シュタインの社会と国家 ローレンツ・フォン・ シュタインの思想形成過程

柴田隆行著
『シュタインの社会と国家 ローレンツ・フォン・
シュタインの思想形成過程』
御 茶 の 水 書 房 、 2006年
目次
序文
使 用 テキ ス ト 略記 号 一覧
第 一 部 シ ュ タイ ン の思 想 形 成史
第 一章 キ ール 大 学法 学 部 とシ ュ タイ ン
第一 節 キー ル とシ ュ レ スヴ ィ ヒ・ ホ ル シュ タ イ ン州
第二 節 大学 構 成員
第三 節 学生 時 代の シ ュ タイ ン
第四 節 学史 的 およ び 政 治的 背 景
第五 節 パリ 留 学
第六 節 帰国 後 の文 筆 活 動
第七 節 シュ タ イン の 教 育活 動
( 一 )「一 般 ド イツ 国 法」 講 義
( 二 )「法 哲 学 史」 講 義
第八 節 シュ レ スヴ ィ ヒ ・ホ ル シュ タ イ ン問 題 と 法学 部
( 一 ) 概括
( 二 ) ファ ル ク
( 三 ) ロル ン ゼン
( 四 ) パウ ル ゼン
( 五 ) 歴史 学 教授 た ち
( 六 ) シュ タ イン
第九 節 大学 追 放
小括
【付 録 一 】キ ー ル大 学 法 学部 ・ 哲学 部 の 構成 員
【付 録 二 】プ ロ イセ ン 内 務省 宛 秘密 報 告 書
第 二章 シ ュレ ス ヴィ ヒ ・ ホル シ ュタ イ ン 問題
第一 節 前史
第二 節 三月 革 命の 推 移
第三 節 周辺 諸 国の 反 応
第四 節 シュ タ イン の 実 践
補 論 詩 人 シュ ト ルム と シ ュレ ス ヴィ ヒ ・ ホル シ ュ タイ ン 問題
第一 節 学生 時 代
第二 節 革命 と 敗北 、 そ して 郷 土
小括
第 二 部 共 産 主義 と 社会 主 義
第 一章 「 共産 主 義 」「 社 会主 義 」 とい う 言葉
第一 節 共産 主 義か 社 会 主義 か
第二 節 一八 四 一年 ま で ―― 共 産主 義 者 とは だ れ か
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第三 節 一八 四 二年 ― ― 共産 主 義と 社 会 主義 の 区 別化
第四 節 一八 四 三年 ― ― 有神 論 か無 神 論 か
第五 節 一八 四 四年 ― ― 本格 的 な議 論 の はじ ま り
第六 節 一八 四 五年 ― ― 真正 社 会主 義
第七 節 一八 四 六年 ― ― 社会 的 組織 化
第八 節 一八 四 七年 か ら 四八 年 ―― 共 産 党宣 言 へ
小括
第 二章 一 八四 〇 年代 の 共 産主 義 運動
第一 節 はじ め に
第二 節 一八 四 二年 ま で のド イ ツの 共 産 主義 運 動
第三 節 ドイ ツ の共 産 主 義の 諸 傾向
( 一 ) 扇動 的 諸傾 向
( 二 )ベ ル リン の ジャ ー ナ リズ ム
( 三 ) ドイ ツ 南部 の 学 問傾 向
第四 節 一八 四 八年 前 後 の状 況
小括
第 三章 シ ュタ イ ンの 社 会 主義 ・ 共産 主 義 観
第一 節 社会 主 義・ 共 産 主義 と の出 会 い
第二 節 社会 主 義を め ぐ る理 論 と実 践
( 一 ) ヘス と シュ タ イ ン
( 二 ) 自由 と 平等
( 三 ) 社会 主 義は な ぜ 生じ た か
( 四 ) 社会 主 義は 理 論 か実 践 か
第三 節 社会 の 学
第 四章 人 格態 の 概念
第一 節 人格 と 人格 態
第二 節 文明 と 人格 態
第三 節 人格 態 の理 念 と 概念
第四 節 人格 態 と自 由
