源を総動員し
た着地型観光であるが、まだその運営ノウハウが確立しておらず、着地型観光をプロデュ
ースやコーディネートできる人材も乏しいこと、ヘルスツーリズムを運用できる専門的な
知識を持った人材が乏しいことなどがあげられる。
本書は、こうした点を踏まえて、ヘルスツーリズムの普及によって国民の健康づくりと
地域経済の活性化への貢献を図るべく、観光・旅行業の事業者や地域関係者などを対象に
したヘルスツーリズム推進のための手引きについてとりまとめたものである。
*1
厚生労働省「平成20年国民健康・栄養調査結果の概要について」
<http://www.mhlw.go.jp/houdou/2009/11/dl/h1109-1b.pdf>, 2009.
*2
健康サービス産業創造研究会『健康サービス産業創造研究会報告書』(プレス発表)
,2003,p.23.
-1-
2
調査方法
(ヘルスツーリズムにおける医科学的な根拠の取り扱い方)
「健康によいツアー」を標榜する限り、その医科学的な根拠を示さなければ、薬事法(誇
大広告・承認前の医薬品等の広告)や景品表示法(虚偽・誇大な表示)、特定商取引法(誇大広告・虚
偽の告示・誤認・困惑等を生じる行為)、消費者契約法(不実の告知等)に抵触する恐れがある。例
えば、ダイエット食品について、利用者の体験談を掲載して、食事制限をしなくても痩せ
られるかのように表示しながら、体験談はねつ造された内容だった上に、痩身効果も合理
的根拠のないものだったという場合、セールスの方法にもよるが上記の法律のいずれかに
違反してしまうので注意が必要である(⇒次ページの枠囲み記事参照)。
催行するヘルスツアーにおける健康の回復・維持・増進の効果については、独自の医科
学的な根拠を用意するのが最も良い。しかし、プログラムすべてについて独自に根拠を示
すには観光・旅行業の事業者や地域関係者にとっては性急には無理であり、かなりの時間
を要することになろう。そこで、胎動期といえる“ヘルスツーリズム”については以下の
ような考え方のもとに進めることを提案したい。
①必ずしもプログラムすべてが健康づくりにプラスでなくても、マイナスでなければ
よい。例えば、いくつかのプログラムの中で「ウォーキング」だけを健康づくりの
プラス商品として掲げるだけでも、ヘルスツーリズムとして取り扱えることにする。
②ただし、健康づくりにプラスとするプログラムを観光客にアピールする場合には、
薬事法や景品表示法などに抵触しないように、その医科学的な根拠を用意する必要
がある。
(ヘルスツーリズムの基礎知識および医科学的根拠データの整理)
ヘルスツーリズムにおける医科学的根拠に基づく部分のプログラムは、医学、健康科学、
栄養学などの基礎知識がないと作成できない。そこで、付属資料においてヘルスツーリズ
ムのための医学、健康科学、栄養学、主な療法に関する基礎知識を整理するとともに、各
地域が独自に医科学的根拠づくりをする際に参考になるように、一般書籍などに掲載され
ている医科学的根拠データを整理し、リストを作成した。
-2-
【参考】 健康食品の広告での薬事法の違反例
広告例 1箱
30袋入り
5,700円
○△食品は弊社が12年の歳月をかけ、原材料の栽培から製品化までを実現させた、品質重視の健康
食品です。原料となる「きのこ」をマウスに与える実験では、きのこを与えた場合のほうが動きが活発とな
り、約2倍長生きしました。これを詳しく解析したところ、免疫細胞が強化されていることが判明しました。こ
のことを人間に応用し製品化したのが本品です。
人間でのデ-タ-は集積していませんが、きっとマウスの場合と同じ働きをしているものと思われます。
病気ではないけれども、健康にちょっと自信がないという方にお薦めです。(注:下線部が薬事法上の違反
字句)
■ 免疫機能に影響を及ぼす旨の表現について(いわゆる健康食品)
いわゆる健康食品では、身体の構造・機能に影響を及ぼす旨の表現は使用できません。「免疫機能」
も身体の機能であるため、それを維持・増強する旨の表現は使用できません。また、以下のような類似表
現も使用不可です。
<その他の表現不適正な例>
1) 本品は人の体に備わっている自然治癒力を引出し、自らの力によって体調を整えていく作用があり
ます。
2) 本品の成分○○○は、体内の免疫細胞が働きやすいようにサポ-トしてくれます。
3) 原材料の○○は、本来体に備わっている「はねかえす力」を維持します。
出典:東京都保健福祉局健康安全室 薬事監視課 監視指導係「健康食品の広告での薬事法の違反例」
<http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/yakuji/kansi/cm/ihan09.html>,2006年1月更新
ヘルスツアーの中での足湯
-3-
Ⅱ
1
ヘルスツーリズムとは何か
社会的背景
消費者や企業は、インターネットを通して世界中の情報を簡単に低コストで入手できる
ようになったが、その反面、急速に経済のグローバル化が進み、市場競争が激化している。
国民の多くは、それまでに比べて一層効率性が求められてハイレベルな仕事を強いられる
ようになった。このため過度のストレスからうつ病になったり、運動不足や偏った食事か
らメタボリックシンドローム、生活習慣病にかかったりするなど、心身の健康を損ないや
すい社会環境になった。
厚生労働省の厚生統計要覧によれば、平成19(2007)年度の国民医療費は34兆1,360億円
を占め、年々増加傾向にある。今後の高齢社会の進展に伴って平成37(2025)年には60兆
円前後に達するという試算もあり、このまま増大する国民医療費を放置すると国全体の活
力のある社会を蝕んでいく恐れがある。政府は、平成12(2000)年から国民の健康づくり
や疾病予防対策として「健康日本21」を推進し、平成20(2008)年からメタボリックシン
ドロームに着目した特定健康診査・特定保険指導が実施されるなど、健康社会に向けた施
策が進められている。
一方、平成18(2006)年に観光立国推進基本法が成立し、旧法である観光基本法に引き
続き、前文において「国民が健康で文化的な生活を享受できること」を観光政策の基本理
念として掲げられた。また、平成21(2009)年の観光庁のアクションプランでは、①主に
1泊2日の旅に対応してきたシステムを、2泊3日以上の滞在型の旅を受け入れる方向へ
転換する、②国内観光を行う国民の満足度を高め、連泊・リピート客の増加を図る(旅の
品質向上)などを観光振興の基本施策として掲げられた。
こうした中で、ヘルスツーリズムは健康の回復・維持・増進、疾病予防を主眼にした観
光として、国民の健康づくりに貢献し、連泊・リピート客の増加を促進し、地域経済の活
性化に寄与するものとして期待されることとなった。
2
定 義
「ヘルスツーリズム」は、医科学的な根拠に基づく健康回復・維持・増進につながる観光である
「ヘルスツーリズム」は、これまで健康回復・維持・増進を主たる目的とした観光とし
て捉えられ、高医療性(=治療)から低医療性(=健康増進・レジャー)まで広がってい
る。低医療性は、観光の本質的要素である“楽しみの要素”を含む性格のものであるので、
観光の価値が損なわれることはないが、高医療性になると、我慢や苦痛を伴う要素が入っ
-4-
てくる場合があり、“楽しみの要素”がなくなる。その上、医療的な活動要素の拘束時間が
長いと、相対的に自己の自由時間が少なくなり、気晴らし、保養、自己開発といった活動
要素も減退し、観光の価値が損なわれる。
つまり、「ヘルスツーリズム」は、“医療的な要素”と“楽しみの要素”が入り、両者の
バランスをとったものでないと成立しない。“楽しみの要素”がなければ、単に遠方まで治
療に行くだけのことであり、またその一方で、“楽しみの要素”だけで、“医療的な要素”
が入らなければ、通常の「観光」と違いがなくなる。つまり、「ヘルスツーリズム」と通常
の「観光」との分かれ目はこの点にある。こうしたことから、「ヘルスツーリズム」と称す
る場合、事業者が医科学的に健康回復・維持・増進につながる要素が含まれる根拠を示す
ことができなければならない。以上の点を踏まえて、「ヘルスツーリズム」の本質的要素を
整理し、その定義を示すと、以下のようになる*。
「ヘルスツーリズム」の本質的要素
①医科学的根拠*1に基づく健康回復・維持・増進
・ヘルスツーリズムは、医科学的な根拠に基づく健康回復・維持・増進につながる活動である。
②自由時間
・ヘルスツーリズムは、自己の自由裁量時間を有する活動である。
③脱日常生活
・ヘルスツーリズムは、日常生活圏を離れて、非日常的な体験*2あるいは異日常的な体験*3をし、
必ず居住地に帰ってくる活動である。
④滞在中心*4
・ヘルスツーリズムは、主として特定地域に滞在する活動である。
⑤楽しみ、気晴らし、保養、自己開発
・ヘルスツーリズムは、楽しみの要素があり、気晴らし、保養、自己開発の各要素を選択できる活動
である。
*1
*2
*3
*4
医科学的な根拠…生体の構造・機能および疾病を研究し、疾病の診断・治療・予防の方法を開発する学
問に基づき、一定領域の対象を客観的な方法で系統的に研究した成果を拠り所とするもの。医科学的な
根拠については、
「医の倫理」について倫理委員会を設置して諮る必要がある。
非日常的体験…日常の生活にはないもの。例:テーマパーク
異日常的体験…日常生活とは異なるもの。例:都会人にとっての田舎生活
滞在には日帰り型と宿泊型がある
「ヘルスツーリズム」の定義
◆ 「ヘルスツーリズム」は、自己の自由裁量時間の中で、日常生活圏を離れて、主として特
定地域に滞在し、医科学的な根拠に基づく健康回復・維持・増進につながり、かつ、楽し
みの要素がある非日常的な体験、あるいは異日常的な体験を行い、必ず居住地に帰っ
てくる活動である。
*
(社)日本観光協会『ヘルスツーリズムの推進に向けて』,
(社)日本観光協会,2007,p.17.
-5-
3
ヘルスツーリズムの対象領域
ヘルスツーリズムは、療養、健康増進、レジャーの3つの領域を対象にする
ヘルスツーリズムの対象領域を“医療的な要素”と“楽しみの要素”の2つの軸で整理
すると、形態2「療養」
、形態3「診断・疾病予防」、形態4「健康増進」、形態5「レジャ
ー」が該当する(図Ⅱ-3-1)*(⇒次ページ参照)。なお、これを広義に解釈すると、形態
1「手術・治療」も含まれる。これは、メディカルツーリズムの概念と重なるものである。
大
小
■形態1 : 手術・治療(医療旅行等)
楽しみの要素
医療的な要素
■形態2 : 療養(転地旅行等)
■形態3 : 診断・疾病予防(生活習慣病、アレルギー体質改善等)
■形態4 : 健康増進(禁煙・痩身・フィットネス等)
■形態5 : レジャー(エコツーリズム、グリーンツーリズム、スポーツ等に
よる保養、気晴らし、自己開発につながる活動)
小
大
狭義のヘルスツーリズム
〔関与度合〕
広義のヘルスツーリズム
※図中の「医療的な要素」および「楽しみの要素」で示した関与度合は、相対的な概念を示したものであり、定量的なものではない
図Ⅱ-3-1 ヘルスツーリズムの領域
羹(2003)を参考に作成
ここで、上記で示した狭義のヘルスツーリズムの4形態と事例分類タイプとの対応関係
を整理し、個々の事例の位置づけを明確にすると、表Ⅱ-3-1*のようになり、温泉療法
などは各形態にまたがるものもある。
表Ⅱ-3-1 ヘルスツーリズム4形態と事例分類タイプとの対応関係
形態タイプ
形態2 : 療 養
形態3 : 診断・疾病予防
形態4 : 健康増進
形態5 : レジャー
事例タイプ
温泉療法/気候療法(スギ花粉・アトピーのアレルギー回避含む)/アニマル
セラピー(イルカ療法含む)
PET検診/人間ドック(PET除く)/温泉療法/脳トレツアー
温泉療法/森林療法/タラソテラピー/健康療法/食事療法(ファースティン
グ、健康食含む)/脳トレツアー/その他の療法
温泉療法/森林療法/タラソテラピー/地域交流体験(エコツーリズム、グリ
ーンツーリズム等)/脳トレツアー
* (社)日本観光協会『ヘルスツーリズムの推進に向けて』,
(社)日本観光協会,2007,p.21.
-6-
【参考】 もう一つのヘルスツーリズムの対象領域
一般社団法人健康保養地医学研究機構理事の宮地正典氏によると、ヘルスツーリズムは、Ⅰ 急性期
医療領域、Ⅱ 慢性期医療領域、Ⅲ 健康増進領域、Ⅳ レジャー領域の4つの分類の中で、Ⅱ~Ⅳの領
域に広がるものであるという。
ヘルスツーリズム
Ⅰ 急性期医療
領域*1
Ⅱ 慢性期医療領域
急病や事故など緊
急を要する医療に
対応する領域
急性期を過ぎ長期的
な治療(療養)が必
要な領域
適応症・効果・
効能例
・関節リウマチ
・外傷の後遺症
・五十肩
・神経痛
・糖尿病
・痛風
・アトピー性皮膚炎
・自律神経失調症
・運動器障害のリハ
ビリテーション*2
*1
Ⅲ 健康増進領域
a.疾病予防分野
b.健康増強分野
医療としてではなく健康づくりに対応する領
域
・生活習慣病の予
防
・加齢に伴う運動機
能低下の予防
・寝たきり予防
・介護予防
・アレルギー体質の
改善
・ストレス耐性の向
上
・虚弱の予防、改善
・持久力の増強
・心肺機能の増強
・筋力の増強
・筋持久力の増強
Ⅳ レジャー領域
健康プラス楽しみ、気
晴らし、保養、自己開
発の要素を加味した
領域
・リラクゼーション
・精神的解放
・リフレッシュ
・充実感
・やる気の向上
・肌改善などの美容
効果
・スポーツにおけるパ
フォーマンス向上
*1 「急性期医療」は疾病・外傷などの発症から症状がある程度改善する段階までに提供される医療。これに対し、「慢性期
医療」は疾病・外傷などの症状が安定している段階で提供される医療。
*2 リハビリテーション(rehabilitation):治療段階を終えた疾病や外傷の後遺症を持つ人に対して、医学的・心理学的な
指導や機能訓練を施し、機能回復・社会復帰をはかること。更生指導。リハビリ。
ヘルスツーリズムの対象領域
出典:宮地正典「旅行・レジャー・健康を統一したヘルスツーリズム」,SQUARE,2005,pp.2-5.の一部改変
医療は、大きく通常医療(西洋医学)と代替医療に分けられる(図Ⅱ-3-2)
。通常医
療(西洋医学)については、①手術療法、②薬物療法、③物理療法、④理学療法、⑤作業
療法などからなる。代替医療については、治療効果が実証されていない治療法や補助的な
用途で使う療法の総称であるが、伝統療法と民間療法に分けられる。ヘルスツーリズムに
用いられる療法は、この内、通常医療(西洋医学)の手術療法を除くものが該当する。
ヘルスツーリズムでは各種療法をいくつか複合して用いられる場合が多い。例えば、温
泉療法と気候療法を複合化し「温泉気候療法」と称する場合や、気候療法と地形療法を複
合化し「気候性地形療法」と称する場合もある。さらにその上に手技療法や食事療法も加
わることもある。このようなケースについては「複合療法」という。
ヘルスツーリズムの中核に位置するのが「自然(環境)療法」である。これは、栄養、
運動、休養、温泉などの自然環境での活動を通じて、生命に備わる自然治癒力を高める療
法である。
-7-
通常医療
手術療法
西洋医学(現代医学)
ヘルスツーリズムの対象外の療法
薬物療法
免疫療法
理学療法
その他
代替医療
(相補・代替医療)
伝統医学
(中医学、韓医学、東洋医学(漢方医学)、チベット医学、アーユルヴェーダ、ギリシャ医学など)
民間療法
鍼・灸
手技療法
指圧・按摩・マッサージ
気 功
整 体
カイロプラクティック
運動療法
ウォーキング系
エアロビックス系
ヨガ系
その他の療法
自然(環境)療法
気候療法
地形療法
森林療法
海洋療法(タラソテラピー)
温泉療法
その他の療法
動物(介在)療法
(アニマルセラピー)
イルカ(介在)療法
ホースセラピー
ドックセラピー
植物療法
園芸療法
ハーブ療法
食事療法
食事改善療法
医学的絶食療法
(ファースティング)
ダイエット療法
心理的療法
催眠療法
音楽療法
アロマテラピー(セラピー)
その他の療法
エステティック
図Ⅱ-3-2 ヘルスツーリズムに用いられる療法の体系化
-8-
(日本観光協会・2010)
4
意義と社会経済的効果
ヘルスツーリズムは、“国家的な戦略プロジェクト”になりうる価値がある
我が国は本格的な高齢社会になり、増大する国民医療費の社会的負担を抑制するため、
従来の早期診断・治療だけではなく、健康維持・増進、疾病予防といった取り組みが重要
になってきた。「今後、国民の健康増進活動等の促進によって約4兆円が抑制される」とい
った医療費抑制効果の試算*1もあり、これは消費税2%弱にあたる。政府の新成長戦略と
して「環境」、「健康」、「観光・地域活性化」が重点事項として掲げられているが、将にヘ
ルスツーリズムは、国民の健康増進活動の一つとして社会コストの縮減にも寄与する“国
家的な戦略プロジェクト”になりうる価値を十分に持っている。
ヘルスツーリズムは、多大な社会経済的効果をもたらす
ヘルスツーリズムは、新たな観光振興の切り口を提供し、国民に健康づくりの機会や多
様な観光活動の機会をもたらす。また、実施地域にとっては連泊滞在日数の増加による観
光業の振興、様々な地域資源の利活用による地場産業の振興、医療施設の充実など地域経
済の活性化とともに、外部の人から見て地域全体が健康的に輝いて見えるようになること
も期待される。
ヘルスツーリズムの社会経済的効果について、国民(利用者・消費者)、観光事業者(旅
行業・宿泊業・交通業、土産物業、飲食業など)、実施地域(住民、農業、林業、漁業、畜
産業、医療業、美容・エステ業、大学研究機関など)の3つの観点から整理すると、次の
ようになる(図Ⅱ-3-3)*2。
(1)国 民
①健康づくりの機会の提供と国民医療費の増大の抑制
ヘルスツーリズムは、国民がメタボリックシンドロームや生活習慣病、うつ病にかかる
のを予防または改善し、高齢社会の進展に伴う国民医療費の増大を抑制することが期待で
きる。
②多様な観光活動の機会の提供
ヘルスツーリズムは、温泉浴や森林浴、自然とのふれあい体験、農林漁業や畜産業体験、
雪下ろしのような生活文化体験、体によい郷土料理の賞味など、地域内の健康につながる
様々な資源を取り込み、多様な観光活動の機会を提供する。国民にとって観光活動の選択
の幅が広がり、これまでのような「安い・近い・短期間」
(安・近・短)のツーリズムばか
りではなく、健康に配慮しながら様々な観光を楽しめるようになる。
*1
健康サービス産業創造研究会『健康サービス産業創造研究会報告書』(プレス発表)
,2003,p.23.
*2 (社)日本観光協会『ヘルスツーリズムの推進に向けて』
,
(社)日本観光協会,2007,p.28.
-9-
図Ⅱ-3-3 ヘルスツーリズムの社会経済的効果
(2)観光事業者
①宿泊観光参加回数や宿泊数の増大
(社)日本観光協会の調査*によれば、過去1年間(平成19年4月~20年3月)の宿泊観光
の参加回数は平均1.05回、宿泊数は平均1.58泊であった。ヘルスツーリズムが観光の一形
態として普及してくると、それは本来的に日帰り観光ではなく宿泊観光になるため、宿泊
観光参加回数や宿泊数の増大が見込まれる。
②新たなビジネスモデルや事業の誘発
ヘルスツーリズムは、健康とつながる様々な業種との連係を図りながら、滞在日数を延
ばすための工夫が必要になる。観光事業者は、これによって新たなビジネスモデルを構築
する機会が得られる。例えば、旅行会社と旅館が連係して、旅館が長期滞在型の湯治場に
ふさわしいものに改修し、旅行会社がそれを生かした旅行商品を企画販売するといったビジ
ネスモデルも考えられる。
* (社)日本観光協会『数字でみる観光』,
(社)日本観光協会, 2009,p.9.
-10-
(3)地 域
①健康的な地域づくりの促進
ヘルスツーリズムにおける一つの魅力は、その地域の住民が健康的に暮らしていること
を見聞することである。このためヘルスツーリズムを推進するにあたって、地域全体で健
康づくりに取り組まなければならない。それによって医療費増大の抑制につながる。さら
に、医療業をはじめ健康サービス・施設が充実し、来訪者ばかりではなく住民にも利用の
機会の増大をもたらす。また、利用者や大学研究機関などの専門家(観光学、医学、保健
科学、栄養学、脳科学、体育学など)との交流も盛んになるため、文化水準の向上も期待
できる。
②地域のイメージアップ・知名度のアップ
今や「健康」は、国民にとって一大関心事であり、半永久的に続くテーマであるヘルス
ツーリズムは、国民の注目を引きやすい。全国的に見て、まだ事例は多くはないので、地
域全体が一丸となって取り組めば、俄然、全国からの注目の的となり、ヘルスツーリズム
の先進地として地域のイメージアップ、知名度のアップにつながる。
③観光消費行動の増加による地域経済の向上
これまで周辺に活用できそうな観光資源があっても、資源同士を結びつけるコンセプト
が見つからず、両者の相乗効果を引き出せない場合が少なくなかった。しかし、ヘルスツ
ーリズムは、例えば、温泉浴と森林浴を結びつけたプログラムのように、健康とつながる
様々な資源を無理なく結びつけ、利用者に明快にアピールすることができる。こうして地
域全体の観光的魅力を向上させ滞在時間を延ばすことによって観光消費行動が増加し、地
域経済に潤いをもたらす。
④地域内での新たな観光産業の創出
ヘルスツーリズムというコンセプトによって新たな観光産業が生まれる可能性がある。
例えば、地域の食材を使って健康食品を開発・製造する会社、森林セラピーを指導するイ
ンストラクター団体、ヘルスツーリズム対応型施設の経営会社などである。また、ヘルス
ツーリズム向けの通常医療業や代替医療業(鍼灸、マッサージ、温泉療法など)も進出す
るようになる。このように地域内に新たなヘルスツーリズムに関連した産業が創出される
ことによって地域経済の向上をもたらす。
⑤地場産業の振興
ここで取り上げる地場産業は上記の観光事業者が行う事業を除外したものとする。ヘル
スツーリズムは、滞在時間が長い宿泊観光が中心になるため、基本的に観光消費行動の一
環で地域内の飲食業の売り上げが伸び、その食材を提供する地域の農林漁業や畜産業の振
-11-
興にもつながる。また、ヘルスツーリズムに連動して地場産品を活用した様々な土産品が
開発され、利用者が直接購入のほか、インターネットなどによって全国的に購入されるこ
とによって、地場産業の振興につながる。
⑥施設・インフラ整備の誘発
ヘルスツーリズムは、各地域の風土的な特色に応じて様々なタイプが考えられ、それに
伴って関連施設の整備の有り様も違ってくる。例えば、地形の高低差のある地域では、ネ
ーチャー・トレイルの導入が検討され、また、温泉の出る地域ではそれを生かした温泉療
養館が検討されることになる。いずれにしても、その地域のヘルスツーリズムに必要な施
設、インフラ整備が行われ、健康づくりにふさわしい落ち着きのある美しい景観形成が図
られ、地域全体の魅力向上につながる。
⑦その他の経済効果
ヘルスツーリズムの導入によって上記の④、⑤が実現した場合、新たな雇用の創出につ
ながる。また、上記の③、④、⑤が実現した場合、住民税、法人住民税、固定資産税、消
費税などの税収のアップにつながる。
ヘルスツアーの中での川遊び
-12-
Ⅲ
1
ヘルスツーリズムの推進方策
受け入れ地域における推進上のポイント
旅行会社では、一部の観光地を除き、未だに素材型商品のフリープラン(JR券や航空
券と宿泊をセットにした商品など)が企画商品の中心に置かれている。しかし、今日、イ
ンターネットが普及し、鉄道会社や航空会社、宿泊施設等が消費者にダイレクトに情報提
供するようになってきた。流通時の中間コストを消費者に還元する形で「インターネット
割引」が行われ、旅行会社への卸価格よりも低価格、高品質で販売されることが可能にな
ってきた。そのため旅行会社ばかりではなく、観光客の受け入れ地域においても、従来型
のビジネスモデルのままでは通用しなくなっている。
2006年に観光立国推進基本法が制定されて、2008年に国土交通省に観光庁が開設された。
国は観光立国実現に向けて大きく舵を切り、全国の都道府県、市町村でも観光振興の強化
を図っており、これに伴い地域間の誘客競争が激しさを増している。
こうした中で消費者の志向は、物見遊山、見る観光から五感で感じる旅行へ移行してい
きている。受け入れ地域や旅行会社は、地域資源を最大限に生かした個性的な“観光のシ
ナリオ”を描き、旅行商品開発をしていかなければならない。そこで、体験型・交流型の
新しい観光旅行コンセプトとして、エコツーリズムやグリーンツーリズム、産業観光など
の「ニューツーリズム」が注目されるようになった。「ヘルスツーリズム」は、その一角を
占めるものである。ここでは、以下のようにヘルスツーリズムの推進にあたって、受け入
れ地域側から見た基本的な考え方について述べる。
♦ ヘルスツーリズムの受け入れ態勢をつくる
♦ 地域全体でヘルスツーリズムを地域課題として共有化を図る
♦ 地域においてヘルスツーリズム導入の必然性を導き出して本物を目指す
♦ 旅行会社の商品開発の発想を理解して協調・連携する
♦ 発地・着地側双方の旅行会社に対してヘルスツーリズムの旅行商品開発の連携を促す
♦ 身近な地域資源を生かした簡単なヘルスツーリズムからチャレンジする
♦ ヘルスツーリズムに「わかりやすいストーリー」と「わかりやすい解説」を組み込む
ヘルスツーリズムの受け入れ態勢をつくる
ヘルスツーリズムは、今までのように旅行会社に商品造成を依頼し、その集客を受け入れ
れば観光ビジネスが成り立つというものではない。観光業ばかりではなく、行政などのコ
ーディネートのもとに、地域医療や農林水産業、商業、さらに医科学的な根拠づくりなど
を支援する大学研究機関といった「産・学・官・民」の幅広い協力関係がベースになり、
-13-
いわば「地域おこし」といっても良い態勢のもとにはじめて実現できるものである。
地域全体でヘルスツーリズムを地域課題として共有化を図る
地域では新しい観光コンセプトであるヘルスツーリズムが理解されにくい場合が少なく
ない。これまでの観光誘致の方法や地域資源のPRを続けていき、5年後、10年後の地域
がどのような状況になっていくのかについて、目を逸らさずに向き合うことから始め、地
域全体で地域課題の共有化を図る必要がある。この足場を固めなくてはヘルスツーリズム
の開発に着手しても、地域全体の協力体制が確立できず継続が困難になってしまう恐れが
ある。ヘルスツーリズムに限ったことではないが、地域基盤の整っていない地域での新た
な地域活性化の仕組みづくりは難しい。
地域においてヘルスツーリズム導入の必然性を導き出して本物を目指す
一部の有志がヘルスツーリズムの推進に頑張っているものの、地域全体の取り組みとし
て認知されず、地域全体の観光PRとも遊離している事例も見られる。こうした事態にな
らないようにするには、例えば、地域全体において「健康まちづくり」宣言などを行い、
住民が健康のために日常的に実践している健康習慣(メニュー)を訪れた観光客にわかり
やすく提供する。あるいは、住民がその健康づくりメニューを日常的に実践し平均寿命を
延ばすことに成功していることを示すなど、
「健康づくりをベースにした地域活動の延長線
上で行われているヘルスツーリズムのプログラム提供」といったことを示すことができれ
ば本物になる。住民が知らないメニュー(プログラム)を取って付けて旅行商品化したと
ころで結局、長続きはしない。今の時代は本物志向であり、同じプログラムをそっくり他
に移したところで、地域の魅力が消費者には伝わらず、資源が活用されない。「この地域に
行かなくては体験できないものなのか?」といった点から意義を再確認することが大切で
ある。
旅行会社の商品開発の発想を理解して協調・連携する
ヘルスツーリズムの商品開発を成功させるためには、発地側(送客側)と受地側(着地
側)がお互いに相当な努力をもって協調し、コンセプトづくりを行う必要がある。発地側
の旅行会社は、受け入れの安全性も含めてコンプライアンス(基本的なルール)の基準に
乗っ取って“企画旅行商品”を販売できるレベルに仕上げることを目指す。まず、受地側
はこの点を前提条件として理解しなければ旅行会社との連携は難しい。次に、“ヘルスツー
リズム”というテーマを深度化させていくほど、一般的な消費者からはマニアックに見ら
れて敬遠されやすい。マニアックな旅行商品は集客が難しく、事業採算ベースに乗せづら
い。こうしたことから、消費者を満足させる内容に高めると同時に、事業採算ベースに乗
せる品質管理のノウハウについて旅行企画のプロである旅行会社から学び、旅行会社とと
もにコンセプトづくりを行うことが大切である。
-14-
発地・着地側双方の旅行会社に対してヘルスツーリズムの旅行商品開発の連携を促す
経営的な観点から言えば、ヘルスツーリズムの旅行商品開発をコスト計算した場合、大
量仕入れ、大量販売の仕組みを前提に成り立つ大手旅行会社では、少量仕入れ、少量販売
商品の拡大には限界がある。一方、地方都市で営業する小規模な地域旅行会社の経営環境
は、前述のようにインターネットの普及に伴って益々厳しさを増しており、着地型旅行商
品を取り扱った新たなビジネスモデル構築が緊急課題になっている。
そこで、発地、着地双方の旅行会社が役割を分担し、着地型旅行商品としてのヘルスツ
ーリズムの開発を地域とともに行うことが望まれる。これは、21世紀型の旅行業のビジ
ネスモデルにもなりうるものである。地域旅行会社は、ヘルスツーリズムに関する資源構
成を旅行商品化するために必要な要件を勉強し、地域に提案できる開発スキルを磨く。ま
た、企画開始時点で発地側の大手旅行会社と代売契約を結び、十分な協議を行って必要な
商品構成のハードルを明確にする。その上で大手旅行会社を通して着地型旅行商品をオプ
ショナルツアーとして消費者に提供する。受け入れ地域側は、こうした発地・着地の双方
の旅行会社の連携を促す。
身近な地域資源を生かした簡単なヘルスツーリズムからチャレンジする
ヘルスツーリズムは、
「医科学的根拠に裏打ちされたプログラム」が基本生命線であるが、
これを追及していくと、時間とエビデンスの構築(証明)にかかる経費がかさむ。事業資
金や人材に乏しい地域では敷居が高くなり、チャレンジしたくてもできず、全国的に普及
していかない恐れがある。例えば、観光客が2泊3日の行程でヘルスツーリズムに参加し
ても、健康状況が帰着後も継続的に改善されるものではないことから、これからヘルスツ
ーリズムにチャレンジする地域では、あまりハードルを高くせず身近な地域資源を生かし
て、前掲の図Ⅱ-3-1(P.6)にあげた形態4または形態5のターゲットに対するプログ
ラムの提供から始め、徐々に地域医療機関や観光以外の地域産業、大学研究機関との連携
をとった産官学連携のコンソーシアムを形成していくことが望まれる。
ヘルスツーリズムにも「わかりやすいストーリー」と「わかりやすい解説」を組み込む
ヘルスツーリズムにおいても、集客層(訪れる旅客)に合わせた「わかりやすいストー
リー」と「わかりやすい解説」を組み込むことが大切である。また、一般観光の延長線で
旅の楽しみをいかに演出できるかも大切である。ターゲットが違えば、当然、観光客の興
味の内容や程度が違ってくる。当地に根付いた歴史的な背景や人物、さらには食文化や風
習などの見せ方や解説を適宜変えながら、観光客に旅情を感じてもらえるようなプロデュ
ースが重要である。
-15-
ヘルスツーリズム推進上のQ&A
受け入れ地域がヘルスツーリズムを推進するにあたっての考え方について、Q&A方式
で整理すると、次のようになる。
【質問1】 旅行会社に企画を依頼したいのですが
・先日ある町の観光課のスタッフの方から質問。「ヘルスツーリズムの企画を旅行会社にお
願いしたいと思うのですが、どこの会社に依頼すれば良いのですか?」
⇒
まさに、
「イロハのイの字」とも言うべき質問です。ヘルスツーリズムはあくまで
その地域が一丸となって取り組まなくては実現が難しいものです。今までのよう
な旅行会社に商品造成を依頼すればすぐにできるといったものではなく、地域全
体でその取り組みを理解の上で推進し、そのコンセプトに沿った受け入れプログ
ラムや態勢づくりを地域全体で行っていきます。もちろん、その取り組みを進め
る途中で旅行会社の意見を反映させていくことも大切ですが、あくまで健康をテ
ーマにした観光客の受入れ態勢を地元でつくることにすべてが起因します。
【質問2】 何から手をつけたら良いのですか
・ある小さな温泉場の観光協会長からの質問。
「私の地域でも健康づくりを町民運動として
取り組んでいて毎朝ヨガの集会を行っています。是非ヘルスツーリズムの取り組みを開
始してみたいが、何から手をつけたら良いのでしょうか?」
⇒ 日本観光協会で発行した『ヘルスツーリズムの推進に向けて』、
『ヘルスツーリズム
事例集』などを利用し、ヘルスツーリズムに関する理解を深めることが「はじめ
の一歩」です。あまり難しく考えずに、例えば、観光客に毎朝行われる地域のヨ
ガ集会に参加を勧めてみてはいかがでしょうか。観光客が訪れた旅先で町民の目
指す健康町づくり運動に参加し、町民との新たな触れ合いが旅の楽しさにつなが
ります。あわせて町民が取り組んでいるヨガ活動と連携できれば、双方ともに相
乗効果が計れます。さらに、ご当地の温泉の泉質を分析し最も効果的な入浴方法
と、この早朝ヨガの参加が健康づくりに役立つと言う、
「医科学的な根拠」を専門
家に描いていただくと、立派なヘルスツーリズムの基礎がつくれます。さらに発
展させて「温泉とご当地ヨガの指南役」の育成などの町民運動につなげていけれ
ば、更なる集客につながる地域プロモーションの基盤ができます。
【質問3】 うちの旅館では温浴健康施設を新築して健康入浴で売っているのですが
・ある温泉の旅館の若社長からの質問。「単独の旅館単位でもヘルスツーリズムでの集客を
進めていきたいのですが、可能でしょうか?」
⇒
単独施設でのヘルスツーリズムへの取り組みも十分可能です。ただし、単独での
取り組みですと、地域全体への発展性が乏しいので、その活動のノウハウを地域
に落とし、地域全体での取り組みに発展させていくことが大切です。昔から行わ
れている地域内旅館の湯めぐりなども、今では当たり前に行われているわけです
-16-
から、地域独自で一工夫し、地域の気候療法をベースにした、ハイキングと湯め
ぐりを組み合わせたプログラムなどを作成し、地域全体で取り組める工夫を期待
します。
【質問4】 ヘルスツーリズムの取り組みの指導をしてくれる支援事業はありませんか
・県の観光担当者の方からの質問。
「ヘルスツーリズムを初めて取り組む際にはコーディネ
ート役の専門家の指導がないと、うまく推進することは難しいと感じています。何か良
い国の支援メニューなどはありませんか?」
⇒
確かに立ち上げ時の方法や地域資源を活用したヘルスツーリズムのシナリオを造
成するには専門家の意見を参考にすることが近道かも知れません。観光庁の観光
まちづくりアドバイザー会議や、総務省の地域力創造事業などの従来の支援制度
がありますが、最新の動きについては、各省庁のホームページなどをご覧くださ
い。
【質問5】 旅行会社とのタイアップが必要と思うのですが
・地域プロデュサーからの質問。「ヘルスツーリズムを企画し誘客活動を行うためには、旅
行会社や鉄道会社などとのタイアップが必要だと思いますが、いかがでしょうか?」
⇒
考え方は2つあります。一つは地域活動として地元全体の協力でヘルスツーリズ
ムの受け入れ態勢をつくりあげていくわけですから、地域独自の企画としてホー
ムページ上や専用パンフレット等を作成して誘客プロモーションを行う、いわゆ
る消費者に直接販売する方法と、もう一つは、地域の中で旅行会社との取引があ
る旅館や観光施設などが中心になり、地域で作りあげた受け入れ態勢を活用した
オリジナル旅行商品の開発を行うことです。
⇒
また、これからは考え方を変え、旅行会社との新しいビジネスモデルの構築の第一
歩として、例えば、地域でヘルスツーリズムを推進する協議会などを発足させ、
旅行会社や鉄道会社、航空会社の商品開発担当者などにメンバーとして参加して
もらい、プロから見た受け入れ態勢の仕組みづくりや消費者の視線に立ったアド
バイスを提案してもらうことも大切です。このような連携は一部地域ではすでに
行われていますが、今後はもっと積極的に進めるべきで、旅行会社、鉄道会社な
ども他社との差別化した商品開発を地域ともに汗を流して構築する新しい旅行ビ
ジネスの道につながります。
(Ⅲ-1文責
-17-
篠原靖)
2
先進事例の動向
現在、国内においてヘルスツーリズムに取り組んでいる事例は200件強存在する*。その
中でも先進事例9か所をここで取り上げる(表Ⅲ-2-1)。事例の多くがウォーキングを
主体にしたプログラムである。いずれも地域全体への経済波及効果をもたらすビジネスモ
デルを目指して試行錯誤が行われている(一部は、Ⅲ-3-(11)においても詳しく記載しているの
で参照のこと)。
表Ⅲ-2-1 先進事例の動向(1)
事
例
(1)上山市
(山形県)
(2)岳温泉
(福島県)
(3)塩原温泉
(栃木県)
(4)尾瀬片品地域
(群馬県)
動
向
・2008年に上山市温泉保養地まちづくり協議会(改称・上山市温泉クアオルト協議会:産
学官民の合同組織)が発足し、市民の健康増進と交流人口の増加を図る「上山型温泉
クアオルト事業」を推進している。内閣府の「地方元気再生事業」を活用し、西山、葉
山、蔵王高原坊平の3か所において、日本で初めてドイツ・ミュンヘン大学から気候性地
形療法コースの鑑定を受け、医科学的な効果の検証を行った。
・2009年以降は気候性地形療法の全国サミットと実演講習会、地場材を使った食事メニ
ューの開発、ドイツへの気候性地形療法研修ツアー、ガイドの養成講習などの人材育
成、モニターツアーなどを行っている。また新たに、3か所5コースをミュンヘン大学から
鑑定を受け、前年と合わせ5か所8コースを設定し活用している。日本において、ドイツ
で治療に活用されている気候性地形療法と同じ手法でプログラムを提供する唯一の地
域である。今後、旅行商品を本格的に提供するとともに、地域医療と連携しながら事業
を拡大する予定である。また、健康を中核として隣接の7市7町が広域観光圏を形成し、
ヘルスツーリズムに取組む予定である。⇒Ⅲ-3-(11)参照
・2008年に岳バーデンマルクト事業推進実行委員会が発足し、温泉滞在客の増加をねら
いとした健康保養温泉地づくりを推進している。「歩く岳(だけ)で健康」のキャッチフレー
ズの下に、変化に富んだ地形を持つ33のウォーキングコースを設定した。
・岳温泉独自のウォーキングインストラクター制度がつくられ、約40名が登録している。ま
た、岳温泉観光協会にはウォーキングトレーナーが常駐し、心拍計をレンタルし、ウォ
ーキングによる健康づくりについてアドバイスしている。ノルディックウォーキングの導
入も図り、ノルディックポールのレンタルも行っている。⇒Ⅲ-3-(11)参照
・2007年に塩原温泉旅館協同組合、那須塩原市観光協会、塩原商工会議所、那須塩原
市などが、宿泊客の減少に対応するため国土交通省「ニューツーリズム創出、流通促
進事業」を活用し、「塩原流現代湯治」をキャッチフレーズにして、「塩原流ヘルスツーリ
ズム」の開発を進めている。
・「塩原温泉観光お宝発掘隊」を結成して資源調査を行い、泉質の異なる11の温泉を活
かした温泉療法と地形療法プログラム、塩原流健康食メニュー、人材育成プログラム、
パンフレットの作成を行っている。⇒Ⅲ-3-(11)参照
・2007年に東京農業大学大学院を中核とする尾瀬地域ヘルスツーリズム推進研究会が
発足し、尾瀬地域においてヘルスツーリズム事業モデルをつくるため、尾瀬トレッキング
コースの健康効果について医科学的な検証を行い、マーケット・リサーチ、民宿・旅館
の食の実態調査などを行った。
・2009年に地元の観光協会や農協、商工会などによる片品村ヘルスツーリズム研究会
が発足し、林野庁山村再生プラン助成金を得て、尾瀬地域ヘルスツーリズム推進研究
会の支援のもとに地域資源調査、基本計画の策定、自然ガイドおよび健康運動の講習
会の開催を行い、モニターツアーの実施計画を立てた。
-18-
表Ⅲ-2-1 先進事例の動向(2)
事 例
(5)石和温泉
(山梨県)
(6)信濃町
(長野県)
(7)伊勢鳥羽志摩
地域
(三重県)
(8)熊野古道
(和歌山県)
(9)奄美大島
(鹿児島県)
動
向
・2004年より石和温泉旅館協同組合は、宿泊客の減少に対応するためドイツのバーデ
ン・バーデン市などヨーロッパの休養・保養温泉地をモデルにした「健康」と「観光」の温
泉郷への発展を目指している。
・2004年に7軒の旅館・ホテルが温泉利用プログラム型健康増進施設の認定を受け、約
30名が温泉入浴指導員の資格を取得した。また、健康増進プログラムのモデルとして、
温泉入浴、ウォーキング、ストレッチ、マッサージ、健康食などを組み合わせた、①休
養・保養をメインに考えた「ヒーリングステイコース」、②健康増進をメインに考えた「ヘル
シーステイコース」の商品を造成した。
・2003年より信濃町役場、農協、森林組合、商工会、地元住民などが「癒しの森事業推
進委員会」を設立し、ドイツのバート・ヴォーリスホーフェンのような医療と連動した森林
保養地を目指し、信濃町型森林療法プログラムを作成した。
・このプログラムを実施する上で森林メディカルトレーナーを育成し、癒しの森の宿を指
定した。また、企業4社と保養契約を結び、福利厚生のために森林療法プログラムを提
供するとともに、CSR活動の一環で契約金の代わりに毎年、散策路などの整備のため
の寄付を受けることにした。
・2004年に伊勢鳥羽志摩健康サービス推進協議会が発足し、2006年に健康ツーリズム
を付加した観光振興を図るため、経済産業省の「サービス産業創出支援事業」を活用し
て、「旅行透析ツアー」を造成した。これは、旅先で人工透析をしながら2泊3日の旅行
ができるようにしたものである。透析施設と宿泊施設とを同時に予約できるシステムを
つくり、食事メニューや患者の体調に配慮したプログラムを作成した。
・また、その関連団体は、糖尿病患者を対象にした「ウェルネスの旅」、C型肝炎患者を
対象にした「グルメディカルツアー」のプログラムを作成しており、3つのタイプを連携さ
せて幅広いターゲットを対象にした健康ツーリズムを目指している。
・2004年に和歌山県が「熊野健康村構想」を発表し、国土施策創発調査「熊野古道の健
康効果の検証調査」を実施した。2006年に(財)和歌山健康センター内に「熊野で健康
ラボ」が開設され、株式会社熊野本宮観光社、NPO法人熊野本宮、熊野本宮語り部の
会と連携し、「熊野セラピー」という歴史や伝統、豊かな自然に囲まれた熊野の魅力を
活かした地形療法の滞在型プログラムを作成している。
・その主なプログラムは、①熊野古道を語り部や運動インストラクターとともに歩き、自
然に五感を高めていける「熊野で健康ウォーキング」、②精神的な疲労感の強い人を
対象とし、心身のバランスを整えるリラクゼーション系プログラム、③メタボリック、生活
習慣病が気になる方、糖尿病疾患などを対象とし、共感を伴う運動体験を通して個人
の健康行動を促すメタボ系プログラムである。⇒Ⅲ-3-(11)参照
・鹿児島県と奄美市は、2006年よりタラソ奄美の竜宮において海の資源を活用したヘル
スツーリズムのエビデンスづくりを実施し、2007年には健康増進や癒やし効果を科学的
に検証した長寿食やタラソテラピー、亜熱帯林のウォーキング、島唄・島踊りなどを組
み入れたモニターツアーを3泊4日で実施した。
・奄美の竜宮では、健康づくりの専門家によるヘルスツアーのコーディネートを行い、個
人の体調と健康目的に応じて、健康づくりができるオーダーメイドのプログラムを提供し
ている。
* (社)日本観光協会『ヘルスツーリズムの推進に向けて』,
(社)日本観光協会,2007,p.8.
