深部静脈血栓症の治療

深部静脈血栓症の治療
要
長谷川伸之
上沢
修
川嶋
隆久
加藤
盛人
三澤
齋藤
力
長谷川嗣夫
布施
勝生
吉雄
旨:1978年6月から1994年12月までに,深部静脈血栓症(DVT)で入院加療した
32例(男,女とも16例ずつ)について,血栓の先進部位別に,内科的治療と外科的治療を
検討した.血栓の先進部位と症例数は,膝窓静脈以下(P群)4例,大腿静脈領域(F群)
15例,腸骨静脈領域(I群)8例,腎静脈下下大静脈領域(IC群)1例,腎静脈上下大静脈
領域(SC群)4例であった.来院時,10例(31.2%)にPEを合併していた.治療として
は,まず全例に,ウロキナーゼ・ヘパリン・ワーファリン・パナルジンによる内科的治療
を行い,1週間後に,治療効果の判定を行う.P群・F群では,PEの再発がなければ,ワ
ーファリン・パナルジンによる抗凝固療法を継続する.I群では,血栓の先端が血管壁より
遊離して飛びそうな場合は,
Fogarty catheterによる血栓摘除術を行い,PEの既往のある
ものでは下大静脈フィルター挿入を行う.IC群では,下大静脈フィルター挿入の適応とし
ている.SC群では,血栓摘除十下大静脈遮断術などの適応としている.観察期間は1〜17
年であるが,満足すべき結果を得た.(日血外会誌5
: 137‑142, 1996)
索引用語:深部静脈血栓症,肺塞栓症,外科的治療,内科的治療
対象と方法
はじめに
1978年6月から1994年12月までに,DVTのため
本邦における深部静脈血栓症(以下DVT)の報告は
増加傾向にあり,急性期における局所の治療や,その
に入院加療した32例(男女とも16例ずつ)を対象と
合併症である肺塞栓症(以下PE),静脈血栓後遺症の
した.DVTの診断は下肢の腫脹・疼痛などの臨床症
予防に対しても,早期から適切な治療が必要である.
状,静脈造影,超音波検査で行い,PEの診断は肺血流
しかしながら,内科的治療や外科的治療の選択には,
シンチ,肺血管造影,胸痛・血痰などの臨床症状で行
一致した見解は得られていない.今回,著者らは最も
った.
また,DVTの存在部位の最近位部をもって,血栓の
生命予後に関わるPEの防止について,血栓の先進部
位別に,内科的治療と外科的治療の選択を検討したの
先進部位と定義し,膝裔静脈以下(P群),大腿静脈領
で報告する.
域(F群),腸骨静脈領域(I群),腎静脈下下大静脈領
域(IC群),腎静脈上下大静脈領域(SC群)の5箇所
に分類した.
自治医科大学胸部外科(Tel
〒329‑04
: 0285‑44‑2111)
治療法を内科的治療法と外科的治療法に分けて検討
河内郡南河内町薬師寺3311‑1
した(表1,
受付:1995年8月9日
2).内科的治療では,線溶療法として,ウ
ロキナーゼを24万単位/日,3日間,12万単位/日,2
受理:1996年2月15日
21
138
日血外会誌
表1
I
内科的治療法
5巻2号
日間を行い,ヘパリン・ワーファリン・パナルジンの
抗凝固療法を併用した.ヘパリンは10,000〜15,000単
抗凝固療法
①ワーファリン
位/日とし,ワーファリンは,トロンボテストで10〜
トロンボテスト10〜20%でコントロール
②パナルジン:150〜300
20%になるように投与した.パナルジンは150〜300
mg/日
③ヘパリン:10,000〜15,000
2。線溶療法
ウロキナーゼ
24万U/日×2日間
12万U/日×3日間
mg/日を投与した.また,下大静脈フィルター挿入も内
U/日
科的治療に含めた(表1).外科的治療では,血栓摘除
術や腎静脈下下大静脈遮断術とした(表2).原則とし
て,全例に内科的治療をまず試みて5〜7日後に再評価
計5日問
し,無効なときは,外科的治療を加えることとした.
その後はワーファリン・パナルジンによる抗凝固療法
表2
1
,
2
.
外科的治療法
を継続して行った.
血栓摘除術:Fogarty cath.
腎静脈下下大静脈遮断術
①Adams‑de
②ligation
結
Weese clip
果
1.患者プロフィール
発症年齢は24〜80歳(平均54.2歳)で,男女とも16
表3誘
Protein
った.基礎疾患は,高血圧症・下肢静脈瘤などの循環
例例
211121
例
たが,いずれも血栓形成に伴う2次的な異常のみであ
器系疾患が17例(53.1%)と多く,ついで消化器系疾
患が2例(6.3%),糖尿病が2例(6.3
%)であったが,
基礎疾患なしも7例(21.9%)であった(表4).