第五 節 人格 態 と労 働
第六 節 社会 と 国家
第 五章 労 働の 概 念
第一 節 社会 主 義・ 共 産 主義 と 労働 概 念
第二 節 労働 の 意義 と そ の実 態
第三 節 労働 諸 条件 の 変 貌
小括
第 三 部 社 会 思想 史 研究
第 一章 ギ ゾー ― ―文 明 論 の展 開
第一 節 シュ タ イン 遺 稿 と書 誌 情報
第二 節 シュ タ イン の 文 明論
第三 節 ギゾ ー の文 明 論
小括
第 二章 ル ソー ― ―平 等 原 理の 発 展
第一 節 ルソ ー ・ノ ー ト
第二 節 法哲 学 史上 の ル ソー
第三 節 平等 原 理の 発 展
小括
第 三章 カ ント 、 フィ ヒ テ 、ヘ ー ゲル ― ― 人格 態 の 自己 規 定
第一 節 書誌 情 報
第二 節 カン ト ―― 人 格 的自 由 と自 律
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第三 節 フィ ヒ テと 個 別 的人 格 態
第四 節 ヘー ゲ ルと 普 遍 的人 格 態
小括
第 四章 ア リス ト テレ ス ― ―国 家 学の 創 始 者
第一 節 アリ ス トテ レ ス 研究
第二 節 プラ ト ンと ア リ スト テ レス
第三 節 アリ ス トテ レ ス の国 家 学
小括
第 五章 ア ダム ・ スミ ス ― ―国 民 経済 学 と 国家 学
第一 節 書誌 情 報
第二 節 国民 経 済学 の 意 義と 限 界
第三 節 自由 主 義社 会
第四 節 新た な 国民 経 済 学の 構 築
小括
第 四 部 国 家 学体 系 へ
第 一章 社 会学 と して の 国 家学
第一 節 国家 は 幻想 か
第二 節 国家 学 体系 の 構 想
第三 節 国家 学 体系 の 展 開
小括
第 二章 今 後の 展 望― ― 国 際関 係 と自 治
第一 節 国家 学 の外 延 と 内包
第二 節 国家 学 と国 際 関 係論
第三 節 国家 学 と自 治 理 論
註
あ とが き
参 考文 献 一 覧
( 一 ) シュ タ イ ン の 著 作
( 二 ) アル ヒ ー フ 等 史 料 ( シ ュ タ イン 著 作 の み )
( A ) プ ロ イセ ン 文 化 財 機 密 公文 書 館 旧 メ ル ゼブ ル ク 分 館
( B ) シ ュ レス ヴ ィ ヒ ・ ホ ル シュ タ イ ン 州 立 図書 館
( 三 ) シュ タ イ ン 研 究 文献
( 四 ) シュ レ ス ヴ ィ ヒ ・ホ ル シ ュ タ イ ン問 題
( A ) 文 献 史料
( B ) ア ル ヒー フ 史 料
( 五 ) 日本 語 文 献 目 録
( A ) シ ュ タイ ン 研 究
( B ) そ の 他の 研 究
( 六 ) 本論 考 の も と に なっ た 拙 論
(A)著作
(B)翻訳
人 名索 引
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Deutsche Zusammenfassung
Deutsches Inhaltsverzeichnis
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序文
本 論 考 で 考 察 し よ う と し て い る 人 物 は 、 ロ ー レ ン ツ ・ フ ォ ン ・ シ ュ タ イ ン (Lorenz von
Stein, 1815-90) で ある 。
シ ュ タ イ ン は、 わ が 国 で は一 般 に 、 明 治 期に 伊 藤 博 文 ら大 勢 の 国 家 官僚 や 学 者 に 憲法 や