*
「リラクゼーション」
(relaxation)は、医学系などでは「リラクセーション」といわれている。
-19-
Ⅳ
ヘルスツーリズムの展開
1
ヘルスツーリズムの市場規模とニーズ
(1)市場規模
経済産業省が2003年に発表した「健康サービス産業創造研究会報告書」
(前掲)によると、
健康サービス産業は、「健診・健康支援、保健相談、健康関連情報システム、スポーツ、栄
養管理・リフレッシュ、健康商品流通」と定義され、健康サービス産業の市場規模は2001
年において12兆円であり、2010年には20兆円に拡大すると推計した。ヘルスツーリズムの
市場規模もこの中に含まれることになるが、個別の推計まではされていない。
ヘルスツーリズムの潜在的市場規模については、JTB ヘルスツーリズム研究所が2007年に
下記の枠囲みのような方法によって調査*を実施した。その結果、ヘルスツーリズムの潜在
市場規模は、宿泊旅行において3兆300億円、日帰り旅行において1兆1,000億円、合計4
兆1,300億円になり、国内旅行全体の潜在市場規模の4分の1にあたることを明らかにした。
(2)ニーズ
上記の JTB ヘルスツーリズム研究所の調査*では、発地側でのヘルスツーリズムのニーズ
調査も同時に実施された。その結果、消費者の「旅行」に健康を取り入れたい意向は8割、
「健康」をテーマとした旅行に「行きたい」人は「宿泊旅行」「日帰り旅行」ともに約6割
であった。旅行先で試したい健康活動は、
「温泉」
(79%)
「森林セラピー、自然体験」
(54%)
「整体・マッサージ」(38%)、「タラソテラピー、エステ、スパ」(34%)の順になった。
【ヘルスツーリズムの潜在市場規模の推計方法】
♦
♦
♦
♦
実施期
母集団
調査手段
回収サンプル数
2007年7月中旬に4日間
全国の20歳以上の男女12,778万人
インターネット
1000件
♦ ヘルスツーリズム潜在需要額
=全国民数(12,778万人)×希望者比率(59.3%)×平均希望回数(1.6回)×
ヘルスツーリズム平均消費希望額(①宿泊 or②日帰り/人・回)×旅行好きの比率0.689
①ヘルスツーリズム平均消費希望額(宿泊)
=平均消費実態額(宿泊費19,616円+飲食費9,317円+その他の観光行動費3,330円)
×平均追加可能率1.126
②ヘルスツーリズム平均消費希望額(日帰り)
=平均消費実態額(その他の観光行動費:日帰り合計15,546円-交通費6,159円)
×平均追加可能率1.094
*
JTB ヘルスツーリズム研究所『ヘルスツーリズムの現状と展望』,JTB ヘルスツーリズム研究所,2007,pp.43-49.
-20-
一方、実際に現地を観光旅行している人たちに対するニーズ調査、すなわち、着地側で
のニーズ調査の例は、次のとおりである。
尾瀬地域ヘルスツーリズム推進研究会は、2007年に下記の枠囲みのような方法で尾瀬山
麓に位置する群馬県片品村内の宿泊施設および尾瀬国立公園内の山小屋利用者に対して健
康づくりサービスに関するニーズ調査*を実施した。その結果、宿泊施設および山小屋利用
者のいずれの回答においても、健康づくりサービスの上位に温泉療法、森林療法が入り、
次いで食事改善療法、マッサージ、自然ガイド付きトレッキングの比率が高かった(表Ⅳ
-1-1,2)。
以上のように、発地側と着地側それぞれのヘルスツーリズムのニーズ調査結果は、いず
れも似た傾向を示していることからも、ヘルスツアー商品を造成する場合、こうした健康
づくりサービスを組み合わせていくことが肝要である。
【群馬県片品村および尾瀬国立公園内でのヘルスツーリズムに係わるニーズ調査】
♦
♦
♦
♦
実施期
対象者
調査手段
回収サンプル数
2007年7月下旬~10月上旬
①村里の宿(民宿・旅館・ホテル)利用者 ②尾瀬ヶ原内の山小屋利用者
質問紙留め置き法・有意抽出法
①村里の宿(民宿・旅館・ホテル)利用者 240回収サンプル
②尾瀬ヶ原内の山小屋利用者 400回収サンプル
表Ⅳ-1-2 山小屋利用者の関心のある健
康づくりサービス
表Ⅳ-1-1 村里の宿(民宿・旅館・ホテル)
利用者の関心のある健康づくりサービス
%
件
%
温泉療法
51
51.0
森林療法
105
54.4
森林療法
43
43.0
温泉療法
69
35.8
29.0
自然ガイド付きトレッキング
60
31.1
53
27.5
食事改善療法
29
マッサージ
28
28.0
食事改善療法
自然ガイド付きトレッキング
26
26.0
マッサージ
25
13.0
健康づくりの講習会
16
16.0
園芸療法
20
10.4
温熱療法
13
13.0
農業・林業体験
20
10.4
13.0
温熱療法
15
7.8
エステティック
13
園芸療法
13
13.0
ダイエット療法
13
6.7
農業・林業体験
13
13.0
アロマテラピー
12
6.2
ダイエット療法
12
12.0
健康づくりの講習会
10
5.2
10.0
鍼・灸
7
3.6
アロマテラピー
10
鍼・灸
9
9.0
エステティック
3
1.6
医学的絶食療法
7
7.0
医学的絶食療法
2
1.0
29
29.0
その他
36
18.7
5
-
無回答
12
-
357
-
合計
462
-
その他
無回答
合計
※%は回答者数205人の比率・3つまでの多岐選択肢式
※%は回答者数100人の比率・3つまでの多岐選択肢式
*
件
尾瀬地域ヘルスツーリズム推進研究会『平成19年度尾瀬片品地域ヘルスツーリズム事業化調査報告書』,東京農業大
学大学院,2008,pp.15-50.
-21-
2
ヘルスツーリズムの活動プログラム・タイプ
(1)対象者タイプ
ヘルスツーリズムの対象者タイプは、以下の4つに分けられる(表Ⅳ-2-1)
。
Aタイプ:観光主体(健康づくりを兼ねて観光を主体にしたい人)
Bタイプ:健康・体力増進主体(観光を兼ねて健康・体力増進をしたい人)
Cタイプ:メタボ対策(メタボ対策を必要とする人)
Dタイプ:ケア主体(特別ケアを必要とする罹患者や身障者)
前掲の図Ⅱ-3-1(P.6)との対応関係でいえば、Aタイプが形態5、Bタイプが形態
4、Cタイプが形態3、Dタイプが形態2に相当する。ヘルスツーリズムは、まだ始動期
であるため、当面の対象者タイプは上記のA、Bタイプが主軸になるが、病院や健保組合
との連携、社会保険適用などの条件が整ってくれば、今後、Cタイプも主軸に加わる可能
性がある。
BとCタイプともに運動主体のプログラムになるが、Bタイプは健常者を指し、Cタイプ
はメタボリックシンドロームの健康上に問題がある人を指す。したがって、CタイプはB
タイプに比べると強い運動は控えめなものにしなければならない。Dタイプは、病院との
連携とともに、受け入れ地域での専門家の配置や宿泊サービス条件などが整えば可能であ
る。既に糖尿病や人工透析、人工肛門の人のためのツアーの事例もある。なお、Dタイプ
には、うつ病などのメンタルヘルスケアを必要とする人も含まれるが、生活習慣病の罹患
者などとは運動や食事面のプログラムにおいて違いが出てくる。
表Ⅳ-2-1 対象者タイプ
対象者タイプ
①観光主体
②健康・体力増進主体
③メタボ対策
④ケア主体
要
点
・健常者(特に健康上の問題はない人)で、通常の観光を楽しみながら、自然
に健康づくりの基礎的な学習や体験をしたい人
・個人、家族・友人などの少グループ、学校・健保組合関係・会社などの団体
・健常者(特に健康上の問題はない人)で、普段の運動不足の解消、体力増
進、ストレス解消を主眼とし、付随的に通常の観光も楽しみたい人
・個人、家族・友人などの少グループ、学校・会社などの団体
・健康診断などでメタボリックシンドロームに特定された人で、メタボ対策に関
する基礎的な学習や運動を主眼とし、付随的に通常の観光も楽しみたい人
・個人、学校・健保組合関係・会社などの団体(病院からの斡旋による場合も
あり)
・糖尿病などの生活習慣病の罹患者、人工透析などの特殊な身障者で、通常
の観光を楽しみたい人(食事、その他の面で特別ツアーを利用したい人)、う
つ病などのメンタルヘルスケアを必要とする人
・個人、該当する羅漢者グループ(病院からの斡旋などによる)
(日本観光協会・2010)
-22-
(2)対象者タイプ別の活動要素の位置づけ
ヘルスツーリズム・プログラムは、風物遊覧の「観光系」と健康・体力増進につながる
「レクリエーション系」の各種活動*1を組み合わせたものになる。前掲の対象者タイプと
各活動要素との関係について概念整理すると、表Ⅳ-2-2のようになる。各対象者タイ
プにおけるプログラムは、ツアー実施期間に応じて、同表の「●」をつけた活動要素を軸
にして検討することになるが、実際には南信州観光公社のように地域の特色を生かした体
験プログラムを創意工夫することが必要であり、その中に健康づくりの医科学的な根拠を
入れていくことによって魅力的なヘルスツアーになる(次ページの表Ⅳ-2―3参照)。
表Ⅳ-2-2 対象者タイプ別の活動要素の位置づけ
△…中
●
●
●
●
●
●
●
●
●
*
●
●
△
*
*
△
●
*
△
△
△
●
●
●
*…小
△
△
*
*
*
*
△
△
*
●
●
●
●
△
△
●
●
●
●
●
●
●
●
*
△
△
*
*
*
*
△
△
*
△
●
●
△
△
△
△
●
●
●
●
●
●
●
*
ケア主体 *3
●…適合性大
3.0
3.0
2.0
2.0
2.0
3.0
1.5-3.0
3.0
1.0
7.5-8.0
3.5-7.0
2.5
8.0
3.0
3.0
8.0
1.5
6.0
6.0
4.0-10.0
6.5
2.5
4.0-8.0
1.0
メタボ対策
レクリエーション系活動
美しい景観の観賞(歩行伴う)
名所・旧跡の探訪(歩行伴う)
博物館・美術館・郷土資料館の見学
動・植物園の見学
祭りや行事の見学
特産物などの買い物
郷土料理づくり・飲食体験
観光農園
地元住民との交流(会話)
登山・トレッキング
ウォーキング
森林浴(平地の散策)
スノーシュー
カヌー・ボート漕ぎ
釣り(一般的)
農林業体験(収穫・下草刈りなど)
温泉浴
海水浴
プールでの水泳(余暇的)
水中歩行
エアロビックス(一般的)
ストレッチ
サイクリング
その他(歌う・音楽鑑賞・観劇・座禅など)
健康・体力増進主体
活動要素
観光主体
観光系活動
〈凡例〉
運動強度
(メッツ)*2
区
分
●
●
●
●
●
●
●
●
●
*
△
●
△
●
●
*
●
*
△
●
△
●
△
△
(日本観光協会・2010)
*1 ここでは年齢に関係なく誰にでもできる活動に絞ったことから、スキー、クロスカントリースキー、スケート、テ
ニス、卓球、バレーボール、ゴルフ、乗馬などは除外した。
*2 運動強度(メッツ)については、付属資料Ⅰ-3-(1)運動療法を参照のこと
*3 ケア主体において、メンタルへルスケアを必要とする人の場合、すべての活動要素と適合性が大きい。
-23-
表Ⅳ-2-3
活動区分
環境学習・
自然散策
南信州観光公社の体験プログラムの例
活動事項
巨木と語る
飯田線ウォーキング
絶滅危惧種の実態と
保護考察
高原散策
桜守の旅
アウトドアア
クティビティ
南信州フォトガイドの
案内
渓流釣り
乗馬
大平宿原 生活体験
野外キャンプ
マウンテンバイク
農林業体験
スノーシュートレッキ
ング
名山トレッキング
パターゴルフ
農家民泊
田植え
りんごの摘果(花)
酪農農家体験
森林営林
稲刈り
野菜収穫
味覚体験・
食文化
そば打ち体験
五平餅作り
イチゴジャム作り
田舎料理体験
よもぎ餅作り
イチゴ狩り
ブルーベリージャム
作り
アップルパイ作り
城下町飯田歴史散策
と和菓子探訪の旅
草木染め
伝統工芸・
クラフト創造
土笛作り
おもしろ科学実験 モ
デルロケット
紬の機織り
炭焼き
陶芸
木工製作
概
要
里山を歩き様々な種類の巨木にまつわる物語を聞く。里山の機能を学び、人が里山
から得てきたものは何かも考察したい。
鉄道ファン憧れのローカル線・JR 飯田線に乗り、県南の秘境を訪れる。旧三信鉄道
として南信州地域を切り開らいた鉄道マンの功績を偲ぶ。
ギフチョウ等、レッドデータブックに載っている希少種の実態と保護について、保護活
動の実践家に学び、併せて、増殖のための環境についても考察する。
標高1300mから1600mの自然公園から大パノラマを眺め、遊歩道を散策する。
南信州の名桜を「桜守」と称する案内人とともにめぐり、その桜にまつわる歴史物語
や生活との結びつき、未来への残すための取組みを知る。
南信州は、桜や紅葉などの自然や各地の祭りといった伝統文化の宝庫。春夏秋冬、
絶好の撮影スポットをカメラにおさめる。
アマゴ、イワナ、ニジマスなどの渓流魚釣りに、地元の釣り名人の手ほどきで挑戦す
る。渓流魚の性質や釣り方、自然への接し方を学ぶことができる。
乗馬への接し方を学び、馬に触れる。馬場で、乗馬の基本を訓練し、外場トレッキン
グで林間コースにでる。動物に接する強さと優しさを同時に学ぶ。
昔の民家でいろり、かまど、薪風呂など、火をおこす体験をする。
テント張りや調理等を共同で行う。
天竜川流域をマウンテンバイクで疾走する。MTB の醍醐味である急坂上がりもコー
ス中に配置し、自然の中で体を動かす素晴らしさが体感できる。
誰でも気軽に使えるスノーシューを使って雪の上を歩く。動物の痕跡を見つけその特
徴を推察したり、森の木々の話に耳を傾ける。
名山をインストラクターと一緒に歩き、自然の成り立ちや歴史を感じる。
4名1組でスコアを競い、チームワーク・チームプレイの醍醐味を味わう。
農家に宿泊しながら農作業を手伝い、農家と語らい、農業や里山の大切さを学ぶ。
田んぼに入り、昔ながらの手植えによる作業に挑む。
大きく、美しいりんごを作るために摘果(花)は大切な作業のひとつ。根気のいる作業
は、農作業の大変さ、食べ物の大切さを知る機会となる。
餌やりや糞尿の掃除・子牛の世話等その時にある酪農作業を手伝い、また酪農家の
話をうかがう。生き物を相手の仕事の大変さや人との関わりを学ぶ。
里山で間伐、枝打ち等の必要性を学ぶ。実際の作業を通じて、水源でもある山との
関わりや人の生活を支えてきた里山の機能を学ぶ。
稲作は日本の農業の根幹を成している。稲作の置かれた状況を学び、さらに土の感
触や主食生産の苦労話、田圃の持つ環境保全能力、保水機能についても考える。
きゅうり、ジャガイモ、サツマイモ、かぼちゃ、白菜、玉葱等の野菜を時期に合わせて
収穫を行う。栽培の方法や成育の過程についても学ぶ。収穫の喜びを実感する。
そばは信州の代表的な味覚の一つである。そばの特徴を学び、粉からの手打ちそば
つくりを習い、食文化について考える。
南信州の食文化を代表する五平餅。特製味噌ダレ作り、ご飯をつぶす、型にはめて
のだんご作り炭火で焼くという一連の作業を実習する。
朝採りイチゴを使って、おいしいジャムを作る。
この地域に代々伝わる、旬の素材を活かした田舎料理を調理する。
南信州に自生するよもぎを採るところから始める本格的なよもぎ餅作り。
とれたてのイチゴのおいしさに感動し、農作物の生産現場を実感する。
長野県特産のブルーベリーのジャム作りに挑戦する。併せてオリジナルのラベルを
作成し、世界に1つのオリジナルジャムを作成する。
アルプスを眺望できる加工場で、信州名産のりんごをパイに加工する。
古くからの城下町飯田には茶の湯の文化が持ち込まれていた。いまなお市内に店を
構えている和菓子屋にて伝統の味を楽しむ。
藍の葉や茜の根からとれるものでハンカチを染める。自然の色の味わいの深さ自分
で染め上げた喜びを感じる。
インストラクターは、プロの陶芸家。粘土の基本的な扱い方を学ぶ。
後藤道夫先生の監修による100種類以上のおもしろ科学実験。頭と手を使い楽しい
実験装置を作る。
飯田紬は養蚕が盛んな飯田が育んだ特産品。草木染めした多彩な糸で機織りを体
験。織ることの苦労をしのび、衣ができる過程を再認識する。
里山から切り出した木材を使い、薪割りや釜入れを行う。事前に仕込んでいた炭の
取り出しも行う。
プロの陶芸家による講習を受け、茶碗などを作る。
プロのクラフト作家による講習を受け、スプーンを創ってみる。
出典:南信州観光公社「関東体験南信州・プログラム一覧」<http://www.mstb.jp/program.html>2010.を一部調整
-24-
(3)環境タイプ別のプログラムのポイント
ヘルスツーリズムが展開される環境タイプは、地形・標高の側面から「高山・高地」(標
高1,000m以上)、
「中山間地」(標高300~1,000m未満)、
「丘陵・平地」
(標高0~300m未満)、
「海浜・海洋」(標高0m)に区分できる。生気象的な観点から各環境タイプにおける生体
作用(付属資料の p.22・表Ⅰ-3-7参照のこと)を踏まえて、各環境タイプ別のプログ
ラムのポイントと実例についてまとめると、以下のとおりである。
なお、メタボ対策タイプは、運動強度と食事内容に違いがあるが、健康・体力増進タイ
プと活動要素がほぼ共通するため省略した。また、ケア主体タイプについては、病院との
連携、受け入れ地域での専門家の配置や宿泊サービス条件などの問題をクリアしなければ
ならないので除外したが、メンタルヘルスケアの対象者については、観光主体および健康・
体力増進主体タイプのプログラムに当てはめて考えることができる(文中に表示される ex(エ
クササイズ)の説明は、付属資料Ⅰ-3 p.16参照)。
a.高山・高地のプログラム
高山・高地の生気象は刺激性の強い気候であるため、血液循環や新陳代謝、呼吸機能を
高め、効果的な持久力トレーニングができる。また、高山・高地は眺望がよいので、運動
効果と相俟って景観体験によってストレスの解消になる。こうした点を踏まえて、運動不
足の解消、持久力のアップ、ストレスの解消をねらいとするプログラムを基本にする。
高山・高地における対象者のタイプと活動要素の適合性
△
●
対象者の
タイプ
観光主体
活動要素
健康・体力
増進主体
〈凡例〉
●…適合性大
観光主体
健康・体力増進主体
(観光系)
・美しい景観の観賞
(レクリエーション系)
・登山・トレッキング、ウォーキング、森林浴、スノーシュー
(観光系)
・名所・旧跡の探訪、特産物などの買い物、郷土料理づくり・飲食体験、観光農
園、地元住民との交流
(レクリエーション系)
・釣り、農林業体験、温泉浴、エアロビックス、ストレッチ、サイクリング、その他
△…中
(日本観光協会・2010)
■ 観光主体のプログラム例
【美しい景観の観賞+ウォーキング+名所・旧跡の探訪+特産物・郷土料理の飲食・手作り体験+温泉
浴+ストレッチ】(12.45ex) … (春~秋)
①朝、集合地点あるいは宿から車で眺望スポットの駐車場まで移動する。そこから眺望スポット(滝や渓流な
ど)まで往復約1時間、ウォーキングをする(3.0ex)。眺望スポットでは、約20分滞留し、美しい景観を観賞
する(0.7ex)。
②車で史跡のある場所まで移動し、約30分、史跡を見学する(1.5ex)。
③次に、車で体験施設まで移動し、約2時間、郷土料理づくり体験を行い、その料理を試食する(4.0ex)。
-25-
④車で宿に戻り、約1時間半、温泉療法によって温泉入浴し、その後ストレッチで筋肉をほぐす(3.25ex)。
■ 健康・体力増進主体のプログラム例
【登山・トレッキング+温泉浴+ストレッチ】(25.75ex) … (春~秋)
①朝、集合地点あるいは宿から入山口まで移動し、そこから約4時間(往復)、山の見晴らしの良いスポット
まで、山の斜面を生かした登山・トレッキングを行う。途中の森林内ではフィトンチッドをよく吸収できるよう
に約1時間休憩する(22.5ex)。
②下山後、約1時間半、地域内の温泉で温泉療法によって温泉入浴し、その後にストレッチで筋肉をほぐす
(3.25ex)。
b.中山間地におけるプログラム
中山間地の生気象は、保護性気候であるため、血液循環や新陳代謝、呼吸機能を穏やか
に低下させて、身体をリラックスさせる*。また、歴史的な重みがあり、自然と調和した山
里景観は、眺める人に日本の原風景的な郷愁感をもたらし、精神的な緊張感の緩和につな
がる。こうした点を踏まえて、心身ともにリラックスをねらいとするプログラムを基本に
する。
*ただし、高温多湿で無風の時は、体温調節が妨げられるので、こうした作用が効かなくなる。
中山間地における対象者のタイプと活動要素の適合性
●
●
対象者の
タイプ
観光主体
活動要素
健康・体力
増進主体
<凡例>
●…適合性大
観光主体
健康・体力増進主体
(観光系)
・美しい景観の観賞、名所・旧跡の探訪、祭りや行事の見学、特産物などの買
い物、郷土料理づくり・飲食体験、観光農園、地元住民との交流
(レクリエーション系)
・ウォーキング、森林浴、スノーシュー、カヌー・ボート漕ぎ、釣り、農林業体験、
温泉浴、エアロビックス、ストレッチ、サイクリング、その他
(観光系)
・博物館・美術館・郷土資料館の見学
(レクリエーション系)
・登山・トレッキング、プールでの水泳、プールでの水中歩行
△…中
(日本観光協会・2010)
■ 観光主体のプログラム例
【ウォーキング+森林浴+観光農園+スノーシュー+エアロビックス+温泉浴+ストレッチ】(21.75ex)
… (夏)
①朝、集合地点あるいは宿から近くの森林まで車で移動し、森林内や田畑を抜ける農道を利用して、約1時
間、日向と日陰に交互に入りながら森林浴ウォーキングを行う(4.0ex)。
②近くの水質のきれいな小川に移動して、約1時間、せせらぎに足を入れたり、川辺で休息したりする
(3.0ex)。
③車で農家レストランまで移動し、約30分、そこの野菜畑でトマトやキュウリのもぎとり体験と試食をして、約
1時間、ここで食事をとる(3.0ex)。
④車で移動し、約1時間、集落のお祭りを見学に行き、地元住民と交流する(2.0ex)。
⑤車で宿へ戻り、エアロビックスの講習を受ける(6.5ex)。
-26-
⑥講習終了後、約1時間半、地域内の温泉で温泉療法によって温泉入浴し、その後にストレッチで筋肉をほ
ぐす(3.25ex)。
■ 健康・体力増進主体のプログラム例
【スノーシュー+郷土料理の飲食体験温泉浴+ストレッチ】(31.5ex) … (冬)
①夏場の森林内は、管理されていないと下草や灌木類が生えて、立ち入るのが難しいが、冬場は積雪によ
って埋もれてしまうので立ち入りやすい。集合地点あるいは宿に近い里山森林で、約3時間、スノーシュー
を用いて山の斜面を生かしたウォーキングを行う(22.5ex)。現場の状況によっては臨機応変にアニマル・
トレッキングも組み込む。
②約15分、近くの飲食店までウォーキングし、約1時間半、郷土料理の飲食体験を行う(4.0ex)。
③約30分、地域内の公共温泉施設までウォーキングして、約1時間半、温泉療法によって温泉入浴し、その
後にストレッチで筋肉をほぐす(5.0ex)。
c.丘陵・平地のプログラム
丘陵・平地の生気象は、中山間地と同様に保護性気候であるため、血液循環や新陳代謝、
呼吸機能を穏やかに低下させて、身体をリラックスさせる*。また、開放的で、のどかな田
園景観が広がり、精神的な緊張感の緩和につながる。こうした点を踏まえて、心身ともに
リラックスをねらいとするプログラムを基本にする。
*ただし、高温多湿で無風の時は、体温調節が妨げられるので、こうした作用が効かなくなる。
丘陵・平地における対象者のタイプと活動要素の適合性
対象者の
タイプ
活動要素
<凡例>
●
●
観光主体
・
健康・体力
増進主体
●…適合性大
観光主体
健康・体力増進主体
(観光系)
・美しい景観の観賞、名所・旧跡の探訪、博物館・美術館・郷土資料館の見
学、動・植物園の見学、祭りや行事の見学、特産物などの買い物、郷土料理
づくり・飲食体験、観光農園、地元住民との交流
(レクリエーション系)
・ウォーキング、森林浴、スノーシュー、カヌー・ボート漕ぎ、釣り、農林業体験、
温泉浴、プールでの水泳、プールでの水中歩行、エアロビックス、ストレッチ、
サイクリング、その他
△…中
(日本観光協会・2010)
■ 観光主体のプログラム例
【サイクリング(+名所・旧跡の探訪+博物館・美術館・郷土資料館の見学+郷土料理の飲食体験+美し
い景観の観賞+郷土料理飲食体験+観光農園+祭りの見学+住民との交流)+温泉浴+ストレッチ】
(28.25ex) … (春~秋)
①朝、集合地点あるいは宿からレンタルサイクリングセンターまで車で移動し、約3時間、そこからサイクリン
グしながら名所・旧跡の探訪、博物館・美術館・郷土資料館の見学を行い、また、数カ所の田園景観の観
賞スポットを巡る(12.0ex)。
②約1時間、近くの飲食店で郷土料理の飲食体験を行う(2.0ex)。
③再び約30分、自転車に乗って観光農園まで移動し、約1時間、ブドウ刈りやリンゴ狩り、野菜のもぎとり体
-27-
験などを行い、かつ試食もする(5.0ex)。
④再び約30分、自転車に乗って、約1時間、集落のお祭りを見学し、地元住民と交流する(4.0ex)。
⑤約30分、レンタルサイクリングセンターまで自転車を返却しにいく(2.0ex)。
⑥車で宿へ戻り、約1時間半、地域内の温泉で温泉療法によって温泉入浴し、その後にストレッチで筋肉を
ほぐす(3.25ex)。
■ 健康・体力増進主体のプログラム例
【林業体験+森林浴+ウォーキング+郷土料理の飲食体験+観光農園+温泉浴+ストレッチ】(32.77ex)
… (夏)
①地域内で管理の手が十分でなく、荒れてしまった山林(森林浴が効果的にできるもの)を選び、朝、約15分、
ウォーキングして集合地点あるいは宿から現場まで行く(0.88ex)。
②約3時間、下草刈りや枝打ち、植樹などの作業を行う。途中30分休憩し、この作業の中で森林浴も同時に
行い、フィトンチッドを体内に吸収する(20.0ex)。
③約30分、飲食店までウォーキングし、郷土料理の飲食体験を行う。(3.25ex)
④約15分、観光農園までウォーキングし、約1時間、そこでブドウ刈りやリンゴ狩り、野菜のもぎとり体験と試
食を行う(3.88ex)。
⑤約15分、公共温泉施設までウォーキングし、約1時間、温泉療法によって温泉入浴し、その後にストレッチ
で筋肉をほぐす(3.88ex)。
⑥約15分、宿までウォーキングして戻る(0.88ex)。
d.海浜・海洋のプログラム
海浜・海洋の生気象は、日本では北方以外は昼夜、夏冬の気温の温暖差が少なく保護性
気候であるが、海風に含まれている海塩粒子が適度な刺激性を持ち、血液循環や新陳代謝、
呼吸機能を高め、気持ちを落ち着かせる。また、広大な海原と砂浜、規則的に繰り返す波
の音などが精神的な緊張感の緩和につながる。こうした点を踏まえて、心身ともにリラッ
クスをねらいとするプログラムを基本にする。
海浜・海洋における対象者のタイプと活動要素の適合性
対象者の
タイプ
活動要素
<凡例>
●
●
観光主体
・
健康・体力
増進主体
●…適合性大
観光主体
健康・体力増進主体
(観光系)
・美しい景観の観賞、名所・旧跡の探訪、動植物の見学、博物館・美術館・郷
土資料館の見学、祭りや行事の見学、特産物などの買い物、郷土料理づく
り・飲食体験、観光農園、地元住民との交流
(レクリエーション系)
・ウォーキング、森林浴、スノーシュー、カヌー・カヤック・ボート漕ぎ、釣り、温
泉浴、海水浴、プールでの水泳、プールでの水中歩行、エアロビックス、スト
レッチ、サイクリング、その他
△…中
(日本観光協会・2010)
-28-
■ 観光主体のプログラム例
【サイクリング(+美しい景観の観賞+博物館・美術館・郷土資料館の見学+郷土料理の飲食体験+美しい
景観の観賞)+特産物などの買い物+海辺ウォーキング+ストレッチ】(24.25ex) … (夏)
①朝、集合地点あるいは海辺の宿からレンタルサイクリングセンターまで車で移動し、そこからサイクリング
して、約3時間で、数カ所の海浜景観の観賞スポットを巡りながら、博物館・美術館・郷土資料館の見学を
行う。(12.0ex)
②約1時間、近くの飲食店で郷土料理の飲食体験を行う(2.0ex)。
③再び約1時間、自転車に乗って数カ所の海浜景観の観賞スポットを巡りながら、レンタルサイクリングセン
ターまで自転車を返却しにいく(4.0ex)。
④約15分、ウォーキングして特産物店まで行き、そこで買い物をし、さらに1時間半、海浜をウォーキングし、
宿へ戻る。(5.0ex)
⑤約30分、宿においてストレッチで筋肉をほぐす(1.25ex)。
■ 健康・体力増進主体のプログラム例
【海辺ウォーキング+釣り+海辺ウォーキング+郷土料理の飲食体験+海水浴+海辺ウォーキング+スト
レッチ】(33.9ex) … (夏)
①朝、集合地点あるいは海辺の宿から釣りのスポットまで、約1時間、海辺ウォーキングをする(4.0ex)。
②約2時間、釣りをして過ごす(釣り道具類はスタッフが手配する)(6.0ex)。
③約1時間、再び海辺ウォーキングして、飲食店へ行き、約1時間、郷土料理の飲食体験を行う(5.5ex)。
④約2時間半、砂浜に出て海水浴を行う(15.0ex)。
⑤約15分、海辺の宿までウォーキングをして、約30分、宿においてストレッチで筋肉をほぐす(3.4ex)。
ヘルスツアーの中での自然ガイドによるトレッキング
-29-
3
実務上のポイント
(1)推進体制の構築
a.当面の体制
ヘルスツーリズムは、“地域の総力”をあげて取り組むことによって集客力のある連泊滞
在型の旅行商品になり、また、地域経済にも大きな活性化をもたらす。しかし、ヘルスツ
ーリズムは、新しい観光の概念であり、国内でまだ成功例といえるものはないため、その
概念が地域全体に理解されにくい面がある。したがって、通常、様々な関係機関・団体、
住民が当企画に対して即賛同し、連携体制を築いて活動を始められるといったケースはご
く希であるといってもよい。
当初は民宿や旅館の主人やガイドなど、ごく少数の関係者がヘルスツーリズム事業を試
行しながら徐々に有志の輪を広げる形になろう。ある程度の輪が広がったところで、ヘル
スツーリズムの研究会やワーキンググループを立ち上げ、以下のような流れで徐々に地域
全体に理解を浸透させていくことが望ましい。
①所在地周辺の大学研究機関などと連携して医科学的な根拠データや技術的ノウハウの
蓄積に努める。
②ヘルスツーリズムのモニターツアーを実施し、この事業を地域全体にアピールしなが
らプログラム(旅行商品)の不足点・問題点を整理し、改善を図る。
③関心の薄い関係機関・団体、住民などに向けてヘルスツーリズムのセミナーの開催や
先進事例の視察ツアーの実施など啓発活動を行う。
b.本格的な体制
上記のような取り組みからスタートさせて、機が熟したら“地域の総力”をあげて取り
組める本格的な体制づくりをする。
例えば、
「○○○健康ツーリズム協議会」
(以下、協議会と略す)といった組織を設立し、
その下で運営実務に携わる「○○○健康ツーリズム・サポートセンター」(以下、サポート
センターと略す)といった組織を立ち上げる(図Ⅳ-3-1)。
協議会には、農協、観光協会、商工会、森林組合、NPO、行政、民宿旅館組合、地元
の医療業、農林漁業、運送業、ガイド団体(個人)、観光施設(農園・体験施設等)、宿泊
業、飲食業、土産物業といった関連機関や団体が構成メンバーになる。さらに、この協議
会を関連企業(健康産業など・CSR 企業含む)、旅行会社、マスメディアが支援する体制を
築く。サポートセンターには、農協、観光協会、商工会、森林組合、NPOなどのスタッ
フ数人が入り運営業務も担う。当運営業務の主な内容は、協議会の事務およびランドオペ
レーター、地域ガイドとする(表Ⅳ-3-1)
。ここで例にあげた以外にも様々な事業主体
のタイプが考えられ、本節の(11)の「事業主体別の事業展開方法」にも例をあげているの
で参照のこと。
-30-
○○○健康ツーリズム協議会
民宿旅館組合
行 政
サポートセンター
医療業
農林漁業
農協
観光協会
商工会
森林組合
宿泊業
飲食業
その他NPO等
運送業
観光施設経営業
(スキー場・観光農園等)
ガイド団体
マスメディア
土産物業
旅行会社
関連企業
(CSR含む)
図Ⅳ-3-1 「○○○健康ツーリズム協議会およびサポートセンター」の組織イメージ
(日本観光協会・2010)
表Ⅳ-3-1 サポートセンターの業務内容
a.協議会の事務
①総務・会計
②広報
b.ランドオペレーター
①プログラムの現地調査・企画立案
②顧客とプログラム受け入れ先との引き合わせ
③プログラム受け入れ先との諸事調整
④プログラムの進行
⑤受け入れ中のフォロー(顧客-受け入れ先)
⑥旅行代理店との折衝
⑦コンサルティング
⑧職員の研修受け入れ
c.地域ガイド
①地域ガイド
②地域ガイド候補者の募集・教育・サポート
(2)地域資源調査
土地勘のまったくない観光客にとっては、地域に入った後、どこに行けば、何が見られ、
体験できるのかが見当つかない。このため、地域に連泊滞在してみたいと思っても躊躇す
ることになる*。これまで日帰りや1泊2日観光の受け入れをしてきた地域では、地域資源
データが十分整理できていなくてもそれで間に合ったが、連泊滞在になると、この問題に
直面する。住民の間でも地域資源の全体把握ができておらず、結局、場当たり的に自分の
*
一場博幸・海津ゆりえ「尾瀬片品地域における潜在的な連泊滞在ニーズとその課題について」, 日本観光研究学会第
24回全国大会論文集,2009,PP.17-20.
