18.財産分与の範囲(2)‐離婚慰謝料 最高裁判所 46 年 7 月 23 日第二小法廷判決 (昭和 43 年(オ)第 142 号慰藉料請求事件) 民集 25 巻 5 号 805 頁、判時 640 号3頁 法学部法律学科 難波 (事案) X 女と Y 男は昭和 35 年に婚姻し,子 A をもうけた ↓ Y が X に物を投げつける、殴打するなどの虐待を加え、また同居する Y の母も Y の乱暴を 黙視し、自らも X に悪口雑言を向けるなどした ↓ X は昭和 37 年 8 月に、実家に帰宅し Y と別居するに至ったが、その際、Y の母の反対によ り A を連れて行くことが出来なかった ↓ X は離婚訴訟を提起し昭和40年2月、Y の帰責事由による X・Y の離婚を認め、A の親権 者を Y と指定し、Y から X に対する整理タンス 1 棹、水屋(食器棚)1 個の財産分与を命 ずる判決がなされた ↓ 昭和 40 年 9 月、X は Y から虐待を受け離婚のやむなきに至ったことによる精神的苦痛に対 する慰謝料請求の訴訟を提起した ↓ 1 審は、X の請求を認容し、Y に対して慰謝料 15 万の支払いを命じ、第二審も一審判決を 支持して Y の控訴を棄却した。1 審の判断は「離婚による財産分与請求権と慰謝料請求権 とはその本質を異にし、それぞれ別個の目的をもつものであり、それぞれ別個の手続によ るのを本則とする。財産分与に当り、離婚原因たる有責事情が参酌されたからといってそ の財産分与が慰謝料の弁済そのものであると考えることは出来ない」というものであった ↓ Y から上告 pg. 1 (争点) 1. 財産分与がなされた後に、別途離婚を理由とする慰謝料請求が出来るか 2. 慰謝料請求ができるとき、慰謝料の算定において、財産分与がなされたことが影 響を与えるか。 (判旨) 上告棄却。 ① 「財産分与の制度は、夫婦が婚姻中に有していた実質上共同の財産を清算分配し、か つ、離婚後のおける一方の当事者の生計の維持をはかること目的」としており、②「財 産分与の請求権は、相手方の有責な行為によって離婚をやむなくされ精神的苦痛を被 ったことに対する慰謝料の請求権とは、その性質を必ずしも同じくするものではない」 から、 「すでに財産分与がなされたことといって、その後不法行為を理由として別途 慰藉料の請求をすることは妨げられない。」③「もっとも、裁判所が財産分与を命ず るかどうかならびに分与の額および方法を定めるについては、・・・・・・分与の請求の相 手方が・・・・・・有責行為により離婚に至らしめたことにつき、・・・・・・損害を賠償すべき 義務を負うと認められるときには、右損害賠償のための給付を含めて財産分与の額お よび方法を定めることもできる。」④「財産分与として、右のように、損害賠償の要 素をも含めて給付がなされた場合には、さらに請求者が相手の支払を請求したときに、 その額を定めるにあたっては、右の趣旨においては財産分与がなされている事情をも 斟酌しなければならない。 」⑤本件において XY 間の離婚訴訟の判決において、 「僅少 な財産分与がなされたことは、X の Y に対する本訴慰藉料請求を許容することの妨げ になるものではない。 」 X の父 Y の母 Y男 X女 子A 1 X、Yの暴行・虐待を理由に裁判離婚、財産分与をうける 2 X、離婚に基づく慰謝料を別個に請求 pg. 2 財産分与とは (財産分与の請求) I. 協議や調停で離婚する場合 民法 768 条は、財産分与の請求について定めている。 ① わが国では、離婚の大部分は協議離婚なので、「財産分与」についても、まず、当事者 の「協議」で取り決めるとしている。(民 768 条①) ② 当事者間に協議が調わないとき、または、協議をすることができないときは、当事者 は、家庭裁判所に対して協議に代わる処分(調停・審判または訴訟)を申し立てるこ とができる(民 768 条②但書) 。 ③ 家庭裁判所は、当事者双方が「その協力によって得た財産の額」その他一切の事情を 考慮して、分与をさせるべきかどうか並びに分与の額および方法を決める(民 768 条 ③) 。 