行 政 学 等 を 教 え た 人 物 と し て 知 ら れ る 。 シ ュ タ イ ン に 関 す る 日 本 語 文 献 目 録 (1) を 作 成 し
て み る と 、 そ の半 数 以 上 が 日本 憲 政 史 に 関 わる 文 献 で あ るこ と が わ か る。 他 方 で シ ュタ イ
ン は 、 社 会 思 想史 研 究 者 に は、 フ ラ ン ス の 社会 主 義 と 共 産主 義 な ら び にプ ロ レ タ リ アー ト
の 概 念 を ド イ ツ で 初 め て 学 問 的 に 紹 介 し た 人 物 と し て 知 ら れ る 。『 マ ル ク ス ・ エ ン ゲ ル ス
全 集 』 付 録 の 人名 一 覧 に 記 され た 「 プ ロ イ セン の ス パ イ 」と い う レ ッ テル だ け で 片 づけ ら
れ た 時 代 も か つて は あ っ た 。シ ュ タ イ ン が 生き た ド イ ツ なら び に オ ー スト リ ア で は 、マ ル
ク ス や社 会 主 義・ 共 産主 義 研 究文 献 でわ ず か に言 及 さ れる 以 外は 、
「 忘れ ら れ た国 家 学者 」
と し て 長 く 闇 に 葬 ら れ て い た 。「 国 家 学 (Staatswissenschaft) 」 と い う 学 問 領 域 自 体 が学 界 か ら
姿 を 消し つ つ あっ た 一九 七 〇 年代 に なっ て よ うや く 、 フ ー バー (2) やベ ッ ケン フ ェ ルデ (3) 、
ブ ラ ー ジ ウ ス (4) 、 パ ン コ ー ケ (5) ら に よ り 、 現 在 の 民 主 主 義 や と り わ け 社 会 国 家 の 先 駆 者
と し て 見 直 さ れる よ う に な った 。 二 四 の 論 文を 集 め た 本 格的 な 総 合 的 シュ タ イ ン 研 究書 も
現 れ た (6) 。 ま た 、 シ ュ ミ ッ ト (7) に よ る 実 証 的 な 伝 記 以 来 途 絶 え て い た 、 シ ュ タ イ ン の 思
想 形 成 過 程 に 関 す る 詳 細 な 研 究 な ら び に 資 料 の 掘 り 起 こ し が 、 ハ ー ン (8) や リ ヒ タ ー (9) 、
そ し て 、 と り わ け キ ー ル 時 代 の シ ュ タ イ ン 遺 稿 を 解 読 し た タ シ ュ ケ (10) ら に よ っ て 進 め ら
れ た 。 こ れ ら 一連 の 研 究 動 向の 進 展 に 平 行 して 、 一 九 七 二年 に 、 シ ュ タイ ン の 生 誕 地エ ッ
ケ ル ン フ ェ ル デの 市 長 を 務 め、 前 掲 の シ ュ タイ ン 伝 記 を 著し た シ ュ ミ ット の 尽 力 に より 、
ウ ィ ー ン で 散 逸の お そ れ の あっ た シ ュ タ イ ンの 遺 稿 な ら びに 蔵 書 が キ ール に 移 さ れ 、シ ュ
レ ス ヴ ィ ヒ ・ ホル シ ュ タ イ ン州 立 図 書 館 で 保管 ・ 公 開 さ れる こ と に な った 。 さ ら に 、一 九
八 〇 年 に は キ ール 大 学 に ロ ーレ ン ツ ・ フ ォ ン・ シ ュ タ イ ン行 政 学 研 究 所が 設 立 さ れ 、現 在
に い たる ま で 数多 く の研 究 業 績を 産 んで い る 。
わ が 国 に 話 しを 戻 す な ら ば、 シ ュ タ イ ン の憲 政 論 を 中 心に 早 く か ら マル ク ス と は 違う 方