-31-
知っている場所やお気に入りの場所へ観光客を案内して済ませることにもなりがちである。
これでは観光客のリピート利用は難しい。
こうしたことから地域資源調査は、観光客が滞在して独自に、あるいはガイドの案内で、
地域をゆっくりと探勝できるようにするために極めて重要な作業である。また、こうした
地域資源データが整えば、観光客にとってばかりではなく、住民にとっても郷土愛が高ま
り、自分たちの生活の中でも豊かなレクリエーション活動ができるようになろう。
地域資源調査は、「地域の宝さがし」ともいわれており*、以下のような段取りで行う。
①地域資源を自然、生活文化、歴史、産業・特産物、名人、観光施設にカテゴリー分
けする(表Ⅳ-3-2)
。
②資源調査を始めることを住民に呼びかけて、調査チームを結成する。この呼びかけ
は、地域内にヘルスツーリズム事業が認知される切っ掛けになりうる。地元の人の
目だけでは有用な資源を“取りこぼし(見逃し)”をしてしまう可能性もあるので、
発地側の旅行会社スタッフなど、外部の専門家もアドバイザーとして招聘する。
③調査チーム内に、表Ⅳ-3-2のカテゴリーごとに調査班を設ける。高校や大学な
どと連携し、野外授業の一環で調査班に参加できるような仕組みも一考する。
④文献調査や有識者へのヒアリングによって、暫定的に資源をすべてリストアップし、
その概要をまとめる。
⑤リストアップした資源の中で、時間コストも含めて優先的に現地踏査を行うべきも
のについて調査チーム全体で判定会議を行う。
⑥現地踏査に行き、写真撮影、現地でのヒアリングを行い、その結果は資源マップ(1
万分の1程度の地図)、写真集、データ集としてまとめる。
⑦収集整理した資源については、観光客の選択判断に利くように特A・A・B・Cと
いった段階的な資源評価を行う。この評価には外部の専門家なども招聘して行う。
表Ⅳ-3-2 地域資源調査事項のリスト
資源カテゴリー
自 然
調査ポイント
・植物、動物(種類・生育・棲息場所・遭遇できる時期)
・美しい自然景観(場所、時期、景観魅力ポイント)
生活文化
・暮らしの中で継承されてきた地域固有の知恵。信仰・習慣など
歴 史
・自然の変遷
・先人たちの活動の足跡、興亡の様子
産業・特産物
・地域の生業の様子、特産物の生産方法と特徴
名 人
・知恵や技の特徴、名人の生き様
観光施設
・観光レクリエーション活動に資する施設の立地場所、規模、利用可能な時期・時間、
利用料金など
*
真板昭夫「『宝さがし』による地域像の共有と活性化方策」(総合研究開発機構・植田和弘編『循環型社会の先進空
間』農文協,2000.)pp.65-80.
-32-
地域資源調査は、一気にできるものはなく、徐々に調査対象を広げ、また内容を深化さ
せていく必要がある。ある程度のまとまった段階で、『地域ガイドブック』として発行し、
地域外の興味ある人々に有償販売などをする。
(3)マーケティング・リサーチ
マーケティング・リサーチとは、事業方針を立てるために、市場・製品・価格・販売・販
売経路などに関する情報を収集・分析することである。ここでは主として消費者(観光旅
行者)の観光旅行の実態把握や他地域の観光旅行ビジネスモデルの把握など、旅行商品造
成のためのヒントを得ることが求められる。
姜ら*1~3がヘルスツーリズムのイメージや参加者の特性、興味や関心など、マーケティ
ング・リサーチに係わる基礎研究を行っているが、地域によって事情が違ってくるので、
独自にニーズ調査や観光旅行の動態調査などが必要である。
ニーズや観光旅行の動態調査については、「Ⅳ-1 ヘルスツーリズムの市場規模とニー
ズ」で示したように、できれば発地側と着地側の両方においてした方がよいが、大変コス
トがかかる。比較的簡便な方法は、着地側地域の宿など観光資源・施設への来訪者を対象
にする方法である*4。アンケート調査票を作成し、質問紙留め置き法(現場で配り、その
場で回収する方法)で行えば、経費は比較的安く済む。サンプル数については、社会調査
法にしたがって行うべきであるが、まともに取り組むと相当の手間・時間・コストがかか
る。したがって、調査対象者の属性(性別・年齢・職業)に大きな片寄りが出ない程度で
の傾向把握をしたいのであれば、統計的に見て通常400件程度のサンプルがとれれば十分で
ある*5。
〔ヘルスツーリズムのニーズ調査での設問例〕
①属性(性別・年齢・職業・休日・当該地域の来訪回数など)
②希望滞在日数
③2泊以上の滞在でしてみたいこと
④2泊以上の滞在希望する場合の平日利用の希望の有無と希望しない理由
⑤宿泊した宿で3泊4日以上滞在する場合のサービス条件
⑥関心のある健康づくりサービス
⑦地域において3泊4日から5泊6日コースの健康づくりのためのサービス(例えば、温泉療法、森
林療法、自然ガイド付トレッキングなどの組み合わせ)を有料で提供する場合の興味度
*1 姜淑瑛「ヘルスツーリズムのイメージに関する研究」,日本観光研究学会第16回全国大会論文集,2001,pp.225-228.
*2 姜淑瑛「ヘルスツーリズム参加者における日常的な健康行動に関する研究」,日本観光研究学会第17回全国大会論文集,2002,
pp.69-72.
*3 姜淑瑛・前田勇「
“ヘルスツアー”に関する興味・関心の分析」,日本観光研究学会第18回全国大会論文集,2003,pp.77-80.
*4
想定する誘致圏内の都市での人が集まりやすい場所でニーズ調査などを行うケースもあるが、都市の場合、悪徳な
*5
杉山明子,林知己夫編『現代人統計3
商法と間違えられやすいため、回答協力してくれる人は極めて少なくなり、サンプルがとれない可能性が高い。
社会調査の基本』
,朝倉書店,1984,pp.34-36.
-33-
(4)ターゲットの設定
ヘルスツーリズムの主なターゲットについては、①健康活動指向タイプ、②居住地タイ
プ、③所属機関・団体タイプに分けて整理すると、以下のようになる。
健康活動指向タイプ(P.22のⅣ-2参照)
①観光主体(健康づくりを兼ねて観光を主体にしたい人)
②健康・体力増進主体(観光を兼ねて健康・体力増進をしたい人)
③メタボ対策(メタボ対策を必要とする人)
④ケア主体(特別ケアを必要とする罹患者や身障者)
居住地タイプ
①周辺地域の都市在住者
②大都会の都市在住者
③①~②以外の全国民
④アジアなどの富裕層
所属機関・団体タイプ
①企業の健保組合
②IT企業
③学校団体・進学教室
④大学の生協・文化系サークル
⑤病院・診療所
健康活動指向タイプ、居住地タイプ、所属機関・団体タイプとの対応関係を整理すると、
表Ⅳ-3-3のようになる。
表Ⅳ-3-3 健康活動指向タイプ、居住地タイプ、所属機関・団体タイプとの対応関係
健康活動指向
タイプ
①観光主体
②健康・体力
増進主体
③メタボ対策
④ケア主体
居住地タイプ
所属機関・団体タイプ
①周辺地域の都市在住者、②大都会の
都市在住者、③①~②以外の全国民、④
アジアなどの富裕層
①周辺地域の都市在住者、②大都会の
都市在住者
①企業の健保組合、④大学の生協・文化系
サークル
①周辺地域の都市在住者、②大都会の
都市在住者
①周辺地域の都市在住者、②大都会の
都市在住者
①企業の健保組合、②IT企業、③学校団
体・進学教室、④大学の生協・文化系サーク
ル、⑤病院・診療所
①企業の健保組合、⑤病院・診療所
①企業の健保組合、②IT企業、⑤病院・診
療所
(日本観光協会・2010)
-34-
(5)基本コンセプトの設定
基本コンセプトは、あるべき像・方向を伝える「基本理念」とそれを具体化する「基本
方針」からなる。ヘルスツーリズムに関しては、以下のような視点がポイントになる。
a.基本理念
“ヘルスツーリズム”は、心と身体の疲れをときほぐし、健康回復・維持・増進につなが
るツアーを意味する。これを推進することによって従来の日帰りや1泊2日の観光から連
泊滞在型の観光へ、また、旅行会社主導ではない地域主導の着地型観光へ脱皮が図られる
ことになり、地域(経済)の活性化が期待される。
ヘルスツーリズムの推進には地域自体が健康的なものでなければならない。住民自身が
健康づくりに留意した生活を送れるようになるとともに、地域内環境はゴミなどが散乱さ
れていない清潔さがあり、きれいな水と緑、自然に溢れているものでなければならない。
こうした基本的な点を踏まえて、ヘルスツーリズムの基本理念を設定することが望まれる。
〔基本理念の例〕
○○○地域のヘルスツーリズムの基本理念
○○○地域の自然や歴史文化とのふれあい、農林漁業体験、村人との交流、さらには地域の各
種施設を利用したスポーツ・レクリエーション活動を通じて、来訪者の心と身体の疲れをときほぐし、
健康増進に寄与する。
“のんびり、ゆったり、楽しく過ごせる”連泊滞在型旅行商品を提供し、これによって地域経済の
活性化を図り、健康的で文化的な地域づくりを推進する。
【参考】 「熊野健康村」の基本コンセプト
2004年、和歌山県が発表した「熊野健康村構想」では、熊野本宮を中心とした熊野地域
においては、現代人のための癒しの地“世界遺産・熊野”を目指し、
“癒し・健康を機軸と
する地域づくりが急務であるとし、
「世界遺産・熊野古道で心身再生!地域再生!」をスロ
ーガンにあげて基本コンセプトを以下のようにしている(図Ⅳ-3-2)
現代人のこころとからだを癒し元気にする、蘇りの地・熊野“熊野で健康”
ゆったりとしたホスピタリティ溢れる熊野“SLOW STAY”
SLOW
STAYとは、 S サービス・・・・・・・もてなしにあふれ
L ローカリティ・・・・・地域色豊かで
O オリジナリティ・・・・個性に合った
W ウェルネス心身・・・・ともの健康的な癒しの滞
-35-
図Ⅳ-3-2 熊野健康村概要図
出典:熊野で健康.com「『熊野健康村』概要」<http://www.kumano-de-kenko.com/pressroom_a.html>
b.基本方針
ヘルスツーリズムの基本理念を踏まえて設定される基本方針は、ヘルスツーリズム事業
化を進めていく上での基本的な留意点をまとめることである。これについては、どれ一つ
欠くことができない事項の絞り込みが求められる。
-36-
〔基本方針の例〕
ヘルスツーリズム事業を推進するための地域の総参加の協議会を設置する
ヘルスツーリズムは、運送業や宿泊業、飲食業、土産物業ばかりではなく、医療業や農林漁業
など様々な業種が絡むため、基本理念に沿った事業が進むように地域の総参加となる協議組織を
設置する。
医科学的なプログラムと観光一般のプログラムの両面のバランスをとる
ヘルスツーリズムは医科学的根拠に基づくプログラム(旅行商品)でなければならないが、地
域観光に広くアプローチしていくために、これに縛られず医科学的根拠に基づくプログラムと観
光一般のプログラムの両面のバランスをとる。
来訪者が自由気ままに一時を過ごせるオプション・プログラムも用意する
観光旅行は日常生活から脱し、一時的に自由・開放的な雰囲気を味わえるものでなければなら
ないので、旅程すべてをお膳立てしたお仕着せプログラムにはならないように、来訪者が自由気
ままに一時を過ごせるオプション・プログラムも用意する。
いつでも、どこでも地域情報を入手できるようにする
来訪者が連泊滞在し、どのように過ごしたらよいのか戸惑うことがないように、観光マップや
ガイドブックを提供するとともに、地域内にインターネット(ホームページ)の利用拠点を整備
拡充し、いつでも、どこでも地域情報を入手できるようにする。
連泊滞在やリピート利用に資するサービスを用意する
連泊滞在やリピート利用を促進するために、それに資する低廉な宿泊料金や特色ある食事メニ
ューなどのサービスを用意する。
平日利用を促進するための各種サービスを用意する
平日利用を促進し、平準かつ効率的な経営環境にするために、平日利用特典となる各種サービ
スを用意する。
域内の移動交通手段の充実を図る
マイカーを使わない来訪者が域内の移動に困らないように、地域内のタクシー・バス会社との
連携や貸し自転車の利用拠点の整備など、移動交通手段の充実を図る。
地場産品を使った特産物となる健康食メニューを開発する
ヘルシーな特産物などを活用し、観光的な誘因力を持つ健康食メニューを開発する。
ヘルスツーリズムの場にふさわしい地域環境を形成する
地域はヘルスツーリズムの場にふさわしい健康的な環境が求められるため、水質保全、森林の
手入れ、集落内の清掃美化や美しい景観形成を図る。
-37-
(6)需要予測
観光旅行の需要予測は、旅行商品造成や受け入れ態勢の整備のために不可欠であるが、
天気や季節、曜日、曜日ならび、景気動向、交通アクセスの改善(高速道路の開通など)
といった変動要因の影響を受けることになり、予測はかなり難しい。したがって、見込ま
れる来訪者数について一定の見当をつけるという位置づけが妥当である。以下に誘致圏(集
客圏)および当地および周辺地域の利用実態からの需要予測の2通りの方法について示す
が、両方の結果を勘案し、来訪者数の見当をつけることが望まれる。
a.誘致圏(集客圏)からの需要予測
まず、受け入れ地域から見た誘致圏(集客圏)を設定する。一般的に日帰り圏は概ね片
道所要時間2.5時間、宿泊圏は概ね片道所要時間4時間である。しかし、ヘルスツアーは、
一般の観光旅行よりも動機付けが明確であり、連泊滞在数も延びるため、宿泊圏がもっと
拡大する可能性がある。したがって、宿泊圏の設定は一概には決められないため、ヘルス
ツーリズム先進事例の誘致圏の実態を調べて、それを参考にしながら設定する。なお、当
地が有名になれば、韓国や中国をはじめ諸外国も誘致圏に組み入れることもできるが、人
数は国内に比べて少ないので、当初から考慮しなくてもよい。
設定した誘致圏に基づいて、その圏内における居住人口を求める。さらに、日本観光協
会で発行している『観光の実態と志向』などのデータから誘致圏の1人当たりの平均観光
旅行回数を求めて、これに誘致圏の人口をかけて、誘致圏における潜在観光旅行者数とす
る。
誘致圏における潜在観光旅行者数の中からヘルスツーリズムに関心のある層や利用して
みたい層がどれくらいの比率になるのかを求める。前掲の『観光の実態と志向』や社会経
済生産性本部が発行している『レジャー白書』のアンケート調査データなどを参考にして、
希望者比率を設定し、潜在観光旅行者数にかける。これが誘致圏の潜在ヘルスツアー参加
者数になる。
さらに、当地を選択する比率を設定する必要がある。これは、誘致圏を概ね2倍拡大し
た範囲における競合の観光地や観光施設の入り込み状況や交通アクセス条件などを総合的
に判断して設定し、ヘルスツアーの潜在利用者数にかける。これを当地の来訪可能性のあ
る潜在ヘルスツアー参加者数とする。
b.当地および周辺地域の利用実態からの需要予測
実需ベースから需要予測する方法として、当地および周辺地域(近隣の市町村)の観光
資源・施設への1年間の来訪者数を調べる。これは、天候不順や曜日ならびなどによる来
訪者数の減少影響にも配慮して、過去3~5年分のデータの平均値を求めた方がよい。
次に、当地および周辺地域の観光資源・施設の来訪者に対して、ヘルスツーリズムのニ
ーズに関するアンケート調査を実施し、その希望比率を設定し、当地および周辺地域の観
-38-
光資源・施設への1年間の来訪者数にかける。これを当地の来訪可能性のある潜在ヘルス
ツアー参加者数とする。
(7)サービス・プログラムの作成
サービス・プログラムは、地域資源の内容や地域の環境タイプ、「ターゲット」であげた
健康活動指向タイプを総合的に検討して、地域の特色を生かしたストーリー性のあるもの
にしていく。サービス・プログラムの基本構成は、表Ⅳ-3-4のようになる。
表Ⅳ-3-4 サービス・プログラムの基本構成
日
日 程
ポイント
①受付
z 宿泊事業者で担当する。
②ヘルスチェック
z 質問票を作成し運動メニューと連動させる。
③運動強度決定
z 質問票の内容から決定する。
④運動メニュー
z 運動メニュー担当の事業者で担当する。内容は運動強度決定
で作成したもの。
初 日
⑤入浴メニュー
z 地域の特徴のある入浴施設または宿泊側で担当する。
⑥夕食
z 地域の食材を使用したメニューを提供する。豪華である必要は
⑦リラクゼーションメニュー
z 地域の伝統文化の体験。
⑧入浴
z 就寝前の入浴はぬるい湯で短時間とし、神経の興奮を抑える。
ない。
⑨就寝
①朝食前の活動
z 早朝の活動は、街中散歩、ストレッチ、冷気に当たるなど。
②朝食
z ブッフェスタイルでも、カロリーを表示し、暴食を抑える。
③運動メニュー
z 運動メニュー担当の事業者で担当する。内容は初日の運動強
度決定で作成したもの。
④昼食
z 地域の食材を使用し、地域の伝統食、保存食などが適切。
2日目
⑤観光または運動メニュー
z 身体活動量を確保する。博物館、美術館などの利用も可能。
以降
⑥入浴メニュー
z 近隣の泉質の違う外湯などを活用。湯巡りなども適切。
⑦夕食
z メニューに限りがある場合、提携する宿泊、飲食施設の協力も
⑧リラクゼーションプログラム
z 地域の伝統文化の体験。
⑨入浴
z 就寝前の入浴はぬるい湯で短時間とし、神経の興奮を抑える。
可能。
⑩就寝
最終日
①朝食前の活動
z 早朝の活動は、街中散歩、ストレッチ、冷気に当たるなど。
②朝食
z ブッフェスタイルでも、カロリーを表示し、暴食を抑える。
③運動メニュー
z 最終日の運動メニューは低強度の軽い運動を選択する。
④昼食
z 地域の食材を使用し、地域の伝統食、保存食などが適切。
⑤ヘルスチェック
z 昼食後、1時間以上の後、初日と同じ時間に質問票で実施す
⑥カウンセリング
z 事前と事後の比較から日常生活における適切なアドバイスを行
る。3泊以上のプログラムで実施するのが適切。
う。
(日本観光協会・2010)
-39-
表Ⅳ-3-4の工程では、初日、午後からのスタートを想定する。まず、ヘルスチェッ
クを行い、参加者の生活習慣や体力、持病の有無、体調などについて把握し、参加者全体
のバランスを考慮して運動強度を決定し、運動、入浴、食事、リラクゼーションのプログ
ラム内容を最終的に決定する。
2日目以降は、早朝から散策、ストレッチ、冷気に当たる活動などを行い、ウォーキン
グ主体の運動要素を入れた観光レクリエーション活動、入浴、食事、リラクゼーションの
プログラムを進める。
最終日は、早朝から散策、ストレッチ、冷気に当たる活動などを行い、低強度の軽い運
動プログラムを行い、昼食後、1時間以上経過してから、初日と同じ質問票でヘルスチェ
ックを行う。その結果をその場でまとめて事前と事後の比較から日常生活における適切な
カウンセリング(アドバイス)を行う。
サービス・プログラムは、前掲表Ⅳ-3-4のような基本構成を土台にし、「どこに行く
か」、「何を見るか・するか」、「どこに泊まるか」、「どのように移動するか」といった観点
から、適宜、地域資源を駆使しプログラム内容を変えていく。前掲の「ターゲット」であ
げた健康活動指向タイプ、すなわち、①観光主体タイプ、②健康・体力増進タイプ、③メ
タボ対策タイプに合わせて参加者を募集する場合にも同様にして、それぞれのタイプに見
合った魅力的なプログラムになるようにする(次ページの表Ⅳ-3-5参照)。
ヘルスツアーの中でのノルディックウォーク
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【参考】 和歌山県の熊野古道で実施されているヘルスツーリズム・プログラムの例
表Ⅳ-3-5
テーマ
対 象
目 的
内 容
特 記
スタッフ
測定項目
日 程
行 程
1日目午後
「熊野古道で健康づくり」プログラム
【リラクゼーション系プログラム】
【メタボ系プログラム】
熊野セラピー(熊野地形療法)は、ヨーロッパ
で盛んな「地形療法」に基づき、心身のバラ
ンスを整えるプログラム
疲労感の強い方(メンタルヘルスのセルフケ
アにも)
熊野の豊かな文化と自然のなかで、ストレス
緩和や免疫能のアップ、自律神経の働きを
整える
世界遺産・熊野古道ウォーキングや清流で
の瞑想、温泉などストレス緩和をメインとした
プログラム
医学的なサポートによる「栄養」「運動」「休
養」をバランスよく配置
コメディカルスタッフ、運動インストラクター、
熊野セラピスト、語り部など
ストレス度測定、血圧測定、心拍測定、筋硬
度測定
2泊3日(標準)
熊野古道ウォークなど共感を伴う運動体験を通
して個人の健康行動を促す健康教育プログラ
ム
メタボリック、生活習慣病が気になる方、糖尿病
疾患など特定保健指導が必要な方
熊野古道ウォーキングヤレクチャーにより、スト
レス緩和とともに健康的な生活習慣に誘導
受付
メディカルチェックとガイダンス
熊野レクチャー(世界遺産センター・ビデオ)
熊野本宮大社旧社地(大斎原)散策&瞑想
温泉
夕食(地元食材を使った薬膳料理など)
就寝
受付
メディカルチェックとガイダンス
熊野レクチャー(世界遺産センター・ビデオ)
熊野本宮大社旧社地(大斎原)散策&瞑想
運動レクチャー(ストレッチなど)
温泉
夕食
就寝
朝食前の軽いウォークとストレッチ
朝食
熊野で健康ウォーキング
【発心門王子~熊野本宮大社(約7キロ)】
<途中、お弁当昼食含む>
熊野地形療法(2)
【交互足浴(川湯にて温泉と清流の交互浴)】
2日目午前
朝食前の軽いウォークとストレッチ
熊野で健康ウォーキング
【発心門王子~熊野本宮大社(約7キロ)】
<途中、お弁当昼食含む>
2日目午後
熊野地形療法(1)
【河川療法(川湯温泉でのリラクゼーショ
ン)】
ナイトプログラム
【田舎料理と奥熊野太鼓 体験】
就寝
朝食前の軽いウォークとストレッチ
熊野で健康ウォーキング
【小栗伝説と湯の峰散策】 または 【大塔
渓谷周辺での森林浴】
温泉
<昼食後解散>
2日目夜
3日目午前
熊野で健康ウォーキングやレクチャーなど楽し
みながら身につく健康教育プログラム
医療機関と連携し「栄養」「運動」「休養」「学習」
をバランスよく配置
コメディカルスタッフや運動インストラクター同行
血圧測定、心拍測定、筋硬度測定、運動年齢
2泊3日~4泊5日
ナイトプログラム
【食のレクチャー、田舎料理、奥熊野太鼓】
就寝
朝食前の軽いウォークとストレッチ
朝食
熊野で健康ウォーキング
【大日越え 熊野本宮大社旧社地~湯の峰温
泉(約3キロ)】
温泉
<昼食後解散>
出典:熊野で健康.COM「プログラム例」<http://www.kumano-de-kenko.com/healthy_c_02.html,healthy_c_03.html>
-41-
【参考】 南ドイツのガルミッシュ-パルテンキルヘンの気候性地形療法の内容
南ドイツのガルミッシュ-パルテンキルヘン(Garmisch-Partenkirhen)において気候性地形
療法(Klimatische Terrainkur)が実施されている。以下は小関信行氏(山形県上山市・クアオ
ルト研究室・博士(芸術工学))による1,780m のヴァンク(Wank)の山頂コースを含めた6~9㎞の
3コースのプログラム体験報告*である。なお、日本における気候性地形療法は、日本で初めて
ミュンヘン大学の鑑定を受けたコースを活用し、山形県上山市が実施している。
1)歩行して気候性地形療法開始前のウオーミングアップ
・研修場所から、徒歩やバスでコースの始点の近郊に移動する。
2)気候性地形療法開始前に、血圧測定、心拍数測定
・心拍数は、15秒間の心拍数を測定し、4倍して1分間の心拍数を確認する。コース歩行時は、15分おき、または
勾配の頂点を越したところで随時心拍数を測定するため、計測方法について参加者に周知し訓練しておくこと
が必要となる。最高血圧150以上の場合、急激な高度差は体調不良を招く事があるので、注意を要するため、
各自の体調を確認する。
3)歩行前の準備運動
・舗装された道ではない土の道であり、傾斜地であるため、十分な事前運動を行ってから歩行を開始する。また、
正しい歩行を指導する。
4)一定リズムの歩行
・歩行速度は、事前の自転車エルゴメーターでの計測から運動負荷強度を把握しており、各コースの歩行では
その運動負荷強度に合わせた歩行速度を維持する。実際の現場では、1分間80歩(歩幅80cm で、時速約4㎞
弱。1分間10歩増減することに時速0.36㎞増減する)程度を基準に、個人の運動負荷能力に合わせて歩数を調
整する。
5)目安とする心拍数(当初160-年齢、訓練後180-年齢)
・歩行時の目安とする心拍数は、運動の初期では、160-年齢を基本とする。訓練が継続し、運動に対する持久
力が向上した後は、180-年齢を歩行時の心拍数の上限とする。歩行を停止すれば心拍数は急激に低下する
ため、歩行を停止した直後の心拍数を計測するのが重要である。
6)〈冷〉への対応と確認
・運動中、〈冷〉への対応を確認するため、気候療法士は参加者に声掛けし、着衣の調整を行わせるとともに、
随時ひじの内側近辺に触れて、汗の状態や皮膚温度の状態を確認している。温度計を持参している場合は、
温度を測定し、数値情報を参加者に提示して〈冷〉への対応を促進する。
7)グループ内での交流促進
・気候性地形療法の歩行は、長期間にわたり数多く取組むため、歩行時に参加者に声を掛け、グループの交流
を深めて、楽しく歩行する状況を作り出している。
8)携帯電話の停止
・気候性地形療法は治療であり、歩行時は転地効果と心身の解放を促進するため、各自の携帯電話は停止す
るのが原則である。緊急時は、気候療法士が携帯電話で対応する。
9)毎回異なる気候性地形療法コース
・歩行時は、常に外界に対して新鮮な気持ちで取組み、心身の効果増すよう、毎回異なるコースを歩行している。
そのため、運動負荷に応じた多様なコースが必要となる。
(10)眺望の良いコース設定
・眺望は、コースにおいて重要な要素である。気候や地形に配慮し眺望に優れたコースを設定し、楽しく飽きず
に歩行する環境を整備している。
このような対応をしながら、気候性地形療法コースを歩行するが、平地のウォーキングと異なり、傾斜地におけ
るコントロールされた負荷の対応が心地よい。血圧測定では、目に見えて数値が低下するなど効果が確認できる
ため、運動に取組む意欲が増してくる。また、毎回異なるコースで、眺望も優れており、心身に対する開放感は特
筆すべきものがある。
*
小関信行『療養・保養温泉地の環境計画に関する研究』
(博士論文),書肆犀,2009,pp.222-223.より抜粋
-42-
(8)価格戦略
ヘルスツーリズムの潜在市場規模は約4兆1,300億円であり、国内旅行全体の潜在的市場
規模の4分の1になると推計されている*。これだけの市場規模があれば、価格戦略は高価
格なものから低価格なものまで、様々な選択が可能である。
価格設定にあたっては、一般的にコスト、需要、競合のいずれかを重視して決められる。
「コスト重視」は、コスト(販売原価)に必要な利益分をプラスして設定するものである。
「需要重視」は、消費者の評価を基準とするものであり、消費者がいくら位までなら支払
えるかを分析し、設定するものである。後述するモニターツアーは、この布石になる。「競
合重視」は、競合相手における旅行商品価格を基準にして、差別化できるように設定する
ものである。
ヘルスツーリズムは、まだノウハウが確立されたものではなく、社会的な認知度も低い。
連泊滞在型で、かつ、健康づくりプログラムが付加されるため、一般の観光旅行よりも割
高になる。したがって、
「コスト重視」で価格を設定すると、消費者が初めから敬遠してし
まう恐れがある。現段階ではヘルスツーリズムがどういうものであるのかをモデルで示し、
消費者に広く伝えることが必要であるので、以下のように「需要重視」と「競合重視」の
両面をみながら価格を設定することになろう。
①ニーズ調査を行い、実験的にヘルスツーリズムのモデル商品を作成し、モニターツ
アーを行う。これによって消費者がいくら位までならば支払えるかを分析する。
②ヘルスツーリズムのモデル商品と競合関係になる一般旅行商品の魅力や価格と比較
分析して、消費者が一般旅行商品の方に流れない価格について見当をつける。もし、
消費者がそちらに流れてしまいそうな場合には、価格はそのまま据え置き、モデル
商品の付加価値、すなわち魅力を高める。
③上記の①と②を総合的に勘案して、最終的に価格を設定する。
ヘルスツーリズムの先進地域であるヨーロッパでは、一般的に5泊6日のヘルスツアー
のプログラム価格がセラピー、飲食、宿泊代を含めて約16万円(1,500ユーロ:1ユーロ107
円換算)、1日あたりの平均価格は約27,000円にもなる。消費者は商品の品質の良さ、高さ
を認めれば、高額であっても購入する。ヘルスツアーにおいても、医科学的な根拠に基づ
く顧客満足度の高い高品質プログラム、つまり相応の付加価値を提供できれば、こうした
高価格戦略も可能である。
しかしながら、経営体力の強弱様々な事業者が混在する地域全体で同時一体的に推し進
めるのは難しく、強い経営意志と経営体力のある一事業者もしくは少数の事業者グループ
が先行的に取り組み始め、徐々に地域ブランド力を高めていき、地域全体へ波及させてい
く、といったプロセスになろう。
一方、ある程度のマーケットシェアを獲得するまで、低価格戦略をとる方法もある。す
*
JTB ヘルスツーリズム研究所『ヘルスツーリズムの現状と展望』
,JTB ヘルスツーリズム研究所,2007,pp.43-49.
-43-
なわち、最低限の利益を確保しながらも低廉な価格でヘルスツアーを行い、参加率を高め、
かつ、気軽に利用するリピーターを増やし、稼働率を高めるという方法である。
いずれにしても、どの方法によって価格を設定すればよいかは地域それぞれのポテンシ
ャルによって違ってくる。ここでは価格設定の参考例として、以下に東京居住者の2泊3
日ツアーにおいて総費用1人3万円台前半に抑えたモデル料金を示す。
【参考】 東京居住者の2泊3日ツアーにおいて総費用1人3万円台前半に抑えるモデル料金の設定
■ 旅行商品の要項
♦ 2泊3日ツアー : 募集人数20名
: 旅程 初日7:00~終日15:00
: 2人相部屋(1人部屋希望者は追加料金)
: 参加料金34,600円(消費税込み)
♦ プログラムの主な内容
・ 1日目 オリエンテーション、健康・体力測定、ストレッチ・ヨガ、温泉療法、郷土料理の飲食
・ 2日目 健康測定、森林ウォーキング、薬草観察ガイド、美しい自然風景の観賞、温泉療法
・ 3日目 健康測定、歴史文化資源の見学、健康食づくり体験、健康カウンセリング
■ 主な料金の条件
♦ 連泊滞在の宿泊料金 : 素泊で2泊 1泊当たり30%引き
♦ プログラムおよび施設利用料金
・ 森林ウォーキングのガイド料金
1日1,000円/人
・ 地域内での1プログラムのサービス料金(地域ガイド同行の場合)
1時間当たり500~1,000円/人
東京居住者の2泊3日ツアーの1人当たりの総費用
費
目
交通費
地域内移動費
宿泊費(素泊)
朝食
昼食・弁当
夕食
お茶代
施設利用料
体験プログラム料
ガイド料
数量など
往復
3日
2泊
2回
1回
2回
3回
健康測定
ストレッチ・ヨガ
健康食づくり体験
2.5日分
金額(円)*
備
考
8,000 地方間の移動バス(現地集合希望者は無料)
3,000 @1,000円 地域内の移動バス
6,000
1,400 @700円
800 @800円
4,000 @2,000円 民宿の一般料理
900 @300円 菓子など
2,000 夏山のリフト1,000円、温泉施設など1,000円
1,000
1,000
1,500 体験工房施設 (食材費込み、3日目の昼食兼ねる)
5,000 @2,000円/日・人
合計 34,600円 ⇒ 10%事務経費
(交通費除く 26,600円)集合・解散
* 消費税含む
-44-
(9)モニターツアーの実施
モニターツアーは、実際のツアーとまったく同じようにして実施し、タイムスケジュー
ル、サービス方法の手際、参加者から見た価格やサービスに対する評価・意見などについ
て総合的に分析し、実際のツアーに向けてチェック・改善を図るためのものである。
以下にモニターツアー参加者から評価・意見を収集する方法の例について示す。
■ 個々の活動事項に関する5段階評価の満足度評価と自由回答方式
(5段階評価の満足度評価の例)
非常に満足
やや満足
どちらとも
いえない
やや不満
不満
オリエンテーション
5
4
3
2
1
ヘルスチェック
5
4
3
2
1
トレッキング
ストレッチ
夕食
5
5
5
4
4
4
3
3
3
2
2
2
1
1
1
1日目
※上記のようにして2日目以降の設問事項を追加する。
(自由回答の例)
♦ 本日のトレッキングのガイド内容について、ご意見・ご感想をお聞かせください。
■ 全プログラムを通じた感想に関する5段階の選択方式
(5段階選択方式のプログラム評価の例)
ヘルスツーリズム催行地と
して当地域は?