家庭裁判所では、夫婦の同居期間や生活状況、離婚後の生活、あるいは「過去の婚姻 費用」など「一切の事情」を考慮して分与の額を算定する。 II. 訴訟で離婚する場合 「人事訴訟法」は、 「離婚の訴え」を認容する判決においては、「付帯処分」についても 裁判をしなければならないと定めている(人訴 32 条)。 そのなかに、 「財産分与」も含まれている。 ① 子の監護者の指定 ② 子の監護の関する処分 ③ 財産の分与に関する処分 ④ 年金の分割の移管する処分 この場合も、裁判所は「一切の事情を」を考慮して分与の額を決定する。 附帯処分(ふたいしょぶん)とは婚姻の取消しや離婚を請求する訴えと一緒に、子の養 育費、財産分与、年金分割も一緒に請求することが多く、これらについての処分のことを いう。 pg. 3 (財産分与の算定) 財産分与の算定に当たっては、①夫婦財産関係の清算 ②離婚後の扶養 ③離婚慰謝料 の 3 つの要素が問題になる。 I. 夫婦財産関係の清算(清算的要素) 財産分与の中心は、夫婦財産の清算である。すなわち、夫婦が婚姻中に有していた実質的 な共有財産を離婚に際して清算することである(今回の判例) ① 精算の対象 清算の対象となるのは、夫婦が協力して得た(共有財産)である。たとえば、土地や住 宅、マンションなどの不動産、預貯金や自動車、家具などの動産・株券や営業権などのあ らゆる財産が清算の対象となる。ただし、夫婦の一方が婚姻前から有していた財産や婚姻 後に相続などで得た財産(特有財産)は基本的には清算の対象とならない(最判昭和 34 年 7 月 14 日 民集 13 巻 7 号 1023 頁)。 婚姻期間の長い夫婦の場合には、婚姻後に取得した財産については、 「協力により得られ た財産」とみなし、 「2 分の 1」を基準に清算することもできる。 「改正要綱」は、 「寄与の程度は、その異なることが明らかでないときは、等しいものとす る」という、いわゆる「2 分の 1 条項」を設けるべきだとしている。 ② 住宅ローン 住宅やマンションなどでも、もちろん清算の対象となるが、まだローンが残っている場 合が多い。その場合は売却代金(時価)から残りの債務を差し引いた分について清算する。 離婚後も、妻や子がそこに住みたいという場合は、離婚後も夫がローンの支払を負担する ということも可能だが、夫がローンの返済を怠れば、抵当権が実行され、明け渡さなくて はならないという危険があるので、そのため、妻に支払能力がある場合は、債権者(金融 公庫や銀行など)の同意を得て、ローン契約を妻の名義に書き換えるという方法もある。 ③ 過去の婚姻費用 別居後に離婚する場合、別居期間中に生活費(婚姻費用)が支払われていれば問題はな いが、支払われていなかった場合は、その分財産分与に含めて請求することができる。(最 判昭和 53 年 11 月 14 日民集 32 巻 8 号 1529 頁) 。 pg. 4 ④ 退職金 退職金は賃金の後払いという性質をもっているから、すでに支払われている場合には清 算の対象になる。なお、将来の退職金についても、現在の価値に換算して分与額を決める ことも行われていている。 (東京高裁 11 年 9 月 3 日判時 1700 号 79 頁)。 II. 離婚後の扶養(扶養的要素) 離婚後に生活が困難になる相手に対して、自立を助ける意味で財産を給付することであ る。 離婚によって、夫婦間の扶助義務は消滅するから、「離婚後の扶養」という考え方には、 矛盾がある。これは、もともと西洋の「婚姻非解消主義」から生まれた考え方である。つ まり、西洋ではキリスト教の影響のもとで、長い間離婚が認められていなかったが、しだ いにその規制が緩和していった。その過程で、「離婚後の扶養」(アリモニー)という考え 方が登場し、離婚後も扶養をすることを条件に離婚を認めるようなっていったのである。 わが国では、そのような「婚姻非解消主義」という背景はなく、学説は、 「婚姻後の事後 的効果」や、 「社会保障の代替」であるとして、説明されてきた。