「裁判員裁判」講師

2011年10月13日ロイヤリング講義
講師:弁護士 東浦 光利 先生
文責 沢口 純子
裁判員裁判
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自己紹介
まず、私の弁護士としての仕事について簡単に説明します。
講演会などで一番多い質問は、「先生は民事事件専門か刑事事件専門か?」ですが、
大半の弁護士は民事専門とか刑事専門というのはありません。
大阪の弁護士はだいたい何でもやります。特定の事件のみを扱う事務所も存在します
が、そういう事務所に所属している弁護士でも若手の弁護士は民事も刑事もします。
私は刑事事件を常時約4~5件抱えています。刑事事件を4~5件というのは、一般
的な弁護士の中では比較的多い方ではないでしょうか。民事事件も含めると120~1
30件抱えていますが、刑事事件は警察署や拘置所に複数回足を運ばなければならない
等、けっこう時間をとられるので、物理的に多くを担当することはできません。
とはいえ、私のメインの仕事は、損保会社の代理人をやっている関係で、交通事故で
す。総事件数の半分くらいは交通事故を扱っています。
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通常の刑事裁判の仕組み
では、刑事裁判について、最初は通常の刑事裁判を説明し、その後、裁判員裁判につ
いて説明していきます。
刑事裁判とは、犯罪を犯したと疑われて裁判にかけられている人(=被告人)の罪を、
証拠に基づいて裁判所が有罪か無罪か、有罪としてどのような刑にするかを判断する手続
です。
登場人物は裁判官、検察官、被告人、弁護人、証人などです。
弁護士は、刑事裁判では弁護人と呼ばれます。
検察官は、裁判において被告人の罪を証明し、処罰を求めます。弁護人は、被告人の利
益を守るため、被告人にとって有利な事情を証明・主張します。裁判官は、弁護人・検察
官の主張立証をみて、被告人が罪を犯したかどうか、罪を犯した場合どのような刑にする
かを判断するという役割を担います。
おおまかな手続きについて説明すると、裁判所が人定質問を行い、黙秘権の告知をし
た後、検察官が法廷で起訴状を読み上げ、裁判所に対して、どのような犯罪について審
理を求めるかを明らかにします。
人定質問とは、文字通り人を定める質問ということで、裁判官が被告人に対し、名前
や住所、職業などを尋ねます。他の人の犯罪について裁くことがあってはならないので、
手続き上人定質問は重要です。黙秘権の告知は、法廷での発言は有利にも不利にも証拠
になるので、黙っておくこともできるということを伝える手続きです。
検察官は、被告人が犯したと疑われる事実について記載された起訴状を読み上げ、裁
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判所に審理を求めます。
次に裁判官が被告人に対し事実を確認します。罪状認否という手続です。
これに対する被告人の態度は大きく2つで、検察官が主張する事実関係は認めるけれ
ども刑を軽くしてほしいという「認め」事件、検察官の主張する事実はやってないと主
張して無罪を求める「否認」事件です。
たとえば、殺人罪で起訴されて、被告人が「私が殺したこと間違いありません、でも、
~のやむをえない事情があったのです。」は「認め」事件、「殺していません、人違い
です。」は「否認」事件です。
その後、弁護人も起訴状に書かれている事実に対し意見を述べます。
私が最近やった事件で、大麻を栽培して販売するグループのリーダーとして捕まった
被告人の事件を例にとりましょう。仲間うちで大麻栽培の事実があったのは知っている
が、私は関係ありません、少なくとも指導的立場で大麻栽培・販売など行っていない、
というものです。これは、大麻の栽培・販売を共謀して犯罪を行った共犯関係にあるこ
とを争うもので、無罪を主張する「否認」事件です。
その後、検察官が冒頭陳述をします。これは、犯罪に至る経緯や犯罪の内容、ストー
リー、被告人を有罪にするために証明するさまざまな事実を検察官が述べる手続です。
検察官は、冒頭の陳述の後、被告人の有罪を立証するための証拠を提出し、その取調
べを請求します。これに対し、弁護人は請求された証拠に対し、取り調べるべき証拠と
して同意する、同意しない、ということを述べます。
裁判所が弁護人の同意しない証拠について、証拠として取り調べるかを判断し、検察
官と弁護人が、証人尋問や被告人に対する質問(被告人質問)などをやりあい、被告人
が有罪か否か、有罪であるとしてどの様な事情があったかを争います。
このような審理を経て、検察官は論告として、証拠に基づいて被告人が有罪であるこ
と、有罪であるとして例えば懲役○年という求刑を行います。これに対し、弁護人は審
理の内容を踏まえて証拠にもとづき被告人は無罪であること、または、有罪は認めるが
やむをえない事情があったので量刑を軽くしてほしい、執行猶予が相当である等の弁論
