従業員の交通事故と会社の損害賠償責任

LM ニュースレター Vol.5
平成25年6月
従業員の交通事故における企業の損害賠償責任とその対策
従業員がその不注意によって交通事故を起こして他人に怪我や財産的な損害を負わせた場
合、加害者本人である従業員が損害賠償責任を問われることはもちろんですが、その雇用主で
ある企業にも損害賠償責任が認められることがあります。
任
以下では、企業の損害賠償責任の根拠・要件を検討するとともに、あらかじめ企業が講じて
おくべき対策をご紹介させていただきます。
第1 企業の損害賠償責任の根拠・要件
従業員の交通事故について雇用主である企業が損害賠償責任を負う法的な根拠としては、
使用者責任(民法第 715 条)と運行供用者責任(自動車損害賠償保障法第 3 条)の 2 つが
挙げられます。
1 使用者責任
(1) 使用者責任の内容・根拠
使用者責任は、被用者が事業の執行について他人に損害を与えた場合には、被用者の
選任および監督について相当の注意を払ったことなどを立証しない限り、使用者が被用
者と連帯して損害賠償責任を負うという制度です。この制度は、他人を使用することに
よって利益を得ている者はその損失も負担すべきという考え方(報償責任の原理)や、
他人を使用することにより対外的に危険を発生・増大させた者はこれにより生じた危険
について責任を負うべきという考え方(危険責任の原理)などを基礎としています。
使用者は、被用者の選任・監督について相当の注意を払ったことなどを立証すれば免
責されますが、実務上、この立証は極めて困難です。使用者責任は、被害者救済のため
に、実質的には使用者に無過失責任(過失がなくても責任を負う)を負わせるに等しい
制度といえます。
(2) 使用者責任の要件
使用者責任が認められるためには、①被用者の行為について不法行為(民法 709 条)
が成立すること、②使用者と被用者との間に使用関係が認められること、③被用者の行
為が使用者の「事業の執行について」なされたものであることが必要です。
ア ①被用者の不法行為
使用者責任は、被用者が引き起こした不法行為の責任を使用者が負担する制度です
ので、交通事故に限らず、それ以外の不法行為(例えば、傷害や詐欺行為など)につ
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いても使用者責任が認められることがあります。他方、交通事故の原因が相手方の一
方的な過失によるものであるなど、被用者に不法行為責任が発生しない場合には、使
用者責任も発生しません。
イ ②使用関係
被用者との使用関係については、実質的な指揮監督関係があれば足りるとして広く
解されており、正社員、アルバイト、契約社員などの雇用関係のある者のほか、例え
ば下請業者の従業員が起こした交通事故についても使用者責任を負う場合があります
ので注意が必要です。
ウ ③事業の執行について
「事業の執行について」の判断基準に関しては、学説上様々な見解がありますが、
裁判例は、実際の職務の執行の範囲内の行為でなくても、行為の外形から客観的に見
て、
『職務の執行の範囲内』と評価されるかという判断をしています(外形理論。最判
昭和 39 年 2 月 4 日民集 18 巻 2 号 252 頁等)
。ただし、裁判例においても、外部から判
明し得ない内部的な事情が一切考慮されないというわけではなく、従業員の交通事故
に関する判断については、第2でご説明するように、当該運転を使用者が支配してい
たか(運行支配)
、当該運転による利益を使用者が享受していたか(運行利益)などの
事情が実質的に判断されていると考えられます。
2 運行供用者責任
自動車(原動機付き自転車を含む)の運行供用者は、その自動車の運行による人身事故
について責任を負います(自動車損害賠償保障法第 3 条)。この運行供用者責任は、使用者
責任と同様、報償責任の原理および危険責任の原理を基礎とするものですが、交通事故の
被害者救済のために、車両の運行供用者であれば原則として責任を負うものとし、併せて
自賠責保険の強制加入の制度を設けることによって、人身損害について一定の賠償を担保
しています。なお、物的損害については、運行供用者責任の対象とはならず、使用者責任
のみが問題となります。
「運行供用者」の範囲について、裁判例では、上述の運行支配と運行利益の両面から実
質的に判断されており(最判昭和 43 年 9 月 24 日判時 539 号 40 頁等参照)、従業員の交通
事故の場面においては使用者責任と概ね同様の判断になると考えられます。
もっとも、運行供用者であると認められれば、運転者の過失の存在を立証しなくても原
則として責任が肯定され、運行供用者が免責を受けるためには、運転者に過失がなかった
ことなどの免責要件を立証することが必要となりますので、人身事故については、裁判実
務上、運行供用者責任を根拠とする請求の方が認められやすいことが多いでしょう。
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第2 具体的事例
従業員が起こした交通事故について、企業の使用者責任および運行供用者責任(以下「使
用者責任等」といいます)が問題となり得る事例をいくつか紹介させていただきます。
1 社用車運転中の事故
社用車を業務中に運転していた場合の事故については、外形からは職務の執行の範囲内
と認められ、また、車両に対する運行支配および運行利益もあるものとして、使用者責任
等の要件が肯定されるのが通常であり、責任を免れることは困難です。業務終了後に帰社
する途中の事故や、社用車での通勤が認められていた場合の通勤途中の事故についても、
同様に考えられます。
問題は、従業員が勤務時間外などに社用車を無断で私用運転していた場合です。
裁判例では、たとえ私用運転であっても、社用車が使用されるに至った事情、私用運転
と業務との関連性、社用車を業務で使用していた頻度、過去の無断私用運転の有無等を考
慮して、企業が社用車の私用運転を黙認していたと評価される場合には、使用者責任等が
肯定される傾向にあります。