向 を め ざ し た 社会 思 想 家 と して の シ ュ タ イ ンに 注 目 し て 数多 く の 論 文 や邦 訳 を 公 刊 した 森
田 勉 (11) や 、 キ ー ル に あ る シ ュ タ イ ン 遺 稿 を 使 っ て の 実 証 的 で 、 し か も 構 想 力 に 富 ん だ 魅
力 溢 れ る 文 体 で明 治 憲 法 体 制の 成 立 過 程 と 意義 を 明 ら か にし た 瀧 井 一 博の 業 績 、 そ して 前
期 シ ュ タ イ ン 遺稿 の 解 読 を 進め る 柴 田 の 研 究な ど 、 従 来 の日 本 憲 政 史 ない し は 「 社 会王 制
論 」と は異 な る シュ タ イン 研 究 が行 わ れ るよ う にな っ た 。また 、最 近で は 、木村 周 市 朗が 、
ド イ ツ の 福 祉 国家 思 想 史 に 関す る そ の 優 れ た著 書 で 、 シ ュタ イ ン の 行 政国 家 論 の 意 義と 限
界 を 論 じ て お り、 今 後 シ ュ タイ ン の 業 績 は ドイ ツ で も 日 本で も い っ そ う注 目 さ れ る こと と
期 待 され る 。
こ こで シ ュ タイ ン がど の よ うな 人 物で あ る かを あ ら かじ め 簡単 に 紹 介し て おき た い 。
ロ ー レン ツ ・ フォ ン ・シ ュ タ イン
ドイツ、オーストリアの国家学者、行政学者。一八一五年デンマークの国境に近い
シュレスヴィヒ公国(現ドイツ連邦共和国)エッケルンフェルデに生まれる。三五年
キール大学法学部入学。ヘーゲル学派と歴史法学派の影響を受ける。三七年イエナ大
学在学中フィヒテ哲学の影響を受け、また学生同盟幹部として活躍。四〇年キール大
学にて法学博士の学位授与。ベルリン留学後、四一年一〇月パリ留学。フランス法の
研究のかたわら、バザール、アンファンタン、コンシデラン、プルードン、カベら当
時著名な社会主義者・共産主義者と交わり、そこで得た知識をもとに四二年『今日の
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フランスにおける社会主義と共産主義』を著した。これはドイツに初めて本格的に社
会主義と共産主義およびプロレタリアートの概念を紹介した文献であった。四六年キ
ール大学員外教授。デンマークからのシュレスヴィヒ公国独立運動に参加、四八年三
月に樹立されたシュレスヴィヒ・ホルシュタイン臨時政府代表としてドイツ海軍設立
委員として活躍するほか、同年六月臨時政府委員としてパリに派遣された。五〇年州
議会議員を務めたが、革命敗北後、五二年独立運動参加の廉でキール大学を他の七教
授とともに解任。五五年ウィーン大学に職を得て、国家学および財政学教授としてそ
の 名 をな し た 。主 著 に『 フ ラ ン スに お ける 社 会 運動 の 歴 史 』全 三 巻( 一 八 五〇 年 )、
『国
家 学 体系 』( 一八 五 二 、 五 六 年 )、『 国民 経 済学 教 本 』( 一 八 五八 年 )、『 財 政 学教 本 』( 一
八 六 〇 年 )、『 行 政 理 論 』 全 七 巻 ( 一 八 六 五 ∼ 六 八 年 ) な ど が あ る 。 ジ ャ ー ナ リ ズ ム に
積 極 的 に 加 わ り 、『 ハ レ 年 誌 』『 ラ イ ン 新 聞 』『 ア ル ゲ マ イ ネ ・ リ テ ラ ト ゥ ー ア ・ ツ ァ
イ ト ゥ ン グ 』『 現 代 』 な ど に 多 く の 学 術 論 文 や 時 事 論 文 を 書 い た ほ か 、 ア ウ グ ス ブ ル