2.
表4基礎疾患
1
AT‑III, D‑dimer, PIC, TAT,
C, Protein S, 抗リン脂質抗体など可能な限り検索し
‑^
娠明
妊不
. 4⁚
3
①骨折
②アキレス腱断裂
は, PT, APTT,
︱≪
2
(65.6%)であった(表3).各症例における血液凝固能
︱
⑥狭心症
下肢の外傷
(6.3%),妊娠が1例(3.1%)であったが,不明は21例
︱■
③イレウス
④内痔核
⑤胆石症
8例中7例(21.9%)と多く,ついで下肢の外傷が2例
fS
①虫垂炎
②子宮癌
両側同時発症が7例であった.誘因は,腹部の術後が
例
手術後
oo rsl
1
例ずっであった.患肢は,左側が22例,右側が3例,
因
6例
2例,IC群O例,SC群4例であった(表6).
3.
血栓の先進部位と治療法
血栓の先進部位別の治療は,P群・F群では全例内科
つム ー ーーー` 1 1
的治療のみ(F群2例で下大静脈フィルター挿入を含
む),I群では,内科的治療のみと外科的治療併用が半
数ずつ,IC群では内科的治療のみ,SC群では全例外科
④子宮筋腫
⑤水腎症
4.なし
IC群1例
(31.2%)であり,部位別ではP群I例,F群3例,I群
I I
3.その他
①糖尿病
%),
ち,来院時すでにPEを発症していたのは10例
︱<
2例
%), I群8例(25.0
F群
(3.1%), SC群4例(12.5%)であった(表5).このう
CN
2。消化器系疾患
①胃癌
②肝機能障害
②白内障
③気管支喘息
15例(46.9
\O
②下肢静脈瘤
③脳血管疾患
④陳旧性心筋梗塞
血栓の先進部位別の内訳は,P群4例(12.5%),
17例
OO
循環器系疾患
①高血圧症
血栓の先進部位と肺塞栓症
的治療併用であった(表5).また来院時すでにPEを
発症していた症例における血栓先進部位と治療法は,
7例
P群・F群では全例内科的治療のみ(F群2例で下大静
22
1996年4月
長谷川ほか:血栓の先進部位別にDVTの治療を検討した
表5
血栓の先進部位と治療法
血栓の先進部位
表6
内科的治療外科的治療総計
5.
腎静脈上下大静脈
(
2
大腿静脈
3
腸骨静脈
4
腎静脈下下大静脈
5
腎静脈上下大静脈
1
0 4
腎静脈下下大静脈
0 0
4.
膝寫静脈
O
腸骨静脈
1
1
o
3.
(2)
外科的治療
︱
15
内科的治療
m
大腿静脈
4
S︸ oo 1・・︲ 4
2.
肺塞栓症を合併したDVTの先進部位と治療法
血栓の先進部位
1
4
0 0 4 0 4
膝裔静脈
4 1 0
1。
139
)下大静脈内フィルター挿入術
脈フィルター挿入を含む),I群では,内科的治療のみ
てに肺血流シンチを行い,PEが疑われればさらに,肺
と外科的治療併用が半数ずつ,SC群では全例外科的
動脈造影を加えて早期診断,早期治療に努めている.
治療併用であった(表6).
PEを合併するDVTの危険因子として,最近,抗リ
治療後の経過期間は1〜17年であるが,PEの再発
ン脂質抗体症候群などによる凝固系の異常を指摘する
報告5‑10)や,右下肢特に,下腿部に血栓の存在する末
や新たな発症は認められなかった.
考
梢型を指摘する報告3・8・11・12)も見受けられる.しかしな
察
がら,著者らの症例では,凝固能異常に原因を求めら
れるものはなく,血栓の存在部位についても従来の報
本邦において,DVTは欧米に比べると頻度が少な
く,PEの合併も少ないと考えられてきたが,胸部症状
告とは異なるものであった.むしろ,下大静脈に及ぶ
がなくても肺血流シンチを行うと,高率にPEの合併
ものが5例(15.6%)で,腎静脈より近位部に及ぶもの
が証明されるという報告1
4)が散見される.この検査
が4例(12.5%)であった(図1).これら4例では,若
は,致命傷となりかねないPEの早期診断・早期治療に
い働き盛りの男性で,PEを合併していたという共通
とって,非常に有用である.著者らは,DVT症例すべ
点以外,原因となり得る凝固能異常も見出せなかった.
; HV
i感心
y sI
、 、J
叱
=,ゞ
・
一
R
図1
腎静脈上に達した下大静脈血栓の1例
HV:肝静脈, IVC : 下大静脈,T:血栓,AO:大動脈,→:右腎静脈(RRV),△:血栓.