無断運転者が従業員である場合には、よほど特別の事情がない限り、企業は損害賠償責
任を負担することになると考えてよいでしょう。裁判例でも、業務終了後に映画を見に行
き最終電車に乗り遅れた従業員が、会社内規に違反して社用車を運転して帰宅する際に起
こした事故について、使用者責任を肯定した事例があります(最判昭和 39 年 2 月 4 日民集
18 巻 2 号 252 頁)
。
2 自家用車運転中の事故
(1) 業務中の事故
自家用車については、外形からは職務の執行とは関係がなく、また、運行支配および
運行利益も認められないとして、使用者責任等の要件が否定されることが多いでしょう。
しかし、自家用車の業務上の使用を会社が認めていた場合には、その外形や運行支
配・運行利益の観点から社用車と実質的に同一の評価がなされ、使用者責任等を免れる
ことは極めて困難となります。自家用車の使用を原則として禁止していたとしても、例
外的に使用を認めた場合に起きた交通事故については同様に考えられます。
他方、自家用車を業務で使用することを全面的に禁止していたにもかかわらず、従業
員が無断で自家用車を業務で使用していた場合には、使用者責任等は否定されるのが通
常です。関連する判例として、自家用車による出張中の交通事故について、会社が自家
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用車での通勤を原則として禁止し、利用する際には上司の許可を取るように指示してい
たこと、電車での出張でも差支えがなかったことなどの事情の下で、会社の使用者責任
等を否定した事例があります(最判昭和 52 年 9 月 22 日民集 31 巻 5 号 767 頁)
。
(2) 通勤中の事故
自家用車が通勤目的にのみ用いられており、業務に一切使用されていない場合には、
使用者責任等は否定されるのが一般的です。もっとも、下級審裁判例のなかには、通勤
手当(ガソリン代)が支給されていたこと、任意保険未加入であることを黙認していた
こと等から使用者責任等を肯定した事例もありますので注意が必要です(福岡地飯塚支
判平成 10 年 8 月 5 日判タ 1015 号 207 頁等参照)
。
他方、自家用車が業務のために日常的に使用されており、企業においてそれを容認し
ていた場合には、車両に対する企業の運行支配および運行利益が認められるとして、業
務中の事故だけではなく通勤途中の事故についても使用者責任等が肯定される場合が
あります(最判平成元年 6 月 6 日交民 22 巻 3 号 551 頁等)
。
第3 企業としての対策
以上を踏まえて、企業として講じておくべき対策についてご説明します。
1 社用車の扱い
社用車運転時の事故について、企業が使用者責任等を免れることは事実上極めて困難と
いえます。したがって、最終的には業務効率や保有コスト、事故リスクなどを踏まえた経
営判断となりますが、社用車の使用はできる限り必要最小限とするように運用すべきです。
少なくとも、業務外での使用はなされることのないよう、社用車の使用ルールや鍵の保管
方法を厳格に定めるほか、使用・保管状況を会社側で常に把握できるよう管理しておく必
要があります。
また、社用車の車両の整備や任意保険の加入状況の管理を怠らないよう注意すべきこと
はいうまでもありません。従業員の運転資格や運転技術・事故歴についても確認しておく
べきです。
2 自家用車の扱い
自家用車運転中の事故についても、自家用車の利用についての関与の内容・程度によっ
ては企業が使用者責任等を負う可能性があります。
少なくとも、業務で使用することについては、会社や業務上の都合から必要不可欠でな
い限りは禁止するべきです。また、自家用車による通勤についても、原則として禁止し、
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例外的に使用する場合には上司の許可を必要とするとともに、任意保険の加入を義務付け
ることが必須です。また、車両整備費用や通勤手当としてのガソリン代の支給などはでき
る限り避けるべきです。
3 社内体制の整備
1、2で定めた取り扱いについては、社内規程として整備し、これを従業員に書面で配
布して周知しておくことが必要です。会社側の対応を書面によってあらかじめ証拠化して
おくことは、将来の紛争発生時にも役立つでしょう。
4 安全運転教育と事故発生時の対応
何よりも重要なのは交通事故の発生を未然に防止することです。企業としての社会的任
を果たすためには、従業員が交通事故の加害者となることがないよう、従業員に対する安
全運転、飲酒運転の禁止などの指導教育を徹底するなど、日頃からの企業努力が求められ
ます。また、交通事故を起こした場合の対応(報告義務、救護義務等)についても、十分
な指導をしておくべきでしょう。
第4 おわりに
以上、使用者責任等の要件および具体的事例を踏まえ、企業としてどのような交通事故
対策を講じておくべきかを検討してきました。使用者責任等の成否そのものは個々の事案
によって異なりますが、その趣旨及び判断基準を理解しておくことで、社内規程あるいは
社内体制を整備する際の指針がより明確になるのではないかと考えております。本稿がそ
の一助になれば幸いです。
交通事故については、本稿でご紹介しました使用者責任および運行供用者責任だけでな
く、損害額、過失割合、各種保険金といった様々な論点があり、専門家に相談や依頼をす
べき事案も多数存在します。もし交通事故でお困りのことがございましたら、どのような
内容でも構いませんので、いつでもお気軽にご相談ください。
(執筆者 弁護士
松葉 健・島田
敏雄)
東京都千代田区永田町2-11-1
山王パークタワー21階
TEL
03-6206-1310
本ニュースレターは法的助言を目的とするものではありませんので、個別の案件については、当該案件の個別の状況に応じた
弁護士の助言を受けて下さい。また、本稿に記載の見解は執筆担当者の個人的見解であり、当事務所又は当事務所のクライア
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ントの見解ではありません。