当地域に対するご興味は?
健康に対するご関心は?
ご自身の今後の健康管理に
対しては?
今回のツアーは?
今回のツアーの時間配分
は?
当地域で本格的なヘルスツ
アーが始まったら?
非常に
良い
非常に
興味が出た
非常に
関心がわいた
非常に
役に立つ
非常に
楽しめた
非常に
良い
是非
参加したい
やや
良い
やや
良い
やや
関心がわいた
やや
役に立つ
やや
楽しめた
やや
良い
できれば
参加したい
どちらとも
いえない
どちらとも
いえない
どちらとも
いえない
どちらとも
いえない
どちらとも
いえない
どちらとも
いえない
どちらとも
いえない
あまり
良くない
あまり
良くない
あまり
関心がわかない
あまり
役に立たない
あまり
楽しめなかった
あまり
良くない
あまり
参加したくない
非常に
良くない
非常に
良くない
まったく
関心がわかない
まったく
役に立たない
まったく
楽しめなかった
まったく
良くない
まったく
参加したくない
※上記のようにして設問事項を5段階選択方式にして追加する。ただし、回答者の負担軽減上20件以内が望ましい。
■ 全プログラムを通じた価格に対する見方に関する記入方式
(記入方式の例)
問1 今回のプログラム全体に自由に価格をつけるとしたら、いくらが適当とお考えでしょうか。
(
)円
問2 仮に一般の○○○旅行の「2泊3日三食付き ○○○円」と比較して、今回のモニターツアーで体験いただいたプログラム
予定価格○○○円(大人・1名)は、高いと感じられますか、安いと感じられますか。(あてはまるものに○を)
1 高い
2 やや高い
3 高くも安くもない
4 やや安い
5 安い
6 わからない
問3 今回のプログラム全体は、いくらで販売すれば多くのお客様にご利用いただけるとお考えでしょうか。
(
)円
参考:今回のモニターツアーの原価は、お1人約○○○円になります。
-45-
(10)販売計画
旅行者のため、報酬を得て運送または宿泊などのサービスの提供を代理契約し、媒介や
取次ぎする行為は、旅行業法によって旅行業登録が義務づけられている。ヘルスツーリズ
ムの旅行商品を販売するには、受け入れ地域側に旅行会社(旅行業登録団体)があれば、
着地型旅行商品のパッケージツアーとして顧客への直接販売や、主流になってきたインタ
ーネットでの販売が可能である。
受け入れ地域側に旅行会社がない場合は、発地側の旅行会社と連携して旅行商品の造成
を進めていかなければならない。旅行会社がストックしている顧客の動向やニーズなどに
関するデータは、地域側で一から収集するには相当の手間とコストがかかり、負担が大き
い。これをカバーするためにも旅行会社との連携のメリットは大きい。一方、地域に支店
や営業所などを持たない旅行会社にとっても、地域固有の様々な魅力を取り込んだ旅行商
品を造成するには様々な情報・ネットワークを持つ地域側との連携が必要不可欠な時代に
なっている。従来の枠を乗り越えて相互扶助の観点から両者が連携し旅行商品を造成する
のは時代の必然的な流れといってもよい。
しかし、連携するには互いの旅行商品造成の特性をよく知る必要があるため、一定の調
整時間が必要である。まず地域側は、旅行会社が民間企業であるため、収益を出さなけれ
ばならないことを理解し販売手数料の支払いをするとともに、図Ⅳ-3-4のような旅行
会社の商品造成や仕入・販売のメカニズムについても理解しておかなければならない。
旅行商品には、主として次のように「募集型企画旅行」と「受注型企画旅行」がある。
■ 募集型企画旅行
・一般にパッケージツアーまたはパック旅行といわれ、旅行会社が旅行の目的地や
日程、運送・宿泊サービス内容、旅行代金を定めた旅行計画を作成し、これによ
って利用者を募集し、実施するものをいう。
■ 受注型企画旅行
・一般に学校の修学旅行や企業の慰安旅行などのように、旅行会社が利用者の依頼
により旅行計画を作成して実施するものをいう。
両者の連携には上記のいずれのタイプもありうる。募集型企画旅行については、定盤企
画の“シリーズ旅行商品”(例えば、JTBの「エース」)と特別企画の“スポット旅行
商品”に分かれる。
地域側が旅行会社にヘルスツーリズムの旅行商品造成を働きかけるにあたっては、いき
なり企画書を持ち込んでも、そこですぐに事業が始まるわけではない。まず1年ほど前か
ら旅行会社に対して自分たちの地域がどのような地域であるのかを説明し、旅行会社が「見
込みのある地域」として理解が進まなければならない。旅行会社は、一般的に以下のよう
に地域側の受入体制やマーケティング戦略の成熟度といった観点から連携できるかどうか
をチェックするといわれている。これらの事項をすべて満たせればベストであるが、少な
くとも「地域のビジョン・目的が明確であるか」といった点が旅行会社から前向きに評価
されなければ始まらない*。
-46-
図Ⅳ-3-4 大手旅行会社の商品造成サイクルの一例
*
(日本観光協会・2010)
この内容は国土交通省『地域観光マーケティング促進マニュアル』(2006)を加筆調整したもの。
-47-
■ 地域の受入体制の成熟度
・旅行業法や旅行業約款に基づく安全性に対して十分に配慮しているか。
・地域のビジョン・目的が明確であるか。
・民間と行政が連携し、地域の一体感が醸成されているか。
・事業が継続できるような体制になっているか。
・地域がホスピタリティ(コーディネート力)を持っているか。
・地域に熱意に溢れたリーダーが存在するか。
・雨天時の代替メニューを準備しているか。
・発地からのアクセスが容易か。
・周辺環境・施設は整備されているか(駐車場、トイレ・飲食施設、土産店など)。
■ マーケティング戦略の成熟度
・地域の観光素材を、顧客の観点から客観的に分析・評価できるか。
・顧客の視点から見た、オンリーワンの観光素材があるか、地域らしさを具現化し、
顧客に訴求しうる観光素材があるか。
・当該旅行商品を、どこに、誰に売るのかを明確に持っているか。
・当該旅行商品を告知・PRする方法を明確に持っているか。
・集客数の見込みと収益性を確保できる見込みを持っているか。
旅行会社が前向きに地域側と連携することになった場合、地域側は発売6~8か月前に
以下のような事項を旅行会社に提示する必要がある。
①観光資源情報(観光資源マップ、観光資源の概要がわかる資料)
②観光資源の組み立てによる旅行商品案(日程、運送または宿泊サービス内容、体験
プログラム内容、旅行代金の額とその地域と旅行会社の配分など)
③受け入れ窓口とその体制
④現地ガイドの紹介情報等
この内容について旅行会社は、これまで培ってきた旅行業のノウハウをもとに集客力や
顧客満足度、採算性などの観点から分析を行い、問題点や不足点があれば、それを地域側
に指摘する。例えば、「景色の良いトレッキングルート区間が短いので、もっと長くとれ
るルートに変更した方がよい」「宿泊先がツアーのイメージに合わないので変更した方が
よい」といった要望が出され、地域側はこれを受けて修正案を再び旅行会社に提示する。
こうしたやりとりを発売2か月前(パンフレット制作開始時)まで繰り返し行い、旅行商
品が完成する。例えば、尾瀬地域で旅行商品を造成する場合、尾瀬入山シーズンが5月下
旬であるので、前年6月から地域側と旅行会社が数か月に渡って地域の観光資源や旅行商
品造成の考え方について意見交換を行う。これを通じて旅行会社が前向きになった場合に
は、10月前後から地域側が旅行商品案を旅行会社に提示し、翌年2月頃まで意見交換と修
正を繰り返し、まとめることになる。さらに3月からパンフレットの制作に取りかかり、
ゴールデン・ウィーク前にパンフレットが店頭に並べられ、発売が開始される。
-48-
(11)事業主体別の事業展開方法
事業展開方法は、受け入れ地域側の態勢によって違ってくる。ここでは、①小規模な事
業主体が実施する場合、②行政や観光協会、農協などの組織機関が実施する場合、③地域
一体で実施する場合に分けて、その一例を示すことにする(⇒p.54着地型観光のランドオペレー
ターの参考事例の参照)
。
a.小規模な事業主体が実施する場合
小規模な事業主体が連携することで、ヘルスツーリズムを活用したサービスの提供は可
能である。ヘルスツーリズムの目的が健康づくりである以上、サービス・プログラムが健
康づくり効果を提供することは、事業者の規模に関係なく必要条件である。しかし、専門
性を持つ小規模な事業者が連携し、小規模なりの機動力を発揮し、互いのメリットを共有
しながらサービス・プログラムを策定、提供する態勢を構築することで、その実施が可能
となる。
【概 要】
① 宿泊、飲食、野外活動・スポーツ、伝統文化、一次産業分野の小規模事業者でワーキ
ンググループを結成する。
② ワーキンググループ全体でヘルスツーリズムの必須要素である栄養・運動・休養の要
素を提供する。
③ 1泊2日から実施可能であるが、参加者が確固とした効果を実感するためには3泊4
日以上が望ましい。
④ 栄養の要素では、地域の生産者、加工業者より特徴のある食材を仕入れ、少量、低カ
ロリーで満足感のある夕食を提供する。豪華である必要はない。
⑤ 運動の要素では、地域で野外活動を行っている事業者またはスポーツクラブと連携し、
ウォーキング、トレッキング、カヤック、カヌー、サイクリング、ウォーキングなど
1~2時間程度の運動メニューを準備する。策定に当たっては、地域の自然(山地、
海岸、湖、湿原、森林など)の特性をできるかぎり活用する。
⑥ 運動メニューは、高強度、中強度、低強度の3段階で強度調整できるものとし、ヘル
スチェックの質問から強さを決定する。質問への回答から強さを決定する方法は、運
動療法の専門家に指導を受けること。
⑦ 休養の要素では、静養室(リラクゼーションルーム)を設置し、参加者が運動後、温
泉利用後に休息できる環境を作る。
⑧ ホームページを活用し、募集を行い、季節、天候の変化に即した魅力あるプログラム
を策定する。
⑨ 非医療的サービスの場合は、直接的な関与は必須ではないが、地域の協力的な医療機
関と協調し緊急時の連絡態勢、バックアップ態勢を整備する。
-49-
【組織・体制】
小規模な主体のみで行う場合、おのおのが得意とする事業分野を活用したワーキンググ
ループの組織形成が必要である。また、その組織の形成を通じて、地域との連携が緊密に
なる。
一次産業事業者
(農業、林業、漁業など)
宿泊施設
(ホテル・旅館・民宿・ペンシ
ョンなど)
ワーキンググループで連携
し専門分野を活用した
組織形成
野外活動、スポーツクラブ
事業者、非営利の健康増進
組織
伝統文化施設・寺社・美術
飲食業事業者
館・博物館・観光施設
温泉、山岳、海岸、渓谷、河川、湖沼、湿原、森林
などの地域の資源を活用する
図Ⅳ-3-5 小規模事業者による組織形成のモデル
b.行政や観光協会、農協などの組織機関が実施する場合
行政または事業分野単位の組合組織(商工会、温泉組合、旅館業組合、観光協会、農協、
森林組合、ガイド業組合など)が実施する場合は、各組織の目的とヘルスツーリズムによ
る便益を考慮した目標管理が重要となる。ヘルスツーリズムでは、地域の観光業の活性化
のみならず、地場産業の育成、地域ブランドの構築など様々な分野の目的に活用できるサ
ービス・プログラムを提供できるが、顧客サイドは健康を目的とした旅行を通じて、健康
効果を得ることを目的に利用するため、自己目的に特化したサービス・プログラムは適性
に欠ける。運動、栄養、休養のサービス・メニューを構築する中で、専門分野の組織との
連携を強め、相互のメリットを尊重しながら、顧客サイドの視点で偏りのないサービス・
プログラムの構築が求められる。
【概 要】
① 行政、観光協会、農協などの組織の公共的目標や地域振興による協力と、ヘルスツー
リズムから得られる顧客の便益(健康づくり効果など)のすり合わせが重要である。
② その整合性が保たれない場合は、看板だけのプログラム・サービスとなる可能性が高
い。
③ 組織内で本事業の目的と大まかなスケジュールを決定し、対外的な専門分野の協力者
-50-
に連携と協力を求める。
④ 外部の専門家のアドバイス、協力により、地域の自然資源を活用した運動・栄養・休
養それぞれの分野のサービス・メニューを検討する。
⑤ 1泊2日から実施は可能であるが、参加者が確固とした効果を実感するためには3泊
4日以上が望ましい。
⑥ 地域住民を対象としたモニタリング事業を行い、顧客満足度、所定の効果・効能の検
証を行うことが望ましい。
⑦ 実際の顧客へのサービス提供は行政または各組織が当たって、広告・告知、募集、受
け入れ、工程管理、課金業務を担当することが必要である。
【組織・体制】
行政または組織機関が実施する場合、組織の独自の目的にこだわりヘルスツーリズムの
顧客の便益が重視されない可能性が高い。栄養、運動、休養の三要素がすべてそろって初
めてサービス・プログラムが成立することを認知し、プログラムの構築とサービス提供の
態勢づくりを検討する必要がある。ヘルスツーリズムには、観光振興のみならず、一次~
四次産業の活性化、地域ブランドの形成まで幅広い目的に貢献できるポテンシャルを持つ
ことから幅広い業種の専門分野の協力者と連携し、目標共有を行うことが可能である。
行政または組織機関
一次産業事業者
(農業、林業、漁業など)
目標共有
と連携
宿泊施設
(ホテル・旅館・民宿・ペンシ
ョンなど)
野外活動、スポーツクラブ
事業者、非営利の健康増進
組織
飲食業事業者
サービス・プログラム
の検討
栄
運
動
伝統文化施設・寺社・美術
館・博物館・観光施設
養
休
養
温泉、山岳、海岸、渓谷、河川、湖沼、湿原、森林
などの地域の資源を活用する
図Ⅳ-3-6 行政や観光協会、農協などの組織機関が実施するモデル
-51-
c.地域一体で実施する場合
事業分野単位の組合組織(商工会、温泉組合、旅館業組合、観光協会、農協、森林組合、
ガイド業組合など)が行政と連携し、ヘルスツーリズムを活用したサービスの提供を行う
場合は、前項よりもより広範な資源の活用、顧客層の受け入れが可能である。サービス・
プログラムが健康づくり効果を提供することは、前項同様に必要条件であるが、行政と組
織が連携することで地域ブランドの形成が可能となり、またさまざまな非営利的組織の連
携が可能となる。一方、各組織の利害の調整、非営利と営利事業の区分など、組織なりの
管理業務が発生し、機動性に欠ける面もある。
【概 要】
①本取組が地域活性化の公共的目標を掲げることで、地域の大学、研究機関、地域医師
会、中核病院、栄養士会、調理師会、運動療法士会など専門の機関、組織の協力を仰
ぐことが可能となる。
②慢性疾患の治療、維持期のリハビリテーション、予防医学的活動、健康診断などの医
療機関と連携したサービス・プログラムの構築も可能である。
③連携する組織で協議会を組織し、事業の目的と大まかなスケジュールを決定する。
④各組織の代表によるワーキンググループ・分科会を構成し、運動、栄養、休養の分野
で各組織がどのような資源を使用しヘルスツーリズムに参画できるかの仮のモデル
を策定する。
⑤1泊2日から実施は可能であるが、参加者が確固とした効果を実感するためには3泊
4日以上が望ましい。
⑥区切りごとに前回会議を開催し、ワーキンググループ・分科会からの発表を行い、相
互の意見交換を実施する。
⑦地域住民を対象としたモニタリング事業を行い、顧客満足度、所定の効果・効能の検
証を行うことが望ましい。
⑧実際の顧客へのサービス提供に当たっては、協議会を、任意団体、NPO、社団法人
化し広告・告知、募集、受け入れ、工程管理、課金を独立した組織で共同管理する態
勢が必要である。
【組織・体制】
各分野の組織が主体となり行政と連携し行う場合、連絡調整、理解調整が必要となる。
小事業者主体のモデルより意思決定に時間を要し、事前の調整・準備が長期化して目的と
課題を見失うことがある。また、公共的目的が優先されるため、自己の組織のメリットを
時に喪失することがあり組織のモチベーションの維持が課題となり、そのような場合は外
部の専門家に依頼し、内的なコンフリクトを解消することが必要となる。
-52-
協議会を組織
各種組織
非営利団体
行
政
大学・研究機関
医療機関・医師会
分野別分科会
栄
運
養
動
休 養
サービス・プログラムの検討
温泉、山岳、海岸、渓谷、河川、湖沼、湿原、森林
などの地域の資源を活用する
図Ⅳ-3-7 地域一体で実施するモデル
ヘルスツアーの中での自然観察
-53-
【参考】 着地型観光のランドオペレーターの参考事例
機関・団体
所在地
組織概要
地域概況
活動経緯
活動内容
上山市温泉クアオルト協議会
〒999-3192 山形県上山市河崎一丁目1番10号 上山市観光課内
Tel 023-672-1111 Fax 023-672-1112
♦ 組織構成
・上山市、観光物産協会、温泉旅館組合、温泉利用協同組合、湯町旅館、蔵王坊平観光協議
会、くだものうつわ・上山まちづくり塾、上山を元気にする会、観光果樹園協議会、蔵王坊平
総合交流施設農産物等直売所利用組合、農家生活グループ 華の会、医師会、健康づくり
推進協議会、クアオルト研究室、NPO 健康保養ネットワーク、商工会など、産学官民で組織
された全市にまたがる組織で、総合的に事業を推進する理想的な組織体制と運営。(「上山
モデル」と称されているもの)
・協議会の組織人数(2009年度)は、上山市職員などの事務局スタッフを含めて約40人。さら
に協議会の下部部会組織(協議会メンバーと一部重複)として、モニターツアー部会12人、効
果検証部会19人、講習部会10人、新ビジネスと地場産食材活用部会15人、全国サミット担当
5人。
♦ 組織の役割
・ニーズ調査、プログラムの効果検証、気候性地形療法ガイド育成、ガイド希望者に対するド
イツ・ミュンヒェン大学アンゲラ・シュー教授による「気候療法士」の講習とクアオルト視察、健
康食や健康弁当など地場産食材活用による商品開発、全国サミットや市民報告会の開催、市
民向けの普及促進事業、熊野古道・由布院温泉との広域連携事業
・上山市は山形県南部に位置し、宮城県との県境にあり、東京から山形新幹線かみのやま温
泉駅まで約2時間半である。市部の標高は約180m、四囲を蔵王等の山に囲まれた盆地地形
であり、東に蔵王国定公園を有し、平野部には田園地帯・市街地が広がる。
・温泉観光地であり、旅館・ホテル31、合計849室。収容人数4,250人である。上山温泉利用者
数は1,119千人(2006年度)である。
・1994年からドイツの黒い森地方にあるドナウエッシンゲン市と国際交流を開始し、友好都市
の盟約を締結して日独相互の文化や人的交流を推進している。
・2008年、ドイツ型の温泉療養地を目指す「上山市温泉保養地まちづくり協議会」を設置し、内
閣府「地方元気再生事業」の採択を受け、平地の里山と1,000m の蔵王高原坊平の地域資源
を活用し、市民の健康増進と交流人口の拡大を図り、地域の活性化を目指す「アスリートヴィ
レッジと市民活動の融合による滞在型快適温泉地環境プロジェクト」を実施した。
・2009年、同協議会を「上山市温泉クアオルト協議会」と改称し、引き続き内閣府「地方元気再
生事業」の採択を受け、同事業を推進した。
・2010年2月、健康を中核として取り組む、隣接する7市7町で組織した広域観光圏が観光庁の
地域指定を受け補助採択された。そのため、地域資源の開発や連携などで広域的なヘルス
ツーリズムの組織作りと事業推進を開始した。
(2008年度事業)
・①気候性地形療法プログラムの効果検証を行い、標高1,000m の準高地トレーニングに対応
した蔵王高原坊平コース及び標高200m の温泉街近くの2つの里山コースの設置、②気候性
地形療法シンポジウムと実演講習会の開催、③温泉入浴アドバイザーの研修、④地元食材
の健康志向者向けの食事メニューの開発、⑤市民活動融合のためのワークショップの開催
(2009年度事業)
・①気候性地形療法 蔵王上山全国サミットと実演講習会の開催、②気候性地形療法を取り
入れた定期的ウォーキングの開催(6回開催)、③気候性地形療法ガイド育成のためのドイ
ツでの気候療法士研修、熊野古道での視察研修の開催、④2泊3日モニターツアーの実施、
⑤地元食材による旅館での夕食メニュー、弁当、飴等の新商品の開発、⑥市街地回遊スポ
ットの「長屋門ギャラリー」の開設、⑦気候性地形療法と温泉療法の併用による医科学的な
効果検証(2ヶ月間、59人参加)、⑧気候性地形療法 市民報告会と実演講習会の開催、⑨
熊野古道、由布院温泉との広域連携事業(情報交換、視察交流、人的交流)、⑩7市7町の広
域観光圏での事業推進
・その他、医科学効果検証のモニターに参加された人を中心に、自発的に葉山地区と新湯地
区で、毎朝の早朝ウォーキングが開催され、市民の参加とともに観光客が一緒になってウ
ォーキングをしている状況である。
・上記の事業活動を通じて、次年度の4月以降の旅行商品の販売、市民の健康増進事業の促
進、広域観光圏での連携事業、熊野古道、由布院との広域連携事業の展開を図る。
-54-
機関・団体
所在地
組織概要
地域概況
活動経緯
活動内容
岳バーデンマルクト「健康保養地づくり」事業推進実行委員会
(岳温泉観光協会内)
〒964-0074 福島県二本松市岳温泉1-16
Tel 0243-24-2310 Fax 0243-24-2911
メール [email protected] URL http://www.dakeonsen.or.jp/
♦ 組織構成
・2008年度より岳バーデンマルクト「健康保養地づくり」事業推進実行委員会内に二本松市や
福島大学などの関係団体との調整機関として企画調整協議会を設け、その実行部会を①イ
ンフラ開発推進、②プログラム開発、③リゾート達人育成、④内外連携促進、⑤商品企画の5
部体制としている。
・岳温泉観光協会(スタッフ5人)がウォーキング関連事業の事務局(専従者2人)を担い、岳ク
ラブ(地域総合型スポーツクラブ:会員数約200人)がインストラクターの養成、ウォーキング
会員の健康管理、月例イベント運営を担っている。
♦ 組織の役割
・温泉とウォーキングと食を組み合わせた滞在プログラムの充実
・市民の健康増進のために健康づくり大学の充実および交流促進
・市民レベルでウォーキングと温泉活用による健康づくりの推進
・「岳クラブ」によるウォーキングスポーツをメインとしたクラブ会員の増強および地域総合型ス
ポーツクラブの自主運営化
・岳温泉を有する二本松市は、福島県の北部、福島市と郡山市の間に位置する。岳温泉は市
の中心街から10km ほど離れた標高500~600mの高原にある。
・1953年に策定されたドイツ型保養温泉地構想から1995年に「公園の中にある温泉地」という
テーマで二本松市によるニコニコリゾート整備事業を行った。
・旅館組合ではゴミ処理を共同で行っており、生ゴミの有機肥料化に取り組み、有機野菜生産
農家と組んだリサイクル循環モデルは全国の先進事例として注目されている。
・岳温泉観光協会が2004年にウォーキングを柱とした「日本一多様な散歩道を持つ観光地づ
くり」事業を立ち上げたのを皮切りに、ウォーキング関連の事業の事務局を担ってきた。
・2008年度より、ウォーキング関連の事業をはじめとした健康保養温泉地づくりに関わる事業
全体を「岳バーデンマルクト」事業とし、事業の推進主体を岳バーデンマルクト事業推進実行
委員会へと組織変更した。
・予防医学の面から温泉、食事、運動等の組合せで楽しめる「トータル・ウォーキング」のプロ
グラムを開発した。以下のような3つのウォーキング方式を採用し、ウォーキング・メニューと
して「健康増進ウォーキング」、「自然体験型ウォーキング」、「文化体験型ウォーキング」、「カ
ントリーウォーキング」、「安達太良山登山トレッキング」を用意し、33のウォーキングコースを
設定した。
①ウェルネスウォーキング…ストレッチやエクササイズなどリハビリでのトレーニングを元に
開発された運動効果を安全に得られるもの
②パワーウォーキング…心拍数を基準とするウォーキング法。通常より腕の振りを大きくし
広い歩幅で速く歩く
③ノルディック・ウォーキング…専用のストックを使用することで、歩くスピードがアップし、姿
勢も良くなり、肩や腕等の上半身の筋肉が鍛えられ、エネルギー消費も更に高まる
・21のウォーキングマイレージ適用コースがあり、岳クラブ会員は、1km 歩く毎に25ポイントが
加算され100ポイントで岳温泉地域通貨100コスモ(100円分)と交換できるようにした。
・2006年からは岳温泉独自のウォーキングインストラクター制度が発足し、現在約40人の地元
インストラクターが待機している。インストラクターは受講内容によってランク付けられ、上記
のウェルヘルス、パワー、ノルディックの3種類の分野でそれぞれA、B、Cのランク別に人材
がいる。
・「トータル・ウォーキング」のプログラムの延べ参加者数(2009年度)は約5,000人である。
-55-
機関・団体
所在地
組織概要
地域概況
活動経緯
活動内容
塩原温泉旅館協同組合ほか
〒329-2921 那須塩原市塩原(塩原温泉旅館協同組合)
Tel 0287-32-2248 Fax 0287-31-1124
メール [email protected] URL http://www.siobara.or.jp/
♦ 「塩原流ヘルスツーリズム」組織体制
・塩原温泉旅館協同組合、那須塩原市観光協会、塩原商工会議所、那須塩原市が事業の実
施主体および事務局(事務局長:塩原温泉旅館協同組合職員、事務局メンバー約15人)を担
っている。
・また、外部メンバーとして栃木県、東武トラベル、東武鉄道、野岩鉄道、JR 東日本、栃木県
医師会塩原温泉病院が構成組織メンバーとして加わり、北海道大学名誉教授の阿岸祐幸
氏、富山大学の宮地正典氏が専門スタッフとして入った。
♦ 組織の役割
・病院との連携、健康食メニュー共同開発などの受入態勢の整備
・安全を確保した健康効果を引き出す人材の育成、地域の伝統文化や自然環境に精通した
人材の育成
・良質な温泉資源やヘルスツーリズムのPR
・那須塩原市は関東北部に位置し、福島県に接っし、車で東京から車で3時間弱、東北新幹線
東京から那須塩原駅まで1時間15分である。標高は200m 以上で、日光国立公園那須地区が
ある。
・ホテル旅館等の宿泊施設125、収容人数11,769人である。地域内の年間入り込み者数約680
万人、そのうち宿泊者数約110万人。
・2007年、1990年代から顕著となった宿泊客の減少に対応するため「塩原温泉観光お宝発掘
隊」を結成し、この活動成果から地域資源がヘルスツーリズムに適していることをわかった。
・同年、国土交通省「ニューツーリズム創出、流通促進事業」に応募・採択され、「塩原流ヘル
スツーリズム」の戦略策定を行い、現在に至っている。
・2007年、塩原温泉観光お宝発掘隊による地域資源調査を実施し、2008年、2泊3日のヘルス
ツーリズム・モニターツアーを実施した。さらに、これらの活動成果を踏まえて以下のような事
業を実施した。
①現代版湯治商品(ヘルスツーリズム商品)の開発検討
・温泉療法・気候療法・地形療法を取り入れた「ゆっくり湯治2泊3日モデルコース」、「お手
軽湯治モデルコースの設定
②塩原流健康食メニューの開発
・現代版湯治食1日3食1400~1800cal のメニュー開発
③人材育成プログラムの作成
・安全を確保した健康効果を引き出す人材、地域の伝統文化や自然環境にも精通する人
材の育成のためのプログラムの作成
④塩原流ヘルスツーリズムのガイドブック等作成
・ヘルスツーリズムのガイドブック・パンフレットの作成、宿泊者等への配布
・上記の事業活動を経て、以下のような活動要素を含んだ健康づくりウォーキングがスタートし
た。まだ本格的な「塩原流ヘルスツーリズム」の商品化には至っていないが、まず、この健康
づくりウォーキングの普及拡大を図るためにルート作り、ガイドの養成、住民や地域との連携
の仕組みづくりを進めている。
①ストックを使用しての歩行
②血圧や心拍数などの自己体調チェック
③素材と調理法を工夫した弁当
④プログラム終了後の温泉入浴
⑤ガイドの引率により先人たちの足跡巡り
⑥川風や森林の空気に触れて、当地で生まれた文学の舞台に立ち、田舎の人々の暮らし
を垣間の見学
-56-
機関・団体
所在地
組織概要
地域概況
活動経緯
活動内容
株式会社 南信州観光公社
〒395-0152 長野県飯田市育良町1丁目2番地1 みなみ信州農業協同組合・りんごの里内
Tel 0265-28-1747 Fax 0265-28-1748
メール [email protected] URL http://www.mstb.jp/
♦ 組織構成
・飯田市・松川町・高森町・阿南町・阿智村(阿智村観光協会)・喬木村(特定非営利活動法人
たかぎ)・平谷村・豊丘村(特定非営利活動法人だいち)・根羽村・天龍村・泰阜村・下條村・
売木村・大鹿村・信南交通株式会社・みなみ信州農業協同組合・飯田商工会議所・長野県タ
クシー協会飯伊支部・飯田信用金庫・八十二銀行・株式会社南信州新聞社・株式会社信濃
毎日新聞社・株式会社飯田ケーブルテレビ・株式会社共立プラニング・天竜舟下り株式会
社・天竜ライン遊舟有限会社・座光如来寺(元善光寺)・喜久水酒造株式会社・木下水引株式
会社・谷口醸造株式会社・体験教育企画など
・資本金 2,965万円(授権資本金5万円×1000株)
・市町村及び出資団体からの補助金はない。独立採算経営
・旅行業第二種免許
・代表取締役1名、取締役(常勤)1名、正社員1名、契約社員2名、飯田市観光課広域観光係
2名、その他1千名を超える農家やインストラクター、地域コーディネーターとは出入り自由な
緩やかなつながりをもつ。
♦ 活動内容
・①体験プログラム・体験旅行のコーディネート、②体験プログラムの企画開発・受入指導、③
一般旅行業務、④観光案内所の運営、⑤観光開発に関する設計並びにコンサルタント業
務、⑥観光土産品の製造・加工販売、⑦観光に関する宣伝・広告業務、⑧旅館・ホテル・土
産物販売店等の社員教育研修、⑨観光開発のためのイベント企画・実施、⑩損害保険代理
業
・南信州(飯田下伊那地域)は、長野県南部に位置し、静岡県・愛知県境にあり、車で名古屋
市から約2時間100分、東京から約3時間の距離である。標高350m~3,120m(赤石岳)であ
り、南アルプス国立公園、天竜奥三河国定公園を有し、森林面積が86%を占める中山間地
域である。
・農林家民泊(ホームステイ)440 軒、農林家民宿14 軒、公的宿泊施設3軒、民間宿泊施設20
軒ある。
・年間入り込み客数(2009年度)は約460万人、そのうち宿泊者数は約90万人である。
・1996年、飯田市商業観光課が体験教育旅行マーケットに的を絞り、伝統工芸、伝統食、農作
業体験などの関東、関西の学校関係や旅行会社に売り込んだ。
・2001年に地域の観光資源を活かした体験型旅行による広域地域振興を目的して、飯田市、
阿智村、喬木村、浪合村、平谷村の5市村と JA みなみ信州、信南交通をはじめとした10の
地元企業・団体の出資により、第三セクターの「株式会社南信州観光公社」を設立した。現在
は下伊那14市町村全てが出資している。
・約160のエコツーリズム、グリーンツーリズムのプログラムを用意している。
○体験プログラムに掲載されているプログラム…教育旅行(修学旅行や各種自然教室・校
外学習など)、会社の研修旅行、5名以上の会社の研修旅行
○期間限定プログラムに掲載されているプログラム…個人のお客様、5名以下のグループ
旅行など
・地域産業振興の観点から2泊の受け入れプログラムの場合、原則として農家民泊1泊、旅館
1泊とし、申し込みはすべて旅行会社経由である。
・体験教育旅行の受け入れ数(2006年度)は、学生団体の場合110団体、15,000人、延べプロ
グラム利用者数46,5000人であった。一般団体の場合230団体、6,500人、延べプログラム利
用者数7,0000人であった。
-57-
機関・団体
所在地
組織概要
地域概況
活動経緯
活動内容
(財)和歌山健康センター・「熊野で健康ラボ」
〒647-1731和歌山県田辺市本宮町本宮100番地の1 世界遺産 熊野本宮館内
Tel&Fax 0735-42-0118 URL http://www.kumano-de-kenko.com/
・(財)和歌山健康センター・「熊野で健康ラボ」は、グループの体力、健康状態に応じた熊野古
道ウォーキングやエクササイズ、健康講座を組み合わせた「健康ウォークツアー」の企画づ
くりをサポートしている。
・NPO 熊野本宮と共に運営されている。県は「熊野健康村構想」の一環で協力しており、NPO
熊野本宮は地域観光ガイドの育成等を実施している。
♦ 組織体制
・医療スタッフ…医師(常勤)8名、医師(非常勤)12名、歯科医師(常勤)1名、歯科医師(非常
勤)3名、薬剤師1名、看護師20名、放射線技師3名、臨床検査技師9名、歯科衛生士4名、保
健師2名/健康づくりスタッフ…健康運動指導士5名、ヘルスケアトレーナー4名、ヘルスケア
リーダー3名、栄養士2名、産業栄養指導者1名、産業保健指導者2名、心理相談員3名、アス
レティックトレーナー1名
・「熊野で健康ラボ」のスタッフ(正職員)は、本部1名、現地2名であるが、上記の健康づくりス
タッフ4人も適宜関与している。
※熊野古道健康ウォーキング事業には熊野本宮観光社1人、NPO 熊野本宮1人、本宮町語り
部の会約30人、熊野セラピスト約30人も係わっている。
♦ 組織の役割
医療機関として一般診療、健康診断、特定健康診査、特定健康指導を行うとともに、ヘルス
ツーリズム関係の調査研究、企画運営、健康プログラムの開発・活用、人材育成を行う。
・和歌山県南紀熊野地域は田辺市・新宮市・他6町村からなり、鉄道で名古屋から約3時間10
分、新大阪から約3時間30分、航空機で羽田から約1.5時間である。紀伊半島の南端部に位
置し、標高1,222m の大塔山を最高峰した山林が広がり、世界文化遺産「紀伊山地の霊場と
参詣道」、吉野熊野国立公園を有する。
・宿泊収容力は田辺市、新宮市、那智勝浦地区、白浜温泉地区、本宮町の合計で2.3万人で
あり、観光客数は田辺市、新宮町、西牟婁郡、東牟婁郡の合計で約1,100万人、内宿泊客数
約410万人である。
・2004年、和歌山県は熊野の資源を活用し、癒やしと健康を通して、都市との交流を活発に進
め、地域の活性化や雇用の促進を図ろうと、「熊野健康村構想」をまとめた。その中核施設
のひとつとして、2006年1月に(財)和歌山健康センター「熊野で健康ラボ」が田辺市本宮行政
局内に開設され、熊野での健康ウォーキング等のプログラムがスタートした。
・和歌山県が推進する「熊野健康村構想」と協力しあい、世界遺産・熊野で健康づくりを通じた
交流を積極的に進めるための拠点として、以下の活動を行っている。
①調査研究
・熊野をフィールドとした健康づくりに有益な調査研究の継続的実施
・熊野古道ウォーキングと大脳活性に関する調査(事前調査)
・調査と連動し週1回の健康教室を開催(3ヶ月間)
②熊野健康プログラムの開発、活用
・健康に有益で、かつ熊野を楽しめる「滞在プログラム」の企画・実施
・企業、健保、国保、各種団体等「健康ツアー」の共同企画、実施
・一般参加者向け「熊野健康ウォークの定期開催」
・団体、旅行会社と連携したツアーの企画・実施
・“熊野で健康ウォーキング”情報誌の発行(季刊)
③人材育成
・健康、レクレーションの知識を持った地域の人材育成
・語り部向けの健康知識の研修会(「癒しと健康の語り部研修」)
・一般向けの健康ウォーキングサポーターの育成
・熊野本宮の年間入り込み客数(2009年度)は、日帰り1,247千人、宿泊136千人、計1,383千人
である。熊野古道の健康ウォーキングなどのヘルスツーリズムに関する入り込み客数(2009
年度)は、日帰り約3,000人、宿泊約1,000人、計約4,000人である。
-58-
おわりに
ヘルスツーリズムは、
“地域の総力”をあげて取り組むことによって集客力の
ある連泊滞在型の旅行商品になり、観光旅行業の振興ばかりではなく、地域の
医療業、農林漁業、ガイド業などの振興にも弾みをつけて、地域経済に大きな
活性化をもらすことが期待されます。また、ヘルスツーリズムの事業を通じて
地域住民自らが健康づくりの指向を高めて、様々な面で地域全体が健康的なも
のになっていくことも期待されます。
ヘルスツーリズムは、このように波及効果の大きいものですが、新しい観光
の概念であり、まだ各地において実験的に取り組まれている段階です。通常の
観光旅行とは異なり、ビジネス・ノウハウがまだ定着していないがゆえに、い
ろいろ困難な問題に直面している面もあります。しかし、ストレス社会と高齢
社会が進展する我が国においては、益々そのニーズが高まっていくことでしょ
う。
本書は、こうした背景から「ヘルスツーリズムの手引き」をとりまとめまし
た。国内では初めての試みであり、今後ヘルスツーリズム事業の成熟度に応じ
て、バージョン・アップしていく必要がありますが、ひとまずここでヘルスツ
ーリズム事業の全体像をご紹介することができたのではないかと思います。
本書の作成にあたっては、医学、健康科学、観光学、地域計画学、マーケテ
ィング学、環境学等の学識・実務経験者として、下記の方々のご協力をいただ
きました。末尾ながらここに感謝の意を表します。
(五十音順・敬称略)
小関信行
クアオルト研究室 代表 / 博士(芸術工学)
篠原
跡見学園女子大学マネジメント学部観光マネジメント学科 准教授