23
日血外会誌
140
1
抗凝固療法
膝嵩静脈
抗凝固療法
の
み
ワーファリン
トロンボテスト
2
大腿静脈
10〜20%
パナルジン
血栓摘除術
150〜300呵/日
3
5巻2号
ヘパリン
腸骨静脈
下大静脈内
フィルター
10000〜15000U/日
線溶療法
4
下大静脈
遮断術
ウロキナーゼ
24万U/日×
12万U/日×
5
2日 間
3日 間
(5〜7日間で再評価)
図2
*肺塞栓再発例
で施行する
深部静脈血栓症における肺塞栓予防の治療指針
こうしたことから,著者らは,DVTの患者に対し
は,下大静脈フィルターの挿入を行うことにしてい
て,臨床症状,静脈造影,超音波CT肺血流シンチ
る17).IC群について,古田ら18)は下大静脈フィルター
などによって,PEの合併症の有無と,血栓の先進部位
挿入の適応としている.著者らも同様に考えているが,
を直ちに診断し,下肢挙上,弾性包帯,安静などの処
SC群については,腎静脈の開存性やフィルターの移
置ののち,まず全例に,ウロキナーゼによる線溶療法
動などの点で,腎静脈上へのフィルター挿入に関して,
とヘパリン・ワーファリン・パナルジンによる抗凝固
安全性が確立されていないため19
療法を行っている13).ウロキナーゼの投与量と投与方
脈遮断術2・10・13・22)の適応と考えている(図2).腎静脈の
法は,初期大量投与(72〜96万単位/日)をして漸減す
開存性を保持し,PEの再発を予防するためにSC群4
る報告11.14)と,24〜48万単位/日より漸減する報
例について行った術式15)は,①下大静脈血栓摘除十
告13,15)とがある.著者らは,ウロキナーゼ24万単位/
左総腸骨静脈結紫術,②下大静脈血栓部分切除十腎静
日を2日間行い,その後12万単位/日・3日間の計5日
脈下下大静脈クリッピング術(Adams
間とし,この間,抗凝固療法として,ヘパリン10,000〜
clip),③腎静脈下下大静脈結紫術であり,経過は良好
15,000単位/日の投与14)トロンボテストで10〜20%
であった_
になるようにワーファリンの投与14),パナルジン150〜
21)外科的な下大静
‑ de Weese
`●4
結
語
300 mg/日の投与14)を行って,治療後1週間で治療効
DVTの治療について,PEの合併の有無と,血栓の
果の再評価を行うことにしている.血栓の先進部位別
による再評価後の治療方針は,P群・F群では,PEの
先進部位を明らかにし,まず,全例に内科的治療を行
再発がなく下肢症状の改善が得られれば,そのままワ
う.約1週間後に再評価を行い,効果が不十分なもの
ーファリン・パナルジンによる抗凝固療法を継続す
については,下大静脈フィルター挿入や外科的治療を
る4・7・10)小谷野らの報告8)では,末梢型・右下肢でPE
考慮する.その後は抗凝固療法を継続し,満足し得る
の再発をおこす危険があるとしており,下大静脈フィ
結果を得た.
ルター挿入の適応を検討し14・16)著者らも再発例に対
しては挿入する方針である.I群では,内科的治療と外
文
科的治療併用が半々であり,治療法の選択が分かれる
1)松本興治,広瀬
ところである.著者らは,血栓の先端が血管壁より遊
離して飛びそうな症例には,
献
一,林
勝知他:術後深部静脈
血栓症に関する研究.静脈学,5:
Fogarty catheter による血
2)市来正隆,大内
栓摘除術3・4)を考慮し,PEの既往のあるものに対して
24
163‑170, 1994.
博,上沖修三他:急性下肢深部
1996年4月
長谷川ほか:血栓の先進部位別にDVTの治療を検討した
静脈血栓症と肺塞栓症.静脈学,4:
121‑126,
栓症の治療方針.静脈学,1
1993.
病態と治療.外科,51 : 1400‑1406, 1989.
15)長谷川伸之,布施勝生,上沢 修他:外科的治療
症の実態と問題点.外科,51 : 387‑392, 1989.
弘,後藤
久,松本昭彦他:下肢静脈血栓
を行った下大静脈血栓症の4例.静脈学,6:
症と肺塞栓症.脈管学,15 : 323‑328, 1975.
5)土光荘六,勝村達喜,藤原
16)嶋津盛一,金城正佳,今井
135‑141,
17)蜂谷
6)折井正博,新見正則,松本秀年他:再・多発性下
博他:悪性静脈血栓
47‑51, 1995.