ク の 『一 般 新 聞』 で 九三 〇 篇 にお よ ぶ 記事 を 書き つ づ けた 。
日本との関係も深く、一八八二年に福沢諭吉宛書簡執筆後、日本への関心を強め、
憲法調査のため来墺した伊藤博文に二ヶ月間自宅で憲法を講義。明治憲法にシュタイ
ンの影響ありと言われたが、最近の研究ではそれは否定され、国制への影響がむしろ
指摘されている。日本招聘を老齢のため断るが、陸奥宗光、谷干城、井上哲次郎、黒
田 清 隆 ら 大 勢 の 日 本 の 学 者 ・ 政 治 家 が シ ュ タ イ ン を 訪 問 、〈 シ ュ タ イ ン 詣 で 〉 と い う
言 葉 が生 ま れ た。
パリ滞在中に知った〈社会〉の概念と〈社会問題〉解決の一方途である社会主義に
共 鳴 した が 、四 八年 革 命 前後 に 参加 し た シュ レ スヴ ィ ヒ 独立 運 動 の挫 折 の時 期 を 境に 、
国家による改良という社会民主主義的な立場に転向。社会運動の法則を把むことは社
会 主 義や 社 会 革命 の 事実 の 理 解よ り も 重要 で ある と し 、独自 の 社 会理 論 を展 開 し たが 、
五 二 年の『 国 家 学体 系 』では こ のよ う な 考え も 姿を 消 し 、彼 の 関 心は も っ ぱら 国 家学 、
行政学、財政学へと移って行った。しかし、階級社会の矛盾と社会運動の底力を知っ
ているシュタインは、その後も社会改良を国家最大の仕事と考えた。立憲主義に立つ
彼の憲政論や教育行政学、あるいは福祉国家を先取りする彼の行政学は近年ドイツや
日 本 で再 評 価 され つ つあ る (12) 。
本 論 考 は 、 この よ う な シ ュタ イ ン の 全 業 績の う ち 、 彼 が前 半 生 を 送 った 北 ド イ ツ の港 町
キ ー ル で の 活 動を 、 そ の 社 会思 想 史 的 背 景 から 明 ら か に する こ と を ね らい と す る 。 全体 を
四 部 に 分 け 、 第一 部 で は シ ュタ イ ン の 思 想 形成 史 を 、 第 二部 で は 社 会 主義 と 共 産 主 義の 概
念 史 と 、 そ れ に対 す る シ ュ タイ ン 独 自 の 思 想を 、 第 三 部 では 先 行 す る 社会 思 想 史 上 の諸 学
説 か ら の 影 響 関係 を 、 そ し て第 四 部 で は シ ュタ イ ン の 後 半期 へ の 学 問 的発 展 の 可 能 性を 、
そ れ ぞれ 取 り 上げ た 。その 際 、シ ュ タイ ン の 著作 を 細か く 解読 す る こと に 努 める と 同時 に 、
多 く の 本 邦 未 公開 の 文 献 史 料を 可 能 な か ぎ り参 照 し て 、 理解 の 裏 づ け を試 み た 。 こ れら の
調 査 ・ 研 究 を と お し て 、 シ ュ タ イ ン が 新 た に 独 自 に 提 示 し た 、〈 社 会 〉 の 学 と し て の 国 家
学 の 現 代 に お ける 有 効 性 を 問い 、 社 会 と 国 家が 複 雑 に 絡 み合 う 現 代 世 界の 今 後 の 展 望を 得
る こ とを め ざ して い る。
多 く の 文 献 史料 を 扱 う 関 係で 大 冊 に な る ので 、 本 論 考 の全 体 の 構 成 につ い て 、 あ らか じ
め も う少 し 詳 しく そ の概 要 を 示し て おき た い 。
〔 以 下は 、 著書 を ご 覧下 さ い 。〕
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