ギリシャ、7月5日に国民投票 2015 年 6 月 29 日 矢口 新 ギリシャ議会で 28 日、金融支援の条件である緊縮財政策について、国民の意見を問う国民 投票を7月5日に実施する案が、承認に必要な票数を大きく上回る賛成票を獲得した。 チプラス首相は、国際債権団の「侮辱的な」支援条件を国民投票で拒否するよう国民に呼 びかけた。緊縮策への反発は根強いものの、最新世論調査によると、ユーロ圏残留を望む 国民は約7割。 一方、ユーロ圏財務相会合が 30 日に切れる現行金融支援の期限を延長しないと決めたこと で、ギリシャがデフォルトや財政破綻に陥る可能性が急浮上した。 国民投票発表から 12 時間で銀行預金が4億ユーロ引き出されたとの情報もある。 チプラス首相は銀行の営業を 29 日から停止、資本規制を導入すると発表した。銀行休業は 7月6日まで続く。停止中のATMは近く使用可能となる見込みだが、一日の引き出し上 限額は 60 ユーロになるという。アテネ証券取引所は、少なくとも 29 日は休場となる。 報道によれば、 「国民投票は提案拒否を首相が正当化するのが狙い」、 「また受諾すれば、民 意なので仕方がないと言い逃れできる」、「首相は提案諾否の決断を民意に求めることで自 らの責任を回避し、政治的生き残りを優先したとの見方が有力」とある。 とはいえ、国民の運命を決める決断を民意に託する点では、これ以上の民主的な方法が望 めない国民投票を、このように矮小化する意図の方が問題ではないだろうか。 同じ様に、最も民意を反映する住民投票が矮小化されたのはクリミアのロシア帰属に関す る投票だった。このように民意が軽視されるのは、欧州の体制、NATO体制などにとっ て、不都合な真実だからだ。同じように民意で選ばれた沖縄県知事の言動が、一部の報道 で矮小化されていることに似ているかもしれない。 ギリシャの離脱は、各国固有の経済政策が持てないというユーロ圏の問題を浮き彫りにし、 次のギリシャを誘発しかねない。少なくとも見かけ上は着実に前進してきた「欧州統合」 の長いプロセスの最初の躓き、逆行となる。また、離脱し見捨てられたギリシャが、仮に ロシアと手を組むとすれば、欧州の大きな不安定要素となる。 欧州統合は2度の世界大戦の舞台となった欧州各国の悲願だった。統合とは 50 州が集まっ たアメリカ合衆国や、15 の共和国から構成されていた旧ソビエト連合のような統一国家を 意味していた。当時は、世界全体を単一の政府のもとに統一し、全人類を一国民とする「世 界国家」の発想すらあった。 ユーロはその先駆けとして、まず通貨金融政策を統一し、その後できるだけ早い時期に財 政、年金・社会保障基金の統一を図るというものだった。 あえて、過去形をつかっているのは、欧州はもはや本気で統合を考えているとは思えない からだ。統一国家を目指すのなら、経済成長の地域差を補う財政資金の配分が不可欠だ。 米国の有力な学識者で、金融政策担当者でもあったリンゼー(Lawrence Lindsey)によれば、 米ドルがユーロ圏より広大なアメリカ合衆国をカバーできる理由は、労働市場の流動性と 自動的な財政資金の移動配分にあるという。 米国国内では、ある州が不況に至ると、何 10 万人単位、場合によっては百万人単位で労働 力の大移動が起きるという。また景気が低迷し税収が落ちた州には、財政資金が自動的、 優先的に多く配分されるというシステムがあるのだ。リンゼーは、この自動的というとこ ろがこのシステムのキーだと言う。 また、旧ソ連では計画経済により重点地区で公共投資を行い、労働力を強制移住させてき た。 つまり、通貨金融政策だけの片肺飛行では、いつまでも飛び続けることができず、墜落が 不可避だともいえるのだ。 ギリシャと欧州政府やIMFとの合意が達成できない点が「年金減額と付加価値税(消費 税)の幅」となっていることは、通貨金融政策を握る欧州政府が、財政、年金・社会保障 基金はあくまで固有だと固執していることを意味する。