米国の年金・会計最新事情 第23回:国際退職給付会計基準IAS19の方向 中立系年金コンサルタント会社 IICパートナーズ 執筆:内田 一郎 監修:中村 義正 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― ● 旧来の退職給付会計の欠点を如何に克服するか 今後改定され退職給付会計の国際統一基準をめざすISA19の現況を、英国の新旧会計 基準SSAP24、FRS17と、また国際基準との統合化を進めている米国FAS87 との違いから、浮き彫りにさせていくことにしました。 英国SSAP24に見られる旧来の年金会計の欠点は、前回見ましたように、①資産評価 の基準が複数許されるので、積み立て過不足状況の企業間比較ができないことと、②未認 識債務のオフバランスでの処理が許されるため、いわゆる隠れ債務が生ずることでした。 企業間比較ができなくては、国際統一基準の価値が生まれません。IAS19では、FR S17同様、また米国のFAS87もそうですが、年金資産は市場価格・フェアバリュー で評価するよう統一されています。今後の統一基準における資産評価の方法は、こういっ た時価評価の方向に統一されそうです。もっとも、こういったアングロ・サクソン主導の 時価会計には、欧州大陸の実業界から根強い反発はあるようですが…。 次に、旧来の基準による年金費用の遅延認識の許容には、本体のB/S上に年金債務のす べてが表われないだけでなく、積立不足の会社のB/Sに、前払年金費用という資産があ るように見えてしまう、積立不足なのに年金資産があるという、直感に反する会計表示が 出てしまいます。 この仕組みについては、この後で解説することにしますが、いずれにせよ、この不透明性、 さらには見積会計からくる恣意性が、新しい年金会計が克服すべき重要なポイントになっ ています。 とはいえ、費用の遅延認識、スムージングによる償却処理は、現在の米国FAS87そし て現行のIAS19でも、ほぼ同様な形で存在しています。理想は即時認識ですが、これ からくる決算数字のフレの大きさに戸惑っており、英国新FRS17のように、費用の即 時認識、オフバランス債務の消滅へとは行っていません。これをどういった方向へ持って 行くのかが、米国基準と国際基準の統一化の大きなポイントとなっています。 ● 積み立て不足が資産を生み出す旧来のプロセス 現在の遅延認識による資産計上の仕組みを、英国SSAP24を例に見てみますと、以下 のようなプロセスから生まれます。 例えば、ある会社の年度末の年金債務が100に対し、年金資産は70しかなく、30が 積立不足になったとしましょう。会社は3年間10ずつ追加拠出して、不足を穴埋めする とします。その他に会社は通常の拠出を年間10ずつ続けねばならないとします。つまり キャッシュフローでみれば、ここ3年間は、毎年20ずつ年金会計へ拠出が行なわれます。 一方、費用で落ちる分はいくらでしょうか。通常の10の掛け金に、未積立債務を平均残 余勤務年数、例えば15年で割って償却した額、つまり年間2が加わり、12が年間の年 金費用としてP/Lで落ちます。最初の年、本体の会計からはキャッシュフローで20出 て行くのに、費用としては12しか落ちない。残る8は、前払年金費用として、この会社 のB/Sの資産側に計上されます。 積立不足が生じ、拠出が増えた結果、年金にかかわる資産が積み上がったように見えます。 Counter-intuitive 直感に反する会計処理を避けられません。 以上は、費用の遅延認識、スムージング処理・償却からくる、いわば副作用のようなもの です。 英国の新基準FRS17においては、こういった費用をその年度に一括認識、当然決算数 字の Volatility フレは大きくなりますが、 「不透明なよりも、はっきり見えたほうが財務諸 表を見る側、投資家などにとってベターであろう」というのが、FRS17を策定した即 時認識会計処理派の言い分です。 ● 費用の即時認識か遅延認識の許容か? とはいえ、即時認識から来る費用の大きさのフレを嫌い、またこういった費用は長期で落 とすべきであるという考え方は根強く、現行の米国FAS87、国際会計基準IAS19 においては、いずれも遅延認識の会計処理方法が採られています。 FAS87では、ご案内のように、我国と同じく、①過去勤務債務、②数理計算上の差異、 ③会計基準変更時差異の3つの発生費用に対し、遅延認識、つまり一定年数での償却処理 が認められています。これに対して、即時認識を標榜する英国の新基準FRS17では、 償却処理は認められず、いずれも即時費用に落とすことが求められていましたね。ただし、 数理計算上の差異は、P/L上での費用認識でなく済みましたが…。 国際会計基準IAS19における費用の遅延認識では、数理計算上の差異の費用化は、い わゆるコリドー(回廊)方式で行なえるのは、FAS87と同様です。コリドー方式は、 数理計算上の差異に対し、一定枠は費用化せず、オフバランス債務での存在を許容するや り方です。具体的には、年金資産ないし債務の大きい方の額の10%以内なら、数理計算 上の差異は費用認識しなくてかまいません。そして、10%超過分については償却費用化 せよということです。言い換えますと、数理計算上の差異が、年金資産または負債の10% を超える大きな額に膨れ上がってはじめて、償却対象になるという許容度の高い認識方法 です。なお、我国の退職給付会計では、コリドー方式は使われていません。数理計算上の 差異が少額でも、償却による費用化が行なわれます。 以上のように、現行のIAS19は、米国の退職給付会計基準FAS87と大きな差はあ りません。PBOの計算基準日が、IAS19では会計決算日と同日であるのに対し、F AS87では、3ヶ月前以内と許容していること、また、米国FAS87では、ABO (Accumulated Benefit Obligation, 累積給付債務)の概念が援用され、最小給付債務を B/S上に計上させていること等が、両者の違いでしょうか。 こういった若干の違いが、両者の間にあるものの、IASの改訂、国際統一基準作りのポ イントは、積み立て不足をどこまで認識させることができるか、です。 (第23回おわり)
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