靖
田村裕希
田村環境計画 代表 / 博士(造園学)/ 技術士(建設環境)
中根
ツーリズム・マーケティング研究所 取締役 マーケティング事業部長
裕
宮地正典
健康保養地医学研究機構 理事 / 富山大学地域医療・保健支援部門フェロー
付属資料
ヘルスツーリズムのための基礎知識
Ⅰ
1
健康悪化の要因と疾病
(1)運動不足
国立健康・栄養研究所の国民健康・栄養調査(2008年)によると、運動習慣のある者*の
割合は、男性が3人に1人、女性が4人に1人の割合であり、歩数の平均値では男性7,011
歩、女性5,945歩である。現代人の多くは、乗り物を利用してほとんど歩かずに移動し、1
日中デスクワークを行うなど、運動不足になっている。運動不足を放っておくと、表Ⅰ-
1-1のような症状や病気を引き起こす。特に運動不足は、食習慣と相俟って生活習慣病
をもたらす要因として留意する必要がある。インシュリンは、膵臓の組織で分泌されるホ
ルモンの一種であり、血糖値を低下させる作用がある。運動不足の状態が長く続くと、イ
ンシュリン抵抗性の増大をもたらし、糖尿病の発症リスクが高くなる。
*
運動習慣のある者:1回30分以上の運動を週2日以上実施し、1年以上継続している者
表Ⅰ-1-1 運動不足によって引き起こす症状や病気
症状や病気
①肥満
②肩こり・膝痛・腰痛
③循環器疾患
④消化器疾患
⑤精神疾患
⑥睡眠障害
⑦免疫力低下
⑧骨そしょう症
⑨代謝疾患
⑩持久力の低下
⑪老化促進
概
要
基礎代謝量が低下する40代からは、それまでと同量の食事を摂っていても、食べた
ものが全て消費されないため肥満になる。俗に言う「中年太り」という状態になる。
運動をしないと、筋肉は徐々に衰えて、肩こり・膝痛・腰痛などを引き起こす。
全身の血流が悪くなり、高血圧や低血圧、動脈硬化、心筋梗塞、狭心症、脳梗塞な
どの循環器疾患のリスクが高まる。また、冷え性などにもなる。
内臓機能が衰え、食欲不振や便秘、胃潰瘍、十二指腸潰瘍などを引き起こす可能
性が高くなる。
運動不足により、うつ病やノイローゼ、認知症のリスクが高くなる。
からだを動かさないと、ほどよい疲れが得られないため、夜眠れず、朝がつらくなる。
細菌やウィルスに対する抵抗力が弱まり、風邪をひきやすくなったり、さまざまな感
染症にかかりやすくなる。
骨がもろくなり、転倒や骨折をしやすくなったり、背中が曲がったりすることがある。
糖尿病や高脂血症、痛風などの代謝疾患を引き起こしやすくなる。
運動不足はスタミナ不足につながり、持久力が低下し疲れやすくなる。また、疲労の
回復も遅れる。
基礎代謝の低下や血流の低下、ホルモン分泌の低下により、更年期障害の症状を
重くし、むくみやたるみ、薄毛、シワ、老眼などの老化現象が現れやすくなる。
(2)睡眠不足と睡眠障害
国立健康・栄養研究所の国民健康・栄養調査(2008年)によると、1日の平均睡眠時間
6時間未満の人が、男女ともに3人に1人の割合である。コンビニエンス・ストアなどの
24時間営業など社会構造の変化に伴い、労働、勉強、娯楽などで深夜まで起きていること
が多くなり、生活リズムが乱れ、睡眠不足や睡眠の質の低下、さらに睡眠障害(不眠症、
-1-
睡眠過剰症、睡眠時異常行動、睡眠覚醒スケジュール障害)を引き起こすようになってい
る。こうした状態が続くと、表Ⅰ-1-2のような症状や病気をもたらす。
表Ⅰ-1-2 睡眠不足と睡眠障害によって引き起こす症状や病気
症状や病気
①疲労の蓄積
②ストレスの蓄積
③ 思 考 ・ 判断 力 の 低
下・うつ状態の招来
④免疫力の低下
⑤美容への悪影響
⑥肥満の助長
⑦生活習慣病リスク
の増大
概
要
疲労が解消されないため体は常に疲れているような状態になり、疲労が蓄積していく。
疲れた脳を休ませリフレッシュさせることができず、脳の疲れをずるずると引きずること
になり、ストレスがたまっていく。
脳は取り込んだ情報を睡眠中に整理し、記憶を定着させるが、睡眠不足ではそれが十
分に行われず、傷ついた脳細胞の修復も行われない。その結果、思考力や判断力が
低下し、悪化すると不安状態やうつ状態(気分の落ち込み、無関心、集中力の低下、倦
怠感、イライラ感)を招く。
ホルモンバランスが崩れて免疫力が低下し、風邪をひきやすくなるだけでなく、花粉症
やアトピー性皮膚炎の発症リスクを増大させる。
肌をきれいにするプロラクチンなどのホルモンが睡眠中に十分に分泌されず、肌荒れ
がひどくなったり、しみやシワが増えたりする。また、頭髪にも影響を与え、抜け毛や白
髪が増える。
睡眠時間が減ると、起きていることによる消費カロリー以上に、つい食べてしまうことが
多くなり、肥満になりやすい。
高血圧や動脈硬化、心臓病、糖尿病などの生活習慣病にかかるリスクが高くなる。
(3)ストレス
一般的にストレスには良いストレスと悪いストレスがあり、前者は適度なストレスの場
合であり、やる気や次の行動を引き起こす原動力になる。後者は過剰なストレスの場合で
あり、長く続くと次第にストレスに対する抵抗力が失われ、心身の不調になる。国立健康・
栄養研究所の国民健康・栄養調査(2008年)によると、調査直前の1か月間において男女
ともに3人に2人の割合でストレスを受けて生活している。過剰なストレスを受けると、
表Ⅰ-1-3のような症状や病気を引き起こす。
表Ⅰ-1-3 ストレスによって引き起こす症状や病気
区分
①精神面
②身体面
症状や病気
情緒が不安定になり、イライラして不機嫌になる。
気分が暗く落ち込む。
気力や集中力が低下し、仕事や家事もはかどらなくなる。
強い不安感に襲われ、いても立ってもいられないような気分に陥ることがある。
妄想や幻覚、せん妄(意識が混濁して、落ち着きがなくなり、錯覚や幻視などを伴う状態)などの
精神症状が現れることがある。
自律神経系の働きが乱れ、主に自律神経失調症(体がだるい、疲れやすい)となる。
頭痛、動悸、めまい、胸の痛み、呼吸困難、肩こり、不眠症などのほか、食欲不振、胸やけ、吐
き気、腹部膨満感、便秘、下痢などの胃腸症状が起こることがある。
-2-
(4)うつ病
うつ病は、「気分が沈む、意欲が減退してやる気がでない、何事にも興味が持てない、思
考力が低下する、眠れない」といった状態が長く続く病気で、心の不調だけでなく、体の
不調を伴うこともある。うつ病を気の持ちようだと思っている人もいるが、心の「かぜ」
といわれるぐらい、誰でも、どんな年齢でもかかる可能性のある病気である。しかし、決
して軽い病気ではなく、自然に症状が治まるのを待っていては、病状が悪化してしまう場
合もある。
厚生労働省の調査(2002年度)によれば、これまでにうつ病を経験した人は約15人に1
人である。厚生労働省の患者調査(2008年)によると、全国で医療施設に通っているうつ
病患者数は104万人であり、1999年時の調査結果に比べて2.4倍に激増している。うつ病の
原因はまだはっきりとは分かっていない。几帳面、生真面目、律儀、正直、仕事好き、完
全主義、責任感が強い、絶えず人との折り合いに気配りをするようなタイプがうつ病にな
りやすいといわれる。また、うつ病は女性に多くみられる(男性患者の約2倍)
。うつ病の
基本的な症状は表Ⅰ-1-4のようなものである。
表Ⅰ-1-4 うつ病の基本的な症状
症状や病気
①うつ気分
②興味や喜びの喪失
③食欲の減退または
増加
④睡眠障害(不眠ま
たは睡眠過多)
⑤精神運動の障害
(強い焦燥感・運動
の制止)
⑥疲れやすさ・気力の
減退
⑦強い罪責感
⑧思考力や集中力の
低下
⑨自殺への思い
概
要
気持ちが沈み込んで憂うつになる。身体の痛みや倦怠感などの身体の不調が出て
きたり、イライラ感が強くなって怒りっぽくなったりする。
これまで楽しんでできていた趣味や活動にあまり興味を感じられなくなる。何かをし
ようという気持ちさえ起きなくなり、自分の世界に引きこもるようになる。
食欲が低下していく。一方、それとは逆に食欲が亢進することもあり、甘い物など特
定の食べ物ばかりほしくなることもある。
寝つきが悪くなる。夜中に目が覚めて寝つけなくなったり、朝早く目が覚めてしまった
りする。逆に、夜の睡眠が極端に長くなったり、日中も寝てばかりいるといった過眠
症状が現れることもある。
身体の動きが緩慢になり、口数が少なくなったりする。また、逆に、じっと座っていら
れないほど焦燥感が強くなったり、イライラしたりすることもある。
ほとんど身体を動かしていないのにひどく疲れたり、身体が重く感じられたりすること
がある。気力が低下して何をする気もおきなくなる。
過去の些細な出来事を思い出しては悩んだり、ほとんど根拠なく自分を責めて、自
分のせいだと妄想的に思いこむようになったりする。
注意が散漫になって、集中力が低下してくる。そのために仕事が以前のように進ま
なくなる。また、決断力が低下して、たいしたことでなくてもあれこれ考えて何も決め
られなくなる。
気持ちが沈み込んでつらくてたまらないために死んだ方がましだと考えるようになっ
てくる。(欧米の研究では、入院が必要なほどのうつ病にかかった人の15パーセント
が自殺で命を落としている。)
(5)メタボリックシンドローム
メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)は、医学的な基準として、内臓脂肪型肥
満に加えて高血糖、高血圧、脂質異常のうちいずれか2つ以上をあわせもった状態と定義
-3-
される。内臓脂肪型肥満とは、内臓の周りに付く内臓脂肪によって起こる肥満のことであ
る。ビア樽に例えられるように腹部の膨張が見られるのが特徴であり、男女関係なく起こ
る。内臓脂肪が過剰にたまっていると、糖尿病や高血圧症、脂質異常症(高脂血症)とい
った生活習慣病を併発しやすくなる。「血糖値がちょっと高め」「血圧がちょっと高め」と
いった、まだ病気とは診断されない予備群でも、併発することで、動脈硬化が急速に進行
する。動脈硬化は、文字通り血管が固くなってしまう病気である。動脈硬化が起こった血
管の壁は厚くなって、血管が細くなり血液の流れが悪くなる。この動脈硬化が、心臓に栄
養や酸素を送っている冠動脈に少しずつ起こると、心臓を動かす筋肉へ供給される酸素の
豊富な血液が不足してしまい、狭心症を起こす。さらには、動脈硬化を起こした血管は、
健康な血管に比べて詰まりやすくなり、心筋梗塞や脳梗塞を起こす。
国立健康・栄養研究所の国民健康・栄養調査(2008年)によると、40~74歳の男性の2
人に1人、女性の5人に1人が、メタボリックシンドロームが強く疑われるか予備群と考
えられている。40~74歳の人口約5,800万人のうち、メタボリックシンドロームが強く疑わ
れる人は約1,070万人、メタボリックシンドローム予備群と考えられる人(内臓脂肪型肥満
に加え、高血糖、高血圧、脂質異常のうちいずれか1つが該当する人)は約940万人、あわ
せて約2,010万人と推計されている。メタボリックシンドロームの原因については、表Ⅰ-
1-5のとおりである。
表Ⅰ-1-5 メタボリックシンドロームの原因
メタボの原因
①偏った食事
②運動不足
③嗜好品
④体質
⑤ストレス
⑥原因の複合化
概
要
身体に必要な栄養素や摂取カロリーを考えたバランスの良い食事ではない。
食事で摂取したカロリーは身体を動かすことで消費され、余剰分のカロリーは脂肪とし
て蓄えられる。運動不足で摂取カロリーの消費が少ないと肥満になりやすくなってしま
う。
嗜好品であるお酒やタバコの摂取は、成人であっても健康に害をもたらす。これらの嗜
好品の摂取のしすぎは肺や肝臓に負担をかけ、適正な量を見極める自制心がなけれ
ば高血圧・動脈硬化・肺がんなどを引き起こす恐れが高い。
個人ごとの体質によって血糖値が上がりやすく、メタボリックシンドロームを引きこしや
すくしてしまう。
溜まったストレスを発散するための暴飲暴食、睡眠時間の延長などの不摂生な行動や
体調の乱れなどを引き起こす。場合によっては抑うつ気分による運動不足で肥満傾向
が加速してしまうこともある。
幾つかの原因が絡み合うことで、発病リスクは上昇し本人も気付かない内にメタボリッ
クシンドロームを発病していることになってしまう。
日本におけるメタボリックシンドロームの診断基準は以下のように設定されている。
①内臓脂肪の蓄積:腹囲(立った状態、軽く息を吐いて、へその高さで測定)
・男性
85cm 以上、女性
90cm 以上
(男女ともに、腹部 CT 検査の内臓脂肪面積が100㎠以上に相当)
②内臓脂肪の蓄積に加えて、下記の2つ以上の項目があてはまるとメタボリックシン
ドロームと診断される。
-4-
脂質異常
・中性脂肪(トリグリセリド) 150mg/dL 以上、HDL コレステロール(善玉コレス
テロール) 40mg/dL 未満のいずれかまたは両方
高血圧
・最高(収縮期)血圧 130mmHg 以上
最低(拡張期)血圧 85mmHg 以上のいずれ
かまたは両方
(高血圧症と診断される最高(収縮期)血圧140mmHg 以上/最低(拡張期)血圧90mmHg 以上より
低めの数値が診断基準となっている)
高血糖
・空腹時血糖値 110mg/dL 以上
(糖尿病と診断される空腹時血糖値126mg/dL 以上」より低めの数値で、
「境界型」に分類され
る糖尿病の一歩手前が診断基準となっている)
(6)生活習慣病
生活習慣病は、1996年に厚生労働省が「食習慣、運動習慣、休養、喫煙、飲酒等の生活
習慣が、その発症・進行に関与する疾患群」を表すものとして導入した概念である。かつ
ては働き盛りの人に多い病気のため“成人病”と呼ばれていたが、子供の成人病が増えて
病気の原因が日常の生活習慣の影響が大きいことが判明したため、
“生活習慣病”と改めた。
近年、疾病全体に占めるがん、虚血性心疾患、脳血管疾患、糖尿病等の生活習慣病の割
合が増加し、死亡原因でも生活習慣病が約6割を占める。医療費に占める生活習慣病の割
合も平成15年度で10.2兆円に上り、国民医療費の約3割を占め、医療保険に係る国民の負
担も増加している。一般的に“生活習慣病”と呼ばれる主なものは、以下に示すような高
脂血症(脂質異常症)・高血圧症・糖尿病である。
高脂血症(脂質異常症*)
・血液中の脂質(コレステロールや中性脂肪)が必要量以上になって、血管の壁にコ
レステロールがたまり、血管の内腔が狭くなってしまう病気。
・厚生労働省循環器疾患基礎調査(2000年)によると、中性脂肪やコレステロールが
高い高脂血症の人は、高脂血症と適正値の境界の人、つまり潜在患者も入れると、
2,200万人いる。さらに、国立健康・栄養研究所の国民栄養調査(1999年)から見る
と、男性は30代から、女性は50代からほぼ2人に1人が高脂血症の状態にあると考
えられている。しかも、自分が高脂血症であることを自覚している人はわずか30%
である。
* 動脈硬化性疾患予防ガイドライン2007年版では、
「高脂血症」という記載では重要な脂質異常である低 HDL コレステロ
ール血症を含む表現として適切ではないため、「脂質異常症」に記載が変更された。ただし、「高脂血症」という呼称
を排除するものではない。
-5-
高血圧症
・平常時の血圧が正常とされる値よりも高い状態。頭痛、耳鳴り、めまい、動悸、息
切れなどの症状が現れることがある。そのまま放っておくと血管がもろくなる動脈
硬化に進行し、さらに脳や心臓の血管が狭くなって詰まったり(心筋梗塞、脳梗塞)、
破れて出血(脳出血)する。
・日本高血圧学会では、診療所/病院で測る血圧値は、収縮期血圧で140mmHg、拡張期
血圧で90mmHg 以上が高血圧、家庭で測る血圧値は135/85mmHg 以上が高血圧と定義し
ている。
・国立健康・栄養研究所の国民栄養調査(2006年)によると、高血圧症有病者は約3,970
万人、正常高値血圧者は約1,520万人、合わせて約5,490万人と推定される。
・年齢や合併症の違いなどから、ひとりひとりの降圧目標値は異なる(表Ⅰ-1-6)
。
表Ⅰ-1-6 降圧目標値
対象患者
若年者・中年者
糖尿病患者
慢性肝臓病患者
心筋梗塞後患者
脳血管障害患者
高齢者
前期(65~74 歳)
後期(75 歳以上)
Ⅰ度 高血圧
140~159 /90~99 mmHg
Ⅱ度・Ⅰ度 高血圧
≧160 /100mmHg
降圧目標
<130 / 85 mmH g
<130 / 80 mmHg
<140 / 90 mmHg
<140 / 90 mmH g
<150 / 90 mmHg
(中間降圧目標)
<140 / 90 mmHg
(最終降圧目標)
出典:日本高血圧学会「 高血圧治療ガイドライン」
,2009.
糖尿病
・血液中の血糖値が上昇し、尿に糖が出る病気。
・糖尿病は、空腹時血糖値が126mg/dl 以上で判定される。
・40歳以上になると5人に1人が糖尿病といわれる。厚生労働省の国民健康・栄養調
査結果(2007年)によると、糖尿病が強く疑われる人は約890万人、糖尿病の可能性
が否定できない人は約1,320万人、合わせて約2,210万人と推定される。
-6-
2
心身の測定
(1)身体測定
身体測定は、標準値や以前の自分のデータと比べ健康管理に活用される。ヘルスツーリ
ズムでは身長、体重、血圧、心拍数を測定する場合が多い。さらに体脂肪率や内臓脂肪度
合を見るために腹囲を測定する場合もある。
■ 肥満の判定
肥満判定は、身長と体重の測定からBMIや適正体重を算定して見る方法、体脂肪率の
測定値から見る方法、腹囲の測定値から見る方法がある。
BMI(Body Mass Index:体格指数)による肥満判定
・BMIは、身長と体重から求められる体格指数のひとつであり、肥満度の判定法と
しても国際的に普及している。
♦ BMI=体重(kg)÷身長(m)÷身長(m)
BMI
判定
25.0以上
18.5以上25.0未満
肥満
正常域
18.5未満
やせ
適正体重による肥満判定
・日本人の成人男女では、BMIの数値が22であると最も疾病発症率が低いという研
究結果から適正体重を求め、実測体重と適正体重の差にから適正体重に対する偏差
を算出し、肥満度の判定に用いる。
♦ 適正体重=身長(m)×身長(m)×22
♦ 適正体重に対する偏差(%)=[(実測体重-適正体重)/適正体重]×100
適正体重偏差
-10未満
%
判定
やせ
-10以上
+10以上
+10未満
+20未満
正常
過体重
+20以上
肥満
体脂肪率による肥満判定
・体に蓄えられた脂肪を体脂肪といい、この体脂肪が体重に占める割合を体脂肪率と
いう。体脂肪は体型を整えたり、エネルギーの貯蔵庫の役割をするが、増えすぎる
と肥満と呼ばれる。体脂肪率は内臓脂肪だけでなく、皮下脂肪を含むため、健康障
害の明確な相関が認められない。すなわち、内臓脂肪の蓄積にほぼ比例する腹囲の
-7-
測定は、基準値を超えれば生活習慣病のリスクが高まるが、体脂肪率が高くてもそ
のリスクが高いとはいえない。したがって、メタボリックシンドロームの診断基準
に体脂肪率は採用されていない。
・体脂肪率の測定については、簡易測定法として「生体電気インピーダンス法」の体
脂肪計がある。これは脂肪組織の電気抵抗が高いことを利用して、体に微弱な電流
を流し、体脂肪の量を推定するものである。ただし、この測定方法は、体内の水分
の量や分布に影響を受けやすい。例えば、下肢型タイプでは、朝にくらべ夕方は、
下半身に分布する水分が相対的に増えるために電気抵抗が弱まり、体脂肪率は低め
に出る。食事などで水分を摂取した後は同様に低く、また排尿後、入浴や運動など
による脱水後は逆に高めに出る。したがって、体脂肪率は、同じ日の中でも朝と夕
や測定するなど、同じ条件・時間で経過をみる必要がある。
・体脂肪の基準値は多少差があるが、以下のとおりである。すなわち、男性の場合は
体脂肪率20%以上で、女性の場合は25%以上で肥満と判定される。
正常な体脂肪率の範囲
体脂肪率から見た肥満判定
男性
15~19%
20%以上
女性
20~24%
25%以上
内臓脂肪型肥満の判定
・内臓脂肪面積が100㎠以上であるとメタボリックシンドロームの基準以上に内臓脂肪
が蓄積されていると考えられている。腹囲の測定は内臓脂肪の蓄積判定を簡易に行
う検査方法である。
・腹囲は、立ったまま、軽く息を吐いた状態で、へその周りを測定する。
腹囲
男性
85cm 以上
女性
90cm 以上
(内臓脂肪面積
男女とも≧100c㎡に相当)
■ 高血圧の判定
血圧は、低すぎても高すぎてもいけない。血圧測定には、病院で測る方法(「診察室血圧」
または「随時血圧」と呼ばれる)と家庭で測る方法(「家庭血圧」と呼ばれる)がある。前
者は「聴診法」といい、血流の音を聞いて血圧測定をする。家庭などで簡単に血圧測定で
きる機器*では、「振動法」と呼ぶ血管の振動を感知し測る方法がある。測定単位は水銀柱
ミリメートル(mmHg)で表される。
* 血圧測定器は、上腕(二の腕にカフを巻いて血圧測定するタイプ)の血圧計と指あるいは手首での血圧計がある。病
院では、後者のタイプは原理的にも実際的にも不正確になりやすいので勧めていない。
-8-
理想の測定時間は、朝起きた時間(トイレを済ませ、食事や薬などを飲まないうちに1
時間以内)と、就寝前(就寝前2時間以内の落ち着いた時間に)の2回である。
○
○
○
○
○
○
○
○
○
毎日同じ時間で(起床後1時間内と就寝前2時間以内の2回)
座位で背筋を伸ばして
排尿(排便)後に
食前、服薬前に
テレビを視聴しない、しゃべらない状態で
測定する腕と心臓は同じ高さに
寒すぎず、暑すぎない適当な室温(20~25℃位)の部屋で
1~2分安静後
リラックスした状態のなかで
家庭で測る血圧値は135/85mmHg 以上が高血圧と判定されている。病院で測る血圧値は、
収縮期血圧で20~30mmHg、拡張期血圧で10mmHg も高くなる傾向にあり、140/90mmHg 以上が
高血圧になる。
■ 心拍数の判定
1分間に心臓が拍動する回数が心拍数であり、手足の動脈が1分間に拍動する回数が脈
拍数である。健常者は心拍数と脈拍数は一致する。家庭の血圧測定機で血圧と同時に心拍
数(脈拍数)も測定できる。
安静時(静かにうつむきに寝ている状態)の心拍数は、男性で60~70拍/分程度、女性
で65~75拍/分程度である。安静時の心拍数がレンジ以上は頻脈といい、以下では徐脈と
いう。これらの場合は心拍数に異常が認められる。
最大心拍数は、年齢が高くなるほど下がる傾向があり、一般的に成人では「220-年齢数」
程度であるといわれる。
(2)体力測定
生活習慣病を予防したり、改善したりするには運動が有効であることが明らかになって
いるが、運動能力あるいは体力には個人差があるので全員が一律に同じ運動を行えばよい
というものではない。体力測定は、個人個人の無理のない適切な運動メニューを検討する
ための基礎データになる。体力測定項目*1*2は、基本的に筋力、全身(心肺)持久力、平
衡性、柔軟性、敏捷性、筋持久力(上体おこし)の6項目があげられる。ヘルスツーリズ
ムの場合、ツアーの時間的制約や目的などによってケース・バイ・ケースで採用項目が決
められる。
*1 田中喜代次・木塚朝博・木藏倫博編著『健康づくりのための体力測定評価法』,金芳堂,2007.
*2 参考資料:(財)島根県環境保健公社「体力測定・運動機能検査」
<http://www.kanhokou.or.jp/yomimono/tairyoku/tairyoku.htm>
-9-
(3)運動強度の設定
運動する人は、性別・年齢・体力・健康状態・運動経験などの違いから、それぞれ自分
にあった適切な運動量(強さ)がある。「運動強度」は、運動する本人の身体能力を基準と
して数値で表現する。有酸素運動*1の強度については、ここでは簡便な方法として①心拍
数による方法、②主観的運動強度(「きつい」と感じる尺度)による方法を取り上げる*2。
■ 心拍数(HR・Heart Rate)による方法
人間は呼吸によって酸素を身体に取り入れ、脂肪や糖を分解して筋運動のエネルギーを
獲得している。この筋運動のエネルギー獲得のために利用した酸素の量を「酸素摂取量」
という。これは、「ml/kg/分」の単位で表され、体重1kg 当り1分間にどれだけの酸素を摂
取(利用)できるのかを示す。安静時における酸素摂取量3.5(ml/kg/分)を1メッツ(METs)
とし、一般的な運動強度の指標として用いられる(⇒付属資料 pp.16-19参照)。
筋運動が続く間、酸素を身体に取り込んで運動のエネルギーを作り出していくが、筋運
動を持続していくと、運動の強度が上がっても酸素摂取量は増加せずに頭打ちとなる部分
が出現する。これが酸素摂取量の最大値、すなわち「最大酸素摂取量」であり、個人にお
ける生理的な限界を意味する。この値が大きいほど「全身持久力が優れている」と評価さ
.
れる。専門的な運動強度は一般的に「%VO2max」(最大酸素摂取量に対する割合:maximal
.
oxygen uptake:ヴイ・ドット・オーツー・マックス)で表される。日常生活行動は、30~40%VO2max 以
.
.
下の強度である。健康の維持増進のための運動強度は40~70%VO2max、特に50~60%VO2max
強度の運動が推奨されている。ただし、身体活動量の少ない人、心肺機能が低下している
.
人では、40%~49% VO2max で心肺機能の改善がみられるという。酸素摂取量と心拍数との間
には直線的な関係が成立するため、心拍数は運動強度の指標として現場でよく用いられる。
心拍数から運動強度を設定する場合、その人の最大心拍数を知る必要があるが、最大心拍
数の測定は簡単ではないため、通常は簡易的に次のように年齢から推計する。
最大心拍数(カルボーネン法)
♦ 最大心拍数(MHR*)=220-年齢
*HRmax ともいう
・年齢50歳の場合、最大心拍数は220-50=170と推計される。
・トレーニングを重ねている人の場合は、210-年齢
*1 体脂肪を消費するには「有酸素運動」
、持久力などの運動能力を向上させるには「無酸素運動」がよい。一般的に心
拍数110程度までの運動は有酸素運動であり、血中の乳酸増加はみられない。心拍数が110から150程度の範囲も有酸
素運動であり、血中の乳酸値は増加するが、体内で乳酸を処理できる範囲である。心拍数が150を超えると、筋肉に
必要なだけの酸素を供給できない無酸素運動状態になり、処理能力を超えた乳酸が増加してゆき、血液の pH も低下
する。一番効率よく脂肪が燃焼されるのは心拍数が120程度の運動を持続させることである。目的に合わせた強度の
運動を計画的にするには、心拍数の把握が有効である。
*2 その他に酸素摂取量による運動強度の表現方法もある。これは、カロリー消費量を簡単に計算できるという長所が
ある。しかし、酸素摂取量は測定するには機材が必要であり、また、実際の運動時には生理的な反応を考慮する必
要がある。このため、運動指導の現場では心拍数を用いることが多い。
-10-
目標心拍数(簡易方法)
♦ 目標心拍数=最大心拍数(220-年齢)×運動強度(0.5/0.6/0.7)
・健康の維持増進…0.5~0.6
/
体重減量、筋力の維持・増強…0.6~0.7
/
筋力・体力の増強…0.8~
・筋力維持・増強をしたい年齢50歳の目標(220-50)×0.7=119と推計される。
・旧厚生省は、最大酸素摂取量の50%に相当する強さの運動をした際の目標心拍数を
表Ⅰ-1-7のように年令別にまとめた(1989年の「健康づくりのための運動所要
量」)。ただし、これは安静時心拍数が毎分約70の平均的な人の場合のものである。
表Ⅰ-1-7 最大酸素摂取量の50%に相当する強さの運動をした際の年齢別目標心拍数
区
分
1週間の合計運動時間
目標心拍数(毎分)
20代
30代
40代
50代
60代
180分
170分
160分
150分
140分
130
125
120
115
110
注)目標心拍数は、安静時心拍数が毎分約70である平均的な人が、最大酸素摂取量の50%相当する
強さの運動をした場合の心拍数。
■ 主観的運動強度(ボルグスケール:RPE・Rate of Perceived Exertion)による方法
もう一つの一般的な運動強度の指標として、主観的運動強度(ボルグスケール)がある。
これは、運動中の人が運動の強さをどの程度「きつい」と感じているかを数値で表わすも
のである。脈拍測定ができないような状況での運動強度の測定に用いられる。表Ⅰ-1-
8の該当 RPE 値の10倍が運動時の心拍数(拍/分)に相当する。10分程度の運動を実施し、
主観的運動強度と上記のカルボーネン法による運動強度を比較してみる。運動中の脈拍は、
次式に基づいて行う。RPE 値が11~13が適度な運動強度になる。
♦ 運動中の脈拍(拍/分)=運動直後の脈拍数(15秒間の値)×4+10*
(* 式内の「10」は立ち止まったことで遅くなった心拍数を補正するもの)
表Ⅰ-1-8 主観的運動強度の尺度
12
13
14
15
16
17
18
19
概ね RPE の数値の10倍が運動時の心拍数(拍/分)に相当する。
なお、一般的には脈拍数から適切な運動の強さは、次式で求められる。
♦ 運動中の1分間の脈拍数=138-(年齢÷2)
-11-
非常にきつい
11
かなりきつい
10
きつい
9
ややきつい
8
楽である
7
かなり楽である
6
非常に楽である
主観的強度
RPF
20
(4)エネルギー摂取量・消費量の測定
エネルギー摂取量は、体内に取り込まれる栄養素の中で糖質、脂質、タンパク質(三大
栄養素*1)のエネルギーの合計である。エネルギー消費量は、大きく基礎代謝量*2(約60%)、
食事誘発性熱産生*3(約10%)、身体活動量*4(約30%)の3つで構成されている。基礎代
謝量は体格に依存し、食事誘発性熱産生は食事摂取量に依存するため、個人内での変動は
あまり大きくない。エネルギー消費量が多いか少ないかは、身体活動量によって決まる。
エネルギー摂取量とエネルギー消費量との差をエネルギーバランスという。エネルギー摂
取量=エネルギー消費量であれば体重増加にはならないが、エネルギー摂取量>エネルギ
ー消費量であれば体重増加になる。つまり、エネルギー摂取量とエネルギー消費量とのバ
ランスをとることが健康づくりにとって重要である。
■ エネルギー摂取量の測定
個人の1日のエネルギー摂取量を正確に測定するには、食事記録法を用いて3日間の朝
食、昼食、間食、夕食それぞれの摂取物の種類と量を記録する。量は秤量することが望ま
しいが、難しい場合はその目安量を記入する。このデータをもとに日本食品標準成分表*5*6
などの栄養計算表を用い、エネルギー(kcal)を計算する。
*1 炭水化物・脂肪・たんぱく質1gのエネルギー量が、それぞれ約4kcal・約9kcal・約4kcalである。1
Kcal は、1リットルの水を1℃(正確には14.5℃から15.5℃へ)上昇させるために必要なエネルギー量の単位であ
る。
*2 基礎代謝量(BM・basal metabolism)
:何もせずいても、体は生命活動を維持するために、心拍や呼吸、体温の維持
などを行っている。基礎代謝量はこれらの活動で消費される必要最小限のエネルギー量のことである。基礎代謝量
は体表面積にほぼ比例するが、体表面積を測定することは難しいため、近似値として、体重当たりの基準値が広く
用いられている。基礎代謝量は通常、10代をピークに加齢とともに低下する。臓器別に見ると、筋肉、心臓、脳が
ほぼ2割ずつ消費しており、筋肉の少ない人は基礎代謝量が低くなる。男性に比べ女性は筋肉量が少ないため、基
礎代謝量が低い。運動不足の肥満者も筋肉量が少なく、基礎代謝量が低下しているため、減量がうまく進まない。
肥満の改善にはよく筋トレによって筋肉量を増やすことが望ましい。また、ウォーキング、水泳などの有酸素運動
を続けることも基礎代謝量を高める効果がある。一方、急激な減量を行うと、脂肪量とともに筋肉量も減るので、
リバウンドするとますます減量しにくい体質になる。
*3 食事誘発性熱産生(DIT ・Diet Induced Thermogenesis)
:食事を摂ると体内に吸収された栄養素が分解され、その
一部が体熱となって消費される。このため、食事をした後は安静にしていても代謝量が増える。この代謝の増加を
食事誘発性熱産生という。
*4 身体活動量:日常の生活労働などで消費されるエネルギー
*5 日本食品標準成分表は、文部科学省科学技術・学術審議会資源調査分科会が調査して公表している日常的な食品の
成分に関するデータである。略して食品成分表とも称される。学校や病院などの給食業務で栄養素を計算する上で
重要な資料のひとつである。一般的な健康食品等における「○○何個(何グラム)分」との成分表示はこの表を参
考に算出されている。
♦
五訂増補日本食品標準成分表(2005年)
<http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu3/toushin/05031802.htm>
*6 日本食品標準成分表は、インターネット上で「食品成分データベース」が設けられており、個々の食品エネルギー
と成分を簡単に検索できるようになっている。
♦
食品成分表データベース(五訂日本食品標準成分表・2001年)
<http://cgi.members.interq.or.jp/sapphire/satoshi/cgi-bin/nutrition/>
-12-
不特定の観光客が集まるヘルスツーリズムにおいては、個人個人の1日のエネルギー摂
取量を調べることは難しいので、日本人の食事摂取基準(2010年版)に掲載された性別・
年齢・身体活動レベル別の推定エネルギー必要量(データは食事療法(p.39)に記載)を
利用にして、食事メニューを検討することになる。
■ エネルギー消費量の測定
個人の1日のエネルギー消費量を正確に測定するには、タイム・スタディー法を用いて
1日の様々な生活行動内容と所要時間を記録し、そのデータをもとに身体活動量の単位で
あるエクササイズ(データは運動療法に記載)を用いて算定する。
1エクササイズ(Ex:メッツ・時)の身体活動量に相当するエネルギー消費量
・1エクササイズの身体活動量に相当するエネルギー消費量は、以下の簡易換算式か
ら算出する。
♦ エネルギー消費量(kcal)=1.05×エクササイズ(メッツ・時)×体重(kg)
その他の方法としては、基礎代謝量(kcal/時)から安静代謝量(kcal/時)および個々
の運動代謝量(kcal/時)の積和を求めて両者を加算し、1日の総エネルギー消費量を算定
する方法がある。
♦ 基礎代謝量(kcal/時)=基礎代謝基準値(kcal/㎡/時間)*1×体表面積(㎡)*2
♦ 1日の安静代謝量(kcal/時)*3
=基礎代謝量(kcal/時)×(1.25×(24時間-睡眠時間)+0.95×睡眠時間)
♦ 運動代謝量(kcal/時)=基礎代謝量(kcal/時)×個々の運動のエネルギー代謝率(RMR)*4
*1
日本人の性・年齢別基礎代謝基準(kcal/㎡/時間)
:
20歳代(男性37・女性34)、30歳代(男性36.7・女性33)
、40歳代(男性35.9・女性32.4)
、
50歳代(男性34.7・女性32)
、60歳代(男性33.9・女性31.6)
*2
体表面積:日本人の実測値に基づいて改訂
栄養所要量表でも採用されている藤本式を利用する
日本人の体表面積:BSA (m2) = 身長(cm)0.663 ×体重(kg)0.444 ×0.008883
藤本 薫喜他、栄養学雑誌第28巻6号,1968.<http://www.jcog.jp/doctor/tool/C_150_0030_01.pdf>
*3
安静代謝量は、日中は基礎代謝量に比べて20~25%高く、睡眠中は基礎代謝量の95%に相当する。
*4
エネルギー代謝率(RMR・Relative Metabolic Rate)=運動代謝量/基礎代謝量
個々のRMRについては、九州大学健康科学センター編『実習で学ぶ健康・運動・スポーツの科学』大修館書
店・2008.所収の「さまざまな動作・運動・スポーツのエネルギー代謝率」または、杉晴夫編著『改訂第5版
機能生理学』南江堂,2009.所収の「いろいろな作業時のエネルギー代謝率(RMR)」を参照のこと
-13-
人体
(5)メンタルヘルスの測定
メンタルヘルスの測定には質問紙と唾液アミラーゼ測定装置を用いる2つの方法がある
(⇒次ページの資料参照)。
■ 質問紙による測定
質問紙は、低コストで一度に多くの観光客に対して測定できるが、あくまでも主観的な
評価になる。様々な手法があるが、ここではPOMSとSDSについて紹介する。
POMS(Profiles of Mood State)
・POMSは、米国で気分を評価する質問紙法として開発された。回答時間は10分程度
の短時間で実施可能である。条件により変化する被験者の一時的な気分、感情の状態
を測定できるという特徴を持っている。また、繰返し使用することにより、ストレス
反応の変化を時系列的に追跡することができる。
・「過去1週間」について測定するのが一般的である。これは、被験者のある生活場面に
おける典型的かつ持続的な気分を表すのに十分に長く、かつ短期間の治療効果を反映
させるのにちょうどよい短さであるからである。さらに設問状況によっては、「現在」、
「今日」、「この3分間」などといった短時間の気分を評価することも可能である。
・POMSの内容については、下記の文献を参照のこと。
♦ 横山和仁編『POMS短縮版 手引と事例解説』,金子書房,2005,105p.