を行います。これらを踏まえて裁判官が懲役○年等の判決を下します。
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弁護人の弁護活動のイメージ
次に、具体的な事件をもとに弁護人の活動をお話します。
たとえば、ひったくりの事件。皆さんと同じ大学生が行ったひったくり事件をお話し
しましょう。ひったくり自体は認めて争いがないので「認め」事件です。
裁判は先ほど話した流れで進行します。罪は認めているので、量刑として何年が妥当
か、執行猶予がつくかを争うべく、良い情状があることを立証します。
たとえば、大学生のひったくり事件では、被告人にも有利な情状があるので、執行猶
予または寛大な処分を求めるために何をするか。
ひったくり事件のうち10数件を起訴されたケースでは、各被害者と連絡をとり、被
害を弁償して示談をすることを目指します。この場合、本人の父親ができる範囲の弁償
金を用意し、各被害者に被告人の謝罪の手紙を渡し、謝罪の意思を伝え、弁償をし、示
談してもらいます。被害者に示談書にサインをしてもらい、「弁償してもらったし、反
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省しているなら寛大な処分でかまわない」といった嘆願書にもサインしてもらいます。
示談に応じない被害者もいるし、嘆願書にサインしない人もいますが、できる限りの示
談をし、嘆願書を取り付けます。
一つ言えることは、被害者も、弁償はもちろんのこと、弁護人が間に入って示談をす
ることで事件の区切りがつくのでメリットがあるのです。弁償できなくても謝罪文を渡
すだけで嘆願書を書いてくれる被害者もいました。
本人の反省を促すことも重要です。ひったくりで盗まれるものは金銭だけでなく、鞄
です。その中には携帯電話、そこには思い出の写真もあったりします。家の鍵も入って
います。
ある年配の被害女性は、お金はいいけど携帯電話には孫の生まれたときからの写真が
入っていた、と嘆きます。ある一人暮らしの若い女性は家の鍵がとられたので、いつ犯
人が家をつき止めて侵入するかもしれないと怖くて引越しをした、と怒っています。
被告人のひったくりは、金銭だけでなく、被害者の思い出も盗んだのです。被害者に
いつ家に侵入されるかもしれないと怖い思いもさせたのです。
さらにひったくりは一歩間違えれば、被害者を引きずり倒して怪我をさせるかもしれ
ない、強盗と紙一重の危険な犯罪なのです。
被告人と面会する中で、このような被害者の話や、ひったくりの危険性を伝え、反省
を促します。
ひったくりの被告人は大学生です。まだ若いのでしっかり更生してもらわないといけ
ません。大学側にかけあい、大学側も、執行猶予で済むなら処分は停学だけと言う話も
ありました。結局、退学になりましたが、社会的更正を図るべく努力します。
裁判では、母親を証人として尋問しました。被告人の性格の良いところ悪いところ、
これまでの親子の在り方を振り返り、今後、監督していくこと、具体的にどういった方
策をとるかを裁判所の面前で語ってもらいます。
このような良い情状を集め執行猶予を求めますが、ひったくりは窃盗事件の類型の中
でも厳しく、第一審は結局実刑になりました。そのあと控訴して、さらに被害弁償金を
かき集めて最後は全員と示談できた結果、控訴審では執行猶予がつきました。
これは弁護活動の一場面です。よく誤解されますが、弁護士は無罪をとるためだけに
活動しているのではないということです。
弁護人が心がけなければいけないのは、弁護士は、ひったくりをした被告人の権利を
守るのが仕事ですが、有罪を無罪にするわけではない、ということです。
犯罪を行ったならば適正な処罰を受けるのは当然です。被告人のためになんでもかん
でもするわけじゃない。執行猶予がつけば成功というわけでもありません。
あくまで弁護人の仕事は、被告人と面会を重ねる中で、被害者の立場になって物を考
えることを学ばせる、鞄を取るだけじゃない、思い出を盗み、恐怖心を植え付けさせた
のだと理解させる。被害者と示談し、事件に一区切りつける、大学に残れるように働き
かける、親と連携して就職先を見つける、親と話をして家族関係を見つめ直してもらう、
これらの結果を情状資料として裁判所に提出し、適正な刑になるように頑張るのです。
そして、示談の成立、被告人の反省態度、被告人の社会的更生に期待でき、親も監督
して再び犯罪を行う可能性も少ない。ならば被告人には執行猶予が適正でしょうと裁判
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所に訴えかけるのです。こういった裁判を経る中で、彼が更正していくための手助けが
できたならば、それは弁護人の仕事として成功だと思います。
なお、認め事件では、弁護人だけでなく、検察官、裁判所も含めて、それぞれの職責
を果たす中で、被告人に自分が何をしたかを理解させ反省を促し、今後、犯罪を行わず