症における肺塞栓症の検討.外科,43
巍他:両側性深部静
連性を中心に一.静脈学,3
8)小谷野憲一,阪口周吉,蜂谷
19)
: 19‑24, 1992.
New
55‑60, 1992.
20)
7‑11, 1991.
model
Greenfield,
year
10)小谷野憲一,阪口周吉:反復する肺塞栓症の治療
of the inferior
vena
L. J. and
Surg。 3 :
21)奈良貞博,茂木克彦,亀田
口)丹治雅博,岩谷文夫,猪狩次雄他:肺塞栓症例の
cava.
of vena cava filter.Preliminary
Proctor,
clinical experience
Cardiovasc.
方針.外科,51 : 1407‑ 1413, 1989.
results
1987・
M. C. : Twenty‑
with the Greenfield
199‑205,
filter.
1995.
正他:経皮的下大静
脈フィルター挿入術の治療成績。静脈学,6:
: 105‑111, 1990.
39‑
45, 1995.
12)臼井典彦,村口和彦,山本春生他:下肢静脈血栓
症からみた肺塞栓症について.外科,41:
interruption
in 35 cases. Inter. Angio・, 6 : 299‑306,
宏,森岡恭彦他:若年者深部静
脈血栓症の検討.静脈学,2:
Castellani, L., Nicaise, H., Pietri, J. et al.:Trans‑
venous
貴他:悪性静脈血
栓症の病態と治療.静脈学,3:
: 227‑233,
1981.
脈血栓症の病態と治療一悪性静脈血栓症との関
検討.静脈学,1
寛,三岡
: 101‑107, 1992.
18)古田凱亮,石飛幸三,松本賢治他:深部静脈血栓
1‑8, 1992.
稔,重松
貴,金子
症と肺塞栓症.静脈学,6:
肢深部静脈血栓症の病態に関する臨床的研究.静
9)奥村
潔他:各種下大静脈
フィルターの検討.静脈学,3
1993.
7)土光荘六,勝村達喜,藤原
8卜
86, 1995.
巍他:抗リン脂質抗
体症候群と下肢静脈血栓症.静脈学,4:
脈学,3:
: 125‑131, 1990.
14)小野寺荘吉,長谷部直幸:急性肺塞栓症の疫学,
3)田辺達三,安田慶秀,佐久間まこと他:静脈血栓
4)山本
141
22)
H6‑
Neglen,
P・,Nazzal,
et a1.: Surgical
120, 1979.
thrombus.
13)佐久間まこと,安田慶秀,田辺達三:下大静脈血
25
M. M. S・,Al‑Hassan,
removal
of inferior
H. Kh.
vena
Eur. J. Vase. Surg・, 6: 78‑82,
cava
1992.
日血外会誌
142
Treatment
Nobuyuki
Hasegawa,
Osamu
Misawa,
Tsutomu
Yoshio
of Deep
Vein
Kamisawa,
Takahisa
Saito, Tsuguo
5巻2号
Thrombosis
Kawashima,
Hasegawa
Morito
and Katsuo
Kato,
Fuse
Department of Thoracic and Cardiovascular Surgery,JichiMedical School
Key words: Deep vein thrombosis, Pulmonary embolism, Surgicaltreatment,Medical treatment
Thirty‑two inpatients who
1994 (50%
males and 50%
underwent medical or surgical treatment between June 1978 and December
females) for deep vein thrombosis (DVT)
were reviewed retrospectively.The
32 patients were evaluated with respect to the most proximal location of the thrombus. The locations of
thrombi in this series were as follows: 4 in the popliteal vein (P‑group),
15 in the femoral vein (F‑
group), 8 in the iliac vein (I‑group), 1 in the inferior vena cava below the renal vein (IC‑group),
4 in
the inferior vena cava above the renal vein (SC‑group).
was
present in 10 cases (31.2%)
Accompanying
pulmonary
embolism
(PE)
on admission.
All inpatients underwent initialmedical treatment with urokinase, heparin, warfarin, and panaldine.
Approximately
1 week later,we evaluated the effectof medical treatment. Tf there,were no reccurence of
PE in groups P and F, we continued to give anticoagulant therapy with warfarin and panaldine. If the top
of the thrombus
were floating away
from the venous wall in group I, we performed thrombectomy
by a
Fogarty catheter,and if there was a past‑history of PE in this group, we inserted an inferior vena cava
(IVC)
filterto prevent PE. To prevent PE, we also inserted an IVC
thombectomy+IVC
We
filter
i n group IC, and performed the
interruption in group SC.
have had good results during follow‑up periods ranging from 1 to 17 years.
(Jpn. J. Vase. Surg., 5: 137‑142, 1996)
26