SDS・自己評価式抑うつ性尺度(Zung によるうつ状態自己評価尺度)
・SDS(Self-rating Depression Scale)は、Zung(1965年)により考案された自己評価
式抑うつ性尺度であり、20項目の質問からなる。
・SDSの内容については、下記の文献を参照のこと。
♦ 福田一彦,小林重雄『SDS――自己評価式抑うつ性尺度(使用手引き)』,三京房,1983.
♦ 貝谷久宣・山中学・村岡理子「パニック障害研究センターからの論文集(主に医師向け)」
<http://www.fuanclinic.com/ronbun2/r_40.htm>
■ 唾液アミラーゼ測定装置
唾液中に含まれる消化酵素の一つである唾液アミラーゼ(α‐アミラーゼ)は、交感神
経が刺激され興奮状態になると、神経作用により活性値が高まることから、刺激に対する
交感神経興奮状態の強さの目安になる指標として知られている。ストレスを感じても増え
るため、その量を測定すれば、被験者が測定時にどの程度ストレスを受けているかがわか
る。
唾液アミラーゼ測定装置は、2006年に低廉な価格で市販されるようになった。測定ごと
に唾液アミラーゼ測定用チップを交換しなければならない。1チップ約200円とコストがか
かり、同時に多くの観光客に対して測定はできない。
-14-
【資料】 健康増進効果の測定装置
ヘルスツーリズムにおいて、“健康増進効果”を謳う部分については、景品表示法などに
抵触しないように事前に医科学的な根拠を固めておく必要がある。しかし、その根拠デー
タが持っていたとしても、参加者の健康状態は一様ではないので、それぞれの参加者が実
際のプログラムを通じて、どれだけ健康増進効果があったかを確認できるようにした方が
サービス価値は高まる。
その方法については、まだ標準型といえるものはないので、ここでは参考までに①活動
量(運動量)
、②血圧・心拍数、③ストレス度の測定装置について紹介する。
健康増進効果の測定装置
測定事項
方
法
活動量
運動開始時・運動の各節目・運動後において、活動量計を用いて、歩数、歩行距離、歩
血圧・心拍数
運動前・運動の各節目・運動後において、腕時計式の血圧・心拍数計測器を用いて、拡
行時間、歩行速度、運動量(メッツ、エクササイズ)、消費カロリーを計測する。
張期血圧・収縮期血圧・心拍数を測定する。
ストレス度
運動開始時・運動の各節目・運動後において、唾液アミラーゼモニターを用いてストレス
度を測定する。(生理学に基づく客観的なストレス度測定として)
オムロンデジタル自動血圧計 HEM-6051
タニタ 活動量計 カロリズム AM-120
ニプロ 唾液アミラーゼモニター
-15-
3
ヘルスツーリズムに用いられる主な療法
(1)運動療法
「運動療法」は、運動を用いた心身の健康回復・維持・増進を図るための医学的な処方
である。その対象領域は、骨・関節・神経・骨格筋などの整形外科的疾患、呼吸・循環・
代謝などの内科疾患、さらにメンタルヘルス障害にも及ぶが、ヘルスツーリズムでの運動
療法においては、これらの対症療法ばかりではなく、健康増進の療法も含まれる。
■ 健康づくりのための身体活動・運動及び体力の基準
2006年に厚生労働省の運動所要量・運動指針の策定検討会は、運動習慣の徹底や食生活
の改善など生活習慣の改善により内臓脂肪を減少させ、メタボリックシンドロームの発症
リスクの低減を図るという考え方を基本とし、「健康づくりのための運動指針2006」(エク
ササイズガイド2006)を作成し、国民の健康の維持・増進、生活習慣病の予防を目的とし
た身体活動量・運動量及び体力の基準を以下のように示した。
健康の維持・増進と生活習慣病の予防に必要な身体活動量と運動量の基準
健康づくりのための身体活動量*1として、週に23エクササイズ以上の活発な身体活動
(運動*2・生活活動*3)を行い、そのうち4エクササイズ以上の活発な運動を行うこと
を目標とした(図Ⅰ-3-1・2、表Ⅰ-3-1・2)。なお、性・年齢により区分する
根拠は見あたらなかったため、性・年齢にかかわらず同一の身体活動・運動量(メッツ・
時/週)を基準値とした。
身体活動量 : 23メッツ・時/週
・強度が3メッツ以上の活動で1日当たり約60分。歩行中心の活動であれば1日当たり、
およそ8,000~10,000歩に相当する。
運動量 : 4メッツ・時/週
・例えば、速歩(約4メッツ・90~100m/分)で約60分/週、ジョギングやテニス(約
7メッツ)で約35分/週に相当する。
*1 「身体活動」とは、安静にしている状態より多くのエネルギーを消費する全ての動きのことをいう。
*2 「運動」とは、身体活動のうち、体力の維持・向上を目的として計画的・意図的に実施するものをいう。
*3 「生活活動」 身体活動のうち、運動以外のものをいい、職業活動上のものも含む。
*4 メッツ(METs・時)とは、身体活動の強さを、安静時の何倍に相当するかで表す単位で、座って安静にしている
状態が1メッツ、普通歩行が3メッツに相当する。この値は体重1kg当たり1時間に消費されるエネルギー量を示
す。
*5 エクササイズ(EX)(=メッツ・時)(量の単位) 。身体活動の量を表す単位で、身体活動の強度(メッツ)に身
体活動の実施時間(時)をかけたもの。より強い身体活動ほど短い時間で1エクササイズとなる。
(例) 3メッツの身体活動を1時間行った場合:3メッツ×1時間=3エクササイズ(メッツ・時)
6メッツの身体活動を30分行った場合 :6メッツ×1/2時間=3エクササイズ(メッツ・時)
-16-
図Ⅰ-3-1
1週間に必要な運動と生活活動
出典:新潟県「健康にいがた21」<http://www.kenko-niigata.com/21/step1/shintaikatsudou/index.html>
図Ⅰ-3-2 1エクササイズに相当する運動と生活活動
出典:新潟県「健康にいがた21」<http://www.kenko-niigata.com/21/step1/shintaikatsudou/index.html>
-17-
表Ⅰ-3-1 3メッツ以上の運動
メッツ
活動内容
1エクササイズに
相当する時間
3.0
とても軽い活動、ウェイトトレーニング(軽・中等度)、ボーリング、フリスビー、バレーボール
3.5
体操(家で。軽・中等度)、ゴルフ(カートを使って。待ち時間を除く。脚注参照)
18分
3.8
やや速歩(平地、やや速めに=94m/分)
16分
4.0
速歩(平地、95~100m/分程度)、水中運動、水中で柔軟体操、卓球、太極拳、水中体操
15分
4.5
バドミントン、ゴルフ(クラブを自分で運ぶ。待ち時間を除く。脚注参照)
13分
4.8
バレエ、モダン、ツイスト、ジャズ、タップ
13分
5.0
ソフトボールまたは野球、かなり速歩(平地、速く=107m/分)
12分
ウェイトトレーニング(高強度、パワーリフティング、ボディビル)、美容体操、ジャズダンス、
10分
6.0
20分
ジョギングと歩行の組み合わせ(ジョギングは10分以下)、バスケットボール、スイミング:ゆ
っくりしたストローク
6.5
エアロビクス
9分
7.0
ジョギング、サッカー、テニス、水泳:背泳、スケート、スキー
9分
7.5
山を登る:約1~2kgの荷物を背負って
8分
8.0
サイクリング(約20km/時)、ランニング:134m/分、水泳:クロール、ゆっくり(約45m/分)
8分
10.0
ランニング:161m/分、柔道、柔術、空手、キックボクシング、テコンドー、ラグビー、水泳:平
6分
11.0
水泳:バタフライ、水泳:クロール、速い(約70m/分)
5分
15.0
ランニング:階段を上がる
4分
泳ぎ
表Ⅰ-3-2 3メッツ以上の生活活動
メッツ
活動内容
3.0
普通歩行(平地、67m/分、幼い子ども・犬を連れて、買い物など)釣り(2.5(船で座って)~
1エクササイズに
相当する時間
20分
6.0(渓流フィッシング))、屋内の掃除、家財道具の片付け、大工仕事、梱包、車の荷物の積
み下ろし、階段を下りる、子どもの世話(立位)
3.3
歩行(平地、81m/分、通勤時など)、カーペット掃き、フロア掃き
18分
3.5
モップ、掃除機、箱詰め作業、軽い荷物運び 電気関係の仕事:配管工事
17分
3.8
やや速歩(平地、やや速めに=94m/分)、床磨き、風呂掃除
16分
4.0
速歩(平地、95~100m/分程度)、自転車に乗る:16km/時未満、レジャー、通勤、娯楽、子
15分
どもと遊ぶ・動物の世話(徒歩/走る、中強度)、高齢者や障害者の介護、屋根の雪下ろし、
車椅子を押す、子どもと遊ぶ(歩く/走る、中強度)
4.5
苗木の植栽、庭の草むしり、耕作、農作業:家畜に餌を与える
13分
5.0
子どもと遊ぶ・動物の世話(歩く/走る、活発に)、かなり速歩(平地、速く=107m/分)
12分
5.5
芝刈り(電動芝刈り機を使って、歩きながら)
11分
6.0
家具、家財道具の移動・運搬、スコップで雪かきをする
10分
8.0
運搬(重い負荷)、農作業:干し草をまとめる、納屋の掃除、階段を上がる
8分
9.0
荷物を運ぶ:上の階へ運ぶ
7分
注1: 同一活動に複数の値が存在する場合は、競技より余暇活動時の値とするなど、頻度の多いと考えられる値を掲載。
注2:それぞれの値は、当該活動中の値であり、休憩中などは含まない。例えば、カートを使ったゴルフの場合、4時間
のうち2時間が待ち時間とすると、3.5METs×2時間=7METs・時となる。
出典:厚生労働省・運動所要量・運動指針の策定検討会「健康づくりのための運動指針2006(エクササイズガイド2006)
」
一部調整
-18-
【参考】 1エクササイズ゙の身体活動量に相当するエネルギー消費量
1エクササイズの身体活動量に相当するエネルギー消費量は、個人の体重によって異な
る。具体的には、以下の簡易換算式から算出することができる。この式から算出した体重
別のエネルギー消費量は表Ⅰ-3-3のとおりである。
♦ エネルギー消費量(kcal)=1.05×エクササイズ(メッツ・時)×体重(kg)
表Ⅰ-3-3 1エクササイズの身体活動量に相当する体重別エネルギー消費量
体重
エネルギー消費量
40kg
50kg
60kg
70kg
80kg
90kg
42kcal
53kcal
63kcal
74kcal
84kcal
95kcal
【参考】 身体活動の単位に「カロリー(kcal)」を用いていない理由
一般的にエネルギー消費量として用いられる単位「カロリー(kcal)」を用いた場合には、
個人の体重によって差が生じてしまう。例えば、40kg の人と80kg の人とでは、同じ内容の
身体活動を行った場合でも消費するエネルギーに2倍の差が生じる。このため、生活習慣
病予防のために必要な身体活動量を個人の体重に関係なく示すために、この運動指針では
「メッツ」と「エクササイズ」という単位を用いている。
健康の維持・増進に必要な体力
・体力については全身持久力の指標である最大酸素摂取量について性別・年齢別に表
Ⅰ-3-4のような基準値が策定されている。最大酸素摂取量の基準値よりも低い
場合は、基準値を目指し、その範囲よりも低い場合は、まず、この範囲に入ること
を目指す必要がある。
表Ⅰ-3-4 健康づくりのための性・年代別の最大酸素摂取量の基準値と範囲(ml・kg-1・分-1)
20代
男性
女性
30代
40代
50代
60代
基準値
40
38
37
34
33
範囲
33-47
31-45
30-45
26-45
25-41
基準値
33
32
31
29
28
範囲
27-38
27-36
26-33
26-32
26-32
■ 運動療法の実際
ウォーキングやエアロビクスダンスなどの有酸素運動(⇒付属資料 p.10注釈1参照)は、比
較的に運動強度が弱く、筋肉を動かすエネルギーとして血糖や脂肪が酸素と一緒に使われ
て脂肪を燃焼させる。これによって血中の LDL コレステロール・中性脂肪や体脂肪の減少
になり、脂質異常症(高脂血症)、高血圧症、糖尿病など、肥満が原因となる生活習慣病予
防に効果がある。
-19-
20分以内の有酸素運動は血中の糖と脂肪酸が使われる。健康維持のためならば十分な時
間であるが、脂肪細胞を減らすには有効とはいえない。20分以上の有酸素運動(目安とな
る心拍数は120~140拍/分程度)になると、血液中の脂肪分をある程度使い終わり、皮下脂
肪や内臓脂肪が使われるようになるため、生活習慣病予防に効果が出てくる。
有酸素運動の例
(野 外)ウォーキング
テニス
ノルディックウォーキング
バレーボール
(室 内)エアロビクスダンス
(プール)水泳
アクアビクス
ゴルフ
ジョギング
サイクリング
クロスカントリースキー
オリエンテーリングなど
エアロバイク
ステップエクササイズ
体操としての太極拳など
アクアウォーキングなど
参考資料:健康長寿ネット「運動とストレス」<http://www.tyojyu.or.jp/hp/>
ヘルスツーリズムにおいて、誰でもが楽しみながら参加できる主な運動療法として、ウ
ォーキング、ノルディックウォーキング、サイクリングがあげられる(表Ⅰ-3-5)。こ
れらの運動は、生活習慣病の予防効果とともに、以下のような効果が期待できる。
①足の筋肉の血管の伸縮運動が活発化し、足の血行がよくなる
②大脳の血の巡りも良くなり、頭の働きが活発になる
③姿勢を支える大腿筋をはじめ脚の筋肉が鍛えられ、姿勢が良くなる
④腹筋や背筋など腰回りの筋肉も鍛えられ、腰痛の予防にもなる
⑤肩こり、不眠等の自覚症状が減る
⑥気分爽快(ストレス解消)になる
表Ⅰ-3-5 ヘルスツーリズムの主な運動療法
ウォーキング
ノルディック
ウォーキング
ウォーキング(Walking)は、長時間継続して有酸素運動ができる手軽な運動である。ジョギン
グと異なり、常に足が地面についているので、膝や腰の疾患を抱えていても傷害のリスクが
少ない。
ノルディックウォーキング(Nordic Walking)は、2本のポール(ストック)を突いて後方に押し出
して推進力にする歩行である。使用するポールには下肢への負担を減らす役割もあり、全身
の筋肉を無理なく強化し、首や肩の血行も促進させる。ウォーキングに比べてエネルギー消
費量が平均20%高くなり、また膝や腰への負担が最大40%軽減されたという研究結果もあ
る。
(資料)ウィキペディア「ノルディックウォーキング」http://ja.wikipedia.org/
サイクリング
サイクリングは、主に下半身の筋肉を使い、肥満の人や高齢の人でも無理なくできる運動で
ある。サイクリングの最もすぐれているところは腰やひざに負担をかけずに有酸素運動を続
けられる点である。ただし、レースなどに用いられる前傾姿勢の自転車は、逆に腰痛を引き
起こす可能性がある。
-20-
(2)気候療法
「気候療法」は、日常生活と異なった気候環境に転地して疾病の治療や休養、保養を行
(転地
う自然療法である*1。結核患者が体によい高原や海岸へ移って療養する「転地療養」
療法)は気候療法と同義である。気候療法*2は、2つの生体への作用をもとにしている。
①転地によって心身を有害な環境から隔離、保護する「気候的保護作用」
②新しい気候環境に身体機能が適応していく中で、生体防御能力トレーニング、病気
の治療や予防、健康増進につながる「気候的刺激作用」
例えば、蒸し暑い場所で風がふくと気候的保護作用になり、高山で冷たい風がふくと気
候的刺激作用になる。気候療法は、運動療法や食事療法、物理療法(温熱療法、水治療法、
マッサージ等)などを併用する総合的な自然療法であり、広義には地形療法、森林療法、
海洋療法(タラソテラピー)、温泉療法もその範疇に含み、「気候性地形療法」、「温泉気候
療法」といった複合的な呼び方がされる場合もある。
■ 生体作用から見た生気象タイプ
生気象は、1年を通じて生体に対する刺激の程度によって、表Ⅰ-3-6のように「保
護性気候」、
「刺激性気候」、「負荷性気候」の3つに分けられる。海岸や標高1,000メートル
くらいの高原のように保護性気候と刺激性気候の両方を併せ持っている気候環境もある。
表Ⅰ-3-6 生気象の特徴と適応・不適応者
気候
保護性気候
刺激性気候
負荷性気候
特
徴
・気温の変化があまり急でなく、昼夜の差も
大きくない
・穏やかな日光が適当量あり、雲は多くない
・気圧の変動は比較的小さい
・空気はきれいで花粉症の原因となるアレル
ゲンも少ない
・植生が豊かで、樹木や谷間などが天候の
急な変化を防ぐ
・気温、湿度の日内の変動や年間の変動が
大きい
・強風で温度冷却が著しい
・日射や紫外線が強い
・低酸素
・蒸し暑さや霧、湿った冷たさが長期間続く
気候
・汚染された空気
・日射不足や紫外線量がいつも少ない
生体作用と適応・不適応者
・高齢者や病後の健康回復、心身症、ストレス
疾患などに適している
・からだの機能、特に心肺機能を鍛錬すること
ができる(高所トレーニング)
・ただし、これらの刺激に耐え適応できる体力
や予備能(身体的な余力)をもっていることが
条件になる
・心筋梗塞、動脈硬化が進んだ人、重い高血
圧症、心不全、腎不全、重い肺気腫、気管支
疾患がある人は禁忌となる
・禁忌性は刺激性気候に準ずる
出典:阿岸祐幸『温泉と健康』岩波新書,2008. p.154-156.
*1 日本生気象学会編・阿岸祐幸「気候療法」
(
『生気象学の事典』,朝倉書店,1992.)pp.2-3.
*2 阿岸祐幸『温泉と健康』,岩波新書,2008.p.154-156.
-21-
阿岸祐幸氏(北海道大学名誉教授)は、生気象的な観点から気候療法に用いる保養地の
標高を低地(0~300m程度)、中高地(300~1,000m程度)、高地(1,000m以上)に区分
し、その生体作用との関係について表Ⅰ-3-7のようにまとめている。
表Ⅰ-3-7 生気象的な観点から気候療法に用いる保養地の標高と生体作用との関係
立 地
低 地
標 高
~300m
中高地
300~
1000m
高 地
1000m~
生体作用と適応・不適応者
・海抜300mくらいまでの低地・平原では、保護性の気候要素をもつ保養地が多い。
からだには全体的に鎮静的に働き、①交感神経系の緊張度を下げ、リラックス系
の副交感神経系の活動が優位になる、②心拍や呼吸機能が穏やかに低下する、
③新陳代謝が低下し、からだからの産熱量が減少する、などの作用が見られる。
・静けさと休息を必要とする人たち、不眠症や高血圧の人などに適する。
・海抜高度が300~1000mくらいの中間山地では、なだらかな丘陵地帯や森林が多
く、里山や森林がつくり出す特色ある穏やかな気候があり、多くの人たちに利用さ
れる。この気候は一般に保護性気候でリラクセーション効果が強い。このため、ほ
とんどすべての症状や軽症の病気に適している。
・特別な禁忌症はないが、森林からの花粉による花粉症、アレルギー性喘息には向
かない。
・日本の温泉は、このような地に多く、森林浴などを組み込むことが可能である。
・高山気候は、谷間も含めて、海抜高度が1000m以上の高度にある地域の気候で
ある。山岳部にある気候療法保養地の多くは、日当たりのいい斜面にあり、霧など
の多い谷を見渡せるように工夫されている。
・海面から1000m上昇する最も特徴的な生気象学的要素は、気温・湿度の低下、風
速の増加、酸素分圧の低下、強い紫外線などだ。海抜800m以上になると、気圧や
酸素分圧が低下するとともに、きれいな空気によって呼吸は深くなり、呼吸量が増
えると心拍数も増加して血液循環が活発化する。造血機能も刺激されて、赤血球
の数が多くなる。胃腸の働きも軽く刺激されて、食欲が増す。このように高地・高山
では、複雑な地形、風光、気象条件が、からだに刺激的に作用する。代謝が亢進し
て、運動量が増加し、からだ全体の生命活動の水準が高まる。
・森林由来の花粉やイエダニのようなアレルゲンも少ないことから、気管支喘息や呼
吸器系のアレルギー性疾患にも適している。
・高山気候は、循環器系疾患の患者さんの持久力トレーニングにも適している。低平
地に比べて風や低い気圧など心身への刺激性が強いので、呼吸数や心拍数が増
加し、からだ全体の代謝が活発になるからである。
・このように、高山気候は刺激性が強いのだが、症状が安定した虚血性心疾患(心
筋梗塞や狭心症)、高血圧症の患者さんが高山地域に滞在しても、「からだにとっ
て有害であることは認められなかった」との報告がある。高血圧の患者さんが高山
地域で4週間保養したところ、心拍数、収縮期・拡張期血圧ともに低下したというデ
ータもある。ただ、高齢者が短時間に大きな標高差をケーブルカーなどで急激に上
下に移動すると、持病の不整脈などが増悪することもあるので、細心の注意が必
要だ。
出典:阿岸祐幸『温泉と健康』
,岩波新書,2008,pp.157-160.より抜粋・調整
■ 気候療法の実際
気候療法の実際については、後述の地形療法(pp.23-25)、森林療法(pp.26-30)を参照
のこと。
-22-
(3)地形療法
「地形療法」(ドイツ語 Terrainkur*1:テレインク-アまたはテラインクア)とは、自然
環境を利活用して歩行運動(ウォーキング)を行うことによって健康・体力づくりと保養
に資することを目的とする療法である。これは、気候療法と運動療法を組み合わせ相互に
補完しあう関係の療法といってもよく、気候療法あるいは運動療法の範疇に入り、「気候性
地形療法」、
「運動型気候療法」といわれることもある。
■ 地形療法の生体作用
地形療法では、①冷たい風(冷刺激)受けて血液循環機能アップ、体温調整機能アップ、
②太陽光(適度な紫外線)を得て、ビタミンD活性化(骨形成)
、皮膚炎改善、気分の改善、
③可視光線(光)から体内リズムの正調、睡眠ホルモン生成、④清浄な空気から気管支疾
患改善、アレルギー改善の効果が期待される(図Ⅰ-3-3)。
冷・風
太陽光
可視光線
清浄な空気
冷刺激
血液循環機能アップ
体温調整機能アップ
適度な紫外線
ビタミンD活性(骨形成)
皮膚炎改善、気分の改善
光
体内リズムを整える
睡眠ホルモン生成
空気
気管支疾患改善
アレルギー改善
図Ⅰ-3-3 地形療法の生体作用
出典:和歌山健康センター「地形療法で健康づくり」<http://www.hotlife.jp/kenko_seminar_03-04.html#main03>
地形療法の適応症は、循環器疾患のリハビリテーション(特に心筋梗塞などの虚血性心疾
患)、気管支喘息、アトピー性皮膚疾患、アレルギー性疾患(皮膚炎、喘息、花粉症)、骨粗
しょう症、運動不足、季節うつ病である。
■ 地形療法の実際
ここでは地形療法の本場であるドイツの事例をもとにして述べることにする。ドイツ・
バイエルン州、ドイツアルプスの最高峰ツークシュピッツェ(標高2,964m)の北麓にある
山岳保養地ガルミッシュ-パルテンキルヘン(Garmisch-Partenkirchen)は、ウィンター
リゾートとして有名な保養地である。また、気候療法、地形療法の保養地として年間100万
泊以上のクアオルト(健康保養地)としても有名である。域内には総延長350km のウォーキン
グロードが整備され、地域資源の活用と観光の活性化が進められている。
*1 「Terrainkur」とは、野外コースを歩くこと、上り斜面を設定された速度で歩くという意味。
-23-
当地において、1980年代にミュンヘン大学の研究チームが、気候性地形療法プログラム
(運動型気候療法ともいわれる)について調査研究を行い、プログラムの有効性を証明し
た。このプログラムは、①持久運動、②気候刺激、③休養・リラクゼーション、④理学療
法、⑤健康教育の5つの要素で構成されている。各個人の特性に合わせて実施レベルを調
節することを基本にして、負荷(運動や鍛錬)と休養を交互に繰り返すようなものになって
おり、健康保険・年金保険を適用して3~4週間に渡って実施される。以下は、
『気候療法
山歩きにはちょっと冷たい冷刺激』*からの抜粋・調整である。
入門
持久運動
・持久運動の身体トレーニング(持久力トレーニング)は、呼吸循環機能を鍛える全
身運動であり、心臓リハビリテーションにとっての最適な治療法になる。
・参加者人数は最大8名である。
・当地域には負荷強度による難易度でクラス分けされた「テラインクアコース」
(斜面
のある歩行コース)が33か所整備されている。これらのコースの距離、高低差、難
易度、特徴などをまとめた地図(2万5千分の1)と解説書が作成されて、市内の
案内所で購入することができる。
・持久力とは、有酸素運動時間をできるだけ延ばすことである。テラインクアでは、
その能力の向上効果をみるために、適切なトレーニングになるように心拍数を基準
とする運動強度を設定し、開始前と終了後を比較する。
・持久力トレーニングとして1回30~40分間以上の運動を週に3~4回、3~4週間
続けて行う。その時の運動強度として最大酸素摂取量65%が必要である。これは有
酸素運動から無酸素運動へ移るゾーンである。その境での心拍数を持久力トレーニ
ングの心拍数の目標とする。50歳以下であれば約130/分になり、50歳以上であれば
約180マイナス年齢の数値となる。
・テラインクアは持久力トレーニングの効果があるだけではなく、野外のさわやかな
自然の中で行うので気分もよくなる。また、自然を満喫しながらグループで行うの
で、屋内での自転車エルゴメーターでの運動よりも意欲に与える影響も大きい。
・ここでは体操、ストレッチング、リラクセーションなども併せて行われている。暑
い日には冷刺激としてテラインクアのコースの途中で、腕浴や歩行浴を行う。これ
は、水治療として行う部分浴である。腕浴は腕を曲げて肘までを谷水などの冷水に
短時間つけ冷を取る。歩行浴はふくらはぎぐらいの深さの冷たい水の中を歩く。
気候刺激
・テラインクアルートは、風の通り道、日陰などを考慮し設定され、また一部は高地
* アンゲラ・シュウ,西川力訳,阿岸祐幸医学監修『気候療法入門
-24-
山歩きにはちょっと冷たい冷刺激』,パレード,2009.
にあるため、軽い低酸素刺激を受ける心肺トレーニングになる。“軽い冷たさ”で、
からだを冷やして鍛錬をする治療でもある。こうした気候の要素(風、高度、冷たさ
など)を意図的に利用して、テラインクアを行いながら同時に抵抗力をつける鍛錬を
行う。
・テラインクアを行いながら腕や頭部などのからだの末端を軽い冷たさにさらす。そ
れはその時の運動、天候、周囲の状況に合わせて袖をまくったり服をはだけたり、
着衣の調整をして行う。このとき温度が下がるのはからだの表面だけであって、か
らだの中まで冷えることはない。この鍛錬ではちょっと冷たい"軽い冷たさ"を感じ
ることを目標とするが、それは寒くなるほどではなく、歩きながら快適に感じる程
度の冷たさである。
専門医師の処方で気候性地形療法を受ける患者は、現地でまず地形療法専門の保養地療
法医(クア・アルツト)の診断を受ける。療法医は疾患名と治療に適切な運動量を決めるた
め、運動負荷試験を実施、禁忌症などを判断する。その情報を基に、気候療法士が季節、
天候、患者の体力を考慮してプログラムを確定する。
気候療法士は気候療法の専門職で、医師、理学療法士、運動療法士など医学的な専門知
識をもつ者が、気候学や地形療法についての特別な専門教育とトレーニングを受け、一定
の資格試験に合格した者に与えられる。保養地での気候療法士は、テラインクア以外の運
動療法(リハビリテーション、プールでの水中運動、理学療法を含む)、心理療法(リラクゼ
ーション、自律訓練法、瞑想など)、レクリエーションの指導も行う。歩行時には、からだ
の反応を定点的にあるいは随時測定し、安全性と効果に気を配りながら全コースを管理す
る。測定項目は、心拍数、血圧、皮膚の表面温度、自覚的温度感覚である。
気候性地形療法の実施プロセス*については、次のようになる。
①問診・心拍数・血圧(温度感覚・皮膚温)測定
②準備体操
③低負荷での歩行
④心拍数・血圧・主観的運動強度測定
⑤中負荷での歩行
⑥心拍数・血圧・主観的運動強度測定
⑦湧水・河川水による冷刺激
⑧中負荷での継続的歩行
⑨心拍数・血圧・主観的運動強度測定
(⑦~)⑧~⑨の繰り返し
⑩クーリングダウン
⑪問診
気候性地形療法の実施プロセス
* 山形県上山市温泉保養地まちづくり協議会『アスリートヴィレッジと市民活動融合による滞在型快適温泉地環境プロ
ジェクト報告書』
,山形県上山市温泉保養地まちづくり協議会,2009,p.10.
-25-
(4)森林セラピー・森林療法
1982年に秋山智英氏(当時の林野庁長官)が「樹木が発散させるフィトンチッド(芳香
物質テルペン類)が身体によい」と紹介したことから、森林内に入って心身をリフレッシ
ュし、健康を維持することを目的とした「森林浴」が脚光を浴びるようになった。近年で
.....
は「森林浴」を軸にした健康づくりのプログラムとして「森林セラピー」、「森林療法」
も生まれた。
「森林セラピー」*1とは、「森林浴」の効果を科学的に解明し、こころと身体の健康に
活かすものである。医科学的な根拠に裏付けされたプログラムとして、森林の気候や地形、
植物等の自然を利用した歩行や運動、森林内レクリエーション、栄養・ライフスタイル指
導などが組み込まれ、心身の健康維持・増進、疾病の予防を行うものである。ちなみに「森
林セラピー」は、NPO法人森林セラピーソサエティが商標登録した用語である*2。
一方、「森林療法」*3*4とは、森林環境を総合的に利用しながら健康増進を図るもので
あるが、単に森林浴ばかりではなく、樹木や林産物を活かした作業療法、森林内を歩きな
がらのカウンセリング(悩み事の聞き取り・助言)、森林の地形や空間を利用した医療リ
ハビリテーション、林産物利用によるアロマセラピーなどが含まれる。
ヘルスツーリズムは、医科学的な根拠に裏付けられたプログラムを指向するため、「森
林療法」よりも「森林セラピー」の方が概念的に近い。
■ 森林の特性と生体作用
森林は、表Ⅰ-3-8のような主な特性があり、快適で、気分がやすらぎ、ストレスが解
消される土壌を持っている。フィトンチッド(主にテルペン系の芳香性物質)*5*6は、森
林内を適度に薄い濃度で漂い、精神的な快適さをもたらすと同時に、人間の身体機能を高
めるといわれ、森林浴にとっての魅力の一つであるといってもよい。これは樹木だけでな
く、草本類などすべての植物が光合成を行うときに一緒に微量つくられ、その放出は主に
葉から、また茎や根、花からも出される。
フィトンチッドは、広葉樹よりも針葉樹の方が含有量は多く、においも強い。数百種類
あり、スギやヒノキでは50~100種類を含んでいる。フィトンチッドの成分は、アロマセラ
ピーのエッセンシャルオイル(精油)の主成分であるテルペン類がもっとも多いが、そのほ
かフェノール類や炭化水素類なども含まれる(表Ⅰ-3-9)。特に抗菌作用や防腐作用
があることは昔から経験的に知られている。トドマツやイソツツジのフィトンチッドは、
*1 森林セラピーソサエティ「森林セラピーとは」<http://www.fo-society.jp/therapy/>
*2 森林セラピーソサエティ「森林セラピー・森林セラピスト・セラピーロードの商標登録」
<http://www.fo-society.jp/therapy/registration.html>
*3 上原巌「森林セラピーの実際」(森本兼曩・宮崎良文・平野秀樹編『森林医学』,朝倉書店,2006.)p.158.
*4 上原巌『事例に学ぶ森林療法のすすめ方』,全国森林改良普及協会,2005,p.12.
*5 阿岸祐幸『温泉と健康』,岩波書店,2009,pp.162-166.
*6 隆矢英成『森林療法ハンドブック』,2005,pp.15-24,pp.56-57.