しかし、今日では、家事・ 育児による所得能力の減少に対する「補償」という考え方が強くなってきている。たとえ ば、妻が婚姻を理由に退職したとか、進学を断念したような場合には、その「補償」とし て、金銭の給付を行うことは、離婚後に妻が自立した生活ができるように援助することで あり、 「性差」という視点から考えても意味があると思う。 III.離婚慰謝料(慰謝料的要素) 夫婦の一方が他方の有責行為により離婚をやむなくされ精神的苦痛を被ったことに対す る損害賠償の請求である。判例は身体・自由・名誉等を侵害する個別の有責行為に基づく 慰謝料請求とは別個に、この「離婚慰謝料」を認めている。 (最判昭和 31 年 2 月 21 日民集 10 巻 2 号 124 頁) 。 しかし、財産分与と離婚慰謝料の関係については、学説が対立している。 ① 包括説 旧法においては、財産分与の規定が無く、慰謝料が実質的に財産分与の役割を果たして いた。そして、破綻主義(夫婦関係が事実上破綻していると認められる場合には、一定の 条件付きで有責配偶者からの離婚請求も認めるという考え方)に移行した現在でも、有責 な配偶者に無責配偶者の精神的苦痛を慰謝させることを、財産分与に含めることを認める としていて、利点としては、財産に関する紛争を 1 回で解決できるというところである。 この考え方に基づけば、財産分与を行えば、慰謝料請求はできないことになる。 pg. 5 ② 限定説 財産分与と離婚慰謝料とは法的に別個の概念であり、財産分与に含まれないとする説。 たとえば、財産分与の請求は、離婚後「2 年」に限られているが(民 768 条 2 項但書)、慰 謝料の請求は「3 年」であることなどが(民 724 条)、その根拠となっている。 もし離婚時に財産分与の請求をしないで 2 年経ってしまっても、慰謝料請求の時効は 3 年なので、慰謝料は取ることができる。 ③ 折衷説 判例は、両請求権は性質を異にするとしながらも、離婚慰謝料を財産分与に含めてよい し、別個に請求してもよいとしている。今回の事案の場合、財産分与でX女に分与された のは、タンス 1 棹と水屋(食器棚)1 個というわずかなものだった。これでは、精神的苦痛 を慰謝するに足りないと見ることができるので、裁判所は限定説よりの判断をした。 (私見) 今回の判例は財産分与をした後に離婚慰謝料請求ができるかどうかについて争われた。 私は折衷説の考えに賛成である。離婚件数をみると、1950 年(昭和 25 年)には、8 万件だ ったのが、1965 年(昭和 40 年)頃から急増し、2006 年には約 25 万 7475 件を記録してい る。この 50 年間に約 3 倍も増えているのである。この約 25 万 7475 組の夫婦が同じ経済 状況、同じ離婚原因であるならば、包括説もしくは限定説の立場を考えても良いかもしれ ないが、それはあり得ないといえるので、一番臨機応変な対応ができる折衷説に賛成した。 夫婦が離婚した場合、財産分与がなされる。財産分与がなされた後、離婚慰謝料は請求で きるかどうかについて研究している。そもそも財産分与の制度は、夫婦が婚姻中に有して いた共同の財産を清算分配し、かつ、離婚後のおける一方の当事者の生計の維持をはかる こと目的としており、財産分与請求権と慰謝料の請求権とは、その性質を必ずしも同じく するものではないから、すでに財産分与がなされたことといって、その後不法行為を理由 として別途慰藉料の請求をすることは妨げられないとしている。財産分与と離婚慰謝料の 関係は 3 つの学説で対立している。限定説、包括説、折衷説である。限定説とは、財産分 与と離婚慰謝料を別個に考えるというもので、包括説は双方をまとめて考えようというも のである。折衷説は離婚原因や財産分与の額などを斟酌して、離婚慰謝料を財産分与にま とめても良いし、分けても良いというものである。判例は折衷説の立場をとっている。 pg. 6
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