に生活をするためにはどうすればいいかを考えさせるという点が一番大切なことだと個
人的には思っています。
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裁判員制度
次に裁判員裁判について説明します。
これは、刑事裁判に国民を参加させ、事実認定(有罪か否か)や量刑について裁判官
と一緒に判断させる制度です。開始時期は平成21年5月21日です。
対象事件は、殺人、強盗致傷、現住建造物への放火など重い犯罪です。裁判に参加す
るメンバーは通常、裁判官3人、裁判員6人、補助裁判員2名です。
では、皆さんも選ばれる可能性のある裁判員はどうやって選ばれるのでしょうか。
まず、次の年の裁判員を選ぶため、秋頃に選挙人名簿から無作為に候補者名簿に載せ
る人を選びます。その時点で裁判員になるのかは不明です。12月頃に、裁判所から裁
判員候補者に名簿に載せられたことが通知されます。調査票というものが送られてきま
すが、裁判員候補者が調査票に回答した内容をもとに調査が行われ、裁判員になれない
理由や、辞退理由があって、その理由が認められれば裁判所に行く必要はありません。
私が行った裁判員裁判は大規模な覚せい剤密輸入事件でしたが、70人くらいが裁判
員候補者として裁判所に呼ばれていました。
裁判員裁判の初日の午前中に選考手続が行われました。裁判員候補者は、裁判官、検
察官、弁護人の面接を受けます。この面接で、当日になって改めて辞退理由があるか、
事件関係者との利害関係がないかなどの質問をされます。その後、弁護士、検察官、裁
判官がこの人は裁判員から外そうという人を5人づつくらい選んで外し、残った人の中
から抽選して6人の裁判員、2人の補助裁判員を選出します。抽選はコンピューターで
番号をくじ引きする形でした。
裁判員制度施行前には、裁判員をやりたくない人が多いのではないかと懸念されてい
ましたが、ほとんどの場合裁判員に選ばれた人は辞退せず積極的に裁判員の仕事に取り
組んでおられるようです。
裁判員としての拘束時間は3~5日程度が一般的です。
私の行った裁判員裁判では、初日の午前中に選任手続、昼から裁判がスタートしまし
た。黙秘権告知や人定質問などの手続きは従来の通常の刑事裁判と同じでした。
審理に2日間(1日目午後~3日目午前中まで)、その後に裁判員・裁判官全員で評
議を行い、有罪か無罪か、有罪の場合は量刑も決めます。
この際、意見がまとまらない場合は多数決となりますが、裁判官、裁判員各 1 人ずつ
の賛成を得ないといけません。そして最後に法廷で判決が下されます。
裁判員制度が通常の刑事裁判と異なる点はいくつかあります。
以前は裁判所が判決を下すための証拠として警察や検事が調書を作成し、これを証拠
として提出して、これをもとに裁判所が判断をしていました。裁判員裁判では調書に基
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づいて裁判をすると裁判員が判断できないので、検察官が厳選した調書をわかりやすく
口頭で説明する形で行います。
このように口頭で読み上げ、裁判員が見聞きしたことから有罪か否か、適正な量刑は
どれくらいかを判断するので、法律家からするとだいぶ変わったなという感じがしまし
た。このように、調書による裁判が口頭による裁判に変わってきました。
また、公判前整理手続きが導入された点が重要です。公判前整理手続きとは、裁判員
裁判において、裁判員が判断しやすいように、裁判が行われる前に法曹三者で論点をし
ぼり、双方の主張を整理して、証拠を厳選する制度です。
このように争点・主張を整理し、証拠を厳選することで、スケジュール的にタイトな
裁判員裁判が可能になりました。
弁護人の冒頭陳述も裁判員裁判ならではのものです。これまでの通常の刑事裁判では
検察官だけが冒頭陳述を行っていました。
この公判整理手続で、証明予定事実記載書面は検察官の主張を整理しわかりやすくし
たもので、予定主張記載書面は弁護人が主張することを整理しわかりやすくしたもので
す。弁護人から証拠開示を求める類型証拠開示や主張関連証拠開示は、捜査機関が入手
している証拠を開示させることができます。従来の証拠開示は、一定の厳格な基準を満
たさないと認められませんでしたが、公判前整理手続になってこれらの制度が認められ
証拠開示が認められやすくなりました。
これらの公判前整理手続は裁判員を必要以上に拘束せず、裁判の円滑・迅速な審理を
実現するために制度化されましたが、裁判の円滑・迅速な審理は望ましいものですから、
最近では通常の刑事裁判でも公判整理手続が行われることが増えました。
裁判員裁判になって、最近でこそ、報道で画期的な判決が出されることもありますが、
私の経験からすると、裁判員制度を導入したからといって、量刑などはあまり変化して
いないなという感想です。従来の刑事裁判の量刑相場と大きな乖離はないと思います。
以
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上