-26-
ブドウ球菌、連鎖球菌、ジフテリア、百日咳の桿状菌に対して破壊的な作用を及ぼすとい
う(表Ⅰ-3-10)。
表Ⅰ-3-8 森林の主な特性
事 項
気象緩和作用
大気浄化機能
酸素供給機能
防音・静寂機能
生物多様性の
保全機能
環境特性
・森林内は、夏場に樹木が直射日光を遮り、樹木の蒸発散作用によって気温が下がり、ひ
んやりと涼しい。一方、冬場に熱の放射を防ぎ、気温が下がりにくい。
・森林外では、日差しの影響を受けて昼夜の気温の差が大きいが、森林内では気温差が
少なく安定している。
・森林内は樹木の蒸発散作用により常に空気中に水蒸気が放出され、森林外に比べて湿
度は5~10%高い。
・風は広葉樹林では100メートル内部まで入ると外部の10~20%ぐらいまで減少する。
・森林は、樹木の葉が大気中の塵やほこり、排気ガスなどの汚染物質を吸着、あるいは吸
収し、大気を浄化する。
・樹木の葉における光合成によって大気中の二酸化炭素の取り込みと酸素の放出によっ
て大気中の酸素や二酸化炭素ガス濃度を安定させる。
・森林は、外部の騒音を吸収し、減衰させる。金属音などが5000ヘルツ以上の高い周波数
の音であるが、森林内の葉ずれの音などは2000ヘルツ以下の比較的低い周波数であ
り、静寂な環境をもたらす。
・森林は、多種多様な野生動植物の生息・生育の場で、生物種・生態系を保全する。
表Ⅰ-3-9 フィトンチッド成分の効能
成 分
α-カジノール
カンファー
ボルネオール
リナロール
リモネン
ツヨン
ヒノキチオール
テレピン油
シネオール
効
能
主にヒノキに含まれ、虫歯予防作用がある。
主にサワラ、ネズコ、クスノキに含まれ、清涼作用がある。
主にサワラ、ネズコ、トドマツに含まれ、興奮作用と血圧低下作用がある。
主にトドマツ、ヒノキ、スギ、サワラに含まれ、興奮作用、血圧低下作用がある。
主にヒバ、トドマツ、ヒノキ、サワラ、ネズコ、スギなどに含まれ、殺菌・防腐作用がある。柑
橘系の精油にも多く含まれることで有名。
主にスギ、ヒノキなどに含まれ、興奮作用と血圧上昇作用がある。
主にヒバ、ヒノキ(タイワンヒノキ)、ネズコなどに含まれ、抗菌作用と養毛作用がある。
主にマツ類に含まれ、去疾作川、利尿作用がある
主にユーカリに含まれ、去疾作用、利尿作用がある
表Ⅰ-3-10 フィトンチッドの効能
事 項
やすらぎ
血圧低下・集中力
の増加
鎮静作用
興奮・眠気醒まし
落ち着き、α波の
増加作用
効
能
・マツ類の特徴的な香りのもとになっているαーピネンは、緊張時の精神性発汗が抑制
され、逆に指先の血流が増加し、脈拍数が低下するなどの作用があり、副交感神経の
働きが促進されるためにリラックスをもたらす。
・タイワンヒノキ材のにおいが血圧を低下させて、集中力を増加させる。
・多くの精油には鎮静作用があることは有名だが、スギ、ヒノキなどの木材のにおいにも
鎮静作用があり、ユーカリ葉油やヒノキ材油のにおいには脳血流量を減少させることで
鎮静作用をもつといわれる。
・スギ、ヒノキ、モミなどの葉には頭をすっきりさせる興奮作用や眠気を覚ましてくれる作
用がある。
・ヒノキ材のにおいで心身が落ち着く効果がみられ、脳波でα波が増加することがわかっ
ているので、お風呂にヒノキがよく使われるのには合理性があるといえる。
-27-
森林浴では、呼吸によって気道の粘膜などを通じてフィトンチッドが体内に入り効果を
現す。フィトンチッドの量と分布ついては、以下のような傾向があるので、こうした点に
配慮したプログラム開発を行い、森林浴の効果を高める必要がある。
①道路から奥に入るにつれて次第に増加する。50m から100m の間で、ほぼ一定の濃度
となっている。一方、排気ガスは林の奥に入るにつれて減少し、100m 地点では排気
ガス由来成分はほとんど存在しない。したがって、少なくとも道路から100m ほど奥
に入れば、樹木由来のさわやかなにおいが満ちていることになる。
②山では、道路のある林縁部で低く、中腹に向かうにつれて高くなり、頂上では低く
なる。中腹部は頭上におおう葉が多いので、拡散する量が少ない。
③樹木の密度が高いほど多い。1ha 当たり200本より、300本の森の方が2~4倍の濃
度がある。
④季節的には冬に少なく、春から夏にかけて増加する。
⑤放出量は照度が強いほど、気温が高くなるほど多い。照度が5千ルックスよりも2
万ルックスの方が、また気温15℃よりも30℃の方が、放出量が多くなる。
⑥晴れた日は雨や曇りの日よりも放出が盛んになる。雨の日は、晴れた日の10分の1か
ら50分の1くらいにまで減少する。
⑦1日のうちでは、午前から昼近くに最も濃度が高くなる。これは、気温が上昇する
一方で空気の流れがないので、拡散せずに滞留する。午後になると気温がさらに上
がるが、空気の流れも出てくるので拡散して濃度が低くなる。
複数の大学研究機関が森林浴の効果について生理・心理・物理実験を行った結果、森林
浴は、①ストレスホルモンの減少、②副交感神経活動の増加、③交感神経活動の抑制、④
収縮期・拡張期血圧および脈拍数の低下、⑤心理的に緊張の緩和と活気の増進、⑥NK細胞
の活性化と免疫能力の向上、⑦抗がんタンパク質の増加をもたらすことがわかり、ストレ
ス改善、リラックス、免疫機能の向上、体質の改善といった効果が期待できることが医科
学的な検証で明らかになった(表Ⅰ-3-11)。
表Ⅰ-3-11 森林浴の生体作用
効 果
ストレスの改善
リラックス
免疫機能の向
上
体質の改善
生理作用
・唾液の中のコルチゾールという「ストレスホルモン」の濃度が低くなる。
・POMS によって森林浴前後の心理的変化をみると、「緊張」「疲労」の気分が緩和され、「活
気」が高まる。
・心拍のゆらぎ解析で、ストレスの高い時に高まる「交感神経活動」が抑制され、リラックス
した時に高まる「副交感神経活動」が昂進する。
・脳の前頭前野の活動が鎮静化しリラックスする。
・収縮期血圧および脈拍数が低下し、リラックスする。
・免疫を担っているリンパ球の一種であるNK細胞の活性が高まる。
・グラニュライシン・パーフォリン・グランザイムの主要な3種類の抗がんタンパク質が増加
し、がんに対する抵抗性が高まる。
・糖尿病患者に3㎞または6㎞の森林浴を実施した結果、血糖値が70mg/100ml 減少した。
参考資料:森林セラピーソサエティ「森の健康医学」<http://www.fo-society.jp/forest-medicine/>
-28-
■ 森林セラピーの実際
森林セラピーは、いわば、医学的なエビデンス(証拠)に裏付けされた一歩進んだ森林
浴であり、心身の快適性を向上させ、保養効果を高めていこうというものである。ここで
は、「森林セラピーのプログラム」、「セラピーロード」、「森林セラピーガイド・森林
セラピスト」の概要について述べる。
a.森林セラピーのプログラム
「森林セラピー基地」では、フィットネス等の「運動メニュー」、リフレッシュ目的の
「癒しメニュー」、健康食指導等の「栄養メニュー」など多彩なメニューが用意されてお
り、これらを個人の体力や好みに合わせて組み合わせてプログラムとして提供する(表Ⅰ
-3-12)
表Ⅰ-3-12 代表的な森林セラピーのプログラム
メニュー
①森林散策・ウォーキング
概
要
癒し効果が科学的に検証された「森林セラピー」の森で、ガイドマップ等を参考に、
個々人の好みとペースに合わせて、自由に森林散策・ウォーキングを行える。
②森林ガイドツアー
森の香りや空気、音など森の魅力を感じながら、地域の自然と文化を熟知したインス
トラクター等が、自然や動植物の観察・解説や、体験学習プログラムを行う。
③森林のノルディック・ウォーキング
ポールを用いることで、バランス良く全身の筋肉を使うとともに、体力に合わせて消費
カロリーが異なるロードを選んで、効果的なウォーキングを行う事ができる。
④森林のフットネス・プログラム
森林の中でリラックスした状態で、ストレッチやフィットネス体操、ピラティスなどによ
り、健康な身体づくりに向けて、運動量が多い様々なエクササイズが行える。
⑤森のヨガ・気候・自立訓練法
癒し効果の高い森林を舞台にすることで、呼吸法を用いて、身体を通して「自と他」の
バランスを保ったり、調和を図るなどのリラクゼーション・メニューが行える。
⑥森のアロマテラピー
フィトンチッド等の芳香成分の豊かな地域の植物を活かしてリラックスしたり、自宅に
も持ち帰れるように自分の香り作り(アロマトリートメント)などを行える。
⑦森林体験プログラム
ネイチャーゲームといった自然を全身で感じるゲームや、木や季節毎の「森の恵み」
を活かしたクラフト等を通して、森林を体感するプログラムが行える。
⑧「癒しの森づくり」体験
快適な「森林セラピー」の森を次世代に引き継いでいくために、運動および作業療法
の一環としても、植林・間伐・散策路づくり等の森の手入れを行える。
⑨健康郷土食・薬膳料理
土地の力が宿る地域の名産の旬の素材をベースにした、滋味豊かで身体にやさしい
郷土料理や、解毒効果のある野菜やハーブなどを使った薬膳料理等を提供する。
⑩温泉・薬用(ハーブ)風呂
豊かな自然環境に包まれ露天風呂や温泉・鉱泉、あるいは薬用(ハーブ)風呂に入る
ことで、疲労回復をしたり、泉質に応じた効果を活かした療養等をする。
⑪心と身体の健康講座
心と身体の健康づくりの3要素「休養」「運動」「栄養」に関する基礎的な知識や生活
習慣の改善方法を学ぶことで、セルフマネージメントが行えることを目指す。
⑫簡易チェック
万歩計や血圧計等の健康・ストレスチェック機械を用いることで、簡単に森林セラピー
効果を確認することができる。
⑬専門家アドバイス
医師や保健師などの専門家の助言も得られる。
出典:森林セラピー基地全国ネットワーク会議「森林セラピーメニュー」(森林セラピーポータブル)
<http://forest-therapy.jp/modules/xfsection/article.php?articleid=11>
b.セラピーロード(歩道と広場などのデザイン)
セラピーロードは、現在、医学実験による検証を終えて認定されたものが全国に42か所
あり、『森林医学Ⅱ』によると、以下のような歩道と広場などのデザインが指針となって
-29-
いる*7*8。
①歩道は、多様なニーズに応えるために、当該地域の特徴に応じた以下のコースを組み
合わせる。
ア.15分程度(数百m)の車椅子で回れるユニバーサルデザインの歩道
イ.初心者用の30分程度(約1~2km)の緩傾斜の歩道
ウ.1時間程度(3~5km)の若干勾配があって運動強度も少しある歩道
エ.2時間から半日程度(5~10km)過ごせる長距離のやや高い運動強度の歩道
②歩道幅は、少なくとも1.2~1.5m程度にすることが望ましい。
③歩道の凹凸に足をとられない程度に平滑に整備する。
④路面は落ち葉を踏みしめて歩く感触が得られるよう未舗装とする。地域の森林資源を
活用してウッドチップ舗装などで歩きやすくする。
⑤歩道周辺は、草丈を低く刈り取り、ツルや低木を除伐して見通しを良くし、利用者が
安心して歩けるようにする。
⑥1~2㎞(歩行時間15~30分)ごとに、休息やできるベンチを歩道際に設置する。ま
た、森林浴ガイドやインストラクターの話が集まって聞けるように20人程度収容でき
る小広場(100㎡程度)を整備する。
⑦昼食や雨宿りをする休憩施設や女性利用者のために清潔なトイレを整備する。
c.森林セラピーガイド、森林セラピスト
「森林セラピーガイド」と「森林セラピスト」は、森林セラピー基地およびセラピーロー
ドにおいて、誰もが安心して快適に体験できるようにするための案内人である。全国で一
定水準の資質・能力を有するように、全国統一の資格検定制度が実施されている*9。
森林セラピーガイドは、「森林を訪れる利用者に対して、森林浴効果が上がるような散策
や運動を現地で案内する者」である。森林に関する環境科学的な知識に加え、森の癒し効
果についての生理学的な知見を有する者で、利用者に対し、安心・安全な森林散策を確保
し、森林環境内での歩行や運動・レクリエーション活動などを通して、正しい森林セラピ
ーの方法を助言することが求められる。
一方、森林セラピストは、森林セラピーガイドとしての知見を有していることに加え、
「森
林を訪れる利用者に対して、心とからだの健康を維持・増進させるための適切なプログラ
ムを提供し、効果的なセラピー活動を指導する者である。
*7 森林セラピー基地全国ネットワーク会議「基地・ロードとは」
<http://forest-therapy.jp/modules/xfsection/article.php?articleid=10>
*8 香川隆英「森林セラピーの環境設計」
(森本兼曩・宮崎良文・平野秀樹編『森林医学Ⅱ』,朝倉書店, 2006.)pp.201-204.
*9 森林セラピーソサエティ「人
森林セラピーガイド、森林セラピスト」<http://www.fo-society.jp/therapist/>
-30-
(5)海洋療法(タラソテラピー)
「海洋療法」とは、海水、海藻、海泥、砂および大気、海洋性気候が有する様々な海洋
環境の特性を予防医学的または治療目的で活用する療法である。これは、イギリスのブラ
イトンが発祥地であり、フランスのブルターニュ地方で栄えた。ヨーロッパでは「タラサ
テラピー」(Thalassa thèrapìee)といい、海を意味する「タラサ」(Thalassa)と世話を意
味する「テラペイア」(Thèrapìea)の2つのギリシア語の造語である。
海洋療法は、汚染とは無縁の新鮮な海水を汲水できる特別な施設と健康に適した気候を
有する海辺の土地が必要である。フランスでは、①本格的な病気治療、機能回復訓練、機
能改善、老人福祉等を目的として行なうセンター(タラソセラピー病院、リハビリセンター、
シルバーセンター)、②観光、保養、健康維持、体力向上、ストレス解消を目的としたセン
ター(タラソセラピー健康増進センター、ウェルネスセンター、フィットネスセンター)、
③美顔、美容などのいわゆるエステティック専門のセンター(タラソセラピービューティー
センター)が整備される。
■ 海洋療法の生体作用
海洋療法の生体作用については、①海洋性気候によるもの、②海水浴によるもの、③海
洋資源によるものに分けられる(表Ⅰ-3-12)。
■ 海洋療法の実際
海洋療法は、健康づくりとして、リラクゼーション、気晴らし、リフレッシュを目的に
行う場合は3泊4日~5泊6日くらいの滞在が望ましい。病院に入院するなど、治療とし
て行う場合には、3~4週間ぐらい必要である。海辺での大気浴とウォーキングを中心に
して、釣り、ボート、海辺の生物観察などをプログラムする。夏場には海水浴も行う。2
日目くらいから海水浴を始め、最初は1日1回、水中にいるのは10分くらいにして、徐々
に回数と時間を増やす(表Ⅰ-3-13)。
-31-
表Ⅰ-3-13 海洋療法の生体作用
海洋性気候に
よる生体作用
海水浴による
生体作用
海洋資源によ
る生体作用
・海風(対岸に工場地帯、人口集積地帯がない海からの風)は不純物が少なく、清浄である。
日中は海から陸に、夜になると陸から海に向けて風が吹くため、リズム性のある快い刺激
を与え、気持ちを落ち着かせる。
・波が砕けるときなどに生成される海塩粒子には食塩のほか、カルシウム、マグネシウム、ヨ
ードなどのミネラル分が多く含まれ、大気中に浮遊し、呼吸により体内に入るほか、皮膚の
表面に吸着して吸収される。ただし、海塩粒子は海岸線から2~5km以上離れるとほとんど
消失してしまう。
・海洋浴は、新陳代謝が高まり、心拍数や血圧も増加し心肺機能が強まる。鼻の通りをよく
し、のどや気道に付いた連鎖状球菌などを殺菌する効果がある。
・砂浜はアスファルト道路などに比べて歩きにくいために運動効果がある。
・渚を裸足で歩くと、砂が足の裏を刺激し、海水に足をつけ波が引いたときの繰り返しが「冷・
温交代浴」となって、自律神経を刺激し、身体の温度調節機能トレーニングにつながる。
・海水中に含まれる塩分は1リットル当たり30~35g で、そのうち約75%が食塩になる。したが
って海水浴は、強塩化物泉への入浴と同様の効果が期待できる。
・海水浴は、塩分が濃いため殺菌効果、筋肉の弛緩効果、赤血球増加効果、自律神経や内
分泌系機能の障害を改善する効果がある。
・海水の浮力は大きいので、関節や下肢に負担をかけずに効果的な運動に取り組める。
・海水の噴霧吸入は、のどや気管の殺菌作用があり、疾の切れをよくすることなどから、気管
支喘息や閉塞性気道疾患の症状を改善する。
・水治療法として、一般的には34~36℃に温められた海水を入れたプールや浴槽、多機能ジ
ェットバスなどで全身浴、半身浴、浮遊浴、歩行浴、手腕浴、足脚浴、水中による筋力トレー
ニング、水中の有酸素運動を行い、リラクゼーション、疲労回復、筋力や心肺機能の増強に
効果がある。
・海泥療法として、海底の泥を全身、局部のパック、手浴に用いる。海泥にはミネラルや有機
物が豊富で、鎮痛作用や殺菌作用がある。また、粉末状にした海藻(主にコンブ)を全身、
局部のパック、手浴に用いる。海藻にはビタミン、ミネラル、ムチンなども多く含まれている。
参考資料:阿岸祐幸『温泉と健康』,岩波書店,2009./石崎松一郎「タラソテラピー」
(
(社)民間活力開発機構『温泉
療養学』
(社)民間活力開発機構,2006.)pp.259-268.
表Ⅰ-3-14 海洋療法の実際
空間区分
海や海岸で行う
海洋浴
専用施設や器
具の利用
(海洋資源利用)
療 法
①冷たい海水中での水浴、起立、
歩行、浮遊、波を利用しての水
泳など
②海岸での日光浴、大気浴、運動
など
①海水温浴と水治療法
②海泥療法
③海藻療法
④吸入療法(エアロゾール療法)
⑤砂浴療法
⑥日光療法(光線療法)
⑦大気療法
備
考
・海水を温めたプールや浴槽で、温泉療法と同じよ
うに全身浴、半身浴、歩行浴、浮遊浴、水中マッ
サージ、泡沫浴、水中運動などを行う。
・海底の泥を粉状にして海水などと混ぜ、全身、関
節などにパックを行う。
・粉末の海藻などと海水などを混合し、全身浴、部
分浴、パックなどを行う。
・海水を微粒子にして噴霧し、吸入する。
・海浜の砂の中に埋まる療法
・自然の太陽光または人工光での光浴を行う。
・海岸の風に吹かれる。
参考資料:阿岸祐幸『温泉と健康』,岩波書店,2009./石崎松一郎「タラソテラピー」
(
(社)民間活力開発機構『温泉
療養学』,(社)民間活力開発機構,2006.)pp.259-268./中西昭憲「海洋浴」
((社)民間活力開発機構『健康づくりを
楽しむ本』,(社)民間活力開発機構,2009.)pp.42-46.
-32-
(6)温泉療法
「温泉療法」は、阿岸祐幸氏(北海道大学名誉教授)によれば「地下の天然産物である
温泉水、天然ガスや泥状物質などのほか、温泉地の気候要素を含めて医療や保養に利用す
ること」と定義されている*1。温泉療法は、温泉入浴だけの治療手段として捉えられるこ
ともあれば、陸上・温泉水中での運動療法や食事療法も組み合わせた複合療法として捉え
られることもあり、各温泉地における気候療法と絡めて、
「温泉気候療法」ともいわれてい
る。また、(社)民間活力開発機構の健康づくりシステム研究会では、温泉療法に基づく生
活習慣病の予防のための健康づくり、休養、保養の概念として「温泉療養」という用語が
提唱されている*2。
■ 温泉の基準
「温泉」は、昭和23年に制定された温泉法によって、地中からゆう出する温水、鉱水及
び水蒸気その他のガス(炭化水素を主成分とする天然ガスを除く)で、源泉温度が25度以
上、または指定された18種の物質(「水素イオン」など)のうち、1つ以上が基準値に達し
ているものをいう。つまり、同法においては源泉温度が25度以上あれば「温泉」と称する
ことができる。温泉の中でも「療養泉」という指定がある。温泉(水蒸気その他のガスを
除く)のうち、特に治療の目的に供しうるもので、源泉温度が25度以上、または、表Ⅰ-
3-15の物質を有するものとされている。
療養泉の基準
①温度(温泉源から採取されるときの温度)
摂氏25度以上
②物質(以下に掲げるもののうち、いずれか一つ)
表Ⅰ-3-15 療養泉の基準
物質名
含有量(1kg 中)
溶存物質(ガス性のものを除く。)
総量1,000mg 以上
遊離炭酸(CO2)(遊離二酸化炭素)
1,000mg 以上
銅イオン(Cu2+)
1mg 以上
フェロ又はフェリイオン(Fe2++Fe3+)(総鉄イオン)
20mg 以上
アルミニウムイオン(Al3+)
100mg 以上
水素イオン(H+)
1mg 以上
総硫黄(S)〔HS-+S2O32-+H2S に対応するもの〕
2mg 以上
ラドン(Rn)
30(百億分の1キュリー単位)以上
■ 温泉成分の効能
温泉成分の効能(温泉の適応症)については、議論が多かった。そこで、1982年、環境
*1 阿岸祐幸「温泉療養の現代的意義」
(
(社)民間活力開発機構『第5版温泉療養の手帳』,(
(社)民間活力開発機構,
2005),p.24.
*2 植田理彦「温泉療養学」(
(社)民間活力開発機構『温泉療養学』,(社)民間活力開発機構,2006.)p.9.
-33-
庁(現・環境省)は、温泉利用施設での混乱を避けるため、「温泉の適応症決定基準」を
参考として示し、温泉成分等の掲示について全国的な適正化を図った。環境省監修の「温
泉必携」によると、以下のようになっている(表Ⅰ-3-16)。ただし、「 温 泉 の 適 応 症
決 定 基 準 」 に お い て 「温泉の医治効用は、その温度その他の物理的因子、化学的成分、
温泉地の地勢、気候、利用者の生活状態の変化その他諸般の総合作用に対する生体反応に
療養泉の一般的適応症(浴用)
・神経痛、筋肉痛、関節痛、五十肩、運動麻痺、関節のこわばり、うちみ、くじき、慢性胃腸病、痔
疾、冷え性、病後回復期、疲労回復期、疲労回復、健康増進とされている。
表Ⅰ-3-16 温泉の泉質別禁忌症及び泉質別適応症(1978)
禁忌症
泉質
浴用
適応症
飲用
浴用
飲用
腎臓病、高血圧症
その他一般的にむ
塩化物泉
くみのあるもの、甲
きりきず、やけど、
状腺機能亢進症
慢性皮膚病、虚弱
のときはヨウ素を
児童、慢性婦人病
塩
含有する温泉を禁
類
忌とする
泉
ナト リ ウム - 炭 酸
炭酸水素塩泉
水素塩泉は塩化
物泉に準ずる
硫酸塩泉
下痢の時、ナトリウ
(鉄-硫酸塩泉及
ム-硫酸塩泉は
びアルミニウム硫
塩化物泉に準ず
酸塩泉を除く)
る。
きりきず、やけど、
慢性皮膚病
動脈 硬化 症 、き り
きず、やけど、慢
性皮膚病
高血圧症、動脈硬
二酸化炭素泉
下痢の時
化症、きりきず、や
けど
特
慢性便秘
慢性消化器病、
糖尿病、痛風、
肝臓病
慢性胆嚢炎、胆
石症、慢性便
秘、肥満症、糖
尿病、痛風
慢性消化器病、
慢性便秘
含鉄泉
月経障害
貧血
含銅-鉄泉
含鉄泉に準ずる
含鉄泉に準ずる
殊
慢性皮膚病、慢性
皮膚、粘膜の過敏
成
婦人病、きりきず、
な人特に光線過敏
分
を
慢性消化器病、
硫黄泉
含
症の人
(硫化水素型)高
糖尿病
下痢の時
血圧症、動脈硬化
齢者の皮膚乾燥
む
養
酸性泉
泉
含アルミニウム泉
糖尿病、痛風、
便秘
症、その他は上記
症
療
(硫化水素型)高
に準ずる
硫黄泉に準ずる
放射能泉
出典:環境省監修『温泉必携』
-34-
慢性皮膚病
慢性消化器病
酸性泉に準ずる
酸性泉に準ずる
通風、動脈硬化
痛風、慢性消化
症、高血圧症、慢
器病、慢性胆嚢
性胆嚢炎、胆石
炎、胆石症、神
症、慢性皮膚病、
経痛、筋肉痛、
慢性婦人病
関節痛
よるもので、温泉の成分のみによって各温泉の効用を確定することは困難である」と述べ
られているように、これは科学的な根拠が明確ではないことから、現在、環境省は学会に
委託し、「科学的根拠をもとにした新基準」を作成中である。ここでは従来の一般的な詳細
な温泉成分の効能についてまとめた(表Ⅰ-3-17)。
表Ⅰ-3-17 温泉成分の特性と効能
温泉成分
①単純泉
②塩化物泉
(食塩泉)
③硫酸塩泉
④炭酸水素
塩泉
特 性 と 効 能
・源泉の温度が25℃以上で、固形成分が泉水1kg 中1,000mg 未満である。
・日本では最も多い泉質である。
・無色透明で無味無臭のものが多く、石鹸も使える。
・特に水素イオン濃度(PH)が8.5以上のものを「アルカリ性単純温泉」といい、「美人の湯」、「美
肌の湯」といわれるものが多い。
・からだへの刺激が少なく、利用範囲が広く万人向きの温泉であり、病後、外科手術後などの回
復期、静養などに適している。
・「中風(脳卒中)の湯」「神経痛の湯」 などとしても知られている。
・海水成分と似た食塩を含んでいる。温泉水1kg 中食塩1,500mg 以上含むものを強食塩泉、
500mg 未満のものを弱食塩泉と区別する。
・日本では単純泉に次いで最も多い泉質である。
・わが国の食塩泉の多くは、弱食塩泉で、「胃腸の湯」として慢性消化器病に有効である。強食
塩泉では希釈してから利用する。腎疾患やむくみのあるとき、飲泉は控える。
・入浴後、皮膚についた食塩が汗の蒸発を防ぎ、保温効果がよく、「熱の湯」と呼ばれている。塩
分濃度が高いほど、からだの深部体温が上昇し、保温効果が高い。
・塩分濃度が低い弱食塩泉は緩和性の温泉で、高齢者に適し、病後の回復にも適応する。
・食塩泉は、一般に心身をリラックスさせる副交惑神経系が優位になる傾向があり、長期温泉
療法には適応範囲が広い。
・硫酸イオンが主成分で、ナトリウム硫酸塩泉(亡硝泉)、カルシウム硫酸塩泉(石膏泉)、マグ
ネシウム硫酸塩泉(正苦味泉)、アルミニウム・硫酸塩泉(明礬泉)などがある。
・明礬泉は火山活動の多いところに湧くので、日本では多い温泉である。
・いずれも保温効果が高く、降圧作用があるので高血圧によい適応がある。
・硫酸イオンには血液に多くの酸素を送り込む作業があり、動脈硬化の予防になる「中風の湯」
と呼ばれている。
・飲用は便秘によく効く。
・石膏泉はカルシウムの作用で鎮静作用がある。
・正苦味泉は苦く、日本には少ないが、「脳卒中の湯」とも呼ばれている。
・明礬泉は皮膚や粘膜を引き締める作用があり、慢性湿疹や真菌症に有効である。
・炭酸水素ナトリウムを含む重曹泉とカルシウムイオンやマグネシウムイオンを含む重炭酸土
類泉の2種類があり、アルカリ性である。
(重曹泉)
・皮膚の表面を柔らかくし、脂肪、分泌物を乳化して洗い流すので、浴後は肌が滑らかになる。
・飲用で胃液、胆汁の分泌を促すことから「美人の湯」「肝臓の湯」とされている。
(重炭酸土類泉)
・無色透明で抗炎症作用と鎮静作用があり、入浴すると汚れた皮膚が落ち、爽やかになる。
・浴後清涼感があり、「美人の湯」と呼ばれる。
・アレルギー性の病気や慢性の皮膚炎に効く。
・石鹸は効かない。
・いずれも皮膚が清浄化されて、表面からの水分の蒸散が盛んになるため、体温が発散され、
清涼感、冷感を覚えるので「冷の湯」とも呼ばれている。皮膚が軟化するために皮膚病、火
傷、創傷の治療に用いられている。
-35-
⑤二酸化炭
素泉
⑥硫黄泉
⑦酸性泉
⑧放射能泉
⑨鉄泉
・泉水1kg 中遊離炭酸1,000mg 以上を含む。炭酸ガス成分が溶けていて、小さな気泡が出るた
め「泡の湯」ともいわれる。
・炭酸ガスが血液の循環をよくするので湯上がりは温かい。
・日本では水温が高くガス成分が容易に揮発するため比較的少ない泉質であるが、ヨーロッパ
では多く存在する。
・入ると細かな気泡が皮膚表面に付着し、飲むと胃粘膜の血流を増加させる。
・入浴では末梢血管拡張作用が強く血圧低下作用があり、高血圧、心臓病などに適応がある。
ヨーロッパでは「心臓の湯」と呼ばれている。
・硫化水素特有の臭いがある。単純硫黄型と硫化水素型に大別されるが、日本には比較的多く
見受けられる泉質である。
・硫化水素を含む硫黄泉は、よく温まり、末梢血管の拡張作用が二酸化炭素泉よりも強力であ
る。「心臓の湯」といわれ、高血圧、心臓病に適す。動脈硬化、皮膚疾患、慢性婦人病、関節
痛など適応疾患も多い。
・硫化水素ガスは痰の切れがよくなることから「たんの湯」ともいわれる。慢性気管支炎、気管支
拡張症などに有効で、「疾の湯」とも呼ばれている。
・刺激が強いので、皮膚、粘膜の弱い人では頻回の入浴は避けた方がよい。
・硫黄の解毒作用がある。
・慢性湿疹にも適応がある。
・刺激が強いため、湯あたり、湯ただれを起こすので注意が必要である。
・酸性泉は欧州には少ないが、わが国では比較的多い。
・多くの水素イオンを含み、は酸性緑礬泉、酸性明礬緑礬泉、酸性硫化水素泉として存在してい
る。肌にしみる程刺激が強く殺菌力も強いので、白癬(水虫)を含む慢性皮膚疾患に効果があ
る。
・刺激性が非常に強く湯ただれを起こしやすいので病弱な人、高齢者、皮膚の弱い人には適さ
ない。
・入浴後は真水で洗い流して湯ただれ(浴湯皮膚炎)を防ぐようにする。
・草津温泉での入浴により皮膚の黄色ブドウ球菌が殺菌され、アトピー性皮膚炎の改善が認め
られている。
・微量の放射能を含み、ラジウム泉、ラドン温泉とも呼ばれている。温泉水1kg 中にラドン30×
10-10Ci(8,25マッへ単位)を含む温泉である。
・ラドンは常温で気体となって空気中に離散するので、皮膚、肺からよく吸収される。一旦体内
に吸収されても、間もなく呼気と共に排出されるので放射能被曝を考慮しなくてもよい。
・尿酸排泄作用があるため「痛風の湯」と呼ばれている。そのほか、動脈硬化症、高血圧症、胆
嚢炎、胆石症、慢性皮膚病、慢性婦人病、神経痛、慢性関節リウマチと適応は広い。
・鉄分を含む温泉であり、鉄(Ⅱ)炭酸水素塩泉(炭酸鉄泉)と鉄(Ⅱ)硫酸塩泉(緑礬泉)の2種類
がある。
・鉄泉は泉水1kg 中にフェロイオンまたはフェリイオン10mg 以上を含む。
・炭酸鉄泉は保温効果があり、増血作用もあるので飲用は貧血によい。
・湧き出したときは無色透明であるが、空気に触れると茶褐色になる。源泉に近い湯は効果が
あるが、茶褐色に濁ったお湯は効用が落ちる。
・緑礬泉は陰イオンとして硫酸イオンを含有し、結合して硫酸鉄を構成するもので酸性が強い。
慢性皮膚疾患に有効である。飲泉後は、茶、コーヒー、紅茶などはタンニンと鉄が結びつき“お
歯黒”状態 になるので注意が肝要である。
・以前は鉄欠乏性貧血で飲泉が行われたが、含有量が少ないので予防的な意味合いしかな
い。
・強酸性の鉄泉は乾燥肌の人には向かない。
参考資料:阿岸祐幸『温泉と健康』,岩波新書,2008.
/大塚吉則「温泉気候療法の科学」学士会報871,2008.7.
-36-
■ 温泉療法の実際
a.入浴作用
♦ 温熱作用
・水温によって冷水浴(25℃未満)
、低温浴(25~34℃)は、不感温度浴(35~36℃)
は、微温浴(37~39℃)
、温浴(40~41℃)が普通泉、高温浴(42℃以上)と分類さ
れる。
・からだが温まると、筋肉のこりや関節のこわばりがとれ、痛みが改善される。腎臓
の血管は入浴により拡張して尿の出がよくなり、老廃物は尿から体外に早く排泄さ
れる。胃腸の血管は、入浴によって収縮するので、血流は少なくなり胃腸の運動は
弱まり、胃液の分泌も少なくなるので、食事直後の入浴は消化を悪くする。
・ぬるめの適温は、季節によって異なり冬で40℃、夏で38℃程度とされる。ぬるめの
微温浴は、副交感神経系を刺激するために、ゆったり浸ると末梢血管の拡張により
心臓の負担は軽くなり、血圧は低下し、血液粘度はむしろ低下し、精神的にもリラ
ックスした状態になる。心負担が少なく血圧も下がるので、高齢者、高血圧、動脈
硬化、心臓の弱い人には、とくにぬる目の入浴がよい。
・高温浴(42℃以上)は、交感神経を緊張させる作用があり、精神的にも肉体的にも
活動的な状態を作り出す。熱い湯による刺激で交感神経が興奮して血管を収縮させ、
急に血圧を上げてしまう。血管が硬くなった(動脈硬化)中高齢者では、30~40mHg
程度増加することもあり、脈拍は40拍/分ほど上昇する。血液粘度が上昇し、血管
がつまりやすくなる。
♦ 水圧の作用
・水中では身体に水圧が加わるがこれを静水圧という。水中では、深さが1m増すご
とに0.1気圧ずつ圧力(静水圧)が加わる。からだの表面積を1.4mとすると、立っ
たまま首まで浸かると、からだ全体に約560㎏の静水圧が加わる。これによって皮膚
表面の血管(静脈)や、血流が豊富な肝臓などが圧迫されて血液がたくさん心臓に
戻り、心臓は大量の血液を駆出しなければならなくなるので、それだけ負担が増え
てくる。また、横隔膜が押し上げられて肺の容量が少なくなるので、心肺に特に病
気を持っていなければ、心肺機能の鍛錬に役立つ(心臓や肺の疾患者などには不向
き)。
・横隔膜の高さまでの半身浴は、丁度空気中で身体を横たえた時と同じ程度に心臓内
に血液量が増加するので、心臓や肺の疾患者などには向いている。
♦ 浮力の作用
・水中では人間の身体は浮力を受けて軽くなる。水面から頭だけを出している状態で、
体重はおよそ約10分の1になる。体重50㎏の人は、5㎏になる。そのため体を支えて
いる筋肉の緊張がとれてリラックスしてくる。浮力の影響を一番効率よく受ける入
-37-
浴姿勢は、浮遊浴や寝浴である。
♦ エネルギー代謝
・平均的体格の成人男性の場合、普通の入浴では、酸素消費量にして毎分1.8リットル
であるので、10分間入浴したときのエネルギー消費量は約40kcal になる。さらに入
浴した後、皮膚表面から汗や水蒸気が排出され、蒸発に伴って気化熱が奪われる。
1グラムの水が気化すると約0.5kcal の熱が奪われるので、入浴で発汗が300ミリリ
ットルあったとすると、150kcal に達する。したがって、入浴中と入浴後に190kcal
になる。これを脂肪(体重)に換算すると、およそ21gの減少に相当する。
参考資料:阿岸祐幸『温泉と健康』,岩波新書,2008./大塚吉則「温泉気候療法の科学」学士会報871,2008.7.
b.温泉療法の作用メカニズム
温泉療法の効果については、表Ⅰ-3-18のようになる。温泉療法は、日常生活から一
時的に離れて、静かで自然の豊かな温泉地に滞在し、温泉浴や運動を繰り返し、地元産の
健康食を味わい、時には地元住民とふれあうなどで、心身ともにリラックスさせる。生体
の諸機能は、これらの複合的な治療刺激を繰り返されて、揺さぶりを受け、自律神経系、
内分泌系、免疫系などを介して、しかもこれらが相互に関連しながら総合的に反応し、ト
レーニングを受けて次第に生体が本来もっている自然治癒力が活性化されていく。その結
果、歪んでしまったり、病的になっていた生体機能が正常化したり、内外の異常刺激(高温、
低温、細菌感染、心身へのストレス負荷など)に対する抵抗性や生体防御機能が強化される。
このからだ全体に対する作用が、温泉療法の総合的生体調整作用といわれる。
参考資料:阿岸祐幸『温泉と健康』,岩波新書,2008./大塚吉則「温泉気候療法の科学」学士会報871,2008.7.
表Ⅰ-3-18
温泉療法の効果
予防医学
リハビリテーション
外科手術の前後
心身症・ストレス
関連性疾患
慢性疾患
循環器系
呼吸器系
消化器系
代謝系
皮膚疾患
神経系
運動器系
疲労・ストレスの解消/メタボリック症候群の予防/介護予防(転倒防止など)/積極的
な健康づくり
神経麻痺の機能回復/筋萎縮の防止と機能回復/脳血管障害後遺症/脳外科・整
形外科手術後/交通事故・スポーツの後遺症
傷の治癒促進
生活習慣病に関連した症状/慢性疹痛性障害/機能性不随意運動/神経症/うつ
病/自律神経失調症/女性不定愁訴/テクノストレスによる症状
中等度以下の高血圧症心不全(温浴+低温サウナ)/末梢循環障害/レイノー症候群
気管支喘息肺気腫慢性気管支炎
慢性胃炎/過敏性腸症候群/慢性便秘/慢性胆道炎/胆石症
軽症糖尿病/肥満/痛風/高脂血症
慢性アトピー性皮膚炎/慢性湿疹/乾癬/真菌症
脳血管障害後遺症/末梢神経障害/神経痛/
脳性麻痺
関節リウマチ/関節性・筋肉性慢性疹痛/変形性関節症/頸肩腕症候群/腰痛症/
線維筋痛症/VDT 症候群
出典:阿岸祐幸『温泉と健康』,岩波新書,2008.