ギリシャの歳出は既に削られると ころまで削られ、年金支給額も大幅に減額されている。 IMFのチーフエコノミスト、オリビエ・ブランチャード氏は、 「ギリシャ人はどうして年 金改革をそこまで拒む? 年金と賃金は政府支出の 75%を占めている。他の 25%はこれ以 上削減できないところまで削減した。年金支給はGDPの 16%に達し、うち政府支援はG DPの 10%近くにもなる。 ギリシャは年金支給を大幅に引き下げ、 少なくともGDP比 15% 以下にする必要がある」と述べた。 つまり、IMFはギリシャが年金以外は骨しか残らないところ(cut to the bone)まで削減 し尽したと認めながら、すでに多くのケースで 40%以上も削減している年金支給を、ここ しかないから削減しろと迫っているのだ。 年金支給はGDP比 16%に達しているが、これはギリシャのGDPが 2009 年から 25%も 縮小しているためで、5年間の過度な緊縮財政が強いられていなければ、ギリシャのGD Pの規模は現状の 33%程度大きく、年金支給は(分子の縮小、及び分母の拡大で)GDP 比 12%に低下していたと単純計算できる。 ここで将来、欧州統合がなったとして、財政、年金・社会保障基金の統一で、ギリシャの 年金支給がドイツ並みに引き上げられるようなことが起きるのだろうか? 本気でそのよ うなことを考えているのなら、いま譲歩すべきなのでは欧州政府の方で、ギリシャに財政 支援をし、年金支給額を元のレベルに引き上げるべきではないだろうか。 一方、ギリシャにとっても、疲弊尽した挙句にユーロを離れることは1円も持たずに家出 するようなもので、危険でもあり、前途は多難だ。しかし、居残ることは隷属的な地位と 境遇を強いられることを意味する。出るも地獄、残るも地獄なのだ。 とはいえ、 「支援を巡る話し合いで何が起きようと、1つ確実なことは、ギリシャはユーロ 圏に留まろうが、離脱しようが、生き残るということだ。 世界で最も美しい国の1つであり、恐ろしく戦略的な地の利があるので、ギリシャは世界 有数の観光国として、また、どの国も同盟を組みたい国として留まり続けるだろう」とい う見方があり、私も賛同する。 Greece will survive, but will the euro or the EU? http://www.marketwatch.com/story/greece-will-survive-but-will-the-euro-or-the-eu-2015 -06-26 現に、ギリシャはナチスドイツによる征服からも、その後の内戦からも、軍事政権の独裁 からも、その後の政治的混乱や汚職の蔓延からも生き延びてきた。 チプラス首相は去る 6 月 19 日に、ロシアでプーチン大統領と会談し、ロシアとの経済協力 を促す覚書を 11 月までにまとめる考えを明らかにした。プーチン大統領は、「ギリシャは ロシアにとってヨーロッパにおける重要な国だ」と述べた。 この会談に先立ち、両国のエネルギー大臣は、ロシア産の天然ガスをトルコ経由でヨーロ ッパに輸出するパイプラインをギリシャまで延ばす覚書に署名している。 米国は 2014 年にロシアを抜き、世界最大の原油・天然ガスの産出国となった。原油のライ バルは中東とロシア、欧州への天然ガス供給はロシアが牛耳っている。米国にとって、ク リティカルな国々だ。 米国はNATO(軍事同盟なので仮想敵国は以前からソ連、ロシア)を東に向かって拡大 し続け、ロシアの西側国境であるウクライナまで、事実上拡大した。 ここで、ギリシャが「寝返る」と、米国のNATO戦略と天然ガスの欧州市場制覇にほこ ろびが生じてしまう。 私は、7月5日の国民投票はギリシャ国民の民意であることを、国際社会が結果の如何を 問わず尊重し、ギリシャの再建復興を協力的に見守ることを望んでいる。さもないと、地 政学的リスクや、金融市場におけるリスクが拡大する可能性が高い。
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