-38-
(7)食事療法
「食事療法」とは、バランスよく食事の成分・量などを調節することによって、病気の予
防・治療や症状の改善を図ることをいう。食事療法を取り入れる病気や症状の例としては、
以下のようなものがあげられる。
♦ 高脂血症/高血圧症/糖尿病/胃・十二指腸潰瘍/痛風・高尿酸血症/腎臓病/肝臓病/鉄欠乏性貧血/頭痛/
吐き気/めまい/腹痛/下痢/便秘/胃もたれ/食欲不振/不眠症/多汗・寝汗/イライラ・ストレス/疲労回復/夏
バテ/低血圧/冷え性/老化防止/肌荒れ/肥満症/やせ過ぎ/むくみ 等
■ 食に関する国の指針・基準など
厚生労働省、農林水産省、文部科学省では、
「食生活指針」や「食事バランスガイド」、
「日
本人の食事摂取基準」などを策定している。これらの考え方や目安をヘルスツーリズムに
取り入れ、食事による健康の維持・増進を図ることは重要である。
食生活指針 ・・・ 厚生労働省・農林水産省・文部科学省が連携して、2000年3月に策定
・近年増加している、がん・心臓病・糖尿病などの生活習慣病の予防を図るとともに、
食料資源の浪費等を改善するために、厚生労働省・農林水産省・文部科学省が共同
で「食生活指針」を策定し、これらの普及啓発を行っている。
♦ 農林水産省「食生活指針」<http://www.maff.go.jp/sogo_shokuryo/syokuseikatu-hp/sisin1.htm>
食事バランスガイド ・・・ 厚生労働省と農林水産省の共同により2005年6月に策定
・「食事バランスガイド」は、前述の「食生活指針」を具体的な行動に結びつけるもの
として、1日に「何を」
「どれだけ」食べたらよいかの目安をわかりやすく示したも
のである。
♦ 農林水産省「食事バランスガイド」<http://www.maff.go.jp/j/balance_guide/b_about/index.html>
日本人の食事摂取基準(2010年版) ・・・ 厚生労働省が2009年5月に策定
・「日本人の食事摂取基準」は、健康な個人・集団を対象として、健康の維持・増進、
生活習慣病の予防を目的にエネルギー及び各栄養素の摂取量の基準を示したもので
ある。
♦ 厚生労働省「日本人の食事摂取基準について」
<http://www.mhlw.go.jp/houdou/2009/05/h0529-1.html>
■ 日本人の食事摂取基準(2010年版)・エネルギーの基準
1日の推定エネルギー必要量は表Ⅰ-3-19のとおりであり、これを目安に食事のカロ
リー計算を行うことが望ましい。
-39-
表Ⅰ-3-19 年齢別・基準体位別の推定エネルギー必要量
年齢
0~5(月)
6~11(月)
6~8(月)
9~11(月)
1~2(歳)
3~5(歳)
6~7(歳)
8~9(歳)
10~11(歳)
12~14(歳)
15~17(歳)
18~29(歳)
30~49(歳)
50~69(歳)
70 以上(歳)
妊婦(付加量)初期
中期
末期
授乳婦(付加量)
基準体位(基準身長、基準体重)
男性
女性
基準身長
基準体重
基準身長
基準体重
(cm)
(kg)
(cm)
(kg)
61.5
6.4
60.0
5.9
71.5
8.8
69.9
8.2
69.7
8.5
68.1
7.8
73.2
9.1
71.6
8.5
85.0
11.7
84.0
11.0
103.4
16.2
103.2
16.2
120.0
22.0
118.6
22.0
130.0
27.5
130.2
27.2
142.9
35.5
141.4
34.5
159.6
48.0
155.0
46.0
170.0
58.4
157.0
50.6
171.4
63.0
158.0
50.6
170.5
68.5
158.0
53.0
165.7
65.0
153.0
53.6
161.0
59.7
147.5
49.0
エネルギー:推定エネルギー必要量(kcal/日)3
男性
女性
身体活動レベル
身体活動レベル
Ⅰ
Ⅱ
Ⅲ
Ⅰ
Ⅱ
Ⅲ
-
550
-
-
500
-
-
-
-
-
-
-
-
650
-
-
600
-
-
700
-
-
650
-
-
1,000
-
-
900
-
-
1,300
-
-
1,250
-
1,350
1,550
1,700
1,250
1,450
1,650
1,600
1,800
2,050
1,500
1,700
1,900
1,950
2,250
2,500
1,750
2,000
2,250
2,200
2,500
2,750
2,000
2,250
2,550
2,450
2,750
3,100
2,000
2,250
2,500
2,250
2,650
3,000
1,700
1,950
2,250
2,300
2,650
3,050
1,750
2,000
2,300
2,100
2,450
2,800
1,650
1,950
2,200
18,504
22,004
25,004
14,504
17,004
20,004
+50
+50
+50
+250
+250
+250
+450
+450
+450
+350
+350
+350
*1 1 歳以上は平成17 年及び18 年国民健康・栄養調査における当該年齢階級における中央値(17 歳以下は各年齢の加
重が等しくなるように調整)、1 歳未満は平成12 年乳幼児身体発育調査の身長及び体重発育パーセンタイル曲線の
当該の月齢における中央値を用いた。
*2 妊婦を除く。
*3 成人では,推定エネルギー必要量=基礎代謝量(kcal/ 日)×身体活動レベルとして算定した.18~69 歳では,身
体活動レベルはそれぞれⅠ= 1.50,Ⅱ= 1.75,Ⅰ= 2.00 としたが,70 歳以上では,それぞれⅠ= 1.45,Ⅱ= 1.70,
Ⅰ= 1.95 とした。
*4 主として,70~75 歳ならびに自由な生活を営んでいる対象者に基づく報告から算定した。
【参考】 身体活動レベル別にみた活動内容と活動時間の代表例(15~69 歳)*1
個々の活
動の分類
(時間/日)
*1
*2
*3
*4
身体活動レベル2
低い(Ⅰ)
1.5
(1.40~1.60)
日常生活の内容3
生 活 の 大 部 分 が座 位
で,静的な活動が中心
の場合
睡眠(0.9)4
座位または立位の静的な活動
(1.5:1.0 ~ 1.9)4
ゆっくりした歩行や家事など低
強度の活動 (2.5:2.0 ~ 2.9)4
長時間持続可能な運動・労働な
ど中強度の活動(普通歩行を含
む)(4.5:3.0 ~ 5.9)4
頻繁に休みが必要な運動・労働
など高強度の活動 (7.0:6.0 以
上)4
ふつう(Ⅱ)
1.75
(1.60~1.90)
座位中心の仕事だが,職場
内での移動や立位での作
業・接客等,あるいは通勤・
買物・家事,軽いスポーツ等
のいずれかを含む場合
高い(Ⅲ)
2.00
(1.90~2.20)
移動や立位の多い仕事への
従事者.あるいは,スポーツな
ど余暇における活発な運動習
慣をもっている場合
7~8
7~8
7
12~13
11~12
10
3~4
4
4~5
0~1
1
1~2
0
0
0~1
表中の値は,東京近郊在住の成人を対象とした,3 日間の活動記録の結果から得られた各活動時間の標準値.二重
標識水法及び基礎代謝量の実測値から得られた身体活動レベルにより3 群に分け,各群の標準値を求めた。
代表値.
( )内はおよその範囲。
活動記録の内容に加え,Black,et al. を参考に,身体活動レベル(PAL)に及ぼす職業の影響が大きいことを考慮
して作成。
( )内はメッツ値(代表値:下限~上限)
。
-40-
■ 栄養摂取量の基準
栄養素は34種類に区分されており、主な栄養機能は表Ⅰ-3-20のとおりである。
♦ 厚生労働省「34種類の栄養素の基準」<http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/05/s0529-4.html>
表Ⅰ-3-20 栄養素の概要
栄養素
たんぱく質
脂質、飽和脂肪酸、n-6系脂肪酸、
n-3系脂肪酸、コレステロール
脂質
炭水化物
炭水化物
食物繊維
ビタ
ミン
ミネ
ラル
脂
溶
性
水
溶
性
多
量
微
量
ビタミンA、ビタミンD、ビタミンE、ビ
タミンK
ビタミンB1、ビタミンB2、ナイアシ
ン、ビタミンB6、ビタミンB12、葉酸、
パントテン酸、ビオチン、ビタミンC
ナトリウム、カリウム、カルシウム、
マグネシウム、リン
鉄、亜鉛、銅、マンガン、ヨウ素、セ
レン、クロム、モリブデン
概要
筋肉や臓器、皮膚などの構成成分として不可欠な栄養素
細胞膜やホルモン、血液などの構成成分として不可欠な栄
養素。効率の良いエネルギー源であり、脂溶性ビタミンの
吸収を助けるが、とりすぎると肥満や動脈硬化を招く
脳や神経系、赤血球、筋肉などが活動するための唯一の
エネルギー源。ただし過剰摂取は生活習慣病の原因となる
食物繊維は消化されない。野菜や穀類、豆類に多く含まれ
る不溶性食物繊維は、大腸で水分を吸収し排便をスムー
ズにする。海藻に多く含まれる水溶性食物繊維は胆汁酸を
吸着して排出する(コレステロール低減)。
細胞内に運ばれた三大栄養素(たんぱく質・脂質・炭水化
物)が、十分に力を発揮できるようにするための潤滑油とし
ての役割を持つ栄養素。
脂溶性ビタミンは油に溶けやすいため、油と一緒にとること
で体内に吸収されやすくなる。
水溶性ビタミンは水に溶けやすく、また熱に不安定である。
骨や歯の構成成分として、また有機質と結合し、体の組織
をつくる上で不可欠な栄養素
■ 食品成分表
「食品成分表」とは、正式には「日本食品標準成分表」といい、文部科学省(旧 科学技
術庁)から発表されている食品に含まれる栄養成分の基礎的なデータ集である。昭和25年に
538の食品について、栄養欠乏にならないためにと初めて公表されたのが始まりで、その後
5回の改訂があり、最新は「五訂増補日本食品標準成分表」(2005年)と呼ばれ、食品数も
1,878に達している。このような食品ごとの栄養成分を参考にしながら、栄養バランスのと
れた食事メニューを考えることは重要である。
♦ 文部科学省「五訂増補日本食品標準成分表」
<http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu3/toushin/05031802.htm>
■ 食材の特徴
ここでは各地の農産物を活かした食事メニューの組み立てに役立つように主な野菜・キ
ノコ・イモ・豆類の特徴や健康効果を示すと次のとおりである。これらは、なお、その他の
野菜や、穀類・肉類・魚類・卵・乳製品・海藻類などについても、それぞれが豊富な栄養
素を持っているため、様々な食材をバランスよく摂取することが大切である。詳細につい
ては、小学館発行の『セルフメディカ
予防と健康の事典』(2007)を参照のこと。
-41-
野
菜
食材
ニンジン
ゴボウ
カボチャ
ピーマン
ホウレンソウ
コマツナ
オクラ
ブロッコリー
アスパラ
ガス
特
徴
・ニンジンの赤色はカロテンの色素で、緑黄色野菜中では最も多く含んでいる。
・βカロテンは体内で必要量だけビタミンAに変わり、皮膚や粘膜を滑らかに保ち、ドライアイや疲れ目
を予防するとともに、ビタミンAに変化しなかったものは体内活性酸素が増えるのを防ぎ、生活習慣病
予防に役立つ。
・にんじんは油と一緒にとるとカロテン吸収率が良くなるため、炒め物や胡麻和えなどが効果的である。
・その他、骨や歯を強くするカルシウムや、体内ナトリウム排泄を促すカリウム、便秘を予防する食物繊
維なども豊富である。
・ごぼうには、水溶性と不溶性両方の食物繊維が豊富に含まれているため、善玉菌の働きを活発にし、
便秘改善に役立つ。
・ごぼうのうま味や薬効成分は皮と実の間にあるため、皮は剥かずたわしでこする程度にする。
・不溶性食物繊維のリグニンは、切り口が空気に触れるとどんどん増える性質があるため、表面積の
大きいささがきにするのが効果的である。
・三大抗酸化ビタミン(A・C・E)をバランスよく含み、さらにビタミンB1,B2、食物繊維もそろった理想的な
緑黄色野菜である。
・βカロテンが体内でビタミンAに変わり、皮膚や粘膜を滑らかにして抵抗力を高めてくれる。
・ビタミンEの強力な抗酸化作用で、細胞組織を酸化ストレスから保護し、老化や生活習慣病を防ぐ。
・加熱してもビタミンCが壊れにくいのも特徴である。
・黄色やオレンジのカラーピーマンは肉厚で甘みがある。赤いほどビタミンやカロテンが豊富で、コレス
テロールの酸化を抑える。
・ピーマンの青臭さのもとであるピラジンは血が固まって血栓ができるのを防ぐ。
・加熱してもビタミンCが壊れにくく、炒め物に向いている。
・ホウレンソウには赤血球の材料になる鉄やビタミンB群、カロテンなどが豊富に含まれている。
・葉酸も多く含まれているため、成長期の貧血予防に役に立つ。
・豊富なカロテンは、抗酸化力の高いビタミンEとともにとると、ドロドロ血液やがん予防に役立つため、
ゴマ和えやナッツ類をトッピングしたサラダなどが効果的である。
・植物性の非ヘム鉄は、たんぱく質やビタミンCとともに取ると吸収率がアップするが、緑茶・コーヒー・
紅茶などに含まれるタンニンは鉄の吸収を妨げるため、食後は控えたほうが良い。
・コマツナはカロテンのほか、鉄やカリウム、カルシウム、亜鉛、リンなどのミネラルを豊富に含む。
・カルシウムの含有量はホウレンソウの約3倍で、骨や歯を丈夫にするだけでなく、ストレス・貧血の改
善に役立つ。カルシウムの吸収率を良くするためにはビタミンDを多く含むしいたけ・ちりめんじゃこ・レ
バーなどと組み合わせると効果的。
・ただし、亜硝酸塩を含むため、アミンを含む食品(ハム・ソーセージ・たらこなど)と組み合わせると発が
ん性物質を生成する危険がある。
・オクラのぬめりのもとは水溶性食物繊維のペクチンと、多糖類との混合物であるムチンという成分で
あり、あらゆる生活習慣病を予防する。
・他にもたんぱく質やカロテン、カルシウム、鉄、ビタミンCなどが豊富に含まれている。
・ペクチンには血糖値の急激な上昇を抑える効果がある。
・ムチンは胃の粘膜を守るため、胃炎や胃潰瘍になりやすい人や食欲の落ちる夏場の献立に取り入れ
ると良い。ただし、ムチンは水に溶けるので生食や、スープや煮込みで溶け出た栄養も一緒に取れる
メニューがよい。
・キャベツを品種改良して生まれた緑黄色野菜である。ビタミンC が豊富であるため、過剰なストレスや
睡眠不足、ヘビースモーカーの人には欠かせない食材である。
・抗酸化物質(カロテン・ビタミンEなど)のほか、発がん物質の抑制効果があるイソチオシアネートが含
まれている。
・濃い緑のつぼみより、茎の部分の方が栄養を豊富に含むため、スライスしてゆでるなどして茎も残さ
ず使うと効果的。
・栽培法の違いによってホワイトとグリーンがあるが、グリーンの方が栄養価が高い。
・アスパラギンという新陳代謝を活発にし、体力回復を促す成分が含まれており、がん予防や治療に取
り入れられている。
・穂先にルチンという成分が含まれ、毛細血管を強くして高血圧や動脈硬化を予防する。
・水溶性ビタミンはゆでると流出してしまうため、手早く硬めにゆでるか、焼く、揚げる調理法が効果的。
-42-
パセリ
シソ
キャベツ
ダイコン カブ
・
トマト
セロリ
キュウリ
ナス
・料理の飾りとして添えられるイメージの強いパセリだが、栄養価が高く優れた健康野菜である。
・カロテンの含有量はアオジソ、ニンジンに次いで多く、過酸化脂質の生成を抑え、動脈硬化を予防す
る。
・ビタミンCが豊富であり、風邪予防や美肌効果も期待できる。
・パセリの鉄はホウレンソウの約4倍も含まれており、貧血改善に役立つ。
・生では少量しか食べられないため、天ぷらやフリッターの衣に混ぜて揚げる、野菜ジュースの材料に
加えるなど調理法を工夫する。
・アカジソよりもアオジソの方が栄養価が高い。
・抗酸化力の強いカロテンの含有量は野菜のトップであり、動脈硬化等の生活習慣病予防に効果が高
い。
・精油成分のα-リノレン酸は花粉症やアレルギー体質の改善に効果がある。
・香り成分のシソアルデヒドが胃液の分泌を促すとともに、強い防腐作用があるため、生ものに添えれ
ば食中毒予防にも役立つ。
・生で食べるのが最も効果的であるが、ジュースにすると大量に摂取しやすい。
・キャベツから発見されたビタミンU(キャベジン)は、傷ついた胃腸の粘膜を再生する働きがあるため、
胃潰瘍や十二指腸潰瘍などに有効である。
・さらに、肝臓に余分な脂肪がたまるのを防ぐ作用も持っている。
・淡色野菜としてはビタミンCが豊富であり、風邪予防や疲労回復、肌荒れ解消に効果的。
・がん細胞の活性化を抑える強力な物質を複数含む食品としても注目されている。
・部位によって栄養素が異なるためできるだけ丸ごと食べるのが良い(外側はカロテンやビタミンK,芯側
はビタミンCが多い)。
・白い根の部分は淡色野菜であるが、葉は緑黄色野菜である。葉にはカロテンやカルシウムが豊富で
炒め物などに向く。
・根の部分には糖質を分解して消化を助ける酵素のアミラーゼが豊富であるため、胸やけや胃もたれを
防ぐ効果がある。
・焼き魚の焦げた部分の有害物質を分解して老化や発がんを防ぐオキシターゼという酵素を含むため
付け合せによい(ビタミンCが損なわれないように食べる直前におろすのが良い)。
・特に切干大根はビタミン・ミネラル・食物繊維が倍増するため、高血圧や骨粗しょう症、便秘、大腸が
ん予防に役立つ。
・カブの煮物は胃炎や胃潰瘍などの時の食事に適している。
・トマトにはカリウム・カロテン・ビタミンCやB群が豊富に含まれている。
・赤い色素のリコピンは、カロテンの2倍、ビタミンEの100倍という強い抗酸化力を持つとされ、ガン抑制
遺伝子を活性化させる。リコピンは赤いミニトマトや水煮したトマト缶、ケチャップ、トマトジュースなどの
加工品にも含まれる。
・体内でのビタミンC効果を高め毛細血管を強くするケルセチンや、血流をよくするピラジンを含むため、
血液サラサラ効果が期待できる。
・酸味のもとであるクエン酸は、乳酸などの疲労物質を取り除くとともに、豊富なペクチンはコレステロー
ルを下げ便秘を解消する。
・カロテン・ビタミン類・食物繊維・ミネラル類がバランスよく含まれている。
・血液をきれいにし血栓ができるのを防ぐ作用があるため、血圧やコレステロールが高めの人は動脈硬
化予防に積極的に食べると良い。
・独特の香りは食欲不振や頭痛、イライラを和らげる効果がある。
・食物繊維が豊富なため、便秘がちな人は積極的に食べると良い。
・和洋中を問わず色々な献立に利用できる上、生でも炒めても天ぷらにしてもおいしく食べられる。
・茎よりも葉の部分の方が栄養素を豊富に含んでいるため、細かく刻んで炒めたりスープに加えたりし
て丸ごと食べると良い。
・約95%が水分で栄養素には乏しいものの、カリウムやカルシウム、ナトリウムなどを含み、水分補給
に適している。
・カリウムが比較的多いため、むくみやのぼせ、血圧上昇の予防に効果がある。
・ぬか漬けにすると、ぬかのビタミンB1がキュウリに移って約10倍に増え、疲労回復に効果がある(ただ
し低温で保存)。
・約90%が水分であるが、漢方ではナスの薬効が利用されてきた。
・利尿作用やのぼせ改善、高血圧予防に効果がある。
・なすの鮮やかな紫色のもとはナスニンという色素で、コレステロール値を下げて動脈硬化を防ぐ。
・切り口が黒くなるのはクロロゲン酸というポリフェノールを含むためであるが、抗酸化力が強く老化や
がんを予防するため、アク抜きは短時間にした方が良い。
-43-
タマネギ
ネギ
ショウ
ガ
・タマネギのにおいのもととなる硫化アリルは、血栓を防いで血液の流れを良くするとともに、善玉コレ
ステロールを増やし悪玉を減らす効果がある。
・硫化アリルは、体内でアリシンに変わり、ビタミンB1の効果(疲労回復・食欲増進など)を高めるため、
豚肉や大豆などと一緒にとると効果的。
・硫化アリルは、切った後15分ほど置いてから調理すると壊れにくくなる。ただし、長時間水にさらすと溶
け出してしまう。
・タマネギは炒めたりすることで甘みが出て食べやすくなる。生では消化が悪いため、大量に食べない
ほうが良い。
・漢方医学ではネギの白い部分に身体を温めて発汗を促す薬効があるとされ、緑の葉ネギにはウイル
ス性の風邪感染予防に効果があるビタミンCが豊富である。
・タマネギと同様、硫化アリルが含まれているため血液サラサラ効果などが期待できる。
・ネギにはイワシや玄米などと同じくセレンというミネラルが含まれているため、発がんを抑制する作用
が期待できる。
・ショウガに含まれる200種類以上の香り成分には、脳の活性化・健胃・解毒・消臭・保温・血圧やコレス
テロールを下げる効果があり、健康の万能薬といえる。
・10℃以下で保存すると低温障害で傷みやすいため、新聞紙などにくるみ、常温で保存するとよい。
ニンニク
・ニンニクは、アメリカ国立がん研究所の「がん予防の可能性の高い食品」のトップにランキングされる
など、強い抗酸化力を持つ。
・切ったりすりおろしたりすると、アリシンという物質ができ、ビタミンB1の吸収を促し、体力回復に効果
的である。ただし、消化が悪いため特に生では食べ過ぎないように注意する。
キノコ類
食材
シイタケ
エノキ
ダケ
特
徴
・シイタケにはビタミンDのもとになるエルゴステロールなどが豊富に含まれている。
・エルゴステロールは日光に当たるとビタミンDに変化し、小腸でのカルシウムの吸収を助け骨粗しょう
症などを予防する。
・生シイタケよりも乾燥させたり日光にあてたりすることでビタミンDの効果が高まる。
・キノコ特有の食物繊維β-グルカンは、抗がん作用がある。
・うま味成分のグルタミン酸は脳の老化予防に有効であり、エリタデニンはコレステロール値や血圧を
下げる効果がある。
・食物繊維やビタミンB1/B2、ナイアシンが豊富に含まれ、疲労や夏バテの回復、肌トラブルの解消、肥
満・高脂血症・糖尿病予防などの効果が期待できる。
イモ・豆
食材
ジャガイモ
大豆
特
徴
・主成分のデンプンの他、ビタミンB1,C,カリウム、食物繊維などが多く含まれる。
・デンプンがエネルギー源に変わるために必要なビタミンB1を同時に取れるため、エネルギーを効率よ
く吸収できる。
・カリウムが高血圧を予防する働きをする。
・ビタミンCは熱に弱く水に溶けやすいのが難点であるが、イモ類の場合は、加熱するとデンプンが糊状
になってビタミンC の損失を防ぐ。
・大豆はアミノ酸バランスの良いたんぱく質が豊富であり、肥満や高脂血症、高血圧予防の他、胃粘膜
の保護や神経バランスの調節などの効果がある。
・レシチンは脳の神経伝達物質を活性化し、記憶力・集中力の衰えを防ぐ。
・大豆の炭水化物はほとんどがオリゴ糖類であるため、善玉菌の栄養源になり便秘解消や抗がん効果
が期待できる。
・体内で女性ホルモンと同様に働くイソフラボンが豊富であるため、更年期障害や骨粗しょう症などの予
防に効果がある。
出典:小学館『セルフメディカ
予防と健康の事典』,2007.
-44-
■ 食事療法の実際
生活習慣病患者の増加に伴い、今後、糖尿病患者のためのツアー、高血圧症患者のため
のツアーなど、より明確にターゲットを絞ったヘルスツーリズム・プログラムが増えてくる
と思われる。ここでは、近年増加している「高血圧」、「糖尿病」、「体脂肪過多」のための
食事療法のポイントについて、表Ⅰ-3-21~23において述べる。
表Ⅰ-3-21
高血圧の人の食事療法
①塩分は1日6gまでに
・高血圧の食事療法で最も重要なのが、塩分を取りすぎないことである。体内に入
った食塩は分解されてナトリウムになり、これが血管の壁からしみこんで血管を収
縮させ、その結果、血圧が上昇する。
・分量としては、1日6g以下に抑えることが望ましい。そのためには、新鮮な材料を
使う、加工食品を控える、昆布や鰹節など天然だしを使う、酢・香辛料などで料理
にアクセントをつける、麺類の汁を残すなどの方法が考えられる。
(五訂増補日本食品標準成分表での加工食品等に含まれる塩分目安)
・アジの干物(大)1枚⇒約2g、 塩鮭1切れ⇒約2.5g、たらこ1/2腹⇒約2g、 ウイン
ナー3本⇒約1g、ベーコン2枚(40g)⇒約0.8g、梅干1個⇒約2g、たくあん3切れ⇒
約1.5g、昆布の佃煮(10g)⇒約0.7g
②動物性脂肪の過剰摂
取を控える
・動物性脂肪(バター・肉の脂等)には、コレステロールが多く含まれ、過剰摂取をす
ると血中コレステロール濃度が高くなり動脈硬化のもとになるため、とりすぎに注
意する。
・油を使う時は、植物性油(紅花油・大豆油・米油など)に含まれている不飽和脂肪
酸は、コレステロール値を減らす働きをするため、植物性を選ぶ方が良い。
③たんぱく質を摂取する
・たんぱく質にはナトリウムを排出する働きの他、血管を強くしなやかにし、痛んだ
血管を保護・回復する働きがあるため、1日の中で、肉類、魚介類、大豆製品、卵
類をまんべんなく取ることが望ましい。牛乳やヨーグルトなどの乳製品は1日コップ
1杯~1杯半くらいを目安にする。
④バランスの取れた食
生活を
・肥満は高血圧を招く大きな原因となるため、1日の摂取エネルギー量を定め、穀
物や甘いもの、清涼飲料水を取り過ぎないように心がける。また、朝昼晩の3食
に、たんぱく質・脂質・糖質をバランスよく配分し、新鮮な野菜や果物を組み合わ
せるようにする。
・また、アルコールは、適量の範囲を守り、毎日飲まないようにする。適量といわれ
るアルコールの量:ビールならロング缶(500ml)1本、日本酒なら1合、ワインなら
1/3本、ウィスキーならシングル2杯程度(女性はこの半分~2/3量)
⑤カリウムを摂取する
・カリウムは、食塩の成分であるナトリウムを体外に排泄させるので、積極的に摂
取する。カリウムが豊富でナトリウムが少ない野菜類を毎食、果物は1日1回食べ
るようにする。ただし、腎機能が低下している方は、カリウムをひかえる。
-45-
表Ⅰ-3-22
糖尿病の人の食事療法
①摂取エネル ギー量を
守る
・糖尿病の方は摂取エネルギーが多すぎると負担がかかり、病気を悪化させるた
め、医師から指示された摂取エネルギーを守り、その範囲内で様々な栄養素を適
量とるようにする。
・なお、1日に必要なエネルギーは、年齢、性別、身長、体重、活動量、血糖値、合
併症の有無などによって、一人ひとり違い、2型糖尿病では、一般的に男性で
1,400~1,800kcal、女性で1,200~1,600kcal くらいになる。
②決まった時間に、栄養
・決められたエネルギー量の中で、炭水化物(糖質)、たんぱく質、脂質、ビタミン、
バランスのよい食生活を
ミネラル、食物繊維などの栄養バランスを整えることができれば、血糖値を安定さ
せ、糖尿病を上手にコントロールできる。そのためには、1日に必要なエネルギー
を朝昼晩の3食で均等配分し、規則的に食事を取ることが重要である。
・なお、主食(ご飯、麺、パン)は、全体のエネルギーの半分くらいをとるのが理想的
とされている。
③食物繊維をたくさんと
・食物繊維は血糖値の上昇をゆるやかにし、血中コレステロール値を低下させる作
り、動物性脂肪をとり
用があるため、食物繊維を多く含む野菜やいも、きのこ、海草、果物、豆類などを
過ぎない
積極的にとるようにする。
・また、糖尿病は動脈硬化を合併しやすいので、動物性脂肪の多い食品(バター・
生クリーム・肉の脂身・ベーコン等)はとり過ぎないようにする。
表Ⅰ-3-23
体脂肪の多い人の食事療法
①必要な栄養素をとり、
・食べ過ぎ、飲み過ぎ、運動不足など、消費エネルギーより摂取エネルギーが多い
食べてやせる減量
と、体内脂肪が蓄積され「肥満」の状態になり、生活習慣病を引き起こしやすい。
余分な体脂肪を減らすには「食べてやせる減量」が理想的であるため、極端なダ
イエットではなく、1日3回の食事で必要な栄養素をしっかりとることがポイントであ
る。1食抜いて一気に体重を減らそうとすると、かえって体脂肪を蓄えやすい体質
になってしまうため注意が必要である。
②徐々に身体の代謝を
変えていく
・短期間のダイエットはリバウンドを招きやすいため、減量の目標は1ヶ月1-2kg 前
後にして、無理なく体脂肪を燃焼させ、徐々に身体の代謝を変えていくようにす
る。
・また、野菜や海藻ばかりの極端な減量は健康を損ねるため、1日に必要なエネル
ギーと各種栄養素をしっかりとることが重要である。
③高エネルギーの油脂
を避ける
・油は1gあたり9kcal、大さじ1杯の油は110kcal にもなるため、油脂の過剰摂取は
控えたほうがよい。そのためには、肉は脂身の少ない種類や部位を選ぶ、揚げ物
などを控える、調理済みの油物を控える、などの方法が考えられる。
・また、味付けの濃いおかずはご飯の食べ過ぎ、塩分の取りすぎになるため、だし
を濃くとるなど調理を工夫する。
④肉類 より魚 介類や大
・特に悪玉(LDL)コレステロール値が高い方は、主菜の材料として、肉類より魚介
豆製品のおかずを
類や大豆製品の割合を多めにするとよい。肉や乳製品の脂肪には、血中の LDL
コレステロールを増加させる飽和脂肪酸が多く含まれているが、魚介類には血中
コレステロールを減らす不飽和脂肪酸が多く含まれている。
・また、大豆たんぱく質は LDL コレステロールを減らし善玉(HDL)コレステロールを
増やす働きがあるといわれている。
参考資料:
(社)民間活力開発機構『第6版温泉療養の手帖』, (社)民間活力開発機構,2007.
万有製薬(株)ホームページ<http://www.banyu.co.jp/content/patients/diet/index.html>
-46-
Ⅱ
ヘルスツーリズムのための医科学的根拠データの紹介
ヘルスツーリズムは、まだ各地で実験段階の取り組みであり、健康に良いツアーである
ことを医科学的に実証しなければならないところが、推進上のハードルになっている。プ
ログラムにおいて健康に良いとする部分については、独自の医科学的な根拠を用意するの
が良いが、そのすべてについて独自に根拠を示すには観光・旅行業の事業者や地域関係者
にとっては負担が重たく、時間もかかる。一から医科学的根拠づくりを始めるのではなく、
全国どこでも普遍的に使えそうなデータがあれば、それを使っていき、地域固有性の高い
ものに集中して行うことが肝要である。
そこで、次ページ以降に家庭で普通に読まれている一般書籍に掲載されている医科学的
根拠データを整理し、リストにした。これらのデータから“一般的”という前提で、プロ
グラムが健康に良いことを顧客に示すことは可能である。また、これらのデータを手がか
りにして、地域固有のプログラム開発につなげることもできるであろう。
その他にも医学、健康科学、栄養学などの学会からは多数の関連研究論文が発表されて
いるので、以下にデータ検索の主なサイト(ホームページURL)を紹介する。
■
国立情報学研究所
CiNii(NII 論文情報ナビゲータ[サイニィ])は、学協会刊行物・大学研究紀要・国立国会図書館の雑誌記事索引
データベースなど、学術論文情報を検索の対象とする論文データベース・サービス(収録数1300万本)
http://ci.nii.ac.jp/info/ja/cinii_outline.html
■
独立行政法人科学技術振興機構 (JST)
「科学技術情報発信・流通総合システム」(J-STAGE)で公開されている論文のデータベース(収録数310万本)
http://www.jstage.jst.go.jp/browse/-char/ja
■
財団法人 健康・体力づくり事業財団
健康・体力づくりと運動に関する文献データベース
http://exdb.health-net.or.jp/index.html
■
特定非営利活動法人 森林セラピーソサエティ
森林セラピーに関する国内・海外の1200に及ぶ関連文献
http://www.fo-society.jp/database/
■
PubMed
世界的規模の生命科学系の学術論文データベース(収録数2000万本以上)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed
-47-
●
次の文献リストは、ヘルスツーリズムのための医科学的根拠データを一般の人がすぐ
に理解できる一般書籍から拾い出したものである。
表Ⅱ-1-1
ヘルスツーリズムのための医科学的根拠データ集 文献リスト
No.
1
書名
著者
出版社
総頁
数
187
決定版快適ウォーキング(岩波アクティブ新書
112)
これからの健康とスポーツの科学第2版
湯浅景元
安部孝・琉子友男
講談社
2005
180
篠原 菊紀
集英社
2005
127
4
5
ボケない脳をつくる-今の脳力を80代までキー
プする生活の知恵-
医師がすすめるウォーキング
森林医学
集英社
朝倉書店
2005
2006
190
384
6
森林医学Ⅱ
朝倉書店
2009
265
7
食べ方+運動治す・防ぐ・若返る健康医学事典
-こころ力・脳力編-
きれいになる元気になる野菜 (日経BPムッ
ク)
解毒バイブル Detox2007(日経BPムック)
泉嗣彦
森本兼曩・宮崎良文・平野秀樹
/編
大井玄,宮崎良文,平野秀樹/
編
日野原重明/総監修
横山泉/監修
日経ヘルス/編
講談社
2006
286
日経BP社
2006
112
日経BP社
2006
146
2
3
8
9
日経ヘルス/編
岩波書店
出版
年
2004
10
セルフ・メディカ-予防と健康の事典-
栗原毅/総監修
小学館
2007
703
11
「ゆがみ」解消バイブル-太りにくく元気なカラ
ダになる!-(日経BPムック)
実習で学ぶ健康・運動・スポーツの科学
日経ヘルス/編
日経BP社
2007
130
九州大学健康科学センター/編
大修館書店
2008
156
13
こころの疲れ解消バイブル
日経ヘルス/編
日経BP社
2008
130
14
15
日経ヘルス2010年1月号, No.142
日経BP社
第5版温泉地で健康づくり温泉療法の手帖
(社)民間活力開発機構
同左
2009
2005
158
504
16
温泉療養学
(社)民間活力開発機構
同左
2006
653
17
18
19
温泉と健康
温泉療法
世界遺産を活用した健康増進観光のあり方に
関する基礎調査
阿岸祐幸
大塚吉則
国土交通省近畿運輸局和歌山
県
岩波書店
南山堂
2009
1999
2005
203
158
133
NHKためしてガッテン②
NHK科学番組部
2000
153
12
20
21
22
森林浴はなぜ体にいいか
宮崎良文
日本放送出
版協会
文藝春秋
岳人2009年10月号「登山で健康宣言」
廣川建司/編
東京新聞
2003
2009
180
210
23
健康づくりを楽しむ本
(社)民間活力開発機構
同左
2009
411
-48-
●
上記の文献から、①総合、②運動、③休養、④食事に関するヘルスツーリズム推進の
ための医科学的根拠データを整理すると、次表のようになる。
表Ⅱ-1-2
大区分
1.総合
ヘルスツーリズム推進のための医科学的根拠データ(1)
小区分
旅行
笑い
2.運動
運動一般
ウォーキング
登山
ジョギング
森林浴
3.休養
調理
入浴
睡眠
4.食事
マッサージ
樹木の精油
の香り
水分摂取
遅い時間の食
事
飲酒
効果事項
旅行に行くと、悩みやストレスが減少する。※2泊3日の九州旅行による
効果
「食」「自然」「温泉」「運動」を組合せた旅行は、NK 細胞の増加やストレ
ス減少に効果がある。※NK 細胞とは、がん細胞を殺す免疫細胞
大笑いをすると、血糖値改善や免疫力向上(NK 細胞活性)に効果があ
る。
運動を週3回以上行っていると認知症になりにくい(1回の運動は15分
程度のウォーキングなどでも可)。
激しい運動の後は、じっとしているよりもゆるやかな運動をしていた方
が、疲れは取れやすい(乳酸除去が早い)。
ウォーキングを習慣化すると糖尿病患者の血糖値が改善される。
ウォーキングを習慣にすると脳が活性化される。
登山はウォーキングと同様、健康増進にとって優れた運動になる
快適なペースで15分間ランニングをすると、運動終了直後に爽快感が
ピークになり、終了後30分にリラックス感がピークになる。
森林浴をすると、ストレスが減り、NK 細胞が活性化する
月1回、森林浴をすると、NK 活性が持続し、癌になりくい身体を持続で
きる
森林浴は、精神的疲労効果回復に効果ある(自覚症状の有訴率)
森林浴は、精神的なストレス減少に効果ある(尿中アドレナリン濃度)
森林浴は、身体的なストレス減少に効果ある(尿中ノルアドレナリン濃
度)
森林浴はストレスを軽減させる効果がある(唾液中コルチゾール濃度)
森林内の散策は心理的にリラックスさせるだけでなく、活気も与える
調理をすると、脳(特に前頭前野)が活性化される。
温泉利用は死亡、骨折、脳卒中の発生を低減する
入浴することで疲労が回復する
温泉入浴はストレス症状の低減効果がある
大きなお風呂と小さなお風呂ではリラックス度に差がある
熱いお湯が気持ち良いと感じる理由は「脳内麻薬」
温泉療法は糖尿病にも効果がある。
温泉入浴すると尿酸代謝にいい影響を与える。
塩分が濃いほど深部体温が上がり、しかも下がりにくい。
睡眠のリズムとホルモン分泌は関係が深い。
午後10時ごろ(遅くても午前零時まで)に眠ると成長ホルモンが多く分
泌されやすい。
フェイスニングを行うと皮膚の表面温度が上がり、血行がよくなる。
ヒノキやスギの精油の香りは血圧を下げる効果がある。
水分を摂取するとエネルギー消費量が増える(体脂肪燃焼効果が高ま
る)。
遅い時間に食べると"肥満ホルモン"が出やすい(空腹の時間が長いほ
ど胃腸の働きがよくなってたまった老廃物が出やすい)。
適度の飲酒は、心筋梗塞のリスクを軽減する。
総死亡率は、アルコールを少量(1~10ml/日)飲む人が最も低い。
※出典(文献リスト No.)は、p.48の文献リストと対応する。
-49-
出典
(文献
リスト
No.)
[図]
ページ
3
67
11
499
10
138
8
176
2
11
4
3
23
84
24
35
13
92
6
102-103
6
110
6
6
114
115
6
1154
21
6
8
17
21
20
19
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18
16
18
11
22
194
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126
127
Ⅱ-89
82
128
147
59
71
521
8
69
8
140
5
126
8
277
12
68
11
2
338
7
表Ⅱ-1-2
大区分
(食材別)
ヘルスツーリズム推進のための医科学的根拠データ(2)
小区分
ショウガ
トマト
効果事項
大根
レモン
アーモンド
そば
ドライフルーツ
ショウガは、エネルギー消費アップに効果がある。
トマトを食べる頻度が高いほど、ガンになりにくい。
トマトはオリーブオイルと一緒に加熱すると、体内へのリコピン吸収率
が高まる。
大根は、脂肪代謝アップの効果がある。
運動前後にレモンを食べると、疲れがたまりにくくなる。
アーモンドを食べるとダイエットに成功しやすい。
そばは、お通じ改善に効果がある。
生のフルーツよりもドライフルーツの抗酸化力の方が、2倍以上高い。
納豆
納豆を食べるとビフィズス菌(善玉菌)が増加する(お通じがよくなる)。
コーヒー
コーヒー豆由来の香り物質を吸入することによって、脳は活発に活動し
ながらも生体はリラックスする
ウォーキングなどの運動前の栄養補給にグリセミック指数が高いもの
を摂取すると、エネルギー切れになりにくい。(ただし、糖尿病などの人
は、指数の低い食品を選んで血糖値が徐々に上がるようにする方がよ
い。)
栄養補給
※出典(文献リスト No.)は、p.48の文献リストと対応する。
-50-
出典
(文献
リスト
No.)
15
9
[図]
ページ
18
32
9
32
15
10
10
10
133
85
78
63
10
78
12
78
22
109
1
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ヘルスツーリズムの手引き
- 平成21年度ヘルスツーリズム推進事業 -
発行 平成22年3月
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